弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告補助参加人代理人高崎尚志の上告理由について
 一 本件は、交通事故により受傷した被害者がその後自殺し、被害者の相続人ら
が、加害車の運転者及び加害車を運行の用に供していた者に対し、死亡による損害
を含む損害の賠償を請求するものである。
 二 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 D(昭和一五年九月六日生。以下「D」という。)は、昭和五九年七月二八
日午後一時四〇分ころ、静岡県賀茂郡a町の国道一三五号線を普通乗用自動車を運
転して走行中、前方不注視の過失により反対車線から中央線を越えて進入してきた
上告人A1の運転に係る普通乗用自動車に衝突され、頭部打撲、右額部両膝部打撲
擦過傷、左膝蓋骨骨折、右肩右眼囲打撲皮下出血、腹部打撲、右上膊部打撲、頸部
捻挫の傷害を受け、被害車に同乗していたDの妻である被上告人B1及び子である
被上告人B2も負傷した(以下、この交通事故を「本件事故」という。)。上告人
A2は、本件事故当時加害車を運行の用に供していた者である。
 2 Dは、静岡県賀茂郡a町のE医院に昭和五九年七月二八日から同年八月四日
まで入院して、1記載の傷害につき頸部牽引等の治療や頸椎用軟性コルセット着用
等の措置を受け、同日東京都足立区bのF病院に転院し、同日から同年九月八日ま
で入院し、翌九日から通院して、治療を受けたところ、昭和六〇年四月一二日には
首の動きも正常に戻るなど身体の運動機能は順調に回復し、同六一年一〇月八日に
症状固定の診断がされ、頭痛、頭重、項部痛、めまい、眼精疲労などの後遺症は、
自動車損害賠償保障法施行令二条別表等級第一四級一〇号と認定された。
 3 Dは、本件事故前には精神的疾患もなく、通常の社会生活を送っていたが、
本件事故後は口数が減り、次第に家庭生活においても明るさを失い、2記載のF病
院における治療期間中、医師に対し、頭痛、めまい、眼精疲労などの愁訴を繰り返
し、本件事故の態様についてしばしば口にし、医師による就労の勧めをもかたくな
に拒絶した。
 4 自らに責任のない事故で傷害を受けた者は、自らにも責任のある事故で傷害
を受けた者に比較して、加害者によって完全に被害を回復されたいとの欲求が強く
なり、また事故時の精神的衝撃が長い年月にわたって残りがちであり、性格傾向や
生活上の他の要因等と相まって災害神経症状態に陥りやすい。本件事故の態様が上
告人A1の一方的過失によるものであり、しかも家族連れでの行楽途中の開放的心
理状態の下で突然遭遇したものであるなど、Dに大きな精神的衝撃を与えるもので
あったこと、補償交渉が納得のいく進展をみていなかったこと、意思に反する就労
の勧めがされたことなどに起因して、Dは、昭和六一年三月ころには災害神経症状
態となって勤労意欲が減退していた。Dは、同年五月ころから、勤務先であるG工
業株式会社の人事担当者から復職のめどの打診をされるとともに、従前勤務してい
たH工場の閉鎖移転に伴い、I工場に配転になることを告げられ、同年六月末ころ、
復職願を提出したものの、同会社からこれを受け入れられなかったため、H工場の
移転に伴う退職金優遇制度があることや復職しても転居等の生活上の負担が避けら
れないことなどを勘案した結果、同年九月三〇日付けで退職した。
 5 右のように災害神経症状態に陥ると、その状態から抜け出せないままうつ病
に発展しやすいものであるところ、Dは、退職後も再就職が思うに任せなかったこ
とや、本件事故により同様に負傷した被上告人B1らとの家庭生活が以前に比較し
て暗くなったことなどの要因が重なってうつ病になり、精神科医による治療を受け
ることもなく悶々とした生活を続け、昭和六三年二月ころには、被上告人B1に不
眠・食欲不振等を訴えていたが、同月一〇日、自殺した。うつ病にり患した者の自
殺率を全人口の自殺率と比較すると約三〇倍から五八倍にも上るとされている。
 三 本件事故によりDが被った傷害は、身体に重大な器質的障害を伴う後遺症を
残すようなものでなかったとはいうものの、本件事故の態様がDに大きな精神的衝
撃を与え、しかもその衝撃が長い年月にわたって残るようなものであったこと、そ
の後の補償交渉が円滑に進行しなかったことなどが原因となって、Dが災害神経症
状態に陥り、更にその状態から抜け出せないままうつ病になり、その改善をみない
まま自殺に至ったこと、自らに責任のない事故で傷害を受けた場合には災害神経症
状態を経てうつ病に発展しやすく、うつ病にり患した者の自殺率は全人口の自殺率
と比較してはるかに高いなど原審の適法に確定した事実関係を総合すると、本件事
故とDの自殺との間に相当因果関係があるとした上、自殺には同人の心因的要因も
寄与しているとして相応の減額をして死亡による損害額を定めた原審の判断は、正
当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は、い
ずれも事案を異にし本件に適切でない。論旨は採用することができない。
 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意
見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    三   好       達
            裁判官    大   堀   誠   一
            裁判官    味   村       治
            裁判官    小   野   幹   雄
            裁判官    大   白       勝

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