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平成30年6月14日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成28年(ワ)第2688号特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日平成30年4月11日
判決
原告田中電子工業株式会社
同訴訟代理人弁護士黒田健二
同吉村誠
同訴訟代理人弁理士松本孝
被告日鉄住金マイクロメタル株式会社
同訴訟代理人弁護士三村量一
同川合弘造
同島田まどか
同濱野敏彦
同新村綾子
同近藤正篤
同訴訟復代理人弁護士石川智也
同須河内隆裕
同補佐人弁理士香島拓也
同林博樹
同相田義明
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙物件目録記載のボンディングワイヤを製造,使用,販売,輸出,
販売の申出をしてはならない。
2被告は,被告の占有に係る前項記載のボンディングワイヤを廃棄せよ。
3被告は,原告に対し,1億円及びこれに対する平成28年4月15日から支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1請求の要旨
本件は,発明の名称を「ボールボンディング用被覆銅ワイヤ」とする発明に係る
特許権(特許第4349641号。以下「本件特許権」といい,これに係る特許を
「本件特許」という。)を有する原告が,被告の製造,販売等に係る別紙物件目録
記載の各ボンディングワイヤ(以下,品番EX1pのうち線径が25μmのものを
「被告製品1」といい,線径が18μmのものを「被告製品2」といい,これらを
併せて「被告各製品」という。)がいずれも,本件特許の請求項1,2,6,7及
び9に係る各発明(以下,請求項の番号に従って「本件発明1」のようにいい,こ
れらを総称して「本件各発明」という。)の技術的範囲に属するとして,被告に対
し,①本件特許権(特許法100条1項)に基づき,被告各製品の製造,販売等の
差止めを,②本件特許権(同条2項)に基づき,被告の占有に係る被告各製品の廃
棄を求めるとともに,③不法行為(本件特許権の侵害)に基づき,被告が得た利益
の額に相当する損害金11億円の一部として1億円及びこれに対する不法行為の後
の日である平成28年4月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所
定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2前提事実
(1)原告が有する特許権(争いがない)
特許番号第4349641号
発明の名称ボールボンディング用被覆銅ワイヤ
出願日平成21年3月23日(なお,本件特許の出願願書に添付され
た明細書及び図面〔以下,これらをまとめて「本件明細書」という。
〕の記載は,
別紙特許公報〔甲2〕のとおりである。

登録日平成21年7月31日
特許請求の範囲別紙特許公報記載のとおり
(2)構成要件の分説(争いがない)
本件各発明を構成要件にそれぞれ分説すると,本件発明1については別紙構成要
件目録1,本件発明2については別紙構成要件目録2,本件発明6については別紙
構成要件目録6,本件発明7については別紙構成要件目録7及び本件発明9につい
ては別紙構成要件目録9各記載のとおりである。
(3)被告の行為
被告は,平成23年頃から,被告製品1を業として製造,使用,販売,輸出及び
販売の申出をし(争いのない事実)
,被告製品2を業として製造,使用,販売,輸
出及び販売の申出をしている(甲4ないし6,59,弁論の全趣旨)

3争点
(1)技術的範囲の属否(争点1)
(2)無効理由の存否(争点2)
ア乙6発明を主引例とする新規性欠如の有無(争点2-1)
イ進歩性欠如の有無(争点2-2)
(ア)乙6発明を主引例とするもの(争点2-2-1)
(イ)乙13発明を主引例とするもの(争点2-2-2)
(ウ)乙7発明を主引例とするもの(争点2-2-3)
(エ)乙12発明を主引例とするもの(争点2-2-4)
ウサポート要件違反及び実施可能要件違反の有無(争点2-3)
(3)原告の損害額(争点3)
4争点に関する当事者の主張
(1)争点1(技術的範囲の属否)について
(原告の主張)
ア総論
被告各製品の構成は,被告各製品の分析結果(被告製品1については,甲7ない
し9,29ないし31。被告製品2については,甲60ないし62)によれば,別
紙「被告各製品構成目録(原告主張)

(被告製品1については,
「被告製品1(甲7
~9)
」欄及び「被告製品1(甲29~31)
」欄,被告製品2については,
「被告製品2」
欄)記載のとおりであるから,本件各発明の構成要件を全て充足する。
イ各論
(ア)「金(Au)の表皮層」
(構成要件1C,2C〔6B,7B,9B〕

の充足性
a意義
(a)特許請求の範囲の記載は,各層に他の金属を意図的に含有させる
場合とそうではない場合とが書き分けられているにすぎず,各層に別の層の金属が
混入する場合を排除していない。金属と金属を互いに密着させた状態で熱処理をす
ると,互いに相手の金属の中に拡散混入していくことは技術常識である(甲11,
38)から,本件明細書にも記載されたこうした方法(本件明細書【0025】等)
によって形成されるボールボンディングワイヤの「金(Au)の表皮層」には,金
のみから構成される層だけでなく,金と中間層の金属であるパラジウムから構成さ
れる層も含まれる。したがって,
「金(Au)の表皮層」は,金を主要元素として
構成される層であれば足りる。
(b)本件明細書には,
「表皮層が厚くなれば,溶融するのに時間がか
かり,銅(Cu)の融解を促進する効果が薄れる」
(同【0019】
)と,各層を構
成する金属の厚さによって各層の溶融順序が変動することについての記載がある。
数十nmの金属薄膜の融点が当該金属固有の融点より降下すること(以下,この現
象を「融点降下」ということがある。
)は技術常識であり(甲86資料1及び2並
びに同資料3〔甲74〕

,このことは金とパラジウムの合金の薄膜にも当てはまる
(甲86)
。したがって,
「金(Au)の表皮層」にパラジウムが約2%(原子%,
以下同じ)以上混入することも許容される。
被告が,本件各発明が各層を構成する金属の融点の違いによって生じる溶融順序
に着目したものであることの根拠とする本件明細書の記載(同【0018】
)は,
純金属を代表例として本件各発明の作用効果を奏する原理を説明するためのものに
すぎない。また,ワイヤ先端の切断面に露出した銅の酸化による不都合を回避する
という本件各発明の課題や本件明細書の記載(同【0011】

【0016】及び
【0018】
)に照らせば,
「金(Au)の表皮層」が中間層のパラジウム(Pd)
よりも先に溶融することが必要なのであって,芯材の銅よりも先に溶融することが
必要なわけではない。さらに,芯材の銅に中間層のパラジウムが混入すると,銅と
パラジウムの合金の融点も銅固有の融点よりも上昇する。以上の諸点に照らしても,
「金(Au)の表皮層」にパラジウムが約2%以上混入することも許容される。
b被告各製品の構成
(a)被告各製品の分析結果(被告製品1については,甲7,18,2
9の各4ページ。被告製品2については,甲60の4ページ)によれば,被告各製
品の最表層には,金(Au)を主要元素とする層(甲29において分析に供された
被告製品1における膜厚は約1.7nm,甲60において分析に供された被告製品
2における膜厚は約2.9nmである。
)が存在することが認められる。したがっ
て,被告各製品の構成は構成要件1C,2C(6B,7B,9B)を充足する。
(b)なお,オージェ電子分光法においては,最表層の膜厚が数nm以
下の場合にはその下地にある層を検出してしまう(甲40ないし43)
。そのため,
被告各製品の「金(Au)の表皮層」における金の濃度は,
「金(Au)の表皮層」
がオージェ分析の検出限界以下の厚さであることに鑑みると,オージェ電子分光法
によって測定された結果よりも高濃度である。
また,EDXライン分析においては,2種の異なる金属の界面付近では2つの金
属がともに存在するように検出されることがある(甲41,46)
。そして,被告
各製品は金の表皮層が数nm以下の薄い層であるため,金の表皮層とパラジウムの
中間層との界面が表皮層の表面近傍に存在する。そうすると,被告各製品の「金
(Au)の表皮層」における金の濃度は,EDXライン分析によって測定された結
果と同等かそれ以上である。
(イ)「パラジウム(Pd)…の中間層」
(構成要件1C,2C〔6B,7
B,9B〕
)の充足性
a意義
特許請求の範囲の記載は,各層に他の金属を意図的に含有させる場合とそうでは
ない場合とが書き分けられているにすぎず,各層に別の層の金属が混入する場合を
排除していない。金属と金属を互いに密着させた状態で熱処理をすると,互いに相
手の金属の中に拡散混入していくことは技術常識である(甲11,38)から,本
件明細書にも記載されたこうした方法(本件明細書【0025】等)によって形成
されるボールボンディングワイヤの「パラジウム(Pd)…の中間層」には,パラ
ジウムのみから構成される層だけでなく,パラジウムと表皮層の金属である金や芯
材の金属である銅から構成される層も含まれる。したがって,
「パラジウム(Pd)
…の中間層」は,パラジウムを主要元素として構成される層であれば足りる。
被告が「パラジウム(Pd)…の中間層」とはパラジウムのみから構成されてい
る層をいうことの根拠とする本件明細書の記載(同【0016】
)は,純金属を代
表例として本件各発明の作用効果を奏する原理を説明するためのものにすぎない。
b被告各製品の構成
被告各製品の分析結果(被告製品1については,甲7,18,29の各4ページ。
被告製品2については,甲60の4ページ)によれば,被告各製品の中間層には,
パラジウムを主要元素とする層(甲29において分析に供された被告製品1におけ
る膜厚は約58nm,甲60において分析に供された被告製品2における膜厚は約
61.4nmである。
)が存在することが認められる。したがって,被告各製品の
構成は構成要件1C,2C(6B,7B,9B)を充足する。
(被告の主張)
ア総論
原告が分析に供した試料(甲7ないし9,29ないし31,59ないし61)が
被告各製品と同一の構成のものであるとは認められないから,被告各製品の構成が
別紙「被告各製品構成目録(原告主張)
」記載のとおりであるとは認められない。
仮に,原告が分析に供した資料が被告各製品と同一の構成のものであったとしても,
被告各製品の分析結果から,被告各製品の構成が別紙「被告各製品構成目録(原告
主張)
」記載のとおりであるとは認められないから,被告各製品の構成が本件各発
明の構成要件を全て充足するとは認められない。
また,仮に,被告各製品の構成が別紙「被告各製品構成目録(原告主張)
」記載
のとおりであったとしても,後記の構成要件の解釈等に照らせば,被告各製品の構
成が本件各発明の構成要件を全て充足するとは認められない。
イ各論
(ア)「金(Au)の表皮層」
(構成要件1C,2C〔6B,7B,9B〕

の充足性
a意義
(a)特許請求の範囲においては,ある部分が1つの元素のみから構成
される場合と2つ以上の元素から構成される場合とを明確に書き分けている。本件
明細書においては,
「表皮層に金(Au)を用いた。金(Au)の融点(約106
4℃)は」
(本件明細書【0018】
)と,金100%の場合の融点が明確に示され
ている。そうすると,
「金(Au)の表皮層」は,金のみから構成されている層を
いう。
(b)仮にそうでないとしても,本件明細書によれば,本件各発明の作
用効果は各層を構成する金属の融点の違いによって生じる各層の溶融順序の違いに
より生じるものであり(同【0018】

,本件各発明の作用効果を奏するためには
「金(Au)の表皮層」の融点が芯材の銅の融点よりも低くなければならない(同
【0016】

【0018】

。しかし,
「金(Au)の表皮層」に中間層のパラジウ
ムが約2%以上混入すると,
「金(Au)の表皮層」の融点が芯材の銅の融点より
も高くなってしまう。したがって,仮に,
「金(Au)の表皮層」が金とそれ以外
の金属から構成されること自体は許容されるとしても,パラジウムが約2%以上混
入することは許容されない。
原告が「金(Au)の表皮層」と芯材の銅の融点の違いのみによって溶融順序が
決まるものではないことの根拠とする本件明細書の記載(同【0019】
)は,表
皮層が厚くなって金の量が増えると溶融するのに時間が掛かることを記載している
にすぎない。また,本件明細書には,
「金(Au)の表皮層」の厚さによる融点降
下についての記載はない。このように本件明細書には各層を構成する金属の厚さに
よって各層の溶融順序が変動することについての記載も示唆もない。
b被告各製品の構成
(a)そもそも,被告各製品の「金(Au)の表皮層」に該当し得る箇
所は,HAADF像によっては特定することができない(被告製品1については,
甲7,18,29の各図8。被告製品2については,甲60の図8)

(b)この点はおくとしても,被告各製品を本件明細書に記載された測
定方法(オージェ電子分光法)によって測定された結果によれば,被告各製品には,
最表面からどの部分までを表皮層とする場合であっても,金のみから構成される部
分は存在しない(被告製品1については,甲7,18,29の各図3。被告製品2
については,甲60の図3)
。EDXライン分析の結果によっても,被告各製品に
は,最表面からどの部分までを表皮層とする場合であっても,金のみから構成され
る部分は存在しない(被告製品1については,甲7,18,29の各図7。被告製
品2については,甲60の図7)

また,被告各製品を本件明細書に記載された測定方法(オージェ電子分光法)に
よって測定された結果によれば,被告各製品は,パラジウムの濃度が最も低い(金
の濃度が最も高い)最表面であっても,パラジウムの濃度が約2%を優に超える濃
度である(被告製品1については,甲7,18,29の各図3〔金の濃度はそれぞ
れ約60%,約63%,約60%〕
。被告製品2については,甲60の図3〔金の
濃度は約80%弱〕

。EDXライン分析の結果によっても,被告各製品は,パラジ
ウムの濃度が最も低い(金の濃度が最も高い)最表面であっても,パラジウムの濃
度が約2%を優に超える濃度である(被告製品1については,甲7,18,29の
各図7〔金の濃度はそれぞれ約73%,約71%,約45%〕
。被告製品2につい
ては,甲60の図7〔金の濃度は約52%〕


(c)以上のとおり,被告各製品の構成は構成要件1C,2C(6B,
7B,9B)を充足しない。
(イ)「パラジウム(Pd)…の中間層」
(構成要件1C,2C〔6B,7
B,9B〕
)の充足性
a意義
特許請求の範囲においては,ある部分が1つの元素のみから構成される場合と,
2つ以上の元素から構成される場合とを明確に書き分けている。本件明細書におい
ては,
「中間層は,パラジウム(Pd)…から構成される。パラジウム(Pd)の
融点(1554℃)…は」
(本件明細書【0016】
)と,パラジウム100%の場
合の融点が明確に示されている。そうすると,
「パラジウム(Pd)…の中間層」
は,パラジウムのみから構成されている層をいう。
b被告各製品の構成
原告が被告各製品の「パラジウム(Pd)…の中間層」に該当し得る箇所を特定
しない以上,被告各製品の構成が構成要件1C,2C(6B,7B,9B)を充足
するとは認められない。
(2)争点2-1(乙6発明を主引例とする新規性欠如の有無)について
(被告の主張)
特開2005―167020号公報(以下「乙6公報」という。
)には構成要件
1A,1C及び1Dの構成が明確に開示されている。また,被覆層を有する銅ボン
ディングワイヤの芯材にリンを含有させることが技術常識であったこと(乙17な
いし21,7ないし12・16)に鑑みると,乙6公報の「芯材に含有される銅以
外の元素としては,ベリリウム,鉛,亜鉛,ジルコニウム,銀,クロム,鉄,酸
素,硫黄,水素などが挙げられる」という記載(乙6公報【0015】
)の「な
ど」にリンが含まれていることは記載されているに等しい事項であることなどに照
らせば,乙6公報には構成要件1Bの構成も開示されている。したがって,本件発
明1の構成は,乙6発明の構成と同一であり,新規性を欠く。
同様に,乙6公報には,構成要件2A,2C及び2D,6A,7A並びに9Aの
各構成が明確に開示されている上,技術常識を参酌すれば構成要件2B,6B,7
B及び9Bの各構成も開示されているに等しい。したがって,本件発明2,本件発
明6,本件発明7及び本件発明9の各構成は,乙6発明の構成とそれぞれ同一であ
り,いずれも新規性を欠く。
(原告の主張)
乙6公報には被覆層を有する銅ボンディングワイヤの芯材にリンを含有させる旨
の明示の記載はない。また,乙17ないし21は,公開時期に鑑みると,本件特許
の出願当時の技術常識を明らかにする資料ではないこと,特開2004―6403
3号公報(以下「乙12公報」という。
)及び乙16に被覆層を有する銅ボンディ
ングワイヤの芯材にリンを含有させる旨の記載があるかのようにいう被告の主張
は,乙12公報及び乙16の記載を一般化又は上位概念化したにすぎないこと,特
開2003―133364号公報(以下「乙7公報」という。

,特開昭62―80
241号公報(以下「乙8公報」という。

,特開平6―168974号公報(以下
「乙9公報」という。

,特開平6―168975号公報(以下「乙10公報」とい
う。

,特開平6―168976号公報(以下「乙11公報」という。
)は,被覆層
を有しない銅ボンディングワイヤに関する発明のものであることに照らせば,被覆
層を有する銅ボンディングワイヤの芯材にリンを含有させることが技術常識であっ
たとはいえない。したがって,乙6公報には構成要件1Bの構成は開示されている
とは認められない。そうすると,本件発明1の構成は,乙6発明の構成と同一では
なく,新規性に欠けるところはない。
同様に,乙6公報には構成要件2B,6B,7B及び9Bの各構成を開示されて
いるとは認められない。したがって,本件発明2,本件発明6,本件発明7及び本
件発明9の各構成は,乙6発明の構成と同一ではなく,新規性に欠けるところはな
い。
(3)争点2-2-1(乙6発明を主引例とする進歩性欠如の有無)について
(被告の主張)
仮に,本件発明1と乙6発明との間に相違点が存在するとしても,相違するの
は,構成要件1Bの構成を備えるか否かという点のみである。この点,乙7ないし
12各公報には構成要件1Bの構成が開示されているにとどまらず,乙8ないし1
1各公報に照らせば,構成要件1Bの構成は技術常識であった。そして,乙6発明
と乙7ないし12各発明は,技術分野が共通するだけでなく,構成が類似すること
などに照らせば,乙6発明に,乙7ないし12各発明のいずれか,又は乙8ないし
11各公報から導かれる技術常識を適用することの動機付けはあった。また,被覆
層を有する乙6発明の芯材の銅にリンを含有させることは,阻害要因ではない。し
たがって,乙6発明に,乙7ないし12各発明のいずれか,又は乙8ないし11各
公報から導かれる技術常識を適用することは,当業者が容易になし得たことであ
る。
同様に,仮に,本件発明2,本件発明6,本件発明7及び本件発明9と乙6発明
との間に相違点が存在するとしても,相違するのは順に構成要件2B,6B,7B
及び9Bの各構成を備えるか否かという点のみであり,乙7ないし12各公報には
構成要件2B,6B,7B,9Bの構成がそれぞれ開示されているにとどまらず,
乙8ないし11各公報に照らせば,構成要件2B,6B,7B及び9Bの各構成は
技術常識であったところ,乙6発明に,乙7ないし12各発明のいずれか,又は乙
8ないし11各公報から導かれる技術常識を適用することは,当業者が容易になし
得たことである。
(原告の主張)
ア乙6発明と乙7ないし11各発明は構成,課題,芯材に銅以外の金属を
含有させる目的が異なるなど,乙6発明に,乙7ないし11各発明を適用すること
の動機付けはない。また,被覆層を有することにより酸化防止が図られている乙6
発明の芯材の銅にリンを含有させて銅の濃度を低下させるのは,阻害要因である。
したがって,乙6発明に,乙7ないし11各発明を適用することは,当業者が容易
になし得たことではない。
また,乙12には,芯材の銅にリンを含有させることについて,被覆層との融解
熱差を小さくすることができることについての記載はあるものの,溶融ボールの酸
化防止に関する記載も示唆もないなど,乙6発明に,乙12発明を適用することの
動機付けはない。したがって,乙6発明に,乙12発明を適用することは,当業者
が容易になし得たことではない。
イ上記アからすれば,本件発明2も容易に発明することはできないし,本
件発明1の従属請求項である本件発明7及び9も容易に発明することができない。
ウ本件発明6が進歩性に欠けるとの被告の主張は争う。
(4)争点2-2-2(乙13発明を主引例とする進歩性欠如の有無)について
(被告の主張)
本件発明1と乙13発明との間の相違点は,構成要件1Bの構成を備えるか否か
という点のみである。この点,乙7ないし12各公報には構成要件1Bの構成が開
示されており,乙8ないし11各公報に照らせば,構成要件1Bの構成は技術常識
であった。そして,乙13発明と乙7ないし12各発明は,技術分野が共通するだ
けでなく構成が類似し,乙7発明については課題も共通することなどに照らせば,
乙13発明に,乙7ないし12各発明のいずれか,又は乙8ないし11各公報から
導かれる技術常識を適用することの動機付けはあった。したがって,乙13発明
に,乙7ないし12各発明のいずれか,又は乙8ないし11各公報から導かれる技
術常識を適用することは,当業者が容易になし得たことである。
同様に,本件発明2,本件発明6,本件発明7及び本件発明9と乙6発明との間
の相違点は,順に構成要件2B,6B,7B及び9Bの各構成を備えるか否かとい
う点のみであり,乙7ないし12各公報には構成要件2B,6B,7B,9Bの構
成がそれぞれ開示されており,乙8ないし11各公報に照らせば,構成要件2B,
6B,7B及び9Bの各構成は技術常識であったところ,乙13発明に,乙7ない
し12各発明のいずれか,又は乙8ないし11各公報から導かれる技術常識を適用
することは,当業者が容易になし得たことである。
(原告の主張)
ア乙13発明と乙7ないし11各発明は構成が異なる上,乙7について
は,芯材の銅にパラジウムの中間層及び金の表皮層の被覆層を有する銅ボンディン
グワイヤにおいて溶融ボール形成時にリンが脱酸作用を奏することに関する記載も
示唆もないなど,乙13発明に,乙7ないし11各発明を適用することの動機付け
はない。
また,乙13発明と乙12発明は構成が異なり,乙12には被覆層の外側に更に
金の表皮層を設けることに関する記載も示唆もないなど,乙13発明に,乙12発
明を適用することの動機付けはない。
したがって,乙13発明に,乙7ないし12各発明を適用することは,当業者が
容易になし得たことではない。
イ上記アからすれば,本件発明2も容易に発明することはできないし,本
件発明1の従属請求項である本件発明7及び9も容易に発明することができない。
ウ本件発明6が進歩性に欠けるとの被告の主張は争う。
(5)争点2-2-3(乙7発明を主引例とする進歩性欠如の有無)について
(被告の主張)
本件発明1と乙7発明との間の相違点は,本件発明1が「パラジウム(Pd)ま
たは白金(Pt)の中間層」と「金(Au)の表皮層」
(1C)を含む「2種類の
被覆層を有」
(1A)する「被覆」
(1D)銅ワイヤであるのに対し,乙7発明はか
かる構成が明示されていない銅ワイヤであるという点である。乙6公報及び特開2
006―190763号公報(以下「乙13公報」という。
)には上記相違点に係
る各構成が開示されている。そして,乙7発明と乙6及び13各発明は,技術分野
及び課題が共通するだけでなく,構成が類似することに照らせば,乙7発明に,乙
6又は13各発明を適用することの動機付けはあった。したがって,乙7発明に,
乙6又は13各発明を適用することは,当業者が容易になし得たことである。
本件発明2,本件発明6,本件発明7及び本件発明9と乙7発明との間には,同
様の相違点があるものの,乙7発明に,その相違点に係る構成が開示されている乙
6及び13各発明を適用することの動機付けはあるから,乙7発明に,乙6発明を
適用することは,当業者が容易になし得たことである。
(原告の主張)
ア被覆層を有しない芯材の銅にリンを含有させたボンディングワイヤであ
る乙7発明に,乙6発明の銅ボンディングワイヤのようにパラジウムの被覆層とさ
らにその外側に金の被覆層を設けることを想到するために過度の試行錯誤を要する
ことなどに照らせば,乙7発明に,乙6発明を適用することは,当業者が容易にな
し得たことではない。
また,乙7発明と乙13発明は,芯材の組成が異なる上,乙13には芯材の銅に
リンを含有させることの記載の示唆もないなど,乙7発明に,乙13発明を適用す
ることの動機付けはない。したがって,乙7発明に,乙13発明を適用すること
は,当業者が容易になし得たことではない。
イ上記アからすれば,本件発明2も容易に発明することはできないし,本
件発明1の従属請求項である本件発明7及び9も容易に発明することができない。
ウ本件発明6が進歩性に欠けるかのようにいう被告の主張は争う。
(6)争点2-2-4(乙12発明を主引例とする進歩性欠如の有無)について
(被告の主張)
本件発明1と乙12発明との間の相違点は,本件発明1が「金(Au)の表皮
層」を含む「2種類の被覆層を有」するのに対し,乙12発明にはかかる構成が明
示されていないという点である。乙6公報には上記相違点に係る各構成が開示され
ている。そして,乙12発明と乙6発明は,技術分野及び課題が共通するだけでな
く,構成が類似することに照らせば,乙12発明に,乙6発明を適用することの動
機付けはあった。したがって,乙12発明に,乙6発明を適用することは,当業者
が容易になし得たことである。
本件発明2,本件発明6,本件発明7及び本件発明9と乙12発明との間には,
同様の相違点があるものの,乙12発明に,その相違点に係る構成が開示されてい
る乙6発明を適用することの動機付けはあるから,乙12発明に,乙6発明を適用
することは,当業者が容易になし得たことである。
(原告の主張)
本件発明1と乙12発明の相違点は,被告が主張する相違点だけでなく,①芯材
に含有させる元素が,本件発明1はリンという特定の元素であるのに対し,乙12
発明はリンを始めとする7種類の元素から任意に選択される点,②芯材に含有させ
る元素の量が,本件発明1は1~500wtppmと極めて限定されているのに対
し,乙12発明は10~1000ppmと広範である点である。そして,乙12発
明に乙6発明を適用することについては阻害要因があるなど,乙12発明に,乙6
発明を適用することは,当業者が容易になし得たことではない。
同様に,本件発明2,本件発明6,本件発明7及び本件発明9も容易に発明する
ことはできない。
(7)争点2-3(サポート要件違反及び実施可能要件違反の有無)について
(被告の主張)
ア「金(Au)の表皮層」の膜厚に関するサポート要件違反及び実施可能
要件違反
本件特許に係る発明における「金(Au)の表皮層」は,芯材の銅の酸化防止と
いう課題解決のために一定の厚さを有することが必要である。しかし,
「金(A
u)の表皮層」の厚さの下限値は,本件明細書の発明の詳細な説明の欄の記載から
は明らかでない。したがって,本件特許に係る発明は本件明細書の発明の詳細な説
明に記載されたものではないから,本件特許はサポート要件違反の無効理由を有す
るとともに,本件明細書の発明の詳細な説明は当業者がその実施をすることができ
る程度に明確かつ十分に発明が記載されたものではないから,本件特許は実施可能
要件違反の無効理由も有する。
イ実施例に関するサポート要件違反及び実施可能要件違反
本件明細書上,本件特許に係る発明の技術的範囲に属するはずである実施例12
よりこれに属しないはずである比較例28,比較例29が高い評価となっている
上,評価項目であるはずであるシリコンチップの割れ発生個数及び圧着形状を評価
項目に含めた実施例及び比較例の全体評価が記載されていないため,本件特許に係
る発明の技術的範囲に属するはずである実施例が,これに属しないはずである比較
例と比較して,本件特許に係る発明の課題解決に資するものであるかが不明であ
る。したがって,本件特許に係る発明は本件明細書の発明の詳細な説明の記載によ
り当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものではないから,本
件特許はサポート要件違反の無効理由を有するとともに,本件特許に係る発明は本
件明細書の発明の詳細な説明に基づいて当業者が実施をすることができない発明で
あるから,本件特許は実施可能要件違反の無効理由も有する。
(原告の主張)
ア「金(Au)の表皮層」の膜厚に関するサポート要件違反及び実施可能
要件違反
本件特許に係る発明における銅の酸化防止効果が,金の表皮層,パラジウム又は
白金の中間層及び銅芯材中のリンの作用効果が相まって得られるものであること
は,本件明細書の発明の詳細な説明の欄に記載されている。したがって,本件特許
に係る発明は本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであるから,本件特
許はサポート要件違反の無効理由を有しないとともに,本件明細書の発明の詳細な
説明は当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明が記載され
たものであるから,本件特許は実施可能要件違反の無効理由も有しない。
イ実施例に関するサポート要件違反及び実施可能要件違反
本件明細書上,実施例12が比較例28,比較例29より高い評価となってお
り,本件特許に係る発明の技術的範囲に属する実施例が,これに属しない比較例と
比較して,本件特許に係る発明の課題解決に資するものであることは明らかであ
る。したがって,本件特許に係る発明は本件明細書の発明の詳細な説明の記載によ
り当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるから,本件
特許はサポート要件違反の無効理由を有しないとともに,本件特許に係る発明は本
件明細書の発明の詳細な説明に基づいて当業者が実施をすることができる発明であ
るから,本件特許は実施可能要件違反の無効理由も有しない。
(8)争点3(原告の損害額)について
(原告の主張)
被告は,平成27年12月までに,被告各製品を販売したことにより,少なくと
も11億円の利益を得ている(販売総額:少なくとも100億円,利益率:少なく
とも11パーセント)
。したがって,原告の被った損害額は,少なくとも11億円
である(特許法102条2項)

(被告の主張)
否認ないし争う。
第3当裁判所の判断
被告各製品は,本件発明1の構成要件1C,本件発明2の構成要件2C,本件発
明6の構成要件6B,本件発明7の構成要件7B及び本件発明9の構成要件9Bを
いずれも充足しないので,本件各発明の技術的範囲に属するとは認められない。以
下,詳述する。
1本件各発明について
本件明細書によれば,本件各発明は,半導体素子上の電極と回路配線基板の配線
とをボールボンディングで接続するために利用される被覆銅ワイヤに関するもので
ある(本件明細書【0001】


すなわち,第一ボンディングでは,ワイヤ先端をアーク入熱で加熱溶融し,表面
張力によりボールを形成させた後,150~300℃の範囲に加熱した半導体素子
の電極上にこのボール部を圧着接合せしめ,第二ボンディングでは,直接ワイヤを
外部リード側に超音波圧着により接合させて引きちぎるところ,半導体素子上の電
極と外部端子との間をボールボンディングで接合する銅ボンディングワイヤの表面
酸化を防ぐ方法として提案されていた被覆銅ワイヤであっても,第二ボンディング
で被覆銅ワイヤを引きちぎると,先端の切断面に芯材の銅が露呈し,露出面の銅が
酸化してしまうため,次の第一ボンディングで被覆銅ワイヤをボールアップしよう
とすると,貴金属でコーティングされている芯材の銅は酸化しないが,溶融固化し
たボールの底部に露出面の銅の酸化膜が痕跡として残ることで,半導体チップに取
り付けられるべきボール部が硬化してしまい,ボール接合時に半導体チップの損傷
を与えることが問題となっていた(同【0002】

【0005】ないし【000
8】

。そこで,本件各発明は,銅を主成分としてリンを含有させた合金から成る芯
材と,2種類の被覆層,すなわち,芯材の上にパラジウム又は白金から成る中間層
及びその中間層の上に金から成る表皮層から成る構成を採用して,第二ボンディン
グの切断時に芯材の銅が露出しても,次の第一ボンディングにおける溶融ボール形
成時に,表皮層の金が芯材の銅よりも低融点であることから早く溶融して露出部を
包み込むことにより溶融ボールの酸化を防止するとともに,リンの脱酸素作用によ
り露出部に形成された酸化膜を分断除去することとしたものである(同【000
9】ないし【0011】

【0018】


2原告が外部機関に委託して行った被覆銅ワイヤの分析結果
(なお,これらの分析試料が被告製品1又は被告製品2であるか,また,これら
の分析結果が被告製品1又は被告製品2の分析結果として正しいものであるかは当
事者間に争いがある。

(1)甲60(線径18μm)による分析
ア分析試料の特定箇所についてのFE-AES(オージェ電子分光法)に
よる分析では,①分析試料の最表面部分では金の濃度が80%弱,パラジウムの濃
度が10%強,銅の濃度が10%弱であり,②深さ7nm付近までにかけて,金の
濃度は漸減して同深さ付近で濃度が0%になり,パラジウムの濃度は漸増して同深
さ辺りで100%になり,銅の濃度は漸減して同深さまでの間に0%になり,③深
さ30nm付近まではパラジウムの濃度が100%であり,④深さ30nm付近か
ら深さ120nm付近にかけて銅の濃度が0%から漸増して100%となり,パラ
ジウムの濃度は漸減して0%となり,⑤それ以降の深さでは銅100%となった
(図2,図3)
。コベルコ科研は,JISハンドブック化学分析2009(甲7
5)
・1111頁・5.2項の記載に則り,隣接する膜中の元素の信号の値が5
0%に達する位置を界面として膜圧を算出し,パラジウムの膜厚を約61.4n
m,金の膜厚を約2.9nmとした。
イEDXライン分析では,①分析試料の最表面部分では金の濃度が50%
強,パラジウムの濃度が30%弱,銅の濃度が20%強であり,②深さ20nm弱
付近までにかけて,金の濃度は上下しつつ漸減して0%になり,パラジウムの濃度
は上下しつつ漸増して100%弱になり,銅の濃度は上下しつつ漸減して数%程度
になり,③深さ20nm弱付近から60nm強付近まではパラジウムの濃度が10
0%弱,銅の濃度が数%程度であり,④深さ60nm強から70nm付近にかけ
て,パラジウムの濃度が漸減して数%になり,銅の濃度が漸増して100%弱にな
り,⑤それ以降の深さでも同様となった(図7)

ウCs-STEM観察(HAADF像)では,最表面から深さ方向に,①
薄く,コントラストの明るい領域,②厚く,コントラストのやや暗い領域(一部に
明るい領域が混在する。

,③コントラストの暗い領域の,3つの領域が見られた
(図5,図6)

エ分析結果には,他に甲7(線径25μm)及び甲29(線径25μm)
による分析結果があるところ,いずれも甲60(線径18μm)による分析結果と
同様の傾向を示している。
(2)仮に上記の分析結果が被告製品1又は被告製品2の分析として正しいもの
である場合でも,本件明細書の実施例(
【0025】
)でメッキ厚の測定方法とされ
たオージェ電子分光法(AES)による金の濃度は,最も高い最表面部分において
も80%程度(甲60)であり,また,コベルコ科研がJISに則って報告した金
の膜厚は約2.9nm(甲60)と,本件明細書の実施例(
【表1】
)の金の表皮層
の膜厚として記載された0.006μmないし0.15μm(6nmないし150
nm)よりも薄いことから,被告各製品が「金(Au)の表皮層」の構成を備える
かが問題となる。
3「金(Au)の表皮層」の意義
(1)金のみから構成されている層に限られるか否か
被告は,主位的に,
「金(Au)の表皮層」とは金のみから構成されている層に
限られると主張する。
アしかしまず,特許請求の範囲には,
「金(Au)の表皮層」とのみあ
り,この文言から直ちに金のみから構成されている層に限られると解することはで
きない。
この点について,被告は,特許請求の範囲においては,芯材については「銅(C
u)を主成分とする」とあるのに対して,表皮層については「金(Au)の」とあ
り,ある部分が1つの元素のみから構成される場合と2つ以上の元素から構成され
る場合とを明確に書き分けていると主張する。しかし,芯材の場合は,
「芯材が銅
(Cu)-1~500質量ppmリン(P)合金からなり」とあるように,構成金
属として必須の金属が銅及びリンの2種類であるのに対し,表皮層の場合は,構成
金属として必須の金属が1種類にすぎない。したがって,上記の特許請求の範囲の
記載の差は,必須の構成金属が1つの元素である場合と2つの元素である場合を明
確に書き分けているだけであると解することも十分可能であって,これらの文言の
みから,表皮層が金のみから構成されている層に限られると解することはできな
い。
イそこで,本件明細書の記載を参酌すると,①本件明細書の【発明を実施
するための形態】の項には,
「表皮層が2種以上の金属からなる複数の層を形成す
る場合に,複数の異なる金属層をメッキ法,蒸着法,溶融法等により段階的に形成
することになる。その際に,異なる金属を全て形成してから熱処理する方法,1層
の金属層の形成ごとに熱処理を行い,順次積層していく方法等が有効である。
」と
の記載があり(本件明細書【0024】

,②【実施例】の項には,本件各発明の実
施例に係る被覆銅ワイヤの製造方法の説明の中で,500μmの線径まで伸線加工
した銅ワイヤの表面に,ストライクメッキをしてから通常の方法で電解メッキを行
うことにより,パラジウム(Pd)及び/又は白金(Pt)の中間層と金(Au)
の表皮層を被覆し,
「この被覆銅ワイヤを最終径の25μmまでダイス伸線して,
最後に加工歪みを取り除き,伸び値が10%程度になるように熱処理を施した。

との記載がある(同【0025】


(なお,上記の①の記載には,
「表皮層が複数の
金属からなる複数の層を形成する場合」とあり,原告は,この記載は「金(Au)
の表皮層」が金とそれ以外の金属から構成されることを指し示すものであると主張
するが,
「複数の層」との記載からすると,この記載は,被覆層が異なる金属から
なる複数の層によって形成される場合のことをいうものと解するのが相当であ
る。


このように,本件各発明の被覆銅ワイヤは,その製造工程の最後において熱処理
を行うことを想定していると認められるところ,金属と金属を密着させて熱処理を
行うと拡散が生じることは技術常識であること(甲11,38及び弁論の全趣旨)
を踏まえると,熱処理過程において,熱処理前に金(Au)でメッキ形成した表面
の被覆層に隣り合うパラジウム(Pd)又は白金(Pt)でメッキ形成した中間の
被覆層の金属が拡散してくることも想定されるから,本件各発明は,表面の被覆層
中に金(Au)とパラジウム(Pd)又は白金(Pt)とから構成される部分が含
まれることを想定しているといえる。
もっとも,このようにパラジウム(Pd)又は白金(Pt)の拡散が生じるとし
ても,金(Au)により形成した被覆層の厚さにより,パラジウム(Pd)又は白
金(Pt)の拡散がワイヤの最表面部分まで到達することもあれば,拡散が最表面
部分まで到達しないこともあり,後者の場合にはなお被覆層の表面部分に金(A
u)のみからなる部分が存在するのに対し,前者の場合には被覆層中に金(Au)
のみからなる部分が存在しないことになる。そこで,前者のような場合も「金(A
u)の表皮層」に当たるといえるかを次に検討する。
ウ前記1のとおり,本各発明は,ホールボンディングに利用される被覆銅
ワイヤにおいて,第二ボンディング時に被覆銅ワイヤを引きちぎると先端の切断面
に芯材の銅が露出するために,次の第一ボンディングにおける溶融ボール形成時に
露出面の銅が酸化する問題点を解決課題としており,その課題を解決する原理とし
て,本件明細書には,①【発明の効果】の項において,
「第一ボンディングにおけ
る溶融ボール形成時に,低融点の表皮層元素の金(Au)が中間層元素よりも早く
溶融することにより,露出していた芯材の銅の酸化部分にまで表皮層元素が拡がる
こと」と,芯材の銅(Cu)が含有するリン(P)の脱酸素効果により,
「溶融ボ
ール形成時に,芯材の銅の酸化部分の影響がないようにすることが出来る。
」との
記載があり(本件明細書【0011】

,②【発明を実施するための形態】の項にお
いて,(a)「2種類の被覆層のうち中間層は,パラジウム(Pd)または白金(P
t)あるいはパラジウム(Pd)と白金(Pt)との合金から構成される。パラジ
ウム(Pd)の融点(1554℃)および白金(Pt)の融点(1770℃)は,
いずれも銅(Cu)の融点(約1085度)よりも高い。このため芯材の銅(C
u)が球状の溶融ボールを形成していく最初の段階で,パラジウム(Pd)または
白金(Pt)が薄皮となって,あるいは,パラジウム(Pd)と白金(Pt)との
合金はが薄皮となって溶融ボールの側面からの酸化を防止す遅延させる。
」との記
載があり(同【0016】

,(b)「芯材の銅(Cu)が球状の溶融ボールを形成し
ていく段階で,芯材が露出した部分の酸化を防止する手段が必要となる。このため
本発明では,芯材にリン(P)を含有させるほか,2種類の被覆層のうち表皮層に
金(Au)を用いた。金(Au)の融点(約1064℃)は,銅(Cu)の融点
(約1085度)よりも低いので,銅(Cu)が球状の溶融ボールを形成していく
段階で,表皮層の低融点の金(Au)が銅(Cu)よりも早く早期に融解してワイ
ヤ端面をすばやく包み,銅(Cu)の融解を促進する。次いで,銅(Cu)が融解
してから,中間層のパラジウム(Pd)または白金(Pt)の薄皮あるいはパラジ
ウム(Pd)と白金(Pt)との合金の薄皮が軟化し,して溶融ボールを形成す
る。このように銅(Cu)の溶融ボールが形成される過程で,低融点の金(Au)
の表皮層が銅(Cu)の融解を促進し,金(Au)の表皮層がない場合にくらべて
パラジウム(Pd)または白金(Pt)等の薄皮を溶融銅ボールの内部にいち早く
吸収させることによって,先端部に露出した芯材の銅(Cu)を金(Au)が覆う
ことで溶融(Cu)ボールの銅(Cu)の酸化を防止することができるものと思わ
れる。
」との記載がある(同【0018】


これらの記載からすると,本件各発明は,芯材に用いる銅(Cu)
,中間層に用
いるパラジウム(Pd)又は白金(Pt)
,表皮層に用いる金(Au)の各金属の
融点の高低関係を利用して,
「金(Au)の表皮層」が「銅(Cu)を主成分とす
る芯材」よりも早く融解することにより,先端部に露出した芯材の銅(Cu)を金
(Au)が覆うことで溶融ボールの銅(Cu)の酸化を防止することを課題解決原
理としたものと解される。そうすると,金(Au)で形成した表面の被覆層中に中
間の被覆層のパラジウム(Pd)又は白金(Pt)が拡散し,被覆層中に金(A
u)のみからなる部分が存在しない場合であっても,金(Au)で形成した表面の
被覆層の融点が銅(Cu)を主成分とする芯材の融点よりも低くなっており,か
つ,その関係が,銅(Cu)とパラジウム(Pd)又は白金(Pt)と金(Au)
の各金属の融点の高低関係を利用したものといえる場合には,なお「金(Au)の
表皮層」に当たると解するのが相当である。
そして,中間の被覆層にパラジウムを用いる場合には,金固有の融点は約106
4℃であるのに対し,金とパラジウムの合金の融点は,パラジウムの含有割合が増
加するに連れて約1064℃より高くなっていき,パラジウムの含有割合が約2%
を超えると銅固有の融点である約1085℃より高くなること(乙15)に照らせ
ば,金(Au)により形成した表面の被覆層に内側の被覆層のパラジウム(Pd)
が約2%より多く混入すると,各金属の融点の高低関係を利用した本件各発明の課
題解決原理が妥当しないこととなる。他方,パラジウムの混入が約2%以内であれ
ば,金とパラジウムの合金の融点は銅(Cu)の融点よりも低く,かつ,前記のよ
うな金とパラジウムの合金の融点は金(Au)とパラジウム(Pd)の各固有の融
点が反映したものであるから,各金属の融点の高低関係を利用した本件各発明の課
題解決原理が妥当するといえる。したがって,中間の被覆層にパラジウム(Pd)
を用いる場合において,
「金(Au)の表皮層」たるためには,必ずしも金(A
u)のみからなる層である必要はないが,被告が予備的に主張するとおり,パラジ
ウム(Pd)の混入が約2%までの層である必要があると解するのが相当である。
この点について,被告は,主位的な主張の根拠として,本件明細書においては,
「表皮層に金(Au)を用いた。金(Au)の融点(約1064℃)は」
(同【0
018】
)と,金100%の場合の融点が明確に示されていることを指摘する。し
かし,上記のとおり金属と金属を密着させて熱処理を行うと拡散が生じ,拡散の程
度に応じて「金(Au)の表皮層」の融点が異なってくることは技術常識であるこ
と(乙15)に照らせば,上記記載は,本件各発明が各金属の融点の高低関係を利
用するものであることを説明したものにすぎないと解されるから,そのように捉え
られる限り,
「金(Au)の表皮層」に当たると解するのが相当である。したがっ
て,被告の上記の主位的な主張は採用できないが,上記のとおりその予備的な主張
は採用することができる。
(2)原告の主張について
ア上記のとおり,
「金(Au)の表皮層」たるためには,パラジウム(P
d)の混入が約2%までの層である必要があると解されるが,これに対し,原告
は,①本件明細書【0018】の各金属の融点の記載は,純金属を代表例として本
件各発明の作用効果を奏する原理を説明したにすぎず,同【0019】には,
「金
(Au)の表皮層」の厚さが各層の溶融順序に影響することが記載されている上,
金属薄膜の融点が当該金属固有の融点よりも降下すること(融点降下)は技術常識
であり,金とパラジウムの合金薄膜の融点は,金とパラジウムの合金固有の融点よ
りも降下するから,
「金(Au)の表皮層」及び「銅(Cu)を主成分とする芯
材」の融点の序列だけで本件各発明の作用効果を奏するか否かが定まるわけではな
い,②「金(Au)の表皮層」に,金のみで構成される部分又は「パラジウム(P
d)または白金(Pt)の中間層」が混入する程度が融点の序列に影響を与えない
程度である部分が一部でも存在すれば,本件各発明の作用効果を奏することができ
る,仮に,そのような部分が存在していなくても,
「パラジウム(Pd)または白
金(Pt)の中間層」の金属が「銅(Cu)を主成分とする芯材」にも拡散して
「銅(Cu)を主成分とする芯材」の融点も上昇しているため,結局「金(Au)
の表皮層」と「銅(Cu)を主成分とする芯材」の融点の序列に影響が生じず,本
件各発明の作用効果を奏することができる場合もある,いずれにせよ「金(Au)
の表皮層」は「パラジウム(Pd)または白金(Pt)の中間層」よりも早く溶融
するから本件各発明の作用効果を奏することができるなどとして,
「金(Au)の
表皮層」に中間の被覆層のパラジウム(Pd)が約2%以上混入することも許容さ
れると主張する。
(ア)①について
a原告は,金属の融点以外に「金(Au)の表皮層」の厚さが各層の
溶融順序に影響することが記載されているとして,本件明細書の【0019】を指
摘する。しかし,同【0019】は,
「2種類の被覆層のうち,表皮層の厚さは中
間層の厚さよりも薄いことが好ましい。表皮層が厚くなれば,溶融するのに時間が
かかり,銅(Cu)の融解を促進する効果が薄れるとともに,溶融銅ボールの表面
偏析による合金化によって溶融銅ボール自体が硬くなり,半導体チップの割れが起
きやすくなるからである。
」と記載しているところ,この記載は,融点による溶融
の順序自体は変わらないことを前提として,単に,表皮層が厚くなると表皮層を構
成する金の量が増えるために溶融するのに要する時間が余計に掛かり,そのために
ワイヤ端面の銅(Cu)を金(Au)が包み込む効果が薄れることを記載している
にすぎない。そもそも,本件各発明が「金(Au)の表皮層」の厚さも各層の溶融
順序に影響し得ることを想定した作用効果を考えているのであれば,本件明細書の
どこかに「金(Au)の表皮層」の厚さの違いによる溶融順序の差異に関する言及
があるはずであるが,本件各発明に係る被覆銅ワイヤの評価結果を示した本件明細
書の【表2】を始めとして本件明細書のどこにもそのような記載はない。したがっ
て,本件明細書には,本件各発明が「金(Au)の表皮層」の厚さも各層の溶融順
序に影響し得ることを想定した作用効果を考えているとの明示的な記載はない。
したがって,本件明細書において,金属の融点以外に「金(Au)の表皮層」の
厚さが各層の溶融順序に影響することが記載されているとの原告の主張は採用でき
ない。
b原告は,金属薄膜の融点が当該金属固有の融点よりも低いこと(融
点降下)が技術常識であり,こうした技術常識を踏まえると,パラジウム(Pd)
が2%以上含まれる場合であっても,
「金(Au)の表皮層」が薄膜である場合に
は,融点降下により融点が低下し,銅(Cu)を主成分とする芯材よりも早く融解
するから,
「金(Au)の表皮層」にはそのような場合も含まれると主張する。
(a)一般に,
「球体の半径rが小さいと,球の表面自由エネルギーσ
が内部の融解エネルギーULを上回るので,球の融点Trを下げて球が融けやすく
なることは1871年にW.Thomsonにより指摘され,Frenkelにより定式化されて
いた。

(東京大学生産技術研究所の金原粲の「真空・薄膜徒然草3」
〔Journalof
theVacuumSocietyofJapan53巻8号504頁,2010年〕
,乙34。以下
「金原論文」という。
)とあるとおり,粒子サイズの減少とともに粒子の比表面積
が大きくなって粒子の表面が活性化する結果として融点降下が生じること,すなわ
ち,融点降下が微粒子において生じることについては,当事者間に争いはない。そ
して,甲74資料2(NANOPARTICLETECHNOLOGYHANDBOOK,第2版2012年)で
は,
「金の融点と粒子サイズの関係」として,通常は1336K(1063℃)の
金の融解温度が,粒子サイズ20nmまでは徐々に低下し,特に10nmより小さ
くなると急激に低下して,5nm付近まで小さくなると融解温度が1200K(9
27℃)以下にまで大きく低下するグラフが示されている。
一方,融点降下が被覆銅ワイヤの被覆層のような薄膜においても生じる現象であ
るか否かについては争いがあり,原告は,甲74資料1,甲85,甲86資料1及
び2(原告の主張が依拠する甲74及び86の各意見も,これらに基づくものであ
る。
)を融点降下が薄膜においても生じる根拠として指摘する。
(b)まず,甲74資料1及びそれと同じ文献である乙32(森誠之ほ
か監修「トライボロジーの最新技術と応用」2007年初版)では,
「軟質金属の
微細粒子,薄膜は3次元バルク結晶よりはるかに低い融点を示す。Au,Ag,C
u,Snについて観測結果がある。
」とし,
「その一例を引用する」とされている
「図13微細金属結晶の融点測定例」では,AgとCuについての融点降下のグ
ラフが記載されている。
そこで,上記の図13の引用元である甲85及びそれと同じ文献である乙31
(クラウスタール鉱山大学物理学研究所・N.T.GLADKICHほか「金属薄膜における著
しい融点降下の説明」1966年,以下「GLADKICH論文」という。
)を見ると,上
記図13の引用元である「図9銀薄膜及び銅薄膜の溶融温度の膜厚依存度」につ
いて,
「図9は200℃で図中の横軸に示された厚さに蒸着されたAgとCu膜を
それぞれの相転移が起こるまで加熱して求めた融点を示す。この両金属においては
融点の顕著な膜厚依存性が見られ,そして最も薄い膜ではAgは550℃,Cuは
670℃までの融点降下が観察された。透き間なく詰まった材料の融点Tsと図9
で外挿により求めた最も低い薄膜の融点Tgとの関係は,Agについては(Tg/T
s)Ag=0.66,
(Tg/Ts)Cu=0.70で与えられ,PalatnikとKomnikが
SnとBiで求めた結果とよく一致する。

(188頁)

「図9に示された曲線は,
銀と銅の真の融点の膜厚依存性を示している。この結果は,Takagi及びPalatnikと
Komnikが得たBi,Sn及びPbの結果と一致している」
(190頁)としている
ことから,甲85(乙31)では,薄膜についても融点降下が生じる旨が記載され
ているかに見える。しかし,そこで言及されている「Takagi」とは,東京工業大学
の高木教授による「金属薄膜の液体-固体相転移の電子回折法による研究」
(JOURNALOFTHEPHYSICALSOCIETYOFJAPAN9巻3号359頁,1954年,乙
33。以下「高木論文」という。
)であり,そこでは,
「サイズの小さい固体の融点
はバルクの当該固体の融点よりも低いことが,熱力学的考察から知られている」と
して,融点降下が微粒子において生じる現象であることを理論的基礎とした上,
「電子顕微鏡観察により,金属の薄い蒸着膜は,金属結晶の小さな島の集合体であ
ることがわかっており,そのため,単純化のため,その膜を適当なサイズの球状の
滴の集合体とみることができる。よって…融点…に対する金属の滴サイズの影響に
ついて理論的に考察する」としているところ,この高木論文について,金原論文で
は,
「1950年代には東工大の高木ミエ教授が電子回折実験により,金属薄膜内
の島で大幅な融点降下が生じることを実証した。
」と位置付けられており,高木論
文は,金属の薄い蒸着膜が金属結晶の小さな島状の集合体であることを明らかにし
た上で,その融点降下を明らかにしたものであるといえる。そして,GLADKICH論文
の図9もAgとCuの薄い蒸着膜についてのものであるから,そこで示された融点
降下も金属結晶の小さな島状の集合体についてのものであるといえ,このことは,
同論文において,
「本論文では膜厚のみが測定され,粒子サイズは測定されなかっ
たため,理論的アプローチとの直接比較はまだ可能ではなく,将来の研究に託され
る。

(190頁)との記載にも沿う。そうすると,GLADKICH論文の図9は,金属結
晶の小さな島状の集合体についての融点降下を明らかにしたものにすぎず,金原論
文において,
「そもそも,島状構造の物体を鼓膜や石鹸膜と同列に薄膜という
『膜』を使った用語で表し,これに板などの厚さにあたる膜厚という言葉を当ては
めることに無理がある。
」とされていることも考慮すると,GLADKICH論文の図9が
島状構造でない薄膜でも融点降下が生じる旨を明らかにしたものと認めることはで
きないというべきである。
また,甲74資料1(乙32)の「軟質金属の微細粒子,薄膜は3次元バルク結
晶よりはるかに低い融点を示す」という説明における「微細粒子」及び「薄膜」と
いう言葉の意味合いについて見ると,同文献では,
「図9は,蒸着したままのAg
被膜の形状と平均被膜厚さとの関係を示す。図は1μm×1μmの視野を走査した
イメージである。不連続なAg結晶が,厚さ(平均厚さ)を増すと共に蒸着膜の島
の間の間隔が短くなり,連続膜に近くなる」という説明があり,図9では,0.4
nmAg膜が1.5nmAg膜を経て3.0nmAg膜になるに連れて島状構造が
連続膜に近づいていくSTM像が示されている。また,同文献では,厚さ5nmの
Ag蒸着膜について,
「図12(a)に示す島状組織」とされている。このように,同
文献では,蒸着膜の島状構造と連続膜を区別していることや,
「nm程度の粒子径
の領域には,融点のサイズ効果が現れることは多くの論文に議論されている。粒径
が小さくなると,融点は急速に常温近くまで下がることが推定されている。Agに
関する実験値をプロットして推定されているところでは,20nmあたりで常温の
融点を持つ推定がある」とした上,ここでも高木論文が引用されていることに照ら
せば,
「微細粒子」は微粒子を,
「薄膜」は微粒子の集合体の島状構造を指すものと
して使用されているものと解される。
以上によれば,甲74資料1(及び乙32)並びにGLADKICH論文(甲85及び
乙31)は,融点降下が,微粒子において生じる現象であるとともに,微粒子の集
合体たる島状構造においても生じる現象であることが記載されているにとどまり,
連続膜たる薄膜においても生じる現象であることが記載されているとまでは認める
ことができない。
これに対し,原告は,GLADKICH論文(甲85及び乙31)は,一貫して「膜」
という用語を用いた上,実験により金属薄膜でも溶融温度の降下が観察できたとさ
れているとして,融点降下が薄膜においても生じる現象であることが記載されてい
ると主張するが,上記に照らして採用できない。
そして,前記認定の本件明細書【0025】に記載された本件各発明の実施例に
係る被覆銅ワイヤの製造方法では,500μmの線径まで伸線加工した銅ワイヤに
パラジウム(Pd)及び又は白金(Pt)の中間層と金(Au)の表皮層をメッキ
形成し,そうして形成した被覆銅ワイヤを最終径の25μmまでダイス伸線するの
であるから,被覆層は伸線により20分の1の薄さに伸ばされることになる(甲6
3の13頁)
。そうすると,本件明細書の実施例では金(Au)の表皮層は0.0
06μm(6nm)以上であるから,被覆時の膜厚は120nmであり,この程度
の厚さの膜は連続した膜であり,伸線によってその状態が島状構造に変化するとは
考え難い。そうすると,微粒子の集合体たる島状構造の融点降下が技術常識である
としても,それをもって連続膜たる薄膜の形成を想定する本件明細書を解釈するこ
とはできない。
(c)また,原告は,甲86資料1(R.Sankarasubramanianほか「自
立金ナノ膜の融解温度に対する表面異方性の影響」

「ComputationalMaterials
Science」49.2010:386-391〕
)の図9に示された測定結果から,融点降下が薄膜に
おいても生じる現象であることが認められると指摘する。
しかし,甲86資料1及びそれと同じ文献である乙36の図9は,
「様々な膜厚
の自立金ナノ膜の融解温度に対する表面異方性の影響に関する体系的研究を,分子
動力学(MD)シミュレーションを使用して実施した」と記載されているように,
基板が存在せずに金ナノ膜が浮いているという状態を前提とした理論的シミュレー
ションによる測定結果である。したがって,甲86資料1(乙36)の図9に示さ
れた測定結果をもって直ちに,本件各発明のように基板を有する金の薄膜において
も融点降下が生じる現象であることが示されているとまでは認められない。
(d)また,原告は,甲86の資料2(D.G.Gromovほか「Al2O3
表面における,金ナノメートル膜の厚さに対する,液滴への金ナノメートル膜解離
の温度の非単調依存性」

「AppliedPhysicsA:MaterialsScience&Processing」
99.2010:67-71〕
)において,
「厚さ10nmの金膜は連続的であったが,非加熱基
板上の蒸着に関係なく粒界溝の形成が観察された(図1)
。溝の深さは10nmの
膜厚に対応している。溝は,金の厚さの増加とともになくなった。厚さ50nmの
金膜の粗さは最大4nmであった(図2)

」と記載されており,また,このように
薄膜が連続的に形成されているとされる厚さ10nmの金薄膜でも厚さ50nmの
金薄膜でも金バルクの融点よりも溶融温度が低くなっていること(図4)から,連
続的な金薄膜においても融点効果が生じると主張する。
しかし,甲86資料2及びそれと同じ文献である乙37の図4のグラフには,金
の一般的融点が1336K(1063℃。甲86によれば同図の「℃」は「K」の
誤記であると認められる。
)であるのに対し,金薄膜の膜厚が約20nmまでは,
膜厚が小さくなるに連れて融解温度が低下し,厚さ20nmで融解温度が約813
K(約540℃)になるグラフとなっているが,膜厚がそれよりも小さくなると,
逆に融解温度が上昇し,厚さ約5nmで融解温度が約973K(約700℃)にな
ることが示されており,融点降下が大きく現れるはずの膜厚数nmである場合にお
いて,膜厚の減少とともに融点が逆に上昇する点において,他の技術文献とは逆の
内容となっている。このことからすると,連続した薄膜の場合に融点効果が生じる
という甲86資料2(乙37)の記載内容が,少なくとも技術常識であるとは認め
難いから,それを技術常識とした上で本件明細書を理解することはできないという
べきである。
(e)さらに,原告は,甲86資料2によれば,薄膜は,加熱により溶
融すると島状に変化するため,加熱後の薄膜形状を観察して薄膜が溶融したか否か
を判断することができるという前提に立った上,甲86資料4の実験結果によれ
ば,金の薄膜の融点は金固有の融点よりも低いことはもとより,金とパラジウムの
合金の薄膜の融点は金とパラジウムの合金固有の融点よりも低いことが確認された
と指摘する。
しかし,甲86資料4の実験は,本件で問題となる程度の5nm未満の膜厚の薄
膜よりも厚い10nm又は30nmの膜厚の金とパラジウムの合金の薄膜を試料と
して実施されたものであり,その図3の加熱前のSEM像ではいずれの膜も連続的
なものと認められるところ,甲86資料2の内容が上記のとおり技術常識であると
は認め難い以上,それと同様にして連続膜の融点を確認した甲86資料4の実験結
果をもって,連続した薄膜における融点降下の発生が少なくとも技術常識であると
は認め難いというべきである。原告は甲93の論文の存在も指摘するが,甲93
は,固定表面上の薄膜の付着力と内部応力の測定に関するものであって,薄膜の融
点降下を説明するものとは認められない。
(f)以上によれば,
「金(Au)の表皮層」の厚さが各層の溶融順序
に影響することは,本件明細書に明示的に記載されていないばかりか,本件明細書
に記載された「金(Au)の表皮層」において金属薄膜の融点が当該金属固有の融
点よりも降下することが技術常識であるとも認められず,上記の趣旨が記載されて
いるのと同視することもできないから,融点降下によって各層の溶融順序が定まる
場合も本件各発明の技術的範囲に含まれるとする原告の上記①の主張は採用できな
い。
なお,本件各発明に係る被覆銅ワイヤにおける「金(Au)の表皮層」の基板に
相当するのは「パラジウム(Pd)または白金(Pt)の中間層」である。これに
対し,原告が金属薄膜の融点が当該金属固有の融点よりも降下することが技術常識
である根拠として指摘する甲74資料1,甲85,甲86資料1及び2についてみ
ると,甲74資料1の図13の引用元である甲85の図9において銅や銀の融点降
下を測定する際に用いられた基板はカーボン膜であり(乙31)
,甲86資料1は
「自立金ナノ膜(free-standinggoldnanofilm
s)
」の融点をコンピュータシミュレーションにより求めたものであって,基板が
存在しないことを前提としており,甲86資料2はAl2O3(アルミナ)を基板
として行った実験結果であり,いずれもパラジウム又は白金を基板としたものでは
ない。この点,
「特定の基板上に固定化した金ナノ粒子の融点を,SiO2基板上
とHOPG(高配向グラファイト)基板上と比較すると,SiO2基板では,直径
3nm付近から急激に融点が降下するのに対し,HOPG基板では直径9nm付近
から徐々に低下し,融点降下度に違いがあることが報告されている。SiO2基板
上の直径3nmの金ナノ粒子の融点が約1200K(判決注:約927℃)である
のに対し,HOPG基板上の同じ大きさの粒子の融点は約400K(判決注:約1
27℃)であり,基板による著しい融点の違いが観測された。
」とされている(首
都大学東京・武井孝「金ナノ粒子の融点降下」

「表面科学」35巻6号329頁・
2014年〕
,乙35)ように,融点降下は基板の違いによりその程度が異なるこ
とが認められる。そうすると,仮に,金属薄膜の融点が当該金属固有の融点よりも
降下すること自体は技術常識であるとする場合でも,パラジウム又は白金を基板と
する金や金とパラジウムの合金の薄膜の融点が金や金とパラジウムの合金固有の融
点よりもどの程度降下するのかということまでは技術常識であるとは認められない
から,融点降下によって各層の溶融順序が定まる場合も本件各発明の技術的範囲に
含まれるとする原告の上記①の主張はやはり採用できない。
(イ)②について
原告は,
「金(Au)の表皮層」に,金のみで構成される部分又は「パラジウム
(Pd)または白金(Pt)の中間層」が混入する程度が融点の序列に影響を与え
ない程度である部分が一部でも存在すれば足りると主張する。しかし,
「層」は
「かさなりをなすものの一つ」をいうこと(広辞苑第六版)に照らせば,原告の上
記主張は,
「層」の一部に当該構成を備えるものがあるだけでも「層」を満たすと
いうに等しく,不自然な解釈である。そして,本件明細書には,原告が指摘するよ
うな部分が一部でも存在すれば,本件各発明の作用効果を奏することができるとの
示唆はどこにも見当たらない。したがって,原告の上記主張は採用できない。
次に,原告は,
「パラジウム(Pd)または白金(Pt)の中間層」の金属が
「銅(Cu)を主成分とする芯材」にも拡散して「銅(Cu)を主成分とする芯
材」の融点も上昇しているため,
「金(Au)の表皮層」と「銅(Cu)を主成分
とする芯材」の融点の序列に影響が生じないと主張する。しかし,本件明細書の
【0025】及び表1の実施例では,被覆銅ワイヤの最終径が25μmとされてい
るのに対し,
「金(Au)の表皮層」は0.006μmから0.15μmとされて
おり,
「銅(Cu)を主成分とする芯材」はかなり厚みがあることが想定されてい
るから,そのような芯材に中間層のパラジウム(Pd)又は白金(Pt)が拡散し
たとしてもそれは層界面のごく一部に限られるのであって,芯材全体に拡散する,
すなわち,銅のみからなる部分がなくなるとは考え難い。したがって,被覆銅ワイ
ヤの端面に露出した「銅(Cu)を主成分とする芯材」中には,
「パラジウム(P
d)または白金(Pt)の中間層」の金属が拡散せず,融点が上昇しない部分が存
在するから,原告の上記主張は採用できない。
さらに,原告は,本件各発明の作用効果を奏するためには「金(Au)の表皮
層」が「パラジウム(Pd)または白金(Pt)の中間層」よりも早く溶融すれば
足りると主張する。しかし,前記のとおり本件明細書は「金(Au)の表皮層」が
「銅(Cu)を主成分とする芯材」よりも早く溶融することによって芯材の露出部
に形成された銅(Cu)の酸化を防止することを想定しているから,原告の上記主
張は採用できない。
イその他
原告は,
「金(Au)の表皮層」は,金(Au)を主要元素として構成される層
であれば足りると主張する。この原告の主張は,少なくとも「金(Au)の表皮
層」に「パラジウム(Pd)または白金(Pt)の中間層」の金属が約2%以上混
入することが許容されることを前提とするものである。しかし,このような前提が
採用できないことは,上記アのとおりであるから,原告の上記主張は採用できな
い。
ウ小括
以上のとおり,
「金(Au)の表皮層」は,金のみから構成される層に限られな
いものの,
「パラジウム(Pd)または白金(Pt)の中間層」の金属が約2%以
上混入することは許容されないと解される。
4被告各製品の構成の認定及びあてはめ
(1)先に2で認定した原告による分析結果からすると,仮にそこでの分析対象
が被告各製品であり,その分析結果が正しいものであるとしても,それによってパ
ラジウムの濃度が約2%以下となる層部分が存在するとは認められず,他に被告各
製品においてパラジウムの濃度が約2%以下となる層部分が存在することを認める
に足りる証拠はない。
そうすると,被告各製品は,
「金(Au)の表皮層」に相当する構成を備えてい
るとは認められないから,被告各製品の構成は構成要件1C,2C(6B,7B,
9B)を充足しない。
(2)これに対し,原告は,被告各製品の「金(Au)の表皮層」における金の
濃度は,オージェ電子分光法によって測定された結果よりも高濃度であり,EDX
ライン分析によって測定された結果と同等かそれ以上であると指摘する。
しかし,被告各製品の「金(Au)の表皮層」における金の濃度が,オージェ電
子分光法によって測定された結果よりも高濃度であるといってもどの程度であるの
か,EDXライン分析によって測定された結果と同等かそれ以上であるといっても
どの程度であるのかを明らかにする的確な証拠はない。原告自身も被告各製品にお
いて金の濃度が最も高いと考えられる最表面のパラジウムの濃度が約2%を超えな
いものにとどまると具体的に主張しているわけではない。したがって,原告の上記
指摘を踏まえてもやはり,被告各製品が「金(Au)の表皮層」が相当する構成を
備えているとは認められない。
(3)また,原告は,前記2で認定した原告が被告各製品と主張する試料のHA
ADF像の最表面部分のコントラストの明るい層の存在を主張する。
しかし,金(Au)を用いた表面の被覆層部分は,中間の被覆層に用いたパラジ
ウム(Pd)を約2%を超えて混入する場合でも,パラジウム(Pd)を用いた中
間の被覆層よりもコントラストが明るくなる。そうすると,最表面部分のコントラ
ストの明るい層が存在するからといって,そこに混入したパラジウム(Pd)が約
2%以下であると認めることはできないから,HAADF像に基づいて被告各製品
が「金(Au)の表皮層」を備えると認めることはできない。
(4)さらに,原告は,本件明細書に記載された製造方法と技術常識に基づいて
被覆銅ワイヤを製作し,分析をしたところ,前記2で認定した原告が被告各製品で
あるとする試料と同様の分析結果となったとして,甲63ないし甲69及び92を
指摘する。
しかし,そこで製造された被覆銅ワイヤは,コベルコ科研の報告では,金(A
u)の膜厚が約2nmと約4nmというのである(甲63の資料2及び4)から,
本件明細書の表1の実施例よりも薄い膜となっている。そして,金(Au)により
形成した表面の被膜が薄ければ,それだけ中間の被覆層を構成するパラジウム(P
d)が最表面付近にまで拡散する可能性が高くなり,したがって,パラジウム(P
d)の混入が2%以下の層が存在しなくなる可能性が高くなるから,上記で原告が
採用した被覆銅ワイヤの製造方法が正当なものであるとしても,それによって製造
した被覆銅ワイヤの分析結果が前記2で認定した原告が被告各製品であるとする試
料と同様の分析結果になったからといって,被告各製品が「金(Au)の表皮層」
を備えると認めることはできない。
第4結論
以上の次第で,被告各製品は本件各発明の技術的範囲に属しない。よって,その
余の争点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから棄却
することとして,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官
髙松宏之
裁判官
野上誠一
裁判官
大門宏一郎
(別紙)
物件目録
下記品番のボンディングワイヤ

EX1p(ただし,線径が18μm,25μmのもの)
以上
(別紙)
構成要件目録1
1A銅(Cu)を主成分とする芯材と,該芯材の上に2種類の被覆層を有する
ボールボンディング用被覆銅ワイヤであって,
1B前記芯材が銅(Cu)-1~500質量ppmリン(P)合金からなり,
1Cかつ,前記被覆層がパラジウム(Pd)または白金(Pt)の中間層およ
び金(Au)の表皮層とからなる
1Dことを特徴とするボールボンディング用被覆銅ワイヤ。
以上
(別紙)
構成要件目録2
2A銅(Cu)を主成分とする芯材と,該芯材の上に2種類の被覆層を有する
ボールボンディング用被覆層ワイヤであって,
2B前記芯材が銅(Cu)-1~80質量ppmリン(P)合金からなり,
2Cかつ,前記被覆層がパラジウム(Pd)または白金(Pt)の中間層およ
び金(Au)の表皮層とからなる
2Dことを特徴とするボールボンディング用被覆銅ワイヤ。
以上
(別紙)
構成要件目録6
6A中間層の厚さが0.005~0.2μmである
6B請求項1~請求項3の何れか1項に記載のボールボンディング用被覆銅ワ
イヤ。
以上
(別紙)
構成要件目録7
7A中間層の厚さが0.01~0.1μmである
7B請求項1~請求項3の何れか1項に記載のボールボンディング用被覆銅ワ
イヤ。
以上
(別紙)
構成要件目録9
9A表皮層の厚さが中間層の厚さよりも薄いものである
9B請求項1~請求項3の何れか1項に記載のボールボンディング用被覆銅ワ
イヤ。
以上
(別紙)
被告各製品構成目録(原告主張)
被告製品1(甲7~9)被告製品1(甲29~31)被告製品2
a銅(Cu)を主成分と
する芯材と,該芯材の上
にパラジウム(Pd)層及び
金(Au)層の被覆層を有す
る銅ボンディングワイヤ
である
a´銅(Cu)を主成分と
する芯材と,該芯材の上
にパラジウム(Pd)層及び
金(Au)層の被覆層を有す
る銅ボンディングワイヤ
である
a´´銅(Cu)を主成分と
する芯材と,該芯材の上
にパラジウム(Pd)層及び
金(Au)層の被覆層を有す
る銅ボンディングワイヤ
である
b前記芯材が銅(Cu)
-約37massppmリン(P)合
金からなる
b´前記芯材が銅(Cu)
-約46∼53massppmリン(P)
合金からなる
b´´前記芯材が銅(Cu)
-約39∼49massppmリン(P)
合金からなる
c前記被覆層がパラ
ジウム(Pd)の中間層及び
金(Au)の表皮層とからな

c´前記被覆層がパラ
ジウム(Pd)の中間層及び
金(Au)の表皮層とからな

c´´前記被覆層がパラ
ジウム(Pd)の中間層及び
金(Au)の表皮層とからな

d被覆層を有する銅
ボンディングワイヤ。
d´被覆層を有する銅
ボンディングワイヤ。
d´´被覆層を有する銅
ボンディングワイヤ。
eパラジウム(Pd)中
間層の厚さが約0.055μm
である
e´パラジウム(Pd)中
間層の厚さが約0.058μm
である
e´´パラジウム(Pd)中
間層の厚さが約0.0614μm
である
f金(Au)表皮層の厚
さが最大でも約0.005μm
である
f´金(Au)表皮層の厚
さが約0.0017μmである
f´´金(Au)表皮層の厚
さが約0.0029μmである
以上
別紙
特許公報(省略)

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71期修習生 72期修習生 求人
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職種 事務職
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