弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人竹之内明ほかの上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にす
る判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をい
う点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,刑
訴法405条の上告理由に当たらない。
以下,所論にかんがみ,第1審判決判示第二の融資に係る特別背任罪(平成
2年法律第64号による改正前の商法486条1項)における被告人のいわゆ
る図利加害目的につき,職権をもって検討する。
1本件融資は,中堅総合商社であった伊藤萬株式会社(平成3年1月1日
に「イトマン株式会社」と商号変更。以下「イトマン」という。)が,平成2
年4月2日,不動産業等を目的とする株式会社協和綜合開発研究所(以下「協
和」という。)の子会社である株式会社瑞浪ウイングゴルフクラブに対して,
230億円余を貸し付けたというものであるところ,原判決及び原判決が是認
する第1審判決の認定によれば,本件に関する事実関係は,次のとおりである。
(1)被告人は,株式会社住友銀行取締役から転じて,昭和50年12月から
平成3年1月25日まで,イトマン代表取締役社長の地位にあり,その業務全
般を掌理していたものである。被告人は,経営危機にひんしていたイトマンの
再建に取り組み,昭和53年には復配にこぎつけたが,その後は経営多角化に
よる新規事業への進出の失敗等により経営状況が悪化したため,メインバンク
の住友銀行から後任社長を送り込まれ,社長の地位を追われる事態となること
を痛く危ぐし,同銀行の意向をはねのけて自己の地位を保持するためには,何
としてでも自己の最大の実績である毎期連続の増収増益を維持しなければなら
ないと思い定め,不動産融資案件関連での企画料等の名目で見せかけの利益を
計上してでも公表予想経常利益を達成しようと,当面の決算対策用の利益計上
の材料探しに躍起となっていた。
(2)被告人は,平成元年8月3日ころ,東京都中央区銀座の400坪余りの
土地(以下「銀座物件」という。)の地上げを遂げるとともに,岐阜県内にお
いて瑞浪ゴルフ場等2か所のゴルフ場開発を計画するなどしていた協和の代表
取締役社長Aを紹介されたが,折から高金利時代を迎え,不動産業者への単な
るファイナンス業務では利益が薄いのに対して,ゴルフ場等の開発プロジェク
トであれば,当初は融資を行い,最終的にプロジェクトごと買い取ってイトマ
ンで事業展開をすれば,融資時点で多額の企画料が取れる上,リスクはあるも
のの将来大きな利益が出る可能性もあるとの思惑を抱き,Aに対し,同人が有す
るプロジェクト(以下「協和プロジェクト」という。)をイトマンの資金提供
の下に共同事業として遂行していくことを提案した。そして,被告人は,当時
資金繰りに窮していたAから,銀座物件の状況や同物件関連の協和等の借入金
額について説明を受けるや,イトマンが将来事業として取り組む場合の採算性
等について全く調査,検討することなく,銀座物件関連での協和等の債務全額
を肩代わりすることを決め,ノンバンク2社からの借入金436億円余は,同
年11月中にイトマンから資金を貸し付けて肩代わりし,残る1社からの借入
金230億円は,将来瑞浪ゴルフ場への融資名目で,金利分を含めて出金して
返済に充て,同ゴルフ場の関係でも企画料を取ることなどを部下に指示した。
そして,被告人は,同月6日,イトマン東京本社に副社長らを集め,協和プロ
ジェクトにイトマンの事業として共同して取り組んでいく旨の方針を表明し,
同月20日には,イトマンから子会社を介して協和に対し,前記436億円余
に金利を上乗せした465億円の融資が実行された。
(3)平成2年1月下旬ころ,被告人は,既に130億円と公表していた同年
3月期の予想経常利益について,財務経理担当副社長から,約100億円が不
足する旨の報告を受けたため,同人に対し,Aと相談して,協和プロジェクトを
利用した決算対策用の利益出しを行うよう指示する一方,Aにも,100億円を
企画料などとしてイトマンに入金し,3月末の利益出しに協力するよう要請し
た。Aは,同年2月1日付けでイトマン理事を委嘱されて社長室直轄の企画監理
本部長となっていたが,上記要請を受けて決算対策用の利益出しのためのプロ
ジェクト選定作業を進める一方,被告人に対し,かねて約束の借入金230億
円の肩代わり融資を実行するよう求めた。被告人は,既にその肩代わりを了承
していたとはいえ,その実行の時期等については確定していなかったところ,
当面の最優先課題である公表予想経常利益達成のための約100億円の利益出
しにはAの協力が不可欠であると考え,瑞浪ゴルフ場への融資の関係でもイト
マンに企画料を入れてもらおうと意図して,その要求に応ずることとした。
(4)かくして,被告人は,イトマン代表取締役社長として有していた任務に
背いて,協和が弁済すべき前記230億円の返済資金をねん出するため,債権
保全のための適切な担保徴求等の措置を講ずることなく,瑞浪ゴルフ場の開発
工事資金名目で,本件融資を実行した。被告人は,本件融資に際して,銀座物
件のビル建築等による開発計画は採算の取れる見通しがなく,その資産価値や
利用価値にも疑問があることを認識しており,さらに,瑞浪ゴルフ場の開発利
益や,協和プロジェクトの一つとして挙げられていた関ゴルフ場の会員権独占
販売権による取得利益などを含めても,これらが実質無担保で実行される本件
融資を補うに足りるような性質のものではないことについて認識していた。な
お,本件融資に関連したA側からの企画料の取得は,それに見合う役務の提供
がないばかりでなく,イトマンからの融資金の流用を黙認するなどしてA側の
資金の便宜を図った上で,期末に集中して企画料を入金させ,実質的にイトマ
ンの資金を還流させたにすぎないという性格のものであった。
2【要旨】以上によれば,被告人が本件融資を実行した動機は,イトマン
の利益よりも自己やAの利益を図ることにあったと認められ,また,イトマン
に損害を加えることの認識,認容も認められるのであるから,被告人には特別
背任罪における図利目的はもとより加害目的をも認めることができる。したが
って,被告人につき図利加害目的を認めた原判断は,結論において正当である。
よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見
で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官濱田邦夫裁判官上田豊三裁判官藤田宙靖裁判官
堀籠幸男)

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