弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各控訴を棄却する。
     当審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。
         理    由
 本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人斎藤悠輔、被告人Aの弁護人秋山要お
よび被告人Bの弁護人五井節蔵がそれぞれ差し出した控訴趣意書に記載されたとお
りで、これに対する当裁判所の判断は以下に示すとおりである。
 弁護人秋山要の控訴趣意第一点および弁護人五井節蔵の控訴趣意第一点の(A)
について。
 論旨は、要するに、被告人Bは原判示漁業協同組合の参事であるが、漁業協同組
合の参事には水産業協同組合法第四六条によつて商法第三八条第一項・第三項の支
配人に関する規定が準用され、その代理権に加えた制限をもつて善意の第三者に対
抗することはできない結果、同人の作成した原判示約束手形はいずれも有効なもの
であつて、偽造とはいえず、Cの原判示手形作成行為も参事の代理としての行為で
あるから同じ理由によつて偽造罪を構成するものではない、というのである。
 そこで、まず一件記録および当審で念のため事実の取調をした結果を総合して、
心要なかぎりにおいて本件の事実関係を確かめてみると、被告人Bは原判示神奈川
県D協同組合の参事として正式に登記された職員で、同組合が組合員または准組合
員のために振り出す融通手形の発行事務などを担当しており、原審相被告人Cは同
組合の書記で、右の手形発行事務に関しては被告人Bの不在の場合に同人に代つて
これを担当していたこと、同組合が振り出す融通手形はつねに同組合長E名義で振
り出され、その振出にあたつては少なくとも同組合専務理事Fの決裁を必要とし、
前記Cはもちろん被告人Bにしてもその一存で組合長振出名義の融通手形を作成す
ることは許されていなかつたこと(被告人Bの当審での供述によると、組合長およ
び専務理事が不在の際同被告人の判断で約束手形を発行したことが一、二度あると
いうが、これものちに承認を受けうることの確実な場合に限られ、しかも現に必ず
事後承認をえたというのであるから、このことは同被告人にこの種の手形を独断で
発行する権限があつたことを意味するものではない。)、そして、同組合の准組合
員であつたG株式会社は経営状態が悪く、そのため同組合の融通手形を発行するこ
とを林専務理事が到底承認しない状態にあつたため、同会社の専務取締役であつた
被告人Aらが被告人BおよびCに懇請した結果、被告人BおよびCはこれを承諾
し、それぞれ同株式会社のため組合長または林専務理事の決裁・承認を受けずに独
断で原判示のように組合長振出名義の約束手形を作成して交付したことを認めるこ
とができるのであつて、これらの事実については被告人らとしても別に争いのない
ところである。
 これに対し、論旨は、これらの約束手形はいずれも有効なものであるからその作
成行為は偽造とはいえないと主張しているので、まず順序として被告人Bの作成し
た本件約束手形について考えてみるのに、前記のように同被告人には一存で組合の
約束手形を発行する権限は与えられていなかつたのではあるか、論旨の指摘すると
おり、水産業協同組合法第四六条によれは、漁業協同組合が参事を選任したときは
参事には支配人に関する商法第三八条第一項・第三項の規定が準用され、この代理
権に加えた制限をもつて善意の第三者に対抗することができないのであるから、同
被告人の作成した組合長振出名義の原判示各約束手形も、あるいは善意の第三者と
の関係では私法上有効だと解する余地があるかもしれず、ことに、もしそれがかり
に組合を代理する参事の資格で振り出されたものであつたとすれば、組合として善
意の第三者に対抗することのできないものであることは疑いがないわけである。し
かしながら、一方、刑法が文書または有価証券の偽造を犯罪として処罰している趣
旨を考えてみると、文書または有価証券は社会生活特に経済取引にとつて不可欠の
もので、それらはその作成の真正であることの信用を前提としてはじめてその意味
を有するのであるが、もし真正に作成されたものでない文書もしくは有価証券が出
現すれば、それ以外の文書または有価証券の作成の真正に対する一般世人の信頼も
また動揺するに至り、その結果それらが社会において営んでいる機能を害するおそ
れがあることがその処罰の理由だと考えられる。そして、その作成の真正とは、そ
れらがその名義人自身またはその代理人、代表者その他これを作成する権限を有す
る者によつて作成されることをいうのであつて、そのことは、刑法の偽造罪に関す
る規定全般の趣旨からして明らかである。すなわち、これによれば、刑法は文書ま
たは有価証券が作成権限のある者によつて作られたということに対する一般の信用
をその偽造罪の法益としていると考えなければならない。さればこそ偽造か否かを
区別する基準は一にかかつて作成権限の有無にあると解されるのであつて、一方に
おいては、いやしくもその作成の権限がある以上、たとえその権限を濫用して不正
な目的たとえば名義人本人のためにするのでなく自己または第三者の利益のために
使用する目的で文書または有価証券を作成した場合でも、その行為を為造と目すべ
きでないことは、論旨引用の大正一一年一〇月二〇日の大審院刑事総連合部判決
(刑集一巻五五八頁)の示すとおりであるし、他面、その権限のない者の作成行為
であるかぎり、事情のいかんにかかわらずそれは偽造だといわざるをえないのであ
る。それゆえ、その作成された文書または有価証券が私法上有効なものとして取り
扱われるかどうかということも、その作成行為が刑法上の偽造にあたるかどうかと
いうことに直接影響するものではない。もとより作成の真正であることはその文書
または有価証券の効力にとつてきわめて重要な点ではあるけれども、私法の面で
は、不真正すなわち権限のない者の作成した文書または有価証券であつても、取引
の安全ないしは善意の第三者保護の観点からその効力を認める場合もあるのであつ
て(その一例としては、いわゆる表見代理人の作成した文書が有効とされる場合を
挙げることができよう。)、それが有効であることが当然に作成権限のあつたこと
を意味するものではないからである。
 私法上の効力と偽造にあたるかどうかを不可分のものとして考え、それが有効で
あれば偽造できないとする所論の考え方は、偽造罪の法益を前述のように文書等の
作成の真正に対する社会一般の信用と解するのでなく、むしろ文書等が私法上有効
であることに対する社会一般の信用をその法益と考えることによつてはじめて一貫
するわけであるが、偽造罪の法益をそのようなものと解することが刑法の趣旨に合
致しないことは、およそ無効な文書または有価証券を作成することを偽造として処
罰しているわけでないことからみても明らかだといわなければならない。もつと
も、この点に関し、前記大正一一年一〇月二〇日の大審院判決が理由として説示し
ている中には、当該文書または有価証券が私法上有効であることとこれを作成する
行為が偽造にあたらないこととがあたかも表裏をなすかのように読める部分がある
が、その事件では被告人が個人経営の銀行の支配人としてその営業一切を担任して
おり、したがつて同銀行支配人名義で小切手を振り出し、また同銀行名義を用いて
為替取引報告書を作成する権限を現に有していたことがその行為を偽造たらしめな
い真の理由であつたと解すべきで、このように文書等の効力が問題なのではなく名
義人との関係における作成権限の有無を決定的な要素と考えるのが判例の真意であ
ることは、その後大審院が大正一五年二月二四日の判決(刑集五巻五六頁)におい
て、株式会社の取締役が辞任後登記前に右会社常務取締役の資格で約束手形を振り
出したのを有価証券偽造罪に問擬したことからも窺われる。けだし、この場合、取
締役の辞任はその登記をしなければ善意の第三者に対抗することができないから、
右の約束手形は善意の第三者に対しては有効であるのに、なおかつその作成行為を
偽造にあたるとしたのは、取締役の辞任が対内的には意思表示だけでその効力を生
じ、したがつて約束手形作成当時においてはこれを作成する権限を失つていたこと
にその理由を求めるほかないからである。それゆえ、その作成した文書または有価
証券が私法上有効であつてもこれを作成する権限のない者が作成した以上その行為
を偽造と解することは、大審院以来の判例の趣旨となんら反するものではなく、本
件における被告人BおよびCの約束手形作成行為が刑法上偽造にあたるかどうか
も、その私法上の有効性のいかんとかかわりなく、はたして同人らがこのような約
束手形を作成する権限を有していたかどうかによつて決せらるべき問題だといわな
ければならない。
 ところで、文書または有価証券を作成する権限の有無は、もつぱら本人との間の
対内関係の問題であり、しかもその権限の内容は個個の場合ごとに具体的に考察さ
るべき事がらである。したがつて、一般の場合にはこれを作成する権限のある地位
にある者であつても、本人との関係でその作成が禁止されていれば、それはやはり
作成権限を有しないことになるのであるし、また、代理人もしくは代表者としての
資格で作成する権限は与えられているが直接本人の名義でこれを作成することは許
されていないということもありうるのであつて、その場合には本人名義の文書や有
価証券を作成する権限はないといわざるをえないのである(検察官が原審以来引用
する大正一二年二月二日の大審院判決(法律新聞二〇九二号二一頁)において株式
会社の取締役兼支配人がその資格で約束手形を作成したのを偽造でないとしなが
ら、取締役社長名義の約束手形を作成したのを偽造だとしたのは、後者については
その作成権限が与えられていなかつたからだと考えられるし、前記大正一一年一〇
月二〇日の大審院判決において銀行名義の為替取引報告書を作成した銀行支配人の
行為が偽造にあたらないとされたのは、そのような銀行名義の文書を作成する権限
が現に与えられていたからだと考えられる。なお、未成年者の法定代理人が直接未
成年者名を使用して約束手形を作成したのを有価証券偽造にあたるとした大審<要旨
第一>院昭和七年五月五日判決(刑集一一巻五七八頁)参照)。いま、これを被告人
Bの行為について考えてみると、なるほど同人は参事に選任された者で
あるから商法の支配人に関する規定が準用され、本来ならば組合に代つてその事業
に関する一切の裁判上または裁判外の行為をする権限を有し、この権限の中には約
束手形を振り出す権限も当然含まれているはずである。しかしながら、組合がその
代理権に制限を加えることができることは商法第三八条第三項の規定からみて明ら
かで、現に被告人Bの場合は、前に述べたところから明らかなように、自分だけの
一存で組合の融通手形を振り出すことは許されていなかつたのである。したがつ
て、被告人Bにはその参事としての代理権に大きな制限が加えられていたというべ
きで、融通手形の振出に関しては、直接組合長名義をもつてするものはもちろん、
組合参事名義をもつてするものについても、一切その権限がなかつたものといわな
ければならない。なお、この点に関し、検察官は、被告人Bが組合長名義を直接使
用した点を重視してその行為が偽造にあたることの根拠とし、もし同被告人が組合
参事名義または組合名義で約束手形を作成したのであれば偽造罪を構成しないよう
にも論じている。これは、同被告人が組合参事として本来ならば一般的な代理権の
あること、あるいは同人が代理人としてした行為が善意の第三者との関係で有効な
ものとして取り扱われることに着目したものと思われるが、これまで述べたところ
から明らかなとおり、問題の要点は同被告人に作成権限があつたかどうかにあるの
であり、しかもその作成権限の有無は個別的・具体的に考えなければならないとい
うことだとすると、本件のように融通手形振出の権限が全然与えられていない場合
には、被告人Bにはその名義のいかんを問わずこれを作成する権限はなく、かりに
組合参事Bの名義をもつてしたとしても、やはり刑法上は偽造にあたると解さざる
をえないのである。
 かくして、以上説明したことの帰結としては、被告人Bには原判示各約束手形を
作成する権限はなく、したがつてこれを作成した原判示各所為は刑法上の偽造にあ
たるということになり、いわんや前記のように被告人Bの事務を時として補助代行
する地位にあつたにすぎない原審相被告人Cの原判示各約束手形作成行為が偽造に
あたることは当然だということになるから、これらを偽造だとした原判決にはなん
らその点で理由不備も法令の適用の誤りもなく、論旨は採用することができない。
 弁護人秋山要の控訴趣意第二点について。
 論旨は、原判決が前記のように偽造約束手形によつて現金を騙取したのちに別の
偽造約束手形を交付して前の約束手形の支払を延期させたのを前の騙取罪とは別に
刑法第二四六条第二項の不法利得罪にあたるとしたのは罪とならない事実を有罪と
した違法があるとし、その理由として、前の約束手形が偽造手形だとすればその振
出は無効であり、手形所持人はいつでも裏書人に対し求債権を行使することができ
るわけであるから、支払期日の延期による利益なるものはありえず、その延期を承
諾させても、なんら新たな利益も損害も生じないから、不法利得罪は成立しない、
と主張するのである。
 しかしながら、刑法第二四六条第二項にいう「財産上ノ利益」は、法によつて認
められた権利ばかりでなく、事実上の経済的利益をも包含するものと解しなければ
ならない。そのことは、同条第一項が財物の交付を受けることすなわち財物に対す
る事実上の支配を取得することによつて詐欺罪が成立するとしていることと対<要旨
第二>応ずるのである。ところで、原判示各約束手形は刑法上偽造されたものと解す
べきことは前に説明したとおりであるが、刑法上の偽造と手形法上の偽
造とはその範囲が必ずしも一致するとは限らず、したがつて原判示各手形の振出行
為の効力については別に検討を要するところであるし、そのことを別としても、本
件においては当該約束手形に代えて新たな約束手形を差し入れ、その支払期日を延
ばすことについて、G株式会社としては少なくとも経済上大きな利益を有していた
とみなければならない。すなわち、原判示各約束手形は原判示漁業組合を振出人と
して作成されたものであるが、これらはすべてG株式会社に金融を得させるための
融通手形で、満期となれば当然同会社がその支払の責任を負担すべきものであり、
現に同会社の責任において事実上その決済を行ないつつあつたものである。もし同
会社がこれを怠れば、組合幹部に内密に行なつていたこれらの手形による金融の操
作が直ちに発覚し、同会社に経済上の破局を来たすことは火を見るよりも明らかな
状態にあつたのであるから、同会社としては、原判示各約束手形の支払の時期が延
長されることに至大の利益を有していたものである。それゆえ、これらの約束手形
の振出が手形法上有効であるかどうかにかかわらず、その支払いが延期されたこと
はG株式会社にとつてまさに刑法第二四六条第二項にいう「財産上ノ利益」にほか
ならず、この利益はもとの約束手形の割引による現金取得の利益とはまた別個のも
ので、しかも別個の新たな欺罔行為に基づくものであるから、原判決がこれを得た
行為を同条項に該当するものとしたのはまことに正当で、論旨は理由がない。
 (その余の判決理由は省略する。)
 (裁判長判事 新関勝芳 判事 中野次雄 判事 伊東正七郎)

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