弁護士法人ITJ法律事務所

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   主         文
一 被告が原告に対して平成12年9月27日付けでした、原告の平成11年分
の所得税に係る過少申告加算税賦課決定のうち、過少申告加算税額9万円を超える
部分を取り消す。
二 被告が原告に対して平成14年2月27日付けでした、原告の平成12年分
の所得税に係る過少申告加算税賦課決定を取り消す。
三 被告が原告に対して平成14年11月27日付けでした、原告の平成13年
分の所得税に係る過少申告加算税賦課決定のうち、過少申告加算税額9000円を
超える部分を取り消す。
四 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、これを13分して、その1を被告の負担とし、その余を原告の
負担とする。
           事実及び理由
第一 請求
 一 被告が原告に対して平成12年3月9日付けでした、原告の平成8年分所得
税についての更正処分のうち課税総所得金額685万4000円、納付すべき税額
40万1200円を超える部分(ただし、平成12年8月2日付け異議決定により
減額された後のもの)を取り消す。
 二 被告が原告に対して平成12年3月9日付けでした、原告の平成9年分所得
税についての更正処分のうち課税総所得金額629万7000円、納付すべき税額
31万7800円を超える部分を取り消す。
三 被告が原告に対して平成12年3月9日付けでした、原告の平成10年分所
得税についての更正処分のうち課税総所得金額2503万3000円、納付すべき
税額634万2800円を超える部分を取り消す。
 四 被告が原告に対して平成12年9月27日付けでした、原告の平成11年分
所得税についての更正処分のうち課税総所得金額5803万8000円、納付すべ
き税額1803万6100円を超える部分及び同年分の所得税に係る過少申告加算
税賦課決定を取り消す。
五 被告が原告に対して平成14年2月27日付けでした、原告の平成12年分
所得税についての更正処分のうち課税総所得金額7531万1000円、納付すべ
き税額2434万5000円を超える部分及び同年分の所得税に係る過少申告加算
税賦課決定を取り消す。
 六 被告が原告に対して平成14年11月27日付けでした、原告の平成13年
分所得税についての更正処分のうち課税総所得金額2596万2000円、納付す
べき税額595万4400円を超える部分及び同年分の所得税に係る過少申告加算
税賦課決定のうち過少申告加算税額5000円を超える部分を取り消す。
第二 事案の概要
 一 事案の骨子
 本件は、原告が、被告がした原告の平成8年分から平成13年分までの所得
税の各更正処分は、所得区分の判断を誤った違法なものであるなどと主張して、各
更正処分のうち、原告の従前勤務していた日本法人マイクロソフト株式会社の親会
社であるアメリカ合衆国法人マイクロソフトコーポレーションから付与されたスト
ックオプションを行使したことにより取得した利益を一時所得に区分して計算した
課税総所得金額及び納付すべき税額を超える部分の取消しを求めるとともに、平成
11年分及び平成12年分の所得税に係る過少申告加算税賦課決定並びに平成13
年分の所得税に係る過少申告加算税賦課決定のうち過少申告加算税額5000円を
超える部分の取消しを求める事案である。被告は、上記利益が、主位的には給与所
得に、予備的には雑所得に該当すると主張するのに対し、原告は、上記利益は一時
所得に該当すると主張している。
 なお、ストックオプションとは、一般に、特定の株式を、一定の条件の下、
一定の期間内に、市場価格ではなく、あらかじめ定められた権利行使価格で取得す
ることのできる権利ないし契約上の地位を意味しており、上記の利益とは、権利行
使時における株式の市場価格と被付与者の払い込んだこの権利行使価格との差額の
ことである(以下、この利益を「権利行使益」という。)。
二 法令の定め等
1 所得税法における所得区分及び所得税額の計算について
 所得税法21条1項1号は、居住者に課される所得税額の計算について、
「その所得を利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、
山林所得、譲渡所得、一時所得又は雑所得に区分し、これらの所得ごとに所得の金
額を計算する。」と規定している。
 これらの所得のうち、給与所得、一時所得及び雑所得の所得区分について
は、給与所得及び雑所得は、それぞれ同法28条及び同法35条の規定により計算
した所得金額が所得税の課税標準とされる総所得金額に算入される(同法22条1
項、2項1号)のに対し、一時所得は、同法34条の規定により計算した所得金額
の2分の1に相当する金額が総所得金額に算入される(同法22条1項、2項2
号)という大きな違いがある。
2 給与所得について
 所得税法28条1項は、「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞
与並びにこれらの性質を有する給与(以下この条において「給与等」という。)に
係る所得をいう。」と規定している。これ以外に、給与所得の意義を定める法令は
存在しない。
3 一時所得について
 所得税法34条1項は、「一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所
得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営
利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又
は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」と規定している。
4 雑所得について
 所得税法35条1項は、「雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所
得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれに
も該当しない所得をいう。」と規定している。
三 前提となる事実
 以下の事実は、当事者間に争いがないか、末尾掲記の証拠により容易に認定
することができる事実である。
1 当事者等
    原告は、日本の法人であるマイクロソフト株式会社(以下「日本マイクロ
ソフト」という。)に勤務していた者である。
    日本マイクロソフトは、アメリカ合衆国の法人であるマイクロソフトコー
ポレーション(以下「米国マイクロソフト」という。)のいわゆる子会社であり、
米国マイクロソフトが日本マイクロソフトの株式の100パーセントを保有してい
る。
2 ストックオプションの付与
(一) 米国マイクロソフトは、米国マイクロソフトの役員及び使用人(以下
「従業員等」という。)並びに米国マイクロソフトの子会社の従業員等を対象者と
してストックオプションを付与する制度を有しており、その概要は、以下のとおり
である。
(1) 本ストックオプションプランの目的は、従業員等の経済的利益と株式
を長期に保有することによる価値を結びつけることにより、実質的に責任ある職に
最もふさわしい人材を誘引しかつ維持すること、当該人材に対して、付加的なイン
センティブを提供すること及び会社の事業の成功を促進することである(マイクロ
ソフト・コーポレーション1991年ストックオプションプラン1条。乙13。以
下、このストックオプションプランを「本件プラン」という。なお、「インセンテ
ィブ」とは、励みや動機となるもの、報奨金等を意味する。)。
(2) ストックオプションは、米国マイクロソフトの取締役会ないしは取締
役会が本件プランを管理するものとして任命した委員会が、その裁量によって、米
国マイクロソフト又はその子会社の従業員等に対して、当該ストックオプションの
行使条件、株式数等を定めた上で付与することを決定する(本件プラン4条
(b))。
(3) ストックオプションは、米国マイクロソフト又はその子会社が雇用す
る従業員等に対してのみ付与される(本件プラン5条(a))。
(4) 本件プランに基づいて付与されるストックオプションは、その付与の
時に取締役会が決定し、本件プランの条件の下で許容される時期及び条件により行
使することができる(本件プラン9条(a))。
(5) ストックオプションの被付与者は、その従業員等としての継続的な地
位が終了した場合には、当該終了の日において行使可能なストックオプションに限
り、これを行使することができる。ただし、当該行使は、当該終了の日から3か月
以内にされなければならない。当該終了の日において行使可能ではなかったか、又
は行使可能であったが、同期間内に行使されなかった場合には、当該ストックオプ
ションは失効する(本件プラン9条(b))。
(6) ストックオプションを保有していた者が死亡した場合において、その
者の遺言、遺贈又は相続によって当該ストックオプションを行使する権利を取得し
た者は、前記死亡の日から6か月以内に当該ストックオプションを行使することが
できる(本件プラン9条(d))。
(7) ストックオプションは、遺言による場合あるいは相続又は遺産分配に
関する法令による場合を除き、譲渡、担保権設定その他いかなる方法による処分も
することはできず、ストックオプションの被付与者が生存中は、当該被付与者のみ
が行使することができる(本件プラン10条)。
(二) 原告は、平成5年7月30日、平成6年7月21日、平成7年7月3
1日及び平成8年7月15日に、米国マイクロソフトから、本件プランに基づいて
ストックオプションを付与された(以下、これらの付与されたストックオプション
を「本件ストックオプション」といい、原告と米国マイクロソフトとの間の本件ス
トックオプションに係る付与契約を「本件付与契約」という。)。
 本件ストックオプションは、平成5年のものが、米国マイクロソフトの
普通株式1000株を1株当たり74ドルで購入することができるというもの、平
成6年のものが、米国マイクロソフトの普通株式1620株を1株当たり47.7
5ドルで購入することができるというもの、平成7年のものが、米国マイクロソフ
トの普通株式1500株を1株当たり90.50ドルで購入することができるとい
うもの、平成8年のものが、米国マイクロソフトの普通株式1620株を1株当た
り110.625ドルで購入することができるというものである。また、本件スト
ックオプションのうち、平成5年のものについては、本件付与契約が対象とする株
式の4分の1について、付与の時から1年6か月後に行使が可能となり、その後、
6か月ごとに対象株式の8分の1ずつについて行使可能となること、また、その付
与日から10年で失効することなどが本件付与契約において定められていた。本件
ストックオプションのうち、平成6年ないし平成8年のものについては、本件付与
契約が対象とする株式の8分の1について、付与の時から1年後に行使が可能とな
り、その後、6か月ごとに対象株式の8分の1ずつについて行使可能となること、
また、その付与日から7年で失効することなどが、本件付与契約において定められ
ていた。さらに、本件ストックオプションは、各年分とも、原告がいかなる理由で
あれ従業員等としての地位を失った場合は、権利行使が可能となっていなかった分
は、失効し、ゼロドルの価値しか有さないとみなされること、権利行使が可能とな
っていた分も、3か月以内に行使しないと失効することなどが、本件付与契約にお
いて定められていた(甲48ないし50及び57)。
3 本件ストックオプションの権利行使と課税処分の経緯等
(一) 原告は、平成8年ないし平成13年の各年中に本件ストックオプショ
ンをそれぞれ行使し、平成8年中に445万7180円、平成9年中に369万5
017円、平成10年中に4106万4053円、平成11年中に1億0713万
2858円、平成12年中に1億3693万6879円、平成13年中に3783
万0851円の権利行使益を得た(以下これらの権利行使益を「本件各権利行使
益」という。)。
(二) 平成8年分ないし平成10年分の所得税
(1) 原告は、平成9年3月12日、平成8年中の本件ストックオプション
の権利行使益が一時所得に該当するとして、別紙1(課税処分等の経緯(平成8年
分))の「確定申告」欄記載のとおり、平成8年分の所得税の確定申告をした。
(2) 原告は、平成10年2月18日、平成9年中の本件ストックオプショ
ンの権利行使益が一時所得に該当するとして、別紙2(課税処分等の経緯(平成9
年分))の「確定申告」欄記載のとおり、平成9年分の所得税の確定申告をした。
 原告は、平成10年8月27日、平成9年分の所得税について、給与
所得の金額の算定に当たり、所得税法28条3項に定める給与所得控除額を控除し
ていなかったとして、更正の請求をし、被告は、同年9月29日付けで、別紙2の
同日付け「更正処分」欄記載のとおり、減額更正をした。
(3) 原告は、平成11年2月19日、平成10年中の本件ストックオプシ
ョンの権利行使益が一時所得に該当するとして、別紙3(課税処分等の経緯(平成
10年分))の「確定申告」欄記載のとおり、平成10年分の所得税の確定申告を
した。
(4) 被告は、以上の原告の各確定申告に対し、本件ストックオプションの
権利行使益は給与所得に該当するとして、平成12年3月9日付けで、平成8年分
ないし平成10年分の所得税について、別紙1ないし3の同日付け「更正処分」欄
記載のとおり、各更正処分をした。
(5) 原告は、平成12年5月2日、被告が平成8年分ないし平成10年分
の所得税についてした上記各更正処分を不服として、別紙1ないし3の「異議申立
て」欄記載のとおり、異議申立てをした。これに対し、被告は、平成12年8月2
日付けで、平成8年分の所得税については、別紙1の「異議決定」欄記載のとお
り、更正処分の一部を取り消す旨の決定を、平成9年分及び平成10年分の所得税
については、上記異議申立てをいずれも棄却する旨の決定をした。
(6) 原告は、平成12年8月29日、被告が平成8年分ないし平成10年
分の所得税についてした上記各決定を不服として、国税不服審判所長に対し、審査
請求をした。国税不服審判所長は、平成13年12月25日、同審査請求をいずれ
も棄却する旨の裁決をした。
(7) 被告は、平成12年3月9日付けで、原告の平成9年分及び平成10
年分の所得税について、過少申告加算税をそれぞれ3万5000円及び96万80
00円とする賦課決定をしたが、平成13年5月29日付けで、上記過少申告加算
税額をいずれも零円とする変更決定をした。
(三) 平成11年分の所得税
(1) 原告は、平成12年3月8日、平成11年中の本件ストックオプショ
ンの権利行使益が一時所得に該当するとして、別紙4(課税処分等の経緯(平成1
1年分))の「確定申告」欄記載のとおり、平成11年分の所得税の確定申告をし
た。
(2) これに対し、被告は、本件ストックオプションの権利行使益は給与所
得に該当するとして、平成12年9月27日付けで、別紙4の「更正決定」欄及び
「過少申告加算税」欄記載のとおり、更正処分及び過少申告加算税賦課決定をし
た。
(3) 原告は、平成12年11月27日、被告が平成11年分の所得税につ
いてした更正処分及び過少申告加算税賦課決定を不服として、別紙4「異議申立
て」欄記載のとおり、異議申立てをした。同異議申立ては、国税通則法89条1項
に基づき、平成13年1月23日に審査請求がされたものとみなされた。
(4) 国税不服審判所長は、平成13年12月25日、前記(3)の審査請求
を棄却する旨の裁決をした。
(5) 原告は、平成14年3月19日、原告の平成8年分ないし平成11年
分の所得税に関する本訴(平成14年(行ウ)第138号)を提起した。
(四) 平成12年分の所得税
(1) 原告は、平成13年3月13日、平成12年中の本件ストックオプシ
ョンの権利行使益が一時所得に該当するとして、別紙5(課税処分等の経緯(平成
12年分))の「確定申告」欄記載のとおり、平成12年分の所得税の確定申告を
した。
(2) これに対し、被告は、本件ストックオプションの権利行使益は給与所
得に該当するとして、平成14年2月27日付けで、別紙5の「更正処分」欄及び
「過少申告加算税」欄記載のとおり、更正処分及び過少申告加算税賦課決定をし
た。
(3) 原告は、平成14年4月22日、被告が平成12年分の所得税につい
てした更正処分及び過少申告加算税賦課決定を不服として、別紙5「異議申立て」
欄記載のとおり、異議申立てをした。これに対し、被告は、同年7月5日付けで、
上記異議申立てを棄却する旨の決定をした。
(4) 原告は、平成14年7月31日、上記決定を不服として、国税不服審
判所長に対し、審査請求をした。国税不服審判所長は、同年11月21日、同審査
請求を棄却する旨の裁決をした。
(5) 原告は、平成15年2月6日、原告の平成12年分の所得税に関する
本訴(平成15年(行ウ)第49号)を提起した。
(五) 平成13年分の所得税
(1) 原告は、平成14年3月13日、平成13年中の本件ストックオプシ
ョンの権利行使益が一時所得に該当するとして、別紙6(課税処分等の経緯(平成
13年分))の「確定申告」欄記載のとおり、平成13年分の所得税の確定申告を
した。
(2) これに対し、被告は、本件ストックオプションの権利行使益は給与所
得に該当するとして、平成14年11月27日付けで、別紙6の「更正処分」欄及
び「過少申告加算税」欄記載のとおり、更正処分及び過少申告加算税賦課決定をし
た。
(3) 原告は、平成15年1月21日、被告が平成13年分の所得税につい
てした更正処分及び過少申告加算税賦課決定を不服として、別紙6「異議申立て」
欄記載のとおり、異議申立てをした。これに対し、被告は、同年3月27日付け
で、上記異議申立てを棄却する旨の決定をした。
(4) 原告は、平成15年4月22日、上記決定を不服として、国税不服審
判所長に対し、審査請求をした。国税不服審判所長は、同年7月1日、同審査請求
を棄却する旨の裁決をした。
(5) 原告は、平成15年9月9日、原告の平成13年分の所得税に関する
本訴(平成15年(行ウ)第513号)を提起した。
四 被告が主張する原告の所得税額等
 被告が本訴において主張する原告の所得税額及び過少申告加算税額の算出過
程、算出根拠等は、以下のとおりである。原告は、このうち、本件各権利行使益が
給与所得に該当することを前提とする部分について争うものであり、その余の算出
根拠となる数額、計算関係については争っていない。
1 平成8年分の所得税
(一) 総所得金額(給与所得の金額)     1000万6071円
 上記金額は、次の(1)及び(2)の各給与収入金額の合計額から所得税法2
8条3項に規定する給与所得控除額を同条2項の規定に基づいて控除した金額であ
る。
(1) 日本マイクロソフトからの給与収入金額 786万5000円
(2) 本件ストックオプションの権利行使に係る米国マイクロソフトからの
給与等の収入金額         445万7180円
(二) 所得控除の額の合計額          103万0349円
(三) 課税総所得金額             897万5000円
 上記金額は、前記(一)の金額から前記(二)の所得控除の額を控除した金
額(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後
のもの。)である。
(四) 納付すべき税額              82万5400円
 上記金額は、次の(1)から(2)及び(3)の合計額を差し引いた金額(ただ
し、国税通則法119条1項により100円未満の端数を切り捨てた後のもの。)
である。
(1) 課税総所得金額に対する税額      146万5000円
 上記金額は、前記(三)の課税総所得金額に所得税法89条1項の税率
を適用して算出した金額である。
(2) 特別減税額                    5万円
 上記金額は、平成8年分所得税の特別減税のための臨時措置法4条の
規定を適用して算出した金額である。
(3) 源泉徴収税額              58万9600円
2 平成9年分の所得税
(一) 総所得金額(給与所得の金額)      916万0131円
 上記金額は、次の(1)及び(2)の各給与収入金額の合計額から所得税法2
8条3項に規定する給与所得控除額を同条2項の規定に基づいて控除した金額であ
る。
(1) 日本マイクロソフトからの給与収入金額 773万6700円
(2) 本件ストックオプションの権利行使に係る米国マイクロソフトからの
給与等の収入金額         369万5017円
(二) 所得控除の額の合計額          105万4558円
(三) 課税総所得金額             810万5000円
 上記金額は、前記(一)の金額から前記(二)の所得控除の額を控除した金
額(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後
のもの。)である。
(四) 納付すべき税額              67万9400円
 上記金額は、次の(1)から(2)の額を差し引いた金額である。
(1) 課税総所得金額に対する税額      129万1000円
 上記金額は、前記(三)の課税総所得金額に所得税法89条1項の税率
を適用して算出した金額である。
(2) 源泉徴収税額              61万1600円
3 平成10年分の所得税
(一) 総所得金額(給与所得の金額)     4485万0148円
 上記金額は、次の(1)及び(2)の各給与収入金額の合計額から所得税法2
8条3項に規定する給与所得控除額を同条2項の規定に基づいて控除した金額であ
る。
(1) 日本マイクロソフトからの給与収入金額 793万6103円
(2) 本件ストックオプションの権利行使に係る米国マイクロソフトからの
給与等の収入金額        4106万4053円
(二) 所得控除の額の合計額          108万9965円
(三) 課税総所得金額                4376万円
 上記金額は、前記(一)の金額から前記(二)の所得控除の額を控除した金
額(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後
のもの。)である。
(四) 納付すべき税額            1520万9600円
 上記金額は、次の(1)から(2)及び(3)の合計額を差し引いた金額(ただ
し、国税通則法119条1項により100円未満の端数を切り捨てた後のもの。)
である。
(1) 課税総所得金額に対する税額         1585万円
 上記金額は、前記(三)の課税総所得金額に所得税法89条1項の税率
を適用して算出した金額である。
(2) 特別減税額                3万8000円
 上記金額は、平成10年分所得税の特別減税のための臨時措置法4条
の規定を適用して算出した金額である。
(3) 源泉徴収税額              60万2400円
4 平成11年分の所得税
(一) 総所得金額(給与所得の金額)   1億0887万2874円
 上記金額は、次の(1)及び(2)の各給与収入金額の合計額から所得税法2
8条3項に規定する給与所得控除額を同条2項の規定に基づいて控除した金額であ
る。
(1) 日本マイクロソフトからの給与収入金額 925万9641円
(2) 本件ストックオプションの権利行使に係る米国マイクロソフトからの
給与等の収入金額      1億0713万2858円
(二) 所得控除の額の合計額          112万1435円
(三) 課税総所得金額          1億0775万1000円
 上記金額は、前記(一)の金額から前記(二)の所得控除の額を控除した金
額(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後
のもの。)である。
(四) 納付すべき税額            3642万9900円
 上記金額は、次の(1)から(2)及び(3)の合計額を差し引いた金額(ただ
し、国税通則法119条1項により100円未満の端数を切り捨てた後のもの。)
である。
(1) 課税総所得金額に対する税額     3737万7870円
 上記金額は、前記(三)の課税総所得金額に所得税法89条1項の税率
(経済社会の変化に対応して早急に講ずべき所得税及び法人税の負担軽減措置に関
する法律(平成11年法律第8号。以下「負担軽減措置法」という。)4条の特例
を適用したもの)を適用して算出した金額である。
(2) 定率減税額                   25万円
 上記金額は、負担軽減措置法律6条2項を適用して算出した金額であ
る。
(3) 源泉徴収税額              69万7900円
5 平成12年分の所得税
(一) 総所得金額            1億3898万8692円
 上記金額は、次の(1)及び(2)の各所得金額の合計額である。
(1) 給与所得の金額         1億3794万4057円
 上記金額は、次のア及びイの各給与収入金額の合計額から所得税法2
8条3項に規定する給与所得控除額を同条2項の規定に基づいて控除した金額であ
る。
ア マイクロソフト・プロダクト・ディベロップメント・リミテッド
(以下「マイクロソフトプロダクト」という。)からの給与収入金額 
1005万6866円
イ 本件ストックオプションの権利行使に係る米国マイクロソフトから
の給与等の収入金額    1億3693万6879円
(2) 雑所得の金額  104万4635円
 上記金額は、為替差益の金額である。
(二) 所得控除の額の合計額          132万8874円
(三) 課税総所得金額          1億3765万9000円
 上記金額は、前記(一)の金額から前記(二)の所得控除の額を控除した金
額(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後
のもの。)である。
(四) 納付すべき税額            4741万3800円
 上記金額は、次の(1)から(2)及び(3)の合計額を差し引いた金額(ただ
し、国税通則法119条1項により100円未満の端数を切り捨てた後のもの。)
である。
(1) 課税総所得金額に対する税額     4844万3830円
 上記金額は、前記(三)の課税総所得金額に所得税法89条1項の税率
(負担軽減措置法4条の特例を適用したもの)を適用して算出した金額である。
(2) 定率減税額                   25万円
 上記金額は、負担軽減措置法6条2項を適用して算出した金額であ
る。
(3) 源泉徴収税額                  78万円
6 平成13年分の所得税
(一) 総所得金額(給与所得の金額)     4464万1450円
 上記金額は、次の(1)及び(2)の各給与収入金額の合計額から所得税法2
8条3項に規定する給与所得控除額を同条2項の規定に基づいて控除した金額であ
る。
(1) マイクロソフトプロダクトからの給与収入金額
1094万9623円
(2) 本件ストックオプションの権利行使に係る米国マイクロソフトからの
給与等の収入金額        3783万0851円
(二) 所得控除の額の合計額          140万4821円
(三) 課税総所得金額            4323万6000円
 上記金額は、前記(一)の金額から前記(二)の所得控除の額を控除した金
額(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後
のもの。)である。
(四) 納付すべき税額            1234万5800円
 上記金額は、次の(1)から(2)及び(3)の合計額を差し引いた金額(ただ
し、国税通則法119条1項により100円未満の端数を切り捨てた後のもの。)
である。
(1) 課税総所得金額に対する税額     1350万7320円
 上記金額は、前記(三)の課税総所得金額に所得税法89条1項の税率
(負担軽減措置法律4条の特例を適用したもの)を適用して算出した金額である。
(2) 定率減税額                   25万円
 上記金額は、負担軽減措置法6条2項を適用して算出した金額であ
る。
(3) 源泉徴収税額              91万1500円
7 過少申告加算税
 被告は、原告の平成11年分ないし平成13年分の所得税に係る各更正処
分により新たに納付すべきこととなった税額(国税通則法118条3項の規定によ
り1万円未満の端数を切り捨てた後のもの。平成11年分1839万円、平成12
年分2306万円、平成13年分644万円。)を基礎として、別紙4ないし6の
各「過少申告加算税」欄記載のとおり、同法65条1項の規定に基づいて算出した
金額に相当する過少申告加算税を賦課決定した。
五 争点及び争点に関する当事者の主張の要旨
 本件の争点は、①本件ストックオプションを行使したことによる本件各権利
行使益が、給与所得、一時所得又は雑所得のいずれに該当するか、②前記平成12
年8月2日付け異議決定による減額後の平成8年分の所得税に係る更正処分及び平
成9年分ないし平成13年分の所得税に係る各更正処分(以下これらを合わせて
「本件各更正処分」という。)並びに平成11年分ないし平成13年分の所得税に
係る各過少申告加算税賦課決定(以下「本件各賦課決定」という。)が、租税法律
主義、課税公平主義、理由付記又は信義則に違反した違法な処分であるか、③本件
各賦課決定と国税通則法65条4項の適用の可否の3点である。
1 争点①(本件各権利行使益の所得区分)について
〔被告の主張〕
(一) 主位的主張(給与所得)
 本件ストックオプションを行使したことによる本件各権利行使益は、以
下のとおり、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価であって、給与所得に
該当する。そうすると、原告の平成8年分ないし平成13年分の所得税の課税総所
得金額及び納付すべき税額並びに平成11年分ないし平成13年分の過少申告加算
税の額は、前記四のとおりとなり、別紙1ないし6の本件各更正処分における課税
総所得金額及び納付すべき税額並びに平成11年分ないし平成13年分の過少申告
加算税の額と同額又はこれを上回る額になるから、本件各更正処分及び本件各賦課
決定は、いずれも適法である。
(1) 給与所得の意義
 給与所得とは、一般に、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用
者の指揮命令に服して提供した労務の対価をいうものと解すべきである。そして、
給与所得の本質が、非独立的労働又は従属的労働の対価という点にあることなどか
らすると、この場合の対価は、役務提供の原因となる雇用契約等における反対給付
に限定されるものではなく、従業員等の地位に基づいて給付される限り、労務の対
価としての性質を有し、給与所得に該当するというべきである(最高裁判所昭和5
6年4月24日第二小法廷判決・民集35巻3号672頁〔以下「昭和56年最高
裁判決」という。〕、最高裁判所昭和37年8月10日第二小法廷判決・民集16
巻8号1749頁〔以下「昭和37年最高裁判決」という。〕参照)。
(2) ストックオプション制度について
ア ストックオプション制度は、会社が自社又は子会社の従業員等に対
し、自社又は子会社における勤務等を条件として、自社株式を一定の期間内にあら
かじめ定められた権利行使価格で購入することができる権利を付与する契約を基礎
としている制度である。同制度は、いわゆる長期インセンティブ報酬制度の一種で
あって、会社の成長、発展及び利益の維持と有能な従業員等を確保して勤務を継続
させることを目的としており、従業員等にストックオプションを付与することによ
り、従業員等の精勤意欲の向上が期待され、会社も優秀な人材を誘引、確保すると
ともに会社の業績を向上させることを期待することができると考えられている(以
下、ストックオプションを付与した会社を「付与会社」、ストックオプションの付
与を受けた従業員等を「被付与者」ということがある。)。
イ このような長期インセンティブ報酬の目的を達成するために、スト
ックオプション制度は、被付与者の勤務会社における勤務と不可分に結びつけられ
た仕組みを持っている。
 すなわち、ストックオプションを付与する対象が従業員等のみとさ
れ、ストックオプションを行使する条件として、一定期間の勤務、権利行使期間、
権利行使価格等が定められ、また、ストックオプションの譲渡が禁止され、退職等
により雇用契約等が消滅した場合等には、ストックオプションが消滅したり、行使
期間が制限されるなどとされているのである。
(3) 会社が自社の従業員等に対して自社の株式のストックオプションを付
与する場合(以下、このような形式のストックオプションを「自社株方式ストック
オプション」という。)について
 本件は、親会社が子会社の従業員等に対して親会社の株式のストック
オプションを付与する場合(以下、このような形式のストックオプションを「親会
社株方式ストックオプション」という。)であるところ、論点の把握を容易にする
ため、まず、自社株方式ストックオプションについて論ずる。
ア 自社株方式ストックオプションの付与契約は、雇用契約等に従属す
る従たる契約(予約)とでもいうべきものであって、権利行使益を精勤に対する報
酬として従業員等に取得させることを目的として締結される売買(株式譲渡)の一
方の予約又はこれに類似する契約であり、従業員等の地位にある被付与者のみが予
約完結権を行使するものとして譲渡が禁止され、かつ、会社における一定期間の勤
務等の停止条件が付されたものということができる。
 したがって、自社株方式ストックオプションを行使したことによる
権利行使益は、従業員等の地位に基づいて付与されたものであって、当該会社にお
いて勤務していたからこそストックオプションを付与され、かつ、現実に勤務を継
続したからこそ権利行使益を取得することができたのであるから、使用者の指揮命
令に服して提供した労務の対価としての性質を有し、給与所得に該当することは明
らかである。
イ 自社株方式ストックオプションを行使したことによる権利行使益に
対する課税関係については、平成10年の税制改正において、租税特別措置法29
条の2が改正され、一定の要件を満たすストックオプション(以下「税制適格オプ
ション」という。)については、その権利行使価額が1000万円を超えない限度
において権利行使時には課税しないこととし(同法29条の2第1項)、これによ
り取得した当該株式を譲渡した時点において譲渡所得として課税されることとされ
た(同第5項)。
 そして、同規定が、同法第2章「所得税法の特例」中の第3節「給
与所得及び退職所得」の中に置かれていることなどに照らすと、同法は、少なくと
も自社株方式ストックオプションを行使したことによる権利行使益については、こ
れが給与所得であることを前提とした上で、税制適格オプションについてのみ、課
税の繰延べを認める趣旨で上記特例を設けているものであることは明らかである。
 また、所得税法施行令84条は、同条1号ないし3号所定の商法上
のストックオプションの収入金額(所得税法36条2項)については、ストックオ
プションを行使したことによる権利行使益とする旨規定して、権利行使益に課税す
る旨明示しており、同条について、所得税基本通達23~35共-6は、ストック
オプションを与えられた従業員等がこれを行使した場合に権利行使益を給与所得と
する旨定めている。
 このような租税特別措置法29条の2及び所得税法施行令84条の
趣旨に照らすと、商法上のストックオプションでなくとも、これと同様の性質を有
するストックオプションについては、租税特別措置法29条の2のような特例規定
の適用がない場合には、原則どおり、所得税法36条の解釈として、その権利行使
時にその権利行使益に対して給与所得として課税されると解するのが相当である。
ウ ストックオプションによる権利行使益の発生の有無及びその多寡
が、株価の変動や従業員等による行使時期の判断といった要素に左右される面があ
ることは否定することができない。
 しかしながら、所得税法は、所得の性質や発生の態様の違いなどに
よる質的担税力に着目して所得を分類しており、ストックオプションによる権利行
使益の有無及びその多寡は、量的担税力には影響するとしても、このような質的担
税力とは無関係である。
 また、ストックオプション制度は、株価が変動するからこそインセ
ンティブ報酬として成立するのであるし、また、いつの時点でストックオプション
を行使するかの判断が従業員等にゆだねられていることによって、従業員等は勤務
を続けながら株価の変動状況等を見て、株価上昇のために一層の精勤を行うことを
動機付けられるのである。
 したがって、従業員等が享受する権利行使益の有無及び多寡が、株
価の変動や行使時期の判断によって左右されるとしても、このような事情は、スト
ックオプション制度自体に内在するものということができるのであるから、ストッ
クオプションが給与所得に該当するという結論に何ら影響を及ぼすものではない。
(4) 親会社株方式ストックオプションについて
ア 自社株方式ストックオプションについて前記(3)において論じたこと
は、親会社株方式ストックオプションについても同様に妥当する。
 すなわち、親会社は、子会社の株式を保有しているため、従業員等
の精勤により当該子会社の業績が向上すればより多くの配当を受けられるばかりで
はなく、業績の向上により子会社の株式の時価が上昇すれば、親会社の実質的な資
産が増加し、親会社の株式の時価も上昇するという関係にあることに着目して、子
会社の従業員等の精勤に対する報酬として権利行使益を取得させることを目的に、
親会社株方式ストックオプションを子会社の従業員等に付与していると解されるの
であり、このことは何ら不自然・不合理ではない。
 また、商法上のストックオプション以外のストックオプションにつ
いて、その権利行使益が給与所得に該当することは前記(3)イのとおりであるとこ
ろ、商法上のストックオプションについては、平成13年11月の改正によりスト
ックオプションの付与対象者の制限が廃止されたことに伴い、直接・間接にその株
式の50パーセントを超える株式を保有する子会社の従業員等に対する親会社株方
式ストックオプションも租税特別措置法29条の2の対象となっている。
イ 親会社株方式ストックオプションは、自社株方式ストックオプショ
ンの場合と異なり、雇用契約等の当事者とこれを前提とするストックオプション付
与契約の当事者とが一致していない。
 しかしながら、「使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」
であれば、指揮命令に服すべき使用者以外の者から給付されるものであっても、給
与所得に該当するというべきである。そして、前記アにおいて見たような、親会社
株方式ストックオプションにおけるストックオプション付与契約の趣旨、目的から
すると、子会社の従業員等が取得する権利行使益が、使用者である子会社の指揮命
令に服しての労務の提供に起因して親会社から得られるものであることは明らかで
あり、給与所得に該当する。
 そもそも所得税法28条1項は、給与所得を雇用契約等の当事者で
ある使用者からの給付に限定すると規定しておらず、使用者以外の者からの給付を
給与所得から排斥していない。また、昭和37年最高裁判決、昭和56年最高裁判
決には、「使用者から受ける給付」であることを給与所得の要件としているように
もみえる判示部分があるが、いずれの判決の事案も、本件のように雇用契約等の当
事者と給与支給者が一致しない例外的な場合を前提とした判断ではなく、雇用契約
等の当事者以外の第三者からの給付を給与所得から一切排除する趣旨のものとは解
されない。
 また、親会社株方式ストックオプションの場合は、一般的に、子会
社が付与対象者を付与会社たる親会社に推薦し、グループ全体の利益向上や親会社
の株価向上に最も効率的になるように被付与者を選択するものであり、同時に、グ
ループ内の各会社の利益を財務諸表に正確に表示すべく、ストックオプションを付
与した親会社は、その権利行使に係る出捐を被付与者の勤務する会社から回収して
負担させているのであって、本件においても、米国マイクロソフトが供与した本件
各権利行使益の一部を日本マイクロソフトが実質的に負担している可能性も否定す
ることができない。
(5) 本件ストックオプションについて
 原告の勤務していた日本マイクロソフトは、米国マイクロソフトの子
会社であり、米国マイクロソフトがその株式の100パーセントを所有していると
ころ、その株式の保有関係から見ても前記(4)アにおいて見たとおり、子会社の従業
員である原告の勤労の成果によって、日本マイクロソフトだけではなく、親会社で
ある米国マイクロソフトも利益を得るという関係にある。そして、本件プランは、
マイクロソフトグループにおいて、実質的に責任ある職に最もふさわしい人材を誘
引し、かつ、維持することや、当該人材に付加的なインセンティブを提供し、会社
の事業の成功を促進させることを目的としており、その目的達成のために、前記(2)
イにおいて見たような条件が設定され、勤務会社における勤務と不可分に結びつけ
られているのであって、原告が日本マイクロソフトに勤務し、同社に対する役務を
提供することを基礎として、米国マイクロソフトが当該役務提供の対価として、権
利行使益を与えることをその趣旨・目的とするものであると解される。
 そして、原告は、米国マイクロソフトの子会社である日本マイクロソ
フトに勤務し、マイクロソフトグループの従業員等であったために、本件ストック
オプションを付与され、その後も日本マイクロソフトでの勤務を続けたからこそ本
件ストックオプションを行使することができ、その結果、本件各権利行使益を得た
のである。
 したがって、本件ストックオプションによる本件各権利行使益が、
「使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」に当たり、給与所得に該当する
ことは明らかである。
(6) 課税の対象及び課税の時期について
ア ストックオプションの場合、その付与と権利行使との間には時間的
な間隔が存在し、ストックオプションに係る所得の発生をどの時点でとらえるかが
問題となる。
 ストックオプションに係る課税の対象となるのは、権利行使益その
ものであり、その課税の時期は、ストックオプションの権利行使時である。すなわ
ち、ストックオプションの法的性質は、雇用契約等を不可欠の前提とした、株式の
売買の一方の予約における予約完結権であるところ、ストックオプションを付与さ
れた者が得る経済的利得は、正にこの予約完結権を行使して初めて株式譲渡の効力
が生じて株式引渡請求権を取得したことにより発生・実現する権利行使益にほかな
らず、これが課税の対象となる「所得」を構成するのである。また、所得税法36
条はいわゆる権利確定主義を採用したものと解されるところ、権利確定主義とは、
現実の収入がなくとも「収入すべき権利の確定した金額」があればこれに課税する
というものであって、外部の世界との間で取引が行われ、その対価を収受すべき権
利が確定した時点をもって所得の実現の時期と見る考え方である。そうすると、ス
トックオプションによって得られる経済的利得は、ストックオプションの行使によ
って発生、実現するとともに、その享受する経済的利益の金額が確定するのである
から、その権利の行使時が、課税の時期になるというべきである。
イ これに対し、ストックオプションそのものは、課税の対象とはなら
ず、ストックオプションの付与時ないし権利行使可能時においては、課税関係は生
じないと解すべきである。すなわち、ストックオプションは、予約完結権であり、
一種の形成権であるところ、その権利行使によって株式引渡請求権を取得すること
があり得るとしても、形成権であるストックオプション自体は、所得税法36条1
項にいう収入すべき権利には該当しない。また、ストックオプションの権利行使が
可能になった時点においても、その時点において権利行使をしなければ、外部の世
界との間の取引は全く行われないのであるから、その時点における株式の時価と権
利行使価格の差額相当の経済的利得は、いまだ実現していないといわざるを得な
い。
 このような理解は、企業会計において、付与時に対価が発生しない
ストックオプションについては、その付与時ないし権利行使可能時において会計処
理が行われず、権利行使時のみに会計処理が行われていること(平成14年3月2
9日付け「新株予約権及び新株予約権付社債の会計処理に関する実務上の取扱
い」)からも裏付けられる。
(7) 経済協力開発機構(OECD)租税委員会の第一作業部会における検
討内容
      経済協力開発機構(OECD)租税委員会の第一作業部会は、OEC
Dモデル租税条約に基づく関連条項の適用について検討し、適宜、可能な解釈と解
決策を提示しているところ、「従業員ストックオプション制度から生じるクロスボ
ーダーの所得税問題」と題する討議資料を公表している。この討議資料は、ストッ
クオプションを行使したことによる権利行使益を給与所得とする解釈を採用してい
る。この解釈は、あくまで条約適用上の問題に関するもので、国内法による給与所
得としての課税を権利行使時に義務付けるものではないものの、国際的に見て、ス
トックオプションについてのあるべき解釈の方針を示すものということができる。
(二) 予備的主張(雑所得)
(1) 被告は、前記(一)のとおり、本件各権利行使益は給与所得に該当する
と主張するものであるが、仮にそうでないとしても、本件各権利行使益は、「利子
所得」、「配当所得」、「不動産所得」、「事業所得」、「退職所得」、「山林所
得」及び「譲渡所得」のいずれにも該当しないことが明らかであり、かつ、次項に
述べるとおり、「一時所得」にも該当しないので、所得税法35条1項により、雑
所得に当たることとなる。
 この場合には、前記四において給与所得に該当するとした本件各権利
行使益の金額である平成8年分の445万7180円、平成9年分の369万50
17円、平成10年分の4106万4053円、平成11年分の1億0713万2
858円、平成12年分の1億3693万6879円、平成13年分の3783万
0851円がそれぞれの各年分の雑所得の金額となる。したがって、各年分の課税
総所得金額及び納付すべき税額並びに平成11年分ないし平成13年分の過少申告
加算税の額は、本件各更正処分における課税総所得金額及び納付すべき税額並びに
平成11年分ないし平成13年分の過少申告加算税の額と同額又はこれらを上回る
から、本件各更正処分及び本件各賦課決定は、いずれも適法である。
(2) 本件各権利行使益が一時所得に該当しないことについて
ア 権利行使益そのものは、株価の変動及び権利行使の時期に関する判
断によってその発生の有無及び金額が左右されるという偶発性、一時性があるもの
であったとしても、権利行使の結果である権利行使益の取得自体は、行使時期の判
断がゆだねられている従業員等による選択の結果であって、従業員等は、確実に意
図した利益を得ることができる状況の下で権利行使しているのであるから、権利行
使益を偶然に取得したものということはできない。
 また、所得は何らかの経済取引から生ずるものであるから、その発
生過程の中に偶発的な要素や当該所得を得た者の判断が含まれることは少なくない
が、これらは所得の有無や多寡を決定する要素の一つにすぎず、当該要素が含まれ
ることをもって一律に所得区分を判断することはできない。
イ 一時所得は、一時的・恩恵的・偶発的な所得であって担税力が低い
とされていることから、所得税法34条の規定により計算した所得金額の2分の1
の金額が総所得金額に算入されて、いわゆる2分の1課税がされているものであ
る。また、役務提供の対価たる所得については、たとえ一時的なものであっても、
偶発的に生じたものではなく、類型的に2分の1課税を認めるほど担税力が低いも
のではないことから、一時所得から除外されている。
       本件ストックオプションの権利行使益は、納税者が労務を提供した
ことに由来する所得であって、一時的・恩恵的・偶発的なものではないから、一時
所得と同一に取り扱い、2分の1課税の対象とすることは、所得税法の趣旨に反す
る。
ウ 一時所得(所得税法34条1項)に該当するためには、「利子所得
…(中略)…譲渡所得以外の所得」であって、「労務その他の役務…(中略)…の
対価としての性質を有しないもの」でなければならない。
 仮に、給与所得該当性の判断において労務の対価性が認められない
としても、直ちに一時所得の消極的要件としての対価性がないことになるわけでは
ない。雑所得該当性の判断の観点から、「労務その他の役務…(中略)…の対価」
の有無を積極的に判断しなければならない。そして、雑所得か否かの所得区分の基
準となる「対価性」は、双務契約における一方の履行に対する他方の給付という意
味での「対価」としての性質にとどまらず、「労務その他の役務」が契約上の義務
として行われた場合だけでなく、当該労務その他の役務を提供したことを評価し、
これに対して金銭その他の経済的利益が給付された場合をも含むというべきであ
る。
 本件ストックオプションによる権利行使益が、子会社の従業員等と
しての地位及びその勤務に密接に関係する所得であって、一時所得の消極的要件で
ある「労務その他の役務…(中略)…の対価としての性質」を有するものに当たる
ことは明らかであるから、これを一時所得に該当するという余地はないというべき
である。
エ 一時所得は「資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」(所
得税法34条1項)であるところ、仮に、原告が、ストックオプションという資産
を取得したものとして、ストックオプションの付与時に課税し得ると考えるのが正
しいとすると、本件各権利行使益は当該資産である本件ストックオプションを行使
した結果取得するものであり、資産の対価としての性質を有することとなり、この
点からしても、本件各権利行使益は、一時所得に該当しないというべきである。
〔原告の主張〕
   (一)(1) 所得税法28条1項は、給与所得を「俸給、給料、賃金、歳費及び
賞与並びにこれらの性質を有する給与…(中略)…に係る所得」と定義していると
ころ、ここにいう給与所得とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の
指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうとされ、
このような給与所得に当たるかどうかを判断するに当たっては、給与支給者との関
係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は
役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重要な要素に
なる(昭和56年最高裁判決)。
(2) しかしながら、ストックオプションの権利行使益の発生の有無及びそ
の金額は、その時の株式の市場価格の推移により異なるという不安定な性質を有す
る利益である。また、権利行使益は、本来の給与と比較して数倍、十数倍もの多額
な利益となる場合もあり、偶然性の強い性格のものである。このような権利行使益
の性質からすれば、権利行使益は労務の提供に対する対価であるということはでき
ない。
(3) ストックオプションを行使したことによる権利行使益は、個別具体的
な行為に対する対価であると認定すること自体困難である。また、株式の市場価格
は、会社の業績だけでなく他の様々な要素によって形成されていくものであり、一
子会社の一従業員の精勤によって株価が上昇するなどということは考えられない。
そうすると、権利行使益は労務の提供に対する対価であるということはできない。
(4) また、原告と本件ストックオプションの付与者である米国マイクロソ
フトとの間には、何ら雇用関係又はこれに類する関係は存在しない。原告は、現実
にも、米国マイクロソフトの指揮命令に服したことも、その時間的、空間的な拘束
の下で労務を提供したこともなく、米国マイクロソフトに対して、人的役務をおよ
そ提供しておらず、同社に出張派遣されたこともなければ、その職務内容として同
社の役員や幹部に面談したことすらない。したがって、本件各権利行使益は、労務
の対価としての性質を有しない。
(5) 原告の日本マイクロソフトに対する精勤が米国マイクロソフトに間接
的に寄与しているとしても、かかる間接的な漠然とした親会社への寄与は、権利行
使益がその対価的給付であるということができるような、具体的な役務提供という
ことはできない。
(6) 法人税法34条及び35条は、法人の役員給与につき、内国法人がそ
の役員に対して支給した給与を予定している。したがって、親会社が親会社の従業
員に対して支給するものが給与であり、親会社が子会社の従業員に対して供与する
経済的利益等は、法人税法上の給与に該当しない。
(7) 被告は、租税特別措置法29条の2が給与所得の特例の節に掲げられ
ていることをもって、本件各権利行使益が給与所得であると主張する。
 しかし、租税特別措置法29条の2は、ストックオプションに対する
課税に関し、その対象や課税価格の算定について様々な問題点が存することから、
とりあえず、租税特別措置法上のストックオプションに限って、給与所得としての
位置づけを与えた上で、課税の特例を定めたものであり、本件各権利行使益につい
ては、適用がない。
(8) 被告は、本件ストックオプションの行使について日本マイクロソフト
に一定期間勤務していること等の制約があることを、本件各権利行使益が労務の対
価であることの根拠として主張する。
 しかし、贈与においても一定の制約を付けることがあるのは周知の事
実であるから、被告の主張には理由がない。
(二)(1) 本件各権利行使益は、以下の(2)ないし(4)に見るとおり、一時所得
に該当するので、雑所得には当たらない。
(2) 権利行使益の発生の有無及び多寡は、株価の偶発的な変動により大き
く左右される偶然性の強い性格のものである。株式の市場価格は、企業の業績のほ
か、金利、為替、株価格付け、国際情勢等の様々な要素によって形成されていくも
のであり、一時的・偶発的な性質を有する。
(3) ストックオプションの付与は、使用者が一方的に決定するものであ
り、継続的付与が予定されているという性格のものではない。したがって、ストッ
クオプションの行使による権利行使益は、一時的・偶発的なものである。
(4) 本件各権利行使益が、給与所得に該当せず、一時所得の意義を定める
所得税法34条1項が他に列挙する利子所得等の所得にも該当しないこと、そし
て、本件各権利行使益が、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の所得
であり、かつ、労務その他の役務の対価としての性質を有しないものであること
は、前記(一)に論じたところから明らかである。したがって、本件各権利行使益
は、同項の定める一時所得の定義に合致する。
2 争点②(課税公平主義、租税法律主義、理由付記及び信義則違反)につい

〔原告の主張〕
(一) 課税公平主義違反、租税法律主義違反
(1) 被告が主張する「親会社」と「子会社」の概念は、税法に規定がな
く、親会社と子会社の範囲が不明確であるから、本件各更正処分は、課税要件法定
主義、課税要件明確主義を予定している租税法律主義に違反する。
 また、仮に付与会社が被付与者の勤務会社の株式の80パーセントを
保有していた場合にストックオプションの権利行使益が給与所得に当たらないので
あれば、勤務会社の株式の100パーセントを保有する本件の場合との相違が不明
確であり、本件各更正処分は、課税公平主義に違反する。
(2) 平成8年6月18日付け「『所得税基本通達』の一部改正について」
の通達改正の適用時期前の平成8年において、従業員が勤務会社から有利発行によ
る増資割り当てを受けた場合の経済的利益については、それが「給与等に代えて行
われたものでない場合」には一時所得とされたのであるから、平成8年中にストッ
クオプションを行使したことによって得た権利行使益を給与所得とすることは、不
公平な違法な課税処分である。
(二) 理由付記の不備
 本件各更正処分及び本件各賦課決定は、その通知書に何ら具体的な理由
が記載されていないから、理由付記不備の違法がある。
(三) 信義則違反
 課税庁は、十数年にわたり、ストックオプションの権利行使益は一時所
得として課税すべきであるという見解を示していた。
 原告は、平成8年分ないし平成13年分の所得税について、課税庁の上
記見解に基づき、これを信頼して、本件各権利行使益を一時所得として申告をした
のであるから、かかる信頼は保護されるべきである。
 したがって、ストックオプション行使による権利行使益を給与所得とし
た本件各更正処分は、信義則に違反する違法なものである。
〔被告の主張〕
(一) 租税法律主義違反について
 前記のとおり、本件各権利行使益は、所得税法28条の解釈上、同条所
定の「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与」に該当
すると解されるから、本件各更正処分は、法律に基づくものであり、何ら租税法律
主義に違反しない。
(二) 理由付記不備の違法について
 所得税法は、155条2項所定の更正処分以外の更正処分については、
理由付記を要求しておらず、本件各更正処分及び本件各賦課決定は、同項所定の更
正処分には該当しない。したがって、本件各更正処分及び本件各賦課決定に理由を
付記しなかったとしても何ら違法ではない。
(三) 信義則違反について
(1) 租税法の分野においては、租税法律主義の下に公平な課税を実現しな
ければならないから、信義則の法理の適用に際しては、少なくとも、①税務官庁が
納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示したこと、②納税者がその表示を
信頼し、その信頼に基づいて行動したこと、③後に上記表示に反する課税処分が行
われたこと、④そのために納税者が経済的不利益を受けたこと、⑤納税者が税務官
庁の上記表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに
帰すべき事由がないことを不可欠のものとして検討した上で、租税法規の適用にお
ける納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税
を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事
情を備えているか否かにつき検討する必要がある。
 そして、上記②の事由については、納税者が単なる誤った申告を行っ
たことはこれに当たらず、信頼に基づいて申告以外の何らかの行動をしたことが必
要であるというべきである。上記④の事由についても、単に当該課税処分によって
税額が増加したことでは足りず、申告以外の何らかの具体的な行動をとったことに
より具体的に経済的不利益を受けたことが必要であるというべきである。
(2) しかしながら、原告は、本件各権利行使益を所得申告するに際して、
課税庁の従来の取扱い等に従って本件各権利行使益を一時所得として申告したとい
うにとどまるのであるから、前記②及び④の事由が存しないことは明らかである。
 したがって、本件各更正処分に係る課税を免れしめて原告の信頼を保
護しなければ正義に反するといえるような特別の事情があると認めることは到底で
きないから、原告の前記主張に理由がないことは明らかである。
3 争点③(本件各賦課決定と国税通則法65条4項適用の可否)について
〔被告の主張〕
 原告は、平成11年分ないし平成13年分の所得税につき、税額を過少に
記載して各年分の確定申告書を被告に提出している。同申告書に記載された納付す
べき税額が過少であることについて、国税通則法65条4項に規定する正当な理由
があったと認めることはできない。
第三 当裁判所の判断
一 争点①(本件各権利行使益の所得区分)について
1 本件においては、本件各権利行使益が、給与所得、一時所得又は雑所得の
いずれに該当するかが問題となっている。そこで、所得税法の定め方を見ると、同
法34条1項は、一時所得について、「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所
得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的と
する継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲
渡の対価としての性質を有しないものをいう。」と規定し、また、同法35条1項
は、雑所得について、「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、
退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をい
う。」と規定している。したがって、一時所得又は雑所得に該当するというために
は、給与所得に該当しないことを要することとなる。
 そうすると、本件各権利行使益の所得区分を判断するに当たっては、ま
ず、本件各権利行使益が給与所得に該当するか否かが検討されるべきである。
  2(一) そこで検討するに、所得税法28条1項は、給与所得について、「俸
給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下この条にお
いて「給与等」という。)に係る所得をいう。」と規定しており、これが給与所得
の定義である。そして、「俸給」、「給料」、「賃金」、「賞与」といった言葉の
通常の意味、同項が「これらの性質を有する給与」を付け加えており、支給の際の
名称にこだわって所得区分をしているわけではないこと、さらに、他の所得区分と
の相違点等を勘案すると、基本的な考え方としては、昭和56年最高裁判決の判示
するとおり、給与所得とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮
命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいい、給与所得に
該当するか否かを検討するに当たっては、給与支給者との関係において何らかの空
間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、そ
の対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならないものと解
される。
   (二) 本件各権利行使益が給与所得に該当するか否かについても、上記観点
からこれを検討すべきであるところ、前記前提となる事実を総合すると、本件プラ
ンに基づく米国マイクロソフトのストックオプションは、米国マイクロソフト及び
その子会社の責任ある職の従業員等を選定して、職務への精励に報いることによ
り、その職に最もふさわしい人材を誘引して、その就労を維持させるとともに、一
層の職務精励への動機付けを与え、米国マイクロソフト及びその子会社からなるい
わゆるマイクロソフトグループの業績を向上させるために、米国マイクロソフト及
びその子会社の役員及び従業員に対してのみ付与されるものであり、これを付与さ
れた従業員等は、本件プランの条件に従ってのみ権利行使をして、株式の市場価格
と所定の権利行使価格との差額の利益を取得することができ、従業員等としての地
位を失った場合には、当該地位の終了の日において行使可能となっていなかったス
トックオプションについては権利を失い、行使可能であった分も一定期間後に行使
することができなくなるものと認めることができる。
 そうすると、本件ストックオプションは、被付与者が日本マイクロソフ
トの従業員等として優れた労務を提供し、十分な成果を挙げているからこそ、その
地位、とりわけ重要な地位に基づき、報奨を与えて更なる職務への精励と勤務の継
続を求めるために付与されたものということができる。したがって、本件ストック
オプションの付与は、後述するように、それ自体を所得と見ることは困難であるも
のの、我が国の雇用関係上支給されていることの多い「賞与」の性質を有するもの
であり、ただ、通常の現金や証券等の交付とは異なり、その行使によって実際に利
益を取得することができるか否か、また、その利益の多寡が、当該従業員等の職務
への精励と勤務の継続によって影響を受け得るように特別に工夫された労務の対価
の給付の新たな一方式であると考えるのが自然である。そうだとすれば、本件スト
ックオプションの行使によって発生した本件各権利行使益も、同じ性質のものと考
えるのが最も自然ということができよう。
 また、給与所得と他の所得区分との相違という観点から考えてみても、
本件各権利行使益は、自己の計算と危険において独立して営まれる事業から生ずる
ものではないので、事業所得と見る余地がないのはもちろん、従業員等としての地
位から離れてたまたま付与されたものから生じたものではなく、前記のように労務
の対価として付与された本件ストックオプションから生じたものであることからす
ると、これを「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労
務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」という一時所
得に該当すると見ることも、容易ではないというべきである。
 もっとも、本件各権利行使益については、ストックオプションそれ自体
でも、また、勤務する会社から直接受け取ったものでもなく、日本マイクロソフト
の従業員であった原告が、日本マイクロソフトの親会社である米国マイクロソフト
から本件ストックオプションを付与され、これを行使したことにより、権利行使時
における米国マイクロソフト株式の市場価格と払い込んだ権利行使価格との差額に
当たる経済的利益を取得したものであるという特殊性があり、前述した給与所得に
ついての基本的な考え方に一見そぐわない面もある。したがって、本件各権利行使
益が給与所得に該当すると判断するためには、上記で論じたところに加え、さら
に、①ストックオプションによる権利行使益が発生するか否か、また、権利行使益
が発生するとして、どのような金額になるのかが、使用者側の決定ないし判断ばか
りではなく、むしろ株式相場の動向やいつの時点においてストックオプションを行
使するのかについての従業員等の判断によって定まるのではないかということが問
題となるところ、それでも権利行使益は使用者から受ける給付といえるのか、ま
た、これによる労務の対価性への影響についてどのように考えるのか(以下、これ
らの問題点を「本件問題点①」という。)、及び②本件各権利行使益は、原告との
間の雇用契約の当事者である日本マイクロソフトからではなく、米国マイクロソフ
トから付与されたものではないかということが問題となるところ、この使用者と直
接給付した者とのかい離、ないしはこれによる労務の対価性への影響についてどの
ように考えるのか(以下、これらの問題点を「本件問題点②」という。)、という
二組の問題点に注目しながら、前述した給与所得と解するための基本的な考え方に
照らして、更に吟味する必要がある。
 なお、上記二組の問題点は、二つの観点を示しているものに近く、検討
自体は、内容的に関連する部分があるが、本件各権利行使益が給与所得に該当する
か否かを判断するに当たっては、便宜上、まず、本件問題点①の観点から検討し、
次いで本件問題点②の観点に立って検討を加えることとする。
  3 本件問題点①について
(一) ストックオプション制度とは、典型的には、株式会社が自社又は子会
社の従業員等に対し、自社又は子会社における勤務等を条件として、自社株式を一
定の期間内にあらかじめ定められた権利行使価格で購入することができる権利(売
買予約の予約完結権に当たる。)を付与するものである。したがって、ストックオ
プションを付与されただけでは、権利行使益が生ずるのか否か、あるいは生ずると
してもその金額が幾らとなるかは、全く確定しておらず、ストックオプションを行
使することによって権利行使益を発生させるためには、当該権利行使の時点におけ
る株式の市場価格が、ストックオプション付与契約において定められた権利行使価
格を上回ることを要し、ストックオプションの行使時点における株式の市場価格と
権利行使価格との差額がその権利行使益の額となるのである。
 そして、株式の市場価格は、当該会社の業績、一般的な経済状況、株式
市場の状況その他様々な要因によって定まるものであることは公知の事実であるか
ら、株価の変動の形成要因を一義的に認定することは困難であるということができ
る。
 また、ストックオプションを付与された従業員等は、ストックオプショ
ンの行使を義務付けられているわけではなく、一定の条件の下で、自由にストック
オプションを行使する時期を選択することができ、あるいは行使しないままとする
こともできるのであり、このことは本件ストックオプションにおいても同様であ
る。
 このように、ストックオプションを行使したことによる権利行使益の発
生の有無及びその多寡については、株価の変動及び従業員等による権利行使の時期
についての判断により左右されることが明らかであり、このようなストックオプシ
ョンの特殊な性質は、自社株方式ストックオプションの場合でも、親会社株方式ス
トックオプションの場合でも、いずれにおいても同様であるということができる。
(二) 問題点①ⅰ(付与会社から受ける給付か)について
(1) 以上のようなストックオプションの特殊性に照らすと、そもそもスト
ックオプションを行使したことによる権利行使益については、付与会社から受ける
給付といえるのかという点がまず問題となり得る(これを「問題点①ⅰ」とい
う。)。すなわち、権利行使益は従業員等がストックオプションを行使することに
よって初めて発生するものであること、権利行使益の具体的な額は、従業員等がそ
の判断によりストックオプションを行使した時点における株価に応じて定まるこ
と、その株価は、多様な要因によって定まるものであり、付与会社が決定すること
ができるものではないことからすると、現実に権利行使益が発生するか、また、そ
の価額が幾らであるかは、付与会社が決定したものではないと考えることも可能で
あろう。そうすると、ストックオプションを行使したことによる権利行使益につい
ては、そもそも従業員等が付与会社から受ける給付ではないという見解も、あり得
ないわけではないと考えられる。
(2) しかしながら、付与会社は、従業員等がストックオプションを行使し
た場合には、自社株式をあらかじめ定められた権利行使価格で当該従業員等に対し
て引き渡す義務を負うのであり、その結果として、当該従業員等は、ストックオプ
ションを行使したことによる権利行使益を取得することとなるのである。
 また、これを別な観点から見ると、従業員等がストックオプションを
行使したことにより権利行使益を取得した場合には、付与会社にとって、本来自ら
保持し、処分することができたはずの当該権利行使益に相当する株式の含み益を従
業員等に対して移転させていることを意味するのである。そして、従業員等が行使
したストックオプションは、従業員等と付与会社との間において締結されたストッ
クオプション付与契約に基づいて付与会社から従業員等に対して与えられたものに
ほかならないところ、付与会社は、従業員等がストックオプションを行使すること
によって、上記のとおり、従業員等に対して権利行使益に相当する株式の含み益を
移転させることになる場合があることを、ストックオプション付与契約の当然の内
容として了解していたということができる。そして、ストックオプション付与契約
によって、その権利行使の条件、期間、権利行使価格等も具体的に定められていた
のである。従業員等がストックオプションを行使して、現実に権利行使益を取得す
るということは、このように既にストックオプション付与契約の内容として定めら
れていたことが現実化したにすぎないということができる。
 また、ストックオプション制度では、当該株式の市場価格が権利行使
価格より下回ったときは、単に権利行使をしなければよいのであって、現に、だれ
も権利行使をしないであろうから、一般の株式投資のように、投資者の判断次第で
損失が生ずるということはなく、常に、経済的利益が生ずるか又は経済的利益が生
じないこととなるにすぎないのである。
(3) このように見てくると、ストックオプションを行使したことによる権
利行使益の発生の有無及びその多寡が、株価の変動や従業員等による権利行使の時
期についての判断に左右されることはそのとおりであるとしても、現実に従業員等
が権利行使益を取得した場合には、当該権利行使益は、付与会社が、その定めた一
定の条件の下に、当該権利行使益に相当する株式の含み益を従業員等に移転させる
ことを予定していたところ、付与会社が被付与者に株式を交付することにより、そ
の予定を現実化したものであり、外形的に見れば株式の交付、実質的に見ればこの
ような含み益の移転によって、付与会社が当該従業員等に付与したものであると認
めることができる。
(4) 以上によれば、ストックオプションを行使したことによる権利行使益
は、従業員等が付与会社から受ける給付であるというべきであり、本件各権利行使
益についていえば、米国マイクロソフト、ないしは、後述するように、米国マイク
ロソフトを親会社とする日本マイクロソフトを含むマイクロソフトグループ(以
下、これらを合わせて「米国マイクロソフト等」ということがある。)から受ける
給付ということができる。
(三) 問題点①ⅱ(権利行使益の不確定性と労務の対価性)について
(1) 前記(二)のとおり、本件各権利行使益は米国マイクロソフト等から原
告が受け取った給付ということができるから、本件問題点①における残された問題
は、ストックオプションによる権利行使益の発生及びその多寡が株価の変動及び従
業員等による権利行使の時期についての判断に左右される流動的なものであること
を考慮に入れた上で、なお本件各権利行使益が、たまたま生じたものなどではな
く、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価であるということができるのか
という点になる(これを「問題点①ⅱ」という。)。
(2) そこで検討するに、本件各権利行使益は、本件ストックオプションを
行使したことにより原告が取得したものであるところ、本件ストックオプション
は、本件プラン及びこれに基づく原告と米国マイクロソフトとの間の本件付与契約
によって、米国マイクロソフト等から原告に対して付与されたものである。そし
て、本件付与契約は、本件プランに従って締結されたものであるから、本件ストッ
クオプションの趣旨、内容、行使方法等は、本件プラン及びこれを受けた本件付与
契約において定められているということができる。
 そうだとすれば、米国マイクロソフト等から原告に対して付与された
本件各権利行使益が、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価に該当するか
否かを判断するに当たっては、本件プラン及び本件付与契約の趣旨、目的、内容等
を検討することが極めて重要であるというべきである。
(3)ア そこで、本件プラン及び本件付与契約の趣旨、目的、内容等を見る
に、まず、米国型のストックオプション制度は、会社が自社又は子会社の従業員等
に対し、自社又は子会社における勤務等を条件として、自社株式を一定の期間内に
あらかじめ定められた権利行使価格で購入することができる権利を付与する制度で
あるところ、乙第1号証、第2号証の1、第3、第5及び第28号証並びに弁論の
全趣旨を総合すると、ストックオプションは、1920年代ころから、アメリカ合
衆国において、現金による支給に代えて考案された報酬制度の一種であり、当初
は、節税目的や、あるいは、役員だけの報奨金という使われ方が多かったが、徐々
に利用範囲が広がり、現在では、一般に、ストックオプションを従業員等に対して
付与するのは、要職に就いている従業員等の貢献ないし職務への精励に報いること
により、当該従業員等の一層の職務精励と就労の継続の確保を期待し、これによる
会社の業績向上を企図するからであり、このようなストックオプション制度の趣旨
は、自社株方式ストックオプションと親会社株方式ストックオプションとにおいて
特に異なるものではないことが認められる。
 本件ストックオプションについてみても、乙第13号証によると、
本件プランは、自社株方式ストックオプションと親会社株方式ストックオプション
とを区別することなく、その目的を「従業員等の経済的利益と株式を長期に保有す
ることによる価値を結びつけることにより、実質的に責任ある職に最もふさわしい
人材を誘引しかつ維持すること、当該人材に対して、付加的なインセンティブを提
供すること及び会社の事業の成功を促進すること」であると規定しており、ストッ
クオプションを従業員等に対して付与する趣旨が、一般的な米国型ストックオプシ
ョンと変わるものではないことは、明らかである(なお、「インセンティブ」と
は、励みや動機となるもの、報奨金等を意味する。)。
 そして、一般に、ストックオプション制度においては、ストックオ
プションの付与の対象者が従業員等に限定されており、ストックオプションは、従
業員等の地位があるからこそ付与されるものであること、ストックオプションをだ
れに付与するのかの選定は、会社にとっての当該従業員等の貢献度ないし勤続の確
保と職務精励の重要度により左右されるものであること、ストックオプションを行
使する条件として一定期間の勤務の継続が必要であること、また、ストックオプシ
ョンの譲渡が禁止され、退職等により雇用契約が消滅した場合等には、ストックオ
プションが消滅したり、その行使期間が制限されることがその内容として定められ
ていることが多いところ(乙1、2の1、3、5及び28並びに弁論の全趣旨によ
り認められる。)、本件付与契約も同様であることは、既に判示したところから明
らかである。
イ このような本件付与契約ひいてはストックオプション制度一般の趣
旨、目的、内容等に照らして、以下、ストックオプションの行使による権利行使益
の性質について検討することとする。
(ア) ストックオプション制度は、従業員等が、当該株式の市場価格
が権利行使価格を上回っている状況においてストックオプションを行使することに
より、権利行使益を取得することができるということをその内容としている。そし
て、前記のとおり、ストックオプションを従業員等に対して付与するのは、要職に
ある従業員等に報いることにより、一層職務に精励し、就労を継続するであろうこ
とを期待するからであるところ(乙1、2の1、3、5及び28並びに弁論の全趣
旨により認められる。)、ストックオプションがいわゆるインセンティブ報酬の一
種であるとされるゆえんは、従業員等が勤務会社において就労を継続することがス
トックオプションの権利行使の要件になるとともに、一層の職務への精励が、勤務
会社の業績の向上につながり、ひいては親会社である付与会社の株価の上昇に貢献
し、その株価の上昇がストックオプションを行使することによる権利行使益の額の
増加につながり得るからこそ、当該従業員等も、就労を継続し、職務に励むことを
動機付けられるという関係にあるからであり、会社は、このような関係に着目し
て、ストックオプション付与契約を締結していると認めることができる。
 もっとも、株式の市場価格は、当該会社の業績のみならず、一般
的な経済状況、株式相場の動向その他多様な要因によって定まるものであることか
らすると、従業員等の勤務会社における職務精励の継続が、実際に付与会社の株価
の上昇にどの程度貢献するのかという点は、検証不可能な問題である。また、原告
も指摘するように、大規模な会社の場合、ストックオプションの付与を受けた一人
一人の従業員等の貢献は微々たるものではないかという問題もある。
 しかしながら、株価の変動が多種多様な形成要因によって定まる
ものであるとしても、当該会社の業績が、当該会社の株価を形成する重大な要素の
一つであることは明らかである。そして、会社の業績というものは、従業員等が当
該会社に提供する労務が集合した成果であることにかんがみれば、従業員等の勤務
会社における職務への精励が、付与会社の株価の上昇に貢献し得るという関係にあ
ることもまた明らかというべきである。 
 さらに、より重要なことは、ストックオプション制度を採用した
会社が、どのような意図の下で、この制度を構築したのかということである。この
ような観点から見ると、ストックオプション制度は、被付与者全員をまとめて見る
ならば、被付与者たちが職務に精励し続けることが、付与会社の利益になり、か
つ、付与会社の株価の上昇にもつながるので、一層の職務精励の動機付けになると
いう考え方に立って、制度が作られていることは明らかというべきである。実際の
結果として、個々の権利行使益につき、従業員等の職務精励の継続が株価の上昇を
どの程度実現させたものであるかは、ストックオプション付与契約、ひいてはスト
ックオプション制度の趣旨、内容を認定する上で重要ではなく、ストックオプショ
ン制度において、従業員等の勤務会社における職務精励の継続が付与会社の株価の
上昇に貢献し得るという関係にあることに着目して当該ストックオプション付与契
約が締結されたものであるという前記認定判断に影響するものではないというべき
である。
 そうすると、このように、ストックオプション制度は、要職にあ
る従業員等の勤務会社における職務精励の継続が、勤務会社の業績の向上、ひいて
は付与会社の株価の上昇に貢献し得ることをその本質的要素ないし前提として、構
築されているものということができる。
 以上によれば、付与会社が従業員等に対してストックオプション
を付与するのは、要職にある従業員等に報い、一層の職務への精励と勤務の継続を
期待するからであるところ、このようにストックオプションを付与することによっ
て、当該従業員等の職務精励の継続を期待することができるのは、単に何らかの経
済的利益となり得るものを付与したからというだけではなく、ストックオプション
を付与された従業員等にとって、勤務会社で引き続き職務に精励することが権利行
使に必要である上、それが勤務会社の業績の向上と付与会社の株価の上昇に貢献し
得、結局、権利行使益の発生及び増額につながると考えられるからにほかならな
い。そうすると、ストックオプションを行使したことによる権利行使益の付与は、
従業員等の勤務会社における貢献ないし職務精励に報い、その継続を確保するため
のものであるから、ストックオプション付与前あるいは付与時における勤務会社へ
の労務の提供のみならず、付与から権利行使までの間の労務の提供とも密接な関係
があることは明らかというべきである。
(イ) さらに、別な観点から見ても、前記のとおり、米国型のストッ
クオプション制度においては、一般に、ストックオプションの付与対象者が自社又
はグループ会社の従業員等に限定されているほか、ストックオプションを行使する
前提条件として、一定期間の勤務が要求され、また、ストックオプションの権利行
使期間、権利行使価格等が定められている上、ストックオプションの譲渡が禁止さ
れ、退職等により雇用契約等が消滅した場合等には、ストックオプションが消滅し
たり、その行使期間が制限されるものとされているところ、これらは、権利行使価
格の点等の定めを除けば、いずれもストックオプションを行使する前提として勤務
会社に対して労務を提供することを要求するものである。すなわち、ストックオプ
ションを行使して権利行使益を取得するためには、まず、勤務会社に対して労務を
提供しなければならないということが、ストックオプション制度の本質的要素なの
である。
 また、付与会社は、従業員等がストックオプションを行使した場
合には、権利行使益に相当する株式の含み益を当該従業員等に移転させることとな
るところ、株式会社が何らの見返りもなく経済的負担を負うとは考え難いのである
から、付与会社が従業員等に権利行使益を取得させるのは、当該従業員等の勤務会
社におけるストックオプション付与前ないしは付与時の労務の提供及び付与後の職
務精励の継続に付与会社が着目しているからにほかならないというべきである。
(ウ) 以上によると、このような権利行使益と従業員等の労務の提供
との関係に着目するならば、ストックオプションを行使したことによる権利行使益
は、勤務会社における貢献と職務への精励及びその継続に対して付与されるもので
あると認めるのが相当である。
(エ) なお、ストックオプションを行使したことによる権利行使益が
従業員等の勤務会社における貢献と職務への精励及びその継続に対して付与される
ものであることは、自社株方式ストックオプションと親会社株方式ストックオプシ
ョンとで、基本的に異なるところはないものというべきである。すなわち、後に4
(四)(4)において述べるとおり、従業員等が日本マイクロソフトに提供する優れた労
務が、結局、米国マイクロソフトが保有する資産の価値の向上ひいては米国マイク
ロソフトの株価の上昇に貢献し得る関係にあるという考え方に立脚して、本件プラ
ンが作られているのである。
 また、より事案に即して検討を進めてみても、乙第15、第42
及び第44号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、米国マイクロソフトが日本マイ
クロソフトの従業員等に対してストックオプションを付与するか否かを決定する際
には、まず、日本マイクロソフトが面接などを含む人事考課を行った上で、米国マ
イクロソフトに対して推薦を行い、これを受けて米国マイクロソフトにおいて決定
すること、上記推薦の際には、当該従業員等の過去における職務上の努力と功績、
将来に及ぶマイクロソフトグループへの長期的貢献及び当該従業員等が当該グルー
プを退職した場合における潜在的な影響といった要因を考慮して行われることがそ
れぞれ認められる。これらの事実にかんがみると、米国マイクロソフトは、日本マ
イクロソフトの従業員等の日本マイクロソフトにおける具体的な勤務内容等に着目
し、職務への精励と成果を相当程度に分析評価した上、さらに、ストックオプショ
ンを付与した後における職務精励の継続の確保や米国マイクロソフト等への貢献の
可能性等を考慮した上でストックオプションを付与しているものと推認することが
できる。このことからしても、原告の日本マイクロソフトにおける貢献と職務への
精励及びその継続に対して、本件ストックオプション及びその権利行使益が付与さ
れているということができる。
(4) 以上のとおり、本件プラン及び本件付与契約、ひいてはストックオプ
ション制度の趣旨、目的、内容等に照らして考えると、ストックオプションを行使
したことによる権利行使益は、従業員等の勤務会社における貢献と職務への精励及
びその継続に対して付与されるものということができ、本件についていえば、本件
各権利行使益は、原告の日本マイクロソフトにおける貢献と職務への精励及びその
継続に対して付与されたものであると認めることができる。
 したがって、問題点①ⅱ(権利行使益の不確定性と労務の対価性)の
観点から検討してみても、本件各権利行使益は、使用者の指揮命令に服して提供し
た労務の対価ということができる。
(四) 原告の主張について
(1) 原告は、前記のように、ストックオプションの権利行使益の発生の有
無及び多寡は、一時的、偶発的な株式市場の諸要因によって定まる不安定なもので
あること、株式の市場価格は、会社の実績だけではなく、他の様々な要素によって
形成されていくものであること、一従業員の精勤によって株式の市場価格が上昇す
るなどとは考えられないこと、権利行使益を個別具体的な行為に対する対価と認定
することは困難であること等を指摘して、本件各権利行使益は、労務の提供による
ものではないから、原告が日本マイクロソフトに提供した労務と本件各権利行使益
との間に対価性はなく、本件各権利行使益は一時所得に該当するなどと主張するの
で以下検討する。
(2) まず、給与所得か否かを判断するために当該利益と労務の提供との対
価性を検討する場合、特定の給与と、個別具体的な特定の労務との対価関係を認定
する必要があると解すべき理由はない。所得税法上の所得区分を定めるという局面
においては、当該人の労務の提供一般に対して給付がされていることを認定するの
みでも十分である。したがって、この点に関する原告の主張は、採用することがで
きない。
(3)ア 次に、前記のとおり、ストックオプションを行使したことによる権
利行使益の発生の有無及びその多寡が、株式の市場価格の変動及び従業員等による
権利行使時期に関する判断に左右されることは、原告主張のとおりである。そし
て、株式の市場価格は、会社の業績、一般的な経済状況、株式相場の動向その他多
様な要因から形成されるものであるから、従業員等が現実に権利行使益を取得した
場合において、従業員等が勤務会社において職務への精励を継続したことと当該権
利行使時点における株価との間に数量的な関連性を認めることは、実際上はほとん
ど不可能ということができる。
 したがって、従業員等がストックオプションを行使することにより
取得した権利行使益については、当該従業員等が勤務会社に対して提供した労務の
内容ないし量に応じてその多寡が定まるという相関関係は極めて希薄であるという
べきである。
イ しかしながら、以下のとおり、労務の内容とこれに対して支給され
る経済的利益の多寡との関係について見てみた場合、確かに、両者の間に何らかの
相関関係があること、例えば、10の労務(便宜上、その労務の量を観念的に数値
で表現することとする。)を提供した者と20の労務を提供した者とがいる場合に
おいて、前者に対して10万円の経済的利益が付与されるならば、後者に対して2
倍の20万円、あるいは、少なくとも10万円を超える経済的利益が付与されるこ
とが、一般的な感覚として望ましいということはいえるであろうが、現に発生した
所得が給与所得に該当するか否かという問題を検討する場合に、給与所得に該当す
るための要件として、提供された労務とこれに対して支給される経済的利益との間
にこのような相関関係があることが要求されるべきであるとする合理的根拠は見い
だすことができず、そのような立場は、採用することができない。
 すなわち、給与所得に該当することに問題のないことが多いであろ
う使用者から交付される給料、賞与等について見てみても、その経済的利益の多寡
が、現実に提供した労務との関係が薄い要素によって決定される場合があることは
明らかである。例えば、会社の業績が極めて好調な場合には、昨年に20の労務に
ついて50万円の賞与を支給したところ、本年はその者が10の労務しか提供して
いないのに、100万円の賞与を支給するということもあり得よう。逆に、会社の
業績が悪化したり、あるいは、経済的状況の見通しが悪い場合などには、昨年に2
0の労務を提供した者が、本年は30の労務を提供しているにもかかわらず、給料
や賞与の額を下げられるという事態も考えられるであろう。また、そもそも賞与の
支給額について、当該業績に対する貢献度に応じて個々人ごとにその多寡を決定し
ているというような会社ばかりとは限らないことは、公知の事実である。さらに、
労務に対して支給される給料の額が、年功序列や従業員等の費用補償、福利厚生
等、必ずしも当該労務の量とは関係しない要素に基づいて決定される場合も少なく
ないことも、公知の事実である。
ウ また、権利行使益は、発生しないこともあり得るわけであるが、給
与所得に該当するか否かという問題は、現実に収入が発生した場合において、当該
収入が、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供し
た労務の対価に該当するか否かという問題であるから、当該収入が、雇用契約に基
づいて提供された労務に対して支払われたことが認められるにもかかわらず、当該
収入が発生しない場合もあるとか、当該収入の多寡が当該労務の内容と関係のない
要素によっても左右されることを理由として、当該収入の給与所得該当性を否定す
ることには合理性がないというべきである。さらにいえば、仮に、給与所得に該当
するための要件として、労務の量と支給される経済的利益の額との間の相関関係が
必要であるとするならば、給与所得に該当するか否かを判断するためには、支給さ
れた経済的利益の算出根拠と労務の内容との関係が常に吟味されるべきであるとい
うこととなるが、このような吟味方法は、前記のとおりの給与等の支給実態から見
ても、不自然かつ不合理であるというべきである。
エ このように見てくると、給与所得該当性を判断する上で、提供され
た労務と支給された経済的利益との間に何らかの相関関係があるか否かという観点
は、あくまで当該経済的利益が当該労務の対価か否かを判断する上での考慮要素の
一つになり得るにすぎず、それ以上の意味は有しないというべきである。
 したがって、ストックオプションを行使したことによる権利行使益
の多寡と当該従業員等が勤務会社に提供した労務の内容ないし量との関係が希薄で
あることは、当該権利行使益が当該労務に対する対価であることを否定するもので
はないというべきであり、他の面から「労務の対価」であることを認定することが
できるのであれば、上記相関関係を吟味する必要はないということができる。
オ なお、ストックオプションを行使したことによる権利行使益の多寡
が、株価の変動及び権利行使時期についての判断に左右されることからすると、さ
ほど勤務会社の業績に貢献していなかったにもかかわらず、景気の状況その他の要
因から株価が高騰している時点でストックオプションを行使することによって莫大
な利益を得る者がいたり、他方において、会社の業績に対して極めて大きな貢献を
したにもかかわらず、不況その他の理由から株価は全く上昇せず、権利行使益を取
得することができなかった者もあり得るということができる。また、米国マイクロ
ソフトのような大会社を念頭に置いた場合、原告の指摘するとおり、その株価の上
下に関して、実際には、一従業員の職務精励の重要性はほとんど存しないのではな
いかということもできよう。このような事例を想定するならば、原告の主張するよ
うに、権利行使益と現実に提供した労務との間の相関関係は余りにも希薄であっ
て、権利行使益は偶然的性格が強すぎると論難する見解もあり得よう。
 しかしながら、既に説示したとおり、ストックオプション制度が、
全体として、被付与者の勤務会社における職務への精励の継続が、勤務会社の業績
の向上ひいては付与会社の株価の上昇に貢献し得ることをその本質的要素としてお
り、ストックオプションを行使することによって生ずる権利行使益は、付与会社か
ら見れば、当該従業員等の勤務会社における職務精励の継続が付与会社の業績の向
上、ひいては株価の上昇に貢献し得ることに着目した上で、当該職務精励の継続等
に対して付与したものである。そうすると、付与会社においてこのようなものであ
ると考えられているストックオプションが付与されている以上、結果的に、権利行
使益が生じなかったり、あるいは権利行使益の額が予想以上に増加したとしても、
権利行使益が、勤務会社における職務精励の継続等に対して支給されたものである
ことを否定する理由にはなり得ないというべきである。
カ さらに、昨今の株価の変動の激しさに照らすと、ストックオプショ
ンの行使による権利行使益と労務の提供との間の相関関係は更に希薄になってお
り、本件各権利行使益の取得については、むしろ当該従業員等の株価の変動に対す
る投資的な判断によるところが大きいのではないか、また、このことが権利行使益
の給与所得該当性の判断に影響するのではないかということも一応問題となり得
る。
 しかしながら、そもそもストックオプション制度においては、当該
株式の価格が権利行使価格より下回ったときは、単に権利行使をしなければよいの
であって、現に、だれも権利行使をしないであろうから、一般の株式投資のよう
に、投資者の判断次第で、損失が生ずるということはない。また、権利行使益につ
いては、あらかじめ投資しておくことは不要であり、常に経済的利益が生ずるか、
又は経済的利益がゼロとなるにすぎないのであって、従業員等が自己の計算におい
てリスクを負担した上で投資したことにより、後に利益を取得するという仕組みに
なっているわけではない。そうすると、ストックオプションの権利行使時期の判断
には、従業員等による投資的判断としての側面もあるということはできるとして
も、株式投資などのいわゆる投資行為とは全く異質のものであることは明らかとい
うべきである。
 また、確かにストックオプションの権利行使時期についての判断
は、従業員等に任されているという面があることは否定することができない。しか
し、従業員等によるストックオプションの行使については、あくまで、従業員等と
付与会社との間で締結されたストックオプション付与契約の内容に従って行われる
べきものであって、従業員等の権利行使時期についての判断に一定の自由があるの
も、このようなストックオプション付与契約の内容として定められているものにす
ぎない。そして、ストックオプション制度が、インセンティブ報酬制度の一つであ
ることにかんがみれば、ストックオプション付与契約は、契約という形態をとって
はいるものの、ストックオプションの付与対象者、ストックオプションの数量、権
利行使可能時期等を付与会社が一方的に定めており、従業員等は付与会社の定めた
契約内容をただ承諾しているものにすぎないことは容易に推認することができる。
そうだとすると、従業員等の権利行使の時期についての判断に一定の自由があると
いうことは、あくまで付与会社から従業員等に対して、ストックオプション付与契
約を通じて、いわば許容されたものにすぎず、従業員等は、このように付与会社が
定めたストックオプション付与契約の内容、すなわち、権利行使可能期間、権利行
使可能株式の数量等を遵守した上で、その枠の中において権利行使ができるにすぎ
ないというべきである。
 また、ストックオプション制度においては、ストックオプションを
行使するためには、必ず一定期間の勤務が条件となっており、権利行使益が、スト
ックオプション付与時までの間の貢献と職務への精励のほか、付与時から権利行使
時までの間に勤務会社に対して提供された職務精励の継続に着目して、これらに対
し付与されるものであることは、前記のとおりである。
 以上の検討によると、権利行使益の発生の有無及び多寡は従業員等
の投資的な判断によるという面が一定程度あるとしても、このことはいわゆる株式
投資における投資判断とは全く異質のものであって、何らストックオプションを行
使したことによる権利行使益が給与所得に該当することを否定する事情には当たら
ないというべきである。
キ 以上によれば、本件各権利行使益の発生及びその多寡が株価の変動
及び原告による権利行使時期についての判断に左右されるものであるということ
は、前記のとおり、原告が日本マイクロソフトに提供した労務の対価として本件各
権利行使益を受け取ったという結論を左右するものではないというべきである。
 したがって、原告の前記(1)の主張は、いずれも採用することができ
ない。
(4) なお、ストックオプションの付与から従業員等によるストックオプシ
ョンの行使に至るまでの一連の流れについて見た場合、従業員等が会社から受け取
ったのは、ストックオプションそれ自体であって、権利行使益は、既に受領したス
トックオプションを従業員等の側において運用して得たものにすぎないのではない
かという見方も、所得税の課税という観点を離れて考えれば、あり得ないわけでは
ない。
      しかしながら、何らかの経済的利得が所得税法28条1項にいう給与
所得に当たるというためには、その前提として、当該経済的利得が所得税法にいう
「所得」すなわち担税力を増加させる経済的利得に該当することが必要であるとこ
ろ、前記前提となる事実のとおり、ストックオプション制度におけるストックオプ
ションそれ自体には、譲渡禁止特約がついているので、その交換価値は存在してい
ない。したがって、ストックオプションに基づいて従業員等が現実的収入を得るた
めには、ストックオプションを行使する方法しかあり得ないのであるが、通常、ス
トックオプションの権利行使価格は、付与時における株価と近似しているため(そ
うでなければ、長期インセンティブ報酬としての意味がない。)、ストックオプシ
ョンを付与された時点においてこれを行使しても、経済的利益は生じない仕組みと
なっており、かつ、一定の期間を経てから、一定の条件の下でなければこれを行使
することができないこととされている。そして、そのような条件等に従って従業員
等が権利行使をしたことにより取得した権利行使益は、付与を受けた時点における
ストックオプションそれ自体の価値とは大きく異なるものであることは明らかであ
る。
 そうだとすると、このようなストックオプションそれ自体が、担税力
を増加させる経済的利得たる「所得」に該当するとは、到底解し難いというべきで
ある。
 なお、ストックオプションに譲渡禁止特約等の条件が付いていること
を前提条件とした上で、ストックオプションそれ自体の理論的な経済的価値を算出
することは、一定の仮定の下では、不可能ではないものと考えられる。しかしなが
ら、ストックオプションそれ自体の理論的価値を算出することができるということ
と、ストックオプションそれ自体が担税力ある経済的利得に該当するということ
は、全く別次元の問題であるというべきであり、既に述べたストックオプションの
内容からすると、ストックオプションの付与を受けた時点で、当該従業員等の担税
力に何の増加もないことは明らかというべきである。
 以上のとおり、ストックオプションそれ自体を所得とみた上で、権利
行使益をその運用益として別個に把握することは相当ではないというべきである。
(5) また、原告は、租税特別措置法29条の2の規定や、本件ストックオ
プションの行使につき一定の制約があることは、本件各権利行使益が給与所得であ
ることの根拠とはならないなどと多彩な主張をするが、いずれも、既に述べた本件
ストックオプションを給与所得と判断した理由に照らすと、本件の結論を左右する
ものではない。なお、原告は、贈与においても一定の制約が付されていることがあ
る旨主張するが、ストックオプションの権利行使益の付与が単なる贈与でないこと
は、既に述べたところから明らかである。
(五) 以上によれば、本件問題点①について詳細に検討してみても、本件各
権利行使益の給与所得該当性を肯認することができるというべきである。
4 本件問題点②について
(一) 前記のとおり、給与所得とは、基本的には、雇用契約又はこれに類す
る原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受
ける給付をいうものと解されるところ、この点について、被告は、本件各権利行使
益は、原告が日本マイクロソフトの指揮命令に服して労務を提供したことに対する
対価として、米国マイクロソフトから付与された給付である旨主張する。
 これに対し、原告は、本件問題点②について、給与所得は、労務の提供
先である使用者(以下、この意味における使用者を「指揮命令者」という。)と当
該経済的利益を支給する者(以下「支給者」という。)とが一致している必要があ
り、原告は日本マイクロソフトに雇用されていた者であって、原告と米国マイクロ
ソフトとの間には雇用関係又はこれに類する関係はなく、米国マイクロソフトの指
揮命令に服したり、その役員や幹部と面談したことさえないから、本件各権利行使
益は給与所得に該当しない旨主張する。
(二) そこで検討するに、原告が日本マイクロソフトに勤務していた者であ
ることは前記前提となる事実のとおりであって、原告が日本マイクロソフトの指揮
命令に服して日本マイクロソフトに対して労務を提供していたことは、弁論の全趣
旨により容易に認めることができる。
 そして、前記前提となる事実によれば、本件各権利行使益は、本件スト
ックオプションを行使したことにより生じたものであって、本件ストックオプショ
ンは原告と米国マイクロソフトとの間において締結された本件付与契約に基づいて
原告に与えられたものである。したがって、本件付与契約に着目して考えると、本
件各権利行使益を付与した者は、日本マイクロソフトではなく、米国マイクロソフ
トであると解することができる。
 そうすると、本件問題点②は、さらに、給与所得該当性を判断する上
で、一般に、指揮命令者と支給者とがかい離していることそれ自体から直ちに給与
所得該当性を否定することができるのか(これを「問題点②ⅰ」という。)、ま
た、一般論はさておくとして、本件事案において、原告との間の雇用契約の当事者
である日本マイクロソフトからではなく、米国マイクロソフトから本件各権利行使
益を受け取っているとしても、労務の提供との対価性を肯定することができるのか
(これを「問題点②ⅱ」という。)という二つの問題に帰着するということができ
る。
(三) 問題点②ⅰ(指揮命令者と支給者とのかい離)について
(1) まず、給与所得に該当するか否かを判断するに当たり、一般的に、指
揮命令者と支給者がかい離していることから直ちに給与所得該当性が否定されるこ
ととなるのか、すなわち、指揮命令者と支給者が一致することが給与所得であるた
めの絶対の前提条件であるのかという観点から、これを検討することとする。
(2) 最初に、法律の規定を見てみると、所得税法28条1項は、「給与所
得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与…(中
略)…に係る所得をいう。」と定めるのみであって、同規定の文言上、給与所得該
当性の前提条件として、指揮命令者と支給者とが一致することが要求されていると
解することはできない。その他、給与所得について、指揮命令者と支給者が一致す
ることを前提条件として定めているものと解される規定は見当たらない。
(3) また、所得税法は、所得を利子所得、配当所得、不動産所得、事業所
得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得又は雑所得に区分してい
るところ(同法21条1項1号)、同法が上記のとおり所得を区分しているのは、
各種所得をその源泉ないし性質に応じて分類し、その金額の計算において、それぞ
れの担税力の相違を加味しようという考慮に基づくものと解することができる。そ
うすると、従業員等が雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に
服して提供した労務の対価として経済的利益を受け取っている場合には、当該経済
的利益を直接付与した者が指揮命令者であるのか又はそれ以外の者であるのかとい
う点のみによって、担税力やその所得の性質に相違が生ずるものとは解されないこ
とからすると、当該経済的利益を付与した者がだれであるのかによって、給与所得
に分類されたり、それ以外の所得に分類されたりし、その結果、税額の計算方法が
大きく異なることとなることに合理性があるものとは、到底解することができな
い。
 したがって、実質的に考えてみても、指揮命令者と支給者の一致を給
与所得該当性判断の一般的な基準とする合理的理由はないものといわざるを得な
い。
(4) もっとも、従業員等が雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者
の指揮命令に服して労務を提供した場合において、従業員等に対して指揮命令を行
っておらず、当該労務の提供を受けていない第三者が、当該労務に対する対価とし
て経済的利益を供与するということは、通常は考え難いということはできる。
 しかしながら、雇用ないし労働の仕組みや経済的取引の仕組みは、極
めて多様であって、かつ、時代とともに変化していくものである。例えば、A社が
雇用する従業員Bに対する報酬の支払のためA社の取引先Cに対する債権を譲渡
し、これをBが取り立てて自己のものとするという仕組みを採れば、労働基準法上
の問題は残るとしても、経済的には、Bの取得した金員の支給者は外形上は指揮命
令をしているA社ではなく、その取引先であるCということになる。Cが、A社と
何らかの取引関係等にあるため、A社とCの事情により、Bに対する報酬の支給を
肩代わりする場合も同じである。また、そのような極端な場合ではなくとも、親会
社が子会社と企業グループを形成して営業しているような場合には、法人格として
は複数の法人があり、法人格否認の法理が適用されず、各別の雇用契約が成立して
いるときにも、親会社が子会社の従業員の福利厚生についても面倒を見たり、何ら
かの給付をすることも、その適否ないし当否は別として考え得るところであろう。
さらに、派遣労働の場合を想定すれば、実際に労務の提供を受け、現実に指揮監督
をしている者は支給者である派遣元会社ではなく、勤務している派遣先会社である
という見方もあり得るであろう。
 要するに、指揮命令者と支給者とが一致しないことは、通常は、給与
所得該当性を否定させる方向の事情となるであろうが、それのみで結論が決まるわ
けではなく、あくまで、所得区分が問題となっている所得が労務の対価として給与
所得に当たるか否かを判断する上で検討されるべき事情の一つにすぎないというべ
きである。
(5) このように見てくると、外形上、指揮命令者以外の者が付与した経済
的利益であっても、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服
して提供した労務の対価として受け取ったものであると認めることができる場合で
あれば、指揮命令者と支給者とが一致しないことのみを理由として直ちに当該経済
的利益の給与所得該当性を否定する合理的な根拠はないものと考えられる。したが
って、指揮命令者と支給者とが外形上相違する場合にも、その給与所得該当性を直
ちに否定すべきではなく、そのような事情を踏まえた上で、雇用契約又はこれに類
する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価に該当するのか否
かという点を基本に検討して、その給与所得該当性を判断すべきときもあるという
べきである。
    (6) 昭和56年最高裁判決について
ア ところで、原告の援用する昭和56年最高裁判決は、「給与所得と
は、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労
務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお、給与所得については、とりわ
け、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的な
いし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるか
どうかが重視されなければならない。」(下線は、便宜上付加したものである。)
と判示している。そのため、給与所得については、指揮命令者と支給者とが一致し
ていることを当然の前提とするのが昭和56年最高裁判決の趣旨であると解する余
地もあるので、以下、この点について検討することとする。
イ 確かに、昭和56年最高裁判決の前記判示部分のうち、下線を付し
た二つの「使用者」及び「給与支給者」という文言は、文脈上は、同一の者を指す
と読むのが自然であるから、上記判示部分の文言のすべてが不可欠の意義を有する
とすれば、同判決は、給与所得と解するためには、指揮命令者が当該給付を与える
ことを前提条件としていることを判示していると読むのが自然な解釈である。
ウ しかしながら、昭和56年最高裁判決は、弁護士の顧問料収入が事
業所得又は給与所得のいずれに該当するのかが争点となった事案について判断した
ものであり、同事案においては、指揮命令者と経済的利益の支給者とが一致するこ
とは当然の前提事実となっており、給与所得該当性の判断において、指揮命令者と
支給者とがかい離しているか否か、また、給付や支給者の意義といった点について
は、何ら争点となっていない。
 そうだとすると、昭和56年最高裁判決は、指揮命令者と経済的利
益の支給者とが一致する事実関係を前提として、事業所得又は給与所得の分類につ
いて判断したものであるというべきであるから、同判決が、前記判示部分のうちの
「使用者の指揮命令に服して」にいう「使用者」が、後の部分の「使用者」あるい
は「給与支給者」と常に一致しなければならず、指揮命令者と支給者が一致するこ
とが一般に給与所得該当性の前提条件であるということまでをも判示したものであ
ると解するのは、相当でないというべきである。
 このことは、昭和56年最高裁判決が、前記判示部分の直前におい
て、「およそ業務の遂行ないし労務の提供から生ずる所得が所得税法上の事業所得
(同法27条1項、同法施行令63条12号)と給与所得(同法28条1項)のい
ずれに該当するかを判断するにあたつては、…(中略)…当該業務ないし労務及び
所得の態様等を考察しなければならない。したがつて、弁護士の顧問料について
も、…(中略)…その顧問業務の具体的態様に応じて、その法的性格を判断しなけ
ればならないが、その場合、判断の一応の基準として、両者を次のように区別する
のが相当である。」と判示していることからも裏付けられるものということができ
る(下線は、着目する便宜上付加したものである。)。
エ さらにいえば、もし、昭和56年最高裁判決中の前記アの判示部分
における前段の末尾部分の「使用者」及び後段の「給与支給者」という文言にも一
定の意義があり、これらはその文脈上前段の最初に出てくる「使用者」と同一の者
を指すと解すべきであるという立場に立ったとしても、その場合には、前示のとお
り、昭和56年最高裁判決は、使用者と支給者の一致、不一致ないしは給付や支給
者の意義等について判断した判例ではないのであるから、前段末尾部分の「使用者
から受ける給付」及び後段の「給与支給者」という文言については、実態に即した
柔軟な解釈をすることも許されるというべきである。
 すなわち、ストックオプション制度を採用する場合、子会社の株式
の大部分を親会社が保有しているときは、子会社が自社株式を従業員等に付与する
ことは、子会社の所有者たる支配的株主が親会社であるという状況を崩していくこ
とを意味するということができる。そうすると、そのような子会社において、イン
センティブ報酬制度の一種たるストックオプション制度を採用する場合には、自社
株方式ストックオプションではなく、親会社株方式ストックオプションを採用する
のが通常であるということができる。そして、本件ストックオプションのように、
親会社である米国マイクロソフトが子会社である日本マイクロソフトの株式の10
0パーセントを保有しているという状況における親会社株方式ストックオプション
の権利行使益については、これを形式的に見るならば、指揮命令者は子会社であっ
て、支給者は親会社であり、両者が相違していることになるものの、米国マイクロ
ソフトは子会社である日本マイクロソフトのいわば所有者なのであるから、給与所
得該当性の判断をするために指揮命令関係や対価関係を検討する局面においては、
両者を一つのグループと見て、実質的には、米国マイクロソフトが支配している、
日本マイクロソフトを含む上記グループをもって、前記判示部分の前段末尾部分の
「使用者」及び後段の「給与支給者」と解することも許されるはずである。
 本件ストックオプションについて具体的に見ても、甲第48ないし
第50号証、第57号証、乙第15、第42及び第44号証並びに弁論の全趣旨を
総合すると、日本マイクロソフトは、従業員等の採用条件として、米国マイクロソ
フトから付与されるストックオプションを盛り込んでいること、米国マイクロソフ
トが日本マイクロソフトの従業員等に対するストックオプションの付与を決定する
に当たっては、日本マイクロソフトが、面接などを含む人事考課を行った上で、米
国マイクロソフトに対して推薦が行われ、これを検討した上で、米国マイクロソフ
トにおいてストックオプションの付与が決定されることが認められる。また、前記
前提となる事実によると、本件プランにおいては、ストックオプションは米国マイ
クロソフトと子会社の従業員等に付与されるものであって、米国マイクロソフトの
従業員等と子会社の従業員等とは、その付与対象者となり得るか否かという点やス
トックオプションの権利行使の条件等において、格別区別されていないことが認め
られる。このような事実からすると、日本マイクロソフトは、ストックオプション
の付与対象者の決定に積極的かつ主体的に関与しており、かつ、米国マイクロソフ
トは、ストックオプションの付与については、当該従業員等が自社の直接雇用する
者か、それとも子会社の雇用する者かにこだわってはいないということができる。
このように個別的に検討してみても、やはり、本件各権利行使益は、所得税の課税
という観点からみれば、実質的には、日本マイクロソフトを含む米国マイクロソフ
トによって統轄される企業グループから付与されたものであると解することができ
るというべきである。
 このように見てくると、仮に、昭和56年最高裁判決の前記判示部
分中の前段末尾部分の「使用者」及び後段の「給与支給者」という文言に着目して
検討すべきであるとしても、本件は、実質的には、昭和56年最高裁判決の判示と
矛盾しない事案であるということができる。
オ したがって、本件のように、指揮命令者と支給者とが外形上かい離
している場合であっても、昭和56年最高裁判決が、そのことのみを理由として、
直ちにストックオプションの権利行使益の給与所得該当性を否定するものであると
解することは妥当ではないというべきである。
(7) 以上のように問題点②ⅰの観点から検討してみても、給与所得に該当
するか否かを判断するに当たり、指揮命令者と支給者とが外形上かい離しているこ
とから、直ちに労務との対価性ないし給与所得該当性を否定することはできないと
いうべきである。
(四) 問題点②ⅱ(指揮命令者・支給者のかい離と労務の対価性)について
(1) 次に、本件事案に即して検討した場合に、本件付与契約上、本件各権
利行使益が、原告との間の雇用契約の当事者である日本マイクロソフトからではな
く、米国マイクロソフトから付与されているとみることができることをどのように
考えるのかが問題となるが、以下のとおり、米国マイクロソフトと日本マイクロソ
フトの関係にかんがみれば、米国マイクロソフトが日本マイクロソフトの従業員等
に対して労務の対価としてストックオプションを付与し、その権利行使益を与える
ことは、何ら不自然、不合理ではないというべきである。
(2) 一般に、ストックオプション制度において、会社が従業員等に対して
ストックオプションを付与するのは、従業員等の貢献と職務への精励に報い、勤務
会社における一層の職務への精励とその継続を期待するからであること、また、本
件付与契約の趣旨、目的も同様であることについては、既に判示したとおりであ
る。
(3) そして、ストックオプション制度の趣旨が、被付与者に報いるととも
に職務への精励とその継続を期待することにあることについては前記のとおりであ
るところ、自社株方式ストックオプションについて見れば、付与会社が自社の従業
員等に対してストックオプションを付与するのは、これにより期待される被付与者
の職務への精励の継続が付与会社の利益となるからにほかならない。更にいうなら
ば、後述するとおり、被付与者の職務への精励の継続が付与会社の株価上昇につな
がり得ることに着目しているからこそ、ストックオプションを付与することによ
り、被付与者の職務への一層の精励の継続を期待することができるという関係にあ
るということができる。
(4) これに対して、本件のような親会社株方式ストックオプションの場合
には、親会社と子会社とは別個の法人格を有することから、原告の指摘するよう
に、子会社における従業員等の職務への精励とその継続が、親会社の利益となるの
かが問題になるということができる。
 しかしながら、親会社が子会社の株式を保有している場合には、親会
社にとってみれば、子会社の株式ひいては子会社そのものが親会社の資産の一部を
形成していることを意味するのであり、このことは、本件のように親会社である米
国マイクロソフトが子会社である日本マイクロソフトの株式の100パーセントを
保有している場合にはなおさらそうであるということができる。
 そうだとすれば、子会社である日本マイクロソフトの従業員等である
被付与者の職務精励の継続により子会社の業績が向上することは、ひいては親会社
である米国マイクロソフトの保有資産の価値の上昇を意味し、結局、親会社の業績
の向上、株価の上昇等、親会社の利益につながり得ることが明らかであるというべ
きである。
(5) このように見てくると、従業員等の子会社における職務への精励とそ
の継続は親会社の利益につながり得るという関係にあるのであるから、親会社であ
る米国マイクロソフトにおいて、子会社である日本マイクロソフトの従業員である
原告に対して、その労務の対価としてストックオプションを付与してその権利行使
益を与えることは、不自然、不合理であるとはいえないというべきである。そし
て、前記のとおり、従業員等の子会社における職務への精励の継続が親会社の利益
につながり得るという関係にあり、これを期待して、親会社株方式ストックオプシ
ョンが付与されているのである。
 以上によれば、本件ストックオプションは、原告が子会社である日本
マイクロソフトに勤務していたからこそ付与されたものというべきであり、直接に
は、子会社ではなく、親会社が経済的利益を給付したものではあるものの、それで
もなお原告が日本マイクロソフトに提供した労務の対価として本件ストックオプシ
ョンによる権利行使益を受け取ったと評価することができるというべきである。
 したがって、問題点②ⅱの観点から本件事案に即して考えても、外形
上、指揮命令者たる子会社と支給者である親会社との法人格が異なることを理由
に、本件ストックオプションによる権利行使益の労務の対価性を否定することはで
きないというべきである。
(五) 原告の主張について
(1) 原告は、原告の精勤の親会社に対する寄与が間接的で、漠然としたも
のにすぎない点などをとらえて、このような寄与をもって、権利行使益を対価的給
付であるということはできない旨主張する。
 確かに、実際の結果として、ストックオプションを付与された子会社
の従業員等の職務への精励の継続が、子会社の業績にどの程度寄与したのか、ま
た、子会社の業績向上がどの程度親会社の株価を押し上げることとなったのかは、
検証不可能な場合が多いと考えられる。
 しかし、ここで問題とされているのは、このような結果的検証の成否
ではなく、ストックオプションがどのような趣旨、目的、内容を有するものとして
付与されたかであり、その検討の結果、前示のとおり、米国マイクロソフトないし
マイクロソフトグループとしては、本件のストックオプション制度によって、従業
員等の貢献と職務への精励に報い、一層の職務精励とその継続を確保するために、
権利行使益を付与していると認めることができるのである。したがって、権利行使
益と当該付与を受けた従業員等の労務の提供との対価性を肯定するには十分である
というべきである。原告の前記主張は、採用することができない。
(2) また、原告は、法人税法34条及び35条の規定を援用して、本件各
権利行使益は給与所得に当たらないなどと主張するが、既に述べた本件ストックオ
プションを給与所得と判断した理由に照らすと、本件の結論を左右するものではな
いので、同主張は採用することができない。
(六) そうすると、本件問題点②について詳細に検討してみても、本件各権
利行使益の給与所得該当性は揺るがないというべきである。
5 以上によれば、本件各権利行使益は、原告が日本マイクロソフトに対して
提供した労務に対する対価として、米国マイクロソフトないしマイクロソフトグル
ープから付与されたものであって、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者
の指揮命令に服して提供した労務の対価として受けた給付に該当するというべきで
ある。したがって、本件各権利行使益は、所得税法28条1項所定の給与所得に該
当する。
 二 争点②(課税公平主義、租税法律主義、理由付記及び信義則違反)について
1(一) 原告は、被告が主張する「親会社」と「子会社」の概念は、税法に規
定がなく、親会社と子会社の範囲が不明確であるから、本件各更正処分は、課税要
件法定主義、課税要件明確主義を予定している租税法律主義に違反するなどと主張
する。
 しかし、所得税法に、「親会社」、「子会社」の定義規定がなくても、
本件各権利行使益が、所得税法28条1項にいう給与所得に該当することについて
は前記一においてみたとおりである。そして、本件各更正処分は、同条項等の租税
法規の規定に基づいてされたものであるということができる。したがって、本件各
更正処分が課税要件法定主義、課税要件明確主義に反するということはできないか
ら、原告の上記主張には理由がない。
(二) また、原告は、仮に、付与会社が被付与者の勤務会社の株式の80パ
ーセントを保有していた場合に、ストックオプションの権利行使益が給与所得に当
たらないのであれば、付与会社が被付与者の勤務会社の株式の100パーセントを
保有する本件の場合との相違が不明確であり、本件各更正処分は、課税公平主義に
違反するなどと主張する。
 しかし、前記のとおり、本件各権利行使益が給与所得とされるのは、本
件各権利行使益が、原告が日本マイクロソフトに対して提供した労務に対する対価
として、米国マイクロソフトないしマイクロソフトグループから付与されたもので
あって、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供し
た労務の対価として受けた給付に該当するということができるからであり、付与会
社が被付与者の勤務会社の株式を100パーセント保有している場合にのみ、権利
行使益が給与所得に該当するというものではない。さらに、そのような場合に親会
社からのストックオプションの付与があったとしても、事案が異なれば、そのスト
ックオプションの趣旨、内容等は、改めて吟味する必要性があり、その結果、権利
行使益と労務との対価性が否定されるのであれば、当該利益の性質が異なる以上、
所得区分も変わることは当然である。
 したがって、付与会社が被付与者の勤務会社の株式を100パーセント
保有している場合とその他の場合とを比較して、本件各更正処分が不公平であると
いう原告の主張は、的を射ないものであって、採用することができない。
(三) さらに、原告は、平成8年6月18日付け「『所得税基本通達』の一
部改正について」の通達改正の適用時期前の平成8年において、従業員が勤務会社
から有利発行による増資割り当てを受けた場合の経済的利益については、それが
「給与等に代えて行われたものでない場合」には一時所得とされたことを理由とし
て、平成8年中に得た権利行使益を給与所得とすることは不公平であり、違法であ
るなどと主張する。
 しかし、本件各権利行使益が、所得税法28条1項にいう給与所得に該
当することについては前記一においてみたとおりであり、「給与等に代えて行われ
たものでない場合」における増資割り当てによって得た経済的利益の所得区分と本
件各権利行使益の所得区分とを同一に扱うべき理由はない。したがって、本件各更
正処分が不公平であるとの原告の主張は、不公平か否かの判断における比較の対象
を誤ったものであり、理由がない。
2 原告は、本件各更正処分及び本件各賦課決定には、その通知書に何ら具体
的な理由が記載されていないから、理由付記不備の違法があるなどと主張する。
 しかし、国税通則法74条の2第1項は、国税に関する法律に基づき行わ
れる処分について、行政庁の不利益処分に理由を示さなければならない旨定める行
政手続法14条1項を適用しないことを規定している。また、所得税法も、同法1
55条2項所定の更正処分以外の更正処分については、更正通知書にその更正の理
由を付記することを要求していない。そして、本件各更正処分及び本件各賦課決定
は、所得税という国税に関する法律に基づき行われる処分であるから、行政手続法
14条1項の適用はなく、また、所得税法155条2項所定の更正処分でもない。
 したがって、本件各更正処分及び本件各賦課決定に理由を付記しなければ
ならないということはできないから、仮に本件各更正処分及び本件各賦課決定の通
知書の理由の記載が不十分であったとしても、本件各更正処分及び本件各賦課決定
が違法であるということはできない。
3 原告は、課税庁は、十数年にわたり、ストックオプションの権利行使益は
一時所得として課税すべきであるという見解を示していたにもかかわらず、本件各
更正処分を行ったものであるから、本件各更正処分は信義則に反し違法である旨主
張する。
 そこで検討するに、確かに、乙第9及び第10号証、第11号証の1ない
し7並びに弁論の全趣旨によると、従来の課税実務においては、ストックオプショ
ンを行使したことによる権利行使益については、一時所得として課税する例が多か
ったにもかかわらず、平成10年ころからは、税制適格オプション以外のストック
オプションを行使したことによる権利行使益について、給与所得として課税すると
の方針の下、課税庁における取扱いが統一されたことを認めることができる。そし
て、原告は、このような方針確立前の過去の取扱いを知らされていた上、これに従
う形で一時所得として確定申告をしたことが窺われないではない。そうだとすれ
ば、少なくとも原告が平成8年ないし平成10年分の所得税に係る更正処分を受け
る前に申告した平成8年分ないし平成11年分の所得税については、その確定申告
の際、よもや権利行使益が給与所得に当たるとして、後に更正処分がされるとは考
えていなかったはずであるから、平成12年に至ってされた上記各年分の所得税に
ついての本件各更正処分に大きな不満と憤りを感じるであろうことは、十分理解し
得るところである。
 しかしながら、前記一において検討したとおり、本件各権利行使益は給与
所得に該当するというべきであるところ、租税法が租税法律主義の一側面としての
いわゆる合法性の原則に支配されるべきであり、租税法規は納税者に平等、公平に
適用されなければならないことにかんがみると、本件各更正処分が信義則に反する
として、これらを取り消すためには、このような合法性の原則ないし平等・公平な
租税法規適用の要請を犠牲にしてもなお原告の信頼利益等を保護すべきであるとい
うような特段の事情が必要であるというべきである。
 これを本件について見ると、原告は、課税庁の過去の取扱いに従って確定
申告をしたと主張するだけであって、所得税におけるストックオプションについて
の過去の取扱いを知らされたがゆえに、本件付与契約を締結したり、本件ストック
オプションを行使するなどの行動に出て所得を得たというような特別な事情が存在
することは窺われない。また、本件各更正処分を受けることによって納税額は増加
するが、本件各権利行使益は給与所得に該当するのであるから、上記納税額の増加
は本来あってしかるべき額に戻るだけであって、これを著しい経済的不利益と評価
することは相当ではない。他方、原告の信頼の保護を優先して、本件各権利行使益
を一時所得と取り扱う場合には、法に従う場合に徴収されるべき多額の所得税を徴
収しないこととなる上、平成10年ころ以降に正当な取扱いへの統一がされた後に
ストックオプションの権利行使益を給与所得として申告し、あるいは納税した者と
の間に、法の適用につき著しい不平等が生ずることとなり、かえって正義に反する
事態になるといわざるを得ない。
 そうすると、本件については、前記の合法性の原則ないし平等・公平な租
税法規適用の要請を犠牲にしてもなお原告の信頼利益を保護すべき特段の事情は存
しないというべきである。なお、前記前提となる事実によると、原告は、平成12
年分及び平成13年分の所得税については、その確定申告に先立ち、平成8年分な
いし平成10年分までの所得税についての更正処分を受けていたのであるから、信
義則の適用の前提となる、課税庁の行為によりストックオプションの権利行使益が
一時所得として取り扱われるはずであるという信頼自体、その存在を認めることが
できない。
 以上によれば、原告の前記主張は、採用することができない。
 三 小括
   前記前提となる事実に甲第7、第11、第17、第19、第54及び第56
号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、被告は、本件各権利行使益が給与所得に該
当することを前提として税額を計算した上で本件各更正処分を行ったものであるこ
と、上記計算の基となった算出根拠、計算過程等については、被告の主張のとおり
であって、原告の平成8年分ないし平成13年分の所得税の課税総所得金額及び納
付すべき税額は、本件各更正処分における課税所得金額及び税額を上回ることが認
められる。
 そうすると、本件各更正処分は、いずれも適法である。
四 争点③(本件各賦課決定と国税通則法65条4項の適用の可否)について
1 被告は、原告が平成11年分ないし平成13年分の所得税につき、税額を
過少に記載して各年分の確定申告書を被告に提出しており、同申告書に記載された
納付すべき税額が過少であることについて、国税通則法65条4項に規定する正当
な理由があったと認めることはできない旨主張する。
 確かに、前記前提となる事実によると、平成12年分及び平成13年分の
所得税については、原告は、その確定申告に先立ち、平成8年分ないし平成11年
分の各更正処分を受けており、税務職員からストックオプションの権利行使益は給
与所得に該当する旨知らされていたということができる。
 しかし、前記二で認定したとおり、税制適格オプション以外のストックオ
プションを行使したことによる権利行使益について、給与所得として課税するとの
課税庁の取扱いが統一されたのは、平成10年ころからであって、それ以前の課税
実務においては、ストックオプションの権利行使益については、一時所得として課
税する例が多かったのである。そして、平成11年分ないし平成13年分の確定申
告当時において、本件ストックオプションのように、親会社から子会社の従業員等
に対して付与されたストックオプションの課税上の取扱いについて、直接、明文を
もって定めた法令の規定や通達の定めが存在しなかったことは当裁判所に顕著な事
実である。このような状況は、被告が所得税に係る過少申告加算税について零円と
する変更決定をした平成9年分及び平成10年分の所得税の確定申告当時の状況と
何ら異なるものではない。
 そして、前記一で検討したところから明らかなように、本件のような権利
行使益の所得区分が一時所得に該当するという見解にも、種々の根拠があるという
こともできる。そうすると、原告の平成11年分ないし平成13年分の所得税の確
定申告において、本件ストックオプションを行使したことによる同年分の権利行使
益が、給与所得として税額の計算の基礎とされていなかったことについては、課税
庁の過去の運用に由来する見解の対立が残っている中で、課税庁の旧来の運用に従
った申告がされているものにすぎず、他方において、課税庁側も、この運用の変更
(正しい法解釈への変更)を規則、通達等により明示することを怠っていたのであ
るから、このような確定申告には、国税通則法65条4項に規定する「正当な理
由」があるというべきである(ただし、原告が確定申告の際に一時所得として計算
の基礎とした権利行使益の金額に限る。)。
2(一) そうすると、平成11年分の所得税に係る賦課すべき過少申告加算税
は、同年分の更正処分により新たに納付すべき税額1839万3800円(更正に
係る納付すべき税額から確定申告に係る納付すべき税額を控除した額)から、原告
が一時所得として申告した権利行使益の価額を給与所得として計算した場合に新た
に納付すべき税額1748万7000円(同計算に係る納付すべき税額3552万
3100円《計算過程は別紙7計算書の「平成11年分」欄記載のとおり》から確
定申告に係る納付すべき税額を控除した額)を控除し、控除後の額である90万円
(国税通則法118条3項適用後のもの)に100分の10を乗じ、9万円と算出
される(同法65条1項、4項、同法施行令27条)。
(二) また、平成12年分の所得税に係る賦課すべき過少申告加算税につい
て検討すると、同年分の更正処分により新たに納付すべき税額2306万6900
円(更正に係る納付すべき税額から確定申告に係る納付すべき税額を控除した額)
は、原告が一時所得として申告した権利行使益の価額を給与所得として計算した場
合に新たに納付すべき税額2306万9500円(同計算に係る納付すべき税額4
741万4500円《計算過程は別紙7計算書の「平成12年分」欄記載のとお
り》から確定申告に係る納付すべき税額を控除した額)を上回るものではないか
ら、過少申告加算税を賦課することはできない。
(三) さらに、平成13年分の所得税に係る賦課すべき過少申告加算税は、
同年分の更正処分により新たに納付すべき税額644万3200円(更正に係る納
付すべき税額から確定申告に係る納付すべき税額を控除した額)から、原告が一時
所得として申告した権利行使益の価額を給与所得として計算した場合に新たに納付
すべき税額634万5100円(同計算に係る納付すべき税額1224万7700
円《計算過程は別紙7計算書「平成13年分」欄記載のとおり》から確定申告に係
る納付すべき税額を控除した額)を控除し、控除後の額である9万円(国税通則法
118条3項適用後のもの)に100分の10を乗じ、9000円と算出される
(同法65条1項、4項、同法施行令27条)。
3 したがって、被告が原告に対してした、平成11年分の所得税に係る過少
申告加算税賦課決定のうち過少申告加算税額9万円を超える部分、平成12年分の
所得税に係る過少申告加算税賦課決定及び平成13年分の所得税に係る過少申告加
算税賦課決定のうち過少申告加算税額9000円を超える部分は違法である。
第四 結論
 よって、原告の請求は、主文の限度で理由があるから、その範囲でこれを認
容し、その余の請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟
費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、64条本文を適用
して、主文のとおり判決する。
     
     東京地方裁判所民事第38部
         裁判長裁判官   菅野博之
裁判官   内野俊夫
裁判官   中西正治

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