弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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平成30年8月6日宣告
平成27年(わ)第155号,第209号業務上横領,殺人被告事件
主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中730日を上記刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
被告人は,
第1以前に金銭を借り入れていたA(当時76歳)から,その返済等を執拗に請求され,
被告人が経営していた有限会社B(当時)の残土処分場での不法投棄を告発するなど
と脅されたため,このままでは事業が継続できなくなるなどと考え,A及び同人に同
行してくるC(当時48歳)を殺害しようと決意し,平成26年8月15日午後3時
頃から同日午後6時15分頃までの間,佐賀市a町大字b字c番地の同社の敷地で,
A及びCが乗った軽自動車のルーフに,被告人が運転する油圧ショベルのスケルトン
バケットを振り落とし,そのスケルトンバケットとキャタピラーで同車を挟み込み,
同車を穴へと引きずった後,同車を深さ約5mの穴に落とし,その上から油圧ショベ
ルで土砂をかけるなどして埋め,その頃,同所で,A及びCを窒息等により死亡させ
て殺害し,
第2有限会社B(当時)の取締役として同社の業務全般を統括していたが,平成23年
に同社が株式会社Dとリース契約をして借り受けた敷鉄板12枚を業務上預かって
保管中に,平成26年8月12日,佐賀市d町大字e番地の有限会社Eで,上記敷鉄
板のうち2枚(価格合計約32万0800円相当)を同社に売却するために引き渡し,
もってこれらを横領した
ものである。
(判示第1についての補足説明)
第1争点
1殺害行為と死因(被害者らを穴に埋めて,窒息により殺害したか)
2犯人性(被告人が本件の犯人であるか)
第2殺害行為と死因
1本件の犯人は,油圧ショベル(本件ショベル)で,軽自動車(本件車両)ごと被
害者らを攻撃して穴に落とし,その上から土砂をかけるなどして埋めた。この加害
行為は被害者らを死亡させる危険性の高い行為であり,犯人は,その危険性を認識
したにとどまらず,被害者らを殺害する目的で,あえてその加害行為をした。そし
て,被害者らは,その加害行為の結果,死亡した。したがって,犯人について,被
害者らに対する殺人罪が成立する。
2以下,補足して説明する。
被害者らの死亡
cのBの敷地内の穴から埋められた男性の遺体が発見され,その側に埋められ
た本件車両から女性の遺体が発見された。これらの遺体は,DNA鑑定の結果や
免許証等の遺留品から,被害者らである。
殺害行為(穴に埋めて殺害したか)
ア加害行為の態様
証拠により認定できる事実から推認すると,本件の犯人が被害者らにした加
本件車両に乗車して事務所前に到着した被害者らを,降車する前にすぐに
攻撃した。
被害女性は本件車両のドアがロックされた運転席でシートベルトをしてい
たから,犯人は,運転席にいた被害女性を車ごと攻撃し,殺害したことが分
かる。別の場所で殺害したなら,そのまま埋めればいいだけで,手間をかけ
て車に乗せ,シートベルトをする必要はない。本件車両そのものを攻撃する
必要もない。
また,本件ショベルで運転席の被害女性を攻撃するには,車で到着してす
ぐの降車前か,帰り際の停車中を狙うしかない。実際にルーフの損傷には横
ずれがないから,打撃時に車は停止していた。被害者らは午後3時に事務所
に呼び出されており,被害男性も本件車両の側に埋められていたから,被害
女性が本件車両を運転し,被害男性がこれに同乗して事務所に到着したこと
が分かる。その際,犯人は,110番通報等のリスクを避ける必要があるか
ら,被害者らを同時に攻撃するしかない。しかも,帰り際だと被害者らが乗
車するタイミングのずれや,自分が本件ショベルに乗り込むタイミング次第
で,同時に攻撃するのは難しい。また,帰り際に攻撃したのであれば,被害
男性が持っていたボイスレコーダーに犯行当日の記録があったと考えられる
が,そのような記録はなかった。
したがって,犯人は,被害者らがBの事務所付近に車をとめることを予想
し,その付近に置いた本件ショベルに乗り込んで待ち伏せ,被害者らが到着
してすぐに,本件ショベルを操作し,被害者らを車ごと攻撃したと推認でき
る。本件ショベルが午後3時頃から午後6時15分頃まで稼働していたこと
からも,被害者らが事務所に到着してすぐに攻撃し,相応の時間をかけて穴
に埋めたことが分かる。
ルーフにスケルトンバケットを振り落とした。
本件車両のルーフは,ボンネット付近まで大きくへこみ,全面に擦過傷が
あり,その損傷が本件ショベルのスケルトンバケットの底面のます目と一致
したから,犯人は,本件ショベルを操作し,本件車両のルーフにスケルトン
バケットの底面を振り落とし,被害者らを攻撃したことが分かる。被害女性
の頭の皮がめくれていたのは,ルーフ等で頭部に打撃を受けた結果とも考え
られる。
スケルトンバケットとキャタピラーで本件車両を挟み込んだ。本件車両を
穴まで引きずっていった。
本件車両の運転席ドア等に,直線状に5か所の硬い突起物ようのもので押
し込まれた痕跡があり,これらと本件ショベルのスケルトンバケットの爪の
位置が一致したから,犯人は,本件ショベルを操作して,スケルトンバケッ
トを運転席ドア等に振り下ろし,その爪で同ドア等を突き刺したことが分か
る。被害女性の右足が欠損していたが,ちょうど運転時の右足と爪を突き刺
した位置が一致する。また,助手席ドアに円弧状を描く損傷があったから,
犯人は,更に本件ショベルを操作し,スケルトンバケットを動かして本件車
両を引き寄せ,スケルトンバケットとキャタピラーで本件車両を挟み込んだ
ことも分かる。さらに,事務所付近から穴の方向に向かってアスファルトに
スケルトンバケットの爪の痕跡があり,本件車両の底部に3か所の擦過傷が
あったから,犯人が本件車両を穴の方向に引きずったことは間違いない。
本件車両をルーフを下にして深さ約5mの穴に落とした。本件車両と被害
男性に土砂をかけるなどして埋めた。
本件車両は穴の中の地下約5m付近に,ルーフを下にして埋められていた
から,犯人は,被害者らを車ごと攻撃した後,穴まで引きずり,本件車両を
ルーフを下にして深さ約5mの穴に落としたことが分かる。その後,被害男
性がどのようにして車外に出たのかは不明であるが,穴に落ちた衝撃で車外
へ出ても不自然ではない。いずれにしても,犯人は,本件車両と被害男性の
上から,本件ショベルで土砂をかけるなどして,被害者らを穴の中に埋めた
ことは間違いない。
イ加害行為の危険性と殺害目的
車内にいたとはいえ,かなり重量のあるスケルトンバケットで車ごと攻撃す
るのは危険である。その上で,穴に落として埋めることが,被害者らを死亡さ
せる危険性の高い行為であることは,誰にでも分かる。当然,犯人は,その危
険性を認識していたにとどまらず,被害者らを殺害する目的で一連の加害行為
をしたことは間違いない。
ウ弁護人の主張
弁護人は,本件の犯行態様は不明であり,結局,殺意があるかも不明であ
るから,殺害行為の立証は不十分であると主張する。しかし,前記の加害行
為があったことは,本件車両や現場の状況等に関する客観的事実から推認で
きる。そして,その限度でも殺害行為と殺意があったことの立証は十分であ
る。細かな犯行態様が不明であってもこの結論は動かない。
弁護人は,犯人が被害者らを待ち構えていた証拠はないし,被害者らが待
ち構えられているところに近づくはずがないと主張する。しかし,犯人が被
害者らを待ち構えていたことは,本件の客観的事実や犯人の立場になって考
えることで推認できる。また,Bのような現場では,仮に犯人が被害者らが
停めた車の近くで本件ショベルに乗り込んでいても,それは普通の光景であ
り,誰も気にとめない。本件では,被害者らが犯人が待ち構えていると考え
なかっただけである。
弁護人は,被害者らは110番通報もせず,逃げようとした形跡がないか
ら,本件ショベルで攻撃された際に生きていたとは考え難いと主張する。し
かし,被害者らは,本件の直前まで日常生活を普通に送っていた。通報等の
形跡がないから加害行為の前に死んでいたというのは通常ありえないことで
あって,被害者らに通報や逃走をする余裕がなかっただけと考えるのが常識
的である。被害者らが加害行為の前に死んでいれば車ごと攻撃する必要はな
いし,シートベルトをする必要はない。犯人がした加害行為によって被害者
らが死亡したことは,常識に照らして間違いない。
死因(窒息により殺害したか)
ア死因の認定
被害者らの遺体の鑑定結果等からは,医学的にみれば,いずれの死因も不明
である。しかし,前記のとおり,証拠上,殺害行為があったことと,それによ
って被害者らが死亡したことは,いずれも明らかであり,被害者らに対する殺
人罪が成立することは間違いない。そして,殺害行為の具体的内容と2名が死
亡した点で,行為責任の中核部分が定まるから,更にその中で具体的な死因が
何であるかは,刑の軽重とは関係が薄い。本件の加害行為の内容を踏まえると,
その結果,打撃で死亡したのか,穴にたまった水で溺死したのか,土砂により
窒息死したのかは,偶然の要素が強く,その点から刑の軽重はつけられない。
したがって,被害者らの死因については,医学的に精密な認定をする必要はな
く,常識に照らして認定すればよい。
イ被害女性の死因
被害女性は,車ごと攻撃され,シートが大きく開くほどルーフやピラーに挟
まれ,逆さの状態で穴に落とされており,全身に圧迫を受けている。その状況
を考えると,胸郭の運動が制限されて呼吸不全を起こし,窒息により死亡した
と認められる。
ウ被害男性の死因
被害男性は,車ごと攻撃されて穴に落とされ,車外で土砂を身体に直接かけ
られて埋められており,全身に打撃や圧迫を受けている。これらによって肋骨
が多発骨折し,フレイルチェストによる呼吸不全を起こして窒息した可能性が
あることは,医師の所見が一致した。それに伴う外傷性ショックについては,
傷や出血が少ないので可能性が低い,同時に進行した可能性が否定できないと
医師の所見が割れた。さらに,土砂による全身圧迫が肋骨多発骨折の原因とな
るかについても医師の所見が割れたが,少なくとも,土砂で埋められた態様か
らいって,全身が圧迫され,これにより胸郭の運動が制限されて呼吸不全が起
こる可能性があることは否定できない。被害男性にうっ血等の窒息死の典型的
な所見はなかったが,土砂による広い作用面を考えると,血の逃げ場がないか
ら不自然ではない。そうすると,被害男性は,フレイルチェスト又は胸郭運動
制限のいずれかによって呼吸不全を起こし,窒息して死亡したと認められる。
ただし,外傷性ショックが先行した可能性も残るから,「窒息等により死亡」し
たと認定するのが相当である。
エ弁護人の主張
弁護人は,被害女性について,窒息死の所見がないのに状況だけから窒息
死と認定するのは無理だから,死因は不明であり,あえていえば上あご骨折
及び脳内出血という頭部外傷が死因になった可能性があると主張する。しか
し,前記のとおり,死因について医学的に精密な認定をする必要はない。被
害女性が置かれた状況や身体に受けた外力からは,窒息により死亡したと考
えるのが最も自然である。上あご骨折及び脳内出血は,死因に結びつくよう
な程度のものではない。これらの頭部外傷は,ルーフ等による打撃か,バケ
ットの爪による打撃の結果と考えた方が自然である。
弁護人は,被害男性について,圧死の所見がないこと,当時,降雨により
穴に相当水がたまり,被害者らが車ごと穴に落ちた際に生きていれば溺死す
る可能性が高いのにその所見がないこと,穴に埋めるのには相応の時間がか
かること等から,被害者らは死亡してから穴に埋められたのであり,生き埋
めされてはいないと主張する。たしかに,本件では,被害者らがいつ死亡し
たかは不明であり,確定できない。呼吸不全や外傷性ショックの進行が早け
れば埋める前に死亡した可能性があり,その進行が遅ければ埋めた後に死亡
した可能性がある。結局,本件では,被害者らが生きたまま埋められたかど
うかは不明であることを前提とするしかない。そうすると,犯人が被害者ら
が生きていることを認識しながら,あえて生き埋めにしたとも認定できない。
したがって,弁護人の主張は,その根拠とする実験等が正確であるかは疑問
があるものの,その結論には賛成できる。検察官は,犯人は被害者らを生き
埋めにして殺害したと主張するが,本件ではそのような認定はできない。
第3犯人性
1被告人が本件の犯人であることは,証拠によって認められる以下2の
各事実から推認できる。弁護人の主張を踏まえても,この推認は揺るがない。した
がって,被告人が本件の犯人であると認定した。
2以下,補足して説明する(以下の年を示さない日付は,いずれも平成26年のも
のである)。
犯行場所を,被告人が管理していたこと
ア犯行場所等から,どんな犯人であるといえるか。
犯行場所は,Bの敷地である。Bに関係のない第三者が,敷地内に入り込み,
犯行を準備し,自由に穴を掘り(あるいは掘られた穴を自由に使い),その穴に
被害者らを埋めることは,ほとんど不可能といっていい。少なくともBの従業
員等の関係者でなければ,そのようなことはできない。事務所の鍵が従業員ら
で管理され,本件ショベルの1本しかない鍵が事務所内で保管されていたこと
からもそういえる。また,Bの一般の従業員が,自分の会社の敷地に,殺害し
た被害者らを埋めるなんて普通はしない。後でその同じ場所に穴を掘られたら
犯行が発覚してしまうから,そのような場所は選ばない。犯人がBの敷地を選
んだのは,そこが自分のテリトリーであり,事後的に管理しやすく他人の掘り
起こしなども防げたからである。このように考えると,犯人は,Bの従業員等
の関係者で,かつ,ある程度の裁量を持った幹部クラスであると推認できる。
イ被告人は,Bで,どんな立場であったか。
被告人は,Bの経営者であった。被告人は,犯行場所の管理責任者であり,
その敷地内で,自由に穴を掘り,自由に重機を使用できる立場にあった。もち
ろん,埋めた場所をその後どう利用するかを決められる立場にあった。

犯行場所等から絞ることができる犯人に,被告人はきれいにあてはまる。被
告人なら犯行は容易であった。埋めた土地をその後どう利用するかも決められ
るから,穴の掘り返しによる発覚を防ぐことも容易であった。これらは,第三
者ではほとんど不可能であり,Bの従業員というだけではかなり難しい。した
になる。
犯行は,Bの関係者で,被告人だけが可能であったこと
ア犯行時間の認定
8月15日午後1時半に,本件車両がBの事務所に最寄りのICを通過した。
被害者らは同日午後3時に事務所に呼び出された。本件ショベルは,同日午後
3時頃から午後6時15分頃まで稼働していた。これらによると,犯行は8月
15日午後3時頃から午後6時15分頃までの間に行われたと推認できる。
イ犯行時間に,犯行場所の近くに,被告人がいたこと
被告人の携帯電話の発信時の接続基地局は,8月15日の午後3時までの4
回が犯行場所から南西に約700mの位置にあり,15時7分,18時54分,
19時7分の3回が犯行場所から東に約300mの位置にあった。犯行場所か
ら電話をして確認すると,全部が後者の基地局を経由した。そうすると,被告
人は,犯行時間に,犯行場所の近くにいたから,犯行は可能であり,事務所の
鍵を所持し,重機の運転も上手にできたから,犯行は容易であった。また,被
害者らは,8月頃,Bの事務所に被告人を訪ね,事務所から車1台分離れた付
近に車を停めた。被告人は,そのことも知っていたはずだから,同月15日も,
被害者らが以前と同じような場所に車を停めることを予想し,その付近に置い
た本件ショベルに乗り込んで待ち伏せた上で,到着してすぐの被害者らを車ご
と攻撃することも容易であった。
ウ犯行時間に,犯行場所の近くに,Bの他の従業員がいなかったこと
8月15日,Bはお盆休みで休業しており,被告人以外のBの従業員は,い
ずれも出勤しなかった。したがって,この従業員らに犯行はできなかった。

犯行場所等から,犯人は,Bの従業員等の関係者で,かつ,ある程度の裁量
を持った幹部クラスまで絞ることができる。その中で,犯行は,Bの関係者で
は,被告人だけが可能であり,かつ,容易であった。これらを一緒に考えると,
被告人が犯人であることをかなりの程度まで推認させる事情になる。
犯行時間,犯行場所に,被告人が被害者らを呼び出したこと
ア呼出し行為は,犯人がしたといえるか。
被害者らは,8月15日午後3時にBの事務所に呼び出された。そして,そ
の頃,Bの敷地内で攻撃され,穴に埋められるなどして殺害された。その経緯
や,時間が近接し,場所が一致することから,呼出し行為は犯人がした可能性
が高い。
イ呼出し行為は,被告人がしたといえるか。
男性が被害者らを呼び出した状況が,ペン型のボイスレコーダーに録音され
ていた。その声を聞いた被告人の息子と,被害男性と一緒にBの事務所を訪ね
たFが,いずれも男性は被告人であると証言した。これらによると,呼出し行
為は被告人がしたといえる。
ウ事実が持つ推認力
呼出し行為は犯人がした可能性が高く,被告人はその呼出し行為をしている
から,被告人が犯人である可能性が高いが,第三者に呼出し行為を依頼された
可能性がなくはないことを考えると,呼出し行為だけでは犯人とは言い切れな
い。しかし,呼び出した時期がお盆であり,誰もいないタイミングであったこ
と,被告人が1200万円を返済できると嘘を言って被害者らを呼び出したこ
と,被告人が従業員に廃棄物が来ると告げたこと,被告人が8月15日に被害
男性に電話をかけたことなどの事実を一緒に考えると,被告人が,被害者らを
殺害するために,犯行時間,犯行場所に被害者らを呼び出したと考えるのが最
も自然である。したがって,これらは被告人が犯人であることを強く推認させ
る事情になる。
犯行準備を,被告人がしたこと
ア被告人は,どんな行為をしたのか。
被告人は,8月8日,被害者らに対し,同月15日に取引があるから120
0万円を返済できると嘘を言って,同日午後3時にBの事務所に呼び出した。
同月12日,Hに指示をして本件ショベルの先端をスケルトンバケットに取り
替えさせ,本件ショベルをfからcに移動させた。同月13日,Gに指示をし
てcに被害者らが埋められていた穴を掘らせた。その際,Gに対し,その穴に
取引先が持ってくる廃棄物を埋めると説明したが,同月18日には,取引先が
廃棄物を持ってこなかったと告げた。
イアの行為が,犯行準備といえるか。
被告人は,被害者らをお盆に事務所に呼び出したが,確実に来てもらうため
に高額の金銭を返済できると嘘を言い,かたや犯行の準備をすすめたといえる。
8月8日の呼出し行為は,犯行の準備そのものである。Gが掘った穴から被害
者らの遺体が出てきた以上,その穴を掘った行為が犯行の準備でなかったとい
うのは無理がある。本件ショベルのバケットの取り替えとcへの移動は犯行の
わずか3日前であり,その取り替えたスケルトンバケットの爪を運転席ドア等
に突き刺して使用している。したがって,アの行為は犯行の準備であったとい
える。

被告人が犯行の準備をした以上,被告人が犯人であると考えるのが自然であ
になる。
エ弁護人の主張
弁護人は,被告人は自分で穴を掘れるのに,人を殺す穴をわざわざ従業員
に掘らせることはしないと主張する。確かに,人を殺す穴を他人に掘らせる
ことは一般的にはしないが,状況によって異なる。被告人は,小遣い稼ぎの
ために,違法な廃棄物の受け入れをパトロールなどを避けて休日に繰り返し
やっており,その穴をいつも従業員らに掘らせていた。そうすると,敷地に
穴を掘る行為は,Bではほとんど通常の業務としてやっていたから,被告人
が,今回,穴を掘らせても疑われることはないだろうと考え,従業員にいつ
もの仕事をさせただけである。むしろ,被告人がいつもと違って自分で穴を
掘れば,かえって目立って疑われるリスクもあったといえる。
弁護人は,他の場所なら目立たないのに,事務所のすぐ近くの人目につく
場所に人を埋める穴は掘らないと主張する。しかし,事務所付近で車ごと攻
撃し,車ごと埋めるつもりであれば,できるだけその近くに埋めた方が簡単
であり,離れた場所だとそこまで運ぶ労力がかかってしまう。また,事後的
にみても,事務所から目の届きやすい場所の方が,掘り返しを防ぐなどの管
理をしやすいメリットが大きい。
弁護人は,穴を掘る行為等は,廃棄物を埋めるためであり,Bでは通常の
業務であったから(現に複数の穴から廃棄物が出ている),犯行準備とはいえ
ないと主張する。確かに,穴を掘らせる行為等だけをみれば,通常業務の一
環であるが,その前後のいきさつから考えると,今回は通常業務を装っただ
けである。穴から遺体が出ているのに通常業務だというのには無理があるし,
通常の業務で掘った穴を,車ごと埋めるのにたまたま利用することになった
というのは,都合が良過ぎる。また,被告人は,虚偽の事実を告げて被害者
らを事務所に呼び出した上で,穴を掘るなどしている。しかも,被告人は,
Gに廃棄物の受け入れはなかったと告げたが,これまで,穴を掘ったのに業
者が廃棄物を持ち込まなかったことはなかった。廃棄物を受け入れなかった
なら,すぐに穴を埋めもどす必要もない。これらのいきさつを一緒に考える
と,アの行為が犯行の準備であったのは明らかである。
犯行動機が,被告人にあること
ア被告人は,被害者らと,どんな関係であったか。
被告人は,被害男性から多額の借金をしていたが,平成12年頃には返済を
やめ,被害男性もその督促をやめた。Bは,fの土地を残土処分場として利用
し,その土地に業者から受け入れた廃棄物を不法に投棄していた。そのfの土
地の約3割は,被害男性が実質的に所有していた。被害男性は,平成26年,
土地の売却等を依頼したIから,Bがfの土地に不法投棄をしていることを聞
くと,間もなく被告人に対し,fでの不法投棄を告発するなどと告げ,fの土
地を三千万円で買い取るように迫った。また,被告人に対し,かつての貸金や
fの土地の賃料を名目に,数千万円の返済を求め,集金にも行くようになり,
6月11日には,被告人にその返済を約束させた。被告人は,同月中に被害男
性に200万円を返済したが,その後,連絡をとらずにいると,被害男性は,
7月15日,Fと被告人を訪ね,強く被告人に返済を迫り,同月末までに多額
の金銭の返済を約束させた。被告人は,8月8日,Bの事務所で,被害男性に
対し,8月15日の午後1時に取引があるから1200万円を返済する,盆休
みで誰もいないので午後3時に来てほしいなどと告げた。当時cの土地の一部
を太陽光発電用地として売却する計画はあったが,被告人がいう金銭が支払わ
れる見込みはなかった。
被害女性は,長年にわたり,被害男性の仕事を手伝い,同人の金銭の管理を
していた。平成26年当時,被害男性が用事があるときに,同人を車に乗せて
出かけることが多く,8月8日までに何度も,被害男性と一緒にBの事務所を
訪れていた。
イその関係は,殺害の動機となるか。
被害男性は,被告人に多額の金銭の返済等を何度も執拗に迫った。その際に
fの土地の不法投棄を告発することをちらつかせて脅した。被告人に買い取り
を求めた三千万円はかなり法外な金額であり,被害男性は被告人から金銭を回
収することを楽しんでいた。被告人は,6月には200万円を返済してしのい
だが,その後,被害男性が満足できるような金銭を準備できず,追い込まれて
いった。その中で,このままではfでの不法投棄を通報されるなどしてBの事
業が継続できなくなることを恐れ,被害男性の殺害を決意するに至ったと推認
できる。また,被告人は,被害女性に対して直接殺害するような動機はなかっ
たが,被害女性が被害男性といつも一緒に来て事情も知っていたから,被害男
性の仲間であり,一緒に殺害するしかないと考え,殺害を決意するに至ったと
推認できる。したがって,被告人には,被害者らを殺害する十分な動機があっ
たといえる。

被告人は,被害者らを殺害してもおかしくない動機を持っていた。この事実
は,他者が動機を持ちうる可能性を排除しないから,被告人が犯人であること
を強く推認する事情とはいえない。しかし,被告人が,被害者らに対して殺害
行為に及ぶだけの理由について,十分に納得できるものであるから,被告人が
犯人であることを推認させる事情になる。
エ弁護人の主張
弁護人は,被害男性は,莫大な債務をかかえており,被告人個人を訴えて
も会社の財産はとれないから,できるだけ粘り強く被告人から回収をしよう
としたはずであり,そのためにはBに営業を続けてもらう必要があるから,
不法投棄の告発などしないと主張する。確かに,被害男性は少しでも被告人
から金銭を回収して息子らに残したかったと考えられるが,被告人の返済が
満足になされなければ,それに怒り,代償として告発をすることは十分にあ
ったといえる。告発などしないとは断言できない。
弁護人は,被告人は,被害男性が告発なんてしないことは分かっていたか
ら,返済期限をのらりくらりと引き延ばしていただけで,殺害の動機はない
と主張する。しかし,被害男性が短期間のうちに何度も事務所まで押しかけ
たことや,実際に被告人に請求する様子からは,被害男性の要求はかなり執
拗であった。被告人は,のらりくらりと返済期限を引き延ばすことが通じな
くなり,現実に告発されるかもしれないという危機感を募らせたと考えられ
る。その結果,被告人は,事業継続できなくなることを恐れて殺害を決意し
たと推認できる。
隠ぺい工作を,被告人がしたこと
ア被告人は,どんな行為をしたのか。
被告人は,8月17日,本件ショベルをcからfに移動させ,同月18日以
降,埋めた穴付近を整地した。同月21日以降に,取引先の残土を,fではな
くcに運ばせ,埋めた穴付近に積ませた。同月23日,本件ショベルのスケル
トンバケットが取り替えられた。
イアの行為が,犯行隠ぺい工作といえるか。
新しい穴だとすぐに分かるので,穴があったことを分からなくなるようにし
た上で,その場所の掘り返しをさせないようにするために,わざわざ穴の上を
整地し,残土を置いたと考えるのが自然である。しかも,その残土は鳥栖の現
場に使う予定だったのに,1年以上,使わずに置いたままであり,その上には
植物等も生えていた。また,犯行から2日後に本件ショベルを移動させ,スケ
ルトンバケット自体も取り替えられており,これらは凶器をできるだけ現場か
ら遠ざけようとしたと考えるのが自然である。したがって,アの行為は犯行の
隠ぺい工作といえる。

被告人が犯行の隠ぺい工作をした以上,被告人が犯人であると考えるのが自
然である。したがっ
る事情になる。
総合評価
以上のとおり,本件では,被告人が犯人であることを強く推認させる事情が複
数そろっている。検察官が主張するとおり,これらのすべてが偶然にそろうこと
は考えられないから,被告人以外の者が犯人であったならば,合理的な説明がで
きない。したがって,本件では,被告人が本件の犯人であることが合理的な疑い
を入れない程度に立証されている。
(適条)
罰条第1いずれも刑法199条
第2刑法253条
科刑上一罪の処理第1刑法54条1項前段,10条(犯情の重いCに対する殺人罪
の刑で処断する)
刑種の選択第1無期懲役刑を選択
併合罪の処理刑法45条前段,46条2項本文
未決勾留日数の本刑算入刑法21条(未決勾留日数中730日を上記刑に算入)
訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1量刑の中核となる殺人について,同種事案の量刑傾向(殺人,単独犯,同種の罪
の数2~4件)を確認し,その中で,被害者2名が殺害された事案に絞り,死刑又
は無期懲役が求刑された事例にあたった上で,被告人に科すべき刑について検討し
た。
2本件では,被害者2名の尊い生命が奪われ,いずれも穴に埋められた。犯行の結
果はまことに重大であり,被害者らの受けた苦しみ,無念さは計り知れない。遺族
が犯人に対して厳しい刑を求めるのは当然である。このように,本件は,結果が極
めて重大な事案であり,犯行態様,特に殺害の手段,方法の執拗性・残虐性,計画
性の程度,犯行の動機,犯行に至る経緯の内容次第では,死刑を選択することもあ
り得る事案である。
3検察官は,被告人について死刑を求刑し,被害者参加人も同意見を述べた。そこ
で,被告人について死刑を選択することが真にやむを得ないかどうかを,同種事案
の事例を踏まえながら,特に,犯行態様の悪質さ,計画性の程度,動機の悪質さを
中心に検討した。
犯行態様の悪質さ
犯行態様は,巨大な重機で不意をついて攻撃し,深い穴に落として埋めるとい
う,これまでに前例のないものであり,残虐で,かつ執拗なものであった。被告
人には強固な殺意があった。もっとも,重機を使用したのは,被告人が残土処分
場を経営していたことが影響している。また,被害者らの死亡時期は不明である
から,生き埋めにして殺害したとは認定できず,穴に埋めたのは証拠隠滅までを
目的としたからである。これらによると,本件の犯行態様の悪質さは,同種事案
の中で,極めて悪い部類に近い。
計画性の程度
犯行の1週間前に被害者らを呼出しており,その時点で殺害が選択肢としてあ
った。そして,その後種々の準備をする中で,殺害の実行を決意し,犯行に及ん
でおり,相当程度の計画性があったことは間違いない。しかし,殺害を思いつい
てすぐに実行に移しており,その計画は緻密ではなかった。とくに発覚防止等に
ついては雑なところが目に付き,犯行が巧妙であったとはいえない。これらによ
ると,本件の計画性の程度は,同種事案の中で,最も高い部類に属するとはいえ
ない。
動機の悪質さ
被害者らには,命を奪われてもしかたがない落ち度はなかった。特に被害女性
は,被告人との関係は薄く,ほとんど巻き添えになって殺害された。被告人は他
にいくらでも方法があったのに,身勝手にも被害者らの殺害を決意しており,そ
の経緯や動機に同情できる点はほとんどない。しかし,被害男性は,被告人より
も上位の立場にあったことを利用し,法外な金額で土地の買取を求め,金銭回収
を楽しんでいた。被害男性は,金銭を執拗に請求しながら,不法投棄を告発する
という脅しや圧力もかけた。その請求は理不尽な面があり,ほかにやりようがあ
ったはずである。被告人は,このような限度を超えた要求に対し,金銭を工面で
きずに,このままでは事業を継続できず,息子にも引き継げないなどと考え,追
い込まれていったと推認できる。そうすると,被害男性が自らの行為によって被
告人の犯行を招いた面があることは否定できない。もちろん被害女性にはそのよ
うな事情はないが,同人は被害男性と一緒に行動しており,被害男性が被告人に
要求していることも分かっていたはずである。これらによると,本件の動機の悪
質さは,同種事案の中で,極めて悪質な部類に属するとはいえない。
以上のとおり,犯行態様の悪質さからは,本件について死刑を選択することが
やむを得ないと考える余地があるが,動機の悪質さという点について,本件は最
も非難すべき事案とはいえない。同種事案では死刑が選択されている事例が1例
しかないことを踏まえると,本件では,被告人について,死刑を選択することが
真にやむを得ないとまではいい難い。
4以上検討してきた結果の重大性,犯行態様や動機の内容等からは,本件では,無
期懲役刑よりも軽い刑を科す理由はない。
5次に,その他の事情について,判示第1の犯行後の被告人の行動,年齢,前科等
のほか,判示第2の業務上横領の内容を検討したが,これらは,被告人の責任を重
くはするが,その責任を軽くすることはない。したがって,その他の事情を考えて
も無期懲役から更に減軽する理由はない。
6そこで,主文のとおり判決する。
(検察官の求刑死刑)
(被害者参加人の意見死刑)
平成30年8月6日
佐賀地方裁判所刑事部
裁判長裁判官井広幸
裁判官杉原崇夫
裁判官野口宏明

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