弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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          主        文
    本件控訴を棄却する。
    控訴費用は控訴人の負担とする。
          事 実 及 び 理 由
第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴人
  (1) 原判決を取り消す。
  (2) 控訴人と被控訴人との間の原判決別紙物件目録記載の建物(本件建
物)についての駐車場付建物賃貸借契約の賃料が,平成13年9月1日以降月額
600万円であることを確認する。
 2 被控訴人
   控訴棄却
第2 事案の概要
 1本件は,控訴人が被控訴人に対し,被控訴人から賃借している原判決別紙
物件目録記載の建物(本件建物)につき,平成7年7月に賃料額を656万7600
円として締結された駐車場付建物賃貸借契約(本件賃貸借契約)の賃料が,平成
11年8月1日から平成13年8月31日までは月額556万7600円,平成13年9
月1日以降は月額518万1000円に減額されたことの確認を求めるとともに,従
前の賃料額の支払義務があることを前提に被控訴人のした未払賃料等(控訴人
が賃料から差し引いた空調機の修理代を含む。)と保証金返還請求権の相殺(本
件賃貸借契約では,控訴人が支払った保証金6億0449万0528円を平成7年7
月12日以降年3パーセントの利息を付して分割返済することになっていた)が無
効であるとして,その分の保証金2695万6672円及びこれに対する遅延損害金
の支払を求めた事案である。
 原判決は,控訴人の請求を棄却した。これに対し,控訴人が賃料減額確認請求
の一部について不服を申し立てたものである(保証金返還請求については当審で
訴えを取り下げた。)。
 2 以上のほかの事案の概要は,次のとおり付加するほか,原判決事実及び理
由欄第2ないし第4記載(1頁以下)のとおりであるから,これを引用する。
 (控訴人の当審における主張)
  原判決は,本件賃貸借契約は,いわゆるバブル崩壊後に成立したとした。そ
のうえで,原判決は,原判決別紙物件目録記載の土地(本件土地)の周辺の土地
の価格は下落していると認定しつつ,平成11年度及び平成13年度の地価下落
率を根拠に,本件で,当事者の予測できない経済事情の変動があり,従前の賃
料額が著しく不相当になったとまで認めることはできないと判断した。
 しかし,本件賃貸借契約が締結されたのは平成7年7月12日であるが,賃料に
ついての合意がなされたのは平成3年5月11日である。したがって,この時点か
らの地価下落率によって賃料額が不相当になったか否かを判断すべきであり,原
判決は誤りである。
第3 当裁判所の判断
1当裁判所も,控訴人の賃料減額請求は理由がないものと判断する。その理
由は,次に記載するほか,原判決の事実及び理由欄第5の1記載(11頁以下)と
同一であるからこれを引用する。
  (1) 本件賃貸借契約締結の経緯及びその内容等
     原判決の事実及び理由欄第3の前提となる事実及び証拠(甲4,5,22,
乙6,12の2,35)並びに弁論の全趣旨によれば,本件賃貸借契約締結の経緯
及びその内容等は以下のとおりである。
    ア 控訴人は,百貨小売業,飲食店,書店,公衆浴場等の経営等を目的と
する株式会社である。控訴人は,平成3年5月11日,Aと,駐車場付建物(店舗)
の賃貸借を締結することを合意した(乙35)。これは,A所有の本件土地上に,A
が控訴人の指定する仕様により建築する建物を建て控訴人が賃借し,その残り
の土地は控訴人が駐車場として賃借すること,その建物部分の賃料は坪当たり5
000円とし,駐車場部分の賃料は,1台当たり4500円で駐車台数は190台とす
るというものである。なお,当時,建築が予定されていた建物は,スーパーマーケ
ットであった。
    イ その後,控訴人の都合で,スーパーマーケットではなく,健康センター
(公衆浴場)が建築されることになり,平成6年11月19日,賃貸借契約の予約契
約(甲4)が締結された。その契約内容は,後記本件賃貸借契約と同旨である。そ
の後,Aは,平成7年6月29日ころまでに,控訴人の指定する仕様にしたがい,本
件建物を建築し,同年7月12日ころ,本件建物及び本件駐車場を控訴人に引き
渡した。本件建物の建築費は5億7999万0528円(うち駐車場建設費は1億13
67万2061円)であって,その延床面積(付属の物置12.96平方メートルを含
む。)は,3891.11平方メートル(約1179坪)であり,駐車場の収容台数は15
6台となった。
    ウ 控訴人とAは,平成7年7月12日,次の約定による駐車場付建物賃貸
借契約(本件賃貸借契約)を締結した。
     ① 使用目的 控訴人の経営する健康ランド
     ② 期間 平成7年7月12日から平成27年7月11日までの20年間
     ③ 更新 期間満了の場合は,協議のうえ更新することができる。
     ④ 賃料 月額656万7600円(本件建物部分の賃料は586万5600円
であり,駐車場部分は70万2000円)
     ⑤ 支払方法 毎月末日限り翌月分前払い
     ⑥ 賃料改定 3年経過毎に5パーセントを基準に改定する。ただし,賃料
が土地若しくは建物に対する公租公課,土地若しくは建物の価格,その他の経済
事情の変動により,又は近傍同種の建物の賃料に比較して著しく不相当となった
ときは,賃料の改定について協議する(本件賃料改定条項)。
     ⑦ 諸費用の負担 Aは,本件建物及び本件土地についての公租公課を
負担する。控訴人は,本件建物,附帯設備及び本件駐車場の使用に関して生ず
る水道・ガス・電気の使用料,町会費,衛生費,諸設備の保守費,その他の使用
上の一切の費用を負担する。
     ⑧ 補修等 Aは,本件建物の本体部分,外構,本件駐車場の補修に要
する費用を負担する。上記部分が控訴人の責めに帰すべき事由により破損したと
きは,その補修費は控訴人の負担とする。控訴人は,本件建物のうち,そのほか
の部分の補修に要する費用を負担する。
     ⑨ 敷金 3000万円
     ⑩ 保証金 6億0449万0528円とし,平成7年7月12日以降,年3パ
ーセントの利息を付して分割弁済する。
    エ 控訴人は,Aに対し,平成8年2月5日までに敷金及び保証金全額を支
払った。本件賃貸借契約締結後,控訴人とAは,保証金の返還につき,平成9年
7月末日を第1回の弁済期として3184万1728円を支払い,平成10年から平成
27年まで毎年7月末日限り,3184万1600円ずつを,1年分の利息とともに支
払う旨の合意をした。
    オ Aは,平成9年12月26日に死亡し,被控訴人が本件土地及び本件建
物の所有権と本件賃貸借契約上の賃貸人の地位を相続により承継した。
    カ 控訴人は,被控訴人に対し,平成11年7月1日ころ到達した書面で,本
件賃貸借の賃料を,平成11年8月1日以降,従前の月額656万7600円から月
額556万7600円に減額する旨の意思表示をした。そして,控訴人は,被控訴人
に対し,賃料減額の調停を申し立てた(川口簡易裁判所へ11年(ユ)第45号)が
平成12年7月19日,不成立により終了した。
  (2) 本件賃料改定条項の趣旨
    ア 本件賃料改定条項は,賃料を3年経過毎に5パーセントを基準に改定
するが,賃料が土地・建物の公租公課や価格,その他の経済事情の変動により,
又は近傍同種の建物の賃料に比較して著しく不相当となったときは,賃料の改定
について協議するというものである。このうち,前段の約定は,主として経済がい
わゆる右肩上がりに拡大し,賃金物価が上昇していく可能性を念頭において定め
られたものと解される。現時の経済情勢においては,想定された可能性は実現し
ておらず,したがって当事者双方共前段の約定によるべきものとしていない。それ
故,前段の約定は,特に考慮する必要はない。問題は,後段の約定の解釈であ
る。
    イ 上記(1)の事実によれば,本件賃貸借契約は,貸主がその費用の大部
分を負担して,借主の指定する仕様による建物を建築し,その残りの土地を駐車
場として貸すとの契約であり,借主の注文にしたがい,その都合に合わせて用意
された物件を賃貸するものである(比喩的に「オーダーメイド賃貸」とも呼ばれるよ
うである。)。このような賃貸借契約では,通常の建物の賃貸借契約と異なり,当
該建物が汎用性を欠くため,貸主において,その物件を他の賃借人に賃貸するこ
とは極めて困難である。そうすると,その賃貸借契約が期間の途中で終了した場
合,賃貸人が,建築費等の投下資本を回収することは決して容易ではない。その
賃料が予定された契約期間の途中で頻繁にあるいは大幅に減額された場合も同
じである。
    ウ このような事情があるから,本件賃貸借の賃料額及び本件賃料改定条
項は,敷金や保証金の金額・返還方法の約定を含めて,賃借人が相当長期間に
わたって本件建物を賃借して営業し,賃貸人が本件建物に投下した建築資金等
を安定的に回収する必要性があることを前提に定められたものというべきである。
そうすると,本件賃料改定条項の後段にいう「著しく不相当となったとき」とは,上
記のような事情を考慮しても,なお,その約定賃料額を継続するのが当事者間の
公平に反し,不相当といえるような経済事情の変動あるいは近隣との賃料格差が
生じた場合をいうものと解するのが相当である。
    エ 借地借家法32条1項本文は,建物賃料が不相当となったときは,契約
の条件にかかわらず,当事者が賃料の増減を請求できる旨を定めており,上記
のように「著しく不相当となったとき」に限定していない。しかし,上記イのような本
件賃貸借契約の特殊性,すなわち,貸主において汎用性を欠く建物を多額の費
用で建築し,その投下資本を回収するリスクを負担していることを考慮すれば,そ
れを通常の建物賃貸借の場合と同様に考えることはできない。借地借家法32条
も,結局は,貸主・借主双方の事情を踏まえた公平の原則に基づくものであるか
ら,本件のような「オーダーメイド賃貸」の場合に,その賃料改定条項を上記のよう
な経済的実体に即して解釈したからといって,それが同条の趣旨に反することに
なるものではない。
  (3) 賃料減額請求の可否
    ア 証拠(甲8の12,9の12)によれば,本件建物(物置,駐車場を含ま
ず。)の平成12年度及び平成13年度の固定資産評価は,いずれも2億9506万
3474円である。これは,上記(1)の本件建物の建築価格に比べれば下がっては
いるものの,建物の経年的減価を考慮すれば,それが著しく下落しているとまで
はいえない。また,上記証拠によれば,本件土地周辺の土地価格は下落している
ものの,その程度は,本件賃貸借契約の成立時と比較して,平成11年度は約1
ないし2割,平成13年度は約2ないし3割の下落である。なお,本件賃貸借契約
は,土地すなわち駐車場用地の賃貸も含んでいるとはいえ,その賃料に占める割
合は決して大きなものではない。
 そうすると,このような土地建物価格の下落をもって,当事者が予測できないよ
うな内容あるいは程度の経済情勢の変動があったとか,その公租公課や価格が
従前の賃料額が不相当になる程度に減額されたとはいえない。
    イ 控訴人は,本件賃貸借契約が締結されたのは平成7年7月12日であ
るが,賃料についての合意がなされたのは平成3年5月11日であるから,この時
点からの地価下落率によって賃料額が不相当になったか否かを判断すべきであ
ると主張する。
 しかし,本件賃貸借の賃料等の骨子が合意されたのは平成3年5月であるとは
いえ,実際に賃料等の契約条件が最終的に確定し,契約が締結されたのは平成
7年である。当時は,すでにいわゆるバブル経済も崩壊し,地価の下落傾向が続
いていた時期である(公知の事実)。そのような時期に控訴人が,それ以前になさ
れた賃料の合意につき,特に異議を述べないまま契約を締結した以上,それはそ
の時点においても,それ以前に合意された賃料が相当なものであるとの判断があ
ったとみられる。そうすると,現在になって,平成3年からの地価下落率を基準に
賃料額の相当性を判断すべきであるとはいえず,上記控訴人の主張は理由がな
い。
    ウ 次に,本件建物の近傍同種の建物の賃料について検討する。本件建
物の坪当たりの賃料(付属の物置を含む。)は,4975円である(駐車場部分の賃
料も加算した坪当たりの賃料は5579円)。
 本件建物の近傍の床面積が1000平方メートルを超える倉庫9つについての賃
貸事例によれば,その賃料は,平成13年当時,4000円を上回るものが7,下回
るものが2であり,大半は4000円以上であって,4500円以上のものも2箇所あ
ることが認められる(乙23号証)。本件建物は,種々の設備の施された健康ランド
すなわち公衆浴場であり,倉庫に比べて賃料を安く設定すべき合理的理由はない
から,本件建物が近傍類似の賃料と比較して著しく不相当になったと認めること
はできない。
 なお,控訴人は,本件建物と同種の公衆浴場であるa県b郡c町の「健康ランドc
店」の建物賃料と本件の賃料とを対比して,後者が不相当に高額であると主張す
る。しかし,両者の店舗の敷地の価格や立地条件,店舗の建築価格等が相似し
ているとの事情は認められないから,両者を単純に比較することはできず,同主
張は失当である。
    エ また,控訴人は,本件建物での営業状況が開業以来赤字が続き,平成
9年度から黒字に転化したとはいえ,懸命な経営努力にもかかわらず,利益が極
めて少ないなどと主張する。
 しかし,そのような賃借人側の経営状況が直ちに賃料に反映されるとすれば,
賃貸人の地位が著しく不安定になることは明らかであり,それが本件賃料改定条
項にいう「その他の経済事情の変動」に含まれるとは解し難い。ことに,本件賃料
改定条項は,長期的視点からみて賃貸人の投下資本の回収を安定的に図るとい
う趣旨で決定されたものであり,この面からしても,上記のような控訴人側の収益
事情が直ちに本件賃貸借の賃料減額事由に結びつくものではない。
    オ 以上のとおり,本件賃貸借について,本件賃料改定条項に基づき,賃
料を減額すべき事情は認められないから,控訴人の賃料減額請求は理由がな
い。
 2 結論
   したがって,控訴人の請求を棄却した原判決は相当で,本件控訴は理由が
ない。
よって,主文のとおり判決する。
 (口頭弁論終結の日 平成14年11月14日)
     東京高等裁判所第19民事部
      裁判長裁判官     淺   生   重   機
         裁判官     及   川   憲   夫
         裁判官     原       敏   雄

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