弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人大倉忠夫、同武下人志、同小林章一、同乾俊彦、同根岸義道の上告理
由について
 一 本件は、上告人らが、大雨により神奈川県横須賀市内を流れる平作川、吉井
川並びに原判示甲水路、同乙水路及び同丙水路から水があふれ出して床上浸水の被
害を被ったが、これは右各河川及び水路の管理について瑕疵があったためであると
主張して、平作川を管理する被上告人国、その管理費用を負担する同神奈川県並び
にその余の河川及び水路を管理する同横須賀市に対して、国家賠償法二条、三条に
基づき、損害賠償を求めるものである。
 二 吉井川の管理の瑕疵について
 1 国家賠償法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常
有すべき安全性を欠いて他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい、このような
瑕疵の存在については、当該営造物の構造、用法、場所的環境、利用状況等諸般の
事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきものである。ところで、一般に河
川は、管理の開始当初から右の安全性を有しているものではなく、洪水等の自然的
原因による災害をもたらす可能性を内包し、治水事業を経て逐次その安全性を高め
ていくことが予定されているものであるところ、治水事業については、議会が国民
生活上の他の諸要求との調整を図りつつ配分を決定した予算の下で必要性、緊急性
の高いものから逐次改修を実施していくほかはないという財政的制約、長い工期を
要するという時間的制約、流域全体について総合的に調査検討の上、緊急に改修を
要する箇所から段階的に、また下流から上流に向けて行うことを要するなどの技術
的制約、流域の開発等による雨水の流出機構の変化や治水用地の取得難などの社会
的制約が内在するものであるから、河川が通常予測し得る水害を未然に防止するに
足りる安全性を備えるに至っていないとしても、そのことから直ちに河川の管理に
ついて瑕疵があるとすることはできず、河川の備えるべき安全性としては、原則と
して、右諸制約の下で施行されてきた治水事業の過程における改修、整備の段階に
対応する安全性をもって足りるものとせざるを得ない。そして、河川の管理につい
ての瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性
質、降雨状況、流域の地形その他の自然的条件、土地の利用状況その他の社会的条
件、改修を要する緊急性の有無及びその程度等の諸般の事情を総合的に考慮し、右
諸制約の下での同種同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念に照らして是認し
得る安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきであって(
最高裁昭和五三年(オ)第四九二号、第四九三号、第四九四号同五九年一月二六日
第一小法廷判決・民集三八巻二号五三頁、最高裁昭和六三年(オ)第七九一号平成
二年一二月一三日第一小法廷判決・民集四四巻九号一一八六頁参照)、このことは、
河川法の適用のないいわゆる普通河川の管理についての瑕疵の有無の判断にも当て
はまるものというべきである。けだし、いわゆる普通河川についても、河川の管理
についての前記の特質及び諸制約が存することは、異なるところがないからである。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
  (一) 被上告人横須賀市は、公の営造物である吉井川を管理する者である。吉
井川は、全長一〇七〇メートルのいわゆる普通河川であり、平作川の支流である。
吉井川は、その流域のほぼ全部が上告人らの居住する地域に含まれ、平作川下流左
岸をこれに沿って流れ、平作川との合流点においては満潮の影響を受け、また、そ
の流水の流下能力は排水先である平作川の流下能力の制約を受ける。吉井川の流域
は、入り江を干拓してできた水田地帯であったが、昭和四〇年代から急激に宅地開
発が進み、人家、人口が増加すると共に、山林、農地の減少により土地の保水機能
が減退し、川幅も狭くなり、これに伴い、吉井川からのいっ水による水害発生の可
能性が高まり、現実の水害被害も増加した。また、吉井川の機能の中心は、流域の
水田のかんがいから汚水雨水の排除へと変わっていった。本件水害当時の吉井川の
形状は、不規則で、幅員も所によって広狭にかなりの差があり、こう配はほとんど
ない。
  (二) 吉井川は、昭和三三年の狩野川台風及び同三六年の集中豪雨の際に平作
川と共にいっ水して吉井川流域に大きな被害をもたらした。また、同三八年、同四
〇年、同四一年にもいっ水した(被害の程度は不明)ほか、急激な宅地開発が進ん
だ後の同四五年から同四七年にかけては毎年いっ水して、床上浸水被害(同四五年
は一一戸、同四六年は九戸、同四七年は六戸)を出した。
  (三) 昭和三五年当時、横須賀市内において、慢性的に出水する地区は二十数
箇所にのぼっており、同三八年、同四〇年、同四一年、同四五年、同四六年には、
鷹取川流域の追浜地区など、横須賀市内の他の地域でも、いっ水による浸水被害が
生じていた。
     横須賀市議会においては、上告人ら居住地域及び追浜地区などの水害被
害についての対策が、繰り返し討議されていた。
  (四) 被上告人横須賀市は、遅くとも昭和三〇年代に吉井川の管理を開始した
後、同三五年に水門の整備、改良工事を、同四二年、四三年に清掃工事(河道内の
ごみや雑草を取り除くこと)を、同四四年に護岸石積工事(費用総額四四五万円)
を、同四五年から同四八年にかけて毎年しゅんせつ工事等(費用総額五二九万三〇
〇〇円)を行ってきた。
     同被上告人は、昭和四三年ころからは、上告人ら居住地域を含む久里浜
地区一帯については、平作川の河床が高いため、内水排除のためのポンプ場建設が
必要であると認識していたが、財政的負担が大きいことから、その実行には至らな
かった。
     このように、同被上告人は、吉井川については、河道を積極的に拡張し
たり、堤防を築いたりするなどの本格的な改修工事を行わず、改修計画も定めてい
なかった。
  (五) 被上告人横須賀市は、昭和三二年に、市の中心部であるa町排水区三二
九・一九ヘクタールから公共下水道整備事業を開始したが、その本格的な実行は受
益者負担金制度が創設された同三八年ころからであった。右公共下水道整備事業の
計画区域は、同三九年、同四三年と順次隣接区域に拡大され、同四七年には、上告
人ら居住地域を含む市のほぼ全域を対象とし、雨水排除と汚水処理を目的とする下
水道整備計画が立案され、右計画は、同四八年三月三一日に建設大臣の認可を受け
た。
     右下水道整備計画においては、吉井川は、下町処理区久里浜第一地区舟
倉排水区の雨水第二幹線とされているが、本件水害当時においては未整備で、いま
だ公共下水道としての性質を有するものではなく、供用開始の公示もされていなか
った。
     右下水道整備計画は、雨水排除の観点からは、時間雨量六〇ミリメート
ルを基準とするものであるが、この基準降雨量は神奈川県内においては横浜市と並
ぶ最も高い基準であり、多雨地域である四国、九州地方を除けば、全国的にも高い
水準にある。また、横須賀市の下水道整備率は、全国の一般都市の整備率と比べて、
特に劣るものではなかった。
     同被上告人は、右下水道整備計画に基づき、吉井川の排水能力を高める
ため、平作川との合流点付近に舟倉ポンプ場の設置を計画し、同四八年一二月から
用地買収等を行ってきたが、その完成をみないうちに、同四九年七月の本件水害の
発生に至った。
     横須賀市内の追浜地区は、横浜市に隣接し戦後比較的早く都市化した地
域で、人口が多く人口密度も高かったが、鷹取川からのいっ水によりしばしば大き
な浸水被害に見舞われていたところ、同被上告人は、昭和四一年から、追浜地区に、
前記公共下水道整備とは別に、浸水排除を主要な目的として、都市下水路整備事業
を実施した。
  (六) 昭和四九年七月七日、横須賀市内は夜半から降雨に見舞われたが、特に
同月八日午前二時から同八時までの間に強い降雨があり、同日は日降水量二五〇・
五ミリメートル(横浜地方気象台において昭和一五年以降第三位)、最大一時間降
水量六八・二ミリメートル(午前四時三五分から同五時三五分までの間、同第一位)
を記録し、平作川及び吉井川の流域はほぼ全域にわたって浸水した。上告人ら居住
地域においては、丙水路が午前四時過ぎ、吉井川が同四時三〇分から同五時ころに
かけて、乙水路が同五時三〇分ころ、それぞれいっ水を始め、同五時三〇分ころ甲
水路の水が右地域内のマンホールからあふれ出し、これらによって、右地域のうち
舟倉地区においては平作川からのいっ水が始まる前に床下浸水(一部床上浸水)の
被害が発生した。右地域における平作川左岸からのいっ水は、原判示A点付近にお
いて同六時ころから始まり、同七時ころまでの間に同B点付近にまで及び、右A点
とB点との間(原判示AB間)からのいっ水は、同日の午前一一時ないし正午ころ
まで続いた。これらによって、上告人らは、いずれも床上浸水の被害を受けた。
     平作川からのいっ水流と吉井川及び甲・乙・丙水路からのいっ水流との
合流の具体的状況、程度、その割合、各いっ水流単独でどの程度の被害が生じたか
は、証拠上明らかでないが、平作川からのいっ水量が吉井川及び甲・乙・丙水路か
らのいっ水量をはるかに上回ったと推認できる。
 3 原審は、右事実関係の下において、次のとおり、吉井川の管理については瑕
疵があると認められるが、右管理についての瑕疵と上告人らが本件水害により被っ
た損害との間には因果関係が認められないと判断した。
  (一) 吉井川は、本件水害当時においては、下水道法二条三号ないし五号の定
める公共下水道、流域下水道及び都市下水路のいずれにも当たらないが、同条二号
の定める下水道に当たり、同時にいわゆる普通河川にも当たる都市排水路であった。
     いわゆる普通河川の管理の瑕疵については、直ちに河川法上の河川の管
理についての特質や諸制約を踏まえた判断基準が適用されるものとはいえないが、
吉井川のように究極的には公共下水道として整備を図らなければならない都市排水
路については、右の判断基準に準じて、諸制約の下で施行されてきた下水道整備事
業の段階に対応する安全性をもって足りるものとするのが相当であり、既に下水道
整備計画が定められ、これに基づいて現に下水道整備事業を施行中のものについて
は、右計画が、全体として、同種同規模の下水道の管理の一般水準及び社会通念に
照らして是認し得る安全性を備えているかどうかを基準として、格別不合理なもの
と認められないときは、その後の事情の変動により右計画の未施行部分につき水害
発生の危険性が特に顕著となり、当初の計画の時期を繰り上げ、又は工事の順序を
変更するなどして早期に工事を施行しなければならないと認めるべき特段の事由が
生じない限り、原則として、管理について瑕疵があるとはいえない。
     しかし、下水道整備計画全体としては時期的にやむを得ないものとされ
ても、そのことだけで計画に組み入れられた普通河川たる排水路の安全性確保に瑕
疵がないと判断することはできず、当該排水路につき、公共下水道としての整備は
先に譲るとしても、なおいっ水防御の観点から都市排水路としての整備を急がなけ
ればならなかったかどうかを検討する必要がある。
  (二) 本件水害までに順次拡大、変更を加えつつ実施されてきた被上告人横須
賀市の下水道整備計画自体には、その目的、内容、策定経過に照らして、特に合理
性を欠くとみられるものはない。すなわち、基準降雨量の設定に不合理はなく、既
に下水道整備を着手完成した地域からその周辺地域に拡大し順次浸水地帯を解消し
ていくことも合理的であって、計画策定の時期や、実施の時期にも不合理な点はな
い。
     また、市内には慢性的な出水を被る地区が二十数箇所にのぼっていたの
であるから、上告人ら居住地域について特に早期に下水道工事をしなければならな
い理由もなかった。
  (三) しかし、被上告人横須賀市は、吉井川のいっ水防御としては、狩野川台
風後の昭和三四年から同四三年までの間はほとんど何らの対策も講じていなかった
ものと評価せざるを得ず、同四四年に護岸石積工事(費用総額四四五万円)を行っ
た後も、同四五年から同四七年にかけていっ水による浸水被害が生じたにもかかわ
らず、同四五年から同四八年にかけて毎年しゅんせつ工事等(費用総額五二九万三
〇〇〇円)を行うにとどまり、同四四年の護岸石積工事の費用からすると予算上の
制約から不可能なものであるとは考えられない護岸石積工事の追加及びパラペット
の設置も行わなかった。そうすると、同被上告人は、下水道整備計画に基づく下水
道の段階的整備は格別、吉井川からのいっ水による浸水被害の状況に照らして早期
にその改修を実施すべきであったのであり、同四五年、同四六年に同被上告人の管
理する他の河川ないし下水道において浸水被害が生じた事実を考慮しても、同被上
告人による吉井川の改修状況は、同様に浸水被害が生じた同種同規模の水路の改修
状況と比較するまでもなく不備であり、その管理に瑕疵があったというべきである。
  (四) 本件水害当日、吉井川からのいっ水が平作川からのいっ水より先に始ま
ったことを考慮に入れても、本件水害時における平作川からのいっ水量の膨大な規
模に比較すれば吉井川からのいっ水量は問題にならない程度であり、被害住民の一
部には内水のみにより床上浸水した者も存するが、吉井川からのいっ水量は、総い
っ水量の一部にすぎない内水のさらに一部を占めたにすぎないから、吉井川からの
いっ水量のみにより床上浸水した被災者はいないと認められる。したがって、上告
人らが被った被害の全部が吉井川の管理についての瑕疵に帰するとして被上告人横
須賀市に責任を負わせることはできないし、吉井川からの浸水によって生じた被害
を個々具体的に明らかにした資料もないので、右被害の一部について同被上告人に
責任を負わせることもできない。
 4 しかしながら、吉井川の管理について瑕疵があったとした原審の判断は、是
認することができない。その理由は、次のとおりである。
  (一) いわゆる普通河川の管理についての瑕疵の有無は、先に判示したとおり、
河川管理における諸制約の下での同種同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念
に照らして是認し得る安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断
すべきであるから、原審が、いわゆる普通河川の管理の瑕疵については直ちに河川
管理の特質や諸制約を踏まえた判断基準が適用されるものではないとした点及び同
種同規模の水路の改修状況と比較するまでもなく吉井川の管理について瑕疵がある
とした点には、判断基準及びその適用を誤った違法がある。
     また、原審は、昭和四四年に行われた護岸石積工事の費用(総額四四五
万円)からするとその後の護岸石積工事の追加及びパラペットの設置が予算上の制
約から不可能なものであるとは考えられないのにこれを行わなかったことを理由に、
吉井川の管理についての瑕疵を認めるが、同年に実際に行われた護岸石積工事の具
体的な内容、規模は不明であり、また、原判決が行うべきであったと指摘する護岸
石積工事等に要する費用及びその水害防止についての具体的な効果も不明であって、
原判決の右説示のみによっては、河川の管理における前記諸制約を考慮すると、右
護岸石積工事等がされなかったことをもって、吉井川が同種同規模の河川の管理の
一般水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を備えていなかったということ
はできない。ちなみに、本件水害後吉井川全域にわたって護岸工事及びパラペット
の設置が行われ、また、上告人ら居住地域の排水能力も格段に向上したが、右排水
能力の向上が主に舟倉ポンプ場が完成したこと及び排水先である平作川の流下能力
が本件水害後の昭和五一年度に創設された激甚災害対策特別緊急事業制度に基づく
改修工事により向上したことに起因するものであることは、原審説示からもうかが
われるところである。
     なお、吉井川が本件水害当時において下水道法二条二号の定める下水道
に当たるものであったか否かは、吉井川の管理についての瑕疵の有無に影響を及ぼ
さないから、判断の必要がないというべきである。
  (二) 被上告人横須賀市は、吉井川からのいっ水による水害を防止するため、
抜本的な対策としては、吉井川流域に雨水排除を目的の一つとする公共下水道を整
備することとし、既に昭和四三年ころには吉井川流域の上告人ら居住地域を含む久
里浜地区一帯におけるポンプ場建設の必要性を認識し、公共下水道整備を市の中心
部から順次隣接地域に拡大して、同四八年三月三一日には上告人ら居住地域を対象
地域として含み、時間雨量六〇ミリメートルを基準とする下水道整備計画につき、
建設大臣の認可を受け、右計画に基づき、吉井川の排水能力を高めるために舟倉ポ
ンプ場の設置を計画し、本件水害前の同年一二月から右ポンプ場の設置のための用
地買収等を行ってきたものであり、また、右抜本的な対策とは別の当面の対策とし
ては、水門の整備改良工事、清掃工事及びしゅんせつ工事などを行ってきたもので
ある。そして、吉井川は、こう配がほとんどなく、平作川との合流点においては満
潮の影響を受け、その流下能力は排水先である平作川の流下能力の影響を受けるな
ど、雨水排除のための自然的条件には恵まれない河川であるところ、その流域にお
いては同四〇年代から進んだ急激な宅地開発に伴い山林、農地が減少し、土地の保
水機能が減退して、いっ水による水害発生の可能性が増大したというのであるから、
河川の管理における諸制約を考慮すると、同被上告人が吉井川について通常予測し
得る水害を防止するに足りる安全性を速やかに確保することは困難であったといえ
ること、本件水害以前に吉井川からのいっ水を原因として生じていた水害による被
害は、流域の住民の生命に危険を及ぼしたり、家屋流失等の大規模な財産的損害を
発生させたりするほどのものではなく、我が国における当時の同種同規模の河川に
おいてしばしば発生していたものと同程度のものと認められること、流域の宅地化
によりかんがい用水路から市街地の排水路に変容した吉井川のような普通河川につ
いては、本件水害当時の我が国においては、改修計画の策定も、築堤や河道拡張な
どの本格的な改修工事の実施もされていないのが通常であること、同被上告人が吉
井川流域の水害防止対策として公共下水道整備を計画したこと並びに市の中心部及
び追浜地区の下水道整備が優先された点を含めて同被上告人による下水道整備計画
の策定時期、内容及びその実施状況には不合理な点がないと認められることなどの
事情を考慮すると、原審の適法に確定した事実関係の下においては、吉井川は、本
件水害当時において、河川の管理における諸制約の下での同種同規模の河川の管理
の一般水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を備えていなかったものとは
いえないから、その管理について瑕疵があったということはできないというべきで
ある。
 5 したがって、本件における被上告人横須賀市に対する請求のうち吉井川の管
理についての瑕疵をその原因とする部分は、その余の点につき判断するまでもなく
失当であり、論旨のうち、吉井川の管理についての瑕疵と上告人らの損害との間の
因果関係の点に関する原審判断を非難する部分は、原判決の結論に影響しない点の
違法をいうものに帰し、採用することができない。
 三 平作川の管理の瑕疵について
 1 河川の管理についての瑕疵の有無は、河川管理における諸制約の下での同種
同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を備えて
いると認められるかどうかを基準として判断すべきであることは、既に説示したと
おりである。
 2 平作川の管理についての瑕疵に係る上告人らの主張のうちパラペット開口部
の点を除く部分は、本件水害発生の時点において、改修計画に基づいて改修中の二
級河川である平作川につき、より高度な段階の改修が行われていなかったことを瑕
疵の内容として主張するものである。ところで、既に改修計画が定められ、これに
基づいて現に改修中である河川については、右計画が、全体として、過去の水害の
発生状況その他諸般の事情を総合的に考慮し、河川の管理の一般水準及び社会通念
に照らして、格別不合理なものと認められないときは、その後の事情の変動により
当該河川の未改修部分につき水害発生の危険性が特に顕著となり、当初の計画の時
期を繰り上げ、又は工事の順序を変更するなどして早期の改修工事を施行しなけれ
ばならないと認めるべき特段の事由が生じない限り、水害発生の時点においてより
高度な段階の改修がいまだ行われていなかったことをもって河川の管理に瑕疵があ
るとすることはできない(前掲昭和五九年一月二六日第一小法廷判決参照)。そう
すると、上告人らの右主張部分に対してこれと同旨の判断基準を適用すべきものと
した原審の判断は正当であり、その他右主張部分に関する原審の認定判断は、原判
決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違
法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨のうち以上の
点に関する部分は、違憲をいう点を含め、独自の見解に基づいて原判決の国家賠償
法の解釈適用の誤りをいうか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認
定を非難するものにすぎず、採用することができない。
 3 平作川の管理についての瑕疵に係る上告人らの主張のうち、パラペット開口
部の点に関する部分は、平作川左岸に設置されていたパラペットには本件水害発生
の時点において開口部が三箇所存在するという瑕疵があったというものである。と
ころで、既に改修計画が定められ、これに基づいて現に改修中である河川であって
も、水害発生の時点において既に設置済みの河川管理施設がその予定する安全性を
有していなかったという瑕疵があるか否かを判断するには、右施設設置の時点にお
ける技術水準に照らして、右施設が、その予定する規模の洪水における流水の通常
の作用から予測される災害の発生を防止するに足りる安全性を備えているかどうか
によって判断すべきである。原審の認定するところによれば、昭和三六年の集中豪
雨による被災直後に平作川左岸の日の出橋から夫婦橋にかけて設置された上告人ら
主張に係る本件パラペットは、平作川の護岸の最上部に立てられた高さ一メートル
ないし一・八メートルのコンクリート壁で、護岸と一体となって平作川からのいっ
水を防止する機能を有するものであるが、原判示C・D・Eの各点は、平作川左岸
の河岸部にある漁業用資材小屋への出入り、漁船の荷役、人道橋への通路とする目
的のために、コンクリート壁が切れて開口部となっており、通常は開口されたまま
の状態であるが、平作川の水位が上がり右開口部からいっ水するおそれがある場合
にはこれを木製遮断板によって閉鎖することが予定され、右遮断板は被上告人神奈
川県の土木事務所及び漁業協同組合に保管されることになっていたが、その現実の
保管状態及び運用の実態は明らかでなく、本件水害当時も右開口部が右遮断板によ
って閉鎖されていた形跡はうかがわれないというのである。そうすると、右主張部
分に対して、本件パラペットが、その予定する規模の洪水(右認定事実によれば、
パラペットの上端の高さに相当する水位の洪水であることが明らかである。)にお
ける流水の通常の作用から予測される災害の発生を防止するに足りる安全性を備え
ていたか否かについて具体的に検討することなく、右2の判断基準に従い、本件パ
ラペットについて早期の改修工事を施行しなければならないと認めるべき特段の事
由はなく、本件バラペットは社会通念上是認し得る安全性を備えていたとした原審
の判断は、是認することができない。しかし、本件水害当時において平作川の水位
が本件パラペット開口部の底辺の高さを超えなかったことは原審の適法に確定する
ところであり、仮に本件パラペットに関して上告人ら主張に係る管理についての瑕
疵があったとしても右瑕疵と上告人ら主張に係る本件水害による損害との間に因果
関係がないことは明らかであるから、論旨のうち以上の点に関する部分は、原判決
の結論に影響しない点の違法をいうものに帰し、採用することができない。
 四 その余の水路の管理の瑕疵について
  原審の適法に確定した事実関係の下においては、乙水路及び丙水路の管理につ
いて瑕疵があったものということはできず、これと同旨の原審の判断は、正当であ
る。甲水路の管理の瑕疵に関する原審の認定判断も、原判決挙示の証拠関係に照ら
し、正当として是認することができる。以上につき原判決に所論の違法はなく、論
旨は採用することができない。
 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意
見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    河   合   伸   一
            裁判官    大   西   勝   也
            裁判官    根   岸   重   治
            裁判官    福   田       博

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