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判決 平成15年2月10日 神戸地方裁判所 平成12年(ワ)第1628号 損
害賠償請求事件
主文
1 被告A,同B,同C,同D,同Eは,原告に対し,連帯して金100万円及
びこれに対する被告A,同B,同Cについては平成12年8月16日から,被告
D,同Eについては平成12年8月21日から各支払済みまで年5分の割合による
金員を支払え。
2 原告の被告A,同B,同C,同D,同Eに対するその余の請求及び被告Fに
対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを5分し,その1を被告A,同B,同C,同D,同Eの負
担とし,その余は原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告A及び同Dは,自ら又は第三者をして原告に対し,手拳で殴る,足で蹴
る等の暴行をしてはならない。
2 被告らは,原告に対し,連帯して金500万円及びこれに対する,被告D及
び同Eについては平成12年8月21日から,その余の被告らについては平成12
年8月16日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が,神戸市立G中学校(以下「本件中学校」という。)に入学
後の平成11年6月ころから同12年3月ころまでの間,被告A及び同D両名か
ら,本件中学校内外で長期間かつ多数回にわたる暴行等のいじめを受けたとして,
前記被告両名及びその親である被告B,同C,同E(以下被告A及び同Dの親をま
とめて「被告ら親」という。)に対しては不法行為に基づき,本件中学校の設置管
理者である被告Fに対しては上記いじめを放置した同校の教諭らに過失があるとし
て国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を請求するとともに,被告A及び同Dに対
しては,今後もいじめによる暴行を継続して受けるおそれがあるとして,人格権に
基づきその差止めを求めた事案である。
1 争いのない事実等(末尾に証拠の標目の記載のない事実は当事者間に争いが
ない。)
(1) 当事者等
ア 原告
原告(昭和61年10月25日生)は,H及びIの子である。
原告は,平成11年3月まではJ小学校に在籍し,同年4月,本件中学
校に入学し,同14年3月,同校を卒業した。
イ 被告ら
被告A及び同Dは,いずれも,平成11年3月まではJ小学校に,同年
4月から本件中学校に在学し,同14年3月,同校を卒業した者である。
被告B及び同Cは,被告Aの父母であり,被告Eは,被告Dの父であ
る。
被告Fは,本件中学校の設置管理者である。
ウ 本件中学校教諭ら
原告は,平成11年4月から同12年3月まで,本件中学校の1年3組
に在籍し,担任はK教諭であった。K教諭は,昭和48年に被告Fの中学校教諭と
して採用され,平成11年4月1日から同12年3月31日まで,本件中学校に勤
務していた。
被告A及び同Dは,平成11年4月から同12年3月まで,本件中学校
の1年に在籍し,被告Dのクラスの担任はL教諭,被告Aのクラスの担任はM教諭
であった。
L教諭は,平成11年4月から同12年3月まで,本件中学校の生徒指
導部に所属し,原告らの学年の生徒指導係を担当していた。(乙11,13,証人
L)
エ 小学校当時の原告と被告A及び同Dとの関係
原告,被告A及び同Dは,いずれもJ小学校に在籍していたもので,原
告は,被告Dとは小学校3年生か同4年生のころに同じクラスとなったことがあ
り,被告Aとは小学校6年生のときに同じクラスであった。
原告は,J小学校6年の3学期(平成11年1月ないし3月)ころか
ら,下校時に被告Aの鞄持ちをさせられたり,また,同学期に,同小学校で遊んで
いた際,サッカーボールが思わぬ所へ跳んでいき,そのため教師から怒られたこと
について,被告Aから因縁をつけられて,3000円を脅し取られたことがあっ
た。(甲30,34,原告本人)
オ 被告A,同D及び被告ら親の責任
(ア) 被告A,同Dは,平成11年6月ころから同12年3月ころまでの
間,原告に対し,暴行等のいじめを加えたものであり(ただし,その加害の程度・
内容については後記のとおり争いがある。),不法行為者として,原告の被った損
害(ただし,損害額については争いがある。)を賠償する責任がある。
(イ) 被告B及び同Cは被告Aの親権者として未成年者である同被告に対
する指導・監督を怠った過失により,被告Eは被告Dの親権者として未成年者であ
る同被告の指導・監督を怠った過失により,被告A及び同Dによる原告に対する暴
行等のいじめを生じさせたものであるから(ただし,その加害の程度・内容につい
ては後記のとおり争いがある。),被告ら親は,被告A及び同Dとともに,不法行
為者として,被告A及び同Dの暴行等により原告が被った損害(ただし,損害額に
ついては後記のとおり争いがある。)を賠償する責任がある。
2 争点
(1) 被告A及び同Dが平成11年6月から同12年3月までの間に原告に対し
て行った加害行為の内容
(2) 被告Fの責任の有無―本件中学校の教諭らに,上記加害行為を予見し,防
止すべき義務を怠った過失があるか。
(3) (1)により原告が被った損害
(4) 被告A及び同Dに対する差止請求の可否
3 争点についての当事者の主張
(1) 争点(1)(被告A及び同Dが平成11年6月から同12年3月までの間に
原告に対して行った加害行為の内容)
ア 原告の主張
原告は,以下のとおり,被告A及び同Dから長期間かつ多数回にわたる
暴行等のいじめを受けた。
① 賭けトランプ事件
被告Aは,本件中学校入学後の平成11年6月ころ,原告を賭けトラ
ンプに誘い入れ,いかさまを使って負けさせ,原告に対し,賭け金として4000
円を要求し,その翌日には,本件中学校のトイレ内で,殴る蹴るといった暴行を加
えた。
② N塾での暴行
原告と被告Aは,阪神電車O駅前の学習塾「N塾」に通っていたとこ
ろ,被告Aは,平成11年7月ころ,原告に対し,「トランプの金を返せ。」と言
って,原告の腹部を殴りつけた。
③ 1学期中のトイレでの暴行
被告A,同D,訴外P,同Q,同Rらは,平成11年7月ころから仲
間となって,トランプの賭け金の未払を口実にして,原告に対して,執拗な暴行を
繰り返すようになり,原告は,1学期中,少なくとも5,6回は,本件中学校内の
トイレで,被告A及び同Dから,腹部及び足につき殴る蹴るの暴行を受けた。
④ 2学期中のトイレでの暴行
被告A,同Dらの原告に対する暴行は2学期なってエスカレートし,
原告は,ほぼ毎日,毎休憩時間,本件中学校のトイレ内で,被告A及び同Dから,
腹部及び足につき殴る蹴るの暴行を受けた。
⑤ 根性焼き事件
被告A及び同Dは,平成11年12月10日,J区のS公園で遊んで
いた原告に対し,「根性焼きか,殴らせろ。」と言って,煙草の火を原告の手に近
づけて根性焼きをしようとし,原告の腹部を棒で殴りつけた。
⑥ 3学期の本件中学校内での暴行
被告A,同Dらの3学期の本件中学校内での原告に対する暴行は,ト
イレに限らず,教室前の廊下でも行われ,原告は,その出席した日(3学期の出席
日数56日)は,1日に5,6回,被告A及び同Dから,殴る蹴るの暴行を受け
た。
⑦ 万引きの強要
被告A及び同Dは,平成12年3月初めころ,コンビニエンスストア
で,原告に対し,煙草を万引きするように強要した。
⑧ 路上での暴行
被告Aは,平成12年3月6日,同級生宅前の路上で,原告に対し,
「トランプの3000円返せ」と言って,原告の腹部を殴った上で,100円を奪
い取った。
⑨ マンション駐車場での暴行
被告A及び同Dは,平成12年3月16日,J区にあるマンションの
駐車場で,原告に対し,腹部及び足を殴る蹴るの暴行を加えた。
⑩ 教室内での暴行
被告A及び同Dは,平成12年3月18日,2時間目の休憩時間に,
原告の教室に乱入して原告を殴った。
イ 被告らの認否及び反論
(ア) 被告A,同B及び同C
原告の主張のうち,①については,賭けトランプをしたことは認める
が,その余の事実は否認する。②については,原告の腹部を殴ったことは否認す
る。原告の鞄を蹴ったものである。③は認める。④は否認する。⑤については,煙
草の火を原告の手に近づけたことは認めるが,原告を棒で殴ったことは否認する。
⑥は否認する。⑦ないし⑩は認める。
(イ) 被告D及び同E
③ないし⑦,⑨,⑩の事実はおおむね認める。ただし,④の暴行回数
は,5,6回である。
(ウ) 被告F
原告の主張の①ないし⑩の事実はいずれも不知。
ただし,①の事実については,IがK教諭に賭けトランプのことを連
絡してきたことはある。これについては,K教諭らが原告,被告Aらに事情を聞き
ただしたところ,賭けトランプをしたことを自認したので,賭けそのものについて
は厳しく指導するとともに,I,被告Cにも連絡し,金銭のやり取りについては保
護者に委ねた。②の事実についても,IからN塾での暴行についてK教諭に報告が
あった。これについては,K教諭らが,被告Aらから事情を聞いたところ,これを
自認したので,被告Aらに対し厳しく指導し,原告に謝罪させ,さらに,被告A方
を家庭訪問し,事情を説明した上で原告に謝罪するように助言した。また,⑤の根
性焼きや⑦の万引きの強要に関しては,平成12年3月28日に,本件中学校にお
いて,原告,I及びHと被告A,同C,同D,同Eが話し合った際に,話が出てい
たことはある。
⑩の事実については,授業のために教室に行ったK教諭が原告の様子
がおかしいので,原告に聞きただしたところ,被告A及び同Dから殴られたと説明
した。これについては,K教諭らは,被告A及び同Dに問いただしたところ,自認
したため,被告A及び同Dに対し厳しく指導したうえ,両名の親に連絡し,原告宅
に謝罪に行くよう指導した。
(2) 争点(2)(被告Fの責任の有無―本件中学校の教諭らに,上記加害行為を
予見し,防止すべき義務を怠った過失があるか。)
ア 原告の主張
(ア) 教師の義務
教師は,学校教育活動及びこれと密接に関連する生活関係において,
暴力行為,いじめ等による生徒の心身に対する違法な侵害が加えられないよう適切
な配慮をすべき注意義務がある。すなわち,教師は,日頃から生徒の動静を観察
し,生徒やその家族から暴力行為・いじめ等についての具体的な申告があった場合
はもちろん,そのような具体的な申告がない場合であっても,一般に暴力行為・い
じめ等が人目につかないところで行われ,被害を受けている生徒も仕返しを恐れる
あまり暴力行為・いじめ等を否定したり,申告しないことがいじめの実態であるこ
とが既に明らかであることに鑑みれば,あらゆる機会をとらえて暴力行為・いじめ
等がおこなわれているか否かについて細心の注意を払い,暴力行為・いじめ等の存
在が窺われる場合には,関係生徒及び保護者らから事情聴取をするなどして,その
実態を調査し,実態に応じた適切な防止措置を採るべき義務がある。
(イ) 本件中学校教諭らの過失
校長を始めとする本件中学校教諭ら及び教育委員会の被告A及び同D
に対する指導・監督,いじめ防止措置は,以下のとおり極めて不十分かつ不適切な
ものであった。
a 本件中学校教諭らは,平成11年1学期の当初から,1年生の一部
の生徒が教諭らの言うことを聞かない,無視するという荒れた状況にあることを認
識していたのに,教師が早めに教室に行くこと,休憩時間に巡回,立ち当番をする
ことなどの措置を採っただけで,生徒が教師を無視する原因についての調査を怠っ
た。また,原告ら1年生について,小学校からの引き継ぎが不十分だったために,
被告A及び同Dらによるいじめの発見ができなかった。
また,K教諭らは,平成11年6月ころ,被告A,同D及び訴外R
その他の生徒がグループ化していることを認識していたにもかかわらず,被告Aら
の動静について深く調査せず,放置した。
b とりわけ,K教諭は,賭けトランプ事件及びN塾での暴行事件を把
握した時点で,原告が,被告A及び同Dからいじめられていたことを認識していた
はずであるのに,賭けトランプ事件に関しては,喧嘩両成敗的な指導しかせず,N
塾での暴行についても,被告Aらに対し暴行について一般的に注意するとともに,
ただ単に謝罪を促しただけで,いじめ防止のための措置を採ることを怠った。
仮に,K教諭が,上記各事件の発生時点において,これを明確にい
じめとして認識していなかったとしても,少なくとも,被告Aと原告との関係が尋
常でないことを感じ取っていたことは明らかであり,1学期の最初から被告ら一年
生の一部生徒の荒れた状態,ことに被告A,同D,訴外Tらのグループ化といった
経緯をも考え併せ,教育専門家であるK教諭としては,被告A,同Dらの動静,或
いは被告A,同Dらと原告との関係について十分な注意を払わなければならなかっ
たのに,これを怠り,また,同学年の教諭間の会議で問題提起し,今後の原告に対
する暴力阻止に向けて,被告A及び原告の各教室の引き離し,被告Aに対する個別
指導等,可能な限り適正な対策を採るべきであったにもかかわらず,上記のような
消極的な指導で終わらせたために,いじめを発見できなかった過失があることは明
らかである。
c 本件中学校教諭らは,平成11年2学期ころの被告A及び同Dらに
よる原告に対するトイレでの暴行についても見過ごした。
K教諭は,平成11年9月の初めころ,トイレで被告Aらのグルー
プと原告が居合わせているのを発見し,教室で数回にわたり「何かあるのではない
か。」と尋ねたが,原告の「何もない。」という言葉を鵜呑みにし,被告A及び同
Dに対して問いただすことはしなかった。原告が,被告A及び同Dからいじめられ
ていたことを話さなかったとしても,上記のとおり,K教諭は,もはや,被告A及
び同Dによる原告に対する継続的な暴行又はいじめを認識していた,又は認識し得
たはずであるから,原告に対する事実確認だけでは到底足りず,教諭間の情報交換
及びそれを踏まえた十分な検討,H及びIへの適正な情報提供をすべきであったの
に,漫然とこれを怠った。
d 本件中学校教諭らは,平成12年3月のH及びIによる申告によ
り,被告A及び同Dの原告に対するいじめを明確に認識するに至ったが,被告A及
び同Dに対し,原告への形ばかりの謝罪をさせるにとどまり,その抑止にむけての
適切な措置を怠った。
e 本件中学校の学校長としては,いじめを認識したならば,管理者と
して,教師の応援措置を採るなど,学校全体としての取り組みをするとともに,教
育委員会に速やかにその旨報告し,当該学校だけでなく,教育委員会にも,教員を
増強するなどの対応を求めるべきであり,さらに,教育委員会としても適切な処置
を取らねばならないのに,これら義務を怠った。
また,被告Fは,本件中学校教諭らが被告A及び同Dに対し,問題
が生じるたびに分かるまで説諭したものの,被告A及び同Dはこれに耳を傾けなか
ったというが,そうであれば,なおさら,原告その他の生徒の安全確保のため,被
告A及び同Dを出席停止処分にするなどの断固とした措置を採るべきだった。
(ウ) 以上のとおりで,校長を始めとする本件中学校教諭ら,また,ひ
いてはその監督者である教育委員会に,被告A及び同Dの原告に対する暴行等のい
じめを予見し,これを防止する義務を怠った過失のあることは明らかであるから,
本件中学校の設置者である被告Fには,国家賠償法1条1項に基づき,原告に生じ
た後記損害を賠償すべき責任がある。
イ 被告Fの認否及び反論
暴力行為,いじめ等が人目につかないところで行われること,一般的
に教諭には原告主張のような義務があることについては争わないが,校長を始めと
する本件中学校教諭ら及び教育委員会の被告A及び同Dに対する指導・監督,いじ
め防止措置が極めて不十分かつ不適切で,過失があるとの主張は争う。
本件中学校は,生徒指導の面において,休み時間及び授業中に巡視
し,生徒の問題行動を発見するように努め,具体的に事件が起これば,直ちに問題
行動をとった生徒に問題点を理解し謝罪する気持ちになるまで根気強く何度も指導
し,さらに生徒の保護者にも家庭訪問するなどして状況を理解してもらい,家庭内
での指導を強化するようアドバイスするなど,できる限りの努力をしてきた。被告
A及び同Dは,原告に対して以外にも問題行動が多く,反省,謝罪するにはかなり
時間がかかったが,本件中学校教諭らは,長時間掛けて自分が悪かったと反省する
ところまで指導したもので,通常教諭に要求される注意義務はすべて果たしてい
る。また,本件中学校長及び教育委員会も監督責任を果たしており,その対応や措
置に過失はない。
(3) 争点(3)(原告の被った損害)
ア 原告の主張
原告は,上記のとおり,被告A及び同D外数名による長期間にわたる暴
行ないし脅迫の結果,肉体的及び精神的苦痛を受け,また,恐怖のために冷静に授
業を受けることができなくなり,さらには,自らの身の安全を守るために不登校と
なり,学習上大きな障害を被った。我が子がいじめられていたことを知ったH及び
Iが被った精神的苦痛も極めて大きく,Iに至っては,心労のために倒れたことも
あった。原告は,このような両親の姿を見ることによりさらなる精神的苦痛を受け
た。本件いじめ発覚後,被告ら親及び本件中学校教諭らは,原告,H及びIの精神
的苦痛を和らげるどころか,適切な対応を怠り,それを倍加させた。
これら原告が受けた肉体的・精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は,少
なくとも500万円を下ることはない。
イ 被告らの認否
争う。
(4) 争点(4)(被告A及び同Dに対する差止請求の可否)
ア 原告の主張
何人も,平穏で安全な日常生活を営む権利を有するから,これらを脅か
すものに対しては,人格権に基づく妨害排除の請求をなしうるものであるところ,
被告Aについては,本件訴訟の過程において,証拠上明らかな暴行の事実さえも否
定するなど,反省の情は見られず,本件訴訟提起後においても,原告に対し公然と
「仕返ししてやる。」と言ったり,すれ違いざまににらみつけるなどし,原告方近
隣に居住していること,被告Dについては,原告に対する暴行についての真摯な反
省がなく,本件中学校に登校せず遊び暮らし,被告Eはこのような被告Dに対する
指導を怠り,助長していること等に照らすと,被告A及び同Dには,今後も原告に
対する暴行・恐喝を繰り返す危険が認められる。
したがって,原告は,被告A及び同Dに対し,自ら又は第三者をして原
告に対し,手拳で殴る,足で蹴る等の暴行をしないよう,その差止めを求める。
イ 被告A及び同Dの認否
否認する。
第3 争点に対する判断
1 事実経過
争点(1)についての原告の主張について,原告と被告A,同B及び同Cとの間
では,①のうち,賭けトランプをしたこと,②の事実(原告の腹部を殴ったことは
除く。),③の事実,⑤のうち,煙草の火を原告の手に近づけたこと,⑦ないし⑩
の事実は争いがなく,原告と被告D及び同Eとの間では,③の事実,暴行回数を除
く④の事実,⑤ないし⑦,⑨,⑩の事実はおおむね争いがないところ,それら争い
のない事実,前記第2の1の争いのない事実等,証拠(甲4の1・2,6~11,
13~17,30,33の1~5,34~36,39,41,乙5~7,8の1・
2,9~13,証人K,同L,同U,原告本人〔ただし一部〕,原告法定代理人
I,被告A本人〔ただし一部〕,同D本人〔ただし一部〕)及び弁論の全趣旨を総
合すると,以下の各事実が認められる。
(1) 本件中学校入学以前の原告,被告A及び同Dの関係(争いのない事実等,
甲34)
原告,被告A及び同Dは,いずれもJ小学校に在籍していたもので,原告
は,被告Dとは小学校3年生か同4年生のころに同じクラスとなったことがあり,
被告Aとは小学校6年生のときに同じクラスであった。
原告は,J小学校6年の3学期(平成11年1月ないし3月)ころから,
下校時に被告Aの鞄持ちをさせられたり,また,同学期に,同小学校で遊んでいた
際,サッカーボールが思わぬ所へ跳んでいき,そのため教師から怒られたことにつ
いて,被告Aから因縁をつけられて,3000円を脅し取られたことがあった。
もっとも,I及びHは,上記の件について,全く知らなかった。
(2) 本件中学校入学以降の被告A及び同Dらの原告に対する暴行等
ア 賭けトランプ事件及びN塾での暴行事件(甲8,30,34,乙11,
証人K,同L,原告本人,被告A本人,同D本人)
被告A及び訴外Rは,平成11年6月7日ころ,本件中学校内で賭けト
ランプを行い,これに原告を誘い入れ,いかさまを使って負かした上,原告に対
し,賭け金として4000円を支払うよう因縁をつけた。
K教諭は,平成11年6月8日,Iから,上記賭けトランプ事件につい
て電話で報告を受け,被告Aの担任であるM教諭らとともに,原告,被告A及び訴
外Rに問いただしたところ,賭けトランプの事実を認めたので,放課後,カウンセ
リング室で1時間以上かけて,原告,被告Aらに学校にトランプを持ってきてはい
けないこと,賭けをしてはいけないこと等を教え諭した。
その後,K教諭らは,保護者であるI及び被告Cに対しても事件の内容
及びその行った指導について説明した。ただし,原告が支払うよう求められた賭け
金に関しては,学校が金銭問題に介入すると問題解決が困難になり,保護者と学校
の関係が悪化しかねないとの判断から,その処理は,保護者であるI及び被告Cに
委ねた。
原告は,平成11年7月30日ころ,被告Aから,原告及び被告Aらが
通っていた阪神電車O駅前のN塾の階段で,「トランプの金を返せ。」と脅され,
腹部を殴られた。
Iは,同日,N塾から帰ってきた原告からそのことを聞かされたことか
ら,被告Cに対し,被告Aが原告に対し金員を要求しているが,支払うつもりはな
いこと,翌日学校に報告すること等を電話で連絡し,翌31日,K教諭に対し,塾
の行き帰りの途中で原告が被告Aから金銭を要求され,殴られたので,指導してほ
しい旨を連絡した。K教諭はV教諭と共に,原告及び被告Aらから事情を聞いたと
ころ,被告Aが事実を認めたので,厳しく指導し,被告Aに原告に対し謝罪させ
た。さらに,K教諭及びV教諭は,被告A方を家庭訪問して,被告Cに事実を告
げ,家庭内での指導及び原告に対する謝罪をアドバイスした。
イ 平成11年7月ころのトイレでの暴行(甲30,原告本人)
被告A及び同Dは,平成11年7月ころ,訴外P,同Q,同Rらととも
に,賭けトランプの賭け金の未払いを口実に,原告に対し,5,6回にわたり,本
件中学校のトイレ内で暴行を加えた。具体的には,訴外P,同Q及び同Rらが,休
み時間に原告を呼び出し,校舎の南側の1年4組の隣のトイレに連れて行き,トイ
レ前で見張っている間,被告A及び同Dがトイレ内で原告の腹部や足を蹴ったり殴
ったりする暴行を行った。もっとも,1学期の上記暴行は,ふざけ半分の暴行とい
った程度で,それほどひどいものではなかった。
ウ 2学期(平成11年9月から同年12月まで)のトイレでの暴行(甲6
~8,30,34,原告本人,原告法定代理人I,被告A本人,同D本人)
被告A及び同Dは,2学期に入ると,原告に対するトイレでの暴行を,
ほぼ毎日といっていいほど繰り返すようになり,同被告ら自ら,若しくは,訴外
P,同Q,同Rらに指示して原告を本件中学校内のトイレに呼び出し,原告に対
し,腹部,脇腹,足等を殴ったり蹴ったりする暴行を加えた。
また,その暴行の程度もひどくなり,到底ふざけの延長とはいえないも
のとなった。さらに,1日になされる暴行の回数も,当初は1日1回程度であった
のが,平成11年10月ころからは,休憩時間の度に行われることが多くなった。
しかし,被告A及び同Dらは,他の生徒に見張り役をさせ,教諭らが巡回してきた
ときには暴行をやめていたため,それらの暴行が教諭らに発覚することはなかった
(なお,暴行の回数等に関し,被告Aはその本人供述中で,1学年の2学期以降は
欠席した日もあるから,毎日暴行していたわけではないと供述し,被告Dもその本
人供述中で,2学期の途中からはほとんど学校に行っていなかったと供述するが,
被告A及び同Dの出席簿〔甲41〕によれば,被告A及び同Dとも遅刻の回数は多
いものの,2学期,3学期とも欠席日数はさほど多くない〔被告Aについては2学
期の欠席はない。〕ことが認められることに照らし,前記被告A及び同D本人の各
供述はにわかには採用できない。しかし,他方で,前掲出席簿〔甲41〕によれ
ば,被告A及び同Dは,2学期以降遅刻が多くなっていることが認められ,全時間
出席していたわけではないことや,被告A及び同Dらは,他の生徒を見張り役にし
て,教諭が巡回してきたことを察知したときは暴行を中止していたこと,また,後
記認定のとおり,被告A及び同Dによる問題行動は,他の生徒らに対する暴行やそ
の他の問題行動もあり,原告に対してのみになされていたものではないことにも照
らすと,2学期は常に休憩時間の度に暴行を受けていたという原告本人供述や陳述
書〔甲30〕にも誇張があると思われ,これをそのまま採用することもできな
い。)。
原告は,上記のとおり暴行が頻繁,かつひどくなったことから,同年1
0月ころからは,死にたいとまで思うようになり,手首をカッターナイフで切れば
死ねるのではないかと考えたりするようにもなった。しかし,原告は,上記暴行の
事実を母Iに対しても打ち明けなかったため,Iは,原告がトイレで腹部を打ちつ
けて痛い等と言ったり,足に湿布を貼るなどしていたことに不審は抱いたものの,
いじめに遭っているとは思いつかなかった。
エ 根性焼き事件(甲14~17,30,34,35,乙11,証人K,原
告本人,原告法定代理人I)
被告A及び同Dは,平成11年12月5日ころ,J区のS公園におい
て,友達と遊んでいた原告に対し,被告Aにおいて「根性焼きか,殴らせろ。」と
言って煙草の火を原告の手に近づけ,また,自転車のサドルを外したパイプで同人
の腹部(みぞおち)を殴った。
自宅に逃げ帰った原告から上記経過を聞き出したIは,被告Aの自宅へ
行き,原告が被告Aから煙草の火を押しつけられそうになったこと,パイプで殴ら
れて原告が泣いたことなどを話し,原告と関わらないで欲しいことを伝えたとこ
ろ,同月11日朝,被告Aの原告に対する暴行について謝罪し,今後暴行すること
があったら,引っ越すか,被告Aを祖母の家に預けることも考える旨を記載した被
告Cからの謝罪の手紙が,原告方ポストに投函されていた。
Iは,2学期の終わりころ本件中学校において行われた三者面談の際,
上記Cの手紙を持参し,K教諭に対し,上記のような経緯があったことを報告し
た。
オ 3学期の校内での暴行(甲6,11,30,原告本人,被告A本人,同
D本人)
被告A及び同Dらの原告に対する学校内での暴行は,3学期になると,
その回数は,2学期ほどではなくなったものの,トイレだけではなく教室前廊下で
も行われるようになった。
カ 平成12年3月6日の暴行(甲9,30,原告本人,被告A本人)
被告Aは,平成12年3月6日,同級生の自宅前で偶然出会った原告に
対し,「トランプの3000円返せ。」と言って,原告の腹部を殴った。これに対
し,原告が「今,100円しかない。」と答えると,被告Aは,「それでいい
わ。」と言って原告から100円を奪った。
キ 万引きの強要及びマンション駐車場での暴行(甲6,30,原告本人,
被告D本人)
被告A及び同Dは,平成12年3月16日ころ,原告に対し,コンビニ
エンスストアにおいて,煙草1カートンを万引きするよう強要した。
また,被告A及び同Dは,同日ころ,Oにあるマンション1階駐車場に
おいて,原告に対し,腹部及び足を殴ったり蹴ったりする暴行を加えた。
ク 教室内での暴行(甲30,34,乙11,証人K,原告本人,被告A本
人,同D本人)
被告A及び同Dは,平成12年3月18日,2時間目の休憩時間内に原
告の教室に乱入し,訴外Qやクラスの生徒約20名の前で,原告に暴行を加えた。
(3) 教室内での暴行発覚の経緯及びその後の指導等(甲4の1・2,30,3
4,36,乙11~13,証人K,同L,同Q,原告本人,原告法定代理人I,被
告A本人,同D本人)
上記(2)クの教室内での原告に対する暴行を現認した教諭はいなかったが,
次の授業担当のK教諭が,原告の様子がおかしかったため,問いただしたところ,
原告から被告A及び同Dに暴行を受けたことを打ち明けられた。しかし,被告A及
び同Dはすでに下校していたため,被告A及び同Dの各担任教諭は,被告ら親に連
絡して,事実の有無を確認するよう求めるとともに,事実であれば原告方に謝罪に
行くよう助言・指導した。また,K教諭は,原告に付き添って原告方に赴き,Iに
事情説明した。
Iは,同日,原告から,同月16日ころに被告A及び同Dから暴行を受け
たことも聞き出し,被告A方へ行き,被告B及び同Cに抗議したところ,被告Aは
謝罪した。また,同日,Iは,被告D方にも行き,抗議した。
被告Dの担任のL教諭は,同月18日すぎころ,被告D及び同E親子を本
件中学校に呼び出して事情を聴取し,指導を行ったが,その際,Iは,教頭,W教
諭,L教諭立ち会いの下,被告D及び同Eと話し合いの機会を持った。そして,I
は,被告Dに対し,原告に暴行する理由を尋ねたりして,反省を促した。被告D
は,「二度としません もし今度やった場合には俺が死んだるわ」と書面に記載
し,その後,「俺が死んだるわ」という部分を「学校をかわる」と書き直したもの
の,その態度等からは反省の気配は窺えなかった。
本件中学校長は,同月22日ころ,本件中学校校長室において,被告Dに
対し,担任のL教諭らも交えて指導を行い,その後,原告に謝罪をさせた。また,
被告Aに対しても同様の指導を行い,同月24日ころ,その担任教諭らの面前で,
原告に謝罪をさせた。
本件中学校において,同月28日,Iの要請を受け,教頭以下6名の教諭
立ち会いの下,H及びIと,被告A,同D,同C及び同Eとが話し合う機会が持た
れた。Hが被告A及び同Dを問いただしたところ,根性焼き,教室内での暴行,万
引きの強要やその他の暴行を認めたので,これらの事実につき謝罪すること等を記
した,Hが用意した誓約書兼同意書に被告C及び同Eがそれぞれ署名し,これに立
ち会った教頭らも署名のうえ,H及びIに手渡した。
(4) 平成12年3月28日以降の経過(甲30,34,39,原告本人,原告
法定代理人I,被告A本人,同D本人)
上記誓約書兼同意書が交付された平成12年3月28日以降,原告は,被
告A及び同Dから暴行等のいじめを受けることはなくなり,また,道ですれ違った
りしても声をかけられることもなくなった。もっとも,原告は,平成13年1月
(2年生の3学期)ころから,本件中学校へ登校しなくなり,その後,平成14年
3月本件中学校を卒業し,同年4月高等学校に進学したが,高校でも隔日毎にしか
登校しないような状況が続いている。
なお,Iは,それまでの気苦労からか,平成12年4月18日ころ,吐き
気,めまい等が生じ,自律神経失調症の診断を受けたが,治療の結果同月29日こ
ろに症状は軽快した。
現在では,被告A及び同Dともその本人供述中で,原告に対する暴行等を
行う意思はない旨を明言しており,原告もその本人供述中で,被告A及び同Dから
暴行を受けるおそれは感じていない旨を供述しており,また,上記不登校について
も,被告A及び同Dとは関係がない旨の供述をしている。
(5) 本件中学校が行ったいじめ防止対策及び指導(甲33の1~5,乙5~
7,8の1・2,9~13,証人K,同U,同L)
ア いじめ問題に対する本件中学校の指導体制(乙5~7,8の1・2,1
1~13,証人K,同U,同L)
本件中学校では,生徒指導部を設置し,各学年毎に生徒指導係の教諭を
配置し,さらに,生徒指導全般を対象とした,校長,教頭,学年主任,生徒指導担
当主任,生徒指導担当係の教諭及び養護教諭で構成される生徒指導委員会を設置し
て,毎週1回会合し,いじめを始めとする校内の諸問題について検討,対応する体
制が採られている。また,月1回の定例学年会議において,各クラスでの問題行動
や気になる事柄を取り上げて協議し,その他,問題行動が起こった場合,臨時の学
年会議を開いて対応することもなされている。
また,本件中学校では,過去の生徒指導の経験や事例等を元に,毎年4
月に生徒指導関係ファイルを作成して全職員に配布し,共通理解を図る研修が行わ
れている。さらに,生徒指導係の教諭が研修に参加して得られた情報や資料につい
ては,必要に応じて連絡,配布がなされている。
新1年生に対しては,毎年入学前の2月下旬から3月中旬にかけて,本
件中学校3年の教諭全員が小学校に赴いて引き継ぎを行って,入学後の生徒指導の
参考としている。また,各学期毎に各学期を振り返った反省アンケート,学年末に
は1年を振り返ってのアンケート等を生徒に対して行い,生徒指導の充実を図って
いる。その外にも,いじめを含めて生徒たちの生活に関する情報獲得のため,毎年
6月及び11月の年2回,生徒に対して教育相談アンケートを行い,これを基に,
担任教諭が放課後或いは昼食時間を利用して生徒1人ずつ全員と面談し,必要があ
れば再度面談を行う等の指導を行っている。さらには,例年,全学年で道徳の時間
を使い,いじめ問題についての授業を行っている。
イ 本件での具体的対応
(ア) 小学校からの引き継ぎ(乙11,13,証人K,同L)
原告らの学年についての小学校からの引き継ぎは,平成11年3月中
旬に,本件中学校第3学年担当教諭全員が小学校へ赴いて行ったが,原告らの学年
の児童には問題行動が多かったことから,その引き継ぎは通常の年度と比較し3倍
以上の時間を費やして行った。しかし,その際,小学校からは,原告がいじめられ
ているとの報告はなかった。
(イ) 休み時間の巡回,トイレの立ち当番,授業中の巡回等(甲33の1
~5,乙11,13,証人K,同L)
原告らの学年は,喧嘩や悪ふざけが多く,また,グループ化する傾向
が強く,平成11年度1学期(平成11年4月)当初から,生徒が教師の言うこと
を聞かなかったり,無視すること等があった。また,同年6月ころからは,生徒
が,休み時間中にけんかをしたり,授業をさぼったり,学校内で菓子類を食べたり
するようになり,2学期ころからは,授業中もクラスが平穏でなくなってきたり,
男子生徒が学校内のトイレでたむろすること等が多くなった。
そこで,原告らの学年の担当教諭らは,早めに教室に行くようにし,
また,休み時間の巡回,トイレの立ち番,授業中の巡視等を行った。休み時間の巡
回については平成11年6月末から,トイレの立ち番,授業中の巡回については同
年9月から開始した。トイレの立ち番については,本件中学校のトイレは中が見渡
せる構造になっているが,個室についても教諭らが気をつけて観察し,おかしいと
思ったらノックして中の様子を確認し,用のない生徒については直ちに追い出すよ
うにしていた。また,1年生の教室の階のトイレの前には出来るだけ1学年担当の
教師らが立つようにしていた。さらに,教諭らは,授業中もトイレ内及び空き教室
内を巡視し,鉄パイプ等凶器になりそうなものを生徒が隠しているのを発見したと
きは,直ちに没収していた。
しかし,被告A及び同Dらは,既に認定したとおり,見張り役を使っ
て,教諭が巡回してきたときには,暴行等を中止するようにしていたこともあり,
教諭が,生徒がトイレ内で暴行等がなされているのを現認したことはなかった。
(ウ) 原告,被告A及び同Dらに対する個別的対応・指導(甲30,乙1
1,13,証人K,同L,原告本人)
K教諭は,上記認定のとおり,賭けトランプ事件及びN塾での暴行事
件の後,被告Aに対して注意・指導し,また,被告CやIに事件について報告した
他,上記賭けトランプ事件以降は特に原告の動向に注意するとともに,原告に対
し,数回にわたり,誰かにいじめられている事実がないか確認したり,平成11年
8月ころには原告の同級生であった訴外Xに対し,原告を守ってやるように頼んだ
り,また,2学期以降は毎月1ないし2回家庭訪問をする等していた。しかし,原
告は,K教諭の問いかけにも明るく振る舞って何も答えず,また,Iからも原告が
継続的にいじめられているとか殴られているとの訴えはなかった。
K教諭は,平成11年11月ころ,原告が被告A及び同Dとトイレで
一緒にいるのを目撃したことから,原告が被告A及び同Dから脅されているのでは
ないかと危惧し,クラスの生徒らに原告がいじめられたり,殴られたりするのを見
たらすぐに連絡するように伝え,また,原告が所属していた野球部のV教諭を通し
て,同部員らに対し,原告がいじめなどに遭わないように見守り,何かあったら助
けて欲しいこと,教師に連絡して欲しいことなどを伝えた。さらに,K教諭は,原
告がいじめられているのではないかと学年の打合せ等で報告したため,他の教諭ら
においても,原告の教室前を重点的に巡視して原告と被告A及び同Dらが接触しな
いように配慮し,また,原告に対しては,トラブルの原因となるので余分な金銭を
学校に持って来ないように指導した。
また,暴力行為・喫煙・指導不服従・器物損壊・授業放棄等の問題行
動を多発させていた被告A及び同Dらに対しては,担任の教諭らが中心となって,
これら問題行動が発生するたびに,放課後1,2時間かけて問題行動に至った原因
や動機を聞き出して諭した上謝罪させたり,また,家庭訪問等により被告ら親にも
連絡し,相手方がある場合には謝罪等をアドバイスするといった指導を根気よく続
けた。
(エ) 2学期のいじめ問題教育(乙7,8の1・2,9~13,証人K,
同U,同L)
原告らの学年担当の教諭らは,原告らの学年については,いじめ問題
教育を集中的に実施することが特に必要であると判断し,2学期後半(平成11年
11月)ころから,道徳の時間(4時間)に,絵本やビデオの教材を使っていじめ
問題について考えさせる授業を行い,また,その授業の前後にアンケートをとっ
て,これに基づき指導を行った。もっとも,それら実施されたアンケート等によっ
ても,原告が被告A及び同Dから暴行等のいじめを継続して受けているとの情報は
得られなかった。
(オ) 平成12年1月(3学期)以降の対応(乙11,13,証人K,同
L)
原告らの学年担当の教諭らは,3学期から,トイレ付近の見回りを強
化した。また,平成12年2月末ころ,被告A及び同Dらが生徒を殴ったり蹴った
りしているとの情報があったことから,下校指導も開始し,本件中学校から500
メートル先のコンビニまで1学年担当の教諭が2人は立つようにした。
校長を始めとする本件中学校教諭らは,前記(2)のクのとおり,平成1
2年3月18日,原告が休み時間内に教室で被告A及び同Dから暴行を受けたこと
が発覚したことから,前記(3)のとおりの指導等を行った。また,校長は,同月28
日,教育委員会に暴力事件のあったことを報告した。
2 争点(1)(被告A及び同Dが平成11年6月から同12年3月までの間に原告
に対して行った加害行為の内容)について
上記認定の事実によれば,被告A及び同Dが原告に対して行った加害行為の
内容は,前記1の(2)のアないしクに認定したとおりであり,同アの賭けトランプ及
びその後のN塾での暴行,同カの平成12年3月6日の暴行に関しては被告Dの関
与はないものの,被告A及び同Dが共謀して,本件中学校の内外で原告に対し暴行
等のいじめ行為を継続的に行ってきたことが明らかである。
3 争点(2)(被告Fの責任の有無―本件中学校の教諭らに,上記加害行為を予見
し,防止すべき義務を怠った過失があるか。)について
(1) 教師の注意義務
公立中学校の教員には学校における教育活動及びこれに密接に関連する生
活関係における生徒の安全の確保に配慮すべき義務があり,特に,他の生徒の行為
により生徒の生命,身体,精神,財産等に大きな悪影響ないし危害が及ぶおそれが
現にあるようなときには,そのような悪影響ないし危害の発生を未然に防止するた
め,その事態に応じた適切な措置を講ずる義務(安全配慮義務)があるといわなけ
ればならない。
(2) 本件中学校教諭らの過失
原告は,校長を始めとする本件中学校教諭ら及び教育委員会の被告A及び
同Dに対する指導・監督,いじめ防止措置が不十分かつ不適切なものであったた
め,原告が被告A及び同Dから暴行等の継続的ないじめに遭っていたにもかかわら
ず,これを平成12年3月まで発見できずに漫然と放置したものであり,校長を始
めとする本件中学校教諭ら,ひいてはその監督者である教育委員会に被告A及び同
Dの原告に対する暴行等のいじめを予見し,これを防止する義務を怠った過失のあ
ることは明らかであると主張する。
そこで,検討するに,確かに,被告A及び同Dの原告に対する暴行等のい
じめの多くは,本件中学校内で,しかも,2学期以降はほぼ毎日といえるほど頻繁
になされていたものであり,かつ,被告A及び同Dらに問題行動があることは1学
期の時点で既に本件中学校教諭らにおいても認識していたうえ,原告が被告Aから
賭けトランプに引き入れられ金銭を要求され,あるいはN塾で暴行を受けたことも
Iからの連絡で知っていたことからすれば,本件中学校教諭らにおいて,もっと早
い時点で原告に対するいじめの事実を発見し,これを防止するための適切な措置を
取ることができなかったかとの疑念が生ずることは否定しがたいところである。
しかし,前記1で認定の事実によれば,本件中学校は,いじめ問題に対
し,前記1の(5)のアのとおりの体制でこれに取り組み,とりわけ,原告らの学年に
ついては,生徒に問題行動が多いため,前記1の(5)のイのとおり,小学校からの引
き継ぎに関しても他の学年に比べ3倍もの時間を費やしてこれを行い,また,2学
期には原告らの学年に対してはいじめ問題教育を集中的に行い,あるいは,生徒ら
の問題行動を防止するために,休み時間の巡回やトイレの立ち番等を行い,また,
問題行動を頻発する被告A及び同Dらに対しては,その都度指導を行い,また,い
じめ被害を受けているのではないかと危惧された原告に対しても,K教諭が原告に
直接問いかけたり,あるいは他の教諭や生徒を介してその動静に注意を払う等して
いたもので,本件中学校教諭らは,平成12年3月18日,原告が教室内で被告A
及び同Dから暴行を受けたことが発覚するまでの間,必ずしも原告に対するいじめ
を漫然と放置しあるいはこれを見過ごしていたわけではないことが認められる。そ
して,それらK教諭らの問いかけに対して,原告自身いじめを打ち明けず,また,
原告の母親Iにおいても原告がいじめに遭っているものとは気が付かなかったこと
や,被告A及び同Dらにおいては,本件中学校の教諭らの巡回等に対し見張り役を
設けて,学校内における原告に対する暴行等の発見を困難にさせていたこと等を考
え併せると,本件中学校教諭らにおいて平成12年3月18日まで,原告に対する
被告A及び同Dらの学校内における暴行を発見できなかったことをもって,本件中
学校教諭らのいじめ防止措置が不十分,不適切なものであったと直ちに認めること
はできない。また,原告が教室内で被告A及び同Dから暴行を受けたことが発覚し
てからは,校長を含む本件中学校教諭らの指導と各保護者らも含めた話し合いの結
果,被告A及び同Dによる原告に対する謝罪や,被告C及び被告Eから原告に対す
る誓約書兼同意書の差し入れがなされ,それ以降は,被告A及び同Dらによる原告
に対する暴行等のいじめは行われなくなったものであり,本件中学校教諭らの指導
がその効を奏したことが認められる。以上の事実を総合すると,校長を始めとする
本件中学校教諭らが行ってきた被告A及び同Dに対する指導・監督,いじめ防止措
置が,不十分・不適切なものであったとまでは認めることができない。
なお,原告は,本件中学校教諭らの指導に従わず,問題行動を繰り返して
いた被告A及び同Dに対しては,他の生徒らの安全を守るためにも,出席停止措置
といった厳然たる措置をなすべきであったとも主張するが,出席停止という措置が
当該生徒の教育を受ける権利を奪う側面を有することにも照らせば,その行使は慎
重になされるべきであり,本件において,本件中学校教諭らが,被告A及び同Dに
つき,両名に対する個別指導を優先させて,出席停止の措置を行わなかったこと
が,不適切な指導・措置であったとはにわかには認めがたい。
(3) 以上の次第で,校長を始めとする本件中学校教諭,ひいてはその監督者で
ある教育委員会に,被告A及び同Dの原告に対する暴行等のいじめを予見し,これ
を防止する義務を怠った過失があるとする原告の主張はこれを認めることができな
い。
したがって,原告の被告Fに対する国家賠償法1条1項に基づく請求は,
その余について判断するまでもなく理由がない。
4 争点(3)(原告の被った損害)について
被告A及び同Dの原告に対する加害行為の内容は,既に認定したとおりであ
るところ(前記1の(2)のアないしク及び2参照),被告A及び同Dが不法行為者と
して,上記認定の加害行為によって原告が被った損害を賠償すべき責任のあること
は,当事者間に争いがなく,また,その保護者である被告ら親についても,その指
導・監督を怠った過失により,被告A及び同Dとともに,不法行為者として,被告
A及び同Dの上記加害行為によって原告が被った損害を賠償する責任があることに
つき,当事者間に争いはない。
そこで,原告が被告A及び同Dの上記加害行為により被った精神的苦痛につ
き検討するに,上記加害行為は被告A及び同Dによって,長期間にわたって執拗に
繰り返されたものであり,これによって,原告は,自殺をしたいと考えるほどの苦
痛を受けていたこと,被告A及び同Dから暴行等を受けるおそれがなくなった現在
においてもなお,原告は被告A及び同Dに対して「死んでほしい。」との感情を抱
いており,その受けた精神的苦痛の大きさが窺われることや,その他本件に現れた
一切の事情を総合すると(なお,原告は,平成13年2月以降不登校となり,その
後入学した高校においても隔日程度しか登校できない状況にあることが認められる
ことは既に認定したとおりであるが,不登校が始まったのは被告A及び同Dによる
暴行等を受けなくなって1年近く経過してからのことであり,また,これが,被告
A及び同Dによる暴行等とは関係ないことを原告自身認める供述をしていることも
既に認定のとおりであるから,上記不登校等が被告A及び同Dによる暴行等に起因
するものとはにわかには認めることができない。),その慰謝料額は100万円と
認めるのが相当である。
なお,上記加害行為のうち,平成11年6月7日ころの賭けトランプ,その
後のN塾での暴行及び平成12年3月6日の暴行に関しては被告Dの関与はないも
のの,それ以外は,すべて被告A及び同Dが共謀してこれを行った継続的ないじめ
行為であることからすれば,被告A及び同Dの各責任に格段の差があるとは認めれ
られないから,被告A,同D及び被告ら親は,各自,原告が被った精神的苦痛に対
する慰謝料として上記100万円を支払うべき義務があるものと認めれられる。
5 争点(4)(被告A及び同Dに対する差止請求の可否)
原告は,今後も被告A及び同Dから暴行等のいじめを継続して受けるおそれ
があるとして,その差止めを求めるが,上記1で認定の事実によれば,被告A及び
同Dは,平成12年3月18日の教室での暴行を最後に,その後,現在に至るまで
原告に対し暴行等の加害行為を行っておらず,今後も行う意思がないことを明言し
ていること,原告も被告A及び同Dから暴行を受けるおそれを現在は感じていない
旨供述していることからすると,今後,これが継続されるおそれがあるとは認めら
れない。
したがって,上記不法行為の差止めの必要性は認められないから,原告の差
止請求は理由がない。
6 結論
以上によれば,原告の本訴請求は,被告A,同D,同B,同C,同Eに対
し,連帯して金100万円及びこれに対する,被告D,同Eについては不法行為の
日の後である平成12年8月21日から,被告A,同B,同Cについては同月16
日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の各支払いを求める限
度において理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却する
こととし,主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第4民事部
裁判長裁判官   上 田  昭 典
裁判官 太 田  敬 司
裁判官   島 田    環

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