弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告は,原告に対し,金308万7000円及びこれに対する平成
13年9月16日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払
え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用はこれを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告
の負担とする。
4この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求の趣旨
被告は,原告に対し,642万円及びこれに対する平成13年9月16日か
ら支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が茨城県つくば市から岡山市に引っ越すに際し,引越業者であ
,,る被告を利用したところこれまでの研究解析資料等の情報の入ったパソコン
MO,再入手不可能な書籍等325万円相当の紛失及び食器棚等17万円相当
の破損を被ったことに基づき,精神的損害に対する慰謝料300万円と合わせ
た642万円の損害賠償を求めた事案である。
一前提事実
1当事者
原告は,昭和59年から平成10年まで所属した株式会社Hのデザイン・
マーケティング部門でのノウハウを活かして学界へと転身した。すなわち,
平成10年4月からI大学大学院に在籍して生産デザイン,マーケティング
等を専攻し,過去50年間分の雑誌を基に生活者志向や商品開発の方向性等
につき解析を行って,学会への論文発表や学校・企業との共同研究を行うな
どしていた。そして,1年間のJ大学での非常勤講師後,平成13年4月か
らはK大学に服飾美術学科の講師として採用され,服飾デザイン論,モード
,,。デザインマーケティング論等につき教鞭をとりながら現在に至っている
,。原告の行う授業は全て前記研究データを基とするオリジナルな内容である
被告は,主として一般貨物自動車運送,貨物運送取扱等を業とする株式会
社である。現在,大阪府四條畷市に本社を,大阪府豊中市に支店を有し,有
限会社Lを東京,東海,広島並びに北九州の4か所に有し,引越業界の大手
としてその営業活動を全国に展開している。
2事実経過
(1)原告は,K大学への勤務のため,平成13年2月15日,茨城県つく
ば市から岡山市への引越しを被告に依頼し,被告がこれを了承したこと
で,双方間で貨物運送契約が成立した。この際,被告から原告に対し,
契約内容を記載した見積書(甲1)が交付されている(なお,以下,特
に断りのない限り,平成13年のこととする。。)
,,,(2)①引越日の3月13日被告は予定時刻よりもかなり遅れて到着し
既に他人の荷物が積まれたトラック2台に,原告の引越荷物も分けて
積み込んだ。原告は,他人の荷物との混載や梱包の仕方を憂慮したた
め,被告作業員に対し確認したが,大丈夫である旨の返答を受けた。
②原告は被告作業員により確認された品名及び個数に加え到着時刻3,(
月16日,午前11時から12時)などが記入された預り・完了書の交
付を受けた(甲2。)
この際,同書面中に合計97個と記載された荷物は,被告の大阪倉庫
への搬入時には合計111点であったと報告されている。
③また,原告は,被告に対し,引越代金として11万5500円を支払
った(甲3)
(3)①3月16日,予定時刻より数時間も早く被告のトラックが岡山市内
の引っ越し先に到着しており,また,被告の作業員は,見積書記載の
3名に反して2名しか来ていなかった。
②荷物搬入時,食器棚の天板がバラバラに落ちて割れていたり,天板を
支えるビスは複数紛失して,トラック内に散乱している状況で,棚の外
側にも傷が入り形も歪み,そのままでは使用できない状態であった。
③このため,原告は,荷物搬入終了後,被告作業員2名と共に荷物の確
認を行ったところ,パソコン1台(本体,段ボール箱1箱(バックア)
,),ップデータMOディスク仕事上重要な書籍及び資料等が入ったもの
ブラインド4本及び物干し竿1本の紛失が判明した。また,前記食器棚
以外の,ソファー,冷蔵庫,プラスチックケース等にも破損箇所が多数
あることが判明した。
④原告は,かかる状況から,被告の岡山営業所に連絡をしたところ,担
当の千葉営業所に連絡するよう言われ,やむなく千葉営業所に架電し,
同所責任者のMに,紛失荷物をすぐに探すよう依頼したが「倉庫内は,
電気がないので今日はもう探せない。明日になってから探す」という。
回答を受けた。原告は,紛失した荷物の重要性と早期の調査実施を訴え
たが,肯定的な返事を得られなかった。このように話が前に進まないた
め,原告は,しかるべき責任者に電話に出てもらうよう申し入れたが,
取り次いでもらえなかった。
その後も何度も原告側から電話し,ようやく被告の東京本部商品管理
課のNから,原告の荷物付近にあった他人の荷物は合計17軒分でそれ
ぞれに連絡をとっているとの情報を得たため,必ず探し出すよう懇願し
て同日の連絡を終えたが,時計は既に午後10時を回っていた。
(4)①翌3月17日,被告の岡山営業所の責任者たるOから,食器棚の破
。,損につきPという業者が修理に行くとの電話連絡を受けたまた同日
Nから連絡があり,17軒分のうち2軒分を残し発見できなかったと
の報告があった。
②3月18日,Pにより食器棚の歪みは修正不能であると判断されたた
,,,,め原告がOに対し現状を確認に来るよう電話で申し向けたものの
「業者から報告を受ける」と述べるにとどまった。。
③同日,原告はNから,紛失していたブラインド4本と物干し竿1本を
発見したため早急に送るとの連絡を受けたが,実際の到着は,原告が2
度に渡り催促した後の同月21日であった(甲4,5。)
これを最期に,荷物の所在調査状況について被告からの連絡がなされ
ることはなかった。
,,,()。④この後も原告は被告に対し再三にわたり架電している甲6
⑤3月19日,原告は,被告の大阪本社品質管理課のQに電話し,食器
棚の修理について重ねて要請した。また同日,千葉営業所のMから,紛
失しているパソコンの代替として「R社製のものなら手配ができるが,
他社製のものならそちらで購入してくれ」との申し入れがあり,原告。
は,見積書をとった上での代金の立替払いに応じざるを得なかった。し
かも,立替えた代金の支払いは,当初被告が書面で振込約束をした3月
23日(金曜日)に銀行には振り込まれたものの,実際に原告の口座に
振り込まれたのは3月26日(月曜日)であった(甲7∼10。)
⑥3月21日,原告は,Qに対し,パソコン及び重要物の入った段ボー
ル箱等について盗難届を出すよう依頼したが断られた。そこで,警察に
相談したところ,被告に荷物を委ねた後の紛失であり,被告から出すべ
きものであるとの指示を受けたため,翌日,再度,Qに架電して強く要
請し,被告が四条畷警察へ盗難届を提出することとなった。
⑦3月22日,Qから原告宅へ電話があり,24日の午前9時にOが食
器棚を引取りに行くとのことであったが,24日に原告が自宅で待って
いてもOは来ず,電話さえなかった。
⑧3月26日,Oから「食器棚をいつ取りに伺いましょうか」と電話。
があったため,原告は,Qからの連絡により24日に来るのを待ってい
た旨を伝えたが,明確な返事はなかった。そこで,原告は,自ら修理先
を探すことを了承するよう求めた。
⑨3月27日,従前から原告が相談していた岡山県消費者センター担当
者が,被告のQに電話で話をしてみたとの事実を聞いた。
(5)4月2日,原告は,本件について,原告の妻S名義で,被告を相手に
岡山弁護士会仲裁センターに仲裁申立てを行った。各期日の概要は下記
のとおりである。
①4月17日(第1回目。出席者:原告の妻,被告からO。)
申立人の問いに対し,Oは,荷物の紛失・破損原因,紛失荷物を探し
た経過等につき要領を得ない返事に終始したため,仲裁人から被告に対
し,次回までに紛失物について調査するよう伝えられた。
②5月7日(第2回目。出席者:原告の妻,被告からQ,O。)
Oから口頭で,3月13日,つくば市からトラック2台で111点の
荷物を千葉流通ターミナルに運び,同所の搬入時及び搬出時並びに3月
14日の大阪の倉庫への搬入時も同数であると確認されていたが,同所
からの搬出時には107点になっていたものの,そのまま3月15日,
午後9時から10時頃発のトラックで岡山に運び,翌朝,到着したとの
概略説明があった。
被告が荷物について調べた結果は以上であり,この際,Qは「荷物が
出てきたらお返ししますが,見つからないものとして考えて欲しい」。
旨述べた。
また,仲裁人から申立人に対し,紛失,破損物をリストアップして金
額を書き出し提出するよう伝えられた。
③6月1日(第3回目。出席者:原告の妻及び原告代理人,被告から)
Q,O。
原告代理人により本件破損・紛失の責任について被告は認めるのか尋
ねたところ,Qは「パソコンについては認めるが,それ以外は確認で,
。。」,きないお客が紛失していると言われたから探しているなどと答え
パソコンについての責任については「本体は既に購入してもらってい,
る。ソフトについてはフロッピー代で支払う」と答えた。。
()。,,,④7月6日第4回目出席者:原告夫妻原告代理人被告からQ
O。
期日間に被告から呈示された20万円との金額(甲13)につき,原
告代理人から「被害者たる原告が,1件1件の物品をリストアップし,
その価格と根拠を示し,説明資料まで作って呈示を行っている。それな
のに被告からの呈示は金額のみで,その低さもさることながら,どのよ
うな考え方からこういう金額が呈示されたのか,納得できる理由を説明
してほしい」と質したところ,Qは「中の物1つ1つに領収書があれ。
ば支払うことも可能だが,なければそれを確認できない」などと述べ。
るにとどまった。
後日,和解成立の見通しがないということで(甲14,仲裁人が手)
続を打ち切り,終了した。
⑤なお,原告側は,調停においては,紛失物・破損物の物品の価格等を
記した表により,損害金額合計として3289万4500円を請求して
いた(乙2。)
3責任原因
(1)責任の根拠:債務不履行責任
2月15日に原告と被告との間で締結された運送契約に基づき,原告か
ら引越荷物の引渡を受けた被告は,前記のとおりこれを滅失及び毀損した
ものであるから,被告は運送人として,商法577条により,原告に対し
後記損害を賠償する義務がある。
(2)被告の過失の内容及び程度
まず,つくば市から岡山市までトラックで走行するため,被告には,移
動中の動揺による荷物の損傷や積み直しによる紛失等の事態が発生しない
よう万全の対策をとる義務がある。
4損害
(1)紛失物
本件紛失物のうちパソコン本体とその付属品については争いがない。
(2)破損
本件破損物のうち,食器棚の破損状況が修理不可能な状態であることに
ついては争いがない。
二本件の争点は(1)被告の重過失の有無(2)被告の不法行為責任の有無(3),,,
被告の行為により原告の被った損害の有無・程度の点である。
1被告の重過失の有無
(原告の主張)
本件では,荷物の紛失破損の多さに加え,当初予定されていた引越日及び
到着日の時刻や作業員数の不遵守,また,他人の荷物の積載されたトラック
2台に原告の荷物を積み込まれ,万全になすべき梱包も怠ったのみならず,
被告は,混載や梱包方法を憂慮する原告の注意にも耳を傾けなかった。さら
に,荷物の紛失破損に対応する部署がなく,原告の荷物探索申入れに対して
も会社内での正確な連絡,情報伝達がなされておらず,途中からは原告への
連絡すら途絶えるなど,被告の杜撰な荷物運搬及び保管方法に起因する本件
損害は,被告の重大な過失によるものであり,損害賠償の範囲は一切の損害
に及ぶ(商法581条。)
(被告の主張)
否認ないし争う。
2被告の不法行為責任の有無
(原告の主張)
原告の本件損害は,被告の業務執行中にその重過失によって生じたもので
あるから,被告は,損害賠償責任を負う(民法709条。)
(被告の主張)
争う。
2原告の被った損害の有無・程度
(原告の主張)
(1)紛失物325万円
本件での紛失物は,別紙表1のとおり,大別して①パソコン本体及び付
属品(内部データ含む,②段ボール箱1箱,③その他(付属品等)で,)
損害額は,別紙表2のとおり,325万円を下らない。このうち,①パソ
コン本体は,被告の費用負担で代替品を購入したが,セットアップに多大
な時間と労力がかかった上,不慣れなパソコンであったため非常に使い勝
手が悪い。
パソコン内部のデータは,原告の過去3年間にわたる大学院等での研究
,,,成果の全てであり具体的には研究の基礎資料学会で発表した研究論文
大学及び企業との共同研究の資料,関係者の個人データ,また原告の妻が
行っているデザイン事務所でのデザイン画,写真及び経営に関するデータ
など最も重要度の高いものである。
また,②段ボール箱内には,前記①のパソコンのデータをバックアップ
するMOディスクや,原告がK大学で行う授業用のオリジナル資料,原告
の研究に関する書籍,展覧会図録など,重要度の高いデータ及び物品を集
積していた。
③は,食器棚のビス,ソファーの接合部分のキャップの一部,プラスチ
ックケースのキャスターなど付属品類等である。
(2)破損物17万円
,,,,本件での破損物は別紙表3のとおりで損害額は別紙表4のとおり
17万円を下らない。
このうち,食器棚の破損状況は修理不可能な状態であり,ソファーの不
具合,冷蔵庫の傷や窪み,プラスチックケースの割れなど,細かな破損は
数え切れないほどあった。
(3)精神的苦痛300万円
前記のとおり,荷物に紛失,破損があったほか,特にパソコン内やMO
ディスクに保存していた,原告が大学院で時間と労力をかけて調査,研究
してきた研究成果及び関係資料や,事前に作成していたK大学での授業用
,,,資料学会等で発表した研究論文大学や企業との手紙や資料のやりとり
再入手不可能な書籍,その他関係者個人データなどのデータを失った。こ
れにより,原告は計り知れない不安を抱えたばかりでなく,4月以降の大
学での授業のため,資料の復元等,授業準備に多大な時間と労力を費やし
た。
また,生活面でも,窓にブラインドがない,物干竿がなくて洗濯できな
い状態が約1週間続いたほか,食器棚の破損により食器等を片づけること
ができず放置せざるを得ない状態が続いた。
,,,以上から原告及びその妻はストレスと疲労による精神的苦痛を被り
これを慰謝するには300万円を下らない。
(被告の主張)
(1)紛失物
パソコン本体とその付属品についての紛失自体は認めるが,それらにつ
いては既に価格賠償が終了している。
そして,パソコンについては,本来,その物が持つ物的価値が損害とし
て認定されるべきであって,仮に原告主張のようなデータが内在し,紛失
されたとしても,損害額としてはデータ自体の客観的価値が損害として認
められるに過ぎない。したがって,原告主張の作業費は損害として認める
ことはできず,修了研究論文(甲16)等成果品自体が存在する以上,基
礎データが仮に紛失されたとしても研究成果の客観的価値が損なわれるわ
けではないから,損害は発生しない。
,,,しかも内部データの復元が不可能とのことであれば原則に立ち返り
そのものが持つ経済的な価値を損害として認定すべきであるが,それにつ
いての立証は何らなされておらず,結局のところ損害としては認められな
い。
なお,被告の引越契約約款によれば,時価以外の個人的な附加価値や記
録内容は損害賠償できない旨規定されており,仮に附加価値があるとして
も被告には補償の義務は存在しない。
さらに,原告ないし原告の妻による制作物のデータが入れられていたM
Oディスクが紛失した旨原告は主張するが,制作物(作品類)自体の原本
は存在するのであり,仮に,データが紛失したとしても何らの損害も発生
しない。また原告の妻の作品類について原告が損害賠償請求を行うことも
問題である。
(2)破損物
原告主張の損害額は,その算定根拠が不明確で,購入年月日や購入価格
等からすれば,過大な請求である。
(3)精神的損害
証拠によれば,そもそも平成4年4月から平成13年3月まで肩こり等
の鍼灸ないし指圧等の治療を受けており,平成13年8月21日の鍼灸,
「」・マッサージの施術によるストレスによる肩こりや自律神経失調の症状
は,医師による診断でもなく,いかなるストレスか不明であって,本件問
題との因果関係は否認する。
被告としては,誠意を持って対応してきたものであるが,岡山弁護士会
仲裁センターの仲裁申立てでは,原告側が総額3289万4500円の過
大な要求をしてきたため,早期解決が図れなかったものである。
第3当裁判所の判断
1被告の重過失の有無
以上認定の前提事実のとおり,本件荷物については,旧原告宅では97点,
千葉流通ターミナルへの搬入時及び搬出時,並びに大阪の倉庫への搬入時には
いずれも111点,同所の搬出時には107点であったことが確認されている
が,証拠(証人Q)によれば,細々した荷物を箱等に一まとめにする関係で個
数の違いを被告作業員はそれほど重視しておらず,結局,本件荷物がどの過程
で紛失したものか判明しなかったことが認められる。
ところで,商法581条の適用には,一般に,被害者である原告において本
件紛失が運送人である被告の故意又は重過失によることを立証する義務がある
とされている。しかし,本件において,運送中の荷物は完全に原告の支配を離
れて専ら被告の支配下にあり,運送過程での紛失原因を明らかにすることが困
難な原告に立証責任を負わせることは妥当性を欠く。だとすれば,被告の支配
下での紛失を前提とする以上,被告に立証責任があるといわざるを得ず,本件
のように紛失に至る原因関係が判明しない以上,被告に重過失があったものと
推認するのが相当である。
加えて,本件では,トラック2台に他人の荷物と混載された上,その個数に
ついて数度にわたり確認をしているものの,その増減に関わらず漫然と搬送し
た結果,現在に至るまで紛失の経緯が判明しないことなどからすれば,被告の
保管・管理体制は極めて杜撰であり,この点からも被告には重過失があったと
評価できる。
2被告の不法行為責任の有無
,,本件のように運送人である被告の過失で運送品を紛失した場合には被告は
特段の事情がない限り,運送契約上の債務不履行による損害賠償責任の他に,
不法行為による損害賠償責任を負うものと解すべきである。そして,被告の業
務執行により,原告所有荷物が紛失・破損し,さらに,それが被告の重過失を
原因として生じたと認められるから,被告は原告に対し,本件運送契約上の債
務不履行による損害賠償責任を負い,かつ,不法行為による損害賠償責任をも
負うというべきである。
なお,被告は,最重要物としてMOディスク等が梱包された段ボール箱につ
いて,その旨の記載がなかったことや手荷物として自ら持ち運ぶこともしてお
らず,MOディスク内のデータはさほど重要ではないと判断する方が常識的で
あると主張するが,かかる被告の主張は単なる憶測に過ぎず,上記認定を覆す
に足りる証拠はない。
2原告の被った損害の有無・程度
(一)紛失物について
(1)パソコン本体(付属品等を含む)について0円
原告は,別紙表1及び同表2において,紛失前のパソコン本体を損害額
に含めているが,パソコン本体については,すでに原告がやむを得ず立て
替えた購入代金(16万1595円。甲8,9)を,被告が支払っている
ので(甲7∼11,損害として考慮しない。なお,パソコンを代替品に)
買い替えたことによる,セットアップの手間,使い勝手の悪さ等は精神的
損害で考慮すれば足り,ここでは考慮しない。
また,立替代金の支払に関する遅延についても,約5日間遅延したにす
ぎず,損害額としては考慮できない。
(2)内部データについて204万4000円
内部データの内容は,別紙表1のとおりであるが,これによると,次の
とおり認められる。
①まず「平成10年4月∼平成13年3月までの研究論文及び研究資,
料(数値データ,画像等含む)全て」のうち「修了研究論文・資料」,
「学会発表論文・資料「担当教官から依頼のあった研究論文・資料」」
「コンペ入選論文・資料」について検討する。被告は,その論文・資料
自体が存在し(甲16,また世に発表したことで一応の目的を達した)
ものについては,損害が発生していないと主張する。
しかしながら,証拠(原告本人)によれば,原告の研究は,社会心理
「」,「」学領域での研究手法のひとつである内容分析を用い暮しの手帖
という生活雑誌を解析し,約50年にわたる日本人の生活者志向や商品
に対する関心の変遷を把握するというものと認められる。そして,原告
は同誌の過去50年分のバックナンバーの中から「商品テスト/買物,
案内」という商品紹介記事約2100件を研究対象とし,キーワードや
項目を設定してデータベース化し「内容分析」に関わる基データを作,
成した。そして,それを修了研究論文においては,12項目に分類し,
それらのデータを見ながら「暮しの手帖」読者が消費財を購入する際,
に,選択・購入の参考基準にしたと考えられる言葉をピックアップし,
その中から最終的に45種類の商品評価キーワードを抽出し,1つ1つ
の記事にどのキーワードが含まれているかを判定し,それぞれのキーワ
ードの登場比率から時系列的にどのように変化しているのかをなどを整
理し,修了研究論文の形とした。
もともと,修了研究論文は,研究結果の中から,1つの切り口で論文
形式にまとめ上げたものであり,データの切り口さえ変えれば,他の論
文作成が可能であり,また実際,原告としても現在の職場の条件に合わ
せて,現職の教鞭を執りながら,博士論文を執筆して博士号を取得する
予定であった。
,,,しかるに本件によりパソコン内部のデータが全て失われたことで
仮に完成した論文の形があっても,基のデータが存在しないことには学
会では認められないし,そもそも平成13年中には一本も論文を執筆で
きない状態となった。また,平成13年10月の日本デザイン学会で予
定していた発表も辞退せざるを得なくなった。
そうだとすれば,最終的に論文として発表したことでは足りず,デー
タの紛失により,損害が発生していると認められる。
②次に「平成12年10月に現職採用決定後に大学から依頼され作成,
した平成13年度講義及び演習授業計画資料全て」及び「平成13年度
授業内容」について検討する。
原告は,平成12年10月ころにK大学への就職が決まった後,前期
授業開始までに予め整理作成していた授業用資料等をパソコン内にデー
タとして保存していたが,本件により失われた。
そのため,原告は,急遽,授業の組立ての見直しを迫られ,平成13
年4月以降,週に1度の研究日や土・日も授業の準備にあてて,支障が
出ないようにすることに忙殺された。
以上からすれば,内部データの紛失により損害が発生していると認め
られる。
③しかしながら「在学中授業記録及び作成レポート「平成12年度,」,
大学講義資料」については,既に大学院は卒業し,J大学非常勤講師時
代の講義も終了するなど一応の目的は達しており「平成11年9月∼,
平成12年10月までの大学及び企業間でやりとりした個人データ全て
(履歴,経歴,研究歴等」についても,データ修復の時間と労力をか)
けるだけの客観的価値までは認められない。
また「その他妻のデザイン事務所での経営,販売記録及び商品デザ,
イン画数多数」については,厳密にいえば,原告の妻の損害であり,個
人的な価値は否定できないまでも,財産的価値があるとまでは見いだせ
ない。
④「その他」として,大学や企業との話合いの結果公表できない資料等
も多数あると主張するが,財産的な価値については不明で,損害の発生
を認めることはできない。
⑤まとめ
以上より,紛失した全データの内,原告に発生した損害の責任を被告
に負わせるのが相当である範囲は,全データの7割と認めるのが妥当と
考える。
なお,被告は,引越の申込内容の条項中(乙3,時価以外の個人的)
な附加価値や,パソコン等の記録内容ないし附加価値は賠償の対象とな
らない旨の規定をもって,被告には賠償義務が存在しない旨主張する。
しかしながら,原告は,貨物運送契約成立を前提とした債務不履行責
任のみならず,不法行為責任をも主張している。そして,被告には,前
述のとおり不法行為責任が認められるところ,上記条項は,運送品の取
扱上通常予想される事態により生じた損害について運送人の責任を制限
するにとどまり,運送人等による不法行為は運送品の取扱上通常予想さ
れる事態ではないから,運送人等の損害賠償責任を制限するものではな
く,不法行為には上記条項を適用・援用する余地はない。よって,同条
項の有効性を判断するまでもなく,被告の主張は採用できない。
ところで,内部データの中でも最も重要な修士論文作成につき,研究
を開始した平成10年4月から完成に至った平成12年1月までに約1
年9か月を要しているところ,復元する場合は新規に作成するよりも所
要時間が短縮されることを考え併せれば,本件により紛失した全データ
の復元に要する時間を約1年とする原告の主張は合理性があるといえ
る。
よって,内部データの損害については,全データ修復のために毎日作
業して1年間を要するとして,時間当たり1000円,1日8時間の作
業とし,うち7割のデータの修復費用が被告に責任を負わすべき因果関
係があるとして計算すると,以下のとおりとなる。
(計算式)
1,000円×8時間×365日×0.7=2,044,000円
(3)その他の紛失物について
①主に展覧会図録,書籍等について2万6000円
別紙表1及び同表2中,№7∼20(№13を除く)の,授業用資料
(リサイクルアート,展覧会図録,画集,書籍については,講義用教)
材資料として使用予定である上,再度入手の不可能なものであり,仮に
これを新たに入手するとすれば原告主張程度の金額を要するものと認め
られる。しかし,既に原告が使用したものであったことなどを考慮すれ
,,。ば紛失時点での価値としては原告主張の2割とするのが相当である
そうすると,№7∼20(13を除く)の金額合計13万円の2割で
,。ある2万6000円が被告に賠償責任を負わせるに相当な金額である
②その他0円
別紙表1及び同表2中,№2∼6,13,21∼31の,マウス,M
O,ファイル,名刺及び名刺フォルダー,ウォークマン,国語辞典,英
和辞典,和英辞典,クリアファイル,クリアフォルダー,デザイン専門
用具,文房具等,原稿用紙(使用中のもの,レターセット,食器棚ビ)
ス,ソファーカバー,プラスチックケースキャスターについては,原告
が気に入って購入したとか,限定品であるなどの事情を考慮しても,一
度使用した以上もはや財産的な価値はないと思われる。
(二)破損物について1万7000円
証拠(甲18の1ないし27)によれば,別紙表3記載の食器棚,ソファ
ー,プラスチックケース,冷蔵庫等の破損が認められ,仮にこれらを再度入
。,手するとすれば原告主張と同程度の金額を要するものと認められるしかし
既に使用されたものである以上,価値は購入価格よりかなり減額されると考
えるのが通常で,原告主張価格の1割とするのが相当である。
そうすると,別紙表4の金額合計17万円の1割である,1万7000円
が被告に損害を負わせる相当因果関係の範囲内の金額と言える。
(三)精神的損害について100万円
上記認定の事実によれば,原告は,大学で教鞭を執りながら学会への論文
発表や共同研究を行っており,今後も同様に行う予定である。大学院時代の
研究成果をもとに学会発表論文にしたり,大学での講義資料としたりするた
めパソコン内に研究の基礎資料やデータ,論文,講義資料等を蓄積し,引越
に際し万一に備えてバックアップ用のMOディスクに保存していたところ,
被告の不法行為によりその全てを消失するなどし,原告がこれにより精神的
打撃を受け損害を被ったことは容易に推認することができる。
そこで,原告の慰謝料算定に当たり斟酌すべき事情について,これまでに
認定した事実及び証拠によれば,(1)原告の指摘にもかかわらず,不十分な
梱包及び他人の荷物との混載により,紛失物や破損物が生じたこと,(2)パ
ソコン及び付属品については,被告の費用負担において原告が買い替えたも
のの,不慣れなパソコンを使っての大学授業用資料の復元・作成に多大な時
間と労力を費やしたこと,また,土地勘のない土地,新しい職場,常勤で大
学教員をするという初めての経験の中で,本件に遭遇したこと,(3)本件紛
失の判明後,原告から,被告に対し,頻繁に連絡を取った状況がうかがわれ
るものの,被告の対応は,早急の発見を求める原告の心情を逆撫でするもの
であったり,被告内部の連絡の行き違いに原告が振り回されるなど,迅速か
つ適切であったとは到底認めがたいこと,(4)岡山弁護士会仲裁センターに
おける仲裁手続の際,被告から呈示された賠償額はわずか20万円であった
ほか,その対応にも誠意があったとは認められないこと,(5)原告側も,同
仲裁手続の際,3000万円を超える過大な請求をしていたことなど諸般の
,。事情を総合勘案すれば原告の慰謝料は100万円と認めるのが相当である
(四)損害合計
(一)ないし(三)の損害合計は,308万7000円となる。
第4結論
よって,原告の本件請求は,上記限度で理由があるので,主文のとおり判決
する。
岡山地方裁判所第2民事部
裁判官中川綾子

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