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平成18年(行ケ)第10072号審決取消請求事件
平成19年1月25日判決言渡,平成18年12月4日口頭弁論終結
判決
原告エイディシーテクノロジー株式会社
訴訟代理人弁護士三木浩太郎,弁理士毛利大介
被告特許庁長官中嶋誠
指定代理人江畠博,山田洋一,小池正彦,田中敬規
主文
特許庁が訂正2005−39067号事件について平成18年1月6日にした審
決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
主文と同旨の判決。
第2事案の概要
本件は,特許権者である原告が,訂正審判の請求をしたところ,請求は成り立た
ないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
1特許庁等における手続の経緯
(1)原告は,発明の名称を「番組選択装置および番組選択方法」とする特許
(特許番号第3304335号。請求項の数4。以下「本件特許」という。)の特
許権者である。
本件特許は,昭和63年6月6日に出願した特願昭63−138679号の一部
を新たな特許出願(特願平10−58567号)とし,さらに,その一部を新たな
特許出願(特願2000−135905号)とし,その一部を新たな特許出願(特
願2000−294017号)とし,平成13年2月9日にその一部を新たな特許
出願(特願2001−34020号)として,平成14年5月10日に設定登録を
受けたものである(甲1)。
(2)本件特許について特許異議の申立てがされ(異議2003−70154号
事件として係属),原告は,平成16年3月17日,上記手続において,明細書の
訂正を請求したところ,特許庁は,同年12月22日,「訂正を認める。特許第3
304335号の請求項1ないし4に係る特許を取り消す。」との決定をした(甲
2)。
(3)原告は,平成17年4月20日,上記決定に対する取消訴訟(平成17年
(行ケ)第10376号事件)の係属中に,明細書の特許請求の範囲について,請
求項1を後記2(2)記載のとおり訂正し,かつ,請求項2ないし4を削除する旨の
訂正審判の請求をした(訂正2005−39067号事件として係属)ところ,特
許庁は,平成18年1月6日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決を
し,同月18日,その謄本を原告に送達した。
2特許請求の範囲の記載
(1)特許査定時のもの(甲1,請求項2ないし4の記載は省略。)
【請求項1】少なくともテレビ放送の各番組内容とその開始時刻とその終了時
刻とその放映チャンネルとを含む情報を,外部から当該番組選択装置に取り込む入
力手段と,
該入力手段により取り込まれた上記情報から,各チャンネルのテレビの番組を取
り出して,チャンネルの違い毎に縦もしくは横の内の1方向に並べて画面に表示す
るチャンネル表示手段と,
上記入力手段により取り込まれた上記情報中の同一チャンネルの番組を,その放
送順に,1番組1枠で上記1方向と垂直な方向に並べ,且つ各番組の放送時間に応
じた長さで上記画面に表示する放送順序表示手段と,
該放送順序表示手段及び上記チャンネル表示手段により上記画面に表示されたテ
レビの番組の中から任意の番組が表示されている位置を選択するための選択手段と,
番組内容をサーチするサーチ手段と
を備えたことを特徴とする番組選択装置。
(2)訂正審判請求書添付の訂正明細書のもの(甲4添付の全文訂正明細書。下
線部分はその訂正箇所であり,訂正事項bがこれに該当する。)
【請求項1】第一のRAMと,
第二のRAMと,
少なくともテレビ放送の各番組内容とその開始時刻とその終了時刻とその放映チ
ャンネルとを含む情報を記憶する,書き換え可能であって記憶保持動作が不要な記
憶手段から,上記情報を当該番組選択装置の上記第一のRAMに取り込む入力手段
と,
該入力手段により上記第一のRAMに取り込まれた上記情報から,各チャンネル
のテレビの番組を取り出して,チャンネルの違い毎に縦もしくは横の内の1方向に
並べて画面に表示するチャンネル表示手段と,
上記入力手段より上記第一のRAMに取り込まれた上記情報中の同一チャンネル
の番組を,その放送順に,1番組1枠で上記1方向と垂直な方向に並べ,且つ各番
組の放送時間に応じた長さで上記画面に表示する放送順序表示手段と,
該放送順序表示手段及び上記チャンネル表示手段により上記画面に表示される番
組表を上記画面に表示可能な一画面分の番組内容のみに限定する限定手段と,
上記放送順序表示手段,上記チャンネル表示手段及び上記限定手段により上記画
面に表示された上記番組表から任意の番組が表示されている位置を,上記チャンネ
ルの方向及び上記放送順の方向それぞれ独立に移動可能なカーソルにより選択する
ための選択手段と,
上記画面に表示された上記番組表を,上記カーソルの移動に伴い移動後の上記カ
ーソル位置に応じた上記番組表に更新させると共に,上記カーソルの移動に伴い上
記カーソルの位置情報を上記第二のRAMに記憶させてその情報を更新させる更新
手段と,
毎週キーが操作された場合には,上記第二のRAMに記憶された上記カーソルの
位置情報に基づき,上記記憶手段に記憶されている翌週以降のテレビ放送の番組よ
り,上記選択手段により選択された位置の番組と同一の番組をサーチするサーチ手
段と
を備え,
上記記憶手段は外部装置によって情報の書き換えがなされるものであり,
電源が投入された際に,上記入力手段によって上記記憶手段から上記情報が読み
出されること,
を特徴とする番組選択装置。
3審決の理由の概要
審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,本件訂正は,実質上特許請求
の範囲を変更するものであるから,平成6年法律第116号による改正前の特許法
126条2項の規定に適合しない,というものである。
()訂正拒絶の理由1
平成17年8月17日付で通知した訂正拒絶理由の概要は,次のとおりである。
ア訂正事項aについて
訂正事項aは,特許査定時の明細書の特許請求の範囲の請求項2∼4を削除するものであるから,
特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
イ訂正事項bについて
訂正事項bは,特許査定時の明細書の請求項1(以下「訂正前の請求項1」という。)について,
「第一のRAM」と「第二のRAM」,「限定手段」及び「更新手段」を新たに追加すると共に,
「入力手段」,「チャンネル表示手段」,「放送順序表示手段」,「選択手段」,「サーチ手段」に
さらに限定を付すものであり,形式的(文言的)には(文言の追加という意味で)特許請求の範囲の
減縮を目的とするものといえるとしても,訂正前の請求項1に係る「番組選択装置」の具体的な目的
の範囲を逸脱してその技術事項を変更するものであり,実質上特許請求の範囲を変更するものである
ことは明白である。
ウしたがって,上記訂正は,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則6
条1項の規定によりなお従前の例によるとされる上記改正法による改正前の特許法126条2項の規
定に適合しないので,当該訂正は認められない。
()特許請求の範囲の拡張・変更についての審決の判断2
ア訂正事項aについて
訂正事項aは,特許査定時の明細書の特許請求の範囲の請求項2∼4を削除するものであるから,
特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
イ訂正事項bについて
訂正事項bは,訂正前の請求項1について,「第一のRAM」と「第二のRAM」,「限定手段」
及び「更新手段」を新たに付加すると共に,「入力手段」,「チャンネル表示手段」,「放送順序表
示手段」,「選択手段」,「サーチ手段」にさらに限定を付すものであるので,これについて検討す
る。
(ア)「第一のRAM」と「第二のRAM」については,訂正前の請求項1には,何ら記載が無
く,新たに構成要件を付加するものであり,訂正前の請求項1に係る「番組選択装置」が当然に具備
する構成とも認められない。このような当然に具備するとはいえない新たな構成要件を付加すること
自体,特許請求の範囲の技術事項を変更するものというべきである。
一方,明細書の段落【0004】には,本発明は「所望の番組を確実に選択することができるよう
にすること」「こうして選択された番組をはじめとする番組の内容を容易にサーチできるようにす
る」ことをその目的とすることが記載されているものの,これらの目的から,訂正前の請求項1に係
る発明が当然に上記「第一のRAM」,「第二のRAM」を備えるものであるとは到底いえない。
そして,「第一のRAM」は,「入力手段」,「チャンネル表示手段」及び「放送順序表示手段」
を限定する要件になっており,また,「第二のRAM」は,新たに付加された「更新手段」及び「サ
ーチ手段」を限定する要件の一つになっているので,訂正前の請求項1に係る「番組選択装置」の具
体的な目的の範囲を逸脱してその技術事項を変更するものであり,実質上特許請求の範囲を変更する
ものであることは明らかである。
(イ)「入力手段」については,訂正前の請求項1には,単に,「少なくともテレビ放送の各番組
内容とその開始時刻とその終了時刻とその放映チャンネルとを含む情報を,外部から当該番組選択装
置に取り込む」手段としてしか記載されていなかったものであり,上記番組情報を新たに付加した
「書き換え可能であって記憶保持動作が不要な記憶手段」に記憶し,該「記憶手段」から上記新たに
付加した「第一のRAM」に取り込むことについては,訂正前の請求項1には何ら記載されていなか
ったものであるから,新たに付加した構成要件によるこのような限定自体,特許請求の範囲の技術事
項を変更するものというべきである。
一方,明細書の段落【0004】には,本発明は「所望の番組を確実に選択することができるよう
にすること」「こうして選択された番組をはじめとする番組の内容を容易にサーチできるようにす
る」ことをその目的とすることが記載されているものの,これらの目的から,訂正前の請求項1に係
る発明において,上記「記憶手段」及び「第一のRAM」と関連付けられた「入力手段」への取り込
みの仕方まで導出されるとは到底いえない。
すなわち,訂正前の請求項1には,番組情報をどのように取り込むかについては全く示されていな
かったにも拘わらず,訂正によりそのことを新たに追加した「記憶手段」や「第一のRAM」と関連
付けて具体的に示したものであるから,形式的(文言的)には(文言の付加という意味で)特許請求
の範囲の減縮を目的とするものといえるとしても,訂正前の請求項1に係る「番組選択装置」の具体
的な目的の範囲を逸脱してその技術事項を変更するものであり,実質上特許請求の範囲を変更するも
のであることは明らかである。
(ウ)「限定手段」については,当該手段自体が訂正前の請求項1には何ら記載が無く,新たに構
成要件を追加するものであり,訂正前の請求項1に係る「番組選択装置」が当然に具備する構成とも
認められない。さらに,当該手段により表示される番組表が画面に表示可能な一画面分の番組内容の
みに限定されることなど,訂正前の請求項1には何ら示されていなかったものである。このような当
然に具備するとはいえない新たな構成要件を付加すること自体,特許請求の範囲の技術事項を変更す
るものというべきである。
一方,明細書の段落【0004】には,本発明は「所望の番組を確実に選択することができるよう
にすること」「こうして選択された番組をはじめとする番組の内容を容易にサーチできるようにす
る」ことをその目的とすることが記載されているものの,これらの目的から,訂正前の請求項1に係
る発明が当然に上記「限定手段」を備えるものであるとは到底いえない。
すなわち,訂正前の請求項1には,番組表が画面上でどのように表示されるものであるかについて
は全く示されていなかったにも拘わらず,訂正によりそのことを具体的に示したものであるから,形
式的(文言的)には(文言の付加という意味で)特許請求の範囲の減縮を目的とするものといえると
しても,訂正前の請求項1に係る「番組選択装置」の具体的な目的の範囲を逸脱してその技術事項を
変更するものであり,実質上特許請求の範囲を変更するものであることは明らかである。
(エ)「選択手段」については,訂正前の請求項1には,単に,「該放送順序表示手段及び上記チ
ャンネル表示手段により上記画面に表示されたテレビの番組の中から任意の番組が表示されている位
置を選択するための」手段としてしか記載されていなかったものであり,これを新たに付加した上記
「限定手段」と関連付けた上で,番組表から任意の番組が表示されている位置を「上記チャンネルの
方向及び上記放送順の方向それぞれ独立に移動可能なカーソルにより」選択することなど,訂正前の
請求項1には何ら記載されていなかったものであるから,新たに付加した構成要件によるこのような
限定自体,特許請求の範囲の技術事項を変更するものというべきである。
一方,明細書の段落【0004】には,本発明は「所望の番組を確実に選択することができるよう
にすること」「こうして選択された番組をはじめとする番組の内容を容易にサーチできるようにす
る」ことをその目的とすることが記載されているものの,これらの目的から,訂正前の請求項1に係
る発明において,上記「限定手段」「カーソル」と関連付けられた「選択手段」における選択の仕方
まで導出されるとは到底いえない。
すなわち,訂正前の請求項1には,番組がどのように選択されるかについては全く示されていなか
ったにも拘わらず,訂正によりそのことを上記新たに付加した「限定手段」と関連付けた上で,具体
的に番組表上でカーソル移動により行うことを明示したものであるから,形式的(文言的)には(文
言の付加という意味で)特許請求の範囲の減縮を目的とするものといえるとしても,訂正前の請求項
1に係る「番組選択装置」の具体的な目的の範囲を逸脱してその技術事項を変更するものであり,実
質上特許請求の範囲を変更するものであることは明らかである。
(オ)「更新手段」については,当該手段自体が訂正前の請求項1には何ら記載が無く,新たに構
成要件を付加するものであり,訂正前の請求項1に係る「番組選択装置」が当然に具備する構成とも
認められない。さらに,当該手段により上記「選択手段」において新たに付加したカーソルの移動後
の位置に応じた番組表に更新し,カーソルの位置情報を新たに付加した上記「第二のRAM」に記憶
させることなど,訂正前の請求項1には何ら示されていなかったことは明らかである。このような当
然に具備するとはいえない新たな構成要件を付加し,さらにその構成要件によって他の構成要件を限
定しようとすること自体,特許請求の範囲の技術事項を変更するものというべきである。
一方,明細書の段落【0004】には,本発明は「所望の番組を確実に選択することができるよう
にすること」「こうして選択された番組をはじめとする番組の内容を容易にサーチできるようにす
る」ことをその目的とすることが記載されているものの,これらの目的から,訂正前の請求項1に係
る発明が当然に上記「更新手段」を備えるものであるとは到底いえない。
すなわち,訂正前の請求項1には,番組表の更新,さらにはカーソルの位置情報を「第二のRA
M」に記憶させて更新することについては全く示されていなかったにも拘わらず,訂正によりそのこ
とを具体的に示したものであるから,形式的(文言的)には(文言の付加という意味で)特許請求の
範囲の減縮を目的とするものといえるとしても,訂正前の請求項1に係る「番組選択装置」の具体的
な目的の範囲を逸脱してその技術事項を変更するものであり,実質上特許請求の範囲を変更するもの
であることは明白である。
(カ)「サーチ手段」については,訂正前の請求項1には,単に,「サーチするサーチ手段」とし
か記載されていなかったものであり,これを新たに付加した選択手段中の「カーソル」,「第二のR
AM」及び,「記憶手段」と関連付け,さらに「毎週キー」の操作により「翌週以降」のテレビ放送
の番組より上記「選択手段」により選択された位置の番組と同一の番組をサーチすることについて
は,訂正前の請求項1には何ら記載されていなかったものである。新たに付加した構成要件によるこ
のような限定自体,特許請求の範囲の技術事項を変更するものというべきである。
一方,明細書の段落【0004】には,本発明は「所望の番組を確実に選択することができるよう
にすること」「こうして選択された番組をはじめとする番組の内容を容易にサーチできるようにす
る」ことをその目的とすることが記載されているものの,これらの目的から,訂正前の請求項1に係
る発明において,新たに付加された選択手段中の「カーソル」,「第二のRAM」及び,「記憶手
段」と関連付けられ,さらに「毎週キー」の操作による「サーチ手段」におけるサーチの仕方まで導
出されるとは到底いえない。
すなわち,訂正前の請求項1には,何に基づいてどのような番組をサーチするかについては全く示
されていなかったにも拘わらず,訂正によりそのことを新たに追加した「第二のRAM」に記憶され
た「カーソル」の位置情報に基づいて新たに追加された「毎週キー」の操作により行うことを明示し
たものであるから,形式的(文言的)には(文言の付加という意味で)特許請求の範囲の減縮を目的
とするものといえるとしても,訂正前の請求項1に係る「番組選択装置」の具体的な目的の範囲を逸
脱してその技術事項を変更するものであり,実質上特許請求の範囲を変更するものであることは明ら
かである。
(キ)「上記記憶手段は外部装置によって情報の書き換えがなされるものであり,電源が投入され
た際に,上記入力手段によって上記記憶手段から上記情報が読み出されること」については,訂正前
の請求項1には,何ら記載が無く,新たに構成要件を付加するものであり,訂正前の請求項1に係る
「番組選択装置」が当然に具備する構成とも認められない。このような当然に具備するとはいえない
新たな構成要件を付加すること自体,特許請求の範囲の技術事項を変更するというべきである。
一方,明細書の段落【0004】には,本発明は「所望の番組を確実に選択することができるよう
にすること」「こうして選択された番組をはじめとする番組の内容を容易にサーチできるようにす
る」ことをその目的とすることが記載されているものの,これらの目的から,訂正前の請求項1に係
る発明が当然に上記構成要件を備えるものとは到底いえない。
すなわち,この訂正は,形式的(文言的)には(文言の付加という意味で)特許請求の範囲の減縮
を目的とするものといえるとしても,訂正前の請求項1に係る「番組選択装置」の具体的な目的の範
囲を逸脱してその技術事項を変更するものであり,実質上特許請求の範囲を変更するものであること
は明らかである。
結局,上記訂正事項bは,特許査定時の明細書の請求項1には何ら記載がなく自明でもなかった
「第一のRAM」と「第二のRAM」,「限定手段」及び「更新手段」を新たに付加すると共に,さ
らにその付加した構成要件に基づいて「入力手段」,「チャンネル表示手段」,「放送順序表示手
段」,「選択手段」,「サーチ手段」の内容を新たに具体的に限定したものであるから,形式的(文
言的)には(文言の付加という意味で)特許請求の範囲の減縮を目的とするものといえるとしても,
訂正前の請求項1に係る「番組選択装置」の具体的な目的の範囲を逸脱してその技術事項を変更する
ものであり,実質上特許請求の範囲を変更するものであることは明らかである。
()審決のむすび3
以上のとおりであって,本件審判の請求に係る訂正は,特許法等の一部を改正する法律(平成6年
法律第116号)附則6条1項の規定によりなお従前の例によるとされる上記改正法による改正前の
特許法126条2項の規定に適合しない。
第3当事者の主張の要点
1原告主張の審決取消事由
(1)取消事由1(審判手続の法令違背)
特許庁は,原告に上記第2の3(1)記載の理由を通知したものの,原告が拒絶理
由について十分に弁明するための意見書を提出する機会を与えなかったから,審判
手続には,特許法165条の規定に違反する瑕疵がある。
ア特許査定時の請求項に示されていなかった構成要件の付加は,特許請求の範
囲を減縮する手法の一つであり,新たな構成要件の付加そのものが,直ちに,特許
請求の範囲の技術事項ないし当該特許発明の技術的範囲を変更することにはならな
い。
イ訂正前の請求項1に記載のない「第一のRAM」と「第二のRAM」,「限
定手段」及び「更新手段」を新たに追加し,また,「入力手段」,「チャンネル表
示手段」,「放送順序表示手段」,「選択手段」及び「サーチ手段」にさらに限定
を付したことが,「実質上特許請求の範囲を変更するものである」というために
は,少なくとも訂正前の請求項1に係る発明の技術的範囲と請求項1に係る発明の
技術的範囲を対比検討し,具体的にいかなる点において後者が前者の範囲から逸脱
しているか,すなわち,各構成の付加ないし限定が,訂正前の課題(目的)とは別
個の,これと異なる課題(目的)を解決し,これによって訂正前の作用効果と異な
る作用効果を奏するものであるかが示されなければならないのに,特許庁が通知し
た拒絶理由は,単に「実質上特許請求の範囲を変更するものである」との結論を示
しただけである。
ウ特許庁は,原告に明確かつ具体的な拒絶理由を通知せず,拒絶理由について
十分に弁明するための意見書を提出する機会を与えないまま,審決をしたものであ
るから,審判手続には,特許法165条の規定に違反する瑕疵がある。
(2)取消事由2(訂正事項bについての判断の誤り)
審決は,訂正事項bについて,「特許査定時の明細書の請求項1には何ら記載が
なく自明でもなかった「第一のRAM」と「第二のRAM」,「限定手段」及び
「更新手段」を新たに付加すると共に,さらにその付加した構成要件に基づいて
「入力手段」,「チャンネル表示手段」,「放送順序表示手段」,「選択手段」,
「サーチ手段」の内容を新たに具体的に限定したものであるから,形式的(文言
的)には(文言の付加という意味で)特許請求の範囲の減縮を目的とするものとい
えるとしても,訂正前の請求項1に係る「番組選択装置」の具体的な目的の範囲を
逸脱してその技術事項を変更するものであり,実質上特許請求の範囲を変更するも
のであることは明らかである。」と判断したが,誤りである。
ア審決は,新たに付加した「第一のRAM」と「第二のRAM」,「限定手
段」及び「更新手段」は訂正前の請求項1に記載がなく,また,「入力手段」,「チ
ャンネル表示手段」,「放送順序表示手段」,「選択手段」,「サーチ手段」に付
加した限定も訂正前の請求項1に記載がないから,このような新たな付加や限定
は,それ自体,特許請求の範囲の技術事項を変更すると説示する。
(ア)「技術事項の変更」との用語は,特許法にないものであり,その内容は一
義的に明確なものではない。
(イ)「技術事項」が構成要素ないし構成要件を意味するものであると解釈する
とすれば,特許法126条,134条の2が規定する訂正は,法定の要件のもとに
構成要素ないし構成要件を変更するものであるから,常に「技術事項の変更」に当
たることになるのであって,新たな付加及び限定が特許請求の範囲の技術事項を変
更することは当然のことであり,訂正を拒絶する理由とはなり得ない。
(ウ)他方,「技術事項」が特許権の効力が及ぶ範囲,すなわち特許の技術的範
囲を意味するものであると解釈するとすれば,「特許請求の範囲の技術事項を変更
する」とは「特許請求の技術的範囲を変更する」ことを意味し,特許法126条2
項にいう「実質上特許請求の範囲を変更する」ことと同義であると理解することが
できるが,訂正前の請求項に示されていなかった構成要件を付加することは,特許
請求の範囲を減縮する手法の一つであり,特許請求の範囲に新たな構成要件を付加
したこと自体が,直ちに,実質上特許請求の範囲の技術的範囲を変更することに当
たるものではないから,明らかに誤りである。
イまた,審決は,出願当初の明細書(以下「当初明細書」という。)の段落
【0004】に,訂正前の請求項1に係る発明は「所望の番組を確実に選択するこ
とができるようにすること」,「こうして選択された番組をはじめとする番組の内
容を容易にサーチできるようにすること」をその目的とすることが示されているも
のの,この目的から,訂正前の請求項1に係る発明が「第一のRAM」と「第二の
RAM」,「限定手段」及び「更新手段」を備えるものであるとはいえず,また,
「入力手段」,「チャンネル表示手段」,「放送順序表示手段」,「選択手段」,
「サーチ手段」に新たに付加した限定が導出されるものであるともいえないから,
請求項1に係る発明が訂正前の請求項1に係る発明の目的を逸脱すると説示する。
(ア)請求項1に係る発明が「訂正前の請求項1に係る発明の目的を逸脱する」
というためには,訂正前の請求項1に係る発明の目的と請求項1に係る発明の目的
とをそれぞれ具体的に認定した上,両発明の目的を直截に対比,検討すべきである
が,審決は,訂正前の請求項1に係る発明の目的については,当初明細書の段落
【0004】の記載のみに基づいて形式的に認定したに止まり,請求項1に係る発
明の目的については何ら言及していないのであって,訂正前の請求項1に係る発明
の目的と請求項1に係る発明の目的とを具体的に対比,検討していない。
(イ)しかも,審決は,訂正前の請求項1に係る発明の目的から請求項1に係る
発明の構成要件を導出できるかといったおよそ見当違いの手法を用いて,「本件発
明1の目的を逸脱する」か否かを判断している。
ウ特許法126条2項が,特許請求の範囲等の訂正が実質上特許請求の範囲を
拡張し,又は変更するものであってはならないとした趣旨は,第三者がある技術を
実施していた場合に,訂正前の発明の技術的範囲には属していなかったのに,訂正
後の発明の技術的範囲に属することになるという不測の損害を避け,明細書の記載
を信頼する一般第三者の利益を保護することにあるから,「実質上特許請求の範囲
を変更する」とは,訂正後における特許権の及ぶ範囲が訂正前におけるそれよりも
広いために,当初明細書の記載を信頼する一般第三者の利益を害する場合をいうと
解すべきである。
そして,当初明細書の記載を信頼する一般第三者の利益を害するか否かを判断す
るためには,当該訂正により新たに付加又は限定を付した構成要件が第三者にとっ
て自明であるか否か,より具体的には,新たに付加又は限定を付した構成が当初明
細書に開示されているか否か,また,新たに付加又は限定を付した構成要件が周知
技術であるか否かなどが具体的に検討されなければならないところ,審決は,この
ような検討をすることなく,本件訂正は「実質上特許請求の範囲を変更する」と判
断したのである。
なお,本件訂正において新たに付加又は限定を付した各構成は,すべて当初明細
書に記載されているから,明細書の記載を信頼する一般第三者の利益を害すること
にはならない。すなわち,「第一のRAM」は例えば当初明細書の段落【001
3】の記載に,「第二のRAM」は例えば当初明細書の段落【0011】の記載
に,「限定手段」は例えば当初明細書の段落【0014】の記載に,「更新手段」
は例えば当初明細書の段落【0015】の記載に,「入力手段」は例えば当初明細
書の段落【0009】及び【0014】の記載に,「選択手段」は例えば当初明細
書の段落【0015】の記載に,「サーチ手段」は例えば当初明細書の段落【00
17】の記載に,「記憶手段」は例えば当初明細書の段落【0014】の記載にそ
れぞれ基づくものである。
エ以上のとおりであって,審決は,訂正前の請求項1に係る発明の目的と請求
項1に係る発明の目的を具体的に対比,検討せず,また,本件訂正の前後において
特許権の技術的範囲に差異を生じ,もって第三者に不測の損害を生ぜしめるか否か
を実質的に判断しないものであって,明らかな誤りがある。
2被告の反論
(1)取消事由1(審判手続の法令違背)に対して
特許庁は,原告に上記第2の3(1)記載の理由を通知し,発送の日から30日と
いう期間を指定して意見書を提出する機会を与えたものであって,通知した理由の
趣旨は明確であるから,審判手続に特許法165条の規定に違反する瑕疵はない。
(2)取消事由2(訂正事項bについての判断の誤り)に対して
ア本件訂正において,「限定手段」を備えることにより,画面表示する番組表
を一画面分の番組内容に限定するという具体的な目的が,「更新手段」を備えるこ
とにより,該番組表を更新するという具体的な目的が付加されたことは特許請求の
範囲の記載自体から明らかであり,さらに,「サーチ手段」について,「毎週キー
が操作された場合には,・・・翌週以降のテレビ放送の番組より上記選択手段によ
り選択された位置の番組と同一の番組を」サーチすると限定したことにより,翌週
以降の同一番組をサーチするという具体的な目的が新たに付加されたことも明らか
である。
当初明細書には,訂正前の請求項1に係る発明の目的について,「所望の番組を
確実に選択することができるようにすること」,「こうして選択された番組をはじ
めとする番組の内容を容易にサーチできるようにすること」と示されているだけで
あり,このような極めて一般的な目的から,請求項1における,画面表示する番組
表を画面に表示可能な一画面分の番組内容に限定するという具体的な目的,該番組
表を更新させるという具体的な目的及び毎週キーという一種の専用キーで翌週以降
の同一番組を簡単にサーチするという具体的な目的が直ちに導出されるということ
はできない。
そうである以上,請求項1において,「第一のRAM」と「第二のRAM」,
「記憶手段」,「限定手段」及び「更新手段」を新たに付加し,さらに,その付加
した事項に基づき「入力手段」,「チャンネル表示手段」,「放送順序表示手
段」,「選択手段」及び「サーチ手段」を新たに限定したことは,訂正前の請求項
1に記載された発明の具体的な目的の範囲を逸脱するというべきであって,本件訂
正は,形式的には特許請求の範囲の減縮を目的とするものといえるとしても,訂正
前の請求項1に記載された事項によって構成される発明の具体的な目的の範囲を逸
脱してその技術的事項を変更するものであり,実質上特許請求の範囲を変更するも
のである。
イ訂正前の請求項1に係る発明の目的は,「所望の番組を確実に選択すること
ができるようにすること」,「こうして選択された番組をはじめとする番組の内容
を容易にサーチできるようにすること」であるところ,請求項1に係る発明につい
て,訂正明細書の段落【0004】には,訂正前の請求項1に係る発明と同じ記載
しかないものの,上記アのとおりの具体的な目的ないし効果が新たに付加されたこ
とは明らかである。
そうすると,請求項1に係る発明は,訂正前の請求項1に係る発明に対し,新た
に「第一のRAM」と「第二のRAM」,「記憶手段」,「限定手段」及び「更新
手段」が付加されたことにより,訂正前の請求項1に係る発明の目的に加え,新た
に,番組情報を取り込み記憶し,番組表を画面上に限定表示し更新し,翌週以降の
同一番組をサーチするという(具体的な)目的が併せて付加されたものとなること
は明らかであり,このような新たな構成要件の付加は,訂正前の請求項1に記載さ
れた発明の具体的な目的の範囲を逸脱するものというべきである。
ウ当初明細書及び図面には,第5図のステップ120(カーソル位置に応じた
領域のデータおよびカーソル位置データを出力),ステップ150(カーソル位置
情報を番組表に応じて更新)等については示されているものの,請求項1において
新たに付加された「限定手段」,「更新手段」という構成要件については,その用
語自体,当初明細書には何ら記載されていなかったものであって,訂正明細書の段
落【0014】において,上記ステップ120の処理の一部を「限定手段」,上記
ステップ120から150に至る処理を「更新手段」として,それぞれ新たに定義
し直し,明細書に初めて出現させたものである。
特許権が設定された後も,特許請求の範囲に記載されている構成要件以外の明細
書の記載されている事項の全てが無条件に随時訂正可能であるとすると,特許権の
設定登録時の特許請求の範囲の記載を信頼する一般第三者の利益を損なう場合があ
り得ることは明らかであり,明細書に記載されているからといって,必ずしもその
全てが訂正可能であるとは限らない。
エ以上のとおりであって,審決が,訂正事項bについて,「訂正前の請求項1
には何ら記載がなく自明でもなかった「第一のRAM」と「第二のRAM」,「限
定手段」及び「更新手段」を新たに付加すると共に,さらにその付加した構成要件
に基づいて「入力手段」,「チャンネル表示手段」,「放送順序表示手段」,「選
択手段」,「サーチ手段」の内容を新たに具体的に限定したものであるから,形式
的(文言的)には(文言の付加という意味で)特許請求の範囲の減縮を目的とする
ものといえるとしても,訂正前の請求項1に係る「番組選択装置」の具体的な目的
の範囲を逸脱してその技術事項を変更するものであり,実質上特許請求の範囲を変
更するものであることは明らかである。」と判断したことに誤りはない。
第4当裁判所の判断
便宜,取消事由2(訂正事項bについての判断の誤り)についてまず判断する。
1「第一のRAM」,「第二のRAM」,「限定手段」,「更新手段」及び
「記憶手段」について
(1)「第一のRAM」,「第二のRAM」について
ア当初明細書(甲1)には,次の記載がある。
「【0011】次に第3図に従って,録画予約カード1とVTR3の内部構成に
ついて説明する。図示するように,録画予約カード1の内部には,周知のCPU3
1,ROM32,RAM33を中心に,これらとバス34により相互に接続された
キー入力ポート35,入出力ポート38等が設けられている。」
「【0013】一方,VTR3の内部には,バス45により相互に接続された周
知のCPU51,ROM52,RAM53,タイマ55のほか,アンテナ57を介
してテレビ放送電波を受け映像・音声信号を復調するチューナ60,復調した信号
をビデオテープに録画しあるいは再生する録画再生部65,映像信号をテレビ5に
出力する映像信号出力部70等を備える。タイマ55は,年月日を管理するカレン
ダ機能および24時間の時計機能を備え,予め内部バス45を介してCPU51に
より設定された時刻なるとこれをCPU51に割込として報知すると共に,時刻表
示部8に現在時を表示する。(中略)更に,映像信号出力部70は,チューナ60
により復調されたあるチャンネルの映像信号,録画再生部65により再生された映
像信号,CPU51がRAM53に記憶した画像データを読み出して生成する映像
信号のうちの何れかひとつの映像信号を選択し,これを一旦図示しない内部のビデ
オメモリに蓄えた後,テレビ受像機5に常時出力する。」
イ上記アの記載に,当初明細書の段落【0014】の「出力された番組データ
は,コネクタ30を介して一旦RAM53に記憶され,後でCPU51の制御によ
り映像信号出力部70に送られ,ここで映像信号に変換された後,テレビ受像機5
に出力される。」との記載及び段落【0015】の「入力されたキーがカーソルキ
ーの場合には,操作されたキー21ないし24のいずれかに応じたカーソルデータ
を出力し(ステップ140),RAM33に記憶されるカーソル位置情報を番組表
の構成に応じて更新する処理を行なう(ステップ150)。」との記載を併せ考え
ると,「第一のRAM」及び「第二のRAM」は,それぞれ,当初明細書に記載さ
れたRAM53及びRAM33に相当するものと理解することができる。
(2)「限定手段」(該放送順序表示手段及び上記チャンネル表示手段により上
記画面に表示される番組表を上記画面に表示可能な一画面分の番組内容のみに限定
する手段)について
ア当初明細書(甲1)には,次の記載がある。
「【0014】次に,第4図に示す番組表の説明図,第5図,第6図に示すフロ
ーチャートに従って,録画予約カード1およびVTR3の各CPU31,51が実
行する処理について説明する。(中略)。カーソルの初期位置は,予め定めた原点
であり,第4図に示す番組表では,最も小さな番号のチャンネルでかつ最も早い時
間帯の番組(本実施例では番組A1)に対応した位置である。その後,ROM32
から番組表を読み出し(ステップ110),このうちカーソル位置に応じた領域の
番組データおよびカーソル位置のデータを入出力ポート38を介してVTR3に出
力する処理を行なう(ステップ120)。即ち,テレビ受像機5には,番組表の全
てを一度に表示することができないので,カーソルの位置を中心に一画面分の番組
データを出力するのである。・・・」
イ上記アの記載によれば,当初明細書に記載された番組選択装置は,「放送順
序表示手段及びチャンネル表示手段により画面に表示される番組表を画面に表示可
能な一画面分の番組内容のみに限定する手段」,すなわち,「限定手段」を有して
いることが理解できる。
(3)「更新手段」(上記画面に表示された上記番組表を,上記カーソルの移動
に伴い移動後の上記カーソル位置に応じた上記番組表に更新させると共に,上記カ
ーソルの移動に伴い上記カーソルの位置情報を上記第二のRAMに記憶させてその
情報を更新させる手段)について
ア当初明細書(甲1)には,次の記載がある。
「【0015】入力されたキーがカーソルキーの場合には,操作されたキー21
ないし24のいずれかに応じたカーソルデータを出力し(ステップ140),RA
M33に記憶されるカーソル位置情報を番組表の構成に応じて更新する処理を行な
う(ステップ150)。例えば,カーソルが第4図に示す番組C3の位置にある場
合に,上向き矢印のカーソルキー21が操作されたときには,そのデータをVTR
3の映像信号出力部70に出力すると共に,録画予約カード1内のカーソル位置情
報を番組C3から番組C2の位置に更新するのである。また,右向き矢印のカーソ
ルキー24が操作された場合には,カーソル位置情報は,番組C3から番組D3の
位置に更新される。以上の処理の後,ステップ120に戻り再びステップ120以
下の処理を実行する。従って,カーソルが現在表示している領域の外に移動された
場合には,ステップ120の処理により,表示される番組の領域も更新される。」
イ上記アの記載によれば,当初明細書に記載された番組選択装置は,「画面に
表示された番組表を,カーソルの移動に伴い移動後のカーソル位置に応じた番組表
に更新させると共に,カーソルの移動に伴いカーソルの位置情報を第二のRAMに
記憶させてその情報を更新させる手段」,すなわち,「更新手段」を有しているこ
とが理解できる。
(4)「記憶手段」(上記記憶手段は外部装置によって情報の書き換えがなされ
るものであり,電源が投入された際に,上記入力手段によって上記記憶手段から上
記情報が読み出されること)について
上記(2)アの当初明細書の段落【0014】の記載によれば,当初明細書に記載
された番組サーチ装置の記憶手段は,「外部装置によって情報の書き換えがなされ
るものであり,電源が投入された際に,入力手段によって記憶手段から上記情報が
読み出される」ものであることが理解できる。
(5)そうであれば,訂正事項bに係る「第一のRAM」,「第二のRAM」,
「限定手段」,「更新手段」及び「記憶手段」の内容は,いずれも,当初明細書に
記載されているということができる。
2訂正事項bについて
(1)当初明細書(甲1)には,次の記載がある。
「【従来の技術】テレビ番組は,通常,その放映開始時刻やチャンネルが不変で
あるため,毎週(あるいは毎日)見ている番組については,放映開始時刻やチャン
ネルを人が憶えておけばよい。しかしながら,その番組の前にスポーツ中継がある
場合や,放映開始時刻が一定していない番組については,新聞やテレビ番組専門雑
誌の番組欄を見て,チャンネル,放映開始時刻等を確認するのがよい。そして,そ
の時刻になったらテレビのスイッチをONにしたり,チャンネルを合わせたり,あ
るいはビデオ録画装置に録画をしたりする。」(段落【0002】)
「【発明が解決しようとする課題】しかしながら,番組欄で確認した番組をテレ
ビ受像機に表示させるには,テレビの画面と番組欄とを突き合わせる必要があり,
煩わしい。また,番組欄で所望の番組の放映開始時刻等を確認するのに失敗する場
合がある。例えば,複数の番組が1つの欄(例えば,19時から20時の時間の枠)内
に示されている場合,前半の番組を見たいのに後半の番組と勘違いする場合があ
る。本発明は上記課題を解決するためになされたものであり,所望の番組を確実
に選択することができるようにすることを第1の目的とする。また,こうして選択
された番組をはじめとする番組の内容を容易にサーチできるようにすることを第2
の目的とする。」(段落【0003】,【0004】)
「【発明の効果】以上詳述したように,本発明の請求項1記載の番組選択装置に
よれば,テレビ放送の番組が,放送順序表示手段およびチャンネル表示手段により
画面上に表形式で表示される。番組は,1番組1枠で表示されているため,選択手
段を用いて番組を選択した際に,誤って隣の番組を選択してしまう,ということが
少ない。しかも番組は放送時間に応じた長さで上記画面に表示されるので,この長
さが選択する際の手掛かりとなり,誤って選択する可能性が殆どない。また,番組
内容がサーチ手段によりサーチされるので,容易に所望の番組の内容をサーチする
ことができる。請求項2記載の番組選択装置によれば,選択手段により選択される
位置に表示されている番組内容が,選択されない位置の番組内容と,識別表示手段
によって識別表示されるので,選択を確実に行なうことができる。」(段落【00
29】)
(2)上記(1)の記載によれば,従来,新聞やテレビ専門雑誌の番組欄を見てチャ
ンネル,放映開始時刻等を確認していたが,番組欄で確認した番組をテレビ受像機
に表示させるには,テレビの画面と番組欄とを突き合わせる必要があり,煩わしか
ったり,番組欄で所望の番組の放映開始時刻を確認するのに失敗するという問題
(課題)があったところ,このような課題を解決し,所望の番組を確実に選択で
き,選択された番組を含めて番組の内容を容易にサーチできるようにする番組選択
装置を提供することが,訂正前の請求項1に係る発明の目的であり,そのための構
成が,同請求項1に規定した番組選択装置の構成であるものと認められる。
(3)そして,訂正事項bにおける「第一のRAM」,「第二のRAM」は,そ
れぞれ,訂正前の請求項1の「入力手段」,「サーチ手段」が有する記憶装置をよ
り具体的に規定したものであり,「限定手段」は,訂正前の請求項1の「選択手
段」による番組の表示位置の選択の前提となる表示すべき番組表の内容について,
具体的に規定したものであり,「更新手段」は,番組内容の表示位置を指定するた
めの位置指定に関して,カーソルの移動に伴って必要な処理内容を具体的に規定し
たものであり,「記憶手段」は,訂正前の請求項1の「少なくとも開始時刻とその
終了時刻とその放映チャンネルとを含む情報」が記憶される手段を具体的に規定し
たものであるから,訂正事項bの具体的内容は,いずれも,訂正前の請求項1に係
る発明の目的に含まれるということができる。
3そうであれば,訂正事項bは,訂正前の請求項1に係る発明の目的を逸脱し
たということはできず,訂正事項bに係る訂正によって,実質上特許請求の範囲を
変更するものではない。
4被告の主張について
(1)被告は,当初明細書には,訂正前の請求項1に係る発明の目的について,
「所望の番組を確実に選択することができるようにすること」,「こうして選択さ
れた番組をはじめとする番組の内容を容易にサーチできるようにすること」と示さ
れているだけであり,このような極めて一般的な目的から,請求項1における,画
面表示する番組表を画面に表示可能な一画面分の番組内容に限定するという具体的
な目的,該番組表を更新させるという具体的な目的及び毎週キーという一種の専用
キーで翌週以降の同一番組を簡単にサーチするという具体的な目的が直ちに導出さ
れるということはできないから,訂正事項bは,訂正前の請求項1に記載された発
明の具体的な目的の範囲を逸脱すると主張する。
しかしながら,発明の目的は特許請求の範囲の請求項において規定された構成に
よって達せられるものであり,新たに構成が付加されたり構成が限定されれば,目
的も,それに応じて,より具体的なものになることは当然であって,訂正後の発明
の構成により達せられる目的が訂正前の発明の構成により達せされる上位の目的か
ら直ちに導かれるものでなければ,発明の目的の範囲を逸脱するというのであれ
ば,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正は事実上不可能になってしまうから,
相当でない。そうであれば,訂正事項により付加,限定された構成により達成され
る内容が,訂正前の発明の目的に含まれるものであれば足りると解するのが相当で
あり,本件においては,上記2のとおり,訂正事項bの具体的内容は,いずれも,
訂正前の請求項1に係る発明の目的に含まれる。
被告の上記主張は,採用することができない。
(2)また,被告は,請求項1に係る発明は,新たに「第一のRAM」と「第二
のRAM」,「記憶手段」,「限定手段」及び「更新手段」が付加されたことによ
り,訂正前の請求項1に係る発明の目的に加え,新たに,番組情報を取り込み記憶
し,番組表を画面上に限定表示し更新し,翌週以降の同一番組をサーチするという
(具体的な)目的が併せて付加されたものとなることは明らかであり,このような
新たな構成要件の付加は,訂正前の請求項1に記載された発明の具体的な目的の範
囲を逸脱すると主張する。
しかしながら,訂正事項bに係る「第一のRAM」,「第二のRAM」,「限定
手段」,「更新手段」及び「記憶手段」の内容は,いずれも,当初明細書に記載さ
れているものであって,訂正事項bにおける「第一のRAM」,「第二のRAM」
は,それぞれ,訂正前の請求項1の「入力手段」,「サーチ手段」が有する記憶装
置をより具体的に規定したものであり,「限定手段」は,訂正前の請求項1の「選
択手段」による番組の表示位置の選択の前提となる表示すべき番組表の内容につい
て,具体的に規定したものであり,「更新手段」は,番組内容の表示位置を指定す
るための位置指定に関して,カーソルの移動に伴って必要な処理内容を具体的に規
定したものであり,「記憶手段」は,訂正前の請求項1の「少なくとも開始時刻と
その終了時刻とその放映チャンネルとを含む情報」が記憶される手段を具体的に規
定したものであるから,訂正事項bの具体的内容は,いずれも,訂正前の請求項1
に係る発明の目的に含まれるということができる。
被告の上記主張も,採用することができない。
(3)さらに,被告は,請求項1において新たに付加された「限定手段」,「更
新手段」という構成要件については,その用語自体,当初明細書には何ら記載され
ていなかったものであって,訂正明細書の段落【0014】において,上記ステッ
プ120の処理の一部を「限定手段」,上記ステップ120から150に至る処理
を「更新手段」として,それぞれ新たに定義し直し,明細書に初めて出現させたも
のであるところ,明細書に記載されているからといって,必ずしもその全てが訂正
可能であるとは限らないと主張する。
しかしながら,特許請求の範囲を減縮する場合には,新たな構成要件を付加した
り,構成を新たに具体的に限定するのが通常であるから,新たな構成要素を付加し
たり,構成要素を新たに具体的に限定することが,直ちに,実質上特許請求の範囲
を変更することに当たるものでないことは明らかである。訂正事項bに係る「第一
のRAM」,「第二のRAM」,「限定手段」,「更新手段」及び「記憶手段」の
内容は,いずれも,当初明細書に記載されているものであって,訂正事項bにおけ
る「第一のRAM」,「第二のRAM」は,それぞれ,訂正前の請求項1の「入力
手段」,「サーチ手段」が有する記憶装置をより具体的に規定したものであり,
「限定手段」は,訂正前の請求項1の「選択手段」による番組の表示位置の選択の
前提となる表示すべき番組表の内容について,具体的に規定したものであり,「更
新手段」は,番組内容の表示位置を指定するための位置指定に関して,カーソルの
移動に伴って必要な処理内容を具体的に規定したものであり,「記憶手段」は,訂
正前の請求項1の「少なくとも開始時刻とその終了時刻とその放映チャンネルとを
含む情報」が記憶される手段を具体的に規定したものであるから,明細書に接した
第三者であれば,訂正が可能であることを予測することができるのであって,訂正
事項bによる訂正が一般第三者の利益を損なうものとはいえない。
被告の上記主張は,採用の限りでない。
5上記3のとおり,訂正事項bは,訂正前の請求項1に係る発明の目的を逸脱
したということはできず,訂正事項bに係る訂正によって,実質上特許請求の範囲
を変更するものではないから,「訂正前の請求項1に係る「番組選択装置」の具体
的な目的の範囲を逸脱してその技術事項を変更するものであり,実質上特許請求の
範囲を変更するものであることは明らかである。」とした審決の判断は誤りであ
り,原告主張の取消事由2は理由がある。
第5結論
以上のとおりであって,原告主張の審決取消事由2は理由があるから,その余に
ついて判断するまでもなく,審決は取り消されるべきである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
塚原朋一
裁判官
高野輝久
裁判官
佐藤達文

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