弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
       原判決中被告人Aに関する部分を破棄する。
       本件を東京高等裁判所に差し戻す。
        理    由
弁護人椎名啓一,同喜田村洋一の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異
にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,単なる法令違
反,事実誤認の主張であり,被告人本人の上告趣意は,単なる法令違反,事実誤認
の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
しかしながら,所論にかんがみ職権により調査すると,原判決中,被告人に関する
部分は,刑訴法411条1号,3号によって破棄を免れない。その理由は,以下の
とおりである。
 1 原判決が認定した事実の概要は,次のとおりである。
 (1) 被告人は,昭和60年4月から63年12月までの間,B株式会社(以
下「B」という。)の経理部次長として,C(以下「C」という。)は,昭和59
年6月から63年5月までの間,Bの取締役経理部長として,いずれも,Bの資金
の調達運用,金銭の出納保管等の業務に従事していた。
 (2) 被告人は,DがBの株式を買い占めてその経営権をE会長ら一族から奪
取しようと画策していたのに対抗するため,Cと共謀して,F研究所代表G及びH
政治経済研究所代表Hの両名(以下「Gら」という。)に対し,Dの取引先金融機
関等に融資を行わないよう圧力をかけ,あるいはDらを中傷する文書を頒布してそ
の信用を失墜させ,同人に対する金融機関等の資金支援を妨げて株買占めを妨害し
,さらには買占めに係る株式を放出させるなど,小谷による経営権の取得を阻止す
るための工作を依頼し,その工作資金及び報酬等にBの資金を流用しようと企て,
支出権限がないのに,昭和63年2月2日ころから同年4月11日ころまでの間,
6回にわたり,業務上保管中のBの現金合計8億9500万円をGらに交付して横
領した。
 (3) 被告人は,Cが昭和63年5月11日に経理部長の職を解かれた後,C
と共謀し,Gらに対して同様の工作を依頼し,その工作資金及び報酬等にBの資金
を流用しようと企て,支出権限がないのに,同年7月13日ころから同年10月1
8日ころまでの間,3回にわたり,被告人が業務上保管中のBの現金合計2億80
00万円をGらに交付して横領した。
 2 上記事実関係において,被告人らの計9回の現金交付(以下「本件交付」と
いう。)の意図が専らBのためにするところにあったとすれば,不法領得の意思を
認めることはできず,業務上横領罪の成立は否定される。
そして,第1審判決が被告人らは専らBのために本件交付を行ったものと認定した
のに対し,原判決は,これを否定して,被告人らにつき不法領得の意思の存在を認
めた。

原判決が,被告人らは専らBのためにする意図で本件交付をしたものではないとし
た理由の要旨は,次のとおりである。
(1) Bにおいて,D側の支配する株式を買い取るとの方針は固まっておらず,
I社長(以下「I社長」という。)も,株式買取りの可能性を探るための工作を了
承したにとどまる。また,本件交付にかかる金額の合計は11億7500万円に上
るのに,各交付の時点において,それぞれの交付に見合った工作が成功するか否か
は全く不明確であった。さらに,被告人らは,I社長らに本件交付について報告す
る機会が度々あったのに,その交付の内容や具体的交付目的等を報告していない。
 (2) 他方,Cは,本件交付を開始する前,昭和62年6月ころから同年9月
ころにかけて,D側と通じ,協力してBの経営権を握ろうと図り,その過程でB株
を多数売買して多額の売却益を得たほか,D側から約2億3000万円の売却益の
分配を受け取っている。その後,昭和63年1月にD側とBが全面対決するに至り
,CはD側から裏切り者として攻撃され,妻子に危害を加えるなどとの脅迫を度々
受けた。CがGらに工作を依頼して,最初の3000万円を交付したのは,Dの意
を受けた者から最初に脅迫を受けた直後であった。
 こうした事情を総合すると,Cの意図は,専らBのためであったとはいえず,自
己の前記弱みを隠し又は薄める意図と,度重なる交付行為の問題化を避ける意図と
が加わっていたと認定するのが相当である。
 (3) さらに,本件交付が委託者である会社自体であれば行い得る性質のもの
であったか否かという観点からも検討する必要がある。すなわち,その行為の目的
が違法であるなどの理由から,金員の委託者である会社自体でも行い得ない性質の
ものである場合には,金員の占有者である被告人らがこれを行うことは,専ら委託
者である会社のためにする行為ということはできない。
 本件交付は,Dによる株買占めに対抗するための工作費用としてされたものであ
って,最終的にはD側からB株を買い取ることを目的としていた。しかし,それは
,防戦買いを実施して発行済み株式総数の過半数を制した後に,さらに,Bの資金
により,約1700万株という大量の株式を買い取るというもので,商法の自己株
式取得の禁止規定に明らかに違反し,委託者本人であるB自体でも行うことができ
ないものである。また,Gらに依頼した工作の具体的な手段は,名誉毀損,信用毀
損,業務妨害,脅迫等の罪に触れかねないものであって,B自体においても行うこ
とは許されない。
 したがって,この観点からしても,被告人らの不法領得の意思を否定することは
できない。
4 そこで,被告人の不法領得の意思の有無について検討する。
 (1) 本件では,被告人においてCの不法領得の意思を認識,認容して犯行に
加わったことが認められるか,被告人に自己保身など,固有の利己目的が存在した
ことが認められれば,被告人の不法領得の意思の存在を肯定すべきである。
(2) 確かに,原判決の認定するとおり,本件交付は,それ自体高額なものであ
った上,もしそれによって株式買取りが実現すれば,Gらに支払うべき経費及び報
酬の総額は25億5000万円,これを含む買取価格の総額は595億円という高
額に上り(当時のBの経常利益は,1事業年度で20億円から30億円程度であっ
た。),Bにとって重大な経済的負担を伴うものであった。しかも,それは違法行
為を目的とするものとされるおそれもあったのであるから,会社のためにこのよう
な金員の交付をする者としては,通常,交付先の素性や背景等を慎重に調査し,各
交付に際しても,提案された工作の具体的内容と資金の必要性,成功の見込み等に
ついて可能な限り確認し,事後においても,資金の使途やその効果等につき納得し
得る報告を求めるはずのものである。しかるに,記録によっても,被告人らがその
ような調査等をした形跡はほとんどうかがうことができず,また,それをすること
ができなかったことについての合理的な理由も見いだすことができない。
 原判決が前記3(1)及び(2)で指摘するところに加えて,上記の事情をも考
慮すれば,本件交付におけるCの意図は,専らBのためにするところにはなかった
というべきである。
(3)しかしながら,記録によれば,次の事情がうかがわれる。
 ア 本件交付のうち前記1の(2)で支出した資金の多くは,被告人が,経理部
長であるCの直属の経理部次長として,Cの指示に従って調達したものであるが,
被告人は,本件交付までにBが実施した防戦買いに関連してCが多額の資金を動か
していたことを承知し,また,Cから,Gらに対する工作依頼の件についてI社長
の承諾を得ていると説明され,Cと共に,GらをI社長に引き合わせたこともあっ
た。
 イ Cには,かつてDと通じてBの経営権を掌握しようと画策し,その過程で前
記3(2)のとおり,B株を多数売買して多額の売却益を得,D側からも売却益の
一部を受領していたことなどの弱みがあった。しかし,被告人は,CがD側から2
億8500万円を受領していたとの暴露記事が新聞に出た昭和63年3月18日こ
ろまで,こうしたCの弱みを知る機会がなかった。
ウ 被告人らは,本件交付が度重なり,支出額が巨額となりながらも,効果等が認
められなかったことから,その支出の問題化を避けるために,是非ともD側からの
株式買取りを実現し,その取得費用の中で支出金を精算しようと意図して,更に支
出を継続したのではないかともうかがわれる。しかし,仮にそのような意図があっ
たとしても,そのような事情は支出行為が複数回存在した後に生じ得るものであっ
て,本件交付の当初から認められるものではない。そして,この点を除けば,本件
交付について,被告人に自己保身など,固有の利己目的があったと認めるに足りる
証拠はない。
 エ 他方,当時,Bとしては,乗っ取り問題が長期化すると,同社のイメージや
信用が低下し,官公庁からの受注が減少したり,社員が流出するなどの損失が懸念
されており,本件交付に際し,被告人らが,こうした不利益を回避する意図をも有
していたことは否定できない。
(4) 以上のような事情に照らすと,被告人は,少なくともある段階までは,本
件交付はCの権限に基づくものであるか,又は専らBのために行う正当な支出であ
ると認識していたのではないかと解する余地がある。 
 (5)
なお,原判決の前記3の判断のうち,(3)の第1段において述べるところは是認
することができない。すなわち,当該行為ないしその目的とするところが違法であ
るなどの理由から委託者たる会社として行い得ないものであるとしても,そのこと
のみから,直ちに行為者に不法領得の意思を認めることはできないというべきであ
る(最高裁平成8年(あ)第267号同13年11月5日第二小法廷決定・刑集5
5巻6号546頁参照)。
 5 したがって,原判決は,被告人の不法領得の意思の有無について,法律の解
釈を誤り,ひいては審理を尽くさず,その結果事実を誤認した疑いがあり,これが
判決に影響を及ぼすことは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に
反するものと認められる。
 よって,その余の所論について検討するまでもなく,刑訴法411条1号,3号
,413条本文により,原判決を破棄し,更に審理を尽くさせるため,本件を原裁
判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 検察官中井憲治 公判出席
(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山
継夫 裁判官 梶谷 玄)

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