弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人猪股喜蔵、同井口英一の上告理由第一点について。
 原審の適法に確定したところによれば、上告人は、昭和三九年六月八日その代理
人訴外Dを介して被上告人に対し、上告人所有の本件土地を代金八五〇万円で売り
渡したが、その経過はつぎのとおりであつた。すなわち、Dは、上告人に対し、「
土地を売つてその代金を金融に回わし、その利息収入によつて気楽に暮した方がよ
い。金融については協力する。」旨申し向けたところ、上告人はDの言にうごかさ
れ、両名の間で、土地売却代金はこれをDが預つて他に融資し、利殖の途を講ずる
ことに意見が一致した。ところが、Dの真意は、売却代金中少なくとも二五〇万円
はこれを自己の被上告人に対する借金の返済に利用することにあつたのであつて、
そのために上告人を欺罔して本件土地の売買契約を締結させようと企てたのである。
したがつて、上告人は、Dの右意図を知つていたならば、右土地を売却する意思は
全くなかつたのであるが、Dの言を信じ、同人がその代金全額を自己のために運用
利殖してくれるものと誤信して、同人を代理人として被上告人と右売買契約を締結
するにいたつたのである。一方被上告人は、おそくとも右売買契約締結までの間に
は、上告人がDに欺かれて本件土地を売り渡すものであることをそれとなく知つた
にもかかわらずあえて右売買契約を締結したのである。被上告人は、上告人の代理
人であるDに対して右売買代金の内金として、昭和三九年六月一二日現金五〇万円
宛二回計一〇〇万円を支払つた。まもなく、Dに騙されたことを知つた上告人は、
昭和三九年七月二九日被上告人に到達した書面をもつて右売買契約を取り消す旨の
意思表示をした。なお、本件(一)の土地については、仮登記仮処分命令に基づき、
被上告人のため、昭和三九年七月二二日付をもつて同年六月一一日売買を原因とす
る所有権移転の仮登記手続がなされ、また、本件(二)の土地は、上告人がこれをさ
きに昭和三七年六月頃訴外Eから買い受けたのであるが、登記名義は同人のままに
してあつたので、昭和三九年六月二三日付をもつてEから被上告人へ中間省略で所
有権移転登記手続がなされている、というのである。
 右のような事実関係のもとにおいては、右売買契約は、Dの詐欺を理由とする上
告人の取消の意思表示により有効に取り消されたのであるから、原状に回復するた
め、被上告人は、上告人に対し、本件(一)の土地について右仮登記の抹消登記手続
を、本件(二)の土地について上告人へ所有権移転登記手続をそれぞれなすべき義務
があり、また、上告人は、被上告人に対し、右一〇〇万円の返還義務を負うもので
あるところ、上告人、被上告人の右各義務は、民法五三三条の類推適用により同時
履行の関係にあると解すべきであつて、被上告人は、上告人から一〇〇万円の支払
を受けるのと引き換えに右各登記手続をなすべき義務があるとした原審の判断は、
正当としてこれを是認することができる。原判決に所論の違法は認められず、論旨
は採用することができない。
 同第二点について。
 所論の点に関し原審の確定した前記事実関係のもとにおいては、被上告人のDに
対する右一〇〇万円の交付をもつて不法原因給付ないしこれに類似した行為という
ことはできず、また、被上告人の一〇〇万円の返還請求権の行使をもつて権利の濫
用にあたるものともいえない。上告人の原審における主張を排斥した原判決の結論
は正当であつて、論旨は採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岸       盛   一
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    下   田   武   三

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