弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1被告法人,被告A,被告B,被告C,被告D及び被告Eは,原告に対し,
連帯して1904万0998円及びこれに対する平成21年11月9日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告の上記被告らに対するその余の請求及び被告Fに対する請求を,いず
れも棄却する。
3訴訟費用については,原告と被告法人,被告A,被告B,被告C,被告D
及び被告Eとの間で生じたものは,これを4分し,その1を同被告らの負担
とし,その余を原告の負担とし,原告と被告Fとの間で生じたものは,原告
の負担とする。
4この判決の主文第1項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求の趣旨
被告らは,原告に対し,連帯して7363万0352円及びこれに対する平
成21年11月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
1事案の概要
本件は,障害福祉サービス事業を営む被告法人との間で,生活介護,就労継
続支援,就労移行支援の利用契約を締結し,被告法人が設置,運営する施設に
入所していたXが,被告法人理事長である被告Aの容認のもと,被告法人の職
員である被告B,被告C,被告D,被告F及び被告E(被告E,被告B,被告
C,被告D及び被告Fを併せて「被告行為者ら」という。)に身体を押さえつ
けられたことにより死亡したとして,Xの相続人である原告が,被告行為者ら
及び被告Aに対し,共同不法行為に基づき,損害金7363万0352円及び
これに対するXが死亡した日である平成21年11月9日から支払済みまで民
法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,被告法人に
対し,不法行為(民法709条又は715条)又は債務不履行に基づき,上記
同額の支払を求める事案である。
2前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実)
(1)当事者等
ア原告等
Xは,昭和62年10月24日生まれの男性であり,平成21年11月
9日当時,22歳であった。Xは,幼少期より自閉症等に起因する知的障
害を有していた。
原告は,Xの母親である。
イ被告ら
(ア)被告法人は,障害福祉サービス事業の経営等の社会福祉事業を行う
ことを目的とする社会福祉法人であり,自立ホーム「O」(以下「自立
ホームO」という。)を含む24箇所の自立ホームにおいてグループホ
ーム(共同生活介護,共同生活援護)事業を運営し,利用者が日中活動
を行う生活介護事業所である「P」(以下「P作業所」という。)を含
む4箇所の授産施設において,生活介護,短期入所,就労継続支援事業
を運営し,その他,居宅介護,行動援護,移動支援,相談支援等の各事
業を運営している。
(イ)被告Aは,被告法人が設立された平成5年から被告法人の理事の地
位にあり,平成17年からは被告法人の理事長の地位にある者である。
(ウ)被告B,被告C,被告D,被告F及び被告Eは,平成21年11月
当時,被告法人との雇用契約に基づき,被告法人において勤務しており,
被告Bは被告法人におけるグループホーム事業を統括する管理責任者で
あり,被告Cは自立ホームOを含む4箇所の自立ホームのサービス管理
責任者としてリーダーの地位にあった者であり,被告DはP作業所の生
活支援員であり,被告F及び被告Eはそれぞれ被告法人が設置運営する
別の自立ホームの世話人を担当していた者である。
(2)障害福祉サービス契約の締結
原告は,Xの代理人として,被告法人との間で,平成20年4月30日,
Xを利用者とした生活介護・就労継続支援(B型)・就労移行支援利用契約
(以下「本件利用契約」という。)を締結した。Xは,同日より,被告法人
が設置運営する自立ホームに入所して同所で生活するとともに,平日日中は,
軽作業などを行うためP作業所に通っていた。
原告は,Xの代理人として,被告法人との間で,平成21年4月1日,サ
ービス内容を一部変更した上,上記利用契約を再度締結した。
(3)Xの死亡に至る経緯
被告行為者らは,平成21年11月8日午後0時35分頃から,XをP作
業所の軽作業室に敷かれた布団の上にうつ伏せに倒した上,被告BがXの頭
部を押さえ,被告CがXの左腕に跨り,両手でXの左腕を押さえ,被告Dが
自己の背中をXの背中に付けた状態でXの右腕を自己の左脇下に抱え込みな
がら押さえ,被告Eが自己の両脚をXの左脚に絡めながら両手でXの左脚大
腿部を押さえ,被告FがXの右脚に座ってこれを両手で押さえつけた。
さらに,同日午後0時45分頃から,休憩に入った被告Fに代わって被告
BがXの右脚に座り,Xの臀部等を両手で押さえ,被告C,同D及び同Eが
引き続きXを押さえつけた(以下,被告行為者らによる一連の押さえつけ行
為を「本件押さえつけ行為」という。)。
Xは,本件押さえつけ行為の途中に,嘔吐し,心肺停止の状態に陥り,同
日午後1時25分,Q病院に救急搬送された。
(4)Xの死亡
Xは,平成21年11月9日午前5時,Q病院において死亡した。
Xの死因は,胃内容物が口腔内に逆流し,その吐物を吸引し窒息したこと
による蘇生後びまん性肺胞障害及び肺炎であった。
3争点
(1)本件押さえつけ行為の具体的態様(争点(1))
(2)Xの死亡の原因及び本件押さえつけ行為との間の因果関係の有無(争点
(2))
(3)本件押さえつけ行為の違法性(違法性阻却事由の有無)(争点(3))
(4)被告行為者らの故意又は過失の有無(争点(4))
(5)被告Aの故意又は過失の有無(争点(5))
(6)被告法人の責任原因(争点(6))
(7)損害(争点(7))
4争点に対する当事者の主張
(1)争点(1)本件押さえつけ行為の具体的態様
(原告の主張)
被告行為者らは,XをP作業所の軽作業室に敷かれた布団の上にうつ伏せ
に倒した上,いずれもXの表情等を注視しないまま,被告BがXの頭部を上
から押さえつけ,被告CがXの左肩付近に座りこんで圧力をかけながらXの
左手を背側に反らし,体重98キログラムもある被告DがXの右腕を自己の
左脇下に抱え込みながら自己の背中をXの背中に乗せて体重をかけ,被告E
が自己の両脚をXの左脚に絡めながら,両手でXの左脚大腿部を押さえつけ,
被告FがXの右脚に座ってこれを両手で押さえつけた。その後,被告Bが,
休憩に入った被告Fに代わってXの右脚上に座り,Xの臀部等を両手で押さ
えつけ,被告C,同D及び同Eが上記と同様の姿勢で引き続きXを押さえつ
け,共同してXの身体を背面から布団に押さえつけて,Xの胸腹部を圧迫し
た。
(被告らの主張)
ア被告行為者らの押さえつけの態様は,以下のとおりであり,被告行為者
らは,Xを押さえつけるにあたって,Xの身体に全体重を乗せていたわけ
ではなく,Xの胸腹部を圧迫もしておらず,Xが抵抗する力に応じて加え
る力を加減していたのであって,原告が主張するような態様での押さえつ
けはしていない。
イ(ア)被告B
被告Bは,Xを運ぶ際に,Xが職員を噛んでしまわないようにXの頭
を押さえた。そして,Xを軽作業室へ移動し,布団の上にうつ伏せに寝
させた段階で押さえる必要がなくなったため,手を離した。
その後,被告Bは被告Fと交代し,Xの右脚に跨り,両手でXの右脚
を押さえた。
被告Bは,Xの動きに応じて力を入れたり緩めたりしていた。
(イ)被告C
被告Cは,Xに対して外を向く形で,Xの左腕に跨り,左腕を押さえ
た。被告Cの尻はXの左肩甲骨に乗るような形であったが,常時体重を
乗せていたわけではなく,Xが暴れたりしたときに座ることがあった程
度である。
(ウ)被告D
被告Dは,Xの右腕を自身の左脇に挟む形で押さえた。力の入れ具合
は,Xが力を入れたときだけ力を入れるという具合であった。被告Dの
背中はXに当たってはいたが,背中でXを押さえることはしていない。
(エ)被告E
被告Eは,Xの左脚を跨ぐようにして押さえ,Xが力を入れた場合に
は力を入れ,Xが力を抜いたときは力を緩めていた。
(オ)被告F
被告Fは,Xに背中を向けて,Xの右脚に跨り,右脚を押さえた。X
の動く力が強いときには,自身の体重がXの太ももにかかったが,そう
でないときには,体重をかけていない。
なお,被告Fは,被告Bの指示により途中で交代した。
(2)争点(2)Xの死亡の原因及び本件押さえつけ行為との間の因果関係の有

(原告の主張)
アXは,本件押さえつけ行為によって,腹腔全体の内圧が高まり,胃全体
の内圧が高まって胃内容物が逆流し,その吐物を吸引して窒息したことが
原因で死亡した。
うつ伏せの状態は,人体の重要な臓器が密集する胸腹部を圧迫して負荷
のかかりやすい体勢であり,被告行為者らは,そのような体勢におかれた
Xの胸腹部を押さえつけ,Xが脱出できないように力を入れていたのであ
るから,本件押さえつけ行為によって,Xの胸腹部が背後から強く圧迫さ
れた状態にあったことは客観的に明らかである。
また,Xには,疾患はなく健康であったにもかかわらず,本件押さえつ
け行為の最中に,心肺が停止し,意識不明の状態に陥り,その後,死亡し
たのであるから,Xが死亡した原因は,本件押さえつけ行為以外には考え
られない。
イ上記のとおり,本件押さえつけ行為とXの死亡結果との間の事実的因果
関係は明白であり,胸腹部への強い圧迫により異物が気道に詰まるなどし
て気道が閉塞されて窒息し,死亡に至ることは,一般に生じうると認めら
れるから,Xの死亡と本件押さえつけ行為との間には相当因果関係が認め
られる。
(被告らの主張)
アXの嘔吐は,本件押さえつけ行為が原因ではない。
嘔吐は,嘔吐中枢が刺激されることによって噴門括約筋の弛緩と腹圧の
上昇が起きて胃内容物が排出される仕組みになっているが,噴門括約筋は
平滑筋であり,自分の意思で動かすことはできず,無意識による生体防御
反応により収縮弛緩するため,内臓が腫れるような圧力がかかれば別であ
ろうが,胸腹部にある程度の圧力がかかっても簡単には嘔吐しない。
前述のとおり,被告行為者らは,Xに対して過度に体重をかけるような
ことはしておらず,胸腹部の圧迫により嘔吐が起きたとは到底考えられな
い。
イ一方,Xの死亡時,胃の中には,Xが朝食をとってから約6時間経過し
ているのにもかかわらず,固形物が残存しており,消化の程度が軽度であ
ったことが窺われることからすれば,Xの身体に何らかの変調が生じてい
た可能性が否定できない。
そうすると,胃内容物が逆流したのは,本件押さえつけ行為によるもの
ではなく,Xに何らかの変調が存在し,そのことに心因性の要素が重なっ
て嘔吐中枢が刺激されたことが原因であると推認できる。
(3)争点(3)本件押さえつけ行為の違法性(違法性阻却事由の有無)
(被告らの主張)
ア被告法人は,障害を持つ人が,地域において人間らしい生活を営むこと
ができることを支援の目標としており,Xに対しても,同人が生き生きと
地域生活を営むことができるように,専門家の助言を仰ぎつつ,試行錯誤
を重ねながら支援の方針を決定してきた。
Xについては,地域社会で生活していくためには,パニックを起こさず
に日常生活のルールを守って生活することが必要であることを理解して
もらう必要があり,そのために,「パニックを起こさない」,「人を噛ま
ない」などといった約束を職員と交わし,これに違反した場合には自立ホ
ームOに住めないのでP作業所へ行くというルールを設定し,これを実践
することで,Xの地域移行がスムーズに進むように粘り強い支援を継続し
てきた。また,パニックを起こした時にP作業所に行くことは,Xを落ち
着かせ,興奮を静めるための「タイムアウト」の趣旨も含まれていた。
イ本件押さえつけ行為も,以下のとおり,Xが地域生活を営むことを可能
にし,同人の生命身体を保護するという正当な目的のために行われた支援
の一環であり,違法性はない。
(ア)被告行為者らは,平成21年11月8日午前9時頃,Xが,自立ホ
ームOにおいて被告Cを噛もうとしたことから,Xが不穏な状態にあり,
パニックを起こす可能性があると判断し,Xを落ち着かせるためにP作
業所へ連れて行くことに決め,P作業所に到着後,興奮状態にあったX
を軽作業室において押さえつけた。被告行為者らは,Xの暴力が止んだ
ことから,押さえつけを止めた。
(イ)Xは,見たいテレビ番組があるから午後1時には自立ホームOに帰
りたいと訴えたが,被告Cは,Xがまだ不穏な状態であったために,午
後4時まで帰れないと拒んだ。Xは,自立ホームOに帰ることにこだわ
り始め,被告Cとの間で押し問答になったため,被告Cは,被告Bに話
をしてもらおうと考え,軽作業室を出て,P作業所の2階に待機してい
た被告Bを呼びに向かったところ,Xが被告Cを追いかけて廊下に飛び
出した。Xは,一気に興奮状態に陥り,被告行為者らに暴力を振るった
り,P作業所の外へ飛び出す危険が生じたため,被告行為者らは,Xを
止め,Xを軽作業室に連れ戻し,布団の上に寝かせて押さえつけた。
(ウ)本件押さえつけ行為の具体的態様は前記(1)被告らの主張のとおり
であり,適切な態様であった。
(エ)以上のとおり,被告行為者らは,Xの自傷他害を防止するため,制
止する必要があったのであり,押さえつけの態様も必要最小限に留まっ
ていることからすれば,本件押さえつけ行為に違法性はない。
ウ原告は,「身体拘束ゼロへの手引き」における要件が本件にも適用され
る旨主張するが,同手引きは,高齢者介護のマニュアルであり,高齢者と
障害者は,相対的にみて,身体的能力,精神的能力,特性において違いが
あり,両者を同列に論ずることはできない。
また,同手引きや障害者に対するガイドラインは,施設等で身体拘束等
が例外的に許容される基準を標準化して示すための機能しか有していない
ものであり,本件押さえつけ行為の違法性を決定する唯一の基準ではない。
(原告の主張)
ア本件押さえつけ行為の背景等
被告法人においては,Xの障害特性を無視した不合理な約束事や施設側
の都合による一方的な約束事を設定し,Xがこれを守ることができなけれ
ば,罰則ないしペナルティとしてP作業所へ行くよう強要し,無理やり車
に乗せてP作業所へ連行し,いやがるXを長いときで2時間もの間押さえ
つけるという行為が常態化していたのであり,そのような押さえつけは,
本件押さえつけ行為までに少なくとも10回以上に及んでいた。本件押さ
えつけ行為も,このような被告法人において繰り返されていた危険な押さ
えつけ行為の一環として行われたもので,単なる偶発的な事故ではないか
ら,その違法性を判断するに当たっても,このような一連の経緯を全体と
して捉えるべきである。
イ身体拘束が許容される基準
本件押さえつけ行為は,身体拘束に該当するところ,身体拘束は,原則
として禁止される行為であり,例外的に「緊急やむを得ない場合」に限っ
て,必要かつ正当な業務行為として許容される(障害者自立支援法に基づ
く指定障害福祉サービス事業等の人員,設備及び運営に関する基準73条
1項,93条,154条,184条,213条)。
そして,厚生労働省は,「緊急やむを得ない場合」に該当するか否かの
判断基準として,同省作成の「身体拘束ゼロへの手引き」において,①切
迫性(利用者本人又は他の利用者の生命又は身体が危険にさらされる可能
性が著しく高いこと),②非代替性(身体拘束その他の行動制限を行う以
外に代替する介護方法がないこと),③一時性(身体拘束その他の行動制
限が一時的なものであること)の3つの要件(以下「3要件」という。)
を全て満たす状態にあることが必要であると指導しており,これは障害者
施設についても同様に適用されるものである。
ウ本件押さえつけ行為は3要件が欠如していること
以下のとおり,本件押さえつけ行為は,3要件を満たしていないため,
「緊急やむを得ない場合」として許容される余地はない。
(ア)切迫性の欠如
Xが,被告Cを追いかけて軽作業室からP作業所の廊下に出た時点で
は,XとP作業所の玄関との間には被告B及び被告Cがいたことから,
Xが玄関扉からP作業所の外へ飛び出すというおそれは現実化しておら
ず,他害行為に及ぶおそれも現実化していなかった。
したがって,被告行為者らの押さえつけは,いずれも利用者本人や他
の利用者等の生命又は身体が危険にさらされている具体的状況が認めら
れない中で行われたものであり,「切迫性」の要件を満たさない。
(イ)非代替性の欠如
被告行為者らによる身体拘束が開始した時点で,Xはパニックには陥
っておらず,自傷他害の行為にも及んでいなかった。
そのようなXを落ち着かせるには,不安の原因を取り除き,予測可能
で理解しやすい状況に置き,落ち着いた空間で安心して過ごせるように
支援することが重要であり,本件押さえつけ行為より,制約の少ない支
援方法は複数取り得たはずである。また,Xが不安定な状態に陥ったの
は,被告行為者らが,Xに対するお仕置きのため,無理やり同人をP作
業所に連行したからであり,そのような方法を採らずとも,Xを落ち着
かせる支援の方法はいくらでもあった。
しかし,被告行為者らは,そのような代替手段を検討もせず,Xに対
する押さえつけ行為を繰り返していたのであり,「非代替性」の要件を
満たさない。
(ウ)一時性の欠如
被告行為者らは,本件の前日から断続的にXに対する押さえつけを行
っており,本件当時も午前中に約1時間もの長時間にわたって押さえつ
けを行っていた上,本件押さえつけ行為に関しても,Xがおとなしくな
るまで続けることが予定されていたものであるから,明らかに一時性の
要件が欠如している。
(エ)手続的要件の欠如
身体拘束が「緊急やむを得ない場合」として許容されるためには,上
記3要件を満たすだけではなく,手続的要件として,その態様及び時間,
その際の利用者の心身の状況並びに緊急やむを得ない理由その他必要な
事項の記録が義務づけられている(障害者自立支援法に基づく指定障害
福祉サービス事業等の人員,設備及び運営に関する基準73条2項,9
3条,154条,184条,213条)。
また,「緊急やむを得ない場合」に該当するか否かの判断は,担当ス
タッフ個人で行わず,福祉サービス事業所全体としての判断が行われる
ように,あらかじめ「身体拘束規定」等によって,ルールや手続きを決
めておくべきであり,利用者本人や家族に対して,身体拘束の内容,目
的,拘束の時間,時間帯,期間等を出来る限り詳細に説明し,十分な理
解を得られるように努めなければならないとされている。
しかし,被告法人では,被告行為者らを含む被告法人職員らによって,
本件の前日及び当日以外にも,Xが入所していた約1年7ヶ月の間に合
計10回以上にわたり,Xに対する押さえつけ行為がなされていたにも
かかわらず,本件当日の状況を含め,押さえつけの態様,時間,利用者
の心身の状況,緊急やむを得なかった理由についての記録が一切作成さ
れていない。
また,被告法人は,Xに対する押さえつけ行為が繰り返しなされてい
たことを,その母親である原告に一度も報告をしなかった。
以上のとおり,本件押さえつけ行為は,「緊急やむを得ない場合」と
して許されるための手続的要件すら満たしていなかった。
(オ)まとめ
以上より,本件押さえつけ行為は,身体拘束が例外的に許容される「緊
急やむを得ない場合」に該当しない。
(4)争点(4)被告行為者らの故意又は過失の有無
(原告の主張)
ア故意
本件押さえつけ行為は,客観的に見てXの生命身体を侵害する危険の高
い違法行為であることは明白である上,被告行為者らは,自ら手を下して
このような行為を行っているのであり,同押さえつけ行為が職務上許され
ない違法行為であることを認識,認容していたはずである。
そうすると,本件押さえつけ行為は故意による加害行為に該当すること
は明らかである。
イ過失
(ア)一般人,通常人を基準にした場合,人をうつ伏せの状態において,
その上から4〜5人で本件のような押さえつけ行為に及べば,重要な臓
器が集中する胸腹部が圧迫されることにより,窒息や嘔吐等により死に
至る危険があることは当然に予見可能である。
したがって,本件押さえつけ行為によりXが死に至る結果が予見可能
であったことは明らかである。
(イ)被告行為者らが,安全な押さえ方の知識・経験を有する者をもって
制止行為にあたらせ,かつ,Xの表情や顔色等を注視し,身体上の異変
に留意する役割を担った者を配置するなどしていれば,Xの死の結果は
回避できたにもかかわらず,被告行為者らは,本件押さえつけ行為以外
の代替手段を検討せず,押さえつけの方法についても,何ら安全性に配
慮せず,誰1人としてXの表情や顔色等を確認したり,行き過ぎた押さ
えつけがなされないように全体を見ることもなく,各自が自己流の方法
で漫然と力を加え続けて押さえつけを継続していた。
(ウ)したがって,被告行為者らには,Xに対する本件押さえつけ行為に
及んだことについて,少なくとも利用者であるXへの違法な身体拘束を
防止し,Xの生命身体の安全を確保し,Xの死亡という結果を回避すべ
き注意義務に違反した重大な過失が認められる。
(被告らの主張)
ア故意
本件押さえつけ行為は,Xに対する支援の過程での必要最小限の有形力
の行使であるから,暴行などの故意は観念し得ない。
イ過失
(ア)被告行為者らは,Xが死亡する結果を予見できなかった。
被告行為者らは,Xを押さえつけるに当たって,前述のとおり,全体
重を乗せておらず,Xが抵抗する力に応じて加える力を加減していた。
また,Xは,被告行為者らが異変に気がつく直前まで,声を出し身体に
力が入っていたのであって,被告行為者らにとって,Xの生命身体に関
する異常が感じられることはなかった。
このような具体的状況を踏まえると,被告行為者らにおいて,Xが嘔
吐や窒息などにより死に至ることは予見できなかったというべきであ
る。
仮に,原告が主張するような態様での押さえつけ行為が存在した場合
であっても,前述のとおり,Xの死に至る因果関係は不明であり,Xに
何らかの変調があり心因的な要素も加わって嘔吐に至ったとの可能性が
相当程度存在することに照らせば,そのような機序で嘔吐が起こること
について一般人は予見不可能である。
また,Xの死亡原因が,原告の主張するような胸腹部圧迫によって嘔
吐し窒息したためであるとしても,通常人は,健康な状態の人に対して,
複数の人が覆いかぶさるように乗った場合に,圧力のみによって嘔吐や
窒息が生じ,死に至ることを予見できない。
(イ)Xは,嘔吐直後に吐物を吸引した可能性が高く,医療従事者でもな
い被告行為者らが,Xの嘔吐に気がついたとしても,Xが吐物を吸引す
ることを防止することができたとはいえない。
したがって,被告行為者らがXの表情や顔色等を注視して身体上の異
変に留意する役割を担った者を配置するなどしていたとしても,Xの死
亡という結果を回避することはできなかったか,少なくとも回避は容易
ではなかった。
(5)争点(5)被告Aの故意又は過失の有無
(原告の主張)
被告Aは,以下のとおり,故意又は過失により,被告行為者らと共同して
Xに対する押さえつけ行為に及んだ。
ア故意
被告Aは,本件当時,被告法人の理事長として,被告法人の運営する障
害者施設を統括する立場にあったが,危険防止に関する勉強をしておらず,
医学的な知識もないにも関わらず,被告行為者らを含む被告法人職員に対
し,Xに対する押さえつけにあたり,具体的な制止の時間,押さえつけ部
位,危険防止等に関して何ら指示を与えることもなく,単に職員5名程度
で畳やソファーに押さえつけるように決め,これを被告法人の方針として
承認していた。
さらに,被告Aは,職員等から,XをP作業所へ連行したことや押さえ
つけて制止したことについて毎回報告を受け,これを容認していたのであ
り,その延長として行われた本件押さえつけ行為も容認していたといえる。
そうすると,被告Aは,本件押さえつけ行為そのものには加担していな
いとはいえ,被告法人職員らに対し,Xに約束違反があれば強制的にP作
業所へ連行し,Xが落ち着かなければ本件押さえつけ行為と同様の押さえ
つけを行うように指示し,被告法人の方針として承認してきたのであるか
ら,被告行為者らと意思を通じ,被告行為者らを介して,Xの生命身体へ
の危険性を認識・認容して,本件押さえつけ行為に加担したといえ,被告
Aにも,故意が認められる。
イ過失
(ア)被告Aは,Xに対する押さえつけが,本件押さえつけ行為のような
態様で行われていたことを認識していた旨述べており,被告Aが,被告
法人が運営する障害者施設を統括する理事長として,利用者であるXへ
の介護サービスの提供にあたり,Xの生命・身体・財産の安全に配慮す
べき職務上の義務を負うとともに,各施設で業務に従事する職員等にも
かかる義務の遵守を指導徹底すべき立場にあったことを踏まえれば,被
告行為者らがこのような危険な押さえつけ行為を行うにあたり,Xが死
亡に至る危険があったことを予見しえたといえる。
(イ)被告Aは,前述のとおり,被告法人の理事長であり,大阪府身体拘
束ゼロ推進標準マニュアルに従って,被告法人の運営する施設内で違法
な身体拘束が行われないよう指導・監督すべき立場にあったのであるか
ら,大阪府や東大阪市から指導事項がFAXで送られた際には,その内
容を職員らに周知徹底し,違法な身体拘束によって利用者の生命身体に
危害が加えられることのないように,利用者の安全を確保するための対
応を職員らに指導しうる状況にあり,かつ,そのような指導を行うべき
立場にあった。
そして,被告Aは,Xの支援にあたる被告法人職員らが,Xの行動を
制止すべき場合があると考えたのであれば,身体拘束の要件を周知し,
その要件を満たさない場合には,身体拘束を行ってはならない旨の指導
を徹底し,仮に身体拘束を行う場合でも,Xの生命身体に及ぼす危害を
最小限にとどめるような安全な制止方法を職員らに指導し,かつ,身体
拘束を行う場合には,Xの異変に留意する役割を担った者を配置するな
どして,安全を確保するための措置を講じ,所定の手続を行うように指
導徹底するなどして,被告法人の運営する施設内において,違法な身体
拘束を行うことを防止し,Xの死亡という結果を回避すべき注意義務を
負っていた。
そうであるにも関わらず,被告Aは,自身も身体拘束についての正確
な知識を持たず,職員等にも指導せず,職員らを身体拘束の研修に参加
させたこともなく,マニュアルも作成せず,所定の手続について何ら指
導していなかったため,被告行為者らは,Xに対する身体拘束が「緊急
やむを得ない場合」に該当するか否かの検討を行うことなく,自己流の
方法でXに対する押さえつけを継続し,その結果本件押さえつけ行為に
及んでXを死亡させた。
したがって,被告Aには,被告法人の理事長として,被告行為者らに
よるXへの違法な身体拘束を防止し,その生命,身体の安全を確保すべ
き注意義務に違反した重大な過失がある。
(被告らの主張)
ア被告Aは,被告法人職員らに対して,制止行為は必要最小限でなければ
ならないことについて理解させた上で,個々の利用者の特性をも考慮して
最善の支援方法について議論し,その結果に基づいて職員らを指導教育し,
可能な限り制止行為を行わないように指導するとともに,利用者等の生命
身体の安全が脅かされる場合に限って制止行為を行うべきことを教示して
いた。
そうすると,被告Aは,Xに対する適切な支援体制と方法の構築を主導
し,制止行為についても,従前から職員らに対し,安全を確保する指導を
十分に行っていたものであり,本件押さえつけ行為について,殺人や傷害
の故意はもちろん,注意義務違反も存在しない。
イまた,一般人にとって,身体を圧迫することによって嘔吐し,吐物が気
管に詰まり窒息して死に至ることを予見することは不可能である。
ウしたがって,被告Aには注意義務違反は存在しない。
(6)争点(6)被告法人の責任原因の有無
(原告の主張)
ア不法行為責任
(ア)被告法人自体の注意義務違反
被告法人は,大阪府や東大阪市からFAX等で送られてくる身体拘束
の判断基準や他施設での拘束事案の発生状況等といった指導事項につい
て法人内に周知徹底し,運営する全ての施設において,違法な身体拘束
により利用者の生命身体に危害が加えられることのないよう,利用者の
安全を確保する体制を構築する義務を負っていた。
しかし,被告法人では,違法な身体拘束について正確な知識を有して
いない被告Aを理事に置き,職員等にXへの押さえつけを指示していた
被告Bを管理者兼サービス管理責任者とし,押さえつけ行為に加担して
いた被告Cをサービス管理責任者に置くなど,その人事体制自体が施設
内での違法な身体拘束を自招するものとなっていた。
したがって,被告法人は,利用者に対する違法な身体拘束を防止し,
利用者の生命身体の安全を確保する体制を構築する注意義務を負ってい
たにもかかわらず,かかる義務に違反し,このような体制を整備しなか
った過失により,被告行為者らの本件押さえつけ行為によってXを死亡
させるに至ったものであり,被告法人自体も独立して不法行為に基づく
損害賠償責任を負う。
(イ)使用者責任
被告行為者らは,被告法人に雇用される被用者であり,被告法人の利
用者であるXへの生活介護サービスの提供という職務の執行について,
Xを死亡させるという損害を与えたものであるから,被告法人は,被告
行為者らの不法行為について,使用者責任としての損害賠償義務を負う。
(ウ)代表者の行為についての損害賠償責任
被告Aは,社会福祉法人である被告法人の理事として,同法人の代表
者としての地位にあり,かつ被告Aは自らの不法行為によってXを死亡
させるという損害を与えたものであるから,被告法人は代表者である被
告Aの不法行為についても,社会福祉法人法29条,一般社団法人及び
一般財団法人に関する法律78条に基づき損害賠償責任を負う。
イ債務不履行責任
被告法人は,平成20年4月1日付けで,原告を代理人とするXとの間
で,利用者であるXが事業者である被告法人の提供する障害福祉サービス
を受け,それに対する利用料金を支払うことを内容とする本件利用契約を
締結しており,本件押さえつけ行為当時も,Xに対して,本件利用契約に
基づいて,Xに対する障害福祉サービスを提供する契約上の義務を負って
いた。
被告法人は,Xに対し,本件利用契約に基づき,安全配慮義務及び身体
拘束禁止の義務を負っていたものである。
そうであるにも関わらず,被告法人は,Xに対するサービスの提供に当
たり,職員である被告行為者らの本件押さえつけ行為により,Xを死亡さ
せたのであるから,その責めに帰すべき事由により,安全配慮義務及び身
体拘束禁止義務の各契約上の義務に違反した。
よって,被告法人は,Xを相続した原告に対し,債務不履行に基づく損
害賠償義務を負う。
(被告らの主張)
ア不法行為責任
(ア)被告法人固有の不法行為について
被告B及び被告Cは,障害者福祉施設での勤務に十分な実績があり,
被告Aも,被告法人理事長として,Xの対応について,専門家の意見も
取り入れながら複数の会議で議論を積み重ね検討をしてきたのであっ
て,利用者であるXと職員らの生命身体の安全を考え,職員らに対し,
最善の対応方法について指示していた。
したがって,被告法人の人事体制に何ら注意義務違反は存在しない。
(イ)使用者責任について
被告行為者らが被告法人に雇用される被用者であること,本件が職務
の執行について行われたことについては争わないが,主張については争
う。被用者である被告行為者らについて不法行為が成立しないため,使
用者責任も成立しない。
(ウ)代表者の行為についての損害賠償責任
代表者である被告Aに不法行為責任が生じないため,被告法人に損害
賠償責任は生じない。
イ債務不履行について
被告法人に安全配慮義務違反,身体拘束禁止義務違反はいずれも存在せ
ず,債務不履行責任は生じない。
(7)争点(7)損害
(原告の主張)
アXの損害
被告らの違法行為により,Xには以下の損害が発生した。
(ア)葬儀費用102万0402円
(イ)年金の逸失利益745万3425円
Xは,国民年金の障害基礎年金を年額79万2096円受給していた
ところ,Xの死亡時の年齢は22歳であり,平成21年簡易生命表によ
れば,22歳男性の平均余命は58.10年である。そこで,生活費控
除率を50%とし,ライプニッツ係数18.8195を用いて計算する
と,年金の逸失利益は745万3425円となる。
(計算式)
79万2096×(1-0.5)×18.8195=745万3425.
336
(ウ)労働能力喪失による逸失利益3525万1372円
aXは,本件事件当時,P作業所での作業労働を行っていたため,就
労の蓋然性があった。
したがって,平成21年の賃金センサスによる男性・中学卒業平均
年収である396万6600円を基礎収入とし,生活費控除率を50
%として,就労可能年数45年(67-22=45)に対応するライプ
ニッツ係数17.7741を用いて計算すると,Xの労働能力喪失に
よる逸失利益は3525万1372円を下らない。
(計算式)
396万6600×(1-0.5)×17.7741=3525万1
372.53
b仮に,Xについて,健常者と全く同程度の賃金を得ることが困難で
あったと考えても,少なくとも最低賃金に相当する額の収入を得るこ
とができた蓋然性は認められるのであり,大阪府の平成21年度の最
低賃金額762円を前提に,年収146万3040円を基礎収入とし,
就労可能年数45年(ライプニッツ係数17.7741),生活費控
除率を50%として逸失利益を計算すると,その金額は1300万2
109円を下らない。したがって,少なくとも同額が労働能力喪失に
よる逸失利益として認められるべきである。
(エ)Xの慰謝料3000万円
Xは,若干22歳という若さでその生命を奪われたものであり,その
無念は察するに余りある。
Xは,その障害特性を理解しない被告らの稚拙な支援方法により,心
身ともに不安定な状態に追い込まれ,そのような状態に陥ったことを約
束違反であるとして強制的にP作業所に連れて行かれ,恐怖のあまりパ
ニックになり抵抗したところ暴れたとみなされて,身体を押さえつけら
れるという繰り返しの末,死に至ったのであり,本件事件の経緯におい
て,Xには何の落ち度もない。
Xは,意識を失うまで継続して押さえつけられ,恐怖を感じる中で意
識を失い,家族である原告や妹と言葉を交わすこともできないまま若い
生命を奪われたのであり,その身体的・精神的苦痛に対する慰謝料は3
000万円を下ることはない。
(オ)原告の相続分
Xの上記損害額合計7372万5199円について,原告は,Xの被
告らに対する損害賠償請求権を法定相続分2分の1の割合で相続したこ
とにより,被告らに対し,3686万2599円の損害賠償請求権を有
している。
イ原告固有の損害
(ア)交通費2万6780円
原告は,本件事件の発生後,Xが死亡するに至った経緯や原因等を究
明するため,各関係先に調査に赴き,合計2万6780円の交通費を支
出した。
(イ)謄写費用4万7305円
原告は,本件事件について調査するために,Xのカルテや刑事記録を
謄写請求し,その謄写費用として合計4万7305円を支出した。
(ウ)原告固有の慰謝料3000万円
原告は,知的障害を有するXを施設へ預けることの心理的葛藤に苦悩
し,施設への入所と退所を繰り返しながら必死の思いをしてきたもので
あり,母の介護や長女の入院及び原告自身の骨折という家庭の事情から,
Xを自宅へ引き取るのことが不可能な事態に陥り,やむなく被告らにX
を託した。
そうであるにも関わらず,被告らは,Xへの押さえつけを繰り返した
結果,本件押さえつけ行為によってその生命までを奪うに至ったのであ
り,原告の精神的苦痛は筆舌に尽くしがたく極めて甚大である。
原告の精神的苦痛に対する慰謝料は3000万円を下らない。
(エ)以上より,原告は,原告固有の損害3007万4085円について,
被告らに対する損害賠償請求権を有している。
ウ弁護士費用
上記のとおり,原告の損害は,Xの損害賠償請求権の相続による損害額
合計3686万2599円及び原告固有の損害額合計3007万4085
円の合計6693万6684円であるところ,本件訴訟は,多くの法律上
の争点を有しており,原告自身の訴訟追行は不可能な事案であるため,原
告の要した弁護士費用も損害に含まれ,その額は,請求額の1割に当たる
669万3668円が相当である。
エ損害合計
以上により,原告の損害は7363万0352円を下らない。
(被告らの主張)
ア葬儀費用
タクシー代については否認し,その余は認める。
イ年金の逸失利益
年金の逸失利益性については争わないが,生活費控除の割合については
争う。
ウ労働能力喪失による逸失利益
否認する。
Xには就業の経験はなく,就業の希望も有しておらず,被告法人におい
ても就労を目指す支援を受けていたわけではないのであって,労働の蓋然
性があったとは認め難い。
XはP作業所において被告法人職員らの支援を受けながら軽作業をして
おり,これに対し,一定の金額が支払われていたが,この支給金は,利用
者の意欲を高める動機付けであり,たとえ作業をしなくとも出勤さえすれ
ば支給される性質のものであって,厳密な意味での給料ではない。
仮に,逸失利益が認められるとしても,原告の主張するような賃金セン
サスを前提として算出される額は,Xの逸失利益の額としては著しく現実
とかけ離れた不合理なものであり,基礎収入は,被告法人においてXに支
給されていた作業工賃である月額5500円が限度である。
また,Xに労働能力喪失による逸失利益が認められるとしても,生活費
控除の割合については争う。
エ慰謝料
争う。
本件において,本人分及び近親者分を含んだ死亡慰謝料の総額として2
200万円を超えることはない。
オ交通費
争う。
カ謄写費用
争う。
キ原告固有の慰謝料
争う。
本件において,仮に,原告固有の慰謝料が認められる場合であっても,
原告固有の慰謝料は,Xの慰謝料と重複して評価されるべきではない。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記前提事実,証拠(甲1~6,10,12~17,19,24,25,3
0,35~39,乙1~35,37,原告本人,被告B本人,被告C本人,被
告D本人,被告E本人,被告F本人,被告A本人。但し,書証は,枝番号が付
されているものについては枝番号も含む。)及び弁論の全趣旨によれば,以下
の事実が認められる。
(1)被告法人の概要等
ア被告法人は,平成4年,障害福祉サービス事業の経営等の社会福祉事業
を行うことを目的として設立された社会福祉法人である。
被告法人は,R厚生福祉センター(以下「Rセンター」という。)など
大阪府立の障害者施設に入所している入所者の地域移行支援を行っていた
ところ,平成19年,大阪府から障害者の地域移行支援事業を受託し,地
域移行支援センターを立ち上げた。
イ被告法人は,自立ホームOを含む24箇所の自立ホームにおいてグルー
プホーム事業を運営し,P作業所を含む4箇所の授産施設において,生活
介護,短期入所,就労継続支援事業を運営し,その他,居宅介護,行動援
護,移動支援,相談支援等の各事業を運営している。
被告法人では,職員約60人のほか,非常勤職員及びパート職員約30
人が勤務しており,理事長である被告Aの下に,各部門の管理責任者であ
るチーフが配置され,その下に複数のグループホームの管理責任者である
リーダーが配置され,その下に入居者の生活全般の支援を行う世話人及び
生活支援員が配置されていた。
ウ被告法人では,グループホーム,授産施設,生活支援の各部門毎に代表
者を集め「部門代表者会議」を開き,各現場担当者からの報告と各事業の
運営や困難ケースの支援の方針の検討を行い,その中で特に支援に困難を
伴う入居者については,当該入居者に関わる職員参加のもと「プロジェク
ト会議」を開き,当該入居者についての情報を共有した上で,支援方法な
どの検討を行っていた。
(2)Xについて
アXの障害特性
(ア)Xは,幼少時から精神発達遅滞,自閉性障害と診断され,平成17
年に実施された検査では,発達指数(DQ)35~49,知能指数(I
Q)39,精神年齢6歳6ヶ月であり,中等度の精神発達遅滞と判定さ
れている。Xは,平成18年時には療育手帳Aの判定を受けていた。
また,Xは,過去に,パニック障害や双極性感情障害の診断を受けて
いる。
(イ)Xには,自閉性障害の特徴として,テレビやラジオに対する強いこ
だわりがあった。また,Xは,自分の要求が通らなかったり,周囲から
の刺激をきっかけに精神的に不安定になり,パニックに陥ることが頻繁
にあり,度々,人に噛みつく,物を投げる,机をひっくり返すなどの行
動に及ぶことがあった。
イ被告法人施設入所までの生活状況
(ア)Xは,平成14年8月19日からT学園に入所した。
Xは,同学園において,職員の注意する声,他児があげる奇声,他児
のケンカなどに反応し,パニックをおこし,他児や職員の腕などに噛み
つく,眼鏡を壊すなどの行為に及び,職員の中にはXに指を噛みちぎら
れた者もいた。また,Xには,施設からの飛び出し行動なども見られた。
(イ)Xは,平成16年5月頃から他害行動が著しくなり,施設での生活
が困難になって,同月26日から平成18年5月8日まで,Uセンター
に医療保護入院となった。Xは,同センターにおいても,他患者とのト
ラブルを契機に興奮状態になり,噛みつき行為などに及ぶことが度々あ
り,保護室に誘導され四肢体幹拘束を受けるに至ることもあった。
もっとも,同センターにおいては,薬物療法,精神療法等を中心に情
動の安定化がみられ,平成17年7月25日以後は,退院まで暴力行為
はなかった。
(ウ)Xは,Uセンターを退院した後,平成18年からRセンターにおい
て短期入所を繰り返していたが,同施設においても,臨時ニュースや,
職員の注意する声などに反応し,不安定になり,職員に対して噛みつい
たり,物を投げたり,施設から飛び出そうとしたりするなどの行為が見
られた。
ウ被告法人施設への入所経緯
(ア)Xは,Rセンターの施設一部縮小に伴い,地域移行の対象者として,
平成19年8月29日,Rセンターの職員と共に被告法人を見学に訪れ
た。
(イ)Xは,被告法人が運営する施設において4回の体験入居を行い,平
成20年4月から被告法人が運営するサービスを利用して地域生活を開
始することになった。
(ウ)被告法人では,Xに関する支援に困難を伴うことが予想されたため,
平成20年4月8日の部門代表者会議において,Xに関するプロジェク
ト会議を立ち上げ,Xに対する支援の方針を検討していくことを決めた。
(3)被告法人におけるXに対する支援の状況
アXの被告法人施設への入所
(ア)原告は,Xの代理人として,被告法人との間で,平成20年4月3
0日,Xを利用者とした生活介護・就労継続支援(B型)・就労移行支
援利用契約を締結し,Xは,被告法人が設置運営するグループホーム「S」
(以下「自立ホームS」という。)に居住し始め,平日の日中は,P作
業所に通所した。
(イ)Xは,P作業所では,作業に加わらず寝て過ごしたり,テレビのあ
る2階で過ごすことが多く,Xが外へ出て行こうとするのを止める職員
に対し,噛みついたり,作業をせずにテレビを見ていることを注意した
職員に対し,「テレビを見たい,仕事をしたくない。」と言い,テーブ
ルをひっくり返したり,注意した職員の腕に噛みつくなどしたこともあ
った。
また,Xは,自立ホームSでも,他の利用者の戸の出入りを気にして,
その利用者の部屋のテレビを投げるなどの行動が見られた。
(ウ)Xは,同年6月4日,居住するグループホームを自立ホームSから
自立ホームOに移した。
イルールの設定
(ア)被告法人では,Xの障害特性から,専門家による助言が必要である
と考え,知的障害者の支援に詳しい臨床心理士であるG(以下「G」と
いう。)との間でコンサルタント契約を締結し,平成20年6月から,
被告法人において,2週間に1回程度,コンサルテーションを開き,G
の指導,助言を受けながら,Xの支援に関する職員研修を行った。
(イ)Gは,被告法人におけるコンサルテーションにおいて,Xの支援に
ついては,Xとの間で,明確なルールを設定し,Xに定着させること,
ルールを曖昧にしないこと,ルールが守られた場合の褒美やルールを破
った場合のペナルティを明確にして,Xに上記ルールを身に付けさせる
ことが必要であると助言した。
また,Xの興奮が始まる前の対応策として興奮状態に入る手前や興奮
度合いが小さいうちに,担当支援員がふらっと尋ねてきたように装い,
Xと話をして落ち着かせるという「ふらっと訪問」という方法や,Xが
興奮した際の対応として,利用者が自傷・他害に至る等パニック状態と
なり,自他共に心身の安全の確保が困難な状態になったとき,一時的に
環境を変え,こだわりの対象や外部からの様々な刺激を遮断することで,
冷静な心理状態に戻るための場所の提供を行う「タイムアウト」という
方法をとることを提案した。
被告法人では,タイムアウトを実施する際に移動する場所として,周
辺が工場であり,周辺住民の迷惑になりにくく,物が少ないためXが暴
れても投げる物がないなどの理由から,P作業所の軽作業室を利用する
ことにした。
また,被告法人では,上記Gの助言を受けて,Xとの間で,Xが,決
められた仕事をしたり,日常生活に関するルールを守った場合,被告法
人が作成した「頑張った表」や「サプライズカレンダー」などにシール
がたまるようにし,目標達成時には,アイスクリームやビールなどを購
入できるといった約束をし,反対に,ルールを守れなかった場合には,
タイムアウトの意味のほかに,問題行動の抑止,警告の意味でP作業所
に行くという約束をして,Xにルールを定着させようとした。
(ウ)Xは,平成20年6月13日,テレビの地震特番により自分の見た
かった番組が変更になったことで精神的に不安定になり,商店街で地震
のニュースについてどう思うか尋ねまわったり,迎えに来た職員に噛み
つこうとしたり,車を蹴ったりした。
また,同月21日には,電話の時間が決められているなどの自立ホー
ムOの規則が嫌であるため,グループホームを辞めたいなどと訴え,夜
中に大声を出し,机をひっくり返そうとしたり,興奮して自立ホームO
の外に飛び出し,商店街の花壇を壊すなどした。その後,Xは,自立ホ
ームOに戻ったが,再度,外へ飛び出そうとし,職員がこれを止めよう
としたところ,もみ合いになり,入口のガラス扉を壊した。
(エ)上記のようなXの行動を受けて,平成20年6月23日頃,被告B
が,Xとの間で,自立ホームOに住むに当たり,パニックをおこさない,
人を噛まない,物をひっくり返さない,大きな声を出したり,パニック
になった場合にはP作業所に住むなどのルールを設定した。
(オ)Xは,同年12月までの間,パニックになっても人を噛んだり,物
を投げたりといったことが減り,「頑張った表」をもとにして日課をこ
なせるようになっていた。
しかし,Xは,平成21年の年明けから調子を崩し,同年2月5日の
コンサルテーションにおいては,職員の中からは,XにとってP作業所
に泊まることが恐怖体験になっているとの指摘が出てきた。
そこで,同コンサルテーションにおいて,Xがルールを破った際に,
P作業所に泊まるという約束を外すことが検討され,噛まない,パニッ
クをおこさない,毎日P作業所へ行く,電話は一日5分を守るなどのル
ールに絞ることになった。
(カ)被告法人では,Xとの間で設定したルールを紙に記載し,壁に貼る
などしていたが,Xは,度々,上記紙を捨てるなどし,また,職員に対
し,上記紙について「いつなくなるのか。」,「いらない。」などと訴
え,不穏な状態になることがあった。
ウXがパニックになった場合の被告法人の対応
(ア)Xは,平成21年4月5日より,北朝鮮のミサイル発射のニュース
で特番が組まれ,通常の番組がなくなったことをきっかけに,パニック
をおこし,食器棚を倒す,人に噛みつくなどした。
そこで,被告法人では,同月14日,プロジェクト会議を開き,Xと
の間のルールを,暴力を振るわない,物を壊さない,被告BやP作業所
の日中職員も自立ホームOに泊まるなどに絞り,同ルールを破った場合
にはP作業所へ行く旨のルールを復活させた。また,被告法人職員らは,
同会議において,Xが自立ホームOにおいてパニックを起こした場合に
以下の対応をとることを定めた。
aパニック時に職員4人で対応できるよう体制を整える。
b大声が出たり,物を壊したときはP作業所へ移動する。
c移動の際には,約束を破ったことを伝え,自主的に車に乗るよう促
すが,抵抗して暴力を振るうときは,手足を制止し乗車させる。
d移動の連絡を受けたP作業所の責任者はP作業所の部屋を危険のな
いよう備品を片付け,ソファーや布団を用意する。
e部屋に入ったらソファーに座ってもらい,約束を破ったので反省す
るよう促し,落ち着けば押さえつけたりしないことを伝える。落ち着
いていれば,その日を振り返る会話を交わし,その際,部屋を飛び出
したり,暴力を振るってきたときは,落ち着くまでソファーで手足を
制止する。
f上記の対応で落ち着けないときは,布団の上に寝てもらい,手足を
制止して落ち着くまで待つ。
gこれらの対応で落ち着いて話ができるようになれば,自分の布団で
寝てもらい,朝7時にグループホームに帰り,いつもの生活に戻って
もらう。
(イ)被告法人では,Xがパニックになった際に同人を押さえつける方法
について,必要に応じて会議等で話し合い,Xを押さえつける際は,う
つ伏せにすること,4人以上で関わること,手足を押さえること,リー
ダー以上の職員が1人責任者として応援に入りその場の全体を見るこ
と,Xの様子を見ながら「落ち着いて下さい。」,「落ち着いたら離し
ます。」などの声かけをすることなどを定めていたが,具体的な押さえ
つけの方法,制止の時間,危険防止等に関してマニュアルは作成せず,
これらについて職員らに対する具体的な指示や指導も行っていなかっ
た。そのため,どのような態様でXを押さえつけるかについては,専ら
各職員の裁量に委ねられていた。
(ウ)被告Aは,プロジェクト会議,コンサルテーション等で決まったX
に対する対応については,被告法人の方針として承認していた。
被告Aは,被告法人職員がXを押さえつけている様子を実際に見たこ
とはないが,押さえつけが行われた都度,事後に,実施責任者から,社
内メール,報告書等によって報告を受けていた。
(エ)被告法人職員は,Xの希望でXと一緒に寝たり,Xが不穏な状態に
なった際に,じっくり話をしたり,話題を変えるなどして対応し,Xを
落ち着かせるようにしていたが,Xがルールを破ったと判断した場合に
は,いやがるXをP作業所に連れて行き,同人が落ち着くまで,長いと
きは1時間から2時間程度同人を押さえつけることがあった。被告法人
職員らが,XをP作業所において押さえつけた回数は,Xの入所期間中
10回程度あった。
(4)平成21年11月7日の出来事
アXは,同日午後4時頃から自立ホームOにおいて,不穏な状態が続いて
おり,「P作業所を辞めたい。」,「食事を早く作れ。」などと大声で叫
んだり,無断で外へ出て隣のグループホームに入るなどした。そのため,
被告Cは,約束違反があったとして,Xを車に乗せてP作業所へ連れて行
くことに決めた。
被告Cは,Xに夕食を食べさせ,同日午後6時半頃,Xを車の助手席に
乗せ,後部座席に被告法人職員3名を乗せてP作業所へ向かった。Xは,
P作業所へ向かう途中,助手席で暴れ始め,助手席の窓を開け,足でドア
ミラーを蹴りつけたり,助手席から降りようとしたり,運転していた職員
を噛もうとした。
被告C及び被告法人職員らは,Xを後部座席に移動させた。
イ被告C及び他の職員らは,P作業所に到着後,Xを軽作業室に連れて行
き,午後7時頃から約1時間程度,軽作業室の床の一画に畳と布団を敷き,
その上でXを仰向けの状態にして押さえつけた。
被告Cは,Xが落ち着くと,押さえつけを止め,Xに不穏の原因を聞く
などしたが,Xが暴れ始めたため,再び布団の上でXを押さえつけるなど
した。
Xは,徐々に落ち着きを取り戻し,午後8時半頃,落ち着いてソファで
話せるようになり,その日は,軽作業室で就寝した。
被告Cは,数人の被告法人の職員を残して帰宅した。
(5)平成21年11月8日の出来事
アXは,同日午前7時頃,職員らに連れられてP作業所から自立ホームO
に戻った。Xは,自立ホームOに戻った後,「約束は嫌や。」,「P作業
所を辞めたい。」などと言っていた。
イ被告Cは,Xとの間で,朝食を食べた後に散歩に行くことを約束してい
たが,Xの状態を見て,Xに対し,散歩はしない旨伝えたところ,Xは,
被告Cに噛みつこうとした。そのため,被告Cは,XをP作業所へ連れて
行くことに決め,被告Bに連絡し,さらに被告F,同D及び同Eを呼び集
めた。
被告法人職員が,Xに対し,自分で車に乗るか尋ねたところ,Xがこれ
を拒否したため,被告法人職員らは,Xの手足を持ち,後部座席にXを乗
せた。
被告法人職員ら及びXは,被告Fが運転する車で,P作業所に移動して
いたところ,途中で,Xが暴れたため,被告法人職員らが,Xを押さえつ
けた。
ウXを乗せた車は,同日午前10時45分頃,P作業所に到着した。
Xは依然暴れていたため,被告法人職員らは,同日午前11時30分頃
まで,軽作業室の床の一画に畳と布団を敷き,その上でXをうつ伏せにし
たまま押さえつけた。Xは,「痛い。」,「謝れ。」などと叫び,激しく
抵抗していた。
Xは,同時刻,のどの渇きを訴えた。被告法人職員が,水を飲むか尋ね
たところ,Xはおとなしくなった。被告法人職員らは,一旦押さえつけを
中断し,Xに水を飲ませた。
エXは,昼食時に職員が買ってきた弁当を真っ先に取ろうとしたところ,
被告Cから,「誰が原因で皆が集まっているのだと思いますか。」とその
行動をたしなめられ,「いりません」と言って昼食を摂らなかった。
オXは,同日午後1時前になり,午後1時から見たい番組があるため,自
立ホームOに帰りたいと言い出した。
被告Cは,Xが未だに不穏な状態であると判断したため,Xに対し,同
日午後4時まで帰れない旨伝えたところ,Xとの間で押し問答になった。
被告Cは,上司である被告Bに確認するという口実を作り,Xに自立ホ
ームOに帰ることを諦めさせようと考え,P作業所の2階にいた被告Bの
名前を呼びながら軽作業室を出たところ,Xは,「Bさんを呼ばないで下
さい。」と懇願しながら被告Cを追いかけるようにして軽作業室から出た。
2階にいた被告Bは,被告Cの呼びかけに応え,1階に降りてきたとこ
ろ,玄関から8,9メートル程度の階段下の廊下付近でX及び被告Cと向
き合う状態になった。
Xは,興奮が増し,両手を振り回し,「帰りたいんですよ。」と言いな
がら,小走りで玄関の方へ向かおうとした。
被告Dは,Xを止めようとして,後ろからXに抱きつき,横に倒れた。
カ被告Bは,Xの様子を見て,興奮度合いが高まっており,到底言葉で説
明して落ち着かせることは不可能であると判断し,Xを押さえつけるため,
軽作業室に移動させることとした。そこで,被告行為者らは,被告Bの指
示に基づき,「離せ」等と叫んで手足をばたつかせるXの身体を持ち上げ,
再び軽作業室の布団の上に移動し,Xをうつ伏せの状態にして押さえつけ
た。
被告Bは,Xを運ぶ際に,Xが職員に噛みつくのを防ぐため,Xの頭が
動かないように両手で同人の後頭部を押さえ,うつ伏せで押さえつけてか
らは,声かけをしながらXの表情や動きに注意を払っていた。
被告Cは,Xの頭の方に背を向けた状態で左腕に跨り,右膝を立てた状
態で,Xの左腕の肘と手首あたりを,両手で持ち,可動できないように背
中側に反らせるように引っ張った。
被告Dは,Xの背中に自分の背中が接触するような状態で,Xの右腕を
自分の左脇に挟んで押さえた。
被告Eは,Xの左脚を跨ぐようにして押さえた。
被告Fは,Xの右太もも部分に跨って腰を落とし,Xの上半身に背を向
ける形で押さえた。
被告行為者らが上記状態で押さえ続けてから10分ほど経過した後,被
告Bは,押さえつけが長時間に及ぶと判断して,1人ずつ交代で休憩をと
らせることにし,まず被告Fを休憩に行かせ,被告Fに代わって,自身が
Xの右脚膝裏及び足首を両腕で押さえた。
Xは,「バカヤロー,離せ。」などと叫びながら,身体を揺すっていた。
被告行為者らは,Xに対し「落ち着いてください。落ち着いたら離します
から。」などと声を掛けながら押さえていた。
途中,被告Eは,Xが暴れたことにより,Xの左脚を押さえきれず離し
てしまい,体勢を崩した。
被告Bが片手でXの左膝裏を押さえたが,Xが左脚を更にばたつかせた
ため,Xの身体は,大きく揺れた。
被告Cは,Xが大きく身体を動かしたことにより,体勢を崩したため,
立たせていた右膝を布団についた状態にし,足の先をXの首の下に入れ,
Xの左肩甲骨付近に尻が乗る状態にして押さえ直した。
被告Dは,Xが身体を大きく動かして起き上がろうとした際には,自身
の背中でXの右肩付近に体重をかけ,Xを押さえた。
キ被告Fを除く被告行為者らは,15分間程,Xを押さえつけていたとこ
ろ,Xの声が止み,急に動かなくなったため,Xの顔をのぞき込むと,X
は真っ青な顔色に変わっており,脈はあったが呼吸をしていない状態だっ
た。
被告Cは119番通報をして救急車を呼び,被告Bは人工呼吸を行った
ところ,Xの口から吐瀉物が溢れていた。被告Dは,タオルを持ち,嘔吐
物の拭き取りなどして,更にXの心臓マッサージをした。
救急隊員が,P作業所に到着した際,Xは仰向けに寝かされ,心肺停止
の状態で脈がなく,口からは大量の水溶性の吐物が吸引しても出てくるよ
うな状態だった。また,Xの右眼瞼,顎,顔面,右前腕に打撲痕が認めら
れた。
(6)Xの死亡
アXは,平成21年11月8日午後1時25分頃,Q病院に救急搬送され,
同病院において心肺蘇生法を受け,一度心拍が再開したが,翌同月9日午
前5時頃,死亡した。
イ同病院では,Xが搬送された後,胸部のレントゲンを行い,Xの死亡後
は,頭部から腹部にかけてのCT検査を行ったが,Xに内疾患は認められ
なかった。
ウ平成22年6月14日付けV法医学教室医師H(以下「H医師」という。)
作成に係る鑑定書によれば,Xの死因について,心肺停止の原因は,吐物
の肺内吸引による窒息であり,胃酸を含む胃内容を吸引していたため,広
範な肺胞障害が生じて肺出血を起こし,吸引異物刺激による肺炎も併発し
て死亡したものと判断されている。
H医師は,Xが嘔吐した原因について,Xがうつ伏せの状態で背面から
圧迫されたという伝聞情報を前提に,胸腹部への強い圧迫により,前腹壁
全体が圧迫され,腹腔内圧が上昇し,胃の内圧も上昇した結果,胃内容が
食道へ逆流したためである旨推認している。
(7)略式起訴
区検察庁は,平成23年11月29日,本件に関し,被告B,被告C,被
告D及び被告Eを業務上過失致死罪で略式起訴した。
簡易裁判所は,同年12月5日,被告Bに対しては,罰金70万円,被告
C,被告D及び被告Eに対しては,それぞれ罰金50万円の略式命令を発し,
上記各命令は,いずれも確定した。
(8)身体拘束に関する行政指針
ア厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」は,平成13年3月,高齢者
介護を念頭においた「身体拘束ゼロへの手引き~高齢者ケアにかかわるすべ
ての人に~(案)」を作成し,その中で「緊急やむを得ない場合」として身
体拘束が許容されるのは,あらゆる支援の工夫のみでは十分に対処できない
ような「一時的に発生する突発事態」のみに限定されるとし,安易に「緊急
やむを得ない」ものとして身体拘束を行うことのないよう,切迫性(利用者
本人又は他の利用者等の生命又は身体が危険にさらされる可能性が著しく
高いこと)・非代替性(身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介
護方法がないこと)・一時性(身体拘束その他の行動制限が一時的なもので
あること)の3要件を慎重に判断するようにすること,利用者本人やその家
族に対して身体拘束の内容,目的,理由,拘束の時間,時間帯,期間等をで
きるかぎり詳細に説明し,十分な理解を得るように努め,説明手続や説明者
について事前に明文化しておくこと,緊急やむを得ず身体拘束等を行う場合
には,その態様及び時間,その際の利用者の心身の状況,緊急やむを得なか
った理由を記録することなど所定の手続をとることなどが必要である旨記
載されている。
イ社会福祉法人全国社会福祉協議会「障害者の虐待防止に関する検討委員
会」は,平成21年3月,「障害者虐待防止の手引き」を作成したが,そ
の中では,障害福祉サービス等を提供する施設・事業所は,サービス提供
にあたって,「障害者自立支援法に基づく指定障害福祉サービス事業等の
人員,設備及び運営に関する基準」に従い,利用者本人又は他の利用者等
の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除いては,身体的
拘束やその他の利用者の行動を制限する行為を行ってはならず,その具体
的な対応にあたっては,前記アの「身体拘束ゼロへの手引き」を参考にし,
上記3要件を満たすことを求める旨記載されている。
ウ厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課地域移行・障害児支
援室は,平成24年9月頃,「障害者福祉施設・事業所における障害者虐
待の防止と対応の手引き」を作成した。その中では,緊急やむを得ない場
合とは,支援の工夫のみでは十分に対応できないような,一時的な事態に
限定され,具体的には,「身体拘束ゼロへの手引き」に基づく切迫性,非
代替性,一時性の要件に沿って検討する方法などが考えられる旨記載され
ている。
エ大阪府は,厚生労働省令である「障害者自立支援法に基づく指定障害福
祉サービス事業等の人員,設備及び運営に関する基準」第73条及び第1
54条の規定を基に,平成20年3月付けで大阪府健康福祉部高齢介護室
が作成した「大阪府身体拘束ゼロ推進標準マニュアル」を用いて高齢者介
護,障害者介護,障害児介護に関して身体拘束に関する研修や現場指導を
行っている。
同マニュアルには,「緊急やむを得ない場合」を除いて身体拘束が禁止
されること,「緊急やむを得ない場合」というためには切迫性,非代替性,
一時性の3要件を満たし,かつ,身体拘束に関する記録が義務づけられる
ことが説明されている。
東大阪市も,年1回各施設の代表者を集め,従業員の法令への習熟度に
ついて説明会を行うなどの取り組みをしていた。
大阪府福祉部障がい福祉室において,平成22年9月付けで作成された
「福祉サービス事業所における利用者支援のあり方に関するガイドライ
ン」においても,「緊急やむを得ない場合」の要件・判断基準・手続及び
記録に関する内容について,厚生労働省の「身体拘束ゼロへの手引き」を
引用し,3要件を満たす状態であることを施設内で検討,確認を行い記録
する必要がある旨記載されている。
2争点(1)本件押さえつけ行為の具体的態様
(1)被告らは,本件押さえつけ行為においてXの胸腹部を圧迫するようなこと
はしておらず,被告Cの尻はXの左肩甲骨に乗るような形であったが,常時
体重を乗せていたわけではなく,Xが暴れたりしたときに座ることがあった
程度であり,Xの左腕を背中側に反らせていたこともないし,被告Dは,背
中がXに当たってはいたが,背中でXを押さえることはしていない旨主張し,
被告C及び被告Dは,それぞれ本人尋問においてこれに沿う供述をしている。
4しかしながら,被告Dは,本件に係る警察官面前調書及び検察官面前調書
(甲3)において,一貫して,常に力いっぱい押さえていたわけではないが,
Xが激しく抵抗した場合は力を入れたり背中の方へ軽く体重を掛けたりして
加減しながら押さえていた旨供述している。また,証拠(甲3の101頁~,
266頁~)によれば,被告Dは,実況見分において押さえつけの態様を再
現した際や,平成22年2月に原告に対し本件押さえつけ行為の態様を実演
して見せた際にも,自己の背中でXの右肩付近を押さえつける態様で押さえ
つけを行っている。そして,前記認定事実のとおり,Xは身体を大きく揺ら
して抵抗しており,被告Eが体勢を崩し,Xの左脚の押さえが外れた後は,
Xはより一層大きく動いたと考えられることからすれば,背中に体重を掛け
るなどしてXを押さえていたという前記被告Dの供述内容は自然であって,
特に不合理な点は見当たらない。
また,被告Cは,本件に係る警察官面前調書及び検察官面前調書(甲3)
において,最初,Xの左腕に跨り,右膝を立てた状態で,Xの肘と手首あた
りを押さえていたが,Xの身体が大きく動いたことにより体勢が崩れたため,
立てていた右膝を布団に付け,足先をXの首の下に入れ,Xの左肩甲骨のあ
たりに尻を乗せて押さえつけた旨供述しており,実況見分の際や,平成22
年2月に原告に対し本件押さえつけ行為の態様を実演して見せた際にも,こ
のような態様による押さえつけを行っている。また,被告Cは,これら押さ
えつけの態様を再現する際,いずれもXの左腕を宙に浮かせる状態で押さえ
ており,そのような状態で暴れるXの腕を動かないように押さえるには,X
の腕を可動できない方向へ反らせる必要があったと考えられる。
(3)そうすると,本件では,被告行為者らが,常時,Xの背面を押さえつけ胸
腹部を圧迫していたことまでは認められないが,激しく動くXを押さえつけ
る中で,各被告行為者らが,体勢を崩したり,押さえつけが外されないよう
押さえつけ直すなどした結果,Xの両肩甲骨付近に圧力がかかる状態になり,
Xの胸腹部が圧迫されるに至ったと認めるのが相当である。
3争点(2)Xの死亡の原因及び本件押さえつけ行為との間の因果関係の有無
(1)被告らは,Xが嘔吐したのは,本件押さえつけ行為が原因ではない旨主張
する。
(2)ア前記認定事実のとおり,Xの司法解剖を行ったH医師は,平成22年6
月14日付けの鑑定書において,Xがうつ伏せの状態で背面から圧迫され
たという伝聞情報を前提に,嘔吐の原因は胸腹部への強い圧迫により前腹
壁全体が圧迫され,腹腔内圧が上昇し,胃の内圧も上昇した結果,胃内容
が食道へ逆流したことにあると推認している。
前述のとおり,本件押さえつけ行為においては,少なくとも,被告Fが
休憩に入った後,被告C及び被告Dにおいて,Xの両肩甲骨付近に圧力が
かかる状態を生じさせたことが認められるところ,両肩甲骨付近が強く押
さえられることにより,Xの身体は床に押さえつけられ,前腹壁全体が圧
迫される状態になるのであるから,前記鑑定書が前提事実とした伝聞情報
が誤っているということはできない。
その他に,前記鑑定書の推認に疑いを差し挟む事情はなく,加えて,本
件押さえつけ行為の際,被告Cの右足先がXの首の下にあり,嘔吐を生じ
させやすい状態であったと考えられることをも踏まえれば,Xの嘔吐は,
被告Fが休憩に入った後の被告行為者らによるXの首の下に足が入った状
態での両肩甲骨付近の押さえつけが原因で生じたと認めるのが相当であ
る。
イ被告らは,内臓が腫れるような圧力がかからなければ,胸腹部にある程
度の圧力がかかっても嘔吐はしない旨主張するが,H医師は,前屈位など
で腹部が圧迫されることでも胃の内容物が逆流することがある旨供述して
おり(甲3の20頁~),同医師は内臓が腫れるような圧力がかからなく
ても嘔吐が生じることを前提としていること,その他,被告らの主張を裏
付ける証拠はないことなどに照らせば,被告らの前記主張は採用できない。
ウまた,被告らは,Xが朝食をとってから約6時間経過しているのに,X
の胃内には固形物が残存し,消化の程度は軽度であったことから,Xの身
体に何らかの変調が生じていた可能性があり,Xが嘔吐したのは,本件押
さえつけ行為によるものではなく,Xに何らかの変調が存在し,そのこと
に心因性の要素が重なって嘔吐中枢が刺激されたためである旨主張する。
しかし,前記認定事実のとおり,死亡当時,Xに内疾患はなかったこと
が認められ,Xの胃内容物に固形物が残存していたことが直ちに身体の変
調を伺わせる事情であるともいい難く,その他,Xの死亡当時身体の変調
があったことを裏付ける証拠はないことなどからすれば,前記被告らの主
張は採用できない。
(3)そして,胸腹部への強い圧迫は,人の生命,身体に危険を及ぼす蓋然性の
高い行為であり,押さえつけられた人間が死亡することは一般に生じ得るこ
とであるといえるため,Xの死亡と本件押さえつけ行為との間には相当因果
関係が認められると考えるのが相当である。
4争点(3)本件押さえつけ行為の違法性(違法性阻却事由の有無)
(1)違法性の判断基準
身体の自由は基本的人権の一つであり,不必要に身体を拘束することは違
法であって,これは,障害者福祉施設の利用者についても異なることはない。
もっとも,利用者本人又は他の利用者等の身体に対する危険が切迫してお
り,かつ,他にその危険を避ける方法がない場合に,その危険を避けるため
に必要最小限の手段によって利用者を拘束することは障害者福祉施設におけ
る正当業務行為として,例外的に違法性が阻却されると解するのが相当であ
って,厚生労働省に設置された身体拘束ゼロ作戦推進会議作成の「身体拘束
ゼロへの手引き」,厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課地域
移行・障害児支援室作成の「障害者福祉施設・事業所における障害者虐待の
防止と対応の手引き」,大阪府健康福祉部高齢介護室作成の「大阪府身体拘
束ゼロ推進標準マニュアル」,社会福祉法人全国社会福祉協議会作成の「障
害者虐待防止の手引き」などが基準としてあげる3要件(切迫性,非代替性,
一時性)も同様の趣旨に基づくものであると考えられる。
(2)検討
ア原告は,本件押さえつけ行為は,Xが約束を守らなかった場合には,懲
罰としてP作業所に連行し,いやがるXを無理やり押さえつけるという被
告法人における不合理な支援方針に基づき,10回以上も繰り返されてき
た押さえつけ行為の延長であり,そもそも正当業務行為として容認される
余地がないと主張する。
確かに,前記認定事実によれば,被告法人においては,Xとの間でルー
ルを設定し,これが守られなかった場合には,同人がいやがっても無理や
りP作業所に連れて行くことが支援方針となっていたところ,ルールの設
定がXに精神的な負担を与えていた可能性がある上,P作業所への移動が
Xにさらなるストレスを生じさせパニックを誘発し,その結果Xを押さえ
つけることが常態化していたことが窺われ,そのような支援方針が,Xの
障害特性に照らし適切であったかどうかは疑問の余地がある。
しかしながら,被告法人における上記のような支援方針は,Xがグルー
プホームにおいて安定した地域生活を営むことが可能になるように,日常
生活のルールを定着させることを目標として行われていたものであり,ル
ールの内容やXへの説明方法,これが守られなかった場合の対応方法等に
ついては,臨床心理士であるGの指導の下で,職員研修等において検討を
重ね,試行錯誤を繰り返しながら決定,実践されていたことが認められる
のであって,結果的に当該支援方法が必ずしも適切ではなかったと評価さ
れたからといって,被告法人が採用していた上記のような支援方法が,正
当な業務行為としての評価を受ける余地のないものということはできな
い。
そこで,本件押さえつけ行為の違法性の有無を判断するに当たっては,
本件押さえつけ行為自体について,これが緊急やむを得ない場合の身体拘
束として許容されるものであるかどうかを,前記要件に照らして検討すべ
きである。
イ(ア)前記認定事実によれば,Xは,平成21年11月7日から心理的に
不安定な状態が続いており,同月8日の午前中も,P作業所において暴
れて被告法人の職員に押さえつけられていたこと,その後,いったんは
落ち着きを見せたものの,テレビ番組を見るために自立ホームOに帰り
たいと要求し,これを認めない被告Cとの間で押し問答となって興奮が
高まっていたこと,被告Cが被告Bを呼びながら軽作業室を出たところ,
Xは,「Bさんを呼ばないで下さい。」と懇願しながら被告Cを追いか
けるようにして軽作業室から出て行き,2階から降りてきた被告Bを見
て興奮が増したこと,Xは両手を振り回し,「帰りたいんですよ。」と
言いながら小走りで玄関の方へ向かおうとしたことなどが認められる。
加えて,Xは,不穏な状態になったり,パニックに陥った場合には,
人に噛みついたり,物を投げたりするなどの行動をとることがある上に,
被告法人においても,過去に興奮して自立ホームOの外へ飛び出し,商
店街の花壇を壊すなどの行為に及んだり,Xが自立ホームOの外へ飛び
出そうとするのを止めようとした職員ともみ合いになり,入口の扉が壊
れるということがあったことなどに照らすと,被告行為者らが軽作業室
から飛び出したXを制止した時点で,興奮したXが,P作業所の外へ飛
び出したり,それを止めようとする被告行為者らともみ合いになるなど
して,X又は職員らの生命又は身体に危険が生じる可能性が高かったも
のと認められる。
(イ)この点,原告は,被告DがXに抱きついたとき,Xは玄関扉まで8
メートルから9メートル離れた位置におり,そこから玄関扉を出て外へ
行こうとしても,その間には,被告B及び被告Cがいたのであるから,
時間的にも物理的にもXが外に飛び出して出ていくことは容易ではな
く,身体拘束が必要な程度までXの生命又は身体が危険にさらされる可
能性が高いということはできないのであるから,切迫性の要件を満たし
ていない旨主張する。
しかし,Xは,力が強く,過去にも手加減なく職員等に噛みつき怪我
をさせることがあったこと,上述のとおり,自立ホームOの外へ飛び出
そうとしてとして職員ともみ合いになり入口の扉を壊したことがあった
ことなどに照らすと,興奮状態のXを止めることは容易なことではなく,
被告B及び被告CがXと玄関の間にいたからといって,X又は職員らの
生命又は身体に対する危険性が高くないということはできない。
(ウ)したがって,被告行為者らがXの身体拘束を始めた時点において,
切迫性は認められると解するのが相当であり,原告の上記主張は採用で
きない。
ウ(ア)被告らは,本件押さえつけ行為は必要最小限に留まっており,適切
な態様であったと主張する。
(イ)前述のとおり,Xには,パニックになったり,興奮した際には,人
に噛みついたり,物を投げるなどの行動や,興奮して自立ホームOから
外に飛び出すなどの行動が見られたこと,Xは,1階に降りてきた被告
Bと対面したことにより,興奮が高まり,「帰りたいんですよ。」など
と言いながら,小走りで玄関に向かっていったことなどからすれば,興
奮したXがP作業所の外へ出て行かないようにするためには,まず,そ
の行動を制御するほかなく,声かけや落ち着くまで様子を見守るといっ
た方法で対応することは困難であったといえる。
そうすると,本件において,被告行為者らが,複数名で,Xの手足を
押さえつける以外に,XがP作業所の外へ飛び出すなどの危険を回避す
る為に有効な代替手段はなかったといえる。
(ウ)もっとも,前述のとおり,被告行為者らは,Xの左腕を可動できな
い方向へ反らせたり,Xの首の下に足を入れるなど,Xに対し必要以上
の苦痛を生じさせる態様で押さえつけを行っている上,結果的にXの胸
腹部を圧迫するような状態で押さえつけを行い,Xの死の結果を惹起さ
せたのであるから,本件押さえつけ行為の態様が,当時のXの状態に照
らし,Xの生命又は身体の危険を回避するために必要最小限の態様であ
ったということができないことは明らかである。
エ以上によれば,本件押さえつけ行為は,XがP作業所の外へ飛び出し,
又は,Xを止めようとする被告行為者らともみ合いになるなどして,X又
は第三者の生命又は身体に危険が生じる可能性を回避するための手段であ
るとはいえるものの,Xの行動を制限するために必要最小限の方法であっ
たとは認められず,身体拘束が緊急やむを得ない場合には該当しないとい
える。よって,被告らの上記主張は採用できず,本件押さえつけ行為には
違法性が認められる。
5争点(4)被告行為者らの故意又は過失の有無
(1)被告行為者らの故意
ア原告は,本件押さえつけ行為は,客観的に見てXの生命身体を侵害する
危険の高い違法行為であることは明白であり,被告行為者らは,本件押さ
えつけ行為が職務上許されない違法行為であることを認識,認容していた
はずであるから,被告行為者らには故意の権利侵害が認められる旨主張す
る。
イしかし,前記認定事実によれば,被告行為者らは,Xの興奮度合いが高
まっていると判断をしたため,被告法人の方針に従い,本件押さえつけ行
為を開始していること,被告行為者らは,Xの四肢を中心に押さえつけて
おり,本件押さえつけ行為が直ちにXに死亡の危険性を生じさせるような
態様の行為であるとまでは認められないことに加え,被告行為者らが,X
の急変に気付いた後,すぐさま,人工呼吸や心臓マッサージなどの救命措
置を行い,119番通報をし,Xの死の結果を回避する措置を講じている
ことなどを併せ考慮すると,被告行為者らにおいてXの死の結果を認識,
認容していたとはいうことはできない。
ウしたがって,前記原告の主張は採用できず,被告行為者らに,故意の権
利侵害は認められない。
(2)被告行為者らの過失
ア被告らは,本件押さえつけ行為の態様やXが急変する直前まで身体に力
が入っていたことなどを踏まえると,被告行為者らにおいてXが嘔吐し,
窒息して死に至ることを予見できない上に,被告行為者らがXの表情を注
視,確認していたとしても,Xの嘔吐とそれに続く嘔吐物の吸引,窒息を
回避することはできなかったと主張する。
イ前記認定事実によれば,被告法人では,Xに対する押さえつけの方法に
ついて,具体的な制止の時間,押さえつけの方法,危険防止等に関してマ
ニュアルは作成されておらず,職員らに対する具体的な指示や指導もされ
ていなかったため,どのような態様でXを押さえつけるかは専ら各職員の
裁量に委ねられていたところ,被告行為者らはXの四肢を中心に押さえつ
けていたが,常に同じ状態でXを押さえつけていたわけではなく,Xが激
しく身体を動かしたために,体勢を崩したり,押さえつけが外れないよう
に押さえつけ直すなどしていたことなどが認められ,Xをうつ伏せにして
押さえつけが行われていたことに照らせば,被告行為者らの体勢が,本件
押さえつけ行為を継続する中で,Xの胸腹部を圧迫し,同人の生命身体に
危険が生じる状態になることも十分に予見できたといえる。
そうすると,被告行為者らには,Xの表情を注視するなどして,相互に,
押さえつけの態様が過剰なものになっていないか,Xの胸腹部を圧迫する
ような危険な体勢になっていないかなどを確認し,Xの死の結果を回避す
べき注意義務があったといえる。
ウ被告らは,被告行為者らがXの表情や顔色等を注視し,身体上の異変に
留意する役割を担った者を配置するなどしていたとしても,Xの死亡とい
う結果を回避することはできなかったか,回避は容易ではなかった旨主張
するが,当時,被告行為者らの中で,Xの表情等を注視し,全体を見て,
各行為者の押さえつけの態様が過剰なものになっていないか確認する者が
いれば,Xの胸腹部等が圧迫される状態を是正し,Xが嘔吐することも回
避できたと考えられるから,前記被告らの主張は採用できない。
エもっとも,被告Fは,Xが急変した時点での本件押さえつけ行為に関与
しておらず,被告FがXの死を回避すべき注意義務を負うかは,別途の検
討を要する。
(ア)この点,原告は,本件押さえつけ行為は,中断することなく継続的
に行われていたものであり,被告Fは,他の被告行為者らによる本件押
さえつけ行為を止めようともせず,ただ一時的に休憩を取ったにすぎな
いため,被告Fは,交代後も不作為ながら共同して本件押さえつけ行為
に加担していたということができるのであって,本件押さえつけ行為か
ら離脱したとは認められない旨主張する。
(イ)しかし,本件押さえつけ行為は,興奮したXの自傷他害を回避する
ために開始されたもので,被告行為者らは,Xの四肢を中心に押さえつ
けを行い,当初は,被告BがXの表情を見ながら声かけを行っていたこ
とが認められ,被告Fが休憩に入るまでの間に,被告行為者らが,Xの
胸腹部を圧迫するような押さえつけをしたことを認めるに足りる証拠も
ないことに照らすと,被告Fが休憩に入る時点で,本件押さえつけ行為
自体が,Xの生命身体に対し危害を及ぼす具体的危険性のある態様で行
われていたとは認められない。
加えて,被告法人においては,押さえつけを行う場合,リーダー以上
の職員が責任者として全体の状態を見て,押さえつけの態様等について
指示を出すこととされていたところ,被告Fは,被告法人が運営する別
の自立ホームの世話人であり,当日P作業所に応援に来ていた者にすぎ
ず,責任者である被告Bの指示に従って行動する立場にあったことをも
踏まえると,被告Fにおいて,休憩に入る時点で本件押さえつけ行為を
止めさせる義務があったとまでは認められず,また,休憩に入った後も
本件押さえつけ行為について,Xの死の結果を回避すべき義務を負って
いたとはいえない。
オそして,前記認定事実によれば,被告Fを除く被告行為者らは,お互い
の押さえつけの態様を確認せず,Xの表情や顔色を確認することもなく本
件押さえつけ行為を継続し,その結果,Xの胸腹部を圧迫するような態様
で押さえつけを行い,同人を死亡させたのであるから,前記結果を回避す
る義務に違反しており,被告Fを除く被告行為者らには,過失が認められ
る。
6争点(5)被告Aの故意又は過失の有無
(1)被告Aの故意
ア原告は,被告Aが被告行為者のXに対する押さえつけ行為を指示,承認
し,被告行為者らと意思を通じ,被告行為者らを介して,Xの生命身体へ
の危険性を認識,認容して本件押さえつけ行為に加担したといえるのであ
り,被告行為者らと共同して不法行為に基づく損害賠償責任を負う旨主張
する。
イしかし,前記認定事実のとおり,被告Aは,被告法人の理事長として,
Xに対する被告法人の支援方針について,職員らとともに検討を重ね,X
を制止する方法として,うつ伏せにすること,4人以上の職員で関わるこ
と,手足を押さえること,リーダー以上の職員が1人責任者として応援に
入り,全体の押さえつけの態様について指示をすることなどを指導し,X
の生命又は身体に対する配慮をしていたこと,本件押さえつけ行為自体も,
直ちにXに死亡の危険性を生じさせるような態様の行為であるとまでは認
められないこと等に照らせば,被告Aにおいて,Xの死の結果を認識,認
容していたと認めることはできず,前記原告の主張は採用できない。よっ
て,被告Aに,故意の権利侵害は認められない。
(2)被告Aの過失
ア被告らは,被告Aは,Xに対する適切な支援体制と方法の構築を主導し,
Xに対する押さえつけについても,従前から職員らに対し,安全を確保す
る指導を十分に行っていたものであり,本件押さえつけ行為によりXが死
亡したことについて,被告Aに過失は認められないと主張する。
イ前記認定事実によれば,被告Aは,Xがパニックになった場合には,う
つ伏せに寝かせた上,4,5人で押さえつける方法によって同人の行動を
制止することを認識していたのであるから,被告法人の理事長であり,被
告法人職員らを指導,監督すべき立場にあった被告Aには,被告法人職員
らに対し,Xの生命身体に危害が及ばないような押さえ方を指導したり,
Xに何らかの異常が生じた場合にこれをいち早く察知し,素早い対応が取
れるようにマニュアルを整備するなどして,押さえつけの安全性を確保す
べき義務があったというべきである。
しかしながら,被告Aは,Xを制止する場合に,手足を押さえることや
4人以上で押さえつけることなどを指導していたものの,具体的な押さえ
方の指示や指導を行ったことはなく,制止の方法や危険防止等に関しての
マニュアルも作成することなく,どのような態様でXを押さえつけるかは
専ら各職員の裁量に委ねていたというのであるから,上記の注意義務を怠
っていたといわざるを得ず,その結果,被告行為者らにおいて,Xの表情
等に十分な注意を払うことなく,その胸腹部を圧迫するような危険な態様
による押さえつけを継続し,同人を死亡するに至らしめたというべきであ
る。
ウ以上より,被告らの前記主張は採用できず,被告Aには,過失の権利侵
害が認められる。
7争点(6)被告法人の責任原因
前記4及び5のとおり,被告法人従業員である被告B,被告C,被告D及び
被告Eについて不法行為責任が認められ,同被告らの本件押さえつけ行為は,
被告法人の事業執行に関連して行われたものと認められる。
そうすると,被告法人は,原告に対し使用者責任を負うと認めるのが相当で
ある。
8争点(7)損害
(1)Xの損害
ア葬儀費用
証拠(甲7の1~5)及び弁論の全趣旨によれば,Xの葬儀関連費用と
して,合計102万0402円を要したことが認められる。
イ年金の逸失利益
前記認定事実及び証拠(甲8)によれば,Xは,本件事件当時,国民年
金の障害基礎年金として2ヶ月に1回偶数月に13万2016円の年金を
受領していたこと,Xは死亡時22歳であったことが認められる。平成2
1年簡易生命表によれば,22歳の男性の平均余命は58.10年であり,
Xが独身の成人男性であることからすれば,生活費控除率を50%とする
のが相当である。
そうすると,Xの年金の逸失利益は,58年に対応するライプニッツ係
数18.8195を用いて計算すると,745万3425円(79万20
96×(1-0.5)×18.8195=745万3425.336)であ
ると認められる。
ウ労働能力喪失による逸失利益
前記認定事実によれば,Xは,死亡時まで就業経験がなく,被告法人に
入所後は,被告法人の職員らによる支援を受けて軽作業に従事することも
あったものの,就業の意欲には乏しく,軽作業に従事していた時間は多く
なかったことが認められる。そうすると,Xが,将来において就業し収入
を得ることができた蓋然性を認めることは困難であるから,労働能力喪失
による逸失利益を認めることはできない。
エXの慰謝料
(ア)Xは,Xを支援する側である被告行為者らによって,押さえつけら
れ,胸腹部圧迫により嘔吐し,嘔吐物を吸引して窒息したものであって,
意識を回復しないまま,22歳という若さで死に至ったものであり,被
告行為者らの過失,死亡に至る経緯,Xの年齢等を考慮すると,その精
神的,身体的苦痛に対する慰謝料は2000万円とするのが相当である。
(イ)原告は,本件押さえつけ行為は,刑罰法規や取締法規に違反するよ
うな危険な態様であり,被告らが一方的に設定した約束事に従わなかっ
た罰則ないしペナルティとしてP作業所に連行して押さえつけるという
不適切な対応の延長であり,違法性が強く,慰謝料を増額すべき事由が
あるため,慰謝料は3000万円が相当である旨主張する。
確かに,Xに対するルールの設定が,Xに精神的な負担を与え,それ
自体が不穏を生じさせるきっかけとなり,P作業所への移動などを繰り
返す中で,Xがさらに不安を募らせるという悪循環を招いた可能性があ
ることは前記のとおりであるが,被告法人では,強度の行動障害を有す
るXの支援について,専門家であるGの助言を受けながら検討を重ねて
その方針等を定め,実践していたものであり,上記のような支援方針自
体が,強度の違法性を有するとまでは認められない。
(ウ)以上より,Xの慰謝料は2000万円が相当である。
オ原告の相続分
以上より,Xの損害額合計は2847万3827円であり,原告は法定
相続分である2分の1の割合で相続したため,原告は,被告Fを除く被告
行為者ら,被告A及び被告法人に対し,1423万6913円の損害賠償
請求権を有する。
(2)原告固有の損害
ア交通費
弁論の全趣旨によれば,原告は,Xの死の原因を究明するため,Q病院
や,自立ホームO,東大阪市役所,大阪地方検察庁等に赴いたことが認め
られるところ,その交通費として2万6780円を認めるのが相当である。
イ謄写費用
証拠(甲9の1~3)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件におい
て,Xのカルテや刑事記録の謄写請求に関し,合計4万7305円を支出
したことが認められる。
ウ原告固有の慰謝料
Xと原告の関係,Xの成育歴,Xの死亡に至る経緯等を踏まえると,原
告の精神的苦痛を慰謝するには300万円をもって相当とすべきである。
(3)小括
合計1731万0998円
(4)弁護士費用
本件訴訟の難易度,審理に要した期間,認容額等を考慮すると,本件不法
行為と相当因果関係のある弁護士費用は173万円と認めるのが相当であ
る。
(5)損害合計
以上より,損害合計は1904万0998円と認めるのが相当である。
9結語
以上の次第で,原告の請求は,被告B,被告C,被告D,被告E,被告A及
び被告法人に対し,連帯して1904万0998円及びこれに対する平成21
年11月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払う限度で理由が
あるからこれを認容し,その余の請求はいずれも理由がないから棄却すること
として,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第9民事部
裁判長裁判官谷口安史
裁判官小野寺優子
裁判官多田真央

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