弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
       本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人環直彌外13名の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,原判決の認定に
沿わない事実関係を前提とし,かつ,事案を異にする判例を引用するものであって
,前提を欠き,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は事実誤認,単なる法令
違反の主張であって,いずれも適法な上告理由に当たらない。
 なお,所論にかんがみ,職権で判断する。
 1 原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば,本件に関す
る事実関係は,以下のとおりである。
 (1) 被告人は,兵庫,大阪を本拠地とする三代目A組組長兼五代目B組若頭補
佐の地位にあり,配下に総勢約3100名余りの組員を抱えていた。A組には,被
告人を専属で警護するボディガードが複数名おり,この者たちは,アメリカ合衆国
の警察の特殊部隊に由来するCという名称で呼ばれていた。Cは,襲撃してきた相
手に対抗できるように,けん銃等の装備を持ち,被告人が外出して帰宅するまで終
始被告人と行動を共にし,警護する役割を担っていた。
 被告人とCらとの間には,Cたる者は個々の任務の実行に際しては,親分である
被告人に指示されて動くのではなく,その気持ちを酌んで自分の器量で自分が責任
をとれるやり方で警護の役を果たすものであるという共通の認識があった。
 (2) 被告人は,秘書やCらを伴って上京することも多く,警視庁が内偵して把
握していただけでも,本件の摘発がなされた平成9年中に,既に7回上京していた。
東京において被告人の接待等をする責任者はA組D会長のE(以下「E」という。)
であり,Eは,被告人が上京する旨の連絡を受けると,配下の組員らとともに車5
,6台でF空港に被告人を迎えに行き,Eの指示の下に,おおむね,先頭の車に被
告人らの行く先での駐車スペース確保や不審者の有無の確認等を担当する者を乗せ
(先乗り車),2台目にはEが乗って被告人の乗った車を誘導し(先導車),3台
目には被告人と秘書を乗せ(被告人車),4台目にはCらが乗り(C車),5台目
以降には雑用係が乗る(雑用車)という隊列を組んで,被告人を警護しつつ一団と
なって移動するのを常としていた。
 (3) 同年12月下旬ころ,被告人は,遊興等の目的で上京することを決め,こ
れをA組組長秘書見習いG(以下「G」という。)に伝えた。Gは,CのH(以下
「H」という。)に上京を命じ,Hと相談の上,これまで3名であったCを4名と
し,被告人には組長秘書ら2名とA組本部のC4名が随行することになった。この
上京に際し,同Cらは,同年8月28日にB組若頭兼I組組長が殺害される事件が
あったことから,被告人に対する襲撃を懸念していたが,A組の地元である兵庫や
大阪などでは,警察の警備も厳しく,けん銃を携行して上京するのは危険と考え,
被告人を防御するためのけん銃等は東京側で準備してもらうこととし,大阪からは
被告人用の防弾盾を持参することにした。そこで,Gから被告人の上京について連
絡を受けたEは,同人の実兄であるJ連合会K二代目L組組長のM(以下「M」と
いう。)に電話をして,けん銃等の用意をも含む一切の準備をするようにという趣
旨の依頼をし,また,Hも,前記Dの組員にけん銃等の用意を依頼し,同組員は,
Mにその旨を伝えた。連絡を受けたMは,L組の組員であるOとともに,本件けん
銃5丁を用意して実包を装てんするなどして,Cらに渡すための準備を調えた。
 (4)
同年12月25日夕方,被告人がGやHらとともにF空港に到着すると,これをE
やL組関係者と,先に新幹線で上京していたC3名が5台の車を用意して出迎えた。
その後は,(2)で述べたようなそれぞれの役割区分に従って分乗し,被告人車のす
ぐ後ろにC車が続くなどの隊列を組んで移動し始め,最初に立ち寄った店を出るこ
ろからは,次のような態勢となった。
 ① 先乗り車には,A組本部のC1名と同組DのC1名が,各自実包の装てんさ
れたけん銃1丁を携帯して乗車した。
 ② 先導車には,Eらが乗車した。
 ③ 被告人車には,被告人のほかGらが乗車し,被告人は前記防弾盾が置かれた
後部座席に座った。
 ④ C車には,A組本部のC3名が,各自実包の装てんされたけん銃1丁を携帯
して乗車した。
 ⑤ 雑用車は,当初1台で,途中から2台に増えたが,これらに東京側の組関係
者が乗車した。
 そして,被告人らは,先乗り車が他の車より少し先に次の目的場所に向かうとき
のほかは,この車列を崩すことなく,一体となって都内を移動していた。また,遊
興先の店付近に到着して,被告人が車と店の間を行き来する際には,被告人の直近
を組長秘書らがガードし,その外側を本件けん銃等を携帯するCらが警戒しながら
一団となって移動し,店内では,組長秘書らが不審な者がいないか確認するなどし
て警戒し,店外では,その出入口付近で,本件けん銃等を携帯するCらが警戒して
待機していた。
 (5) 被告人らは,翌26日午前4時過ぎころ,最後の遊興先である港区aに所
在する飲食店を出て宿泊先に向かうことになった。その際,先乗り車は,他車より
先に,同区ab丁目c番d号所在のホテルP別館に向かい,その後,残りの5台が
出発した。そして,後続の5台が,同区ab丁目e番f号付近路上に至ったところ
で,警察官らがその車列に停止を求め,各車両に対し,あらかじめ発付を得ていた
捜索差押許可状による捜索差押えを実施し,被告人車のすぐ後方に続いていたC車
の中から,けん銃3丁等を発見,押収し,被告人らは現行犯逮捕された。また,そ
のころ,先乗り車でホテルP別館前にその役割に従って一足先に到着していたA組
本部のCと同組DのCは,同所に警察官が来たことを察知して,所持していた各け
ん銃1丁等を,自ら,又は他の組員を介して,同区gh丁目b番i号の民家の敷地
や同区jb丁目k番k号所在のビルディング植え込み付近に投棄したが,間もなく
,これらが警察官に発見された。
 (6) Cらは,いずれも,被告人を警護する目的で実包の装てんされた本件各け
ん銃を所持していたものであり,被告人も,Cらによる警護態様,被告人自身の過
去におけるボディガードとしての経験等から,Cらが被告人を警護するためけん銃
等を携行していることを概括的とはいえ確定的に認識していた。また,被告人は,
Cらにけん銃を持たないように指示命令することもできる地位,立場にいながら,
そのような警護をむしろ当然のこととして受け入れ,これを認容し,Cらも,被告
人のこのような意思を察していた。
 2 本件では,前記1(5)の捜索による差押えや投棄の直前の時点におけるCら
のけん銃5丁とこれに適合する実包等の所持について,被告人に共謀共同正犯が成
立するかどうかが問題となるところ,【要旨】被告人は,Cらに対してけん銃等を
携行して警護するように直接指示を下さなくても,Cらが自発的に被告人を警護す
るために本件けん銃等を所持していることを確定的に認識しながら,それを当然の
こととして受け入れて認容していたものであり,そのことをCらも承知していたこ
とは,前記1(6)で述べたとおりである。なお,弁護人らが主張するように,被告
人が幹部組員に対してけん銃を持つなという指示をしていた事実が仮にあったとし
ても,前記認定事実に徴すれば,それは自らがけん銃等の不法所持の罪に問われる
ことのないように,自分が乗っている車の中など至近距離の範囲内で持つことを禁
じていたにすぎないものとしか認められない。また,【要旨】前記の事実関係によ
れば,被告人とCらとの間にけん銃等の所持につき黙示的に意思の連絡があったと
いえる。そして,Cらは被告人の警護のために本件けん銃等を所持しながら終始被
告人の近辺にいて被告人と行動を共にしていたものであり,彼らを指揮命令する権
限を有する被告人の地位と彼らによって警護を受けるという被告人の立場を併せ考
えれば,実質的には,正に被告人がCらに本件けん銃等を所持させていたと評し得
るのである。したがって,被告人には本件けん銃等の所持について,G,E,M及
びHらC5名等との間に共謀共同正犯が成立するとした第1審判決を維持した原判
決の判断は,正当である。
 よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,
主文のとおり決定する。なお,裁判官深澤武久の補足意見がある。
 裁判官深澤武久の補足意見は,次のとおりである。
 私は,法廷意見に賛同するものであるが,罪刑法定主義との関係において,共謀
共同正犯の成立については,厳格に考えるべきものであるという立場から意見を述
べておきたい。
 1 本件は,被告人を組長とするA組の組員3100名余の中から被告人の警護
のために選ばれた精鋭の者が,けん銃等を所持して被告人を警護するために行われ
たものであって,被告人はA組の組長としてこれら実行行為者に対し圧倒的に優位
な支配的立場にあり,実行行為者はその強い影響の下に犯行に至ったものであり,
被告人は,その結果,自己の身辺の安全が確保されるという直接的な利益を得てい
たものである。
 本件犯行について,具体的な日時,場所を特定した謀議行為を認めることはでき
ないが,組長を警護するために,けん銃等を所持するという犯罪行為を共同して実
行する意思は,組織の中で徐々に醸成され,本件犯行当時は,被告人も警護の対象
者として,実行行為者らが被告人警護のために,けん銃等を携行していることを概
括的にではあるが確定的に認識して犯行場所ないしその付近に臨んでいたものであ
る。
 2 被告人と実行行為者間に,上記のような関係がある場合,具体的な謀議行為
が認められないとしても,犯罪を共同して遂行することについての合意が認められ
,一部の者において実行行為が行われたときは,実行行為に直接関与しなかった被
告人についても,他人の行為を自己の手段として犯罪を行ったものとして,そこに
正犯意思が認められる本件のような場合には,共謀共同正犯が成立するというべき
である。
 所論引用の最高裁判所昭和29年(あ)第1056号同33年5月28日大法廷
判決・刑集12巻8号1718頁は,犯罪の謀議にのみ参加し,実行行為の現場に
赴かなかった者の共同正犯性を判示したものであって,被告人を警護するため,そ
の身辺で組員がけん銃を所持していた本件とは,事案を異にするものである。
(裁判長裁判官 横尾和子 裁判官 深澤武久 裁判官 泉 徳治 裁判官 島田
仁郎)

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