弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件特別抗告を却下する。
     抗告費用は抗告人の負担とする。
         理    由
 抗告理由は末尾に添附した別紙記載のとおりである。
 原決定は、抗告人から相手方に対する東京地方裁判所昭和二五年(ヨ)八八七号
賃金仮処分申請事件につき同年四月一九日同裁判所のなした仮処分判決に対し相手
方から控訴の申立のなされたことを事由として、民訴五一二条五〇〇条に従い、右
控訴事件の判決あるまで前示仮処分判決の執行停止を命じたものであることは、一
件記録に照らし明らかである。
 思うに民訴五〇〇条の規定は、再審の訴等のあつた場合、将来その訴が理由あり
原判決が取消されるようなことのあるべきを考慮して裁判所は予め当該判決の執行
の一時の停止又は既になされた強制処分の取消等を命じ得るものとし、これによつ
て不当に強制執行のなされることを防止する方途を開いたものであり、また、仮執
行宣言付判決に対し上訴の申立等のあつた場合においても、同様の事情の存するこ
と勿論であるから、同法五一二条の規定が設けられたのである。然るに仮処分の裁
判はそれが判決でなされたときにおいても、係争物に関するもの(同法七五五条)
たると仮の地位を定めるもの(同七六〇条)たるを問わず、要するに将来本案訴訟
において確定せらるべき請求につきその固有給付を保全するに必要な緊急措置を講
ずるものたるに過ぎない。従つてかゝる仮処分判決が執行されるとしても、そこに
実現されるものは、本案判決に基ずく強制執行が権利の終局的満足を招来するのと
異なり、原則として権利保全に必要な仮の措置たる範囲を出でない筈なのである。
されば仮処分判決に対し、たとい上訴の申立があり、将来その判決の取消又は変更
される可能性が予見される場合であつても、予めその執行を停止する等一時的応急
の措置を講ずる必要は存在しないのである。のみならず若し民訴五一二条を準用し
て仮処分判決に対して上訴の提起されたことを理由として保証を立てしめ簡易にそ
の執行の停止を求め得るものとすれば、固有給付保全のためにする緊急措置を講ず
ることを内容とする仮処分はその執行を停止されることにより、仮処分の裁判その
ものを取消されたのとほゞ同一の結果を招来することとなり、緊急事態に対してな
される緊急措置たる効果を阻害されるに至り仮処分制度による特別保護の目的を滅
却することとなるのである。一般に仮処分を以て仮処分裁判の執行を停止すること
が許されないといわれ、また、民訴七五九条において、「特別ノ事情アルトキニ限
リ保証ヲ立テシメテ仮処分ノ取消ヲ許スコトヲ得」る旨規定されていることを思え
ば原則として仮処分の執行につき民訴五一二条を準用することの不可なる所以を了
解することができるであろう。しかしながら各場合において具体的になされた仮処
分の内容が、権利保全の範囲にとゞまらずその終局的満足を得せしめ、若くはその
執行により債務者に対し回復することのできない損害を生ぜしめる虞あるようなも
のであるならば、その執行は実質上終局的執行のなされた場合と何等えらぶところ
はないのであるから、この場合においてのみ、例外として民訴五一二条を準用する
必要あるものといわざるを得ない。
然るに本件東京地方裁判所の仮処分判決は、「被申立人は別冊(全一九冊)目録記
載の申立人組合の組合員に対し、それぞれ一人金六〇五円づつの金員を支払わなけ
ればならない。」というのであり、これを執行するにおいて保全すべき請求の終局
的実現を招来する虞あるものたることその内容自体に徴して明らかである。従つて
原審が本件において民訴五一二条に従い右判決の執行停止を命じたことは、何等の
違法もない。また、同条所定の執行停止等の措置は、前説示のような理由にもとず
きなされるものであり、もとより、本案である上訴の理由があるか否かを判断した
上でなければこれをなし得ないというものではない(民訴五四七条二項参照)。原
審も亦所論停止決定をなすに際し、本件仮処分判決に対する上訴が理由あるか否か
の点その他憲法の保障する所論の労働基本権乃至生存権の存否等については、何等
の判断をもしていないことは、原決定を一読して容易に了解し得るところである。
されば原審が該停止決定をなすことにより、憲法二五条の生存権及び同法二八条の
労働者の団結権を否定したものであるとの所論は、原決定を正解せず、存在しない
原審の判断を前提として違憲論を試みるものに外ならないのであり、特別抗告適法
の理由となすに足りない。次に当事者を審訊することなく停止決定をなしたことを
違法とする所論に至つては、単なる手続法違反を云為するものであり、かゝる理由
にもとずき特別抗告をなし得ないことは勿論である。のみならず元来所論の停止決
定は受訴裁判所において当事者を審訊することを要せずしてなし得るところであり、
この点に関しても原審に何等手続上の違反は存在しない。
 よつて訴訟費用につき民訴九五条八九条に従い主文のとおり決定する。
 以上は裁判官全員一致の意見である。
  昭和二五年九月二五日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    塚   崎   直   義
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    穂   積   重   遠
 裁判官栗山茂は出張につき署名押印することができない。
         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

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