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平成19年7月26日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成18年(ワ)第7073号職務発明の対価金請求事件
口頭弁論終結日平成19年5月21日
判決
原告P1
訴訟代理人弁護士藤川義人
同清水良寛
同四宮章夫
補佐人弁理士北村光司
被告ホシデン株式会社
訴訟代理人弁護士松本司
同井上裕史
同田上洋平
同速見禎祥
訴訟代理人弁理士北村修一郎
補佐人弁理士山崎徹也
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1被告は,原告に対し,2億円及びこれに対する平成18年7月26日(本件訴
状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2訴訟費用は被告の負担とする。
3仮執行宣言
第2事案の概要
1本件は,被告の従業員であった原告が,その在職中にした職務考案及び職務
発明につき,実用新案法11条3項及び特許法35条3項(平成16年法律第
79号による改正前のもの。以下同じ)に基づいて,実用新案登録及び特許。
を受ける権利を使用者である被告に承継したことに対する相当な対価の未払分
の一部である2億円及びこれに対する平成18年7月26日(本件訴状送達の
日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払
を請求した事案である。
2前提事実(争いがないか後掲証拠又は弁論の全趣旨により明らかに認められ
る)。
(1)当事者
,(「」。)被告はエレクトレットコンデンサマイクロホン以下ECMという
を含む音響製品等の情報通信機器の製造販売を業とする株式会社であり,マ
イクロホンの生産拠点として子会社であるホシデン九州株式会社以下ホ,(「
シデン九州」という)を有している。。
原告は,昭和45年3月に被告に就職し,退職するまでの間,専らECM
の技術開発に取り組んだ。
(2)原告による職務考案及び職務発明
原告は,被告での在職中,その職務として,次の考案及び発明をし,その
実用新案登録を受ける権利及び特許を受ける権利を被告に譲渡した(ただし
これらが原告の単独考案・単独発明であるか否かについては争いがある。。)
これらの考案及び発明については,次のとおり被告が実用新案登録出願及び
特許出願をし,実用新案権及び特許権の設定登録がされて,被告が権利者と
なった(以下,次のアの考案を「本件考案,それに係る実用新案権を「本」
件実用新案権,それに係る実用新案登録を「本件実用新案登録」といい,」
次のイの発明を「本件発明,それに係る特許権を「本件特許権」という。」
ア本件考案(甲3)
登録番号第2540506号
登録日平成9年4月18日
考案の名称エレクトレットコンデンサマイクロホンユニット
優先日平成2年8月20日(実願平2−86874)
出願日平成3年4月19日(実願平3−26840)
公開日平成4年8月20日(実開平4−96199)
消滅日平成17年4月18日(登録料不納により消滅)
考案者願書上は,原告及びBとされている。
実用新案登録請求の範囲別紙実用新案登録公報記載のとおり
イ本件発明(甲6)
登録番号第3387012号
登録日平成15年1月10日
発明の名称エレクトレットコンデンサマイクロホン及びその製造
方法
優先日平成10年3月23日(特願平10−95337)
平成10年8月5日(特願平10−234954)
出願日平成10年9月25日(特願平10−288851)
()公開日平成12年4月21日特開2000−115895
発明者願書上は,原告,C及びDとされている。
特許請求の範囲別紙特許公報記載のとおり
(3)ECMの概要(甲10,弁論の全趣旨)
アコンデンサマイクロホンは,外部からの音響(音圧)で振動する「振動
膜」と「固定電極(背極「バックプレート」ともいう)とで,コン,」「」。
デンサを構成し,音響(音圧)を電気信号に変換する方式のマイクロホン
である。振動膜が音響(音圧)によって振動すると,固定電極との距離が
変動し,コンデンサの静電容量が変化し,この変化を電気信号として取り
出している。
コンデンサは予め振動膜又は固定電極に直流電圧を印加しておく必要が
。,(,あるECMではエレクトレット現象ある物質に強い電界をかけると
その電界を取り去った後でも電荷が残る現象)を利用して,定常的に電荷
を持たせたエレクトレット層を振動膜または固定電極に形成することで,
。,外部からの直流電圧の印加を不要としているエレクトレット層としては
通常,FEP(fluoroethylenepropylene)の高分子フィルムが使用さ
れている。
なお,音響(音圧)の変化により生じた電気信号の感度を改善するため
のIC素子としては,通常FET(Field-EffectTransistor電界効果
トランジスタ)が使用される。
イ本件考案の実用新案登録出願前には,少なくとも2種類のECMが市場
で製造販売されていた。
一つは,ホイルエレクトレットタイプと呼ばれ,振動膜自体がエレクト
レット化された高分子フィルムで出来ているECMである。被告が製造販
売するECMでは「KUCシリーズ」の名称が付されている。
他は,バックエレクトレットタイプと呼ばれ,固定電極に高分子フィル
ムを熱溶着等してエレクトレット化したECMである。被告が製造販売す
るECMでは「KUBシリーズ」の名称が付されている。
これらいずれのECMにおいても,マイクロホンの筺体であるカプセル
の内部に,天板側から振動膜・固定電極の順で配置されていた。
(4)被告による実施等の有無
,,。ア被告はその製造販売に係るECMにおいて本件考案を実施してきた
ただし,その本件考案を実施した製品の範囲については争いがある。本件
考案の実施品であることに争いがないのはフロントエレクトレットタイプ
と呼ばれ,マイクロホンの筺体であるカプセルの前面板(天面)を固定電
極とする(以下,この型のECMを「兼用タイプ」という)とともにこ。
れをエレクトレット化し,その内側に振動膜を配しているECMで「K,
UFシリーズ」の名称が付されている。
また被告は「KURシリーズ」の名称が付されたECMも製造販売し,
ているが,これが本件考案の実施品であるか否かについては争いがある。
イ被告が本件発明を実施してきたか否かについては争いがある。
,。ウ被告が他社に対して本件考案及び本件発明を実施許諾したことはない
(5)報奨金の支払(弁論の全趣旨)
被告は,発明考案取扱規定(乙1)に基づき,原告を含む願書上の考案者
ないし発明者に対し,出願報奨金及び登録報奨金として,合計で本件考案に
ついて1万円前後(原告主張は1万5000円,被告主張は7500円,)
本件発明について1万5000円又は1万1500円を支払った(弁論の全
趣旨。)
3争点
本件の争点は,被告が原告に対して支払うべき相当な対価の額であるが,こ
れを細分化すると次のとおりである。
(1)本件考案及び本件発明により被告が受けるべき利益(独占の利益)の存
否及び額
(2)被告が貢献した程度(考案・発明者貢献度)
()(3)本件考案の考案者及び本件発明の発明者原告の単独考案・発明か否か
第3争点に関する当事者の主張
1争点(1)(独占の利益の存否及び額)について
【原告の主張】
(1)基本的な主張
ア本件考案及び本件発明の実施による売上高
次のとおり,本件考案及び本件発明の実施による被告の売上高は,**
***********を下回らない。
(ア)本件考案の実施による売上高について
a被告は,平成4年4月ころから現在まで,子会社であるホシデン九
州に対し,本件考案を実施したECMを製造させ,同社からその供給
を受けて販売している。本件考案の実施品は,主として携帯電話の内
臓マイクとして使用されており,小型化・薄型化・低価格化された製
品は,松下電器産業(正式名は松下電器産業株式会社,以下もこの略
称でいう,ソニーエリクソン,日本電気,シャープ,三菱電機,。)
三洋電機及び京セラ等の携帯電話機器の主要メーカーに対して供給さ
れ,国内市場についてはほぼ独占状態に近いといえる。また,本件考
案の実施品は,携帯電話以外にもビデオカメラ,パソコン及びデジタ
ルカメラなどにも使用されており,さらには携帯電話の連動ツールと
して,車載の運転席のハンドルに設置するマイクとしても販売されて
いるので,今後,車の部品メーカーである日本電装に対する売上げも
伸びると想定される。
ホシデン九州が製造して被告が販売する本件考案の実施品は,KU
FシリーズとKURシリーズの2種類がある。
bKUFシリーズは,平成4年4月から販売されているところ,平成
11年までの売上額は,*******を下らない。また,その平成
12年1月から本来の存続期間が満了する平成18年3月までの売上
高は*****を下回らない。したがって,KUFシリーズの平成4
年4月から同18年3月までの売上げは,*******を下回らな
い。
KURシリーズは平成14年ころから販売されているところ,KU
Rシリーズの売上高は,KUFシリーズの売上高の******であ
ることから,少なくとも********の売上高が存する。したが
って,KURシリーズの平成14年1月から同18年3月までの売上
げは*********を下回らない。
(イ)本件発明の実施による売上高について
a被告は,平成14年ころから現在まで,ホシデン九州に対し,本件
発明を実施した製品であるECMを製造させ,同社から本件発明の実
施品の供給を受けて販売している。本件発明の実施品も,本件考案の
実施品と同じく,主として携帯電話の内臓マイクとして使用されるほ
か,携帯電話以外にも使用されており本件考案の実施品と同じ状況に
ある。
本件発明の実施品は,KUFシリーズのみである。
b本件発明の実施品であるKUFシリーズの売上高は,少なくとも*
*****であるので,平成14年1月から本件特許権の存続期間満
了日である平成30年9月25日までの売上げは,*****を下ら
ない。
イ被告が得る独占の利益の額について
被告が,第三者に本件考案ないし本件発明の実施を許諾した場合,被告
はECM市場において本件考案ないし本件発明以外に格別の優位性を有し
ていないことから,当該第三者は,被告の売上高の2分の1に相当する売
上げを獲得する可能性があるといえる。そうすると,本件考案及び本件発
明の実施による売上高の合計は少なくとも*********であるの
で,第三者がそれらを実施したと仮定した場合の売上高は,少なくとも*
*********である。
そして,本件考案及び本件発明は,前述のとおり,ECMの小型化・薄
型化・低価格化に資するものであり優位性が高いこと,被告は,本件考案
及び本件発明を実施することによって,国内のECM市場をほぼ独占して
いることを考慮すれば,被告が第三者に本件考案及び本件発明の実施を許
諾する場合の実施料率は少なく見積もっても売上高の10%を下回るもの
ではない。
したがって,被告が得る独占の利益の額は,*********を下回
るものではない。
(2)被告の主張に対する反論
ア本件考案の無効理由について
(ア)被告の主張にいう実公昭57−29432号実用新案公報(乙5,
公告日:昭和57年6月28日。以下「松下考案公報」といい,これに
記載された考案を「松下考案」という)の対象物は「固定電極の両面。
と一定間隙をもって相対向する2枚の振動膜」を備えた「単一指向性を
有するエレクトレット・コンデンサマイクロホン(同3欄7,8行)」
である「単一指向性」マイクロホンでは,振動板の後ろ側にも音の通。
り道として穴や溝が設けられており,この構造のために,マイクロホン
は前方への単一な指向性を持つことになる。松下考案は,この「単一指
向性という前提の下で2枚の振動膜の間に固定電極を位置させ両」,,「
面に…エレクトレット層が形成された…固定電極(実用新案登録請求」
の範囲)を必須要件としているものである。
したがって,松下考案の単一指向性マイクロホンにおいて,固定電極
をエレクトレット化し,しかもその固定電極は2枚の振動膜の間に収納
するという構成は,被告の主張にいう特開昭61−265000号公開
特許公報(乙3の1,公開日:昭和61年11月22日。以下「松下発
明公報」といい,これに記載された発明を「松下発明」という)のカ。
プセル側に背極を位置させる構成とは相容れないものであるから,松下
考案をもって本件考案の進歩性欠如の資料とする主張は成り立たないと
いうべきである。
また,一般に,FEPフィルム付金属の板に対して,曲げや絞り加工
を施すと,フィルムにダメージが生じ,エレクトレットの安定性に問題
が生じると考えられる。しかし,原告は,あえてカプセルとして絞りの
加工を施し,内壁にFEPフィルムを配置し,回転カシメ・シロのフィ
ルムを削るなどして,エレクトレットの安定性,構造面,量産性及びカ
プセル単価等を十分に検討して本件考案を完成させたものである。
(イ)もっとも,本件実用新案登録に無効理由が存するか否かの点は,そ
の独占の利益の存否及び額に何らの影響を及ぼすものではない。なぜな
ら,他社が本件考案に係る権利を無視して経済活動をした事情が存しな
い以上,被告は本件考案により利益を得ていたと認めるべきだからであ
る。
実際にも,本件実用新案権は,被告が本来の存続期間満了の1年前に
年金を納付せず権利放棄するまでの間,無効審判請求を提起されること
なく現実に存続してきた。松下電器産業からは,被告製品が松下発明に
係る特許権を侵害するとして訴訟等が提起され,これに対して被告から
同特許権につき無効審判請求を提起するなどして争い,最終的に松下電
器産業の上記特許権の無効審決が確定した経緯があるが,松下電器産業
にとっては,本件考案は自らの侵害主張の障害となり得る存在であるこ
とは明らかであるから,その松下電器産業が本件実用新案権に対して無
効審判請求を申し立てなかったのは,本件実用新案登録を無効にするこ
とが無理であると判断していたと推察するのが自然である。また,たと
え無効化に成功しても市場競争において実効性がないと考えていた可能
性もある。
いずれにせよ,松下電器産業が敗訴し,同社の特許権が無効となった
にもかかわらず,対立当事者である被告の本件実用新案権が維持されて
いることから,本件実用新案権の有効性と独占的排他的地位に対する業
界内の認識は決定的なものとなったといえる。
以上のことは,被告が,本件考案につき,平成17年4月19日に年
金の不払いにより権利が終了するまでの間,登録料を納付し続けていた
ことからも明らかである。
イ本件考案の実施品について
KURシリーズが被告の主張のような構造を有していることについては
定かでないが,仮にそのような形状であったとしても,固定電極の上にス
ペーサとカプセルを重ねて配置することに独自の技術的利点が存するか疑
問であり,本件考案の単なる付加であるとも思われる。
ウECMをめぐる市場状況について
(ア)被告は,ECMのシェアについて,被告が****であると主張す
る。しかし,会社四季報によれば,平成13年度から平成18年度まで
の間,被告の特色として「携帯電話マイク部品首位」との記載がある。
携帯電話マイク部品首位の被告がECMのシェアで*****というこ
とは,真実に反しているといわざるを得ない。被告は,世界の携帯電話
出荷台数に対するKUFシリーズのシェアが低いことを論じているが,
日本国内の携帯電話市場は,器機の小型化による身近さを求めるユビキ
タスという品質にこだわった特殊な市場であるから,携帯電話の分野で
は,シェアの比較は,まず国内市場において論じなければならない。
そこで,国内携帯電話市場における被告のKUFシリーズのシェアの
推移を見ると,別紙1(甲16)のC2欄のとおりであり,平成6年か
ら平成9年の間の国内携帯電話出荷台数に占めるシェアは,それぞれ*
***************であるこのように本件考案は小。,,「
径薄型高音質」という品質を効果として獲得し,その品質を「フロント
エレクトレット」という名称により化体し,市場を形成しており,平成
9年ころまでに「小径薄型高音質」という品質を市場に知らしめ,独,
。,,自の市場を形成したかかる状態では競合企業もそれを無視しきれず
同調,あるいは対抗手段をとらざるを得ない状況となっている。このよ
うな状況下にある平成9年に,絶妙のタイミングで本件考案は登録され
たのである。
そして別紙1のB2欄によれば,被告は,平成9年から平成12年に
至るまで,携帯電話以外の市場への参入も含め,一気に,KUFシリー
ズの生産数量を拡大した。この「他者が競合を無視できない」時期に,
他社がフロントエレクトレットECMを製造しなかったという事実及び
数値的な推移からすれば,本件実用新案権が強力な抑止力を作用させた
ことは,明白である。このことは,四季報における「携帯電話マイク部
品首位」との文言が,平成13年以降になって掲載され始めたこととも
一致する。
以上のとおり,本件実用新案権は,二番手が生じる以前に,被告を高
いシェアにまで一気に引き上げる役割を果たし,被告は以降その恩恵に
浴しているのである。そして,被告は,携帯電話におけるKUFシリー
ズの成功をキーに,これらの他の製品分野の幾つかにおいても,平成9
年から平成12年の間にKUFシリーズが独占的地位を築いたであろう
ことが予想される。
(イ)被告が指摘する別紙2は「日系企業」及び「日系企業以外」がそ,
れぞれどの企業を意味するのか開示されておらず不明であり,また,被
告が認めるとおり,KUFシリーズは,**************
******に採用されておらず,その他,著名な海外携帯電話メーカ
ーからも採用されていないので「日系企業向け」及び「日系企業以外,
向け」の携帯電話向けKUFシリーズの販売台数が,同別紙記載のよう
な比率になることは,にわかには信用できない。しかも,平成11年以
降しか開示されておらず,平成10年以前の状況が全くわからないもの
となっている。
仮に同別紙記載の数値がある程度正確であったとしても,それによれ
ば,携帯電話向けKUFシリーズの世界シェアは,日系企業の携帯電話
生産台数に占めるKUFシリーズの割合(国内シェア)よりも相当低く
なっているが,これは,本件考案が日本でのみ登録され,海外で登録さ
れていない結果,日本でのみ独占力を有していることに由来しているも
のであり,結果として,KUFシリーズの国内シェアが,本件考案によ
って維持されていることを意味しているに他ならない。したがって,こ
のデータからも本件考案の独占性が裏付けられたというべきである。
エ兼用タイプの長短について
(ア)高さ(厚み)について
被告は,兼用タイプであるKUFシリーズは高さ(厚み)を低く抑え
ることができるとしつつ,KUBシリーズでも同程度の高さ(1㎜)の
製品があると主張している。しかし,KUFシリーズは外径がΦ6㎜に
対し,KUBシリーズは外径がΦ10㎜と大きく異なっている。このタ
イプのKUBは,薄さを強調したECMとして,特別な構造の製品とし
,,,,て位置付けられており薄くする反面外径が大きくなりその用途は
携帯電話用ではない。携帯電話用に用いられるKUBシリーズは,薄く
ても,厚み1.5㎜の製品しか存在しない。KUFタイプは,優位性を
活かした薄型製品であり,0.9mmという世界最小の薄い製品(KU
F4723)も存在する。
(イ)ノイズについて
被告は本件考案にはノイズの問題点がありそれを被告の別考案乙,,(
7の2。以下「被告考案」という)によって解決したと主張するが,。
同考案は,過去のわずかな期間に実施されたに過ぎず,本件考案の公開
されたころ以降から実施されていない。すなわち,当初は,被告考案が
実施されていた製品には板厚0.3mmのアルミニウム板が用いられて
おり,この板厚によって被告考案のシールドを行うスリットを形成する
余裕があった。しかし,その後,板厚0.12mmの洋白が材料として
用いられるに至った。この場合,被告考案のシールドを行うスリットを
形成する余裕はなく,単なる丸孔を開口できるだけであるが,ユーザー
はノイズを問題視することなくKUFシリーズを使用している。
また,KUFシリーズが多く使用される現状の携帯電話では,現在
はデジタル信号処理が一般化しつつあり,その結果,基本的にノイズ
を問題視する必然性がなくなってきた。また,現状の携帯電話のマイ
クが音声を収音する周波数帯域は音声の300Hz∼5KHz間であり,
誘導雑音の原因となる光ノイズ等の300Hz以下のノイズ音を収音し
にくい。また,アナログ信号処理においても,上記音声帯域以外はフ
ィルターで音声信号をカットするので,誘導ノイズなどの問題が解消
される。
したがって,被告が主張する本件考案の問題点は存しない。
(ウ)その他の問題点について
塵埃及び唾液等水滴の侵入の問題については,被告は,この問題に対
処するために,カプセル前面のクロスを水滴や塵埃の侵入しにくいクロ
スに変更して,同問題を解決している。
また,カプセルの天壁に加わる外圧の問題については,要因はカプセ
ルの素材がAl材という柔らかい材料であった一方で,外国人の作業者
が大きな指で力任せにカプセル天壁を押すことにあったが,現在は,カ
プセルの材質が洋白材という薄くても硬い材料に変更されているので,
解決済みである。
(エ)以上より,KUFシリーズは,KUBシリーズに比して,小型かつ
薄型化することが可能なので,優位性を有しているのである。また松下
発明とKUFシリーズを比較した場合でも,KUFシリーズは,松下発
明よりも,部品数が少なく,マイク感度が高く,周波数帯域が広く,高
温による感度変化が小さく,振動ノイズが小さく,作業性に優れ,小型
・薄型化が可能であり,また,高音質を実現できるという全ての点で,
優位性を有している。これらはすべて,本件考案を採用したことにより
直接又は間接的に導かれる効果である。
,,被告は****がKUFシリーズを採用していない点を指摘するが
****がKUFシリーズを採用しない最大の理由は,同社が調達先を
複数社とする方針を採用している一方で,KUFシリーズが被告の実用
新案・特許の実施品であり,被告の同業他社による生産ができないとい
う事情によるものであって,KUFに優位性がないから採用しないとい
う関係にはない。なお,日本国内の携帯電話メーカーは,****のよ
うな方針を有していないので,すべてのメーカーが,小型かつ薄型化が
可能なKUFシリーズを採用している。
オ被告による本件発明の実施の有無について
(ア)被告が使用するスプレー液の粘度および温度が*********
********に設定されているとの点は,乙第13号証では必ずし
も明確ではない。また,*********************
********************************
*********にもかかわらず,乙第13号証の記載条件が特許請
求の範囲を外れるというのは不合理であり,かかる主張は許されないと
いうべきである。
また,そもそも,被告製品の製造に使用されるスプレー液の粘度と温
度が,本件発明の構成要件の数値から外れるとしても,本訴訟の結論に
は何ら影響を及ぼさない。というのは,特許権とは排他権であって,被
告の製品は必ずしも当該特許された職務発明の技術的範囲に含まれるも
のでなくてもよいのであって,競業他社の実施を禁止することで,自社
の代替製品の売上げに貢献があれば,それは当該職務発明による使用者
の受けるべき利益に値するからである。そして,被告製品の製造方法が
本件発明を基本的原理として利用した技術であることは明らかであるか
ら,競業他社に対して本件発明の実施を禁止することにより,被告がE
CMの市場において競業他社に対して優位な立場を獲得していること
は,優に認められるところである。そうすると,仮に被告のECMが厳
密には本件発明の技術的範囲に属しないとしても,被告は本件発明の独
占の利益を得ているというべきである。
(イ)被告は,本件発明のスプレー液の粘度及び温度の構成は,補正によ
って追加されたものであると主張する。しかし,被告が本件発明の出願
過程において,請求の範囲を減縮したことが不必要かつ不用意なものな
のであり,本来であれば「粘度が30c.p.,温度が25℃以下」とまで
減縮しなくとも,たとえば,実施例に当初から記載されている「高分子
FEPの微粒子を分散させたスプレー液・・としては・・・粘度が1,
0∼30c.p.,25℃(甲6,乙8【0029【0051「スプ」】】),
レー液・・に・・増粘剤,界面活性剤を混入し,その粘度は30∼9,
,」(【】),「,0c.p.25℃としたもの同0036増粘剤・・を混入し
粘度を35∼40c.p.,25℃としたスプレー液(同【0042)」】
という範囲内で減縮することも可能だったのである。このような経緯が
あるにもかかわらず,被告が本件発明の独占性を否定する主張をするこ
とは,信義則に違反するというべきであり,許されるべきではない。
【被告の主張】
本件考案及び本件発明に独占の利益は存しない。
(1)本件考案について
ア無効理由の存在
(ア)本件考案の明細書によれば,本件考案は,ECMにおいて,①カプ
セルを固定電極とすることにより部品点数を減少させ,また②固定電極
(背極)側をエレクトレット化することで,振動膜に最適な材料を選択
できることを目的とした考案であるが,前者は松下電器産業の出願に係
る松下発明公報ないし米国特許第4249043号公報(乙4,登録日
:1981年2月3日)に,後者は松下電器産業の出願に係る松下考案
公報に開示された公知技術である。しかも,上記②の点は,松下考案公
報には「従来のエレクトレット・コンデンサ・マイクロホンは1枚の振
動板と1個の固定電極からなり,振動膜と固定電極のどちらか一方をエ
レクトレット化したものである」と説明されていて,当時から被告ほ。
か他社でも販売していたバックエレクトレットタイプにおける慣用技術
であるから,当業者にとって両者を組み合わせることには何らの阻害事
由もない。したがって,本件考案の進歩性はないと言わざるを得ない。
原告は,単一指向性のマイクロホンに関する松下考案の技術は,カプ
セル側に背極を位置させる本件考案の構成と相容れないと主張するが,
被告が本件考案の進歩性に関係するとして主張している技術は,松下考
案公報が開示している,固定電極にエレクトレット層を形成する技術で
ある。この技術は,単一指向性のマイクロホンにのみ適用する技術では
なく,いわゆるバックエレクトレットタイプでも一般に採用されていた
技術であるので,原告の主張は失当である。
このような本件考案に独占の利益は存しない。
(イ)原告は,松下電器産業が本件考案を無効化することが無理であると
判断していたと主張するが,同社が本件考案に対して無効審判を請求し
なかった理由としては,無効化する必要がなかったからと推測する方が
自然である。
イ本件考案の実施品について
(ア)KUFシリーズは,本件考案を実施した製品である。
(イ)KURシリーズは,本件考案を実施した製品ではない。KURシリ
ーズは,リバースエレクトレットタイプと呼ばれ,バックエレクトレッ
トタイプの固定電極と振動膜の位置関係を逆転させた構造であり,固定
電極とカプセルの前面板とが兼用される構造ではない。
ウECMをめぐる市場状況
(ア)KUFシリーズの中では,携帯電話用のものが販売額,数量ともに
最も多いが,被告の販売先上位5社に対する携帯電話用(一部,固定電
話の子機用を含む)に販売された被告のECMは,販売額,数量とも。
,。にKUBシリーズ*****販売額はKUFシリーズ****である
被告のKUFタイプのECMの販売数量は,世界の全ECMの出荷
個数や携帯電話の販売台数に比べてはるかに小さく,また,被告の全
ECMの販売数の一部にすぎない。すなわち,被告以外の競合メーカ
ーからも被告の全ECM以上の数量のECMが販売されており,それ
らはすべてKUFシリーズとは異なった構造であるホイルエレクトレ
ットタイプやバックエレクトレットタイプのECMである。したがっ
て,KUFシリーズがECMの市場を独占していたとはいえないし,
携帯電話の販売台数が大幅に増えているにもかかわらず,KUFシリ
ーズの販売台数は横ばいもしくは下降しており,KUFシリーズに独
占性がないことは明白である。
(イ)平成13年8月ころの調査によれば,日本におけるECMの大手メ
ーカーとしては,松下電器産業(ECMの製造は,子会社の「元」松下
通信工業株式会社「現」パナソニックエレクトロニックデバイス株式,
会社,被告,及び,株式会社プリモ(以下「プリモ」という)が存。)。
在し,ECMの国内シェアは,それぞれ*************と
推測される。また,KUFシリーズと同じ兼用タイプのECMを製造販
売していたのは,国内では松下電器産業(平成4年ころより製造販売開
始)だけであるが,世界では韓国のBSE(BestSoundElectronics)
社が,カタログに同型のECMを掲載していた。なお,KUFシリーズ
と同じ兼用タイプのECMは,全ECMのうち,松下電器産業では**
***被告では******にすぎない。
なお,KUFシリーズを含めたECMの製造メーカーとしては,世界
でも,本件考案の出願前から,実質上,松下電器産業,被告,及びプリ
モの3社しかなかったが,その後,後発メーカー,例えば平成15年こ
ろから韓国のBSE社がECMの国際市場に参入するとともに,最近で
は中国企業が参入しており,また,国内では平成16年ころからスター
精密株式会社やその他の会社が参入してきたが,日本企業でのECMの
,,,。シェア上位は松下電器産業被告プリモの順位に大きな変動はない
そして,本件考案の有効期間経過(平成17年4月19日)後に本件
考案の実施品,すなわち,KUFシリーズと同型のECMの製造を開始
した企業はない。
(ウ)KUFシリーズは,その多くが携帯電話向けであるが,平成11年
から平成18年までの携帯電話向けKUFの販売台数(平成10年以前
は被告保存データでは携帯電話向けか否かの調査が不能)は,別紙2の
C欄記載のとおりであり,そのうち日系企業に販売した台数は同別紙E
欄,日系企業以外に販売した台数は同別紙G欄のとおりである(なお,
KUB及びKURシリーズの日系企業への販売台数は8年平均して,K
UFシリーズの***であるが,逆に日系企業以外への販売台数は**
*である。そして,日系企業の携帯電話生産台数は,同別紙J欄の。)
とおりである。以上から,同別紙K欄の%表示は,やや高いが,KUF
シリーズの日系の携帯電話メーカーに対するシェアということになる。
また,全世界の携帯電話の販売台数が同別紙O欄であり,同別紙P欄の
%表示は,同別紙B欄(同別紙E欄と同別紙G欄の合計)のKUF販売
台数を同別紙O欄の台数で割った値で,KUFシリーズの全世界の携帯
電話メーカーに対するシェアということになる。
(エ)以上のような製品市場の状況からすると,本件考案には事実上の独
占性もなかったというべきである。
エ兼用タイプの長短
(ア)高さ(厚み)について
兼用タイプであるKUFシリーズは天壁と固定電極(背極)とを兼用
するため,原理的には,他のタイプのECMと比較して高さ(厚み)を
低く抑えることができ,小型化を図ることができる。もっとも,実際の
製品では,バックエレクトレットタイプのKUBシリーズでも,携帯電
話も主用途の一つとして開発されたものに同程度の高さの製品がある。
(イ)ノイズについて
a本件考案は固定電極をカプセルの前面板(天壁)としたため,前面
板に近接して振動板が配されて,FETのゲート(入力側)に接続さ
れる関係で,音孔から入るノイズ(誘導雑音)が大きいという問題が
あった(これはKURシリーズでも同様である。これに対して,。)
バックエレクトレットタイプでも,前面板に近接して振動板が配され
,(),るが振動板の下方前面板の反対側に固定電極が配される関係上
固定電極がFETのゲート(入力側)に接続されるので,音孔から入
るノイズ(誘導雑音)の問題は少なかった。
被告がこの問題を解決したのが,原告が関与していない被告保有の
実用新案登録第2548513号の考案(乙7の2,被告考案)であ
る。この考案は,前面板の音孔をスリットとすることによって振動板
に対するシールド効果を高め,ノイズ(誘導雑音)を小さくすること
を可能としたが,このノイズ(誘導雑音)を小さくできたことが,K
UFシリーズが携帯電話用ECMとして使用された最大の理由であ
る。このため,KUFシリーズは,この考案が出願された平成4年1
月20日以降に販売を開始している。
このような本件考案に独占の利益は存しない。
b原告の主張に対する反論
KUFシリーズには,原告の主張するとおりカプセルの材料をアル
ミに代えて洋白とした製品があり,平成13年2月からその販売を開
始した。洋白はアルミに比べて硬くて加工がし難いため,被告考案の
スリット音孔に代えて小さな音孔にすることによりノイズに対応して
いる製品があるが,現在でもカプセルの材料にアルミを使用したKU
Fシリーズ製品には被告考案を実施している。洋白を使用した製品の
平成13年2月から平成18年4月19日(本件考案の本来の権利満
了日)までの販売額は,***************であるのに
対し,被告考案の実施品の同期間の販売額は**********
****である。
また,被告が現在までに販売したKUFシリーズはすべてアナログ
信号処理のマイクロホンである。携帯電話としてデジタル信号処理が
一般化しつつあるとしても,それによってマイクロホンとしてのノイ
ズ問題が解消されるわけではない。原告は,携帯電話における信号処
理等によりノイズ問題は解決されている旨主張するが,音声信号のノ
イズは携帯電話における信号処理だけで防げる問題ではなく,ECM
,。自体に対策を講じてできる限り誘導ノイズをカットする必要がある
(ウ)塵埃,唾液等水滴の侵入
カプセルの天壁である固定電極には音孔が開いているが,この音孔か
ら送話時の風圧等で塵埃が,固定電極と振動板との間の微小間隙(間隔
35μm前後)に侵入し,性能に影響が生じるおそれがあり,また,送
話時に飛散した唾液や飲み物等の水滴が音孔から上記の微小間隙に入る
と,電極間がショートし,エレクトレットの性能やマイクとしての特性
が劣化したり機能しなくなるという問題がある。ECMのカプセル前面
にクロス(薄い不織布)があっても,塵埃,唾液の侵入の問題は解決し
ていない(リバースエレクトレットタイプも同様の問題がある。こ。)
れに対して,ホイルエレクトレットタイプ及びバックエレクトレットタ
イプでは,音孔から侵入した塵埃や唾液等水滴は,構造上,振動膜で侵
入を遮断され,振動膜と固定電極との微小間隙には侵入しないので,こ
の問題はない。
(エ)カプセルの天壁に加わる外圧
,()フロントエレクトレットタイプでは天壁が薄い0.15∼0.3㎜程度
,,ためECMを携帯電話等の機器に組み込んだ時または機器の使用中に
機器の筐体側からカプセルの天壁に強い圧力が加わると,天壁と固定電
極が兼用されたKUFシリーズでは固定電極と振動板との間の微小間隙
,。,が影響を受けそれによって特性が変化する問題があるこれに対して
ホイルエレクトレットタイプ及びバックエレクトレットタイプでは,天
壁と固定電極が兼用されていないので,そのような問題はない。
(オ)以上のとおり,KUFシリーズは,KUCやKUBシリーズ,特に
KUBシリーズに対して優位性を持っているものではない。事実,**
***************では,携帯電話にはバックエレクトレ
ットタイプのみを使用し,KUFシリーズ等の兼用タイプは一切採用し
ていない。
(2)本件発明について
ア本件発明では,すべての請求項に「前記スプレー液は,FEPの微粒子
が分散されるとともに,増粘剤又は界面活性剤が混入され,かつ純水で希
,,」釈されたものであって粘度が30c.p.温度が25℃以下となっている
との限定が付されている。これは,拒絶理由通知に対する補正において追
加された構成である。したがって,この構成を充足しないスプレー液を使
用したECM及びその製造方法は,文言侵害及び均等侵害を含めて,本件
発明の技術的範囲には属さない。
他方,被告のECM(KUF及びKURシリーズ)の一部は,****
*********************************
*********************************
********
このように,被告は,本件発明を実施しておらず,このような本件発明
の独占性はほとんど無いに等しいといわざるを得ない。
イ原告の主張に対する反論
原告は,被告が厳密には本件発明を実施していなくとも,本件特許権が
存在するだけで競合他社に対して優位な立場を獲得していると主張する。
しかし,本件特許権はスプレー液の粘度を数値限定することにより登録と
なったものであるが,被告が実施しているように,この限定した数値範囲
内でなくともECMの製造は可能であるし,本件発明と同様のエレクトレ
ット層のエレクトレット電位の残存率の向上等の効果は得られるのであ
る。したがって,本件特許権の存在により被告が競業他社に対して優位な
立場に立つことは不可能に近く,本件特許権の独占の利益はほとんど無い
に等しい。
また原告は,本件発明の特許出願過程で被告がした補正が,不必要かつ
不用意なものであったと主張するが,拒絶理由通知で示された引用例(乙
10の1及び3)が存在するにもかかわらず本件発明に進歩性があると主
張するためには「増粘剤又は界面活性剤が混入され,かつ純水で希釈さ,
れたものであって,粘度が30c.p.,温度が25℃以下となっている」と
の部分を追加する補正をする必要があったのである。
したがって,原告の主張は失当である。
2争点(2)(考案・発明者貢献度)及び(3)(単独考案・発明の有無)について
【原告の主張】
(1)本件考案及び本件発明の願書では,原告のほかに共同考案・発明者が存
するとされている。しかし,本件考案の共同考案者とされるBは,原告の具
体的指示に基づいて本件考案の性能実験の補佐を行ったのみであり,何ら技
術的思想を提供していない。また,本件発明の共同発明者とされるうちのD
は本件発明の評価実験を担当したにすぎず,またCは開発部長であって,開
発方針等の助言を行うことはあっても具体的な発明等に関与することはなか
った。したがって,本件考案及び本件発明はいずれも原告の単独考案・発明
である。
(2)原告は,開発設備,予算及び人員等の十分な手当てを受けることなく,
単独で,勤務時間の内外や昼夜を問わず,研究開発に取り組み,独自の発想
によって,本件考案及び本件発明に至った。他方,被告は,原告に給与を支
,,。払い一定の開発設備を用意し本件発明の際には一定の予算も与えている
しかし,被告は,従来,液晶事業に力を入れており,音響関係については,
,,。,原告に一任していたことからその貢献度は決して大きくない以上より
本件考案及び本件発明について,考案者かつ発明者である原告の貢献度は,
少なくとも50%を下回らないといえる。
【被告の主張】
原告の主張は争う。
本件考案は,松下発明とバックエレクトレットタイプの慣用技術の組合せに
より,当業者が極めて容易に想到できたものである。また,原告が本件考案の
実証ための研究や検討を行ったとしても,それは,本件考案完成後の実施品や
,。試作品に関する検討にすぎず日常業務の一環としてなされたものにすぎない
したがって,原告の貢献は無いに等しいものというべきである。
第4当裁判所の判断
1争点(1)(独占の利益の存否及び額)のうち,本件考案に関する点について
(1)実用新案法11条3項及び特許法35条4項にいう「その発明により,
使用者等が受けるべき利益」とは,使用者等が従業者等の職務発明に関する
特許権について無償の通常実施権を有すること(同条1項)からして,単に
当該発明を実施することにより得るべき利益をいうものではなく,これを超
えて,使用者等が従業者等から特許等を受ける権利を承継して特許等を受け
た結果,発明等の実施を排他的に独占することによって得られる利益(いわ
ゆる「独占の利益)をいうものと解される。そして,この独占の利益の存」
否及び額の判断に当たっては,権利承継後の事情を斟酌し得るところ,本件
のように使用者等が当該発明等を自社で独占して実施し,他社に実施許諾を
していない場合には,特許権等の効力として他社に当該発明等の実施を禁止
したことに基づいて,当該使用者等の売上げが増大したのか否かを考慮すべ
きである。したがって,当該発明等による独占の利益の存否は,他社が事業
活動を展開するに当たって,実際に当該特許権等による制約を受けたと認め
られるか否かの観点から判断すべきである。
そこで以下では,この観点から,本件で独占の利益の存否に影響を与える
と考えられる諸要素について検討し,最後にそれらの検討結果に基づいて,
本件考案による独占の利益の存否について判断することとする。
(2)本件考案の技術的意義と無効理由の存否について
ア本件考案について
(ア)本件考案の実用新案登録請求の範囲は,次のとおりである。
a請求項1
前面板に音孔が形成された金属製の円筒状カプセルと,そのカプセ
ルの上記前面板の内面に被着され,上記音孔と連通した孔を有するエ
レクトレット高分子フイルムと,その高分子フイルムと近接対向して
配された導電性振動膜と,その導電性振動膜の周縁部を保持する導電
性保持体と,上記カプセルの背面を塞ぐ配線基板と,上記カプセル内
に配され,上記保持体,上記配線基板および上記カプセルに接続され
たインピーダンス変換用IC素子と,を具備するエレクトレットコン
デンサマイクロホンユニット。
b請求項2
上記保持体の後方端は上記配線基板と対接され,その保持体により
上記導電性振動膜の背面側に背室を構成していることを特徴とする請
求項1記載のエレクトレットコンデンサマイクロホンユニット。
c請求項3
上記保持体と上記配線基板との間に絶縁材の筒状体が介在され,そ
の筒状体により,上記導電性振動膜の背面側に背室を構成しているこ
とを特徴とする請求項1記載のエレクトレットコンデンサマイクロホ
ンユニット。
(イ)また本件考案の明細書には次の記載があることが認められる甲,,(
3。)
【0002【従来の技術】】
図6に従来のエレクトレットコンデンサマイクロホンユニットを示
す。アルミニュウムの円筒状カプセル11の前面には前面板11aが
一体に形成され,前面板11aには音孔12が形成され,前面板11
aの前面にクロス13が張り付けられている。前面板11aの内面の
周縁部と接して金属性の振動膜リング14が対接されると共に電気的
に接続され,その振動膜リング14の前面板11aと反対の面にエレ
クトレット振動膜15が張り付けられている。エレクトレット振動膜
15は高分子フイルム,例えばFEP(FluoroEthylenePropylene)
フイルムの一面に金属が蒸着され,その高分子フイルムは分極されて
おり,その蒸着膜が振動膜リング14に接して取り付けられている。
その振動膜15にリング状スペーサ16を介して背極17が近接対向
され,背極17は筒状の背極保持体18の前面に保持されている。
【0003【考案が解決しようとする課題】】
図6に示した従来のエレクトレットコンデンサマイクロホンユニット
は背極17を必要とし,部品点数が多く,自動組立てを行うことが難
しく,低価格化に限度があった。振動膜としてエレクトレット膜を使
用しているため,薄くするのに限度があり,感度を高くすることがで
きなかった。
【0017【考案の効果】】
以上述べたように,この考案によれば従来のマイクロホンユニット
と比較して,少なくとも背極を必要とせず,それだけ部品点数が少な
く,自動組立てが容易である。特にスペーサも省略する場合は一層自
動組立てに適する。更に,従来においてエレクトレットフイルムの振
動膜を用いる場合は,厚さを12.5μm以下にすることが困難であ
り,それだけ感度を高くすることができず,1KHzで−45dBであっ
たが,この考案では振動膜29の厚さを例えば2μmと薄くすること
ができ,図1Bの構造で,1KHzで−38dBと7dBも改善することが
でき,その結果,S/Nも45dB以上となり,従来品より5dBよくな
った。
【0018】
またカプセルの内面にエレクトレットフイルム26を形成するた
め,その厚さを厚く,例えば25μmとすることができ,それだけ製
品による分極強度のばらつきが小さく,かつ安定性がよいものとする
ことができる。
(ウ)以上の記載からすると,上記公報図6に示された従来のECMは,
いわゆるホイルエレクトレットタイプであるところ,これに対して本件
考案は,①カプセルの前面板を固定電極とするとともに,背極を必要と
せずに部品点数が少なくなり,自動組立てが容易になる,②この固定電
極にエレクトレット高分子フイルムを被着させてエレクトレット化した
ことにより,振動膜を薄くして感度を高める一方,エレクトレットフイ
ルムを厚くして製品による分極強度のばらつきが小さく,かつ安定性が
よいものとすることができるという点に特徴を有するものであると認め
られる。
そして,請求項2及び3は,請求項1における導電性振動膜の周縁部
を保持する導電性保持体と,カプセルの背面を塞ぐ配線基板の構造関係
を具体化したもので,請求項2においては,導電性保持体は,導電性振
動膜の周縁部を保持する部分からその後方端が配線基板と対接する部分
にまでにわたって設けられており,その導電性保持体により導電性振動
膜の背面側に背室を構成している(したがって,実用新案登録請求の範
囲の記載にはないが,導電性保持体とカプセルの間は絶縁されているも
のと考えられる)のに対し,請求項3においては,導電性保持体と配。
線基板との間に絶縁材の筒状体が介在され,その筒状体により,導電性
振動膜の背面側に背室を構成している(したがって,保持体とカプセル
の間に筒状体が介在して絶縁されている)というものであると認められ
る。
イ他方,本件考案の優先日である平成2年8月20日より前である昭和6
1年11月22日に公開された松下発明公報(特開昭61−265000
号)には,次の記載があることが認められる(乙3の1。)
(ア)特許請求の範囲
a請求項1
天面を有する筒状金属ケースの前記天面を固定電極とし,前記天面
に対向して一定間隔をとって振動膜を設けてなるエレクトレットコン
デンサマイクロホン。
b請求項2
筒状金属ケースの内面を絶縁処理してなる特許請求の範囲第1項記
載のエレクトレットコンデンサマイクロホン。
(イ)従来の技術
第8図は従来のエレクトレットコンデンサマイクロホンの断面図であ
る。第8図において,1は面布,2は天面の中央部に音孔2aを有する
筒状の金属ケース,3は金属ケースを構成する上記天面の内側に設けら
れた振動膜保持用の膜リング,4は表面に蒸着等によって金属層を形成
したエレクトレット材からなる振動膜,5はギャップスペーサ,6は固
定電極,7は凹状の絶縁体,8はFET,8aは入力リード,8bは出
力リード,9はプリント基板,10は前気室,11は背気室,12はコ
ンデンサギャップである。
(ウ)発明が解決しようとする問題点
以上の如く構成されたエレクトレットコンデンサマイクロホンにおい
(),,,ては部品点数が多く第8図の場合9点特に固定電極6絶縁体7
FET8,プリント基板9のアンプブロック部は4点もの部品点数があ
り,組立が難しく,多くの時間を要するため,どうしてもコストアップ
となってしまう。又,部品点数が多いということは自動組立化も複雑と
なり,多大な設備費を要するとともに,難点もあり,稼働率の低下はま
ぬがれない。本発明は以上の様な欠点を除去し,部品点数を少なくする
ことにより構成・組立を簡単にし,自動組立機の設備費等を減少すると
ともに稼働率の向上を計り,大量生産に適し,コストの安いエレクトレ
ットコンデンサマイクロホンを提供することを目的とする。
(エ)問題点を解決するための手段
本発明は上記目的を達成するために,筒状の金属ケースの天面を固定
,。電極としこれに対向して一定間隔をとって振動膜を設けたものである
(オ)実施例
a第1実施例
第1図は本発明の一実施例を示す断面図であり,第8図と同一部分
は同一番号にて示している。第1図において,第8図との相違点は固
,,定電極6がなく金属ケース2の天面が固定電極2bの役割をはたし
振動膜4が背気室11側に構成されている点である。又,FET8の
入力リード8aは膜リング3と絶縁体7の間にはさみ込み,接触等に
より導通を可能としている。
…アンプブロック部の部品点数は従来4点から3点に少なくなって
いる。従って,本実施例の場合,従来9点の部品点数であったのに対
し,8点と少なくできる(2頁右上欄8∼左下欄5行目)。
b第2実施例
第3図は本発明の第2の実施例であり,第3図の場合,第4図の如
く金属ケース2の内面に絶縁層2cをコーティング等により形成し,
膜リング3と金属ケース2の絶縁を可能とした場合の例であるが,こ
の場合,膜リング3は金属ケース2へ落とし込むのみであり,第1図
の場合よりさらに組立を容易にできるものである(2頁左下欄12。
∼18行目)
c実施例の効果
本発明のいずれの実施例の場合でも,部品点数を減少できるのみな
らず,固定電極がないので,この板厚分はエレクトレットコンデンサ
マイクロホンの全高を低く構成することができる。又,全高が同一な
,。,らば背気室を大きくできるので高感度とすることができる従って
全高の低い薄型のエレクトレットコンデンサマイクロホンを得るのに
も適するといえる(2頁右下欄13∼20行目)。
(カ)発明の効果
以上の如く,本発明によれば固定電極を金属ケースの天面を利用し構
成しているので部品点数が少なくなり組立が簡略化されるとともに材料
費の低減が可能である。又,自動組立機も簡単な構成でできるので設備
費が減少でき,稼働率の向上も可能となるので大量生産に適し,安価な
エレクトレットコンデンサマイクロホンとすることができる効果を有す
る(3頁左上欄2∼9行目)。
ウ以上の松下発明公報の各実施例のECMと本件考案の請求項1とを対比
すると,①松下発明公報の「天面の中央部に音孔2aを有する筒状の金属
ケース2」が,本件考案の「前面板に音孔が形成された金属製の円筒状カ
プセル」に相当し,②松下発明公報の「金属ケース2の天面」が,本件考
案の「カプセルの前面板」に相当し,③松下発明公報の「振動膜4」が,
本件考案の「導電性振動膜」に相当し,④松下発明公報の「膜リング3」
が,本件考案の「導電性振動膜の周縁部を保持する導電性保持体」に相当
し,⑤松下発明公報の「プリント基板9」が,本件考案の「カプセルの背
面を塞ぐ配線基板」に相当し,⑥松下発明公報の「FET8」が,本件考
案の「インピーダンス変換用IC素子」に相当するといえる。
これよりすれば,松下発明公報の各実施例に記載された発明(以下「松
下発明実施例」という)と本件考案の請求項1とは,次の点で一致する。
といえる。
前面板に音孔が形成された金属製の円筒状カプセルと,そのカプセル
の上記前面板と近接対向して配された導電性振動膜と,その導電性振
動膜の周縁部を保持する導電性保持体と,上記カプセルの背面を塞ぐ
配線基板と,上記カプセル内に配され,上記保持体,上記配線基板お
よび上記カプセルに接続されたインピーダンス変換用IC素子と,を
具備するエレクトレットコンデンサマイクロホンユニット。
他方,松下発明実施例と本件考案の請求項1とは,次の2点で相違する
といえる。
[相違点1]松下発明実施例では,振動膜がエレクトレット化され
ているのに対し,本件考案では,カプセルの前面板の固
定電極側がエレクトレット化されている点。
[相違点2]エレクトレット化する方法として,松下発明実施例で
は,エレクトレット材からなる振動膜の表面に蒸着等に
よって金属層を形成しているのに対し,本件考案では,
カプセル前面板の音孔と連通した孔を有するエレクトレ
ット高分子フィルムがカプセルの前面板の内面に被着さ
れることによっている点。
以下,これら相違点について検討する。
エ相違点1について
(ア)本件考案の優先日より前である昭和57年6月28日に公告された
松下考案公報(実公昭57−29432号)には,次の記載があること
が認められる(乙5。)
a実用新案登録請求の範囲
両面に厚さ12.7μm∼25.4μm程度のエレクトレット層が形
成された厚さ0.2㎜∼0.5㎜程度の金属板からなり複数の貫通孔
が穿設された固定電極と,片面に金属蒸着層を形成した高分子フィル
ムあるいは金属箔からなり前記固定電極の両面と一定間隙をもって相
対向する2枚の振動膜と,中央部にキャビティを有する板体からなり
前記2枚の振動膜のうち一方の振動膜と一定の間隙をもつて相対向す
るキャビィティ板と,一方の面に凹部を有しかつ複数の背音孔が穿設
された板体からなり前記凹部を有する面が前記キャビティ板に接する
背板とを設け,前記一方の振動膜と前記キャビティ板との間隙を0.
1㎜程度にしたことを特徴とするマイクロホン。
b考案の詳細な説明
(a)本考案は,マイクロホン,特に単一指向性エレクトレット・コ
ンデンサ・マイクロホンに関する。
従来のエレクトレット・コンデンサ・マイクロホンは1枚の振動
膜と1個の固定電極とからなり,振動膜と固定電極のどちらか一方
をエレクトレット化したものである(1欄30∼35行目)。
(b)…上記構成(注:実施例の構成のこと)のマイクロホンにおい
ては,固定電極13の両側に振動膜7,15を配置するプッシュプ
ル構造とした…(3欄39∼41行目)。
(c)…また振動膜7,15にエレクトレット層10,11を形成す
る場合には,振動膜7,15の材料としてエレクトレット層10,
11を形成し得るものを用いなければならないが,上記構成のマイ
クロホンでは固定電極13側にエレクトレット層10,11を形成
する,いわゆるバックエレクトレット方式としたので,振動膜7,
15に最適な材料を用いることができ,したがって良好な周波数特
性を得ることができる(4欄4∼13行目)。
(イ)松下考案公報に記載されたECMは,単一指向性を有するものであ
り,固定電極の両側に2枚の振動膜を有する構成とされている。他方,
,,前記松下発明実施例のECMは筒状金属ケースの天面を固定電極とし
その天面に対向して1枚の振動膜を設けた構成である。したがって,両
ECMは,固定電極と振動膜の基本的な構成を異にしており,松下考案
公報に記載されたECMの振動膜及び固定電極の構成を,そのまま松下
発明実施例のECMの振動膜及び固定電極の構成と置き換えることはで
きない。この点は,原告が主張するとおりである。
しかし,前記松下考案公報の記載からすると,同公報においては,こ
のような単一指向性を有する特定の構成を有するECMが記載されてい
るのみならず,①従来のECMは,1枚の振動膜と1個の固定電極とか
らなり,振動膜と固定電極のどちらか一方をエレクトレット化したもの
である,②固定電極側にエレクトレット層を形成する,いわゆるバック
エレクトレット方式とした場合には,振動膜に最適な材料を用いること
ができ,したがって良好な周波数特性を得ることができるという,EC
Mに関する一般的な技術的知見までもが記載されているものと認められ
る。そして,前記前提事実記載のとおり,本件考案の出願前には,ホイ
ルエレクトレットタイプとバックエレクトレットタイプの2種類のEC
M(これは上記①の2つのタイプに対応する)が現実に市場で製造販売
されていたのであるから,バックエレクトレットタイプに関する上記②
の技術的知見は,当業者の間では周知の事柄であったと推認される。
そうすると,前記相違点1はこのような周知技術に係るものであるか
ら,松下発明公報に接した当業者が,松下発明実施例に上記②の周知な
技術的知見を適用して本件考案を想到することは,極めて容易になし得
たものというべきである。
オ相違点2について
(ア)原告の陳述書(甲10)によれば,原告が本件考案を行う以前に市
場に存在していたECMのうち,ホイルエレクトレットタイプでは,振
動膜にFEPフィルム(12.5μm)を採用し,振動膜をエレクトレ
ット化した構造を有していたのに対し,バックエレクトレットタイプで
は,背極(固定電極)の振動膜側にFEPフィルム(25μm)を熱で
ラミネートしてエレクトレット化した構造を有していたと認められる。
また,前記のとおり,本件考案の実用新案登録公報では,従来の技術
として,ホイルエレクトレットタイプのECMについて「エレクトレ,
ット振動膜15は高分子フイルム,例えばFEP…フイルムの一面に金
,」(【】)属が蒸着されその高分子フイルムは分極されており…0002
と記載されている。
,,(イ)これらの記載からすると相違点2に係る松下発明実施例のように
振動膜の表面に蒸着等によって金属層を形成するエレクトレット方式
は,振動膜をエレクトレット化するホイルエレクトレットタイプについ
て従来から用いられていた方法であり,他方,本件考案のように,エレ
クトレット高分子フィルムを被着するエレクトレット方式は,固定電極
をエレクトレット化するバックエレクトレットタイプについて従来から
用いられていた方法であり,いずれも当業者にとっては周知技術に属す
るものであったと推認される。そうだとすると,松下発明公報に接した
当業者が松下発明実施例の固定電極側をエレクトレット化するに当た
り,従前から固定電極をエレクトレット化するためにバックエレクトレ
ットタイプについて用いられていたエレクトレット方式を用いること
は,やはり極めて容易に想到することができたものというべきである。
この点について,本件考案の実用新案登録公報には,考案の効果とし
て「またカプセルの内面にエレクトレットフイルム26を形成するた,
め,その厚さを厚く,例えば25μmとすることができ,それだけ製品
による分極強度のばらつきが小さく,かつ安定性がよいものとすること
ができる(0018)との記載があるが,これは上記のように従。」【】
来からバックエレクトレットタイプについて用いられてきたエレクトレ
ット方式を採用することに伴う効果にすぎないものというべきである。
カ以上からすれば,本件考案に係る実用新案登録(請求項1)は,実用新
案法3条2項(平成5年法律第26号による改正前のもの)に違反する無
効理由が存するものといえる。なお原告は,FEPフィルムを金属製の板
に被着させたものに曲げや絞り加工を施す際の問題点を指摘するが,それ
は良質な製品を製造する際の問題であって,本件考案を想到するに当たっ
ての阻害事由となるものではない。
キ次に本件考案の請求項2について検討する。
本件考案の請求項2は松下発明実施例のうち第2の実施例以下松,,(「
下発明実施例2」という)との間において,前記の相違点1及び2のほ。
か,次の点で相違していると認められる。
[相違点3]
松下発明実施例2においては,膜リング3(導電性保持体)とプリ
()(),ント基板9配線基板との間に絶縁体7筒状体が介在しており
絶縁体7によって背室を構成しているのに対し,本件考案の請求項2
においては,導電性保持体の後方端が配線基板と対接しており,その
保持体によって背室を構成している点。
しかしながら,松下発明実施例2においても,筒状金属ケースの内面を
絶縁処理しているため膜リング3をプリント基板9方向に長くしても筒状
金属ケースと接触通電することはないから,導電性振動膜を保持する膜リ
ング3とプリント基板9との間に絶縁体7を介在させる必要はないのであ
って,絶縁体7を介在させないで膜リング3を長くして後方端をプリント
。,,基板9に対接させることもできるものであるそしてこのような置換は
部品点数の減少や適宜の材料の選択を考えて当業者が技術の具体的適用に
伴って行う設計変更的な事項の範囲内にすぎないというべきであるから,
本件考案の請求項2は,松下発明実施例2及び前記周知な技術的事項から
当業者が極めて容易に考案することができたものであり,無効理由を有す
るものといえる。
ク次に本件考案の請求項3について検討する。
本件考案の請求項3の筒状体は,松下発明実施例のうち,第1の実施例
の絶縁体7に相当すると認められるから,上記第1の実施例においても本
件考案の請求項3に特有の構成を具備していると認められる。
したがって,請求項3は請求項1と同様の理由により,無効理由を有す
るといえる。
ケ以上のとおり,本件考案は,いずれの請求項についても無効理由を有す
るといえるが,上記の検討において無効理由を構成する主たる公知技術が
記載された松下発明公報は,後に認定するようにECM業界トップの松下
,,,電器産業が出願し特許権を取得し実施している発明に係るものであり
また被告がフロントエレクトレットタイプのECMを販売する際にそれと
の牴触の有無やその拒絶可能性(有効性)を吟味した(乙20)ことから
しても,フロントエレクトレットタイプのECMの製造販売を企図する当
業者であれば当然に検討の対象とするものであると認められる。そうする
と,本件考案は,このような松下発明公報に記載された発明に,当業者の
周知技術を適用して得られるものなのであるから,それが無効理由を有す
ることは,当業者にとって比較的明らかなことであったと推認することが
できる。
(3)被告における本件考案の実施状況
ア証拠(乙21及び乙24)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認め
られる。
(ア)被告の製品であるKUFシリーズは,本件考案を実施した製品であ
る。
(イ)KUFシリーズは,平成4年4月から販売されたが,その平成18
年9月までの販売金額及び販売数量は,別紙3記載のとおりである。
(ウ)KUFシリーズの用途は,携帯電話,一般電話のほか,DVC(デ
ジタルビデオカメラ,DSC(デジタルスチルカメラ,PDA(携))
帯情報端末,PC(パソコン)及び音響機器一般であるが,携帯電話)
向けのものが販売数及び販売額ともに最も多い。平成11年度以降の被
告の全KUFシリーズの販売数のうち,携帯電話向けのものの数量は別
紙2のC欄記載のとおりであり,その割合(同別紙D欄)は*****
******
なお,被告は,国内及び海外の電話機器メーカーに対して,携帯電話
向け及び固定電話の子機向けのECMとして,KUFシリーズとKUB
シリーズの双方を販売しているが,KUBシリーズの販売額は,KUF
シリーズの販売額の***となっている。
イ原告は,被告のKURシリーズも本件考案の実施品であると主張してい
る。
弁論の全趣旨によれば,KURシリーズは,バックエレクトレットタイ
プの固定電極と振動膜の位置関係を逆転させた構造のECMであり,カプ
セルの内部に,その前面板(天面)と対向する位置に固定電極を設けて,
その内側にエレクトレット高分子フィルムを被着し,さらにその内側に振
動膜を設けた構造を有しているものと認められる。そうすると,KURシ
リーズは,カプセルの前面板を固定電極としておらず,本件考案の構成要
件のうち「カプセルの上記前面板の内面に被着され,上記音孔と連通し,
た孔を有するエレクトレット高分子フイルム」の要件を充足しないことが
明らかであるから,KURシリーズは本件考案の実施品とはいえない。
(4)ECMをめぐる市場状況
証拠(後掲書証,乙21及び乙24)及び弁論の全趣旨によれば,次の事
実が認められる。
,,,,ア従来は世界的に見てもECMの実質的なメーカーは松下電器産業
被告及びプリモの3社しか存在していなかった。
イ平成13年8月ころの日本市場におけるECMメーカーのシェアは,*
*********************************
**
このうち,松下電器産業の場合は****がバックエレクトレットタイ
プで,****が兼用タイプ(甲第23号証からすると松下発明を実施し
たものであると考えられる)であり,被告の場合は,****がバック。
エレクトレットタイプ(KUBシリーズ)で,****が兼用タイプのフ
ロントエレクトレットタイプ(KUFシリーズ)と推測された。また,プ
リモは兼用タイプの製造販売をしていなかった(乙19。したがって,)
これらを単純に乗じると,日本における全ECM市場において,****
*********************************
*********************************
******************
松下電器産業が兼用タイプの販売を開始したのは,被告と同じ平成4年
ころのことである(乙21。なお乙第19号証では,被告と同じ平成6年
ころから販売を開始したとされているが,被告がKUFシリーズの販売を
開始したのは平成4年であるから,乙第21号証の記載の方が信用性が高
いというべきである)。
平成13年8月当時,海外のECMメーカーでは,韓国のBSE社のみ
が,同年ころからフロントエレクトレットタイプを販売していた(乙1。
8。)
なお,以上の国内各社のシェアについて,原告はこれを否認する。しか
し,上記乙第18号証及び乙第19号証は,かつて松下電器産業が被告に
対して提起した後記侵害訴訟に対応する過程で,ホシデン九州の技術部か
ら被告の知的財産部に送付された連絡文書(乙18)と,被告の知的財産
部から担当弁護士及び弁理士に送付された連絡文書(乙19)なのであっ
て,本件とは全く関係のない文脈で,しかも被告内部での別訴への対応協
議用に作成されたものなのであるから,そこに記載された内容は当時の被
告自身の認識を正しく記載したものと認めるのが相当である。そして,そ
れらに記載された上記シェアは,松下電器産業との係争当初に,被告の技
術部及び営業部が調査した結果を記載したものなのであるから,信用し得
るものと認めるのが相当である。
ウ被告のKUFシリーズのうち,平成11年度以降の日系携帯電話メーカ
ー向けのものの販売数量は,別紙2のE欄記載のとおりである。他方,日
系携帯電話メーカーの携帯電話製造数量は別紙2のJ欄,そのうち日本で
の製造数量はL欄記載のとおりである(乙23の各号。したがって,被)
告のKUFシリーズが日系携帯電話メーカーの製造数量に占める割合は,
同別紙のK欄のとおりであり,*******************
(なお,乙23の各号によれば,海外系携帯電話メーカーは日本での製造
を行っていないと認められる一方,日系携帯電話メーカーの日本での生産
数量は同別紙L欄のとおりと認められるから,上記割合は,日本での携帯
電話の全製造数量に対する被告のKUFシリーズのシェア割合の一応の傾
向を示すものと推測される。。)
また,同時期の世界全体での携帯電話製造数量は同別紙のO欄のとおり
であるから,被告のKUFシリーズが世界全体の携帯電話製造数量に占め
る割合は,同別紙のP欄のとおりであり,**************
*****************
なお原告は,被告のKUFシリーズの国内携帯市場におけるシェアは,
別紙1のとおりであると主張する。しかし,そこで前提にしている被告の
KUFシリーズの販売数(同別紙のB1欄)は,国内市場向けでないもの
も含まれている数字であるから,単にそれを携帯国内生産数量(C1)な
いし携帯国内出荷数量(D1)で除して被告のKUFシリーズのシェアを
算定するのは相当でないというべきである(実際,別紙2のKUFシリー
ズの携帯電話向け販売数量の,別紙1の国内携帯電話製造数量に対する割
合を算定すると,別紙2のI欄のとおりとなり,***********
***************。)
また原告は,上記別紙2に示された被告の日系携帯電話メーカー向けの
ものの販売数量の信用性を争うが,その信用性を疑わしめるに足りる証拠
はない。
エ従来,兼用タイプに関する特許権等としては,松下電器産業が有する松
下発明に係る特許権(特許第2000905号)と被告が有する本件考案
に係る本件実用新案権があった(なお松下電器産業は,このほかに,2件
の特許出願をしている[乙20,特開昭和61−247200号,特開平
2−31600号。])
このうち松下電器産業の上記特許権は,被告が請求した無効審判におい
て,平成13年9月26日に無効審決が下され(乙6の1,さらにその)
審決取消訴訟においても平成16年2月27日に請求を棄却する旨の判決
が出されて(乙6の2,無効審決が確定した。)
また,被告は,平成17年4月18日に支払うべき本件考案の登録料を
納付せず,本件実用新案権を消滅させた。
しかし,被告が本件実用新案権を消滅させた後,現在までの間に,兼用
タイプのECMの製造販売を新たに開始したメーカーは存しない。
オ従来,携帯電話用マイクにはECMが用いられてきたが,近時,プリン
ト基板に直接ハンダ付けができることや,性能が優れることから,Siマ
イクに置き換える動きが始まっている。これを最初に製品化したのは米国
のKnowlesElectronicsLLC.であり,平成16年から日本市場向けの携帯
電話機やデジタルカメラ向けに量産を始めた。次いで,デンマークのSoni
onA/Sも,平成17年12月に北欧の大手携帯電話機メーカー向けに量産
を始め,その後平成18年以降,各社が参入するに至った(乙14,1。
6の2,22)
(5)兼用タイプの長短
ア長所
(ア)本件考案に係るフロントエレクトレットタイプを含む兼用タイプで
は,カプセルの前面板を固定電極としていることから,カプセルの内部
に固定電極と振動膜を設けるバックエレクトレットタイプと比べて,①
部品点数を減少でき,それにより組立ても簡略化でき,自動化も容易に
なる,②マイクロホンの高さ(厚さ)を低く抑えて小型化することがで
(,,,)。きるという利点がある甲310及び13乙3−1弁論の全趣旨
このうち①(部品点数の減少)の点は,量産による低価格化にもつな
がる(甲10。ちなみに,被告の販売先上位5社に対する携帯電話用)
(一部に固定電話の子機用を含む)に販売された被告のECMのKU。
BシリーズとKUFシリーズの販売額,販売数量及び1個当たり販売額
(単価)は別紙4のとおりである(弁論の全趣旨。もとより,1個当)
たり販売額の大小は,取引量等の種々の要因による影響を受けるもので
はあるが,同別紙によれば,概していえば,KUFシリーズはKUBシ
リーズに比べて1個当たり販売額が低い(総平均で*****)ことが
。,。認められるもっとも近時はその傾向が薄らいでいることも窺われる
また,②(小型化)の点については,被告のECMの仕様一覧表(甲
2,乙17)によれば,被告のKUBシリーズとKUFシリーズの高さ
の低いものは別紙5のとおりとなっていることが認められる。
これによれば,KUBシリーズも,高さの限りではKUFシリーズと
遜色のない程度に小型化が実現されているといえる。しかし,上表記載
のKUFシリーズでは径がいずれも4㎜又は6㎜であるのに対し,KU
Bシリーズでは10㎜又は6㎜であるから,全体としての小型化という
,。点ではなおフロントエレクトレットタイプが優位にあると推認される
そして,この小型化という特徴は,現在では特に携帯電話向けのマイク
において重視される要素であると認められる(甲27。)
(イ)また,特に本件考案については,松下発明(ホイルエレクトレット
タイプのもの)に比べて,振動膜を薄くすることができることから,感
度を高くすることができ,同時にエレクトレットフィルムを厚くするこ
とができることから,製品による分極強度のばらつきが小さく,かつ安
定性がよいものとすることができるとの利点がある(甲3【0017】
【0018。】)
そして,実際の製品においても,被告のKUFシリーズは,松下電器
産業の製品に較べて,マイク感度が高くて周波数帯域が広く(振動膜が
薄く,その張力が高いため,組立工程でエレクトレット部分に手が触)
れないために作業性が良い等の点で優れている(甲23。)
イ短所
(ア)他方,フロントエレクトレットタイプを含む兼用タイプでは,カプ
セルの前面板を固定電極とし,その前面板に音孔が空けられて,振動膜
が近接していることから,音孔から誘導ノイズ,塵埃,唾液や水滴等が
入り込みやすくなるといった問題点や,カプセルの前面板に強い圧力が
加わると固定電極と振動膜との間の微小な間隔が影響を受けるといった
問題点があり,これらはマイクロホンとしての性能・品質に影響を与え
る問題である(乙7の1の1及び2,21。)
(イ)これに対して原告は,誘導ノイズの問題は存しないと主張する。
しかし,被告は,平成4年1月20日に「マイクロホン」に関する実
用新案を出願しているが(実願平4−1478,それは,音孔による)
誘導雑音の問題を課題とし,それを解決するためにカプセルに設ける受
音用の音孔を特殊なスリット構造とすることによって解決するもので,
その実施例では,フロントエレクトレットタイプに関して適用したもの
が記載されている(乙7の2。また,乙第7号証の1の2は,平成4)
年10月1日にホシデン九州の技術課の従業員が,被告本社に対して,
********************************
********************************
********************************
*******************************こ
れらの事実からすると,平成4年当時,被告の内部においては,フロン
トエレクトレットタイプのマイクロホンを開発するに当たり,誘導ノイ
ズの問題が認識され,その解決策として上記音孔の構造が開発されたも
。,,のと推認されるそして被告がKUFシリーズの販売を開始したのは
上記実用新案が出願された後の平成4年4月からであり,そこには上記
特殊なスリット構造が採用されていた(弁論の全趣旨)のであるから,
誘導ノイズの問題は実際に存在する問題であると認められる。
もっとも被告では,KUFシリーズのうちでカプセルに洋白を使用し
たものを販売しているが,それには上記のスリット構造を用いていない
(弁論の全趣旨。しかし,洋白を使用したものは平成13年2月から)
販売しているものであるから,少なくともそれ以前はすべてのKUFシ
リーズについて上記のスリット構造を採用していた(同)のであるし,
それ以後も,洋白を使用しないKUFシリーズについては,なお上記の
スリット構造を使用し続けている(同)のであるから,カプセルに洋白
を使用したものがあるからといって,誘導ノイズの問題が存しないとは
認められない(洋白を使用した製品における誘導ノイズの問題は,洋白
を使用した製品の平成13年2月から平成18年4月19日までの販売
額が,***************であるのに対し,それ以外のK
UFシリーズの同期間の販売額は**************であ
ること(同)を勘案すると,この点に関する製品の品質を落としている
か,又は他の何らかの技術で補っていることが推測される。。)
(ウ)また原告は,誘導ノイズの問題は,携帯電話の側で信号処理等をす
ることによって解消されると主張する。
しかし,携帯電話の側での信号処理によってどの程度問題が解消され
るのか定かでない上,このような負担を携帯電話の側に負わせること自
体が,既にマイクロホンとしての性能・品質の上で問題点があることを
示しているというべきである。
(エ)さらに原告は,塵埃や唾液等の侵入,カプセルの前面板に加わる圧
,,力に対する対策も既に講じられていると主張するがその対策によって
それらの問題点がバックエレクトレットタイプと同程度にまで解消され
たのか否かは定かでない。
ウまとめ
このようにフロントエレクトレットタイプを含む兼用タイプには,バッ
クエレクトレットタイプと比べて,長所と短所の両面を有しているといえ
る。もしこれが,原告の主張するように,長所ばかりを有していて,短所
を有していないのであれば,特に本件考案については日本の実用新案権し
か取得していないのであるから,海外の携帯電話メーカーに広く採用され
てしかるべきものである。しかし,証拠(乙21)によれば,*****
*****************は,バックエレクトレットタイプの
みを採用していることが認められる。この理由について原告は,****
は複数調達先からの調達方針をとっているから,被告が本件実用新案権を
有していることが障害となって複数からの調達ができないからであると主
張するが,兼用タイプについては被告のほか松下電器産業と韓国のBSE
社が製造販売しているのであるから,それらメーカーから調達することは
可能なはずであるし,特に本件考案は日本においてのみ権利化されている
にすぎないのであるから,他の海外ECMメーカーから調達することも自
由になし得るはずである。このように考えると,****が兼用タイプを
採用しない理由は,被告が主張するとおり,その性能・品質面の問題を重
視する点にあると推認するのが相当である。
他方,このような問題点があるとしても,兼用タイプがECM市場の一
分野を構成しており,日系携帯電話メーカーの市場においては,被告のK
UFシリーズだけでも***********を有しているのも事実であ
る。とりわけ,本件考案は,松下発明(ホイルエレクトレットタイプのも
の)に比べて,振動膜を薄くすることができることによる前記ア(イ)記載
の利点がある。このことからすると,フロントエレクトレットタイプが抱
える問題点は,克服ないし軽減できないほどのものではなく,対策を施せ
ば,携帯電話メーカーの考え方次第では,その長所を重視して採用される
だけの性能を有しているということができる。
(6)松下電器産業との係争の経緯
後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア前記松下発明は,昭和60年5月20日に特許出願され,昭和61年1
1月22日に出願公開(特開昭61−265000号)された後,平成7
年4月19日に公告され(特公平7−36640号,乙3の2,同年1)
()。2月20日に特許第2000905号として設定登録された乙6の1
(),。出願公告時点での特許請求の範囲請求項1は次のとおりであった
天面を有する筒状金属ケースの前記天面を固定電極とし,前記天面
に対向して一定間隔をとる振動膜と,前記固定電極と導電性部材を
介して電気的接触を行う能動素子とを備えるエレクトレットコンデ
ンサマイクロホン
イ被告は,フロントエレクトレットタイプのECMを開発するに当たり,
上記松下発明ほか1件の松下電器産業の特許出願(特開昭61−2472
00号)との抵触の有無等を検討した。そして,当時被告に在職していた
原告が作成した技術報告書(平成3年6月13日付け。乙20)では,松
下発明については,特開昭57−107700号及び特開昭53−485
19号により拒絶できること,他1件の松下電器産業の特許出願について
も,公知文献により拒絶し得ることが結論されている。なお,上記技術報
告書で検討対象とされた被告の製品は「KUC27」であるが「金属ケ,
ース側にエレクトレット材を有する考え(乙20の4頁)の製品である」
()。からフロントエレクトレットタイプKUFシリーズと同型と解される
,,ウこうして被告は平成4年4月からKUFシリーズの販売を開始したが
松下電器産業は,平成9年11月18日付け書面により,被告に対し,上
記松下発明に係る特許権について通常実施許諾に応じる旨の通知(すなわ
ち,通常実施許諾契約を締結してライセンス料を支払えという要求)をし
た。しかし,これに対して被告側が公知文献を提示して,同特許は無効と
されるべきものであると主張したため,松下電器産業は,特許請求の範囲
の訂正審決を得た上で,平成12年9月25日,被告を相手方として特許
権侵害差止訴訟を提起し,同旨の仮処分を申し立てた(甲12)。
この時点の訂正審決後の特許請求の範囲は,次のようなものであった。
天面を有する筒状金属ケースの前記天面を固定電極とし,前記筒状金
,,属ケース内に配置され前記天面に対向して一定間隔をとる振動膜と
前記固定電極と導電性部材を介して電気的接触をおこなう能動素子と
を備えるエレクトレットコンデンサマイクロホン
これに対して被告は,同年12月28日,特許庁に対し,米国特許42
49043号公報(以下「米国公報」という)を主たる引用例として,。
松下発明の請求項1について無効審判を請求した。
エその審決及びその審決取消訴訟では,主たる引用例とされた米国公報に
は次の発明が記載されていると認定された。
天面を有する筒状導電性プラスチック製のバックプレートの前記天面
を固定電極とし,前記筒状導電性プラスチック製のバックプレート内
に配置され,前記天面に対向して一定間隔をとる振動膜を備えるエレ
クトレットコンデンサを備える音響電気変換器
そして,松下発明の請求項1と米国公報記載の発明(以下「米国公報発
明」という)との一致点として,次の点を認定した。。
天面を有する筒状導電体の前記天面を固定電極とし,前記筒状導電体
内に配置され,前記天面に対向して一定間隔をとる振動膜を備えるエ
レクトレットコンデンサを備える音響電気変換器である点。
そして,松下発明の請求項1と米国公報発明との相違点として,次の点
を認定した。
①前記音響電気変換器に松下発明の請求項1においては筒「」,,「
状導電体内に配置され,固定電極と導電性部材(筒状導電体)を介
して電気的接触を行う能動素子」が備えられているのに対して,米
国公報発明においては,能動素子が備えられていない点。
②前記「音響電気変換器」が,松下発明の請求項1においては「エ,
レクトレットマイクロホン」であるのに対して,米国公報発明にお
いては「エレクトレットトランスジューサ」である点。,
③前記「筒状導電体」が,松下発明の請求項1においては「筒状,
金属ケース」であるのに対して,米国公報発明においては「筒状,
導電性プラスチック製のバックプレート」で「ケース」と表現し,
ていない点。
その上で,審決及びそれに対する審決取消訴訟の判決も,米国公報発明
から,上記の相違点を克服して,松下発明の請求項1を想到することは,
当業者が容易になし得たものであるとして,松下発明の請求項1に係る特
許を無効とした。
オ上記の松下発明の請求項1について見ると,その特許請求の範囲の記載
は比較的広範なものであり,これを文言通りに理解するときには,フロン
トエレクトレットタイプのマイクロホンであれば広く構成要件を充足する
とも解されるものであり,本件考案さえも該当するかのように解されるも
のである。ちなみに,原告が被告に在職中の時期に,被告が開発中であっ
た製品であると思われるKUC27(前示のとおりフロントエレクトレッ
トタイプと認められる)と松下発明との抵触を検討した乙第20号証に。
おいても,KUC27は松下発明の請求項1と「同じ」であるとされてい
る。
また,その進歩性の有無についても,まず上記無効審決の主引用例とな
った米国公報は,上記乙第20号証においても公知例として取り上げられ
なかったものであるから,当業者であれば当然に認識するものとはいえな
い。また,松下発明の請求項1と米国公報発明の上記相違点についても,
それら相違点が当然に周知慣用技術に基づくものとはいえない。したがっ
,,,,て松下発明の請求項1については本件考案と異なり当業者にとって
出願について拒絶査定がされる又は特許に無効理由があることが比較的明
らかとはいえない。
他方,松下発明は,前記のとおり****************松
下電器産業の出願に係るものであり,被告と並んで兼用タイプのECMを
製造販売している主たるメーカーであるから,新たにフロントエレクトレ
ットタイプの製品市場に参入しようとする事業者であれば,当然,それと
の抵触の有無を調査するはずのものである。
以上の検討からすると,松下発明に係る特許権は,本件考案に係る本件
実用新案権に比べて,新規参入に対する高い障害事由になっていたものと
推認することができる。
(7)本件考案による被告の独占の利益について
,。以上の諸点を前提に本件考案による被告の独占の利益について検討する
ア被告は,平成17年4月18日までに納付すべき9年分の登録料(後記
のとおり4万3400円)を納付せず,権利期間を1年残して本件実用新
案権を消滅させている。このことは,少なくともその時点では,被告にお
いて,本件実用新案権を,年間わずか4万3400円の登録料を負担する
ほどの価値もないと判断したことを物語るものである。したがって,この
時点においては,本件実用新案権の独占の利益は皆無になっていたと認め
ることができる。
そして,直前の平成16年度の1年間に特に被告のKUFシリーズの売
上が激減したという事情や,その他本件実用新案権の価値を消滅させるよ
うな市場状況の変化が生じたことも窺われないこと(近年,いわゆるSiマ
イクがECMに取って代わりつつある傾向が生じているが,平成16年の
時点においてはまだECMが断然優位にある状態が続いている[乙16の
2,企業がその保有する特許権等の知的財産権を自ら消滅させるにつ]。)
いては,その事業上の価値を入念に見極めた上で行うはずのものであるこ
と,本件実用新案権の維持費(登録料)は,1年目から3年目は年間1万
1500円,4年目から6年目は年間2万1700円,7年目以降は年間
4万3400円(甲5)と少額であって,本件実用新案権の放棄を急ぐ必
要はないことからすると,被告は,少なくともそれ以前から,本件実用新
案権の価値に疑問を抱いてきたものと推認される。
もっとも,被告は,本件考案の実用新案登録出願後,審査請求をし,実
。,用新案権の設定登録後は毎年前記登録料を支払ってきているこのことは
被告において,ある時点以降は疑問を抱いていたにせよ,本件実用新案権
を独占権として保有する方が有利であろうと認識していたことを物語るも
のである。したがって,失効前の本件実用新案権による独占の利益は,上
記被告の認識と疑問をも一事情としつつ,他社に対する制約について個別
具体的にその有無を判断すべきである。
イ松下電器産業に対する独占の利益について
(ア)前記認定のとおり,松下電器産業は,自社が有する松下発明に係る
特許権を実施した兼用タイプのECM(以下「松下製品」という)を。
製造販売している。この松下製品は,日本国内市場における兼用タイプ
のシェアを被告との間でほぼ二分していると窺われる。したがって,松
下製品は,日本国内の兼用タイプの製品市場において一応の成功を収め
ていると評価することができる(なお,被告のKUFシリーズは,松下
製品に較べて優れている点があることは前記(4)ア(イ)のとおりである
が,製品全体としての優劣は,その点のみによって決定されるものでは
なく,これを認定するに足りる証拠はない。。)
ところで,松下製品に追加して本件考案を実施することはできないか
ら,松下電器産業が本件考案を実施するには,松下製品を別の製品に変
更しなければならない。しかし,製品の市場シェアは,部品や製造方法
・使用方法等製品の製造販売に必要な技術・情報の蓄積と設備投資の上
に成立っているものであるから,現在製品の変更は,これら既存の技術
・情報と設備投資の相当部分を捨て,新たな技術・情報の取得と設備投
資にコストをかけることを意味するが(松下製品では,例えばエレクト
レット振動膜の技術は不要となり,前面板に良質なエレクトレット層を
形成する技術が必要となる,変更後の製品が従来製品以上の市場シ。)
ェアを獲得できるという保証があるわけでもない。
松下電器産業のこのような状況からすると,仮に本件特許権を被告で
はなく原告が有しており,その使用許諾を受けることができる状況にあ
ったとしても,一応の成功を収めた松下製品を擁する同社にとって,ラ
イセンス料を支払ってまで本件考案を実施する必要性が存したかどうか
は,はなはだ疑問といわざるを得ない。
(イ)もっとも,本件考案には有利な点があることからすると,同社とし
ても本件考案を実施する必要性を感じていた可能性は,なお検討する必
要がある。
しかし,そのような必要性を感じたのであれば,本件考案は前記のと
おり松下電器産業自身の松下発明公報と周知技術に基づいて無効理由を
有することが比較的明らかなのであるから,松下電器産業としては,被
告考案に係る実用新案登録の無効審判を請求したはずである。しかし,
同社は,そのような無効審判請求を行っていない。この点について原告
は,松下電器産業がそのような無効審判請求をしなかったのは,本件考
案を実施した被告製品の市場シェアが圧倒的であったために,本件考案
に係る実用新案登録を無効としても,競争上無意味だと考えた可能性も
あると主張するが,兼用タイプの製品市場のシェアが松下電器産業と被
告とでほぼ二分されていたと窺われることは先に述べたとおりである。
また,松下電器産業は,平成12年9月25日に被告に対して,特許
権侵害差止めを求める訴訟等を提起している。しかし,松下電器産業が
被告に対して当初から通常実施許諾契約の締結を申し入れていたことか
らすると,同訴訟等を提起した同社の目的は,真に被告のKUFシリー
ズの製造販売を差し止めなければならないというものではなく,被告か
らライセンス料を徴収して利益をあげることにあったものと推認され
る。そうすると,松下電器産業は,本件考案はその実施を禁止しなけれ
ばならないような脅威ではなく,本件考案の実施品に対しては,自社製
品(松下製品等の競合製品)によって十分対抗できると認識していたと
考えられるのであり,この点からも,いくら有利な点があるとはいえ,
本件考案をライセンス料を支払ってまで実施する必要性を感じていたと
は考え難いところである。
(ウ)以上よりすると,松下電器産業は,本件実用新案権によってその事
業活動に何らかの抑制を受けたとは認められないから,同社に対する関
係で,被告に本件考案による独占の利益があったと認定することはでき
ない。
ウその他のECMメーカー(特にプリモ)に対する独占の利益について
(ア)兼用タイプのECMの市場は,****************
****************それ以後の数年間は携帯電話市場の
伸びとともに売上規模を増大させ,日系携帯電話メーカー向けの全EC
M市場においても,***********************
****(別紙2。このことからすると,近年は,世界全体の携帯電)
話向けECM市場での被告のKUFシリーズのシェアは低下が著しい
(別紙2)とはいっても,ECMメーカーにとって,兼用タイプの製品
市場は,事業展開上の魅力ある市場であったといえるようにみえる。
しかし,日本国内で兼用タイプのECMの製造販売を行っているメー
カーは,現在に至るまで松下電器産業と被告のみであることは先に認定
したとおりである。
(イ)このように他のECMメーカーが兼用タイプ(特にフロントエレク
トレットタイプ)の製品市場に参入しない理由については,本件実用新
案権が存在することが理由の候補としてあげられる。
しかし,本件実用新案登録が松下発明公報と周知技術に基づく無効理
,,由を有すること及びそのことが当業者にとって比較的明らかなことは
先に述べたとおりであるから,その他のECMメーカーが真に兼用タイ
プの製品市場に参入しようという意欲を有していたのであれば,本件考
案の存在にかかわらず実際に参入したか,本件実用新案登録の無効審判
請求をしたか,又は被告に対し無効理由があることを指摘して廉価での
実施許諾を求めるなど,何らかの動きに出たはずであると考えられる。
もっとも,他社が特許出願をしていたり特許権等を有している状況の
下では,たとえそれらに無効理由があると判断していたとしても,なお
。,リスクを慮って製造販売を差し控えるということも考えられるしかし
例えば現に被告は,KUFシリーズを開発するに際し,松下発明ほかの
松下電器産業の特許出願との抵触の有無やその拒絶可能性を調査・判断
しており,その結果,それらについて何ら公権的な判断がされていない
,,段階であるにもかかわらず拒絶可能であるとの自己の判断に基づいて
KUFシリーズの製造販売に踏み切っているが,このような態度が被告
のみに特有のものとは思われない。加えて,本件実用新案登録は,松下
発明に係る特許と比べて無効理由の存在が分かりにくいともいえないの
であるから,やはり上記のとおり考えられるところである。
(ウ)被告は,本件実用新案権を登録料不納付で消滅させる以前から,そ
の価値に疑問を抱いてきたものと推認されることは前示のとおりであ
る。
加えて,松下発明に係る特許権が平成16年2月27日の東京高裁判決
により無効となったから,その確定以後は松下発明の実施が,また被告
が本件実用新案権を平成17年4月18日に登録料不納付により消滅
(登録日は平成18年1月11日)させたから,その後は本件考案の実
施が,それぞれ自由にできるようになったにもかかわらず,現在に至る
まで,兼用タイプの製品市場に新たに参入したメーカーは存在していな
い。
これらの諸点からすると,何らかの理由(例えば参入困難な事情があ
りそれが予想収益を上回るなど)により,少なくとも近年は,他のEC
Mメーカーにとって,兼用タイプの製品市場に事業上の魅力がなくなっ
ていると推認することができる。そして,その理由が,近年急に発生し
たことを推認させる事情も窺えないから,以前から存在していた事柄で
はないかとも疑われるところである。
(エ)前記認定のとおり,兼用タイプのECMには,長所もあれば短所も
あり,製品として実用化するには短所を補う技術が必要になる。そして
被告も,KUFシリーズを販売したのは,被告考案によってノイズ対策
を開発した後のことであり,平成13年に洋白製のカプセルを使用する
ようになるまでは,すべて被告考案の技術を採用しており,その後も洋
白製のカプセルを使用しない製品(****)にはすべて被告考案の技
術を使用してノイズ対策を行っている。また,ノイズ以外にも兼用タイ
プのECMには品質上の問題があることは前記認定のとおりである。そ
して,被告は,これらの問題点に対して対策を施しているものの,**
*******************は,品質上の理由から,兼用
タイプを採用するに至っていない。
これらの諸点からすると,他のECMメーカーが実際に兼用タイプの
製品市場に参入しようとする場合には,これらの品質上の問題点に対し
て対策を施す必要があることになる。この技術の有無は,他のECMメ
ーカーが兼用タイプの製品市場に参入する障害となり得るということが
できる。
(オ)被告及び松下電器産業の兼用タイプのECMの販売が開始された平
成4年の時点では,本件考案以外に松下発明公報が頒布(出願公開)さ
れており,松下発明は本件考案に先立つ平成7年4月19日に出願公告
された。そして,出願公告時の松下発明の特許請求の範囲(請求項1)
の記載は,その文言のみに従う限り,被告の本件考案をも含む,およそ
兼用タイプのECMのすべてを包含し得る広範なものであったというこ
とができる。また,先に述べたように,松下発明に係る特許は,最終的
,,には米国公報発明を主引用例として無効とされたが本件考案のように
当業者にとって無効理由を有することが比較的明らかとはいえないもの
であった。
他のECMメーカーにとって,このような松下発明に係る特許の存在
が,新たに兼用タイプの製品市場に参入することを考えるに当たって大
きな障害となったことは明らかであり,実際に松下電器産業が,平成1
2年に被告に対して特許権侵害訴訟を提起したことも影響を与えたと考
えられる。
(カ)以上の諸点を総合すると,被告が登録料を負担して本件実用新案権
を維持してきたことは事実であるものの,他のECMメーカーがそもそ
もフロントエレクトレットタイプの製品市場に参入しなかった主たる理
由は,松下発明に係る特許権の存在,兼用タイプの品質,製品市場自体
の事業上の魅力に存すると考えられるのであって,当業者に比較的明ら
かな無効理由のある本件実用新案登録によって,他のECMメーカーの
事業活動が抑制され,本件実用新案権によって被告に独占の利益があっ
たとは認めるに足りないというべきである。
エ以上より,本件考案に係る本件実用新案権により被告が独占の利益を得
たと認めるに足りる証拠はないといわざるをえない。
2争点(1)(独占の利益の存否及び額)のうち,本件発明に関する点について
(1)本件発明についても,本件考案と同様,独占の利益の存否に影響を与え
ると考えられる諸要素について検討して,本件発明による独占の利益の存否
について判断する。
(2)被告による本件発明の実施の有無
ア本件発明の請求項1の構成要件は,次のとおりである。
振動板と,その後面側に配置された電極板としての背極板と,背極板
の振動板側の表面に形成されたエレクトレット層とでコンデンサ部を
形成するバックエレクトレット方式のエレクトレットコンデンサマイ
クロホンにおいて,前記背極板は背極板となる素材の表面にFEPの
微粒子が分散されたスプレー液を噴霧した後,焼成してエレクトレッ
ト層とし,かつ所望の形状に加工されたものであり,前記スプレー液
は,FEPの微粒子が分散されるとともに,増粘剤又は界面活性剤が
混入され,かつ純水で希釈されたものであって,粘度が30c.p.,温
度が25℃以下となっているものであることを特徴とするエレクトレ
ットコンデンサマイクロホン。
他方,証拠(乙13・本件発明の公開前である平成11年6月4日付け
の*********作成に係る被告宛ての「エレクトレット材製品納入
仕様書)及び弁論の全趣旨によれば,被告が************」
エレクトレット層を形成する方法でECMを製造する際に,上記****
*において使用している方法は,次のとおりであると認められ,これ以後
にこの製造方法が変更されたことを認めるに足りる証拠はない。
*******************************
******************************
***
*******************************
***************
*******************************
以上によれば,被告が実施している製造方法では,その使用するスプレ
ー液について,本件発明の「粘度が30c.p.,温度が25℃以下」との構
成要件を充足していないから,被告は本件発明を実施していないと認めら
れる。
この点について原告は,被告の上記方法は本件発明の明細書に記載され
た実施例に記載された条件と全く同じか,又は前者が後者に含まれている
と主張する。しかし,被告が本件発明を実施しているか否かは,その排他
的独占権の対象である特許請求の範囲の記載に基づいて決すべきであるか
ら,この原告の主張は,前記認定判断に影響を及ぼすものではない。
イなお原告は,スプレー液の「粘度が30c.p.,温度が25℃以下」との
構成要件は,被告が出願過程で不必要かつ不用意に補正をしたことによっ
て加えられたものであると主張する。
発明について特許を受ける権利を譲渡した場合,譲渡人は,譲受人が明
細書及び図面(以下,単に「明細書」という)を正しく記載できるよう。
に,当該発明の内容を適切に譲受人に教示しなければならない。そして,
普通は,譲渡人の上記教示に基づいて出願当初の願書に添付された明細書
(以下「当初明細書」という)が記載されるから,当初明細書の記載に。
当たり譲受人が譲渡人の明示の教示に反した等の特段の事情のない限り,
当初明細書に記載された内容が,譲渡人が譲受人に教示した発明(すなわ
ち,譲渡に係る発明)であったものと推認される(逆にいえば,譲受人は
適切な教示を受けるまでは当該発明を知ることができないから,特段の事
情のない限り,譲受人に当初明細書の記載の不足・不備の責を負わせるこ
とはできない。。)
したがって,出願過程を問題とするときは,譲受人の行為が不必要・不
用意であったか否かは,当初明細書を基準として判断されるべきである。
(ア)証拠(乙8)によれば,本件発明の出願公開当時の特許請求の範囲
及び明細書の記載は,次のとおりであったと認められ,弁論の全趣旨に
よれば,当初明細書の記載も同じであったと認められる。
a特許請求の範囲
(a)請求項1
振動板と,その後面側に配置された電極板としての背極板と,背
極板の振動板側の表面に形成されたエレクトレット層とでコンデン
サ部を形成するバックエレクトレット方式のエレクトレットコンデ
ンサマイクロホンにおいて,前記背極板は背極板となる素材の表面
にFEPの微粒子が分散されたスプレー液を噴霧した後,焼成して
エレクトレット層とし,かつ所望の形状に加工したものであること
を特徴とするエレクトレットコンデンサマイクロホン。
(b)その他の請求項の概要
請求項2及び3は請求項1をカプセルの前面部の裏面又はカプセ
ルに取り付けられた電極板の裏面にエレクトレット層を形成したフ
ロントエレクトレットタイプについて適用したもの,請求項4は請
求項1ないし3においてスプレー液に増粘剤又は界面活性剤が混入
されたもの,請求項5は請求項1ないし4においてスプレー液に増
粘剤又は界面活性剤が混入され,かつ純水で希釈されたものであっ
て,粘度が30c.p.,25℃以下となっているものである。
請求項6ないし10は,それぞれ請求項1ないし5のエレクトレ
ットコンデンサマイクロホンの製造方法である。
請求項11は,請求項6ないし10のエレクトレットコンデンサ
マイクロホンの製造方法において,エレクトレット層を形成する焼
成の工程の後に,再度の焼成を行うものである。
請求項12は,請求項6ないし11のエレクトレットコンデンサ
マイクロホンの製造方法において,素材の表面にFEPの微粒子が
分散されたスプレー液を噴霧する工程と,この素材を焼成して表面
にエレクトレット層を形成する工程とを複数回繰り返して行うもの
である。
請求項13は,請求項6ないし12のエレクトレットコンデンサ
マイクロホンの製造方法において,素材が,アルミニウム板,真鍮
板,ステンレス板又はチタン板をロール状に巻回したものである。
b発明が解決しようとする課題【0013】
従来のようにエレクトレットコンデンサマイクロホンにエレクトレ
ット層の厚さ等のばらつきに起因する性能の個体差を生じることがな
く,しかもより高性能で,製造の容易なエレクトレットコンデンサマ
イクロホンとすることができるエレクトレットコンデンサマイクロホ
ン及びその製造方法を提供することを目的としている
c発明の実施の形態
(a)…エレクトレット層形成工程は,高分子FEPの微粒子を分散
したスプレー液100を真鍮板200上に噴霧する工程と,高分子
FEPの微粒子を分散したスプレー液100が噴霧された真鍮板2
00を加熱してエレクトレット層5を焼成し,分極する工程とを有
している(0028。…高分子FEPの微粒子を分散させたス【】)
プレー液100としては,例えばダイキン工業株式会社製のネオフ
()。ロン商標FEPディスパージョンであるND−1が適している
このND−1は,粘度が10∼30c.p.,25℃であり,背極板4
となる真鍮板200へのスプレーに適している(0029。次【】)
に,…前記スプレー液100がスプレーされた真鍮板200を加熱
してスプレー液100に含まれる有機溶媒110を除去してエレク
トレット層5のベースとなる高分子FEPの微粒子が堆積した薄膜
50を形成する。ここでは電気炉により,300℃程度の雰囲気温
度で20分程度加熱する。この加熱によって有機溶媒110のみが
除去され,高分子FEPの微粒子が堆積した薄膜50が真鍮板20
0の上に形成される(0031。【】)
(b)なお,上述した実施の形態では,スプレー液100として,ダ
イキン工業株式会社製のネオフロン(商標)FEPディスパージョ
ンであるND−1を用いたが,このND−1に,DS−101(ユ
ニダイン社製,EV−1300(ユニセフ社製,ポリスタOM))
(日本油脂社製)等の増粘剤,界面活性剤を混入し,その粘度は3
,(【】)。0∼90c.p.25℃としたものを使用してもよい0036
(c)例えば,このスプレー液100を純水で希釈し,粘度を30c.
p.,25℃とした希釈スプレー液を用いると,エレクトレット層5
(【】)。,のエレクトレット電位の残存率が向上する0037例えば
スプレー液100と純水との比率を1:4の割合で混合した希釈ス
プレー液を用いると,図3に白丸印で示すように,エレクトレット
電位の残存が向上する。すなわち,背極4を150℃の雰囲気内に
長時間晒してもエレクトレット層5のエレクトレット電位は安定し
ているのである(0038。このエレクトレット電位の残存率【】)
が向上するのは,その詳細な理由には不明確な部分は残るが,粘度
を低下させたことにより表面粗さの少ないエレクトレット層5が形
成されるためであると考えられる(0039。【】)
(d)また,背極4として完成したものを再焼成すると,エレクトレ
ット電位の残存率がさらに向上することが確認できた。例えば,3
30℃で10分の焼成を行った場合には,図3に黒丸印で示すよう
に,純水で希釈した希釈スプレー液を用いた場合よりもエレクトレ
ット電位の残存率が向上したことが確認できた(0040。こ【】)
の理由としては,FEPの結晶化度,結晶性がより高くなったとい
う理由が考えられる(0041。【】)
(e)さらに,スプレー液100を噴霧した後に焼成するという工程
を繰り返して行うと次のようになる。例えば,前記ND−1に増粘
剤としてのポリスタOM(日本油脂社製)を混入し,粘度を35∼
40c.p.,25℃としたスプレー液100を噴霧した後,330℃
で20分間焼成した後,再度スプレー液100を噴霧し,前記と同
じ条件で焼成すると,より安定したエレクトレット層5とすること
ができた(0042。この理由は,次のように考えられる。1【】)
回目のエレクトレット層5の形成では,エレクトレット層5の膜厚
にばらつきがあったり,ピンホールがあったりしてエレクトレット
層5の平坦度に問題があるが,2回目のエレクトレット層5の形成
により,ピンホールが無くなって平坦度が向上した膜厚の均一化さ
れたエレクトレット層5となるのである(0043。また,1【】)
回目のエレクトレット層5は,背極板4と2回目のエレクトレット
層5とのいわば接着剤としての役目を果たすものであると考えるこ
ともできる(0044。【】)
(イ)証拠(乙9)によれば,これに対して特許庁審査官は,平成14年
9月11日,被告に対し,本件発明は,いずれも特開昭59−1019
98号公報,特開平8−107599号公報及び特開昭53−5254
3号公報に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることが
できたとして,拒絶理由を通知した。
後掲各書証によれば,これらの引用例に記載された内容は,次のとお
りであると認められる。
a特開59−101998号公報(乙10の1。以下「引用例1」と
いう)。
(a)発明の名称
エレクトレット装置とその製造方法
(b)特許請求の範囲(請求項4)
所定の振動特性を有する金属板と該金属板と所定の距離を隔てて
対向的に設けられた固定板を具備するエレクトレット装置の製造方
,,法において前記金属板の一方の面または前記固定板の一方の面を
印刷,スプレイ,塗装等により高分子材料を薄膜状に被覆し,乾燥
焼付けにより固着し,分極帯電させてエレクトレット膜を形成させ
ることを特徴とする,エレクトレット装置の製造方法。
(c)実施例(3頁左上欄12∼20行目)
…振動性薄板31の表面に微細な高分子材料,例えばフッ素樹脂
系材料としてはFEP…樹脂を印刷,塗布又はスプレイなどによっ
て均一に薄膜状に付着させ,FEP膜32を形成させる。…薄板3
1上に形成された膜32を乾燥焼付などにより乾燥させながら,膜
32を薄板31に固着させる。
(d)効果(3頁右下7∼11行目)
…上記振動性エレクトン板の製造方法は,従来方法に比しFEP
フィルムに電極を付着する過程,FEPフィルムに張力を付与する
過程が不要になり,製造時間の短縮,品質の向上及び低価格化が図
れるという利益を有する。
(e)第5図には,このような振動性エレクトレット板3を包含する
エレクトレット装置を組み込んだエレクトレットマイクロフォンが
示されている。
b特開昭53−52543号公報(乙10の3。以下「引用例3」と
いう)。
(a)発明の名称
防火塗料
(b)発明の詳細な説明の要旨
従来の防火塗料は,ラテックスに,多量の無機質粉末とアスベス
トを添加して泥漿状とし,コテ塗りにより塗工が行われていたが,
コテ塗りは多大の労力を要する等の問題点があった。他方,防火塗
料をスプレー塗装することも考えられるが,規則上,アスベストの
使用濃度が5%以下とされていることから,このように低いアスベ
スト濃度では塗装膜がズリ落ちる等の問題点があった。
そこで,本発明では,ポリクロロプレンラテックスのポリクロロ
プレン分100重量部あたり無機質粉末50∼200重量部,増粘
剤1∼20重量部,界面活性剤0.5∼20重量部並びに組成物全
体の5%以下のアスベスト短繊維を添加した組成物を主成分とする
吹付け用防火塗料を発明したものである。これによれば,アスベス
トが全体の5%以下であっても塗布層のずり落ちがなく,スプレー
塗装により容易に施工することができる。
(ウ)証拠(乙12)によれば,被告は,この拒絶理由通知に対し,主と
して特許請求の範囲について,スプレー液を「FEPの微粒子が分散さ
れるとともに,増粘剤又は界面活性剤が混入され,かつ純水で希釈され
たものであって,粘度が30c.p.,温度が25℃以下となっている」も
のに限定する補正を行い,意見書(乙11)を提出したことが認められ
る。そして,本件発明は,この内容により特許査定を得て,特許権とし
て設定登録されるに至ったものである。
ウ前記のような本件発明の出願公開当時の明細書の記載によれば,本件発
明の特徴は,バックエレクトレットタイプ及びフロントエレクトレットタ
イプのECMにおいて,固定電極にエレクトレット層を形成する方式とし
て,従来のFEPフィルムを溶着する方法に代えて,FEPの微粒子を分
散させたスプレー液を塗布する方法によった点に特徴を有するものであ
り,さらにそのスプレー液や各種の工程を工夫した点に特徴を有するもの
とされていると認められる。
他方,前記拒絶理由通知に記載された引用例の記載によれば,①ECM
の固定電極をエレクトレット化する方法において,電極にFEPフィルム
を溶着する方法に代えて,FEPの微粒子を分散させたスプレー液を噴霧
する方法を用いることは,引用例1に記載されていたところである。
また,引用例3には,防火用スプレー塗料において,スプレー液の粘度
を調整するために原液に増粘剤や界面活性剤を添加することが記載されて
いる。そして,引用例3の塗料は防火用のものであるが,その発行年が昭
和53年であることからすると,一般にスプレー塗料に増粘剤や界面活性
,,剤を添加することによって粘度を調整して塗膜の固着を確保することは
本件発明の出願当時には周知の事柄であったと推認される。
そうすると,このような引用例1及び引用例3の記載からすると,EC
Mの固定電極をエレクトレット化する方法において,電極にFEPフィル
ムを溶着する方法に代えて,FEPの微粒子を分散させたスプレー液を噴
霧する方法を用いること,及びその際にスプレー液に増粘剤,界面活性剤
及び純水を添加することによって粘度を調整して,塗膜の固着を確保する
,。,ことは当業者が容易に発明することができたものといえるしたがって
それにもかかわらず本件発明が進歩性を認められるには,例えば,①それ
ら増粘剤等の添加量を特定のものとした場合に顕著な効果が得られること
を示して,発明の内容をそれに限定するとか,あるいは,②単にスプレー
液を噴霧するだけでない,特別の工夫を加えることによって顕著な効果が
得られることを示して,発明の内容をそれに限定するといった補正を行う
必要があったものというべきである。
,,この観点からすると上記①の観点から補正を行う根拠の記載としては
先に引用した【0036】の記載があり,ここでは「増粘剤,界面活性剤
を混入し,その粘度は30∼90c.p.,25℃としたものを使用してもよ
い」との記載がある。そして,この場合のエレクトレット電位の残存率。
「」。については明細書の図3の増粘したエレクトレットとして記載がある
しかし,この数値範囲とした場合に,特に顕著な効果が得られることにつ
いての記載及びその裏付けは明細書にないから,この数値範囲によって発
明の内容を限定する補正をしても,その進歩性を基礎づけることはできな
い。したがって,被告がこの内容の補正をしなかったからといって,それ
を不適切とすることはできない。
次に同じく上記①の観点から補正を行う根拠の記載としては,先に引用
した【0037】及び【0039】の記載があり,ここでは「このスプ,
レー液100を純水で希釈し,粘度を30c.p.,25℃とした希釈スプレ
ー液を用いる」との記載がある。そして,これによる場合の効果は,図3
において「純水で希釈したエレクトレット」として,純水で希釈しない,
「増粘したエレクトレット」と比較して,エレクトレット電位の残存率が
向上することが裏付けられている。したがって,この数値範囲によって発
明の内容を限定する補正をすれば,その進歩性を基礎付けることができる
ことになる。被告は,まさにこの内容の補正をしたものである。
次に,上記②の観点から補正を行う根拠の記載としては,先に引用した
【0040】及び【0041】の記載があり,ここでは「背極4として,
完成したもの」を「330℃で10分」の「再焼成」をすると「純水で,
希釈した希釈スプレー液を用いた場合よりもエレクトレット電位の残存率
が向上したことが確認できた」との記載がある。そして,これによる場。
合の効果は,図3において「再焼成したエレクトレット」として「増,,
粘したエレクトレット「純水で希釈したエレクトレット」と比較して,」
。,エレクトレット電位の残存率が向上することが裏付けられているしかし
これらの記載によっても,図3の「再焼成したエレクトレット」に用いた
,()(【】)スプレー液が単なるND−1ダイキン工業株式会社製0029
なのか,ND−1に増粘剤や界面活性剤を混入したもの(0036)【】
なのか,このスプレー液100を純水で希釈して粘度を30c.p.,25℃
とした希釈スプレー液(0037)なのかが直ちに一義的明らかとい【】
うわけではない。そうすると,被告が,このような当初明細書の記載を踏
まえて【0037】の記載に基づき,再焼成を行うことを特徴とする方,
法に係る特許請求の範囲(請求項7)について,スプレー液が「増粘剤又
は界面活性剤が混入され,かつ純水で希釈されたものであって,粘度が3
0c.p.,温度が25℃(請求項4ないし6を引用)とする補正をしたこ」
とは,上記の種々の可能性の中で最も確実なものに限定したということが
できるから,被告がした上記補正が,不必要・不用意なものであったとは
いえない。
最後に,同じく上記②の観点から補正を行う根拠の記載としては,先に
引用した【0042】ないし【0044】の記載があり,そこでは「例,
えば,前記ND−1に増粘剤としてのポリスタOM(日本油脂社製)を混
入し,粘度を35∼40c.p.,25℃としたスプレー液100を噴霧した
後,330℃で20分間焼成した後,再度スプレー液100を噴霧し,前
記と同じ条件で焼成すると,より安定したエレクトレット層5とすること
ができた」との記載がある。しかし,この方法によった場合に,特に顕。
著な効果が得られることについての裏付けは明細書に記載がないから,こ
の数値範囲によって発明の内容を限定する補正をしても,その進歩性を基
礎づけることはできない。したがって,被告がこの内容の補正をしなかっ
たからといって,それを不適切とすることはできない。
以上によれば,被告が不必要・不用意な補正をしたとの原告の主張は理
由がない。
(3)本件発明による被告の独占の利益について
先に述べたとおり,被告は,本件発明の方法を実施しておらず,本件発明
による数値範囲外の方法を実施していると認められる。一般に営利を追求す
る企業は,その能力の範囲内で,品質や費用等の面から最も自己に有利な効
果を奏する技術を実施するものであるから,被告が,本件発明による特許権
を有しているにもかかわらず,その数値範囲外の技術を実施しているという
ことは,本件発明の方法よりも,実際に被告が実施している方法の方が品質
や費用等の面から優れているということを推認させるものである。
そうすると,被告が現に実施している,より優れた方法については,本件
発明の効力は何ら及ばず,したがって競業者も自由に実施することができる
のであるから,本件発明の存在によって他のECMメーカーの事業活動が抑
制され,本件発明によって被告に独占の利益があったとは認められないとい
うべきである。
,,この点について原告は被告が本件発明の方法を実施していないとしても
本件発明の実施を特許権によって禁止することで,その代替方法による売上
げに貢献があれば,それは当該職務発明による使用者の受けるべき利益に値
すると主張する。しかし,上記の点からすれば,本件においては,本件発明
の実施を特許権によって禁止することで,被告が実際に使用していた方法に
よる売上げに貢献があったとは認められない。
3結語
以上の次第で,本件実用新案権及び本件特許権には独占の利益が認められな
いから,本件考案及び本件発明により被告が受けるべき利益の額があるとは認
められない。以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件考
案及び本件発明の実用新案登録及び特許を受ける権利を被告に承継したことに
対する相当な対価を認めることはできないから,原告の請求にはいずれも理由
がない。
よって,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官山田知司
裁判官高松宏之
裁判官村上誠子

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