弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、検察官今関義雄作成名義の控訴趣意書の記載のとおりであ
り、これに対する答弁は、弁護人宮崎巌雄作成名義の答弁書の記載のとおりである
から、いずれもここにこれを引用する。当裁判所の判断は、左のとおりである。
 公訴事実は、
 「被告人は、昭和三八年三月二二日午後六時一五分頃信号機の設置してある名古
屋市a区b町c丁目d番地先道路において、信号機の表示する信号に注意して運転
すべき義務を怠り、過失により、右信号機が止まれの信号を表示しているのに気付
かず、その信号に従わないで普通乗用自動車を運転して通行した」
 という道路交通法第一一九条第二項第一項第一号第四条第二項に該当する過失信
号無視の事実である(以下においては、道路交通法を単に法といい、道路交通法施
行令を単に令という)。
 そして控訴趣意の要旨は、結局において、
 「原判決は、令第二条第一項の解釈適用を誤り、その結果、無罪の言渡をしたの
であつて、その誤は、判決に影響を及ぼすことが明らかである」というにある。
 それでまず法令適用の基礎となるべき本件の事実関係を明確にしよう。
 原審および当審の取り調べたすべての証拠を総合すると、
 一、 本件の名古屋市a区b町c丁目d番地先道路は、別紙図面のとおりであつ
て、国鉄甲駅前を南北に通ずる駅前通の車道(車道の幅員、約二八メートル。その
両側に歩道がある。車道の中央に複線の電車軌道がある)とこれに同図面のとおり
丁字形をなして東北方より斜行して交差する乙通の車道(車道の幅員、約一二メー
トル。その両側に歩道がある。電車軌道はない)との交差点であつて、その交差点
の範囲は、同図面AFBCDEA各点を順次直線で連結した線にて囲まれた範囲内
の車道部分である(この交差点の範囲については後記参照)。
 一、 右の交差点は、国鉄甲駅にすこぶる近接していて、車両等の交通がきわめ
てひん繁である関係上、その交差点における車両等の交通は、昭和三三年頃から次
のとおり整理されて来た。すなわち、駅前通を北方より進行して交差点に入る車両
の左折および乙通を東北方より進行して交差点に入る車両の右折は、いずれも禁止
された。そして交差点の東北角附近A点に、駅前通を南方より進行して交差点に入
り乙通に進行するために右折すると同時にその右折した車両が対面するように、赤
色燈火の信号と黄色燈火の点滅型信号との二種類を順次表示する信号機が設置さ
れ、交差点の東南角B点に、駅前通を北方より進行して交差点に入る車両等に対面
するように、青色燈火、黄色燈火、および赤色燈火の三種類を各表示する信号機が
設置され、かつ交差点の西南角C点に、乙通を東北方より進行して交差点に入る車
両に対面するように、青色燈火、黄色燈火および赤色燈火の三種類を各表示する信
号機が設置された。右交差点には、叙上の三カ所以外には信号機がなく、したがつ
て駅前通を南方より進行して交差点に入る車両等(それには、交差点に入つた後も
引き続きまつすぐに北進することを目的とする車両等と交差点に入つた後右折して
乙通に進行することを目的とする車両との二種類がある)に対面する信号機は、設
置されていなかつた。そしてA点信号機の信号が赤色燈火のときは、B点信号機の
信号は、青色燈火または黄色燈火であり、同時にC点信号機の信号は、赤色燈火ま
たは黄色燈火である。次にA点信号機の信号が黄色燈火の点滅型のときは、B点信
号機の信号は、赤色燈火であり、同時にC点信号機の信号は、青色燈火である。右
のとおりの装置となつていた。なお、愛知県内において、叙上の方法で車両等の交
通が整理されて来た交差点は、他に類例がなく前記の交差点だけであつたようであ
る。
 一、 被告人は、昭和三八年三月二二日午後六時一五分頃普通乗用自動車を運転
し、駅前通を南方より進行して来て右の交差点に入り、乙通に右折進行する目的
で、その方向に自動車の進路を向けたまま駅前通中央線附近(正確にいえば、北行
電車軌道附近)において一時停車をし、主として北方より南進する車両等の状況そ
の他を注視したが、同交差点の交通整理の方法が上記のように他に類例のない独特
のものであつた関係上、A点に信号機があつて赤色燈火となつていることに気付か
ず、その信号機が赤色燈火となつている時に、そのまま乙通に進行した。
 という事実を認定することができる。
 そこで控訴趣意の主要な論旨について判断しよう。
 論旨は、「令第二条第一項の表にいわゆる交差点は、信号機によつて交通整理の
行なわれている交差点を意味する。換言すれば、信号機によつて交通規制の行なわ
れている範囲を指称する。そして本件においては、信号機によつて交通規制の行な
われている範囲は、駅前通の車道と乙通の車道との交わる部分のうち駅前通中央線
の東側の部分だけであるから、その東側の部分だけが、令第二条第一項の表にいわ
ゆる交差点にあたる」旨を主張する。
 しかしながら、法第二条第五号は、いうまでもなく、法の各条項(例、四条三四
条等)の規定するすべての交差点に通ずる定義を一様に定めたものである。そして
令にいわゆる交差点がすべて法にいわゆる交差点をさすことは、多言を要しないで
あろう。故に令第二条第一項の表にいわゆる交差点と法第三四条等にいわゆる交差
点との間に、その意義範囲等につき、なんらの差異もない。令第二条第一項の表に
いわゆる交差点の意義範囲等は、まさに法第二条第五号の規定するところに従つて
定まるのである。そして法第二条第五号の規定と本件の現場の状況とを対比して考
察すると、本件においては、駅前通の車道と乙通の車道とが丁字形をなして交わる
部分すなわち別紙図面AFBCDEA各点を順次直線で連結した範囲内の車道部分
が交差点である。その部分の全部が交差点であることは、疑がない。このことは、
令第二条第一項の適用がある場合であると法第三四条等の適用がある場合であると
によつて差異を生じない。右の部分のうち駅前通中央線の東側の部分だけが交差点
であるという論旨は、まつたく理由がない。
 論旨は、更に、「令第二条第一項は、次の表の下欄に掲げる信号の意味は、それ
ぞれ同表の上欄に掲げる信号を表示する信号機に対面する交通について表示される
ものとする、と規定しているから、信号機に対面した車両等は、常にその信号の種
煩に従つて進行し、または停止する等の動作をする義務を負うのが原則である。
 したがつて本件のように車両等が、対面する信号機がなくして交差点に入つた
後、右折して新たに信号機に対面するに至つた場合には、右の原則にもとづき、そ
の新たに対面するに至つた信号機の表示する赤色燈火の信号に従つて交差点中心附
近の駅前通中央線西側で停車すべき義務を負う」旨を主張する。
 しかしながら、令第二条は、それ自体としては、信号機の信号に従うべき義務を
規定したものではなく、単に信号機の表示する信号の種類、信号の表示方法、信号
の意味等(この点については、更に後記参照)を規定しているにすぎない。いうま
でもなく、信号機の信号に従うべき車両等の義務を規定しているのは、法第四条第
二項であつて、同条項は、「車両等は、信号機の表示する信号に従わなければなら
ない」と規定している。もつとも、同条項の規定する義務は、それだけでは抽象的
で内容の未確定なものというのほかはない。法第四条第二項の規定と法第四条第四
項およびこれにもとずく令第二条の各規定とによつて、信号機の信号に従うべき車
両等の抽象的義務は、内容の確定した具体的義務となつている。したがつて車両等
は、結局において、法第四条第二項にもとづき、令第二条の規定するところに従つ
て停止または進行等の行動をする義務を負うこととなる。しかるところ、令第二条
特にその第一項の表の下欄すなわち「信号の意味」欄を点検すると、同条は、信号
機の一定の信号の相手方(例、車両、路面電車、車両等または歩行者)、信号機の
信号によつて交通整理をする場所(例、交差点または横断歩道)等をも具体的に明
記して確定している。したがつて令第二条第一項は、「次の表の下欄に掲げる信号
の意味は、それぞれ同表の上欄に掲げる信号を表示する信号機に対面する交通につ
いて表示されるものとする」と規定しているけれども、所論のように信号機に対面
する車両等のすべてが常に必ず当該信号機の表示する一定の信号の相手方であるわ
けではない。一定の信号の相手方は、その信号機に対面する車両等であつて、しか
も右条項の表の下欄に具体的に明記してあるものである。例えば、黄色燈火矢印
(電車進行)の信号の相手方は、その信号機に対面する車両等のすべてではなく、
その車両等のうちの路面電車だけである。そして叙上の信号の相手方は、法第四条
第二項にもとづき、結局において、その信号の意味に<要旨>従つて行動すべき信号
遵守義務者である。そこで本件のような赤色燈火の信号が交差点の交通整理をする
場合において、右信号に従い停止する義務のある車両等を審案するに、右表
の赤色燈火(止まれ)の欄の下欄第二号に、「車両等は、交差点にあつては、その
交差点の直前において停止しなければならないこと」と規定してあり、他には、な
んらの成文もないから、右の場合、赤色燈火の信号に従つて停止する義務のある車
両等は、その信号機に対面して交差点に向つて進行し交差点に進入しようとする車
両等である。更にこれを要約すれば、信号機に対面しかつ交差点に入る直前の状能
にある車両等である。このように限定された一定の車両等が右の場合の赤色燈火信
号の相手方である。本件においてこれをみるに、木件自動車は、赤色燈火の信号を
表示するA点信号機に対面することとなつたけれども、すでに交差点に入つてお
り、交差点に入る直前の状態にあつたのではないから、この点において、右説示の
停止する義務のある車両等にあたらない。そして令第二条にも、その他にも、本件
のような信号機に対面することなくして交差点に入り交差点の中心附近で右折する
と同時に赤色燈火の信号を表示する信号機に対面することとなつた自動車が、右の
信号に従つて交差点の中心附近で停止すべき具体的義務のあることを規定した成文
は、存在しない。そもそも法第一一九条第二項第一項第一号第四条第二項の過失信
号無視罪は、結局において、信号に従うべき叙上の具体的義務に違反する罪であ
る。しかるところ、この罪にあたるとして処罰するためには、罪刑法定主義の原則
上、信号に従うべき具体的義務が成文によつて法定されていることを必要とすると
いわなければならない。これにつき成文がないのにもかかわらず、法第四条第二項
令第二条等の諸規定を類推して右の具体的義務があると解釈し、その類推にもとづ
く具体的義務に違反したとして処罰することは、右の原則上許されないというべき
である。本件においては、前記のように、被告人がA点信号機の表示する赤色燈火
の信号に従つて交差点中心附近で停車すべき具体的義務の根拠となる成文を欠いて
いる。したがつて被告人がA点信号機の赤色燈火の信号に従つて交差点中心附近で
停車しなかつた本件所為は、右の過失信号無視罪を構成しない。故意犯たる信号無
視罪も構成しないことは、もちろんである。右の論旨は、理由なきに帰する。
 叙上説示のとおり、本件被告事件は、罪とならず、これと同趣意に出た原判決
は、正当である。原判決に、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の
誤はなく、控訴趣意は、すべて理由がない。
 以上のとおりであつて、本件控訴は、理由がないので、刑訴法第三九六条によ
り、これを棄却すべく、主文のと奉り判決をする。
 (裁判長裁判官 影山正雄 裁判官 吉田彰 裁判官 村上悦雄)
 別 紙 図 面
<記載内容は末尾1添付>

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