弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 検察官の上告趣意のうち、第一の判例違反をいう点の所論大正一四年三月五日大
審院判決は、他人が水中に投入した有毒物で疲憊浮流した魚を採捕所持した事案に
関するもの、昭和一八年一二月二八日大審院判決および昭和二九年一二月三日東京
高等裁判所判決は、鳥獣の捕獲に関するもので、水産資源保護法二五条および茨城
県内水面漁業調整規則二七条にいう採捕の意義が問題となつている本件とは、いず
れも事案を異にし、本件に適切ではないから、右判例違反の主張は、同上告趣意第
二の法令違反の主張とともに、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 判例違反をいう点のその余の所論判例中、昭和一三年三月七日大審院判決および
所論高等裁判所の各判例の示している法律判断については、未だ当裁判所の判例が
ない(昭和二八年七月三一日第二小法廷判決、刑集七巻七号一六六六頁、および昭
和二九年三月四日第一小法廷決定、刑集八巻三号二二八頁は、有毒物又は爆発物を
使用して水産動植物を採捕することを禁止した昭和二六年法律第三一三号による改
正前の漁業法七〇条、六八条、六九条に関するもので、所論の各判例とは事案を異
にするものである。)ので、所論各判例についてみると、水産資源保護法二五条、
茨城県内水面漁業調整規則二七条にいう「採捕」の意義に関し、所論昭和四四年一
二月二五日東京高等裁判所第六刑事部判決および同年一〇月二〇日回裁判所第七刑
事部判決の各判例は、いずれも、採捕行為を指称する旨判示し、所論判例中その余
の高等裁判所の各判例は、同法二五条にいう「採捕」につき、採捕行為を指称する
旨判示し、所論大審院判例は、同規則二七条に類似した旧北海道漁業取締規則三五
条に関し、「同条所定ノ漁具漁法ニ依リ水産動物ヲ採捕スヘキ行為ニ出テタル場合
ハ現ニ之ヲ採捕シタルト否トニ拘ラス右法条ニ背反スル」旨判示しているものであ
り、原判決は、論旨のように、所論高等裁判所の各判例および右大審院の判例と相
反する判断をしているものであるから、所論判例違反の主張は、その限度において、
刑訴法四〇五条三号の上告適法の理由にあたるものである。
 水産資源保護法は、元来、「水産資源の保護培養を図り、且つ、その効果を将来
にわたつて維持することにより、漁業の発展に寄与すること」を目的とするもので
あり、同法四条は、水産資源の保護培養のため必要があると認められる場合につき、
都道府県知事に対し、当該都道府県規則により、漁具に関する制限又は禁止などを
定める権能を授権し、その規則には、六箇月以下の懲役、一万円以下の罰金、拘留
若しくは科料又はこれらを併科する罰則を付しうる旨を定めている。そして、同法
および漁業法六五条の委任にもとづき制定された茨城県内水面漁業調整規則二七条
四号は、かさねさし網を禁止漁具と定め、これによる水産動植物の採捕を禁止して
いる。
 ところで、本件にいうかさねさし網とは、同規則二七条四号が明示しているとお
り、二枚以上の網地をかさね合せて、水産動植物を網目に刺させ、又はからませて
する漁具をいうのであり、この漁具の使用が水産資源の保護培養を著しく阻害する
有害な手段であることはいうをまたないところであるから、同規則二七条にいう「
禁止漁具を用いて採捕してはならない」という場合の採捕は、当該漁具の使用によ
る採捕行為を意味するものと解すべきであり、現実に水産動植物を捕獲しない限り、
同規則三七条一項の罪が成立しないとの法解釈は、水産資源保護法四条、同規則二
七条の立法目的を無にするものといわざるをえない。
 水産資源保護法は、その第二章第三節にさく河魚類の保護培養の項を設け、同法
二〇条は、さく河魚類のうち、さけおよびますの増殖を図るため、人工ふ化放流に
つき定め、同法二二条ないし二四条には、さく河魚類の通路を保護する規定を置き、
さけおよびますをして内水面を無事さく上させ、自然の産卵繁殖をはかるほか、人
工ふ化放流によるさけおよびますの増殖を国の事業としており、同法二五条は、再
生産を確保することなくさけを捕えることによる水産資源の枯渇を防止するため、
同条但書の免許又は許可に基づいて採捕する場合を除き、内水面におけるさく河魚
類のうち、さけの採捕を禁止している。
 さけがさく河するのは、産卵を目的とし、産卵に適するまでに成長したさけが、
その生れた河川に回帰するものであるが、さく河にあたり、さけは群をなして、や
ゝ密度の高い状態で上流に向つて移動するのであり、川に入つた直後では充分卵巣
が成熟しておらず、河川をさく上するに従い成熟度が増すものである。本件被告人
の所為のように、河川下流において、かさねさし網を河中に流した場合には、網の
目にかゝつたさけは、その卵巣の成熟度を問わず、一度に大量に捕獲され、さけの
再生産が現実に阻害されることは当然であるが、かさねさし網を河中に流す行為を
しただけでも、さけを脅し、傷つけ、あるいは、そのさく上を妨害する等の弊害の
生ずる可能性があることは容易に推認しうるところであり、さけの捕獲に至らない
場合でも、かさねさし網を海中に流す所為により、さけの再生産が阻害される弊害
を伴わないとはいえないのであるから、同法二五条にいう「採捕」というのは、現
実の捕獲のみに限らず、さけを捕獲する目的で河川下流においてかさねさし網を使
用する採捕行為をも含むと解することが、同条の立法趣旨に合致するものといわな
ければならない。
 しかるに原判決は、同法二五条および同規則二七条にいう採捕の意義を、現実に
とらえるか、容易にとらえ得る状態におく、すなわち、その者の実力支配内におく
ことをいうものと判示し、本件被告人の所為を、同法二五条および同規則二七条の
採捕にあたらないとし、同法三七条四号および同規則三七条一項の罪の成立を否定
して、被告人を無罪とした本件第一審判決を是認している。
 してみれば、原判決は、同法二五条、三七条四号、同規則二七条、三七条一項の
解釈適用を誤り、所論高等裁判所の各判例および大審院の判例と相反する判断をし
たものであり、本件原判決を維持するのは相当ではないから、所論判例違反の論旨
は、この限度において理由がある。
 よつて、刑訴法四一〇条一項本文、四一三条本文により、裁判官全員一致の意見
で、主文のとおり判決する。
 検察官臼井滋夫 公判出席
  昭和四六年一一月一六日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    松   本   正   雄
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    関   根   小   郷

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