弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人芦田浩志、同鷲野忠雄の上告趣意(補充書を含む)および弁護人豊島昭夫、
同矢野勝人の上告趣意は、いずれも事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上
告理由にあたらない。
 しかしながら、所論にかんがみ、職権をもつて調査すると、原判決が是認した第
一審判決が認定、判示した被告人の犯罪事実のうち、第二は、被告人は昭和三九年
三月一四日頃Aから同人所有の乗用自動車(トヨペットコロナ)一台の売却方を依
頼され、その頃これをBに代金四〇万円で売却し、右代金中三五万円をAのため保
管中、同月一七日頃C電機工業株式会社事務所において、Aから代金の支払方請求
を受けたが「貸金があるのだからそんな金は渡せない」と申し向けて代金の引渡し
を拒否して着服横領したというものであり、原判決も、原審弁護人の右事実にかか
る事実誤認、理由不備ないし審理不尽を理由とする控訴趣意に対し、次の趣旨によ
りこれを排斥しているのである。すなわち、各証拠によれば、被告人が昭和三九年
三月一七日、D名義の自己の普通預金口座から現金三五万円の払戻を受けたこと、
一方Aは、同日、自己の会社の社員Eおよび友人Fの送金手続により、G銀行横浜
支店の自己口座あて、合計三四万円の送金を受け、その日のうちに三三万円の払戻
を受けていること、翌一八日、Aは事務員Iをして、右現金をもつて、自己振出の
額面三三万円の不渡小切手の買戻しをなしたことは、いずれも、これを認めること
ができるが、被告人が払戻を受けた現金三五万円と、Aが送金を受けた三四万との
関連については、Fが送金した金一八万円が被告人がAに渡したと主張する現金三
五万円の一部であるとの点について直接これを窺わしめる証拠はなく、かえつて、
右一八万円はFがAに貸与した金であることが窺われること、また、前記不渡小切
手の買戻資金も、あるいは被告人から手交されたものではないかとの疑が全く存し
ないわけではないが、Aは原審証言以来、当審に至るまで、多くの点においてその
趣旨を変更しているのに、本件自動車の売却代金についてはこれを受領していない
旨供述の趣旨を変更していないこと等からみると、かりに、そのころ被告人がAに
現金を手交した事実があつたとしても、その主張する現金三五万円と、本件コロナ
の売却代金とは、本来その趣旨、性質を異にする金員であると認めるのが相当であ
るというのである。
 そこで、以下この点について検討を加えることにする。被告人は、搜査段階から
終始一貫して、前記自動車の売却代金のうち三五万円(五万円は約定により被告人
が取得すべき手数料であつた)は、現金で、C電機工業株式会社の事務所において、
Aに手交したと主張しており、第一審弁護人芦田浩志作成の昭和三九年六月一八日
付上申書に、三三万円は、A振出の同額の小切手と相殺した旨記載があるのは、同
弁護人の誤解に基くものと窺われること、原審証人Iの証言によれば、当時右会社
は、倒産寸前で、現金は無かつたのに昭和三九年三月一七日にAから一万円を渡さ
れ、これをI自身の立替金五、〇〇〇円および同社員J某の同額の立替金の返済に
あてたことが認められ、また、第一審第一九回公判における証人Eの証言によれば、
同人は右同日Aから現金一六万円を渡され、これを東京のどこかの銀行からG銀行
横浜支店のAの口座あてに送金するよう依頼されて、東京に行き、有楽町にある同
銀行の本店より送金した事実が認められること(この送金の経緯は、押収にかかる
証一号のA名義のG銀行横浜支店の普通預金通帳の第四面二行目の記載および記録
五三三丁の同行の普通預金入金票写の記載によつて裏付けられている)、更に、F
が送金した金一八万円は、同人の第一審証言によれば、数日後にAから返済して貰
つたというのであり、そうすると、前述した、当時のC電機工業株式会社の経理状
況からみて、被告人が、コロナの売却代金の引渡しを拒否したとされている日時頃
に、右会社以外の者から、現金三五万円がAの手中に入つたことは否定できない事
実である。そして、この入手先については、同人はなんら首肯するに足りる説明を
していないのであり、被告人が同日同額の現金を銀行から引き出している事実と対
比し考えれば、この金員は、被告人から渡されたものと推認するのが相当である。
 しかるに、原判決は、Aが、他の点では次々と証言を変更しているのに、自動車
の売却代金を被告人から受取つていないという点だけは終始その供述に変更がない
ということを根拠に、被告人の主張は信用できないとしているのであるが、かえつ
て、同証人の証言の方が前述のような他の客観的証拠と対比してその信用性にかな
り疑いを容れる余地があるものというべきである。そうすると、これらの点につい
て十分検討を加えることなく、昭和三九年三月一七日頃被告人が、自動車の売却代
金の引渡しを拒否してこれを着服横領したものと認定した第一審判決を是認した原
判決には、判決に影響を及ぼすべき審理不尽の違法があり、これを破棄しなければ
著しく正義に反するものと認める。
 よつて、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、同法四一三条本文により、
本件を原裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決
する。
 検察官 平出禾公判出席
  昭和四三年五月二三日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎

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