弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     各被告人の控訴を棄却する。
     原審における訴訟費用の三分の一ずつを各被告人の負担とする。
         理    由
一 公職選挙法(以下「公選法」という。)一四六条一項に関する検察官の上告趣
意第一点の一について。
 所論は、原判決が公選法一四六条一項において頒布を禁止されている文書は、一
選挙区ごとに確定の一人の候補者を当選させるために使用すると認められるもので
なければならないとし、各選挙区ごとに社会党、共産党の複数の候補者の氏名を列
記してある本件文書を同条項の文書にあたらないと判断したのは、当裁判所昭和四
三年(あ)第四八七号同四四年三月一八日第三小法廷判決(刑集二三巻三号一七九
頁)及び広島高等裁判所昭和二九年九月七日判決(高裁刑事裁判特報一巻五号二〇
三頁)、東京高等裁判所同年三月三〇日判決(高裁刑事判決特報四〇号五七頁)、
同裁判所昭和三六年六月六日判決(高刑集一四巻四号二二二頁)と相反する判断を
したものであるというのである。
 そこで検討するに、右の当裁判所判例は、同法一四二条一項における「選挙運動
のために使用する文書」の意義に関し、「その選挙運動において支持されている候
補者(または立候補が予測ないし予定された者)は、一人であることを必要とせず、
特定されていれば、複数人であつてもさしつかえない」と判示しているにとどまり、
同法一四六条一項における「候補者の氏名」を表示する文書の意義につき真接の判
示をしているわけではないのみならず、右判例において問題となつた文書は、各選
挙区ごとに特定の一人の候補者を表示したものであつて、本件とは事案を異にし、
右の各高等裁判所判例も、本件とは事案を異にするから、所論は、適法な上告理由
にあたらない。
 しかしながら、所論にかんがみ職権で判断するに、同法一四六条一項において頒
布が禁止されている候補者の氏名を表示する文書は、特定の候補者の氏名を表示す
るものであることを要し、かつ、それをもつて足りると解するのが相当であり、一
又は二以上の選挙区ごとにそれぞれ複数の候補者の氏名を表示する文書であつても、
候補者の氏名が特定されている限り、これに含まれるものと解すべきであるから、
原判決の判断は、右法令の解釈を誤るものといわざるをえない。すなわち、同条項
において選挙運動における文書の頒布が制限されているのは、文書の頒布により直
ちに選挙権者の自由な選択意思が阻害されるためではなく、これを無制限に認める
ときは、選挙運動に不当な競争を招くなどの弊害が予想され、ひいては選挙の自由
公正が損われるおそれがあるためであり(当裁判所昭和二八年(あ)第三一四七号
同三〇年四月六日大法廷判決・刑集九巻四号八一九頁、同昭和四三年(あ)第二二
六五号同四四年四月二三日大法廷判決・刑集二三巻四号二三五頁参照)、この規制
目的から判断するときは、支持する候補者が特定され、その選挙運動のために使用
される文書と認められる限り、候補者の単複を問わず、同条項によりその頒布が禁
止されていると解するのが相当である。同条項において、頒布が禁止される文書に
つき候補者の氏名等の表示を必要とする旨が規定されているのは、それらの表示を
欠く文書は、選挙運動のために使用されるものと認めることができず、その頒布を
同法一四二条による文書頒布の禁止を免れる行為として規制する必要がないからで
あつて、ことさらに一選挙区につき一名の候補者の氏名を記載した場合に限定する
趣旨と解すべきではない。このことはまた、同条項において頒布が禁止されている、
政党その他の政治団体の名称又は公職の候補者を推薦し、支持し若しくは反対する
者の名を表示する文書については、その性質上一人の候補者を支持するものに限ら
れないこととの対比からも理解することができる。同法四六条は、選挙権者が投票
をするに際しての被投票者の数を規制することを意味するにすぎず、選挙運動を行
う者の行為を規制する同法一四六条一項の解釈に影響を及ぼすものではない。要す
るに、一又は二以上の選挙区における複数の候補者の氏名を表示する文書であつて
も、候補者の氏名が特定され、それぞれの候補者の選挙運動のために使用されるも
のと認められる限り、同条項により頒布が禁止されている文書にあたるものという
べきである。そして、このように解しても憲法二一条に違反するものでないことは、
当裁判所の判例(前記各大法廷判決参照)の趣旨に徴し明らかである。
 以上の解釈を第一審判決により認定された本件文書に適用すると、同文書には昭
和四〇年七月二三日施行の東京都議会議員選挙に際し日本社会党から立候補したA
ほか五六名及び日本共産党から立候補したBほか三五名の氏名が各候補者の選挙区
ごとに記載してあり、この文書を読む選挙権者らに対し、各関係選挙区欄に記載さ
れている特定の候補者の当選を得させるための選挙運動を依頼し、また、そのうち
の一名に投票を依頼する趣旨であることが明らかであるから、たとえ選挙区ごとに
両党候補者全員の氏名が掲げられているとしても、単なる政治活動文書とみるのは
相当でなく、公選法一四六条一項にいう文書にあたるものというべきである。
 二 人事院規則一四―七(以下「規則」という。)五項一号、六項一三号に関す
る同第一点の二について。
 所論は、原判決が規則五項一号にいう「特定の候補者を支持し」という要件は一
選挙区ごとに確定の一人の候補者を支持することを意味するものとし、本件文書は
候補者が特定されていないので同号の政治的目的を欠き同六項一三号の文書にあた
らないと判断したのは、法令の解釈を誤るものであるというのである。
 所論にかんがみ職権で判断するに、同五項一号にいう「特定の候補者」とは、一
選挙区につき確定の一人の候補者のみを意味するものではなく、一又は二以上の選
挙区における複数の候補者であつても、特定されている限りこれに含まれるものと
解すべきであるから、原判決の判断は、法令の解釈を誤るものというべきである。
すなわち、国家公務員法(以下「国公法」という。)一〇二条一項及び規則は、一
般職の国家公務員(以下「公務員」という。)の政治的行為が自由に放任されると
きは、おのずから公務員の政治的中立性が損われ、ひいては行政の中立的運営とこ
れに対する国民の信頼が損われるところから、公務員の政治的中立性を損うおそれ
のある政治的行為を禁止しているものと解されるところ(当裁判所昭和四四年(あ)
第一五〇一号同四九年一一月六日大法廷判決参照)、公務員が規則五項一号に規定
されている選挙において特定の候補者を支持するために同六項各号に規定する政治
的行為を行うときは、一般にそれらの選挙が政党その他の党派を代表する候補者の
間で争われるものであるため、おのずから公務員の政治的中立性を損うおそれがあ
るのであるから、同五項一号は、支持する候補者及び選挙区の単複を問わず特定の
候補者の支持を規制の対象としているものと解するのが相当である。公務員が、公
職の候補者を支持する目的で、その地位を利用して選挙運動をすることは、公選法
一三六条の二により禁止されており、同法二三九条の二第二項により処罰されるこ
ととなるのであるが、これらは、国公法一〇二条一項と規則による政治的行為の禁
止及び同法一一〇条一項一九号による処罰とは異なり、選挙の自由公正を守ること
を目的としているものであるし、その違反行為が常に政治的行為の禁止に違反する
行為より情状が重いということもできないのであつて、右両罰則の法定刑の軽重は
規則の解釈になんら影響を及ぼすものではない。また、一において説示したとおり、
公選法一四六条一項にいう候補者は、一人であることを要せず、特定されている限
り、一又は二以上の選挙区の複数の候補者であつてもよいと解すべきであり、この
条項との対比から規則五項一号にいう特定の候補者を一選挙区につき確定の一人に
限定するのは、失当である。
 第一審判決の認定によると、公務員である被告人ら三名は、いずれも昭和四〇年
七月二三日施行の東京都議会議員選挙に際し、日本社会党から立候補したAほか五
六名及び日本共産党から立候補したBほか三五名を支持する政治的目的を有する前
記の文書を頒布したというのであつて、国公法一一〇条一項一九号、一〇二条一項、
規則五項一号、六項一三号に該当するものと解すべきである。そして、このように
解しても憲法二一条、三一条に違反するものでないことは、当裁判所昭和四四年(
あ)第一五〇一号同四九年一一月六日大法廷判決の趣旨に照らし明らかである。
 三 本件各行為の違法性に関する同第二点の二について。
 所論は、原判決が本件各行為に実質的違法性がないとして国公法一一〇条一項一
九号及び公選法二四三条五号に該当しないと判断したのは、法令の解釈を誤るもの
であるというのである。
 所論にかんがみ職権で判断するに、たとえ原判決の判示するように、本件各行為
が、裁量権のない機械的職務に従事する非管理職の公務員により、その職員団体が
日常活動として行つていたいわゆる朝ビラの配布の方法で、主として同団体の日常
行動として行う意識でなされたものであり、文書の内容が同団体の候補者推薦決定
を記載したものであり、各被告人の配布した文書の枚数が六枚ないし一四枚であり、
かつ、同僚に対して配布した場合であつても、右のごとき事情は犯情に影響するに
とどまり、国公法一〇二条一項、規則五項一号、六項一三号違反による同法一一〇
条一項一九号及び公選法一四六条一項違反による同法二四三条五号の各罪の違法性
を失わせる事情となるものということはできず、原判断は、右各法令に違反するも
のというべきである。また、このように解しても憲法二一条、三一条に違反するも
のではない(当裁判所昭和四四年(あ)第一五〇一号同四九年一一月六日大法廷判
決参照)。
四 以上のいずれの点からみても、原判決は法令に違反しているものというほかな
く、右の違反はいずれも判決に影響し、これを破棄しなければ著しく正義に反する
ものと認められる。よつて、上告趣意中のその余の所論に対する判断を省略し、刑
訴法四一一条一号により原判決を全部破棄し、なお、第一審判決は以上の当裁判所
の判断とその結論において一致しこれを維持すべきものであつて、各被告人の控訴
は理由がないこととなるから、同法四一三条但書、三九六条によりいずれもこれを
棄却し、同法一八一条一項本文により原審の訴訟費用の三分の一ずつを各被告人の
負担とし、主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官大隅健一郎、同関根小郷、同小川信雄、同坂本吉勝の反対意
見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
 裁判官大隅健一郎、同関根小郷、同小川信雄、同坂本吉勝の反対意見は、次のと
おりである。
一 公選法一四六条一項に関する検察官の上告趣意について。
 所論のうち、判例違反を主張する点は、所論引用の判例は本件と事案を異にする
から、適法な上告理由にあたらない。
 しかし、職権で判断すると、公選法一四六条一項において頒布を禁止されている
文書は、それが特定の選挙における特定の候補者の当選を得させるためのものであ
るかぎり、その候補者の数は必ずしも一人であることを要せず、複数の候補者のた
めにするものであつても差し支えがないと解すべきであり、したがつて、これに反
する原判決の解釈には誤りがあるといわなければならないが、このことから直ちに、
被告人らの本件所為が右条項に違反し、公選法二四三条五号の罪にあたるとし、こ
れに反する原判決を破棄すべきものとする結論に対しては、以下の理由により賛成
することができない。
 (一) 原判決の基礎となつている第一審の適法に確定した事実によれば、被告
人らの本件所為は、
  1 被告人らが、昭和四〇年七月二三日施行の東京都議会議員選挙に際し、被
告人らの属する総理府統計局職員組合発行名義の統計局職組教宣ニユースNO.一
五〇なるビラを右統計局構内において登庁中の同局職員に配布した。
  2 右ビラの表面には、「都議選いよいよ始まる」「=我々の真の代表を選ぼ
う=」との比較的大きな文字の表題と、これに続いて自由民主党の都政を批判し、
投票当日の全員投票を訴え、組合としては同選挙において日本社会党及び日本共産
党の支持を決定し、次の候補者を推せんしたことを知らせる旨の記載があつた。
  3 更に右ビラの余白に、右選挙において日本社会党から立候補したA外五六
名、日本共産党から立候補したB外三五名の候補者の氏名が各選挙区ごとに、各政
党別に記載されていた。というものであり、また、右文書に記載された候補者は、
伊豆七島については日本共産党から立候補した者のみが記載され、新宿区について
は同党から立候補した一名の記載が欠けているのを除いては、各選挙区における両
党候補者の全員に及んでいることも、適法に確定されているところである。
 (二) 右のように、
  1 本件文書が一通の文書であつて、登庁する職員に配布されたものであるこ
と。
  2 本件文書の記載全体の趣旨は、主として、前記組合が東京都議会議員選挙
において日本社会党及び日本共産党の候補者を支持する旨決議したことを知らせ、
かつ、訴えるにあると認められること。
  3 本件文書に掲げられている右両党候補者の氏名は、一部を除いては両党候
補者の全員に及んでいること。の外、
  4 右両党候補者の氏名の中には、当該選挙区における議員定数をこえるもの
(東京都の各区、八王子市、北多摩郡及び伊豆七島を除くその余の一〇選挙区にお
いては、いずれも定数各一名のところに両党の候補者一名ずつの氏名が記載されて
いる。)も含まれていること。
を総合して観察すると、
 本件文書は、これを全体としてみて、そこに掲げられている特定候補者の当選を
得させることを目的とする選挙運動のための文書というよりも、むしろ、右選挙に
おいて一般的に日本社会党及び日本共産党の両党の支持を訴える政治活動文書で、
あたかも抽象的一般的に両党の名のみを掲げてその支持を訴えるにとどまる文書と
その性質を異にするものではないと認めるのが相当である。同文書に候補者の氏名
が列挙され、同候補者を推せんする旨の記載があつても、それはいわば両党候補者
の氏名を周知させるために選挙区ごとに掲げたにとどまるものとみるべく、このこ
とから、特に、具体的にこれら特定候補者の当選を得させるための選挙人らに対す
る働きかけの一環をなす文書としてこれを性格づけることは当を得たものというこ
とができない。殊に、前記のように当該選挙区の定数をこえる数の候補者の支持を
訴えるようなことは、特段の事情のないかぎり、むしろ対立候補者の当選を妨げる
目的に出たものか、ないしはこれら候補者の属する政党を支持応援する活動の一環
としてされる行為とみられるのが通常であることを考えると、なおさら右のように
認定するのが相当であると考える。
 (三) 右のとおりであるから、本件文書は公選法一四六条一項所定の文書にあ
たるものということができず、これを配布した被告人らの本件所為は同法二四三条
五号の罪にあたらない。よつて、被告人らを右事実につき無罪とした原判決は、結
局、正当であり、検察官のこの点に関する上告は、その余の判断をするまでもなく、
理由がないというべきである。
二 規則五項一号、六項一三号に関する検察官の上告趣意について。
 職権で考えると、国公法一〇二条一項は、同法一一〇条一項一九号の構成要件を
委任する部分に関するかぎり、憲法四一条、一五条一項、一六条、二一条及び三一
条に違反し、無効であり、これに反する従来の最高裁判所の判決は変更すべきもの
であることは、当裁判所昭和四四年(あ)第一五〇一号同四九年一一月六日大法廷
判決における反対意見のとおりである。したがつて、被告人らの本件行為が国公法
一一〇条一項一九号、一〇二条一項、規則五項一号、六項一三号に該当するとした
第一審判決を破棄し、被告人らを無罪とした原判決は、結論において正当であり、
検察官のこの点に関する上告は、その余の判断をするまでもなく、理由がないとい
うべきである。
三 以上の理由により、本件上告はこれを棄却すべきものである。
 検察官横井大三、同辻辰三郎、同石井春水、同佐藤忠雄、同外村隆 公判出席
  昭和四九年一一月六日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    村   上   朝   一
            裁判官    関   根   小   郷
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    岡   原   昌   男
            裁判官    小   川   信   雄
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    天   野   武   一
            裁判官    坂   本   吉   勝
            裁判官    岸   上   康   夫
            裁判官    江 里 口   清   雄
            裁判官    大   塚   喜 一 郎
            裁判官    高   辻   正   己
            裁判官    吉   田       豊
 裁判官 大隅健一郎は、退官のため署名押印することができない。
         裁判長裁判官    村   上   朝   一

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