弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役十月に処する。
     原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
         理    由
 控訴の趣意は、東京高等検察庁検事が提出した千葉地方検察庁検事正代理検事浅
見敏夫作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人徳
田敬二郎及び同伊能幹一並びに同上田誠吉及び同石島泰がそれぞれ連名で提出した
各答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。右控訴の趣意に対す
る当裁判所の判断は、次のとおりである。
 第一 省略
 第二 昭和三十五年四月三十日付起訴状記載の公訴事実、すなわちA名義上申書
の偽造等共謀の公訴事実について
 右公訴事実は、「被告人は、昭和三十五年一月十八日千葉地方検察庁に対し、B
を偽証罪をもつて告発し、右偽証被疑事件は同庁において現に捜査中であることを
知りながらAと共謀の上同人名義の内容虚偽の上申書を提出しようと企て、同年二
月二十八日ころ船橋市a町b丁目c番地A方において
 (一) 昭和二十七年七月ころB方においてCに会つたが、CはBに東京高等裁
判所への出頭を依頼しただけですぐ帰つて行つた
 (二) 同年八月ころ再びB方に赴いたところ、Bは「Cから依頼された印判を
ほつた日時を調べられたが、その日け判然とせず、Cの使用人に聞いたら二十四、
五日ころだと言われたのでその通り証言したが、それが間違つていたので警察に逮
捕された」と述べていた
 旨虚偽の事実を記載したA名義の上申書を作成し、同月二十九日同庁検察官に対
し右上申書を提出し、もつて右Bにかかわる偽証被疑事件についての証拠を偽造
し、これを使用したものである」というのである。
 原判決は、これに対し、右(一)及び(二)の事項がAの経験記憶するところと
異なること、すなわち真実に反する虚偽のことであること並びにそれがAがさきに
伊能弁護士の許に届けて置いたA作成名義の上申書を被告人をして借用させたう
え、これを基にして作成し、検察官に提出したものであることは認めることができ
るが、被告人が、右上申書及びその基をなす弁護人あての上申書の各記載事項が虚
偽のことであることを認識しながら、これらの作成に関与したことは認めることが
できないとして、無罪の言渡をしたものである。所論は、これに対し事実の誤認を
主張するものである。
 ところで、Aが検察官に提出した本件上申書(一)、(二)の各事項は、Bに対
する被告人名義の告訴状及びさきに確定した被告人に対する偽証教唆事件の確定判
決に対する被告人名義の再審請求書と照合すれば、それが被告人にとつて、右確定
判決に示された被告人がBに対し偽証を教唆したとの事実は無根であることを立証
するあらたな資料としての意味を持つものと解せられるのであるが、Aの原審にお
ける証書並びに検察官に対する昭和三十五年四月二十一日付、同月二十五日付、同
月二十七日付各供述調書によれば、前記上申書記載事項は、原判決も肯認するとお
り、Aの経験記憶にない虚構の事実であり、右上申書は、同人が検察官から上申書
を提出するよう求められたのでその旨及び該上申書作成の資料としたい旨を被告人
に告げたうえ、さきに被告人の依頼により伊能弁護士に渡しておいた上申書を被告
人を通じて借り受け、これを基にして要約したうえ作成したもので、伊能弁護士に
渡した上申書なるものは、要するにあらかじめ被告人が用意したタイプ印書した文
書を筆写したものにほかならないというのであつて、押収してある右上申書(東京
高裁昭和三八年(押)第六七九号の五及び一三日原審押収番号昭和三六年第四三号
の五及び一三)二通の形式内容を案じ、既に説明した被告人のDに対する偽証教唆
の公訴事実に関し当番の認定した諸般の情況事実(右認定の基礎となつた各証拠を
含む)を合わせて考えると、前記趣意を述べたAの公判における証言並びに検察官
に対する供述の信用に値するものであることはいうまでもなく(同人の右証言ない
し供述中昭和三十五年一月末ごろ被告人から再審請求書といらものを見せられたと
ある点については、伊能弁護士の原審証言等により裁判所に提出した再審請求書の
タイプ印刷のでき上つたのが同年二月十日であることが認められることと対比し、
もしAが見せられたという再審請求書が裁判所に提出されたそれを意味するとすれ
ば、Aの述べるところは真実に反するということにならざるを得ないけれども、そ
の場合Aのその点の供述は記憶違い等何かの間違いに基づくものというほかはな
く、―その他の点についても日時場所等細部については必ずしも記憶の正確を期し
難いものがあると思われるのはやむを得ないところである―、Aは、再審請求書を
見せられたということと別に、被告人からタイプに打つた原稿を伊能弁護士に渡し
た上申書作成前に見せられたといら趣意を原審公判において検察官及び弁護人の再
三の尋問にかかわらず繰り返し証言している―弁護人の反対尋問による最終段階に
おいて「上申書を書く前にタイプのものを見たという記憶ははつきりしないのでし
よう」という尋問に対し「はい」と答えているが、右はそれまでの証言の経過に徴
し証人の真意に出た供述とは認め難い―のであるから、前述の再審請求書を見せら
れたという供述があるからといつて、当審が信用に値するとした供述部分まで措信
することができないという理はない。)、ひつきよう昭和三十五年一月ごろからA
の検察官に対する本件上申書提出にいたるまで同人と関係のあつた被告人の一切の
行動はDに対する偽証教唆活動と一連の計画に属するもので、公訴事実にあるとお
り、Aの右虚偽事実を記載した上申書提出は被告人との共謀に基づくものと認定す
るのが相当である。この点に関し、被告人に右虚偽事実の記載についての認識があ
つたとは認められないとする原判決の説明する理由が全く理解し難いものであるこ
とは、Dに対する偽証教唆の公訴事実に関する場合と同様であり、当審の前記認定
を左右すべき信ずるに足る証拠は他にない。
 してみれば、本件公訴事実もまたその証明十分であるにかかわらず、前述の理由
により無罪の言渡をした原判決は重大な事実の誤認を犯したもので、右は判決に影
響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。
 よつて、検察官の控訴はすべて理由があるから、刑事訴訟法第三百九十七条、第
三百八十二条により原判決を破棄し、同法第四百条但書に従い当裁判所が更に判決
する。
 (罪となるべき事実)
 第一、
 被告人は、昭和三十五年二月十一日、さきに確定した被告人のBに対する偽証教
唆事件についての有罪の確定判決に対し、千葉地方裁判所に再審請求をし、右再審
請求事件につき、同年三月二十五日弁護人の申請により証人Dの尋問が行なわれる
ことになるや、Dをして虚偽の証言をさせて右事件を自己に有利なように導こうと
企て、右証人尋問期日の前日である三月二十四日船橋市d町e丁目f番地E株式会
社において、Dに対し、それが真実でなくかつDの記憶に反することであることを
知りながら、かねてより同人に依頼しておいたとおり、
 (一) 昭和二十五年夏ごろ船橋市内F付近において、当時船橋警察署勤務捜査
係刑事であつたG父に会い、同刑事から「C(被告人)を検挙する資料を提供して
もらいたい。」と言われ、Cが偽造していた印鑑を手帳に押し、そのころ同刑事に
その手帳を渡した。
 (二) 昭和二十七年七月ごろ船橋市g町h丁目印判業B方に立寄つたところ、
同人から「Cに頼まれて印鑑を作つたのはいつごろだろうか。」と尋ねられたの
で、「それは十一月か十二月の二十四、五日ごろだろう。」と答えた。
 (三) 昭和二十七年八月初ごろ船橋市内F付近において、前記G刑事に会つた
ところ、同刑事から「これをBに届けてくれ。」と言われ、名刺を一枚手渡された
が、その名刺の裏面には、Bあてに、「Cに頼まれてうその証言をしたと申し立て
ろ、読んだら名刺を破れ。」と書いてあり、その名刺をBに届けた。
 (四) 昭和二十七年十一月ごろ船橋市内において、前記G刑事に会つた際、同
刑事から「Bは法廷で証言を渋つているので今行つて知恵をつけてきた。お前もB
に会つたら知恵をつけてくれ。」と言われた。
 (五) 昭和三十五年二月ごろ船橋市H駅前においてIに会い、同女に対しG刑
事の話をした。
 (六) Cとは昭和二十六年ごろから一度も会つていない。という趣旨の証言を
するように依頼し、Dをして右虚偽の証言をする決意をさせたうえ、同二十五日千
葉市i町j丁目千葉地方裁判所において裁判官香取嘉久男に対し、証人として宣誓
の与え前記(一)ないし(六)の趣旨の虚偽の陳述をさせ、もつて偽証を教唆し、
 第二、
 被告人は、昭和三十五年一月十八日千葉地方検察庁にBを偽証罪をもつて告訴
し、同庁において捜査中の同人に対する偽証被疑事件につき、かねて協力方を依頼
していたAが参考人として検察官から上申書の提出を求められたことを知るや、右
告訴を有利に導くため、Aと共謀のうえ、同人名義の内容虚偽の上申書を同庁に提
出しようと企て、同年二月二十八日ごろ船橋市a町b丁目c番地の右A方におい
て、同人をして、
 (一) Aは、昭和二十七年七月ごろ、船橋市g町h丁目の印判業B方において
Cと会つたが、CはBに東京高等裁判所への出頭方を依頼しただけですぐ帰つて行
つた。
 (二) Aは、同年八月ごろ、再び前記B方へ行つたところ、Bは、「裁判所
で、Cから依頼されて印判をほつた日時を調べられたが、その日時が判然とせず、
Cの使用人からそれは二十四、五日ごろだと聞いていたので、そのように証言した
ら、間違つていたので警察に逮捕された」旨述べていた。
 との趣旨の虚偽の事実を記載したA名義の上申書一通を作成させ、翌二十九日千
葉地方検察庁において、同庁検察官に対し右上申書を提出させ、もつて前記Bにか
かわる偽証被疑事件についての証憑を偽造使用し
 たものである。
 (証拠の標目)(省略)
 (法令の適用)
 被告人の判示所為中偽証教唆の点は刑法第百六十九条、第六十一条第一項に、証
憑の偽造、同使用の点は各同法第百四条罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、刑
法第六十条にそれぞれ該当し、証憑の偽造と同使用は手段結果の関係にあるので同
法第五十四条第一項後段第十条により一罪として処断することとし所定刑中懲役刑
を選択し、これと偽造教唆とは同法第四十五条の併合罪であるから、同法第四十七
条本文但書第十条により重い偽証教唆罪の刑に併合罪の加重をした刑期の範囲内に
おいて被告人を懲役十月に処し、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により原審並
びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担と定める。
 <要旨>なお、弁護人は、被告人がAと共謀のうえ同人名義の内容虚偽の上申書を
作成しこれを検察官に提出したとの事実は、刑法第百四条にいう証憑を偽造
使用した場合にあたらないのであつて、罪刑法定主義に従つた解釈によれば、罪と
なるべき事実ではないとし、いくつかの判決例を引いてそのゆえんを論じているけ
れども、刑法第百四条は、捜査裁判等国の刑事司法の作用が誤りなく運用されるこ
とを期して設けられた規定であることは明らかであるから、「同条にいわゆる証憑
とは、刑事事件が発生した場合捜査機関又は裁判機関において国家刑罰権の有無を
断ずるに当り関係があると認められるべき一切の資料を指称し、あらたな証憑を創
造するのは証憑の偽造に該当する」とした昭和十年九月二十八日の大審院判決(判
例集一四巻九九七頁)の趣旨に照らし、かつたとえば「民事原告である被告人の虚
偽の請求を民事被告が認諾した旨記載した口頭弁論調書のようなものは、同被告人
の犯罪の成否態様を判定する資料たるべき物的材料であることはもちろんであつ
て、右民事被告が情を知らない裁判所書記を利用しこのような虚偽の内容を有する
口頭弁論調書を作成させるのは、いわゆる証憑を偽造したものとなすを妨げない」
とした昭和十二年四月七日の大審院判決(判例集一六巻五一七頁)の旨意にかんが
みるときは、所論のようにたとえ虚偽の内容を記載した文書の作成名義にいつわり
がなく又その文書の作成が口頭による陳述に代えてなされた場合であるとしても、
本件のように参考人が虚偽の内容を記載した上申書を作成しこれを検察官に提出す
れば、刑法第百四条にいう証憑を偽造使用したことになると解するのが、判例にし
たがい現実に即した妥当な解釈といわざるを得ない(昭和三十四年六月二十日東京
高等裁判所第十刑事部判決及び昭和三十六年七月十八日同裁判所第六刑事部判決参
照)。所論引用の大審院判決及び最高裁判所判決はいずれも単に証人の虚偽の陳述
は刑法第百四条の罪を構成しないことを判示したに過ぎず、又同下級審判決は異る
見解に出たもので採用のかぎりではない。
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 足立進 判事 栗本一夫 判事 上野敏)

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