弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人上田誠吉、同佐藤義弥、同古波倉正偉、同松山正、同安藤寿朗、同亀
井時子、同柴田憲一、同床井茂、同小池義夫、同横田俊雄、同藤谷正志、同前川雄
司の上告理由第一、第二の一の(二)、二の(二)、三の(九)、第六、第八ないし第一
〇について
 一 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当
として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右事実関係を含め、上
告人の本店及びDに対する強制調査に至る経緯、強制調査の実施状況等に関し、原
審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 東京国税局国税査察官は、上告人の取引先であるE、F、G、H商事株式会
社及びI有限会社の所得税法又は法人税法違反犯則事件について調査を進めていた
ところ、上告人の本店において、Eに帰属することが疑われる一三〇口にも上る仮
名預金が把握されるなど、右各犯則嫌疑者が、その所得を隠ぺいするために、上告
人の本店又はDに相当の仮名預金を預け入れている疑いが濃厚となり、その一部に
ついては、各犯則嫌疑者に帰属することが疑われる預金口座が具体的預金名義をも
って特定されるに至った。
 2 しかし、右各犯則嫌疑者は仮名預金の存在ないし帰属を争っていた上、犯則
嫌疑者本人に対する任意調査及び強制調査によっては、これらの点を解明するには
至らなかったので、右各犯則嫌疑者の取引金融機関である上告人に対する調査が必
要となった。右調査を担当する東京国税局国税査察官は、再々にわたり上告人に任
意調査への協力を求めたが、これに対応した上告人の各担当者は、右各犯則嫌疑者
の実名による預金に係る預金元帳、貸付金元帳、伝票等の提示にはおおむね応じた
ものの、右各犯則嫌疑者に帰属することが疑われる他人名義の預金に係る預金元帳、
貸付金元帳、伝票等については、調査対象となる預金名義が具体的に特定されてい
る場合ですらその提示を拒否するなど非協力的な姿勢に終始し、任意調査の実施の
ために右各店に臨場した査察官に対しては、J商工会の役員らが、右調査は政治的
弾圧であるなどとして抗議を繰り返し、調査を妨害するようなこともあった。この
ため、同国税局査察部長は、右各犯則嫌疑者の所得税法又は法人税法違反犯則事件
について、裁判官の許可を受けて、上告人に対する捜索、差押えを行うのもやむを
得ないとの判断に達した。
 3 東京簡易裁判所裁判官は、昭和四二年一二月一二日、東京国税局国税査察官
の請求に対し、上告人の本店又はDを捜索場所とし、右各犯則嫌疑者の犯則事件の
「事実を証明するに足ると認められる営業並に経理に関する帳簿書類、往復文書、
メモ、預貯金通帳、仝証書、有価証券及び印鑑等」の物件を差押対象物件とする捜
索差押許可状を合計七通発付した。
 4(一) 東京国税局統括国税査察官K初以下七八人の査察官らは、昭和四二年一
二月一三日午後二時五〇分ころ、上告人の本店に臨場し、同三時一〇分ころ、警察
官の立会いの下で捜索、差押えを開始した。捜索、差押えを担当する査察官らは、
本店二階営業部事務室内において、差押物件の選別作業を開始したが、七、八分を
経過したとき、上告人の総務部長ら四、五人の者が立入禁止の措置を無視して右事
務室内に入り、口々に捜索の中止を求めるなど強硬な抗議を始め、さらに、上告人
の職員を含む二、三十人の者が右事務室出入口の扉を壊して事務室内に乱入し、選
別作業中の査察官に対し、押す、突き飛ばす、組み付くなどの暴行を加え、床に並
べられた帳簿書類を踏み付け、手で払いのけ、天井に向けてばらまき、差押物件を
搬出するために用意されたダンボール箱を取り上げ、引き裂くなどした。このため、
捜索、差押えの実施が事実上不可能な状態となり、同三時二〇分ころから、連絡担
当の査察官の要請を受けた警察官六〇人が順次右事務室等の警備に就いた。しかし、
その後も混乱状態は収まらず、K統括国税査察官の判断により、東京国税局に帰っ
てから差押目録を作成することとし、同三時五五分、差押物件を入れたダンボール
箱約四〇個をトラックに積み込み、本店における捜索、差押えが終了した。なお、
右強制調査に従事した査察官の中には、手足に擦過傷を負い、衣服を破られ、たば
この火をつけられるなどの被害を受けた者があった。
  (二) 東京国税局統括国税査察官L以下六七人の査察官らは、昭和四二年一二
月一三日午後二時五〇分ころ、J商工会館内一、二階にある上告人のDに臨場し、
捜索、差押えを担当する査察官らが同支店事務室内において捜索、差押えの執行に
着手しようとしたところ、非常ベルが断続的に二、三回鳴り、同会館関係者を含む
十数人が一階正面出入口から一団となって右事務室内に乱入し、大声で怒鳴りなが
ら、査察官に対し、体当たりやひじ打ちをし、肩を押す、足蹴りするなどの暴行を
加え、さらに、一階通用口を内側から開扉したため、右通用口からも部外者十数人
が右事務室内に乱入し、激しい抗議を始めた。このため、連絡担当の査察官が、同
二時五七分ころ、待機中の警察官に立会いと援助を要請し、査察官らは、三人の立
会警察官と五人の警備担当の警察官の派遣を受けて捜索、差押えを開始したが、そ
の後も、上告人の職員や部外者による査察官に対する暴行や実力による妨害が続き、
同三時一二分ころ、要請を受けて警備の警察官が約四〇人増員された。これにより、
若干右事務室内の混乱が収まったので、選別担当の査察官において、差押物件の選
別作業を開始したが、その間にも、店外の正面出入口周囲に四、五十人の部外者が
集まり、これらの者が店内に乱入するおそれを生じたため、事務室内において警備
に当たっていた警察官の多くが店外の警備のため店内から引き揚げると、再び、店
内においては、部外者による妨害が始まり、同三時五〇分ころには、職員や部外者
が選別担当の査察官を取り囲んで激しく抗議をし、集められた差押物件を奪い取る
ような雰囲気となったため、L統括国税査察官は、捜索、選別及び差押目録の作成
を中止して、直ちに差押物件をダンボール箱に詰めて、二階の集積場所に集めるよ
うに指示し、さらに、同四時四〇分には捜索、差押えの打切りを決断し、ダンボー
ル箱の搬出を指示した。しかし、ダンボール箱の搬出に対しても上告人の職員や部
外者による激しい妨害が続き、所轄の上野警察署長からの要請を受けた機動隊二個
中隊約九〇人が出動して店外の警備に当たる中、午後六時、ダンボール箱をトラッ
クに積み込み、同支店における捜索、差押えが終了した。なお、右強制調査に従事
した査察官の中には傷害を受けた者や衣服を破られた者があった。
 5 L・K両統括国税査察官は、右捜索、差押えに立ち会った警察官の同行を得
て上告人の本店及びDから第一審判決別紙第一目録(一)及び(二)記載の差押物件(
以下「本件差押物件」という。)を東京国税局に持ち帰ると、直ちに右警察官の立
会いを受けて差押目録の作成に取り掛かり、翌一二月一四日の朝、上告人に差押目
録の謄本を交付した。そして、上告人側の事情に配慮して、差し支えのない限り速
やかに本件差押物件を上告人に還付することとし、同日中に三〇〇余点を還付した
のを始め、昭和四三年五月二二日までには本件差押物件を全部還付した。
 二 右事実関係によれば、前記各犯則嫌疑者がその所得を隠ぺいするために上告
人の本店及びDにおいてしていた疑いのある仮名預金の存在と帰属を確定するため
には、右各店において保管されていた入出金伝票や預金申込書等の綴りや預金元帳
等の簿冊を精査し、これらに記載された文字の筆跡や押捺された印影、入出金の経
緯等から仮名預金の帰属を確定するための手掛りを得るなどする必要があったとこ
ろ、上告人は、東京国税局国税査察官の行った任意調査に対して、各犯則嫌疑者に
帰属することが疑われる他人名義の預金に係る預金元帳、貸付金元帳、伝票等につ
いては、調査対象となる預金名義が具体的に特定されていた場合ですら提出を拒否
し、任意調査の実施のために右各店に臨場した査察官に対しては、J商工会の役員
らが、抗議を繰り返し、調査を妨害することもあったというのである。査察官が右
のような状況の下で右各店における強制調査に臨まざるを得なかったことからする
と、右各犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を解明する手掛りとなり得る文書等を選別
するためには、これを含む可能性のある伝票綴り、簿冊等を精査することが不可欠
であり、これには、相当の時間を要することが明らかである。ところが、右各店に
おける強制調査に際しては、捜索、差押えの開始後ほとんど時をおくことなく上告
人の職員や右各店に乱入した部外者によって、調査に当たる査察官に対して暴行が
加えられるなどの激しい妨害行為が繰り返され、負傷をした査察官まであったとい
うのであり、右のような異常な状況の下では、伝票綴り、簿冊等の精査を尽くして
各犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を解明する手掛りとなり得る文書等を十分に選別
することは到底不可能であったといわざるを得ない。そして、査察官らは、東京国
税局に持ち帰った本件差押物件について、直ちに選別作業を行い、差し支えのない
限り速やかに本件差押物件を上告人に還付することとし、現に差押えの翌日には三
〇〇余点を上告人に還付するなど、上告人側の事情に配慮を示していることをも考
慮するならば、本件差押物件の中には、原審が右各犯則嫌疑者の犯則事件との関連
性を肯定することが困難であると判断した数点の物件の外にも、相当の時間をかけ
て平穏な状況の下で犯則事実との関連性ないし差押えの必要性を吟味して差押物件
の選別を行うことができたならば、右の関連性ないし必要性がないという判断をす
ることが可能な物件が含まれていたことを否定することができないとしても、本件
差押物件の差押えに違法があったということはできない。右違法のあることを前提
とする違憲の主張は、その前提を欠くものというべきである。以上と結論を同じく
する原審の判断は是認することができ、論旨は採用することができない。
 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当とし
て是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する
証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って、若しくは原
審の認定しない事実に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することがで
きない。
 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官
全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    根   岸   重   治
            裁判官    大   西   勝   也
            裁判官    河   合   伸   一
            裁判官    福   田       博

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