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平成22年3月30日判決言渡
平成21年(行ケ)第10144号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成22年1月26日
判決
原告太陽化学株式会社
訴訟代理人弁理士細田芳徳
被告特許庁長官
指定代理人伊藤幸司
同内田淳子
同北村明弘
同小林和男
主文
1特許庁が不服2006−6371号事件について平成21年3月30
日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成7年6月27日,発明の名称を「テアニン含有組成物」とする
発明について,特許出願(特願平7−184923。以下「本願」という。)
をし(請求項の数2),平成17年12月19日提出の手続補正書により,特
許請求の範囲の請求項1,請求項2について補正(以下「第1補正」とい
う。)したが,平成18年2月14日に拒絶査定を受け,同年4月6日,拒絶
査定不服審判(不服2006−6371号事件)を請求し,同年5月1日提出
の手続補正書により,特許請求の範囲の請求項1,請求項2について補正(以
下「第2補正」という。)した。
特許庁は,平成21年3月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同年5月12日,原告
に送達された。
2特許請求の範囲
本件特許の第2補正後の明細書(以下,図面と併せ,「補正明細書」とい
う。)の特許請求の範囲の請求項1,2の記載は,次のとおりである(以下,
第2補正後の請求項1に係る発明を「補正発明1」,請求項2に係る発明を
「補正発明2」という。第2補正部分を下線で示した。)。
「【請求項1】テアニンを含有することを特徴とする,α波の出現時間の累計
を平常時に比べ10パーセント以上増加させるための,α波出現増強剤。
【請求項2】テアニンを含有することを特徴とする,学習能率向上剤。(脳代
謝又は脳機能の障害及びこれらに起因する症状,並びに神経障害の治療・改善
・予防作用を除く。)」
3審決の理由
(1)別紙審決書写しのとおりである。
要するに,①補正発明1は特開平6−100442号公報(以下「引用例
1」という。甲1)及び特開平7−126179号公報(以下「引用例2」
という。甲2)に記載された各発明(以下,引用例1に記載された発明を
「引用例1発明」と,引用例2に記載された発明を「引用例2発明」とい
う。)に基づいて当業者が容易に発明することができたから,特許法29条
2項により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである
こと,補正発明2は,本願の出願の日前の他の出願であって,本願の出願後
に出願公開された特願平6−212673号(特開平8−73350号公
報。甲3)の願書に最初に添付した明細書(以下「先願明細書」という。)
に記載された発明(以下「先願発明」という。)が特定の障害に対して限定
的に適用されるものと解することはできないから,先願発明と同一であると
認められ,しかも,補正発明の発明者が,先願明細書に記載された発明者と
同一であるとも,また本願出願の時に,その出願人が上記他の出願人と同一
であるとも認められないので,特許法29条の2の規定により,特許出願の
際独立して特許を受けることができないものであること,により第2補正は
却下されるべきものであること,②その結果,本願の請求項1及び請求項2
は,第1補正によるものとなるところ(以下,第1補正による請求項1を
「本願発明1」と,同請求項2を「本願発明2」という。),本願発明1は
引用例1発明及び引用例2発明に基づいて,当業者が容易に発明をすること
ができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができ
ず,本願発明2は先願発明と同一であり,しかも,本願発明2の発明者が,
先願明細書に記載された発明者と同一であるとも,また本願出願の時に,そ
の出願人が上記他の出願人と同一であるとも認められないから,特許法29
条の2の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないも
のであること,により拒絶査定不服審判請求は成り立たないと判断したもの
である。
(2)前記判断に際し,審決が認定した引用例1発明と補正発明1の対比(引
用例1発明の内容,補正発明1と引用例1発明との一致点及び相違点)並び
に第1補正による請求項1及び請求項2は,以下のとおりである。
ア(ア)引用例1発明の内容
「テアニンを有効成分とする抗ストレス剤」(審決書3頁26行)
(イ)一致点
「テアニンを含有することを特徴とする,薬剤」(審決書3頁28行,
29行)
(ウ)相違点
「前者の薬剤(判決注・補正発明1の薬剤)が『α波の出現時間の累計
を平常時に比べ10%以上増加させるための,α波出現増強剤』である
のに対し,後者の薬剤(判決注・引用例1発明の薬剤)が,『抗ストレ
ス剤』である点」(審決書3頁29行∼32行)
イ第1補正による請求項1及び請求項2
(ア)請求項1
「テアニンを含有することを特徴とする,α波の出現を平常時と比較し
て増強するための,α波出現増強剤」(審決書1頁23行,24行,甲
5)
(イ)請求項2
「テアニンを含有することを特徴とする学習効率向上剤」(同上)
第3当事者の主張
1取消事由に係る原告の主張
審決には,以下のとおり,(1)引用例2発明の認定の誤り(取消事由1),(
2)容易想到性判断の誤り(取消事由2),(3)補正発明2と先願発明との同一
性の認定判断の誤り(取消事由3)がある。
(1)引用例2発明の認定の誤り(取消事由1)
ア審決における引用例2発明の認定
審決では,引用例2発明について,「引用例2に,α波が,リラックス
時に増加し,ストレスがかかると減少することが知られていること,そこ
で,α波を積極的に増強させて,リラックスさせることによって,ストレ
スを予防または軽減しようとする試みがなされていることが記載・・・さ
れているように,ストレスの予防,軽減機作として,α波の増強があるこ
とは公知である。また,引用例2には,低周波数のα波を10%程度増強
することで被験者の内省に変化を与えるとする報告例も記載・・・されて
いる。上記のとおりストレスの予防,軽減とα波の増強の程度とが密接に
関係することは明らかである」(審決書4頁1行∼9行)と認定した。
要するに,審決は,引用例2の開示から,
aα波がリラックス時に増加し,ストレス時に減少することが知られ,
bα波を積極的に増強させて,リラックスさせて,ストレスを予防又は
軽減しようとする試みがされていることが知られ,
cストレスの予防,軽減機作として,α波の増強があることは公知であ
り,
dα波を10%程度増強することで被験者の内省に変化を与えるとする
報告がある
との点を認定した。
その上で,審決は,「抗ストレス作用のあるテアニンがα波を10%程
度増強可能なα波出現増強作用を有することは当業者が容易に予測しうる
ことである。」(審決書4頁9行∼11行)と判断した。
イ審決の誤り
(ア)審決は,引用例2の【0002】の記載を根拠に「α波を積極的に
増強させて,リラックスさせることによって,ストレスを予防又は軽減
しようとする試みがなされている」(審決書4頁2行∼4行)としてい
るが,そのような記載は引用例2にはない。
引用例2の【0002】の記載は,「α波の出現状態はリラックス度
の指標としてしばしば用いられており,近年のストレス社会において,
α波を積極的に増強させてリラックスさせようとする試みが色々なされ
ている。」というものであり,審決が述べるように「ストレスを予防又
は軽減しようとする試み」があるとの記載はないし,引用例2の開示内
容から,ストレスが予防又は軽減されたこともうかがえない。
(イ)引用例2の実施例での実験は,特段のストレス負荷のない被験者に
マラクジャ果汁を与えるものである。そして,マラクジャ果汁の摂取に
よりα波が増強したという実験結果に基づき,「マラクジャ果汁をベー
スとする本発明のα波増強剤またはα波増強用食品を摂取した場合に
は,α波が誘導増強されて,ストレスが解消されリラックスした状態を
得ることができる」(【0032】)と発明の効果が記載されている。
このように,引用例2は,マラクジャ果汁が特段のストレス負荷のな
い平常時の状態からα波を増強させてリラックスした精神状態にしたこ
とを開示しているにすぎず,マラクジャ果汁によりストレスが予防又は
軽減されたことを示すものではない。
(ウ)したがって,引用例2について,「α波を積極的に増強させて,リ
ラックスさせて,ストレスを予防又は軽減しようとする試みがなされて
いることが」知られ,「ストレスの予防,軽減機作として,α波の増強
があることは公知である」とした審決の認定は誤りである。
(2)容易想到性判断の誤り(取消事由2)
審決は,①引用例1発明及び引用例2発明の「ストレス」の意義ついての
誤った解釈に基づいて,両者の解決課題が共通であり,引用例1発明には引
用例2発明を適用する示唆があると誤って認識し,かつ,②両発明を組み合
わせるについての阻害事由があるにもかかわらずこれを看過し,その結果,
引用例1発明に引用例2発明を適用し,補正発明1に至ることが容易である
としたものであって,容易想到性の判断を誤ったものである。
ア補正発明1における引用例1発明との相違点に関する構成について,引
用例1発明に,引用例2発明を適用して,補正発明1に至る示唆がないに
もかかわらず,引用例2発明を適用した誤り
(ア)a審決では,引用例1は,イソプロテレノールを投与した時の心拍
数上昇に対する抑制とか,計算作業ストレス負荷時の心拍数の増加,
血圧上昇の抑制の点から,テアニンを抗ストレス剤として認定してい
る(【0009】【0010】)。すなわち,引用例1は,ストレッ
サーによる負荷ストレスを取り除いて平常時の状態とすることを開示
している。引用例2と異なり,リラックス状態にすることの課題の認
識や示唆はない。
b引用例2には,特段のストレス負荷のない,平常時の状態にある被
験者にマラクジャ果汁を摂取させることで,脳のα波が誘導増強され
リラックスした状態を得ることでき,その結果,ストレスの問題が解
消されることが開示されている。
c人の精神状態には,リラックスかストレスかのいずれかという二者
択一ではなく,リラックスした状態ではないが,特段のストレス負荷
もない状態,すなわち「平常時」という状態が存在する。
乙3の図6にも,ストレス状態とリラックス状態のみならず,その
中間領域(平常時に対応する領域)の生理反応検出信号Eが示され02
ている。
引用例1にはストレスを取り除いて平常時の状態とすることが開示
されているのに対し,引用例2には平常時からリラックス状態を導く
ことが開示されている。また,引用例1には,テアニンのヒトに対す
るα波増強作用を示唆する記載は存在しない。
引用例1発明には,リラックス状態に導くことについての課題の認
識はなく,これに引用例2発明を適用する示唆はない。
(イ)テアニンの平常時のヒトに対するα波増強作用を示唆する記載は,
引用例1には存在しない。ストレス負荷時の血圧,心拍数の観点のみか
ら評価した引用例1の開示から,テアニンが平常時のヒトに対してα波
の増強作用をもつのではないか,という着想は生じ得るものではない。
(ウ)それにもかかわらず,審決は,抗ストレス=リラックス=α波の増
強という単純な誤った発想で,引用例2発明を引用例1発明を組み合わ
せて容易想到と判断したものであって,誤りである。
イ補正発明1における引用例1発明との相違点に関する構成について,引
用例1発明に引用例2発明を適用する阻害要因があるにもかかわらず,こ
れを看過した誤り
大平鑑定書(甲10)及びこれと同旨の山田鑑定書(甲19)が述べる
とおり,一般に,薬物等の中枢神経系に対する効果と末梢の自律神経系に
対する効果とは異なる。
引用例1は,テアニンが,自律神経系の活動を反映する血圧,心拍数な
どの心臓血管系の反応を抑制する作用があることを開示したものである。
これに対し,引用例2は,テアニンが中枢神経系である脳のα波を増強す
る効果を発揮することを開示したものである。
自律神経系と中枢神経系に関する技術常識からみて,自律神経系に対す
る作用効果を有する引用例1発明に中枢神経系に対する作用効果を有する
引用例2発明を参酌して適用することには阻害要因がある。
審決はこの阻害要因を看過したものであって,誤りである。
ウ補正発明1における予測できない顕著な効果を看過した誤り
補正発明1のα波増加という効果は,負荷ストレスに対する抗ストレス
作用を開示したにすぎない引用例1からは予測できないものであり,ま
た,テアニンとは異なるマラクジャ果汁の開示しかない引用例2からも予
測できるものではない。
補正発明1のα波出現増強作用は,予測に反する驚くべき効果であり,
当業者が容易に想到できるものではない。
(3)補正発明2と先願発明との同一性の認定判断の誤り(取消事由3)
ア先願発明について
先願明細書に開示されているのは,わずかな実験データにすぎず,しか
もCa濃度の目盛りの記載がないので,Ca濃度の上昇がどの程度で2+2+
あるかも不明である。しかも,そのデータは現実性の乏しい超高摂取量の
投与によるデータである。
また,Ca濃度の上昇のみでは長期増強を説明できないのというのが2+
技術常識である。
そうすると,先願明細書の開示データから,テアニンの常識的な摂取に
より,現実に長期増強を誘導してアルツハイマー病,パーキンソン病,老
人性痴呆などの神経障害患者の脳機能を改善することが十分に理解できる
程度に開示されているとはいえず,また,これを実施することができない
から,先願明細書に開示の発明は未完成であるとともに実施できない発明
である。
未完成の発明又は実施できない発明を先願発明として特許法29条の2
を適用することはできない。
イ先願発明と補正発明2との相違
(ア)作用の相違
補正発明2は,現実的な摂取量(ヒトの摂取量として0.3∼300
mg/kg)の範囲で,健常な動物における学習効率向上を実証している
(試験例3:ラットへ1,10,200mg/kgを投与。これは,ヒトの
代謝に換算するとそれぞれ0.3,2.5,50mg/kgに相当す
る。)。
補正発明2において作用効果が発現するテアニン50mg/kgを先願明
細書の800μMに要するテアニン量と対比すると,先願明細書では約
26万7000倍の超高摂取量となる。先願明細書に記載の作用は50
μMでは効果が期待できない。
先願明細書に記載の作用は,50μMの高濃度でも効果を発揮できな
いのに対し,補正発明2ではその約4200分の1の濃度で効果を発揮
できる。
これらの点からみて,先願明細書に記載の作用と補正発明2の作用と
は相違するものというべきであり,異なる作用に基づいて把握される発
明は,相違する発明である。
(イ)用途の相違
補正発明2の学習効率向上剤に係る発明は,正常な対象に対して学習
効率を向上させるための発明である。これに対し,先願明細書は,細胞
内Ca濃度の上昇から,脳代謝又は脳機能の障害及びこれらに起因す2+
る症状,神経障害の治療,改善などへの作用を推定した結果が記載され
ているにすぎず,両者は,用途において相違する。用途が相違する2つ
の発明が同一といえるのは,機序が同一であるため結果的に実質的に同
一という場合しか想定できない。しかるに,補正発明2による学習効率
向上の機構は不明であり,先願発明と同一の機序であるとはいえない。
学習,記憶に関しては,グルタミン酸受容体のみが関与しているわけで
はなく,他に多くの記憶と学習に関係する種々の神経伝達物質が知られ
ており,先願発明と異なる機序による可能性も十分にあり,同一である
との根拠はない。
(ウ)除くクレームについて
a補正発明2では,いわゆる「除くクレーム」により,先願明細書に
記載の発明を除くとの記載により,同一ではないことを明瞭にしてい
る。したがって,補正発明2が先願発明と同一であると判断される余
地はない。
b審決は,先願明細書の【0006】の作用機構を根拠に,「特定の
障害に対して限定的に適用されるものと解することはできない」(審
決書6頁9行)としている。
しかし,【0006】の記載は,神経細胞内のCa濃度を上昇さ2+
せ,長期増強現象を含むシナプスの可塑性を増加させ,記憶や学習の
定着をもたらし,脳機能回復を早めること,又は更なる脳機能障害の
進行を阻止することであり,あくまでも,脳機能の障害に対する作用
を記載したものにすぎない。
先願明細書は,全体を通じて障害に対する改善剤を提供する記載と
なっており,補正発明2が除外した「脳代謝又は脳機能の障害及びこ
れらに起因する症状,並びに神経障害の治療・改善・予防作用」を超
える記載があるとはいえない。
c被告は,先願発明者がとらえた発明を超えた開示があるとの主張を
するものと解されるが,もともとの発明が未完成であり,それを超え
た発明が有効に存在しているとはいえない。
(4)補正却下の決定の誤り
上記(1)ないし(3)の誤った判断に基づいて,補正を却下した審決の判断は
誤りであり,その誤った補正却下を前提として,本願発明1及び2につい
て,特許法29条2項及び29条の2該当性を判断した審決の判断もまた誤
りである。
2被告の反論
(1)引用例2発明の認定の誤り(取消事由1)に対し
ア引用例2の「本発明は・・・α波を増強させてストレスを解消してリラ
ックス状態にすることのできるα波増強剤・・・に関する。」(【000
1】との記載によれば,α波を増強させてリラックス状態にすることがス
トレス解消のために行われていることが示され,また,引用例2の【00
03】【0004】で,「α波を増強させてリラックスさせるための従来
技術」を指摘した上,「睡眠薬や鎮静剤を服用すると精神が安定し,α波
が誘導されることも知られているが,睡眠薬や鎮静剤は眠気や筋肉弛緩な
どの副作用をもたらしたり,習慣性があるため,限られた状況下で管理し
ながら使用することが必要であり,ストレスからの解放を目的として日常
的に使用することはできない。」(【0004】)との記載によれば,引
用例2においては,α波を増強させてリラックス状態にする目的が,スト
レスの解消やストレスからの解放にあるといえる。
そうすると,審決の摘示(ロ−2)における「近年のストレス社会にお
いて,α波を積極的に増強させてリラックスさせようとする試み」との記
載は,近年のストレス社会においては,日常的に様々なストレスにさらさ
れるが,α波を積極的に増強させて,リラックスさせることによって,こ
れらのストレスを予防又は軽減しようとする試みを意味するものであると
理解できる。
イこの点,原告は,引用例2は,マラクジャ果汁が特段のストレス負荷の
ない平常時の状態からα波を増強させてリラックスした精神状態にしたこ
とを開示しているにすぎないと主張するが,これは「平常時」という状態
が存在するとの誤った認識に基づくものであって,失当である。
審決の認定に誤りはない。
(2)容易想到性判断の誤り(取消事由2)に対し
ア引用例1発明に,引用例2発明を適用して,相違点に係る構成に至る示
唆がないにもかかわらず,引用例2発明を適用した誤りに対し
(ア)aストレスの程度(又はリラックスの程度)が様々な状態が,「ス
トレス状態」から「リラックス状態」まで連続的に存在しており,日
常生活において,ストレスの程度は,その状況に応じて常に変化して
いる流動的なものと考えられるので,原告が主張するような「ストレ
ス状態」でも「リラックス状態」でもない「平常時」という独立した
状態が存在するわけではない。
「ストレス状態」と「リラックス状態」との間に,ストレスの程度
(又はリラックスの程度)が異なる状態が存在する。ストレスの程度
やリラックスの程度によっては,中間的な状態があり,「ストレス状
態」と「リラックス状態」が混在したような状態である(乙3の第6
図)。
「平常時」が「ストレス状態」及び「リラックス状態」と異なると
する原告の主張は,「ストレス状態」及び「リラックス状態」の一般
的な意味と合致しないものであり,前提において失当である。
bストレスの解消ないし軽減を課題とした発明は,必然的に,リラッ
クス状態になる又はリラックス状態に近づけることを課題としている
から,引用例1にストレスの解消・軽減についての課題がある以上,
リラックス状態についての記載がなくとも,リラックス状態に至るこ
とについての課題の認識ないし示唆がないとはいえない。
(イ)引用例1の記載に接した本願出願当時の当業者は,テアニンを摂取
することにより,その抗ストレス作用によりストレス状態を軽減し,リ
ラックス状態あるいはそれに近い状態に移行ないしは維持されることを
当然に期待し得る。
そして,リラックスの程度が高まるにつれてα波が増加することは本
願出願当時の当業者の技術常識であった。このことは,引用例2の「α
波の出現状態はリラックスの指標としてしばしば用いられており,近年
のストレス社会において,α波を積極的に増強させてリラックスさせよ
うとする試みがいろいろなされている。」(2頁1欄23行∼26
行),及び乙1の【0015】,【0018】,【0019】の記載か
らも明らかである。
したがって,当業者であれば,引用例2の記載及び本願出願時の技術
常識に基づいて,当業者がテアニンとα波増強作用との関連性を容易に
想到できるというべきであるから,引用例1発明に引用例発明2を適用
することについての示唆がないとの原告の主張には理由がない。
イ引用例1発明に引用例2発明を適用するについて阻害要因があるとの主
張に対し
乙12には,体の緊張状態における生理的反応を測定することによっ
て,自動的に音響や振動を調整する装置が記載されており,「リラックス
した状態」や「緊張した場合」における血圧,脳波,発汗などの反応を応
用することが記載されている。したがって,ストレス状態が解消した程度
を評価する指標として,心拍数,血圧,脳波等を用いることが周知であ
る。抗ストレス作用を,「自律神経系の活動を反映する血圧,心拍数など
の心臓血管系の反応の点からみた作用」としてとらえるのか,あるいは
「中枢神経系の活動を反映する脳波からみた作用」としてとらえるのか
は,ストレスの程度やリラックスの程度を確認するための指標として何に
着目するかという差異にすぎないものであり,引用例1発明と引用例2発
明の技術が質的に異なることを意味しない。したがって,この点が引用例
1発明に引用例2発明を適用するについての阻害要因となるものではな
い。
ウ予測できない顕著な効果に対し
テアニンのα波増強作用については,引用例1に記載された抗ストレス
作用と,ストレスとα波及びリラックスとの密接な関連性に関する技術常
識から,当業者が予測可能なものであり,訂正明細書の図1,2に示され
るようなα波の出現時間,出現回数の増加効果が,当業者の予測を超えた
顕著な効果であるとはいえない。
(3)補正発明2と先願発明との同一性の認定判断の誤り(取消事由3)に対

ア先願発明が未完性ないし実施できないとの主張に対し
(ア)本願出願当時の当業者には,長期増強においてNMDA型受容体チ
ャンネルからのCa流入過程が必要かつ重要なものであると認識され2+
ており,長期増強を含むシナプスの可塑性が学習や記憶の定着に重要な
役割を果たしていること,特にNMDA型受容体がシナプスの可塑性に
重要な役割を果たしていることは,乙5及び乙6に示されるとおり,本
願出願当時の当業者の技術常識であった。
また,乙9には,「NMDA回路を経由する電圧依存Caの流入こ2+
そおそらくは,シナプス後膜電圧,ひいては[Ca]iがLTPあるい2+
はLTDの誘起を決定するという今回の発見の基礎となるものであろ
う。」(1012頁右欄,「考察」の項,42行∼45行,訳文7頁)
(なお,「LTP」は「長期増強」,「LTD」は「長期抑制」を意味
する。)との記載は,本願出願当時において,NMDA型受容体を介す
るCaの細胞内への流入が,長期増強(LTP)における重要な過程2+
であると認識されていたことの証左といえる。
さらに,乙10の「長期増強の誘発に細胞内カルシウムの増加が必要
であることは,NMDAレセプターの関与しない長期増強を含めすべて
の報告は一致している」(234頁左欄,7∼10行),及び「このよ
うに一度細胞内カルシウムが増加すると,それが引き金となり種々の生
化学的反応がカスケード状に進行していき,長期増強が維持されるよう
になると想定されている。」(234頁左欄,13行∼16行)という
記載も,NMDA型受容体を介するCaの細胞内への流入と長期増強2+
との間に因果関係があることが,本願出願当時の当業者に認識されてい
たことを示している。
先願明細書は,このような背景に基づいて,実施例1の実験結果で示
されたテアニンによる神経細胞内Ca濃度上昇作用から,「これによ2+
り,テアニンは,神経細胞内のグルタミン酸受容体,ことにNMDA受
容体と可逆的に結合して細胞内Ca濃度の上昇を引き起こし,シナプ2+
スの可塑的変化をもたらし,記憶や学習に効果的に作用し得ることが判
2+
明した」と結論づけた。したがって,先願明細書には,一過性のCa
濃度の上昇が示されたのみであるとの原告の主張は,失当である。
また,長期増強には,NMDA型受容体チャンネルからのCa流入2+
が必要ではあるが,Caの流入は,長期増強をもたらすシナプスに対2+
する一連の変化を引き起こすきっかけとなるものであって,Caの濃2+
度上昇の時間が長期である必要はない。したがって,先願明細書の実験
における細胞内Ca濃度の上昇が一過性であることが,長期増強を含2+
むシナプスの可塑性を示さないことの根拠とはならない。
以上のとおり,先願明細書の実験結果から,テアニンを有効成分とす
る学習効率向上の発明が,先願明細書に完成された発明として開示され
ている。
(イ)テアニンの学習効率向上剤としての作用は先願明細書において確認
されているから,その作用を発揮するための投与量及び投与方法は,当
業者が適宜決定しこれを実施し得るものである。
イ補正発明2と先願発明とは相違するとの主張に対し
(ア)用途の相違に対し
原告は,補正発明2と先願発明の用途が異なることを主張の根拠とす
るが,審決は,「脳代謝又は脳機能の障害及びこれらに起因する症状,
神経障害の治療,改善」と「学習効率向上剤」を対比して用途が同一と
の判断をしているわけではないから,原告の主張には理由がない。
補正発明2は,特定の機序に基づく学習効率向上剤に限定されるもの
ではなく,たとえ同一の機序でなくても,「学習効率向上剤」として同
一かどうかで判断されるべきである。同一機序に基づくか否かは,補正
発明2の同一性の判断には影響を与えないから,原告の主張は,取消事
由とはならない。
(イ)除くクレームの主張に対し
先願明細書の段落【0005】には,「グルタミン酸受容体は,脳内
に最も一般的に存在する受容体であり,記憶や学習といった脳機能と深
く関係することが知られていた。このグルタミン酸受容体は,N−メチ
ル−D−アスパラギン酸(NMDA)型受容体と非NMDA型受容体と
に大別され,特にNMDA型受容体への作用は,神経細胞及び神経回路
網の可塑的変化である長期増強現象の必須要因として知られていた。ま
た,当該長期増強現象を含むシナプスの可塑性の増加が,記憶や学習の
定着に不可欠な要因であると考えられており,実際にラットに長期増強
現象を起こさせておくと学習効率が増したという報告もあった。さら
に,当該長期増強現象を含むシナプスの可塑性の増加は,神経細胞内の
Ca濃度の上昇によってもたらされることも知られていた。」と,2+
「記憶や学習」と「長期増強現象を含むシナプスの可塑性」との関係が
説明されており,この記載が,脳や神経における障害の有無とは関係の
ない一般的な記憶や学習に関するものであることは,その記載ぶりから
明らかであるだけでなく,乙5,乙6の記載によっても支持される。
特に,乙6の「第2の研究の流れは,脳の部分損傷後の機能回復に関
するものである。・・・脳の可塑性の意義の重要さを明らかにした第3
の研究の流れは記憶・学習に関するものである。たとえば,記憶の研究
において,かつて一時有力であった記憶の化学説−・・・−は今日大き
く後退し,それに代わってシナプス仮説が有力となってきた。すなわ
ち,特定の神経回路におけるシナプス伝達効率の持続的変化が記憶の基
礎であるという仮説であり,これらの仮説を支持する最近の研究から記
憶・学習におけるシナプスの可塑性の意義が注目を浴びることとなっ
た。」(499頁右欄9行∼29行)との記載は,記憶・学習に関する
シナプス可塑性の研究の流れが,脳の部分損傷のある場合に限定されな
いことを示している。
そして,先願明細書の記載(段落【0016】∼【0024】)によ
れば,実施例によって,テアニンが,神経細胞内のグルタミン酸受容
体,ことにNMDA型受容体と可逆的に結合して細胞内Ca2+濃度の
上昇を引き起こし,シナプスの可塑的変化をもたらし,記憶や学習に効
果的に作用し得ることが確認されている。
そうすると,先願明細書には,テアニンを有効成分とする(脳や神経
における障害の有無とは関係のない)学習効率向上剤の発明が開示され
ているというべきであり,補正発明2の請求項2から,「脳代謝又は脳
機能の障害及びこれらに起因する症状,並びに神経障害の治療・改善・
予防作用を除」いたとしても,補正発明2と先願発明の相違点は解消さ
れない。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,審決には,(1)引用例2発明の認定の誤り(取消事由1),(2)容
易想到性判断の誤り(取消事由2),(3)補正発明2と先願発明との同一性の認
定判断の誤り(取消事由3)があると判断する。その理由は,以下のとおりであ
る。
1事実認定(各発明の内容について)
(1)引用例1(甲1)の記載
引用例1には,次の記載がある。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】L−テアニンを有効成分とする抗ストレス剤。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,L−テアニンを有効成分とする抗ストレス剤に関する。さらに詳し
くは,ストレスによって生じる精神的及び身体的疾患を予防または軽減する薬剤に関する。
【0002】
【従来技術】高度でしかも複雑に入り組み,24時間休むことなく活動する現代社会では,人は様々
なタイプの物理・化学的,心理的,社会的ストレスに曝されている。特に,複雑な人間関係の中で生
きている現代人にとって,ストレスを構成するものとしては心理的な要因が大きい。
【0003】心理的ストレスとそれが引き起こす様々な症状については,種々の研究が行われてお
り,例えば,心理的ストレスが大脳で感知されると,広範な脳部位でノルアドレナリンの放出が亢進
し,それが引金となって不安や緊張といった精神症状を引き起こすと報告されている(田中正敏:代
謝,Vol.26,p122-131,1989)。
【0004】また,これらのメカニズムとして,視床下部から副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CR
F)が放出され,それに呼応して下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ATCH)の分泌が増加し,A
TCHは副腎皮質のコルチコイドを分泌することにより,生体防御機構が働くことが報告されている
(Brandenberger,G.etal:Biol.Physiol.Vol.10,p239-252,1980)。
【0005】一方,視床下部は自律神経の中枢でもあるから,交感神経が刺激されてノルアドレナリ
ンが分泌される。交感神経は副腎皮質にも分布しており,その刺激により,アドレナリンが血中に放
出され,これらのカテコールアミンの作用により,心拍数や血圧の上昇,顔面の紅潮などの身体的変
化が出現すると考えられている(Dimsdale,JE.,Moss,J.:J.Am.Med.Assoc.Vol.243,p340-342,1980)。
【0006】ストレスが強力であったり,長期間続いたりすると,全身の諸臓器に影響を及ぼし,そ
の結果重篤な心身症,すなわち,消化性潰瘍,虚血性心疾患,脳血管障害,高血圧,抗脂血症などを
引き起こすこともある。」(2頁1欄1行∼42行)
「【0008】
【発明が解決しようとする課題】このように,現代社会におけるストレス負荷の増大とストレスの与
える精神衛生上のみならず,生体に及ぼす深刻な影響を考慮すると,真に有効で安全な抗ストレス剤
の開発が望まれてきた。特に予防的見地からは,食品や嗜好品に活用できる抗ストレス性素材の開発
が望まれてきた。
【0009】
【課題を解決するための手段】本発明者らは,このような抗ストレス作用を有する物質を,ラットに
アドレナリンのβ−受容体のアゴニストであるイソプロテレノールを投与した時の心拍数上昇に対す
る抑制効果を指標に,鋭意スクリーニングを行い,L−テアニンが,イソプロテレノールによって誘
起される心拍数上昇を著しく抑制することを見出した。
【0010】本発明者らは,さらに,このL−テアニンが,ヒトの計算作業ストレス負荷時における
心拍数の増加および血圧の上昇を抑えることを見出し,本発明を完成した。すなわち,本発明はL−
テアニンを有効成分として含有し,ストレスの軽減や心身症の予防,治療を目的とする抗ストレス剤
を提供するものである。」(2頁2欄1行∼21行)
「【0017】本発明のL−テアニンを抗ストレス剤として用いるには,ストレス負荷が予想される
時,またはストレス負荷時に服用して,ストレスの予防または軽減を計る他,常用により,ストレス
を予防または軽減することができる。」(3頁3欄20行∼24行)
「【0019】L−テアニンの抗ストレス効果の作用機序は未だ明かではないが,後述の実施例およ
び評価例の結果が示すように,アドレナリンのβ−受容体のアゴニストであるイソプロテレノールの
心拍数上昇に拮抗したことや,ストレスの負荷によって生じた交感神経緊張状態(心拍数及び血圧の
上昇)を緩和したことから,L−テアニンは,ストレスによって遊離が亢進されるカテコールアミン
の作用に対して拮抗するためと考えられる。」(3頁3欄31行∼4欄2行)
(2)引用例2(甲2)の記載
引用例2には,次の記載がある。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】マラクジャ果汁を有効成分とするα波増強剤。
【請求項2】マラクジャ果汁を含有するα波増強用食品。
【請求項3】マラクジャ果汁の含有割合が5重量%以上である請求項2のα波増強用食品。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,人間を含めた動物の脳波のうちのα波を増強させてストレスを解消
してリラックス状態にすることのできるα波増強剤およびα波増強用食品に関する。
【0002】
【従来の技術】人の脳波はその周波数によって,一般に①3.5Hz以下のδ波,②3.5Hzを超
えて7.5Hz以下のθ波,③7.5Hzを超え13.5Hz以下のα波および④13.5Hzを超
えるβ波に分類される。これらの脳波のうちで,α波はリラックス時(安静・閉眼時)に増加し,ス
トレスがかかると減少することが知られている[“ZenandMind”byTomioHirai,JapanPublication
,Inc.p34-35(1978)]。そのため,α波の出現状態はリラックス度の指標としてしばしば用いられてお
り,近年のストレス社会において,α波を積極的に増強させてリラックスさせようとする試みが色々
なされている。・・・。」(2頁1欄1行∼26行)
「【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は,α波増強用の音響装置や映像装置などの特別の機
器を必要とせず,また睡眠薬や鎮静剤のような副作用や習慣性がなく,日常的に必要に応じて摂取す
ることが可能であり,しかも味や香りが良好で嗜好性にも優れているα波を効果的に増強してリラッ
クス状態をもたらすことのできるα波増強用の食品を提供することである。
【0006】
【課題を解決するための手段】上記の目的を達成すべく本発明者らは数多くの化合物,動植物成分,
食品などについて,そのα波増強作用の有無や強弱について調査・研究を重ねた。その結果,マラク
ジャの果実から得られるマラクジャ果汁が,優れたα波増強作用を有していてマラクジャ果汁を摂取
するとストレスが解消されてリラックス状態を出現させることができること,しかもマラクジャ果汁
を摂取しても眠くなったり神経が麻痺したり筋肉が弛緩したりせず,仕事,勉強,遊びなどの日常活
動を支障なく行えること,更にマラクジャ果汁を摂取しても中毒症状を示さず習慣性がないことを見
出して本発明を完成した。」(2頁2欄11行∼32行)
「【0014】
【実施例】以下に実施例などにより本発明を具体的に説明するが本発明はそれにより限定されない。
以下の例において,脳波の記録,フリッカーテストおよび刺激反応時間の測定はそれぞれ次のように
して行った。
【0015】脳波の記録:安静閉眼状態で脳波の記録を行った。・・・」(3頁4欄11行∼17
行)
「【0016】フリッカーテスト:精神作業能力検査の一環として,デジタルフリッカー(OG技研
製「CEI」)を用いて,閃光刺激光源の明滅頻度の下降を1.5cps/secの速さで反復実施
し,光源の明滅の視覚的弁別が可能となる明滅頻度となったところで被験者にスイッチを押させるこ
とによって,光源の明滅に対する被験者の弁別能力を調べた。・・・」(3頁4欄11行∼38行)
「【0017】刺激反応時間:
同じく精神作業能力検査の一環として,2音弁別課題(被験者に高低2音をランダムな順序で聞かせ
て高音を聞いたら直ちにボタンを押すように課題を与える)を用いて,標的音に対して被験者にボタ
ンを押させて,刺激(音)に対する反応時間を調べた。その際に。2音呈示間隔は4∼6秒と従来よ
り長く且つランダムに設定して,容易に予期できないような課題とすることにより,被験者の緊張を
高めるようにした。・・・」(3頁4欄48行∼4頁6行)
「【0018】《実施例1》
(1)ブラジル産マラクジャ[マラクジャアマレーロ(Passifloraedulisflavicarpa)]の果実を2
つに割り,内容物を濾布上にあけて圧搾して,マラクジャ果汁1000gを得た。これに食添用の水
酸化ナトリウムを加えてpHを3.9に調節した後,噴霧し凍結乾燥して,マラクジャ果汁粉末13
0gを得た。
(2)上記(1)で得たマラクジャ果汁粉末10gをオブラートに包んで,健常な成人男子2名
(被験者AおよびB),成人女性2名(被験者CおよびD)(4名の平均年齢24.1才)にそれぞ
れ単回摂取させて,上記した脳波の記録,フリッカーテストおよび刺激反応時間の測定を行った。
【0019】(3)マラクジャ果汁投与後60分および180分における,脳波の記録結果(マラ
クジャ果汁投与前と投与後の比較;上記した8つの導出部位における結果の平均)は,各被験者につ
いて下記の表1に示すとおりであった。
【0020】
【表1】
【0021】上記表1の結果から,マラクジャ果汁の投与後180分の時点において,すべての被験
者でθ波及びβ波が減少し,一方α波(特にα1波,α2波)が増強されていることがわかる。」
(4頁5欄11行∼48行)
「【0027】上記表3の結果から,4名の被験者のすべてにおいてマラクジャ果汁の投与によって
刺激反応時間が変化しなかった(刺激反応時間が特に著しく長くなるようなことが全くなかった)こ
とがわかる。
(6)上記の結果を総合すると,マラクジャ果汁の投与によってストレスの解消に有効なα波(特
にα1波とα2波)の増強がなされること,一方フリッカーテストではマラクジャ果汁の投与前と投
与後とである程度の変化がありマラクジャ果汁には中枢抑制作用が多少あるものの,刺激反応時間に
は影響を及ぼさず,マラクジャ果汁の中枢抑制作用は作業能力を障害するほどのものではなく,マラ
クジャ果汁を投与しても活動の妨げにならないことがわかる。なお,このマラクジャによるα波の増
強は,従来のフィードバック法(田村ら,「バイオフィードバック研究」1988年15号,p15∼21)によ
るα波の増強などに比しても劣るものではなく,リラックス状態の獲得につながるものである。」
(5頁7欄33行∼49行)
「【0030】《実施例2》マラクジャアマレーロの果肉を圧搾して得られたマラクジャ果汁の冷
凍品(サンパウロ産)20gに果糖3g,β−グルコオリゴ糖4gおよび水73gを加えて飲料10
0gを製造した。この飲料は,味及び香りのいずれもが良好で嗜好性に優れており,冷たくしても温
かくしても美味であった。また,摂取して約1時間後にはストレスが低減してリラックスした精神状
態になった。
【0031】《実施例3》実施例2で用いたのと同じマラクジャ果汁の冷凍品を解凍し,これを遠
心分離機にかけて3000rpmで遠心分離し,上澄液を回収した。この上澄液15gに,液糖(東
和化成工業社製「F−80」)9g,β−グルコオリゴ糖2g,ハーブティー(ローズヒップとハイ
ビスカス)を加えて飲料を製造した。この飲料は,味および香りのいずれもが良好で嗜好性に優れて
おり,冷たくしても温かくしても美味であった。また,摂取して約40分後にはストレスが低減して
リラックスした精神状態になった。
【0032】
【発明の効果】マラクジャ果汁をベースとする本発明のα波増強剤またはα波増強用食品を摂取した
場合には,α波が誘導されて,ストレスが解消されリラックスした状態を得ることができる。そし
て,マラクジャ果汁をベースとする本発明のα波増強剤は,味および香りが良好で嗜好性に優れてい
るために極めて摂取し易い。しかも,摂取しても眠くなったり,日常的な活動動作が妨害されること
がなく,その上繰り返して摂取しても副作用がなく,習慣性がないので,時間的および場所的に制約
されずにいつでも必要な時に摂取して,ストレスの解消を図ることができる。」(5頁8欄22行∼
6頁9欄1行)
(3)補正明細書(甲4)の記載
補正明細書には,次の記載がある。
補正発明1の特許請求の範囲は,前記のとおり,「テアニンを含有することを特徴とする,α波の
出現時間の累計を平常時に比べ10%以上増加させるための,α波出現増強剤。」である。
「【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,テアニンを含有する組成物がα波を出現,持続させる増強効果,ま
た,学習効率向上効果を持ち,その機能を食品,清涼飲料,乾燥品,嗜好品および医薬品へ応用する
ことを目的とする組成物に関する。
【0002】
【従来の技術】脳から出る微弱な電気を記録した脳波は,周波数範囲によってδ波,θ波,α波,β
波に分けられる。その中でもα波は心が落ち着き,ゆったりした気分の時に現れるため,リラックス
の指標として挙げられる。α波はスロー,ミッド,ファストに分けられ,スローは休息する方向に集
中し,意識が低下して,ぼうっとしている時,ミッドは緊張のないリラックスした状態で集中してお
り,頭がさえている時,ファストは緊張した意識集中状態で,あまりゆとりのない時に出る脳波であ
るため,リラックス状態をはかるための有効な手段として注目されている。・・・」(2頁1欄6行
∼24行)
「【0004】
【発明が解決しようとする課題】本発明は,簡単な摂取によって容易に精神的リラックスと深くかか
わっているα波を発生させ,持続させ,学習効率を向上させる物質を提供するものである。
【0005】
【課題を解決するための手段】本発明者らは,このようなα波出現および持続に効果のある,また,
学習効率向上に効果のある物質の検討を行ったところ,緑茶に多く含まれているアミノ酸の一種,テ
アニンがこのような効果をもつことを見いだし,本発明を完成した。テアニンのα波出現増強効果,
学習効率向上効果についてはこれまで知られておらず,本発明者らが初めて見いだした新規効果であ
る。以下,本発明について詳述する。」(2頁2欄23行∼36行)
「【0007】本発明におけるα波出現増強とは,被験者に電極を装着し脳波計を用いて脳波を測定
した時,α波の出現時間の累計が平常時に比べ,10%以上増加し,且つ,摂取後60分までの10
分毎のα波出現時間が減少せず,持続するものである。・・・」(3頁3欄6行∼10行)
(4)先願明細書(甲3)の記載
先願発明に係る特開平8−73350号公報(甲3)には,次の記載があ
る。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】テアニンを有効成分とする脳機能改善剤。」(2頁1欄1行∼3行)
「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,記憶や学習及び反射反応といった脳代謝又は脳機能の障害,これら
の障害と病理生理学的に関連する症状例えばアルツハイマー病,パーキンソン病,老人性痴呆症,並
びに外傷による神経障害の治療・改善・予防に作用し得る脳機能改善剤,食品及び飲料に関する。
【0002】
【従来の技術】老齢人口の増加とともに,アルツハイマー病を含む老人性痴呆患者や,脳代謝又は脳
機能に障害のある患者など,脳の一部に損傷を負った患者が増加している。これに対して,これらの
患者の脳機能を早めたり,或いはさらなる脳機能障害の進行を阻止し得る脳機能改善剤としては,ホ
パンテン酸カルシウム,オザグレルナトリウム,ニルバジピン,アニラセタウムなど種々の薬剤が承
認されており,最近では米国で承認された抗痴呆薬タクリンが注目された。
【0003】また,これらの脳の一部に損傷を負った患者に対して機能回復訓練を繰り返し行うこと
によって,残された神経細胞に再び神経回路を張り巡らさせて脳機能を回復することが知られてい
る。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら,従来の脳機能改善剤は,いずれも何らかの副作用を
有するという問題があった。また,機能回復訓練によれば副作用の心配こそないが,回復するまでに
長い時間とばく大な数の機能回復訓練を行わなければならないという問題があった。
【0005】一方,グルタミン酸受容体は,脳内に最も一般的に存在する受容体であり,記憶や学習
といった脳機能と深く関係することが知られていた。このグルタミン酸受容体は,N−メチル−D−
アスパラギン酸(NMDA)型受容体と非NMDA型受容体とに大別され,特にNMDA型受容体へ
の作用は,神経細胞及び神経回路網の可塑的変化である長期増強現象の必須要因として知られてい
た。また,当該長期増強現象を含むシナプスの可塑性の増加が,記憶や学習の定着に不可欠な要因で
あると考えられており,実際にラットに長期増強現象を起こさせておくと学習効率が増したという報
告もあった。さらに,当該長期増強現象を含むシナプスの可塑性の増加は,神経細胞内のCa濃度
2+
の上昇によってもたらされることも知られていた。
【0006】そこで本発明者らは,上記問題に鑑みて,天然物に由来し,なおかつ日常的に摂取して
2+
いるもので免疫学的に問題がないと考えられ,かつNMDA型受容体に作用して神経細胞内のCa
濃度を上昇させ得る物質を検索することにより,長期増強現象を含むシナプスの可塑性を増加させ,
記憶や学習の定着をもたらし,脳機能回復を早めることができ,或いは更なる脳機能障害の進行を阻
止することができる脳機能改善剤,食品及び飲料を提供せんとしたのである。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明者らは,上記神経細胞内のCa濃度を上昇させ得る物質を検
2+
索すべく鋭意研究した結果,茶に特徴的に含まれるアミノ酸の誘導体であるテアニンに当該作用があ
ることを遂に見い出し,本発明に到達した。テアニンは,現在食品添加物として認可され,日常的に
摂取されている物質であるから,安全性に問題がないことは明らかである。また,食品に含まれる多
くのアミノ酸が血液脳関門をほとんど通過しないのに比べ,テアニンはこの血液脳関門を比較的通過
しやすいことも知られている。しかしながら,従来はテアニンが脳神経へ作用することは不明であっ
た。
【0008】本発明の脳機能改善剤は,テアニンを有効成分とするものである。本発明の脳機能改善
2+
剤は,少なくともテアニンを約50μM濃度以上含有すれば,脳機能に作用して神経細胞内のCa
濃度を上昇させることができる。」(2頁1欄28行∼2欄45行)
「【0032】
【発明の効果】以上の結果より,テアニンを投与すれば,記憶や学習といった脳機能に深く関与して
いるNMDA型受容体に作用して,細胞内Ca濃度を上昇させ,神経細胞の長期増強現象を含むシ
2+
ナプスの可塑性を増加させて神経細胞乃至回路網の可塑的変化をもたらすから,本発明の脳機能改善
剤によれば,脳機能障害,これらの障害と病理生理学的に関連するアルツハイマー病,パーキンソン
病,老人性痴呆症などの症状,並びに外傷による神経障害の治療・改善・予防に作用し得ることが明
らかになった。」(5頁7欄19行∼29行)
2引用例2発明の認定の誤り(取消事由1)について
(1)前記1(2)の記載によれば,引用例2記載発明は,音響装置や映像装置な
どの特別の機器を必要とせず,また睡眠薬や鎮静剤のような副作用や習慣性
のない,日常的に摂取可能で,嗜好性にも優れた,α波を効果的に増強して
リラックス状態をもたらすことのできるα波増強剤及びα波増強用食品を提
供することを課題とするものである。
引用例2には,「ストレス」という語が数多く用いられている。すなわ
ち,「α波を増強させてストレスを解消してリラックス状態にする」(【0
001】),「α波はリラックス時(安静・閉眼時)に増加し,ストレスが
かかると減少する」,「α波の出現状態はリラックス度の指標としてしばし
ば用いられており,近年のストレス社会において,α波を積極的に増強させ
てリラックスさせようとする試みが色々なされている。」(【000
2】),「優れたα波増強作用を有していてマラクジャ果汁を摂取するとス
トレスが解消されてリラックス状態を出現させることができる」(【000
6】),「マラクジャ果汁の投与によってストレスの解消に有効なα波(特
にα1波とα2波)の増強がなされる」(【0027】),「摂取して約1
時間後にはストレスが低減してリラックスした精神状態になった。」(【0
030】),「摂取して約40分後にはストレスが低減してリラックスした
精神状態になった。」(【0031】),「本発明のα波増強剤またはα波
増強用食品を摂取した場合には,α波が誘導増強されて,ストレスが解消さ
れリラックスした状態を得ることができる。」,「時間的および場所的に制
約されずにいつでも必要な時に摂取して,ストレスの解消を図ることができ
る。」(【0032】)との記載がある。これらの記載からは,ストレスの
解消・低減がリラックスと同義に用いられており,α波が増強してリラック
スした状態を指すものとして用いられていると合理的に理解される。
また,実施例1の実験(脳波の記録)の内容をみても,実験開始時あるい
はそれより前に,被験者にストレッサーが負荷されているのと記載はない。
なお,実施例2のフリッカーテスト及び実施例3の刺激反応時間測定は,
「マクラジャ果汁に中枢抑制作用があるか否か,あるとして作業能力を障害
するほどのものであるか否か」を確認したものにすぎず(【0027】),
ストレスの解消・増減に係る効果を確認することを目的とする実験ではな
い。
そうすると,引用例2発明は,マラクジャ果汁を含有する増強剤等によ
り,脳のα波を増強させ,人の精神状態をリラックスさせる発明であり,そ
こにストレスの解消,低減という語が用いられているとしても,それは,単
に,リラックスした状態を表すために用いられているにすぎないのであっ
て,引用例2がストレスの解消,低減に係る技術を開示していると認定する
ことはできない。
これに対し,審決は,「引用例2に,α波が,リラックス時に増加し,ス
トレスがかかると減少することが知られていること,そこで,α波を積極的
に増強させて,リラックスさせることによって,ストレスを予防又は軽減し
ようとする試みがなされていることが記載・・・されているように,ストレ
スの予防,軽減機作として,α波の増強があることは公知である。また,引
用例2には,低周波数のα波を10%程度増強することで被験者の内省に変
化を与えるとする報告例も記載・・・されている。上記のとおり,ストレス
の予防,軽減とα波の増強の程度とが密接に関係することは明らかである」
(審決書4頁1行∼9行)とする。
しかし,上記のとおり,引用例2の「ストレスを予防又は軽減」との記述
は,その技術的な裏付けがなく,単に,リラックス状態への移行を述べたに
すぎないと理解するのが合理的であり,また,実施例を含めた引用例2全体
の記載からみても,引用例2に,ストレスを予防,軽減する技術が開示され
ていると判断することはできない。
(2)以上のとおり,引用例2発明に関する審決の認定は誤りである。
審決は,引用例1発明及び引用例2発明の「ストレス」の意義についての
誤った理解を前提として,両者の解決課題が共通であり,引用例1発明には
引用例2発明を適用する示唆があると判断した点において,審決の上記認定
の誤りは,結論に影響を及ぼす誤りであるというべきである。
3容易想到性判断の誤り〔阻害要因の存在〕(取消事由2)について
(1)事実認定
自律神経系と中枢神経系に関しては,以下の記載がある。
ア自律神経系
藤原元始ほか編「医科薬理学第2版」(平成3年12月20日発行,甲
21)には,次の記載がある
「自律神経系は,内臓神経系,植物神経系あるいは不随意神経系とも呼ば
れる。節前ならびに節後神経,神経節および神経叢から成り,心臓,血
管,外分泌線,内臓諸器官および平滑筋を支配し,広く全身に分布して,
いわゆる自律機能ないし植物機能を調節する。古くLangleyは,ニコチ
ン,アドレナリン,ムスカリン,ピロカルピンなどの薬物を用いて,自律
神経系を二大別して交感神経系および副交感神経系と呼んだ。」(161
頁「1.自律神経系に関する基本的事項」の1行ないし5行)
「交感神経と副交感神経の働きは,ふつう拮抗的な関係にあり,たとえば
交感神経を刺激すると瞳孔は開き,副交感神経の刺激では逆に閉じる。・
・・交換神経の緊張が増大すれば血管は収縮し,緊張が緩和すれば拡張す
る。」(163頁「b)交感神経と副交感神経の相互関係」の項の1行な
いし5行)
イ中枢神経系
前記「医科薬理学第2版」(甲21)には,次の記載がある。
「神経薬理学では中枢神経作用薬のみならず自律神経作用薬をも対象とす
るのが原則であるが,一般には前者を主として扱い,後者を自律神経薬理
学autonomicpharmacologyと呼んで別個に扱うことが多い。」(61頁
「1.中枢神経に関する基本的事項」の2行ないし4行)
「中枢神経作用薬の作用機構を解明するためには種々の方法が用いられる
が,その代表的なものは電気生理学的方法,行動変化を指標とする方法,
生化学的研究方法および形態学的研究方法である。・・・
ⅰ)電気生理学的研究方法;大脳皮質あるいは皮質下の諸部位に粗大電極
macroelectrodeを刺入し脳波(EEG)を記録するもの・・・などがあり,
薬物の影響をこれらの電位変化を基盤として解析する。」(61頁「1)
中枢神経作用薬の研究法の項の1行ないし10行)
(2)判断
ア前記1(1)の,引用例1における,「本発明者らは,このような抗スト
レス作用を有する物質を,ラットにアドレナリンのβ−受容体のアゴニス
トであるイソプロテレノールを投与した時の心拍数上昇に対する抑制効果
を指標に,鋭意スクリーニングを行い,L−テアニンが,イソプロテレノ
ールによって誘起される心拍数上昇を著しく抑制することを見出した」等
の記載に照らすならば,引用例1発明は,L−テアニンを有効成分とする
抗ストレス剤によりストレスの予防,軽減を図るというものであり,イソ
プロテレノールによって誘起される心拍数上昇を抑制したり,計算作業の
ストレス負荷時における心拍数の増加及び血圧の上昇を抑える効果がある
ことからみて,心血管系に作用して,ストレスを予防,軽減する発明であ
り,自律神経系に作用して血圧又は心拍数の上昇を抑制することによりス
トレスの予防・軽減を図るものである。
これに対し,前記1(2)によれば,引用例2発明は,脳のα波を増強し
てリラックス状態を発生させる発明であり,同発明は,中枢神経系である
脳に作用して脳のα波を増強させ,リラックス状態を発生させるものであ
ると解される点で,両者に相違がある。
ところで,前記(1)の記載によれば,自律神経系の作用と中枢神経系の
作用は区別して認識されるのが技術常識であり,証拠を総合するも,自律
神経系に作用する食品等が,当然に中枢神経系にも作用するという技術的
知見があることを認めることはできない。
そうすると,自律神経系に作用する引用例1発明は中枢神経系に作用す
る引用例2発明とは技術分野を異にする発明であることから,当業者は,
引用例1発明に引用例2発明を適用することは考えないというべきであっ
て,両発明を組み合わせることには阻害要因があるというべきである。
イこの点,被告は,抗ストレス作用を「自律神経系の活動を反映する血
管,心拍数などの心臓血管系の反応の点からみた作用」としてとらえる
か,あるいは「中枢神経系の活動を反映する脳波からみた作用」としてと
らえるかは,ストレスの程度やリラックスの程度を確認するための指標と
して何に着目するかという差異にすぎず,引用例1と引用例2の技術が質
的に異なることを意味しないから,阻害要因とならないと主張する。
しかし,前記のとおり,自律神経系に作用するか,中枢神経系に作用す
るかは,基本的な作用機序に係るものであり,単なる測定のための指標に
すぎないとの証拠はなく,したがって,被告の主張は採用することができ
ない。
以上のとおり,阻害事由を看過して,当業者が引用例1発明に引用例2
発明を適用することにより,容易に補正発明1に想到することができると
した審決の判断には誤りがある。
4容易想到性判断の誤り〔示唆の有無〕(取消事由2)について
前記1(1)の記載によれば,引用例1発明は,ストレスの予防,軽減効果を
有する,L−テアニンを有効成分とする抗ストレス剤に係る発明である。被告
は,ストレスの解消・軽減を課題とする発明は,必然的にリラックス状態にな
るか,又はリラックス状態に近づけることも課題としていることが,本願出願
当時の技術常識であると主張するので,この点を検討する。
(1)事実認定
ア特開昭63−143038号公報(乙3)には,次の記載がある。
「本発明は,皮膚温度および皮膚抵抗に基づいてリラックス状態,ストレス状態を検出する生理反
応検出センサーに関するものである。」(1頁左下欄13行ないし15行)
「第6図はストレス状態からリラックス状態に移行する場合の生理反応検出信号Eの変化を示し02
ており,ストレス状態の場合には,末梢皮膚抵抗Rが小さくなるので,生理反応検出信号Eのs02
電圧値が小さくなり,一方,リラックス状態の場合には,末梢皮膚抵抗Rが大きくなるので,生s
理反応検出信号Eの電圧値が大きくなる。したがって,生理反応検出信号Eの電圧レベルを判0202
定することによって,皮膚抵抗Rに基づいた精神状態(ストレス状態,リラックス状態)が把握s
できることになる。」(2頁左上欄16行∼右上欄6行)
イ特開平6−78998号公報(乙1)には,次の記載がある。
「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,適度な音響刺激を与えることにより精神的ストレスを軽減してリ
ラックスさせる装置に係り,特にリラックスの程度に対応して音響信号を変えていく音響信号制御
装置に関する。
【0002】
【従来の技術】従来,人間の精神的なストレスを軽減してリラックスさせるために,人間の感覚機
能にある種の刺激を与えることが有効であるとされている。そして,例えば,1/f型スペクトル
を持つ音楽を聞かせたり,連続して変化する幻想的なコンピュータ・グラフィックス(CG;Compute
rGraphics)画像を呈示したりする方法があるが,これらは人間に対して一方的に刺激を与える方
法である。
【0003】さらに最近では,緊張状態やストレスの程度を示す生理的変化を検出し,且つ検出し
た信号を刺激制御部にフィードバックすることにより,リラックスの程度に応じて刺激の強さをコ
ントロールするフィードバック機能付きの装置も開発されている。例えば,図6及び図7は特開6
3−272298号公報により開示されたフィードバック機能付き音響信号制御装置の説明図であ
る。」(2頁1欄16行∼37行)
「【0015】さらに,上記相関関係数制御部2は電力増幅器3R,3Lとに接続されており,該
電力増幅器3R,3Lは電気音響変換器4R,4Lにそれぞれ接続されてる。このような構成にお
いて,リラックスの程度を検出する方法としては,例えば体温,皮膚抵抗,筋電流,脳波などの生
理的変化を電気信号として検出する様々な方法が考えられるが,本実施例では,人間の脳波にはβ
波とα波があり,緊張するとβ波が増し,リラックスするとα波が増加するということに着目して
リラックスの程度を検出している。」(3頁3欄32行∼41行)
「【0018】さらに,上記電気音響変換器4R,4Lは,スピーカ及びヘッドホンのいずれでも
使用可能であり,任意に選択することができる。以下,本実施例に係る音響信号制御装置の利用方
法と具体的な動作について説明する。利用者がスピーカ又はヘッドホンを利用して受聴音を聞き始
める時には,相互相関係数は“1“に近い状態に設定してある。そして,しばらく受聴しているう
ちに少しずつ精神的な緊張が和らぎ,リラックスしてくると脳波の中のα波の成分が徐々に増して
くる。このα波の成分の増加に伴い,受聴音の相互相関係数が小さくなり,音が広がって包み込ま
れていく感じが少しずつしてくるので,よりリラックスした状態に近付く。
【0019】そして,リラックス状態が進むと更にα波が増すので,受聴音の相互相関係数は更に
小さくなり,ますます音に包みこまれていくような感じが進み,一段とリラックス状態に近づく。
以上のように,第1の実施例に係る音響信号制御装置では,受聴者のリラックスの進み具合に応じ
て,音響刺激の質を変えることができるので,個人差やその時の精神の緊張状態の相違に関わり無
く,スムースにリラックス状態に導くことができる。」(3頁4欄13行∼32行)
「【0033】
【発明の効果】本発明によれば,緊張状態やストレスの程度を示す生理的変化を検出し,且つ検出
した信号を音響信号処理部にフィードバックすることにより,リラックスの程度に応じて音響刺激
の強さのみでなく音の広がり感や臨場感を変えることにより,速やかに緊張を和らげる携帯可能な
フィードバック機能付きの音響信号制御装置を提供することができる。」(4頁6欄35行∼42
行)
ウ特開平2−134164号公報(乙2)には,次の記載がある。
「〔発明の概要〕
本発明は,音環境制御方法において,音空間にゆらぎ雑音を与えるようにすることにより,人の
生理的ないし心理的緊張の緩和度を有効に制御することができる。」(1頁右下欄6行∼10行)
「最大周波数が2∼30〔Hz〕程度のゆらぎを有する1/f及び1/fゆらぎ雑音は人が生理

的ないし心理的に緊張を緩和した状態(すなわちストレスからリラックスした状態)にあることを
表すα波でなる脳波を生じさせることができ,従って音環境における1/fゆらぎ雑音の比率を

制御することにより,人の緊張緩和状態を制御できる。」(2頁右下欄16行∼3頁左上欄3行)
「以上のような実験結果から,種々の環境音(騒音を含む)が存在する音空間の中で人が行動して
いる場合に,人は当該音空間内に存在する環境音の音刺激によって緊張を受けている状態にあるの
に対して,当該環境音に1/fゆらぎ雑音又は1/f及びそれらに近似するゆらぎ雑音を音環境

制御音として重畳すれば,当該音環境内の人の生理的ないし心理的な反応を変化させることがで
き,その反応の変化量は,環境音に対する音環境制御音の重畳比率に応じて有効に制御できること
が分かる。」(3頁右下欄8行∼17行)
「要は振動,低周波音,可聴音,超音波に亘る音刺激を用いて発生したゆらぎ雑音に基づいて人の
脳波のうちα波を増大させるようにすれば上述の場合と同様の効果を得ることができる。」(6頁
左上欄1行∼4行)
(2)判断
ア前記(1)ア(乙3)の記載によれば,ストレス状態,リラックス状態と
いう状態を想定することができ,両者の間にその中間の状態が存在するも
のということができる。原告は,この中間の状態が平常時に相当すると
し,被告もそのような中間の状態が存在すること自体は争っていない。
この点に関して,被告は,中間の状態はストレス状態,リラックス状態
と異なるものではなく,ストレス状態とリラックス状態が混在したような
状態であると主張する。しかし,乙3には,ストレス状態,リラックス状
態及びその中間の状態のそれぞれの状態についての技術的意義が明確にさ
れているわけではなく,中間の状態が存在するという以上に,その中間状
態がストレス状態とリラックス状態が混在した状態であることまでを示し
ているものではなく,他に被告の主張を認める証拠は存しない。
そうすると,乙3からは,ストレス状態,リラックス状態,その中間状
態という3つの状態が存在することが認められ,この知見によっては,ス
トレスの予防・軽減が直ちにリラックス状態に導くものとすることはでき
ない。
前記(1)イ(乙1)によれば,文言の上では,精神的ストレスを軽減し
てリラックスさせる装置が開示されているが,その実施例をみると,利用
者には特段のストレッサーの負荷はなく,前記(1)アにおける中間状態か
らリラックス状態に至る発明であって,これも,ストレスの予防・軽減が
直ちにリラックス状態を意味するという技術的知見を開示するものとはい
えない。
前記(1)ウ(乙2)の技術は,ストレス(緊張)の原因となる環境音
(ストレッサー)が存在する場合に,その環境音にゆらぎ雑音を重畳させ
てストレッサーを低減し,ストレス(緊張)を緩和させる技術であり,体
外の外部的要因であるストレッサーをコントロールすることによって,結
果的にストレス(緊張)を緩和し,リラックス状態を導く技術である。こ
れに対し,引用例1発明は,体内にテアニンを投与することにより,体内
的な変化をもたらし,それによってストレス状態を緩和する発明である。
そうすると,乙2記載の発明と引用例1発明とでは,その技術的意義が異
なり,体外の外部的ストレッサーを低減してリラックス状態にまで至らせ
る乙2記載の技術から,食品や薬剤の体内への投与によってストレス状態
からリラックス状態に至らせる技術に至ることが技術常識であったという
ことはできない。
本願出願当時の技術常識から,引用例1には,ストレスを解消・軽減し
てリラックス状態に至るとの示唆があるとの被告の主張は採用することが
できない。
イ次に,引用例1の記載からα波を利用することについての示唆を得るこ
とができるかについて,検討する。
被告は,本願当時の技術常識からみれば,引用例1の記載からα波の利
用についての示唆を得ることができると主張する。
確かに,前記(1)イ,ウには,α波について述べた部分があるが,同部
分が体内への食品や薬剤の投与によりストレス状態を解消・軽減してリラ
ックス状態に至ることを示しているものということはできないから,α波
に関する記載があったからといって,引用例1の記載から,α波を利用す
ることについての示唆があると判断することはできない。
ウ以上のとおり,審決は,補正発明1における引用例1発明との相違点に
関する構成について,引用例1発明に,引用例2発明を適用する示唆がな
いにもかかわらず,引用例2発明を適用した点に誤りがある。
5補正発明2と先願発明との同一性の認定判断の誤り(取消事由3)について
(1)先願発明と補正発明2の内容について
前記1(3)のとおり,先願明細書の特許請求の範囲の【請求項1】は,
「テアニンを有効成分とする脳機能改善剤。」とされ,発明の詳細な説明に
は,産業上の利用分野として,「本発明は,記憶や学習及び反射反応といっ
た脳代謝又は脳機能の障害,これらの障害と病理生理学的に関連する諸症状
例えばアルツハイマー病,パーキンソン病,老人性痴呆症,並びに外傷によ
る神経障害の治療・改善・予防に作用し得る脳機能改善剤,食品及び飲料に
関する。」(【0001】)とされ,さらに,本発明の目的について,「そ
こで,本発明者らは,上記問題に鑑みて,天然物に由来し,なおかつ日常的
に摂取しているもので免疫学的に問題がないと考えられ,かつNMDA型受
容体に作用して神経細胞内のCa濃度を上昇させる物質を検索することに2+
より,長期増強現象を含むシナプスの可塑性を増加させ,記憶や学習の定着
をもたらし,脳機能回復を早めることができ,或いは更なる脳機能障害の進
行を阻止することができる脳機能改善剤,食品及び飲料を提供せんとしたの
である。」(【0006】)とされている。また,発明の効果についても,
「以上の結果より,テアニンを投与すれば,記憶や学習といった脳機能に深
く関与しているNMDA型受容体に作用して,細胞内Ca濃度を上昇さ2+
せ,神経細胞の長期増強現象を含むシナプスの可塑性を増加させて神経細胞
乃至回路網の可塑的変化をもたらすから,本発明の脳機能改善剤によれば,
脳機能障害,これらの障害と病理生理学的に関連するアルツハイマー病,パ
ーキンソン病,老人性痴呆症などの症状,並びに外傷による神経障害の治療
・改善・予防に作用し得ることが明らかになった。」(【0032】)とさ
れている。以上によれば,先願発明は,先願明細書に記載された,その構
成,産業上の利用分野,目的,効果のいずれによっても,脳機能改善剤等を
提供する発明であることが明白である。
これに対し,補正発明2は,特許請求の範囲において「(脳代謝又は脳機
能の障害及びこれらに起因する症状,並びに神経障害の治療・改善・予防作
用を除く。)」とされている。
(2)同一性についての判断
前記によれば,先願発明と補正発明2は発明としての同一性がないという
べきであって,これを同一とした審決の判断は誤りである。
被告は,先願明細書の段落【0005】の「グルタミン酸受容体は,脳内
に最も一般的に存在する受容体であり,記憶や学習といった脳機能と深く関
係することが知られていた。このグルタミン酸受容体は,N−メチル−D−
アスパラギン酸(NMDA)型受容体と非NMDA型受容体とに大別され,
特にNMDA型受容体への作用は,神経細胞及び神経回路網の可塑的変化で
ある長期増強現象の必須要因として知られていた。また,当該長期増強現象
を含むシナプスの可塑性の増加が,記憶や学習の定着に不可欠な要因である
と考えられており,実際にラットに長期増強現象を起こさせておくと学習効
率が増したという報告もあった。さらに,当該長期増強現象を含むシナプス
の可塑性の増加は,神経細胞内のCa濃度の上昇によってもたらされるこ2+
とも知られていた。」との記載から,この「記憶や学習」についての記載
は,脳や神経における障害の有無とは関係のない一般的な記憶や学習に関す
る記載であると主張するが,この記載部分は,先願出願当時の従来技術につ
いて述べたものにすぎず,先願発明の範囲を画するものとして記載したもの
とはいえない。
また,被告は,「先願明細書によれば,テアニンが,神経細胞内のグルタ
ミン酸受容体,ことにNMDA型受容体と可逆的に結合して細胞内Ca2+
濃度の上昇を引き起こし,シナプスの可塑的変化をもたらし,記憶や学習に
効果的に作用し得ることが確認されていることから,先願明細書には,テア
ニンを有効成分とする(脳や神経における障害の有無とは関係のない)学習
効率向上剤の発明が開示されている」(【0016】ないし【0024】)
と主張する。しかし,同指摘部分は,段落【0032】において,脳機能改
善としての効果を示すとされていることに照らすならば,記憶,学習に関す
る一般的な発明について記載されたものとはいえない。
以上のとおり,補正発明2において「脳代謝又は脳機能の障害及びこれら
に起因する症状,並びに神経障害の治療・改善・予防作用を除」いたとして
も,補正発明2と先願発明の相違点は解消されないとする被告の主張は採用
することができない。先願発明と補正発明2を同一の発明であるとして特許
法29条の2を適用した審決の判断には誤りがある。
6結論
以上によれば,審決の判断は誤りであるから,これを取り消すこととし,主
文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯村敏明
裁判官
大須賀滋
裁判官
齊木教朗

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