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裁判例


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主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1平成21年8月30日に施行された衆議院議員総選挙の沖縄県第1区におけ
る選挙を無効とする。
2訴訟費用は被告の負担とする。
(以下,別紙略語表記載のとおりの略語を用いる)。
第2事案の概要
1事案の骨子
,(),本件は平成21年8月30日施行の衆議院議員総選挙本件総選挙について
沖縄県第1区の選挙人である原告が,衆議院小選挙区選出議員の選挙(小選挙区選
挙)の選挙区割りに関する公職選挙法の規定(本件区割規定)が憲法に違反し無効
であるとして,その下で施行された本件総選挙の上記選挙区における選挙を無効と
することを求めた事案である。
2本件総選挙に係る選挙制度
(1)衆議院議員の選挙制度については,平成6年法律第104号(平成6年改
正法)に至る一連の改正を経るまでは,公職選挙法において,いわゆる中選挙区単
記投票制が採用されていたが,平成6年改正法により,いわゆる小選挙区比例代表
並立制が採用されるに至った。
本件総選挙施行当時の選挙制度の概要は,衆議院議員の定数を480人とし,そ
のうち300人を小選挙区選出議員,180人を比例代表選出議員とし(公職選挙
法4条1項,小選挙区選挙については,全国に300の選挙区を設け,各選挙区)
において1人の議員を選出し,比例代表選出議員の選挙(比例代表選挙)について
は,全国に11の選挙区を設け,各選挙区において所定数の議員を選出するという
ものである(同法13条1項,2項,別表第1,第2。小選挙区選挙と比例代表)
選挙は,総選挙において同時に行うものとされ,小選挙区選挙及び比例代表選挙ご
とに1人1票が割り当てられている(同法31条,36条。)
(2)上記改正と一連のものとして,衆議院議員選挙区画定審議会設置法(区画
審設置法)が制定された。
区画審設置法に基づいて設置された衆議院議員選挙区画定審議会(区画審)は,
衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要があると認める
ときは,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するものとされている(同法2
条。区画審が,上記の改定案を作成するに当たっては,各選挙区の人口の均衡を)
図り,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数
が2以上とならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を
総合的に考慮して合理的に行わなければならないものとされ(同法3条1項,ま)
た,各都道府県の区域内の選挙区の数は,各都道府県にあらかじめ1(合計47)
を配当した上で,これに,小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数
を控除した数(合計253)を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数
とするとされている(同条2項。1人別枠方式。)
1人別枠方式は,過疎地域に対する配慮などから,人口の多寡にかかわらず各都
道府県にあらかじめ定数1を配分することにより,相対的に人口の少ない県に居住
する国民の意見をも十分に国政に反映させることができるようにすることを目的と
するものとされている。
(3)区画審は,統計法(平成19年法律第53号)5条2項本文の規定により
10年ごとに行われる国勢調査(大規模調査)の結果による人口が最初に官報で公
示された日から1年以内に上記勧告を行うものとされ(区画審設置法4条1項,)
各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情があると認めるときも,上記勧告
を行うことができるものとされている(同条2項。)
(4)区画審は,平成19年法律第53号による全部改正前の統計法(昭和22
年法律第18号)4条2項本文の規定により平成12年10月に実施された国勢調
査(平成12年国勢調査)の結果による人口(速報値)に基づき,衆議院小選挙区
選出議員の選挙区の改定案を作成して内閣総理大臣に勧告し,これを受けて,その
勧告どおり選挙区割りの改定を行うことなどを内容とする公職選挙法の一部を改正
する法律(平成14年法律第95号。区割改定法)が成立した。
3本件区割規定の下における選挙区間の較差
本件区割規定の下における選挙区の人口ないし選挙人数及びその較差は,おおむ
ね以下のとおりである(別表Ⅰ−1ないし6参照。)
①平成12年国勢調査の結果による人口(速報値)を基に,本件区割規定の下
における選挙区間の人口の較差を見ると,最大較差は,人口が最も少ない高知県第
1区(27万0743人)と人口が最も多い兵庫県第6区(55万8947人)と
の間で1対2.064(小数点第4位以下四捨五入。以下同じ)であり,人口が。
最も少ない高知県第1区と比較して較差が1対2以上となっている選挙区は,9選
挙区であった(弁論の全趣旨。ちなみに,甲2は,国勢調査の結果による人口の確
定値を基にしたものであるが,その確定値は上記の速報値と大差がない。なお,。)
上記人口を基とすると本件区割規定の下における高知県第1区と沖縄県第1区3,(
1万5800人)の人口の較差は,1対1.166であった(弁論の全趣旨。)
②平成17年9月11日に施行された前回総選挙の当日の選挙人数を基に,本
件区割規定の下における選挙区間の選挙人数の較差を見ると,最大較差は,選挙人
数が最も少ない徳島県第1区(21万4235人)と選挙人数が最も多い東京都第
6区(46万5181人)との間で1対2.171であり,選挙人数が最も少ない
徳島県第1区と比較して較差が1対2以上となっている選挙区は,33選挙区であ
った(甲2。なお,上記選挙人数を基とすると,本件区割規定の下における徳島)
県第1区と沖縄県第1区(25万0505人)の選挙人数の較差は,1対1.16
9であった(弁論の全趣旨。)
③平成17年国勢調査の結果による人口(確定値)を基に,本件区割規定の下
における選挙区間の人口の較差を見ると,最大較差は,人口が最も少ない高知県第
3区(25万8681人)と人口が最も多い千葉県第4区(56万9835人)と
の間で1対2.203であり,人口が最も少ない高知県第3区と比較して較差が1
対2以上となっている選挙区は,48選挙区であった(甲2,乙1。なお,上記)
人口を基とすると,本件区割規定の下における高知県第3区と沖縄県第1区(32
万6940人)の人口の較差は,1対1.264であった(乙1。)
④平成20年9月2日現在の選挙人名簿及び在外選挙人名簿登録者数を基に,
本件区割規定の下における選挙区間の選挙人数の較差を見ると,最大較差は,選挙
人数が最も少ない高知県第3区(21万4484人)と選挙人数が最も多い千葉県
第4区(48万3702人)との間で1対2.255であり,選挙人数が最も少な
い高知県第3区と比較して較差が1対2以上となっている選挙区は,38選挙区で
あった(甲2。なお,上記選挙人数を基とすると,本件区割規定の下における高)
知県第3区と沖縄県第1区(25万5551人)の人口の較差は,1対1.191
であった(甲2。)
⑤平成21年3月31日現在の住民基本台帳人口を基に,本件区割規定の下に
おける選挙区間の人口の較差を見ると,最大較差は,人口が最も少ない高知県第3
区(25万2840人)と人口が最も多い千葉県第4区(59万0943人)との
間で1対2.337であり,人口が最も少ない高知県第3区と比較して較差が1対
,(,)。,2以上となっている選挙区は56選挙区であった甲1弁論の全趣旨なお
上記人口を基とすると本件区割規定の下における高知県第3区と沖縄県第1区3,(
2万7524人)の人口の較差は,1対1.295であった(弁論の全趣旨。)
⑥本件総選挙当日の選挙人数を基に,本件区割規定の下における選挙区間の選
挙人数の較差を見ると,最大較差は,選挙人数が最も少ない高知県第3区(21万
1750人)と選挙人数が最も多い千葉県第4区(48万7837人)との間で1
対2.304であり,選挙人数が最も少ない高知県第3区と比較して較差が1対2
以上となっている選挙区は,45選挙区であった(乙2。なお,上記選挙人数を)
基とすると,本件区割規定の下における高知県第3区と沖縄県第1区(25万55
02人)の選挙人数の較差は,1対1.207であった(乙2。)
4本件総選挙の施行等
(1)原告は,本件総選挙の沖縄県第1区の選挙人である(争いがない。)
(2)本件総選挙の小選挙区選挙は,平成21年8月30日,区割改定法により
改定された選挙区割り(本件区割規定)の下で施行された(なお,この間行われた
平成15年法律第69号による選挙区割りの改定は,埼玉県内の一部の選挙区を対
象としたものであるから,本件の判断に実質的に影響しない(顕著な事実。。))
(3)原告は,平成21年9月28日,本件訴えを提起した(顕著な事実。)
第3当事者双方の主張
1原告の主張
(1)憲法の定める国民主権と多数決原理
,「,」ア憲法は日本国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動
すること「主権が国民に存すること」を規定するとともに(前文,普通選挙(1,)
5条3項,44条,最高裁判所裁判官国民審査(79条2項,3項,憲法改正))
の承認(96条1項)の3点において,国民による投票権を保障している。これら
の投票結果は,数学的正確性をその本質とする多数決原理により判断される上,憲
法は,法の下の平等を保障し(14条1項,選挙人の資格についての差別の禁止)
も定めているから(44条ただし書,それぞれの1票の価値は等価でなければな)
らない。上記のとおり,投票価値の平等が憲法上の要求である以上,国会の立法権
限も,これに覊束されている。
イ被告は,選挙区割りや議員定数の配分を定める立法を行うに当たり,国会に
広範な裁量が認められると主張する。
しかし,国会議員は,上記立法に利害関係を有する者であるから,裁量権を合理
的に行使することを期待することができない。したがって,上記裁量を許容する前
提に欠ける。
ウ被告は,選挙区割りや議員定数の配分を定める立法を行うに当たり,国会が
考慮することができる要素として,都道府県等の地方公共団体の区域,人口密度や
地理的状況,人口の都市集中化及び過疎化現象等を挙げた上で,これらの要素を前
提として1人別枠方式を採用することも,国会の裁量の範囲内であると主張する。
しかし,これらの要素は,投票価値の平等という憲法上の要求を減殺することの
できる要素となるものではなく,1人別枠方式の採用を正当化するものでもない。
(2)本件区割規定の合憲性について
上記のとおり,本件区割規定は,国会において,考慮すべきでない要素を考慮し
て定められたものである。そして,上記のとおり,本件区割規定の下では,1対2
。,を優に超える投票価値の不平等が生じている本件区割規定と同様の考え方に立ち
市区の大字,町丁の区分を考慮し,これを分断しないような形で,投票価値の比率
がほぼ1対1になるような選挙区割りを定めることは,技術的にも決して不可能で
はない(甲6,13。)
したがって,本件区割規定は,合理的な理由なく投票価値の平等を侵害したもの
であって,違憲と評価すべきである。そうである以上,本件区割規定の下で施行さ
れた本件総選挙の沖縄県第1区における選挙は,無効とすべきものである。
2被告の主張
(1)選挙制度に関する国会の裁量権
憲法は,代表民主制を採用するとともに(前文,43条1項,両議院の議員の)
定数,選挙区,投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は法律で定める
ものと規定し(43条2項,47条,両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体)
的決定を国会の裁量にゆだねている。そして,憲法は,各選挙人の投票の価値の平
等を要求しているから,国会は,上記裁量権を行使するに当たり,投票価値の平等
を考慮しなければならないこととなる。
しかしながら,各選挙人の投票価値の平等は,国会が両議院の議員の選挙制度を
決定する際の唯一,絶対の基準となるものではなく,国会が正当に考慮することの
できる他の政策的目的ないし理由との関連において,調和的に実現されるべきもの
である。それゆえ,国会が,当該選挙制度を定めたことが,国会の裁量権の行使と
して合理性を是認し得るものである限り,違憲の問題が生ずることはない。
したがって,国会の定めた選挙制度が,投票価値の平等を侵害しているために違
憲であるといえるのは,国会が選挙に関する事項について有する裁量の範囲を逸脱
した場合,すなわち,当該選挙制度の下における投票価値の不平等の程度が,国会
において正当に考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお,一般に合理性を有するも
のとは到底考えられない程度に達している場合であり,かつ,これを正当化する特
別の理由が示されない場合に限られるというべきである。
上記のような考え方は,累次の最高裁判決において示されており,判例として確
立している。
(2)本件区割規定の合憲性について
ア平成6年改正法に至る一連の改正までにも,投票価値の平等を図るため,衆
議院議員選挙の定数に関し,累次の法改正がされてきたが,更に抜本的な改正を図
るため,上記の一連の改正がされ,その一環として,区画審設置法が制定された。
区画審設置法により設置された区画審は,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改
定に関し,10年ごとに行われる国勢調査(大規模調査)の結果による人口に基づ
き,1人別枠方式を前提とした上で,各選挙区の人口の較差が1対2以上とならな
,,,,いようにすることを基本とし行政区画地勢交通等の事情を総合的に考慮して
合理的に改定案を作成するものとされている。
イ区画審は,平成13年12月,平成12年国勢調査の結果による人口(速報
値)に基づき,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定案を作成して内閣総理大臣
に勧告したところ,これに沿う内容で,区割改定法が成立し,公布された。区割改
定法によっても,人口最少選挙区との較差が1対2以上の選挙区は,完全には解消
されなかったものの,区割改定法による改正前には95選挙区あったものが同改正
により9選挙区と大幅に減少したほか,それ以上の縮減を図ると,市区等の基礎的
自治体を分割したり,近接する多数の選挙区を含めた大幅な見直しをすることが必
要となるなどの理由から,区割改定法には合理性があると判断され,成立に至った
ものである。
ウまた,区画審は,平成17年12月から平成18年2月にかけて,平成17年
国勢調査の結果による人口(速報値)を踏まえ,区画審設置法4条2項にいう「各
選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情がある」と認められるかどうか検討
を行った。その結果,選挙区間の人口の最大較差は1対2.203であり,較差が
1対2を超える選挙区が48あると認められたものの,都道府県や市町村という行
政区画を前提に区割りを行う以上,最大較差1対2.203という投票価値の不平
等の程度は,これまでの最高裁判例に照らしても,一般に合理性を有するとは考え
られない程度に達しているとはいえず,また,較差が1対2を超える選挙区が48
あることも,過去の状況に照らし,必ずしも異常とはいえないこと,市区町村にお
いて多くの合併が行われ,今後も行われることが予定されていて,現在新たな基礎
自治体として地域の一体化が進められている途上にあるというべき状況などを斟酌
し「各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情がある」とは認められない,
と判断し,勧告は行わないこととした(乙3。)
その結果,本件区割規定の下で,本件総選挙が施行されるに至った。
エ平成17年国勢調査の結果による人口(確定値)を基準として,本件区割規
定の下における選挙区間の人口の較差を見ると人口が最も少ない高知県第3区2,(
5万8681人)と沖縄県第1区(32万6940人)との間で1対1.264で
あり,高知県第3区と人口が最も多い千葉県第4区(56万9835人)との間で
1対2.203である。
また,本件選挙当日の選挙人数を基準として,本件区割規定の下における選挙区
間の選挙人数の較差を見ると,選挙人数が最も少ない高知県第3区(21万175
0人)と沖縄県第1区(25万5502人)との間で1対1.207であり,高知
().県第3区と選挙人数が最も多い千葉県第4区48万7837人との間で1対2
304である。
オ最高裁判所は,本件区割規定の下において平成17年9月11日に施行され
た前回総選挙につき,選挙区間の最大較差が,平成12年国勢調査の結果による人
口を基にした人口比で1対2.064,総選挙当日の選挙人数の比で1対2.17
1であったところ,本件区割規定が憲法に違反するものとはいえず,前回総選挙は
違憲,違法ではないとした(平成19年判決。)
上記のとおり,平成17年国勢調査の結果による人口や,本件総選挙の当日の選
挙人数を基にすると,選挙区間の人口ないし選挙人数の較差は,前回総選挙と有意
な差はないから,本件総選挙においても,平成19年判決の趣旨は妥当する。
したがって,本件区割規定は,本件総選挙の時点においても合憲であり,これに
基づいてされた本件総選挙の沖縄県第1区における選挙は,有効である。
第4当裁判所の判断
1投票価値の平等と国会の裁量について
(1)憲法は,国会の両議院の議員の選挙について,およそ議員は全国民を代表
するものとするほかは,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項
は法律で定めるものとしているにとどまるから(43条,47条,両議員の各選)
挙制度の仕組みの具体的決定を,国会の合理的な裁量にゆだねる趣旨であると解さ
れる。
(2)他方,憲法は,法の下の平等を定めて(14条1項,一般的に平等の原)
理を宣明した上,特に政治の領域におけるその適用として,成年者による普通選挙
を保障するとともに(15条1項,3項,選挙人資格の差別の禁止を定めている)
(44条ただし書。そうすると,憲法は,選挙人資格の差別を禁止するにとどま)
らず,選挙権の内容,すなわち,各選挙人の投票価値の平等をも要求しているもの
というべきである。そうである以上,国会は,上記の裁量権を行使するに当たって
は,各選挙人の投票価値の平等を実現するよう,最大限の考慮をしなければならな
い。しかし,投票価値の完全な平等を実現することは困難であるから,憲法は,投
,,,票価値の平等を選挙制度の仕組みを決定する唯一絶対の基準とするのではなく
国会が正当に考慮することのできる他の政策的ないし技術的要素との関連におい
て,調和的に実現することを求めているものと解される。
(3)この点について,原告は,投票価値の平等が憲法上の要求である以上,国
会の立法権限もこれに覊束されているとか,国会議員は,選挙制度の仕組みに直接
の利害関係を有するので,国会は,選挙区割りや議員定数の配分を定める立法を行
うに当たり,裁量を有しないと主張する。
しかし,投票価値の完全な平等は,全国を一つの選挙区とする選挙制度を採用し
ない限り,実現不可能であるが,憲法が,そのような選挙制度以外を是認しない趣
旨であるとは,到底考え難い。むしろ,前記のとおり,憲法が,選挙に関する事項
は法律で定めるものとし,具体的な定めを置いていないのは,選挙区割りや議員定
,。数の配分の具体的な内容を国会の合理的な裁量にゆだねる趣旨と解すべきである
原告の上記主張は,採用することができない。
(4)以上を総合すると,国会が定めた選挙区割りや議員定数の配分に関する規
定の合憲性は,国会の裁量権の合理的行使として是認し得るか否かによって判断す
べきである。これを,特に原告が問題とする投票価値の平等との関連でいえば,投
票価値の不平等の程度が,国会において通常考慮し得る諸般の要素を斟酌してもな
お,一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているのに,これを正
当化すべき特別の理由が示されない場合には,上記の裁量を逸脱した立法として,
違憲と判断されるものというべきである。
2本件区割規定の合憲性について
(1)本件総選挙に係る選挙制度の概要は,前記のとおりであるが,その小選挙
区選挙の特徴は,各都道府県に,あらかじめ各1(合計47)の定数配分を行い,
その余合計253につき各都道府県の人口に比例して定数配分を行うこと1(),(
人別枠方式)にある(現行の選挙制度では,小選挙区制が採用されているため,各
都道府県における選挙区の数と議員定数とは一致している。。)
そもそも,1人別枠方式は,人口とは無関係に各都道府県に各1(合計47)の
定数を配分し,その余(合計253)に限り,人口に比例して定数配分を行うもの
であるから,各都道府県の人口に約20倍の較差(人口約60万人の鳥取県と約1
200万人の東京都の較差)のある現状の下では,必然的に人口と定数配分との比
例関係を減殺させることになる。
このことを検証するために,人口比例方式による定数配分(なお,人口と選挙人
数とはおおむね比例関係にあるから,人口との比例方式を採用するか,選挙人数と
の比例方式を採用するかによって,有意な差は生じないものと推察される)と1。
人別枠方式による定数配分とを,平成12年国勢調査の結果による人口(速報値)
及び平成17年国勢調査の結果による人口(確定値)に基づいて試算すると,別表
Ⅱ−1ないし4記載のとおりとなる。この試算結果を見ると,選挙区間の人口の較
.,,差が1対12までに収まるものが人口比例方式では30選挙区程度に上るのに
1人別枠方式では6選挙区程度にとどまること,較差が1対1.6以上のものが,
人口比例方式では1選挙区程度にすぎないのに,1人別枠方式では12選挙区程度
に達することが看取されるから,1人別枠方式が,人口と定数配分との比例関係を
相当程度に減殺させるものであることは,明らかである。
(2)以上のような検討を前提に,本件区割規定の合憲性を判断する。
ア区画審設置法において1人別枠方式が採用されたのは,人口の多寡にかかわ
らず各都道府県にあらかじめ各1の定数を配分することによって,相対的に人口の
少ない県に定数を多めに配分し,人口の少ない県に居住する国民の意見をも十分に
国政に反映させることができるようにすることを目的とするものと解される。
イそして,そもそも,都道府県は,これまで我が国の政治及び行政の実際にお
いて相当の役割を果たしてきたことや,国民生活及び国民感情においてかなりの比
重を占めていることから,選挙区割りや定数配分を定めるに当たって無視すること
ができない基礎的な要素の一つというべきである。また,選挙区割りや定数配分を
定めるに当たっては,人口密度や地理的状況のほか,人口の都市集中化及びこれに
伴う人口流出地域の過疎化現象等にどのような配慮をするかということも,考慮す
ることができる要素の一つというべきである。
このことに加え,区画審設置法が,選挙区間の人口の較差が1対2未満になるよ
うに区割りをすることを基本とすべきことを基準として定めており,投票価値の平
等にも一定の配慮をしていることを併せ考慮すると,国会が,1人別枠方式を採用
した区画審設置法を定めたことには,投票価値の平等との関連において,直ちに裁
量の逸脱があったとまではいい難い。
ウ原告は,これら都道府県,人口密度や地理的状況,人口の都市集中化及び過
疎化現象等の要素によって,投票価値の平等という憲法上の要求を減殺することは
許されないと主張する。
しかし,上記のとおり,都道府県は,一つの基本的行政単位であり,地理的,歴
史的裏付けを持つことに加え,都道府県を重要な要素とする地方自治が憲法上の制
度的保障であること,従来の選挙も都道府県を単位として施行されており,技術的
な理由からも都道府県単位で選挙を施行することが合理的といい得ることにかんが
みれば,都道府県を単位として定数配分を行う区画審設置法の規定が,直ちに国会
の裁量を逸脱して定められたものであるとはいえない。また,少なくとも平成6年
改正がされたころは,各地域の人口密度や地理的状況が様々であり,人口の都市集
中化及び過疎化現象等の課題を抱える地域とそのような課題を抱えていない地域と
が混在し,各地域で民意が異なり得た状況にあったと推察されないではないこと,
,,,憲法が選挙制度の構築について国会の広い裁量にゆだねていることからすると
上記の各要素を考慮して選挙区割りや定数配分をすることを定めた区画審設置法の
規定が,直ちに国会の裁量を逸脱したものであるとはいい難い。
したがって,1人別枠方式を採用した区画審設置法及びこれに基づく区割改定法
は,前回総選挙当時においては,直ちに違憲であったとまではいえない(平成11
年判決,平成13年判決,平成19年判決各参照。)
エしかしながら,人口密度や地理的状況,人口の都市集中化及び過疎化現象等
は,各地域にとっての重要な社会問題であることは否定することができないにして
も,人口の少ない地域に特有の課題というわけではない。また,国会議員が全国民
の代表であることにかんがみれば(憲法43条1項,人口の少ない地域の選挙区)
から選出された衆議院議員しか,上記の各点についての問題意識を共有することが
できないというものでもない。特に,前回総選挙後,本件総選挙に至るまで,国家
の社会経済的,政治的利害が多元化するに伴い,国民の意思を反映させるべき国家
の重要課題はなお一層多様化してきているから,そのような重要課題のうち,上記
のような人口の都市集中化及び過疎化現象等だけを取り出して,選挙区割りや定数
配分において特段の措置を執ることの合理性は,遅くとも本件総選挙の時点におい
ては,相当程度に失われていたものといわざるを得ない(もともと,1人別枠方式
は,平成6年改正法による選挙制度の根本的な改正に伴う議席配分の急激な変化を
緩和する目的を有していたものと推察され,その意味において,言わば過渡的な措
置という性質を帯びていたものということができる。。)
そして,前記のとおり,本件区割規定の下における選挙区間の人口ないし選挙人
数の最大較差は,平成12年国勢調査の結果による人口(速報値)を基にすると1
対2.064(較差が1対2以上となっている選挙区は9,前回総選挙当日の選)
挙人数を基にすると1対2.171(同33選挙区,平成17年国勢調査の結果)
による人口(確定値)を基にすると1対2.203(同48選挙区,平成20年)
9月2日現在の選挙人名簿及び在外選挙人名簿登録者数を基にすると1対2.25
5(同38選挙区,平成21年3月31日現在の住民基本台帳人口を基にすると)
.(),.1対2337同56選挙区本件総選挙当日の選挙人数を基にすると1対2
304(同45選挙区)であって,前回総選挙の後には,最大較差が1対2を優に
超えており,かつ,較差が1対2を超える選挙区の数も,40ないし50程度と,
全選挙区の1割(30選挙区)を大きく超える状態が恒常化している。このような
状態は,全選挙区の1割を超える選挙区の選挙人に対し,1人0.5票以下を投票
する権利しか付与しないことと同視することができる状態であるから,選挙区間の
投票価値の不平等が,一般に合理性を有するものとは考えられない程度にまで達し
ていたものと評価せざるを得ない。
オ上記のような状態が生じた主要な原因は,区画審設置法が1人別枠方式を採
用していることにあるというべきところ,1人別枠方式の合理性が相当程度失われ
ているのは前記のとおりであるから,上記のような投票価値の不平等は,これを正
当化する特別の理由がない(もっとも,1人別枠方式を採用する区画審設置法を所
与の前提とした場合,区画審が,平成17年国勢調査の結果による人口(速報値)
を踏まえ,同法4条2項に基づく勧告を行わないとしたことは,同法の趣旨に反す
るものとはいい難い。。)
(3)そうすると,本件区割規定は,本件総選挙の当時,憲法上の選挙権の平等
の要求に反する程度に達しており,投票価値の平等を侵害する違憲状態に至ってい
。,,,たものと判断されるそして本件区割規定は全体として一体不可分であるから
最大較差を生じた選挙区に関する部分のみならず,その全体が違憲状態の瑕疵を帯
びることとなる(昭和51年判決参照。)
3国会の立法不作為の成否について
(1)以上のとおり,本件区割規定は,本件総選挙の当時には,投票価値の平等
を侵害する違憲状態に至っていたというべきであるが,本件区割規定が違憲となる
のは,憲法上要求される合理的な期間内にその是正が行われなかったといえる場合
に限られると解すべきであるから(昭和51年判決参照,本件が,そのような場)
合に当たるか否かを検討する。
(2)最高裁判所は,平成11年判決において,1人別枠方式を採用した区画審
設置法及びこれに基づく当時の選挙区割りを合憲と判断し,平成13年判決におい
ても,その判断を踏襲した。また,平成19年判決において,改めて,1人別枠方
,。式を採用した区画審設置法を合憲とした上で本件区割規定を合憲と判断していた
それぞれの判決には,1人別枠方式が,投票価値の平等を保障する憲法の趣旨に沿
うものとはいい難い上,選挙区間の人口の較差が1対2を超えているから,当該選
挙区割りの合憲性に深刻な疑問があるとする,複数の裁判官(平成11年判決につ
き5名,平成13年判決につき1名,平成19年判決につき6名)による個別意見
が付されていた。
この間,区画審は,平成18年2月2日,平成17年国勢調査の結果による人口
(速報値)を総合判断した結果,本件区割規定に係る選挙区間の人口の最大較差が
1対2.203であり,これが,平成11年判決が合憲判断をした選挙区割りに係
る選挙区間の人口の最大較差である1対2.309,及び平成13年判決が合憲判
断をした選挙区割りに係る選挙区間の選挙人数の最大較差である1対2.471を
いずれも下回ることを主要な根拠として,区画審設置法4条2項に基づく勧告を行
わないこととしていた(乙3。)
これらの事情を考慮すると,区画審及びその答申を受けた内閣総理大臣並びにこ
れを知り得る立場にあった国会において,1人別枠方式を採用した区画審設置法が
その合理性を相当程度失っており,これを前提とした本件区割規定が違憲状態にあ
るとの評価を免れず,その改正が必要であると認識することは,少なくとも本件総
選挙に至る一定程度以前の段階では,必ずしも容易ではなかったものといわざるを
得ない。
(3)そうすると,国会が,本件総選挙に至るまで,1人別枠方式を採用した区
画審設置法及びこれを前提とした選挙区割りである本件区割規定を改正しなかった
ことには,無理からぬ事情があったというべきであり,これをもって,憲法上要求
される合理的な期間内に是正が行われなかったものと評価することはできない。
4まとめ
以上のとおり,1人別枠方式を採用した区画審設置法及びこれを前提とした選挙
区割りである本件区割規定は,本件総選挙の当時,一般に合理性を有するとは考え
られないほどの投票価値の不平等を内在するものとして,全体として違憲状態にあ
ったものであるが,国会が,憲法上要求される合理的な期間内にその是正を行わな
かったものと評価することはできないから,本件区割規定は,いまだ違憲というに
は至っていなかったというべきである。
第5結論
以上のとおり,本件区割規定は違憲とはいえないから,その下で施行された本件
総選挙の沖縄県第1区における選挙は,無効とはいえない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決す
る。
福岡高等裁判所那覇支部民事部
裁判長裁判官河邉義典
裁判官森鍵一
﨑威裁判官山
「別表は省略」

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