弁護士法人ITJ法律事務所

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平成14年(行ケ)第401号 審決取消請求事件
平成15年6月5日口頭弁論終結
判      決
原      告     アプル・コンピュータ・インコーポレーテッド
訴訟代理人弁理士     山 川 政 樹
同            黒 川 弘 朗
同            紺 野 正 幸
同            西 山   修
同            山 川 茂 樹
被      告     特許庁長官 太田信一郎
指定代理人        千 葉 輝 久
同            片 岡 栄 一
同            治 田 義 孝
同            大 橋 良 三
同            小 林 信 雄
同            涌 井 幸 一
同            高 橋 泰 史
同            吉 村 宅 衛
同            小 曳 満 昭
主      文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日
と定める。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成10年審判第1353号事件について平成14年3月19日に
した審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「キーボードと,カーソル制御装置と,手のひら支え
とを統合したラップトップコンピュータ」とする発明について,1990年(平成
2年)12月18日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張
して国際出願(国際出願日1991年(平成3年)12月16日)をし,平成4年
8月18日付けで特許法184条の5第1項の規定による書面の提出をした(特願
平4-503190号)が,平成9年10月14日に拒絶査定を受けたので,平成
10年2月3日,これに対する不服の審判の請求をした。特許庁は,同請求を平成
10年審判第1353号として審理し,その結果,平成14年3月19日に「本件
審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を平成同年4月8日に原
告に送達した。なお,出訴期間として90日が付加された。
2 特許請求の範囲(請求項1)
「ラップトップパーソナルコンピュータであって,
主ハウジングと,
表示画面を有する表示装置ハウジングにして,結合手段によって前記主ハウ
ジングの一方の端部近くに回動可能に結合されており,前記表示画面はその下縁が
前記結合手段にほぼ隣接して配設されている,表示装置ハウジングと,
ラップトップパーソナルコンピュータに対するデータの入力用の,少なくと
も最上列キーおよび最下列キーを含むキーボードにして,その最上列キーがデータ
を表示する前記表示画面の前記下縁にほぼ隣接して位置させられて,前記主ハウジ
ング上に配置されたキーボードと,
前記キーボードの前記最下列キーに隣接して,通常の使用状態において前記
キーボードよりもユーザー寄りに前記主ハウジング上に位置された,ユーザーの手
のひらを支えるに十分な大きさでもって障害物のないほぼ平らな面を構成する手の
ひら支え部分と,
前記表示画面上で,カーソルを,同時に二方向において移動させることがで
きるカーソル制御装置と,
前記手のひら支え部分に一体的に配設され,前記表示画面上に表示されてい
る対象物を,それにカーソルを位置させた状態で選択するためのスイッチ手段とを
備え,
前記カーソル制御装置には,前記スイッチ手段の起動用であって前記手のひ
ら支え部分に位置した少なくとも2つのボタン手段が設けられ,
前記カーソル制御装置は,前記手のひら支え部分に,そのほぼ中央部で前記
キーボードの前記最下列キーに隣接して,一体的に配設され,もって,ユーザーが
前記キーボードの操作状態中に,ユーザーの両手が前記カーソル制御装置に届くよ
う構成されており,且つ,前記表示装置ハウジングは,閉じ位置では,前記キーボ
ードと前記手のひら支え部分とをカバーするものであることを特徴とするラップト
ップパーソナルコンピュータ。」(以下「本願発明」という。別紙図面1参照。)
3 審決の理由
別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに,本願発明は,「月刊ア
スキー」1985年8月号(株式会社アスキー,昭和60年8月1日発行,第9巻
p130~133。甲第5号証。以下「刊行物1」という。別紙図面2参照。),
特開昭62-165233号公報(甲第6号証。以下「刊行物2」という。別紙図
面3参照。),特開平2-228724号公報(甲第7号証。以下「刊行物3」と
いう。別紙図面4参照。),実願昭60-98139号(実開昭62-5340号
公報参照)のマイクロフィルム(甲第8号証,以下「刊行物4」という。),特開
平2-112010号公報(甲第9号証。以下「刊行物5」という。),実願平1
-19807号(実開平2-111838号公報参照)のマイクロフィルム(甲第
10号証。以下「刊行物6」という。),実願昭63-70857号(実開平1-
175330号公報参照)のマイクロフィルム(甲第11号証。以下「刊行物7」
という。)に記載された各発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができた
ものであるから,特許法29条2項に該当し,特許を受けることができない,とし
たものである。
審決が上記結論を導くに当たり認定した本願発明と刊行物1記載の発明(以
下「刊行物1発明」ということがある。)との一致点・相違点は,次のとおりであ
る。
(一致点)
ラップトップパーソナルコンピュータであって,
主ハウジングと,
表示画面を有する表示装置ハウジングにして,結合手段によって前記主ハウ
ジングの一方の端部近くに回動可能に結合されている,表示装置ハウジングと,
ラップトップパーソナルコンピュータに対するデータの入力用の,少なくと
も最上列キー及び最下列キーを含むキーボードにして,その最上列キーがデータを
表示する前記表示画面を設けている表示装置ハウジングの前記下縁にほぼ隣接して
位置させられて,前記主ハウジング上に配置されたキーボードと,
前記キーボードの前記最下列キーに隣接して,通常の使用状態において前記
キーボードよりもユーザー寄りに前記主ハウジング上に位置された,ユーザーの手
のひらを支えるに十分な大きさでもつ手のひら支え部分とを備え,
前記表示装置ハウジングは,閉じ位置では,前記キーボードと前記手のひら
支え部分とをカバーするものであることを特徴とするラップトップパーソナルコン
ピュータ
(相違点)
(1) 表示画面が,本願発明においては,その下縁が結合手段にほぼ隣接して配
設されており,キーボードの最上列キーが表示画面の下縁にほぼ隣接して位置させ
られているのに対し,刊行物1に記載された発明においては,その様に隣接して配
設されておらず,また,隣接して位置させられていない点
(2) 手のひら支え部分が,本願発明においては,障害物のないほぼ平らな面を
構成するのに対し,刊行物1に記載された発明においては,マイクロカセット等が
配設される構成となっている点
(3) 本願発明においては,表示画面上で,カーソルを,同時に二方向において
移動させることができるカーソル制御装置と,手のひら支え部分に一体的に配設さ
れ,表示画面上に表示されている対象物を,それにカーソルを位置させた状態で選
択するためのスイッチ手段とが備えられ,カーソル制御装置には,スイッチ手段の
起動用であって手のひら支え部分に位置した少なくとも2つのボタン手段が設けら
れ,カーソル制御装置は,手のひら支え部分に,そのほぼ中央部で前記キーボード
の前記最下列キーに隣接して,一体的に配設され,もって,ユーザーがキーボード
の操作状態中に,ユーザーの両手がカーソル制御装置に届くよう構成されているの
に対し,刊行物1に記載された発明においては,手のひら支え部分に,カーソル制
御手段が配設されておらず,スイッチ手段が設けられていない点(以下「相違
点(3)」という。)
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決は,相違点(3)についての判断を誤ったものであり,この誤りが審決の結
論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 審決は,要するに,刊行物1に記載されたコンピュータ(刊行物1発明)を
出発点として,これに,刊行物2,3に記載されたコンピュータの一部の構成を付
け加え,これに更に刊行物4ないし7記載の技術をも付け加えることにより,相違
点(3)を埋めてこれに係る本願発明の構成に至ることが,当業者に容易であると結論
づけている。
このような,様々な文献に記載されている,全体の形状が異なる技術の一部
分ずつだけを取り出して組み合わせることがなぜ容易であるのかは,審決からは不
明である。むしろ,それだけ多くの文献を並べなければ本願発明の構成が完成しな
いというのであるから,刊行物1発明を出発点としつつ本願発明に想到することは
容易でないというべきである。
2 従来,大発明といわれるものであっても,その部分部分だけを取り出してみ
れば,たいていのものは公知のものである。これらの公知の技術を目的に合わせて
組み合わせたところにこそ,発明性が認められるのである。
本願発明の特徴は,主ハウジングとその表面を覆う蓋となる表示装置ハウジ
ングとで構成され,表示装置ハウジングに表示部が形成される一方,主ハウジング
には,その操作者から遠い箇所にキーボードを設けて,そのキーボードから操作者
側に広く空いた部分を設け,そこを手のひら支え部分とし,その手のひら支え部分
の中央部に,カーソル制御装置と,スイッチ手段と,二つのボタン手段とを設け,
手のひら支え部分に手を載せ,手を操作の定例位置,すなわちホームポジションか
ら余り動かさずにカーソル制御装置,スイッチ手段,2つのボタン手段を操作でき
るようにしたところにある。
このような特徴を備えたコンピュータは,本願に係る優先権主張日前には存
在していなかった。審判で提示されたどの刊行物にも,上記特徴を備えたコンピュ
ータは開示されていない。
刊行物1に手のひら支え部分が開示されているのは事実である。また,刊行
物2,3にはコンピュータ本体とコードで連結される単独のキーボードが示されて
いて,カーソル制御装置を単体のキーボードのほぼ中央部分に設けることが示され
ているのも事実である。しかし,それからなぜ,カーソル制御装置を手のひら支え
部分の中央に配置して,手のひら支え部分に手を置いたままそれを操作できるよう
にすることが容易に考えられるのかは,審決からは不明である。
刊行物2,3のキーボードには,手のひら支え部分が記載されておらず,し
たがって,手のひら支え部分に手を置いたままカーソルを制御しようとする発想も
一切示されていない。同様に,刊行物1には,手のひら支え部分は記載されている
ものの,その手のひら支え部分に手を置いてカーソルを制御しようという技術的な
思想は一切示されていない。このように,本願発明の出願前には,手を手のひら支
え部分に置いて,ホームポジションから余り動かさなくてもカーソルを操作できる
ようにしよう,という技術的思想は全くなかったのである。
このような技術的思想は,本願発明によって初めて提案されたものである。
このような提案がされた結果,多くのノート型(ラップトップ)パソコンが,原告
以外の者によって,その技術的思想にただ乗りして製造されているのが現状であ
る。小型のコンピュータに手のひら支え部分を設け,そこにカーソル制御装置を配
置し,手のひら支え部分に置いてそのままカーソルを操作できるようにするという
技術的思想は,それだけ優れた思想であって,当然特許が与えられるべきものであ
る。
3 被告は,キーボード本体に手を置いたままカーソルの移動が可能であること
は,刊行物2,3に記載されている,と主張する。
しかし,刊行物2,3に開示されているのは,いわゆるデスクトップ型コン
ピュータ用の独立したキーボードの発明であって,本願発明のようなラップトップ
パーソナルコンピュータに向けられた発明ではない。審決で引用された刊行物のい
ずれにも,本願発明の技術的思想の中心である,ラップトップパーソナルコンピュ
ータにおいて,手のひら支え部分に手を置いたままカーソルを制御しよう,という
考えは,示されていない。
被告は,刊行物1ないし3,6,7はいずれもコンピュータの技術分野に属
するものであり,また,刊行物2には「文字,数字等を入力するキーボード側に手
を置いたままカーソルを制御するため」,刊行物3には,「ポインティングデバイ
スによる座標表示とキーボードによる文字入力を連続して行う場合に速やかに行う
ため」という文言により,本願発明のものと同様の目的が開示されているから,こ
れらの技術を組み合わせることができない理由は見当たらない,と主張する。
確かに,刊行物1ないし3,6,7には,これらに開示された技術を組み合
わせることができない旨の記載は見当たらない。しかし,これらの技術を組み合わ
せることが可能であることを示唆する記載もまた,上記各刊行物には存在しない。
刊行物2及び3に,本願発明と同様の目的が開示されているとしても,それだけで
は,刊行物1ないし3,6,7の技術を組み合わせることの示唆があることにはな
るものではなく,それら刊行物の技術を組み合わせてみようとする着想を当業者に
与えることにはならない。なぜなら,審決で引用された刊行物のいずれにも,本願
発明の技術的思想の中心である,ラップトップパーソナルコンピュータにおいて,
手のひら支え部分に手を置いたままカーソルを制御しようという考え,は示されて
いないからである。
上記各刊行物には本願発明の特徴の一部分がばらばらに示されているだけで
あり,これらの刊行物からは,各刊行物に開示された技術をどのような方針でどの
ように組み合わせるのかについての考え方は,当業者には与えられない。審決に
は,当業者がなぜ上記各刊行物を組み合わせることを容易になし得たといえるのか
について,理由の記載がない。
第4 被告の反論の要点
審決の認定,判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
キーボード本体に手を置いたままカーソルを移動させることが可能であるこ
とは,刊行物2,3に記載されている。刊行物1ないし3,6,7はいずれもコン
ピュータの技術分野に属するものであり,刊行物2には,「文字,数字等を入力す
るキーボード側に手を置いたままカーソルを制御するため」,刊行物3には,「ポ
インティングデバイスによる座標表示とキーボードによる文字入力を連続して行う
場合に速やかに行うため」と,本願発明のものと同様の目的が開示されている。こ
のような状況で,これらの技術を組み合わせることができない理由は,見当たらな
い。
第5 当裁判所の判断
1 審決は,本願発明と刊行物1発明との相違点の一つ(相違点(3))について,
「本件請求項1に係る発明と同一技術分野に属する刊行物2に,キーボード本体を
2つに分割したものであるが,文字,数字等を入力するキーボード側に手を置いた
ままカーソルを制御するために,キーボード本体(3aと3b)のキーボードの手
前側の面にトラックボール5a,5bとクリック用のボタン9a,9bを設けたキ
ー入力装置が記載され,同じく刊行物3にポインティングデバイスによる座標表示
とキーボードによる文字入力を連続して行う場合に速やかに行うためデジタイザ7
をキーボードの手前で中央部にスペースキーに隣接して設けている座標指示装置が
記載されている。そしてラップトップパーソナルコンピュータ等のコンピュータの
技術分野においては,主ハウジング上のキーボードに隣接する部分の構成は,コン
ピュータの操作性,機能,コンパクト性等を考慮して当業者が適宜設計するもので
あり,また,トラックボール及びデジタイザは,表示画面上で,カーソルを,同時
に二方向において移動させることができるカーソル制御装置であること,ボタン手
段はスイッチ手段の起動用に用いられることはそれぞれ技術常識であり,カーソル
制御装置にカーソル位置入力用等のボタン手段を2以上設けることは慣用手段(例
えば刊行物6,7参照)に過ぎず,さらに,刊行物1に記載された発明は,キーボ
ードの手前に手の平支え部というスペースを備えており,ここに,カーソル制御装
置及びボタン手段を設けることを阻害する特別な要因も認められないから,刊行物
1に記載された発明に刊行物2,3に記載された事項,慣用手段を組合せ,相違
点(3)に係る構成とすることは当業者が容易になし得たものである。」(審決書8頁
21行~9頁3行)と認定判断した。
2 原告は,審判で引用された刊行物1ないし3,6,7のいずれにも本願発明
の技術的思想の中心である,手のひら支え部分に手を置いたままカーソルを制御し
ようという考えは示されていないから,本願発明の特徴の一部分だけがばらばらに
示されているにすぎない各刊行物から上記技術的思想を導き出すことはできない,
と主張する。
(1) 刊行物1(甲第5号証)には,そこに記載されたラップトップパーソナル
コンピュータ(ハンドヘルドパーソナルコンピュータ)について,「液晶表示部と
なっているフタをあけてみるとまず気付くのは手前が空いており,その向うにキー
ボードがあることである。一見奇妙な配置に見えるが,手前の部分がアームレスト
の役割をしているのである。ハンドヘルドというとキーボードの手前部分がなく手
首が浮いた状態になり,長時間の使用には耐えないものがあったがこのアームレス
トの効果は絶大であった。」(130頁左欄16行~24行),「キーボード部分
は,手前にアームレストを取った余裕のあるもの。」(131頁下図面右横の説明
文)との記載がある。
刊行物1発明における「アームレスト」が,本願発明の「手のひら支え部
分」に当たることは当事者間に争いがないから,刊行物1には,ラップトップコン
ピュータにおいて「手のひら支え部分」に手を置いたままキーボードを操作しよう
という技術的思想が開示されているということができる。
(2) 刊行物2(甲第6号証)には,特許請求の範囲の欄に,「(1)表示装置
に文字,数字,図形等のデータを送出するキーを有するキーボード本体を備えたキ
ー入力装置において,キーボード本体にXY座標上の任意の方向に回動又は移動す
る操作手段を設けるとともに,上記操作手段の操作量を検出する操作量検出手段
と,当該操作量検出手段の出力にもとづき表示装置に表示されたカーソルの位置を
制御するカーソル制御手段を備えたことを特徴とするキー入力装置。」(1頁左下
欄5行~13行)との,発明の詳細な説明の欄に,「5a,5b及び9a,9bは
ポインティングデバイスとして用いられるトラックボールとクリック用のボタンで
あり,それぞれ各分離キーボード本体3a,3b上の操作者の各親指に対応する位
置に設けられている。」(2頁右上欄末行~左下欄第4行)との,各記載がある。
刊行物3(甲第7号証)には,実施例に関して,「キー1のホームポジシ
ョン上に位置した右手9の親指が可動する範囲にデジタイザと親指が接触する接触
部(第2図71)(判決注・別紙図面4参照)を設け,前記接触部71は手をホー
ムポジションに位置した状態で,親指を動かせる範囲の広さである。通常,QWE
RTYキーボードに設ける場合は,スペースキーの操作者から見て手前に設け,横
幅は親指の長さの2倍,縦幅は親指の長さ,又は,横10cm,縦5cmの長方形
にし,キーボード8の中間に設ける。
以下,座標入力の具体的な動作例を説明する。
CRT6にカーソル61が表示されたとすると,従来では,操作者はマウ
ス等のポインティングデバイスによって座標を入力するが,本実施例では接触部7
1を親指でなぞることによって座標を入力する。」(2頁左下欄16行~右下欄1
0行)との記載がある。
刊行物2,3の上記記載によれば,コンピュータにおいて,キーボードを
操作する位置に手をおいたまま,すなわちホームポジションにおいて親指でカーソ
ルを制御する,という技術的思想が,刊行物2にも刊行物3にも開示されていると
いうことができる。
(3) 刊行物1ないし刊行物3は,いずれもコンピュータのキーボードの技術に
関するものであるから,当業者であれば刊行物1発明に刊行物2又は刊行物3に記
載された上記技術的思想を適用して,キーボードを操作するために手のひら支え部
分に手を置いたままカーソルを制御する,という技術的思想に想到することは容易
であるというべきである。
3 原告は,刊行物2,3に開示されているのはいわゆるデスクトップ型コンピ
ュータ用の独立したキーボードについての発明であって,刊行物1発明のようなラ
ップトップパーソナルコンピュータに向けられた発明ではなく,上記各刊行物のい
ずれにも,本願発明の技術的思想の中心である「ラップトップパーソナルコンピュ
ータにおいて,手のひら支え部分に手を置いたままカーソルを制御しようと言う考
え」は,示されていないから,刊行物1に刊行物2,3の技術を適用する阻害要因
がある旨を主張する。
しかしながら,上記のとおり,刊行物2又は3から抽出されるべき技術的思
想は,「キーボードを操作する位置に手を置いたままカーソル制御装置を制御す
る」というものである。キーボードが机の上にあるか膝の上にあるか,また,キー
ボードがコンピュータ本体と別体であるか一体であるかにかかわらず,「キーボー
ドの操作をする位置に手を置いたままカーソル制御装置を制御しよう」とする場合
において,キーボードを操作する指とカーソル制御装置を制御する指との相対関係
に変わりはないから,デスクトップ型コンピュータのキーボードに関する上記技術
をラップトップパーソナルコンピュータのキーボードに適用することは容易である
というべきである。上記適用を阻害する要因は見当たらない。
原告の主張は,採用することができない。
4 原告は,刊行物1ないし3,6,7には,それらに開示された技術を組み合
わせることができない旨の記載は見当たらないものの,それらの技術を組み合わせ
ることが可能であることを示唆する記載もない,審決には,当業者がなぜ上記各刊
行物を組み合わせることが容易になし得たといえるのかについて,理由の記載がな
い,と主張する。
しかしながら,刊行物2又は3に,刊行物1に開示された技術的思想との組
合せを明確に示唆する記載がないとしても,刊行物2又は3に記載された技術はコ
ンピュータのキーボードに関するものであり,コンピュータへの入力を容易にする
技術に関するものであるから,当業者であれば各刊行物に開示された技術的思想を
組み合わせるように動機付けられるというべきである。
また,刊行物6(甲第10号証)又は刊行物7(甲第11号証)に例示され
ている技術は,カーソル制御装置にカーソル位置入力用等のボタン手段を二つ以上
設けるというものであって(これが慣用手段であることについては当事者間に争い
がない。),刊行物2又は3に記載されたカーソル制御装置に普通に採用され得る
ものであることは明らかであるから,刊行物2又は3に記載されたカーソル制御装
置を刊行物1に記載されたラップトップパーソナルコンピュータに適用する場合
に,刊行物6又は7に示された慣用手段を併せて用いることについても,動機付け
があるというべきである。
相違点(3)に対する審決の判断は,単に各刊行物に記載された技術を組み合わ
せる阻害要因が見当たらないということだけを根拠にしたものではなく,これらの
技術が同一技術分野に属するものであり,これらを組み合わせる動機付けがある以
上,他にこれらの技術を組み合わせることを妨げる特段の事情がない限り,本願発
明に想到することは容易であるとの判断をしたものであることは,審決の上記認定
の記載自体から明らかである。
審決が判断の理由を示していない,との原告の主張は,採用することができ
ない。
第6 結論
以上のとおりであるから,原告主張の審決取消事由は,理由がなく,その
他,審決の認定判断にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。よって,原告の
請求を棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付
加期間について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,
主文のとおり判決する。
   東京高等裁判所第6民事部
       裁判長裁判官 山  下  和  明
        
          裁判官 設  樂  隆  一
 
 裁判官  阿  部  正  幸
(別紙)
別紙図面1別紙図面2別紙図面3別紙図面4
                                     
        

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