弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 原判決を取り消す。
二 控訴人らの本件各訴えを却下する。
三 訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。
       事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 控訴人Aにつき
 被控訴人が、昭和五八年人委措第三号事案につき、昭和六〇年三月一二日付けで
した「要求者の要求はこれを認めることができない」旨の判定を取り消す。
三 控訴人Bにつき
 被控訴人が、昭和五八年人委措第四号事案につき、昭和六〇年三月一二日付けで
した「要求の要求者はこれを認めることができない」旨の判定を取り消す。
四 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
 次に付加するほかは、原判決の「事実および理由」欄第二、第三に記載されてい
るとおりであるから、これをここに引用する。
一 被控訴人の本案前の主張
1 控訴人Aは、名古屋市立名南中学校教諭であった昭和五八年一一月一一日被控
訴人に対し、本件措置要求一(原判決の表示参照)をしたところ、被控訴人は昭和
六〇年三月一二日付けで本件判定一(原判決の表示参照)をした。また、控訴人B
は、同市立笈瀬中学校教諭であった昭和五八年一一月一一日被控訴人に対し、本件
措置要求二(原判決の表示参照)をしたところ、被控訴人は昭和六〇年三月一二日
付けで本件判定二(原判決の表示参照)をした(以下一括していうときは、本件措
置要求一、二を「本件措置要求」といい、本件判定一、二を「本件判定」とい
う。)。
2 控訴人らは、昭和六〇年六月一一日被控訴人の本件判定を不服として、その取
消しを求めて本件取消訴訟を提起した。
3 しかし、控訴人Bは昭和六〇年四月笈瀬中学校から同市立志賀中学校に、ま
た、控訴人Aは平成二年四月名南中学校から同市立久方中学校にそれぞれ転任命令
を受けて転任したもので、爾来、控訴人らはいずれも現在に至るまでその転任先の
各中学校において勤務している。
4 ところで、控訴人らは、本件措置要求を容れなかった本件判定に対する取消し
判決を得ることにより、本件措置要求の内容である「控訴人らの同各要求当時にお
けるそれぞれの勤務中学校に喫煙室を設置すること」の必要性の有無について、被
控訴人から新たな判定を受けることができるところに本件訴訟における控訴人らの
訴えの利益があると主張するが、控訴人らは前記3のように、現在すでに本件措置
要求当時の勤務中学校から転任して、これらの中学校とは別異の中学校に勤務して
いるのであるから、本件措置要求当時の勤務中学校における執務環境が将来改善さ
れるか否かの点はもはや控訴人らの具体的利益とは直接関係がなくなったものとい
うべきである。
5 控訴人らが右転任処分につき、別に被控訴人である名古屋市人事委員会に対し
て不服の申立てをし、現にその申立てについて審理中であるとしても、転任処分の
ような行政行為には公定力があるから、控訴人らに対する右転任処分は現時点にお
いて有効なものとして存在しているのである。
6 したがって、個人の具体的な権利義務ないし法律関係の救済を目的とする取消
訴訟の性質からして、本件判定後の控訴人らの転任により、控訴人らの本件訴訟
は、その訴訟要件としての訴えの利益を欠くに至ったものというべきである。
 よって、控訴人らの本件訴えは却下されるべきである。
二 被控訴人の本案前の主張に対する控訴人らの反論
1 控訴人らに対する被控訴人主張の転任処分は、いまだ確定したものではない。
すなわち、控訴人らは、それぞれの転任処分を不服として地方公務員法四九条の二
第一項に基づき、被控訴人である名古屋市人事委員会に対して不服申立てをし、同
不服申立事件は同委員会において現在なお審理中である(控訴人Aにつき平成二年
人(不)第四号事案、控訴人Bにつき昭和六〇年人(不)第一号事案)。そして、
控訴人らは右不服申立ての理由の一つとして、「不服申立人らは、その勤務する職
員室の禁煙・喫煙室の設置等の勤務条件の改善要求をしており、本件転任処分は、
これを中断させるための報復人事であり、処分権の濫用にあたるから違法であ
る。」旨主張しているのである。
 したがって、将来、控訴人らに対する転任処分が取り消されて、控訴人らが本件
措置要求当時の中学校に復帰する可能性が残されている以上、現段階で転任処分が
なされたことを理由として、本件訴えの利益を否定することは許されない。
2 仮に、将来、控訴人らに対する転任処分が有効であることに確定するとして
も、なお控訴人らの本件訴えの利益が失われることはない。すなわち、控訴人ら
は、本件措置要求当時勤務していたそれぞれの中学校において、嫌煙権に基づき喫
煙者と非喫煙者との分離を求めていたが、喫煙室の設置が実現しなかったために、
受動喫煙を強いられて、心身ともに重大な被害を被ってきた。そして、この被害に
基づく損害賠償請求権の存否を認定するうえで、喫煙室の設置が認められるべきで
あったか否かは重要な前提事実である。したがって、控訴人らに帰属すべき前記損
害賠償請求権との関連において、控訴人らには、右の転任処分後においてもなお本
件判定の取消しによって「回復すべき法律上の利益」があるものと考えるべきであ
る。
第三 当裁判所の判断
一 まず、被控訴人の本案前の主張について判断する。
1 処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有す
る者に限り、提起することができるのであるが(行政事件訴訟法九条)、右「法律
上の利益」とは、処分の取消しにより当該処分の法律上の効果を消滅させて、回復
されるところの自己の権利もしくは当該処分の根拠法規によって具体的に保護され
た利益と解すべきである。
 そして、本件訴訟についてこれをみると、控訴人らの法律上の利益とは、本件判
定が取り消されたうえ、本件措置要求が相当であるか否かについて、新たに被控訴
人からの判定を受けることにあると考えられる。
2 ところで、控訴人らの本件措置要求が地方公務員法四六条に基づき、控訴人ら
の勤務条件に関して、被控訴人に対して行われたものであることはいうまでもない
ところである。そして、その措置要求の内容は、同各要求の時点において控訴人ら
各自の勤務している特定の中学校に喫煙室を設置することによる執務環境の改善を
求めたものであり、被控訴人もこれを前提として、本件判定をしたのである。
3 そこで、本件措置要求がなされた後の経過についてみると、被控訴人の本案前
の主張1の事実(控訴人らが本件措置要求をし、これに対して、被控訴人が本件判
定をした事実)は当事者間に争いがなく(原判決の「事実及び理由」欄第二の一の
1、2の事実)、同2の事実(控訴人らが本件訴訟を提起した事実)は本件記録上
明らかであり、さらに同3の事実(控訴人らが転任した事実)は原審における控訴
人Bの供述及び当審における控訴人Aの供述により認められる。
 右説示のように、控訴人らは本件措置要求をした後、その当時勤務していた中学
校から、控訴人Bは昭和六〇年四月に、控訴人Aは平成二年四月にそれぞれ他の中
学校へ転任し、爾来現在に至るまで、それぞれその転任後の中学校で勤務している
のである。そして、本件措置要求の内容は、あくまでも当該措置要求当時における
控訴人らの勤務中学校(特定の当該中学校)に喫煙室を設置するという現実的な執
務環境(勤務条件)の改善を求めるものであるから、控訴人らが当該中学校から他
の中学校に転任し、現在においては前記措置要求当時の勤務中学校とは別異の中学
校に勤務しているという状況の下では、その転任後に、かつて勤務していた当該中
学校に喫煙室が設置されるか否かの点については、もはや、控訴人らは法律上の保
護に値すべき何らの具体的利益をも有しなくなったものというべきである。
4 したがって、控訴人らが本件措置要求当時勤務していた中学校から他の中学校
に転任したことにより、地方公務員法四六条に基づく本件措置要求は、その目的な
いし利益を失うに至ったのみならず、取消訴訟が個人の具体的な権利義務ないし法
律関係の保護を目的とするものである以上、本件取消訴訟は、その訴えの利益を欠
くに至ったものと解するのが相当である。
5 なお、控訴人らは、「控訴人らに対する前認定の転任処分について、被控訴人
である名古屋市人事委員会に不服の申立てをし、同委員会においては現在その申立
てについて審理中であって、前記転任処分が取り消される可能性があるから、本件
取消訴訟について、控訴人らにはなお訴えの利益がある。」旨主張する(本案前の
主張に対する控訴人らの反論1、そして、原本の存在と成立に争いのない甲第一五
一ないし第一五三号証及び弁論の全趣旨によると、控訴人らがその主張の転任処分
に対し、名古屋市人事委員会に不服申立てをし、現に右申立てについて審理中であ
ることが認められる。)。しかしながら、本件措置要求の内容からすれば、控訴人
らが他の中学校に転任し、現にその転任後の中学校において勤務している状況の下
では、本件措置要求は、その目的ないし利益を失ったものというべきであることは
前記説示のとおりである。そして、仮に、将来右転任処分が取り消されることがあ
った場合においても、控訴人らが転任前の中学校に復帰し、勤務するようになった
際、その時点における執務環境を前提として、新たに措置要求をし、その当否が検
討されるべきものと考えられるから、右主張は採用できない。
 また、控訴人らは、「控訴人らは、本件措置要求当時勤務していた中学校に喫煙
室が設置されなかったことに起因して被った損害について名古屋市に対する損害賠
償請求権を有することを主張するものであるが、その存否、消長は本件措置要求の
当否がその前提となるから、控訴人らには本件取消訴訟についてなお訴えの利益が
ある。」旨主張する(同反論2)。しかしながら、本件取消訴訟における本案判断
の結果が法律上当然に右損害賠償請求権存否、消長に関する不可欠の前提事実であ
ると解することはできず、右損害賠償請求権の存否については、独自に審理判断す
ることができるのであるから、右損害賠償請求権を有することをもって、本件取消
訴訟について訴えの利益があるとする右主張も採用できない。
二 以上により、控訴人らの本件取消訴訟は、控訴人らの転任によりその訴えの利
益を欠くに至ったものと認められるから、本件訴えは不適法である。よって、本件
取消訴訟について本案判決をした原判決を取り消した上、本件各訴えを却下するこ
ととし、訴訟費用につき行政事件訴訟法七条、民訴法九六条、八九条、九三条一項
本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 服部正明 林輝 鈴木敏之)

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