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平成28年3月25日判決言渡
平成26年(ワ)第24595号未払賃金等請求事件
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,279万4547円及びうち265万054
7円に対する平成26年4月4日から支払済みまで年6分の割合によ
る金員,うち14万4000円に対する平成26年4月4日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
1事案の概要
本件は,被告経営のホストクラブに勤務していた原告が,被告と雇
用契約を締結していたとして,被告に対し,未払賃金請求及び旅行積
立金の返還請求をする事案である。
2前提となる事実(争いのない事実に加え,証拠(甲6,乙3,証人
A,原告本人)及び弁論の全趣旨により認定した。)
(1)被告は,飲食店の経営等を業とする株式会社であり,いわゆるホ
ストクラブを経営している。
被告の創業者はBことC(以下「B」という。)である。昭和42
年,都内にホストクラブが5軒程度しかなかったころ,αのD地下
に「E」というホストクラブが開店し,昭和43年,Bは同店に入
店してホストとして稼働を始めた。他店勤務の後,Bは,昭和46
年,「F」(現存する日本で最も老舗のホストクラブ。以下「本件
店舗」という。)を開店した。その後,昭和52年9月29日に被
告が設立され,被告が本件店舗を経営している。
(2)原告は,平成16年ころから平成26年3月ころまで本件店舗で
勤務していた。これ以前にも半年ほど本件店舗で勤務した経験があ
り,本件店舗以前にもBとはホストとして一緒に働いたことがあっ
た。
(3)もともと,ホストクラブはダンスホールから始まった。ダンスホ
ールには休憩のためのスペースが設置されており,そこでダンス講
師にチップを支払って,一緒にアルコールを飲むなどの接客行為が
なされていた。ダンス講師が後にホストと呼ばれるようになり,ダ
ンスホールも「女性客が楽しむための場所」との性格が重視される
ようになった。
第3本件の争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は,①原告と被告は雇用契約を締結したか(ホストであ
る原告は労働者か自営業者か),②原告の未払賃金及び返還すべき旅
行積立金の存否であり,これらに関する当事者の各主張は以下のとお
りである。
1争点1(原告と被告は雇用契約を締結したか(ホストである原告は
労働者か自営業者か))
【原告の主張】
(1)原告と被告は,平成16年ころ,本件店舗で勤務することを内容
とする雇用契約を締結した。
(2)原告の雇用条件は,勤務時間が午後5時から午前零時30分まで,
1日7時間30分,基本給は1日3000円,その他客からの指名
があった場合や,他の従業員の手伝いとして接客した場合には,別
途手当が支給されるというものであった。
給与の支払方法は,月末締めの翌月15日払とされていた。
原告の実際の勤務時間及び被告からの給与支給額は別表のとおり
である。
(3)各ホストの基本給は各月の売上に応じて決定された。
本件店舗全体の売上成績が定期的に店舗内に貼り出され,各ホスト
の個別売上金額も記載されていたが,その数字の正確性を確認する
手段はなく,そのまま従わなければならなかった。
(4)売上の少なかったホストの勤務時間は午後5時から午前零時3
0分である。午後5時に出勤し,被告の指示により,おしぼりの用
意や本件店舗の掃除等をしていた。
各ホストは午後5時の出勤時にタイムカードに一度印字した後,お
しぼりの用意等が終わった時点で中間退勤の時間をタイムカードに
印字し,開店までは自由である。さらに,各ホストは開店にあわせ
て再度出勤した際に,またタイムカードに出勤時間を印字し,本件
店舗の営業終了後,退店する際に,タイムカードに退勤の印字をす
ることになっていた。
被告は,これにより,各ホストの勤務時間を管理していた。
【被告の主張】
(1)本件店舗の各ホストは,本件店舗の場所を一定のルールで利用し
ながら,女性に接する技術・経験に基づいて業務処理をする自営業
者である。
(2)ホストは一般的に,特に,本件店舗のホストは沿革的にも自営業
者である。
Bは,ホストクラブ「E」でホストとしての経歴を開始し,働く当
日,1日の場代500円を納め,自分の客の売上からバックマージ
ンを6割あるいは7割もらえるという形で自営業を開始した。毎日
勤務しても自分の客が0人であれば報酬も0円である(場代分は赤
字となる)のは当然として働いていた。
Bが本件店舗を開店した際,場代を納められず辞めていくホストを
見ながら,もったいないとの気持ちを持った。そのため,本件店舗
では,働く日ごとに場代を納めなくてよいこととし,代わりに指名
罰金制度を導入した。さらに,おしぼりを作る仕事を,ボーイでは
なくホストがやることとし,最低保証1日3000円という制度も
取り入れた。
本件店舗の基本形態は,自営業者たるホストを働きやすくするため
の新制度であった。
(3)ホストは自分が営業し,指名客を増やせば収入が増える仕組みに
なっている。報酬につき,家族手当,交通費の支給はなく,社会保
険料も控除されない。退職金も支給されない。
ホストは,独自の商号(源氏名)をつくって仕事を開始する。
出勤日数も各ホストの日数はまちまちであり,ほぼ自由に出勤して
いる。
客との同伴等で出勤時間もまちまちであり,客同伴中は,本件店舗
外の好きなところで食事等をしている。ホストは営業時間外でも電
話・メールの営業をする上,女性への接客方法は自由裁量である。
また,ホストは,お気に入りのホストがいなければ客が帰ってしま
うことになり,代替性が通常ない。
(4)被告とホストとの契約関係は賃貸借契約類似の非典型契約であ
る。ホストは自分が仕事をしたい日に店舗に行って,店舗を一定の
時間借り,店舗に賃料を払う代わりに,自分を指名した客の売上は
店舗が受領し,売上の一部をホストが店舗から受領する関係にある。
本件店舗の場合には,午後5時に出店し,おしぼりの用意をすれば
1日分の最低保証額(通常3000円)を受給することができ,か
つ,その日の本件店舗を一定時間借りることができる。本件店舗の
賃料は原則免除されるものの,その月の日曜・祝日に指名が一人も
取れなければ,その日曜・祝日1日あたり5000円を支払わなけ
ればならない(指名罰金制度)。これに対し,本件店舗に自分を指
名した客の売上を預け,売上の一部を指名料という名目で受領する。
2争点2(原告の未払賃金及び返還すべき旅行積立金の存否)
【原告の主張】
(1)前記1の【原告の主張】のとおり,原告は被告に雇用されていた。
(2)被告は,原告が客から指名をとれなかった場合などに罰金と称し
て給与の額から一定額を控除することがあり,現実の給与の額は1
か月に数万円程度ということも頻繁にあり,最低賃金に満たない金
額であった。未払賃金の額は別表の「不足分」欄のとおりである。
(3)また,被告は,平成16年夏ころから,労働者であるホストの給
与から,旅行積立金として1か月当たり3000円を徴収していた。
当該積立金を使って旅行に行ったことは現実にあるものの,平成1
6年夏を最後に旅行に行くことはなかったことから,被告は,原告
に対し,旅行積立金を返還すべき義務を負う。
旅行積立金は,平成16年夏ころから平成20年の夏ころまで4年
間にわたって徴収され,その額は少なくとも14万4000円とな
るから,これを返還すべきである。
【被告の主張】
(1)前記1の【被告の主張】のとおり,ホストは自営業者であり,原
告と被告は雇用契約を締結していない。
(2)原告の前記(2)の主張につき,仮にホストが「労働者」であると
しても,別表の「勤務時間」は不正確であり否認し,「不足分」の
額は争う。
ホストは,午後5時から,おしぼりを30分もかからない時間で作
った後,午後7時の開店まで自由行動であり仕事はないから労働時
間ではなく,休憩時間である。また,ホストは必ず午後7時に戻っ
てくる訳ではないし,指名客の迎え等で外出することもある。
原告の場合,指名客の迎えはほぼありえないのに外出ばかりしてい
た。原告に待機させても指名客などまず来ないので被告が待機させ
ることもない。雑用は新人ホストの仕事であって,ベテランの原告
に指示することはありえないし,創業者Bの友人だと言って,話を
聞かない原告に対してお願いしても無駄である。
(3)原告の前記(3)の主張につき,旅行積立金は毎月必ずもらってい
るものではないから否認する。報酬が少ない等何らかの理由でもら
わない場合もある。また,無断退店のため連絡が取れないような場
合を除いて,退店時に旅行積立金を返還しており,原告にも返還し
た(甲2の1から5まで)。
また,仮にホストが労働者であるとしても,旅行積立金返還請求権
の法的性質は,預かり未払賃金の返還請求であり,平成16年夏こ
ろから平成20年夏ころまでの賃金から引かれた旅行積立金である
から,既に2年の消滅時効期間(労働基準法115条)は経過して
いる。よって,被告は,原告に対し,平成27年4月9日の第4回
弁論準備手続期日において,上記時効を援用するとの意思表示をし
た。
第4当裁判所の判断
1争点1(原告と被告は雇用契約を締結したか(ホストである原告は
労働者か自営業者か))
(1)判断の基礎となる事実
争いのない事実に加え,証拠(甲1の1から23まで,甲2の1か
ら5まで,甲4の1から6まで,甲5,甲6,乙2の1から4まで,
乙3,証人A,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事
実が認められる。
ア本件店舗の料金体系は,基本料金が約1万円であり(席料の他,
バンドチャージ,セット料金込み),特に時間制限は設けられてい
ない。
これとは別に飲食代金がかかり,飲食代金に応じてホストの指名
料(最低2000円)が加算された。指名のホスト以外に接客の補
助として,ヘルプと呼ばれるホストがつくこともあった。
このほか,本件店舗では,飲食代込みで1万円の格安のコースが
設定されており,この場合,客についたホストは指名扱いとなるが,
1回当たりの指名料金は1000円となっていた。
イホストの報酬(給料明細上は「基本給」名目で支給)は,売上
のスライド制であり,最低保証は1日3000円である。最初から
客を呼べるホストは最低保証も高額になる(一例として100万円
を売り上げる場合には,1日2万4000円となる。)。
他方で,ホストは,本件店舗に場代を納める必要はないが,日曜・
祝日に客からの指名が1件も取れず売上をあげることができなか
った場合には,指名罰金という名目で,費用を徴収されていた。
ウ格安のコースを除くホストの指名料等に関し,飲食代金3万円
までは指名料は2000円で,ヘルプは4名までつけることができ
る。飲食代金3万円から5万円までは,指名料は4000円で,ヘ
ルプは5名までつけることができる。以後も,飲食代金5万円から
10万円は指名料6000円,飲食代金10万円から20万円は指
名料1万円というように,飲食代金に応じて指名料が増額されてい
く。
エホストがヘルプとして客についた場合の手当については,1回
あたり1000円と決められていた。格安のコースの場合は500
円である。
なお,ヘルプの手当は通常給料明細に計上されて支払われるが,
例えば,ヘルプが4名までしかつけることができない時に,ヘルプ
が5名ついた場合には給料明細上には計上されず,指名を受けたホ
ストから手当が支払われることがあるだけである。
オホストは,午後5時ころ,私服で本件店舗に来て,当日分のお
しぼりを作り,その後,午後7時までは自由行動となる。同伴出勤
をする者は午後9時ころまでに本件店舗に来るが,それ以外の者は
午後7時ころに正装して本件店舗に来る。退店するのは午前零時か
ら午前零時30分ころである。
ホストは,各自の営業努力で同伴出勤してくる客を確保すれば,
午後8時に出勤してきたりもするし,午後10時に指名客が来る場
合には,迎えに外出してしまうこともある。
カホストは源氏名を使用して接客する。ホストは昼間,別の仕事
をすることは自由であるし,ホストが仕事の際に着る服は自腹で用
意している。指名客を確保するためのプレゼントも自腹である。客
の売掛金回収もホストの責任で行う。
キ本件店舗には内勤という固定給の従業員がいる。ホストと内勤
の違いは,内勤が固定給であるのに対し,ホストは自分が営業し指
名客を増やせば収入が増える仕組みになっている。内勤は家族手当,
交通費の支給があり,社会保険料の控除もあるが,ホストはいずれ
もない。ホストと内勤の給料台帳は別に作成・管理されている。
ク本件店舗では,1か月に1回,1時間ほどミーティングが開か
れていた。被告からの売上報告があるほか,芸能人を呼ぶなどのキ
ャンペーンの報告がなされていた。また,ホストに警察沙汰になる
ようなことはするなとの注意は厳しくされていた。
ケ旅行積立金は,平成16年ころから平成20年ころまでホスト
から徴収され,2年に1度,慰安旅行に出かけていた。なお,慰安
旅行を取りやめた当時,被告は,退店を申し出たホストには返金し
ている。
(2)検討
ホストの収入は,報酬並びに指名料及びヘルプの手当で構成される
が(前記(1)イないしエ),いずれも売上に応じて決定されるもので
あり,勤務時間との関連性は薄い(前記(1)イないしオ)。また,出
勤時間はあるが客の都合が優先され,時間的拘束が強いとはいえな
い(前記(1)オ)。
ホストは接客に必要な衣装等を自腹で準備している(前記(1)カ)。
また,ホストと従業員である内勤とは異なる扱いをしている(前記
(1)キ)。ミーティングは月1回行われているが,報告が主たるもの
である(前記(1)ク)。
以上によれば,ホストは被告から指揮命令を受ける関係にあるとは
いえない。ホストは,被告とは独立して自らの才覚・力量で客を獲
得しつつ接客して収入を挙げるものであり,被告との一定のルール
に従って,本件店舗を利用して接客し,その対価を本件店舗から受
け取るにすぎない。そうすると,ホストは自営業者と認めるのが相
当である。
したがって,原告被告間に雇用契約締結の事実は認められない。前
記(1)の各認定事実によれば,原告被告間の契約関係は,被告主張の
賃貸借契約類似の非典型契約であると考えられる。原告の場合は,
客からの指名が受けられない(原告本人)ことから,十分な収入を
挙げられなかったものであるが(甲1の1から23まで,甲4の1
から6まで),ホストの業務内容からすれば,ある意味やむを得な
いところである。
2争点2(原告の未払賃金及び返還すべき旅行積立金の存否)
前記1の判示のとおり,ホストは自営業者であり,原告被告間に雇
用契約締結の事実は認められないことから,雇用契約であることを前
提とする原告の未払賃金請求及び旅行積立金の返還請求(労働基準法
23条)は,その前提を欠くので,その余の点を判断するまでもなく
認められない。
なお,旅行積立金の返還請求については,不当利得に基づく利得金
返還請求権の行使を予備的に含む趣旨で原告の主張を善解したとして
も,本件では,原告の請求金額につき被告が利得していることを認め
るに足りる証拠はなく,やはり認めることはできない。
第5結論
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとして,主文の
とおり判決する。
東京地方裁判所民事第19部
裁判官田光寿

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