弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人大野康平、同北本修二、同下村忠利、同小田幸児の上告理由第三の二
について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当とし
て是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属す
る証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論
難するものにすぎず、採用することができない。
 その余の上告理由について
 一 右上告理由に係る本件請求は、大阪府泉佐野市において実施された同市議会
議員の一般選挙の選挙人で右選挙において投票した上告人らが、大阪府警察本部所
属の警察官らのした投票済み投票用紙の差押え等により投票の秘密に係る自己の法
的利益が侵害されたとして、損害賠償を求めるものである。
 二 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 昭和六一年五月一八日、大阪府泉佐野市において、同市議会議員の一般選挙
(以下「本件選挙」という。)が施行された。
 2 上告人らは、本件選挙の選挙人であり、右選挙の期日に投票所において投票
した。
 3 上告人Aは、本件選挙に立候補し、一一五八票を得て当選した。同人はいわ
ゆる中核派に近い政治的立場を採っており、「D」の事務局長であった。
 4 本件選挙に先立つ同年二月ころ、中核派構成員と目される者五五名により泉
佐野市の区域内への転入届が提出されたが、右届けに係る住所には同人らの居住の
事実が認められなかったことなどから、大阪府警察本部は、右の者らによる転入届
は、中核派の構成員が謀議の上、上告人Aを当選させるため選挙権を取得する目的
でされたものであるとみて、右五五名に公正証書原本不実記載、同行使の嫌疑を抱
くとともに、右五五名のうち選挙人名簿に登録された三七名(当初は三八名)につ
いては公職選挙法二三六条の詐偽登録罪の嫌疑を抱き、かつ、同人らが同法二三七
条二項に規定する詐偽投票の行為に出る可能性が大であると考えた。
 5(一) そこで、大阪府警察本部所属の警察官らは、一連の任意捜査を経た上、
詐偽投票をした事実等を裏付ける目的で、昭和六一年五月一九日、佐野簡易裁判所
裁判官に対し、被疑者E、被疑罪名公正証書原本不実記載、同行使及び公職選挙法
違反、差し押さえるべき物Eら三二名の泉佐野市議会議員一般選挙投票所入場券等
とする差押許可状の発付を請求したところ、同日、同裁判所裁判官は、右内容の差
押許可状を発付した。なお、右請求に係る被疑事実の要旨は、「一被疑者Eら三八
名は、真実は泉佐野市内に居住していないのに同市を住所とする住民異動届をなし
て住民基本台帳にその旨不実の記載をさせ、これを備え付けさせて行使するととも
に、本件選挙に際し、選挙人名簿に氏名等を登録させて詐偽登録をなし、二 Eら
三二名の者は、昭和六一年五月一八日、投票所において資格を偽って投票用紙の交
付を受けて投票し、もって詐偽投票をした。」などというものであった。
 (二) また、同年六月二日、佐野簡易裁判所裁判官に対し、被疑者名、被疑事実
等は右差押許可状と同一とし、差し押さえるべき物を泉佐野市議会議員一般選挙候
補者上告人A名記載の投票済み投票用紙とする捜索差押許可状の発付を請求し、同
日、同裁判所裁判官は、右内容の捜索差押許可状を発付した。
 6 大阪府警察本部所属の警察官らは、右各許可状に基づいて、同年五月二一日、
投票所入場券三二枚等を押収し、同年六月三日、上告人A名記載の投票済み投票用
紙一一五八枚を押収した(以下「本件差押え」という。)。
 7 大阪府警察本部所属の警察官らは、押収した投票用紙の指紋検出を行い、そ
のうち二二六枚について対照可能な指紋を検出した上、これと前記詐偽投票罪の被
疑者のうち警察が指紋を保管していた二六名の者の指紋とを照合した結果、うち五
名について指紋が一致した。
 8 なお、上告人らは本件詐偽登録罪及び詐偽投票罪の被疑者にはされておらず、
また、同人らの指紋が押収した投票済み投票用紙から検出された指紋との照合に使
用されたという事実もない。
 三 右事実関係によれば、本件差押え等の一連の捜査により上告人らの投票内容
が外部に知られたとの事実はうかがえないのみならず、本件差押え等の一連の捜査
は詐偽投票罪の被疑者らが投票をした事実を裏付けるためにされたものであって、
上告人らの投票内容を探索する目的でされたものではなく、また、押収した投票用
紙の指紋との照合に使用された指紋には上告人らの指紋は含まれておらず、上告人
らの投票内容が外部に知られるおそれもなかったのであるから、本件差押え等の一
連の捜査が上告人らの投票の秘密を侵害したとも、これを侵害する現実的、具体的
な危険を生じさせたともいうことはできない。したがって、上告人らは、投票の秘
密に係る自己の法的利益を侵害されたということはできない。そうすると、その余
の点を判断するまでもなく、投票の秘密に係る法的利益の侵害に基づく上告人らの
損害賠償請求は理由のないことが明らかであるから、上告人らの右請求を棄却すべ
きものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用する
ことができない。
 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官福田博の補足
意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官福田博の補足意見は、次のとおりである。
 本件は、公職選挙法の詐偽投票罪の捜査のため、警察が市議会議員の一般選挙に
おいて特定候補者の氏名を記載した投票用紙全部を差し押さえ、右投票用紙から検
出された指紋と警察が保管していた指紋とを照合し、一部の選挙人の投票内容が警
察に知られるに至った事案であって、第一審以来右差押え等が憲法一五条四項前段
の投票の秘密の保障に違反するか否かが争点として取り上げられ、原審はこれを憲
法に違反しないと判断したものであるところ、この問題は、選挙犯罪の捜査の必要
性と投票の秘密の保持との関係をいかに解するかという憲法解釈上の重要な論点を
含むものであり、当裁判所の明確な先例もない分野である。私は、上告人らの法的
利益が侵害されたとはいえないから、その余の点を判断するまでもなく本件上告を
棄却すべきであるとする法廷意見に同調するものであるが、この際、念のため、私
の意見を述べておきたい。
 一 憲法一五条四項前段が保障する投票の秘密とは、選挙において、投票と投票
者とのつながりが投票者自身以外の者に知られないようにするという原則をいうも
のである。投票の秘密の保障は、選挙人が自己の自由な判断に従って投票できるよ
うにするための必須の条件を成しており、近代の選挙法において、普通選挙、平等
選挙、直接選挙と並ぶ基本原則ともいうべき重要な位置を占めている。我が国の憲
法もこれを明文で保障し、これを受けて公職選挙法は、無記名投票の原則(四六条
四項)、投票用紙公給主義(四五条、六八条)、何人も投票した被選挙人の氏名等
を陳述する義務のないこと(五二条)、混同開票主義(六六条二項)などの規定を
設けるとともに、公権力による投票の秘密の侵害に対して罰則を設けているところ
である(二二六条二項、二二七条)。
  そして、このような投票の秘密の保障は、選挙権のない無資格者のした投票に
も及ぶと解するのが妥当である。けだし、無資格者は秘密投票をする権利を有する
とは直ちにはいえないが、無資格者の投票については公権力により投票内容の探索
が自由にできると解した場合、選挙において必要とされる自由な雰囲気が圧迫され、
また、正当な選挙人の投票の秘密まで危険にさらす事態が引き起こされる可能性が
あるからである。当裁判所も、選挙の効力を定める手続においては、無資格者の投
票であっても投票内容を探索することは許されないという立場を明らかにしている
(最高裁昭和二三年(オ)第八号同年六月一日第三小法廷判決・民集二巻七号一二
五頁、最高裁昭和二三年(オ)第一二三号、第一二四号同二五年一一月九日第一小
法廷判決・民集四巻一一号五二三頁)。
 二 他方、憲法前文は、「正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」
と代表民主制をうたっているが、選挙において買収、詐欺投票等の不正が行われる
ならば、選挙人の自由な意思が選挙の結果に正しく反映されることは期待し難いこ
とになるのであり、正当な選挙の実施のためには、選挙の公正の維持、確保が必要
不可欠である。そのため、公職選挙法には詐偽投票罪等の各種の罰則規定が置かれ
ているのであり、このような選挙犯罪の捜査、検挙を通じて選挙の公正の維持、確
保を図ることも、憲法上の要請であるというべきである。
 三 ところで、投票の秘密といえども絶対無制限に保障されるものではなく、犯
罪捜査の必要等他の利益のため、一定の制約を受けることがあり得るところである。
本件の場合は、いずれも憲法上の要請である「選挙の公正の確保」と「投票の秘密
の保障」という二つの利益が対立しているのであり、このような場合、両者の間で
は投票の秘密の保障が必ず優越し、およそ投票の秘密を侵害するような捜査が許さ
れないとすることは適切ではないと考えられる。
 四 しかしながら、投票の秘密は、憲法において明文で保障されている制度であ
って、選挙人の自由な意思による投票の確保を目的とし、代表民主制を直接支える
ものであるのに対し、選挙犯罪の捜査は、選挙犯罪を取り締まることによって将来
同じような不正が行われることを抑止し、もって選挙の公正の確保を図ることを本
来の目的とするものであって、代表民主制を支える役割はより間接的なものである
から、投票の秘密の保持の要請の方が選挙犯罪の捜査の要請より一般的には優越し
た価値を有するというべきである。しかも、選挙犯罪の捜査は投票内容の探索に必
然的に結び付くものではなく、投票の秘密を侵害しない方法により捜査することが
可能な場合も多いと考えられること、捜査の必要性といっても事案によって軽重が
あることなどからすると、選挙犯罪の捜査において投票の秘密を侵害するような捜
査方法を採ることが許されるのは極めて例外的な場合に限られるというべきであっ
て、当該選挙犯罪が選挙の公正を実質的に損なう重大なものである場合において、
投票の秘密を侵害するような捜査方法を採らなければ当該犯罪の立証が不可能ない
し著しく困難であるという高度な捜査の必要性があり、かつ、投票の秘密を侵害す
る程度の最も少ない捜査方法が採られるときに限って、これが許されると解すべき
である。
 五 これを本件についてみるに、(一) 本件で警察が嫌疑を抱いた詐偽投票の内
容は、三二名の者が詐偽投票をしたというものであるところ、本件選挙においては、
定数二八名のところに三二名の者が立候補し、上告人Aは一一五八票を得、二七番
目の得票数で当選したこと、最下位の当選者の得票数は一一三二票、次点の者の得
票数は一〇一七票であったことが記録上うかがわれるのであり、本件選挙のこのよ
うな得票数の分布状況等に照らすと、本件詐偽投票の規模が本件選挙の公正を実質
的に損なうほど重大なものであったとは必ずしもいえないこと、(二) 先に警察は
本件被疑者らの投票所入場券を押収しており、それによって被疑者らの投票所への
入場の事実は確認されているところ、投票所に入場した事実から、特段の事情のな
い限り、被疑者らが投票したという事実を推認することができること、(三) 少な
くとも投票所に入場したという事実から「投票しようとした」という詐偽投票罪の
構成要件は容易に立証できると考えられるところ、詐偽投票罪においては、投票を
した場合と投票しようとした場合とで法定刑は異ならないから、あえて投票をした
という事実を裏付けるため本件差押えをする必要性がどの程度あったか疑問である
ことなどの諸点に照らすと、本件は、投票の秘密の侵害を引き起こすような捜査を
することが許される例外的場合に当たらず、本件差押えは憲法一五条四項前段に違
反するものであったというべきである。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    福   田       博
            裁判官    大   西   勝   也
            裁判官    根   岸   重   治
            裁判官    河   合   伸   一

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