弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
       事   実
 控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め
た。
 当事者双方の事実上の陳述は、被控訴代理人において「仮りに被控訴人が退職金
請求権を放棄したとしても、退職金請求権の放棄は労働基準法第二四条第一項の趣
旨とする相殺禁止を潜脱せんがためなされた脱法行為であるから無効というべきで
ある。」と附加陳述したほかは原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引
用する。
(証拠省略)
       理   由
一 被控訴人の主張するとおり、同人が昭和二六年二月一日から控訴会社に雇傭さ
れ、昭和四一年八月二九日右雇傭契約を合意解約して退職したが、在職中昭和四〇
年四月以降の賃金が月額金二六万二〇〇〇円に達していたこと、したがつて控訴会
社の就業規則にもとづき計算すれば、被控訴人の控訴会社より支払をうくべき退職
金が総額金四〇八万二〇〇〇円となることは当事者間に争がない。
二 しかるに控訴会社は、被控訴人は前同日退職に際して右退職金請求権を放棄し
た旨抗弁する。
 成立に争のない甲第三号証、第四号証の一、二、乙第一号証、当審証人Aの証言
から成立の認められる乙第四号証、当審における被控訴本人の供述から成立の認め
られる甲第五号証の一ないし四、弁論の全趣旨に徴し成立を認め得る乙第二号証の
一、二、原審証人B、当審証人A、同Cの各証言、原審並びに当審における被控訴
本人の各供述(但し一部)および弁論の全趣旨を総合すると、
 被控訴人は前同日退職に際して旅費、電話設置代金等の精算を終えた後控訴会社
の当時の代表者であつたDとの間で「右同日まで控訴会社に勤務したが、これに関
する一切の支払を受領した。なお、被控訴人は控訴会社に対し、いかなる性質の請
求権をも有しないことを確認する。」という趣旨の英文の念書に署名して控訴会社
に差入れており、右念書には特に退職金なる用語は用いられていないが、当時それ
以外に被控訴人の控訴会社に対する請求権なるものは考えられなかつたこと、被控
訴人は早稲田大学英文科、中央大学法科を出て昭和一二年頃から控訴会社へ勤務
し、前記昭和二六年に復職するまでその間一時中断したが、退職当時には控訴会社
の西日本地区の総責任者という地位に在り、上司である外国人との応接もすべて英
語で遂行する語学力を有し、前記Dとの会話もすべて英語でなされたこと、しかも
前記念書はこれをタイプした秘書のBですら一読してこの文書に署名すれば一銭も
貰えないと驚いたほどで、いわゆる難解なものとは云い難いこと、控訴会社におい
て前記念書に署名を求めたのは、当時既に被控訴人が控訴会社の一部門と競争関係
に立つアート編機株式会社(その後倒産)に移ることが判明していたし、第三者に
よる調査の結果、在職中被控訴人並びにその部下の旅費等経費面で書類上つじつま
の合わないことが多く(もつとも実際には一部領収書の誤りなどもあつた)、幾多
の疑惑がもたれ、その損害の一部に充当する趣旨であつたことが認められる。成立
に争のない甲第一一号証の記載並びに被控訴本人の前掲各供述中以上の認定に反す
る部分は前掲各証拠なかんづく乙第二号証と対比して直ちに採用しがたく、他に右
認定を左右する証拠はない。
 以上の事実によれば、被控訴人は前同日退職に際して前記Dとの話し合いの結果
自己の退職金請求権を放棄したものと解するほかはない。
三 そこで被控訴人の右放棄に対する仮定主張につき検討する。
(一) まず、被控訴人は前示念書による退職金請求権放棄の意思表示には法律行
為の要素に錯誤があり無効である旨主張するが、さきに排斥した甲第一一号証の記
載部分並びに被控訴人の供述部分を除いて他にこれを裏付ける資料は全くない。か
えつて前認定の如く、英文で書かれたとはいえ、被控訴人の能力をもつてすれば当
然且つ容易に理解できる前記念書に署名していることその他前記話し合いの結果右
署名がなされている事実からすれば被控訴人において前示放棄の意思表示につき要
素の錯誤があつたとは解し得ず、右主張はこれを採用できない。
(二) 次に、被控訴人は本件退職金請求権の放棄は労働基準法第二四条第一項の
趣旨とする相殺禁止を潜脱せんがためなされた脱法行為であるから無効である旨主
張する。
 本件退職金が同条にいう賃金の中に含まれ、同条が使用者において労働者に対す
る債権をもつて労働者の賃金と相殺することを禁止する趣旨をも包含することは被
控訴人主張のとおりであり、控訴会社が被控訴人に対し退職金請求権の放棄を求め
た趣旨が被控訴人の控訴人に対する損害の賠償に充てるためであることも、右に認
定したとおりである。しかし、労使双方の合意による相殺が右の法条による相殺禁
止の中に包含されると解すべきかは、必ずしも疑がないわけではない。けだし労働
者の完全な自由意思による賃金請求権による相殺は、これを禁止すべき根拠に乏し
いからである。ただ、形式上いかに合意による相殺の形態をとるにせよ、労働者の
在職中の相殺契約は事実上労働者の自由意思が抑圧されて結ばれる可能性が強いか
ら、労働者保護のためその効力を否定しなければならないのであろう。しかし、労
働者が従業員たる地位を失つた後またはその地位を離脱するに際し、使用者との間
に賃金による相殺の合意をする場合には、その合意が労働者の抑圧された意思によ
るということは考えられないから、その効力を是認するになんらの支障もないもの
といわなければならない。賃金は常に現実に労働者の入手するところとならなけれ
ばならないという理想も、労働者がその地位を離れた後または離れる際の自由意思
にはその地位を譲らなければならないと考えるのである。本件における被控訴人の
退職金請求権の放棄は、前示認定のとおり控訴人方より退職するに際しなされたも
のであるから、その放棄が被控訴人の控訴人に対する損害賠償債務と退職金債権と
の合意による相殺の効果をうる趣旨でなされたものとしても、合意による相殺にし
て無効でない以上、その放棄も同様に無効ではなく、労働基準法第二四条第一項違
反の問題を生じない。
四 よつて右と異る原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから原判決を取消
し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六
条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 長谷部茂吉 石田実 麻上正信)
〔参考資料〕
 退職金請求事件
東京地方昭和四二年(ワ)第八九四四号
昭和四三年四月一九日判決
原告 E
被告 シンガー・ソーイング・メシーン・カンパニー
       主文
(一) 被告は、金四、〇八二、〇〇〇円とこれに対する昭和四二年八月二九から
支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告に支払え。
(二) 訴訟費用は、被告の負担とする。
(三) この判決は、原告において金一〇〇万円の担保を供するときは、仮りに執
行することができる。
       申立
原告の求めた裁判
(一) 主文第(一)、(二)項と同じ。
(二) 仮りに執行することができる。
被告の求めた裁判
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。
       主張
原告の主張する請求の原因
(一) 原告は、昭和二六年二月一日ミシン販売担当の社員として被告に雇傭さ
れ、昭和四〇年四月以降の賃金は月額金二六二、〇〇〇円であつた。
(二) 原告と被告は、昭和四一年八月二九日、原被告間の雇傭契約を同月末日限
り解約することを合意した。
(三) 被告の就業規則によれば、満一〇年以上の勤続者に対して一ヶ年について
給料一ヶ月分の割合による退職金を支払う旨の規定があり、原告の勤続年数は一五
年七月であるので、次の算式により、262,000円×15,5833=4,0
82,000円(千円未満切捨)
その退職金の総額は金四、〇八二、〇〇〇円となる。
(四) よつて、原告は、右の退職金とこれに対する本訴状送達の翌日である昭和
四二年八月二九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支
払を求める。
被告の答弁
原告主張の請求原因事実は全部認める。
被告主張の抗弁
原告は、昭和四〇年八月二九日、被告に対し、退職金債権を予め放棄したものであ
る。
原告の答弁並びに仮定再抗弁
被告主張の抗弁事実は否認する。
 仮りに、被告の主張のとおり、原告が退職金債権を放棄したものであるとして
も、その意思表示は、要素の錯誤に基づくものであるから無効である。
被告の抗弁
原告の要素の錯誤の主張事実は否認する。
 証拠(省略)
 判断(省略)
(裁判官 吉永順作)

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