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裁判例


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主文
1 被告社会保険庁長官が原告に対して平成13年9月13日にした障
害年金に係る昭和52年5月2日付けの裁定の取消処分及び被保険者期間143月
及び同期間の平均標準報酬月額を基礎として同年金を再裁定する処分のうち、昭和
50年11月から平成13年9月までの年金額についての旧裁定を取消し、新たな
裁定をした部分を取り消す。
2 被告国は、原告に対し、金56万4279円及びうち53万031
3円に対する平成15年10月16日から支払済みに至るまで、うち3万3966
円に対する平成15年12月16日から支払済みに至るまで、それぞれ年5分の割
合による金員を支払え。
3 原告と被告国との間において、原告が平成13年9月13日以前に
受領した厚生年金について返還債務が存在しないことを確認する。
4 原告の被告社会保険庁長官に対するその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告社会保険庁長官が平成13年9月13日に原告に対してした障害年金に
係る昭和52年5月2日付けの裁定を取り消し、被保険者期間143月及び同期間
の平均標準報酬月額を基礎として同年金を再裁定した処分を取り消す。
2 被告国は、原告に対し、金56万4279円及びうち53万0313円に対
する平成15年10月16日から支払済みに至るまで、うち3万3966円に対す
る平成15年12月16日から支払済みに至るまで、それぞれ年5分の割合による
金員を支払え。
3 原告と被告国との間において、被告国が、原告に対して支払済みの厚生年金
の返還債務が存在しないことを確認する(原告は返還債務の金額を特定して同債務
の不存在の確認を請求しているが、これは要するところ返還債務全体の不存在の確
認を求める趣旨と善解できる。)。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、昭和52年5月2日に障害年金の支給裁定を受け、年金の支給を受
けていた原告が、被告社会保険庁長官が原告の障害年金額を再調査した上、従前の
支給裁定を取り消し、年金額を昭和50年11月に遡って減額させる旨の再裁定処
分を行ったことにつき、従前の支給裁定を取り消し再裁定を行う行為は、行政行為
の職権取消しが許される場合には当たらず、また、信義則に違反する行為である旨
主張し、取消処分及び再裁定処分の取消しを求めるとともに、被告国に対し再裁定
処分を前提に内払調整により支払った過払金相当額(この法的趣旨をいかに解する
かについては下記第3、2(1)参照)及び遅延損害金の返還並びに国が主張する残債
権の不存在確認を求めるものである。
2 昭和60年法律第34号国民年金法等の一部を改正する法律(以下「60年
改正法」という。)による改正前の厚生年金保険法(以下「旧厚年法」という。)
に基づく障害年金の支給要件
(1) 旧厚年法に基づく障害年金は、被保険者であった間に疾病にかかり、又は
負傷した者が、障害認定日において旧厚年法別表第1に定める程度の障害の状態に
ある場合に、その者の請求によって(旧厚年法33条)、その障害の程度に応じて
支給される。
(2) 障害年金の年金額は、障害の等級に応じて計算され、2級の障害年金の支
給額は、基本年金額に加給年金額を加算された額とされ(旧厚年法50条1項2
号、34条)、基本年金額は、いわゆる定額部分と報酬比例部分で構成されている
ところ、その計算の基礎となる被保険者期間は240月(20年)未満のときは、
定額部分及び報酬比例部分とも240月として計算され、また、報酬比例部分は、
全被保険者期間の標準報酬月額を平均した平均標準報酬月額が算定の基礎とされる
(旧厚年法34条1項2号)。
(3) 障害年金につき裁定を受けようとする者は、一定の事項を記載した請求書
を社会保険庁長官に提出しなければならず、かつ、所定の書類を添付しなければな
らない。記載事項は、請求者の生年月日及び住所、年金手帳の厚生年金保険の記号
番号、障害の原因である疾病又は負傷の傷病名等であり、添付書類は、年金手帳、
職歴を記載した書類等である(昭和60年厚生省令第32号による改正前の厚生年
金保険法施行規則(以下「旧厚年則」という。)44条)。
3 前提事実(認定根拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)
(2) 本件処分に至る経緯
ア 原告は、昭和16年○月○日に出生し、昭和35年10月1日から昭和
51年9月1日までに、別紙加入状況一覧表「事業所名」欄記載のとおり、7つの
事業所において勤務し、「同被保険者期間」欄記載のとおり、厚生年金保険の被保
険者資格を取得した。
 原告は、その間、①事業所を三徳商事、ナショナルタクシー、西部交
通、西原衛生工業所及び信興タクシーとする「記号番号XXXX-xxxxx
x」、②事業所を大阪タクシーとする記号番号「YYYY-yyyyyy」、③事
業所を光運油とする記号番号「ZZZZ-zzzzzz」の3通の年金手帳の支給
を受けていた。
イ 原告は、昭和47年10月ころ、勤務中の事故で負傷し、昭和52年こ
ろに旧厚年法に基づく障害年金の裁定を請求したが、同請求書には記号番号「ZZ
ZZ-zzzzzz」とする被保険者資格が記載されているだけであった。
 社会保険庁は、昭和52年5月2日、同請求に基づき、受給権の発生を
昭和50年10月、障害等級を2級、障害年金算定の基礎となる平均標準報酬月額
(障害年金の受給権の発生までの被保険者期間の標準報酬月額の総額を月数で除し
た額)を16万4482円と認定して、障害年金を支給する旨の裁定(以下「前裁
定」という。)をした(甲1)。
ウ 原告は、昭和53年7月ころ、大津社会保険事務所に対し、前記記号番
号「ZZZZ-xxxxxx」に係る厚生年金保険の被保険者期間について照会
し、同月27日付けでその回答を得たが、同回答書には、原告が昭和38年10月
1日から昭和41年8月5日までの間に4事業所に勤務し、その間の被保険者期間
が66か月ある旨が記載されている(甲5)。
エ 原告は、平成13年8月10日、大津社会保険事務所に赴き、担当窓口
相談員に老齢年金の受給の可否等について相談を申し入れ、原告が障害年金の未算
入期間の存在を前提とした相談をしたため、同相談員は、原告に対し、「国民年
金、厚生年金保険の障害年金の裁定、支払処理の再調査及び訂正について」と題す
る書面の作成提出を求め、原告は、昭和35年10月1日から昭和42年5月9日
までに三徳商事を始め6事業所に勤務しており、厚生年金の加入期間の脱漏がある
ため、現在受給している障害年金の裁定、支払処理の再調査及び訂正をする事由が
判明したので申し出る旨記載された書面に署名押印をして提出した(乙2の2、乙
11別添1)。
 大津社会保険事務所は、原告の同申出をうけ、同月15日付けで社会保
険業務センターに対し、再調査及び訂正処理が必要である旨の報告をした。
 その結果、原告の厚生年金保険の被保険者期間については昭和35年1
0月1日から昭和50年9月まで143か月あるものの、障害年金算定の基礎とな
る平均標準報酬月額が27万6910円になることが明らかになったため(被保険
者期間については前裁定時と同様に、240月に満たないため、旧厚年法34条2
項に基づき240月とみなして再算定された。)、被告は、平成13年9月13
日、前裁定を取り消した上で、昭和50年11月にさかのぼって年金額を減額させ
る旨の再裁定処分(以下「本件処分」という。)を行った(甲2の1ないし3、乙
2の1)。
オ 本件処分の結果、原告が受給した障害年金は累計で431万1602円
の過払いがあることが明らかになったため、被告は、原告に対し、再裁定前と再裁
定後の各年金額の差額のうち、本件処分からさかのぼって5年分の109万003
3円について、厚生年金保険法39条2項後段による内払調整の方法によって返還
を受けることとし、大津社会保険事務所の担当職員は、平成13年10月2日こ
ろ、原告に対し、その旨を記載し、今後支払う年金額を半額ずつ差し引く旨説明し
た書面を作成して送付し、平成13年10月15日に支給すべき障害年金23万9
916円のうち11万9958円を上記過誤払分の返済に充当した(乙11別添2
及び3)。
 原告は、平成13年11月14日付けで大津社会保険事務所に対し、各
期に支払われる年金額の7分の1に相当する額を返済に充てることを希望する旨の
内払調整額申出書を提出したため、同年12月14日支給分から障害年金額の7分
の1の3万4273円を上記過誤払分の返済に充当し(平成15年6月13日支給
分から支給額が23万7766円に減額になったため、返済充当は3万3966円
となった。)、平成16年2月19日現在の返済額は、合計59万8245円であ
る(乙10、11、弁論の全趣旨)。
(3) 本件訴えに至る経緯
 原告は、原処分について審査請求をしたが、平成14年2月12日にこれ
が棄却され、これを不服として社会保険審査会に再審査請求をしたが、これも同年
10月31日に棄却されている(甲10、11、乙4ないし7)。
 そこで、原告は、平成15年1月27日に本件訴訟を提起した(当裁判所
に顕著な事実)。
4 当事者の主張
(1) 本件処分の適法性について
ア 被告ら
(ア) 厚生年金における報酬比例部分の算出方法は、標準報酬の平均によ
ることとされているが、厚生年金は、広範な民間労働者を対象とし、その賃金体系
も日給、月給、時間給、出来高給と様々であるため、最終俸給を年金額の算定基礎
とすることや、被保険者が任意に選択する被保険者期間の賃金の基礎とすることも
合理的でないと考えられ、公平の見地から、被保険者の在職中の所得水準を支給さ
れる年金額に適正に反映させるため、全加入期間の標準報酬の平均額を基準とする
ことにしたものであり、この制度自体が不合理であるなどとは到底いえない。ま
た、旧厚年法34条2項が、被保険者期間が240月に満たないときは、240月
と読み替えると規定しているのは、障害年金が、労働者に障害が生じ労働すること
ができなくなったり、労働が制限されたりした場合に、その生活の安定を図るため
の給付であることにかんがみ、その保護の見地から、障害給付の額を老齢年金の標
準的な額にほぼ等しい水準とするために、被保険者期間が240月、すなわち20
年に満たない場合には、一律に240月と読み替えて乗じることにより、年金額の
水準を確保しようとする趣旨と解され、これまた、その制度の趣旨に不合理な点が
あるとはいえない。
 本件では、前裁定の基礎となった標準報酬が原告にとって直近の被保
険者期間であったため、標準報酬が高水準で算定される結果となったのに対し、再
裁定の結果、原告の全被保険者期間が算定の基礎に加えられたために、全体として
標準報酬額が減額となり、年金額が減ったものであるが、原告は、本来、法律上受
給し得ない年金の支給を受けていたにすぎず、これを是正した本件処分が不合理で
あると非難することは許されない。
(イ) 原告は、前裁定によって、受給者である原告にその受給が適法との
信頼を生じさせたにもかかわらず、後日、過払分の返還を求めるのは、信義則違反
である旨主張する。
 しかし、信義則を適用すると、法律に違反する状況が生じてしまうの
であり、法律による行政の原理・原則によれば、信義則の適用については慎重でな
ければならないとされ、この理は、厚生年金保険の再裁定の場合にも妥当するもの
というべきであり、そもそも、前裁定において、その基礎とされた厚生年金保険の
被保険者期間を昭和45年5月から昭和50年9月までの65月であるとして裁定
の請求をしたのは、原告自身であり、被告はこれを前提として前裁定をしたにすぎ
ず、前記回答後も本件処分に至るまで再計算をすることがなかったことをもって、
社会保障給付担当官庁が原告に対して、再計算をしないとの公的信頼を表示したと
はおよそいえないばかりか、原告自身も、自らに職歴があり、前裁定の基礎とされ
なかった被保険者期間があることを知りながら、平成13年8月15日に至るま
で、被保険者期間について訂正を申し立てて適正なる裁定を求めることをしなかっ
たのであるから、被告において法令の定めに従って再裁定し、過払いの障害年金の
返還を求めたとしても、何ら信義則に反するものではない。
(ウ) また、原告は、被告が、昭和53年7月27に付けの回答時に再裁
定することができ、また、昭和55年1月に電子情報システムが導入された時点で
再裁定が可能であったのにそれをせず、23年間再裁定せず障害年金を支払ってき
たのであるから、後に、他に被保険者期間があることが判明したとしても、年金額
を減額する旨の再裁定をする行政権限は執行しており、そうでなくとも、行政の信
義則、公平の原則からは許されず、本件処分は行政権の濫用である旨を主張する。
 しかし、前裁定時の年金裁定の基礎となった厚生年金保険の被保険者
期間に係る原告の厚生年金保険の記号番号が「ZZZZ-zzzzzz」であるの
に対し、昭和53年7月27日付けの回答書に係る原告の厚生年金保険の記号番号
が「ZZZZ-xxxxxx」であったこと、同回答書の左側6頁(その他)欄が
空欄であることに照らしても、同回答書は、単に同記号番号に対する被保険者期間
の照会に対する行政サービスとしての回答にすぎず、その際、原告から別に被保険
者期間があることを理由として再裁定を求めたものでなかったことは、原告の主張
からも明らかであるから、同回答の際に、被告が再裁定することができたとは直ち
にいい難い。また、電子情報システムもそのサービスの目的は、年金相談体制の整
備等を図ることが目的で、複数の基礎年金番号を有するものの自動的な統合化を目
的とするものではないから、同システム導入が直ちに再裁定を可能にするものでは
ない。その上、仮に、それらの時点で再裁定することができたからといって、本
来、法律上受給し得ない障害年金を原告が取得できるとする法令上の根拠があるわ
けでもなく、むしろ、原告は、前記回答を得た時点で自ら再裁定の申し出をすべき
であったのに、これを怠ったというべきであり、本件処分には法令上も信義則上も
何らの制限はない。
(エ) 一般に、行政処分は、適法かつ妥当なものでなければならないか
ら、いったんされた行政処分も、後にそれが違法又は不当であることが明らかにな
ったときは、処分庁自らこれを職権で取り消し、遡及的に処分がされなかったのと
同一の状態に復せしめることができるのが本来であるが、取り消されるべき行政処
分の性質、相手方その他利害関係人の既得の権利の保護、当該行政処分を基礎とし
て形成された新たな法律関係の要請などの見地から、条理上取り消すことが許され
ず、又は制限されることがあることは否定し得ない。
 これを本件についてみると、原告は、標準報酬が高水準であった直近
の被保険者期間を任意に選択して(原告は、自らの就労歴からそれ以前にも被保険
者期間があることを当然に認識していたはずであり、それを前提とした裁定請求が
できなかったことを裏付ける事情は何ら存しない。)、前裁定の裁定請求をしてい
たものであり、その後、平成13年8月15日に至るまで被保険者期間について訂
正を申し立てて適正な裁定を求めることもなかったのであるから、こうした対応
が、厚生年金については全加入期間の標準報酬の平均額を基準として算定すべきと
した厚生年金保険法の趣旨に反し、被保険者間の公平を害することはいうまでもな
いところである。特に、前裁定時の自体は、いわゆるオンラインシステムも十分に
普及していたとはいえず、被告としても、結局は、被保険者が自らの被保険者期間
を正しく申告して裁定請求をしているものと信頼するほかなかったものである。こ
のような事情にかんがみると、原告のように標準報酬が高水準であった直近の被保
険者期間を任意に選択して裁定請求をして、その旨の年金の支給を受けていたこと
が明らかになった以上、本来、法律上受給し得ない年金の支給を受けていたとし
て、これを取り消すことこそが限られた財源の下において公的年金事業を運営する
被告の責務といわざるを得ず、これを取り消さなければ、適正に被保険者期間を申
告して年金の支給を受けている他の受給者との公平を害することも明らかである。
 したがって、本件において被告が前裁定を取り消すことには何ら制約
もないというべきであり、本件処分に違法な点はない。
イ 原 告
(ア) 原告は、平成13年○月○日、同日○日に満60歳に達したため、
当時受給している障害年金を老齢年金に切り替えるとしたら過去の公的年金加入期
間からどのような計算になるかを大津社会保険事務所に相談をした。原告として
は、昭和53年7月27日に同社会保険事務所から、障害年金算定の基礎とされて
いない加入期間が存する旨の回答を得ていたことから、これらを含めて再計算する
ことにより、老齢厚生年金が有利に計算されることを期待してのものであった。
 ところが、大津社会保険事務所では、上記4事務所も含めて調査をな
し、裁定済みの障害年金の額を再計算することとし、その結果、原告の障害年金が
減額し、原告に不利益な結果になるにもかかわらず、これを被告社会保険庁長官に
報告した。
(イ) 原告は、昭和53年7月21日ころ、将来老齢年金受給の際の資料
として職歴調査を大津社会保険事務所に申し出たところ、同事務所では調査の上、
同月27日に三徳商事など4事業所を記入し、各事業所ごとに資格取得の年月日、
資格期間の月数等を記載した回答書を原告に交付しているのであり、この時点にお
いて、原告の障害年金についての再裁定を行うことが可能であった。にもかかわら
ず、被告は、23年間もの間、原告の障害年金についての再計算をせずに放置して
いたのである。また、この時点で電算システムが整備されていなかったとしても、
遅くとも昭和55年1月に同システムが整備されている以上、その時期には再計算
が可能であったが、その時点から21年以上も放置して再計算をしなかったもので
ある。
 被告社会保険庁長官は、上記のように可能であるにもかかわらず、長
期間、再計算をせずに放置していたのであるから、平成13年9月13日において
原告に不利益変更をする行政権限は失効している。また、行政の信義則上、公平の
原則からして、再計算して不利益に変更すべきではなかったにもかかわらず、行政
権を濫用したものである。
 本件は、まさに、信義則を適用しなければ正義に反するという特別事
情が存する場合であり、信義則を適用すべきである。
(ウ) 本件は、行政行為の取消し又は撤回に該当する場合である。行政行
為の取消しは、行政行為に瑕疵がある場合に法令違反、公益違反を是正する目的で
されるものであるが、無条件でこれを取消し得るものでないことは明らかであり、
原告に何ら責められるべき事情が存しないこと、本件裁定により、原告の既得の利
益が著しく奪われるものであることから、その利益の侵害を正当化するほどの公益
上の必要性は存しない。
 国民に利益を付与する行政行為の撤回が無条件に許されないことも、
取消しの場合と同様である。
(2) 国の原告に対する過払金返還請求権の存否及び原告の国に対する不当利得
返還請求権の存否
ア 原 告
(ア) 被告国の過払金返還請求権の成否
a 裁決においても認定されているとおり、被告が昭和53年にした回
答はずさんな事務処理であったというべきで、このような行政事務の怠慢から生じ
た過払金は、行政の責任による負担とすべきであり、不当利得の要件である被告国
の損失は発生していないものである。
b 原告は、妻と未成年の子とともに生活を維持してきたもので、平成
13年8月当時、妻は無収入、長女は日本育英会の奨学金を受けながら専門学校に
通学しており、次女は高校2年生であった。平成6年に分譲マンションを購入して
いるが、月額13万4028円の支払いを続けており、年金と妻のパート収入で生
計を維持して生活した原告においては、過払分は既に生計に組み入れて生活費の一
部として費消しているのであり、不当利得の要件たる現存利益は存しない。現存す
る利益には妻Aの寄与による部分もあり、預金等が残存するからといって、原告の
利得が残存しているとは認められない。
c 本件過払いが生じた原因は、原告には存しないのであり、社会保険
事務所の事務処理に帰するものであるから、原告の不利益は遡及しないと解すべき
である。このような場合、被告国がその過払いを請求するのは権利の濫用あるいは
信義則違反として許されない。
(イ) そうすると、そもそも被告国に過払金返還請求権が存しない以上、
原告が受給すべき年金を減額されていることは、根拠がないものというべきであ
り、既に減額された部分については原告に返還されるべきであるし(この法的趣旨
をいかに解するかについては下記第3、2(1)参照)、これから減額が予定された部
分については、国に返還請求権がないというべきである。
イ 被告ら 
(ア) 原告らに現存利益が存すること
a 本件過払分が原告の不当利得になることは明らかであるところ、金
銭の交付によって生じた不当利得の利益は、現存するものと推定され、これが存し
ないことについては、不当利得返還請求権の消滅を主張する者が主張、立証すべき
である。
 また、そもそも、利得者が不当に利得した金銭を自らの債務の弁済
に充てた場合や、これを自らの生活費に充てたとしても、それによって自らの財産
の減少を免れたということができる場合には、利得が現存するというべきである。
b これを本件についてみると、原告は、昭和50年11月分から前裁
定によって別紙のとおりの障害年金の支給を受けてきたほか、労働者災害補償保険
法による障害保障給付の支給を受け、平成13年当時の年金額は、416万123
2円に達していたものである。また、原告は、平成6年には自宅マンションを購入
して不動産資産を確保しており、住宅ローンの返済をしているが、その一方で自動
積立による貯金を定期的にしている事情もうかがわれ、それ以外にも平成13年9
月10日現在少なくとも120万円余りの普通預金残高を保有しているところであ
る。
c 以上の事情によれば、少なくとも被告が返還を求めている本件過払
分109万0033円の限度において原告に利得が現存していないとは到底認め難
いというべきであり、次の内払調整によって返還を受けた額を控除してもなお、原
告は、49万1788円の過払金返還債務を負っていることとなる。
(イ) 過払金を内払調整によって回収していることの適法性
 厚生年金保険法39条2項は、「年金の支給を停止すべき事由が生じ
たにもかかわらず、その停止すべき期間の分として年金が支払われたときは、その
支払われた年金は、その後に支払うべき年金の内払とみなすことができる。年金を
減額して改定すべき事由が生じたにもかかわらず、その事由が生じた月の翌月以降
の分として減額しない額の年金が支払われた場合における当該年金の当該減額すべ
きであった部分についても、同様とする。」と定めているところ、同条は、本来支
給すべき年金があるときに、既に支払った給付を返納させ、改めて別の給付を行う
ことが保険者、受給権者双方にとって煩雑であるため、簡便な方法によって処理す
ることを目的するものである。
 このような法の趣旨、特に、本来であれば一括して過払金を返済しな
ければならないという受給権者の立場を保護する効果もあるものと考えられること
にかんがみると、同条2項後段にいう「年金を減額して改定すべき事由」に、本件
の原告のように算定の基礎とされていなかった被保険者期間が当初から存在し、再
裁定処分によって年金が減額されるべきであったという事由が除かれるという理由
ないというべきであり、この点をおくとしても、本件の事実関係に照らすと、被告
が本件過払分を回収することについて、原告も何ら異論も唱えず、これに同意して
いたものとみるべきであるから、いずれにしても内払調整によって本件過払分の回
収をしている本件の取扱いには何らの違法は認められないというべきである。
第3 争点及び争点に関する当裁判所の判断
1 本件処分の適法性 
(1) 前裁定の職権取消しの可否
ア 被告社会保険庁長官は、本件処分を行う前提として、前裁定の取消しを
行っているところ、原告は、行政行為の取消しには制限があり、前裁定は取消し得
ないものであると主張する。
イ 瑕疵ある行政行為は、行政行為の適法性や合目的性を回復するため、法
治主義の要請に基づき、法律上の特別の根拠なくして、処分を行った行政庁におい
て職権により取り消すことができると解すべきであるが、その行政行為が授益的行
政行為である場合、その相手方である私人としては、その取消しにより不測の損害
を蒙る可能性があるため、そのような利益や信頼を保護する見地から、行政庁にお
いて前記の原則どおり、無制限に取り消し得るものとすることはできない。
 そして、授益的行政行為が取り消し得るものであるか否かについては、
当該処分を取り消すべき公益上の必要性と処分の相手方の信頼保護の必要性とを比
較衡量し、処分を取り消すべき公益上の必要性が関係者の信頼を覆してもやむを得
ないほどのものである場合にはじめて取消しが認められるものと解すべきである。
 そして、その比較衡量に当たっては、取消しが行われる時期・取消しに
より失われる利益等の具体的事情から判断される取消しにより生じる相手方の不利
益、取消しによる不利益の緩和措置(取消しの遡及効の制限を含む。)や代償措置
の有無、当該処分の違法や程度の内容、当該処分の違法状態が存続することにより
第三者に与える影響を具体的に考慮すべきであり、また、違法状態が発生すること
について相手方自身の行為が関与しているか否かも考慮の要素となるものと解され
る。
ウ これを本件についてみるに、前裁定が取り消され、本件処分がされたこ
とにより、原告には、支給が開始された昭和50年11月から処分が取り消される
前に支給された平成13年7月までの間に合計431万1602円(時効消滅した
ものを除いた5年分に限っても109万0033円)の過払いが生じることとな
る。そして、前裁定の取消しは、前裁定から26年という長期が経過してからされ
たものである上、その取消しは、昭和50年11月まで遡ってされており、内払調
整による支払の際にその調整金額について原告の意向を聞く等はされたものの、前
裁定の取消しそのものによる不利益についてこれを緩和する措置は取られていな
い。また、前裁定の取消しや本件処分に当たり予告や猶予期間が取られることはな
かった。一方、前裁定の違法は、原告に対する支給額が過大であるというものであ
るが、これにより直接第三者に特段の具体的不利益が生じることはない(確かに、
被告の指摘のとおり他の受給者との関係で公平を害するという側面がないではない
が、他の第三者の具体的支給額に影響を及ぼすものではない以上、前処分が他の第
三者に直接に具体的な不利益を生じさせることはない。)。
 以上の事情に基づき、前裁定の職権取消しの可否を検討するに、前裁定が
昭和50年11月に遡って取り消されている点についてみれば、取消しの対象とさ
れる障害年金は元来受給者自身及びその家族の生活を維持するために支給されてい
るものであって、甲第15ないし第18号証及び弁論の全趣旨によると、現に原告
は年金以外に収入はなく、年金に妻のパート収入を加えて一家4人の生計を支えて
いることが認められるのであるから、それについて減額をされた上、過去の過払分
の返還をせざるを得なくなることは、原告及びその家族にとって著しい不利益を生
じさせるものである。その一方で、限られた財源の中で年金の支給を行っている状
況の中、特定の者に対して法に定められた金額よりも多額の支給をすることは、他
の受給者との公平の観点からも許されず、前裁定を取り消さざるを得ない公益上の
必要性は一定程度認められるものの、その必要性は、前裁定の取消しにより原告に
生じる著しい不利益との比較した場合大きなものといえないことは明らかであり、
後記のとおり、前裁定の誤りについて原告に何らかの落ち度があったとも認められ
ない以上、前裁定を既支給分にさかのぼって取り消すことは、許されないというべ
きである。
 一方、前裁定の取消しのうち、それ以降の支給を取り消して、本件処分に
より法所定の金額に是正する部分については、過去分と同様に生活のための貴重な
財源を減少させるものではあるものの、その減少額が著しく多額なものでなく、ま
た、支給前にその額を知り得ること、特に原告については、障害年金に代えて老齢
年金を選択し、これと労災年金とを併せて受給することにより、今後の支給額が改
善される見込みがあること(乙11)にかんがみれば、既に費消したものを返還す
る過払分の場合とは違い、今後支給される額を基準として生活を行うことによって
不利益を回避することが可能であるものといえ、実際に生ずる不利益は、前記の財
源や他の受給者との公平という公益上の必要性を上回ることはないものというべき
である。
エ 以上によれば、前裁定の取消しは、取消時以降の部分に関しては適法なも
のといい得るが、取消時以前に遡った部分については違法なものというべきであ
る。
オ この点について被告らは、社会保険庁長官は、前裁定の際、原告の申し出
た被保険者期間に従って裁定を行ったにすぎず、原告が自らに職歴があることを知
りながらことさらに、任意に被保険者期間を選択して前裁定の裁定請求をしたもの
であり、その取消しに至るまで再裁定の請求をすることを怠ったものである旨主張
する。
 しかし、前裁定の際に、原告がことさら自己の有利な給付を得るために被
保険者期間を選択したことを直接的に認めるに足りる証拠はない。他方、原告が昭
和53年7月に大津社会保険事務所に対して自らの厚生年金保険の被保険者期間の
照会をし、その回答(甲第5号証)を得たことは当事者間に争いがない。しかし、
年金の支給額は、一般的には、被保険者期間の長短に応じて支給額が増減するもの
認識されているのが通常であって(被保険者期間が240月未満の者に対する障害
年金額の算定に当たっては、被保険者期間については、一律に240月とみなしな
がら、平均報酬月額については特段の補正がされないことから、被保険者期間が長
いほど年金額が低くなる傾向が生じており、被保険者期間について有利な取扱いが
されているため全体としては憲法違反とまではいえないものの、改善の余地が十分
ある不合理な制度といわざるを得ない。)、原告が未算入の被保険者期間があるこ
とを知りながら再裁定を求めなかった点をとらえて、自らの年金支給額が減額され
ることを認識した上でされたものと推認することはできない。特に、前裁定による
支給額の決定が一般人には容易に理解しかねる複雑な計算により算出されているこ
とに加え、甲第17号証及び第18号証によれば、原告としては、60歳に達し老
齢年金に切り替えるとどうなるのかについて年金相談に行った際、老齢年金の金額
を調べるに当たり甲第5号証を自ら提出していること(原告が任意に被保険者期間
を選択しているのであれば、そのように自ら不算入の被保険者期間を明らかにする
ことはないと考えられる。)、にかんがみれば、目に障害をかかえ、署名をするこ
とも困難な原告があえて障害年金の過剰受給を企てたとは考えられず、むしろ、前
裁定に当たっては、直近の事務所で加入した厚生年金の記号番号に相応した被保険
者期間を申告するほかないとの認識の下に、そのような申告をしたものと認めるの
が相当であり、前裁定がされたことにつき、原告の行為が寄与しているものとは評
価する余地は全くない。また、甲第18号証によれば、原告の年金相談に応じた担
当職員においても、「これだけ新しくでてきましたよ。」と原告に告げた上、乙第
2号証の1の再調査及び訂正報告書にも「上記厚生年金期間の追加をお願いしま
す。」と記載するなど、被保険者期間を加えることで障害年金が減額する可能性を
原告に告げないばかりか、自らもそのことを認識していなかったものと推認される
ものであり、社会保険事務所の職員ですら理解し得ないことについて、障害を抱え
る原告やその妻が理解していたとみることには無理がある。
 したがって、被告らの主張は、自らの制度の不合理性に目を覆いつつ、何
らの具体的な根拠もなく原告が不正行為を行ったかのように主張するものであっ
て、到底採用できないばかりか、国及び責任ある行政庁の主張としては、誠に遺憾
なものといわざるを得ない。
(2) 信義則違反の存否
 原告は、昭和53年7月に原告が職歴調査を申し出た時期、また、昭和5
5年1月に電算システムが導入された時期には、被告社会保険庁長官において再裁
定を行うことが可能であった旨主張し、にもかかわらず、長期間にわたり、再裁定
をせずに支給を続けたのであり、にもかかわらず平成13年にいたって前裁定を取
り消すのは信義則違反である旨主張する。
 行政の違法な活動を信頼して行動した私人の保護につき民法の信義誠実の
原則や権利濫用の禁止に関する一般条項を適用することについては、法律による原
理にかんがみれば、慎重でなければならないと解される。
 しかし、本件においては、前記争いのない事実並びに甲第17号証及び第
18号証によれば、原告及びその妻が、障害年金受給者である原告が60歳に達し
たことから、大津社会保険事務所に老齢年金に切り替えた場合にどうするのかにつ
いての相談に行った際、障害年金の金額が減る可能性があることを説明することな
く(担当職員においてこの点の認識すらなかった旨推認しうることは前記のとおり
である。)、「国民年金、厚生年金障害年金の裁定、支払処理の再調査及び訂正に
ついて」と題する書面の提出を要求し、妻による代理署名をさせた上で提出させた
上、一方的に年金証書等を回収しており、その結果、原告の年金額が減額すること
が判明するや何ら予告や相談への回答をすることなく、前裁定を取り消して本件処
分を行ったものであり(乙第11号証によれば、原告は障害年金と労災年金を受給
するより、老齢年金と労災年金を受給する方が有利であることがうかがえるとこ
ろ、原告はその点の相談に行ったにもかかわらず、本件処分に先立ちそのような説
明がされた形跡はない。)、これらの経緯に加え、前記(1)での原告の不利益と前裁
定取消しの公益上の必要性の利益衡量にかんがみれば、前裁定を取消し本件処分を
行うことは、その効力が前裁定時に遡及する限りにおいては信義則に違反するもの
といわざるを得ない。一方、前裁定の取消し及び本件処分のうち、原告の本件処分
時以降の年金額を減額する部分については、前記(1)のとおり、その不利益を回避し
得る可能性が十分に存することから、それが信義則に違反するとまではいい難い。
(3) 小 括
 以上によれば、本件処分は、取消し得ない前裁定の取消しを前提としてい
る点、また、信義則に違反する点において、同処分のうち、同処分がされた平成1
3年9月13日以前に遡及する部分については違法なものであるといえる。そし
て、本件処分は、前裁定が有効に存在することを前提とした場合には、それとは異
なる金額を定めるものということになるから、その瑕疵の程度は重大かつ明白であ
るものといえ、無効な処分であるというべきである。
2 国の原告に対する過払金返還請求権の存否及び原告の国に対する請求権の存

(1) 前記1を前提にした場合、本件処分のうち本件処分時に遡って年金額を変
更する部分は違法であり無効なものであるといえるから、被告国の過払金返還請求
権は存しないものというべきであり、被告国が原告に対し、その存在を主張し支払
を求めている過払金残金49万1788円については、存在しないものと認められ
る。他方、原告はその余の分につき本来支給されるべき障害年金の支給を受けてい
ないのであるから、その支給を求め得る公法上の請求権を有していることとなる
が、そうである以上、同請求権のほかに被告国に対して不当利得返還請求権を有す
ることはないというべきであり、この場合、原告としては、被告国に対して公法上
の当事者訴訟により未払の年金請求権を行使して、その救済を求めるべきこととな
る。そして、原告は、本件訴訟における国に対する返還請求権について不当利得返
還請求権である旨明示しているようにもみえるが、その一方で、内払請求の可否に
ついて言及した上、年金を全額支払うべきである旨主張しているところであり、国
に対する年金請求を含むものであると善解し得るものであって、前記のとおり国の
過払金返還請求権が認められないものである以上、本来受け得るべき年金額から控
除された金59万8245円については、原告が国に対し年金請求権を行い得るも
のと認められる。
(2) また、前記(1)の点を措くとしても、国の原告に対する過払金返還請求権
は、法律上特段の規定がなく、民法上の不当利得返還請求権に他ならないところ、
原告に同利得による現存利益はないと認められる上、原告に受益について悪意があ
ったと認めるに足りる証拠はなく(前記1(1)オ参照)、不当利得返還請求権は成立
しないからである。
 すなわち、甲第15号証ないし第18号証、第21号証、乙第12号証、
第13号証の1及び2、第14号証、第15号証及び第16号証、原告には妻Aと
長女B(昭和55年○月○日生)、三女C(昭和60年○月○日生)がおり(次女
は出生後間もなく死亡している。)、長女Bは、平成11年4月(同年4月分及び
5月分は同年6月に同月分と併せて支給)から平成13年3月まで(同年3月分は
同年2月に同月分と併せて支給)の間、日本育英会による奨学金の支給を受け、コ
ンピューター関係の専門学校に通学しており、三女は、平成13年8月当時は高校
2年生であり、現在は大学進学準備のために浪人中であり、予備校に通学せず自宅
で勉強していること、原告の妻は、原告に対する年金支給の裁定後も、断続的では
ありながら就労を続けていたが、平成13年5月に交通事故に遭い、平成13年8
月当時は、休職中であり、現在は、大津社会福祉事業団に勤務していること、原告
の医療費等を加えると毎月40万円以上の生活費が必要であること、原告が妻との
共有で平成6年4月15日に大津市内にマンション(床面積63.93平方メート
ル)を購入(原告の持ち分4分の3)し、その際、住宅金融公庫から2800万円
の融資を受け、頭金を支払わず、月々13万円を超える額のローンの支払と駐車場
代・積立金、管理費(水道・下水量込)合計約1万7000円の支払をしているこ
と、原告が労働者災害補償保険法による障害補償年金年額416万1232円(子
の就学中は、労災就学等援護金が1月当たり17000円加算されている。)の受
給を受けていること、平成13年8月末現在約120万円の預金残高があるもの
の、2月に1度偶数月の15日に振り込まれる労働災害補償保険法による障害補償
年金が同年8月15日に約72万円振り込まれ、また、厚生年金保険法に基づく障
害年金が振り込まれていることによるものであり、通常の預金残高は50万円程度
で推移していたことが認められ、これによれば、原告が支給を受けた障害年金の額
はその全てが生活に費消されているものと認めるのが相当である(マンションは、
現在においても多額のローンを支払っているものであり、また預金も1か月の生活
費程度のものであるから、これらを資産として重視し、現存利益の存在を認定する
のは相当ではない。)。
 そして、一般に、不当利得をした者がその金銭を生活費に充てた場合、そ
の金銭がなければ他の財産から支出をしなければ他の財産から支出をしなければな
らないものであるから、原則として利息はその全額で現存するというのは、被告の
主張のとおりであるが、恩給や年金など、その受給者が他に収入を受けられないこ
とを前提として、当該金銭が全て生活費に充てられることが予定されている場合に
おいて、それが生活費に充てられたからといって、前記の一般論を適用することは
不相当というべきであり、生活費として費消された場合においても、現存利益は存
しないとみるべきである(大審院昭和8年2月23日判決、法律新聞3531号8
頁)。
 そうすると、前記のとおり、原告には現存する利得が存しないものと認め
られ、被告国が原告に対する過払金返還請求権は成立しないものというべきであ
り、(1)と同様の結論を導き得ることとなる。
(3) さらに、仮に、原告が既受領の厚生年金について返還義務を負っていたと
しても、これをその後に支給する厚生年金の内払調整によって回収したことは違法
な措置であったというべきである。
 すなわち、障害年金は、障害を負った労働者の生活の安定と福祉の向上に
寄与するために支給されるものであるから、国は、特に法律の定めがない限り、そ
の全額を受給者に支給すべきものであって、たとえ、受給者に対して何らかの請求
権を有していてもこれを控除して支給することは許されず、当該受給者の意思いか
んにかかわらず、障害年金を全額支給した上、請求権は別途行使すべきものである
(厚生年金保険法41条は、この趣旨に基づくものである。)。そして、被告がそ
の内払調整の根拠とする同法39条2項は、いずれも年金の支給につき事後的な事
情の変更によって過払が生じた場合に関するものであって、本件のように年金の裁
定に当初から瑕疵があった場合を直接想定したものではなく、上記の趣旨に照らす
と、同項を安易に類推ないし拡大解釈することは現に慎むべきであるから、同項は
本件内払調整を根拠づけるものとはいい難く、他にこれを根拠づける法令の規定は
見当たらない。
 したがって、被告がした内払調整は違法であり、原告はその分につき本来
支給されるべき障害年金の支給を受けておらず、その支給を求め得る公法上の請求
権を有することとなるから、この場合もこの点について(1)と同様の結論となる。
(4) 小 括
 そうすると、原告には、口頭弁論終結時(平成16年2月19日)におい
て既に支払った59万8245円について、被告国に対して年金請求権及びその本
来の支給日以降の遅延損害金請求権を有することになり(原告の金員請求はその内
金請求として理由がある。)、既に受領した厚生年金につき被告国に対して返還す
べきものは存しないと認められる。
第4 結論
 以上の次第で主文のとおり判決することとし、訴訟費用の負担につき行政事件
訴訟法7条、民事訴訟法64条だたし書、65条1項、61条を適用し、主文のと
おり判決する。
東京地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官   藤山雅行
裁判官   廣澤 諭
裁判官   加藤晴子

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