弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1本件控訴をいずれも棄却する。
2控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1控訴人ら
(1)原判決を取り消す。
(2)被控訴人らは,
ア控訴人a1,同a2,同a3,同a4及び同a5に対し,別紙1記載の
「謝罪文」を,
イ控訴人a18及び同a19に対し,別紙2記載の「謝罪文」を,
ウ控訴人a18に対し,別紙3記載の「謝罪文」を,
いずれもa6新聞,a7新聞,a8新聞,a9新聞,a10新聞,a11新
聞,a12日報,a13日報,a14日報,a15日報,a16新聞及びa
17日報に掲載して謝罪せよ。
(3)ア被控訴人らは,連帯して,控訴人a1,同a2,同a3,同a4,同
a5及び同a19に対し,それぞれ,3000万円及びこれに対する
(ア)控訴人a1,同a2,同a3及び同a5につき平成11年3月16
日から,
(イ)控訴人a4につき,被控訴人国は平成16年2月5日から,被控訴
人a22は平成11年3月16日から,
(ウ)控訴人a19につき平成12年12月19日から,
各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ被控訴人らは,連帯して,控訴人a18に対し,6000万円及びこれ
に対する平成12年12月19日から支払済みまで年5分の割合による金
員を支払え。
(4)訴訟費用は第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
(5)仮執行宣言
2被控訴人国
(1)控訴人らの被控訴人国に対する本件控訴をいずれも棄却する。
,,(2)控訴費用のうち控訴人らと被控訴人国との間に生じた部分については
控訴人らの負担とする。
(3)仮に,仮執行宣言を付する場合は,
ア担保を条件とする仮執行免脱宣言,
イその執行開始時期を判決が被控訴人国に送達された後14日経過した時
とする。
3被控訴人a22(以下「被控訴人会社」という)。
(1)本件控訴をいずれも棄却する。
(2)控訴費用は控訴人らの負担とする。
第2事案の概要
1本件は,大韓民国(以下,原則として「韓国」という)に在住する控訴人。
らが,控訴人a1,同a2,同a3,同a4,同a5及び同a19並びに亡a
20(控訴人a18の妻)及び亡a21(控訴人a18の妹)は第2次世界大
戦中に朝鮮半島から女子勤労挺身隊(以下「勤労挺身隊」という)の隊員と。
して来日して,当時のa22(以下,これを「旧会社」という)のa23工。
場(以下「本件工場」という)で労働に従事させられたが,その実態は強制。
連行,強制管理及び強制労働(以下,原則として「本件不法行為」という)。
にほかならず,また,被控訴人らは,戦後,勤労挺身隊の隊員であった者が隊
員であったことにより新たな被害を被らないように調査,公表,謝罪等をすべ
き義務を負っていたにもかかわらず,これを怠ったなどと主張して,被控訴人
らに対し,謝罪広告の掲載と損害賠償金の支払を求めた事案であり,
(1)甲事件及び丙事件は,控訴人a1,同a2,同a3,同a4及び同a5
が被控訴人らに対し,それぞれ,①新聞紙上への謝罪広告(原判決別紙1)
の掲載と,②損害賠償金の支払を求めた事案であり(うち,控訴人a4の被
控訴人国に対する損害賠償金の支払請求事件が丙事件であり,その余はすべ
て甲事件である,。)
(2)乙事件は,
アa21(1944年〔昭和19年〕12月7日死亡)の兄で相続人であ
る控訴人a18が被控訴人らに対し,①新聞紙上への謝罪広告(原判決別
紙3)の掲載と,②損害賠償金の支払を求めた事案と,
イa20が被控訴人らに対し,①新聞紙上への謝罪広告の掲載と②損害賠
償金の支払を求めた事案であったが,a20の死亡(2001年〔平成1
3年〕2月13日)により夫であった控訴人a18が同人を承継し,同控
訴人が被控訴人らに対し,①新聞紙上への謝罪広告(原判決別紙2)の掲
載と,②損害賠償金の支払を求めるに至った事案と,
ウ控訴人a19が被控訴人らに対し,①新聞紙上への謝罪広告(原判決別
紙2)の掲載と,②損害賠償金の支払を求めた事案である。
以下,原則として,控訴人a18を除く控訴人ら及びa20を「勤労挺身隊
員控訴人ら」と,勤労挺身隊員控訴人ら及びa21を「本件勤労挺身隊員ら」
という。
2原判決は,控訴人らの主張する各請求権が存するとしても,財産及び請求権
に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定
(昭和40年条約27号,以下「本件協定」という)2条1項,3項の規定。
により,控訴人らは上記各請求権についていかなる主張をすることもできない
とされており,被控訴人らがその旨主張する以上,控訴人らの請求を認容して
被控訴人らにその履行を命じる余地はないなどとして,控訴人らの請求をいず
れも棄却した。
原判決を不服とする控訴人らが控訴した。
3前提となる事実,争点及びこれに対する当事者の主張は,次のとおり,原判
決に付加訂正をし,当審主張を付加するほか,原判決「第2事案の概要」欄
の2並びに原判決「第3争点及びこれに対する当事者の主張」欄に記載のと
おりであるから,これを引用する。
4原判決の付加訂正
(1)原判決3頁22行目の「43,45及び46号証の各1」を「43号証
の1,44ないし46号証の各1及び2」と改める。
,。(2)原判決5頁7行目冒頭から同頁11行目末尾までを次のとおり改める
「朝鮮における勤労挺身隊の動員は「女子挺身勤労令」施行以前から行,
われていたが,1944年(昭和19年)以降に特に多く,主に国民学校
を通じて同校の6年生又は卒業生を対象に募集が行われた。
上記「女子挺身隊制度強化方策要綱」及び「女子挺身勤労令」では,国
民登録者である女子を挺身隊の隊員とすることを基本としていたものの
(甲C8,当時の朝鮮で女性の国民登録は技能者(12歳以上40歳未)
満の技能者で中学校程度の鉱工系学校卒業者又は実力と経験により鉱山技
術者,電気技術者,電気通信技術者等々として現職に就業しているか,か
つて働いたことがある者)だけとなっており「必要業務ニ挺身協力スベ,
キコトヲ命ジ得ル」国民登録者の範囲は狭い範囲に止まっていた(甲C
1。)
しかし,上記「女子挺身隊制度強化方策要綱」及び「女子挺身勤労令」
には,同時に「特ニ志願ヲ為シタル者ハ之ヲ挺身隊員トスルコトヲ妨ゲザ
ルコト「前項該当者(国民登録者)以外ノ女子ハ志願ヲ為シタル場合」,
」(),ニ限リ隊員ト為スコトヲ得ルモノトスと規定されていたため甲C8
上記のとおり勤労挺身隊員の募集がなされ,これに対する志願という形式
で挺身隊員とされた者らが本件工場のほかa27株式会社a28工場,a
29株式会社a30工場などの軍需工場に動員されていった。
なお「女子挺身勤労令」によれば「挺身勤労ヲ受ケントスル者ハ…,,
地方長官ニ之ヲ請求又ハ申請」し,地方長官においてその必要性を認めれ
ば,市町村長その他の団体の長又は学校長に対し,隊員の選抜を命じ,そ
,,の結果の報告を受けて隊員を決定し勤労令書によってその旨通知をなし
この通知を受けた者は挺身勤労をすべきものとものとされた。また,挺身
勤労を受ける者が原則その経費を負担するが「厚生大臣…又ハ地方長官,
ハ…必要アリト認ムルトキハ…挺身勤労ヲ受クル事業主ニ対シ隊員ノ使用
又ハ給与其ノ他ノ従業条件ニ関シ必要ナル命令ヲ為スコトヲ得」と,さら
に「厚生大臣又ハ地方長官ハ…挺身勤労ニ関シ市町村長其ノ他ノ団体ノ長
若ハ学校長又ハ隊員若ハ挺身勤労ヲ受クル事業主ヲ監督ス」と規定されて
いた(甲C8」。)
(3)原判決12頁18行目の「同一視」とあるのを「同一視(ここで同一視
とは,1990年代までは「挺身隊」が日本により性的に汚された女性であ
,,ることを表象していたことによりそのような女性であると見られたことと
1990年代以降は,加えて軍「慰安婦」と混同・同一視されたことの全て
を含む。以下も同様である」と改める。。)
(4)原判決54頁10行目の「3500万円」を「3700万円」と,同頁
14行目の「2500万円」を「2600万円」とそれぞれ改める。
(5)原判決55頁10行目の「(b)上記」を「(b)a21の相続人及び固有の
損害として上記」と改める。
5当審における控訴人らの主張
(1)本件協定と条約法に関するウィーン条約
ア条約の解釈については,1969年〔昭和44年〕5月23日に採択さ
(「」。),れた条約法に関するウィーン条約以下条約法条約という31条
32条に規定がある。そして,この条項は,従来の国際慣習法を確認した
ものであるから,1965年〔昭和40年〕に締結された本件協定にも適
用される(条約法条約4条ただし書。)
。,イ本件協定の文言は多義的あるいは曖昧な解釈を許すもでのである特に
「請求権に関する問題「完全かつ最終的に解決(本件協定2条1項)」,」
「」,あるいはすべての請求権であって同日以前に生じた事由に基づくもの
「いかなる主張もすることができないものとする(本件協定2条3項)」
との文言は,日本語としての通常の解釈を試みることはできるものの,依
然としてそれ自体が明確にその射程範囲,法的効果を指し示すものではな
い。
ウ条約法条約に従い検討すれば,以下のとおりである。
(ア)本件協定の射程範囲の問題として,韓日請求権協定締結にあたり,
控訴人らの被害を含めた植民地支配被害については何ら協議はなく,合
意もされなかった。合意がなされていない事項について,本件協定の効
果が及ぶことはあり得ず,控訴人らの請求権についても,本件協定によ
って「完全かつ最終的に解決」され「いかなる主張もすることができな
い」という効果も生じない。
(イ)本件協定2条1項3項において完全かつ最終的に解決されい,「」「
かなる主張もすることができない」と定められたことの効果について,
韓日両政府間の本件協定締結後の解釈に照らし,外交保護権を両政府が
互いに行使しないという限りの合意である。個人請求権を具体的に消滅
させるという合意は成立していない。仮に,控訴人らの請求権に本件協
定の効果が及ぶとしてもそれは外交保護権の放棄という限度である。
(2)本件協定と国際法(ことに「強制労働ニ関スル条約)」
ア日本は「強制労働ニ関スル条約(1930年〔昭和5年〕6月28,」
日採択・ILO条約第29号,以下「ILO29号条約」という)を1。
932年(昭和7年)10月15日に批准し,同年11月21日批准登録
をしている。
(ア)ここで強制労働とは「或者ガ処罰ノ脅威ノ下ニ強要セラレ且右ノ者
ガ任意ニ申出タルニ非ザル一切ノ労務」とされ(同条約2条1項,こ)
れは私企業のための強制労働は批准登録を1932年(昭和7年)11
月21日に行った日本においては一切認められないものであった(同条
約4条。また,例外的に強制労働が認められた場合(同条約10条1)
項)であっても「推定年齢18歳以上45歳以下ノ強壮ナル成年男子,
ノミ強制労働ニ徴収セラルルコトヲ得」る(同条約11条1項)のであ
って,女性でかつ18歳未満の児童についての強制労働は一切認められ
ていない。
(イ)しかも,同条約14条においては,合法的な強制労働に対して相当
額の賃金が支払われなければならないと規定されているが,本件では賃
金の支払は一切ない。
(ウ)したがって,本件勤労挺身隊員らに対する被控訴人国の行為は違法
評価を免れない。
(エ)なお,同条約2条2項(d)は「緊急ノ場合即チ戦争ノ場合…ノ如,
キ災厄ノ若ハ其ノ虞アル場合及一般ニ住民ノ全部又ハ一部ノ生存又ハ幸
福ヲ危殆ナルシムル一切ノ事情ニ於テ強要セラルル労務」については,
強制労働に含まれないとされているが,国際法上の比例の原則「一般,
ニ住民ノ全部又ハ一部ノ生存又ハ幸福ヲ危殆ナルシムル一切ノ事情」の
解釈によれば,本件勤労挺身隊員らに対する行為が同条約2条2項(d)
に当たらないことは明らかである。
(オ)同条約において禁止される強制労働には処罰義務があることが明示
,。され処罰を行うことはILO29号条約を批准した国家の義務である
イそして,条約法条約53条によれば,一般国際法の「強行規範」とは,
いかなる逸脱も許されない規範として,また,後に成立する同一の性質を
有する一般国際法の規範によってのみ変更することのできる規範として,
国により構成されている国際社会全体が承認した規範をいうものとされ,
締結の時に一般国際法の強行規範に抵触する条約は当然に無効とされてい
るところ,強制労働の禁止は本件当時すでに国際法上の強行規範として確
立していたものである。
ウILO29号条約の14条,15条の解釈からすれば,同条約に反する
違法な強制労働に対しては,加害者に賃金の支払,その他の補償義務が課
せられているものと認められるが,仮に,原判決のように本件協定を解釈
すると,日本政府も連行先企業である旧会社(あるいは被控訴人会社)も
いずれもILO29号条約違反の強制労働につきその被害者らに補償義務
を負わない結果になる。このような結果は,本件協定がILO29号条約
に違反することになり,無効という効果を帰結するうえ,憲法98条2項
にも違反する解釈となる。
したがって,本件協定が強行規範に違反しない条約である,すなわち無
効な条約ではないと解釈するためには,本件協定によって控訴人ら被害者
個人の請求権は何ら影響を受けないと解釈しなければならない。
エさらに本件協定により控訴人らの請求権が消滅している(実質的な救済
を得ることができない)という解釈は,憲法前文,9条,13条に照らし
た憲法29条1項,3項に違反した解釈であって,その解釈・適用の限り
で違憲である。
(3)本件協定と権利濫用
本件訴訟において,本件協定に基づく抗弁は権利の濫用に該当し,許され
ない。
ア本件協定に基づく被控訴人国の資金拠出は,国家間の経済協力・経済援
助としてなされたものであり,個人の請求権に対する補償としてなされた
ものではない。当時の日本政府は,韓国側の政府の表向きの言明にかかわ
らず,本件協定に基づく援助が軍事独裁政権の延命策として使用され,個
人請求権に対する弁済に充当される可能性のないことを認識し,あるいは
認識し得たことは明らかである。
イ本件協定の締結当時,控訴人らが,旧会社において労働を強いられた事
実は,意図的に隠蔽されていた。
被控訴人国は,韓国政府との協定締結過程において,個人請求権につい
ての具体的事実の確認を韓国政府に要求して交渉を有利に進めようとして
いた。同時に被控訴人国は,すでに1959年(昭和34年)時点におい
て,旧会社の本件工場における人的被害について,詳細を把握しており,
援護法の適用に関する調査を終えていた。しかるに,被控訴人らは,控訴
人らを含む韓国人被害者の存在を示す証拠の露呈を回避し,極力,隠蔽し
ていた。
本件協定締結時に,自ら意図的に隠蔽した加害者が隠蔽された被害者に
対して同協定による政治決着を主張することは,権利の濫用に当たる。
6被控訴人国の反論
(1)条約法条約
ア条約の時間的適用範囲については,締約国の自由な決定にゆだねられる
が,別段の合意がなければ,当該条約が当事者国間において発効して以降
である。条約法条約4条も,同条約の他の条約に対する不遡及を明文で定
めている。
なお,同条約4条ただし書は,本文に規定される条約法条約の適用対象
外の条約に対して,一般国際法上存在している規則で,条約法条約に定め
る規則と同一のものがある場合は,一般国際法上存在している規則が同条
約と別個に適用されることを確認的に規定したものである。
そして,条約法条約は,本件協定締結後に我が国において効力が生じた
条約であるから,同条約が直接本件協定の解釈に適用されることはない。
したがって,本件協定の解釈に条約法条約が当然適用されることを前提
とした控訴人らの主張は誤りである。
イ本件協定の規定内容は明確であり,これが不明確であることを前提とす
る控訴人らの主張は失当である。
本件協定及び合意議事録は「財産,権利及び利益」とそれ以外の「請,
求権」とを分けて規定した「財産,権利及び利益」とは,合意議事録2。
(a)により「法律上の根拠に基づき,財産的価値を認められる全ての種類
の実体的権利」をいうものとされ「請求権」とはこれに当たらないあら,
ゆる権利又は請求を含む概念であると解される。
そして,本件協定2条2は,在日韓国人の財産等及び終戦後の「通常の
接触の過程」において取得された財産等には,本件協定2条の規定の影響
が及ばないことを規定してこれを処理の対象から除外し,これ以外の「財
産,権利又は利益」については,本件協定2条3において,これらに対す
る措置(措置法により,本件協定に明記される一部の例外を除き,韓国国
民の日本国又は日本国民に対する債権,担保権は消滅させられ,韓国国民
の物〔動産及び不動産〕は保管者に帰属したものとする措置)について。
いかなる主張もすることができないとした。これに対し「財産,権利又,
は利益」に当たらない本件協定2条の「請求権」については,本件協定2
条3において,一律に「いかなる主張もすることができないものとする」
とされ,同協定2条1において「請求権に関する問題が完全かつ最終的,
に解決されたこととなる」ことが確認された。。
この「財産,権利又は利益」に対する措置及びその他の「請求権」につ
,,,いていかなる主張もすることができず完全かつ最終的に解決したとは
韓国及びその国民が,どのような根拠に基づいて日本国及びその国民に請
求しようとも,日本国及びその国民はこれに応じる法的義務はないという
意味である。
したがって,本件協定の規定内容は明確であり,その「法的意味」は何
ら不明確ではない。
(2)国際法(ことにILO29号条約)
ア控訴人らの主張は「ILO29号条約が,加害国に対し被害者個人へ,
の賃金の支払その他の補償義務を課している」という誤った前提に基づく
ものであり,失当である。
イILO29号条約上,被害者個人が加害国の国内裁判所において加害国
を相手に損害賠償を求め得るとする特別な制度は設けられておらず,同条
約違反により被害者個人が加害国に損害賠償を求め得るとする国際慣習法
の成立を示す一般慣行,法的確信の存在も認められない。
控訴人らは,同条約14条を根拠に賃金相当損害金請求権が認められる
と主張するが,同規定も国際法の基本的考え方からすれば,締約国相互に
義務を課したものであって,個人が締約国に対して直接賃金を支払うよう
請求する権利を付与したものではない。
ウしたがって,本件協定を原判決のように解釈したとしても,ILO29
号条約が加害国に対し被害者個人への損害賠償請求権等を保障したもので
ない以上,本件協定がILO29号条約に違反するものではない。本件協
定を控訴人らの主張するように限定して解釈すべき根拠はない。
(3)権利濫用
ア本件協定2条により,被控訴人国には控訴人らの請求に応じるべき法的
な義務がないのであるが,これは本件協定が条約であることに基づく法令
の適用の結果であって,当事者の抗弁事由でないことは明らかである。こ
れは除斥期間(民法724条後段)の主張が,消滅時効の援用と異なり,
「当事者からの主張がなくても,除斥期間の経過により右請求権が消滅し
たものと判断すべきである(最高裁平成10年6月12日・民集52巻」
4号1087頁)とされるのと同様である。
イ本件協定2条に関する主張は,被控訴人国の抗弁事由ではないから,こ
の主張が権利の濫用になることはありえないし,抗弁権の放棄を論じる意
味もないのであって,控訴人らの主張はいずれも失当である。上記裁判例
においても「当事者からの主張がなくても,除斥期間の経過により右請求
権が消滅したものと判断すべきであるから,除斥期間の主張が信義則違反
又は権利濫用であるという主張は,主張自体失当であると解すべきであ
る」と判示し,同様の考えが示されている。。
第3当裁判所の判断
1当裁判所も,控訴人らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきも
のと判断するが,その理由は,次のとおり,原判決に付加訂正をし,当審主張
に対する判断を付加するほか,原判決「第4当裁判所の判断」欄の1ないし
4に記載のとおりであるから,これを引用する。
2原判決の付加訂正
(1)原判決93頁の13行目と14行目の間に,次のとおり挿入する。
「2(1)上記のとおり,本件勤労挺身隊員らが挺身隊員に志願するに至っ
,(,た経緯については①勧誘を受けた当時の年齢控訴人a1は13歳
,,,,同a2は13歳同a3は14歳同a4は14歳同a5は14歳
a21は14歳,a20は14歳,控訴人a19は14歳)がいずれ
も若年であり,十分な判断能力を有するまでには至っていない年代で
,,ありそれまでに上記第2の2(2)のとおりの教育を受けていたこと
(,,,)②これに対して勧誘者校長担任教諭憲兵隣組の愛国班の班長
は,校長や担任教諭など信頼をしていた者,さらには敬意をはらうべ
き者であって,その影響力は大きかったことを前提に,③勧誘内容
(「。」,「。」日本に行けば学校に行ける工場で働きながらお金も稼げる
あるいは単に「お金がもらえる「2年間軍需工場で働いて勉強す。」,
れば,その後卒業証書がもらえる)が向学心を持ち上級学校への。」
進学を願う者にとっては極めて魅力的なものであったものの,そのよ
うな勉学の機会の保障は制度として予定されていなかったし,実際に
もなされていなかったこと④親などの反対に対しては校長からお,,「
。」(),前の親は契約を破ったから刑務所に送られるだろう控訴人a1
「…行かなければ,警察がお前の父親を捕まえて閉じ込める(控。」
訴人a4,憲兵から「一度行くと言った人は絶対にいかなければい)
けない。行かなかったら警察が来て家族,兄さんを縛っていく(控。」
訴人a3)などと脅されたり,無断で印鑑を持ち出して書類を揃えた
ことを知りながら黙認したりしたこと(控訴人a5)を総合すれば,
各勧誘者らが本件勤労挺身隊員らに対して,欺罔あるいは脅迫によっ
て挺身隊員に志願させたものと認められ,これは強制連行であったと
いうべきである。
(2)また,上記のとおり,本件勤労挺身隊員らの本件工場における労
働・生活については,同人らの年齢,その年齢に比して過酷な労働で
あったこと,貧しい食事,外出や手紙の制限・検閲,給料の未払など
の事情が認められ,これに挺身隊員を志願するに至った経緯なども総
合すると,それは強制労働であったというべきである。
(3)また,a21が東南海地震により1944年(昭和19年)12
月7日本件工場内で死亡したこと,控訴人a19が本件工場内での作
業中に左手人差指に傷害を負ったことは,いずれも上記強制連行,強
制労働により生じた損害と認められる。
(4)そして,勤労挺身隊は我が国の軍需産業における労動力不足を補
うためになされたものであり,上記第2の2(1)のとおり,次官会議
における「女子勤労動員ノ促進ニ関スル件」の決定(1943年〔昭
和18年〕9月13日,閣議における「女子挺身隊制度強化方策要)
綱」の決定(1944年〔昭和19年〕3月18日)とその内容,さ
らには,その後「女子挺身勤労令」において「厚生大臣又ハ地方長,
官ハ…挺身勤労ニ関シ市町村長其ノ他ノ団体ノ長若ハ学校長又ハ隊員
」,若ハ挺身勤労ヲ受クル事業主ヲ監督スと規定されたことに照らせば
本件勤労挺身隊員らに対する勧誘行為は被控訴人国の監督のもとにな
されたものであるということができる。
また,旧会社が勤労挺身隊の派遣を受けたのはその要請に基づくも
のと推測され(女子挺身勤労令5条参照,また,その挺身隊員らの)
監督は直接には事業主が行うものの,事業主に対する監督は厚生大臣
又は地方長官が行うことになっていたこと(女子挺身勤労令12条,
13条,16条)等に照らせば,本件勤労挺身隊員らの本件工場にお
ける労働・生活に対する管理は旧会社において被控訴人国の監督のも
となされていたものということができる。
(5)したがって,本件勤労挺身隊員らに対する勧誘行為や本件工場に
おける労働・生活,すなわち強制連行・強制労働について,被控訴人
国については民法の適用があるならば,被控訴人会社については旧会
社との法人格の同一性あるいは旧会社からの債務の承継が認められる
ならば,被控訴人らは,民法709条,715条,719条によりそ
の損害賠償等の責任を負担すべきことになる。
3国家無答責の法理について
,,,(1)被控訴人国は控訴人らの主張を前提とすれば本件不法行為は
国家の権力的作用に基づいてなされたものであり,昭和22年10月
27日の国家賠償法施行前の行為であるから,国家無答責の法理(権
力的作用に民法の適用はないとする実体法上の法理)が妥当し,民法70
9条,715条,719条の適用の余地はないと主張する。
(2)国家賠償法施行前においては,国家賠償法のように一般に国の損
害賠償責任を認める明文の規定を持つ実体法はなく,同法附則6条は
「この法律の施行前の行為に基づく損害については,なお従前の例に
よる」と規定し,同法の規定の遡及的適用が否定された以上,同法施
行前の公務員の公権力の行使の違法を理由とする国の賠償責任につい
ては,民法(明治31年施行)の不法行為に関する規定が公務員の公
権力の行使についても適用があるのか,それとも実体法上の法理とし
て国家無答責の法理があり,これによって民法の適用が排除されてい
たのかによって決せられることになる。
(3)確かに,大審院は,国家賠償法の施行前の複数の事例で,民法の不法
行為に関する規定は公務員の権力的作用には適用がないとの解釈をとり,
国家の権力的作用に基づき,個人に損害が生じても,国に不法行為責任を
認めることはしていなかった。
また,公務員の権力的作用に基づいて個人に損害が発生した場合,国ま
たは公共団体に責任を負わせるか否か,負わせるとしてもどのような要件
のもと,どのような範囲で責任を負わせるかは立法裁量にゆだねられてい
るところ,旧民法や民法715条の立法過程における議論や,国または公
共団体に責任を負わせるための特別法を認めなかったことから,国家に責
任を認める余地はないとする見解もあり得るところである。
(4)しかしながら,以下の事情を総合検討すれば,公務員の権力的作用
に基づく不法行為について民法715条を適用するか否かの解釈は,国家
賠償法施行前においては,判例にゆだねられていたものと解するのが相当
である。
アまず,原則的な規定として民法709条,715条が存在し,これら
は文理上,公務員の権力的作用に基づいて不法行為責任が発生する余地
を排除していない。
イ確かに,旧民法の制定過程において,当初の草案では「公ノ事務所」
として国又は公共団体も不法行為責任(使用者責任)を負うとされなが
ら,後にこれが削除されたのは,公務員の権力的作用に基づく不法行為
については特別の配慮を要すると考えられたためであると解されるが,
上記のとお原則的な規定としての民法709条,715条は存在してお
り,他方,公務員の権力的行為に基づく不法行為につき,国の責任を全
て否定すべきであるということに関して,行政裁判法16条はともかく
としても明確な実定法規はないことからすると,この点から当然に結論
が導かれるものとも言えない。
ウなお,行政裁判法16条については,実体法上は公権力の行使に
違法があった場合に国に損害賠償責任を生ずることを前提としながら,
行政裁判所は損害賠償請求訴訟を受理しないという訴訟手続上の定めを
おいたものと解釈する余地がある。
エそして,大審院の判例が当初権力的作用と非権力的作用を問わず,私
,経済的作用を除くすべての公務員の行為に責任を認めていなかったのに
大正5年の遊動円棒事件判決以来,非権力的作用については民法の適用
を認め,国の不法行為責任を肯定するように変遷してきたことも,公務
員の権力的作用に基づく不法行為に民法の適用を認めるか否かが判例に
ゆだねられていたことの根拠ということができる。
オさらに,戦前の有力学説も,国家無答責の法理につき,一致して支持
していたわけでもなければ,異論がなかったわけでもない。
(5)以上のとおり,国家賠償法施行前において,すべての権力的作用に基
づく行為について民法が適用されないとする法理が存在したとは認められ
。,,ないそこで本件につき民法の適用の有無を検討する必要があるところ
違法性の有無等ついては行為当時の法令と公序に照らして判断すべきもの
であり,上記(3)のとおり,戦前の判例法理によれば,本件につき民法の適
用はないと解する余地があるともいえる。
しかしながら,上記はあくまでも判例法理に止まるものであるうえ,本
件についてみると,日本は,ILO29号条約を1932年(昭和7
年)10月15日に批准し,同年11月21日に批准登録をしている
が,同条約では,女性でかつ18歳未満の児童についての強制労働が
一切認められていなかったにもかかわらず,上記2のとおり,本件勤
労挺身隊員らに対する勧誘行為や同人らの本件工場における労働・生
活は,被控訴人国による監督のもとなされた強制連行・強制労働と認
められること,そしてこれらの行為は個人の尊厳を否定し,正義・公
平に著しく反する行為と言わざるを得ないことに鑑みれば,行為当時
の法令と公序のもとにおいても,許されない違法な行為であったとい
うべきである。
したがって,被控訴人国は,本件勤労挺身隊員らに対する強制連行
・強制労働について,民法709条,715条,719条によりその
損害賠償等の責任を負担すべきものである。
4旧会社と被控訴人会社の同一性について
(1)被控訴人会社は,旧会社は,企業再建整備法における整備計画に
基づく第二会社3社の設立により,昭和25年1月11日に解散して
おり,他方,被控訴人会社は,a53株式会社(昭和25年1月11
日設立)が,昭和39年6月30日に,a54株式会社及びa55株
式会社(いずれも昭和25年1月11日設立)を合併してできた株式
会社であって,旧会社と被控訴人会社とは別個独立の会社である旨主
張する。
(2)ア確かに,旧会社は,会社経理応急措置法上の特別経理会社,企
業再建整備法上の特別経理株式会社となり,企業再建整備法の再建
整備計画に基づき昭和25年1月11日に解散し,旧会社の資産の
うち企業再建整備法における整備計画に基づき新勘定に属するもの
とされた資産の現物出資により新たにa53株式会社,a54株式
会社及びa55株式会社が設立されたものであって,形式的には法
人格の同一性や継続があるとは言えないところである。
イしかしながら,旧会社と新たに設立された3つの第二会社との間
には,人的には,新会社3社の初代社長はいずれも旧会社の常務取
締役であったこと,従業員も特段の手続きを経ることなく新会社に
引き継がれたこと,物的には,上記新勘定には会社の目的たる現に
行っている事業の継続及び戦後産業の回復復興に必要なものが含ま
れていたのであり,実態としては,事業の継続に必要な人的・物的
財産が新会社3社に分割して引き継がれているものと認められる
(丙7,8,12,16,18の1及び2,弁論の全趣旨。そし)
て,この新会社3社のうち,a53株式会社が,昭和39年6月3
0日にa54株式会社及びa55株式会社を合併して被控訴人会社
となっている。
また,旧会社は,昭和32年9月30日,a49株式会社に吸収
合併されたが,同社は,被控訴人会社の子会社で,被控訴人会社は
a49株式会社の発行済株式総数の84.5%を保有し,両社の役
員及び職員の一部は兼任をしており,あるいは被控訴人会社からa
49株式会社へ出向,転籍している者もいること,また,同社は被
控訴人会社の本社ビルの一部を転借しているなどの事情も認められ
る(弁論の全趣旨。)
以上からすれば,旧会社と被控訴人会社との間には実質的に同一
性があり,被控訴人会社において,旧会社の違法行為については一
切関与しておらず責任を負わない旨の主張をすることが信義則上許
されないと解する余地があるというべきである。
ウしたがって,本件勤労挺身隊員らに対する勧誘行為や本件工場に
おける労働・生活,すなわち強制連行・強制労働について,被控訴
人会社は,民法709条,715条,719条によりその損害賠償
等の責任を負担すべき余地があるということができる。
5なお,控訴人らは,国際法違反(強制労働ニ関スル条約違反,国際慣
習法としての奴隷制の禁止違反,人道に対する罪,ハーグ条約・ハーグ
規則にかかる国際慣習法違反)に基づき,被控訴人らに対する損害賠償
請求権等が発生すると主張する。
しかしながら,強制労働ニ関スル条約には,違法に強制労働を課せら
れた被害者たる個人の条約に違反した国家や私人に対する損害賠請求権
を規定しておらず,そのように解すべき条項も認められない。奴隷制禁
止の国際慣習法に関しても,その慣習法に違反することを理由に被害者
である個人が直接に加害者である国家や私人に対して損害賠償請求権を
行使できることの一般慣行や法的確信が存在していたものとは認められ
ない。さらに人道に対する罪は,犯罪の構成要件を規定し,国家に処罰
を義務づけるに止まり,民事責任を基礎付けるものではない。最後にハ
ーグ条約・ハーグ規則は,その規定内容からすれば,交戦による戦争損
害に関する規定であるものと解され,損害賠償を行うべき相手方も,他
方の交戦当事者である国家又は団体であると解されるから,控訴人らの
被害についてその規定が適用されるものではない。したがって,控訴人
らの上記主張はいずれも理由がないことに帰する」。
(2)原判決93頁14行目冒頭の「2」を「6」と改める。
(3)原判決93頁22行目の「乙12号証」を「乙12号証,乙30号証な
いし35号証」と改める。
(4)原判決94頁3行目末尾に,改行のうえ次のとおり付加する。
「なお,この平和条約では,個人の請求権を含め,戦争の遂行中に生じた
すべての請求権を相互に放棄することを前提として,日本国は連合国に対
する戦争賠償の義務を認めて連合国の管轄下にある在外資産の処分を連合
国にゆだね,役務賠償を含めて具体的な戦争賠償の取決めは各連合国との
間で個別に行うという日本国の戦後処理の枠組みを定めていた」。
(5)原判決100頁7行目冒頭から101頁15行目末尾までを,次のとお
り改める。
「(2)ア上記のとおり,平和条約4条(a)により,我が国及びその国民に対
する朝鮮地域の施政を行っている当局及び住民の請求権の処理は,我
が国と同当局との間の特別取極の主題とするものとされ,この特別取
極の主題となるものを含めて解決するものとして,本件協定が締結さ
れるに至ったものである。
イまた,その前提となる平和条約では,個人の請求権を含め,戦争の
遂行中に生じたすべての請求権を相互に放棄することを前提として,
日本国は連合国に対する戦争賠償の義務を認めて連合国の管轄下にあ
る在外資産の処分を連合国にゆだね,役務賠償を含めて具体的な戦争
賠償の取決めは各連合国との間で個別に行うという日本国の戦後処理
の枠組みが定められていたが,ここで請求権の「放棄(平和条約1」
4条(b),19条(a))とは,国家は,戦争の終結に伴う講和条約の締
結に際し,対人主権に基づき,個人の請求権を含む請求権の処理を行
い得ることを前提に,また,請求権放棄の趣旨が,戦争の遂行中に生
じた種々の請求権に関する問題を,事後的個別的な民事裁判上の権利
行使をもって解決するという処理にゆだねたならば,将来,どちらの
国家又は国民に対しても,平和条約締結時には予測困難な過大な負担
を負わせ,混乱を生じさせることとなるおそれがあり,平和条約の目
,,的達成の妨げとなるからこれを避けることにあったことにかんがみ
当該請求権につき裁判上訴求する権能を失わせるものと解すべきもの
であった。
ウ上記に認定した,平和条約の内容やその役割,本件協定締結に至る
までの経緯(その過程のなかで我が国及び韓国の政府は,いずれも,
国と国との間の請求権についてだけでなく,それぞれの国民の相手国
及びその国民に対する請求権の処理を重要な課題として検討を重ねた
ことは明らかである,本件協定2条の文言,本件協定締結に伴っ。)
て日韓両国において執られた措置によれば,我が国又はその国民に対
する韓国及びその国民の,(a)債権については,それが本件協定2条
3項の財産,権利及び利益に該当するものであれば,財産権措置法1
項によって,原則として,昭和40年6月22日に消滅し,(b)その
他の同日以前に生じた事由に基づくすべての請求権については,本件
協定2条2項に規定されたものを除き,同条1項,3項によって,韓
国及びその国民は,我が国及びその国民に対して何らの主張もするこ
とができないものとされたことが明らかである。
そして,上記認定の諸事情を前提として本件協定2条1項,3項の
趣旨を考えると,我が国及びその国民は,韓国及びその国民から,上
記(b)に該当する請求権の行使を受けた場合,韓国及びその国民に対
し,本件協定2条1項,3項によって上記の請求権については主張す
ることができないものとされている旨を主張すること,すなわち,そ
の請求に応じる法的義務はないとの主張をすることができるものと解
するのが相当である。
エ(ア)控訴人らは,本件協定2条1項,3項の主体は日韓両締約国で
あり,両国が国家としての外交保護権の放棄を確認したとしても,
そのことをもって両国国民の請求権についての何らかの効果が生じ
るということは論理的にありえないと主張する。
しかしながら,条約は国家間の合意であり,条約の締結には国会
の承認を要し(憲法73条3号,その誠実な遵守の必要性が規定)
されていること(憲法98条2項)からすれば,法律と条約との国
内法的効力における優劣関係に関しては,条約が法律に優位するも
のと解されるところ,国会は,国内の立法手続により国民の私法上
,,,の権利・義務の設定変更消滅を行うことが可能なのであるから
国会の承認を得た条約によって国民の私法上の権利・義務の設定,
,,,,変更消滅を行うことも可能であると解されることまた国家は
戦争の終結に伴う講和条約の締結に際し,対人主権に基づき,個人
の請求権を含む請求権の処理を行い得ると解されることからすれ
ば,国家間の合意によって国民の権利を制限することはできないこ
とを前提とする控訴人らの上記主張はその前提において採用できな
い。
なお,上記のように解することによって,控訴人らに生じた損害
に対して補償がなされないとしても,第2次世界大戦の敗戦に伴う
国家間の財産処理といった事項は本来憲法の予定しないところであ
り,そのための処理に関して損害が生じたとしても,その損害に対
する補償は,戦争損害と同様に憲法の予想しないものというべきで
あるから(最高裁昭和43年11月27日大法廷判決・民集22巻
12号2808頁,それと同様に本件協定について憲法違反をい)
うことはできない(最高裁平成13年11月22日第1小法廷判決
・判例タイムズ1080号81頁,平成16年11月29日第2小
法廷判決・判例タイムズ1170号144頁。)
(イ)控訴人らは,条約が国内法的効力を有するためには,主観的要
件として条約締結国が国内において直接適用を認める意思を有して
いること,客観的要件として規定内容が明確であることを必要とす
るところ,本件協定はこれら要件を満たしていないと主張する。
しかし,本件協定2条が「財産,権利及び利益」については国内
法上の措置を予定しているのに対し請求権についてはい「」,「」「
かなる主張もすることができない」と規定し「両締約国及びその,
国民の間の請求権に関する問題が,…完全かつ最終的に解決された
こと」を確認していることからすれば,日本と韓国の両締約国は,
「請求権」については「主張することができないものとされてい,
る」旨の主張ができるという法的効果を本件協定の直接の効果とし
て予定していたことは明らかである。
また,後記のとおり,本件協定2条2項に規定されたものを除く
「請求権」には,昭和40年6月22日以前に生じた事由に基づく
ものであれば,本件協定の締結当時に具体的な問題として取り上げ
られていなかった請求権も含めて本件協定の対象になるものと解さ
れ,その規定内容が不明確であるということもできない。
したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。
(ウ)控訴人らは,ジュネーブ第4条約において「国家が賠償処理に
よって個人の賠償請求権を消滅させることはできない」というこ。
とが国際慣習法として確認されていたから(同条約7条,148条
参照,本件協定によって日本及び韓国の両政府が自国民の個人請)
求権を消滅させることは当時の国際慣習法に違反し,不可能であっ
たと主張する。
条約の時間的適用範囲は締約国の自由な決定に委ねられるが,別
段の合意がなければ,条約不遡及の原則が適用される。この点,条
約法に関するウィーン条約28条では「条約は,…条約の効力が,
当事国について生じる日前に行われた行為,同日前に生じた事実…
に関し,該当当事国を拘束しない」と規定されている。
そして,ジュネーブ第4条約は1949年(昭和24年)に締結
されたものであり,時間的適用範囲について特段の規定はなく,同
条約から別段の意図が明らかとも言えないから,第2次世界大戦中
の行為に同条約を適用することはできない。
また,控訴人らが主張するジュネーブ第4条約の7条は「いか,
なる特別協定も,この条約で定める被保護者の地位に不利な影響を
及ぼし,又はこの条約で被保護者に与える権利を制限するものであ
ってはならない」と規定するが,上記のとおり第2次世界大戦中の
行為についてジュネーブ第4条約が適用されない以上,同条約7条
が本件協定の効力に影響を与えるものとは認められない。
さらに,控訴人らが主張するジュネーブ第4条約の148条は,
締約国が,同条約に対する重大な違反行為を行った者,それを命じ
た者に対して刑罰を定めるため必要な立法を行い,公訴を提起しな
ければならないことを前提にして「締約国は,前条に掲げる違反,
行為に関し,自国が負うべき責任を免かれ,又は他の締約国をして
」,その国が負うべき責任から免かれさせてはならないと規定するが
これについても同様に本件協定の効力に影響を与えるものとは認め
られない。
そして「国家が賠償処理によって個人の賠償請求権を消滅させ,
ることはできない」という国際慣習法が既に成立しており,ジュ。
ネーブ第4条約の7条,148条がそれを確認したものであるとの
控訴人らの主張を認めるに足りる証拠はない。
したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。
オ控訴人らは,従前,被控訴人国は本件協定の効果は外交保護権の放
棄であって,いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅
させたというものではないと主張していたにもかかわらず,平成14
年11月14日付け第6準備書面においてその主張を一転させ「応じ
る法的義務がない(実質的に個人請求権を消滅させた)と主張する」
に至ったが,これは自らの責任を免れるための詭弁であり正義衡平の
観念に著しく反するものであり,本件協定について個人の請求権を消
滅させたものではないとの見解が司法によっても確認された後の段階
においてこのような主張をすることは,少なくとも本件協定により訴
えが排斥されることはないと確信して訴訟関係に入った控訴人らとの
,()()関係においては信義則民法1条2項に反し許されない禁反言
と主張する。
確かに,控訴人らが主張するように平成3年8月27日の第121
回国会参議院予算委員会における政府委員(a58外務省条約局長)
の答弁は「…いわゆる日韓請求権協定におきまして両国間の請求権,
の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。その意味すると
ころでございますが,日韓両国間において存在しておりましたそれぞ
れの国民の請求権を含めて解決したということでございますけれど
も,これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に
放棄したということでございます。したがいまして,いわゆる個人の
請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではござい
ません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り
上げることはできない,こういう意味でございます」というもので。
ある(甲G14。)
しかし,本件協定に関して昭和40年11月5日に開かれた第50
回国会衆議院「日本国と大韓民国との間の条約及び協定等に関する特
別委員会」において,日本国民の在韓財産と本件協定2条との関係に
つき,a57外務大臣の答弁は「個人の請求権を放棄したという表,
現は私は適切でないと思います。a88法制局長官が言ったように,
政府がこれを一たん握って,そしてそれを放棄した,こういうのでは
ないのでありまして,あくまでも政府が在韓請求権というものに対し
て外交保護権を放棄した,その結果,個人の請求権というものを主張
しても向こうが取り上げない,その取り上げないという状態をいかん
ともできない,結論において救済することができない,こういうこと
になるのでありまして,私がもしそれを放棄したというような表現を
,。」,,使ったならばこの際訂正をいたしますというものでありまた
その答弁に対して質問者は「これは総理にお伺いしたいところなんで
。,,すあなたは先ほど実質的に放棄したと言っていいのかと言ったら
そういうことになるとはっきりおしゃいました。それはもう正直な答
弁ですよ。外交保護権は放棄したけれども,個人の請求権は残ってお
ると言ってみたところで,それでは韓国に対して訴訟を起こして回収
,。。」しようその道は閉ざされている実質的に放棄したことになる…
(乙16)と述べている。
上記a57外務大臣の答弁等,さらに本件協定の文言からすれば,
被控訴人国は,本件協定の締結当時から,請求権については本件協定
により最終的には法的救済が得られない状態にあることを主張してい
たものと認められる。
したがって,a58外務省条約局長の答弁が不十分なものであった
との誹りは免れないとしても,そのことから被控訴人国が本訴におい
てなした本件協定に関する主張が信義則上許されないということはで
きず,他に,控訴人らの上記主張を認めるに足りる証拠はない。
カなお,平和条約14条(b)には「連合国は,連合国のすべての賠,
償請求権,戦争の遂行中に我が国及びその国民がとった行動から生じ
た連合国及びその国民の他の請求権を放棄する」旨の規定が存すると
ころ,同条約26条には「我が国がいずれかの国との間で,同条約,
で定めるところよりも大きな利益をその国に与える平和処理又は戦争
請求権処理を行ったときは,これと同一の利益は,この条約の当事国
にも及ぼされなければならない」旨の規定が存する。韓国は,平和。
条約の当事国ではないが,仮に我が国がいずれかの国との間で,同条
約14条(b)において合意した内容よりも大きな利益を与える旨の処
理をしている場合には,我が国と韓国との間の合意の効力を検討する
につき,上記の点を考慮すべきことになるものと考えられるが,本件
各証拠及び弁論の全趣旨によっても,我が国がいずれかの国に対し同
条約で定めるところよりも大きな利益を与える旨の戦争請求権処理等
を行ったことは認められない。したがって,この点から本件協定に関
する上記の解釈を検討すべき余地はないというべきである」。
(6)原判決101頁26行目の「これを本件についてみると」から同102
頁3行目末尾までを,次のとおり改める。
「これを本件についてみると,控訴人らの被控訴人会社に対する各請求権
は,上記の債権に当たらないというべきである。なお,控訴人らの請求の
うちに未払賃金の支払請求が含まれているのであれば,それは本件協定2
条3項の「財産,権利及び利益」に該当するものと解されるが,控訴人ら
は,被控訴人らによる強制連行,強制労働による損害の賠償を請求し,そ
の財産的損害額の算定根拠に当時の未払賃金額を用いているものと解され
るところ,昭和40年6月22日当時,被控訴人らによる強制連行,強制
労働に関して事実関係の立証が容易であり,その事実関係に基づく法律関
係が明らかであったとまでは言えないのであるから,上記のとおり解すべ
きである。したがって,被控訴人会社の上記主張は採用することができな
い」。
(7)原判決102頁18行目冒頭から103頁18行目末尾までを,次のと
おり改める。
「エ控訴人らの被控訴人らに対する各請求権について
(ア)上記に検討したところによると,控訴人らの被控訴人らに対する
各請求権は,いずれも本件協定2条1項,3項に規定する財産,権利
及び利益に該当するものでなく,同各条項に規定する請求権に当たる
ものと解される。そして,これらが同条2項に該当しないものである
ことは明らかである。
(イ)控訴人らが,本件勤労挺身隊員らが我が国に連行され,本件工場
及びa45工場において強制労働させられたこと,a21が昭和19
年12月7日に本件工場において死亡し,控訴人a19が本件工場内
での作業中に左手人差指に傷害を負ったことを理由とする不法行為に
基づく各請求権は,昭和19年から昭和20年10月ころまでの間の
事由に基づくものである。
オ同一視被害について
証拠(甲B40及び43号証,甲C1,5,7,17,20,24,
81号証の2及び91号証,原審証人a25,証人a89,原審におけ
る控訴人a1)と弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア)いわゆる軍「慰安婦」と勤労挺身隊
a1930年代とくに日中戦争が全面化した1938年(昭和13
年)以降1945年(昭和20年)に至るまで,多数の女性が朝鮮
半島から軍「慰安婦」として連行されたが,その対象は10代から
20代の女性で,特に未成年の女性が多かった。
一方,第2次世界大戦末期である1943年(昭和18年)から
1945年(昭和20年)にかけて,主として国民学校卒業直後の
12歳から16歳程度の幼い少女たちが勤労挺身隊として動員され
日本へ送り込まれたが,その数は軍「慰安婦」とされた者に比して
少数に止まった。
b軍「慰安婦」の場合,警察と軍の介入,拉致などの方法で連行さ
れた者もあったとされるが,多くは「工場に行く「お腹一杯食,」,
べさせる「お金をたくさんあげる」等と言って,看護婦,女子」,
挺身隊,慰問団などに就業させるかのごとく誘い募集した。
他方,勤労挺身隊においては「女学校へ行ける「働いてお金,」,
も稼げる」と幼い少女を騙して動員していた。勧誘には,大多数の
場合公立学校の教師,校長,面長,区長等の行政機関が関与し,憲
兵が立ち会った例も多かった。
このように両者ともに,形式的には勧誘によるものであり,勧誘
に際しては経済的利益等を強調して欺罔するなどその方法も酷似し
ていた。
c軍「慰安婦」の動員は,特殊な例を除けば,公然と「慰安婦」と
称して行われることはなく,従軍看護婦,女子挺身隊,慰問団,歌
,。,「」劇団奉仕隊等様々な名目のもとで行われたそのため慰安婦
という言葉は,一般には全くなじみのない言葉であった。
他方,1940年(昭和15年)以降「挺身隊」の名称で,様,
。「」,「」,「」,々な動員が行われた農村挺身隊学徒挺身隊報国挺身隊
「国語普及挺身隊「報道挺身隊「婦人農業挺身隊「女子救」,」,」,
護挺身隊「特別女子青年挺身隊」など総督府あるいは日本軍に」,
よって「挺身隊」との名称が用いられた組織は極めて多岐に及んで
いた。そして1944年(昭和19年)以降,総督府は大々的な宣
伝を行って勤労挺身隊の動員をするようになった。
dところで,勤労挺身隊として動員されながら,軍「慰安婦」とさ
れた例が,6例確認されている。一度は工場に動員されたが,工場
から脱出後に捕らえられて軍「慰安婦」とされた1例と,工場には
行かないか,ちょっと寄った後すぐに軍「慰安婦」とされた5例で
ある。
(イ)挺身隊言説被害の発生
a上記(ア)のとおり,多数の若い未婚女性が日本によって動員され
たがそれらは広く「挺身隊」として表象されるようになり,その中
には軍「慰安婦」とされた者も多数含まれていたことから「挺身,
隊」という言葉は,具体的な実態は不明なまま,日本によって性的
に汚された女性を表象するものになっていった。
b韓国社会は,徹底した男系血統主義の家父長制がとられていたの
で,女性は,妻,母という役割の中にその存在が規定され,強い貞
操観念が求められた。そして,純潔な女性が結婚の対象であり,そ
うでない女性は遊ぶための相手と位置付けられ,たとえ性暴力によ
って貞操を失ったのであっても,その女性は不道徳な女性として非
難にさらされていた。
cこうした韓国社会の中で,勤労挺身隊員らが家庭生活や社会生活
において女性としての地位を占めることは極めて困難であった。本
件勤労挺身隊員らを含め勤労挺身隊の隊員らは,結婚するために自
らの過去を秘匿する必要があり,仮に結婚できた場合にも,過去が
知られることに怯え続けなければならなかった。何らかの機会に勤
労挺身隊に動員されていたことが夫に知られれば家庭の崩壊を来す
のみならず,家族の恥となって子どもや身内に何らかの災いが降り
かかるからであった。そのため勤労挺身隊員であったという過去に
怯え続ける人生を余儀なくされた。
(ウ)同一視被害
a1990年代に入るまで軍「慰安婦」の具体像は不明であった。
この間,男性の徴用・強制連行は問題として取り上げられ,補償問
題も浮上した。しかし,軍「慰安婦」と勤労挺身隊の被害者らは,
自らの被害を語ることはできなかった。かつて「挺身隊」の隊員で
あったことを語れば,自分が汚らわしい女性であると語ることと同
様に見なされたためで,話題にすることすら困難な状況だった。
bその後,韓国が民主化された1990年代近くなってから,女性
が,それまでの考えを克服して性暴力問題を本格的に告発するよう
になり,性暴力による被害が女性の恥ではなく,違法な人権侵害で
あるとする意識が社会に定着し始める中で,1990年代に入り軍
「」。慰安婦問題が具体的な問題として取り上げられることとなった
c同一視被害の発生
そして,軍「慰安婦」の実態が具体的に明らかにされるに伴い,
今度は「挺身隊」が具体的には軍「慰安婦」を意味する言葉とし,
て実体化されていった。そのために勤労挺身隊員として動員された
者らは,軍「慰安婦」との同一視による危険にさらされることとな
った。軍「慰安婦」問題に社会の関心があつまるにつれて却って勤
労挺身隊員らは,いつ自分たちの過去が周囲に知られることになる
かを心配し,いっそう怯えて生きることを余儀なくされるようにな
った。
(エ)上記(ア)ないし(ウ)のとおり,帰国後において,勤労挺身隊員と
して日本に行ったということが知られると,そのことから直ちに性的
に汚された女性と認識されるという状況があったため,
a控訴人a1は勤労挺身隊員であったことを秘して1957年昭,(
和32年)頃に結婚し,結婚後もそのことを家族にも話さず暮らし
てきたが,子どもらが独立した後に勤労挺身隊員であったことを明
らかにしたところ,夫の理解は得られず1994年(平成6年)1
0月には夫と離婚したこと,
b控訴人a2は,一度軍人と婚約したが勤労挺身隊員であったこと
が知られて破談となり,その後,結婚したものの再び勤労挺身隊員
であったことが知られ,それが原因となって離婚したこと,
c控訴人a3は,勤労挺身隊に参加したことを隠していたところ,
一度あった憲兵との結婚話は同控訴人が勤労挺身隊員であったこと
を知った相手方が断ってきた,その後にした結婚生活においても,
結婚4,5年後には勤労挺身隊員であったことが夫の知るところと
なり,夫からの信用を失い,暴力を受け,夫が家を出るに及んで婚
姻関係は破綻したこと,
d控訴人a4は,一度見合いをした相手と結婚の約束をしたが,勤
,,労挺身隊に参加したことを知られ相手の母親に反対されて破談し
その後,1949年(昭和24年)頃,勤労挺身隊員であったこと
を秘して結婚したが,そのことを知った夫から慰安婦と疑われ「汚
れた女」などと罵倒されたが,子どもらに罪はないと考え我慢して
離婚まではしなかったこと,
e控訴人a5は,17歳のころ勤労挺身隊員であったことを秘して
結婚し,夫が死ぬまでこのことを知らせなかったこと,
f控訴人a19は,1947年(昭和22年)12月,勤労挺身隊
員であったことを秘して結婚したが,間もなくして夫の知るところ
となり,夫から酷い暴力を受けることが続くようになり,これは夫
が肝臓を悪くした1962年(昭和37年)頃まで続いたこと,
などの被害が生じていた。
そして,上記(ア)ないし(エ)の状況からも明らかなように,貞操観
念が強く求められる韓国社会では性的な汚された女性であると認識さ
れてしまうとこれを正して家庭生活や社会生活において女性として生
きていくことは困難であり,そのため勤労挺身隊員控訴人らも,上記
被害のみならず勤労挺身隊員であったことを知られるかも知れないと
いう恐怖に怯えて生きることを余儀なくされるという被害を被ってい
た。
カ(ア)控訴人らは,勤労挺身隊員控訴人らが,帰国後に韓国社会におい
て慰安婦と同一視されたことによって被った損害,被控訴人らの不作
為を原因として生じた解放後の被害に係る請求権は,本件協定2条1
項,3項に規定する請求権に該当しない旨主張する。
まず,勤労挺身隊員控訴人らの上記損害は,性的に汚された女性で
あるとの誤った認識によって,家庭生活や社会生活において女性とし
ての生きることが困難な状況に陥ったことにあるが帰国当初と軍慰,「
安婦」問題が社会問題化した1990年代以降とでその被害の本質に
違いがあるものとは認め難いところである。
そして,この被害は,勤労挺身隊動員に先立って「挺身隊」の名,
称のもと大規模な軍「慰安婦」の連行行為を行ったことが重要な背景
・原因の一つであるとしても,原因行為の中核は,第2次世界大戦の
末期に勤労挺身隊員として日本に連れて行かれたこと(それは上記の
,。)。とおり強制連行にあたるものであるにあるといわざるを得ない
本件協定2条3項は「他方の締約国及びその国民に対するすべての
請求権であって同日(本件協定の署名の日)以前に生じた事由に基づ
くもの」と規定し,原因発生の時期により本件協定の対象となる請求
権か否かを決しているところ,上記のとおり,勤労挺身隊員控訴人ら
の同一視被害の原因の中核は昭和19年から昭和20年にかけての同
人らに対する強制連行・強制労働(主には強制連行)にあり,また,
同一視被害の発生に重大な影響を与えている軍「慰安婦」の連行行為
も本件協定の署名の日以前の行為である。
したがって,上記被害に関して控訴人らが被控訴人らに対して有す
ると主張する各請求権も本件協定2条1項,3項に規定する請求権に
該当するものと解すべきである。
(イ)控訴人らは,大規模な軍「慰安婦」連行と,これと類似した状況
と態様のもと勤労挺身隊の動員を行ったことを先行行為とし,同一視
,,,被害の予見可能性と結果回避可能性がある以上被控訴人らは調査
公表,責任を認めたうえでの謝罪をすべき義務があり,これを怠って
いる以上,被控訴人らの不作為については,本件協定の対象とはなら
ない別個独立の国家賠償法上の違法行為や民法上の不法行為を構成す
ると主張する。
,「」(「」しかし控訴人らの主張する勤労挺身隊さらには軍慰安婦
を含めて)の実態に関する調査,調査結果の公表義務というのは,法
令等によって規定されているものではない。また,先行行為に基づく
ものとして主張される義務内容も広範で抽象的なものであるうえ,結
果回避の可能性の面においても抽象的な可能性に止まるものであるこ
と,加えて,控訴人らの主張する同一視被害についても本件協定の対
象になるものと解すべきことからすれば,上記義務は政治上・道義上
の義務・責任であるに止まり,強制連行・強制労働とは別個独立の違
法行為や不法行為を基礎付ける作為義務を構成するものとはなお認め
難いところである。控訴人らの上記主張は採用できない。
(ウ)控訴人らは,被控訴人国は,勤労挺身隊員控訴人らの同一視被害
に対しては,この抗弁を使用しないことを明確にし,抗弁権を放棄し
ていると主張する。すなわち,第112国会衆議院決算委員会(昭和
63年4月25日)で,本件工場に動員された朝鮮女子勤労挺身隊被
害者らが誤解によって苦しんでいることを質されたのを受けて,a4
7外務大臣(当時)は「この問題は,御家族に対しましてもそうい,
うふうな誤解のないということを何らかの機会に速やかにやらねばな
らぬということを本当に私も痛感いたしました。…直ちに外務省とい
たしましても厚生省と御連絡を申し上げ,そして忌まわしき戦争の傷
跡をふくように最大の努力をいたしたいと考えております」と回答し
て,誤解を解くことを約束している。この答弁は,同一視被害が解決
済みの問題ではないことを率直に承認して,本件協定に基づく抗弁を
行使しないことを明確にしたものであると主張する。
しかし,a47外務大臣(当時)の答弁内容が控訴人ら主張のとお
りであることは認められるものの,その答弁内容に照らしても,控訴
人らの主張するように,本訴において同一視被害に対して本件協定の
効果を主張することを放棄したとまでは認められず,他に控訴人らの
上記主張を認めるに足りる証拠はない。
キ上記に検討したところによれば,本件訴訟において控訴人らが被控訴
人らに対して有すると主張する各請求権は,同一視被害によるものも含
めて,被控訴人らが,本件協定2条1項,3項によって控訴人らはこれ
らについていかなる主張もすることができないものとされている旨を主
張する以上,控訴人らの請求を認容して被控訴人らに対し上記の各請求
権についてその履行をすべき旨を命じる余地はないといわざるを得な
い」。
(8)原判決103頁18行目末尾に改行のうえ,次のとおり付加する。
「7控訴人らは,被控訴人国のポツダム宣言の受諾により,立法機関は,
控訴人らに対して,控訴人らの損害を回復し,損害の増大をもたらさな
い措置を執るべき義務を負うに至ったが,現在まで補償立法をしていな
いから,過失により憲法上の作為義務に違背した立法不作為に陥ってい
ると主張する。
しかし,国会議員は,立法に関しては,原則として,国民全体に対す
る関係で政治的責任を負うにとどまり,個別の国民の権利に対応した関
係での立法義務を負うものではないというべきであって,国会議員の立
法行為は,立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわ
らず国会があえて当該立法を行うというごとき,容易に想定し難いよう
な例外的な場合でない限り,国会賠償法1条1項の規定の適用上,違法
の評価を受けないものと解すべきところ(最高裁昭和60年11月21
日・民集39巻7号1512頁,憲法上,控訴人らの主張するような)
,。」立法義務を定めた規定は見出せず控訴人らの上記主張は理由がない
(9)原判決103頁19行目冒頭の「3」を「8」と,同104頁15行目
冒頭の「4」を「9」とそれぞれ改める。
3控訴人らの当審主張に対する判断
(1)条約法条約
ア控訴人らは,本件協定にも条約法条約31条,32条の適用があり,ま
た,本件協定の文言は多義的あるいは曖昧な解釈を許すものであることを
前提に,条約法条約31条,32条に基づき本件協定を解釈すれば,控訴
人らの請求権は本件協定の対象ではなく,仮に,対象として効果が及ぶと
してもそれは外交保護権の放棄という限度に止まると主張する。
イしかしながら,条約法条約は,本件協定の締結後に我が国において効力
,,(,が生じた条約であるうえ本件協定の内容は上記引用にかかる原判決
付加訂正後のもののとおり本件協定2条2に該当するものを除き財),,「
産,権利又は利益」に当たらない本件協定2条の「請求権」については,
本件協定2条3において,一律に「いかなる主張もすることができないも
のとする」とされ,同協定2条1において「請求権に関する問題が完全,
かつ最終的に解決されたこと」ことにより,韓国及びその国民が,どのよ
うな根拠に基づいて日本国及びその国民に請求しようとも,日本国及びそ
の国民はこれに応じる法的義務がなくなったという意味であることは明ら
かであって,控訴人らの上記主張はその前提において採用できない。
(2)ア控訴人らは,ILO29号条約の14条,15条によれば,同条約に
反する違法な強制労働に対しては,加害者に賃金の支払,その他の補償義
務が課せられていると解されるところ,本件協定がこのような義務を実質
的に消滅させるというのであれば,これはILO29号条約(強制労働の
禁止は本件不法行為の当時すでに国際法上の強行規範として確立してい
た)に違反するものとして無効ということになるが,憲法98条2項に。
照らし本件協定を有効なものと解釈するためには,本件協定によっても控
訴人ら被害者個人の請求権は何ら影響を受けないと解すべきであると主張
する。
イしかしながら,ILO29号条約において被害者個人が加害国の国内裁
判所において加害国を相手に損害賠償を求め得るとする特別な制度は規定
されておらず,同条約違反を理由に被害者個人が加害国に損害賠償を求め
得るとする国際慣習法の成立も認められないから,同条約の14条,15
条に基づき,本件勤労挺身隊員らが被控訴人らに対して損害賠償請求権を
有することを前提とする控訴人らの上記主張はその前提において採用でき
ない。
(3)ア控訴人らは,①本件協定に基づく資金は個人の請求権に対する補償と
してなされたものではなく,当時の日本政府もその資金が個人の請求権に
対する弁済に充当される可能性のないことを認識し,あるいは認識し得た
こと,②本件協定締結当時,控訴人らが,旧会社において労働を強いられ
た事実は,被控訴人らによって意図的に隠蔽されていたことに照らせば,
本件訴訟において,本件協定に基づく抗弁は権利の濫用に該当し,許され
ないと主張する。
イしかし,本件協定に基づく資金をどのように使用するかは韓国政府が決
めたことであって,その使途をもって被控訴人らの本件協定に基づく主張
が権利の濫用にあたるものとは到底認められない。また,本件協定の締結
当時,韓国から動員された勤労挺身隊が我が国の軍需工場において過酷な
労働を強いられたこと自体は客観的な事実として明らかだったうえ,控訴
人らの主張するような隠蔽行為等があったとしても,それによって本件協
定の内容が殊更に控訴人らに不利なものになったというような関係も認め
られないのであるから,隠蔽行為の存在を理由に被控訴人らの本件協定に
基づく主張が権利の濫用にあたるものと認めることはできない。したがっ
て,控訴人らの上記主張はいずれも採用できない。
第4結論
よって,原判決は相当であって,控訴人らの本件控訴はいずれも理由がない
からこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所民事第3部
裁判長裁判官青山邦夫
裁判官坪井宣幸
裁判官田邊浩典は,転補につき,署名押印することができない。
裁判長裁判官青山邦夫

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