弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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        主    文
       本件上告を棄却する。
       当審における未決勾留日数中60日を本刑に算入する。
         理    由
 弁護人村田武茂外3名の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,原判決は,被告
人の主観面のみで覚せい剤の所持を認定したものではなく,客観的状況を考慮して
いることが明らかであるから,所論は前提を欠き,その余は,単なる法令違反,事
実誤認の主張であって,いずれも適法な上告理由に当たらない。
 所論にかんがみ,本件における覚せい剤所持罪の成否について,職権で判断する。
 1 原判決の認定及び記録によれば,本件の事実関係は,次のとおりである。
 (1) 被告人は,平成10年12月1日午後9時ころ,愛知県豊橋市内のホテ
ルAに入り,同ホテルの客室内で知人とともに覚せい剤を自己の身体に注射して使
用した後,同日午後9時21分ころ,同ホテルa階のb号室に移ってチェックイン
の手続をした。
 (2) 被告人は,その後間もなく覚せい剤使用の影響によると思われる幻覚に
襲われ,恐怖心から,ビニール袋入り覚せい剤(4.919g。以下「本件覚せい
剤」という。),注射器2本,被告人名義の一般旅券や自動車運転免許証等の入っ
たセカンドバッグ(以下「本件バッグ」という。)を,現金130万円在中の財布
及び携帯電話とともに,そのころb号室の窓から外に投げた。
 (3) 本件バッグは,同ホテル敷地内の北側駐車場の通路上に,上記財布や携
帯電話とともに落ちており,この場所は,b号室の直下から北寄りの地点にあり,
同室の北側窓から直線距離で約12m(検甲33号証の実況見分調書添付の見取図
等によれば,水平距離で約4mと推定される。)離れていた。本件バッグは,同月
2日午前4時ころ,同所を自動車で通りかかった第三者によって発見され,豊橋警
察署に拾得物として届けられた。
 (4) 同ホテルは,いわゆるラブホテルであって,1階はすべて駐車場となっ
ており,32台分の駐車場所があり,駐車場に出入りする車両が上記通路を通行し
ていた。
 (5) 被告人は,同日午前7時ころチェックアウトするまでb号室から出たこ
とはなく,チェックアウトした直後,同室に戻り,同ホテルの支配人に,バッグの
忘れ物がなかったかと尋ねたほか,そのころ同ホテル駐車場でバッグを探していた。
2 本件覚せい剤所持の公訴事実は,被告人が同月2日午前4時ころ同ホテル駐車
場において本件覚せい剤を所持したというものであるところ,第1審判決及び原判
決は,いずれも公訴事実どおりの事実を認定して,被告人を覚せい剤所持罪で有罪
とした。しかしながら,前記の事実関係の下で,上記公訴事実につき覚せい剤所持
罪の成立を認めた原判決の解釈は,是認することができない。その理由は,次のと
おりである。
【要旨】覚せい剤取締法14条,41条の2第1項にいう「所持」とは,人が物を
保管する実力支配関係を内容とする行為をいい,この関係は,必ずしも覚せい剤を
物理的に把持することまでは必要でなく,その存在を認識してこれを管理し得る状
態にあれば足りると解される(最高裁昭和30年(あ)第2311号同年12月2
1日大法廷判決・刑集9巻14号2946頁,最高裁昭和31年(あ)第300号
同年5月25日第二小法廷判決・刑集10巻5号751頁参照)。
 しかしながら,これを本件についてみると,本件覚せい剤が落ちていた場所は,
同ホテル敷地内の北側駐車場の通路上であって,被告人がいたa階の客室の北側窓
から直線距離で約12m,水平距離で約4m離れていること,同ホテルはいわゆる
ラブホテルであって,夜間相当数の客が出入りし,その客の車両が上記通路上を通
りかかるものであって,第三者が本件バッグを発見することも困難であったとはい
えないこと,被告人が本件バッグを同室の窓から投げてから,本件バッグが第三者
によって発見されるまでに,少なくとも6時間以上が経過していたこと,この間,
被告人は本件バッグを取り戻しに行くこともなく,翌朝午前7時ころまでこれを放
置していたことが認められ,被告人は,本件バッグの落ちていた場所を確認してお
らず,一時本件バッグを同室の窓から投げたこと自体の記憶も不確かになっていた
ことがうかがわれる。以上の事実関係に照らすと,本件バッグが第三者によって発
見されるまでの間,被告人が同場所において他の者が容易に発見できないような形
態で本件覚せい剤を保管,隠匿していたとはいえず,これに対する実力支配関係が
あったとはいえないから,本件覚せい剤を所持していたとは認め難いといわざるを
得ない。
 3 したがって,被告人に上記の時点及び場所における覚せい剤所持罪の成立を
認めた原判決は,覚せい剤取締法41条の2第1項の解釈適用を誤ったものといわ
なければならない。しかしながら,原判決及びその是認する第1審判決の認定によ
れば,被告人は,平成10年12月1日午後9時ころ同ホテルに赴いた後,同日午
後9時21分ころ同ホテルb号室にチェックインし,本件覚せい剤を同室の窓から
外に投げるまでの間,本件覚せい剤を同室内等において所持していたことが明らか
であり,本件公訴事実とそのころにおける同室内等での所持の事実との間には公訴
事実の同一性があると認められるから,後者の事実に訴因を変更すれば,被告人に
覚せい剤所持罪の成立を認めることができるというべきである。しかも,被告人は
,第1審以来,本件覚せい剤を同室の窓から外に投げたことも,これを同ホテルに
おいて所持したこともないとして,覚せい剤所持罪の成立を争っており,前記の同
室内等における本件覚せい剤所持の事実についても,攻撃防御は十分尽くされてい
ると考えられる。そうすると,前記の法令の解釈適用の誤りをもって原判決を破棄
しなければ著しく正義に反するものとは認められない。
 よって,刑訴法414条,386条1項3号,刑法21条により,裁判官全員一
致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 濱田邦夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田
昌道)

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