弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原判決を取り消す。
2本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文同旨
第2事案の概要
1本件は,本件道路(名古屋市千種区A町B丁目C番を起点とし,同区D町
E番のFを終点とする,延長752メートル,幅員15メートルから20.
1メートルの道路)の事業地周辺に居住する控訴人ら及びその余の原告らが,
被控訴人に対し,景観権,人格権,所有権,通行権及び住民代表と被控訴人
との間の強行着工をしないという約束に基づき,本件道路工事の差止めを求
める事案である。
原審は,控訴人ら及びその余の原告らの訴えが不適法であるとして却下し
た。そこで,控訴人らがこれを不服として控訴した。
2事実関係は,次のとおり補正し,当審における被控訴人の補足的主張を付
加するほか,原判決「事実及び理由」欄第2の1ないし3(ただし,控訴人
らに係る部分)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
原判決20頁18行目と19行目の間に,次を加える。
「なお,本訴において控訴人らが本件事業認可の違法性について主張して
いるのは,次の理由によるものである。すなわち,本訴で,控訴人らは人格
権,所有権などに基づいて差止めを求めているところ,差止めに当たっては
当該権利の重要性という控訴人らの利益と,道路建設の必要性という被控訴
人の利益などが比較考量されて決せられていくのであり,たとえ公定力によ
って本件事業認可の効力が維持されていたとしても,違法な行政処分に基づ
く建設行為であれば建設の必要性に乏しいという不利益を考慮できることに
なるからである。その限りで本件事業認可の違法性の主張は本件に有益であ
って,民事訴訟においてそのような主張をすることは何ら問題はない。」
(当審における被控訴人の補足的主張)
行政事件訴訟法9条2項の新設により,「法律上の利益」の柔軟な解釈が
担保され,取消訴訟の原告適格が認められる範囲が実質的に拡大したこと,
また,理論的にも,実務的にも,この規定の趣旨に沿って,最高裁判所平成
17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁(以下「大法廷
判決」という。)が事業認可の取消訴訟の原告適格の範囲を拡大する判断を
示したことに鑑みれば,従来は,事業認可の取消訴訟の原告適格を認められ
ず,民事訴訟によって当該事業の執行の差止めを求めるしかなかった者につ
いても,本来の取消訴訟によって事業認可の取消を求める途が開かれたこと
から,控訴人らは本件道路工事の全部の差止めを求める訴えによってではな
く,取消訴訟において事業認可の当否を争うことが可能である。それにもか
かわらず,あえて,民事訴訟において争うことは認められないのであって
(民事訴訟よりも取消訴訟による方が根本的な解決が図られるのであるか
ら),取消訴訟において工事の前提となる事業認可の当否を争うべきである。
控訴人らは,本件道路工事の差止めを求める理由のひとつとして本件事業認
可の違法性を主張しているのであるから,なおさらのことである。
よって,控訴人らの本件道路工事の差止請求は,民事訴訟としては不適法
であり,許されないものである。
第3当裁判所の判断
1被控訴人の本案前の主張について
(1)控訴人らは,本件訴えにおいて,景観権,人格権,所有権,通行権及び
住民代表と被控訴人との間の強行着工をしないという約束に基づき差止め
を求めるものであるから,本件訴えは,私法上の請求権に基づく妨害予防
の訴えと解される。そして,控訴人らが差止めの対象とする本件道路工事
は,その工事自体は,私人が行う建築工事と何ら異なるところはなく,被
控訴人が事業主体として行う事実行為であって,本件事業認可という行政
処分を受けて行われるものであるとしても,行政処分とは切り離して私法
上の行為としてとらえることができる。そうであれば,控訴人らは,本件
道路工事を行うことにつき,その事業主体としての被控訴人に対して,私
法上の権利に基づき差止めを求めるものであるから,特段の事情のない限
り,これを不適法ということはできない。
(2)被控訴人は,控訴人らの本件訴えは,本件道路の事業認可の取消し,路
線の認定の廃止など,本件道路に関する行政処分が有する公定力を取り消
すのと同じ結果を求めるものであるから,不適法であると主張する。
しかし,上記のとおり,控訴人らの本件訴えは,私法上の請求権に基づ
き,事業主体である被控訴人に対して,事実行為である本件道路工事の差
止めを求めるものであって,本件道路工事に係る愛知県知事の事業認可自
体を争うものではないから,仮に,本件訴えが認容されたとしても,本件
事業認可は依然として有効であり,これが取り消されたのと同じ結果をも
たらすことはない。例えば,本件訴訟は民事訴訟であるから,その既判力
は当事者間にのみ及び,かつ,民事上の差止請求が認容されるか否かは個
々の控訴人の被侵害利益の大きさにより異なるのであるから,差止めの勝
訴判決を得た当該控訴人に対し,控訴人らが主張するように,移転を保障
するとか,あるいは被害の十分な補償をすることなどにより工事を施工し
得る可能性も残されているのである。
したがって,被控訴人の上記の主張は採用することができない。
(3)もっとも,実体法の解釈の結果,建築工事等の事実行為に先行する行政
処分により,周辺住民らに,当該事実行為によって権利侵害と主張される
状態が生じたとしても,周辺住民らに対して公法上の受忍義務が課せられ
ていると解される場合には,事実行為に対する民事上の差止請求が,実質
上行政処分の効力を争うのに等しいものとして不適法になることは考えら
れる。しかし,本件道路工事は都市計画法に基づく都市計画事業として行
われるものであるところ,都市計画法が,都市計画事業の認可又は事業計
画変更の認可に当たり,広く周辺住民等の健康又は生活環境に係る利益を
擁護するために種々の方策を採っているとしても,その方策は,事業計画
の実行により生じるおそれのある,あらゆる法益侵害からの周辺住民等の
保護を指向しているものとは解されないのであり(大法廷判決が,都市計
画の変更又は決定に当たり,その趣旨及び目的を踏まえるべきであると指
摘した公害対策基本法も,公害を,「相当範囲にわたる大気の汚染,水質
の汚濁(…),土壌の汚染,騒音,振動,地盤の沈下(…)及び悪臭によって,
人の健康又は生活環境に係る被害が生ずること」としていた(公害対策基
本法2条。現在の環境基本法2条も同様。)。),また,これらの方策が
採られた後には,周辺住民に受忍義務が生じることを定めた規定もないの
であるから,都市計画法が,行政庁と周辺住民等との間で,同法に定める
措置によっても回避することのできない法益侵害等の不利益について住民
等に公法上の受忍義務を課しているものと解することはできない。
(4)被控訴人は,控訴人らが本件道路工事の前提となる事業認可を争う行政
訴訟の原告適格を有すると解されることから,民事訴訟による本件訴えは
不適法であると主張する。しかし,大法廷判決が判例変更をして事業認可
取消訴訟の原告適格を拡大したことは被控訴人主張のとおりであるが,そ
の説示するところからすると,控訴人らのように,周辺住民の主張する被
害が騒音,振動以外である場合にも直ちに原告適格が是認されるかは明ら
かでないのみならず,処分の取消しを求める行政訴訟と差止めを求める民
事訴訟とは,機能,役割を異にし,請求原因等要件事実も異なるものであ
るから,私法上の請求権を主張して民事訴訟による訴えを提起する者が,
たまたま行政訴訟を提起することのできる適格をも備えていたからといっ
て,民事訴訟の原告適格ないし訴えの利益を失うものとは解することはで
きない(原子炉施設の周辺住民が提起する訴えにつき民事訴訟と抗告訴訟
の併存を認めた最高裁判所平成4年9月22日第三小法廷判決・民集46
巻6号1090頁参照)。被控訴人は,控訴人らが,本件事業認可の違法
性等について主張していることからも,専ら行政訴訟によるべきと主張す
るが,本訴における控訴人らの主張は,あくまで,本件差止めによりその
主張する私法上の権利保護を図るべきことが相当であるとする受忍限度を
判断する事情のひとつとして本件事業認可の違法性等について主張するも
のと解されるので,その主張の当否はともかく,民事訴訟において実質的
に行政処分の効力を争い,出訴期間等の行政事件訴訟法の要件を潜脱する
などの不当な目的をもって主張する趣旨ではないと解されるから,そのよ
うな主張があることをもって,控訴人らの本件訴え自体を不適法とするこ
とはできず,したがって,上記の被控訴人の主張は採用することができな
い。
2他に,控訴人らの本件訴えを不適法とすべき事由は,認めることができな
い。
第4結論
以上によれば,控訴人らの訴えを却下した原判決は不当であるから,これ
を取り消し,本件を名古屋地方裁判所に差し戻すこととし,主文のとおり判
決する。
名古屋高等裁判所民事第2部
裁判長裁判官満田明彦
裁判官堀内照美
裁判官野々垣隆樹

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