弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。
当審における訴訟費用は各自の負担とする。
○ 事実
控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という)は「原判決中控訴人敗訴部分を取
消す。被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という)の請求を棄却する。訴訟
費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴に対し
「本件附帯控訴を棄却する。附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。」との判決を
求めた。被控訴人は、控訴に対し「未件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担
とする。」との判決を求め、附帯控訴として「原判決中被控訴人敗訴部分を取消
す。控訴人は被控訴人に対し金四〇一万〇、三二八円及びこれに対する昭和四三年
四月二一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第
一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
当事者双方の主張、証拠関係は、次に付加するほか原判決事実摘示に記載と同一で
あるから、ここにこれを引用する。
(被控訴人の主張)
本件損失補償は土地収用法七四条に基づくものである。事業の施行と土地の収用又
は使用とは不可分の関係にあるから、事業の施行の結果生じた残地の損失は、収用
又は使用を原因とする損失というべきである。
本件事業施行により本件残地に生じた効用減価の率は、原審鑑定人Aの鑑定結果に
よれば四〇パーセントに及ぶから、これに基づいて残地損失補償金を計算すると
一、四八五万〇、五二三円となる。
(151.4000(円)×245.220(m2)×0.4=14.850.5
23(円)
本訴においては、その一部八、四六五、四八五円を請求するものであるのに、原審
の認容額四、四五五、一五七円は低ぎに過ぎるから、さらにその差額の支払を求め
る。
(控訴人の主張)
1 土地収用の結果である損失は、土地所有権の剥奪又は制限そのものから生ずる
損失以外には存在しない。土地収用における直接にして現在の損失(収用損失)と
間接にして未来の損失(起業損失)とは区別されるべきであり、起業損失に対して
は収用損失のように必ずしも常に補償されるとは限らない。収用損失の補償は、適
法行為(土地収用)によつて加えられた財産上の特別の犠牲に対し全体的な公平負
担の見地からこれを調整するためになされる財産的補償であるのに対し、事業施行
によつて生じる起業損失に対する補償は損害賠償の性格を有するものであるから、
土地収用法七五条、九三条のような特別の規定なくしては起業者においてこれを補
償することを要しない。被控訴人主張の損失は右起業損失に当るものであり、同法
七四条の残地補償に当らないものであり、その損失補償につき民事法上の不法行為
に基づく損害賠償の請求をなすならば別であるが、土地収用法の規定を根拠とする
請求は失当である。
若し、被控訴人主張の損失補償を容れるならば、事業の施行による損失は、残地に
限るものでなくその近傍隣接地にも生ずる場合が多いのに、被収用者に対してのみ
その損失が補償され、その他の者には補償がなされないという不均衡、不公平な結
果が生じること考慮をすべきである。
2 土地収用法七一条、七四条その他の規定に基づく権利取得裁決にかかる損失補
償金等は、右裁決において定められた権利取得の時期までに払渡又は供託されなけ
れば当該裁決は失効する(同法一〇〇条一項)ことになつている(事前補償制度)
のであるから、同法七四条の規定に基づく損失補償金等の額は当該裁決の時期にお
いて確定していることを要する。仮に、同法七四条の残地補償に起業損失が含まれ
るとすれば、起業損失が事業の施行の結果生ずるものであるから、収用裁決申請時
に起業者によりその事業計画の概要が明らかにされるとしても、それが事業の計画
である限り事業施行後の現実の損失を具体的に確定することができず、権利取得裁
決そのものが不能とならざるをえない。この点からみても、起業損失は同法七四条
の残地補償の対象とすべきではない。
右のことは、同法九三条の規定による起業損失に対する補償につき損失を受けた者
の請求をまつて行うものとし(事後補償制度)、右請求は事業に係る工事の完了の
日から一年以内にしなければならないとしていることと対比して明らかであり、
又、同法が起業損失を意味する場合には「事業の用に供することに因り」の表現を
用いているが(九三条一項)、七四条には右の文言が無いのであり、同条の残地補
償に起業損失が含まれないというのが法の趣旨であること文理上からも明らかであ
る。
3 土地収用法九〇条は、残地につき生ずる起業利益と収用損失との相殺を禁じて
いるが、起業利益と起業損失との相殺を禁じていない。若し、被控訴人主張のよう
な起業損失があるとするならば、その算定については起業利益(本件事業施行によ
り生じた道路拡幅による交通条件好転等の利益)も当然に勘案されるべきである。
そうでなければ、事業の施行の結果、残地の価格が従前に比し高騰したような場
合、被収用者に対して地価騰貴による利益を保有させながら、なおかつ、損失を補
償して二重の利得を得させるという不当な結果を招来することとなる。
仮に、被控訴人主張のような損失を補償するとしても、その額の算定については本
件事業の施行により生じた利益を斟酌し、事業施行前の残地価格と事業施行後のそ
れとを比較して算定すべきである。原審鑑定人Bは収用時(事業前六メートル道路
に沿接)における更地価格を一平方メートル当り一三万五、〇〇〇円、事業完成
後、(三〇メートル道路に沿接、土留擁壁付)における更地価格を同一三万円、残
地の価格減を同五、〇〇〇円と評価し、同Cはそれぞれ一三万円、一四万五、〇〇
〇円、残地の価格減なしと評価しているところからしても、本件残地については起
業損失は生じていないか、生じていたとしても一平方メートル当り五、〇〇〇円を
超えない範囲内のものというべきである。
○ 理由
一 控訴人を起業者とする大阪都市計画街路事業加島天下茶屋線建設工事(本件事
業)についての事業決定から大阪府収用委員会による被控訴人所有土地のうちの一
部の収用裁決に至るまでの経過、収用裁決の内容、本件事業施行前及び施行後の右
被控訴人所有土地(右収用にかかる土地及びその残地)及びその附近の状況につい
ての当裁判所の認定は、原判決理由一項(原判決一〇枚目表八行目から一一枚目裏
八行目までに記載と同一であり、又、本件事業の施行の結果、被控訴人所有の残地
について商品展示場等の建物敷地としての効用価値喪失による補償に関する被控訴
人の主張に対しては、当裁判所も原判決理由二項1(原判決一一枚目裏九行目から
一三枚目表一一行目までに記載と同一の理由により、その理由ないものと認める。
原判決理由中の右の各記載をここに引用する。
二 被控訴人主張の本件事業施行による本件残地(原判決添付目録記載、同図面
(一)のへ、リ、チ、ハ、ト、ロ、への各点を順次結ぶ直線で囲まれた土地)の一
般的利用価値、収益性の低下に対し、当裁判所も原審が認容したと同額の補償をな
すべきものと認める。その理由は次に付加するほか、原判決理由二項2のうち原判
決一四枚目表二行目から一六枚目表九行目までに記載と同一であるから、ここにこ
れを引用する。
1 同一の土地所有者に属する一団の土地の一部を収用し、又は使用することによ
り残地が生じた場合における残地補償について、土地収用法(ただし本件において
は昭和四二年法律七五号土地収用法の一部を改正する法律施行法三条により同年法
律七四号による改正前の土地収用法。以下単に法という)は、残地補償に関し、
(イ)残地の価格の減少(七四条前段)、(ロ)残地に通路、みぞ、かき、さくそ
の他の工作物の新築、改築、増築若しくは修繕又は盛土若しくは切土をする必要が
生じたときのその費用(七五条)、(ハ)その他残地に関して生ずる損失(七四条
後段)について補償する旨規定する。本件において被控訴人の請求する損失補償が
右の(イ)の損失ないし残地の一般的利用価値の減少に因る損失であり、かつ、本
件事業の施行により生じた損失の補償であることは、その主張から明らかである。
控訴人は、残地価格の減少による損失とは土地所有権の剥奪、制限そのものより生
じた損失(所謂収用損失)に限るべきであると主張するが、土地収用は一定の事業
の用に供するためになされるものであり、土地の収用とそれの一定の事業への供用
とは不可分のものであつて、被収用地を使用して行われる事業の種類、性質、規模
等の如何によつては、その残地につき単なる形状の変化、面積の縮少等収用そのも
のに基づく価格の減少以外に、更に残地の価格ないし利用価値の減少を招来する場
合が存することは明らかであり、このような場合における残地価格ないし利用価値
の減少による損失(所謂起業損失)は土地収用と密接不可分の関係にあり、これを
収用に起因する損失というを妨げず、かつ、このような損失についても補償するの
でなければ、土地収用における補償の完全性を期することはできないというべきで
あるから、控訴人の右主張は採用できず、残地につき生じた所謂起業損失について
もこれを補償すべきものと解するのが相当である。
2 法に事業の施行によつて生ずる損失の補償を禁止する規定はなく、かえつて、
前記の法七五条には法九三条の規定による補償(これが所謂起業損失に対する補償
であることは明らかである)と同種の補償をなすべきことを定めている。法七五条
に列挙された損失は、元来法七四条の損失に包含されるべき性質のものであり、法
七五条の規定の存在からして、残地につき生じる所謂起業損失の補償を同条に列挙
されたものに限り、それ以外のものには及ぼさないのが法の趣旨であると解するこ
ともできない。
又、法七一条、七二条において、収用する土地に対する補償は、収用裁決時におけ
る近傍類地の取引価格を考慮して相当な価格をもつて補償しなければならない旨規
定していることからして、収用される土地に対する補償が実質的には事業の認定、
施行に対する期待による地価の増減を加味したものとなり得ることは充分考えられ
る(前記改正による現行法七一条、七二条においては、補償金額は近傍類地の取引
価格等を考慮して算定した事業認定の告示の時における相当な価格に権利取得裁決
時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額とされていることを参照)とこ
ろであり、残地補償についてのみこれと別異とすべき根拠もない。
控訴人は、残地補償についても事前補償制度が採られていることから、権利取得裁
決当時においては未だ起業損失なるものは確定し得ないというが、右裁決当時にお
いて確定しえない起業損失についてはこれを補償するに由ないが、このことをもつ
て、裁決当時既に確定しうる損失の補償までも拒否する理由とはなし難い。
3 所謂起業損失は、残地のみならずその近傍の土地についても同様に生じる場合
もあり、このような場合に、近傍の土地の損失に対する補償がなされず、残地につ
いてのみ補償をすることは一見不均衡といえるけれども、被収用者は、その他の者
と異り収用により生じた総ての損失の補償を受けるべき地位にあるものであるか
ら、残地につき損失が存する以上はその補償を受ける権利があるものというべく、
右のような不均衡が生じるとしても、これは法律上やむを得ないところであり、こ
れを理由として被収用者に対する所謂起業損失の補償を否定することは相当でな
い。
又、控訴人は、法九〇条が所謂起業利益と損失の補償との相殺を禁止していること
から、補償すべき損失の中に所謂起業損失も含むとすると被収用者は起業による利
益を保持しながら更に損失の補償を得て二重の利得を得ることになるというが、逆
に、右の相殺を認めるときには、被収用者がその他の者と共に当然受けることので
きる起業による利益を損失と相殺されることによつて、被収用者であるが故に起業
による利益の対価を支払わされる結果となり、被収用者とその他の者との間に事実
上の不均衡が生じることとなる場合もあり、右規定は、このような不均衡の生ずる
ことを防止しようとする趣旨のものと解すべきであり、仮に、控訴人主張のような
被収用者に有利になる場合があるとしても、右規定の存在をもつて残地補償につい
て所謂起業損失の補償を否定する根拠とすることも相当でない。
4 控訴人は、被控訴人主張の本件残地の価格ないし利用価値減少は、道路工事に
よる損失であり、その補償の要否、範囲は道路事業の一環として決せられるべきで
ある旨主張するが、残地補償について所謂起業損失も包含されることは上来説示の
とおりであり、前記引用にかかる原判決認定の土留擁壁の設置は本件事業である道
路建設工事の一部分であり、土留擁壁設置による本件残地の減価は、結局、本件事
業の施行による損失というべきである。残地補償は、被収用者に対する補償であ
り、法九三条その他道路法七〇条等による被収用者以外の者に対する補償と異り、
残地につき生ずる損失に対し完全な補償をなすべき性質のものであるから、その損
失が道路の構造に基因するものであるとしても、これを本件事業の施行による損失
として補償の対象とすべきものと解するのが相当である。
又、控訴人は、本件残地の損失補償の算定について本件事業の施行により残地に生
じた利益を斟酌すべきであると主張するが、前記の法九〇条において残地補償につ
き所謂起業利益との相殺を禁じている趣旨からして、右主張は採用に由ないもので
ある。
5 被控訴人は、本件事業の施行により本件残地に生じた効用減価の率につき原審
鑑定人Aの鑑定結果を援用して四〇パーセントであると主張するが、右鑑定結果
は、原審における鑑定人B、同Cの各鑑定結果及び検証の結果と対比してそのまま
採用し得ないところであり、被控訴人の右主張は採用し難い。
三 してみると、原判決は相当であり、本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がな
いからこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を
適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 井上三郎 石井 玄 畑 郁夫)
(原裁判等の表示)
○ 主文
一 被告は、原告に対し、金四、四五五、一五七円およびこれに対する昭和四三年
四月二一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は各自の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた裁判
(原告)
一 被告は、原告に対し、金八、四六五、四八五円およびこれに対する昭和四三年
四月二〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
旨の判決並びに仮執行の宣言
(被告)
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
旨の判決
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は別紙物件目録記載の土地(別紙図面(一)のイロハニイの各点を順次直
線で結ぶ部分、以下、原告所有地という。)を所有するところ、右土地のうち別紙
図面(一)のイヘチニイの各点を順次直線で結ぶ部分(以下、本件土地という。)
その他を用地予定地とする大阪都市計画街路事業加島天下茶屋線建設工事(以下、
本件事業という。)につき、被告を執行者として、昭和三五年八月八日建設省告示
第一、五六七号により大阪都市計画街路事業決定およびその執行年度割の決定があ
り、その後昭和四〇年三月三一日建設省告示第一、〇四四号および昭和四二年三月
三一日同告示第一、二三〇号により執行年度割の変更がなされ、同年二月二七日土
地細目の公告がなされた後、原、被告間で協議がなされたが成立しなかつたので、
被告は同年一一月二四日大阪府収用委員会に収用裁決の申請をなし、同委員会は昭
和四三年三月二七日、収用する土地の区域本件土地、原告に対する損失補償額七、
〇九八、五二六円、収用時期同年四月二〇日とする旨の裁決をなし、その裁決書正
本は同月四日原告に送達された。
右裁決において、損失補償額を七、〇九八、五二六円とした算出根拠はつぎのとお
りである。
(一) 土地損失補償金  七、〇二四、九六〇円
収用面積     四六・四平方メートル
一平方メートル当り単価 一五一、四〇〇円
算式   151.400円×46.4m2=7、024、960円
(二) 残地の盛土費用の補償  七三、五六六円
都市計画街路加島天下茶屋線築造後の歩道面と残地(別紙図面(一)のロハチヘ口
の各点を順次直線で結ぶ部分、以下、本件残地という。)面との高低差八〇センチ
メートル(平均値)を嵩上げするための盛土費用(但し、一切の工事費用を含
む。)
実測面積    二四五・二二平方メートル
一平方メートル当り単価   三〇〇円
算式   300円×245.22m2=73、566円
2 土地収用に伴う損失の補償は完全でなければならない。すなわち、収用によつ
て生じた損失はすべて補償せられ、各損失に対する補償の額はその損失を全部補う
に足りるものでなければならない。そして右損失のなかにいわゆる起業損失を含む
ことは、土地収用法九三条の趣旨に照しても明らかである。
3 ところで、原告所有地はもと大阪市内の商業地にあつて、その西側は公道に接
する効用の高い宅地であつたが、本件収用により西側を剪除されたうえ、本件事業
施行の結果、別紙図面(二)のとおり常安橋架橋によつて加島天下茶屋線は従前の
道路より高くなり、また土留擁壁のため本件残地は直接公道(加島天下茶屋線)に
面しなくなつて、わずかにその側道(巾員二・八メートル)にのみ接する画地とな
つた。そして右側道(歩道)には電柱が本件残地と二・一メートルの間隔で数本設
置されているうえ、常安橋寄り交差点手前において急傾斜の階段が連なる。
4 (一)原告は原告所有地上に、原告の経営する株式会社住田式自動電機製作所
の商品(自動扉)の展示場および事務所兼居宅の建物を建築すべく、昭和三六年四
月五日建築主事に対し建築物確認申請をなし、同年五月二日ころ確認を受け、着工
を待つばかりの状態であつた。
しかるに本件事業施行の結果前記公道(車道)から本件残地に車両を乗り入れるに
は、本件残地の北に隣接する朝日工業社前付近から前記側道(歩道)に入り、歩道
を約七メートル進行しなければならないところ、前記のように側道が狭いうえ、電
柱に防げられて、車両の進行、荷物の積卸し等の作業に著しく支障を来たし、また
前記階段に妨げられて南方に向かい側道を通り抜けることも不可能となつたため、
自動車運行を不可欠とする前記営業環境としては極めて劣悪となり、また、前記土
留擁壁によつて観望を遮られることになつたため展示場として使用することも著し
く制約を受け、結局原告において前記建築および同所における営業を断念すること
を余儀なくされた。
(二) 前記のように本件事実の施行によつて本件残地の環境が劣悪化したため、
本件残地を他に売却するにしても、その対価は著しく減額されることになることは
明らかである。(三) 右のような損失は社会通念上受忍すべき範囲を越えるもの
である。
5 本件残地の商業地としての効用(収益性、便利性)を別表の個別的要因につ
き、本件事業施行前の状態における利用価値と比較してみると本件残地の全体効用
減価率は二三パーセント以上であることが認められる。
そうすると、本件収用がなければ本件残地の価格は三七、一二六、三〇八円(一平
方メートル当り一五一、四〇〇円は裁決額どおり)であり、本件収用によつて本件
残地の効用が二三パーセント減少したので、金八、五三九、〇五一円が右残地の損
失に対する補償金額として相当である。
(算式)   151、400円×245.22m2=37、126.308円
37、126、308円×0.23=8、539、051円
6 よつて、本件残地に対する損失補償額は、八、五三九、〇五一円であるから、
原告がすでに受領した本件残地の盛土費用としての裁決額七三、五六六円を差し引
いた八、四六五、四八五円ならびにこれに対する収用期日である昭和四三年四月二
〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求
める。
二 答弁および反論
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2について、法七四条に規定する「収用による損失」とは、収用による権利
の剥奪または制限に起因する損失を意味し、収用の目的である事業の施行の結果生
じる損失いわゆる起業損失は含まないというべきである。右のことは、起業損失を
含むとすれば、収用裁決時には未だその損失の範囲が確定的に把握し得ないことに
なつて不都合である一事をもつてしても明らかである。
また仮に起業損失を含むと解するにしても、起業損失が起業利益に対比される観念
であり、残地補償が被収用者における特別の事情に対する損失の補償であることを
考えれば、事業の性質上付近一帯の土地の価値が総体的に低下することが予想され
る場合に限り、その範囲で残地価値の低下による損失が補償されるにとどまるべき
である。そして本件のような都市計画街路事業としての道路建設事業はその性質上
右のような起業損失を生じることはあり得ない。
3 同3の事実のうち、本件事業施行の結果、従前西側を公道に面していた原告所
有地は西側部分を収用され、しかも加島天下茶屋線は従前の道路レベルより高くな
つたうえ、車道部分と歩道部分との境界上に土留擁壁が施設されたため、本件残地
は直接公道(車道)に沿接せず、側道(歩道)のみに接する画地となつたことは認
め、原告所有地がもと大阪市内の商業地にあつて、効用の高い土地であつた事実は
否認する。
4 同4・5について
(一) 本件事業の道路拡幅に伴ない、街路構造の一部の変更がなされたとぎ、そ
れによる沿道土地所有者の宅地の使用上の不便、利用価値の減少は道路工事による
損失というべきであり、その補償の要否および範囲は専ら道路事業の一環として決
定されるべきものであつて、本件収用による損失として考慮すべきものではない。
また、一般的に従前の道路に沿接することによつて受けていた沿道土地所有者の利
便は反射的利益というべきであるから、それが道路構造の変更により損われたとし
ても、沿道土地所有者において当然受忍すべきものであつて、道路事業による損失
としても補償されるべきでないこと、道路法七〇条一項の趣旨に照しても明らかで
ある。
(二) 仮に収用による損失に該るとしても、一般に土地収用における損失補償の
基礎となる価格評価は、一般的取引観念に基き客観的に算定されるべきものであつ
て、単なる土地所有者の将来の利用意思等の主観的要素によつて影響されるべきも
のではない。ところで、本件残地は更地の宅地であつて、未だ特定の用途に供され
ているものではなく、仮に原告主張のような建設計画があつたとしても、既にその
後六年を経過した裁決申請時において未だ何らの利用もなされていない状況であれ
ば、右建設計画のみをもつて、本件土地の利用方法、形態が客観的、具体的に確定
あるいは高度の蓋然性をもつて予定されているとはいえないから、未だかかる計画
は原告の主観的意図に留まるものというべきである。
(三) 仮に、原告主張のように、本件残地を自動扉展示場および事務所建設地と
して利用する予定であつて、しかも右建設計画が主観的意思に留まらないとして
も、本件残地につき、原告の主張するような効用減価は生じていない。
(1) 原告所有地は、従前南北の間口(一三メートル)において、巾員六メート
ルの道路の東に沿接していたが、本件事業施行の結果、右道路は巾員約三〇メート
ルに拡幅され、本件残地はその側道(巾員約三メートル)に接することになり、ま
た前記土留擁壁が設けられても、右側道(歩道)を約四・五メートル進んで車道に
出ることができる位置にあるから、本件事業施行の結果は本件残地の利用に殆んど
影響を及ぼさないものである。
(2) 客足の利便についてみれば、従前の道路が前記のとおり幅員が狭いうえ、
歩車道の境界を有しないのに比べれば、本件事業施行後の道路の方が、車両の通行
量、駐停車の便益、通行人の安全性等のいずれの面からみても優ること明らかであ
る。
(3) 輸送の適否についてみても、歩車道境界を有する道路においては一般に車
両の歩道上の通行は禁止せられ、荷物の積卸しは車道の左側端に沿い行なわなけれ
ばならないとされている専ら(道路交通法一七条、同四七条)、歩道上を車両が通
行しうることを前提にした原告の主張は失当であり、また土留擁壁が設けられてい
なくとも、荷物の積卸しは約三メートルの歩道をはさんで行なわなければならない
ものであるから、土留擁壁が設けられた結果、前記のとおり歩道を通じて車道に達
するのに約四・五メートルの距離があるとしても、その差約一・五メートルをもつ
て輸送の便に著しい不利益を来たすものといえない。
(4) 本件事業施行の結果、大阪市の南北を貫通する延長一三、三九〇メー1
ル、最大巾員四〇メートルの幹線道路が開通され、御堂筋とともに市内の交通網の
要となつたため、道路沿線の発展性は著しいものがあり、付近地の利用価値の増加
とともに地価の高騰もみられ、右現象は本件残地についても妥当し、単に土留擁壁
が設けられただけでは、近隣の発展性に何ら消長を来たさないものである。
第三 証拠(省略)
○ 理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
そして本件残地およびその付近の写真であることにつき当事者間に争いのない検甲
第一号証の一ないし六、検証の結果および鑑定人B、同A、同Cの各鑑定の結果に
よれば、次の事実が認められる。
原告所有地は、地下鉄三号線(四ツ橋線)肥後橋駅の北出入口の西方約五〇〇メー
トル、土佐堀川に架せられる常安橋の北約五〇メートルの地点に所在し、南の土佐
堀川、北の堂島川に囲繞された通称中之島の地域内にあつて、従前巾員六メートル
の道路にほぼ等高に接する、南北の間口一三・七メートル、東西の奥行約二一メー
トルの矩形画地であつて、建築基準法上商業地域、防火地域に指定され、付近一帯
は日本式建物が残存するものの、東方に中之島オフイス街を控え、オフイス街の裏
通り的環境を形成するものであつたところ、本件事業によつて、前記従前の道路は
拡幅されて車道巾員二四メートル、両側歩道約三メートル(側溝を含む)の歩車道
分離道路(加島天下茶屋線)が造成され、同車道は常安橋にかけて上り勾配とな
り、そのため歩車道の境界には、本件残地の北三・九五メートルの地点から、本件
残地の南方約二五メートルにある階段の西側までコンクリート製の土留擁壁が設置
されることとなつた。その際、原告所有地は、従前巾員六メートルの道路に接面し
ていた西側部分を収用され、本件残地は、盛土により前記歩道にほぼ等高に接する
南北の間口一三・七メートル、東西の奥行約一八メートルの矩形画地となり(本件
残地が歩道に接する画地となつたことは当事者間に争いがない。)、その後、付近
一帯は第八種容積地区の指定を受けて、東方および南方より鉄筋コンクリート造の
中層ビルデイングが多数建造されつつあり、将来オフイスビルデイング街として発
展の様相を呈してきている状態である。
本件残地の周辺の状況は、右車道は本件残地前において傾斜に伴ない歩道より九セ
ンチメートルから七八センチメートル高く移行し、その間歩道面九五センチメート
ルから一・五七メートルの前記土留擁壁があり、土留擁壁と歩道の間には巾員一七
センチメートルの側溝が設置され、また本件残地の間口中央辺から西へ二・三一メ
ートルの歩道上には街灯が、その四・九四メートル北には電柱がそれぞれ建てら
れ、本件残地の南方約二五メートルのところで、右歩道は行詰りとなり、同所にあ
る階段によつて南の道路に接続しているというものである。
二 1 原告は、まず本件事業施行の結果、本件残地が株式会社住田式自動電機製
作所の商品展示場および事務所兼居宅の建物敷地としての効用価値を喪失したの
で、右相当分が補償されるべきであると主張するから、判断する。
成立に争いのない甲第二号証、前顕検甲第一号証の一ないし六、原告本人尋問の結
果および検証の結果によれば、原告は昭和三四年ころ、北隣の株式会社朝日工業社
に原告所有地を材料等の置場として賃貸したが、その後右土地を商品展示場および
事務所兼居宅として使用すべく、昭和三六年四月五日建築物確認申請をなし、同年
五月二日右確認を受け、約半年後基礎工事に着工したものの、本件事業の結果、従
前の接面道路が高架化されるとの噂に接して、工事を中止し、再び右会社に材料等
の置場として貸し、収用裁決当時なお更地のままにしていたことが認められる。
ところで本件事業について、昭和四二年二月二七日土地細目の公告がなされたこと
は前記のとおりであるから、本件土地収用による損失の補償については、土地収用
法の一部を改正する法律施行法(昭和四二年七月二一日法律第七五号)三条によ
り、昭和四二年法律第七四号による改正前の土地収用法(以下単に「法」という)
が適用されることになるが、同法は、収用する土地に対しては、近傍類地等の取引
価格等を考慮して、収用委員会の裁決の時に算定される相当な価格をもつて補償し
なければならないと規定する(法七一条、七二条)。そして右の相当な価格は、そ
の土地の客観的交換価値によつて判断されるべきであつて、土地所有者の主観的事
情により左右されるべきではない。それ故、原告が単にその所有地を前記のような
方法で利用する計画を立てていたというような事情は、土地の価格算定に当つて考
慮されるべきものではない。このことは、原告所有地が全部収用される(これによ
り当然右計画の実施は不可能になる)場合におけるその土地の評価についても、一
部収用によつて右計画の実施が不可能になつた場合における残地の評価について
も、いえるのである。したがつて原告の右主張は理由がない。
なお、土地所有者の進めていた土地利用計画の実施が、収用のため不可能になり、
これによつて所有者が損失を受けた場合、その損失が通常生ずべき性質のものであ
れば、補償されなければならない(法八八条)が、原告においてそのような損失を
受けたことは主張立証しないところである。
2 次に原告は本件事業の施行によつて、本件残地につき、一般的利用価値、収益
性が低下したと主張するので、この点について判断する。
土地の被収用者は収用の前後においてその財産額に増減がないように補償されるべ
きであるから、当該収用の事業の施行の期待による土地価格の騰貴すなわちいわゆ
る起業利益も土地の補償価格の算定にあたり考慮されるべきであり、また一部収用
において、当該事業施行の結果、残地の価格が低落した場合、そのいわゆる起業損
失も、間接ではあるが、収用に起因する損失というべきであるから、補償されるべ
きである。そして法九〇条に明定するとおり、事業の施行によつて残地の価格が増
加し、その他残地に利益が生ずることがあつても、その利益を損失と相殺すること
は許されないから、残地の損失の判定にあたつては、右のような起業利益を斟酌す
ることはできないといわなければならない。
ところで前記認定事実、検証の結果および各鑑定結果によれば本件残地の前面に設
置された土留擁壁に妨げられて、自動車が車道から歩道を横断して本件残地に出入
することはできないこと、もつとも土留擁壁は本件残地の北三・九五メートルの地
点までしかなく、しかも歩道の巾員は二・七二メートル(但し、本件残地とその正
面に在る電柱との間隔は二・一五メートル)あるから、自動車は右擁壁の北端を迂
回して歩道を通行すれば、車道から本件残地への出入が可能なようにみえるが、自
動車の歩道上の通行は横断等の特別の場合を除き一般に禁止されているので、それ
もできないこと、本件残地は車道に沿接していないので、自動車による荷物輸送に
ついては、自動車を車道の東端に止めて荷物の積卸しと本件残地までの運搬をする
ことになるが、本件残地正面の車道に止めると(運搬距離は約三メートルである)
擁壁に妨げられて右作業が困難であり、したがつて擁壁の北端附近に自動車を止め
て作業するほかなく、結局四メートル以上の距離を運搬しなければならないことに
なること、このようなわけで、土留擁壁の設置によつて、本件残地の利用価値は低
下したことが認められる。しかし土留擁壁の有無に拘らず、歩道上の車両の運行は
一般に禁じられているから、歩道の南方向が行詰りになつていることは輸送上の便
益性に影響を及ぼすものではなく、電柱、街灯の存在によつて荷物の積卸し等の作
業に支障を来たすことも認め難いから、この点に関する原告の主張は採用するとこ
ろでない。
一方、本件残地につき本件事業によつて、嫌悪施設等の接近条件に従前の状況と比
べて顕著な差が生じたことも、また交通条件、近隣の発展性の面で収益性が低下し
たことも、これを認めるに足る証拠はない。この点についても鑑定人Aの鑑定の結
果は採用しない。
以上の認定事実によれば、本件残地は専ら土留擁壁の設置によつて利用価値が減少
したものであり、右利用価値の減少はひいて交換価値の低下をもたらすものと解さ
られるから、右は本件収用によつて残地に生じた損失であつて、起業者である被告
は右損失を補償しなければならない。
ところで本件残地が前面に土留擁壁等がなく直接歩車道分離道路に面したいる場合
に比べた土留擁壁が存在することにより、その交換価値が減少する割合を、B鑑定
は一六パーセント、C鑑定は七・五パーセント、A鑑定は四〇パーセントとそれぞ
れ評価している。
以上の事実を総合判断すれば、本件残地に生じた損失は、本件残地の土留擁壁を考
慮しない価格に対し、一平方メートル当り一二パーセントの減価であるとみるのが
相当である。
そして、収用裁決額一平方メー1ル当り一五一、四〇〇円が右価格に当ること、本
件残地の実測面積が二四五・二二平方メートルであることは、当事者間に争いがな
いから、本件残地の損失は四、四五五、一五七円をもつて相当とする。
(算式)   151、400円×0.12×245.22m2=4、455、1
57円
なお、右計算の基準となつた本件残地の価格が、残地を歩道面と同じ高さまで嵩上
げする以前のものであることは弁論の全趣旨によつて明らかであるから、右損失は
前記盛土費用とは別に補償されなければならない。
そして起業者は収用の時期までに補償金の払渡をしなければならないから、収用の
時期の翌日から、補償金の払渡につき遅滞に陥るものというべきである。
三 以上の次第であるから、原告の本訴請求は、四、四五五、一五七円およびこれ
に対する収用期日の翌日である昭和四三年四月二一日から支払ずみに至るまで民法
所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから
これを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法
八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言は相当でないのでこれを付さないことと
し、主文のとおり判決する。
別紙物件目録、図面(一)、(二)、別表(省略)

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