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主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告代理人赤上博人ほかの抗告理由について
1本件は,相手方の株主である抗告人が,相手方に対し,相手方のする株主に
対する新株予約権の無償割当ては,株主平等の原則に反し,著しく不公正な方法に
よるものであるから,会社法(以下「法」という。)247条1号及び2号に該当
すると主張して,これを仮に差し止めることを求める事案である。
2記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。
(1)相手方は,ソースその他調味料の製造及び販売等を主たる事業とする株式
会社であり,その発行する株式を株式会社東京証券取引所市場第二部に上場してい
る。平成19年6月8日(以下,月日のみ記載するときは,すべて平成19年であ
る。)時点における相手方の発行可能株式総数は7813万1000株,発行済株
式総数は1901万8565株である。
(2)抗告人は,日本企業への投資を目的とする投資ファンドであり,5月18
日時点において,関連法人と併せ,相手方の発行済株式総数の約10.25%を保
有している。また,A(以下「A」という。)は,アメリカ合衆国デラウェア州法
に基づき,抗告人のために株式等の買付けを行うことを目的として設立された有限
責任会社であり,抗告人がそのすべての持分を有している。
(3)Aは,5月18日,相手方の発行済株式のすべてを取得することを目的と
して,相手方の株式の公開買付け(以下「本件公開買付け」という。)を行う旨の
公告をし,公開買付開始届出書を関東財務局長に提出した。当初,本件公開買付け
の買付期間は同日から6月28日まで,買付価格は1株1584円とされていた
が,6月15日,買付期間は8月10日までに変更され,買付価格も1株1700
円に引き上げられた。なお,上記の当初の買付価格は,相手方株式の本件公開買付
け開始前の複数の期間における各平均市場価格に抗告人において適切と考える約1
2.82%から約18.56%までのプレミアムを加算したものとなっている。
(4)相手方は,5月25日,Aに対する質問事項を記載した意見表明報告書を
関東財務局長に提出し,これを受けて,Aは,6月1日,対質問回答報告書(以下
「本件回答報告書」という。)を同財務局長に提出した。
(5)本件回答報告書には,①抗告人は日本において会社を経営したことはな
く,現在その予定もないこと,②抗告人が現在のところ相手方を自ら経営するつも
りはないこと,③相手方の企業価値を向上させることができる提案等を,どのよう
にして経営陣に提供できるかということについて想定しているものはないこと,④
抗告人は相手方の支配権を取得した場合における事業計画や経営計画を現在のとこ
ろ有していないこと,⑤相手方の日常的な業務を自ら運営する意図を有していない
ため,相手方の行う製造販売事業に係る質問について回答する必要はないことなど
が記載され,投下資本の回収方針については具体的な記載がなかった。
このため,相手方取締役会は,6月7日,本件公開買付けは,相手方の企業価値
をき損し,相手方の利益ひいては株主の共同の利益を害するものと判断し,本件公
開買付けに反対することを決議した。また,相手方取締役会は,同日,本件公開買
付けに対する対応策として,①一定の新株予約権無償割当てに関する事項を株主総
会の特別決議事項とすること等を内容とする定款変更議案(以下「本件定款変更議
案」という。)及び②これが可決されることを条件として,新株予約権無償割当て
を行うことを内容とする議案(以下「本件議案」という。)を,6月24日に開催
予定の定時株主総会(以下「本件総会」という。)に付議することを決定した。本
件定款変更議案のうち,新株予約権無償割当てに関する部分の概要は,「相手方
は,その企業価値及び株主の共同の利益の確保・向上のためにされる,新株予約権
者のうち一定の者はその行使又は取得に当たり他の新株予約権者とは異なる取扱い
を受ける旨の条件を付した新株予約権無償割当てに関する事項については,取締役
会の決議によるほか,株主総会の決議又は株主総会の決議による委任に基づく取締
役会の決議により決定する。この株主総会の決議は特別決議をもって行う。」とい
うものである。
(6)本件総会において,抗告人は,本件公開買付けに対する対応策の内容,そ
の実施に要する費用の総額,当該対応策が実施された場合における課税上の負担の
有無,本件公開買付けが撤回された後に新たな株式の公開買付けが行われる場合の
相手方の対応等について質問するにとどまった。そして,本件定款変更議案及び本
件議案は,いずれも出席した株主の議決権の約88.7%,議決権総数の約83.
4%の賛成により可決された。なお,本件総会において可決された新株予約権の無
償割当て(以下,当該新株予約権を「本件新株予約権」といい,その無償割当てを
「本件新株予約権無償割当て」という。)の概要は,次のとおりである。
ア新株予約権無償割当ての方法により,基準日である7月10日の最終の株主
名簿及び実質株主名簿に記載又は記録された株主に対し,その有する相手方株式1
。株につき3個の割合で本件新株予約権を割り当てる
イ本件新株予約権無償割当てが効力を生ずる日は,7月11日とする。
ウ本件新株予約権1個の行使により相手方が交付する普通株式の数(割当株式
数)は,1株とする。
エ本件新株予約権の行使により相手方が普通株式を交付する場合における払込
金額は,株式1株当たり1円とする。
オ本件新株予約権の行使可能期間は,9月1日から同月30日までとする。
カ抗告人及びAを含む抗告人の関係者(以下,併せて「抗告人関係者」とい
う。)は,非適格者として本件新株予約権を行使することができない(以下「本件
行使条件」という。)。
キ相手方は,その取締役会が定める日(行使可能期間の初日より前の日)をも
って,抗告人関係者の有するものを除く本件新株予約権を取得し,その対価とし
て,本件新株予約権1個につき当該取得日時点における割当株式数の普通株式を交
付することができる。相手方は,その取締役会が定める日(行使可能期間の初日よ
り前の日)をもって,抗告人関係者の有する本件新株予約権を取得し,その対価と
して,本件新株予約権1個につき396円を交付することができる(以下,これら
の条項を「本件取得条項」という。)。なお,上記金額は,本件公開買付けにおけ
る当初の買付価格の4分の1に相当するものである。
ク譲渡による本件新株予約権の取得については,相手方取締役会の承認を要す
る。
(7)相手方取締役会は,6月24日,本件議案の可決を受けて,本件新株予約
権無償割当ての要項を決議するとともに,税務当局に対する確認の結果,株主に対
する課税上の問題から,非適格者である抗告人関係者から本件取得条項に基づき本
件新株予約権の取得を行うことができないと判断される場合であっても,抗告人関
係者の有する本件新株予約権の全部を,相手方として抗告人関係者に何らの負担・
義務を課すことなく1個につき396円の支払と引換えに譲り受ける旨決議した
(以下,この決議を「本件支払決議」という。)。
3(1)抗告人は,本件総会に先立つ6月13日,本件新株予約権無償割当てに
は,法247条の規定が適用又は類推適用されるところ,これは株主平等の原則に
反して法令及び定款(以下「法令等」という。)に違反し,かつ,著しく不公正な
方法によるものであるなどと主張して,原々審に対し,本件新株予約権無償割当て
の差止めを求める仮処分命令の申立て(以下「本件仮処分命令の申立て」とい
う。)をした。
(2)原々審は,6月28日,株主に対して新株予約権の無償割当てをする場合
においても,当該無償割当てが株主の地位に実質的変動を及ぼすときには,法24
7条の規定が類推適用され,株主平等の原則の趣旨が及ぶとした上で,本件新株予
約権無償割当ては,株主平等の原則の趣旨に反して法令等に違反するものではな
く,著しく不公正な方法によるものともいえないとして,本件仮処分命令の申立て
を却下する旨の決定をした。
(3)抗告人は,原審に抗告したが,原審は,7月9日,本件新株予約権無償割
当てが相手方の企業価値のき損を防止するために必要かつ相当で合理的なものであ
り,また,抗告人関係者がいわゆる濫用的買収者であることを考慮すると,これは
株主平等の原則に反して法令等に違反するものではなく,著しく不公正な方法によ
るものともいえないとして,抗告を棄却した。
4本件抗告の理由は,原決定が,本件新株予約権無償割当ては株主平等の原則
に反して法令等に違反するものではないとし,著しく不公正な方法によるものとも
いえないとしたことを論難するものである。
(1)株主平等の原則に反するとの主張について
ア法109条1項は,株式会社(以下「会社」という。)は株主をその有する
株式の内容及び数に応じて平等に取り扱わなければならないとして,株主平等の原
則を定めている。
新株予約権無償割当てが新株予約権者の差別的な取扱いを内容とするものであっ
ても,これは株式の内容等に直接関係するものではないから,直ちに株主平等の原
則に反するということはできない。しかし,株主は,株主としての資格に基づいて
新株予約権の割当てを受けるところ,法278条2項は,株主に割り当てる新株予
約権の内容及び数又はその算定方法についての定めは,株主の有する株式の数に応
じて新株予約権を割り当てることを内容とするものでなければならないと規定する
など,株主に割り当てる新株予約権の内容が同一であることを前提としているもの
と解されるのであって,法109条1項に定める株主平等の原則の趣旨は,新株予
約権無償割当ての場合についても及ぶというべきである。
そして,本件新株予約権無償割当ては,割り当てられる新株予約権の内容につ
き,抗告人関係者とそれ以外の株主との間で前記のような差別的な行使条件及び取
得条項が定められているため,抗告人関係者以外の株主が新株予約権を全部行使し
た場合,又は,相手方が本件取得条項に基づき抗告人関係者以外の株主の新株予約
権を全部取得し,その対価として株式が交付された場合には,抗告人関係者は,そ
の持株比率が大幅に低下するという不利益を受けることとなる。
イ株主平等の原則は,個々の株主の利益を保護するため,会社に対し,株主を
その有する株式の内容及び数に応じて平等に取り扱うことを義務付けるものである
が,個々の株主の利益は,一般的には,会社の存立,発展なしには考えられないも
のであるから,特定の株主による経営支配権の取得に伴い,会社の存立,発展が阻
害されるおそれが生ずるなど,会社の企業価値がき損され,会社の利益ひいては株
主の共同の利益が害されることになるような場合には,その防止のために当該株主
を差別的に取り扱ったとしても,当該取扱いが衡平の理念に反し,相当性を欠くも
のでない限り,これを直ちに同原則の趣旨に反するものということはできない。そ
して,特定の株主による経営支配権の取得に伴い,会社の企業価値がき損され,会
社の利益ひいては株主の共同の利益が害されることになるか否かについては,最終
的には,会社の利益の帰属主体である株主自身により判断されるべきものであると
ころ,株主総会の手続が適正を欠くものであったとか,判断の前提とされた事実が
実際には存在しなかったり,虚偽であったなど,判断の正当性を失わせるような重
大な瑕疵が存在しない限り,当該判断が尊重されるべきである。
ウ本件総会において,本件議案は,議決権総数の約83.4%の賛成を得て可
決されたのであるから,抗告人関係者以外のほとんどの既存株主が,抗告人による
経営支配権の取得が相手方の企業価値をき損し,相手方の利益ひいては株主の共同
の利益を害することになると判断したものということができる。そして,本件総会
の手続に適正を欠く点があったとはいえず,また,上記判断は,抗告人関係者にお
いて,発行済株式のすべてを取得することを目的としているにもかかわらず,相手
方の経営を行う予定はないとして経営支配権取得後の経営方針を明示せず,投下資
本の回収方針についても明らかにしなかったことなどによるものであることがうか
がわれるのであるから,当該判断に,その正当性を失わせるような重大な瑕疵は認
められない。
エそこで,抗告人による経営支配権の取得が相手方の企業価値をき損し,相手
方の利益ひいては株主の共同の利益を害することになるという本件総会における株
主の判断を前提にして,本件新株予約権無償割当てが衡平の理念に反し,相当性を
欠くものであるか否かを検討する。
抗告人関係者は,本件新株予約権に本件行使条件及び本件取得条項が付されてい
ることにより,当該予約権を行使することも,取得の対価として株式の交付を受け
ることもできず,その持株比率が大幅に低下することにはなる。しかし,本件新株
予約権無償割当ては,抗告人関係者も意見を述べる機会のあった本件総会における
議論を経て,抗告人関係者以外のほとんどの既存株主が,抗告人による経営支配権
の取得に伴う相手方の企業価値のき損を防ぐために必要な措置として是認したもの
である。さらに,抗告人関係者は,本件取得条項に基づき抗告人関係者の有する本
件新株予約権の取得が実行されることにより,その対価として金員の交付を受ける
ことができ,また,これが実行されない場合においても,相手方取締役会の本件支
払決議によれば,抗告人関係者は,その有する本件新株予約権の譲渡を相手方に申
し入れることにより,対価として金員の支払を受けられることになるところ,上記
対価は,抗告人関係者が自ら決定した本件公開買付けの買付価格に基づき算定され
たもので,本件新株予約権の価値に見合うものということができる。これらの事実
にかんがみると,抗告人関係者が受ける上記の影響を考慮しても,本件新株予約権
無償割当てが,衡平の理念に反し,相当性を欠くものとは認められない。なお,相
手方が本件取得条項に基づき抗告人関係者の有する本件新株予約権を取得する場合
に,相手方は抗告人関係者に対して多額の金員を交付することになり,それ自体,
相手方の企業価値をき損し,株主の共同の利益を害するおそれのあるものというこ
ともできないわけではないが,上記のとおり,抗告人関係者以外のほとんどの既存
株主は,抗告人による経営支配権の取得に伴う相手方の企業価値のき損を防ぐため
には,上記金員の交付もやむを得ないと判断したものといえ,この判断も尊重され
るべきである。
オしたがって,抗告人関係者が原審のいう濫用的買収者に当たるといえるか否
かにかかわらず,これまで説示した理由により,本件新株予約権無償割当ては,株
主平等の原則の趣旨に反するものではなく,法令等に違反しないというべきであ
る。
(2)著しく不公正な方法によるものとの主張について
本件新株予約権無償割当てが,株主平等の原則から見て著しく不公正な方法によ
るものといえないことは,これまで説示したことから明らかである。また,相手方
が,経営支配権を取得しようとする行為に対し,本件のような対応策を採用するこ
とをあらかじめ定めていなかった点や当該対応策を採用した目的の点から見ても,
これを著しく不公正な方法によるものということはできない。その理由は,次のと
おりである。
すなわち,本件新株予約権無償割当ては,本件公開買付けに対応するために,相
手方の定款を変更して急きょ行われたもので,経営支配権を取得しようとする行為
に対する対応策の内容等が事前に定められ,それが示されていたわけではない。確
かに,会社の経営支配権の取得を目的とする買収が行われる場合に備えて,対応策
を講ずるか否か,講ずるとしてどのような対応策を採用するかについては,そのよ
うな事態が生ずるより前の段階で,あらかじめ定めておくことが,株主,投資家,
買収をしようとする者等の関係者の予見可能性を高めることになり,現にそのよう
な定めをする事例が増加していることがうかがわれる。しかし,事前の定めがされ
ていないからといって,そのことだけで,経営支配権の取得を目的とする買収が開
始された時点において対応策を講ずることが許容されないものではない。本件新株
予約権無償割当ては,突然本件公開買付けが実行され,抗告人による相手方の経営
支配権の取得の可能性が現に生じたため,株主総会において相手方の企業価値のき
損を防ぎ,相手方の利益ひいては株主の共同の利益の侵害を防ぐためには多額の支
出をしてもこれを採用する必要があると判断されて行われたものであり,緊急の事
態に対処するための措置であること,前記のとおり,抗告人関係者に割り当てられ
た本件新株予約権に対してはその価値に見合う対価が支払われることも考慮すれ
ば,対応策が事前に定められ,それが示されていなかったからといって,本件新株
予約権無償割当てを著しく不公正な方法によるものということはできない。
また,株主に割り当てられる新株予約権の内容に差別のある新株予約権無償割当
てが,会社の企業価値ひいては株主の共同の利益を維持するためではなく,専ら経
営を担当している取締役等又はこれを支持する特定の株主の経営支配権を維持する
ためのものである場合には,その新株予約権無償割当ては原則として著しく不公正
な方法によるものと解すべきであるが,本件新株予約権無償割当てが,そのような
場合に該当しないことも,これまで説示したところにより明らかである。
(3)したがって,本件新株予約権無償割当てを,株主平等の原則の趣旨に反し
て法令等に違反するものということはできず,また,著しく不公正な方法によるも
のということもできない。
5以上のとおりであるから,論旨は理由がなく,本件仮処分命令の申立てを却
下すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができる。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官今井功裁判官津野修裁判官中川了滋裁判官
古田佑紀)

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