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平成12年(ワ)第15070号損害賠償請求事件
口頭弁論終結の日 平成13年11月1日
           判        決
原          告  株式会社橋本コーポレーション
原          告株式会社ジョイナック
原          告   有限会社アキ総合企画
原          告   株式会社海燕書房
原          告   有限会社ビープロダクト
原          告   有限会社ダブルアックス
原          告   有限会社ワークビジネス社
原          告   株式会社アイダックス
原          告   有限会社ドルチェ・ヴィータ
原          告   YBスポーツことA
原告ら10名訴訟代理人弁護士石黒 康
被          告 株式会社寿エンタープライズ
被          告 B
           主        文
      1 原告らの請求をいずれも棄却する。
  2訴訟費用は原告らの負担とする。
           事実及び理由
第1 原告らの請求
1 被告株式会社寿エンタープライズ(以下「被告会社」という。)は,原告ら
が製作販売した別紙ビデオソフト販売一覧表(以下「別紙一覧表」という。)記載
の各ビデオソフトの中古ビデオソフトを販売してはならない。
2 被告らは連帯して,原告らそれぞれに対して各200万円及びこれに対する
平成12年8月13日(被告両名への訴状送達がされた日の翌日)から支払済みま
で年5分の割合による金員を支払え。
3 仮執行宣言
第2 事案の概要
本件は,別紙一覧表記載の各ビデオソフト(以下「本件各ビデオソフト」と
いう。)を製作販売している原告らが,本件各ビデオソフトは映画の著作物であ
り,原告らはこれについて頒布権を有する旨主張して,顧客から本件各ビデオソフ
トを購入しその中古品を販売する被告会社に対し,その販売の差止めを求めるとと
もに,被告会社及びその代表取締役である被告B(以下「被告B」という。)に対
し,著作権(頒布権)侵害を理由とする損害賠償を求めている事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により認めら
れる事実)
(1)原告らは,ビデオソフトの製作販売を業とする会社又は個人であり,本件
各ビデオソフトを製作し販売している。
(2)被告会社は,中古ビデオソフトの販売を業とする株式会社であり,被告B
は,被告会社の代表取締役である。
(3)被告会社は,遅くとも平成11年ころから,原告らの許諾の下で小売店に
おいて販売されている本件各ビデオソフトを適法に購入した顧客から,これらのビ
デオソフトを買い入れた上,中古品として販売している。
2 本件の争点
(1)本件各ビデオソフトが著作権法上の「映画の著作物」に当たり,著作権法
26条1項の「複製物」として頒布権の対象となるか。
(2)本件各ビデオソフトが著作権者又はその許諾を受けた者によりいったん適
法に譲渡されれば,当該ビデオソフトについては頒布権が消尽し,その後の譲渡等
の行為には頒布権が及ばないか。
(3)本件各ビデオソフトはわいせつ物であり,公序良俗に反する物として著作
権法による保護の対象にならないか。
(4)原告らの損害の額
3 争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)について
 (原告らの主張)
本件各ビデオソフトのようなビデオ映像物は,著作権法10条1項7号に
いう「映画の著作物」に該当する。
映画の著作物については,著作権法26条1項においてその複製物の頒布
権が明文で規定されているが,これによればビデオ映像物についても,その複製物
についての頒布権が著作者にあることは明確である。したがって,本件各ビデオソ
フトについて,原告らには頒布権が認められるというべきである。
被告らは,後記のとおり,著作権法26条1項の「複製物」の文言を限定
して解釈すべきであると主張する。しかし,法律上明文で認められている頒布権と
いう権利を制限するには,公共の福祉,公序良俗,条理といった理由が考えられる
ところ,その場合であっても権利の制限に当たっては極めて慎重な判断が必要であ
り,しかも具体的な判断基準が示されていることが不可欠である。しかし,後記裁
判例の掲げる「大量に複製」されるかどうか,「投下資本を回収すべく予定」され
ているかどうか,という基準は極めて不明確であり,このような不明確な基準に基
づいて著作者の権利を制限することは許されない。  
 (被告らの主張)
  本件各ビデオソフトは,映画の著作物に該当しない。
  仮に,映画の著作物に該当するとしても,著作権法26条1項にいう「複
製物」とは,配給制度による流通の形態が採られている映画の著作物の複製物,及
び,同条の立法趣旨からみてこれと同等の保護に値する複製物,すなわち,一つ一
つの複製物が多数の者の視聴に供される場合の複製物,言い換えると,少数の複製
物のみが製造されて,著作者がそれら少量の複製物の流通の支配を通じて投下資本
を回収することが予定されているものを指すものであり,大量の複製物が製造され
て,個々の複製物が少数の者によってしか視聴されないものは含まれないと,限定
して解すべきである(東京高裁平成13年3月27日判決・判例時報1747号6
0頁参照)。
  本件各ビデオソフトは,大量の複製物が製作され,一つ一つの複製物は少
数の者によって個人的に視聴されるにすぎない。すなわち,映画館等で大観衆の前
で上映されることは最初から予定されていない性質のものである。
  したがって,小売店において一般消費者に販売されている本件各ビデオソ
フトは,著作権法26条1項の「複製物」には該当せず,頒布権の対象にならな
い。
(2)争点(2)について
 (被告らの主張)
仮に,本件各ビデオソフトにつき原告らに頒布権が認められるとしても,
本件各ビデオソフトは,小売店を経由して最終ユーザーである一般の消費者に譲渡
され,いったん市場において適法に拡布されたものということができるから,権利
消尽の原則という一般的原則により,原告らは,少なくとも最終ユーザーに譲渡さ
れた後の譲渡に対しては,頒布権の効力を及ぼすことができないというべきである
(大阪高裁平成13年3月29日判決・判例時報1749号3頁参照)。
  被告会社は,前記1(3)のとおり本件各ビデオソフトを最終ユーザーから
購入して販売しているにすぎないから,頒布権の侵害に基づく原告らの本訴請求は
理由がない。
 (原告らの主張)
  被告らは,前記大阪高裁の裁判例を引用して,原告らの頒布権は消尽した
旨主張する。しかし,同判決が権利消尽の根拠とするところは,複製物が大量に製
造されて流通に回ること,その流通のすべてに製作者にコントロール権を与えるこ
とは現実的でないことにあるように思われるが,「大量に複製」されたかどうかに
ついては,基準が明確でない。
  また,前記判決は,映画の著作物の複製物の頒布権は第一頒布にのみ適用
されるとするが,著作権法26条1項にはそのような限定はない上,実質的にみて
も,頒布権の及ぶ範囲を第一頒布に限定すると,購入者が購入した複製品を家庭に
おいてダビング(複製)した上で購入物を被告会社のような中古品販売業者に持ち
込んでいるという実情に照らせば,結果として第一頒布権すら事実上保護されなく
なるという結果を招くことになる。
  本件各ビデオソフトは,いわゆるホモセクシャル(男性同性愛)ものであ
り,その市場は極めて限定され,販売ルートも限定されている。需要者が少ないこ
とから,本件各ビデオソフトの製作本数も1タイトルにつき通常は数百本,多くて
も千本程度であり,大量に複製されたとは到底いえない数量である。
  したがって,仮に,原則として権利の消尽を認めるという立場に立ったと
しても,本件各ビデオソフトについては例外的に頒布権は消尽していないというべ
きである。
(3)争点(3)について
 (被告らの主張)
  本件各ビデオソフトは,いずれもホモセクシャル(男性同性愛)ものであ
って,その内容からして文化的所産とはほど遠く,公の秩序,善良の風俗に反する
わいせつ物である。
  したがって,仮に本件各ビデオソフトが映画の著作物に該当するとして
も,著作権法による保護に値せず,同法の保護の対象とならないものというべきで
ある。
 (原告らの主張)
  本件各ビデオソフトはいわゆるホモセクシャル(男性同性愛)ものである
が,近時の我が国における文化,風俗の状況として同性愛は容認されているといえ
るから,これはわいせつ物には当たらず,法的保護に値するというべきである。な
お,原告らは日本ビデオ協会グループ(JVGA)という業界団体を結成し,製作
するビデオ作品がわいせつ物として刑事摘発を受けないように自主規制を行ってお
り,現に,本件各ビデオソフトの中にはわいせつ物として摘発されたものは一つも
ない。
  被告らの態度は,本件各ビデオソフトをわいせつ物であると主張する一方
で,自らその中古品の販売を継続しているものであり,矛盾している。
(4)争点(4)について
 (原告らの主張)
被告会社が,本件各ビデオソフトを購入し,販売したことによって得た利
益の額は別紙一覧表に記載のとおりであり,原告ごとに被告会社による販売数及び
その利益の額を示すと次のとおりである。
〔原告名〕〔販売数〕〔利益額〕
  原告株式会社橋本コーポレーション 77本  23万9340円
  原告株式会社ジョイナック     186本 92万6600円
原告有限会社アキ総合企画     68本  12万7000円
  原告株式会社海燕書房    227本 122万6300円
原告有限会社ビープロダクト    174本 72万2970円
  原告有限会社ダブルアックス94本  52万6800円
  原告有限会社ワークビジネス社   122本 65万0780円
  原告株式会社アイダックス     29本  8万3810円
  原告有限会社ドルチェ・ヴィータ69本  30万3300円
  原告YBスポーツことA   42本  13万5740円
  被告Bは被告会社の代表取締役であり,共同不法行為者として被告会社と
連帯して責任を負うから,各原告はそれぞれ,著作権侵害に基づく損害賠償とし
て,被告らに対し,上記利益額と慰謝料200万円を合計した金額のうち200万
円及びこれに対する平成12年8月13日(被告両名への訴状送達がされた日の翌
日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求め
る。
 (被告らの主張)
  原告ら主張の本件各ビデオソフトの仕入価格,販売価格はいずれも否認す
る。これらは,個々のビデオソフトにより異なり,一律に決まっているわけではな
い。 
  また,本件各ビデオソフトに含まれる個々のビデオソフトの販売数につい
ては,対象となる作品数が多すぎて,いまだ確認できていない。
  その余の主張については,否認し,争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1)著作権法における「映画の著作物」の意義及び本件各ビデオソフトの「映
画の著作物」該当性
ア 著作権法は,「映画の著作物」(10条1項7号)に関して,明確な定
義規定を置いていないので,これが具体的にどのようなものを指すかは,「映画の
著作物」に関する同法の規定を総合的に考察して決するほかはないというべきであ
る。
  著作権法上,「映画の著作物」については,著作者の範囲(16条),
著作権の帰属(29条)及び著作権の保護期間(54条)に関する規定が置かれて
いるほか,その利用に関する権利として頒布権(26条)が規定されている。
  頒布権は,複製物の譲渡又は貸与に関する権利として映画の著作物のみ
について認められるものであり,公衆への譲渡又は貸与のみならず,公衆への提示
を目的として複製物の譲渡又は貸与を行うことも,これに含まれるものとされてい
る(2条1項19号)。
イ 著作権法が映画の著作物のみに上記のような頒布権を認めた趣旨につき
考察するに,この規定は,ベルヌ条約ブラッセル改正規定が映画の著作物について
頒布権を認めていたことから,条約上の義務履行として設けられたものであるが,
実質的には,劇場用映画における次のような特殊性を考慮したことによるものであ
る。
  劇場用映画については,映画製作会社・映画配給会社は,プリント・フ
ィルムを映画館経営者に貸し渡すにとどめ,上映期間が終わったら貸し渡したプリ
ント・フィルムを返却させたり,映画製作会社・映画配給会社の指示の下に別の映
画館に引き継がせるなどの方法を通じてプリント・フィルムの流通をコントロール
するという,いわゆる配給制度を通じて,興行収益を見越して上映の地域的な範
囲・順序や期間などを戦略的に決定することで,投下した資本の回収を行ってきた
という社会的な実態が存在した。著作権法は,劇場用映画の上記のような利用形
態,個々の複製物が持つ経済的価値及びその流通形態の特殊性を考慮し,映画製作
者が劇場用映画の製作に投下した資本の回収を図る利益を保護する上で,複製物の
流通全般をコントロールし得る地位を保障することが適当であり,かつ,これを映
画製作会社・映画配給会社と映画館経営者の間の債権契約のみにゆだねることでは
不十分であって,著作権者に排他性のある物権的な権利を付与することが相当であ
り,他方,上記流通形態からすれば,このような権利を認めたとしても,商品の流
通を不当に阻害することにはならないとの立法政策的な判断から,映画の著作物の
みについて,前記のような内容の頒布権を認めたものというべきであり,それ以外
には映画の著作物のみに頒布権を認めるべき実質的根拠を見出すことはできない。
ウ ところで,「映画の著作物」たり得るためには,著作権法の定める著作
物としての基本的要件を満たすこと,すなわち「思想又は感情を創作的に表現した
ものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」(2条1項)であ
ることを要する。
  劇場用映画が著作物性の要件を満たすのは,カメラ・ワークの工夫,モ
ンタージュあるいはカット等の手法,フィルム編集などの知的な活動を通じて,そ
の構図等において創作的工夫に係る影像を作成し,これを選択して一定の順序で組
み合わせ,音声をシンクロナイズすることによって,映画フィルムが作成され,こ
れを上映することによって一定の思想又は感情の表現としての連続した影像及びこ
れに伴う音声がもたらされるためである。
  上記のとおり,劇場用映画においては,思想・感情の創作的表現は,フ
ィルム編集等の行為を通じて一定の内容の影像を選択し,これを一定の順序で組み
合わせることにより行われるものであり,複製物たるプリント・フィルムを上映す
ることにより常に同一内容の連続影像がもたらされることで,広範な地域における
多数の映画館での上映を通じて膨大な数の観客に対して,同一の思想・感情の表現
を伝達することが可能となっている。すなわち,複製物たるプリント・フィルムに
より同一内容の連続影像が常に再現可能であることが,劇場用映画フィルムの配給
制度の前提になっているものということができる。そして,前記のとおり,「映画
の著作物」に関する著作権法の規定が,いずれも,劇場用映画の利用について映画
製作者による配給制度を通じての円滑な権利行使を可能とすることを企図して設け
られたものであることを併せ考えると,著作権法は,多数の映画館での上映を通じ
て多数の観客に対して思想・感情の表現としての同一の視聴覚的効果を与えること
が可能であるという,劇場用映画の特徴を備えた著作物を,「映画の著作物」とし
て想定しているものと解するのが相当である。
エ そうすると,著作権法上の「映画の著作物」といい得るためには,①当
該著作物が,一定の内容の影像を選択し,これを一定の順序で組み合わせることに
より思想・感情を表現するものであって,②当該著作物ないしその複製物を用いる
ことにより,同一の連続影像が常に再現される(常に同一内容の影像が同一の順序
によりもたらされる)ものであることを,要するというべきである。
  これを本件についてみるに,証拠(乙1~3)及び弁論の全趣旨によれ
ば,本件各ビデオソフトは,劇場における上映を前提とするものではなく,複製物
が小売店において一般消費者に対して販売され,これを購入者が家庭においてビデ
オ機器等を用いて再生してその映像等を鑑賞するというものであるが,収録されて
いる内容は,一定の内容の影像を一定の順序で組み合わせたものであるという点で
劇場用映画と同一のものであり,いずれも上記①及び②の要件を満たすことが認め
られる。したがって,本件各ビデオソフトは,いずれも「映画の著作物」に該当す
るというべきである。
(2)頒布権(著作権法26条)の有無
ア 著作権法は,映画の著作物について,著作権者が頒布権を専有する旨定
めており(26条1項),映画の著作物の中で頒布権を認めるものとそうでないも
のとの区別をしていない。そうすると,前記(1)でみたとおり,本件各ビデオソフ
トが映画の著作物に該当する以上,その著作権者は本件各ビデオソフトについて頒
布権を有するものと解するのが相当である。
イ 次に,著作権法26条1項にいう「複製物」とは,複製された物を意味
するところ,同法2条1項15号によれば,「複製」とは「印刷,写真,複写,録
音,録画その他の方法により有形的に再製すること」と定義されているから,この
定義による限り,小売店において一般消費者に対して販売されている本件各ビデオ
ソフトが本件各ビデオソフトの原作品を「複製」することによって得られたもので
あることは明らかである。他方,著作権法26条1項は,文言上,「複製物」につ
いて格別の制限を設けていない。したがって,本件各ビデオソフトには,著作権者
の頒布権が及ぶものというべきである。
ウ この点について,被告らは,著作権法26条1項にいう「複製物」と
は,配給制度による流通の形態が採られている映画の著作物の複製物,及び,同条
の立法趣旨からみてこれと同等の保護に値する複製物をいうところ,本件各ビデオ
ソフトは,大量の複製物が製造されて,個々の複製物が少数の者によってしか視聴
されない性質のものであるから,これには当たらない旨主張する。
  前記(1)でみたように,著作権法26条は,劇場用映画の配給制度とい
う取引の実態を踏まえて,映画の著作物について頒布権という特別の支分権を認め
る趣旨で設けられた規定であるところ,前記のとおり,本件各ビデオソフトは各作
品とも通常は数百本,多くて千本程度制作され,原告らから卸売業者ないし小売店
に販売された後,小売店において顧客がこれを購入するものであることが認められ
るから,その流通,取引形態は,上記劇場用映画の配給制度とは全く異なるものと
いうことができる。しかしながら,本件各ビデオソフトが映画の著作物に該当する
以上,著作権法26条が適用され,その原作品の複製物たる本件各ビデオソフトが
頒布権の対象となるのは当然であって,前記のような事情は,本件各ビデオソフト
につきこれと異なる解釈をする理由とはならない。
  以上のとおり,被告らの前記主張は理由がなく,本件各ビデオソフトは
頒布権の対象となるというべきである。
 2 争点(2)について
(1)著作権法と消尽の原則
  特許権等の工業所有権に権利消尽の原則が適用されることは,一般に承認
されているが(最高裁判所平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第3小法廷判
決・民集51巻6号2299頁参照),著作権法の領域において権利消尽の原則が
適用されるか,その適用があるとして例外的に消尽が認められない場合があるか,
という点については,説が分かれている。
  そこで検討するに,① 著作権法による著作物の保護は,社会公共の利益
との調和の下において実現されなければならないものであるところ,② 一般に譲
渡においては,譲渡人は目的物について有するすべての権利を譲受人に移転し,譲
受人は譲渡人が有していたすべての権利を取得するものであり,著作物又はその複
製物が市場での流通に置かれる場合にも,譲受人が目的物につき著作権者の権利行
使を離れて自由にこれを利用し再譲渡などをすることができる権利を取得すること
を前提として,取引行為が行われるものであって,仮に,著作物又はその複製物に
ついて譲渡等を行う都度著作権者の許諾を要するということになれば,市場におけ
る商品の自由な流通が阻害され,著作物又はその複製物の円滑な流通が妨げられ
て,かえって著作権者の利益を害する結果を来し,ひいては「著作者の権利及びこ
れに隣接する権利を定め,これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ,著作者
等の権利の保護を図り,もつて文化の発展に寄与する」(著作権法1条参照)とい
う著作権法の目的に反することになり,③ 他方,著作権者は,著作物又はその複
製物を自ら譲渡するに当たって著作物の利用の対価を含めた譲渡代金を取得し,著
作物の利用を許諾するに当たって使用料を取得することができるのであるから,著
作権者が著作物創作の対価を確保する機会は保障されているものということがで
き,したがって,著作権者又はその許諾を得た者から譲渡された著作物又はその複
製物について,著作権者がその後の流通過程において二重に利得を得ることを認め
る必要性は存在しない。
  以上によれば,著作物自体又はその複製物につき取引の行われる場合にお
いて,自由な商品取引という社会公共の利益と著作者の利益との調整の結果とし
て,一般的原則としての権利消尽の原則が適用されると解するのが相当である。
  平成11年法律第77号による著作権法の改正により新たに設けられた2
6条の2の規定は,映画の著作物を除く著作物全般について,著作権者に「その著
作物をその原作品又は複製物の譲渡により公衆に提供する権利を専有する。」とし
て,譲渡権を認めるとともに(1項),この譲渡権は,譲渡権を有する者により譲
渡された複製物等には及ばないことを明記し(2項),譲渡権が第一譲渡によって
消尽することを明らかにしているが,これは前記のような一般的原則としての権利
消尽の原則を確認的に明文化したものというべきである。
(2)頒布権と権利消尽の原則
 ア前記(1)のとおり,権利消尽の原則が認められるのは,社会公共の利益
との調和の下において著作者の権利の保護を図るという著作権法の内在的制約の帰
結であって,権利消尽の原則は,同法における個別の明文の規定を要することな
く,当然に適用される一般的原則というべきであるところ,頒布権について権利消
尽の原則が適用されるかどうかについては,頒布権の規定が設けられた経緯との関
係で,なお検討を要するところである。
イ 前記1(1)でみたとおり,著作権法26条の規定は,映画の著作物につ
いて頒布権を認めていたベルヌ条約ブラッセル改正規定に対応する必要があったこ
とから,昭和45年に成立した現行の著作権法において導入されたものであるが,
その当時,我が国の社会的事実として,前記のような劇場用映画の配給制度が存在
しており,このような取引実態を前提として,映画の著作物に頒布権を認めても取
引上の混乱が少ないと考えられた結果,上記の立法がされたものと認められる。
  また,著作権法2条1項19号は,「頒布」の定義として,「有償であ
るか又は無償であるかを問わず,複製物を公衆に譲渡し,又は貸与することをい
い,映画の著作物又は映画の著作物において複製されている著作物にあつては,こ
れらの著作物を公衆に提示することを目的として当該映画の著作物の複製物を譲渡
し,又は貸与することを含むものとする。」と規定し,映画の著作物を含む著作物
全般に関する「頒布」概念としてのいわゆる前段頒布と映画の著作物だけに関する
「頒布」概念としてのいわゆる後段頒布とを定めている。
ウ ベルヌ条約に定められた頒布権が第一譲渡後の消尽を否定するものであ
ることをうかがわせる資料はなく,また各国の立法例をみると,多くの国では,映
画の著作権を含む著作権全般について,頒布権を認める場合には,第一譲渡ないし
公衆への最初の提供によって消尽するという法制が採られている。
エ 前記の配給制度の下における取引形態(後段頒布)は,取引の態様に照
らして権利消尽の原則が適用されないものとしても商品の自由な流通を阻害するこ
とにはならず,また,配給制度を通じて投下資本の回収を図るためには映画の著作
物の著作権者がプリント・フィルムの流通全般をコントロールできるものとする必
要があることから,権利消尽の原則の適用されない頒布権を認めるべき一定の合理
性が存在するということができる。
オ これらの点を総合すると,著作権法26条所定の頒布権にも,一般原則
としての権利消尽の原則は適用されるものであるが,配給制度の下における取引に
ついては頒布権に例外的に権利消尽の原則が適用されないと解するのが相当であ
る。
  そうすると,映画の著作物については,配給制度の下における取引形態
である後段頒布については権利消尽の原則が適用されないという例外が認められる
が,市場において一般消費者に対して複製物を販売する場合のように複製物が公衆
に拡布される場合(前段頒布)には,原則どおり第一譲渡により頒布権は消尽し,
その後の譲渡に対しては頒布権の効力は及ばないものと解するのが相当である。も
っとも,著作物全般について貸与権(著作権法26条の3)の規定が設けられ,適
法な第一譲渡により譲渡権が消尽した後においても貸与に対しては著作権者の権利
が及ぶものとされていることに照らせば,映画の著作物の複製物が適法に公衆に拡
布された場合においても,第一譲渡により消尽するのは頒布権のうち当該複製物の
譲渡に係る範囲のみであって,貸与の限度においては第一譲渡後も著作権者の頒布
権の対象となるものというべきである。
(3)本件各ビデオソフトへの権利消尽の原則の適用の有無
  これを本件についてみるに,被告会社は,原告らの許諾の下で小売店に
おいて販売されている本件各ビデオソフトを購入した一般の消費者から,これらの
ビデオソフトを買い入れた上で,中古品として顧客に販売しているものであるから
(当事者間に争いがない。),本件各ビデオソフトは卸売業者・小売店を経由して
末端の需要者に譲渡され,いったん市場に適法に拡布されたものということができ
る。したがって,本件各ビデオソフトについては,前記前段頒布の場合に当たり,
権利消尽の原則が適用されるから,被告らによる本件各ビデオソフトの販売に対し
ては,頒布権の効力は及ばないというべきである。
(4)原告らの主張について
 原告らは,まず,著作権法26条には頒布権の及ぶ範囲を第一譲渡にのみ
限定する文言はない上,実質的にみても,頒布権の効力の及ぶ範囲を第一頒布に限
定すると,結果として第一頒布についての権利すら事実上保護されなくなる旨主張
する。
  しかし,映画の著作物に関し,劇場用映画の配給制度の存在等に照らし,
著作権法26条の定める頒布権の内容について前段頒布と後段頒布とで区別を設け
ることに合理性のあることは,前示のとおりである。また,原告らの指摘するビデ
オソフト購入者によるダビング(複製)の問題については,本来そのような複製行
為が著作権法の規定する私的利用のための複製(著作権法30条)に該当するかど
うかを問題とすべきものであって,権利消尽の原則の適用についての解釈に直ちに
結びつくものではない。原告らの主張は,失当である。
  次に,原告らは,本件各ビデオソフトは,いわゆるホモセクシャル(男性
同性愛)ものであり,その市場及び販売ルートは限定されている旨主張する。原告
らの主張は,権利消尽の原則の例外に当たるかどうかを判断するに当たっては,大
量に複製物が販売される一般の映画ビデオないしゲームソフトと需要者の限定され
ている本件各ビデオソフトとを区別するべきであるとの趣旨と解される。
  なるほど,本件各ビデオソフトは各作品とも通常は数百本,多くて千本程
度制作されるにとどまり(弁論の全趣旨),売上本数が数千万ないし億単位になる
こともある一般の映画ビデオ等とは販売数量,売上金額について顕著な差があるこ
とは否定できない。
  しかし,前記劇場用映画の配給制度との対比においては,複製物の販売に
より投下資本を回収するという点において大きく異なるものであり,この点は一般
の映画ビデオ等の場合と同様である。また,実質的にみても,本件各ビデオソフト
の内容上その市場が限定されているというのであれば,原告らとしてはそれに応じ
た価格を設定することにより投下資本を回収することが可能なのであるから,原告
らの主張する事情は,権利消尽の原則の適用を否定すべき理由とはならないという
べきである。
3 結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求はい
ずれも理由がない。よって,主文のとおり判決する。
 東京地方裁判所民事第46部
     
        裁判長裁判官   三  村  量  一
           裁判官   和久田 道 雄
           裁判官  田  中  孝  一
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