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平成15年(ワ)第17475号 特許権侵害差止等請求事件
(口頭弁論終結の日 平成16年7月22日)
             判       決
  原      告     三菱電機株式会社
  訴訟代理人弁護士     大野聖二
 同            中道徹
補佐人弁理士    加藤恒
同    高橋省吾
被      告    ミツミ電機株式会社
訴訟代理人弁護士    中川康生
同            福田彊
同           世戸孝司
補佐人弁理士    伊東忠彦
同     佐々木定雄
同     湯原忠男
同     大貫進介
             主       文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
             事実及び理由
第1 請求
1 被告は,別紙「物件目録」記載の「イ号」,「ロ号」の各製品を輸入し,製
造し,譲渡等(譲渡及び貸渡し)を行い,譲渡等の申出をしてはならない。
2 被告は,前項記載の各製品を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,6億4750万円及びうち5億6000万円に対する
平成15年8月22日(訴状送達の日の翌日)から,うち8750万円に対する平
成16年4月22日(原告第4準備書面送達の日の翌日)から各支払済みまで年5
分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,フレキシブルディスク装置用記録媒体出し入れ口機構の発明に係る
特許権及びフレキシブルディスク装置のスライドカム保持装置の考案に係る実用新
案権を有する原告が,被告に対し,被告の製造するフレキシブルディスク装置が,
当該特許発明ないし登録実用新案の技術的範囲に属すると主張して,上記特許権に
基づき被告製品の製造販売等の差止め及び損害賠償を,及び実用新案権に基づき損
害賠償を求めている事案である。
これに対して,被告は,① 被告の製造販売するフレキシブルディスク装置
が原告の特許発明の技術的範囲に属することを認めた上で,被告は先使用に基づく
通常実施権(特許法79条)を有する,あるいは,原告の特許権は,出願前に公然
実施(同法29条1項2号)されたものであって無効事由の存することが明らかで
あるから,特許権に基づく請求は権利の濫用に当たる,② 被告製品は,実用新案
権に係る考案の技術的範囲に属さない,と主張して原告の請求を争っている。
1 前提となる事実(当事者間に争いがない事実及び当該箇所に掲記の証拠によ
り容易に認められる事実)
(1) 当事者
原告及び被告は,いずれも電気機器の製造販売等を業とする株式会社であ
る。
(2) 原告の特許権(甲1,2)
 原告は,下記の特許権を有している(以下「本件特許権」という。)。
特許番号   第3156543号
登録日    平成13年2月9日
出願番号   特願平7-115913
出願日    平成7年5月15日
公開日    平成8年11月29日
公開番号   特開平8-315558
発明の名称 フレキシブルディスク装置用記録媒体出し入れ口機構
(3) 本件特許権の特許請求の範囲の記載
本件特許権に係る明細書(以下「本件特許明細書」という。本判決末尾添
付の特許公報〔甲2。以下「本件特許公報」という。〕参照)の「特許請求の範
囲」の請求項1及び請求項2の記載は次のとおりである(以下,請求項1に記載の
発明を「本件特許発明1」といい,請求項2に記載の発明を「本件特許発明2」と
いう。また,これらを併せて「本件各特許発明」ということがある。)。
ア 請求項1
「フレキシブルディスク装置に出し入れされる記録媒体に対応した開口部
が設けられて上記フレキシブルディスク装置のフレームに配置されたパネルと,こ
のパネルと一体に成形されて上記開口部の長手方向の両端部寄り縁部にそれぞれ設
けられ,弾性変形して上記フレームに係合し,上記パネルを上記フレームに係止す
る係止片と,上記開口部を覆って配置されて上記パネルに枢持され,上記記録媒体
の出し入れに伴って回動して上記開口部を開閉する扉と,この扉と一体に成形さ
れ,上記係止片それぞれの基部に形成された軸受穴に係合されて上記扉を上記パネ
ルに枢着する回動軸とを備えたフレキシブルディスク装置用記録媒体出し入れ口機
構。」
イ 請求項2
「上記回動軸には,その断面において円形の両側面がそれぞれ削除され
た平行部が形成され,当該回動軸が円形の上記軸受穴に係合されたことを特徴とす
る請求項1記載のフレキシブルディスク装置用記録媒体出し入れ口機構。」
(4) 本件特許発明1及び2の構成要件の分説
本件特許発明1及び2を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下
「構成要件1-A」,「構成要件2-A」などという。)。
ア 本件特許発明1
1-A フレキシブルディスク装置に出し入れされる記録媒体に対応した
開口部が設けられて上記フレキシブルディスク装置のフレームに配置されたパネル
と,
1-B このパネルと一体に成形されて上記開口部の長手方向の両端部寄
り縁部にそれぞれ設けられ,弾性変形して上記フレームに係合し,上記パネルを上
記フレームに係止する係止片と,
1-C 上記開口部を覆って配置されて上記パネルに枢持され,上記記録
媒体の出し入れに伴って回動して上記開口部を開閉する扉と,
1-D この扉と一体に成形され,上記係止片それぞれの基部に形成され
た軸受穴に係合されて上記扉を上記パネルに枢着する回動軸と
1-E を備えたフレキシブルディスク装置用記録媒体出し入れ口機構。
イ 本件特許発明2
2-A 上記回動軸には,その断面において円形の両側面がそれぞれ削除
された平行部が形成され,
2-B 当該回動軸が円形の上記軸受穴に係合された
2-C ことを特徴とする請求項1記載のフレキシブルディスク装置用記
録媒体出し入れ口機構。
(5) 原告の実用新案権
原告は,下記の実用新案権(以下「本件実用新案権」という。)を有して
いた(甲3,甲4)。
実用新案登録番号   第2147632号
登録日        平成9年1月30日
権利満了日      平成15年1月12日(存続期間満了)
出願番号       実願昭63-2511
出願日        昭和63年1月12日
公開日        平成1年7月25日
公開番号       実開平1-109844
出願公告日      平成6年2月23日
出願公告番号     実公平6-7494
考案の名称      フレキシブルデイスク装置のスライドカム保持
装置
(6) 本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載
本件考案に係る明細書(以下「本件実用新案明細書」という。本判決末尾
添付の実用新案公報〔甲4。以下「本件実用新案公報」という。〕参照)の「実用
新案登録請求の範囲」の記載は次のとおりである(以下,同記載の考案を「本件考
案」という。)。
「フレーム本体上を進退されるスライドカムのガイド用立上り係止爪を複数
個本体フレームに一体成形により備え,上記立上り係止爪は,立上り起点部より細
巾の立上り部と,係止爪部とからなり,上記スライドカムに形成し一端に挿込孔部
を連設した複数のスライド長孔に,嵌挿係止され,上記スライドカムを摺動可能
に,摺動方向の前後で保持していることを特徴とするフレキシブルディスク装置の
スライドカム保持装置。」
(7) 本件考案の構成要件の分説
本件考案を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下「構成要件3
-A」などという。)。
構成要件3-A フレーム本体上を進退されるスライドカムのガイド用立
上り係止爪を複数個本体フレームに一体成形により備え,
構成要件3-B 上記立上り係止爪は,立上り起点部より細巾の立上り部
と,係止爪部とからなり,
構成要件3-C 上記スライドカムに形成し一端に挿込孔部を連設した複
数のスライド長孔に,嵌挿係止され,
構成要件3-D 上記スライドカムを摺動可能に,摺動方向の前後で保持
している
構成要件3-E ことを特徴とするフレキシブルディスク装置のスライド
カム保持装置。
(8) 被告の行為
 被告は,別紙「物件目録」の「イ号」(型番表示:D359M3。以下,
同型番号の被告製品を「イ号物件」という。)及び同目録の「ロ号」(型番表示:
D353M3。以下,同型番号の被告製品を「ロ号物件」という。)を,平成10
年4月ころから,製造,輸入及び譲渡等をしている(以下,上記イ号物件及びロ号
物件を併せて「被告製品」ということがある。)。
(9) 本件各特許発明と被告製品の構成について
ア 本件特許発明1と被告製品の構成について
 被告製品はフレキシブルディスク装置であり,別紙「物件目録」の「イ
号」及び「ロ号」の「2『構成の説明』(1)」に記載のとおり構成を有し,構成
要件1-Aないし1-Eをすべて充足する。
イ 本件特許発明2と被告製品の構成について
 被告製品はフレキシブルディスク装置であり,別紙「物件目録」の「イ
号」及び「ロ号」の「2『構成の説明』(1)」に記載のとおり構成を有し,構成
要件2-Aないし2-Cをすべて充足する。
2 争点
(1) 被告製品の具体的な構成(争点1)
(2) 本件特許権について
ア 被告に先使用による通常実施権(特許法79条)が認められるか(争点
2)
イ 本件特許権には無効理由(特許法29条1項2号)があることが明らか
であり,本件特許権に基づく原告の差止請求及び損害賠償請求は権利の濫用に当た
るか(争点3)
(3) 本件考案について
被告製品の本件考案の構成要件充足性(争点4)
(4) 原告の損害額(争点5)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1-被告製品の具体的な構成
(原告の主張)
(1) 被告製品の具体的な構成は,別紙「物件目録」の「イ号」及び「ロ号」に
記載のとおりである。
(2) 被告の主張する被告製品の構成に対する反論
 被告の主張する被告製品の構造は,次の2点において誤っている。
① スライドカム8は,立上り係止爪9(=被告主張のフレキシブルディス
ク位置決め支持部材1fとフレキシブルディスク支持部材1g)と接触するので,
これを否定する被告の主張は誤りである。
② 被告が主張する高さ方向位置規制及びガイド用の盛り上がり部1dは,
スライドカム8と摺動する摺動面をなし,被告が主張する高さ方向位置規制及びガ
イド用の盛り上がり部1dは,フレーム2の一部であるから,「スライドカム2が
フレーム本体1と直接面接触することはない」とする被告の主張は誤りである。
(被告の主張)
(1)ア 別紙「物件目録」の「イ号」及び「ロ号」のうち,「1 構成要素」に
記載された名称は,次に掲げる9,11,12,13以外は認める。
(ア) 原告が主張する「ガイド用立上り係止爪9」は,フレキシブルディ
スク位置決め支持部材(別紙「被告物件説明書」に記載の符号「1f」。以下,括
弧内に同物件説明書の符号を付す。)及びフレキシブルディスク支持部材(1g)
である。
(イ) 原告が主張する「係止爪部11」は係止爪部ではなく,フレキシブ
ルディスク位置決め支持部材(1f)の上面部(1f-2)である。
(ウ) 原告が主張する「挿入孔部12」は挿込孔部ではなく,切欠き開口
部(2c,2d,2e)である。
(エ) 原告が主張する「スライド長孔13」はスライド長孔ではなく,切
欠き開口部(2c,2d,2e)である。
イ 別紙「物件目録」の「イ号」及び「ロ号」の「2 構成の説明(1)」
は認め,「2 構成の説明(2)」は否認する。
なお,原告が主張する「ガイド用立上り係止爪9」は,スライドカム8
をガイドするものではなく,また,原告が主張する「スライドカム8を摺動可能
に,スライド長孔13を摺動方向の前後で保持」する機能を有するものでもない。
(2) 被告製品のスライドカム保持装置の構成は,別紙「被告物件説明書」及び
別紙「被告物件写真説明書」に記載のとおりである。なお,同説明書は,ロ号物件
について記載してあるが,イ号物件もロ号物件も,スライドカム保持装置の構造に
ついては同一である。
2 争点2-本件特許権について,被告に先使用による通常実施権(特許法79
条)が認められるか
(被告の主張)
(1)ア 原告は,訴状8頁において,「被告は,遅くとも平成6年2月23日か
ら,業として,イ号物件及びロ号物件を輸入,製造,譲渡等,又は,譲渡の申出を
している。」と主張し,平成6年度の売上として84万台,平成7年度の売上とし
て105万台を計上している(訴状添付の「別表」参照)。そして,原告は平成1
5年9月30日の第1回口頭弁論期日において上記事実を陳述しているが,これ
は,原告が「被告は,本件特許権を侵害する製品を本件特許登録出願日前より今日
まで継続的に製造あるいは販売している。」と主張していることにほかならないか
ら,原告は,本件特許権につき,被告の先使用の事実を先行自白していることにな
る。
 すなわち,原告が,訴状において主張するのは,本件特許権の本件特許
発明1及び本件特許発明2の構成要件,作用効果を充足する被告製品が,遅くとも
平成6年2月23日から被告により輸入,製造,譲渡等又は譲渡の申出をされてい
たというものであり,そのような被告製品のうち,現在入手できかつ特定できる物
件として,訴状に添付された物件目録(=別紙「物件目録」)に記載の「イ号」及
び「ロ号」を挙げているものである。したがって,原告は,本件各特許発明の構成
要件,作用効果を充足する被告製品を,被告が本件特許登録出願日前である遅くと
も平成6年2月23日から輸入,製造,譲渡等,又は譲渡の申出をしている事実を
訴状において認めているというべきである。
そして,被告は,平成15年11月7日の第1回弁論準備手続におい
て,原告の先行自白を援用したから,先使用の関係において,原告の自白は成立し
ている。
イ 上記のとおり,被告が本件各特許発明と同一の構成を有する製品を,本
件特許の出願前から製造,販売等をしていたことについては自白が成立するから,
当該事実が真実に反すること及び当該反真実の主張が原告の錯誤に基づくものであ
ることが原告により立証されない限り,原告による自白の撤回は許されない。
(2) 仮に,自白が成立しないとしても,あるいは,自白の撤回が許されるとし
ても,次のとおり,被告は,本件特許権について,先使用による通常実施権を有す
る。
ア 被告は,本件特許発明の出願日の平成7年(1995年)5月15日以
前である平成4年(1992年)12月ころから,本件各特許発明の実施品たる被
告製品及びこれと同一の構成を備えたフレキシブルディスク装置用記録媒体出入れ
口機構を備えたフレキシブルディスク装置を,日本国内で製造,販売し,以後も日
本国内で継続的に販売している。すなわち,被告は,平成4年(1992年)12
月ころから平成8年(1996年)9月まで,型番D357T3,型番353T3
及び型番D359T3のフレキシブルディスク装置を,平成8年7月ころから,平
成12年(2000年)3月ころまで,型番D353T7及び型番D359T7の
フレキシブルディスク装置を製造,販売したが,これらの型番の変更は,本件各特
許発明とは全く関係のない箇所につき構成を一部変更したことによるものであり,
フレキシブルディスク装置用記録媒体出し入れ口機構(フロントベゼル)は,一貫
して同一の構成であった。そして,これらの物件のフレキシブルディスク装置用記
録媒体出し入れ口機構(フロントベゼル)の構成は,被告が平成10年4月ころか
ら製造販売している型番D353M3(=ロ号物件)における同機構の構成と全く
同一である。
型番D353M3(=ロ号物件)の構成が,本件各特許発明の構成要件
を充足することは「前提となる事実」(前記第2,1)の(9)に記載のとおりであ
る。
イ 被告は,遅くとも平成6年1月21日には,本件各特許発明を実施した
型番D357T3のフロッピーディスクドライブ(以下単に「D357T3型」と
いう。)を販売しており,訴外シャープ株式会社(以下「シャープ社」という。)
の販売するワードプロセッサ(機種名WD-Y340,製品名「書院」)にも搭載
されていた(乙11ないし15)。
そして,D357T3型が,本件各特許発明を実施した製品であること
は,単品で販売されていた,あるいは上記「書院」等に組込まれていたD357T
3型を分解等すれば,容易に知り得ることである。
したがって,被告は,遅くとも平成6年1月21日には,本件各特許発
明を実施していたということができる。
ウ 以上のとおり,被告は,本件特許の出願日である平成7年5月15日以
前に,本件各特許発明の内容を知らないで自らこれらの発明をし,平成4年12月
ころから現在に至るまで,本件各特許発明と同一の構成を有する製品を製造,販売
している。
したがって,被告は,本件特許権に関し,先使用に基づく通常実施権
(特許法79条)を有する。
(原告の主張)
(1) 自白について
ア 自白の援用について
被告は,原告の主張する事実と異なる事実を自白と主張しているもので
あって,そもそも自白の援用には該当しない。
すなわち,被告が自白であると主張している事実は,訴状記載の「被告
はイ号物件及びロ号物件を本件特許の出願前の平成6年2月23日から輸入,製
造,販売等をしている。」という事実であるが,ここにいうイ号物件及びロ号物件
は,訴状に添付された物件目録(本判決末尾添付の別紙「物件目録」と同一のも
の)から明らかなとおり,イ号物件は「型番:D359M3のフレキシブルディス
ク装置」を意味し,ロ号物件は「型番:D353M3のフレキシブルディスク装
置」を意味するものである。したがって,原告は,「被告は,型番:D359M3
のフレキシブルディスク装置(イ号物件)及び型番:D353M3のフレキシブル
ディスク装置(ロ号物件)を本件特許の出願前の平成6年2月23日から輸入,製
造,販売等をしている」と主張したにすぎない。
他方で,被告は,「イ号物件(型番表示:D359M3)及びロ号物件
(型番表示D353M3)を平成10年4月頃から製造,輸入及び(又は)譲渡等
をしていることを認める。」旨主張しており(被告第1準備書面2頁9,10
行),本件特許出願日以前には,これらの被告製品を製造,販売していない事実を
認めている。
したがって,被告自身,被告製品を本件特許出願日前に製造,販売して
いた事実を明確に否定している以上,自白の効果は生じないのであって,自白を援
用する旨の被告の主張は失当である。
イ 自白の撤回
仮に,被告の主張を前提とし,原告が主張した事実に自白が成立すると
しても,当該事実は真実に反し,錯誤に基づいて陳述したものであるから,原告は
自白を撤回する。
本件特許出願日前に,被告が,本件特許権を侵害する製品を本件特許登
録出願日前より製造,販売している事実は存在せず,被告が自白であると主張して
いる事実が真実に合致しないことは明らかであり,この陳述は錯誤に基づくものと
推定されるから,撤回は許されるべきである。
(2) 先使用の主張に対する反論
 原告は,本訴訟提起に先だち,被告と,本件特許権及び本件実用新案権に
ついて交渉を行っていた。その際の交渉で,被告は,被告の製造販売する製品が掲
載されたカタログ(甲5)を原告に提示し,同カタログにより,本件特許発明と同
一の構成を有する製品が,本件特許出願前に製造,販売されていた事実を主張し,
これを裏付けるものとして,被告を出願人とする公開実用新案公報(甲6)を提示
した(甲7)。
 しかし,公開実用新案公報(甲6)には,実施例として,「フロントパネ
ル4は樹脂を一体成形したものであり,正面部分にはディスクカートリッジが挿入
されるディスク挿入口6,イジェクト釦(図示せず)が挿入される釦取付口7,及
びパイロットランプが取付けられるランプ口8が形成されると共に,短辺側の側部
にはフロントパネル4を磁気ディスク装置に取付けるための取付レバー部9a,9
bが形成されている。また,フロントパネル4の背面の上方両側位置には,軸受部
10a,10bが形成されており,この軸受部10a,10b内には軸孔11a,
11bが設けられている。」と記載されており(甲6・5頁6-17行),軸受部
があるのは,取付レバー部(本件特許発明における係止片にあたると考えられる)
ではなく,フロントパネルとされているから,本件特許発明1の「係止片それぞれ
の基部に形成された軸受穴」(構成要件1-D)の構成を有するものではない。
 したがって,本件特許出願前に本件各特許発明と同一の構成を有する製品
を製造,販売していたとする被告の主張は,明らかに事実に反しており,先使用の
事実はない。
3 争点3-本件特許権の無効理由の存在
(被告の主張)
本件各特許発明は,特許出願前に公然実施された発明である(特許法29条
1項2号違反)。
前述のとおり(前記2の被告の主張(2)ア,イ参照),被告は平成4年12月
ころから,本件各特許発明を公然と実施しており,その実施例の証拠として,遅く
とも平成6年1月21日には,本件各特許発明を実施したD357T3型のフロッ
ピーディスクドライブをシャープ社に販売し,同社は,これをワードプロセッサ
(機種名WD-Y340,製品名「書院」)に搭載して,販売していた。そして,
D357T3型の製品が,本件各特許発明を実施した製品であることは,単品で販
売されていた,あるいは,上記「書院」等に組込まれていた型番D357T3を分
解等すれば,容易に知り得るのであるから,被告は遅くとも平成6年1月21日に
は,本件各特許発明を公然と実施していたということができる。
したがって,本件特許権には,本件特許権の出願日前の公然実施を理由とす
る無効事由が存することが明らかであって,本件特許権に基づく原告の請求は,権
利の濫用に当たる。
(原告の主張)
前述のとおり(前記2の原告の主張参照),本件特許出願前に,被告が本件
各特許発明の技術的範囲に属する製品を製造,販売していたとは認められないか
ら,公然実施が成り立つ余地はない。
4 争点4-本件考案の構成要件充足性
(原告の主張)
(1) 被告製品は,次のとおり,本件考案の構成要件のすべてを具備し,本件考
案の技術的範囲に属する。なお,以下の原告主張の項における符号は,別紙「物件
目録」に記載の符号を示すが,参照の便宜のため,原告が主張する名称及び記号の
後の括弧内に,被告の主張する記号及び名称を記入している箇所もある(ただし,
被告の主張を引用する部分は,被告が主張する記号及び名称を直接引用してい
る。)。
ア 構成要件3-Aのガイド用立上り係止爪の「ガイド」とは,「①案内す
ること。」(広辞苑第5版・甲10),「guideapparatus案内装置 ①ある機構
の運動を既定の方向に導く装置。」(英和和英機械用語図解辞典第2版・甲11)
という説明にも見られるように,日常用語としても,技術用語としても,一定の方
向に導ければ足りるのであって,本件考案における「スライドカムのガイド用係止
爪」は,係止爪がスライドカムをガイドする場合に,係止爪がスライドカムと常時
接触している必要はなく,スライドカムが予定されていない方向に抜けるのを防止
するようにガイド(案内)すれば足りる。
被告製品における立上り係止爪9(フレキシブルディスク位置決め支持
部材1fとフレキシブルディスク支持部材1g)に,「抜けるのを防止する(いわ
ゆるフェールセーフ)機能」があることは被告も認めており,フレキシブルディス
クの出し入れするような通常の操作の場合にも,スライドカム8の振動又は撓みが
加わることにより,スライドカム8は,立上り係止爪9(フレキシブルディスク位
置決め支持部材1fとフレキシブルディスク支持部材1g)に面接触し,立上り係
止爪9は,スライドカム8を「予定されていない方向に抜けるのを防止するように
ガイド(案内)する」ものである。
そうすると,被告製品の立上り係止爪9(フレキシブルディスク位置決
め支持部材1fとフレキシブルディスク支持部材1g)が,構成要件3-A「ガイ
ド用立上り係止爪」を充足するのは明らかであり,被告製品の立上り係止爪9は,
フレーム本体2に複数個が一体成形され,フレーム本体2上を進退されるスライド
カム8をガイドするものといえる。
したがって,被告製品は,構成要件3-Aを充足する。
イ 構成要件3-Bにおける「立上り起点部より細巾の立上り部」の「細
巾」とは,立上り係止爪の頭部(係止爪部)よりも細い巾をいい,被告製品の立上
り係止爪9(フレキシブルディスク位置決め支持部材1fとフレキシブルディスク
支持部材1g)は,立上り係止爪9(フレキシブルディスク位置決め支持部材1f
とフレキシブルディスク支持部材1g)の頭部(係止爪部)よりも巾が細い。
したがって,被告製品の立上り係止爪9は,立上り起点部より細巾の立
上り部10と,係止爪部11を有するものであり,被告製品は構成要件3-Bを充
足する。
ウ 「スライド」とは「滑ること。滑らせること。ずらすこと。」であり
(「広辞苑 第五版」1452頁),「長孔」とは,文字通り長い穴のことである
から,構成要件3-Cにおける「スライド長孔」とは,「嵌挿係止され」た立上り
係止爪がずれるように作られた長い穴のことである。
被告製品のスライド長孔13(切欠き開口2cないし2e)は,立上り
係止爪9(フレキシブルディスク位置決め支持部材1fとフレキシブルディスク支
持部材1g)がずれるように作られた長い穴であるから,「スライド長孔」に該当
する。
また,構成要件3-Cにおける「嵌挿係止され」とは,文字どおり,嵌
め入れられ,止められることであり,具体的には,「スライド長孔」に立上り係止
爪が嵌め入れられ,予定されていない方向に抜けるのを防止する程度に止められて
いることを意味している。
被告製品における立上り係止爪9(フレキシブルディスク位置決め支持
部材1fとフレキシブルディスク支持部材1g)は,スライド長孔13(切欠き開
口2cないし2e)に嵌め入れられ,スライドカム8が予定されていない方向に抜
けるのを防止する程度に止められているから,嵌挿係止されているといえる。
したがって,被告製品のスライドカム8は,挿込孔部12を連設した複
数のスライド長孔13から成り,立上り係止爪9が嵌挿係止されるものであるか
ら,被告製品は構成要件3-Cを充足する。
エ 構成要件3-Dにおける「スライドカムを摺動可能に,摺動方向の前後
で保持している」のうち,「摺動可能」とは,摺動動作ができることを意味し,
「保持」の意味は,「スライドカムが予定されていない方向に抜けるのを防止する
程度に止められていること」を意味する。
被告製品におけるスライドカム8は,摺動できる状態になっており,被
告製品における立上り係止爪9(フレキシブルディスク位置決め支持部材1fとフ
レキシブルディスク支持部材1g)は,スライドカム8が予定されていない方向に
抜けるのを防止する程度に止められており,「スライドカムを摺動可能に,摺動方
向の前後で保持」しているといえる。
したがって,被告製品は構成要件3-Dを充足する。
オ 上記のとおり,被告製品が「フレキシブルディスク装置のスライドカム
保持装置」を備えることは明らかである。
したがって,被告製品は構成要件3-Eを充足する。
(2) 被告の主張に対する反論
ア 構成要件の解釈について
被告は,本件考案の出願経過を根拠に,本件考案の構成要件として,①
立上り係止爪とスライドカムが接触すること,②スライドカムとフレーム本体との
面接触が必要であることを主張するが,このような解釈は誤りである。
① 立上り係止爪とスライドカムの接触について
被告は,立上り係止爪とスライドカムが接触することが本件考案の要
件であると主張するが,本件考案のクレームは,立上り係止爪がスライドカムに接
触していることを要件としていない。また,本件実用新案明細書にも,そのように
限定して解釈すべき記載は存せず,被告が指摘する出願経過においても,かかる限
定解釈を行う根拠は存在しない。被告が引用する後記発明(特願昭61-2349
81号[特開昭63-90058号]。乙1。以下「先願発明」という。)は,立
上り係止爪がスライド長孔と係合する段差部を有していたため,その段差部がスラ
イドカムに接触しており,当該段差部が磨耗することが問題になっていた。しか
し,本件考案は,当該段差部を廃し,スライドカムとフレームとが直接接触するよ
うな構成として,立上り係止爪の特定部分が常にスライドカムと摺動することを回
避し,立上り係止爪が局部的に磨耗することを抑えることを目的にしたものであ
る。すなわち,本件考案が目的とするところは,スライドカムとフレームとを面接
触させることにより,従来スライドカムが立上り係止爪の段差部に掛けていた力を
フレームに分散させ,立上り係止爪に対する負荷を減少させるものである。このよ
うに,本件考案は立上り係止爪の段差部に磨耗部分が集中的に生じることを防止す
るために,係止爪の段差部をなくし,従来その部分に集中していた摩擦力を,比較
的広い範囲のフレーム表面に分散し得るようにしたものである。被告が主張するよ
うに,立上り係止爪とスライドカムが常に接触していれば,スライドカムは動かな
い。むしろ,立上り係止爪の細巾部分の側面部又は係止爪の下面部とスライド長孔
の縁部が接触しないことは,「スライド長孔と立上がり起点部より細巾の立上り部
又は係止爪部の局所的な磨耗を抑えることができる」理想的な場合であって,本件
考案に記載された作用効果を当然に享受しているものであるから,接触しない場合
が本件考案の技術的範囲に含まれるのは当然である。
また,被告は,「ガイド」の意義について,被告が提出する乙21の
1(機械工学用語事典)に「沿ってすべらせ」と記載されていることを根拠に,
「立上り係止爪」と「スライドカム」との接触が必要であるとも主張するが,上記
のとおり,「ガイド」とは一定の方向に導ければ足りるのであって,乙21の1に
掲げられた定義は,単に一例を挙げたにすぎず,これに限定する趣旨ではない。
したがって,「ガイド」する機能を有するからといって,「立上り係
止爪」と「スライドカム」との接触が必須要件であるという被告の解釈は導き出せ
ない。
上記のとおり,本件考案の構成要件の解釈において,立上り係止爪の
細巾部分の側面部又は係止爪の下面部とスライド長孔の縁部の接触を要求するもの
ではなく,被告の主張は失当である。
② また,被告は,被告製品においては,「フレキシブルディスク位置決
め支持部材1f及びフレキシブルディスク支持部材1g」と「スライドカム」が接
触していないから,本件考案の作用効果を有しない旨主張するが,被告製品は,ス
ライドカム8の振動又は撓みによって,スライドカム8が立上り係止爪9に接触
し,この接触の際に,スライドカムとフレーム2の高さ方向位置規制及びガイド用
の盛り上がり部1dとの面接触による摺動により,スライド長孔と立上り起点部よ
り細巾の立上り部又は係止爪部の局所的な摩耗を押さえることができるという効果
を生じている。
したがって,被告製品は,本件考案の作用効果を有するものであり,
被告の主張は失当である。
③ スライドカムとフレーム本体の面接触について
被告は,本件考案においては,スライドカムがフレーム本体と常に全
面的に接触することが必要であるかのように主張するが,本件考案は,スライドカ
ムとフレーム本体とが面接触しつつ摺動するという作用が実現できるものであり,
スライドカムの摺動動作により生じる力をフレーム本体でも受けることができるよ
うに構成したものであれば足り,スライドカムとフレーム本体と全面的に面接触す
ることを要求するものではない。
イ 構成要件3-A「ガイド用立上り係止爪」について
(ア) 「ガイド」の意味について
① 被告は,本件考案の「ガイド」は,スライドカムが高い精度で所定
方向に運動するために「案内する」ことを意味すると主張するが,仮にスライドカ
ムに接触することが要件であるとしても,このように高い精度でガイドすることが
必要であるとの限定的な解釈はできない。本件考案における立上り係止爪は,上
記(1)アに記載のとおり,予定されていない方向への運動を規制するという意味での
「ガイド」の役割を果たすことで十分であり,単独でフレキシブル装置が必要とす
る精度のスライドカムの運動規制をすることまでを要件とするものではない。
被告が主張する,「スライドカムがフレーム本体を円滑に摺動す
る」及び立上り係止爪が「外部から過大な振動などが加わった場合,上下(フレー
ム本体の表面に対し垂直方向)に変位した際に,スライドカム2が外れたり,抜け
るのを防止する機能(いわゆるフェールセーフ)機能」は,原告の主張する「ガイ
ド」の内容,つまり,スライドカムが予定されていない方向に抜けるのを防止する
ように案内する機能を有するものである。
② そもそもフレキシブルディスクドライブは,フロッピーディスクの
着脱回数「3万回から10万回程度」という使用環境に耐えうるだけの性能を有す
るように設計,製作されており,特に,フレキシブルディスクドライブのイジェク
トボタンは比較的乱暴に扱われることが多い部分であることから,スライドカムは
弾性変形するものである。そして,検甲1によれば,被告の主張するフレキシブル
ディスク位置決め支持部材1fとスライドカム2が接触するものであることが明ら
かになっている。したがって,スライドカム2が弾性変形して,フレキシブルディ
スク位置決め支持部材1fとスライドカム2が接触することは設計時から予定され
ていたものといえる。
そして,本件考案においては,スライドカムに立上り係止爪が嵌め
入れられ,予定されていない方向に抜けるのを防止する程度に止められていれば足
りるのであって,上記のとおり,被告製品では,フレキシブルディスク位置決め支
持部材1fとスライドカム2が接触することまで確認されたのであるから,スライ
ドカムに立上り係止爪が嵌め入れられ,予定されていない方向に抜けるのを防止す
る程度に止められているのは明らかというべきである。
なお,被告は,「フレキシブルディスク位置決め支持部材1fの耐
衝撃用ストッパ1f-3及びフレキシブルディスク支持部材1gの耐衝撃ストッパ
1g-2の下面とスライドカムの上面とは接触しないように設計上寸法を決めてい
る。」旨も主張するが,上記のとおり,一箇所の立上り係止爪とスライドカムが接
触することは確認されており,全4箇所ある立上り係止爪のうち,少なくとも一箇
所でスライドカムとの接触が確認できれば,その原因は,スライドカムと立上り係
止爪の間隔の公差などによるものといえ,同一条件となる他の三箇所も同様に接触
するであろうことは設計時から予定されていたものといえる。
③ 被告は,被告の主張する横方向規制ガイド用突起2a及び折り曲げ
片2bが,スライドカムの横方向並びに高さ方向の動作を規制する役割を担ってい
るから,被告が主張する被告製品のフレキシブルディスク位置決め支持部材1f及
びフレキシブルディスク支持部材1gは,スライドカムをガイドしていないと主張
する。
しかし,被告製品において,ガイド用突起2aが横方向の規制を行
い,スライドカムの高さ方向規制用突起2b-1が高さ方向の規制を行っているの
は,フレキシブルディスクドライブ装置の動作規制の精度を上げるために追加され
た付加的構成に過ぎず,これにより,立上り係止爪の「ガイド」の役割が否定され
るものではない。被告製品においては,スライドカムにそれほど大きな力が加わっ
ていないような使用状態においては,スライドカムの位置規制は,概ね横方向規制
ガイド用突起2aと,折り曲げ片2bとによってなされると考えられるが,通常の
使用状態であっても,ボタンを押し込む際等,やや過大な力がスライドカムに加わ
った際には,スライドカムには上方に押し上げる力が働き,立上り係止爪9にも接
触する可能性が生じ,今度は立上り係止爪9(フレキシブルディスク位置決め支持
部材1f及びフレキシブルディスク支持部材1g)が主体的なガイドとしての役割
を果たすことになる。つまり,被告製品は,横方向規制ガイド用突起2a及び折り
曲げ片2b(付加的ガイド機構)と立上り係止爪9(主たるガイド機構)を併有
し,被告製品の場合,精度の高い動作規制を行うために,付加的ガイド機構を備え
ているがフレキシブルディスクドライブ装置においては,頻繁に挿入取出しが行わ
れ,また設置方向も縦横に変化することが多いので,上方に押し上げる力が頻繁に
加わるから,被告製品においては,主たるガイド機構(立上り係止爪9)がこれに
対処するために有効に働くのであり,被告製品は正にこの設計思想に立脚したもの
である。原告は,上記付加的ガイド機構が存在することを争うものではなく,主た
るガイド機構が本件考案の技術的範囲に属すると主張するものである。
したがって,被告が横方向規制ガイド用突起2a及び折り曲げ片2
bのガイドの機能を指摘しても,被告製品のフレキシブルディスク位置決め支持部
材1f及びフレキシブルディスク支持部材1gのガイドの機能を否定するものでは
ないから,被告の反論は失当である。
ウ 構成要件3-B「立上り起点部より細巾の立上り部」について
(ア) 被告は,「立上り起点部より」の解釈が不明であると主張するが,
「立上り起点部」が,立上り係止爪がフレームから立ち上がるその起点部を意味し
ているのは技術的に明らかであり,「立上り起点部より細巾」は,「起点部か
ら(from)細巾」という意味である。かかる解釈は,本件考案が,スライドカムと
フレームを摺動可能とするものである点や本件実用新案公報(甲4)の第1図とも
整合する。
上記のとおり,「ガイド」とは,予定されていない方向に抜けるのを
防止するように案内することであるが,抜けるのを防止するためには,頭部が立上
り部より巾が広い必要があり,また,「立上り起点部より細巾」とは,本件考案
が,スライドカムがフレームに面接触しつつ摺動する点から,かかる構成を実現す
るには,立上り起点部から(from)立上り部が細巾である必要があることより当然
である。スライドカムがフレームに面接触しつつ摺動するために,立上り起点部に
比べて(than)立上り部が細巾である必要はないから,被告の主張は本件考案の技
術的特徴を無視したものである。
したがって,「立上り起点部より」の意味は一義的かつ明瞭であり,
被告の主張は失当である。
(イ) また,「細巾」は,「頭部より巾の細い」すなわち,立上り係止爪
の頭部と比較すると,立上り部は巾が細いという意味である。立上り係止爪は,ス
ライドカムに「嵌挿係止」され,予定されていない方向に抜けるのを防止する程度
に止められるが,本件考案は,そのための構造として,立上り係止爪の頭部の巾が
立上り部よりも太いものを規定している。この点は,甲4の第1図からも明らかで
あり,これを不明瞭とする被告の主張は失当である。
エ 構成要件3-C「嵌挿係止」について
被告は,嵌挿係止について,「スライド長孔の縁部と立上り係止爪が
接触することが前提となる」旨主張するが,接触していたのでは,スライドカムは
動かなくなるから,このような解釈は誤りである。また,本件実用新案明細書に
は,従来技術である第2図について,「(3)は上記スライドカム(2)のだるま
穴形スライド溝(2b)に嵌挿係止され,これの進退時の案内役をするように上記
フレーム本体に植立させた係止ポスト」と記載されている。第2図を見ると,
(3)はごく短い突起が突き出している程度の構造である。これでも,スライドカ
ムのだるま穴形スライド溝(2b)に「嵌挿係止」された「案内役」をする「係止
ポスト」とされているのであるから,本件考案の明細書が,「嵌挿係止」につい
て,固定的なものを要求しておらず,嵌め入れられ,予定されていない方向に抜け
るのを防止する程度に止められていることを意味しているのは明らかである。
オ 構成要件3-Dについて
(ア) 摺動可能について
被告は,被告製品は,高さ方向位置規制及びガイド用の盛り上がり部
1dがスライドカムとの摺動面をなすから,スライドカムとフレームが直接面接触
することはないとし,本件考案とは作用効果が相違するとも主張しているが,高さ
方向位置規制及びガイド用の盛り上がり部1dがフレームの一部であるのは明らか
であるから,被告製品においては,スライドカムとフレームとは面接触していると
いうべきである。
(イ) 保持
被告は,スライドカム2の各切欠き開口(2c,2d,2e)の側壁
側側縁から下方に切り起されて形成されている折曲げ片2bがスライドカム2の保
持機能を果たしていると主張するが,仮にそうだとしても,折曲げ片2bの存在に
よって,立上り係止爪9(フレキシブルディスク位置決め支持部材1fとフレキシ
ブルディスク支持部材1g)が,スライドカムが予定されていない方向に抜けるの
を防止する機能を発揮できなくなるものではない。
(被告の主張)
(1) 本件考案の「技術的範囲」の確定にあたっては,本件考案の審査経過を参
照すべきである。(なお,特に断らない限り,被告の主張における各符号は,別紙
「被告物件説明書」記載のものを示す。)。
ア 本件考案は,昭和63年1月12日に,実用新案登録出願(実願昭63
-2511)され,平成6年2月23日に出願公告がされた後,平成6年5月20
日,登録異議の申立てがされた。特許庁は,本件考案は,特願昭61-23498
1号(特開昭63-90058号)の明細書(乙1。以下,同明細書を「先願明細
書」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一の発明であ
るとして,上記登録異議の申立てを認め,本件考案の登録を拒絶した(乙2)。こ
れに対し,原告は,拒絶査定不服審判の申立てと同時に,「立上り起点部より」
(構成要件3-B参照。)という限定を加えることによる補正(以下「本件補正」
という。)を行い,登録査定された(乙3)。
原告が,本件補正の際に特許庁に提出した審判請求理由補充書(乙4)
において,先願発明のスライドカムのガイド用立上り係止爪の構成と本件考案のガ
イド用立上り係止爪の差異と作用効果の差異について行った主張(同補充書の「本
願考案と先願との対比」の項を参照。)によれば,先願発明と識別できる本件考案
の特徴的構成部分は,「スライドカムのガイド用立上り係止爪が,立上り起点部よ
り細巾の立上り部と,係止爪部とからなること」であり,上記登録異議の申立てに
対する決定(乙2)に示されているように,本件考案の構成要件のうち,構成要件
3-A,3-C,3-Dは,すべて先願発明(乙1)に開示されており,構成要件
3-Bのみが本件考案の特徴的構成部分といえる。
したがって,本件考案の技術的意義は,①本件考案のスライドカムは,
立上り起点部より細巾の立上り部と係止爪部とからなるスライドカムのガイド用立
上り係止爪と,スライドカムの長孔(の側縁部分)と上記細巾の立上り部及び係止
爪下面部において接触し(ガイドされ)つつ,摺動し,②該スライドカムは,(立
上り係止爪の立上り部が立上り起点部より細巾で,立上り係止爪がスライドカムを
摺動可能に,摺動方向の前後で保持する構成であるが故に)フレーム本体とも面接
触しつつ摺動するので,スライドカムの摺動動作により生じる力をフレーム本体で
も受け,スライド長孔と立上り起点部より細巾の立上り部又は係止爪部に加わる力
は分散されて比較的小さくなり,スライド長孔と立上り起点部より細巾の立上り部
又は係止爪部の局部的な磨耗を抑えることができることにある。つまり,本件考案
の意義は,スライドカムの摺動動作の信頼性の向上を図るとともに,スライドカム
はフレーム本体上を円滑に摺動することができるという効果を奏する点にある(手
続補正書(乙3)の第4項参照)。逆にいえば,先願発明(乙1)との比較におい
て,フレキシブルディスクドライブ装置におけるスライドカム装置のスライドカム
がそのスライド長孔の側縁部分とスライドカムのガイド用立上り係止爪の細巾の立
上り部及び係止爪の下面部において接触し(ガイドされ),同時に,当該スライド
カムがフレーム本体とも面接触しつつ摺動するという動作(作用)を実現できるス
ライドカム装置のみが,本件考案の技術的範囲に属すると解釈すべきである。
イ 原告は,立上り係止爪がスライドカムに接触していることは,本件考案
の要件ではない旨主張するが,次の点からみても,立上り係止爪とスライドカムが
接触することが要件であることは明らかである。
① 本件考案における「ガイド」は,機械装置においては,「ある機械部
分を,それに沿ってすべらせ,特定の方向に導く棒やみぞなどのこと。」に用いら
れる用語である(機械工学用語辞典・乙21の1)。
本件考案では,スライドカムの長孔に立上り係止爪が嵌挿係止され,
スライドカムの長孔を立上り係止爪に沿ってすべらせることにより,スライドカム
を特定の方向に導くものであること,換言すれば,立上り係止爪が,スライドカム
の長孔の縁部と接触し,それらの間で作用する力により,スライドカムが立上り係
止爪により所定の方向に運動が規制され,案内されるものであることは,明らかで
ある。このように本件考案における立上り係止爪の機能がスライドカムをガイドす
ることにある以上,本件考案が,立上り係止爪がスライドカムに接触していること
を要件としていることは当然のことである。
② また,構成要件3-Cに,「立上り係止爪は,‥‥‥スライド長孔
に,嵌挿係止され」とあるように,嵌め入れられて,止められるものであるから,
スライド長孔の縁部と立上り係止爪が,接触することが前提となっていることは明
らかである。
③ さらに,構成要件3-Dにおいて,「スライドカムを摺動可能に,摺
動方向の前後で保持」することを要件としており,その摺動の態様としてスライド
カムがフレーム本体上面及び立上り係止爪の立上り部側面並びに係止爪部下面と,
摺動させていることはその明細書の記載から明らかである。そして,「摺動」と
は,接触状態ですり動かすことを意味する用語(弁理士会研修所・基本テキスト・
乙22の3)であり,上記摺動(接触)動作を実現するためには,立上り係止爪が
スライドカムに接触していることが要件となることは明らかというべきである。
ウ また,原告は,スライドカムとフレーム本体との面接触についても,否
定するが,上記の本件考案の補正の経過から明らかなように,本件考案は,ガイド
用立上り係止爪を,立上り起点部より細巾の立上り部からなる係止爪にしたことに
より,スライドカムがフレーム本体と面接触することによって,係止爪部に加わる
力が分散されて比較的小さくなる効果を有するものである。スライドカムが単に
「面接触」とのみ記載されているのであるから,本件考案においてはスライドカム
とフレーム本体とが全面的に接触することを前提に表現していると読むのが自然で
ある。
(2) 以上を前提とすると,被告製品は,本件考案の技術的範囲に属さない。
ア 構成要件3-Aについて
(ア) 被告製品のフレキシブルディスク位置決め支持部材1f及びフレキ
シブルディスク支持部材1g(原告のいう立上り係止爪9)は,「フレーム本体上
を進退されるスライドカムをガイドする」機能を有していない。
すなわち,被告製品のフレキシブルディスク位置決め支持部材1f及
びフレキシブルディスク支持部材1g(原告のいう立上り係止爪9)は,それぞれ
スライドカムに形成した切欠き開口2c,2d,2e(原告のいうスライド長孔1
3)内に突出して位置するようになっており,フレキシブルディスク位置決め支持
部材1f及びフレキシブルディスク支持部材1gは,いずれも立上り部1f-1,
立上り部1g-1を有している(ただし,立上り部1f-1,立上り部1g-1は
立上り起点部より細巾な形状をしていない。)。しかし,このフレキシブルディス
ク位置決め支持部材1fの立上り部1f-1,耐衝撃用ストッパ1f-3の下面
部,フレキシブルディスク支持部材1gの立上り部1g-1,耐衝撃用ストッパ1
g-2の下面部は,いずれもスライドカムに形成された切欠き開口2c,2d,2
e(原告のいうスライド長孔13)の左右側縁とは接触しない設計となっている
(別紙「被告物件説明書」3,4頁及び図10,11参照)。
そうすると,被告製品のフレキシブルディスク位置決め支持部材1f
及びフレキシブルディスク支持部材1g(原告のいう立上り係止爪9)がスライド
カムのガイド機能を果たさないことは明らかであり,本件考案の構成要件3-Aの
いう「フレーム本体上を進退されるスライドカムのガイド」の機能を有していない
というべきである。
なお,「ガイド」の意味が,原告が主張するように「予定されていな
い方向に抜けるのを防止するようにガイドすれば足りる」のであれば,フレキシブ
ルディスク装置が必要とする精度において,立上り係止爪以外に,スライドカムの
所定方向への運動を規制する機能を有する本来のガイド部材が他に備わっていなけ
ればならないはずである。なぜなら,「予定されていない方向に抜けるのを防止で
きれば足りる」程度での案内のみでは,スライドカムの動作のたびにフレキシブル
ディスク装置に振動が生じ,他の構成部品への影響が生じるなど,フレキシブルデ
ィスク装置としては,欠陥製品といわざるを得ず,商品たりえないからである。そ
の意味で,フレキシブルディスク装置において,スライドカムの所定方向への運動
を規制する機能を有する本来のガイド部材の存在は不可欠なのである。
なお,被告製品のフレキシブルディスク位置決め支持部材1f及びフ
レキシブルディスク支持部材1gは,その上面部の先端(耐衝撃用ストッパ1f-
3,1g-2)がスライドカム2と間隔をおいて位置するよう(摺動しないよう
に)突出して設計され,この突出部は,スライドカム2と接触していないため,保
持機能は有しないが,スライドカム2が外部からの過大な振動などが加わった場
合,上下(フレーム本体の表面に対し垂直方向)に変位した際に,スライドカム2
が外れたり,抜けるのを防止する(いわゆるフェールセーフ)機能を果たしている
が,これを,「ガイド」=所定方向に運動を規制するものということはできない。
(イ) 被告製品におけるスライドカムをガイドする構成は,次のとおりで
ある。
被告製品においては,フレーム本体1の左右前後に前後方向に伸びる
4個の横方向規制ガイド用スライド長孔1aが形成されている。これらの長孔1a
は,フレーム本体1に形成された4個のフレキシブルディスク位置決め支持部材1
f及びフレキシブルディスク支持部材1g(原告のいう立上り係止爪9)よりも内
側に位置し,長孔1aの周囲は,フレーム本体1の表面より僅かに盛り上がり,長
孔1aはそのような前後に細長い盛り上がり部1dに形成されている(別紙「被告
物件説明書」図3,10及び11参照)。
一方,スライドカム2の底面には,上記4個の長孔1aにそれぞれ挿
嵌される4個の絞り加工による筒状の横方向の規制ガイド用突起2aが一体形成さ
れており,この突起2aの筒状部を上記長孔1aに挿嵌することにより,スライド
カム2をフレーム本体1に対して前後方向に摺動,かつ,案内(ガイド)するよう
になっている(上記説明書図5,9,10及び11参照)。
このように,被告製品において,スライドカム2のガイドの機能を有
しているのは,フレーム本体1の左右前後に前後方向に伸びる4個の長孔1aと,
その長孔1aにそれぞれ挿嵌されスライド底面に一体形成される4個の横方向規制
ガイド用突起2aであり,係止爪9がスライドカム2のガイドの機能を有している
本件考案とは,その構成を全く異にする。
さらに,被告製品においては,スライドカム2の下面に,上記説明書
の図5に示すように,各切欠き開口2c,2d及び2eの側縁に,フレーム本体1
の折曲げ片逃がし用長孔1b(図3参照)に係合する折曲げ片2bが切り起されて
形成されている。折曲げ片2bは,フレーム本体1に形成されている係止用長孔1
bの縁部下面と係合関係を持ち,その横方向に突出する高さ方向規制突出部2b-
1から上方への浮き上がりを規制し(上記説明書の図4,5及び11参照),スラ
イドカム2の保持機能を果たすものである。
被告製品は,以上のような構成によりスライドカムのガイドをしてい
る。
イ 構成要件3-Bについて 
(ア) 上記アのとおり,被告製品のフレキシブルディスク位置決め支持部
材1f及びフレキシブルディスク支持部材1g(原告のいう立上り係止爪9)は,
スライドカムをガイドしていないので,構成要件3-Bの「上記立上り係止爪」の
要件を充たさない。
(イ) また,構成要件3-Bにおける「立上り起点部より細巾の立上り
部」の「細巾」はいかなる部位に比較して「細巾」であるのか明らかではなく,ま
た,本件補正により付加された「立上り起点部より」についても出願当初の明細書
又は図面(乙5)にも何ら記載されていない事項であって,「立上り起点部より」
の「より」とは,起点部より細巾(thinnerthan)の意味なのか,起点部か
ら(from)の意味なのかについても一義的記載とはいえない。
なお,原告は,構成要件3-Bの「立上り起点部より細巾の立上り
部」の解釈につき,「(係止爪の)頭部より巾の細い」と主張するが,クレームに
このような記載は一切ない。「立上り起点部より」なる語句は,文章構文上「細巾
の」を修飾する以外になく,なぜ「立上り起点部より細巾の立上り部」が「頭部よ
り巾の細い」となるのか,不明瞭である。仮に原告主張のとおりだとしても,「頭
部より巾の細い立上り部」が本件考案にどのように作用しどのような効果を生み出
しているのか全く不明である。また,原告は,「より」は,「から(from)」であ
ることは明らかである旨主張するが,文章構文上,「より」は,細巾の細いを修飾
する「より(than)」と理解するのが自然である。
したがって,この補正自体に問題を含むものであるが,この補正は前
述の異議申立てにおいて引用された先願明細書及び図面との差異を示すためになさ
れたものであることは明らかである。
 一方,被告製品のフレキシブルディスク位置決め支持部材1f及びフ
レキシブルディスク支持部材1gのそれぞれの立上り部1f-1,1g-1の巾
は,先願発明公報第8図(乙1)に記載されたものと同様に巾広であって,本件実
用新案公報の図面に示されたような細巾のものではない。被告製品のフレキシブル
ディスク位置決め支持部材1f及びフレキシブルディスク支持部材1gは,そもそ
もスライドカム2をガイドするものではなく,フレキシブルディスクを位置決め及
び支持するものであって,当然に所定の強度を必要とするのであるから,本件実用
新案公報に図示されるような細巾のものであってはならないからである。
 以上の点から,被告製品は構成要件3-Bを充足しない。
ウ 構成要件3-Cについて
被告製品におけるスライドカム2には,後方左右の切欠き開口2cと前
方左の切欠き開口2dと前方右の切り欠き開口2eが設けられている。これらの切
欠き開口2c,2d,2eは,スライドカム2がフレーム本体1を移動する際にフ
レキシブルディスク位置決め支持部材1f及びフレキシブルディスク支持部材1g
を逃がすための開口であって,スライドカムをガイドするためのものではない。
したがって,被告製品には,原告が主張する「スライド長孔」なるもの
は存在しない。
切欠き開口2cには,それぞれ一端からフレキシブルディスク位置決め
支持部材1f(原告のいう立上り係止爪9)を,また,切欠き開口(2c,2d)
にはフレキシブルディスク支持部材1gをそれぞれ挿入できるような挿入孔部が設
けられているが,被告製品のフレキシブルディスク位置決め支持部材1fもフレキ
シブルディスク支持部材1gも本件考案の立上り係止爪9の機能(即ち,スライド
カムのガイド機能)を有していない。
さらに,「嵌挿係止」とは,嵌め入れられて止められるのであるから,
スライド長孔の縁部と立上り係止爪とが接触することが前提となっていると解され
るところ,フレキシブルディスク支持部材1g及びフレキシブルディスク位置決め
支持部材1fは,上記切欠き開口に嵌挿係止されていない。
以上のとおり,被告製品のスライドカムには「スライド長孔」は存在せ
ず(ガイド用スライド長孔1aはフレーム本体1に形成されている),また,スラ
イドカムに形成された切欠き開口2cに挿入されたフレキシブルディスク位置決め
支持部材1fは,切欠き開口部2cに,スライドカムに形成された切欠き開口2
d,2eに挿入されたフレキシブルディスク支持部材1gは,切欠き開口部2d,
2eに,いずれも係止されているといえないから,被告製品は,構成要件3-Cを
充足しない。
エ 構成要件3-Dについて
構成要件3-Dにおける「摺動方向の前後で保持」とは,先願発明(乙
1)及び本件考案の審査経過を斟酌すると,係止爪によるスライドカムの上下方向
の抜け止め機能を意味しているものと解される。
一方,被告製品におけるフレキシブルディスク位置決め支持部材1f及
びフレキシブルディスク支持部材1g(原告のいう立上り係止爪9)は,ディスク
カートリッジを支持し,位置規制する機能1f,ディスクカートリッジを支持する
機能1gを有しているが,スライドカム2と摺動(接触)しないように設計されて
おり,スライドカムを保持する機能は有していない。被告製品においては,スライ
ドカム2の各切欠き開口2c,2d,2eの側壁側側縁から下方に切り起されて形
成されている折曲げ片2b及び高さ方向規制突出部2b-1が,スライドカム2の
上方への浮き上がりを規制し,スライドカム2の保持機能を果たしている。
したがって,被告製品のフレキシブルディスク位置決め支持部材1f及
びフレキシブルディスク支持部材1gは,「上記スライドカムを摺動可能に,摺動
方向の前後で保持する」機能を有していないから,構成要件3-Dを充足しない。
オ 構成要件3-Eについて
以上のとおり,被告製品は,構成要件3-Aないし3-Dをいずれも充足
しないので,構成要件3-Eを充足しない。
5 争点5-原告の損害額について
(原告の主張)
 被告は,平成10年4月1日から平成15年12月31日までの間に,次の
とおり,被告製品(イ号物件及びロ号物件)を合計1370万台(平成13年2月
9日からの販売台数は合計730万台)販売した。
平成10年(1998年) 160 (単位:万台)
平成11年(1999年) 210
平成12年(2000年) 250
平成13年(2001年) 250
平成14年(2002年) 250
平成15年(2003年) 250
したがって,被告は,平成10年4月1日から平成15年1月12日まで
の間,本件実用新案権を侵害した。
また,同様に被告製品の販売等により,平成13年2月9日から平成15
年12月31日までの間,本件特許権を侵害した。
本件考案及び本件特許発明の実施料相当額は,被告製品それぞれ1台あた
り35円を下らない。
<計算式>
 本件特許権につき   730万台×35円=2億5550万円
  本件実用新案権につき 
1120万台(平成10年から平成14年の販売台数合計)×35円
=3億9200万円
したがって,原告は,被告に対し,少なくとも6億4750万円の損害賠
償請求権を有する。
(被告の主張)
原告の主張はすべて争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(被告製品の具体的構成)について
前記のとおり(第3,1参照),争点2及び争点3に関わる構成について
は,被告製品が本件各特許発明の構成を備える点について,当事者間に争いはな
く,争点4に関わる構成については,その名称及びその機能についてのみ争いがあ
る。そこで,争いのある部分のみ,争点4において判断することとする。
2 争点2(被告の先使用が認められるか否か)について
ここでは,本件各特許発明の出願前に,被告製品又はこれと同一の構成の製
品の製造,譲渡等が行われていたかどうかだけが問題となるため,被告製品の構成
の名称等については,ひとまず,原告が被告製品の内容として主張する別紙「物件
目録」の「イ号」及び「ロ号」記載の名称,符号に基づき,検討することとする。
(1) 被告は,原告が平成15年9月30日の第1回口頭弁論期日において,
「被告は,遅くとも平成6年2月23日から,業として,イ号物件及びロ号物件を
輸入,製造,譲渡等,又は,譲渡の申出をしている。」(訴状8頁。以下「本件陳
述」という。)と陳述したことにつき自白が成立している旨を主張する。そこで,
本件陳述について自白が成立するか否かについてまず検討する。
ア 被告は,上記原告の主張は,本件特許権を侵害するものとして原告が主
張するイ号物件及びロ号物件の構成と同一の構成を有する製品を,被告が本件特許
出願日前から継続的に製造,販売していることを認めたのと同一であると解してい
る。
しかし,訴状添付の物件目録にイ号物件及びロ号物件と記載されている
のは,型番号D359M3(イ号物件)及び型番号D353M3(ロ号物件)の各
製品であって,原告は,上記製品番号が付された製品を,被告が製造,販売してい
る製品として特定し,これらの製品の備える構成が本件各特許発明の技術点範囲に
属するものであり,その製造販売等が本件特許権を侵害すると主張して,本訴にお
いて被告に対し,差止め及び損害賠償を求めたものである。
一方,上記の型番号D359M3(イ号物件)及び型番号D353M3
(ロ号物件)を付された製品については,被告においても,平成10年4月ころか
ら販売された製品であることを自認しているものであり,これらの型番号の製品が
それより前に製造,販売されていないことは,当事者間に争いがない。
そうすると,原告が訴状において,イ号物件及びロ号物件を被告が平成
6年2月23日から販売している旨陳述したことは,被告による先使用及び公然実
施を理由とする無効の主張との関係では不利益陳述に該当するが,前記のとおり,
被告においてはイ号物件及びロ号物件を平成10年4月ころから販売した旨を陳述
しているのであるから,同年3月以前の製造販売については,自白が成立したとい
うことはできない。
イ また,仮に,訴状における原告の前記記述を被告が自己の有利に援用し
たことにより自白が成立したものと解する余地があるとしても,上記のとおり,原
告の本件陳述は,被告が型番号D359M3(イ号物件)及び型番号D353M3
(ロ号物件)を付された製品を平成6年2月23日から販売していた旨をいうもの
であって,型番号により特定される具体的な製品を離れて,訴状において主張され
た製品構成(型番号D359M3(イ号物件)及び型番号D353M3(ロ号物
件)が備える構成と主張されている構成)を備える製品一般について被告の製造販
売をいうものではないから,自白は,上記の型番号を備えた具体的製品の被告によ
る製造販売について成立するものというべきである。そうすると,原告の本件陳述
につき自白が成立するとしても,上記のとおり,これらの型番号を備えた製品につ
いては,平成10年3月以前に被告により製造販売された事実はないから,原告の
本件陳述のうち,平成10年3月以前の製造販売をいう部分は,真実に反する主張
であり,かつ,この主張は錯誤に基づくもの推定されるから,原告が,当該部分に
つき自白を撤回することは許されるものというべきである。
(2) そこで,次に自白が成立していないことを前提として,本件特許権につい
て,被告の先使用が認められるか否かにつき,次に判断する。
ア 前記「前提となる事実」(前掲第2,1参照)に後掲該当箇所記載の各
証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の各事実が認められる。
(ア) 被告は,次の期間,次の型番のフロッピーディスクドライブを製
造,販売していた(乙6ないし10,17,18,24,30,31の2ないし
4,32ないし35,検乙5。枝番号の記載を省略しているものは,すべての枝番
号の書証を意味する。以下同様。)
① 期間  平成4年(1992年)12月頃から平成8年(1996
年)9月頃まで
型番号 D357T3(以下単に,「D357T3型」という。)
② 期間  平成8年(1996年)7月頃から平成12年(2000
年)3月頃まで
型番号 D353T7(以下単に「D353T7型」という。)
③ 期間  平成10年4月ころから
型番号 D359M3(イ号物件),D353M3(ロ号物件)
(イ) D357T3型の構造(乙16の1ないし10,31の2ないし
4)
① フレキシブルディスク装置に出し入れされる記録媒体に対応した開
口部が設けられて上記フレキシブルディスク装置のフレームに配置されたパネルが
ある(乙16の6,8,9)。
② 上記①のパネルと一体に成形されて上記①の開口部の長手方向の両
端部寄り縁部にそれぞれ設けられ,弾性変形して上記①のフレームに係合し,上記
①のパネルを上記①のフレームに係止する係止爪がある(乙16の6,8,9)。
③ 上記①の開口部を覆って配置されて上記①のパネルに枢持され,上
記記録媒体の出し入れに伴って回動して上記①の開口部を開閉する扉がある(乙1
6の6,7)。
④ 上記③扉と一体に成形され,上記②の係止爪それぞれの基部に形成
された軸受穴に係合されて上記③の扉を上記①のパネルに枢着する回動軸がある
(乙16の7)。
⑤ 上記①ないし④を備えたフレキシブルディスク装置用記録媒体出し
入れ口機構を有する。
⑥ 上記④の回動軸には,その断面において円形の両側面がそれぞれ削
除された平行部が形成されている(乙16の4,7,10)。
⑦ 上記⑥の回動軸が円形の上記④の軸受穴に係合されている(乙16
の7,8,検乙5)。
⑧ 上記⑥及び⑦を特徴とする上記⑤記載のフレキシブルディスク装置
用記録媒体出し入れ口機構を有する。
(ウ) D357T3型の販売状況(乙11ないし15,乙32ないし3
5,検乙6,検乙7)
被告は,平成5年(1993年)ころ,シャープ社に対し,シャー
プ社製ワードプロセッサ「書院」(WD-Y340)に搭載用のフロッピーディス
クドライブとして,D357T3型を納入した。シャープ社は,同ワードプロセッ
サ(WD-Y340)を,平成6年(1994年)1月21日から販売した。
イ(ア) 上記アによれば,D357T3型は,本件特許発明1の構成要件1
-Aないし1-E及び本件特許発明2の構成要件2-Aないし2-Cのすべてを充
足するフレキシブルディスク装置用記録媒体出し入れ口機構を有する製品と認めら
れる。
すなわち,上記アにおけるD357T3型の構成①は,本件特許発明
1の構成要件1-A「フレキシブルディスク装置に出し入れされる記録媒体に対応
した開口部が設けられて上記フレキシブルディスク装置のフレームに配置されたパ
ネル」を充足し,同構成②は,構成要件1-B「このパネルと一体に成形されて上
記開口部の長手方向の両端部寄り縁部にそれぞれ設けられ,弾性変形して上記フレ
ームに係合し,上記パネルを上記フレームに係止する係止片」を充足し,同構成③
は,構成要件1-C「上記開口部を覆って配置されて上記パネルに枢持され,上記
記録媒体の出し入れに伴って回動して上記開口部を開閉する扉」を充足し,同構成
④は,構成要件1-D「この扉と一体に成形され,上記係止片それぞれの基部に形
成された軸受穴に係合されて上記扉を上記パネルに枢着する回動軸」を充足し,同
構成⑤は,構成要件1-E「を備えたフレキシブルディスク装置用記録媒体出し入
れ口機構」を充足する。また,同構成⑥は,本件特許発明2の構成要件2-A「上
記回動軸には,その断面において円形の両側面がそれぞれ削除された平行部が形成
され」を充足し,同構成⑦は,構成要件2-B「当該回動軸が円形の上記軸受穴に
係合された」を充足し,同構成⑧は,構成要件2-C「ことを特徴とする請求項1
記載のフレキシブルディスク装置用記録媒体出し入れ口機構」を充足する。
(イ) 被告は,D357T3型を,遅くとも本件特許の出願日(平成7年
5月15日)以前の平成6年1月までには,製造販売していたものであり,これを
平成8年9月頃まで製造販売していた。
(ウ) また,証拠(乙16,19,20,30,31,検乙5。)及び弁
論の全趣旨によれば,被告が平成8年7月ころから平成12年3月ころまで製造販
売したD353T7型,及び,平成10年4月ころから現在に至るまで製造販売し
ているD359M3(イ号物件),D353M3(ロ号物件)は,フレキシブルデ
ィスク装置用記録媒体出し入れ口機構以外の仕様について改良がなされ,型番号の
変更が生じたものであり,フレキシブルディスク装置用記録媒体出し入れ口機構に
ついては,いずれも,上記アにおけるD357T3型の構成①ないし⑧と同一の構
成を備えていることが認められる。
ウ まとめ
上記によれば,被告は,特許法79条により,本件特許権(本件各特許
発明)について通常実施権を有するから,本件特許権に基づく原告の請求は理由が
ない。
3 争点3(公然実施)について
被告が,本件特許出願日(平成7年5月15日)以前に,本件各特許発明を
実施したフロッピーディスクドライブを日本国内において製造・販売していた事実
は,上記2(2)において認定したとおりである。
そうすると,本件各特許発明は,その出願時(平成7年5月15日)より前
に,公然実施された発明(特許法29条1項2号)として,特許を受けることがで
きないものであった。
したがって,本件特許権は特許法29条1項2号に違反して特許されたもの
であって,無効理由の存することが明らかであるから,本件特許権に基づく原告の
請求は権利の濫用に当たり許されない。
4 争点4について
(1) 前記「前提となる事実」(前掲第2,1参照)に後掲該当箇所記載の各証
拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の各事実が認められる。
ア 本件実用新案明細書の記載(甲4)
本件実用新案明細書(甲4)の「考案の詳細な説明」の欄には,次の各
記載がある。
(ア) 本件考案の作用 
本件考案の場合は「スライドカムのガイド用立上り係止爪を,フレー
ム本体上に一体成形しているので,別部品の使用およびその組立て工作を必要とし
ない。」(3欄21行ないし24行)
(イ) 本件考案の効果
本件考案のように「フレーム本体上を進退されるスライドカムのガイ
ド用立上り係止爪を複数個本体フレームに一体成形により備え,立上り係止爪は,
立上り起点部より細巾の立上り部と,係止爪部とからなり,スライドカムに形成し
一端に挿込孔部を連設した複数のスライド長孔に,嵌挿係止され,スライドカムを
摺動可能に,摺動方向の前後で保持しているので,スライドカムがフレーム本体と
面接触しつつ摺動するので,スライドカムの摺動動作により生じる力をフレーム本
体でも受け,スライド長孔と立上り起点部より細巾の立上り部又は係止爪部に加わ
る力は分散されて比較的小さくなり,スライド長孔と立上り起点部より細巾の立上
り部又は係止爪部の局部的な磨耗を抑えることができる。したがって,スライドカ
ムの摺動動作の信頼性向上を図ることができると共に,スライドカムはフレーム本
体上を円滑に摺動することができる。又,別部品の使用及びその組立て作業を必要
とせず,その(原文は「あおの」となっているが,誤記と認める。)分原価低減が
可能になるという効果を」有する(補1頁右欄6行ないし23行)。
(ウ) 考案が解決しようとする課題
従来のスライドカムのフレーム本体に対する結合は‥‥‥当該フレー
ム本体(1)上への別部品から成る係止ポスト(3)の植立固定作業が必要とな
り,また使用される部品点数も増えるという問題点があった。
この考案は上記の問題点を解消するようスライドカムの保持案内機構
を,フレーム本体それ自体にもたせることを目的とする(3欄4行ないし12
行)。
(エ) 課題を解決するための手段
この考案の場合は,フレーム本体上を進退されるスライドカムのガイ
ド用立上り係止爪を複数個本体フレームに一体成形により備え,上記立上り係止爪
は,立上り起点部より細巾の立上り部と係止爪部とからなり,上記スライドカムに
形成し一端に挿込孔部を連設した複数のスライド長孔に,嵌挿係止され,上記スラ
イドカムを摺動可能に,摺動方向の前後で保持している(3欄13行ないし21
行)。
イ 本件考案の審査経過
① 昭和63年1月12日 本件考案出願
② 平成5年1月11日  拒絶理由通知(乙36)
(理由:特開昭63-90058により実用
新案法3条の2の規定に該当)
③ 平成5年4月12日  意見書(乙37)及び補正書の提出
(「複数個本体フレームに一体成型により備
え,立上り係止爪は,細巾の立上り部と係止爪部とからなり,上記スライドカムに
形成し一端に挿込孔部を連設した複数のスライド長孔に,嵌挿係止され,上記スラ
イドカムを摺動可能に保持している」点に限定
④ 平成6年2月23日  本件考案の出願公告(実公平6-7494)
⑤ 平成6年5月18日  異議申立て(以下「異議申立て①」とい
う。)。
(特開昭63-83953により実用新案法
3条の2の規定に該当)
⑥ 平成6年5月20日  異議申立て(以下「異議申立て②」とい
う。)
(特開昭63-90058(乙1・先願発
明)により実用新案法3条の2の規定に該当。実開昭61-167051及び特開
昭62-243154により実用新案法3条2項の規定に該当。)
⑦ 平成7年1月6日   異議申立て①に対する答弁書(乙38)
⑧ 平成8年6月25日  登録異議の決定(乙2)
(異議申立て②に基づいて「理由あり」の決
定)
⑨ 平成8年6月25日  拒絶査定(乙2)
(登録異議の決定に記載した理由により拒
絶)
⑩ 平成8年8月26日  審判請求理由補充書(乙4)の提出
⑪ 平成8年8月26日  手続補正書(乙3)
(本件考案のスライドカムのガイド用立上り
係止爪について,「細巾の立上り部と,係止爪とからなる」の前に「立上り起点部
より」を追加して限定し,実用新案登録請求の範囲及び明細書を補正した。)
⑫ 平成8年11月18日 登録査定
ウ 先願明細書(乙1)の記載
先願明細書(乙1)の「本件特許発明の詳細な説明」の欄には,次の各
記載がある。
(ア) 問題点を解決するための手段(9頁1行目から4行目)
本発明の磁気記録装置は,ディスクカートリッジを記録再生可能位置
に位置規制せしめる手段を枠体と一体構造に構成したことを特徴とする。
(イ) 実施例(11頁1行目から7行目)
カム体7は,枠体1に一体に形成したディスクカートリッジ17を記
録再生可能位置に支持する位置規制せしめる手段であるガイド部1dと支持手段で
あるガイド受部1cの一部に矢印13,14方向へ摺動可能に保持され,かつ,ガ
イド部1dとガイド受部1cに保持され矢印16方向へ抜けない構造となってい
る。
エ 原告が特許庁に提出した平成8年8月26日付審判請求理由補充書(乙
4。上記⑩)には,次の記載がある。
(ア) 本件考案のスライドカムのガイド用立上り係止爪の構成について
 「本願考案における立上り係止爪は,細巾の立上り部が,そのフレー
ム本体から立ち上がる起点部より細巾となっている点で先願明細書におけるガイド
部1d,ガイド受け部1cと大きく相違しており,本願考案の立上り係止爪は,先
願明細書におけるガイド部1d及びガイド受け部1cと同一ではありません。(4
頁下から5行目ないし最終行)」
 (イ) 本件考案の立上り係止爪の作用,効果について
 「本願考案の立上り係止爪のように,立上り起点部から細巾の立上り
部と係止爪部によりスライドカムを摺動可能に保持することにより,スライドカム
はフレーム本体と面接触しつつ摺動するので,スライドカムの摺動動作により生じ
る力をフレーム本体でも受け,スライド長孔と立上り起点部より細巾の立上り部又
は係止爪部に加わる力は分散されて比較的小さくなり,スライドカムのスライド長
孔と立上り係止爪の立上り起点部より細巾の立上り部又は係止爪部との局部的な磨
耗を抑えることができる。したがって,スライドカムの摺動動作の信頼性の向上を
図ることができると共に,スライドカムはフレーム本体上を円滑に摺動することが
できる。(4頁下から1行目ないし5頁8行目)」
(ウ) 先願発明と本件考案の相違について
「先願明細書に記載の発明は,ガイド部1dとガイド受け部1cとを
枠体1(本願考案のフレーム本体に相当)と一体構造としているものの,先願明細
書の第8図に示すように,ガイド部1d及びガイド受け部1c共に枠体1からの立
上り起点部は細巾でなく,ガイド部1dはその上下方向の上方の段のついた細巾部
分にて,ガイド受け部1cはその上下方向の上方のえぐれ部にてカム体7(本願考
案のスライドカムに相当)を摺動可能に保持しているものであります。即ち,先願
明細書に記載の発明は,左右のガイド部1dの上記細巾部分と左右のガイド受け部
1cの上記えぐれ部との,ほぼ4点でカム体7を支持すると共に,先願明細書の第
3図及び第4図から明確に分かるように,枠体1の下面より相当上方にて,枠体1
とカム体7とは未接触,即ち隙間をもってカム体7を摺動させるものであります。
このようにカム体7を4点で支持し摺動させる先願明細書に記載の発明では,カム
体7の摺動動作におけるカム体7とガイド部1d及びガイド受け部1cとの接触面
積が小さいので,その接触面積当たりの力が大きく,カム体7又はガイド部1d又
はガイド受け部1cの接触部分は局部的な磨耗が大きくなったり,破損し易くな
り,カム体7の摺動動作の信頼性を損なうおそれがあると共に,カム体7の円滑な
摺動を期待できず,さらに,フレキシブルディスク装置の薄型化を期待できず,上
述の本願考案の特有の効果である『スライドカムがフレーム本体と面接触しつつ摺
動するので,スライドカムの摺動動作により生じる力をフレーム本体でも受け,ス
ライド長孔と立上り起点部より細巾の立上り部または係止爪部に加わる力は分散さ
れて比較的小さくなり,スライド長孔と立上り起点部より細巾の立上り部又は係止
爪部の局部的な磨耗を抑えることができる。したがって,スライドカムの摺動動作
の信頼性の向上を図ることができると共に,スライドカムはフレーム本体上を円滑
に摺動することができる。』を奏することができません。」
オ 被告製品の各構成部分の機能について
以下では,別紙「被告物件説明書」記載の符号に基づき,検討する(な
お,参照の便宜のため,括弧内に原告の主張する別紙「物件目録」記載の符号を付
しているところもある。)。
(ア) 被告製品の構造(検甲1,検乙1,検乙2)
① 被告製品のフレキシブルディスク位置決め支持部材1f(立上り係
止爪9)は,フレーム本体1の後方左右に,フレキシブルディスク支持部材1g
(立上り係止爪9)は,フレーム本体1の前方左右に,フレーム本体を切り起こし
て設けられている。
② フレキシブルディスク位置決め支持部材1fは,立上り部1f-
1,上面部1f-2を有し,上面部1f-2は半球状凸部1f-4を有する。ま
た,フレキシブルディスク位置決め支持部材1fの上面部1f-2には,横方向に
突出する耐衝撃用ストッパ1f-3がある。
③ フレキシブルディスク支持部材1gは,立上り部1g-1とその上
端に横方向に突出して形成された耐衝撃用ストッパ1g-2を有する。
④ 被告製品のフレキシブルディスク位置決め支持部材1f及びフレキ
シブルディスク支持部材1g(立上り係止爪9)は,それぞれスライドカム2に形
成した切欠き開口2c,2d,2e(スライド長孔13)内に突出して位置してい
る。
⑤ フレーム本体1の左右前後に前後方向に伸びる4個のガイド用スラ
イド長孔1aが形成されている。
⑥ ガイド用スライド長孔1aは,フレーム本体1に形成された4個の
フレキシブルディスク位置決め支持部材1f及びフレキシブルディスク支持部材1
g(立上り係止爪9)よりも内側に位置し,ガイド用スライド長孔1aの周囲に
は,フレーム本体1の表面より僅かに盛り上がった部分,盛り上がり部1dが形成
されている(別紙「被告物件説明書」図3,10及び11参照)。
⑦ スライドカム2の底面には,フレーム本体1に形成された4個のガ
イド用スライド長孔1a(上記⑤)に,それぞれ挿嵌される4個の絞り加工による
筒状のガイド用突起2aが一体形成されている。
⑧ 別紙「被告物件説明書」の図5に示すように,スライドカム2に成
形された各切欠き開口2c,2d及び2eの側縁に,スライドカム2の下面に向か
い,折曲げ片2bが切り起されて形成されている。
⑨ 折曲げ片2bは,フレーム本体1に形成されている折曲げ片逃がし
用長孔1bの縁部下面と係合関係を持つ。
⑩ 折曲げ片2bは,フレーム本体1の底面に,横方向に伸びる突出部
2b-1が形成されている。
(イ) 上記(ア)の被告製品の構造からみると,被告製品の各構成部分の機
能は,次のとおりと認められる。
① フレーム本体1の左右前後に前後方向に伸びる4個のガイド用ス
ライド長孔1aと,その長孔1aにそれぞれ挿嵌されスライド底面に一体形成され
る4個のガイド用突起2aにより,スライドカム2は,フレーム本体1に対して前
後方向に摺動する(スライドカム2の前後方向の規制)。
なお,このときスライドカム2は,フレーム本体1のガイド用ス
ライド長孔1a周辺の盛上り部1dの表面と摺動する。
② スライドカム2の下面,各切欠き開口2c,2d及び2eの側縁
に形成された折曲げ片2bは,フレーム本体1に形成されている係止用長孔1bに
係合され,その横方向に突出する突出部2b-1が,フレーム本体の下面と摺接す
ることにより,スライドカム2が上方へ浮き上がることが規制される(高さ方向の
規制)。
③ 半球状凸部1f-4は下降してきたフレキシブルディスクのディ
スク挿入方向の先端側下面に設けられた凹部と嵌合し,フレキシブルディスクの位
置が決められる。また,耐衝撃用ストッパ1f-3は,衝撃が加わり,スライドカ
ム2が上方に浮き上がるような場合に,スライドカム2が離脱するのを阻止する。
④ 下降してきたフレキシブルディスクの後端は,ディスク支持部材
1gの上端によって支持され,耐衝撃用ストッパ1g-2は,スライドカム2が上
方に浮き上がるような場合に,スライドカム2が離脱するのを阻止する。
(2) 判断
 本件において,被告は,被告製品は,本件考案における「ガイド用立上り
係止爪」(構成要件3-A)に当たる構成を備えていない,「立上り起点部より細
巾の立上り部」(構成要件3-B)に当たる構成を備えていない,「スライド長
孔」に当たる構成を備えておらず,「嵌挿係止」されていない(構成要件3-
C),「摺動可能に摺動方向の前後で保持する機能」を有していない(構成要件3
-D)などとして,本件考案の構成要件充足性を争っているので,上記(1)で認定し
た事実をもとに,以下,順次検討する。
ア(ア) 「ガイド用立上り係止爪」の「ガイド」の意義
本件考案にいう「ガイド用立上り係止爪」の意義については,本件実
用新案明細書の「実用新案登録請求の範囲」,「考案の詳細な説明」には特に記載
がないため,当業者の技術常識に照らして解釈する。
機械工学用語辞典(乙21の1)によれば,「案内 guide」とは,
「ある機械部分を,それに沿ってすべらせ,特定の方向に導く棒やみぞなどのこ
と。」とされ,機械用語図解辞典第2版(甲11)によれば,「guideapparatus 
案内装置」は,「①ある機構の運動を既定の方向に導く装置,たとえばカムのみぞ
など。」とされている。そうすると,機械における「ガイド」とは,機械のある構
成部分の運動を,当該構成部分に求められる機能に応じて既定された,あるいは予
定された,一定の運動方向に導くことと解するのが自然である。
ところで,本件考案において,「立上り係止爪」は,「フレーム本体
上を進退されるスライドカムのガイド用」と定義されているものであり(構成要件
3-A参照),立上り係止爪が,フレーム本体上を進退するスライドカムをガイド
するためのものであることは明らかである。そして,フレキシブルディスク装置に
おけるスライドカムの通常の運動方向,あるいは,予定された運動方向とは,フレ
キシブルディスク装置の前後方向(フレキシブルディスク装置開口部を前部とし
て)であることは明らかである(本件実用新案明細書の「考案の詳細な説明」【課
題を解決するための手段】において,立上り係止爪は,「複数のスライド長孔に,
嵌挿係止され,上記スライドカムを摺動可能に,摺動方向の前後で保持してい
る。」と記載されているのも,スライドカムが,通常,前後方向に摺動することを
前提としているものと解される。)。
この点,原告は,ガイドの意義について,予定されていない方向に抜
けるのを防止していれば足りる旨主張する。
しかし,上記にみたように,機械における「ガイド」とは,ある構成
部分の運動方向を既定の方向,あるいは予定された方向に積極的に導くものでなけ
れば意味がないというべきである。原告が主張するような,スライドカムが予定さ
れていない方向,つまり上方に抜け出ることを防止するという機能は,単なる抜け
止めの機能というべきで,当該機能をガイド機能に含めて解釈することは,通常の
技術常識に照らせば妥当ではなく,原告の上記主張は採り得ない。
(イ) ところで,本件考案は,上記(1)イの「本件考案の審査経過」に記載
のとおり,登録査定に至るまでの間に2件の異議申立てがなされ,異議申立て②の
理由に基づいて拒絶査定を受けたものの,原告が,上記(1)エに記載のとおり,本件
考案と先願発明との相違点を述べ,また,「立上り起点部より」と補正を行ったこ
とにより,登録査定に至ったものである。
上記に掲げられた経緯にかんがみると,本件考案は,先願発明と異な
り,立上り起点部より細巾の立上り部を設けることにより,スライドカムを摺動可
能に保持し,これによって,スライドカムは,フレーム本体と面接触しつつ摺動す
るのであって,先願発明における,ディスクカートリッジを記録再生可能位置に支
持する位置規制せしめるガイド1dと支持手段であるガイド受部1cとは異なり,
スライドカムの摺動動作の信頼性の向上を図ることができるような構造を有してい
る点が本件考案の特徴というべきである。
そして,本件考案における立上り係止爪(本件実用新案公報の第1図
における立上り係止爪4の部分)は,立上り起点部より細巾の立上り部(同図にお
ける立上り部4aの部分)と係止爪部(同図における係止爪部4bの部分)からな
るものであるところ,立上り起点部より細巾の立上り部が,スライド長孔部(同図
における2b”の部分)に嵌め入れられることにより,スライドカムの前後方向の
運動を規制し,また,係止爪部により,スライドカムが上方へ抜け出ることを防止
し,フレーム本体と面接触しつつ摺動するスライドカムの摺動動作の信頼性の向上
を図ったものと認められる。
(ウ) これを被告製品についてみると,上記(1)に示したとおり,被告製品
において,スライドカムを前後方向に規制する機能を有するものは,フレーム本体
1の左右前後に前後方向に伸びる4個のガイド用スライド長孔1aと,その長孔1
aにそれぞれ挿嵌されスライド底面に一体形成される4個のガイド用突起2aであ
る。
原告が,本件考案における立ち上がり係止爪と同様の機能を有すると
主張する被告製品におけるフレキシブルディスク位置決め支持部材1f(立ち上が
り係止爪9)及びフレキシブルディスク支持部材1g(立上り係止爪9)は,耐衝
撃用ストッパ1f-3及び1g-2の部分において,スライドカムが上方へ抜け出
ることを防止する機能を有しているものの,それぞれの立上り部である1f-1及
び1g-1の部分において,スライドカムの前後方向への運動を規制する機能は果
たしていない。
したがって,被告製品におけるフレキシブルディスク位置決め支持部
材1f及びフレキシブルディスク支持部材1gは,構成要件3-Aにおける「スラ
イドカムのガイド用立上り係止爪」の構成を充足しない。
イ(ア) 原告は,上記の点について,被告製品においては,スライドカムの
高さ方向規制用突起2b-1があるとしても,これは,フレキシブルディスクドラ
イブ装置の動作規制の精度を上げるために追加された付加的構成にすぎない旨主張
するが,これが付加的構成であるとはいえないことは,被告製品の構成から明らか
であるから,原告の上記主張は採用できない。
(イ) なお,被告が,立上り係止爪がスライドカムのガイド用であれば,
摺動することが前提となるため,本件考案においては,立上り係止爪とスライドカ
ムが接触することが必要であるところ,被告製品は,接触しない旨主張したことに
ついて,原告は,スライドカムが移動中に上下に振動し,あるいは加わる外力によ
って撓みながら進退するので,スライドカムは,立上り係止爪9(フレキシブルデ
ィスク位置決め支持部材1fとフレキシブルディスク支持部材1g)に接触する旨
主張し(原告第1準備書面15頁等参照),これを示すものとして,甲8(原告社
員の実験報告書),検甲1を提出する。
しかし,甲8,検甲1により,原告の主張どおり,フレキシブルディ
スク位置決め支持部材1fとスライドカム2が接触してできたと思われる跡が1箇
所確認できるとしても,フレキシブルディスク位置決め支持部材1fとスライドカ
ム2が常に接触しているとは直ちに認められない。また,これらによって確認され
るのは,フレキシブルディスク位置決め支持部材1fのうち耐衝撃用ストッパー1
f-3の下面とスライドカム2の上面とが接触したことによる痕のようなものであ
って,仮に,この部位が接触したとしても,この接触により,スライドカムが前後
方向に運動することについて,何らガイドしているものとは認められず,単にスラ
イドカムが上下方向に運動することについて規制しているものといわざるを得ない
から,いずれにせよ,当該接触の事実のみでは,ガイド機能を有するとはいえな
い。
(ウ) その他の原告が縷々主張する点についても,上記判断に照らせば,
いずれも採用できない。
(3) まとめ
以上のとおり,被告製品が,本件考案の構成要件3-Aを充足しないか
ら,その余の点について判断するまでもなく,被告製品は,本件考案の技術的範囲
に属さない。
第5 結論
以上によれば,被告は,本件特許権につき通常実施権を有している。また,
本件特許権は,特許法29条1項2号に違反して特許されたものであり,無効理由
の存することが明らかというべきであるから,本件特許権に基づく請求は権利の濫
用に当たり許されない。
したがって,いずれにしても,原告の本件特許権に基づく各請求は理由がな
い。
そして,被告製品は,本件考案の技術的範囲に属さないから,本件考案に基
づく原告の請求も理由がない。
よって,原告の本訴請求はいずれも理由がなく,主文のとおり,判決する。
   東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官     三  村  量  一
裁判官     鈴  木  千  帆
裁判官     荒  井  章  光
(別紙)
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