弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     被告人および検察官の本件各控訴を棄却する。
         理    由
 被告人の本件控訴の趣意は、弁護人杉浦酉太郎作成名義の控訴趣意書および同川
本彦四郎作成名義の控訴趣意書の各記載のとおりであるから、ここにこれを引用す
る。これに対する当裁判所の判断は、左記のとおりである。
 (一) 原判決の証拠理由にくいちがいがあると主張する論旨について
 論旨は、要するに、「原判決が証拠の標目として列挙している諸証拠中の一部分
の内容は、原判示事実に副うものであるけれども、その他の一部分の内容は、原判
示事実に副わないものである。したがつて原判決の証拠理由にくいちがいがある」
というにある。
 よつて記録にもとづき原判決が「証拠の標目」欄に列挙している諸証拠の内容を
点検すると、その諸証拠中の一部分の内容が原判示事実に副うものであり、その他
の一部分の内容が原判示事実に副わないものであることは、所論のとおりである。
しかしながら、判決において、本件のように、判示事実の認定資料に供した諸証拠
として、証拠の標目だけを列挙している場合には、その諸証拠中、判示事実に副わ
ない内容の各部分は措信し難いとして除外したうえ、判示事実に副う内容の各部分
を採用し、その各部分を総合して判示事実を認定したと解すべきである。故に原判
決の証拠理由にくいちがいがあるとみることはできない。論旨は理由なきに帰す
る。
 (二) 被告人の自白の任意性を争う論旨について
 論旨は、「原判決引用の被告人の検察官に対する供述調書記載の自白は、検察官
の誘導、強要等にもとづくものであつて、任意性のないものである」というにあ
る。
 それで記録を精査して考察するに、原判決引用の被告人の検察官に対する供述調
書(それは、昭和三七年七月一六日附および同月二三日附各供述調書の双方を包含
する趣旨と認める)記載の供述中自白その他の被告人に不利益な事実の承認を内容
とする供述部分は、決して検察官の誘導、強要等にもとづくものではなく、被告人
が任意にしたものであり、任意にしたものでないことの疑がなく、不当に長く勾留
された後の供述にもあたらないことを肯定することができる。論旨は理由がない。
 (三) 原判決に事実の誤認および法令の解釈適用の誤があると主張する論旨に
ついて
 論旨は、結局において、
 「被告人は、三重県農林水産部耕地課長の地位にあつた。しかしながら、同県行
政組織規程等によれば、耕地課長は、同県耕地事務所長に対して職務上の指揮命令
権、人事権、予算権等の権限を全然有していない。それらの権限は、知事のもとに
おいて農林水産部長が掌握しているのである。耕地事務所長と耕地課長とは、同僚
であつて、いずれも農林水産部長直属の部下である。耕地課長たる被告人は、耕地
事務所長に対して、原判示のような人事面、予算面その他の耕地事務所事務執行の
面等において事実上耕地事務所長に対して影響を及ぼし得る地位に在つた者ではな
い。しかのみならず、被告人は、耕地事務所長に対して、原判示のようにAのため
の選挙運動をしたことは全然ない。なお、仮に被告人が原判示のように耕地課長補
佐Bに指示して各耕地事務所長に対しその各管内におけるAの得票見込数を確かめ
て報告されたい旨を申し向けしめたとしても、被告人のその行為は選挙運動にあた
らない。右のとおりであるから、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな
事実の誤認および法令の解釈適用の誤がある」
 というにある。
 所論にかんがみ、まず被告人が三重県農林水産部耕地課長をしていた昭和三十
六、七年当時における地方自治法、同県部制条例、同県行政機関設置条例、同県行
政組織規程、同県庁中事務決裁規程等の諸法令にもとづき、同県の農林水産部長、
同部耕地課長、同県耕地事務所長の各職務権限等の概要を調査しよう。
 右の諸法令によれば、知事の権限に属する事務を分掌させるために、(イ)本庁
内に農林水産部等の六部を置き、その各部にそれぞれ多くの課を置き、農林水産部
には農政課、農林計画課、開発拓植課、耕地課等の八課を置き、(ロ)出先機関と
して耕地事務所等の多くの行政機関を設置している。そして右の農政課、農林計画
課、開発拓植課および耕地課の分掌事務は、別紙第一表掲記のとおりである。耕地
事務所は、別紙第二表掲記のとおり同県内九カ所に設置されており、その分掌事務
については、同県行政機関設置条例第一一条は、「耕地に関する事務」と規定し、
その細則として、同県行政組織規程第六八条第六九条は、別紙第三表および第四表
掲記のとおり定めている。次に部長は、知事の命を受けて部の事務を掌理し部下職
員を指揮監督する職務権限を有し、課長は、上司の命を受けて課の事務を掌理し部
下職員を指揮監督する職務権限を有し、耕地事務所長は、上司の命を受けて所管事
務を掌理し部下職員を指揮監督する職務権限を有している。しかるところ、知事
は、右の同県庁中事務決裁規程により、知事の権限に属する事務のうちの大部分を
各部長等に委任してその各専決事項とし、農林水産部の分掌事務についても、その
大部分を同部長等に委任してその専決事項としている(所属職員の人事の内申、配
布予算の令達等は、各部長の専決事項に属する)。
 右の諸法令によれば、事務上は、耕地事務所は、本庁農林水産部内の農林計画
課、関発拓植課および耕地課の三課、特に主として耕地課の事務の出先機関たる性
格を有し、例えば右の三課、特に主として耕地課において立案計画し農林水産部長
の決裁を経た事務を現地において現実に実施する機関たる性格を有している(別紙
第一表および第四表参照)。耕地課は、耕地事務所の本庁におけるいわゆる主管課
であるとみてよい。そして農林水産部長は、前記のように知事より多くの事務の委
任を受けている関係上、耕地事務所長を指揮監督する職務権限を有し、その直接の
上司にあたる。耕地事務所職員は、右部長の所属職員であるというべきである。
 そして耕地課長が、法令上当然には耕地事務所長を指揮監督する職務権限を有せ
ず、その上司にあたらないことは、所論のとおりである。しかし、耕地課長がその
所管事務につき法令上農林水産部長の補助機関であることは、疑がない。耕地課長
が、所管事務につき、右部長より特別の命令を受けたような場合には、その命令の
範囲内において耕地事務所長に対し指揮監督等をすることができることは、多言を
要しない。そして課長は、所管事務につき、部長の補助機関として、みずから進ん
で常に調査、研究、立案等をして種々の意見を部長に上申することができると解す
べきである。部長の命令、諮問等があつた場合に、これにもとづき調査、研究、立
案等をして意見を答申しなければならないことはいうまでもないであろう。
 <要旨>そして叙上の説示と原判決引用の各証拠とを総合して考察すれば、三重県
農林水産部耕地課長たる被告人は、法令上当然には同県各耕地事務所長を指
揮監督する権限を有していなかつたけれども、法令上その権限を有する農林水産部
長の補助機関として、同部長に対し、各耕地事務所の所管事務、人事、予算等につ
き、みずから進んで種々の意見を上申することができ、また同部長の命令、諮問等
に応して、それらにつき、種々意見を答申すべき義務を有し(人事、予算等につ
き、農政課長に対しても同様意見を陳述し得る立場にあつた。この点については、
別紙第一表参照)、耕地事務所の所管事務、人事、予算等につき影響力を有する地
位にあつたのであり、その地位を基盤として各耕地事務所長に対し選挙運動をする
においては、これをきわめて効果的ならしめることのできる状態にあつたことを肯
定することができる。しかるところ、後記認定の事実関係のもとにおいては、被告
人は、右の耕地課長たる地位を基盤として各耕地事務所長に対し選挙運動をしたと
みることができる。上記の次第であるから、被告人の本件選挙運動は、公職選挙法
にいわゆる「公務員がその地位を利用して選挙運動をした」場合にあたると解する
のが相当である。
 次に原審および当審の取り調べたすべての証拠を検討し、原判決引用の各証拠を
総合すれば、優に原判示の全部の事実を認定することができる。すなわち、原判決
引用の各証拠を総合すれば、
 一、 Aは、長期間農林省に勤務し、仙台農地事務局長となつて、昭和三六年秋
これを退職し、全国土地改良事業団体連合会の顧問となつたが、昭和三七年七月一
日施行のC議員通常選挙に際しては、かねてから全国区より立候補することを決意
していた(そして結局立候補して当選した)。同人は、早くから、右連合会の推せ
んにもとづき全国土地改良関係諸団体等の利益代表という趣旨で立候補するに至る
べきことが予定されていたのであつた。そして従来このように土地改良関係者の立
候補が予定されている場合または現実にその者が立候補した場合には、三重県にお
いては、同県土地改良事業団体連合会が中心になつて右の者の選挙運動をし、県耕
地課等において極力これに協力援助するという慣例になつていた。
 一、 叙上の耕地課長たる被告人は、従来の慣例に従い、かつ、「Aの三重県内
における得票数が僅少であると、同県から農林省等に対して土地改良関係補助金等
の下付その他の諸種の陳情をする際に都合が悪いので、同人の県内における得票数
をできるだけ増大させなければならない」と考え、公職選挙法上の違反行為となる
ことを十分に熟知しながら、
 (1) 昭和三七年二月八日頃三重県D連合会会館において県内耕地事務所長会
議が行なわれた際、その会議の終了直後、上野耕地事務所Eほか七名位の耕地事務
所長を同会館別室に招集して、同人等に対し、「Aが立候補の際はよろしく頼む。
三重県内におけるAの得票数があまりに少いと具合が悪いから、管内の各土地改良
団体その地の諸団体の理事者等に働きかけてもらいたい。三重県内では、一万票、
少くとも七、八千票は取らねばならない」という趣旨等の発言をしてAのための投
票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、
 (2) 同年三月二七日頃前記会館において右同様の会議が行なわれた際、その
会議の終了直後、Eほか六名位の耕地事務所長を同様前記会館別室に招集して、同
人等に対し、「所長がポカンとしていては、七、八千票も取れんかも知れんぞ。所
長が工事関係で現場に行つたときとか、土地改良区の理事者達が耕地事務所に来た
とき等には、所長から、Aさんの状勢はどうですか、などと尋ねて、情報を収集
し、これを課長の方に報告されたい」などと申し向けて、より強力に積極的にAの
ための投票取りまとめ等の選挙運動をするように督促し、
 (3) 同年三月二七日頃から同年五月二三日頃までの間に再三にわたつて直属
の部下である耕地課長補佐Bに指示して、同人をして、前記会館、三重県庁内耕地
課事務室等においてEほか八名の耕地事務所長に対し、「管内におけるAの得票見
込数を確かめて報告されたい」旨を申し向けしめ、よつて各耕地事務所長をして、
再三にわたつて、それぞれその管内におけるAの得票見込数を確かめて報告せし
め、
 もつてAを当選させるための立候補届出前の選挙運動をし同時に公務員の地位を
利用する選挙運動をした。
 一、 被告人が叙上のようにみずからまたはBを介して各耕地事務所長に対し
「管内のAの得票見込数を確かめ、その情勢を報告されたい」旨の指示をしたの
は、各耕地事務所長に対し「積極的に極力Aのための選挙運動をされたい」旨を指
示した趣旨であり、各耕地事務所長をして強力な選挙運動をさせるための手段であ
つた。そのことは、被告人はもちろん、各耕地事務所長も暗黙のうちに十分に了知
していた。立候補届出前の選挙運動であり、しかも双方が公務員である関係上、真
正面から、「積極的に極力選挙運動をされたい」と指示することを少々遠慮回避
し、より柔軟な言葉を使用して、「得票見込数を確かめ、その情勢を報告された
い」と申し向けたにすぎないものである。
 一、 叙上の次第であつたから、右のEのごときは、やむを得ず、同年三月六日
頃から同年六月一三日頃までの間前後四九回にわたり上野耕地事務所管内各地にお
いて土地改良区役員その他の合計四九名の選挙人に対し、戸別訪問または個々面接
をして右Aのための投票を依頼し極力選挙運動をした。その結果、右Eは、昭和三
九年一月二〇日津地方裁判所において、公務員の地位利用による選挙運動、立候補
届出前の選挙運動、戸別訪問による選挙運動等の公職選挙法違反の罪により罰金二
万円の有罪判決(いわゆる公民権停止期間の短縮等をしていない)を受け、その判
決は確定した(この点については、検察官が当審において提出したEの判決書参
照)。
 という事実を肯認することができる。
 本件の諸証拠中叙上の説示に反する部分は、信用し難く、採用することができな
い。
 被告人は、前記のように、みずからまたはBを介して、各耕地事務所長に対し、
「管内のAの得票見込数を確かめ、その情勢を報告されたい」旨を指示し、よつて
各耕地事務所長をして、再三にわたつて、それぞれその管内におけるAの得票見込
数を確かめて報告させる、という行為をしたのである。本件の事実関係において
は、稲森の行為が被告人の指示にもとづくものであることは、各耕地事務所長にお
いて十分に熟知していたことが明白である。そして叙上のように特定の公職立候補
予定者の得票数を増加させる目的をもつて数名の者をして右立候補予定者の得票見
込数を調査させて報告させる行為は、それ自体選挙運動にあたると解してよい。し
かのみならず、本件においては、前記認定のように、被告人の右行為は、被告人が
各耕地事務所長に対し「積極的に極力Aのための選挙運動をされたい」と指示した
趣旨であり、各耕地事務所長をして強力な選挙運動をさせるための手段であつたの
であり、そのことは、被告人はもちろん、各耕地事務所長も暗黙のうちに十分に了
知していたのである。この点からみれば、なお更被告人の右行為が選挙運動にあた
ることは、疑がない。
 原判決は、結局において、叙上の説示と同趣旨に出たものである。
 これを要するに、原判決に、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認また
は法令の解釈適用の誤はない。論旨はすべてまつたく理由がない。
 上記のとおりであつて、被告人の本件控訴は理由がないので、刑訴法第三九六条
により、これを棄却する。
 検察官の本件控訴の趣意は、検察官荒井健吉作成名義の控訴趣意書の記載のとお
りであり、これに対する答弁は、弁護人杉浦酉太郎作成名義の答弁書および同川本
彦四郎作成名義の答弁書の各記載のとおりであるから、いずれもここにこれを引用
する。
 右の控訴趣意の要旨は、「本件については、検察官の求刑は、禁錮六月であつた
が、原判決は、罰金二万円、公民権停止期間三年の言渡をした。原判決の右科刑
は、著しく軽きに失し不当である。本件は、禁鋼刑をもつて処断すべき事案であ
る」というにある。
 よつて案ずるに、上記認定の事実関係によれば、被告人の刑責は、重かつ大であ
るといわなければならない。しかしながら、本件は、検察官所論のとおり、決して
三重県の一課長にすぎない被告人みずからの発意にもとづくものではなく、農林省
高級官僚ないし三重県内上司等の明示または黙示の指示にもとづく犯行であつたに
相違ないと推測せられる。したがつてEが前記のように被告人の指示にもとづきや
むを得ず違法行為をしたのと同様に、被告人もまた上司等の指示にもとづきやむを
得ず本件犯罪を敢行するに至つたものと思われる。果して然らば、Eに同情する余
地があるのと同様に、被告人にもまた同情する余地があるということができる。右
の諸事情と証拠上認定することのできる被告人の経歴環境等の諸般の事情とを総合
して判断すると、原判決の科刑が軽きに失するとは、にわかに断定することが困難
である。Eのいわゆる公民権停止期間が五年であるにもかかわらず、被告人のその
期間が三年にすぎない点を考慮に入れても、原判決の量刑が軽きに失するとは、今
にわかに断言し難い。論旨は理由なきに帰する。
 右のとおりであつて、検察官の本件控訴は理由がないので、刑訴法第三九六条に
より、これを棄却する。
 (裁判長裁判官 影山正雄 裁判官 吉田彰 裁判官 村上悦雄)
別紙第一表
<記載内容は末尾1添付>
別紙第二表
<記載内容は末尾2添付>
別紙第三表
<記載内容は末尾3添付>
別紙第四表
<記載内容は末尾4添付>

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