弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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          主        文
1 原判決を次のとおり変更する。
 (1) 控訴人は,被控訴人ら各自に対し,それぞれ金2024万3434円及びこれに対する
平成10年10月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (2) 被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その2を控訴人の負担とし,その余を被
控訴人らの負担とする。
          事 実 及 び 理 由
第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴人
  (1) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
  (2) 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
  (3) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。
 2 被控訴人ら
  (1) 本件控訴を棄却する。
  (2) 控訴費用は,控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
 本件は,被控訴人らが,中学校3年生であった控訴人が同じ中学校の3年生であった被
控訴人らの子に対して一方的に強度で多数の暴行を加えて心停止により死亡させたと主
張して,控訴人に対し,不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。
 1 前提となる事実(証拠を掲記したもののほかは当事者間に争いがない。)
  (1) Aは,父被控訴人B,母被控訴人Cの子であり,平成10年10月8日当時14歳で,
a中学校に在籍し,サッカー部のキャプテンを務めていたが,同日午後6時58分に死亡し
た。
 控訴人(Y)は,父D,母Eの子であり,平成10年10月8日当時,a中学校に在籍してい
た。
  (2) Yは,平成10年10月8日午後4時ころ茨城県b市の本件現場においてAに対し暴
行を加えて傷害を負わせ(以下「本件事件」という),同日午後6時58分にc病院においてA
を死亡させたという傷害致死の被疑事実によって,同日午後7時35分に緊急逮捕され,同
月10日から勾留された後,同月29日,水戸家庭裁判所土浦支部に送致された。(乙17
の1・2,30の1ないし3,139,143)
  (3) 水戸家庭裁判所土浦支部は,Yに対する少年審判開始決定をし,平成11年8月2
5日の第7回審判期日において,Yについて傷害致死罪の成立を認めた上,(省略)の決定
をした。
 上記少年審判決定は,Aの死因について,Aが大動脈起始部の幅が狭く,副腎皮質の厚
さが薄いという体質的因子を有していたため,けんかの際の興奮状態とYの暴行による身
体的及び精神的打撃が相まって,ストレス心筋症(心筋の壊死性変化)が誘発されて死亡
したものと認定した。(甲6,乙1ないし7)
 2 争点
  (1) Yの暴行とAの死亡との因果関係
   (被控訴人らの主張)
    Yは,平成10年10月8日,以前からあったAとの口論に決着をつけようとして,下校
の際,制服からジャージに着替えてAに暴行を加えるための準備をし,同日午後3時50分
ころ,本件現場にAを誘導したうえ,話合いによる決着を考えていたAに対し,同行していた
同学年の生徒4人の協力を得てAを逃げ場のないように追い込み,一方的に膀胱を含む
下腹部を強く蹴るなどの強力な暴行を多数加え,神経性ショックないし副交感神経麻痺を
発症させて,心停止によりAを死亡するに至らせたものであり,Yによる暴行とAの死亡との
間には因果関係が存する。
 すなわち,Aの肝門部の出血,腹膜外の出血,出血部分周辺の状態,その他の部位の
状況及びブリーフに血尿が付着していたことに照らすと,Aの下腹部には強い外力が加え
られたというべきである。また,Aの身体には他者に対して強い暴行を加えた形跡はないこ
と,AはYよりも体格的にも身体能力の面でも優れていることを併せ考えると,Aが不利な状
況下に置かれてほぼ一方的に暴行を加えられた可能性が極めて高く,あるいは複数の者
がAに対する暴行に加担していた可能性も否定できない。
 Aは,生前,心臓や循環器系の病的体質(体質的因子)を有しておらず,むしろ通常人よ
りも健康体であった。Aのブリーフに付着していた血尿の存在は,YがAに加えた暴行の程
度が非常に強度のものであったことを顕著に示すものであるから,死因がストレス心筋症
であるとのYの主張は,その前提を欠いている。
   (控訴人の反論)
    本件事件は,YがAの挑発によりけんかに応じざるを得なくなって,Aと1対1のけん
かをしたことにより発生したものであり,YがAに加えた暴行は,通常人であれば死に至る
ことは考えられない程度のものであった。ところが,Aは,その大動脈が起始部においてか
なり幅が狭く,副腎皮質束状層がかなり薄いなどの体質的因子によって重篤なストレス心
筋症が誘発され,そのために不幸にもAが死亡するに至ったものである。
 被控訴人らは,Aがサッカー選手として活躍するなど日常的には極めて健康体であったと
いうが,そうすると,Aの体質的因子を予見することはおよそ不可能であったといわざるを
得ず,Yによる暴行とAの死亡との間に相当因果関係はないことになる。したがって,Yが
損害賠償責任を負うのは,Aに対する傷害に基づくものに限られる。
 被控訴人らは,Aのブリーフの血痕は血尿であり,それがAの下腹部に強力な暴行があ
ったことを示していると主張するが,Aのブリーフの血痕は,Aの救命救急治療にあたって
右鼠径部に中心静脈カテーテルが挿入された際に流れ出した血液によるものである。ま
た,本件事件について,複数の生徒がYに加担した共同暴行であったとの主張は,被控訴
人らの一方的な思い込みに基づく根拠のない憶測にすぎない。
  (2) 素因による減額と過失相殺
   (控訴人の主張)
    仮にYによる暴行とAの死亡との間に因果関係が認められるとすれば,Aが前記の
体質的因子を有していたという事情を考慮して,損害額は3割程度減額されるべきである。
 また,本件事件は,YとAとの間の1対1のけんかによって発生したものであり,Y自身もA
から暴行を受けたことにより鼻血を出すなどしている。しかも,このけんか自体がAの挑発
によって引き起こされたものであるから,損害額の算定に当たっては6割程度の過失相殺
がされるべきである。
   (被控訴人らの反論)
    Aは,日常的にすこぶる健康体であったから,その体質的因子をもって損害額を減
額することはできない。
 また,Yはジャージに着替えて乱闘に備えていたのに対し,Aは制服のままであったし,本
件現場に誘導したのはAではなく,Yであった。Aの着衣の汚れや身体の損傷状況からす
ると,Aは腹の辺りを殴られるか蹴られるかして,両手で腹を押さえた状態で前のめりに顔
から倒れ,両手をついて起き上がろうとした時に腹を蹴られて,尻をつきながら仰向けに倒
れたと考えられるのであり,Yによる暴行の態様は一方的かつ強力なものであったから,過
失相殺は問題とならない。
  (3) 損害(被控訴人らの主張)
   ア 主位的主張 1億円
     現在の日本の裁判においては,年齢,性別,学歴などの要素に基づいて技巧的な
いし擬制的に損害賠償額が算定されることが多いが,本来一人の人間の生命が失われた
場合に,年齢,性別,学歴などによって損害評価額に差異が設けられることは合理的では
ない。現在の日本においては,人一人の死亡につき1億円という固定的な評価額を設定す
ることが,むしろ社会通念上妥当である。
   イ 副位的主張 1億円
     本件事故によるA及び被控訴人らの損害額の内訳は,病院関係費用,葬儀法要
関係費用及び調査関係費用が合計800万円,逸失利益が4298万円,慰謝料が4000
万円,弁護士費用が902万円である。
第3 争点に対する判断
 1 本件事件の事実経過
   証拠(甲5,20,21,26ないし28,40ないし44,46,47,乙1,5,9,19の2,7
3,76,78ないし83,86,87,128,129,142,225,226,300,407の1・4,証人
V)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
  (1) 平成10年の夏休みの終わりころ,YがA及び同学年のFと偶然出会った際,AとF
が二人してYに対し,Yの同級生であるGについて「声が大きくて,うるせえんだ。」,「塾で
俺が違う人と話をしていても,あいつが口出ししてくる。」,「一々うるせえんで,むかつくん
だ。」,「調子に乗ってる。おかしいんじゃないか。」などと話した。
 その後,Gは,自分についてFが上記のように話していることを他の生徒から聞かされて,
Yに対し,「F君,私にむかついてるの。」と尋ねた。これに対し,Yは,「あっちも嫌ってる
よ。」,「言いそうなことだけど,相手にしないほうがいい。」などと答えた。
  (2) 平成10年10月5日,Gは,AとFに対し,「Yが言っていたんだけど,何で私の悪口
を言うの。」と言った。
 Fは,同月7日の放課後,Yを校舎3階の一番端にある美術室の前に連れて行き,その場
でYの胸倉をつかんだ上,「Gのこと,なんで言ったんだよ。」と言い,Yと口論となった。その
際,Fと一緒にいたAが,Yに対し,「お前,Gのこと好きなんじゃねえか。」などと言ったの
で,YがAに対し,「お前は関係ねえだろ。」と言うと,Aは「俺も関係あんだよ。けんかやっ
ぺ。」,「俺とFのどっちとやんだ。」と言った。Yは,AよりはFとの方が仲良かったので,Fと
の間ならば本気のけんかにはならないだろうと考え,「それじゃFとやるよ。」と答えた。しか
し,その時は,Yは,自分が他の生徒としたいたずらのことで担任の教師から呼び出されて
いたので,「後で,後で。」と言って,その場を去った。その際,Aは,「あいつ,全然反省して
ねえよな。」などと言っていた。その後,AやFは,普段は使われていない校門の辺りでYが
下校するのを待っていたところ,これを見とがめた教師から早く帰るようにと言われたた
め,そのまま帰宅し,同日はけんかをするに至らなかった。
  (3) 平成10年10月8日,Yは,朝,Fと共に登校した。Aは,昼休み,Yをつかまえて,
「おまえが悪いんだろう。」と言うと,Yは,「ごめん,ごめん。」と言って,教室に戻った。Y
は,6時間目の授業終了後,校舎内のトイレ脇の水飲み場で水を飲んでいたところ,Aから
「Y,ちょっと来いよ。」と言われ,トイレの中に連れ込まれた。AがYに対し,「おめえが悪い
んだろう。」などと言ったため,Yは,「俺が悪いんだよ。」と答えたが,Aは,Yの胸倉をつか
んでトイレの壁に押し付けたので,YもAの胸倉をつかみ返した。すると,Aのワイシャツの
ボタン2個が取れてしまい,二人はつかみ合っていた手を離したが,その際,YがAの足を
蹴った。Aは,再びYの胸倉をつかみ,手拳でYの顔面を殴打しようとしたが,Yが避けたた
め当たらなかった。Aは,落ちたボタンをYに拾わせ,二人はそれぞれの教室に戻ったが,
その際,Aは,Yに対し,「今日は必ずやってやっかんな。」,「ぶっ殺してやる。」などと怒鳴
りながら,トイレの壁を蹴った。その直後,Aは,怒声に気付いたH教諭から「どうした。」と
尋ねられたが,「いや,何でもないです。」と言って,やり過ごした。
 Yが自分の教室に戻ると,Aが入ってきて,Yに向かって「今日,放課後やっかんな。」など
と怒鳴った後,自分の教室に戻って行った。Yは,Aとのけんかが避けられないと思ったの
で,「帰りの会」が終わった後,学生服が汚れたり破れたりしないようにTシャツとジャージ
のズボンに着替え,いつも一緒に帰宅する同学年のI,J及びKと共に教室を出た。Yは,教
室を出たところで出会った同学年のLから「どうすんの。」と聞かれたので,「売られたらやる
しかない。」と答えた。Yらが校舎の階段を降りていくと,Aがワイシャツと学生服のズボン姿
のままで待っていて,一緒に校外へ向かった。
 Aは,けんかの場所について,「どこでやるんだよ。どこでもよい。」と言ったが,Yは,人目
につかないほうがよいと考えて,Aと共に(省略)の外周道路を歩いて本件現場のある雑木
林の方へ向かった。I,J及びK並びに一緒に帰宅しようとしてこれに加わった同学年のM
の4人は,AとYの後方約5ないし10mの間隔を取って付いて行ったが,本件現場の約15
0m位手前の交差点付近で,Aが「あいつら,なんで付いてくるんだよ。」と言ったので,Y
は,Iら4人に対して,「お前らここで待ってろ。」と言い,Aと二人だけで歩いて本件現場へ
向かった。Kは,その後すぐにその場を離れて帰宅した。
 Aは,前記(省略)の外周道路から(省略)に通じる砂利道に入り,上記雑木林の入口付
近で「この辺で」と言い,Yは,「いいよ。」と答えた。
 Aは,「お前,トイレで蹴ったから先にやらせろ。」と言い,Yは,「何でだよ。」と答えたが,
Aに足で引っ掛けられ,手で押されて転んだ。そこで,Yは,右足でAの左腿辺りを蹴ったと
ころ,Aに手拳で顔面鼻の辺りを殴られ,鼻血が出た。Aは,3回くらい続けて手拳でYに殴
りかかり,その手がYの左肩などに当たったところで,Yは,Aの左手をつかんでAの背後に
回り込み,右手拳でAの胴体を力任せに4,5回殴ってから頭部辺りを1回殴った。そして,
YがつかんでいたAの左手を離したところ,Aは,砂利道の地面に前のめりに倒れていっ
た。Yが,起きろと言ってAの顔を叩いたところ,Aは立ち上がり,2,3歩ふらふらと歩き出し
たが,すぐにバタンと真っ直ぐ前方に倒れた。
  (4) Iらは,Yに待っているようにと言われた場所で約5分間待っていたところ,同学年の
Nが,一人で自転車に乗って,a中学校の方からIらのいる場所を通過して本件現場のある
方向へ向かって行った。すると,Yが,雑木林の中から(省略)の外周道路の方へ飛び出し
てきて,偶然出会ったNにIを呼ぶよう頼んだので,Nは引き返し,IにYが呼んでいることを
伝えた。
 Iが自転車で本件現場へ行くと,林の中からバシッ,バシッという音が聞こえ,倒れている
Aの横で,Yが膝をついて「A。A。」と叫びながらAの頬をたたいていた。Iは,目を半開きに
して口も開けたまま倒れているAの様子を見て,すぐ,外周道路で待っていたJらに向か
い,「医者を呼べ。」と大声で叫んだ。Jは,本件現場に駆けつけ,Aの様子を見て,近くを
通りかかった人に携帯電話を借りて,学校へ連絡し,また,消防に救急車の出動を要請し
た。IがYに「何やったんだよ。」と聞いたところ,Yは「殴った時に一度倒れて,1回立ち上が
ったけどまた倒れた。」と答えた。
 本件現場において,Aに対し,YとNがマウス・トゥ・マウス法の人工呼吸を,Mが心臓マッ
サージを,それぞれ施した。Y,N及びMは,このような人工呼吸法や心臓マッサージを学
校で習っていたもので,心臓マッサージの際にAの腹部を押すことはなかった。
 その後,a中学校のO教諭,P教諭,Q教諭が本件現場に到着し,P教諭が交替して人工
呼吸と心臓マッサージを施した。さらに,午後4時23分に救急隊員が本件現場に到着し,
心臓マッサージを施した。Yは,教諭らが本件現場に来たころには,「どうしよう,どうしよ
う。俺がやったんだよ。俺の気持ちが分かるかよ。」などと言って,錯乱状態になっていた。
  (5) Yは,平成10年10月8日本件事件発生後にd警察署において事件当時の身体,
着衣などの状況を写真撮影されたが,その際,Yの右手背部は腫脹し,着ていたTシャツ
の胸辺りには血痕が付着していた。Yは,同月9日,医師の診察を受け,全治約1週間の
顔面・右手挫傷と診断された。
  (6) Aは,平成10年10月8日午後4時33分から同37分ころ,救急車でc病院に運び
込まれた。Aは,運び込まれた際,心肺停止状態で瞳孔は開いたままであった。担当医師
らは,心臓マッサージ,気管内挿管による人工呼吸,ボスミン(強心薬)1アンプルの気管
内注射,中心静脈カテーテルの挿入によるボスミン20アンプルの投与,更に開胸心臓マッ
サージなどの救命処置を行ったが,Aの心拍は再開せず,午後6時58分にその死亡が確
認された。
 Aに対する救命処置は,Aのズボン及びブリーフをはさみで両側に切り開いてAの身体の
下に残したまま施された。中心静脈カテーテルはAの右鼠径部から挿入され,1糸で縫合
されたが,この手技には,通常出血を伴う。上記救命処置が施された際に,医師や看護婦
からAに血尿の出ていることが認められるという報告がされたことはない。
 2 解剖結果等
  (1) R医師による解剖(省略)
  (2) Aのブリーフの血痕様班痕の検査(省略)
 3 死因についての鑑定意見
  (1) R医師の鑑定意見(省略)
  (2) T医師の鑑定意見(省略)
  (3) U医師の鑑定意見(省略)
 4 Yの暴行とAの死亡との因果関係(争点(1))について
  (1) 本件事件は,前記認定のとおり,YとAとの1対1のけんかの際に発生し,Aの死亡
という思いもよらぬ不幸な結果を招いたものである。
 YとAとの間のけんかにおける攻防の詳細のすべてまでは明らかではないが,少なくとも
前記認定のとおり,YがAの胴体部分及び頭部を手拳で複数回力任せに殴ったこと,Aは1
度倒れて,立ち上がったけれども再び倒れたとの事実を認めることができる。また,前記2
で認定したとおり,Aの右下腹部には林檎大の腹膜外出血があり,膀胱粘膜の血管充盈
が強く,溢血点も出現していて,また,諸臓器にうっ血などの循環不全を示唆する所見があ
るところ,Y以外の者がAの右下腹部を強く押したというような事情は認められないから,Y
は,Aの右下腹部に決して軽度とはいえない打撃を加えたと推認することができる。
 そして,R医師の鑑定意見によると,軽微な損傷や刺激であっても危険部位に外力が作
用すると,神経性ショックが起こり,急激にショック状態に陥ることがあり,右下腹部もその
危険部位の一つであることが認められ,これらのことからすると,Aの死因は,Yが無我夢
中でAの右下腹部に加えた何らかの打撃によりAの腹腔神経叢が刺激されて神経性ショッ
クが惹起されたことによると考えるのが合理的である。
  (2) これに対し,Yは,Aの死因はストレス心筋症であるから,Yによる暴行とAの死亡と
の間には相当因果関係がないと主張しており,これは,Aの死因はストレス心筋症であると
のT医師の鑑定意見に基づくものである。
 T医師は,Aの心筋内には円形細胞浸潤や巣状の小さな瘢痕と見なされるような線維化
が各所に散在しており,ストレス心筋症の発生を示すものであるという。しかし,T医師が心
筋内の円形細胞浸潤や線維化は本件事件の発生よりも前に死に至らぬ程度の軽症のス
トレス心筋症が何回も繰り返されていたものである可能性が高いとも指摘していることを考
慮すると,Aの心筋内の状態についての上記所見から,直ちに本件事件時にストレス心筋
症が発症したものであって他に外力が加えられたことによる神経性ショックの発症が排斥
されると考えるべきであるということはできない。
 また,T医師は,Aの右下腹部の腹膜外出血が心臓マッサージの際にも誤って生じ得るも
のであること,右下腹部に作用面積が広い鈍体が作用し,これが腹腔神経叢に波及して
神経性ショックを起こしたというのであれば,右下腹部を初め腹腔内に甚大な損傷が発生
しているはずであることを前提として,Aの右下腹部の腹膜外出血は手拳による殴打や足
蹴りなどによって生じたとは限定されないとしている。
 しかし,前記認定のとおり,心臓マッサージの際にAの腹部が押されたということは認めら
れないし,Y以外の者がAの右下腹部に外力を加えたと認めることもできない。T医師は,
右下腹部の腹膜外出血について,右鼠径部ないし右大腿上部の皮下出血であり,当該部
分に中心静脈カテーテルが留置されたことによって生じた皮下出血と見るべきであるとして
いるが,出血部位が鼠径部より上方の広範囲にわたるものであること及び出血量が血圧
の下降していた救命時の中心静脈カテーテル処置によるものにしては多量であること(甲
70の2)と適合しない考え方である。以上のとおり,T医師の鑑定意見は,右下腹部の腹膜
外出血の存在を正当に評価しているものとはいい難いものであり,採用することができな
い。
  (3) そうすると,YがAとのけんかの際,Aの右下腹部に対して決して軽度とはいえない
なんらかの打撃を加え,これによってAに神経性ショックを生じさせてAを死亡するに至らせ
たというべきであるから,Yによる暴行とAの死亡との間には相当因果関係を認めることが
できる。
 なお,U医師の意見は,Aの腹腔神経叢が外力により刺激されて神経性ショックが惹起さ
れたことによるものであるとする結論部分はR医師の鑑定意見と同一であるが,血尿の存
在を重要な根拠として,Aが足蹴り,膝蹴り等の暴行を加えられたと推論しているところ,血
尿の存在を認めることができないことは前記2(2)及び後記5のとおりであり,また,Aに加え
られたという暴行の態様についての推論も客観的根拠を欠くものであるから,U医師の意
見を採用することはできない。
 5 素因による減額と過失相殺(争点(2))について
  (1) 素因による減額
    被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とが,共に原因
となって損害が発生した場合において,その疾患の態様,程度などに照らし,加害者に損
害の全部を賠償させるのが公平を失するときは,損害賠償の額を定めるにあたり,民法7
22条2項の規定を類推適用して,被害者の疾患を考慮に入れることができる。しかし,被
害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても,それが
疾患に当たらない場合には,特段の事情の存しない限り,被害者の身体的特徴を損害賠
償の額を定めるに当たり斟酌することはできないというべきである(最高裁判所平成8年1
0月29日第三小法廷判決・民集50巻9号2474頁参照)
 前記認定のとおり,Aは,平均的な数値と対比して,心臓の重量の割に大動脈の幅が起
始部で狭く,副腎皮質が束状層で薄いという身体的特徴を有していたが,運動能力に秀で
て健康的な日常生活を送っていたものである。上記のAの心臓等の構造的特質がその死
亡に関与したとしても,この身体的特徴が明らかに疾患に当たるというべき事情はなく,ま
た,このようなAの身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌しなければ公平を失
することになるというべき特段の事情の存在を認めることもできない。
 したがって,このようにAの心臓の構造等が平均的な数値と異なっていて,それが損害の
発生又は拡大に寄与したと考えられるとしても,損害賠償額の算定にあたり斟酌すること
は相当でない。
  (2) 過失相殺
    前記認定によれば,Aは本件事件の前日に,特に理由もないのに「俺も関係あんだ
よ。けんかやっぺ。」と言って,自分とけんかをするようYを挑発し,Yが下校するのを待って
おり(教師に帰宅を促されたため,同日はけんかをするに至らなかった。),本件事件の当
日も,Yを学校のトイレに連れ込み,「おめえが悪いんだろう。」などと言って,Yの胸倉をつ
かんでトイレの壁に押し付け,その後教室へ戻るYに対し,「今日は必ずやってやっかん
な。」,「ぶっ殺してやる。」などと怒鳴り,更に,Yの教室に行き,「今日,放課後やっかん
な。」などと怒鳴っている。そして,放課後には,Yが教室から出てくるのを待ち受けて,一
緒に本件現場へ向かっている。
 この経過からすると,本件事件は,AがYとけんかをしようとする姿勢を繰り返し積極的に
示したことから発生したものというべきであるから,AのYに対する行動が本件の結果を招く
大きな一因であったことは否定できず,この点でAには落ち度があったというべきである。
他方,Yも,トイレではAの胸倉をつかみ返したり足を蹴ったりし,放課後は,けんかは避け
られないものと考え挑発に乗り,自らもけんかに応ずる決意を固め,学生服からTシャツと
ジャージのズボンに着替えて準備をし,他の生徒には「売られたらやるしかない。」と話し,
けんかの場所も自ら選んでいる。これらの諸事情を考慮すると,本件事件による損害発生
についての過失割合は,Yが5割5分,Aが4割5分と認めるのが相当である。
 これに対し,被控訴人らは,Yによる暴行の態様が一方的かつ強力なものであったと主
張し,Aのブリーフに血尿が付着していたことがその重要な根拠であるとしている。しかし,
前記認定のとおり,Aのブリーフに血と尿が付着していることは認められるが,それが血尿
として膀胱から排出されたとの結論は得られていないし,被控訴人らが血尿だとしている血
痕は,ブリーフの後部に付着しているものであって,ブリーフの前面の陰茎を覆う部分には
血痕が付着していないこと,c病院における救命処置の際にも,医師,看護婦により血尿の
存在が確認されていないことからすれば,Aのブリーフに血尿が付着していたと認めること
はできない。そのほか,YのAに対する暴行の態様が一方的かつ強力であったことを認め
るに足りる証拠はないから,被控訴人らの上記主張は,採用することができない。
 6 損害(争点(3))について
   被控訴人らは,主位的主張として,現在の日本においては,人一人の死亡につき1億
円という固定的な評価額を設定することが妥当であると主張する。しかし,賠償を求め得る
損害は現実に生じる損害の回復として考えられるべきであり,人の死亡により現実に生じ
る損害は,不法行為の態様,被害者の年齢,職業(収入額),家族関係その他諸般の事情
によって異なるものであり,人の死亡により現実に生じる損害が常に固定的に1億円にな
るということはできないから,被控訴人らの主位的主張は,採用することができない。
 そこで,副次的主張に基づき,損害額を算定する。
  (1) 病院関係費用 15万9720円
    証拠(甲52の1,70)によれば,被控訴人らは,Aのc病院における平成10年10月
8日の治療のために15万9720円を負担したことが認められる。
 なお,カルテ等の謄写費用については,本件事件と相当因果関係のある損害ということ
はできない。
  (2) 葬儀法要関係費用 120万円
    証拠(甲53ないし66,67の1・2,70)によれば,被控訴人らは葬儀費用として91
万8518円,三七日法要,七七日法要,100日法要,初盆,1回忌,3回忌などの費用とし
て合計約478万円を支出したことが認められるが,本件事件と相当因果関係のある損害
として賠償を求めることができる葬儀費用及び法要費用は120万円と認めるのが相当で
ある。
  (3) 調査関係費用 0円
    証拠(甲68,69の1ないし7,70)によれば,被控訴人らは,弁護士相談料として1
万円,証拠写真などの費用として7万6045円,資料などの謄写費用として約12万円,医
師相談料として合計150万円を負担したことが認められる。これらの出費については,(7)
の弁護士費用及び本件訴訟費用に含まれるもののほかは,本件事件と相当因果関係の
ある損害と認めることはできない。
  (4) 逸失利益  4298万0041円
    Aは,本件事件当時,14歳の男子中学生であり,本件事件がなければ,18歳から
67歳までの間就労可能であり,その間,男子平均賃金相当額(賃金センサス平成9年第1
巻第1表産業計・企業規模計・学歴計・男子全年齢平均の年収額は575万0800円であ
る。)の収入を得られたものと推認することができるから,生活費として5割を控除し,中間
利息をライプニッツ方式で控除して(14歳から67歳までの53年のライプニッツ係数18.4
934から,14歳から18歳までの4年の同係数3.5459を差し引いた14.9475),その
逸失利益を算定すると4298万0041円(円未満切捨て。以下同じ。)となる。
被控訴人らはAの父母であるから,それぞれ,この2分の1に当たる2149万0020円の
請求権を相続した。
  (5) 慰謝料 2200万円
    本件事件の態様や,Aが14歳という若年で人生を終えることになったこと,その他
本件に現れた一切の事情を考慮すると,Aの慰謝料として1800万円を認めるほか,父母
である被控訴人らに固有の慰謝料として,それぞれ200万円を認めるのが相当である。
 被控訴人らは,Aの慰謝料についてはそれぞれ2分の1に当たる900万円の請求権を相
続した。
  (6) 過失相殺 4割5分
    以上の損害額の合計は,被控訴人らそれぞれにつき3316万9880円となるが,前
記のとおり,本件事件による損害発生についてはAに4割5分の過失を認めるのが相当で
あるから,この割合により上記損害額を減じて過失相殺すると,被控訴人らの損害額はそ
れぞれ1824万3434円となる。
  (7) 弁護士費用 200万円
    本件事案の内容,難易度,認容額などを考慮すると,本件事件と相当因果関係のあ
る弁護士費用としては,被控訴人らそれぞれにつき200万円と認めるのが相当である。
 したがって,損害額の合計は,被控訴人らそれぞれにつき2024万3434円となる(被控
訴人ら二人の合計額は4048万6868円である。)。
第4 結論
   以上によれば,被控訴人らの請求は,それぞれ不法行為による損害賠償金2024万
3434円及びこれに対する不法行為の日である平成10年10月8日から支払済みまで民
法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認
容し,その余は理由がないからこれを棄却すべきである。
 よって,当裁判所の上記判断と一部異なる原判決を変更することとして,主文のとおり判
決する。
   東京高等裁判所第20民事部
      裁判長裁判官    久 保 内    卓   亞
           裁判官    大   橋         弘
           裁判官    長 谷 川        誠

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