弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
         理    由
 弁護人佐藤淳の上告趣意について。
 所論は、原判決が、被告人において適切な左折準備態勢に入つたことを認めなが
ら、その注意義務につき、左折の合図をして徐行するだけでは十分でなく、その後
も後進車の動静に十分注意し、場合によつては一時停止して同車の通過を待ち、そ
の後道路左側に寄つて徐行するなど、左折にあたり同車との衝突を回避すべき業務
上の注意義務があると判断したのは、当裁判所判例(昭和四五年(あ)第七〇八号
同四六年六月二五日第二小法廷判決・刑集二五巻四号六五五頁)に違反するという
のである。
 しかしながら、右判例は、本件とは事案を異にするので適切でなく、所論は、刑
訴法四〇五条の適法な上告理由にあたらない。すなわち、右の判例は、「交差点で
左折しようとする車両の運転者は、その時の道路および交通の状態その他の具体的
状況に応じた適切な左折準備態勢に入つたのちは、特別な事情がないかぎり、後進
車があつても、その運転者が交通法規を守り追突等の事故を回避するよう適切な行
動に出ることを信頼して運転すれば足り、それ以上に、あえて法規に違反し自車の
左方を強引に突破しようとする車両のありうることまでも予想した上での周到な後
方安全確認をなすべき注意義務はないものと解するのが相当である」と判示してお
り、後進車の運転者において自車の左方を突破することが交通法規に違反するよう
な場合についての判例であることが明らかであるが、本件は、後に判示するとおり、
後進車の運転者において自車の左方を追い抜くことが交通法規に違反するものとは
認められない場合であるからである。
 思うに、車両が交差点において左折せんとする際に後進車がある場合には、道路
及び交通の状態、両車の進路、間隔及び速度等により両車の具体的注意義務は道交
法の定めるところなどから微妙に分れるところであるが、右判例は、交差点の手前
三五メートルまたは六〇メートルで自転車を追い抜いた上、交差点の手前約二九メ
ートルで左折の合図をし、同約六メートルで左折せんとしたものであつて、特別な
事情のない限り道交法(昭和四六年法律第九八号による改正前のもの。以下同じ。)
三四条五項が優先的に適用ないし類推されると認められる場合であるとして、審理
不尽、理由不備とされたものである。
 ところで、本件原判決の判示によると、被告人は、普通貨物自動車を運転し、幅
員九・三メートルの道路を時速約三五キロメートルで進行し、交通整理の行われて
いない交差点を左折しようとし、その手前約三〇メートルの地点で車内鏡によつて
後方を確認したところ、左斜後方約二〇メートルの地点を追尾して来る自動二輪車
を発見したので、同交差点の手前約二二メートル付近で左折の合図をして車道左側
端から約一・七メートルの間隔をおいて徐行し、同交差点入口付近において時速約
一〇キロメートルで左折を開始した直後、被告人車の左側を直進して来た右の後進
車に接触させ、事故を起したというのであり、また被告人が発見した際の同車の時
速は約五五キロメートルであつたというのである。原判決は、右の事実を前提とし、
被告人が左斜後方に後進車のあることを発見したときの両車の進路、間隔及び速度
等を考慮するときは、被告人車が前記のように左方に進路を変更すると後進車の進
路を塞ぎ同車との衝突は避けられない関係にあつたことが明らかであるから、被告
人車は従来の進路を変更してはならない場合にあたり、また、車道左端から約一・
七メートルの間隔があり、かつ、前記のような進路を高速で被告人車を追い抜く可
能性のある後進車のあることを認めた被告人としては、左折の合図をしただけでは
足りず、後進車の動静に十分注意し、追い抜きを待つて道路左側に寄るなどの業務
上の注意義務があるのに、被告人は右の注意義務を怠り、後進車の動静に注意を払
うことなく左折を開始し、そのため本件衝突事故を惹起したものである、と判断し
ているのである。すなわち本件は、道交法二六条二項が優先的に適用される場合で
あつて、自車の進路を左側に変更して後進車の進路を妨害することは許されないも
のといわざるをえない(現行の道交法三四条五項参照)。そうとすれば、前記のよ
うな状況下で後進車の動静に注意を払うことなく左折を開始した被告人に注意義務
の違反のあることは明らかである。原判決の前記判断は、これと同旨であつて、正
当というべきである。
 被告人本人の上告趣意について。
 所論は、判例違反をいうが、所論引用の各判例は、いずれも本件とは事案を異に
するので適切でなく、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、すべ
て刑訴法四〇五条の適法な上告理由にあたらない。
 よつて、同法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文により、裁判官全
員一致の意見で、主文のとおり決定する。
  昭和四九年四月六日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    岡   原   昌   男
            裁判官    小   川   信   雄
            裁判官    大   塚   喜 一 郎
            裁判官    吉   田       豊

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