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       主   文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、
(一) 原告全国税関労働組合神戸支部に対し、金五五〇万円及びこれに対する昭
和四九年六月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員
(二) その余の原告らに対し、それぞれ別表一損害額一覧表中債権総額欄記載の
各金員及びこれに対する昭和四九年六月二一日から支払ずみまで年五分の割合によ
る金員
を各支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 第1項について仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文と同旨
2 被告敗訴の場合は担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告らの地位等
(一) 原告全国税関労働組合神戸支部(以下「原告組合」という。)は、沖縄を
除く全国の税関に勤務する職員を対象として組織されている全国税関労働組合(以
下「全税関」という。)の下部組織であり、神戸税関に勤務すべき職員二一〇名で
構成されている。
 その余の原告(訴訟承継原告を除く。)及び訴訟承継前原告P1、同P2は、神戸
税関に勤務し、または勤務していた職員であり、その入関年度及びその資格は別表
二昇給・昇格等一覧表記載のとおりである。また、同原告らは原告組合に所属して
いる(または所属していた)組合員である。
(二) 訴訟承継前原告P1は昭和六三年三月二八日、同P2は昭和六〇年一二月二
七日死亡し、P1については原告P3が、P2については原告P4がそれぞれ権利義務
を相続した。
2 原告組合の活動とこれに対する神戸税関当局(以下「当局」ともいう。)の攻

(一) 昭和三四年頃までの原告組合の活動
 我が国の民間貿易は昭和二二年に一部が再開され、昭和二五年には全面再開され
たが、これに伴う税関の業務量増加は目をみはるものがあった。このため、神戸税
関では、業務部、鑑査部の輸出部門では通常でも午後七時まで残業し、日曜日も休
めず、年末は大晦日も遅くまで仕事をして、年始は一月二日から出勤しなければな
らない状況であった。監視部の陸務課、海務課では一週間に一度の休みが取れず、
場合によっては一か月に一度の休みさえ取れないこともあった。また、鉄筋コンク
リートの建物でも冷暖房がなくて火鉢があっても炭がなく、監所に便所がなかった
り、あっても鍵のかからないものであったり、雨漏りがするなど職場環境は劣悪で
あった。
 このような中で、原告組合は次のような活動を行った。
(1) 年末年始休暇確保のたたかい
 年末年始くらいは「人並みに休みたい」というあたりまえの要求を行なって、昭
和三三年から年末年始休暇闘争を開始し、その結果、昭和三四年は同年一二月三〇
日から翌年一月三日まで、昭和三五年からは一二月二九日から翌年一月三日まで、
ごく一部の職制を除いて休めるようになった。
(2) 休憩、休息時間確保のたたかい
 監視部陸務課、海務課の警務の当直勤務者については、人事院の承認を得た「大
臣官房秘令」により休憩時間が一般の職員と異なる勤務形態になっていたが、右大
臣官房秘令が守られていなかったので、昭和三四年から右秘令どおりの休憩時間を
確保するたたかいを始め、原告組合の要求どおりに解決した。
(3) 宿日直反対のたたかい
 神戸税関は、伊丹市を除く兵庫県、山口県を除く中国地方、四国全部が管轄とな
っているが、出張所、支署は人数が少なく、日直宿直のため休みがとれないので、
昭和三三年宇野支署の宿日直返上のたたかいを皮切りに、宿日直反対のたたかいが
始まり、昭和三六年頃には基本的に原告組合の要求どおりに解決した。
(4) 厚生係職員の昼休み確保のたたかい
 本館を離れた出張所に勤務する職員が厚生係が行なう諸便宜を利用するには昼休
みしかないため、厚生係に勤務する職員は昼休みがとれなかった。そこで原告組合
は当局と交渉し、午後〇時三〇分まで勤務し、同時刻から同一時三〇分まで昼休み
をとることを認めさせた。
(5) 警務出勤時間のたたかい
 一般職員の勤務時間は午前八時三〇分からとなっているが、出勤猶予時間があっ
て午前九時一〇分までに出勤すればよいことになっていたことなどから、午前八時
三〇分から翌日の午前八時三〇分までの勤務となっていた警務の当直勤務者から
「同じ二四時間勤務でも朝はゆっくりしたい。」という要求が出てきた。そこで原
告組合が当局と交渉した結果、一般職員と同様に午前九時一〇分までに出勤すれば
よいことになった。
(6) 用務員出勤時間のたたかい
 用務員の出勤時間は午前七時二〇分となっていたが、全税関及び原告組合は当局
と交渉し、これを午前八時二〇分とさせた。
(7) 備品等を含む職場環境改善のたたかい
 劣悪な職場環境を改善する要求は、まさにイロハから始められた。これを例示す
れば、事務用用品の支給、参考書の充実、便所の設置、便所の鍵のとりつけやトイ
レットペーパーの備えつけ、私費で購入した官服の買上げ、汚れた布団の取替え、
布団カバーの洗濯、洗面所への石鹸の備えつけ、電気掃除機の備えつけ、お茶の
葉、作業衣の支給などの要求であるが、このような初歩的なことすら、ようやく昭
和三六年頃に解決したり、あるいはその目処がたつようになった。
(8) 賃上げのたたかい
 昭和二三年政令二〇一号によって、公務員のスト権、団体交渉権が奪われた代償
として人事院が設置され、同年から人事院勧告がなされるようになったが、昭和二
九、三〇年のゼロ勧告に象徴されるように勧告らしい勧告がなされなかった。
 このような原因は、極めて不当な国の政策にあるものの、労働者側において、前
記のような目の前の切実な要求に追われ、力を合わせて賃上げ要求する形になって
いなかったことに問題があるとの反省から、昭和三三年以降、国家公務員共闘会
議、総評春闘共闘などに結集して賃金問題をたたかう方式が確立した。
(二) 当局の攻撃
(1) 組合幹部に対する処分
イ 昭和三三年に行った年末年始休暇闘争において当局は、昭和三四年、「早めに
行政指導をして年末年始は十分休めるようにする」旨を原告組合に確認したにもか
かわらずこれを反故にしようとしたので、原告組合は当局に対し右確認事項の履行
を迫った。しかし、当局の誠意ある対応がなかったため、やむなく関係業者に実情
を訴えて協力を要請した。ところが当局は、自らの約束違反を棚に上げ、昭和三四
年一二月七日、当時の原告組合の支部長であった原告P1と全税関中央執行委員長P
5に対し訓告処分を行った。
ロ 当局は、昭和三五年七月、三〇〇〇円の賃上げ要求と、当時全国的にたたかわ
れていた安保闘争として同年六月四日、一五日及び二二日に、午前九時三〇分まで
の時間内に食い込む職場集会をたたかった当時の原告組合支部長、及び執行委員ら
に減給七名、戒告七名の処分を行った。右集会はいずれも安保国民会議・国公共闘
会議等の全国統一行動として税関の他の支部や他の官庁の労働組合でも行われたも
のであり、全く処分が出ない職場もあった。しかも、減給処分が出たのは原告組合
と全税関横浜支部だけであるが、横浜支部では減給処分は二人だけであり、原告組
合に対してだけ極端に重い処分がなされた。
ハ さらに当局は、原告組合組織部長であった原告P6(以下「原告P6」とい
う。)を密輸犯人にでっちあげようとし、これに失敗したとみるや、昭和三六年八
月一九日に右原告を戒告処分にした。その経過の概要は次のとおりである。すなわ
ち、昭和三四年一〇月二七日、外国貿易船の船員P7(以下「P7」という。)が外
国製たばこを国内に持ち込ちこもうとしたことから同日八〇〇〇円の通告処分を受
けたが、それから一か月以上も経過した後に、当局審理課はその場にいた原告P6に
対し、密輸の共犯の嫌疑によるものか、参考人であるかを明確にしないまま取調べ
を開始し、このことが神戸新聞に「税関職員が密輸の片棒?」なる見出しの記事で
大きく報道された。原告P6に対する取調べは昭和三五年二月一八日に中断していた
が、同年六月二八日、P8監視部長がマスコミに対し、「クロと断定して六月二四日
に懲戒免職の上申をした。関税法違反で四〇〇〇円の罰金を通告する。」旨述べた
ため、神戸新聞に「七か月ぶりにクロと断定」なる見出しの記事で報道された。そ
れにもかかわらず同年七月五日を最後に同原告に対する取調べは終了し、これによ
り一年以上も経過した昭和三六年八月一九日になって、当局は「原告P6が知りうべ
き状況下にありながら知らなかったのは、公務員としてふさわしくない。」との理
由で戒告処分を行った。
 このように、当日現場で処理ずみになっていたことを蒸し返して、P7の不在中に
原告P6に対する取調べを強行した異常さ、新聞報道の異常さからみて、当局が原告
P6を密輸共犯にでっちあげて、同原告はもとより、同原告を支部役員にもつ原告組
合全体の信用を失墜させ、組合を破壊することを狙ったものということができる。
ニ このような原告組合幹部への処分攻撃の頂点に立つものが、昭和三六年一二月
に行われたP9支部長、P10書記長、P11組織部長に対する懲戒免職処分である。こ
の処分は、昭和三六年八月一九日に行われた前記P6の戒告処分に対する抗議行動、
五〇〇〇円の大幅賃上げ、物価値上げ反対、政暴法粉砕、その他の職場の諸要求を
かかげて行った昭和三六年一〇月五日及び同月二六日の早朝職場集会及び輸出職場
における人員増加要求、強制残業反対をかかげて行った昭和三六年一一月一日、二
日及び同年一二月二日の組合活動を理由とするものである。しかし、これらの行動
は、いずれも原告組合の機関決定に基づいて、多数の組合員参加のもとに行われた
ものであるが、右三名以外は何らの処分もされなかった。なお、右処分について処
分取消訴訟が提起され、神戸地方裁判所と大阪高等裁判所において原告らが勝訴
し、最高裁判所で敗訴したが、右最高裁判決は「極めて政治的」と批判されている
ものである。
(2) 脱退攻撃と分裂攻撃
イ 職制層への脱退攻撃
 前記P9支部長らに対する懲戒処分後、当局は、「免職された者を抱えた組合とは
団体交渉はできない。」として、原告組合との団体交渉を拒否するとともに、職制
を管内の支署、出張所に派遣して原告組合執行部を中傷し、部長会議、課長会議、
係長会議等の職制層会議を頻繁に召集してその方向での意思統一を続けた。その結
果、職制は、原告組合役員と自由に話ができなくなり、右免職処分に対する闘争資
金として臨時徴収することが決められた一〇〇円の組合費の納入を一斉に拒否し
た。また、P9支部長のいた鑑査職場では、職制を含めて「P9さんを励ます会」を
結成したが、職制層を中心として印刷された脱退届をもって右会から脱退した。
ロ 労研の発足と原告組合乗っ取り工作
 このような異常事態を前にして、昭和三七年二月一日、原告組合の臨時大会が開
催されたが、事前の代議員選出過程から真剣な組合員の議論を経て、三名を守って
統一と団結を固め、団体交渉を実質的に開かせていこうという執行部原案が約三分
の二の賛成で可決された。
 このように、原告組合は当局の最初の攻撃を跳ね返したのであるが、昭和三七年
四月、当局は各部に管理課(民間会社の労務課に相当)を設置して、総務課・管理
課を中心に、組織的に組合干渉を開始した。同年六月六日から一一日まで、神戸税
関をはじめ全国の各税関から二名(総務課長と管理課長)が出席して東京で開かれ
た関税局の管理職員科研修において、P12関税局総務課長は、「我々は組合の健全
な発展のためにこれから育成する。」と訓示し、公然と組織的組合破壊に乗り出し
た。また、警務を含む一部職場で組合費上納拒否が開始された。
 続いて、昭和三七年六月の原告組合役員選挙にむけて、労働問題研究会(略称、
労研)が結成され、同月一四日に公然と第一号の労研ニュースを配付し、役員選挙
に名乗りを上げた。以降、労研ニュースは、根拠のないアカ攻撃を記事とし、職制
機構を通じて、もしくは公用車や税関出入り業者を利用して、組合員に配付され
た。
 このように、原告組合役員選挙で労研メンバーを当選させて原告組合全体を乗っ
取ることは、当局の絶対的方針となっていた。
 労研と当局の繁がりを示すものは、①昭和三七年頃、中埠頭出張所長P13が、勤
務時間中に、全税関労組員のP14に対して、「労研ニュース」の配付を命じ、これ
を拒否すると「お前みたいな奴はケトバシてやる。」と言ったこと、②小松島支署
で、原告P15他一名が全税関を脱退し、脱退者が計五名となった日の二、三日後に
神戸から郵送される労研ニュースに小松島支署脱退者五名と計上されていたこと
等、枚挙にいとまがない。
(3) 第二組合の結成
 選挙干渉にもかかわらず、原告組合が当局の思うままにならなかったため、当局
の方針は、組合員を脱退させて、第二組合をつくることに転化した。
 昭和三七年七月三〇日及び三一日、鑑査部のP16部長がガリバンで印刷した脱退
届用紙を一枚一枚配り、課長係長クラスに名前を書かせるという方法で脱退届を集
めたのを始め、同年八月一日には業務部の課長係長クラスからも一斉に脱退届が出
された。また、監視部警務第二課では、P17巡察らが、原告P18らを、勤務時間中
に一人ずつ本部の休憩室に呼び出し、繰り返し早く書くようにとせっついて、連記
式の脱退届に署名捺印させた。更に、小松島支署に勤務していた原告P15は、昭和
三七年一一月頃から数か月にわたって、勤務時間前に(汽車の都合で早く出勤して
いた)、勝沼支署長から「全税関をやめたほうが将来的にも君のためになる。」と
言われ、やむなく昭和三八年一月に脱退したが、同支署長はその「成果」を本関に
電話で報告していた。このような脱退攻撃は宇野支署や呉支署でも行われた。
 これに呼応して、労研は、昭和三七年一二月二二日に開催された臨時総会におい
て、「労研」会員は「各自の自由意思にもとづいて原告組合から脱退する」旨決議
した。
 こうして、昭和三八年二月一四日には脱退者は七四五名、同年八月には八五〇名
にも達したが、この間、「労研」が中心となって、新労働組合結成準備委員会を発
足させ、昭和三八年三月九日「神戸税関労働組合(以下「神戸税関労組」、「神
労」または「第二組合」ともいう。)」が組合員数約五〇〇名をもって結成され
た。
(4) 差別攻撃(昇任昇格及び特別昇給に関するものを除く)
イ 総務、監視部門からの排除
 昭和三七年末から昭和三八年にかけて、監視部警務第二課でも、まず中間職制層
(主任、係長)が組合費の支払を保留し、職場集会では反全税関、反共の態度をあ
らわにし、それでも青年層が組合を脱退しないとみるや、P19船員係長を先頭に一
部の巡察(主任、係長層をそう呼んでいた)を使って、勤務あけの非番者を別室に
呼び、組合からの脱退を強要したり、一人勤務の詰所や、船に数人で押しかけて、
執拗な脱退工作を行った。監視部警務第一課では、乗船勤務の場合、脱退した者は
観光客船に、原告組合員は南京虫の出る船とか居住性の悪い船に配置された。ま
た、昭和四一年頃、合同ハイキングに第二組合員が参加すると言っていたのを、当
直主席巡察が察知し、「全税関の者と一緒に行ってはいかん。」と言って参加をや
めさせた。
 原告P20は、監視部警務第一課に在勤中の昭和四一年頃から、誰もがいやがるゴ
キブリ・蚊の多い執務困難な船に配置され、冷暖房のきいた快適な乗船勤務には、
最近に原告組合を脱退したものばかりを当てるみせしめの行為が行われた。原告P
21は、昭和四一年より前から同様のいやがらせを受けた。
 昭和四二、三年頃の巡察会議の議題として「組合員対策について」というのがあ
るように、当時職員の間では、あの巡察は何人の組合員を脱退させたから特昇した
のだというのが、ごく常識的な警務の職場の見方であり、巡査は、仕事よりも組合
対策に目の色を変え、まさに、何人「落とした」かで巡察の勤務評価がされるとい
う状態であった。
 監視部に最も特徴的なこのような攻撃の中で、昭和四二、三年頃より、税関の四
つの部署(総務、監視、輸入、輸出)のうち、重要部署とされる総務部、監視部か
ら、全税関労組員は排除された。
ロ 研修差別
 税関の研修は大別して、①役付職員を対象とする管理者研修、②一般研修、③実
務の専門知識の修得をめざす各種実務研修及び④委託研修の四種類がある。このう
ちの一般研修には、新規採用者全員を対象としてその資格別に行う基礎科研修、受
講者の人数に制限のある普通科研修(現在は中等科研修)と高等科研修があり、普
通科研修を受けていなければ高等科研修は受けられないことになっている。
 これらの研修については、以前はある程度公開され、参加について上司から呼び
かけが行われていたが、原告組合分裂後は秘密裡に参加者が指名されるようにな
り、原告組合員は普通科研修や高等科研修はもとより、職務上必要な実務研修に至
るまでほぼ完全に排除された。このことは、昭和三九年五月九日、税関研修所神戸
支所のP22教務主任が普通科研修生を推薦するにあたっては「思想穏健な者を推薦
されたく、(原告組合の)活動家はなるべく御遠慮下さるよう併せて申し添えま
す。」などと通達し、原告組合員を普通科研修から排除する方針を公然と示したこ
とによっても明らかである。
ハ 入寮差別
 昭和四二年垂水寮(独身寮)が完成し、当局は入寮者を募集した。しかし、当局
が寮生の自主的活動等を封殺する寮管理規則を制定したため、原告組合員だけでな
く、第二組合員も入寮したがらず、入寮申込期限を過ぎてから集めても入寮者は六
八名にすぎなかった。その後、他寮取壊しのためその寮の入寮者に転出命令が出た
ため、やむなくそれら他寮にいた原告組合員が、垂水寮入寮を申し出たが、当局は
収容人員に大幅なゆとりがあるにもかかわらず、申込期限切れとして拒否した。
 原告P23は昭和五〇年八月三日受傷し、腰椎二・三圧迫骨折による不完全脊損で
身体傷害者手帳第四級の認定を受けていたところ、昭和五二年三月結婚のため、主
治医からの歩いて通勤できるよう配慮されたい旨の文書を添え、更に神戸市民生局
の担当係からも当局に申し入れてもらって、中山手宿舎に入居することを希望した
が、空家があったにもかかわらず、遠方の甲子園宿舎になった。
(5) 庁舎管理規則による弾圧
右のような差別攻撃は、当然のことながら、原告組合の抗議を招かざるをえないも
のであった。
当局は、それを予測したうえで、原告組合の抗議行動どころかその基礎となる職場
での討議さえも封じるために、昭和三八年に庁舎管理規則を全面改正した。
 庁舎管理規則は、昭和三四年に制定されたが、当時、税関長は「庁舎保全のため
のものであって労働組合活動等には適用しない。」旨明言していた。
 ところが、当局は、昭和三八年の全面改正後は、「当局の許可を得ない庁舎内で
の労働組合の会議・集会は、庁舎管理規則違反である。」として攻撃し、休憩時間
に原告組合員が三人以上寄って話をしていれば、その内容如何にかかわらず、これ
を組合集会であると一方的に断定し、その解散・中止を要求するに至った。また、
庁舎管理規制を盾に、原告組合の掲示板に貼ってある文書類も、勝手に公然とはが
され、勤務時間前や昼休みに配付しようとした組合ニュースも職制の手によって破
り捨てられた。
 このような庁舎管理規則による弾圧は、原告組合の組合活動だけでなく、組合員
間の私的な会話にも及んだ。例えば、原告P24が昼休みに組合員のP25と話してい
たところ、P26関税鑑査官から、「君(同原告のこと)は分会長だ、分会長が組合
員と話をすると集会である。」といって、解散を命じられた。
 なお、当局は、原告組合が庁舎管理規則による使用許可を求めても、職場での討
議を許可することはなく、せいぜい職場から隔離された会議室の使用を認めるだけ
であり、それすらも許されないこともあった。例えば、昭和四二年一二月、当時原
告組合中突分会長をしていた原告P27が、執行委員会を開くため会議室の使用を庁
舎管理規則に基づいて申請したにもかかわらず、P28総務課長はこれをにぎりつぶ
し、「無届集会」を行ったとして会議を妨害した。
 この結果、原告組合は、その方針を各組合員に伝達することも、職場からの組合
員の意見を汲み上げることも、著しく困難となり、組合員相互間の雑談・対話さえ
封殺された。
(6) 現認制度による弾圧といやがらせ
 神戸税関では、昭和三六年一二月一五日以前に現認制度が発足した。現認制度と
は、職制もしくは特定の職員が原告組合員の行動や原告組合が主催・共催する各種
集会への組合員の参加状況を、一々チェックし、現認書なる報告書を作成して、こ
れを上部機関に報告する制度であり、本件訴訟に書証として提された膨大な「切り
貼り細工」文書は、この現認制度の「成果」である現認書類の一部である。
 この現認制度は次の狙いを持ち、且つその効果を上げた。
① 原告組合員の一人一人の行動を逐一チェックして、非組合員(原告組合員以外
の職員、以下同じ)を原告組合やその組合員から隔離する。
 原告P29は、昭和三五年から三八年の間、当直勤務の翌日の非番の日によく同僚
と連れ立って六甲山に登ったが、上司はそれらの者に「あいつとは一緒に行く
な。」と言って同原告を悪者扱いした。
 昭和四四年頃から、同期入関者の忘年会ができなくなった。
② 原告組合員に、その行動がチェックされていると自覚させることにより、その
行動を萎縮させる。
 昭和三九・四〇年頃には、職制が、原告組合員に対して、「現認書を書いて報告
するぞ。」と公然と圧力をかけるようになっていた。
 原告P30は、貨物課東灘方面事務所に勤務していた当時、同原告の行動がチェッ
クされていることについて、方面主任が「気を付けて行動せなあかんで。」と、そ
っと注意してくれた。また、同原告が、昭和四三年一〇月に中埠頭出張所に配置換
えになってからも、便所に行くのにP31総務課管理係長がのこのことついてくる状
況であった。
③ 強制的に原告組合を脱退させられた職制や一部の人達に、スパイ行為を要求
し、現認書の数やその記載内容の「ひどさ」によって、当局に対する忠誠度を競わ
せる。
 昭和四二年、原告P23と原告P32は、第一突堤の詰所で全税関分会員と話し合っ
ていたのを、P33方面主任により「参加者、司会、内容」を現認書をもって密告さ
れたため、厳重注意を受けた。原告組合員からこのことを問質されたP33方面主任
は、「立場上やらざるを得ない、君たちにはすまなかった。今後はこのようなこと
はしない。」と涙して弁明した。
 このような現認制度は、その対象として原告組合員に焦点を当てていることや右
の狙いにおいて違法不当であるのみならず、さらに、当局が、現認書の書式を改良
するなどして、制度として組織的に行ったこと、現認書類の多くが、誇張や虚偽の
危険を孕む第二組合員たる係長相当職の者によって作成されたこと、対象者には、
その現認書を見る機会も、ましてやその記載について誤りを訂正したり弁解する機
会も与えられなかったこと(現に、原告P34は、昭和四四年八月二五日のデッチ上
げの現認書をもとにして、同年一一月七日に厳重注意処分を受けた。)、当時合法
的であった行為すらも、対象とされたことなどの点からも、違法不当なものであ
る。
(7) 引き続く脱退攻撃と原告組合員へのいやがらせ
イ 脱退攻撃
 原告P36は、鑑査部第二部門にいた昭和四二年二月頃、上司のP37鑑査官から、
個人的な話だと何回も強調したうえで、「君もそろそろ特昇の時期だし、次期に推
薦しようと思っているが、君が未だ組合(全税関労組のこと)に残っているので、
どうもなあ、それで私も困っているのだ、よく考えてくれんか。」と特昇を餌にし
て原告組合からの脱退を迫られた。
 原告P34は、酒の席などで先輩から、役付職員になるには組合を抜けなければと
匂わされた。
 訴訟承継前原告P2は、昭和四〇年輸出一課へ配置換になったとき、P38輸出一課
長から、「君もそろそろ、年齢も高いし考えなくてはならないのではないか。」と
全税関脱退を求められた。
 原告P39に対し、昭和四〇年、浜田支署の支署長は「全税関労働組合はアカ」等
と言って全税関を誹謗し、脱退工作をした。後任の支署長も、主任を通じて、同原
告の妻に「主人を出世させるかどうかは実に奥さんの采配にかかっている。主人が
可愛いと思うならばそれに見合ったことをしなければならない。」と言わせ、同原
告にも「本当に私のいうことをよく聞かないとこれから先どうなるか保障できない
ぞ。」という意味のことを言わせて、同原告を原告組合から脱退させようと工作し
た。
 原告P40は、忘年会等各種レクリェーション行事の際、機会あるごとに、そのと
きの上司から、「君ほどの人がなあ……」「惜しいなあ……」と、同原告が原告組
合員であることから昇進が遅れていることや原告組合を脱退するよう暗に求められ
た。
 原告P41は、監視部貨物課にいた昭和三六年、上司のP42課長に個室に呼ばれ、
「君は執行委員になったが、ほどほどにやっておけ、今の執行部はすべて共産党だ
そうだ、気をつけろ、もし、何かあれば、私に相談してくれ。」と言われた。ま
た、小野浜(東部出張所)貨物課に勤務していた昭和三八年、P22課長から「私は
老婆心ながら君に忠告しておくが、全税関におれば損をするよ、考えたらどうか
ね。」と言われ、P43整理係長からも「P41さんバスに乗りおくれたらあかん
で。」と言われた。
 原告P44は東部出張所に配置換えになった昭和三九年、上司のP45関税鑑査官に
勤務中に呼ばれ、「君は特昇(特別昇給、以下同じ。)をしたことがあるか。」
「奥さんや子供のことが可愛くないのか。」「長いものには巻かれる方が得やから
ここらで考えてくれ。」と原告組合からの脱退を求められた。
 同原告は昭和四一年、差別があまりにひどいので上司のP46関税鑑査官に質問し
たところ、同鑑査官から「君がまじめに仕事をしていることはよく知っている。今
は仕事がよくできるだけではだめだ。どうしたら人並みに昇進できるかは君等もよ
く知っているだろう。私がその方法を言うことはできないが……」と昇進のために
は全税関脱退が必要であることを示唆された。また、同関税鑑査官は、課の旅行で
山代温泉に行く数日前、副鑑査官を呼び、「酒を飲ませてからやるんだ。具体的に
組合をやめろと言うことまずいから。」と原告組合からの脱退工作の方法を指示し
た。
 原告P47は、鑑査部にいた昭和三七年から昭和三八年頃にかけて、上司のP48関
税鑑査官より、執拗に組合脱退を強要され、監視部旅具課にいた昭和四三年から四
四年頃にかけて、当直勤務班長であったP49検査官から同原告の当直勤務日の勤務
時間内に、本庁前旅具検査所や東部旅具検査所において、かなりの回数にわたって
脱退工作を受け、さらに、昭和四四年九月初め頃、P50旅具課長に旅具課長室に呼
ばれ、脱退の意思の有無を確認された。
 昭和三七年末から三八年にかけ、監視部警務第二課では中間職制層(主任、係
長)が組合費の支払いを保留して職場集会では反全税関、反共の態度をあらわに
し、それでも青年層が組合を脱退しないとみるや、P19船員係長を先頭に一部の巡
察を使って、勤務あけの非番者を別室に呼び、組合からの脱退を強要したり、一人
勤務の詰所、船に数人でおしかけ執拗な脱退工作を行った。
 原告P29の知人P51は、原告組合を脱退させられ、その後思い直して再加入した
もののまたも脱退させられ、さらに再加入するという変転の後に退職した。同原告
の後輩のP52・P53の両名は「上司から脱退するように言われたがどうしたらいい
だろう。」と同原告に相談にきたが結局脱退し、同原告と同僚のP54も「脱退する
つもりはない。」と言っていたが、脱退を余儀無くされた。
 原告P21は、昭和三八年四月神戸外国語大学二課程に入学した際、同郷(高知
県)のP55係長から入学祝いとして宿舎に呼ばれたが、「旧労(全税関)をやめ
ろ。」「わしの立場も考えてほしい。」と原告組合からの脱退を求められた。
 原告P56は、総務部会計課在職時(昭和三九年七月~昭和四一年七月)に、直接
の上司であるP57主任から、「会計課にいる間は、全税関にいてもらっては困
る。」と脱退を求められた。また、同原告は、尾道出張所に転勤(昭和四一年八
月)後一か月もしない内に、P58尾道出張所長から、勤務時間中及び時間外におい
て、「全税関をやめた方が得だぞ、脱退してはどうか。」等と二回にわたって、脱
退を求められた。
 原告P59は、監視部警務第一課に所属していた昭和三九年夏頃から年末にかけ
て、直接の上司であるP55係長、P60主席巡察、P61巡察らから、夜勤当直勤務の
ときに数回にわたって、「全税関をやめたらどうか。君のためになる。」という趣
旨の脱退勧誘を受けた。
 原告P23は、監視部警務第二課に所属していた昭和三八年、勤務時間中に、勤務
していた船に巡回に来たP62巡察から、「P23君、君も考えたほうがいいよ。」と
全税関からの脱退を強要された。
 原告P20が、監視部警務第一課に在勤していた昭和四〇年、同原告ら五人のグル
ープの友人のP63に対し、巡察らが「君の友達四人とも全員組合をやめた、君も早
くやめろ。」と嘘を言って連日脱退を強要し、脱退させた。同原告に対しても、乗
船差別をしながら、巡察らが「君も良い船で勤務したければ組合のことを考えろ
よ、これは親心だよ。」と勤務時間内外を問わず、執拗に原告組合からの脱退を強
要した。
 原告P64は、監視部警務第一課に在勤していた昭和三九年夏、同期のP65と共に
P55係長宅に呼ばれ、同係長から「君達二人は特別に優秀だから、今年の中等科研
修に行ってもらうことにしとる。これは異例のことだから……」と全税関労組から
脱退するよう仄めかされた。また、同課では、狙いをつけた者を一人勤務の監所に
配置して、数人の巡察が寄ってたかって無理やりに脱退届を書かせ、それが果せな
いと有形無形の陰湿ないやがらせを行い、その結果将来に希望を失って職場をやめ
ていった者も数多くいたが、同原告も、巡察から、監所や常務船で、あるいは飲み
屋で、執拗に原告組合からの脱退を迫られた。
 訴訟承継前原告P1の同期同資格入関者(昭和二六年六級組)であるP66は、上司
のP48監査部管理課長から「最後のチャンス」だと脱退を勧告され、昭和三九年暮
か昭和四〇年初め頃に原告組合を脱退したが、脱退直後(昭和四〇年)に、門司税
関徳山支署の関税鑑査官に昇任した。また、同様に同期同資格入関者であるP
67も、昭和四二年春頃に、当時の配転先の福山支署水島出張所から、同人の妻を通
じて「今度が最後のチャンスだというふうに聞いているので家のほうにもこれ以上
迷惑をかけられないのでやめさせてもらう」旨の手紙に、脱退届を同封して送って
きた。なお、右P1も、昭和四五、六年頃摩耶出張所に在籍していた際、既に退職し
ていたP48から、「そろそろひいたら(脱退したら)ええんと違うか。P67はあれ
(脱退)以来連続特昇して元を取りよるぜ。」と全税関からの脱退を勧告された。
 原告P68は、神戸税関総務課文書係に在籍していた昭和三九年四月、同県人で上
司のP35課長補佐から、「全税関の活動は過激だ。将来のこともあるし、もうやめ
たらどないや。」等と何回かにわたって説得され、原告組合を脱退した。なお、同
原告は、脱退して、昭和四六年七月に特昇した後、勤務時間中に浜田支署長室にお
いて、主任と同二組合のオルグ二人がいる前で、支署長から、「神労に入れ。入っ
たほうが絶対いいんやから入れ。」と言われて、やむなく第二組合加入書に署名し
た。
ロ 結婚妨害等のプライバシーへの干渉
 原告P69が昭和三九年九月頃結婚を前提に付き合っていた女性の母親が、同原告
の入関の際の保証人であるP70総務部秘書係長を訪ねた際、同係長は同女に対し
「全税関にいたらいつまでも出世出来ない。昇給にも差し支える。」旨言って、同
女らから同原告に全税関脱退を勧めさせた。このため右縁談は破れた。
 原告P18は、昭和四二年二月、東部出張所貨物課に在勤中(神労の二代目委員長
P71が課長であった。)、同じ課のP73が、同原告の婚約者の会社の上司に対し
て、全税関労組を誹謗し、婚約者から同原告に全税関脱退を勧めさせようとした。
 原告P74の妻は、その仲人をした職制から私信で脱退を勧められた。
ハ 不当配転といやがらせ人事
 昭和三七年一一月に第一次大量配転がなされたところ、従来は、支署勤務は希望
者が普通であったが、当局は、小松島支署に原告P75、松山支署に原告P76、坂出
支署に原告P77を配転するなど、全税関青年部役員と活動家一五名を遠隔地に配転
した。
 続いて昭和三八年七月、第二次大量配転が行われたが、これは第一次と同様の趣
旨のものであり、原告P78が呉支署に配転となった。
 原告P79は、昭和四四年にP80総務課長から再三話し合いを求められ、全税関脱
退の話ならお断りすると答えたところ、松山支署に配転となり、しかも、支署配転
のときは五等級係長となるのが通例となっていたのに、六等級平職員のままという
いやがらせ配転であった。
 昭和四九年二月、原告P81は、意に反して、全く予期していなかった宇野支署に
配転された。
 昭和四二年一〇月、原告P75は、長男が生後七ヶ月であり、高校生の弟が同居し
ていて、配転に応じられる状況ではなく、支署長も今年は配転はない旨言明してい
たのに、配転された。
 当局は、昭和五二年、妻が出産して健康状態が悪い原告P15を小松支署から本関
小野浜出張所へ、同様に配転が困る事情にあるP35を本関PI出張所から小松島支
署阿南出張所へ配転しようとして両名に内示したところ、本人や原告組合の反対運
動によって、この配転はなされずにすんだが、同時に同原告の保税実査官昇任の内
示も撤回した。
 支署勤務は普通は大体三年であるのに、原告P76は、昭和三七年一一月に第一次
大量配転で松山支署勤務となってから、松山に六年間、今治に二年余、新居浜に五
年と支署勤務を続けさせられた。
ニ 差別によるみせしめ人事やいやがらせ人事
 訴訟承継前原告P2の同期生で任官がより遅かったP82は、長期無断欠勤(行方不
明)をして解雇問題にまでなった経歴の持主であるが、全税関組合員の脱退等に功
労があり、P9ら三名の懲戒免職の裁判で当局側の証人として出廷したことから、昭
和五四年に四等級に昇格した右P2に比べて早く昇進し、昭和五三年には三等級の統
括審査官となって、同人と同じ職場に配置された。同期生やそれ以下の資格の非組
合員が、同じ職場で上司としていることは、極めて屈辱的なことである。
 原告P68は昭和四四年一月に原告組合を脱退し、昭和四六年七月に特昇した。
 原告P18は、昭和四〇年に東部出張所保税課に配属になって以来約一〇年間、保
税課ばかりに在籍させられた。
3 マル秘文書が示す全税関対策の狙いと手口
(一) 東京税関幹部会議事録等
 昭和六二年一二月、全税関本部に東京税関当局が作成したと思われる一連のマル
秘文書が送付されてきた。
 文書の中身は、昭和四二年から昭和四四年の間に東京税関で開催された幹部会
議、部課長会議、部課署長会議等の各議事録及びその頃東京税関で作成された行政
日誌その他の資料である。
 文書の内容は全税関労組を旧労、第二組合である東京税関労組を新労と呼び、人
事対策、労務対策、新入職員・青年層対策、厚生レクリェーション対策、表彰制度
の運用その他により、一方において全税関所属の組合員を徹底的に差別・排除し、
全税関の団結を破壊しつつ、他方において東京税関労組を保護育成することを密か
に謀議したものであるが、右対策は関税局の指導によるものであって、神戸税関を
はじめとする全国各税関においても同様の対策が実施されていることは容易に推察
できる。
 これを要約すると次のとおりである。
(1) 人事対策
イ 昭和四三年一一月二九日に開催された幹部会議で、東京税関総務部長から関税
局が召集した全国税関総務部長会議の報告がなされた。それによると、初級職試験
合格者の採用について、従来は人事院の試験成績が六五点以上の者を対象としてい
たが、昭和四三年度からはこの制限をはずし、思想調査の必要から学校の選別や身
元調査を強化することになった。
 これは、初級職新採用者については、試験成績よりも思想傾向を重視することに
より、新採用者が全税関労組に加入するのを防止することを狙ったものである。
ロ 昭和四二年四月一一日に開催された部長会議で、全国税関総務部長会議の結果
が報告された。そこでは全税関組合員に対し、八等級から七等級への昇格に際し、
どのようにして差別するかが種々論議されていた。例えば、東京税関や神戸税関か
らは、矯正措置を受けた者に対してのみやるべきだという意見が出されたが、横浜
税関は矯正措置に限らず当然にやるべきだと主張した。これに対し、関税局から
は、単に矯正措置を受けただけで成績不良と判定することは問題があるので、成績
不良の事実を逐一記録しておくことが必要であるとの意見が出され、東京税関から
は大蔵省全体で検討したうえ慎重に実施すべきだとの意見が述べられた。
 これは、関税局の指導のもとに、全国の税関が全税関労組の組合員に対し、いか
にして昇格差別を行うかを種々議論した結果、組合活動を理由に厳重注意や訓告等
の矯正措置を行い、それを口実に七等級への昇格を差別するという従来の方針を再
確認するとともに、成績不良の証拠を固める手段として現認体制の統一的方針を検
討したものである。
ハ 前記部長会議における前同報告により、八等級に在級する若年層に対しては、
メリットがないので特別昇給をさせない旨の結論が出されたことが認められる。
 特別昇給制度を人事対策の手段としてより有効に活用していくという方針が明白
に示されている。
ニ 前記部長会議における前同報告により、関税局が勤勉手当の減額を従来の割合
より強化し、より突込んだ減額措置を検討していきたいと提案し、大多数の税関が
これに賛成したことが認められる。
 これは全税関組合員に対する勤勉手当の減額をより厳しくすることにより差別支
配を強化することを狙ったものである。
ホ 昭和四二年一一月二四日に開催された幹部会議において、全国総務部長会議の
議題に関連して税関長が、勤勉手当に差別をつけるより現行の昇給延伸の方が必罰
の効果が大きい旨発言している。
 全税関組合員に対し、いかにすればより打撃的な攻撃を加えることができるかが
あらゆる機会に検討されているのである。
ヘ 昭和四二年九月一一日に開催された幹部会議では、全国税関長会議の報告がな
されたが、それによると、この税関長会議で、旧労古手対策として専門官設置の提
案をした某税関長に対し、大蔵省が甘い考えだと批判したことが認められる。
 全税関組合員に対する差別攻撃は関税局の積極的指導によるものであることを示
している。
(2) 労務対策
イ 関税局総務課は、昭和四二年四月七日付で作成した「税関職員服制細則の制定
について」と題する文書を各税関に呈示し、意見を徴した。大蔵大臣訓令「税関職
員服制細則」、税関長達「税関職員服制細則の実施細目」制定により、税関職員に
は職務遂行時以外での制服着用を禁止し、職務遂行時には制服、制帽の着用を義務
づけることによって、全税関組合員の組合活動を制服面から規制するとともに、違
反者に対しては、訓令違反や職務命令違反を口実に矯正措置や懲戒処分を行うこと
を目論んだものである。
 関税局総務課自身がこの文書の中で、「規則の解釈上、昼休みに制服を着用して
よい時といけない時の限界について(例えば、何故コーラスが可で、集会が不可か
など)若干紛争を生ずるおそれがある。」とか、「一部分子の組合活動を阻止する
ためにこのような規定が設けられ、職員の多数が迷惑を被るのは本末転倒ではない
のかとの考え方がある。」などと問題点を指摘しているところに、その意図の露骨
さが窺える。
ロ 右の呈示に対し、東京税関では、昭和四二年四月二六日に部長会議を開催して
協議した。そこでは、服装規程は全税関組合員が制服を着用して組合活動を行うこ
とを制限するところにその目的がある旨の説明がなされ、休息時間中の制服着用に
ついて組合活動とその他の活動を差別して取扱うことの可能性やその場合の規定文
の表現上の工夫について種々議論されている。興味深いのは、東京税関で「特例を
つくると旧労はそのアンバランスを穴として要求を起こし、他関では困ることが起
こる可能性がある。」などというような意見まで出され、その表現に苦慮している
様子が窺えることである。
ハ 昭和四三年一一月二九日の幹部会議で、船員保険の値上げについて新労(東京
税関労組)が根回しをする予定であるから協力をするようにとの報告がなされてい
る。
 このことは、東京税関当局が船員保険の値上げ問題について、該当職員から苦情
がでないように第二組合を利用していることを意味しており東京税関当局と第二組
合との癒着ぶりを示すものである。
ニ 昭和四二年九月一一日の幹部会議議事録によると、全国税関長会議で、東京税
関長が官房長に対し、当局は旧労(全税関労組)対策は懸命にやっているが、もっ
と大事なことは新労(東京税関労組)を強くすることだと進言していることが認め
られる。
 割税局と各税関が一体となって全税関労組攻撃と第二組合育成に腐心している様
子が窺える。
ホ 昭和四二年四月一一日に開催された部長会議で、全国税関総務部長会議の報告
がなされた。それによると、第二組合を同盟路線に導くべきか否か、各税関一律の
労務対策の押しつけの善し悪し等について関税局と各税関当局が協議しているこ
と、ならびに関税局は東京税関当局に対し、大蔵職員の中の一部には容共的行動も
あり、その中に税関労組(第二組合)が入っていることは危険であり幹部職員は注
意するように要望している。
 ここにも関税局と各税関が一体となって全税関労組対策と第二組合育成に腐心し
ている姿がよく示されている。この中で、東京税関総務部長が「(本省の)ただ神
戸をたたえ東京を批判する書き方に一言意見を述べておいた。」と報告するくだり
は、神戸税関当局が第二組合の育成、とくに同盟路線推進の実績について、関税局
から高く評価されていることを示している。
ヘ 東京税関厚生課の昭和四四年九月三日付「独身寮について」と題する文書によ
ると、東京税関当局は全税関労組が独身寮の入寮者にどのような働きかけをし、入
寮者がどの程度反応しているかを監視調査している事実が認められる。
ト 昭和四二年一月一四日付で作成された東京全税関の独身寮各寮別概要は、東京
税関当局が各独身寮の入寮者の組合所属関係に留意し、新入職員が入る品川寮には
ほとんど全税関組合員を入れないようにしていることを示している。
チ 昭和四二年五月一五日に開催された部課署所長会議では、全税関労組の組合活
動であるリボン着用に対し、現場での具体的なやりとりを想定した職制の対応策を
指示している。
リ 東京税関の昭和四三年度予算要求資料では、労務対策整備経費として五〇万六
〇〇〇円が計上され、その内訳として広角レンズ、ストロボ、写真機、テープレコ
ーダー、携帯メガホン等が挙げられている。
 右の事実は、全税関労組の組合活動等、特に集会、デモ対策として、現認体制を
強化するための装備拡充が目論まれていることを示すものである。
ヌ 昭和四二年九月一一日の幹部会議における全国税関長会議の報告によると、同
会議で財務調査官が「組合の混乱期は過ぎたが、かつての苦闘を思い起し管理体制
を確立してほしい」旨の挨拶をしたことが認められる。
 これは、税関労組の分裂がほぼ完了し、第二組合が確立されて一応平穏を保って
いるからといって、職場の管理体制をおろそかにしてはならないという関税局の締
めつけである。
(3) 職員・若年層対策
イ 前記幹部会会議議事録によると、前記税関長会議において、横浜税関長が官房
長に対し、「新職員の基礎研修は良い。マル共組合を追いつめていくのに効果があ
るので毎年新職員を採用し、研修を実施してほしい」旨の要望を行ったことが認め
られる。
 これにより、各税関当局は、全税関労組対策に新職員の基礎研修を利用し、新職
員が全税関労組に加入せず、第二組合に加入するよう教育している事実が明らかに
なった。
ロ 昭和四二年三月三〇日の部長会議において、新職員の受入行事につき協議され
た。その際、研修課長から、新職員の入関式に全税関労組がビラを配布するので研
修教室に入場の際に回収することにしたい旨提案され、承認された。
 東京関税局が、新職員への全税関労組の影響を排除するための具体的措置を計画
的に行っている事実が端的に示されている。
ハ 昭和四二年四月一一日の部長会議議事録には、全国税関総務部長会議におい
て、大阪税関が新職員を警務課に配属することは管理教育が徹底しにくいので反対
した旨の報告について、東京税関では必ず先輩がペアでつくので大阪とは事情が違
う旨の議論がなされたことが記載されている。
 各税関当局とも、新職員の管理体制に腐心していることが分かる。右の管理体制
の中心課題が、新職員に対する全税関労組の影響を排除することにあることはいう
までもない。
ニ 昭和四二年五月一日の部長会議では、新職員の配置案について協議された。そ
の際、三五名の新職員全員を警務関係に配置することは難しいので、一部の新職員
については、警務関係以外の職場に配置するが、その場合には全税関労組員の影響
を受けないように配慮して配置する旨の方針が確認されている。
 これにより、新職員を全税関労組から隔離する方針が明確に示されている。
ホ 前記会議において、新職員の受入後の取扱要領として、職場指導官の人選につ
いては七等級職員を中心に勤務成績、人格、思想等を考慮して行うことを決定して
いる。
 新職員の思想教育を重視していることがわかる。
ヘ また、前記会議において、新職員の寮への受入れに関し、入寮者の管理の徹底
について協議している。
 入寮者の私生活全般を掌握し、管理を強め東京税関当局の意に沿う職員を育成す
る方針が具体的に示されている。
(4) 厚生・レクリエーション対策
イ 昭和四二年八月一六日に開催された幹部会議においては、次のような協議がな
された。即ち、水泳大会について、全税関労組所属選手でも名選手であれば二~三
名いれるのはやむを得ない旨の関税局の回答や、全税関労組員を参加させることの
実害についての関税局の質問が紹介され「全税関労組員を差別してもよいのではな
いか。」との総務課長の発言や「若年層対策としてレクリーダーには全税関労組を
入れてはいけない。」(発言者不明)とか、「できるだけ排除方法をとるが、二~
三名まぎれこんできた場合にはやむを得ないだろう。」との総務部長発言があり、
種々論議された。最終的には今回の水泳大会については全税関組合員四~五名まで
は出場させてもよかろう。レクリーダーは今回は全税関組合員を入れたまま締切る
などの点で合意された。
 全税関組合員についてはレクリエーション活動からも排除、制限していく方針が
明確に示されている。
ロ 昭和四二年九月一四日付の「職場レクリエーションについて」と題する資料に
は、次のような記載がある。
 サークル活動は特定イデオロギーに支配され易い欠点をもっている。全税関労組
は安い経費で若年層と知り合う機会を狙っている。行事当日は思想的言動等はしな
いが後日喫茶店等へ誘い出す。今後の行事計画については管理課長会議を経て幹部
会議の承諾を得る。文化的活動は第二組合と全税関労組を分けたサークルの二部制
を考え指導していく等々である。
 ここでは、レクリエーション活動を通じて、全税関労組の影響力がどのように浸
透してくるかを分析している。レクリエーション行事計画についての管理体制を強
化し、サークル活動においても全税関組合員と第二組合員を分断する方針が示され
ている。
ハ 昭和四二年九月六日付のサークル部門別新旧調査表には、各サークル毎に第二
組合と全税関労組の所属人数が記載され、マネージャーについても所属労組別に記
載されている。
 右の事実は、東京税関当局が各サークルの構成員やマネージャーの組合所属につ
いて強い関心を持ち、その調査結果に基づいてサークル活動を通じての全税関労組
の影響を排除していく方針をとっていたことを示している。
ニ 昭和四二年九月二七日に開催された幹部会議では、次のような提案、報告、決
定等がなされた。レクリーダーは任命制とし、経費は一部負担する、任期は一一月
一日からとする、全税関労組対策上、美術展は本年中は行わない、音楽隊は全税関
組合員の活動の場となってしまったので解散した、音楽隊の新設を検討したい、新
職員に演劇とコーラスの希望が多いが、現在これらのサークルは全税関組合員が中
心となって活動しているので、二部制とし、新しい演劇・コーラスのサークルを結
成させることが必要と思う、思想問題についても研究会の開催を検討してみてはど
うか、等々である。
 全税関組合員を「旧労分子」と呼び、これを全てのサークル活動から計画的に排
除していく方針が明示されている。
ホ 前記幹部会議に用いられた資料には次のような記載がある。レクリエーショ
ン・年間行事からの全税関組合員の排除、レクリーダーの存在を当局が明確に認識
し、レク行事の準備と実施は厚生課が中心となり、各部署所の管理課長がレクリー
ダーの助けを借りて一般職員のレク参加希望状況を掌握する。但し、全税関組合員
に対しては何ら積極的に直接に接触しないようにする。一〇月一日を目処にレクリ
ーダーの一新と増員をはかる。新レクリーダーには正式発令をし、任期を定め、な
るべく多くの第二組合員がレクリーダーの経験を持ちうるように措置する。サーク
ル活動は第二組合と全税関労組の構成比から見て危険が伴う。具体的には、コーラ
ス、油絵、華道、演劇などの文化活動には当局として積極的に取り組まない。当局
としては体育部門ないしは登山、バーベキュー、釣り等に取り組み、第二組合所属
の若年層対策に主眼をおく。レク年間行事は年度当初に幹部会議にかけてオーソラ
イズする。但し、前記全税関労組の影響の強い文化活動等は実施できない。
 ここでも、レクリーダーやサークル活動からの全税関組合員排除の方針が明記さ
れている。そして、これらの方針は現実に忠実に実施されているのである。
(5) 表彰
イ 昭和四三年四月二日の幹部会議では、大臣表彰について論議された。ここで
は、勤勉手当の受領を拒否しているような者は大臣表彰を受けるに値しない。腹で
は全税関組合員を表彰したくないが、永年勤続者表彰はせざるを得ない等の意見が
出されている。
 表彰制度の運用においても、全税関組合員の差別取扱いが検討されているのであ
る。
ロ 昭和四三年七月一七日付「第二四回密輸検挙者表彰について」と題する文書に
は概要次のような記載がある。
 他の職員の模範とするにふさわしくない行為のあった者を表彰から除外するた
め、表彰に関する運用内規を改定し、①過去一年内に懲戒処分、矯正措置を受けた
者は表彰から除外する。②過去一年内に官の政策、方針、職務命令、上司の指導に
対する反抗または不服従のあった者その他税関職員としてふさわしくない行為のあ
った者は功績得点から三〇点を限度に減点する(甲第三一九号証の一の一ないし四
の一)等々である。
 これは、全税関組合員に対しては表彰も行われない旨の差別方針が打ち出された
ことを示している。
(6) その他
 昭和四四年九月一七日の幹部会議では、一日税関長の選定にあたり、芸能人には
共産党系がいるのでその辺の調査が必要との意見が出された。
(二) 全同税関総務部長・人事課長会議資料等
 昭和六一年一一月五日、衆議院予算委員会において、P83議員が関税局や各税関
における人事管理問題等について質問したが、原告はこのときに用いられた資料を
全税関中央本部を経由して入手した。これらの文書は、昭和六一年四月一〇日、一
一日に関税局で開催された全国の税関人事課長会議関係資料(甲第二四九号証の一
ないし一〇)および昭和五八年から昭和五九年にかけて開催された全国の税関長会
議・税関総務部長会議の関係資料(甲第二四九号証の一一ないし一六、第二六七な
いし二六九号証)である。
 文書の内容は、前記の各会議で各税関における人事管理上の諸問題を協議した際
の議題、方針、資料で、全税関所属の職員を特定職員と呼び、その処遇について、
第二組合員とどの程度の差別をもうけるかを具体的統一的に検討したものである。
 そして、昭和五八年から昭和六一年という比較的最近の資料であるが、ここで提
起・確認されている関税当局及び各税関当局の差別的方針は基本的には本訴請求期
間当時から今日まで維持、持続されている。
(1) 上席官昇任対策
 昭和六一年三月一九日の総務部長会議において、①俸給表の一一級別移行によ
り、七級昇格の足がかりとして、今後上席官(課長、補佐、またはその相当職)要
求が強まるであろう、②上席官昇任については、五〇歳以上の全税関所属職員のほ
とんどは昇格基準表の要件を充たしており、また、全税関に所属していない職員
(一般職員)の上席官への任用及び職場での上席官の運用の実態並びに全税関所属
職員の年齢構成等から、現状(六〇年任用六人、占有ポスト九)程度では、内外と
も説明が難しい、③仮に、欠格条項に該当する者を除く全員を昇格させたとして
も、全上席官の一割にも満たないので上席官任用は可能であろう、④一般職員との
均衡上及び全税関職員に対する上席官運用の継続性からも、少なくとも二六年次を
中心とする年齢構成層については、上席官昇任にあたって絞りをかけ選考すべきで
ある、などの意見が交わされた。
 これを受けて、昭和六一年四月一〇、一一日に開かれた人事課長会議において、
①全税関所属職員の上席官への昇任について、欠格条項該当者以外は全員昇任させ
るか、昇任時に選考を行うか、②選考対象を従来より若干拡大すべきであるとの意
見もあるが、あまり昇任時の年齢を下げると選考対象者が著しく増加すること、八
級昇格への期待感が増幅されることなどを考慮し、五五歳以上で六級の在級期間が
六年以上の者という前年度基準のままで運用するか、③昭和六一年度における全税
関組合員の上席官任用数を、昭和六〇年度の任用数(六人ー合計で九ポスト)の五
割増程度にすることはどうか、さらに増やすとすれば任用の上限はどの程度が妥当
か、などの問題が提起、協議された。
 これらの協議は、全税関組合員はなるべく上席官に昇任させないとの従来の方針
を原則としつつ、それでは余りにも差別が歴然として過ぎるため、一部の組合員に
ついては、定年退職直前に昇任させることとし、その任用数や昇任年齢、六級在級
年数等をどの程度に押えるかを種々の視点から検討したもので、あからさまな差別
謀議に外ならない。
(2) 七級昇格対策
 前記総務部長会議において、①七級は従来の四等級でもあり、上席官は基本的に
は七級であるという職員感情から、上席官であれば退職までには七級に格付けすべ
きである、②一般職員との均衡(一般の上席官が全て退職時までに七級に格付けさ
れるとは限らない。)から選考を行うべきである、などの意見が出された。
 これをふまえて、前記人事課長会議では、①一般職員の昇格との均衡上、上席官
在任二年以上の者とすることはどうか、この場合上席官昇任の上限年齢をどう考え
るか、②在任期間に関係なく退職前一、二年前に昇格させることはどうか、などの
問題について協議がなされた。
(3) 四、五、六級格付対策
 前記人事課長会議において①四、五、六級における一般職員と全税関組合員の昇
格時期については、勤務成績が一般職員と比べて遜色のない全税関組合職員は超一
選抜として一般職員の最終選抜時期(最も昇任の遅いグループ)に重ねること、②
一般職員より勤務成績の優れている全税関組合員は一般職員の第三選抜の時期に重
ねること、を確認することについて協議がなされた。
 これらの差別取扱方針は神戸税関においても正確に実行されている。一例を挙げ
ると次のとおりである。
 すなわち、昭和六〇年度において全税関所属職員で上席官に新たに任用された者
及び既に任用されている者は、全員五五歳以上、六級在級期間六年以上であり、し
かも総任用数は六人ー九ポストであって、前記人事課長会議での指摘のとおりとな
っている。また、神戸税関における昭和三四年高卒入関者の四等級(六級)昇格年
度は、一般職員の第一選抜が昭和五五年、第二、第三選抜が昭和五六、五七年で、
最終選抜が昭和五八年となっているのに対し、全税関所属職員の「超一選抜」が昭
和五八年となっていて、一般職員の最終選抜時期に合わされている。
4 昇任、昇格、昇給差別の実態
(一) 法令上の建前と運用の実際
(1) 任用制度の基本原則
 国家公務員法は、昇格昇給を含む任用制度の全般を通じて遵守されなければなら
ない四つの基本原則を定めている。
 その一は平等取扱いの原則であって国家公務員法(以下「国公法」という。)二
七条は、すべての国民が国法の運用について平等に取扱われなければならず、人
種、信条、性別、社分的身分、政治的意見、政治的所属関係等によって差別されて
はならないことを定めている。
その二は国公法三三条で定められている任免の根本基準の遵守である。職員の任用
は、国公法と人事院規則の定めるところにより、その者の受験成績、勤務成績又は
その他の能力の実証に基づいて行うこと等がその柱である。
 その三は法令要件の充足である。国公法や人事院規則で定める要件を備えていな
い者を任命、雇用、昇任、転任させてはならず、いかなる官職にも配置してはなら
ないとする原則である。
 その四は国公法一〇八条の七で定める不利益取扱いの禁止である。職員は職員団
体の構成員であること、これを結成し、これに加入し、他はその正当な行為をした
ことのために不利益な取扱いを受けないとするものである。
(2) 任用制度の運用の実際
 国公法の任用制度は職階制と競争試験を基本的前提として組立てられているが、
今日まで職階制は実施されず、昇任等に競争試験は導入されていない。
 このため、任用制度の運用は暫定的なものとなっていて、法令上の建前と運用の
実際との間に相当の隔たりがあり、神戸税関では、少なくとも課長または課長待遇
職への昇任、従って旧三等級(現八級)への昇格までは、特に心身に故障があって
長期不勤した等の特別な者を除き、大多数の者が特定の年度もしくは二ないし三年
の幅をもった一定の期間に昇任、昇格している。
イ 昇任について
 昇任の定義は人事院規則八ー一二(職員の任免)五条二号に定められているが、
職階制が実施されていないため、同規則八一条で別に指令で定める日前においては
従前の例によるものとされ、従前の例とは①職員を昇格させること、②級別の定め
のある官にある職員を上級の官に任命すること、③職員を法令その他の規定により
公の名称の与えられている上位の官職に任命することとされている(右規則の運用
通知)。
 ところで、昇任は国公法上、競争試験によって行うことを原則とし、競争試験が
適当でない官職への昇任は、当該在職者の従前の勤務実績に基づく選考により行う
ことができるものと定められている(三七条)が、現在、税関においては昇任試験
は実施されていない。また、選考の方法としては、人事院で定める基準により人事
院又はその定める選考機関が行うものとされ(同法三六条二項、三七条三項)、選
考の基準については、官職の職種及び等級に応じて、所定の経歴、学歴、知識、技
能を有し、かつ、指令で定める免許、資格を有すること、さらに勤務成績の良好で
あることを含む旨が定められている。
(人事院規則八ー一二、第四五条)。
 しかし、右人事院規則の定めは、職階制が実施されていないため法的には適用さ
れておらず、同規則九〇条(経過規定)により、本省の課長相当職(税関でいえば
税関長と部長)以上の官職を除く官職についての選考は、任用権者が選考機関とし
てその定める基準により行うものとされているのであるが、神戸税関においては右
の選考基準は定められていないものと思われる。
 そこで、任命権者の行う昇任はいかなる基準に基づいて実施すべきかが問題とな
るが、人事院規則八ー一二の運用通知(任企三四四)でも昇任の定義に昇格させる
ことを含ませていることを勘案すると、昇格の基準を定めた人事院規則九ー八第二
〇条を類推適用することが、もっとも法の趣旨(国公法三六条二項、三七条三項)
に適合する。
 そうすると、昇任選考の基準としては、当該職員が合格した資格試験と学歴、免
許別に定められている必要経験年数及び必要在級年数を充足していることであっ
て、それ以上の基準は認められないということになる。
 職階制が確立されておらず、競争試験も実施されていない現状において、このよ
うに、昇任が主として資格や経験年数等の客観的基準に基づいて行われることはや
むを得ないことであり、任命権者の恣意を排除するうえで実状に最も適している。
ロ 昇格について
 昇格は、職員の職務の等級を同一の俸給表の上位の職務の等級に変更することで
あるが、その基準として、人事院規則九ー八第二〇条は、行(一)の旧二等級、現
九級以上への昇格を除いては等級別資格基準表に定める必要経験年数又は必要在級
年数を有していなければならないこと、現に属する職務の等級に二年以上(昭和六
〇年一二月の改正前)在級していなければならないことなどが定められている。
 このように、昇格は客観的に明白な基準によるべきことが定められているのであ
り、勤務成績が良好であることは基準とされていない。これは、任命権者の恣意を
排し給与制度の公正な運用を期したためである。
ハ 昇給について
 普通昇給は職員が一二月を下らない期間を良好な成績で勤務したときに、その者
の職務について監督する地位にある者の証明を得て行われる昇給であるが、右の良
好な成績で勤務したというのは「通常の勤務成績」の趣旨であり、昇給期間の六分
の一に相当する期間の日数を勤務しなかったことや懲戒処分を受けたことなど、人
事院規則で勤務成績についての証明が得られないものとして取扱うものと定められ
ている事由に該当しない限り、その証明が得られたものとして取扱うのが通例であ
る。
 特別昇給は、職員の勤務成績が特に良好である場合に、定数の範囲(昭和三五年
度から昭和四二年度までは毎年定員の一〇パーセント、昭和四三年度以降は一五パ
ーセント)内で行われるものであるが、神戸税関では、入関後五年を経過し通常の
勤務をしている職員については、定数枠内において、おおむね順番に実施されてい
る。なお、長期欠勤者については他の同時入関者との間に生じた給与格差を調整す
るためにも実施されている。
 この結果、職員は、平均して七、八年(昭和四二年度以前)、または五、六年
(昭和四三年度以降)に一回の割合で特別昇給の対象となっていた。
(二) 差別のしくみと実態
(1) 差別のしくみ
 昭和三七年頃に始まる当局の原告組合と組合員に対する分裂攻撃も、かなりの部
分を占めた良心的な組合員の抵抗の前に、一挙に成功をおさめるというわけにはい
かず、これだけでは当局の描いた全税関壊滅の目論見を達成することはできなかっ
た。そこで当局は、長期的な腰を据えた全税関対策に乗り出すに至った。これが賃
金と身分に対する徹底した差別であった。
 既にみたとおり、公務員の賃金と身分に関するしくみの建前として、成績や選抜
による昇任昇格が定められているが、現実の運用においては、同期同資格の職員が
横一線に層を成していく年功序列型の昇任昇格制度となっている。このような実態
の中で、ある人が他の者に比べて賃金身分において著しく遅れをとれば、その人は
同僚や家族ひいては社会全体の中でどれほど肩身の狭い思いをするか想像に難くな
い。そして、その原因が組合所属の別にあるとすれば、直ちに組合の選択を変えた
くなったとしてもその人を責めることは困難である。当局はこのことをよく知って
いたからこそ徹底した賃金差別制度をつくり、全税関を脱退しない組合員に対する
見せしめとしたのである。
 具体的な差別の手口は次のとおりである。
イ 昇任差別
 昇任は等級号俸と連動しており、例えば六等級の九または一〇号俸になると主任
もしくは実査官に昇任するのが常であり、そのほぼ一年以内に五等級に昇格するし
くみになっていた。しかし当局が、全税関組合員については原則として主任等に昇
任させなかったため、原告組合員は五等級に昇格することができなかった。昭和三
八年四月一日から昭和四九年三月三一日までの間(後記「係争期間」中)に四三名
の原告が五等級に昇任しているが、昭和四五年までに昇任したのは原告P84と同P
85と二名だけであり、そのほかは、原告組合が本訴提起を準備し、国会等で当局を
追い詰めていく中で、訴提起直前に極端なものが是正されたにすぎない。
ロ 特別昇給差別
 特別昇給制度の建前と運用の実際は前記のとおりであり、法の建前である「特に
成績良好な職員」という規定は現実には機能していない。
 税関当局は、この建前を盾にして、原告らのほとんどを特昇させず、逆に余裕の
できた特昇枠を使って、非組合員を多数回特昇させるという二重の差別をした。原
告らのうち、後記係争期間中において特昇したのはたった八名に過ぎない。また、
昭和五七年時点において、原告らのうち一三名が、勤続二〇年の間に一度も特昇し
ていない。
 この特昇を使っての差別がいかに徹底して行われたかは、昭和四〇年から昭和四
八年の間の特昇割合が非組合員が一四八・二パーセントであるのに対し、原告らが
三・九パーセントであることによって示されている。
ハ 普通昇給延伸
 普通昇給制度の運用の実際は前記のとおりであるが、このように定期的に昇給す
ることは、官民を問わず給与制度として定着したものとなっている。神戸税関で
は、勤務成績が良好であることの証明が得られないという口実で一三名の活動家が
普通昇給を延伸されたが、右のような普通昇給制度の運用において、成績がどれほ
どの意味を持ち得るか疑問で有る。現に特昇から排除されている原告らも毎年昇給
しているのであり、右の普通昇給延伸はみせしめのために行われたものである。
ニ 六短差別
 昭和四一年から若年労働者確保を目的として八等級七号俸になってから六か月も
しくは九か月で七等級一号俸に昇格させる短期優遇措置がとられていた。
 ところが当局は、全税関所属の組合員に対してはこの優遇措置を与えなかった。
ホ 双子号俸差別
 六等級一三号俸から昇格すると五等級一〇号俸に、六等級一四号俸から昇格する
と五等級一一号にそれぞれ格付けされる。ところが、六等級一五号俸から昇格して
も同じ五等級一一号俸に格付けされるだけである。このように同一号俸に格付けさ
れる二つの号俸を双子俸というのであるが、一般には、双子俸に達する前に昇格さ
せられる。しかし昇格が遅れて双子俸にかかって昇格すると、双子俸の下位の号俸
から昇格する場合には六か月、上位の号俸から昇格する場合には一年の、実質的昇
給延伸を受けたことになる。
 当局はこのしくみを悪用し、原告らを双子俸に達するまで昇格させず、しかも、
双子俸の上位の号俸から昇格させる方法で原告組合員を差別した。
(2) 損害(格差)の発生
 神戸税関長が昭和三八年四月一日から昭和四九年三月三一日までの間に行った昇
任、昇格、特別昇給等における差別的な不利益取扱いの結果、原告らは昇任、昇
格、昇給が遅れ、同時期に同資格で入関した非組合員との間に別表二昇給・昇格等
一覧表記載のとおりの格差が生じた。
 右の昇給・昇格等一覧表は、各原告ら及び右原告らと入関時期入関資格を同じく
する非組合員のうち、昇任、昇格、昇給において標準的な取扱いを受けている者
(これを「非組合員標準者」又は「標準者」という。)の昭和三八年四月一日と昭
和四九年三月三一日現在の等級号俸、その間の特別昇給の回数と年度、及び昇任昇
格の年度を対比したものであるが、これのうち非組合員標準者に関する分は、非組
合員全員について調査して割出したものであり、しかも、この程度のものであれ
ば、原告らがその時期に昇任、昇格、特別昇給していた蓋然性が極めて高いところ
に控え目に設定したものである。
5 違法性と責任
 神戸税関長の原告らに対する前記昇任、昇格、特別昇給における差別的な不利益
扱いは、原告組合の団結を破壊することを目的とし、組合員であることを唯一の理
由として行ったものである。このような差別的不利益扱いは、組合所属による不利
益取扱いを禁じた国公法一〇八条の七に違反し、裁量権を濫用した違法なものであ
り、原告ら及び原告組合に対する不法行為となる。
6 損害
(一) 得べかりし賃金喪失
 右損害は、各原告らとこれに対応する非組合員標準者との賃金の差額であるが、
本訴において原告らが請求するのは、このうち昭和三八年四月一日から昭和四九年
三月三一日までの間(これを「係争期間」という。)に生じたものである。右賃金
の内容としては俸給のほかに調整手当(昭和四二年七月までは暫定手当)、超過勤
務手当、期末手当及び勤勉手当が含まれる。
 しかるところ、係争期間における各原告らとこれに対応する非組合員標準者の昇
給昇格状況は別表三等級号俸推移一覧表記載のとおりであるが、計算が繁雑になる
のを避けるため年度(四月一日から翌年三月三一日まで)途中の昇給や給与改定に
よる変動を考慮せず、年度初め(四月)の額に固定した。また、超過勤務手当は従
前の実績から俸給と調整手当の合計額の〇・二三とした。さらに、原告らのうち長
期病気休暇のある者及び国公法上の懲戒処分を受けた者については、対応する非組
合員標準者の等級号俸を遅らせて算定した。
 このように原告らの喪失賃金を控え目に計算して、各原告らの賃金につき対応す
る非組合員標準者のそれと比較すると、その差額は別表一損害額一覧表記載のとお
りとなる。
(二) 非財産的損害
(1) 個人原告
 前記昇任、昇格、昇給等の差別扱いにより原告らが受けた経済的損失は将来にわ
たって増大するものである。また、原告らはいわれのない劣位的評価を受け、社会
的名誉ないし人格権を侵害された。これによる原告らの精神的損害は別表一損害額
一覧表中慰謝料欄記載の額を下らない。
(2) 原告組合
 神戸税関長が原告組合を弱体化させ、あわよくば解散消滅させる企図のもとに係
争期間中、原告組合員に対し昇任、昇格、特昇等の差別的な不利益取扱いを行った
結果、原告組合を脱退する者が続出する一方、新規採用職員の原告組合への加入は
皆無に等しい状態となった。このため、原告組合は組織を防衛し、人事差別の実態
を調査し、これを是正させるための諸活動を強化せざるを得ず、組合員の減少によ
り組合費収入が低下している中で多大の労力の傾注と経済的出費を余儀なくされ
た。これによる無形の(非財産的)損害は五〇〇万円を下らない。
(三) 弁護士費用
 原告らは本訴提起を余儀なくされ、これにより支出しなければならない弁護士費
用は、原告組合が金五〇万円、その余の原告らが別表一損害額一覧表中弁護士費用
欄記載の額である。
7 よって原告らは、国家賠償法一条に基づいて、被告に対し前項の各損害金とこ
れに対する不法行為の後である昭和四九年六月二一日から支払ずみまで年五分の割
合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1について
(一) 同(一)のうち、原告組合が全税関の下部組織であること、その余の原告
(訴訟承継原告P3、同P4を除く。)及び訴訟承継前原告P1、同P2らが神戸税関
に勤務する(またはしていた)職員であること、その入関年度と資格が原告ら主張
のとおりであること(ただし、原告P86は昭和三七年中級組とすべきである。)は
認める。その余の事実は知らない。
(二) 同(二)の事実は認める。
2 請求原因2について
(一) 同(一)について
 戦後再開された民間貿易の発展に伴って税関の業務量が増大したこと、原告組合
がその主張のような活動を行ったことは認める。
 当局は、業務量の増加に対応して職員を大量に新規採用するとともに、例えば、
昭和三一年一月一〇日から輸出申告等を出航の二四時間前に申告させ、さらに昭和
三三年七月一〇日からは出航の前々日までにさせるようにするなどして、事務の改
善による職員の負担軽減を図った。
 また、税関の物的執務環境は、戦後の復興期にあった当時の一般的社会的情勢を
反映して、現在と比較すると万全とはいいがたい面もあったが、当時としてはひと
り神戸税関の職員のみが劣悪な執務環境下におかれていたわけではなく、備品不足
等により執務に支障をきたすようなことはなかった。
(二) 同(二)について
(1) 同(1)イ(年末年始休暇要求)について
 神戸税関長が昭和三四年一二月七日、当時の原告組合支部長であったP1と全税関
中央執行委員P5を訓告に付したこと(ただし、P5に対する訓告の日は昭和三四年
一一月七日である。)は認める。
 原告組合の年末年始休暇の要求については当局も可能な限り実現できるように努
力していたところであるが、税関業務の停滞は関係業者に深刻な影響を及ぼすのみ
ならず、国民生活全体に支障を及ぼすおそれがあり、年末年始といえども税関業務
を完全に停止することは許されない(法令上、一月一日は執務時間外としての臨時
開庁制度(税関法九八条)が適用されるので、臨時開庁の申請があれば平常どおり
業務を行わねばならず、一二月二九日ないし三一日及び一月二、三日は、行政需要
があれば、上司は職務命令により必要に応じ職員に出勤を命じ、命令を受けた職員
は右業務を行わなければならない。)。したがって、税関長は、行政指導として年
末年始期間中の輸出入申告の自粛を求めることはなし得るが、それとても事前に関
係業者に対する十分な説明とその納得を得ることが要請されるのであり、しかも、
当時の社会情勢は年末年始期間の税関業務を完全に停止させることは困難な状況で
あった。ところが、原告組合は昭和三四年一一月一六日頃、支部長P1名をもって、
通関業者に対し、昭和三四年一二月二九日から昭和三五年一月三日までの間の休暇
は完全に休む旨及び年末年始の輸出申告書類は一二月二六日の執務時間中にするよ
う求める旨記載した書面を一方的に配布して関係業者等を著しく困惑、混乱させ、
税関の信用を失墜させた。右訓告はこのような理由によるものであり、何ら違法不
当ではない。
(2) (1)ロ(安保反対闘争)について
 原告組合が原告ら主張の日に、その主張のような勤務時間内に食い込む職場集会
を行ったこと、その主張の日に、神戸税関長が原告組合支部長P1ら組合幹部一四名
に対し減給、戒告を行ったことは認める。
 原告組合は、右税関長の事前の警告を無視して右の時間内職場集会を行い、この
うち昭和三五年六月四日の集会においては本関の出入口にピケを張って、これを封
鎖し、職員の登庁を妨害、阻止した。これを指導した組合幹部の行為は違法な争議
行為をあおり、そそのかすものであり、職務専念義務違反にも該当するから、これ
を理由として行った右の処分に違法、不当はない。
 原告らは、右時間内食い込み集会は安保国民会議等の全国統一行動の一環として
行われたものであり、原告組合に対してだけ極端に重い処分がなされた旨主張す
る。しかし、統一行動としてなされた争議行為であるからといって違法性が阻却又
は軽減されるものではないし、他関等で行われた争議行為の具体的規模、態様は不
明であるから、原告組合の処分を受けた人数や処分の内容から原告組合にだけ極端
に重い処分がなされたということもできない。
(3) (1)ハ(P6事件)について
 税関当局が、原告ら主張の日に、その主張の理由により、原告P6に対し戒告処分
を行ったことは認める。昭和三四年一〇月二七日、神戸税関監所において、走行し
てきた原告P6、その知人で外国貿易船天栄丸の司厨長P87(以下「P87」とい
う。)、同船船員P7ほか一名が乗っていたタクシーの後部トランクから外国製紙巻
たばこ及び日本製たばこ「ピース」が発見されたほか、車内にあった風呂敷包みか
ら外国製紙巻たばこが発見された。このうち右後部トランクから発見された紙巻タ
バコ等については右P7が密輸入しようとしていたことを自供したのでその日のうち
に同人に通告処分したが、同人は直ちに帰郷しなければならないとのことであった
ので、後日再調査をすることにして当日の調査を打ち切った。その後出頭してきた
同人について再調査をし、事件当時、タクシーを検問した職員から事情を聴取し、
さらに外国からの帰国を待ってP87を取調べた結果、原告P6には、P87が右風呂敷
包みのたばこを持ち出そうとしたことについて共犯の疑いが濃厚となった。しか
し、原告P6の供述とP87らの供述には不一致があり、この中には他に客観的証拠が
ないことから右原告の供述を直ちに排斥し難い部分もあり、さらに原告組合が同原
告に対する取調べは組合弾圧であるとして抗議し、国会議員等も関与してきたた
め、当局は慎重に検討を重ねた結果、同原告に対し前記理由により処分することに
したものであり、処分の理由には何ら不当な点はない。また処分が昭和三六年八月
一九日となったのも、取調べの経過等から、やむを得ないものであった。
(4) (1)ニ(懲戒免職処分)について
 神戸税関長が原告ら主張のようなP9支部長ら三名に対する懲戒免職処分を行った
ことは認める。
 右P9ら三名は右懲戒処分の無効確認又は取消しを求めて提訴し、一、二審判決
は、右三名に違法行為があり、それが懲戒事由に該当するとしながらも、税関長が
した懲戒処分は、裁量権を逸脱したものと判断して右処分を取消したが、最高裁判
所は、右懲戒免職処分に裁量権濫用の違法はないとして、この部分に関する第一審
の判決を取り消してP9らの請求を棄却した。
 したがって、右三名に対する懲戒免職処分に違法がないことは確定している。
(5) 同(2)イ(職制層への脱退攻撃)について
 P9支部長ら三名に対する懲戒免職処分をした後の一時期、税関当局が原告組合と
団体交渉を拒否したことは認めるが、当局が職制層に脱退を働きかけたことはな
い。当局が原告組合と一時期、団体交渉をしたのは、当時の人事院規則一四ー一〇
第三項が「交渉は人事院に登録した職員団体によってのみ行われなければならな
い。」と規定し、右登録の要件に関し、「職員団体は構成員の中に非職員が含まれ
ている限り職員団体として登録され得ない。」との人事院事務総長の公権的解釈が
示されていたところ、原告組合が、昭和三七年二月一日に開かれた臨時大会におい
て、免職されたP9支部長ら三名を守っていくとする執行部原案を採択し、昭和三七
年八月三一日に開かれた支部大会において「税関に在職している職員をもって組織
する。」とされていた規約を「税関内に働く労働者をもって組織する。」と改め、
もって右P9ら三名を組合規約上正式に組合の構成員として認知したため、原告組合
と正式の団体交渉をすることができなくなったからである。もっとも、当局は、原
告組合との事実上の交渉まで一切拒否していたわけではなく、総務部長らが適宜交
渉に応じていた。
 なお、昭和四〇年のILO条約批准に伴う国公法の改正により、一定の場合には
懲戒免職者を構成員とする職員団体も登録資格を有するに至ったので、その後、税
関長は原告組合と正式の団体交渉に応じている。
(6) 同(2)ロ(原告組合乗っ取り工作)について
 昭和三七年二月一日の原告組合臨時大会において、免職されたP9支部長ら三名を
守って統一と団結を固め団体交渉を実質的に開かせていこうという執行部原案が可
決されたこと、昭和三七年に税関各部に管理課が設置されたこと、その後「労研」
が発足し、そのメンバーが原告組合役員選挙に立候補したことは認めるが、当局が
総務課や管理課を中心に組織的に組合干渉をし、原告組合役員に労研メンバーを当
選させて原告組合を乗っ取らせようと図ったことは否認する。
 管理課は、業務量の増大及びこれに伴う機構の拡充が進むにしたがって税関業務
全般にわたる総合調整機能の充実及び業務運営の円滑を確保するため管理機構の整
備を図る必要が高まったことから、各部の事務の統一を図り、あわせて部内におけ
る指導、調整を果たす役割を持たせることを目的として、監視、業務及び鑑査の各
部に設置されたものであり、原告組合の弾圧を目的として設置されたものではな
い。
(7) 同(3)(第二組合の結成)について
 原告ら主張の時期に、その主張のように多数の者が原告組合を脱退したこと、そ
の主張の日に神戸税関労働組合が結成されたことは認めるが、これに当局は関与し
ていない。
 このような大量脱退と新組合の結成という事態に至ったのは、原告組合の執行部
及びこれを支持する組合員が一般組合員の希望、要求を十分掌握しないまま、ある
いはこれを取り上げようとせず、自らの政治的主張及び組合運動論に基づいて組合
の活動及び闘争を指導し、職場の現実的要求から遊離した政治的運動に走り、違
法、過激な行動を繰り返したため、組合役員らの懲戒処分という事態に至って執行
部のいきすぎの是正を求める声が公然化し、これが拡大してもなお十分耳を傾けよ
うとしなかったことから原告組合を見限った組合員らが次々に脱退し、これらの脱
退者が自主的に新組合を結成し、その活動に賛同する他の多くの脱退者を糾合して
いったことによるものである。
(8) 同(4)イ(総務、監視部門からの排除)について
 当局が意図的に右の職場から原告組合員を排除したことはない。
 税関長は、個々の能力、適性等を考慮して適材適所の人員配置を行っており、職
員の組合所属の有無及び所属組合いかんは全く考慮要素となっていない。ただ、総
務部門は税関業務全般にわたる総合調整機能を果たす役割を担っており、また、監
視部門の職員は質問検査権などの広範な公権力行使の権限を行使して密輸の取り締
まり等に当るものであるから、とりわけ規律の維持及び公務秩序の確保が要請され
る。したがって、そのような観点から公平適正な人事配置が行われる結果、たまた
ま上司の注意、命令に従わず、非違行為を繰り返していた原告らがその職場に配置
されることが少なかったとしても、それは組合差別を理由とするものではない。
(9) 同(4)ロ(研修差別)について
 税関研修所神戸支所のP22教務主任が神戸税関長に、原告ら主張のような内容の
研修生推薦の依頼書を出したことは認めるが、その趣旨は原告組合員を普通科研修
から排除しようとするものではない。また原告組合員が普通科、高等及び実務の各
研修から排除されたこともない。
 普通科研修については本件係争期間中二二名の原告らが、また、係争期間前に遡
れば、計三二名の原告らが受講している。高等科研修の受講者は毎年全国で数十名
にとどまっているから、たとえ原告らの中にこれを受講した者がいないとしても
(普通科研修を終了していなくても勤務成績が優秀でこれと同等の能力があれば受
講することができた。)、このことから高等科研修について差別されたということ
はできない。専門研修は、もともと研修の人員が限られ、希望者全員が受講できる
わけではないばかりでなく、延ベ一六一名の原告らが昭和三九年を除いて毎年これ
を受講している。
(10) 同(4)ハ(入寮差別)について
 昭和四二年に垂水寮が完成し、当局が入寮者を募集したところ、原告組合は、当
局が寮管理規則を制定したこと及び寮管理人を置くことにしたことに反発し、期限
までに入寮希望を提出しなかった。そこで当局は、入寮希望を提出した職員及び新
規採用職員二〇余名を入寮させることとし、これを前提に他の古い寮の取壊計画及
び寮母の配置等を決定した。その後原告らが主張するように原告組合員が入寮を希
望した事実があるか否かについては現時点では確認し得ていないが、仮にそのよう
な事実があったとしても、各寮の存廃や人員配置等の全体計画が決定していた段階
では、これを変更させるような入寮者の受け入れは困難である。これを入寮差別と
いうのは、右の経緯を踏まえないものである。
 なお、原告P15は垂水寮に入寮している。
 また、原告P23が第一希望としていた中山手宿舎は、当局が宿舎法の趣旨に沿っ
て深夜勤務、緊急出勤、交通スト及びその他の行政需要に対応することを念頭にお
いて貸与していた宿舎であり、原告らが主張する空室も、近く迫っていた人事異動
のために必要なものであり、既に入居者が決っていたりしていたものである。この
ような事情や同原告の健康が甲子園宿舎から通勤可能であるまで回復したものと判
断されたことなどが考慮され、第三志望である右宿舎が割り当てられたものであ
る。
(11) 同(5)(庁舎管理規則による弾圧)について
 当局が昭和三八年に庁舎管理規則を改定したことは認めるが、右改定が原告組合
の組合活動を封じることを目的としたものであることは否認する。また、当局が、
原告組合員が休憩時間中に組合活動として行った集会について中止、解散を命じた
ことや原告組合の掲示板の掲示物を撤去したことはあるが、私的に雑談をしている
ような場合に、これを組合活動と断定して中止、解散を命じたことはない。中止、
解散命令は、庁舎等の使用の許可を受けないで行われた集会に対して行ったもので
あり、掲示板の撤去は、庁舎管理規則で掲示が禁じられている違法文書について、
事前に撤去命令をしたうえで行ったものであって、いずれも違法不当なものではな
い。また、休憩時間中に雑談していた場合にまで組合集会であると断定して中止解
散を命じたことの例として示されているものは、原告P34及び同P24がその各本人
尋問において供述する昭和四〇年八月二五日の兵庫埠頭出張所一階事務所における
ものと思われるが、それは組合活動の一環としての集会であり、参加者も右原告ら
が言うような二名ではなく、七名である。
 庁舎管理規則制定の経緯等は次のとおりである。
 神戸税関では、その管理運営する土地、建物、工作物及びその他の物的施設(こ
れを「庁舎等」という。)の適正な管理と秩序維持を目的として昭和三四年一二月
二四日、庁舎管理規則が測定されたが、この旧管理規則においては、庁舎等の目的
外使用については許可を要し、庁舎等においては原則として所定の場所以外での掲
示をしてはならず、所定の掲示場所であっても政治目的を有するもの、税関業務の
運営を阻害するものは掲示してはならないものとされていた。そのほか、管理者等
は、違反した掲示物を撤去できること、集団陳情を制限することができること、職
員に対する面会を強要する行為、危険物を庁舎に持ち込みまたは持ち込もうとする
行為、旗、のぼり、宣伝ビラ、プラカードを庁舎等において所持、使用、持ち込み
をし、またはしようとする行為、庁舎等において文書、図書等を頒布、掲示し、ま
たはしようとする行為、庁舎等において放歌高唱し、または練り歩くなどし、また
はしようとする行為、庁舎内において座り込みその他通行の妨害になるような行為
をし、またはしようとする行為については、これを禁止し、または庁舎等から退去
を命じ得ることが定められていた。しかるに原告組合は、右規則に違反する行為を
反復した。これを例示すると次のとおりである。①前記の昭和三五年六月四日の時
間内食い込み集会の際、原告組合は本関の玄関等入口をピケを張って封鎖し、職員
の登庁を妨害、阻止した。なお、右同日以降、安保統一行動日に、税関の玄関前に
「安保反対! 政暴法反対! 物価値上反対! 五〇〇〇円賃上げせよ!」等と記
載した大きな懸垂幕を掲げた。②原告P6に対し前記戒告処分を行った昭和三六年八
月一九日、原告組合員約五〇名が官房主事室に押しかけ、その退去要求を無視して
約半日間、実力で官房主事を同室内に閉じ込めたうえ、同室壁面に当局者を誹謗中
傷するビラ多数を貼付した。③昭和三六年九月、原告組合は、組合員の配転反対闘
争の一環として、本関職場内に「不当配転反対、人事の民主化をかちとろう」と記
載した横約一メートル、縦約五メートルの横幕を掲げ、また、税関長室前で座り込
みを行った。④前記のとおり原告組合は昭和三六年一〇月五日と同月二六日に、当
局の警告及び職場復帰命令を無視して時間内食い込み集会を強行したほか、右一〇
月五日の集会後に、三〇〇ないし四〇〇名の組合員がシュプレヒコールをしながら
庁舎内デモを行った。⑤昭和三六年一一月二八日から昭和三六年一二月八日にかけ
て連日、税関長室前において座り込み闘争を行った。
 このように原告組合が庁舎管理規則に違反し、庁舎等における秩序を混乱させる
ような行動を繰り返していたことや、右規則上、庁舎等の管理者は、本関庁舎等に
あっては税関長、官房会計課長、支署、出張所及び監視署にあってはその長とされ
ていたところ、広大な神戸税関の庁舎等を右の者らだけで管理することには無理が
あったことから、右規則を改定し、旧規則で管理者と定められた者を総括管理者と
位置付け、各職場毎に使用責任者を置くこととし、右両者が協力して庁舎等の管理
及び秩序維持に当たることとし、このほか、職員の遵守すべき義務をより具体的に
定めたものである。
 しかるに、原告組合は、鍵を借りる必要上会議室を使用する場合は別として、そ
れ以外は組合活動として庁舎等で集会を行う場合には使用許可を得る必要はないと
の見解に立って、庁舎等における無許可集会を反復した。しかし、たとえ組合活動
の一環としての集会であり、かつそれが休憩時間中のものであったとしても、行政
財産である庁舎等の行政目的外使用であることは明らかであり、組合活動であるた
めに税関長の管理権が排除され、組合または組合員が庁舎等を利用しうる権限を取
得し税関長がこれを受忍しなければならない義務を負うものではないから、組合活
動のための庁舎等の使用について税関長またはその補助者の許可にかからしめるこ
とは当然許容されるものである。もっとも、組合または組合員の使用申請に対し、
これを認めないことが権限の濫用に該当するような場合には、不許可措置が違法の
評価を受けることになるが、原告らは前記のような見解に立って、そもそも使用許
可申請をしなかったのであるから、権利濫用の問題が生じる余地はない。この点に
関して原告らは、昭和四二年一二月、中突分会長をしていた原告P27が執行委員会
のため会議室の使用について許可申請をしたところ、当時のP28総務課長がこれを
握りつぶし、無許可集会を行ったとして会議を妨害した旨主張するが、事実は、右
分会から一八時から二一時までの使用申請が出されたのに対し、庁舎使用責任者で
ある総務課長が庁舎管理上の理由で二〇時までの使用に訂正して再申請するよう指
示したところ、組合がこれを無視して再申請をしないまま集会を強行したものであ
る。
(12) 同(6)(現認制度による弾圧・いやがらせ)について
 上司は、部下職員の行為が公務員関係秩序の維持、確保に抵触し、あるいはその
おそれがあると判断した場合には、指導監督権を行使し、秩序の侵害の予防及び排
除並びにその回復を行わなければならないし、当該行為者に対する将来の指導監督
あるいは行為の責任を明確にするために報告書(現認書)を作成して自己の上司に
対してその経緯を報告するのは職務上当然であり、何ら違法、不当なものではな
い。同様に、部下職員において、その勤務成績能力及び資質などを判断するうえで
重要な言動があった場合、これを記録して報告することも職務上当然である。しか
し、原告らが言うように一定の制度として「現認制度」なるものが存在するわけで
はなく、また、原告ら組合員についてのみ報告書(現認書)を作成していたわけで
もない。
 もっとも、昭和四八年末から画一的な様式の現認書が作成されるようになった
が、それは現認制度が成立していたことを意味するものではなく、原告組合が余り
に違法なプレート闘争を繰り返したため、管理職員の事務負担の軽減を図る必要に
迫られたことによるものである。
(13) 同(7)イ(脱退攻撃)について
 当局が脱退勧奨などを行ったことはない。
 P37鑑査官が原告P36に「そろそろ特昇の時期」である、と言うことは、特昇制
度の趣旨からありえないことである。また、同原告は昭和三七年一月一日に特別昇
給しているが、同原告がP37鑑査官から右のように言われたという昭和四〇年二月
は右特別昇給から三年しか経過しておらず、七または一〇年に一回特別昇給をする
のが職場の実態であるとする原告らの主張と矛盾するものである。
 原告P2が輸出一課に配置換えになったのは昭和四〇年一一月一八日付で、当時の
輸出一課長はP88であり、P38課長は同原告がそれまでいた輸出三課長であったか
ら、この点に関する原告らの主張は事実に反する。仮にそのようなことがあったと
しても、同原告は輸出一課に配置換えになる直前の昭和四〇年一〇月五日、マーク
リーダー処理に関しP38課長から注意を受けたことがあること及びその際の同課長
の言葉からすると、同課長はそのような事実を踏まえて助言したものと解すべきで
ある。
 浜田支署長が主任を使って原告P89や同原告の妻に脱退を勧める趣旨のことを言
わせたというのは、あくまでも同原告の憶測にすぎない。仮に主任が、原告らが主
張するようなことを言ったとしても、その内容などからすると、それは隣人の家族
同士の全く私的付き合いの中で主任が同原告を思う気持から出たものと解される。
 原告P40に関する主張は、その日時、場所、相手方等の具体的事実が不明である
が、仮にそのようなことがあったとしても、脱退を仄めかされたというのは、同原
告が上司の言葉からそのように憶測したにすぎないものである。
 原告P41に対するP42課長、P22課長及びP90課長の言辞が仮にあったとして
も、当時は同課長らは原告らと同じ組合資格を有する組合員であるから、P42課長
が自分の所属している組合のことに関心を持つのは通常のことであり、また、職場
の先輩が後輩に対し「何かあったら相談してくれ。」というのは社会通念上当然の
ことである。また、当時、職場では原告組合の過激で違法な闘争に大きな批判の声
が起こり多くの職員が組合を脱退していった経緯があることなどに照らすと、P
22課長やP43係長は好意的に自己の見解を述べて忠告したものと考えるのが相当で
ある。
 一般的には、神戸税関では職員の遠隔地配転等の人事行政を円滑・適正に行うた
めに日ごろから必要に応じて管理者が部下職員の身上把握を行ってきており、P
45税関鑑査官もこのような趣旨で原告P44に質問したものと推測されるが、仮に原
告主張のような同鑑査官の言辞があったとしても、その内容は脱退を勧奨するよう
なものではなく、脱退を勧奨したというのは同原告の憶測でしかない。
 原告P29の知人であるP51、後輩のP52、P53、及び同僚のP54が当局によって
脱退させられたとする主張は、同原告自ら経験した事実に基づくものではなく、こ
れを裏付けるものもない。原告P20の友人P63に対し当局が脱退を強要したとする
主張についても同様である。
 原告P64が勤務していた監視部警務第一課では巡察のいやがらせのために数多く
の者が退職していった旨の主張は根拠のない一方的憶測にすぎない。同原告の供述
によれば、退職したのはP91、P92、P93であるというのであるが、同人らが退職
したのは、それぞれ実家の家業を継ぐため、教師をめざして大学を受験するため、
大学の昼間部に編入するためであった。
 原告P68に対するP35課長の言辞とされるものは、仮にそのようなことがあった
としても、同県人である先輩としての後輩に対する思いやりからなされた私的なも
のというべきである。
(14) 同(7)ロ(結婚妨害等プライバシー干渉)について
 原告P69の婚約者の母親に対するP70総務部秘書係長の発言は、婚約者の母親が
P70を訪ねた際のものであること、P70は、同原告と同じ組合員で、同原告の採用
時の保証人であることなどからすると、仮に右発言の内容が原告ら主張のようなも
のであったとしても、それは同人の個人的見解を述べたものと解すべきである。
 P73は原告P18の上司ではなく、勤務場所も離れていて、同原告と職務上親しい
関係にあったわけではない。このため、同原告の婚約については、たまたま用務で
日東運輸の事務所に立寄った際に同所の人から聞いて初めて知ったのである。この
ようなP72が日東運輸の人に「婚約者から原告P18に原告組合を脱退するよう言っ
てほしい。」などと依頼することは到底考えられない。
(15) 同(7)ハ(不当配転といやがらせ人事)について
 前記のように税関長は、行政需要に応じ、職員の能力、適性等を考慮しながら配
置換えをしており、組合所属の有無及び所属組合のいかんは無関係である。
 神戸税関は、広大な地域に多くの支署をかかえ、支署の業務も年々増加していた
から多くの職員が支署勤務とならざるを得ず、当然のこととして原告ら以外の職員
も多数支署に配置換えされている。ただ、原告組合の支部役員については、組合活
動に支障が生じるおそれがあることを考慮して支署に配転しない取扱いをしていた
が、右のような事情から分会役員等にまでこの取扱いをすることは極めて困難であ
った。
 昭和三七、三八年の配転は、このように支署の事務量が増大し配転の必要性があ
ったことから、当時の宿舎事情等を考慮して地元に近い支署に配置換えをしたもの
であり、原告らと同年代の非組合員も多数配転になっている。なお、当時、原告組
合役員であったのは原告P77だけである。
 原告P79への松山支署への配転換えが、同原告がP80総務課長からの話し合いの
要求が断ったことに対するいやがらせとしてなされた旨の主張は、同原告の憶測に
すぎない。
 原告P15に対する配転内示は、支署の長期在任解消という当局の人事方針に基づ
いて行われたものである。そして、同原告の妻の出産から右内示まで約七週間(発
令日まで八週間)あり、労働基準法六五条の趣旨に照らしても問題はなかった。ま
た、同原告の妻が肺結核で入院する必要があることが判明したのは右内示をした後
のことであり、配転の内示の撤回と同時に保税実査官昇任の内示も撤回されたの
は、小松島支署のような小規模官署では特級別定数とかポスト等に制約があるため
である。原告P76が松山支署に六年も勤務したことについては、同原告が希望して
いたという事情によるものである。
(16) 同(7)ニ(差別によるみせしめ人事、いやがらせ人事)について
 原告P68が昭和四六年七月に特別昇給したのは、昭和四三年から昭和四六年には
非違行為がなく、勤務成績も徐々に向上してきたためであり、全税関を脱退したた
めではない。
 原告P18は一〇年間東部出張所保税課にいたが、このようなことは同原告だけで
はなく、P94も通算して一二年保税課に勤務した。
3 請求原因3について
(一) 同(一)(東京税関幹部会議事録等)について
 同会議資料については東京税関当局において調査したがその存在について確認で
きなかったものであるが、その入手経路及び内容等には次のような不自然なところ
があり、信憑性がない。
 すなわち、全税関副中央執行委員長であるP95は、同人に対する証人尋問におい
て、右資料は全税関本部に郵送されてきた旨述べているが、郵送の方法、形態、差
出人等については「人から聞いた話であるのでよく分からない」旨曖昧な供述をし
ている。また、文書全体は極めて不鮮明であり、形式も整っておらず、筆跡もまち
まちで判読困難なものである。しかも、例えば①甲第三〇四号証の一の一一の番下
の部分は単に(八)だけの記載で文章が全て書かれておらず、途切れた状態になっ
ている。②甲第三一五号証の二の一ないし六の一は、他の行政日誌の部長会議なる
ものの別紙とは著しく形態を異にしており、かつ、上部欄外のページが「(2)」
から始っており、一ページが欠けているなど内容上不自然なところが多い。
 なお、右資料に書かれているような内容のことについて実際に議事が運営された
か否かを明らかにすることは、国公法一〇〇条の遵守義務に抵触することになるの
でできない。
 右資料に記載されていることが神戸税関でも実施されたとする原告らの主張は争
う。
(二) 同(二)(全国税関総務部長・人事課長会議資料等)について
 右資料についても、大蔵省関税局及び各税関において調査したが、その存在を確
認することができなかった。しかも、右資料は、甲第二四九号証の一には「1開催
予定等、2議題(案)」等と書かれ、甲第二四九号証の四には「議題4特定職員の
上席官昇任及び七級昇格について(別紙)」と書かれているが、その別紙である甲
第二四九号証の五には「議題3特定職員の上席官昇任及び七級格付等について」と
なっており、議題番号と表現が異なっていることからすると、実際に会議で使用さ
れたものとは到底考えられない。なお、右資料に書かれていることについて実際に
議事が運営されたか否かを明らかにすることができない理由は、前記のとおりであ
る。
 右資料に記載されていることが神戸税関でも実施されていたとする原告らの主張
は争う。
4 請求原因4について
(一) 同(一)(2)について
(1) 昇任
 国法上の任用制度は職階制と競争試験を基本的前提として組立られているが、職
階制は現在まで実施されていないこと、国公法上、昇任は競争試験によって行うこ
とを原則とし、競争試験が適当でない官識への昇任は選考によって行うことができ
るとされているが、税関においては昇任試験は実施されていないこと、選考の基準
として人事院規則八ー一二第四五条で、経歴、学歴、知識、技能、資格等を有する
ほか勤務実績が良好であることが必要である旨定めているところ、右規定は職階制
が実施されていない段階では効力を持たないとされていることは認める。これらの
ことから、選考の基準としては昇格の基準を定めた人事院規則九ー八第二〇条が類
推適用され、勤務実績の良好であることは基準となし得ないとする主張は争う。ま
た、神戸税関における昇任の運用の実態が、心身の故障がある者を除く多数の者が
一定の幅をもった一定の期間中に昇任するものとなっていることはない。
 神戸税関においては競争試験によらず、任命権者である税関長が昇格の選考を行
っているが、前記人事院規則八ー一二第四五条は、職階制が実施されていない段階
で効力を持たないとされているものの、職員の任用は勤務成績又はその他の能力の
実証に基づいて行うものとする国公法二三条、昇任は従前の勤務実績に基づく選考
により行なうものとする同法三七条二項の成績主義、能力主義の基本原則を具現し
ているものと認められることから、選考にあたっては、同規則の趣旨をも考慮して
選考対象者の経歴、学歴、資格、執務能力、人格、識見及び勤務成績を総合的に検
討し、昇任の対象となる官職にふさわしい者を選考している。
(2) 昇格
 昇格の基準として人事院規則九ー八第二〇条で等級別資格基準表に定める資格
(必要経験年数又は必要在級年数)を有していなければならないとされているこ
と、現に属する職務の等級に二年以上(昭和六〇年の改正前)在級していなければ
ならないとされていることは認めるが、勤務成績が良好であることは昇格の基準と
されていない旨の主張は争う。昇格の基準としては、右の規則で定められているこ
とのほかに、勤務成績が良好であることが明らかでなければならないとされている
(右規則の運用についての通知、昭和四四年五月一日給実甲第三二六「第二〇条関
係」)。
(3) 昇給
 普通昇給が一二月を下らない期間を良好な成績で勤務したときに行われるもので
あること、特別昇給が、勤務成績が特に良好である場合に定数の範囲で行われるも
のであることは認めるが、神戸税関では、原告らが主張するように入関後五年を経
過した職員についてはおおむね一定の間隔をもって順番に実施されたり、長期病気
休暇により昇給が遅れた者の格差を調整するために実施されていることはない。
(二) 同(二)について
(1) 同(1)(差別のしくみ)は争う。
(2) 同(2)(損害の発生)
 原告らの昭和三八年四月一日と昭和四九年三月三一日現在の等級号俸、その間の
特別昇給、昇任昇格の有無とその年度が別表二昇給・昇格等一覧表記載のとおりで
あることは認めるが、原告らと同期同資格の非組合員との間で格差が生じているこ
とは知らない。なお、被告が格差の存在について右のように不知と述べるのは、こ
の点について積極的に認否をするとすれば、非原告職員の等級、号俸、昇任、昇給
等について明らかにする必要があるところ、これを明らかにすることは人事制度の
円滑な運用に支障を来すばかりでなく、国公法上の守秘義務に反することになるか
らである。
 原告らのいう非組合員標準者は、入関年度及び入関資格のみを基礎とするもので
あり、しかも統計的実態等から設定された観念的指標にすぎないものである。これ
は、同期同資格の入関者は、任用上同じような処遇を受けるべきであるという見解
に基づくものと思われる。しかし、成績主義を根本基準とする国家公務員の任用制
度及び給与制度のもとにおいては、同期同資格者であっても個々の職員の勤務成績
により昇格、昇給及び昇任の時期及び回数に差異が生じるのは当然のことであるか
ら、同期同資格者を一定の集団とみなしその中で「標準者」なるものを設定するの
は無意味であり、したがって、このような標準者と比較して格差の存在を論じるこ
との合理的根拠は全くない。
 仮に格差の存在を論じるうえでこのような入関年度及び入関資格のみを基礎とし
た標準者と比較対照することが不当ではないとしても、右標準者の等級号俸は高位
に設定されており、その具体的設定方法に不合理な点がある。
5 請求原因5について
(一) 神戸税関長が原告主張のような目的をもって、その主張のような差別的扱
いをしたことはない。
(二) 公務員の不作為が違法と評価されるためには、その前提として当該公務員
に作為義務のあることが必要である。したがって、税関長の昇任、昇格、特別昇給
等をさせなかった行為が違法であるというためには、税関長が原告ら各自に対し昇
任昇格をさせるべき職務上の法的義務を負担していることが必要である。しかし、
昇任、昇格、昇給制度の趣旨内容に照すと、これらについての任命権者の判断は固
有の裁量行為に属し、税関長が原告ら職員に対し、昇任、昇格、昇給をさせるべき
職務上の義務を負うことはあり得ないから、右の不作為が違法とされる余地はな
い。
 同様の理由で、職員は昇任、昇格、昇給を請求する権利を有するものではなく、
また、たとえ職員が、ある時期に昇任、昇格、昇給することを期待することがある
としても、これは主観的期待にすぎないものであり、法的に保障されるべき利益と
解することはできないから、原告らに、昇任、昇格、昇給についての被侵害利益は
存在しないものというべく、この点からも税関長の不作為が違法とされる余地はな
い。
 このように、任命権者には昇任、昇格等をさせるべき義務がなく、したがって、
昇任、昇格等が当然になされるものでない以上、昇任、昇格等をさせなかったから
といって、それが不利益に処遇したということにはならず、国公法一〇八条の七で
禁止している不利益な取扱いに該当することもあり得ないというべきである。
6 請求原因6について
(一) 前記のように、昇任、昇格等について、税関長に作為義務がなく、また、
職員にも右義務に対応する権利ないし法律上の利益はないから、そもそも、損害が
生じているとはいえない。
(二) また、前記のように成績主義を根本基準とする国家公務員の任用制度及び
給与制度のもとにおいては、同期、同資格者であっても、個々の職員の勤務成績等
により昇給、昇格等に差異が生じるのは当然であるから、同期、同資格者を一定の
集団とみなし、その中で標準者なるものを設定することは無意味であり、したがっ
て、このような標準者を基準に損害額を算定することは合理的根拠がない。
 一般に、財産的損害を受けたことによる精神的苦痛は、財産的損害が回復される
ことによって慰謝されるものと解すべきであるから、この点についての原告らの主
張は失当である。
三 被告の主張
1 格差の合理性(差別扱いの不存在)
(一) 税関業務の高度の公共性
 そもそも、国家公務員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務
し、かつ、職務の執行にあたっては全力を挙げてこれに専念しなければならない
(国公法九六条一項)ものとされ、多くの服務規律が設けられているほか、服務規
律に違反した場合には懲戒処分を行うものとされている。
 このように国家公務員に対し厳しい規定を設けているのは、右の勤務関係の特質
から、その職責を全うするためには、国家公務員である職員が有能であるか否か、
公正、誠実、勤勉であるかどうかということのほかに、職場の秩序が維持され、職
員の能力が十分に発揮されるべき良き職場環境の確立が必要とされるからである。
 とりわけ税関職員は、国の玄関において諸外国との間で輸出入される膨大な貨物
についての審査、検査、許可を行い、その他貨物の輸出入に関する規制を最終的に
チェックし、国民経済の円滑な活動と健全な発展に貢献するとともに、国民の健
康、安全に寄与するという極めて公共性の高い重要な責務を負っている。これらの
税関業務が十分機能しなければ、輸出入関係者へ深刻な影響を及ぼすだけでなく
(このため、税関においては、関係者の要請があれば執務時間外であっても臨時に
勤務するという他省庁に類を見ない関税法九八条の臨時開庁制度が認められてい
る。)、我が国の国際的信用の失墜につながる恐れがあるし、また、銃器、覚せい
剤等の国民の生命、身体の安全を脅かす有害物品、輸入規制品の国内への流入、戦
略的物資の国外への流出、関税等の逋脱を招来しかねず、その影響は計り知れない
ものがある。これらのことを背景に、税関には法令上、貨物の輸出入の許可権限、
外国貿易船等及び貨物の取締権限(質問検査、船内検査、見本採取権、検問、帳簿
書類の検査権、貨物の施封権、車両の停止権を含む。)、貨物の輸入者等への質問
検査権(いわゆる事後調査権限)、関税等の賦課徴収と滞納処分権限、保税上屋等
の許可権限、犯則事件の調査、処分権限、通関業の許可権限など高度の公権力の行
使が認められており、殊に麻薬、覚せい剤、武器等の密輸を水際で防止するため、
これを摘発、検挙、調査、処分するという警察、検察権力に類似した強力な公権力
の行使が認められ、さらに、一定の場合には武器の携帯及び使用さえも認められて
いるほか、制服の着用が義務づけられている。
 このような税関業務の持つ高度の公共性からすれば、税関の職場においては、一
般の国家公務員に比して、公正、適正かつ円滑な業務運営の確保と職場秩序の維持
ということが、さらに強く要請されているということができる。
(二) 非違行為等の存在
 しかるところ、原告らは、本件係争期間中に、庁舎管理規則で定められている庁
舎等使用についての許可を受けないで開かれた別表四集会一覧表記載の集会に参加
し、当局の中止、解散命令にも従わなかった行為、勤務時間中に、組合の要求等を
書いたりリボン、プレート等を着衣につけ、あるいは同様の堅紙を机上に掲示する
ことを繰り返し、上司の取りはずし等の命令や注意にも従わなかった行為、大勢で
押しかけて所長等に面会を強要し、あるいは抗議を行って、当局の退去命令にも従
わなかった行為、勤務時間中に無断で離席して当局の違法ビラ撤去に抗議し、上司
の職場復帰命令にも従わなかった行為、勤務時間中ビラ配布や物品販売などの組合
活動及びその他の非違行為がある。これらの非違行為は国公法上の服務規律に違反
し、職場の秩序を乱し、税関の業務の円滑な運営を阻害するものであって、勤務成
績の評価においてマイナスの影響を及ぼすことは当然である。
 また、原告らは、人事院規則九ー八第三四条及び第三八条に該当する長期病気休
暇者延ベ三三名(普通昇給延伸一五名、特別昇給適用除外一八名)を初めとして、
病気休暇で一定期間勤務を欠いている者が多く、その他にも、遅刻、早退につなが
る「事故」「時間休」等が多く、総じて出勤状況は良好であるとはいえない。
 原告らが主張する格差は、仮にそれがあったとしても右のような非違行為や出勤
状況等が当該原告らの勤務成績あるいは昇任、昇格、昇給への選考に影響を及ぼし
た結果にほかならず、原告らが原告組合の組合員であるために差別扱いされたこと
によるものではない。
2 消滅時効の援用
 原告らの損害賠償請求権が仮に存在しているとしても、このうち、その発生原因
となった不法行為の日、すなわち各原告らが昇任、昇格、昇給等させるべきであっ
たと主張する日が、原告らが本訴を提起した昭和四九年六月一一日より三年前の昭
和四六年六月一一日以前のものは、すべて時効により消滅しているというべきであ
る。
 被告は本訴において右時効を援用する。
四 被告の主張に対する反論
1 格差の合理性の主張について
(一) 「非違行為」について
 被告が庁舎管理規則違反であるとするものは、その大多数が組合活動の一環とし
て行われた集会や打ち合せであり、原告らは組合員として、組合の指導のもとに参
加したものである。このような集会等は、昭和三八年に庁舎管理規則が改定される
までは何ら問題なく開かれていたのであり、日常の税関業務を阻害することもなか
った。
 また、リボン・プレート着用等も、原告組合の指令により組合活動の一環として
行われた正当な組合活動である。しかも、このようなリボン着用等については、当
時、各地の裁判所において、違法でないとする判断が示され、人事院も、全医労本
部の照会に対する回答の中で同旨の見解を示していたのであり、当時は、全国的に
リボン等闘争は非違行為と解されていなかった。当局が、当初は何の注意や命令を
与えず、また、注意や命令をするようになってからも、当初はストライキ権の行使
や政治的なものに限られ、しかも命令よりも注意を主流としていたのは、右のよう
な事情があったからにほかならない。
 私生活上の非行は、その程度が著しく悪質である場合に国公法の懲戒処分を受け
ることがあるが、原告らは、このような私生活上の非行を理由として国公法の懲戒
処分を受けたことはなく、被告が非違行為とする原告らの私生活上の行為は職務と
関係のない行為であるから、原告らが勤務成績不良を理由に差別を受けるいわれは
全くない。
 以上のとおり、原告らの行為はほとんどが正当な組合活動であり、私生活上の行
為も懲戒事由に該当しないとるに足りない行為であり、差別を合理化しうる事情に
該当しない。
(二) 因果関係について
 原告らの昇任、昇格、特昇は、被告のいう「非違行為」とは無関係に実施されて
おり、両者の間に因果関係はない。すなわち、原告らの中には非違行為が存在せ
ず、あるいは極端に少ないにもかかわらず、昇任、昇格等で差別を受けている者が
いる一方で、非違行為を行ったとされる時期に昇任、昇格、特昇等をしている者が
少なくない。また、原告組合を脱退した翌々年に特昇したものもいる。
(三) 遅刻、早退、病気休暇について
 年次休暇は、一般職の給与等に関する法律に規定された休暇の一つであり、その
請求に対しては「公務の運営に支障がある場合を除き、承認しなければならない」
ものとされており、承認権が羈束されている。また、特に必要があると認められる
ときは年次休暇を一時間単位でとることができることになっており、現実にもその
ような休暇の取りかたが少なくない。
 また、特別休暇は「選挙権の行使、結婚、出産、交通機関の事故その他の特別の
事由により職員が勤務しないことが相当である場合」として人事院が規則で定める
場合における休暇であり、これも権利として保障されているものである。
 したがって、年次休暇や特別休暇をもって勤務成績において悪評価をしてはなら
ないのであり、このことは、例えば家族の急病や交通機関のストライキなどにより
事前の承認を得ることができず、定刻に出勤できなかった場合(このような場合
は、出勤簿上、とりあえず「事故」扱いとなる。)であっても、事後に年次休暇ま
たは特別休暇としての承認(年次休暇については「公務の運営に支障がない」もの
として、時間休の場合はさらに、「特に必要がある」と認めて承認されることにな
る。)された以上、異なるところはないから、それが勤務成績に悪影響を及ぼすこ
とはあり得ないし、そのように取扱ってはならないのである。病気休暇は権利とし
て保障されているものであり、税関長や局長は、組合交渉の中で、「病気休暇は勤
務成績に影響しないからどんどん休んで下さい。」と言明していた。また、歴代税
関長も、体調を崩したときは気兼ねなく休める環境づくりをする。」と述べてい
た。
 もっとも、病気休暇は、年次休暇や特別休暇と異なり、普通昇給等の欠格事由と
なることがあるが、このような欠格事由にあたらない程度の短期間の病気休暇は勤
務成績に影響しないのが実情である。被告が主張するものは、わずかの期間の病気
休暇を問題にしているものや、特昇の勤務評定期間とは異なる時期の病気休暇をと
りあげているものが少なくない。
2 時効の主張について
(一) 神戸税関長は原告組合を嫌悪し、原告組合に所属している組合員たる職員
に対する一貫した差別扱いの意思を持って、各原告らに対し昇任、昇格及び特昇等
をさせず、あるいはその時期を著しく遅らせる等の不利益取扱いを行ってきたもの
である。税関長のかかる不利益扱いの意思は係争期間を通じて同一性を有し、かつ
継続して存在したものであり、税関長は右の一貫した不利益扱いの意思により、原
告らに対し昇任、昇格等の差別を反復継続してきたものであって、これは継続する
一個の不法行為であるから、本訴提起当時においては未だ終了していない。
 原告らは、昇任、昇格等に関し「ある特定の時期」を主張しているが、これは、
もし税関長の差別扱いがなければ非組合員標準者との対比において、遅くともこの
時期までに原告ら主張の昇任、昇格、特昇等が得られていたはずであるという意味
である。
(二) また、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は、客観的に損害賠償を
請求し得る状態になったときから進行する。しかるところ、人事考課や成績査定は
任命権者の専権に属し、内容は完全に秘密とされ、しかもその基準や方法が明示さ
れていないから、個々の職員にとってその不当性を的確に把握することは容易では
ない。とりわけ、昇任、昇格、特昇等の差別は、当初はごく僅かな程度であり、長
年にわたって累積して初めて格差の存在が明らかになるものである。そしてそれが
組合所属を理由とするものであることを知るためには、原告組合と第二組合のそれ
ぞれ所属する同期同資格入関者に対する系統的な調査が必要であるが、これは容易
なことではない。さらに、かかる税関長の不当労働行為によって昇任、昇格、特昇
等の差別が生じている疑いが生じても、当初は個別的な苦情の申立や労働組合とし
て団体交渉により事態の究明を行うのが通例であって、訴訟による救済が可能な法
的権利の存在を確信し得るにはなお時間的経過を要する。原告らが、神戸税関長の
不法行為の実態とそれによる損害の概要を知ったのは、せいぜい本訴提起一年前頃
(原告組合として本格的差別の実態調査を開始した時期)であり、消滅時効はこの
ときから進行を開始するというべきである。この点からも被告の消滅時効の抗弁は
理由がない。
(三) さらに、神戸税関長の本件差別人事は、関税局の指導のもと、全国の税関
長や幹部職員が共謀し、綿密な計画を立てて、長期間にわたり系統的に実施されて
きた極めて悪質なものであり、国公法一〇八条の七に真っ向から違反するばかりで
なく、憲法に保障された労働基本権や平等権を蹂躙するものである。しかも、神戸
税関長を初めとする税関当局は、差別人事の疑いを持った原告組合や個人原告らの
追及にも一切答えず、本訴提起の動きを察知するまで何ら是正の態度をみせなかっ
た。これにより、原告らの被った損害は甚大であり、本訴提起のための調査は極め
て困難であって、多大の労苦を費やした。
 これらの事情に、原告らと被告との地位関係を併せ考慮すると、被告の消滅時効
の援用は権利の濫用として許されないというべきである。
第三 証拠
 次に付加するほかは本訴記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。
(原告ら)
 被告は、その主張にかかる「非違行為」の証拠として、税関訟務官が既存の書類
をコピーしその一部を消除してあらたに作成した報告文書であるとして、原始文書
らしき文書の一部に切り紙を貼って文字を消し、その部分を墨わくで囲ったような
外観を有する大量の「現認書」を提出しているが、右文書に表出された思想、意思
は、訟務官が原始文書に紙を貼ったということだけであり、その他には、なんら思
想、意思は表出されていないのであり、かかる文書は原告らの職場の行為とは何ら
関連がないから、全く証拠価値のないものである。
       理   由
一 原告らの地位
 原告組合が全税関の支部組織であること、その余の原告(ただし、原告P4及び同
P3についてはその承継前の原告、以下これらを合せて「原告ら」という。)が係争
期間において神戸税関に勤務していた職員であることは、当事者間に争いがなく、
弁論の全趣旨によれば、右原告らは原告組合の組合員であることが認められる。
二 本件の背景
 成立に争いのない甲第三ないし六号証、第八、九号証、第二〇号証、第三四ない
し三九号証、第四一ないし五八号証、第六五、六六号証、第六九ないし七五号証、
第七九号証、第八四ないし九一号証、第九二号証の一、二、第九四号証(以上のう
ち第九、第三九、第四四、第四五、第四七、第六九号証は書込部分を、第三四号証
は九頁の部分をそれぞれ除き、第二〇号証は総評会議、共闘会議作成部分の
み。)、乙第一ないし一〇号証、第一二ないし一九号証、第二一ないし五三号証、
第五四号証の一、二、第六七ないし六九号証、第七〇号証の一、二、第七七、七八
号証の各一ないし三、第七九号証の一、二、第八〇号証、第九九号証の一、二、弁
論の全趣旨によって成立を認める甲第二号証、第二七号証、第七七号証、第九二号
証の三ないし一一、証人P96、同P97、同P98の各証言、原告P6(第一、二回)、
同P99(第一、二回)、同P1各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、次
の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
1 戦時中閉鎖されていた我が国の税関業務は、昭和二一年六月一日に再開され
た。当初は、密貿易の監視、取り締まりを主としていたが、民間貿易が昭和二二年
八月に一部再開され、ついで昭和二五年一月に全面再開されて貿易量が次第に増大
し、昭和三〇年代に入ってめざましい発展を遂げ、これに伴って税関業務は著しく
増大し、内容も複雑化していった。
 このため、神戸税関では輸出が集中する月末から月初めにかけて勤務時間終了後
に残業し、休日にも出勤して通関業務を処理せざるを得ない状況にあった。このよ
うな状況は年末年始も同様であった。
 原告組合は、昭和二二年結成されたが、こうした中で昭和三三年頃から活発に活
動するようになり、年末、年始休暇の確保、監視部(密輸取締部門)当直勤務者の
休息時間の確保、出張所、支署における宿日直廃止、厚生係の昼休み時間の確保、
警務職員、用務員の出勤時間の繰下げ及び備品の確保など職員の労働条件や職場環
境の改善について当局と交渉し、一定の成果を収めた。
 一方、神戸税関当局は、このような事態に対処するため職員の大量採用(昭和三
一年四月一日現在一二〇一名であったが、昭和三六年四月一日現在では三三七名増
加して一五三八名となり、昭和四一年四月一日現在では一五八名増加して一六九六
名となった。)を行なうとともに、昭和三一年一月からは輸出申告を出航の二四時
間前にさせるいわゆる二四時間制を実施し、さらに昭和三三年からこれを四八時間
制に改めるなどして事務処理の改善による負担軽減に努め、その他事務の合理化に
も力を注いだ。
2 原告組合は、全税関が昭和三三年に総評、国家公務員共闘会議に加盟したのを
受けて、その頃、兵庫県総評、兵庫県公務員共闘会議に加盟し、これらの団体の統
一行動として賃金問題のほか安保反対、政暴法反対、警職法反対などの政治闘争に
も取組むようになった。そして、昭和三三年から昭和三四年にかけて行なった年
末、年始休暇闘争の中で支援を受けたこれらの組織に加盟する労働組合や港湾関係
労働組合など地域の労働団体との連携を強め、その後、これらの労働組合員がしば
しば原告組合の行なう統一職場集会や当局に対する抗議行動などに参加するように
なった。また、昭和三五年六月四日、同月一五日、及び同月二二日には安保改定阻
止国民会議の安保改定反対統一行動の一環として勤務時間内に食込む早朝職場集会
を行ない、同年七月九日、これを指導した組合役員が減給・戒告の処分を受けた。
3 安保改定反対闘争が一応終息した昭和三六年に入ると、原告組合は、昇格、昇
給差別反対、職員の増員、労働条件の改善などの要求を掲げて実力行使を伴う激し
い闘争を行なうようになった。例えば、同年七月七日には赴任旅費不足額の補償を
要求して税関長官房主事宿舎前に終夜座込み、同年一一月二八日から同年一二月八
日にかけて政暴法反対や昇給、昇格差別撤廃などを掲げて連日二五ないし一〇〇名
位が税関長室前廊下に座込んだりした。同年一〇月五日と同月二六日には政暴法、
勤評粉砕、一律五〇〇〇円賃上げ、計算センター設置反対などを掲げて勤務時間内
に食込む職場集会を当局の警告や執務命令を無視して強行し、庁舎内をデモ行進す
るなどした。同年一一月一日から同月二日にかけては人員増員の要求を実現させる
ため担当職員に処理件数を故意に低下させたり、超過勤務命令に応じないようにさ
せたりし、同年一二月二日には右と同じ目的から輸出担当職員に対し超過勤務撤回
願を一斉に提出させるなどの闘争を行なった(以上の詳細は後記のとおり。)。
 また、原告P6に対して懲戒処分がされた同年八月九日の午後〇時三〇分から同日
午後五時頃までの間、原告組合員多数が官房主事室に集り、官房主事に罵声を浴び
せるなどして激しい抗議行動を行なった(詳細は後記のとおり。)。
4 神戸税関長は、昭和三六年一二月一五日、前記闘争を指導した原告組合の支部
長ら三名に対して懲戒免職処分を行ない、以後、職員でないものが役員に就任して
いることを理由に原告組合との正式の団体交渉を拒否するに至ったが、これらを契
機として、組合内部に執行部批判の動きが表面化し、これらの者が神戸労働問題研
究会を結成して昭和四七年六月と同年七月に行なわれた役員選挙に対立候補を出し
て争った。その後、右労働問題研究会と原告組合執行部は相互に激しい応酬をして
対立を深めたが、このような中で、課長や係長などの中間管理職層の組合員があい
ついで原告組合から脱退し、ついで一般組合員の脱退も続出するようになった。そ
して脱退者は、労働問題研究会の構成員が中心となって神戸税関労働組合を結成し
た昭和三八年三月には約八〇〇名に達し、その後も脱退者が続いて両組合の勢力比
は間もなく逆転するに至った。
5 その後、原告組合は、前記懲戒免職処分撤回の闘争などに取組んでいたとこ
ろ、昭和三九年一〇月一日、昭和三四年四月一日に国家公務員初級職試験合格の資
格で入関した原告組合員九名について在級期間を六か月短縮して七等級(以下、等
級号俸は昭和六〇年改正前の一般職の職員の給与に関する法律(以下「給与法」と
いう。)別表第一イ行政職俸給表一を表す。)に昇格させるいわゆる六短措置が行
なわれなかった。また、昭和四一年四月には、原告組合員四名について普通昇給が
延伸された。原告組合員に対するこのような昇格期間の不短縮の措置は昭和四〇年
一月と昭和四四年一月にも行なわれ、昇給延伸は、昭和四一年四月、昭和四三年一
月、同年七月、同年一〇月、昭和四四年四月及び同年七月にも行なわれたが、原告
組合は、これは原告組合員に対する当局のいわれのない差別扱いであるととらえ、
当局に対して強く抗議するなど差別撤廃の闘争に力を注ぐようになった。
 また、昭和四二年頃から原告組合員特に昭和二六年頃に入関した原告組合員が昇
任、昇格の差別扱いを受けているとして、これら組合員について昇任、昇格させる
よう強く要求するとともに差別対策委員会を設置して昇任、昇格差別撤廃闘争に取
組むようになり、昇任、昇格時期に向けて決起集会を開いたり、リボン闘争を行な
うなどした。
6 このような差別撤廃闘争は、昭和四五年頃から全税関全体の闘争として行なわ
れるようになり、全税関は、地方からの上京団を組織して国会への請願や大蔵省関
税局に対して是正を要求するなどの行動を行なった。また、昭和四七年一一月には
総評、国公共闘に加盟している他の公務員労働組合とともに政府を相手としてIL
Oに提訴した。
 なお、右提訴の内容は、全税関の組合員は特別昇給を例外的にしか受けられず、
幹部活動家は組合活動に積極的であることを理由に「勤務成績不良」とみなされ、
定期昇給が三か月延伸され、組合員は思想穏健でないとみなされて研修、昇任、昇
格、宿舎、住居移転を伴う配転などで差別扱いを受けているというものである。こ
の提訴につきILO理事会は、昭和三八年一一月、結社の自由委員会の報告を採択
したが、この報告の中では同委員会は、政府と全税関の各主張が大幅に食違ってい
るため提訴された問題のすべてについて結論に到達することが困難であったとしな
がらも、他の事業に関し、または組合員の状況の組織に関する比較の統計から、反
組合的行動が行なわれたように思われるとして、理事会が、いかなる反労働組合的
差別待遇がおきないことを保障するため適切な措置を取るよう政府に要請すること
を理事会に勧告した。
7 このような差別撤廃闘争が高まる中で、昭和四七年頃、全税関全国大会におい
て訴訟を提起することが論議され、原告組合は、その準備に取りかかり、昭和四九
年に本件訴えを提起した。
三 昇給、昇格等の比較
1 原告らの昇給、昇格等
 原告らの入関の年度と資格、係争期間開始時と終了時における等級号俸、右期間
における昇任の時期とその職名及び昇格の時期が別表二昇給・昇格等一覧表記載の
とおりであること、係争期間中の昇給、昇格の推移が別表三等級号俸推移表記載の
とおりであることは当事者間に争いがない。
2 非組合員(原告組合員以外の職員をいう。)の昇給、昇格等
(一) 昭和二四年旧中・高校組(昭和二四年入関の旧制中学校・高等学校卒業
者、以下、同様の表示をする。)
 原告P99、同P100各本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第三三四号証
によれば、非組合員四八名(係争期間の一時期において組合員であった三名を含
む。)は、その多くが昭和四一年から昭和四三年にかけて五等級に昇格し、二三名
が昭和四七年に、三名が昭和四八年にそれぞれ四等級に昇格したこと、このうち昭
和四七年まで原告組合員であった二名は、うち一名が組合員であった昭和四一年に
五等級に、昭和四七年に四等級に昇格し、他の一名も昭和四三年に五等級に昇格し
たことが認められる。
 しかし、右非組合員の係争期間終了当時の等級号俸についてはこれを認め得る証
拠はない。
(二) 昭和二五年五等級(昭和二五年入関の国家公務員五級職試験合格者、以
下、同様の表示をする。)
 右原告本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第三三五号証によれば、非
組合員九名(昭和四九年に原告組合に加入した一名を含む。)のうち五名は昭和三
八年に、残る四名は昭和四二年までに五等級に昇格し、八名が昭和四三年から昭和
四七年までの間に四等級に昇格したこと、係争期間終了当時の等級号俸は、一名が
三等級(号俸は不明)、一名が四ー一四(四等級一四号俸、以下、同様の表示をす
る。)、一名が四ー一三、五名が四ー一二、一名が五ー一五であることが認められ
る。
(三) 昭和二五年高校組
 原告P99、同P34各本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第二一二号証
によれば、非組合員五六名中、大多数の四四名が昭和四四年までに五等級に昇格し
たことが認められる。
 しかし、右非組合員の係争期間終了時点の等級号俸についてはこれを認め得る証
拠はない。
(四) 昭和二五年中学組
 原告P100本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第三三六号証によれば、
非組合員四名のうち三名は昭和四七年に、残る一名は昭和四八年に五等級に昇格し
たこと、係争期間終了当時の等級号俸はいずれも五ー一〇であったことが認められ
る。
(五) 昭和二六年六級組
 原告P1本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第二二一号証及び弁論の全
趣旨によれば、非組合員一八名(係争期間中に原告組合を脱退した二名を含む。)
のうち右の二名を除いた一六名は昭和四〇年五月一日までに監査官など四等級相当
職に昇任し、昭和四五年七月一日当時においては大多数の者が課長や統括官など三
等級相当職に昇任し、右昇任と同時に右各等級に昇格していたことが認められる。
 しかし、右非組合員らの係争期間終了当時の等級号俸については、これを認め得
る証拠はない。
(六) 昭和二六年五級組
 原告P99、同P100各本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第三三七号証
によれば、非組合員一一名は、昭和四二年までに全員五等級に昇格し、昭和四七年
までに八名が四等級に昇格したこと、その係争期間終了当時の号俸は、一名が四ー
一三、二名が四ー一二、六名が四ー一一、一名が五ー一五、一名が五ー一四である
ことが認められる。
(七) 昭和二六年旧専組(昭和二六年入関の旧制専門学校卒業者。)
 右(六)の証拠によれば、非組合員二名は、昭和四八年と昭和五〇年とにそれぞ
れ四等級に昇格し、係争期間終了当時の等級号俸は四ー一一と五ー一四であったこ
とが認められる。
(八) 昭和二六年高校組
 原告P99、同P24各本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第二四一号証
によれば、非組合員一二〇名のうち一一二名は昭和四五年までに五等級に昇格した
ことが認められる。
 しかし右非組合員の係争期間終了時の等級号俸については、これを認め得る証拠
はない。
(九) 昭和二七年四級組
 原告P99、同P41各本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第二五六号証
によれば、非組合員二名は、昭和四七年に五等級に昇格したことが認められる。
 しかし、右非組合員の係争期間終了当時の等級号俸については、これを認め得る
証拠はない。
(一〇) 昭和二七年高校組
 右(九)の証拠によれば、非組合員六四名のうち五〇名は昭和四六年までに、一
〇名は昭和四八年までに五等級に昇格していることが認められる。
 しかし、右非組合員の係争期間終了当時の等級号俸については、これを認め得る
証拠はない。
(一一) 昭和二八年五級組
 原告P99、同P100各本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第三三八号証
によれば、非組合員二名はいずれも昭和四三年に五等級に昇格したこと、その係争
期間終了当時の等級号俸は、一名が四ー一一、一名が五ー一五であったことが認め
られる。
(一二) 昭和二八年高校組
 原告P99、同P47各本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第二三〇号証
によれば、非組合員六七名のうち三二名は昭和四六年一二月一日までに、三一名は
昭和四八年二月一日までに五等級に昇格していたことが認められる。
 しかし、右非組合員の係争期間終了当時の等級号俸については、これを認め得る
証拠はない。
(一三) 昭和三〇年四級組
 右(一一)の証拠によれば、非組合員三名のうち二名は昭和四七年に、一名は昭
和四八年に五等級に昇格したこと、その係争期間終了当時の等級号俸は、それぞれ
五ー一一、五ー一〇、五ー九であったことが認められる。
(一四) 昭和三二年四級組
 原告P99、同P76各本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第二七九号証
によれば、非組合員三七名のうち一七名は昭和四八年八月一〇日までに、一九名は
昭和四九年八月八日までに五等級に昇格したことが認められる(一名は不明)。
 しかし、右非組合員の係争期間終了当時の等級号俸については、これを認め得る
証拠はない。
(一五) 昭和三二年高校組
 右(一四)の証拠によれば、非組合員三名は、いずれも昭和四九年八月八日まで
に五等級に昇格したことが認められるが、その係争期間終了当時の等級号俸につい
てはこれを認め得る証拠はない。
(一六) 昭和三三年中級組
該当者の存在は不明である。
(一七) 昭和三三年初級組
 原告P99、同P100各本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第三三九号証
によれば、非組合員一三名の係争期間終了当時の等級号俸は、一一名が六ー一〇、
一名が六ー九、一名が六ー七であることが認められる。
(一八) 昭和三三年高校組
 右(一七)の証拠によれば、非組合員一四名の係争期間終了当時の等級号俸は、
九名が六ー九、四名が六ー八、一名が六ー五であることが認められる。
(一九) 昭和三三年中学組
 該当者の存在は不明である。
(二〇) 昭和三四年初級組
 原告P99、同P75各本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第二七五号証
及び弁論の全趣旨によれば、非組合員一九名の係争期間終了当時の等級号俸は、一
〇名が六ー九、七名が六ー八、一名が六ー六であることが認められる(一名は不
明)。
(二一) 昭和三四年高校組
 右(二〇)の証拠によれば、非組合員五名の係争期間終了当時の等級号俸は、二
名が六ー八、二名が六ー七、一名が六ー六であることが認められる。
(二二) 昭和三五年初級組
 原告P99、同P29各本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第二八四号証
によれば、非組合員九名(元原告であった一名を除く。)の係争期間終了時の等級
号俸は、五名が六ー八、四名が六ー七であることが認められる。
(二三) 昭和三五年高校組
 右(二二)の証拠によれば、非組合員一六名の係争期間終了当時の等級号俸は、
四名が六ー七、八名が六ー六、三名が六ー五であることが認められる(一名は不
明)。
(二四) 昭和三六年初級組
 原告P99、同P101各本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第二九一号証
によれば、非組合員二七名の係争期間終了当時の等級号俸は、二名が六ー八、一一
名が六ー七、一〇名が六ー六、四名が六ー五であることが認められる。
(二五) 昭和三六年高校組
 原告P99、同P100各本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第三四〇号証
によれば、非組合員二二名のうち五名は昭和四七年に、一五名が昭和四八年に六等
級に昇格し、係争期間終了当時の等級号俸は、五名が六ー六、一五名が六ー五、二
名が七ー七であることが認められる。
(二六) 昭和三七年初級組
 原告P99、同P64各本人尋問の結果とこれにより成立を認める甲第二三三号証に
よれば、非組合員三五名(昭和三九年一月に中級職に任用換えになった二名を除
く。)のうち大多数の者は係争期間終了後の昭和五一年と昭和五二年までに五等級
に、昭和五六年から昭和五八年までに四等級に昇格したことが認められるが、係争
期間終了当時の等級号俸については、これを認め得る証拠はない。
(二七) 昭和三七年高校組
 原告P99、同P100各本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第三四一号証
によれば、非組合員一〇名の係争期間終了当時の等級号俸は、全員七ー七であるこ
とが認められる。
(二八) 昭和三八年初級組
 原告P99、同P100各本人尋問の結果とこれによって成立を認める甲第三四二号証
によれば、非組会員二七名(係争期間終了後に脱退した二名を除く。)の係争期間
終了当時の等級号俸は、一名が六ー六、二一名が六ー四、三名が七ー七、一名が七
ー六であることが認められる(一名は不明)。
(二九) 昭和三九年中級組
 (二六)に記載した証拠によれば、非組合員は二名いることが認められるが、そ
の係争期間終了当時の等級合俸は不明である。
3 格差について
 以上の事実に基づいて、原告ら組合員と同期、同資格の非組合員をそれぞれ集団
として対比(ただし、該当する非組合員のない昭和三三年中学組については最も近
いとみられる昭和三六年高校組と対比)してみると、入関年次、資格間で程度の違
いがあるものの、係争期間の終了時である昭和四九年三月三一日の時点において、
原告組合員は非組合員より昇任、昇格、昇給が遅れ、両者間に格差が生じているこ
とが認められる。
四 任用と給与制度について
 原告らは、前記のような給与上の格差が生じたのは、神戸税関長が原告組合に所
属していることを理由として、原告らについて、昇格につながる昇任を遅らせた
り、双子号俸の上位になるまで同一等級に留めるなどして昇格を遅らせ、昇格の期
間について短縮の措置を行わなかったり、延伸するなどして普通昇給を遅らせ、あ
るいは特別昇給をさせないなどの差別扱いをしたことによって生じたものである旨
主張するので、まず国家公務員の昇任、昇格、昇給制度について概観する。
1 昇任
(一) 昇任とは、狭義では法令によって公の名称が与えられている上位の官職に
任命することである。したがって、昇任は任用の制度であり、給与制度である昇格
や昇給に直接結びつくものではないが、職務職階制を指向する給与制度のうえで昇
格と密接な関係がある。
(二) 昇任を含む任用一般について、国公法三三条一項は成績主義の基本基準を
定め、同法及び人事院規則の定めるところによりその受験成績、勤務成績又はその
他の能力の実証に基づいて行なうものとし、この根本基準に基づいて昇任について
同法三七条一項では競争試験によることを原則としつつも、同条二項で例外として
当該在職者の従前の勤務実績に基づく選考により行なうことができるものとしてい
る。
 なお、昇任については、昇格や特別昇給と異なり法令上の定数の制約は定められ
ていないが、その性質上、機構上の定数の制約を受けることは当然である。
(三) 神戸税関では、職員の昇任は任命権者である税関長の選考によって行なわ
れている(このことは当事者間に争いがない。)ところ、弁論の全趣旨によれば、
選考の基準として特に明文の定めはなく、対象者の経歴、学歴、資格、執務能力、
人格、識見のほか勤務成績を総合的に判断して行なっていることが認められる。
(四) 原告らは、昇任は昇格と密接に結びついており、人事院規則(以下「規
則」という。)八ー一二の運用通知で昇任の定義に昇格を含ませていることなどか
ら、昇任については、昇格の基準を定めた規則九ー八第二〇条を類推するのが国公
法三六条二項、三七条三項の趣旨に適合するとして、昇任の選考の基準としては、
当該職員が合格した資格試験と学歴、免許別に定められている必要経験年数及び必
要在級年数などの客観的なものに限られるべきであり、勤務実績が良好であること
は、昇任の基準とはなしえない旨主張する。たしかに、昇任が昇格と密接に関係し
ていることは前記のとおりであり、規則八ー一二の運用通知で昇任の定義に昇格を
含ませていることも原告ら主張のとおりである。しかし、国公法三三条一項にいう
「勤務成績」及び同法三七条二項にいう「勤務実績」とは、いずれも職員の過去の
勤務上の実績をいうものと解されるところ、同法七二条は職員の執務について所属
庁長において定期的に評定を行なうものとし、規則一〇ー二第二条一項は、勤務評
定は、職員が割当てられた職務と責任を遂行した実績を当該官職の職務遂行の基準
に照して評定し、並びに執務に関連して見られた職員の性格、能力及び適性を公正
に示すものでなければならないとしていることに鑑みると、当該職員の勤務実績が
良好であることは、当然選考の主要な基準とされるというべきであり、原告らの右
見解は採用できない。
2 昇格
(一) 昇格は、職員の職務の等級を同一の俸給表の上位の職務の等級(昭和六〇
年の俸給表改正後は「職務の級」)に変更することである。
(二) 職員の職務は、その複雑、困難及び責任の度合いに基づいて分類され、こ
の分類の基準となるべき標準的な職務の内容を人事院が定めるものとされ(給与法
六条三項)、これを受けて規則九ー八別表第一・等級別標準職務表(第三条関係)
が作成されている。
 したがって、職員の職務の等級の決定(昇格)は、右の等級別職務標準表に基づ
いて行なわれることになるから、同表に分類された職務に昇任しなければ昇格しな
いことになる。
(三) 昇格は、右のように等級別職務標準表に基づいてなされるが、人事院が予
算の範囲内で定めた等級別定数の制約を受けるほか、昇格させようとする職員が規
則九ー八別表第二・等級別資格基準表(第五条関係)において定められている資
格、即ち必要経験年数又は必要在級年数を有していること(右規則第二〇条一項二
号)及び勤務成績が良好であることが明らかであること(右規則の運用基準につい
ての通知、二〇条関係)が必要とされている。
 したがって、上位の職に昇任しても、昇格しないことがある。
3 昇給
(普通昇給)
(一) 職員が一二か月を下らない期間を良好な成績で勤務したときに行なうこと
ができると定められている昇給(給与法八条六項)である。
(二) 右の勤務成績が良好であることは、当該職員について監督する地位にある
者の証明を得ることが必要とされている(規則九ー八第三四条一項)が、停職、減
給又は戒告の処分を受けた職員及び昇給期間の六分の一相当の期間の日数を病気休
暇、欠勤等により勤務していない職員は、一律に右の勤務成績についての証明が得
られないものとして扱うものとされている(右規則三四条二項)。
 なお、右の勤務成績の証明は、勤務評定記録書その他の勤務成績を判定するに足
ると認められる事実に基づいて行なうものとされている(前記規則の運用について
の通知、三四条関係)。
(三) 昇格後の最初の昇給期間については、昇給直前の等級号俸にあった期間が
短縮される。しかし、いわゆる双子号俸の下位の号俸から昇格した場合は、昇格直
前の等級号俸の期間が六か月を超える場合に限り三か月短縮されるだけである。ま
た、上位の号俸から昇格した場合は直前の等級号俸にあった期間がすべて短縮され
ることになっている(昇格後の号俸は一号俸下の双子下位の号俸から昇格した場合
と同じである、右規則三一条一項)。
 したがって、双子号俸から昇格した者は、双子号俸の直近下位の号俸から昇格し
た者に比べ三ないし一二か月昇給が遅れることになる。
(特別昇給)
(一) 特別昇給(規則九ー八第三九条の研修、表彰等によるもの及び同規則四二
条の特別の場合のものを除く。)は、勤務評定による勤務成績にかかる評語が上位
の段階に決定され、かつ執務に関連してみられた職員の性格、能力及び適性が優秀
であるなど、職務成績が特に良好である場合に、特別昇給定数(昭和三五年度から
昭和四二年度までは毎年定員の一〇パーセント、昭和四三年度以降は一五パーセン
トを超えない範囲内で、各省庁ごとに人事院が定める。)の範囲内で、その昇給期
間を短縮して直近上位の俸給額に昇給させることである(給与法八条七項、規則九
ー八第三七条一、二項)。
 そして、右の「上位の段階」に評定される職員の数は概ね一〇分の三以内とされ
ている(前記運用についての通知三七条関係2)。
(二) しかし、懲戒処分を受けて当該処分の日から一年を経過しない職員や昇給
の時期一年において勤務しなかった日が三〇日を超える職員は特別昇給をさせるこ
とができないとされている(右規則三八条)。
4 昇任、昇格、昇給の裁量性
(一) 以上のような国家公務員の任用及び給与制度の趣旨、内容からすると、昇
任は当該職員の能力、勤務実績等に照し、昇任すべき上位の官職に適するか否かと
いう観点から、機構上の定数枠の範囲において対象者を選定するものであり、昇格
は、等級別資格基準表に定められた資格を有する職員の中から、職務の内容、責任
の程度のより大きい上位の等級に昇格させるのが適当であるかどうかという観点に
立って、当該職員の能力、勤務実績に照して定数枠の範囲において昇格させるべき
者を決定すべきものであるから、これらの判断はいずれも任命権者の裁量に任され
ているものと解すべきである。そして、その範囲は、職務の困難性、責任の度合い
の高い上位の官職等級への昇任昇格になるほど、より広くなるものというべきであ
る。
 普通昇給は、定数枠の制約はないものの、法規の規定の仕方からすると、一二か
月を下らない期間を勤務した職員を必ず昇給させなければならないものではなく、
昇給させるかどうかの判断は、その範囲は狭いとはいえ、なお任命権者の裁量に任
されているものということができる。
 特別昇給が任命権者の裁量行為であることは、制度の趣旨と法の規定の仕方から
明らかである。
(二) この点に関し原告らは、神戸税関においては心身の故障等により長期欠勤
したような特別の者を除いて一定の期間内に昇任し、主任又は係長相当職に昇任し
た場合には二年以内に五等級に昇格し、課長相当職に昇任した場合には殆ど同時に
三等級に昇格するという運用がされてきた旨、また、特別昇給については、入関後
一定の年数を経過した職員について定数の枠内において概ね順番に実施されてきた
旨主張する。
 原告らの右主張は、昇任・昇格及び特別昇給が勤務成績に関係なく、経験年数に
よって一律に実施されてきたという趣旨であるとみられるところ、主任等係長相当
職に昇任した場合には、年度による差異はあるものの、ほぼ一、二年後に五等級に
昇格していたことは前掲各甲号証(役職等級等一覧表)によって認められ、課長
(税関監査官などの専門職を含む。)に昇任した場合には昇任とほぼ同時に四等級
に昇格していたことは被告の認めるところである。しかし、右甲号各証によれば、
非組合員でも、比較的下位の五等級職への昇任、昇格などでは同期、同資格の者が
三年程度の幅をもった時期に集中して行なわれているものの、職務の複雑困難性や
責任の度合いが大きい上位の官職等級への昇任、昇格においてはかなりのばらつき
が生じる傾向にあることが認められ、必ずしも原告らが主張するように経験年数に
よって一律に実施されてきたということはできない。
 また、弁論の全趣旨によれば、特別昇給についてはある程度の年功序列的運用が
なされていたことが窺われるが、そうであっても特別昇給がその制度の趣旨を逸脱
して経験年数のみにより一律に実施されていたというものではないから、前記の裁
量性に変りはない。
5 昇任、昇格、昇給の裁量権の濫用と不法行為の成否
(一) このように、昇任、昇格、昇給をさせるかどうかの判断は任命権者の裁量
に属する(人事院規則で定められた資格要件による制約を受けることは当然であ
る。)ものであるが、右裁量権の行使が、労働組合に所属することを唯一の理由
(非組合員に比べて能力、勤務実績に格別の差異がないのに)としてなされるな
ど、国公法二七条の平等取扱の原則、同法一〇八条の七の不利益取扱禁止の原則に
反するものであるときは、昇給、昇格等をさせなかったことが昇給、昇格等の期待
利益を侵害するものとして、右不利益を受けた者に対する不法行為を構成するとと
もに、労働組合との関係においても、その団結権を侵害するものとして不法行為に
なるものというべきである。
 この点について被告は、昇任、昇格及び昇給をさせるべきかどうかの判断が裁量
行為である以上、そもそも任命権者に昇任、昇格等をさせるべき作為義務が生じる
余地はないとして、その不作為が裁量権濫用として違法となることはない旨主張す
る。しかし、右のように能力や勤務成績に差がないのに組合所属を理由として昇
任、昇格、昇給をさせないことが許されないものである以上、全体として定数枠等
による制約はあるものの、他の非組合員と同様に昇任、昇格、昇給をさせなければ
ならない義務があるものと解され、これに反した取扱をした場合には裁量権の濫用
となるものといわなければならない。
(二) しかるところ、昇任、昇格、昇給の制度が右のように能力や勤務成績を反
映させるものとなっている以上、個々の組合員が他の非組合員に比べて昇任、昇
格、昇給において差別扱いを受けたというためには、当該組合員について、比較の
対象とされた非組合員との間で勤務実績や能力等に差がないことが個別的、具体的
に立証されなければならず、前記のように集団としての原告組合員と同期、同資格
の非組合員との間に昇任、昇格、昇給の格差が存在していることから直ちに原告ら
各自について、組合員であることを理由とする差別扱いがなされたということはで
きない。
 もっとも、右格差を生じる主要なものの一つと考えられる特別昇給において、一
定の限度で年功序列的運用も行なわれていることに鑑みると、右のような集団とし
ての対比における格差が存在することは、それ自体として、原告組合員に対して差
別扱いがなされたことを窺わせるものというべく、また原告らが主張するその他の
差別扱いの事実も、もしそれが認められるとすれば昇任、昇格、昇給における差別
扱いの存在を窺わせる有力な事情となる。
 しかし、一方、成績主義を基本原則とする任用及び給与制度のもとにおいては、
入関資格や経験年数が同じであっても、年数を経るに従って勤務実績に相応した格
差が生じることになるのは当然のことであり、また、病気休暇や懲戒処分など昇給
の障害事由や非違行為など昇任、昇格、昇給の基礎となる勤務実績の評価に影響を
及ぼす事情があれば、その分だけ右の推定も覆されることにならざるを得ない。
そこで、以下これらの事情について検討する。
五 原告組合に対する攻撃、組合員に対する差別扱いについて
 原告らは、本件の昇任、昇格、昇給における差別扱いのほかに、原告組合や組合
員に対する様々な攻撃や差別扱いがなされ、本件の昇任、昇格、昇給における差別
扱いは、これら原告組合や組合員に対する攻撃の一環としてなされたものである旨
主張するので、まずこの点について検討する。
1 組合役員に対する処分等
(一) 支部長P1に対する訓告(年末、年始休暇闘争)
 成立に争いのない乙第五五、五六号証、第三〇六六号証によれば次の事実が認め
られ、この認定に反する証拠はない。
 原告組合は、昭和三三年の年末、年始休暇闘争において税関当局が来年度(昭和
三四年度)は速やかに慎重に対策を検討して職員が休めるよう努力する旨言明した
のにかかわらず、何らの具体策も示さないとして、昭和三四年一一月一一日頃、支
部長P1名で通関業者に対し、同年一二月二九日から昭和三五年一月三日までの間は
完全に休むことを決定した旨及び年末年始の輸出入申告書は一二月二六日(土曜
日)の執務時間中に提出するよう求める旨を内容とする書簡を送付した。一方、当
局は、昭和三四年一二月一日付で、本年一二月三〇日から新年一月四日までに船積
み予定の輸出貨物の申告書の受理は原則として本年一二月二九日までとする旨を掲
示するとともに、関係業者に対して早期出荷、早期申告について強く要請したが、
一二月七日、この決定に先立って原告組合が当局の右決定と相違する内容の文書を
配付して業者に不必要な動揺を与えたとして原告組合に再びこのようなことのない
よう慎まれたい旨の警告を発するとともに、支部長P1が、あたかも年末年始の税関
業務が停止されるかのごとき疑惑を抱かせて税関の信用を著しく失墜させたとし
て、同人を訓告(矯正措置)に付した。
 右事実によれば、原告組合が通関業者に送付した書面は、表題が協力要請の形を
取っており、その文中にも同様の文言が用いられてはいるものの、これを全体とし
てみれば、年末年始の通関業務が一切停止されることになったと受取られるに充分
なものであって、税関当局が示した前記決定に反するものであるから、関係業者に
無用の混乱を招く虞のあるものというべきである。もっとも、原告組合が右の書簡
を発したのは、右書簡(乙第五六号証)に記載されているように、当局が前年の交
渉において、慎重に対策を検討し、昭和三四年度は職員が休めるよう努力する旨言
明したにもかかわらず、現在に至るも何ら具体策を示さなかったということが理由
とされている。
 しかし年末年始を休みにして税関業務を停止することは関係業者に影響を及ぼす
ことが大であり、これらの業者の理解と協力がなければ実現が困難であると考えら
れるところ、弁論の全趣旨により成立が認められる乙第三〇六七号証によれば、原
告組合の行なった年末、年始休暇闘争に関して、貿易団体の代表者が大蔵大臣に対
し「神戸税関は大政官布告をタテに年末を休むので業者が困っている」旨詰め寄っ
たことが認められ、これによれば、当時の状況としては、年末年始を完全に休むこ
とについては関係業者の充分な理解と協力を得ることは困難であったことが窺われ
るから、原告組合がこのような事情を無視して一方的に前記の書簡を発したこと
は、その意とするところは理解できるとしても行き過ぎたものといわざるを得ず、
正当なものとはいえない。
 したがって、税関長が文書の責任者である支部長を訓告に付したことは正当な理
由に基づくものであり、これをもって原告組合に対する不当な攻撃であるというこ
とができない。
(二) 支部長P1に対する懲戒処分(安保闘争)
 前掲甲第七六号証、成立に争いのない乙第三〇七二号証、証人P98の証言によれ
ば、原告組合は、昭和三五年六月四日、税関長の事前の警告を無視して本関や中埠
頭出張所など四か所において、安保国民会議、国公共闘会議の統一行動として、午
前八時三〇分頃から同九時三〇分頃までの間、安保反対、国会解散の要求を掲げて
勤務時間に食込む職場集会を行ない、本関においては出入口にピケを張って職員の
登庁を阻止したこと、また、同様の時間内に食込む職場集会は同月一五日と二二日
も行なわれたこと、これに対し当局は、同年七月九日、当時の原告組合支部長であ
ったP1ら組合役員一四名を減給又は戒告の懲戒処分に付した(右処分関係に就いて
は当事者間に争いがない。)ことが認められ、右認定に反する証拠はない。
 右事実によれば、右集会で指導的役割を果した原告組合役員らに対し当局が懲戒
処分を行なったことは正当な理由に基づくものであるというべく、これをもって原
告組合に対する不当な攻撃であるということができない。
 原告らは、右の集会は安保国民会議、国公共闘会議等の全国統一行動としてなさ
れたものであり、同様の集会は他の税関や他の官庁でも行なわれたが減給処分がな
されたのは神戸支部の七名と横浜支部の二名だけであるとして、原告組合に対して
だけ極端に重い処分がなされた旨主張する。しかし、他の税関における集会の具体
的な規模、態様等については不明であるから、単なる処分内容や被処分者の人数の
比較だけから特に原告組合に対し厳しい処分がなされたということはできない。
(三) 原告P6に対する懲戒処分(密輸事件)
(1) 神戸税関長が昭和三六年八月一九日、原告P6に対し、同原告が昭和三四年
一〇月二七日に外国貿易船天栄丸のP87を同船に訪れて一緒に下船した際、右P
87が米国製たばこ等の密輸出を企てて携帯しているのを知り得べき立場にありなが
らこれを確知することなく、税関職員としての適切な助言指導を怠り、かつ陸務課
の検査に協力しなかったことは税関職員たるにふさわしくない行為にあたるとし
て、懲戒(戒告)処分をしたことは、当事者間に争いがない。
(2) 成立に争いのない甲第六七、六八号証、乙第六〇号証の六ないし一一、そ
の方式及び趣旨により公務員が職務上作成したことが認められるから真正な公文書
と推定すべき乙第五八、五九号証、第六〇号証の一ないし五、第六一、六二号証、
第八一ないし八四号証、証人P102の証言及び原告P6本人尋問の結果によれば、右
処分に至った経緯等は大要次のとおりであったことが認められ、この認定に反する
証拠はない。
 すなわち、昭和三四年一〇月二七日午後六時過ぎ頃神戸税関本庁前監所において
勤務中の監視部陸務課陸務係職員P103が走行してきた原告P6、外国貿易船天栄丸
の船員P87、同P104ほか一名が乗車したタクシーを停車させて検問したところ、後
部座席左側に座っていた原告P6は、その右隣に座っていたP87との間の足許に置い
てあった風呂敷包を手に持って下車し、そのまま旅具課に向った。右風呂敷包には
米国製たばこ二カートン及びキスチョコレートが入っており旅具課で原告P6からこ
れを受取ったP87が輸入許可の申告をした(当時本邦の港に入港した船舶の船員が
外国製品を携帯品として持出すには、予めリストを提出して旅具課の許可を受け、
持出す際にはこれを監所の係員に示すことが必要とされていたが、右たばこは数量
が多いため正規の手続をとっても許可にならないものであった。)が、結局旅具課
の指示によりP87が天栄丸に持帰った。一方、右タクシーの後部トランクから厳重
に梱包された外国製紙巻たばこ及び日本製免税輸出用たばこが発見され、P7が自分
が密輸入しようとした旨自供した。しかし、同人は、結婚式に出席するため急いで
九州に帰らなければならない事情があったので、審査課は同人に対し通告処分をし
たうえ、後日、改めて詳しい調査をすることとして帰らせた。その後、同年一一月
中旬頃、出頭して来たP7を取調べたところ、同人がP87と共謀してたばこを密輸入
しようとした旨自供したが、当時、P87が出国していて取調べることができなかっ
たので、P7の関税法違反嫌疑事件の参考人として監所で検問したP103から事情を
聴取するとともに、原告P6にも出頭を求めたが、同原告は、出頭はしたものの供述
を拒否し、同年一一月二四日、同原告に対する取調べは組合弾圧である旨の原告組
合の情宣紙が配られた。その後、同原告は審理課の呼出に出頭しなかったり、出頭
しても黙秘を続けた。
 この間の昭和三五年二月四日、審査課が帰国したP87から事情を聴取したとこ
ろ、同人は後部トランクから発見されたたばこはP7と相談して持ち出そうとしたも
のであるが、原告P6はこのことは知らない筈である旨供述し、さらに事件当日の状
況について、「天栄丸の自室で原告P6と二人でビールを飲んだ後一緒に下船するこ
ととし、同船室内で船内の接待用米国製紙巻たばこ二カートンと先に同原告に贈与
してあった米国製キスチョコレート二缶(輸出許可済み)を風呂敷に包み、これを
持って同原告と一緒に下船しタクシーに乗車した。」「右風呂敷包は自分が持って
いたが、同原告が持っていれば税関の職員が検査しないと思ってタクシーが税関の
前まで来たとき「お願いします」と言って同原告に渡した。」などと述べた。そし
て、P87は、同年六月一一日の事情聴取において、下船間際に、自分の船室の机の
上で前記たばことキスチョコレート二缶を風呂敷に包んだが、その際、原告P6は机
の横のソファに座っていた旨供述し、さらに右同日、風呂敷包内のたばこは原告P
6に贈与したものである旨述べた。そこで、以後、原告P6に対する関税法違反嫌疑
事件として取調べが行なわれることになり、同原告は同年七月から事件当日の状況
について供述を始めたが、同月五日までの取調べの中で、「P87に旅具課に行くよ
う促したが同人がぐずぐずしていたので私が代りに申告してやろうと思って、風呂
敷包を持って旅具課の方に行った。」「風呂敷包にたばこが入っていることは旅具
課の検査台の前で初めて知り、自分が申告すべきではないと考えてP87に渡して申
告させた。」などと述べ、知情の点については終始否認した。こうしたことや原告
P6に対する取調べを原告組合が組合弾圧ととらえて強く反発し、政党の不当弾圧委
員会も調査に乗り出した。右のような状況の下で税関当局は、原告P6を前記理由に
より戒告処分にした。
(3) 以上認定した事実によれば、原告P6に対する前記処分の理由は十分肯認す
ることができる。
 もっとも、風呂敷包のたばこを持ち出そうとしたことについては、旅具課の指示
で右たばこを船内に持帰ったことにより、また、後部座席から発見された紙巻たば
こを持ち出そうとしたことについては、関税法違反事件としてP7に通告処分がなさ
れたことにより、いずれも事件当日に一応決着したものとみられないではないが、
その後においてこれらのことについて取調べがなされたのは、P7に急いで帰郷しな
ければならない事情があり、当日、同人から詳しい事情聴取を行なうことができな
かったため、後日、改めて同人に対する取調べをした結果、後部座席から発見され
たたばこについてP87に密輸の共犯の疑いが生じ、同人や原告P6に対しても改めて
右の事情聴取が必要となり、さらにP87の供述から、風呂敷包のたばこについて、
原告P6に密輸の共犯の疑いが生じたことによるものであって、これら関係者に対す
る取調べが原告らが主張するように処理済みになった事件をことさら蒸返したもの
でないことが明らかである。
 また、原告P6に対する戒告処分は事件発生から一年一〇月を経過した後に、しか
も右嫌疑の内容と相違する理由によってなされているが、このことは、前記の取調
べの経過などに照すと、不自然であるとはいえない。
(4) 以上のとおりであり、原告P6に対する戒告処分は正当であり、同原告にな
された取調べが当局が密輸事件を捏造して行なったものであるとする原告らの非難
は当らない。
 なお、前記甲第六七、六八号証によれば、右の事件は神戸新聞に昭和三四年一一
月三〇日付で「税関職員が密輸(未遂)の片棒?」と、昭和三五年六月二八日付で
「七か月ぶりにクロと断定」と報道されたことが認められるが、その取材の経緯が
明らかでなく、当局が原告組合を攻撃するために発表したものとは認められない。
(四) 支部長P105外二名に対する懲戒免職処分
(1) 神戸税関長が昭和三六年一二月一五日、当時の原告組合支部長P105、書記
長P96、組織部長P106を懲戒免職処分に付したことは、当事者間に争いがなく、成
立に争いのない乙第二〇号証の一によれば、右処分の理由は、原告P105について
は、①当局の事前の警告及び執務命令を無視して勤務時間内にわたって行なわれた
二度の職場集会を積極的に指導したほか庁舎内をデモ行進し、②人員増加要求を貫
徹するため、多数の組合員とともに監査部長を取囲み、大声で業務上の指示は文書
をもってするよう要求するなどして通関業務の処理を妨げ、③右同様の目的でP
96、P106ら組合執行部役員とともに、担当職員に一斉に超過勤務命令撤回願を出す
よう勧奨し、これにより作成された右撤回願をとりまとめて提出し、かつ超過勤務
に服すべき職員を講堂に集結させて通関業務の処理を妨げた、というものであり、
P96については、①前同①の集会を積極的に指導したほか庁舎内のデモ行進を提案
してこれを行ない、②人員増加要求を貫徹するため輸出為替業務担当職員に対し処
理件数を低下させるよう提案するなどして繁忙期における通関業務を妨げ、③同様
の目的でP105、P106ら組合執行部役員とともに、輸出関係業務担当職員に前同様
の超過勤務命令撤回願を提出するよう勧奨し、これにより作成された右撤回願をと
りまとめて提出し、かつ、超過勤務に服すべき職員を集結させて通関業務の処理を
妨げた、というものであり、P106については、①原告P6にかかる前記戒告処分に
対する抗議に際し、多数の組合員とともに官房主事を取囲み、その退出を阻止し、
威圧的言動をし、②前同①の集会を積極的に指導したほか集会に引続いて庁舎内を
デモ行進し、③人員増加要求を貫徹するため輸出関係業務担当職員に対し超過勤務
に応じないよう勧奨するなどして、繁忙期における通関業務を妨げ、④同様の目的
で、P105、P106ら組合執行部役員とともに、輸出関係業務担当職員に超過勤務命
令撤回願を提出するよう勧奨し、その結果作成された右撤回願をとりまとめて提出
し、かつ、超過勤務に服すべき職員を講堂に集結させて通関業務の処理を妨げた、
というものであることが認められる。
(2) 前掲乙第二〇号証の一、成立に争いのない同第七七号証の一、二、第七八
号証の一ないし三、第七九号証の一、二、第九九号証の一によれば、右処分の理由
とされた事実関係の内容は、以下のとおりであることが認められる。
(原告P6にかかる懲戒処分に対する抗議行動)
 昭和三六年八月一九日、神戸税関長官房主事P108は同主事室で税関長に代って、
原告P6に対し前記戒告処分書の交付及び処分説明をしようとしたところ、同原告
は、「でっち上げだ。」「税関長に会わせろ。」等と大声をあげて処分書等の受取
を拒否し、同原告とともに入室していた二名の組合員も怒声をあげた。その後、午
後〇時四五分頃、組合員四、五〇名が同室につめかけ、原告組合の組織部長P106が
官房主事の耳元で、「ばかやろうー、ちんぴら。」などと罵声を浴びせ、あるいは
携帯マイクを使用して同様のことをし、他の組合員も机を叩くなどして口々に激し
く抗議した。また、室内の壁や入口のドアには「オマエはバカなチンピラだ。」
「不当弾圧撤回、首切りを仕事にする奴、P108」などと書かれたビラが貼られた。
こうした中、P108官房主事及びP109人事課長らは組合員に退去を要求したが、組
合員はこれを無視して抗議を続け、官房主事らが退出しようとするのを妨げるなど
し、午後五時三〇分頃、当局の要求で出動したパトカーのサイレンが聞えたため漸
く退室した。
(勤務時間内職場集会)
 原告組合は、昭和三六年一〇月五日、前日の税関長の警告を無視して総評及び公
務員共闘会議の統一行動の一環として、全税関労働組合からの指令に基づいて、本
庁舎玄関前において政暴法反対、公務員給与五〇〇〇円賃上げ、計算センター設置
反対、勤評反対、人事の民主化などの要求を掲げ、午前八時四〇分頃から同九時一
〇分頃まで職場集会を行なった。当時の勤務時間の開始時刻は午前八時三〇分であ
ったが、神戸税関では午前九時五分までは出勤簿整理時間とし、同時刻までに出勤
の記入をした者は遅刻扱いとされない取扱がなされていた。ところが、原告組合
は、税関長の前日の警告や当日の垂れ幕や放送による職場復帰、執務命令を無視し
て右集会を続け、集会終了後書記長P96の提案で組合員約三〇〇名が税関長室前廊
下などをデモ行進し、同人の携帯マイクによる音頭で「勤評やめろ」「五〇〇〇円
賃上げ」「P110(税関長)やめろ」「P108(官房主事)やめろ」などとシュプレ
ヒコールを繰返した。
 また、原告組合は、同年一二月二六日にも、前日の税関長の警告を無視して、同
様の要求を掲げて午前八時四〇分頃から同九時一五分頃まで本庁舎前で職場集会を
開き、垂れ幕や放送による当局の職場復帰命令を無視して集会を続行した。
(輸出為替職場への人員増加要求)
 神戸税関では月末から月初にかけて輸出業務が集中したので、担当職員は、この
間二時間位の超過勤務をしたり、休日にも出勤して事務を処理していたほか、個人
の判断で審査項目を重点的に絞って行なう簡易な方法で処理することが行なわれて
いた。こうした中、原告組合は、かねて人員増加の要求をしていたところ、昭和三
六年一〇月三一日に開かれた輸出為替の職場集会において、書記長P96の提案によ
り、当局に人員不足を認識させるため処理件数を無理のない件数約一〇〇件位にと
どめることの申し合せがなされた。翌一一月一日、輸出為替職場では右申し合せに
従って通常の繁忙期に行なわれていた処理をしなかったため未処理が滞留し、関税
法九八条の臨時開庁の申請がなされたので、P111為替課長は課員に超過勤務命令を
出した。ところが、原告組合組織部長P106が仕事を始めようとした職員に対し課長
と交渉途中であるから超過勤務に入らずに待つように言ったため、職員は仕事をし
なかった。その後、午後六時頃、漸く仕事を始めたが、同七時頃になっても滞留を
処理しきれなかったので、P111課長は、さらに一時間の超過勤務命令を出したとこ
ろ、支部長P105が職員に対し「用のある者、疲れている者は帰ってもよい。」と言
ったため、同課長は、職員が執務意欲を失い、これ以上仕事を続けさせることはで
きなくなったと判断し、やむなく未処理の業務を残したまま同七時過ぎ項、職員を
帰宅させた。
 翌一一月二日は前日から持越された分を含めて大量の業務を処理する必要があっ
たので、P111課長は審査項目を重点的に絞って審査するよう職員に指示した。とこ
ろがP96、P106は、税関長と交渉して事故が生じた際の責任の所在について見解を
質したが明確な回答がえられなかったため、職員に対し「課長に一札入れてもらっ
てから仕事をするように。」と言うとともに、P111課長に責任の所在について書面
にするように要求した。これに対し同課長は職員に対し「責任は自分が持つから心
配いらない。」と言って、重ねて重点審理による処理を指示したが、P96らは納得
せず、執拗に書面にするよう要求し、職員に対し「文書にするまで輸出課に仕事を
回すな。」と言った。為替課で審査された輸出申告の書類は、輸出課、監査第一部
門に順次送られ、再び輸出課に戻ってくるようになっていて、為替課の処理が遅れ
ると全部の処理が遅れることになるので、同課長は、P10らの右要求に従い午後二
時頃、文書にしてこれを読上げたところ、P10らは、「これは命令か、指示か、そ
れともお願か。」と質した。そこで、同課長が仕事を円滑に処理するためのお願で
ある旨答えたところ、P10らは、職員に向ってお願であれば従う必要がない旨言っ
たため、職員の間に戸惑いが生じ、事務処理は停滞した。その後、重点処理の責任
は課長にあることが確認されたため、午後四時半頃、漸く正常な勤務状態に復し
た。この影響を受けた審査第一部門では、同日午後五時頃、大量の輸出申告書類が
一時に回され、通常の方法では処理しきれない状態となった。そこで、P107監査部
長は、輸出為替課と同様の重点審査で処理することを指示し、午後五時半から臨時
開庁して超過勤務命令を出したところ、P9支部長ら原告組合執行部役員ら約一〇名
がP107部長を取囲んで、「こんな大量の仕事をやらせてもできるものか、お前の指
示を受けてやると殺されてしまう。」などと大声を出し、さらにP107部長が審査を
簡略化する新たな指示をしたのに対し「そのような命令は文書にせよ。」と大声で
迫り、室内は騒然とした。結局P107部長はP9らの要求に従ってその指示を文書に
したので午後七時頃、漸く円滑な事務処理が行なわれるようになったが、この間窓
口に居合せた多数の輸出業者から「早くやってくれ。」「船の出航に支障を来
す。」などと苦情が出された。
(超過勤務命令撤回闘争)
 月初の繁忙期に当る昭和三六年一二月二日(土曜日)、輸出関係の職員に対し午
後一時三〇分からの超過勤務命令が出された。原告組合は、この日超過勤務命令が
出た場合には、その撤回願を全員で出すことをあらかじめ決定していたが、この動
きを知った当局は、P9支部長に対し、組合が指導して超過勤務撤回闘争をするのは
違法である旨警告していたが、右命令が発せられると、P10ら組合役員が印刷した
超過勤務撤回願の用紙を各職員に配付して記入させたうえP10においてこれを取り
まとめて、業務部長及び監査部長に提出し、さらに組合役員らは昼休み中の職員や
超過勤務につくべく職場に戻ってきた職員を講堂に集めて集会を開き、「P9支部長
らが撤回願について交渉している、官は一方的に命令しているが必ずしも聞く必要
がない。」などと説明した。そこで、P112総務課長らが講堂に参集している職員に
対し超過勤務が発せられているので直ちに執務するよう告げたが、職員らはこれに
従わず、午後二時過ぎ頃、漸く職場に復帰し、執務した。
(3) 前掲乙第二〇号証の一、成立に争いのない乙第二〇号証の二、原本の存在
と成立に争いのない乙第三一一八号証によれば、P105、P96、P106は、神戸税関
長を相手として右懲戒免職処分の無効確認等を求める訴えを提起したところ、神戸
地方裁判所は原告組合の前記闘争は違法であるとしながらも、右懲戒処分は権利の
濫用にあたり違法であるとしてこれを取消す旨のP9ら勝訴の判決を言渡し、大阪高
等裁判所も同様の理由で神戸税関長の控訴を棄却したこと、しかし、最高裁判所
は、P9らの行為の性質、態様、情状等に照して税関長が懲戒権を濫用したものとい
うことはできないとして、右第一、二審の判決を取消し、P9らの請求を棄却する判
決を言渡したことがそれぞれ認められる。
(4) 以上(2)の事実関係及び(3)の訴訟の経過などに照すと、P105ら三名
に対する懲戒免職処分は正当な理由に基づくものであることが明らかであり、これ
をもって原告組合に対する不当な攻撃であるということはできない。
2 原告組合の分裂と組合員の脱退
(一) 前掲甲第六号証、第四九ないし五七号証、第六九ないし七五号証、第九九
号証の一、乙第二六号証、第三〇号証、第三二号証、第三五ないし四二号証及び原
告P6本人尋問の結果(第一、二回)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が
認められ、この認定に反する証拠はない。
(1) 前記の原告組合役員三名に対する懲戒免職処分がなされた当時の国公法で
は、当局と交渉しようとする職員団体は人事院に登録しなければならないものとさ
れ、人事院規則(交渉の手続)一四ー一〇は、交渉は人事院に登録した職員団体に
よってのみ行なわれなければならない旨規定していたが、右登録の要件について、
職員団体は構成員の中に非職員が含まれている限り登録できないとする人事院事務
総長の公権的解釈(全国税労働組合の照会に対する回答、乙第三七号証)が示され
ていた。そこで、神戸税関当局は、免職された前記三名が役員である原告組合と団
体交渉をすることができないとして、正式な交渉を拒否するようになった。また、
右処分を契機として当局は超過勤務手当の一律配分の見直しや出勤事故簿制度を導
入するなど、職場管理を強化するようになった。
 こうしたことから、組合員の中にこのままでは組合員の正当な利益を守っていく
ことができなくなるという懸念が生じた。また、従前の組合の闘争がいき過ぎであ
るとして執行部を批判する声も強まった(このような意見は、すでに昭和三五年六
月に行なわれた前記の安保反対闘争について、その直後に開かれた第二八回支部大
会でも一部から出された(甲第三四号証)。)。そこで、原告組合では、統一と団
結を守るためなどとして昭和三七年二月一日、臨時支部大会を開き、そこで今後の
運動方針の進め方などについて討議が行なわれた。この討議の中で、従前の運動方
針についての批判とともに、当局と団体交渉ができるようにするため免職処分とな
った三名の退陣を求める意見も出されたが、結局、右三名を守って統一と団結を固
め、団体交渉を実質的に開かせていくとする執行部案が約三分の二の賛成を得て可
決された。
 その後、昭和三七年三月頃、かねて執行部の運動の進め方に批判的な有志が神戸
税関労働問題研究会(以下「労研」という。)を発足させ「労研ニュース」を発行
してその主張を訴えるとともに、同年六月に行なわれた支部長、副支部長の各選挙
に独自の候補者を擁立し、同年七月に行なわれた全税関の全国大会に代議員を送り
込んで従前の運動について批判する意見を述べるなど、活発な運動を展開した。右
選挙の結果は、前支部長、前副支部長が再選されたものの、労研の擁立した候補者
は、先の臨時支部大会のときより支持率を増やした。
 このような労研の活動に対して原告組合は、労研は官が作らせたものであると
か、あるいは三田村労研(日本共産党を脱退したP113が主宰する労働問題研究会)
であるなどといって非難し、労研側もまた原告組合の執行部は政治的に偏向してい
るなどといって批判し、相互に応酬を繰返して対立を深めていった。
 このような中、同年八月三一日、原告組合の定期大会が開かれたが、質疑応答の
中で、執行部は、労研は官が作らせたものであるというのは「労研会員の一人がP
114の本を読んでいるからである」とか、「三田村労研の活動によく似ていることか
ら推測したものである」などと答弁し、議長もこのことについて執行部に誤解があ
ったようだと発言し、柔軟な姿勢を示したものの、労研側から大会宣言中の官制労
研などの表現について削除するように求めたのに対し、労研を直ちに解散するなら
ば削除してもよいが、そうでなければ削除することができないと答え、そのままこ
れを採決に付そうとしたため、労研所属の代議員は一斉に退場した。
 なお、右大会では、「税関に在職している職員をもって組織する」となっていた
規約が「税関に働く労働者をもって組織する」と改められた。
 このようにして、労研所属の組合員と原告組合執行部との対立は決定的なものと
なり、昭和三七年一二月二二日に開かれた労研臨時総会において、原告組合から脱
退する旨の決議がなされ、同月二四日、「全税関労働組合神戸支部の実態を全職員
に訴える」と題したパンフレットが各職場に配付されて、当局と交渉できる新しい
労働組合結成についての呼びかけがなされた。その後、双方で分裂回避の話合いが
持たれたものの、昭和三八年二月、労研が中心となって新労働組合結成準備会を発
足させ、同年三月九日、約四八〇名をもって神戸税関労組が結成された。
(2) このような経緯の中で、昭和五七年の初め頃神戸税関の一部の職場(監視
部警務二課)において執行部のいき過ぎの是正を求めるとして組合費の納入を保留
する動きが出た。また、同年八月一日頃、監査部などで課長、係長など中間管理職
の組合員が集団で脱退届を出して原告組合から脱退した。これを契機として、その
後、一般の組合員の脱退が続出し、その数は昭和三八年二月一四日には、約七四五
名に及び神労が結成された後の八月には約八五〇名に達したが、この脱退について
は、印刷された用紙に数名が署名してなされたものも少なくなかった。
(3) 以上認定したように、原告組合からの脱退が中間管理職層から始まって、
短期間に大量になされたこと、脱退の態様も定型文書の印刷された用紙に連名する
形が取られていて組織的に行なわれていることからすると、右組合員の脱退につい
ては税関当局の何らかの関わりがあったのではないかとの疑念を生じる余地があ
る。しかし、右の分裂の経緯、なかんずく、分裂や大量脱退が現実に行なわれるよ
うになる以前の段階で行なわれた支部長等の選挙において、執行部を批判する労研
所属の候補がその四か月前に行なわれた臨時支部大会に比べて大幅に支持者を増加
させていることに照すと、激しい闘争を指導して免職となった前支部長が再選され
て執行部役員として留ることになったうえ、組合規約を改正して組合の構成員とす
るなどしたことにより、当局との交渉がますます困難になったことから、一般組合
員の中に執行部に対する批判と危惧の念が一段と強まり、これに労研の活発な宣伝
活動が効を奏して動揺が生じ、さらにバスに乗遅れまいとする心理も加わって大量
脱退に繋がったものと十分考えられる。
 原告らは労研の結成や活動に当局が関与していた旨主張するが、それが単なる憶
測に過ぎないものであることは、前記の昭和三七年七月三一日に開かれた支部大会
における質疑応答の中で執行部自ら認める答弁を行なっているところである。
 また、原告らは、組合員に対し当局による脱退勧奨や強要があった旨主張し、そ
の陳述書において、組合員が上司らから原告組合からの脱退を暗に勧められたり、
あるいは強要されたなどと述べている。しかしながら、これらは裏付のない伝聞や
憶測に過ぎないもの(原告P171、同P20等)、具体性に欠け、一般的な主張の形で
なされているもの(原告P115、同P116)など、そのまま採用できないものであっ
たり、具体的に記載されていても、その記載内容からすると、神労が勢力の拡大を
図り、原告組合が組織を守る立場で厳しく対立する中で中間管理職を多く抱える神
労が活発に活動した結果によるものとか、上司が職場の円滑な運営を慮かり、ある
いは原告組合が実力行使を伴う闘争をして当局と対立する状況から部下の将来を慮
って個人的立場においてなされたとみられるものであって、当局の組織的な意思の
発現としてなされたものとまではみられない。
 なお、前記の認定事実からすると、原告組合から脱退したものの神労の結成に参
加しない者もいるなど、必ずしも脱退者のすべてが労研が中心となって結成された
神労に加入したわけではない。
3 差別攻撃(昇任、昇格、昇給に関するものを除く。)
(一) 総務、監視部門からの排除と乗船差別
 原告らは、昭和四二、三年頃から、最も重要な部署とされる総務部、監視部から
原告組合員が排除された旨、また監視部では原告組合員を冷暖房の効いた快適な船
舶に配置せず、ゴキブリなどの出る船舶に配置するなどして差別扱いした旨主張す
る。
(総務部、監視部からの排除について)
 右の主張については、これに沿う甲第一六九号証(原告P81の陳述書)、第三九
四号証(同P117の陳述書)及び原告P34本人尋問の結果中における供述があるが、
右P34、P81については同原告らがこれらの職場に配置されたことがないことを理
由とするものであるが、それだけでは原告組合員であることを理由として差別扱い
をされたということにはならない。また、原告P117については同原告が乗船官吏三
か月で監視部から他の職場に配置換えになったこと、その際の移動で多数の原告組
合員が配置換えになったことなどを理由とするものであるが、乗船官吏三か月で配
置換えになったことから直ちに組合所属を理由として同原告が監視部から排除され
たものということができないのは、原告P34の場合と同様であり、また、他の多数
の原告組合員が配置換えになったのは、弁論の全趣旨によれば、同原告が監視部か
ら中埠頭出張所に配置換えになった昭和三九年七月一日の異動対象者は同原告と同
期入関者(昭和三六年初級組)が中心となったものであることが認められるとこ
ろ、これらの入関者の原告組合組織率が高かったこと(このことは原告P101本人尋
問の結果により認める。)によるものであると考えられる。
 かえって、弁論の全趣旨によれば、本件係争期間においても原告組合員が新たに
監視部に配置されている(例えば、原告P47は昭和四一年八月に旅具課に、同P
101は昭和三九年七月一日警務二課に、同P118は同日警務一課に、同P15は昭和四
三年一〇月一日警務二課に、同P119は昭和四二年一〇月一日警務二課に、同P
120は昭和四〇年七月警務二課にそれぞれ配置換えとなっている。)こと、(ちなみ
に、このうち原告P101、同P118の監視部配置換えは、原告P117が多数の組合員が
監視部から他の部署に配置換えになったとする同じ日の異動である。)が認めら
れ、これによれば、少なくとも、原告組合員が監視部から全く排除されていたもの
でないことは明らかである。また、総務部門は神戸税関のいわば中枢をなすもので
あって税関業務全般にわたって総合調整の機能を有していることに鑑みると、当
時、激しい実力闘争を行なって当局と激しく対立していた原告組合所属の組合員が
この職場に配置されることが少なかったとしてもこれはやむを得ないものであり、
組合所属を理由とする不当な差別扱いであるとはいえない。
(監視部における乗船差別扱いについて)
 原告の右主張については、これに沿う前記甲第一六九号証(P81の陳述書)のほ
か、甲第一九七号証(原告P116の陳述書)、第二〇五号証(原告P20の陳述書)、
第三八八号証(元原告P121の陳述書)、第三九〇号証(原告P122の陳述書)、第
四〇一号証(原告P123の陳述書)の各記載及び原告P21本人尋問の結果中における
供述などがある。このうち、原告P81、同P116、同P20、元原告P115、原告P
21の分は、同原告らが劣悪な船に乗船させられたというものであり、原告P122、同
P123の分は監所勤務が多く乗船勤務が少なかったというものである。しかし、弁論
の全趣旨によって成立を認める前掲甲第二〇五号証(原告P20の陳述書)によれ
ば、同原告は昭和四〇年頃までは、自分でも驚くほど良い船に勤務していたという
のであるから、仮に右原告らが劣悪な船に勤務していたことがあったとしても、昭
和四〇年頃までの分は組合所属を理由とするものではなく、それ以外の事情による
ものと考えられる。また、弁論の全趣旨によれば、神戸税関では昭和四一年六月か
ら新しい勤務体制が実施され、乗船勤務は密輸取り締まりが特に必要な船舶に限ら
れるようになったことが認められるから、その後の乗船勤務が劣悪なものが多くな
ったとしても、これは右の警務体制が改められたことによるものと考えられ、これ
を組合所属を理由とする差別扱いであるということができない。
 さらに、原告P122、同P123の乗船勤務が少なかったという点については、仮に
そのような事実があったとしても、原告P122の場合は同期、同資格の者が多数いた
こと(このことは弁論の全趣旨によって認められる。)などによるものとも考えら
れ、原告P123の場合は同原告が警務課に勤務していたのが前記警務体制に移行した
時期にかかっていた(このことは弁論の全趣旨によって認める。)などによるもの
とも考えられるから、乗船勤務が少なかったことが組合所属を理由とする差別扱い
であるとはいい難い。
(二) 研修差別について
 成立に争いのない甲第二三九号証及び証人P102の証言並びに弁論の全趣旨によれ
ば税関の研修としては、税関職員として必要な一般的知識の修得を目的とする一般
研修と専門知識の修得を目的とする専門研修(実務研修)があり、一般研修には、
新規採用者を対象とする基礎研修、一定の実務経験を有する職員を対象とする普通
科研修(昭和四五年以降は中等科研修となる。)及び勤務成績の特に優秀な者を対
象とする高等科研修があること、基礎科研修は新規採用者全員が対象者となるが、
普通科研修及び高等科研修は定数枠があり、選考された職員が受講することになっ
ている(ただし、昭和四五年度以降の中等科研修は基礎科研修の終了者全員が受講
することになった。)ことが認められる。
 原告らは、原告組合員は普通科研修や高等科研修はもとより職務上必要な実務研
修に至るまでほぼ完全に排除された旨主張する。
 しかし、弁論の全趣旨及びこれによって成立を認める乙第三一七七号証によれ
ば、係争期間の最初である昭和三八年度から普通科研修が中等科研修となった前年
の昭和四四年までの間に、原告らのうち二一名(ただし、うち一名は原告組合から
脱退していた。)が普通科研修を受講したことが認められるから、原告組合員が普
通科研修から完全に排除されていたということはできない。また、非組合員の受講
状況が不明であるから、原告組合員の受講者が少なく差別扱いを受けていたという
こともできない。
 もっとも、弁論の全趣旨によって成立を認める甲第三四四号証によれば、税関研
修所神戸支部のP22教務主任が昭和三九年五月九日、神戸税関長に「思想穏健な者
を推薦されたく、活動家はなるべく遠慮されたい」旨を付記した普通科研修生の推
薦依頼書を送付したことが認められるところ、右付記されたことは、その文言から
すれば、原告組合に所属する活動家を推薦の対象者から除外されたいという趣旨の
ものであるとみられる。しかしながら、それが研修を実施する側の要望を表明した
に過ぎないものであることも、右書面の形式と文言から明らかであり、しかも、前
掲乙第三一七七号証によれば、右依頼がなされた年である昭和三九年度から昭和四
四年度までの間において原告らのうち一五名が神戸税関長の推薦を受けて普通科研
修を受講したことが認められ、これによれば、神戸税関当局が研修所側の意向に沿
って推薦を行なったということもできない。
 また、前記のように、高等科研修は、勤務成績が特に優秀な職員の中から選定さ
れた者を対象とするものであり、弁論の全趣旨によれば、その数は年間全国で数十
人程度にとどまっていることが認められるので、原告らの中に高等科研修を受講し
た者が全くないとしても、このことから直ちに原告組合員が右研修から排除された
ということはできない。
 さらに、弁論の全趣旨とこれによって成立を認める乙第三一七四ないし三一七六
号証によれば、原告らの中には、係争期間中に各種の専門研修を受けた者が多数い
ることが認められるので、原告組合員が専門研修において排除されていたという原
告らの主張も当らない。
(三) 入寮差別
(垂水寮)
 前掲甲第三四号証(四八枚目)、第四五号証(八枚目)、成立に争いのない同第
三四六号証、乙第六七号証、弁論の全趣旨によって成立を認める甲第三四五号証、
乙第六六号証によれば、神戸税関は市内に分散していた独身寮が老朽化したとし
て、昭和四二年三月、垂水寮を新築完成させ、同年二月二八日に期限を同年三月八
日までとして入居希望者を募集したこと、しかし、当局が寮管理規則を制定したこ
とや寮管理人を置くことにしたことから、原告組合はこれらが入居者の自主活動の
封殺を目的とするものであるとして、強く反発したため、一部の寮が残されること
になり、右申込期限も同年三月一五日に延期されたが、原告組合員は期限までに入
居申込をしなかったこと、右期限後の同年四月末、当局は廃止することになった一
部の独身寮の入居者に対して他の寮に移転するように求めたが、垂水寮には入居さ
せなかったこと、また、昭和四七年一月にも、廃止することになった別の寮(五月
寮)の入居者に移転を求めたが、当局は垂水寮には新入関者用であるとしてここに
入居することを認めなかったことが認められる。
 原告らは、当局が原告組合員の垂水寮への入居を認めなかったのは組合所属を理
由とする差別扱いであると主張する。しかし、税関当局が原告組合員を含む職員全
員を対象として入居希望者を募集したが、申込期間内に原告組合員の入居希望者が
なかったのであって、たとえ申込期限経過後に入居を希望した原告組合員がおり、
その者が入居できなかったとしても、それが組合所属を理由とするものであったと
は考えにくい。また、その後、当局が垂水寮を新入関者用とし、他の寮から移転を
求められた者に対しこれを理由として垂水寮への入居を認めなかったとしても、そ
れが不合理であるといえないから、このことをもって原告組合員に対する差別扱い
であるということはできない。
(中山手宿舎)
 原告らは、腰椎圧迫骨折による不完全脊損で身体障害者手帳第四級の認定を受け
た原告P23が結婚することになったので通勤に便利な中山手宿舎に入居を希望した
ところ、当局は空室があったのに同宿舎への入居を認めず、遠距離にある甲東園宿
舎を割当てたとして、当局が原告組合員である同原告を入居差別した旨主張する。
 有料宿舎を貸与する者の選定については、国家公務員宿舎法は、政令で定めると
ころにより、国の事務又は事業の円滑な運営の必要に基づいて公平に行なわれなけ
ればならないと定め(同法一四条)、これを受けて同法施行令は、選定の基準とな
る順序を定め、この中で同順位にある職員が二人以上存するときは、これらの者の
職務の性質、住居の困窮度その他の事情を考慮し、その最も必要と認められる者に
当該宿舎を貸与しなければならないと定めている(同施行令一、二項)。
 ところで、成立に争いのない乙第三八〇五号証及び弁論の全趣旨によれば、原告
P23が中山手宿舎の入居希望を出したのは昭和五二年一月一〇日であるところ、当
時、右宿舎には空室があったものの既に入居者が決定していたり、あるいは同年二
月の異動に備え交通機関のストなどの緊急時に対応できる職員用として確保して置
く必要があったこと、一方、西宮市内にある宿舎がそれまで同原告が入居していた
寮と比べて通勤時間などに大きな差がなく、同原告の健康状態もかなり回復してい
て、右の宿舎から通勤しても健康に支障がないと判断されたことなどから、当局は
第三志望であった西宮市内の宿舎を割当てたものであることが認められ、このよう
な事情に前記宿舎関係法規の規定に照すと、当局が同原告に中山手宿舎への入居を
認めなかったことは正当な理由によるものであって、これを組合所属を理由とする
差別扱いであるということはできない。
(四) 庁舎管理規則の改定
 成立に争いのない乙第九八号証、第一〇一号証、第三一七八号証及び証人P97、
同P124の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、神戸税関は、昭和三八年一二月七
日、昭和三四年に制定された庁舎管理規則を廃止して新しい規則を制定したこと、
その骨子は、旧規則において管理者とされていた者(本関庁舎等にあっては税関
長、官房会計課長、支署、出張所及び監視署にあってはその長)のほかに、新たに
各職場毎に使用責任者を置き、両者が協力して庁舎等の管理及び秩序維持に当るこ
とにするとともに、庁舎等の行政目的外使用等については使用責任者等の許可を要
することを明らかにし、庁舎等における法令に違反する行為や税関業務を阻害する
虞のある一定の行為を禁じ、違反行為については当局が中止等を命じ、これに従わ
ないときは自ら除去することができるとするものであることが認められる。
 原告らは、このような管理規則の制定は、組合活動の弾圧、妨害を目的としたも
のである旨主張する。
 たしかに、右改定は、その内容からすると、管理体制を強化するものであるとい
うことができる。しかし、弁論の全趣旨によれば、右のように改定したのは、旧管
理規則において管理者とされた者だけで広大な庁舎等の管理に当ることには無理が
あり、管理を実効あるものにするため管理体制を整備する必要があったことによる
ものであることが認められるから、右改定自体は十分合理性がある。もっとも、右
改定が原告組合の活動が契機となってなされたものであることは被告において認め
るところであり、また、後記のように、右改定後、従前あまり問題とされなかった
職場における小規模の集会について当局から許可申請を求められるようになったこ
となどからすると、右改定の目的が、原告組合の組合活動を規制するのではないか
との疑念を生じさせる余地はある。しかし、原告組合が、従前、前記のように庁内
をデモ行進したり、税関長室前に座込んだり、部外者を交えて集会を開いたりする
などの行為を行なってきた経緯に鑑みると、庁舎の適正な管理と秩序維持につき権
限と責任ある当局が、庁舎管理規則を改定して管理体制を強化し、庁舎等の管理を
厳格にするようになったことは、理由がないものとはいえず、それが原告組合を弾
圧する目的であったとまでいえない。なお、原告らは、当局は庁舎管理規則を理由
にして組合掲示板に貼った文書を勝手に除去し、組合員の私的な話合いまでも組合
の無許可集会であるとして解散を命じ、あるいは勤務時間外に組合員が配付しよう
としたビラを破り捨てるなどしたと主張する。
 このうち、組合掲示板の文書を勝手に除去したとする点については具体的な主張
はなく、引用されている証拠(甲第七九号証の四枚目)によってもその具体的内容
は明らかではない(右書証に記載されているのは、輸出関係部門の新庁舎移転に伴
う掲示板の撤去についてのものである。)。もっとも、証人P124の証言によれば、
当局が原告組合の掲示板の掲示物を除去したことのあることが認められる。しか
し、同証言によれば、これらは庁舎管理規則で禁じられた法令に違反する掲示物
(スト宣言文、政治活動を内容とする文書等)につき、同規則の手続に従って行な
ったものであることが認められるから、違法不当なものではなく、これをもって組
合活動に対する妨害であるとはいえない。
 私的な話合いについても集会であるとして解散を命じたとする主張については、
これに沿う甲第一三〇号証(原告P24の陳述書)、第二一四号証(原告P34の日
誌)の記載及び原告P24、同P34各本人尋問の結果中の供述があるところ、これら
の書証の記載及び原告P24の供述部分は、原告P24が昭和四〇年八月二五日、原告
P25と私的な問題(P25の結婚)について話合っていたところにP26検査官が割っ
て入り、二人の話合いを無許可集会であるとして解散を命じたというものである
(原告P34の右供述はやや異なるところがあるものの、同人の日誌に基づいて行な
ったものであるから基本的には右日誌に記載されているところと同じであるとみら
れる。)。しかし、乙第二七七号証(P26監査官の報告書)によれば、P26監査官
は、原告P24と同P25の二人を含むその場にいた七名が集会を行なっていたとし
て、庁舎管理規則による使用許可を受けているか否かを質して注意をした(解散命
令ではない。)のであって、原告P24と同P25との話合いを集会であるとしたもの
ではないことが認められる。
 当局が組合のビラ配付を妨害したとする点については、この主張に沿うものとし
て甲第七九号証中の昭和四〇年一〇月八日付支部ニュース(七枚目)に、P125課長
が同月六日、第三突堤詰所にいたP126執行委員に対し「君に注意しておく、これか
ら本部でビラを撤くな、ごみになるだけだ、掃除をするのに困る。」「みんな読ん
でいないのだから……な。」と述べた旨が、また、同号証のうち昭和四二年二月二
〇日付支部ニュース(一七枚目)には、P127管理課長が同月一七日、管理課室内で
組合ニュースを配付していたP21分会執行委員に対し「うちの組合員にこんな新聞
を読ませる必要はない、こうしてやろうか。」と言って、既に他の職員の机上に配
付してあった支部ニュース四、五枚を屑かごに捨てた旨がそれぞれ記載されてい
る。しかし、右に記載された事実があったとしてもP125課長の言辞はやや不適切な
嫌いはあるものの、P126執行委員との応答の内容からして庁舎等の管理上の見地か
らなされたものであるとみられ、必ずしも組合ニュースの配付を妨害することを目
的とするものであったとはいい難い。これに対し、P127課長の言動はいき過ぎたも
のといえるが、当時の原告組合と神労との確執からすると、支部ニュースにも記載
されているように、神労に所属する組合員の立場からなされたものとみる余地があ
り、当局が庁舎管理規則により組合活動を妨害したとまでいうことはできない。
 さらに、原告らは、庁舎管理規則に基づく許可を求めても職場での討議が許可さ
れることはなく、職場から隔離された会議室の使用が認められるだけであり、それ
さえも許可されないことがあった旨主張する。しかし、後記のように、当時原告組
合は、職場での小規模な集会はそもそも許可が不要であるとして殆どの場合、あえ
て許可を求めようとしなかったうえ、職場で多数の者が参加するような集会につい
ては、許可しなかったことがあるとしても、このような集会はたとえそれが休憩時
間中のものであっても不適当であると考えられるから、これを許可しなかったこと
が、あながち不当であるとはいえない。この点についての例としては、原告P27が
執行委員会を開くため、会議室の使用許可を申請したのに、P28総務課長はこれを
握り潰し、無届け集会を行なったとして会議を妨害したうえ、同原告らに訓告処分
を行ない、定期昇給を延伸したなどと主張し、甲第一六三号証(原告P27の陳述
書)に右主張に沿う記載がある。しかし、乙第三六六号証(成立については後記の
とおり。)によれば、昭和四二年一〇月三日、中埠頭分会のP128書記長から同分会
執行委員会開催を目的として同日の二一時まで娯楽室を使用することについて許可
の申請がなされたが、当時、各出張所とも庁舎管理上の理由により庁舎の使用は二
〇時までとする運用がなされていたことから、中埠頭出張所P28総務課長は二〇時
までの使用とする許可の再申請をするよう指示したところ、原告P27らはこれに従
わず、再申請の手続をしないまま分会執行委員会を開き二一時まで娯楽室を使用し
たものであることが認められ、同原告の陳述書に記載されているところは、事実に
反するものであり、この点についての原告らの主張は失当である。
(五) 現認制度による弾圧と嫌がらせ
 原告らは、神戸税関では昭和三六年一二月一五日以前に、職制もしくは特定の職
員が原告組合員の行動や原告組合が主催、共催する各集会への参加状況を現認書な
る報告書を作成して上部機関に報告する制度を発足させた旨、この制度は非組合員
を原告組合から隔離すること、組合員にその行動がチェックされていることを自覚
させることにより行動を萎縮させること、原告組合を脱退させられた職制や一部の
人に現認書の数やその記載内容によって当局に対する忠誠度を競わせることなどを
狙いとするものであり、被告が本件訴訟において書証として提出した現認書なるも
のは右現認制度により作成されたものの一部である旨主張する。
 しかし、上司は部下の職員の指揮監督を行ない、公務員関係の秩序の維持確保に
務めなければならない義務があるから、部下職員が公務員関係秩序に違反し、ある
いはその虞があると思われる行為をした場合には、右監督権限に基づいて上司に報
告することは職責上当然のことであり、たとえ右報告が当局からの指示により文書
をもってなされたとしても、それが原告ら主張のような狙いをもつ制度として行な
われたものということはできない。
 もっとも、原告らの非違行為についての書証として被告が提出した後記乙号証の
原文書(現認書または報告書)のうち、昭和四八年頃からの分は同じ様式で作成さ
れているものが多く、昭和四九年以降の分はほぼ印刷された定型用紙に書込む形で
作成されているところ、証人P129の証言によれば、右の定型様式の報告書は、当局
が作成したいわば雛型に合せて作成されたものであり、印刷された定型用紙も、当
局が予め用意して管理担当者に交付していたものであることが認められる。
 しかし、右証言及び証人P97、同P130、同P131、同P132の各証言によれば、当
局が管理担当職員にこのような雛型を示したり印刷された定型用紙を交付したりし
たのは、昭和四八年頃から後記のプレート闘争が頻繁に行なわれるようになってそ
の報告書の作成の事務量の負担が増大したことから、担当管理職員の要望に基づい
てその事務負担軽減のために行なったものであることが認められるから、大量の現
認書が定型化された様式でなされていることから、原告ら主張のような当局の意図
が働いていたとはいえない。
(六) 結婚妨害などプライバシー干渉について
(原告P133の件)
 甲第一三一号証(原告P133の陳述書)には、原告P69の婚約者の母が昭和三九年
九月頃、同原告の入関時の保証人であったP70(当時秘書係長)を訪ねた際、同人
から全税関に対する誹謗中傷を聞かされたため結婚話が破談になった旨の記載があ
る。しかし、P70秘書係長の発言の具体的内容は明らかでなく、右陳述書の記載は
そのまま信用できないものであるが、仮にそのような発言があったとしても、右に
記載されていることからすると、同人は原告P133の入関時の保証人であり、同人の
発言も婚約者の母が訪ねてきた際になされたというものであるから、右発言は個人
的な立場でなされたものとみるのが相当である。
(原告P18の件)
 原告P18はその本人尋問において、同原告が東部出張所貨物課に勤務していた昭
和四二年二月、本部のP73実査官が右原告の婚約者の上司である日東運輸のP134さ
んのところに来て、同原告がアカの組合にいるので婚約者の方から脱退するよう勧
めてほしい旨の話があったと、婚約者から聞かされた旨及びこのことについて日東
のP134さんに確認したうえP72さんに抗議した旨を供述し、甲第二〇二号証(原告
P18の陳述書)にも同旨の記載がある。しかし、右本人尋問における供述によれ
ば、右P72は同原告の直接の上司ではないうえ、同原告と個人的に親しい関係にあ
った者ではなく、また同原告が婚約したことを右P72に話したこともなかったとい
うのであり、弁論の全趣旨によって成立を認める乙第三〇八二号証(P73の陳述
書)によれば、右P72は、たまたま現場調査に立寄った日東運輸の事務所で、同社
の人からその会社の女子職員と原告P18との結婚話があることを聞かされ、初めて
このことを知ったものであることが認められ、これらの事実からすると、P73が原
告P18の婚約者の上司に対し、同原告を組合から脱退させるよう働きかけたとは考
えにくく、原告P18の右供述及び陳述書の記載には疑問がありたやすく信用できな
い。
(原告P74の件)
 甲第三四号証中の五四枚目(支部ニュース四二〇号)には、同原告の妻が同原告
の夫婦の仲人をした職制の妻から、同原告に組合を脱退させるよう勧める内容の手
紙を受取った旨が記載されているが、そのような事実があったとしても、右記載内
容からすると、それは個人的立場においてされたものであり、当局の関与に基づい
てなされたものとはいえない。
(七) 不当配転による組合活動の妨害と嫌がらせ
 原告らは、当局は、昭和三七年と昭和三八年に行なわれた大量配転で組合青年部
役員や活動家を支署などに配転したのを初めとし、組合員を遠隔地に配転して組合
活動を妨害した旨、組合の脱退のことについてと思われる上司の話合いの呼びかけ
に応じなかった組合員を昇任もさせないで遠隔地に配転し、また、長期間支署勤務
を続けさせ、あるいは家庭の事情で転勤内示を撤回した組合員に対し転勤に伴って
発令されることになっていた昇任まで取消すなどの嫌がらせをした旨主張する。
 そこで、まず、遠隔地配転についてみるに、弁論の全趣旨によって成立を認める
乙第三〇九二号証、第三一五三号証によれば、昭和三七年一一月に行なわれた人事
異動で、原告P75、同P77、同P76ら数名の原告組合員が遠隔地配転(本関地区か
ら支署への配転)になったこと、また、昭和三八年から昭和四八年までの一〇年間
に原告らのうち三四名が遠隔地配転となったことが認められる。しかし、右乙第三
〇九二号証によれば、昭和三七年の異動で遠隔地配転となった一五名のうち一一名
は、右原告らと同年代の昭和三二年から昭和三六年にかけて入関した者であること
が認められ、この異動が、右の年代層の者を中心とする異動であったことが窺われ
る。
 また、右乙第三一五三号証によれば、昭和三八年以降の異動においては、遠隔地
配転となった原告組合員は比較的少なく、特に原告組合が分裂し、なお脱退が続い
ていた(この分裂と脱退について、原告らは、当局が加担したと主張している。)
昭和三八年は原告P78一名だけであり、昭和三九年は全くいないことが認められ、
これらの事実に照すと、遠隔地配転になった原告らがたとえ活動家であったとして
も、その配転が組合活動を妨害するためになされたものであるとはいえない。
 次に、当局が嫌がらせとして配転を行なったとする主張についてみるに、このう
ち組合脱退についての話合いに応じなかったことを理由とするものについては、甲
第一二五号証(原告P79の陳述書)に右主張に沿う記載がある。しかし、同原告に
対する配転が嫌がらせであるとする右主張が、同原告の憶測に過ぎないものである
ことは、主張自体から明らかであり、これを裏付ける証拠はないから、右陳述書の
記載はそのまま信用することができない。長期間支署勤務を続けさせられたとする
主張については、原告P76本人尋問の結果中にその旨の供述があり、これによれ
ば、原告P76は、松山支署に配転になった昭和三七年一一月から約六年間同支署に
勤務し、引続いて今治支署に二年間、新井浜支署に五年間それぞれ勤務したことが
認められる。しかし、右本人尋問の結果によれば、松山、新井浜の勤務が長期間に
なったのは同原告が自ら希望したことによるものであり、同原告自身それが嫌がら
せであるとは認識していないことが認められる。
 また、配転内示を撤回したため昇任を取消されたとする点については、原告P
15本人尋問の結果中に右主張に沿う供述があり、これによれば、原告P15は昭和五
二年六月下旬、当時勤務していた小松島支署から本関地区の小野浜出張所への配転
とこれに伴って保税実査官に昇任することの内示を受けたこと、ところが、同原告
が妻の健康上の理由から右配転に応じられないとして配転内示の撤回を要請し、原
告組合も右配転に反対したことなどから、当局は右配転の内示を撤回するとともに
保税実査官への昇任の内示を撤回したことが認められる。しかし、右昇任が配転に
伴うものである以上、配転が取消されることによって昇任もできなくなることは、
むしろ当然のことというべく(支署に留る限りその支署における定数枠の制約を受
けることになる。)、このことをもって配転を断ったことに対する嫌がらせである
とはいえない。
 なお、原告らは、このほかに嫌がらせの配転の例として、意に反して予想もしな
かった支署に配転させられた(原告P81について)、家庭の事情で配転に応じられ
る状況でないのに配転させられた(原告P75について)などと主張しているが、そ
のような事情があるからといって直ちに嫌がらせの配転であるとはいえない。
(八) 差別によるみせしめ人事、嫌がらせ人事
 原告らは、当局は亡P2と同期入関者で、かつては同人より任官が遅く、しかも無
断欠勤をして解雇問題になった経歴のある者を全税関組合員の脱退等に功労があ
り、前記懲戒免職された原告組合役員の裁判において当局側の証人として出廷した
ことから、昭和五三年に三等級の統括審査官に昇進させて同人と同じ職場に配置
し、また、原告組合を脱退した原告P68をその翌年に特別昇給させ、あるいは原告
P18を一〇年間も保税課だけに配置するなど、差別によるみせしめ人事、嫌がらせ
人事を行なった旨主張する。
 しかし、亡P2の同期入関者がたとえ原告主張のような経歴がありながら同人より
上位の職に昇進したとしても、このようなことはその後の勤務実績によってあり得
ないことではなく、それが原告ら主張のような理由によるものであることを認め得
る証拠はない。また、このような者をかつての同僚であった同人と同じ職場に配置
したとしても、これは限られた職場の中で適材適所の観点から行なわれる人事配置
上やむを得ないことであり、いずれにしてもこれらのことがみせしめや嫌がらせの
人事であるとはいえない。
 原告P68が原告組合を脱退した後に特別昇給をしたとの点の主張については、前
掲甲第二九一号証(昭和三六年初級組役職等一覧表)によれば、原告P68と同期、
同資格の入関者中には原告組合から脱退した頃(脱退の時期は原告らの昭和五〇年
二月一七日付準備書面別表(二)の記載による。)に特別昇給した者が少なからず
みられる。しかし、その一方で、脱退しながら特別昇給しない者や脱退の時から三
ないし六年後に特別昇給した者がいるなど、必ずしも脱退と特別昇給が結びついて
いないことに照すと、原告P68に対する特別昇給が脱退しない原告組合員に対する
みせしめとしてなされたものであるとはいえない。
 原告P18が一〇年間同一職場にだけ配置されていたとする点については、それが
如何なる理由でみせしめや嫌がらせのためになされたことになるのか原告らの主張
やその引用する同原告の陳述書でも明らかではないが、もし、単に原告組合員であ
ることが理由であるというのであれば、多くの原告組合員の中で同原告だけが組合
所属を理由にみせしめや嫌がらせのために同一職場に長く配置されたとは考えにく
い。
六 当局の各種会議における差別扱い方針についての評議と確認(いわゆるマル秘
文書問題)
 原告らは、東京税関で昭和四二年から昭和四四年にかけて開かれた幹部会議等に
おいて、人事対策、労務対策により全税関組合員を差別扱いし、全税関を破壊する
ことを謀議したが、これらの会議で協議されたことは、同会議においては関税局で
開かれた各税関の総務部長会議の協議事項等の結果報告がなされていることからみ
て関税局の指導のもとになされたものであり、神戸税関においても同様の組合対策
が実施された旨、また、昭和六一年三月一九日と二〇日に開かれた各税関の総務部
長会議及び同年四月一〇日と一一日に開かれた各税関の人事課長会議において、各
税関における全税関所属組合員の処遇について第二組合とどの程度の差別をつける
かなどについて具体的、統一的に検討確認したが、このような差別方針は、基本的
に本件係争期間当時から実施されてきた旨主張する。
1 東京税関の会議
(一) 前記主張の証拠として原告らが提出した幹部会議議事録等(甲第三〇四号
証の一ないし四の各一、第三〇六号証の一、第三〇七号証の一ないし四の各一、第
三〇八号証の一ないし五の各一、第三〇九号証の一ないし三の各一、第三一〇号証
の一、二の各一、第三一一、三一二号証の各一、第三一三号証の一ないし三の各
一、第三一四号証の一、二の各一、第三一五号証の一ないし六の各一、第三一六号
証の一ないし三の各一、第三一七号証の一ないし三の各一、第三一八号証の一ない
し一二の各一、第三一九号証の一ないし八の各一、第三二〇号証の一ないし三の各
一、第四〇五号証の一ないし七の各一)の原本は入手経路は不明であり、文書の一
部に欠落があるなど文書の一体性について疑問があるが、その形式及び記載内容に
照し、一応東京税関が作成したもの(ただし、甲第三〇八号証の一ないし五の各一
は関税局)と考えられる。
(二) 右証拠によれば、昭和四二年から昭和四三年にかけて開かれた東京税関の
幹部会議等において、人事、労務対策等について協議がなされたが、このうち各税
関に共通して神戸税関に関係があるとみられるのは次のものである。
(1) 昭和四三年一一月二九日の幹部会議において税関長から「初級職試験合格
者の採用について従前は人事院試験の成績が六五点以上の者を対象としていたが、
昭和四三年からはこの制限をはずし、思想調査の必要から学校の選別や身元調査が
強化されることになった。」旨説明がなされた(甲第三〇四号証の一の一)。
(2) 昭和四二年四月一一日の部長会議において、総務部長から大蔵省関税局で
開かれた全国の税関総務部長会議の結果報告として、七等級への昇格に格差をつけ
ることについて当関(東京税関)と神戸税関とは矯正措置があった者に対してのみ
慎重にやるべきであるとの意見であったが、横浜は当然やるべきであるという意見
であった。矯正措置だけでは必ずしも成績不良と判定するのは問題だから成績不良
の事実を逐一記録を取っておく必要があるとの意見があった。この問題は大蔵省全
体として検討のうえ慎重に実施すべきであるとの意見を述べた旨の説明がなされた
(甲第三〇五号証の一、三の各一)。
(3) 右(2)の幹部会議において、右の総務部長会議の結果報告として、八等
級に在職する若手層については特別昇給を行なってもメリットがないとの結論が出
た旨の説明がなされた(右同)。
(4) 前(2)の幹部会議において、前記総務部長会議の結果報告として、勤務
手当の減額について関税局はもっと突っ込んだ減額措置を検討したいと言ってお
り、大多数の税関はやるべきだとする意見であった旨の説明がなされた(右同)。
(5) 前(2)の幹部会議において、前記総務部長会議で東京税関の総務部長
が、本省は同盟の線で行くべきだとの意見であれば、誰もが納得のいく明解な理論
を展開のうえ打出すべきであって、ただ神戸をたたえ東京を批判する書き方に一言
意見を述べ、また、本省が労務対策について各関一律のやり方を強いるのはおかし
いと指摘したなどと説明がなされた(同号証の五の一)。
(6) 昭和四二年一一月二四日の幹部会議において、全国総務部長会議の議題に
関して税関長が勤勉手当に差別をつけるより現行の昇給延伸の方が必罰の効果が大
きい旨発言した(甲第三〇六号証の一)。
(7) 昭和四二年九月一一日の幹部会議において、税関長から税関長会議の結果
について、旧労古手の対策としてある税関長が専門官設置の意見を出したところ、
本省から甘い考えであると批判された旨の説明がなされた(甲第三〇七号証の一の
一)。
(8) 右(7)の幹部会議において、税関長から、右の税関長会議で税関長(東
京)が官房長に対し、旧労対策は懸命にやっているが、もっと大切なことは新労を
強くすることだと進言した旨説明がなされた(右同)。
(9) 前(7)の幹部会議において、前記税関長会議の結果として、財務調査官
が、組合の混乱期は過ぎ、いわば平穏を保っているため、かつての生々しい経験を
忘れがちである。この際かつての苦闘を思い起して管理体制を確立して欲しいと挨
拶した旨説明がなされた(同号証の二の一)。
(10) 昭和四二年四月二六日の部長会議において、服装規程についての協議が
行なわれ、この中で服装規程は全税関組合員が制服を着用して組合活動を行なうこ
とを制限するところにその目的がある旨の総務部長の説明がなされた(甲第三〇九
号証の一ないし三の各一)。
 ところで、甲第三〇八号証の一ないし三の各一(関税局長の「税関職員の服制細
則制定について」と題する昭和四二年四月七日付書面)が、制服の着用規定を欠く
現状では職員が制服を着用したまま、早朝ビラ撒きをし、昼休みに職場集会に参加
し、プラカードを持って行進し、ゼッケンをつけて登退庁し、街頭で募金活動を行
なうことを法的に禁止することが困難であるので、これらの行為を禁止して服務規
律の厳正化を図るため税関職員の制服の着用について服制細則を制定するとして、
その問題点を示したうえ、各税関の意見を求める内容のものとなっていることに照
すと、前記東京税関における服装規定についての協議は、右関税局長の求意見を受
けてなされたものであるとみられる。
(三) 原告らは、前記(1)は、当局が初級職新規採用について試験成績よりも
思想傾向を重視することにより新規採用者の全税関加入を防止することを狙ったも
の、(2)は、関税局指導のもとに全国の税関が全税関所属の組合員に対し、いか
にして昇格差別を行なうかについて論議した結果、組合活動を理由に厳重注意や訓
告等の矯正措置を行ない、これを口実に七等級への昇格を差別するという従来の方
針を再確認するとともに、成績不良の証拠を固める手段として現認体制の統一的方
針を検討したもの、(3)は、特別昇給制度を人事対策の手段として有効に活用す
る方針を示したもの、(4)は、全税関組合員に対する勤勉手当の減額をより厳し
くすることによって差別支配を強化することを狙ったもの、(5)は、第二組合を
同盟路線に導くべきか否か、各税関一律の労務対策の押しつけの是非等について全
国の総務部長会議で協議したこと及び神戸税関の第二組合の育成、特に同盟路線推
進の実績について関税局が高く評価していることを示すもの、(6)は、全税関組
合員に対し、いかにすれば打撃を加えることができるかを検討したもの、(7)
は、全税関組合員に対する差別攻撃が関税局の積極的指導のもとになされたことを
示すもの、(8)は、関税局と各税関が一体となって全税関攻撃と第二組合育成に
腐心していることを示すもの、(9)は、全税関の分裂がほぼ完了し、第二組合が
確立されて一応平穏を保っているからといって、職場の管理体制をおろそかにして
はならないという関税局の締めつけであり、(10)の服制規則の制定は、税関職
員の職務遂行時以外での制服着用を禁じ、職務遂行時における制服着用を義務づけ
ることによって全税関組合員の組合活動を制服面から規制するとともに、違反者に
対して、違反を口実に矯正措置や懲戒処分を行なうことを狙ったものであると主張
する。
 そこで、右主張についてみるに、(1)については、当時の状況に照すと、原告
らが主張するような意図が当局にあったことが窺われないではないが、その他の点
についての原告らの主張は理由がない。
 すなわち、(2)の七等級への昇格にあたって成績による差を設けることについ
ての総務部長会議における協議が、全税関対策としてなされたものであることは推
測に難くないが、右協議の内容を全体としてみれば、成績により差を設けることは
慎重にすべきであるとするものであり、成績不良の事実を記録しておくというの
も、差を設けるとすれば、成績不良の事実を明確にしておく必要があるというもの
であって、原告ら主張のように、組合活動を理由に矯正措置を行なってこれを口実
に昇格差別をする方針を再確認したものであるとか、現認体制の統一的方針を検討
したものであるとかまでいうことはできない。(3)の八等級在級者を特別昇給さ
せないことは全税関組合員だけ対象となるものではない(このことは、弁論の全趣
旨によって成立を認める乙第三一三四号証(神労ニュース)に、青年層の第一回目
の特昇は入関七年目に行なうよう要求していることが記載されていることから窺わ
れる。)から右特別昇給についての協議が全税関対策であったとはいえない。ま
た、勤勉手当は、一定の範囲で勤務成績を反映させたものとなっているから、もし
制度本来の趣旨と異なる運用がなされているとすれば、その適正な運用について検
討を加えることは当然であるから、(4)の協議や関税局の発言などが必ずしも全
税関所属組合員に対する差別強化を目的としたものであるということができない
(ちなみに、弁論の全趣旨によって原本の存在と成立が認められる乙第三一七九号
証によれば、昭和五三年一〇月一三日の衆議院内閣委員会において、勤勉手当の成
績率の運用について成績率をより高くすべきであるとの立場からの質疑がなされ、
これに対し人事院総裁から同旨の意見が述べられている。)。(5)の東京税関総
務部長の発言は、同税関の認識と見解を示すものに過ぎず、このことから総務部長
会議における協議が原告ら主張のようなものであったとまではいえない。(6)の
総務部長会議において勤勉手当について協議されたとしてもそれがどのような趣旨
でなされたものかは、必ずしも明らかでない。もっとも、幹部会における税関長の
発言は、勤勉手当や昇給延伸に懲罰の効果を期待していることが窺われるが、たと
えそれが全税関組合員を念頭においたものであったとしても、税関長の見解であっ
て、このことから総務部長会議の協議がこのような趣旨でなされたとはいえない。
(7)の税関長の説明に表れた事実は、直ちに原告らの主張に結びつくものではな
い。(8)の税関長会議における東京税関長の発言は、東京税関に関して同税関長
の意見を表明したものであり、直ちに原告らの主張に結びつくものではない。
(9)の税関長会議における財務調査官の挨拶の内容は、その職責に照して、至極
当然なことであって異とするに足りない。(10)の服制細則の内容は、職員が制
服を着用したまま組合活動を行なうことを規制しようとするものであり、その対策
として考えられたのは、当時の状況から全税関の組合活動であると思われる。しか
し、右の細則は制服の着用を職務遂行時に限定しようとするものであって、組合活
動それ自体を制約することを目的とするものではないことは、規定の内容から明ら
かであり、また、このような規制が制服貸与の制度趣旨に照して不合理であるとは
いえないから、関税局が服制細則を制定しようとしたこと(制定されたかどうかは
明らかでない。)が、規則違反を口実にして全税関組合員に対し矯正措置や懲戒処
分を行なうことを狙ったものであるということはできない。
2 全国税関総務部長・人事課長会議
(一) 右会議に関する証拠として原告らが提出した甲第二四九号証の一ないし一
〇はその形式や内容から三つの文書に分けられる。その一は、同号証の一ないし四
の「人事課長会議の開催及び議題について」と題する一体の文書(これを「文書
一」という。)で昭和六一年四月一〇日開催予定の右会議の出席者及び議題等が記
載されているものである。その二は、同号証の五、六の「議題3特定職員の上席官
昇任及び七等級昇格付等について」の見だしで始まる二枚の文書とその付属文書で
あるとみられる同号証の七の「(参考)総務部長会議(六一・三・一九)の討議概
要」との見だしで書かれているもの(これらを併せて「文書二」という。)であ
り、このうち同号証の五、六の文書は「先般の総務部長会議における討議を踏ま
え、六一年度の上席官昇任及び七等級昇格基準等について討議する」として、上席
官昇任及び七等級昇格について、対象者の範囲や基準についての種々の考え方が示
され、また、四、五、六級昇格について、特定職員は、勤務成績が一般職員に比べ
て遜色のない者は超一選抜として一般の最終選抜に重ね、さらに優れている者は一
般の第三選抜に重ねることにすることを確定事項とすることの可否を問う内容が記
載されており、同号証の七の文書は、昭和六一年三月一九日の総務部長会議におけ
る特定職員の上席官昇任と七等級格付の範囲基準についての討議内容が記載されて
いる。その三は、同号証の八ないし一〇の「昭和六〇年度(第二回)総務部長会議
討議概要」と題する一体の文書(これを「文書三」という。)であるが、これに
は、上席官昇任及び七等級昇格のうち特定職員関係については別途連絡するとのみ
記載されている。
 なお、これらの文書に記載されている「特定職員」とは一般職員と対比して用い
られていることから、全税関所属の職員を指すものとみられる。
(二) 人事課長会議の協議について
 ところで、文書一はその形式及び内容からみて大蔵省関税局が作成したものと考
えられる。そして、同文書に記載されている議題4の「特定職員の上席官昇任及び
七等級昇格について」の欄は「(別紙)」となっているところ、文書二のうち甲第
二四九号証の五、六の文書が、前記のように「総務部長会議における討議を踏まえ
て六一年度の上席官昇任及び七等級昇格基準等について討議する」とされているこ
とから、文書二は一見文書一の議題4に記載されている「(別紙)」であるかの如
く考えられる。しかし両文書は、これに記載されている議題番号及び筆跡が異なっ
ているばかりでなく文書一では議題とされていない「四、五、六級格付」について
も文書二の協議事項とされているなど記載の形式及び内容に不一致がみられ、両文
書の関連性に重大な疑問がある。しかも文書二のうち同号証の七の文書の
「(3)、4、5、6級格付」欄の部分は、同じ文書のそれ以外の部分と筆跡が異
なっているばかりでなく、内容も、「先般の総務部長会議における討議を踏まえ六
一年度の上席官昇任及び七等級昇格等について協議する」とされている同号証の五
の文書と異なっているなど不自然であり、文書二の他の部分と一体のものといえる
かさえ疑わしい。
 文書三は、文書一と筆跡は同一であるものの、その記載形式(上席官昇任及び七
等級昇格のうち特定職員に関する分については別途連絡となっている)に照して、
文書一の議題4の「(別紙)」であるとは考えにくく、具体的内容も不明である。
そうすると、文書一に記載されている昭和六一年四月一〇日、一一日の人事課長会
議において、特定職員の上席官昇任、七等級格付及び五、六級格付について、文書
二に記載されていることが協議されたとは直ちに認めることができないといわなく
てはならない。
(三) 総務部長会議の協議について
 文書三は、その筆跡が文書一と同一であるから、文書一と同様に大蔵省関係者が
作成したものとみられるが、この文書三によれば、昭和六〇年度第二回総務部長会
議(成立に争いのない甲第二六一号証によれば、右会議は昭和六一年三月一九日と
二〇日に開かれたことが認められる。)において、特定職員の上席官昇任及び七等
級昇格問題についての協議がなされたことが認められるが、この文書三からは協議
の具体的内容は不明である。一方、文書二には右総務部長会議における右問題につ
いての討議内容として具体的な記載がされているが、この文書と文書三との関連性
は必ずしも明らかであるとはいえないから、この文書三から総務部長会議におい
て、上席官昇任及び七等級昇格について文書二に記載されていることが協議された
と認めることができない。
 もっとも、文書二には、特定職員の上席官占有ポストには、昭和六〇年度に昇格
した六名を含めて九名である旨記載されているところ、原告P75本人尋問の結果と
これによって成立を認める甲第二五九号証によれば、昭和六〇年度における全税関
所属の職員の上席官の人数と昇任年度は右文書二に記載されているところに合致し
ていることが認められる。しかし、このことから直ちに文書二が関税局によって作
成されたものであるとはいえないが、仮に関税局が作成したもの(ただし、「四、
五、六級格付」の欄を除く。)であり、これに記載されていることが総務部長会議
において協議が行なわれたとしても、右文書に記載されているところは、特定職員
の上席官昇任の現状が一般職員の任用状況や特定職員の年齢構成などから説明が困
難であるとして、特定職員の昇任者を増やすべきか否かについて、また、退職時ま
でに七等級に昇格させるべきか否かについて協議するというものであって、このこ
と自体は全税関所属の職員を不利益に扱うというものではない(原告P75もその本
人尋問の結果中において、七等級昇格は上席官昇任が遅れている全税関所属の職員
について一般職員より昇格期間を短縮しようとするものである旨述べ、一定の評価
をしている。)から、これについての協議が全税関所属職員に対する差別取扱い方
針についての協議であるということはできない。また、文書二のうち、四、五、六
級格付に関する部分は、前記のように他の部分と筆跡や内容を異にしていて他の部
分の文書と一体性に疑いがあり、従ってその成立に疑問があるから、右の記載内容
(特定職員の昇格の時期を一般職員の昇格の時期より遅らせること)について総務
課部長会議において協議されたということはできない。
七 昇任、昇格、昇給に関する原告らの個別的事情
1 本件係争期間の昇任、昇格、昇給に関係がある個別的事情は同期間中の最終の
昇給期である昭和四九年一月一日前のものであるから、本項において検討の対象と
するのは、この分に限るものとする。
2 この個別的事情の認定に供した乙号証は後記のとおりであるが、このうち非違
行為及びこれによる税関長の口頭の厳重注意に関するものの成立は、証人P129、同
P97、同P130、同P131、同P132の各証言及び弁論の全趣旨により(非違行為に関
するものは税関職員が作成した現認書等に基づいて税関訟務官が作成した。)これ
を認め、非違行為を理由とする文書による厳重注意及び訓告並びに懲戒処分に関す
るものは、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したことが認められるから
真正な公文書と推定される。出勤状況に関するもののうち、出勤簿表示方法の例示
(乙第三三二七号証)は弁論の全趣旨によって成立を認め、出勤簿(乙第三三二八
ないし三七七八号証)は前同様の理由により真正な公文書と推定され(ただし、原
告の押印部分は成立に争いがない。)履歴事項証明書(乙第三一八四ないし三三二
六号証)は成立に争いがない。
3 ところで、非違行為に関する後記乙号証(現認書等)は、税関訟務官が既存の
報告書を基にして(コピーし、その一部を削除して)新たな報告文書として提出さ
れたものであるところ、原告らは、このような報告文書は作成者である訟務官の思
想、意思が表出されたものとはいえず、原告らの職場の行為とは全く関連性がない
から証拠価値は全くない旨主張する。
 しかし、文書作成者である訟務官の意思は、原文書に記載されている内容を確認
したことを報告する点においてその思想、意思を表したものであるというべく、そ
の表記がコピー機を用いてなされていても、その理に変りがない。もっとも、この
ようにして作成された報告文書はそれ自体が原本として証拠となるから文書の記載
内容との関連性は間接的に過ぎないものになるが、原文書が機械的に正確に写され
たものである以上、原文書と証拠価値において異なるところがない。
4 (一番)原告P84
(一) 格差の程度
 原告P84は、昭和四七年二月に、いわゆる双子俸である六ー一四から五等級に昇
格し、昭和四八年一月特別昇給した(このことは乙第三一八四号証によって認め
る。)ものの、係争期間終了当時(昭和四九年三月三一日)五ー一三であったか
ら、同期、同資格(昭和二四年旧中・高校組)の非組合員四八名のうち昭和四三年
までに五等級に昇格した多数の者及び昭和四八年までに四等級に昇格した二五名に
比べ昇格が少なくとも四年程度遅れている。また、係争期間終了当時の右非組合員
の等級号俸は不明であるが、これを原告ら主張のとおりであるとして比較すると、
同原告より上位の非組合員四二名のうち四ー一二の四名を除いた三八名より一、二
号俸相当程度低くなっている。しかし、右乙号証によれば、同原告は、係争期間終
了日の翌日である昭和四九年四月一日に昇給して五ー一四になったことが認められ
るから、実質的な格差はより少ないものとなる(比較の対象となる非組合員はそれ
ぞれ昇給期を異にし、昇級延伸がなくても翌年一月一日まで昇給しない者もありう
るから、格差の程度を考慮するうえで同原告の右昇給を無視することは相当でな
い。この点は、以下の原告らについても同じことが言える。)。
(二) 非違行為
 乙第二九〇号証の一ないし二〇、第二九五号証の一ないし一七によれば同原告
は、庁舎等管理規則に基づく庁舎等の一時使用の許可を受けないで開かれた別表四
庁舎等無許可使用集会一覧表(以下「集会一覧表」という。)記載38・43の集
会(以下、このような集会を「無許可集会」という。)に参加し、当局から中止す
るよう命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(二番)原告P36
(一) 格差の程度
 原告P36は、原告P84と入関年度、資格が同じであるが、昭和四七年七月一日に
双子俸である六ー一五から五等級に昇格したから、同期、同資格の前記非組合員に
比べて右原告と同様の昇格の遅れが生じている。また、係争期間終了当時は五ー一
二であったから、号俸は前記の三八名に比べると二、三号俸程度低くなる。なお、
乙第三一八五号証によれば、原告P36は係争期間終了日の翌日に昇給し、五ー一三
になったことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六一号証、第三〇九号証の一ないし一六、第三二八号証の一ないし
七、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告
は、集会一覧表記載7・59・65・72・74の各無許可集会に参加し、当局か
ら中止解散するように命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第四一六号証、第四四三号証、第六八九号証、第七三八号証、第七九七
号証、第八五五号証、第九一三号証、第九六九号証、第一〇六九号証、第一一二六
号証、第一二二一号証、第一三三九号証の二、第一三五〇号証、第一五三八号証、
第一六三四号証、第一六九一号証、第一八七八号証、第二六九三号証、第二七九九
号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月二一日から昭和四八年一二月四日まで
の間の勤務時間中に二八回(42年10月21日、同月25・26日、43年12
月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27
日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月
12日、同年11月28日、48年4月17日、同年5月28日、同年6月22
日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月28・29・30日、
同年12月1日、同月3・4日)にわたってリボン、プレート(いずれも原告組合
の要求等を書いたもの、以下同じ。以下、バッヂを含め「プレート等」という。)
を着用し、上司から取外しの注意や命令(以下「注意等」という。)を受けたのに
これに従わなかったこと、この間の昭和四八年八月二一日に同年七月一二日のプレ
ート着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による
厳重注意を受けたことが認められる。
(三番)原告P135
(一) 格差の程度
 原告P135も原告P84と入関年度、資格が同じであるが、係争期間終了当時、六ー
一三であったから前記非組合員より昇格が遅れ、号俸は同期、同資格の非組合員三
八名より四、五号俸相当程度低いものとなる。しかし、乙第三一八六号証及び弁論
の全趣旨によれば、原告P135は、年度途中(一二月)に入関したため、当初より昇
格昇給が遅れていたうえ、係争期間前に病気による長期欠勤のため三九か月昇給が
延伸されたことが認められ、これによれば、係争期間の当初において既に昇給がか
なり遅れていたことが窺われるから、係争期間に生じた格差としてはその分だけ少
ないものとなる。なお、右乙号証によれば、同原告は係争期間終了の日の翌日に五
等級に昇格した。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六四号証の一、第二八三号証、第二八五号証の一ないし五、第二九
〇号証の一ないし二〇、第二九五号証の一ないし一七、第三一〇号証、第三二八号
証の一ないし七、第五一七号証の一ないし二三によれば、同原告は、集会一覧表記
載12・31・33・38・43・60・65・72の各無許可集会に参加し、当
局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三二四号証、第四一七号証、第四四四号証、第五一五号証、第一一二
五号証、第一二二二号証、第一三四八号証、第一五一八号証、第一五九〇号証、第
一七〇三号証、第一八二一号証の一、第二七七三号証の一、二、四、第二九〇〇号
証、第二九三五号証、第二九六九号証、第三〇〇三号証、第三〇三四号証によれ
ば、同原告は、昭和四二年六月一九日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務
時間中に二〇回(42年6月19・20日、同年10月21日、同月25・26
日、47年5月11日、同年7月12日、48年4月17日、同月24・25・2
6日、同年5月28日、同年6月29日、同年9月18・19日、同年11月2
9・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、五
日(48年12月11日から同月15日まで)にわたってステッカー(原告組合の
要求等を書いたもの、以下、同じ。)を机上に掲出し、上司から取外しや撤去する
よう注意等を受けた(ただし、42年6月19・20日のリボン着用、48年11
月29日のプレート着用を除く。)のにこれに従わなかった。(ただし、47年5
月11日、同年7月12日のプレート着用を除く。)ことが認められる。
(3) 乙第一八四号証、第二五三五号証の一、第二五四一号証によれば、同原告
について次の事実が認められる。
イ 昭和四一年六月二日、臨時開庁中の午後五時過ぎから同一五分頃までの間、輸
出課、統計課の組合員九名とともに業務部次長席に集り、口々に、渡り廊下の架設
などについて次長に直接話合いをするように要求し、管理課長から臨時開庁中であ
るので自席に戻るよう注意されたのにこれに従わずに押問答を続けた。
ロ 同年八月三一日午後〇時四五分頃から同一時五分頃迄、業務部長室前におい
て、輸出分会員一一名とともに原告P136の事故を公傷扱いにすることなどについて
業務部長との面会を要求し、入室を阻止されて解散を求められたのに対し、口々に
抗議して要求書の取次を求めて断られたので右要求書を読上げて解散した。
ハ 昭和四一年九月六日午後一時二〇分頃(勤務時間中)、業務部輸出二課におい
て全税関新聞の仕分けをしてこれを課内の職員の机上に配付し、上司から中止する
よう注意されたのにこれに従わないばかりか「いちいち細かいことをほじくるよう
なことはやめた方が良いですよ。」と抗議した。
(三) 勤務状況
 乙第三三二七号証、第三三三〇ないし三三四三号証によれば、同原告には、昭和
四一年と昭和四三年から四八年まで毎年五・五ないし二〇日の病気休暇があるこ
と、また、定刻(出勤簿整理時間の締切り時刻)に何の連絡もしないで出勤しない
ため出勤簿上事故扱いとされるもの(以下、これを「事故」という。)が、昭和四
一年に二一回、昭和四二年に二五回、昭和四三年に一一回(このうち昭和四一年の
一八回、昭和四二年の二回、昭和四三年の九回は交通機関の延着による遅刻)ある
ことが認められる。
(四番)原告P137
(一) 格差の程度
 原告P137は、昭和四八年七月に双子俸である六一一五から五等級に昇格し、係争
期間終了当時五ー一二であったから九名全員が昭和四二年までに五等級に昇格し八
名が昭和四七年までに四等級に昇格した同期、同資格(昭和二五年五級組)の非組
合員に比べて昇格がかなり遅れ、号俸も右非組合員九名のうち四ー一二以上の八名
に比べて少なくとも四号俸相当程度低いものとなっている。しかし、乙第三一八七
号証によれば、同原告は、係争期間前、病気による長期欠勤のため普通昇給が二一
か月延伸されていることが認められ、これによれば、係争期間の当初においてすで
に他の同期、同資格の非組合員との間に相応の格差が生じていたことが窺われる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六四号証、第二六九号証の各一、第三〇五号証の一ないし五、第三
〇九号証の一ないし一六、第三三〇号証の一ないし八、第六七九号証の一ないし一
八によれば、同原告は、集会一覧表記載12・17・53・59・67・74の各
無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかっ
たことが認められる。
(2) 乙第二〇八ないし二一〇号証、第九七〇号証、第一〇九九号証、第一一一
二号証、第一一二八号証、第一二〇四号証、第一二二三号証、第一二七九号証、第
一三四九号証、第一四七六号証、第一五三九号証、第一六三三号証、第一六九二号
証、第一八六九号証、第二六九四号証、第二七九〇号証、第二八六七号証によれ
ば、同原告は、昭和四四年三月一四日から昭和四八年一二月一〇日までの間の勤務
時間中に二三回(44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年1
0月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同
年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月2
8日、同年6月22日、同年6月28・29日、同年9月18・19日、同年12
月3・4日)にわたってプレート等を着用したほか一回(48年12月10日)ス
テッカーを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(ただ
し、47年6月10日のプレート着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、こ
の間の昭和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレート着用とその職務命令に従
わなかったことについて、税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められ
る。
(3) 乙第二一四号証の一、二、第二一五号証及び証人P131の証言によれば、同
原告は、小野浜第一方面事務所の主任として上司の保税主任官を補佐し、同主任官
が休暇等により不在のときは同事務所の職員の出勤状況を保税課の勤務時間管理担
当官に報告すべき立場にあったところ、上司から再三指示を受けたのにかかわら
ず、昭和四四年七月一九日、同月二八日及び同年八月二日の出勤状況について報告
をしなかったばかりでなく、このことについて保税課長から注意を受けたのに対
し、「出勤状況を報告するように締めつけられていることに疑問がある。組合と相
談したい。」などと反論したこと、このことについて昭和四四年九月三〇日に税関
長の文書による厳重注意がなされたことが認められる。
(五番)原告P34
(一) 格差の程度
 原告P34は、昭和四九年一月一日、双子俸である六ー一四から五等級に昇格し、
係争期間終了当時、五ー一一であったから昭和四四年までに五等級に昇格した大多
数の同期、同資格(昭和二五年高校組)の非組合員に比べ昇格がかなり遅れてい
る。また、係争期間終了当時の非組合員の号俸は不明であるが、これを原告ら主張
のとおりであるとして比較すれば、非組合員五三名のうち五ー一四以上の四三名に
比べて少なくとも三号俸相当程度低いものとなる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二〇三号証、第二六六号証、第二六八号証の一、二、第二七〇号証、
第二七一号証の一、第二七三号証の一、二、第二七四ないし二七七号証、第二八七
号証の一、二、第二九六号証の三、第五一七号証の一ないし二三によれば、同原告
は、集会一覧表記載14・16・18・19・21ないし25・35・44ー3・
54・72の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するように命じられた(た
だし、23ないし25・35を除く。)のにこれに従わなかったことが認められ
る。
 なお、右25の集会について原告らは、原告P24と同P25が私的に話していただ
けであり集会ではないなどと主張するが、この点については、前記五3(四)で述
べたとおりである。
(2) 乙第三一五号証、第三二〇号証、第三三九号証、第三五〇号証、第三五九
号証、第三六七号証、第四五七号証、第四八五号証、第五三四号証、第五五五号
証、第五九四号証、第六一〇号証、第六二八号証、第六四二号証、第六五〇号証、
第六八一号証、第七三九号証、第七九八号証、第八五六号証、第九一一号証、第九
七一号証、第一〇五八号証号証の一、二、第一一二九号証の一、二、第一二八〇号
証の一、第一三五一号証、第一四五六号証、第一五四〇号証、第一六三九号証、第
一六九三号証、第一七九一号証、第一八〇五号証、第一八五八号証、第二七九八号
証の一、第二九六五号証、第三〇三二号証によれば、同原告は、昭和四二年六月七
日から昭和四八年一二月五日までの間の勤務時間中に、四四回(42年6月7日、
同月19日、同年7月21日、同年8月1日、同年9月30日、同年10月5日、
同月25・26日、同年12月4日、43年3月11日、同年7月23日、同年9
月28日、同月30日、同年10月1日、同月8日、同年12月13日、44年3
月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月26日、同年10月23
日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年11月28日、48年4
月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同
月28・29日、同年7月9日、同年9月18・19日、同年11月28・29・
30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、二回
(48年12月13日、同月15日)テント(ボール紙等でテント状に作って表面
に原告組合の要求等を書いたもの、以下、同じ。)を机上に掲出し、上司から取外
しや撤去するよう注意等を受けた(ただし、42年6月7日のリボンの着用を除
く。)のにこれに従わなかった(ただし、45年10月23日のリボンの着用と4
7年11月28日のプレート着用を除く。)ことが認められる。
(3) 乙第二五四六号証、第二六三六号証、第二六六四号証、第二六七四号証に
よれば、同原告について、次の事実が認められる。
イ 原告P138に対する厳重注意が不当であるとして昭和四一年一二月六日午後五時
五分頃、他の組合員六名とともに兵庫埠頭出張所総務課室に赴き、右処分の理由を
聞くためとして所長との面会を要求し、応対したP139総務係長が本人に説明してあ
るので、他の者に説明する必要がない旨答えたところ、原告P138と同P140の二名
が右係長を振切って入室し、「間違った事実で人を処分してよいのか。」「こんな
文書は無効だ。」「組合に対する弾圧だ。」などと大声で言って同日午後五時一五
分頃まで抗議した。
ロ 昭和四四年八月二五日午前九時一〇分頃から同一一時三〇分頃までの勤務時間
中に私用をし、この間に上司から注意されたのに対し、「申告書の審査さえ終れば
何をしてもよいのではないか。」「P141さんが、がたがた言うと今度から誤謬率を
高めてやる。それでもよいか。」などと反論して従わなかった。
 なお、右行為について昭和四四年一〇月三一日、同原告に対し税関長の文書によ
る厳重注意がなされた。
ハ 昭和四八年一二月一〇日午後〇時三五分頃、小野浜分会員一五名とともに小野
浜出張所総務課長室に赴いて所長との面会を要求し、うち三名(原告P27、同P
142、同P143)が総務課長らの制止を振切って強引に所長室に入室し、所長が同会
と交渉するよう要求し、さらに退室後、所長室前で全員が「所長が分会との交渉に
応じよ。」などとシュピレヒコールした。
 右のロについて、原告P34は、その本人尋問の結果中において、P144主任がデッ
チあげたものである旨供述し、同原告の陳述書(甲第一一七号証)にも同旨の記載
がなされている。しかし、右供述は、当日の朝、職場で同原告及びP141主任を含む
職員が異動後の職員配置表を見ながら雑談したことや、その内容を同原告がメモし
たことなどを捉えてP141主任がデッチあげの現認書を作成したというものである
が、右現認書(これに基づいて作成された乙第二六三六号証)で問題とされている
のはこのような朝の短時間のことではなく、出勤時から午前一一時四五分頃までの
ことであるから、同原告の右供述は右現認書の記載内容に対する的確な反論とはな
り得ないものである。もっとも、右陳述書には、当日、二人が一組になって五つの
パートに分れて審査を行なったところ、同原告のパートは他のパートに比べ最も多
い件数を処理した旨記載されている。たとえ、そのとおりであるとしても、右の処
理件数は当日一日分のものであるから、このことから直ちに午前中にも仕事をした
ということにはならないし、他のパートより処理件数が多いのは、当日、他のパー
トに属する二名の職員が休暇をとっていた(このことは前記乙二六三六号証によっ
て認める。)ため、他のパートの処理能力が低くなったことによるものと考えられ
る。したがって、右原告P34の右供述及び陳述書の記載は前記ロの認定を覆すに足
りない。
(六番)原告P145
(一) 格差の程度
 原告P34に同じである(ただし、昭和四七年七月に六ー一二から五等級に昇
格)。しかし、乙第三一八九号証及び弁論の全趣旨によれば、原告P145は係争期間
前に長期病気欠勤及び勤務成績不良を理由として各三か月普通昇給が延伸されてい
ることが認められ、これによれば、係争期間の当初において相応の昇給の遅れが生
じていたことが窺われる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二八三号証、第二八五号証の一ないし五、第二九〇号証の一ないし二
〇、第二九五号証の一ないし一七、第三〇九号証の一ないし一六によれば、同原告
は、集会一覧表記載31・33・38・43・59の各無許可集会に参加し、当局
から中止解散するように命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第四四六号証、第六八二号証、第七四〇号証、第七九九号証、第一二八
一号証、第一三七四号証の一、第一四八六号証、第一五七五号証、第一六三二号
証、第一六九四号証、第一八七九号証、第二七四五号証、第二八〇〇号証によれ
ば、同原告は、昭和四二年一〇月二五日から昭和四八年一二月四日までの間の勤務
時間中に、二六回(42年10月25日、43年12月13日、44年3月14
日、同年5月23日、47年11月28日、48年4月17日、同月23・24・
25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月1
8・19日、同年11月19・20・21・22日、同月28・29・30日、同
年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用し、上司から取外すよう注意
を受けたのにこれに従わなかったことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三三四五号証及び弁論の全趣旨によれば、同原告は、昭和
三九年一〇月九日から昭和四〇年五月八日まで病気のため勤務を欠き、このため昭
和四〇年四月一日の昇給期において普通昇給が六か月延伸されたこと、このほか昭
和四六年一月一四日から同年二月三日までの間も病気のため勤務を欠いたことが認
められる。
(七番)原告P146
(一) 格差の程度
原告P34に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の一二、第二六四号証の一、第二六九号証の一、第五一七号
証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八、第九〇八号証、第二六七五号証
によれば、同原告は、集会一覧表記載12・17・72・74・75の各無許可集
会に参加し(74の集会では支部長として挨拶をした。)、当局から中止解散する
よう命じられたのにこれに従わなかったこと、右74・75の各集会において原告
が指導的役割を果すなどしたとして74については昭和四三年一一月一八日に訓告
(矯正措置)を、75については昭和四四年一〇月三一日に税関長の文書による厳
重注意をそれぞれ受けたことが認められる。
(2) 乙第四四二号証の一、第六一一号証、第六五一号証、第六八三号証、第七
四一号証、第七九六号証、第八〇〇号証、第八五七号証の一、第九一四号証、第一
〇六〇号証、第一一三〇号証、第一二八二号証、第一三五二号証、第一四五八号
証、第一五四一号証、第一六四一号証、第一六九五号証、第一八〇七号証、第一八
八〇号証、第二六八一号証、第二八〇一号証、第三〇四七号証、第三〇四九号証、
第三〇五一、三〇五二号証、第三〇五四号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇
月二五日から昭和四八年一二月一四日までの間の勤務時間中に三四回(42年10
月25日、43年9月28日、同年10月8日、同年12月13日、44年3月1
4・15日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月2
3日、47年5月10・11日、同年6月・9・10日、同年7月12日、同年1
1月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28
日、同年6月22日、同月28・29日、同年7月9日、同年9月18・19日、
同年11月28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等
を着用したほか、五回(48年12月10・11・12・13・14日)にわたっ
て腕章(全税関と書いたもの、以下同じ。)を着用し、このうち四回は右腕章の着
用とともにステッカーを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意を受け
たのにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一九日に、同年七月一二
日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口
頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二六二九号証によれば、同原告は、昭和四四年五月九日午後三時三〇
分頃、新港第一方面事務所第二突堤分室のカウンター上に「ベトナム人民支援カン
パ」の表示のある募金箱を置いて募金行為をしたことが認められる。
(八番)原告P147
(一) 格差の程度
原告P34に同じ(ただし、五等級昇格は昭和四八年七月)。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六二号証、第二六四号証の一、第六七九号の一ないし一八によれ
ば、原告P147は、集会一覧表記載8・12・74の各無許可集会に参加し、当局か
ら中止解散するように命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第五六九号証の一、第五九三号証、第六一二号証、第六五二号証、第六
八四号証、第八〇一号証、第九七三号証、第一〇五九号証、第一一三一号証、第一
三五三号証、第一四五七号証、第一五三七号証、第一六四〇号証、第一六九六号
証、第一八〇六号証によれば、同原告は、昭和四三年五月二二日から昭和四八年七
月九日までの間の勤務時間中に、一九回(43年5月22日、同年7月23日、同
年9月28日、同年10月8日、同年12月13日、44年5月23日、45年1
0月13日、47年5月10日、同年6月9日、48年4月17日、同月23・2
4・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年7
月9日)にわたってプレート等を着用し、上司から取外すよう注意等を受けたのに
これに従わなかったことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三三四六ないし三三五一号証によれば、事故が昭和四〇年
に一二回、昭和四二年に一〇回、昭和四三年に八回、昭和四四年に一五回、昭和四
七年に一二回、昭和四八年に一三回(うち昭和四〇年の二回、昭和四二年の一回、
昭和四三年の三回、昭和四四年の九回、昭和四七年の九回、昭和四八年の一〇回は
交通機関の延着による遅刻)あることが認められる。
(九番)亡P2
(一) 格差の程度
 P2は、原告P34と入関の年度、資格が同じであるが、係争期間終了当時、六ー一
四(五ー一一相当)であったから同期、同資格の非組合員に比べて昇格が遅れ(な
お、乙第三一九二号証によれば、係争期間終了の翌日に五等級に昇格したことが認
められる。)、昇給も、右原告らと同様の遅れが生じていることになる。しかし、
右乙号証及び弁論の全趣旨によれば、同原告は係争期間前の昭和三五年に懲戒処分
(減給)を受けたため、普通昇給が三か月延伸されたことが認められ、これによれ
ば、係争期間の当初においてすでに相応の昇給の遅れが生じていたことが窺われ
る。
(二) 非違行為
(1) 乙第二八三号証、第二八五号証の一ないし五、第三〇四号証の一ないし
七、第三〇九号証の一ないし一六、第三二八号証の一ないし七、第五一七号証の一
ないし二三によれば、P2は、集会一覧表31・33・52・59・65・72の各
無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかっ
たことが認められる。
(2) 乙第三二三、三二四号証、第四一八号証の一、第四四五号証の一、第四八
六号証の一、第五三五号証の一、第六一三号証の一、第六八五号証の一、第八〇三
号証の一、第八五八号証の一、第九一五号証の一、第一〇九六号証、第一一三二号
証、第一二八三号証、第一三五四号証、第一四九五号証、第一五七九号証、第一六
二七号証、第一六九七号証、第一七八〇号証、第一八八一号証、第二八〇二号証、
第二八五五号証、第二八八三号証、第二九五一号証、第二九八四号証、第三〇一九
号証によれば、P2は、昭和四二年六月一九日から昭和四八年一二月一五日までの間
の勤務時間中に三一回(42年6月19・20日、同年10月21日、同月25・
26日、同年12月4日、43年9月28・30日、同年12月13日、44年5
月23日、同年7月10日、45年5月27日、47年5月10・11日、同年6
月9・10日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・26日、
同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18日、同年11
月29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほ
か、五回(48年12月10・11・13・14・15日)にわたって円柱(表面
に原告組合の要求等を記載したもの、以下同じ。)を机上に掲出し、上司から取外
しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかった(45年5月27日のプ
レート着用を除く。)ことが認められる。
(3) 乙第一八五号証、第二五三五号証の一ないし七、第二五四八号証によれ
ば、P2について、次の事実が認められる。
イ 前記(三番)原告P135(3)イに記載した行為(ただし、P2は超過勤務を命
じられていない。)に参加した。
ロ 昭和四一年一二月二〇日午後〇時二〇分頃、超過勤務問題などについて、業務
部長との面会を要求して組合員二〇名位で業務部長室に押しかけ、P37管理課長が
部長が用務中で会えないと答えたのに対し、「部長はわれわれに会ってはっきり回
答する義務がある。」などと言って同一二時四五分頃まで押し問答を続けた。
ハ 昭和四二年一月一六日、統計課において、無断で部外者に電動加算機による統
計の集計作業を撮影させ、このことに注意をした上司に対し、「昼休みに職場の者
が写して何故いけないのか。」などと抗議した。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三三五二号証ないし三三五七号証によれば、同原告には昭
和四五年に一一・五日、昭和四六年に一一日、昭和四八年に一八日の病気休暇があ
ることが認められる。
(一〇番)原告P74
(一) 格差の程度
亡P2に同じ。
なお、乙第三一九三号証によれば、同原告も係争期間終了の翌日に五等級に昇格し
たことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の二、一〇、第二六八号証の一、二、第二七一号証の一、第
二七四ないし二七六号証、第二九八号証、第三〇六号証の一、二、第三〇九号証の
一ないし一六、第三二九号証、第三六六号証、第五一七号証の一ないし二三、第六
七九号証の一ないし一八、第九〇八号証によれば、原告P74は、集会一覧表記載1
6・19・22ないし24・46・55・59・66・70・72・74・75の
各無許可集会に参加し(16・55の集会では分会長として司会した。)、当局か
ら中止解散するよう命じられた(ただし、23・24を除く。)のにこれに従わな
かったこと、右の46と55の集会において原告が主導的役割を果したなどして昭
和四一年一二月六日に、70の集会に参加したことなどについては昭和四二年一二
月四日にいずれも税関長の文書による厳重注意を受けたことが認められる。
(2) 乙第三二五号証、第三四〇号証、第四一九号証、第四四一号証、第五八〇
号証、第五八四号証、第五九二号証、第六五三号証、第六八六号証、第七四二号
証、第八〇四号証、第八五九号証、第九一六号証、第九七五号証、第一〇五五、一
〇五六号証、第一一三三号証、第一二一八号証、第一二二五号証の一、二、第一二
八四号証、第一三五五号証、第一四五三、一四五四号証、第一五四二号証、第一六
六一号証、第一六九八号証、第一八〇三号証、第二六八〇号証によれば、同原告
は、昭和四二年六月二〇日から昭和四八年七月九日までの間の勤務時間中に、三〇
回(42年6月20日、同年7月21日、同年10月21日、同月25日、43年
6月29日、同年7月6日、同月23日、同年10月8日、同年12月13日、4
4年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10
月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年
11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28
日、同年6月22日、同月28・29日、同年7月9日)にわたってプレート等を
着用し、上司から取外すように注意を受けたのに、これに従わなかったこと、この
間の昭和四七年八月一九日に、同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務
命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認め
られる。
(3) 乙第二〇一号証、第二五〇七号証、第二六一六号証、第二六三三号証の一
によれば、同原告について次の事実が認められる。
イ 昭和四〇年六月二日、勤務時間中である午前九時一三分頃、ほか六名とともに
兵庫出張所玄関前で組合のビラを配布した。
ロ 右同日午前一一時五〇分頃から午後〇時一〇分頃まで、外八名とともに賃金公
開ゼッケンを胸背部に掲げて中埠頭出張所一階業者溜り一帯を徘徊して職員らに話
しかけ、総務課長からゼッケンを外すように注意されたのに従わず、退去するよう
求められたのにこれに応じなかった。
ハ 昭和四三年七月六日午後〇時三五分頃から同五五分頃までの間に、中埠頭出張
所において、プレート着用について注意を受けたことについて、他の組合員四名と
ともに中埠頭出張所総務課長に抗議した際、同課長や同席した他の課長に対し、
「納得のいくように話をせんか。何が権限外だ。権限外でも上司に伝えて的確な返
事をしても損はせんやろう。それが課長の務めと違うか。」「そこらの課長連、よ
う考えてみい。自分らの部下が定昇を停止されているのによう知らん顔できるな。
それでも課長か。」などと暴言を吐いた。
ニ 昭和四四年七月五日午後〇時三五分頃から同四二分頃までほかの組合員六名と
ともに執務中の輸出通関七部門の関税審査官を取巻くようにし、同審査官から執務
の支障になるので退去するよう求められたのに、原告P148の普通昇給が延伸された
理由を説明するよう執拗に要求した。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三三五八ないし三三六〇号証によれば、同原告には事故が
昭和四六年に八回、昭和四七年に七回、昭和四八年に一四回(このうち昭和四八年
の八回は交通機関延着による遅刻)があることが認められる。
(一一番)原告P6
(一) 格差の程度
 P2に同じ。
 なお、乙第三一九四号証によれば、原告P6も係争期間終了の翌日に五等級に昇格
したことが認められる。
 また、右乙号証及び弁論の全趣旨によれば、同原告は、係争期間前の昭和三五年
及び昭和三六年にそれぞれ懲戒処分(戒告)を受け各三か月普通昇給の昇給が延伸
されたことが認められ、これによれば、係争期間の当初において相応の昇給の遅れ
が生じていたことが窺われる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六〇号証の一、二、第二八五号証の一ないし五、第二九五号証の一
ないし一七、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は集会一覧記載6・3
3・43・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた
(ただし、6を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第四四二号証の一、第六二九号証、第六五四号証、第六八〇号証、第八
〇五号証、第八六〇号証、第九一七号証、第一〇二七号証、第一一二二号証、第一
一三四号証、第一二二六号証、第一二八五号証、第一三五七号証、第一四三七号
証、第一六八九号証、第一六九九号証、第一八八二号証、第二七二九号証、第二七
八八号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月二五日から昭和四八年一二月四日
までの間の勤務時間中に、二七回(42年10月25日、43年9月30日、同年
10月1日、同月8日、同年12月13日、44年5月23日、同年7月10日、
45年5月27日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・1
0日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・
25・26日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年
12月3・4日)にわたってプレート等を着用し、上司から取外すよう注意等を受
けたのにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日に同年七月一二
日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口
頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二五三五号証の一ないし七によれば、前記(三番)原告P135(3)イ
に記載した行為に加わったことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三三六一、三三六二号証によれば、同原告は、昭和四五年
に病気のため一六・五日勤務を欠いたことが認められる。
(一二番)原告P149
(一) 格差の程度
 原告P149は、係争期間終了当時、六ー九であったから、当時すでに五ー一〇にな
っていた同期、同資格(昭和二五年中学組)の非組合員四名に比べて昇格、昇給が
ともに遅れており、四号俸相当の格差が生じている。しかし、乙第三一九五号証に
よれば、同原告は、係争期間終了の翌日に六ー一〇に昇給したことが認められる。
しかも、弁論の全趣旨によれば、係争期間当初においてすでに昇給が一号俸程度遅
れていたことが認められる(原告ら主張でも、昇給・昇格等一覧表の標準者より一
号俸低くなっている)。
(二) 非違行為
 乙第一二八六号証の一、第一三五九号証、第一四八〇号証、第一八二六号証、第
二七七四号証によれば、同原告は、昭和四七年一一月二八日から昭和四八年一二月
四日までの間の勤務時間中に、一二回(47年11月28日、48年4月17日、
同年4月23・24・25・26日、同年9月18・19日、同年11月29・3
0日、同年12月3・4日)にわたってプレート等を着用し、上司から取外すよう
注意等を受けたのにこれに従わなかったこと(ただし、昭和48年4月17日の着
用は除く。)が認められる。
(三) 出勤その他の勤務状況
 乙第三三二七号証、第三三六三、三三六四号証、成立に争いのない同第三一八二
号証及び証人P124の証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 同原告は、昭和四二年頃から病気がちで勤務能率がかなり劣っていたた
め、係争期間において、勤務成績不良の理由で四回(六か月二回、三か月二回)普
通昇給が延伸された。また、昭和四七年四月五日から同年八月四日まで病気により
勤務を欠いたためさらに三か月普通昇給が延伸された。
(2) これらのことについて同原告は、昭和四六年以降、当局からさまざまの圧
迫を受け、昭和四七年四月五日から同年六月一〇日まで病気ではないのに無理矢理
入院させられ、同年八月になって漸く出勤を許されるようになったなどとして、神
戸弁護士会人権擁護委員会に救済の申立てをしたところ、同委員会は、当局に同原
告の能力に応じた仕事を与えたり、事務の改善を図るなどして同原告の精神的負担
の軽減を図る配慮に欠けるところがあったとしながらも、当局の対応を人権侵害と
認めることができず、入院も母親の同意に基づいてなされたものであるとして、申
立てについては処置しないものとした。
(一三番)原告P150
(一) 格差の程度
 原告P150は、原告P149と入関年度、資格が同じであるが、係争期間終了当時、
六ー一一であったから同期、同資格の前記非組合員に比べて昇格が遅れ、号俸も二
号俸程度低いものとなっている。しかし弁論の全趣旨によれば、原告P149と同様
に、係争期間の当初においてすでに同期、同資格の者より一号俸程度昇給が遅れて
いたことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二七二号証、第三〇九号証の一ないし一六によれば、同原告は、集会
一覧表記載20・59の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じら
れたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第八六一号証、第一一二四号証、第一一三五号証、第一二二六号証、第
一二八七号証の一、二、第一三六〇号証、第一四三八号証、第一八八三号証、第二
七三〇号証、第二七七五号証、第二七八九号証、第二八五三号証、第二八八一号
証、第二九一三号証、第二九四八号証、第二九八三号証によれば、同原告は、昭和
四四年七月一〇日から昭和四八年一二月一四日までの間の勤務時間中に一八回(4
4年7月10日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12
日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25日、同年9月1
8・19日、同年11月29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレ
ート等を着用したほか、五回(48年12月10日から同月14日まで)にわたっ
てテントを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するように注意等を受けたのにこ
れに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月二一日に同年七月一二日のプレー
ト着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳
重注意を受けたことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三三六五号証ないし三三六八号証及び弁論の全趣旨によれ
ば、同原告は、昭和四三年三月一日から同年五月二〇日まで病気により勤務を欠
き、同年七月一日の昇給期において普通昇給が三か月延伸されたこと、このほかに
も、昭和四四年に一六・五日の病気休暇があり、さらに昭和四八年五月一〇日から
同年七月九日まで病気により勤務を欠いたことが認められる。
(一四番)亡P1
(一) 格差の程度
 P1は、係争期間終了当時、四ー一一であったから、その殆どが昭和四七年までに
三等級相当職に昇任した同期、同資格(昭和二六年六級組)の非組合員に比べて昇
任、昇格が遅れている。また、係争期間終了当時の同期、同資格の非組合員の等級
号俸は明らかでないが、これが原告ら主張のとおりであるとして比較すると、非組
合員一八名のうち三ー一二以上の一一名より五号俸相当以上低くなる。しかし、乙
第三一九七号証及び弁論の全趣旨によれば、同人は、係争期間前、長期病気欠勤や
懲戒処分(減給)を受けたことにより二度にわたって合計一八か月普通昇給が延伸
されたことが認められ、これによれば、係争期間の当初においてすでに相応の昇給
の遅れが生じていたことが窺われる(原告らの主張においても昇給・昇格等一覧表
の標準者より一号俸低くなっている。)。
(二) 非違行為
(1) 乙第二〇三号証、第二六一号証、第二七二号証、第二九一号証、第二九六
号証の四、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一九によれば、
P1は、集会一覧表記載7・20・39・44ー4・54・72・74の各無許可集
会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、39を除く。)のに
これに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三一五号証、第三一八号証、第三三五号証、第三四八号証、第三六二
号証、第三七五号証、第四二〇号証、第四八七号証、第五五六号証、第六九〇号
証、第七四四号証、第八〇六号証、第八六二号証、第九一八号証、第九七四号証、
第一一〇四号証、第一一一六号証、第一一三七号証、第一二二七号証、第一三六一
号証、第一五〇八号証、第一五八四号証、第一六一九号証、第一七〇〇号証、第一
八八四号証、第二七二四号証、第二八〇三号証、第二八九一号証、第二九二五号
証、第二九六〇号証、第二九九三号証によれば、P1は、昭和四二年六月七日から昭
和四八年一二月一四日までの間の勤務時間中に三六回(42年6月7日、同月19
日、同年7月21日、同年8月1日、同年9月30日、同年10月5日、同月21
日、同月26日、43年3月11日、同年12月13日、44年3月14日、同年
5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月
10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、48年4月17日、同月2
3・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、
同年9月18・19日、同年11月28・29・30日、同年12月1・3日)に
わたり、プレート等を着用したほか、四回(48年12月11・12・13・14
日)にわたって角柱(表面に原告組合の要求等を書いたもの、以下同じ。)を机上
に掲出し、上司から取外しや撤去するように注意等を受けた(ただし、42年6月
7日のリボン着用、47年6月9・10日のプレート着用は除く。)のに、これに
従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレート着
用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注
意を受けたことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三三六九ないし三三七二号証によれば、P1は、昭和四七年
二月八日から同年三月三一日まで病気のため勤務を欠いたこと、また、事故が昭和
四〇年に二五回、四一年に九回(このうち昭和四〇年の八回、昭和四一年の一回は
交通機関の延着による遅刻)あることが認められる。
(一五番)原告P151
(一) 格差の程度
 原告P151は、昭和四八年七月に双子俸である六ー一四から五等級に昇格し、係争
期間終了当時、五ー一一であったから昭和四二年までに八名が四等級に昇格した同
期、同資格(昭和二六年五級組)の非組合員一一名に比べて昇格が遅れ、号俸も右
一一名中四ー一一以上の九名より四号俸相当低いものとなっている。しかし、乙第
三一九八号証によれば、同原告は、係争期間前の昭和二九年に特別昇給したもの
の、その後に長期の病気欠勤により普通昇給が一五か月延伸されたことが認めら
れ、これによれば、同原告は係争期間の当初においてすでに相応の昇給の遅れが生
じていたことが窺われる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六一号証、第二七二号証によれば、同原告は、集会一覧表記載7・
20の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従
わなかったことが認められる。
(2) 乙第九一八号証、第九七四号証、第一〇八三号証、第一二八八号証、第一
三六二号証、第一四八五号証、第一七〇一号証、第一八八五号証によれば、同原告
は、昭和四五年五月二七日から昭和四八年九月一九日までの間の勤務時間中に、一
三回(45年5月27日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年11
月28日、48年4月17日、同月24・25・26日、同年6月28・29日、
同年9月18・19日)にわたってプレート等を着用し、上司から取外すよう注意
等を受けたのにこれに従わなかったことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三三七三号証ないし三三七九号証及び弁論の全趣旨によれ
ば、同原告は、昭和四一年二月一五日から同四三年五月一〇日まで病気のため勤務
を欠き(この間の昭和四三年二月一五日から同年五月九日までは休職)、さらに復
職後の昭和四三年下期に二四日間病気のため勤務を欠き、このため普通昇給が一五
か月延伸されたこと、このほか昭和四八年の上期にも一六・五日の病気休暇のある
ことが認められる。
(一六番)原告P152
(一) 格差の程度
 原告P152は、原告P151と入関年度、資格が同じであるが、昭和四八年二月に双
子俸である六ー一六から五等級に昇格し、係争期間終了当時、五ー一二であったか
ら同期、同資格の前記非組合員より昇格が遅れ、号俸は、非組合員一一名のうち四
ー一一以上の九名より三号俸相当低くなっている。なお、乙第三一九九号証によれ
ば、同原告は、係争期間終了の日の翌日に五ー一三に昇給したことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の一、第二五八号証、第二九四号証、第二九九号証の一ない
し九、第三〇五号証の一ないし五、第三〇九号証の一ないし一六、第三三〇号証の
一ないし八、第三八〇号証の一ないし三、第五一七号証の一ないし二三、第六七九
号証の一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記載4・42・47ー1・5
3・59・67・71・72・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散す
るよう命じられた(ただし、71を除く。)のにこれに従わなかったこと、右42
の集会については、当日の朝、分会長であった同原告は上司から許可を受けるよう
警告されたがこれに従わず、また4・47ー1・53の集会において司会や演説を
するなどしたこと、このため昭和四一年一二月六日に同原告が右42・47ー1・
53の各集会に指導的役割を果し、再三の解散命令にも従わなかったとして税関長
の文書による厳重注意を受けたことが認められる。
(2) 乙第四二一号証、第六九一号証、第七四五号証、第八〇七号証、第九一九
号証、第九七六号証、第一〇八〇号証、第一一三八号証、第一二二八号証、第一二
八九号証、第一三六三号証、一五一六号証、第一五一八号証、第一五九〇号証、第
一六二三号証、第一七〇三号証、第一八四〇号証、第二七〇二号証、第二八四一号
証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月二一日から昭和四八年一二月四日までの
間の勤務時間中に、二五回(42年10月21日、43年12月13日、44年3
月14日、同年5月23日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月1
0・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4
月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同
月28・29日、同年9月18・19日、同年12月3・4日)にわたってプレー
ト等を着用し、上司から取外すよう注意等を受けた(ただし、42年12月13日
のリボンの着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月
一八日に同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったこ
とについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三三八〇ないし三三八四号証によれば、昭和四二年から昭
和四五年まで毎年五・五ないし一一・五日の病気休暇のあることが認められる。
(一七番)原告P136
(一) 格差の程度
 原告P136は、昭和四八年七月に双子俸である六ー一五から五等級に昇格し、係争
期間終了当時、五ー一一であったから、昭和四八年と昭和五〇年には四等級に昇格
した同期、同資格(昭和二六年旧専組)の非組合員二名に比べて昇格が遅れ、号俸
も右二名のうち低い号俸の一名(五ー一四)と比べても三号俸低くなっている。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六二、二六三号証、第二九〇号証の一ないし二〇、第二九五号証の
一ないし一七、第三〇九号証の一ないし一六、第三一〇号証、第三二八号証の一な
いし七、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、同
原告は、集会一覧表記載8ないし11・38・43・59・60・65・72・7
4の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、9な
いし11を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三二四号証、第四二二号証、第四四七号証、第四八八号証、第六九二
号証、第七四六号証、第八〇八号証、第八六三号証、第九二〇号証、第九七七号
証、第一一〇八号証、第一一一九号証、第一一三九号証、第一二一九号証、第一二
二九号証、第一二九〇号証、第一三六四号証、第一五〇四号証、第一五八五号証、
第一六一七号証、第一七〇四号証、第一八八六号証、第二七二一号証、第二七八六
号証、第二七九一号証によれば、同原告は、昭和四二年六月一九日から昭和四八年
一二月三日までの間の勤務時間中に、三〇回(42年6月19・20日、同年10
月21日、同月25・26日、43年12月13日、44年3月14日、同年5月
23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月1
0・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4
月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同
月28・29日、同年9月18・19日、同年12月1・3日)にわたってプレー
ト等を着用し、上司から取外しするように注意等を受けた(ただし、42年6月1
9・20日のリボンの着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和
四七年八月二一日に同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わ
なかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第一八四号証、第二五三五号証の一ないし七によれば、同原告は、前記
(三番)原告P135のイ、ロに記載した各行為に加わったことが認められる。
(一八番)原告P153
(一) 格差の程度
 原告P153は、係争期間終了当時、六ー一二であったから、昭和四五年までに五等
級に昇格した同期、同資格(昭和二六年高校組)の非組合員の大部分の者に比べて
昇格が遅れている。また、係争期間終了当時の非組合員の等級号俸は明らかでない
が、これを原告らの主張のとおりであるとして比較すると、右非組合員のうち五ー
一三以上の一〇〇名より少なくとも四号俸相当低くなる。しかし、乙第三二〇一号
証及び弁論の全趣旨によれば、同原告は、係争期間前の昭和三二年に特別昇給した
ものの、一方において二度にわたる長期病気欠勤により併せて三三か月普通昇給が
延伸されたことが認められ、これによれば、係争期間の当初においてすでに相応の
昇給の遅れが生じていたことが窺われる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六四号証の一、第二七九号証、第二八一号証、第三〇四の一ないし
七、第三〇九号証の一ないし一六、第三二八号証の一ないし七、第五一七号証一な
いし二三、第六七九号証一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記載12・
27・29・52・59・65・72・74の各無許可集会に参加し、当局から中
止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第四四八号証、第七四七号証、第八〇九号証、第八六四号証、第九二一
号証、第九七八号証、第一〇七四号証、第一〇八五号証の一、第一一四〇号証、第
一二〇九号証の一、第一二三〇号証の一、第一二九一号証の一、第一三六五号証の
一、二、第一四三四号証の一、第一五八七号証の一ないし三、第一六二一号証の
一、第一七〇五号証、第一八二二号証、第二七二七号証、第二八〇四号証、第二八
六三号証、第二八九五号証、第二九二九号証、第二九六三号証、第二九九七号証、
第三〇三〇号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月二五日から昭和四八年一二
月一五日までの間の勤務時間中に、二九回(42年10月25日、44年3月14
日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、4
7年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28
日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6
月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月28・29・3
0日、同年12月1・3・4日)にわたって、プレート等を着用したほか、六回
(48年12月10日から同月15日まで)にわたってテントを机上に掲出し、上
司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかったこと、この間
の昭和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令
に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められ
る。
(3) 乙第二六六四号証によれば、同原告は、前記(五番)原告P34の(3)ハ
に記載した行為に参加した(ただし、同原告は入室しなかった。)ことが認められ
る。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三三八五ないし三三九〇号証によれば、同原告について
は、事故が昭和四〇年に一九回、昭和四一年に二四回、昭和四三年に二一回、昭和
四四年に一六回(このうち昭和四〇年の六回、昭和四一年の四回、昭和四三年の二
回、昭和四四年の四回は交通機関の延着による遅刻)あることが認められる。
(一九番)原告P154
(一) 格差の程度
 原告P154は、原告P153と入関の年度、資格が同じであるが、昭和四二年に特別
昇給し、昭和四九年一月に双子俸である六ー一四から五等級に昇格して係争期間終
了当時、五ー一一であったから、前記同期、同資格の非組合員に比べて昇格が遅れ
ている。また号俸も五ー一三以上の一〇〇名より少なくとも二号俸低くなる。しか
し、乙第三二〇二号証及び弁論の全趣旨によれば、同原告は、係争期間前、長期病
気休暇により、普通昇給が三か月延伸されたことが認められ、これによれば、係争
期間の当初において相応の昇給の遅れが生じていたことが窺われる。
(二) 非違行為
(1) 乙第三三一号証の一、二、第五一七号証の一ないし二三、第二四九六号証
によれば、同原告は、集会一覧表記載56・68・72の各無許可集会に参加し、
当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三八二号証の一、第四二三号証、第五七三号証、第五八九号証、第六
一五号証、第六三〇号証、第六九三号証、第七四八号証、第八一〇号証、第八六五
号証、第九二二号証、第一〇五〇号証、第一一四一号証、第一二三一号証の三、第
一二九二号証、第一三六六号証、第一四四二号証、第一五五五号証の二、第一七〇
六号証、第二六七六号証の一によれば、同原告は、昭和四二年一〇月六日から昭和
四八年六月二九日までの間の勤務時間中に二五回(42年10月6日、同月21
日、43年6月7日、同年7月23日、同年9月28日、同月30日、同年12月
13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27
日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月
28日、48年4月17日、同月24・25・26・27日、同年5月28日、同
年6月28・29日)にわたってプレート等を着用し、上司から取外すよう注意等
を受けた(ただし、47年6月9日のリボンの着用を除く。)のにこれに従わなか
ったこと、この間の昭和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレートの着用とそ
の取外しの職務命令に従わなかったことについて、税関長の口頭による厳重注意を
受けたことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三三九一ないし三三九六号証によれば、同原告には昭和四
三年に一一日、昭和四四年に六日、昭和四五年に一〇日の病気休暇があること、ま
た、時間休(事前の届出のある遅刻、早退)が昭和四四年から昭和四七年まで毎年
二九ないし四一回あることが認められる。
(二〇番)原告P79
(一) 格差の程度
 原告P79は、原告P153と入関の年度、資格が同じであるが、係争期間終了当時、
六ー一三であったから、前記同期、同資格の非組合員に比べて昇格が遅れている
(なお、乙第三二〇三号証によれば、係争期間終了の翌日に五等級に昇格したこと
が認められる。)。また、号俸も五ー一三以上の一〇〇名よりも少なくとも二号俸
相当低くなる。しかし、右乙号証及び弁論の全趣旨によれば、同原告は、係争期間
前、長期病気欠勤により二四か月普通昇給が延伸されたことが認められ、これによ
れば、右期間の当初において相応の昇給の遅れが生じていたことが窺われる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六二号証、第二六四号証の一、第二八五号証の一ないし五、第三〇
六号証の一、二、第三二九号証によれば、同原告は、集会一覧表記載8・12・3
3・55・66の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたの
にこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第一一二〇号証、第一一四二号証、第一三六七号証、第一五一四号証、
第一五八六号証、一六二〇号証、第一七〇七号証、第二八五四号証、第二八八四号
証によれば、同原告は、昭和四七年五月一一日から昭和四八年一二月一一日までの
間の勤務時間中に、一一回(47年5月11日、同年6月9日、48年4月17
日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月2
8・29日)にわたってプレート等を着用したほか、二回(48年12月10・1
1日)円柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(48
年4月24・25・26日のプレート着用を除く。)のに、これに従わなかった
(47年5月11日、同年6月9日のプレート着用を除く。)ことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三四〇一、三四〇二号証によれば、同原告は、昭和四〇年
に事故が二七回(うち八回は交通機関の延着による遅刻)あることが認められる。
(二一番)原告P155
(一) 格差の程度
 原告P155は、原告P153と入関年度、資格が同じであるが、昭和四九年一月双子
俸である六ー一四から五等級に昇格するとともに、特別昇給して係争期間終了当
時、五ー一二であったから、前記同期、同資格の非組合員に比べて昇格が遅れてい
る。また、号俸も五ー一三以上の一〇〇名よりも少なくとも一号俸低くなる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二五九号証によれば、原告P155は、集会一覧表記載5の無許可集会に
参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認め
られる。
(2) 乙第七四三号証、第八六〇号証、第九二三号証、第九七九号証、第一〇六
一、一〇六二号証、第一一四三号証、第一二一〇号証、第一二三三号証、第一二九
三号証、第一三六八号証、第一四六二号証の一ないし四、第一七〇九号証、第一七
九三号証、第一八一一号証、第一八八七号証、第二六八三号証、第二七七六号証に
よれば、同原告は、昭和四四年三月一四日から昭和四八年一二月四日までの間の勤
務時間中に、二四回(44年3月14日、同年7月10、45年5月27日、同年
10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、
同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年6月
28・29日、同年7月9日、同年9月19日、同年11月29・30日、同年1
2月1・3・4日)にわたってプレート等を着用し、上司から取外すよう注意等を
受けた(48年7月9日、同年11月29・30日を除く。)のにこれに従わなか
った(ただし、48年4月25日、26日のプレート着用を除く。)こと、この間
の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命
令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認めら
れる。
(二二番)原告P156
(一) 格差の程度
 原告P154に同じ(ただし、特別昇給の時期は左記のとおりであり、五等級昇格は
昭和四八年七月)である。乙第三二〇五号証によれば、原告P156は、係争期間の直
前に特別昇給し、係争期間の当初において原告P154より一号棒高くなっていたこと
が認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九六号証の二、第三〇八号証の一、二、第三〇九号証の一ないし一
六、第三三一号証の一、二、第三八〇号証の一ないし三、第六七九号証の一ないし
一八、第二四九六号証によれば、原告P156は、集会一覧表記載44ー2・56・5
8・59・68・71・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう
命じられた(ただし、71を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三五四号証、第三八六号証、第四四九号証、第五六二号証、第六三一
号証、第六五五号証、第六八七号証、第七四九号証、第八一一号証、第八六六号
証、第九二四号証、第九八〇号証、第一一四四号証、第一二三二号証、第一二九四
号証、第一三六九号証、第一四九二号証、第一五七八号証、第一六二九号証、第一
七〇八号証、第一八七四号証、第一八八八号証、第二七〇九号証、第二七六五、二
七六六号証、第二七九三号証、第二七九七号証、第二九三二号証、第二九六六号証
によれば、同原告は、昭和四二年九月二八日から昭和四八年一二月一三日までの間
の勤務時間中に三一回(42年9月28日、同年10月6日、同月25日、43年
3月23日、同年9月30日、同年10月8日、同年12月13日、44年3月1
4日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、
47年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、
同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28日・
29日、同年9月18・19日、同年11月29・30日、同年12月3・4日)
にわたって、プレート等を着用したほか、二回(48年12月12・13日)角柱
を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わな
かった(42年9月28日のプレート着用を除く。)こと、この間の昭和四七年八
月一八日に、同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかっ
たことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二五二三号証の一、二によれば、同原告は、昭和四一年二月二二日の
勤務時間である午後一時三〇分頃、組合資料を兵庫埠頭出張所輸出課と監査第一部
門の職員の机上に配付し、上司から注意をされたのに「仕事に影響がないからかめ
へん。」と言って続行し、さらに配付を終了した後、課長に対し、注意を受けたこ
とについて抗議をしたことが認められる。
(二三番)原告P39
(一) 格差の程度
 原告P39は、原告P153と入関年度、資格が同じで、係争期間終了当時、六ー一四
であったから、前記同期、同資格の非組合員に比べて昇格が遅れ、号俸も五ー一三
以上の一〇〇名より二号俸相当低くなる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六四号証の一、第二六七号証によれば、同原告は、集会一覧表記載
12・15の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこ
れに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第一〇七九号証の五、六、第一一四五号証の二、第一二一一号証、第一
二三四号証の一、第一二九五号証、一三七〇号証の一、一四八二号証の一、第一五
七三号証、第一六一五号証、第一七一〇号証、第一八三四号証、第二七〇〇号証、
第二八〇五号証、第二八六九号証、第二九〇一号証、第二九三六号証、第二九七〇
号証、第三〇〇四号証、第三〇三六号証によれば、同原告は、昭和四七年五月一〇
日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間内に、二三回(47年5月1
0・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4
月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同
月28・29日、同年9月18・19日、同年11月28・29・30日、同年1
2月1・3・4日)にわたってプレート等を着用し、六回(48年12月10日か
ら同月15日まで)にわたって腕章及びプレートを着用するとともにステッカー、
円柱、角柱(角柱は15日のみ)を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう
注意等を受けたのにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一九日に同
年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて
税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(二四番)原告P157
(一) 格差の程度
 原告P39に同じ。
 なお、第三二〇七号証によれば、原告P157は、係争期間終了の翌日に五等級に昇
格したことが認められる。また、右乙号証及び弁論の全趣旨によれば、同原告は、
係争期間前に、成績不良を理由に普通昇給が三か月延伸されたことが認められ、こ
れによれば、同原告は、係争期間の当初において相応の昇給の遅れが生じていたこ
とが窺われる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六四号証の一、第二六九号証の一、第二七九号証、第二八一号証、
第三〇四号証の一ないし七、第三〇九号証の一ないし一六、第三二八号証一ないし
七、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証一ないし一八によれば、同原告
は、集会一覧表記載12・17・27・29・52・59・65・72・74各無
許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかった
ことが認められる。
(2) 乙第四二四号証、第四五〇号証、第五一六号証、第六八八号証、第八一二
号証、第八六七号証、第九二五号証、第九八一号証、第一〇九二号証の三、第一一
〇九号証、第一一四六号証、第一二三五号証、第一二九六号証、第一三七一号証の
一、第一四八七号証、第一五七六号証、第一六三一号証、第一七一一号証、第一八
八九号証、第二七〇七号証、第二七五五号証、第二八八七号証、第二九二一号証、
第二九五六号証、第二九八九号証、第三〇二三号証によれば、同原告は、昭和四二
年一〇月二一日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、三二回(4
2年10月21日、同月25・26日、43年12月13日、44年5月23日、
同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月10・11
日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17
日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月2
8・29日、同年9月18・19日、同年11月26・27・28・29・30
日、同年12月1・3日)にわたってプレート等を着用したほか、五回(48年1
2月11日から同月15日まで)にわたって腕章を着用するとともに角柱を机上に
掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかったこ
と、この間の昭和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレート着用とその取外し
の職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたこと
が認められる。
(3) 乙第二六四七号証によれば、同原告は、昭和四五年一一月五日、庁舎敷地
内に「同るい革新県政を作る会」のシンボルマークのステッカー(直径約一五セン
チメートル)を貼付した自家用車を置き、上司から右ステッカーを取り外すよう命
じられたのに「マークを付けた車はほかにも多く走っている。」などと抗弁し、す
ぐには従わなかったことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三四〇三号証、第三四〇四号証によれば、同原告には、事
故が昭和四一年に八回、昭和四六年に一〇回(このうち昭和四一年の一回は交通機
関の延着による遅刻)あることが認められる。
(二五番)原告P158
(一) 格差の程度
 原告P154と同じである。しかし、第三二〇八号証によれば、原告P158は、係争
期間前に長期の病気欠勤のため普通昇給が六か月延伸されたことが認められ、これ
によれば、係争期間の当初においてすでに相応の昇給の遅れが生じていたことが窺
われる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六二号証、第二六四号証の一、第二六七号証によれば、同原告は、
集会一覧表記載8・12・15の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよ
う命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第九八二号証、第一〇四九号証の一、第一一八〇号証の一、第一二三一
号証の三、第一二九二号証、第一三七二号証、第一四四五、一四四六号証、第一六
一一号証、第一六四二号証、第一七一二号証、第一七九七号証、第一八七九号証、
第二七四五号証、第二八〇〇号証によれば、同原告は、昭和四五年一〇月二三日か
ら昭和四八年一二月四日までの間の勤務時間中に、二七回(45年10月23日、
47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28
日、48年4月17日、同月24日・25・26・28日、同年6月22日、同月
28・29日、同年7月9日、同年9月18・19日、同年11月19・21・2
2日、同年28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等
を着用し、上司から取外すよう注意等を受けたのにこれに従わなかったことが認め
られる。
(3) 乙第二五一〇号証の一ないし三によれば、同原告は、上司から席を離れる
ときは断って行くよう注意を受けていたのに「係内で連絡し合ってやっているから
係長に断って行く必要はない。」などと抗弁し、昭和四〇年六月二六日、二九日及
び同年七月二日にそれぞれ無断で離席したことが認められる。
(二六番)原告P159
(一) 格差の程度
 原告P159は、原告P153と入関の年度、資格が同じで、昭和四九年一月に五等級
に昇格し、係争期間終了当時、五ー一〇であったから、前記同期、同資格の非組合
員に比べて昇格が遅れており、号俸も五ー一三以上の一〇〇名より少なくとも三号
俸程度低くなっている。しかし、乙三二〇九号証及び弁論の全趣旨によれば、原告
P159は、係争期間前に懲戒処分(戒告)を受けて普通昇給が三か月延伸されたこと
が認められ、これによれば、係争期間の当初においてすでに相応の遅れが生じてい
たことが窺われる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六二号証、第二六三号証、第二六四号証の一、第二八四号証の一、
二、第三〇九号証一ないし一六、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の一
ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記載8・11・12・32・59・7
2・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(11・
32を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第五九〇号証、第六九四号証の一、第七五〇号証、第八一三号証、第九
二七号証、第九八三号証、第一一〇一号証、第一一一四号証、第一一四七号証、第
一二一二号証、一二三六号証、第一二九七号証、第一三七三号証、第一五〇二号
証、第一五八三号証、第一六二四号証、第一七一三号証、第一八九〇、一八九一号
証、第二七二〇号証、第二七九六号証によれば、同原告は、昭和四三年七月二三日
から昭和四八年一二月四日までの間の勤務時間中に、二五回(43年7月23日、
同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、45年5月27日、同年
10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、
同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26・同年5月2
8日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年12月
3・4日)にわたってプレート等を着用し、上司から取外すよう注意等を受けた
(48年12月3日のプレート着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、この
間の昭和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命
令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認めら
れる。
(3) 乙第二六一三号証の一、二によれば、同原告は、昭和四三年六月一五日、
原告P30及びP160が勤勉手当を差別支給されたとして右原告ら組合員一〇名ととも
に輸出保税課長に抗議し、この中で「何ではっきり(理由を)言えんのや、できん
というのはデッチあげだからやろう。」などと暴言を吐いたことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三四〇五ないし三四〇九号証及び弁論の全趣旨によれば、
同原告は、昭和四一年八月二四日から同年一一月一七日まで病気のため勤務を欠
き、昭和四二年一月一日の昇給期の普通昇給が三か月延伸されたこと、このほかに
も昭和四三年には七日の病気休暇があること、また、昭和四〇年には一二回、昭和
四五年には一五回の事故(このうち昭和四〇年の七回、昭和四五年の二回は交通機
関延着による遅刻)があることが認められる。
(二七番)原告P24
(一) 格差の程度
 原告P24は、原告P153と入関年度、資格は同じで、係争期間終了当時、六ー一四
であった(乙第三二一〇号証及び弁論の全趣旨によれば、原告P24は係争期間中に
成績不良を理由に普通昇給が三か月延伸されたことが認められる。)から前記同
期、同資格の非組合員に比べて昇格が遅れている。また、号俸も五ー一三以上の一
〇〇名より少なくとも二号俸相当低くなる。なお、右乙号証によれば、原告P
24は、係争期間前の昭和二九年に特別昇給したこと、係争期間終了の翌日に五等級
に昇格したことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二〇三号証、第二六六号証、第二六八号証の一、二、第二七〇号証、
第二七一号証の一、第二七三号証の一、二、第二七四ないし二七七号証、第二八七
号証の一、二、第二九六号証の一ないし六、第三〇九号証の一ないし一六、第五一
七号証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八、第九〇八号証によれば、同
原告は、集会一覧表記載14・16・18・19・21ないし25・35・44ー
2・54・59・72・74・75の各無許可集会に参加し、当局から中止解散す
るよう命じられた(ただし、23ないし25・35を除く。)のにこれに従わなか
ったことが認められる。
(2) 乙第三一五号証、第三二二号証、第三三三号証、第三四五号証、第三六三
号証、第三六八号証、第四二五号証、第四五四号証、第六九五号証、第七五一号
証、第八一四号証、第八六八号証、第九二八号証、第九八四号証、第一〇三四号
証、第一〇九一号証、第一一四八号証の二、第一二三七号証、第一二八一号証、第
一三七四号証の一、三、第一四八六号証、第一五七五号証、第一六三二号証、第一
六九四号証、第一八三三号証、第二七〇六号証、第二七七七号証、第二八六八号
証、第二八九九号証、第二九三四号証、第二九六八号証、第三〇〇二号証、第三〇
三三号証によれば、同原告は、昭和四二年六月七日から昭和四八年一二月一五日ま
での間の勤務時間中に、三八回(42年6月7日、同月19日、同年7月21日、
同年8月1日、同年9月30日、同年10月5・6日、同月21日、同月25日、
43年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45
年5月27日、同年10月23日、同月31日、47年5月10・11日、同年6
月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月2
3・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、
同年9月18・19日、同年11月29・30日、同年12月1・3・4日、な
お、42年7月21日はリボンとバッヂ)にわたってプレート等を着用したほか、
二回(48年12月10・11日)円柱を、四回(48年12月12日から同月1
5日まで)円柱及び角柱を机上に掲出し、上司からその取外しや撤去するよう注意
等を受けた(42年6月7日のリボンの着用を除く。)のにこれに従わなかった
(45年10月31日のバッヂの着用を除く。)こと、この間の昭和四七年八月二
一日に同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったこと
について税関長の口頭による厳重注意をうけたことが認められる。
(3) 乙第二〇一、二〇二号証、第二五〇〇、二五〇一号証、第二五〇七号証、
第二五〇九号証、第二五一五号証、第二五二四号証、第二五四六号証によれば、同
原告について、次の事実が認められる。
イ 前記(五番)原告P34の(3)イ及び(一〇番)原告P74の(3)イ、ロに記
載した行為に加わった。
ロ 昭和四〇年四月二八日午後一時三〇分頃、兵庫埠頭出張所第一部門前業者カウ
ンター上に税関職員賃金公開のプラカードを置き、上司から仕事の邪魔になるので
除去するように命じられたのに、「こんなことぐらい良いでしょう。」などと抗弁
してすぐには従わなかった。
 また、同月三〇日午前九時三〇分頃、同所作業用机上に右プラカードを置き、上
司から片付けるよう命じられたのに「邪魔にならないでしょう、こうしておけば皆
も見てくれるでしょう。」などと言って従わなかった。
ハ 昭和四〇年六月一五日午前九時頃、兵庫埠頭出張所所長室に無断で入室し、所
長らから退去するよう要求されたのに約一〇分間にわたって、組合の要求書の受取
と組合との交渉を要求した。
ニ 昭和四〇年六月三〇日の勤務時間である午前九時四五分頃、兵庫埠頭出張所鑑
査第一部門の自分の机の下にオロナミンCドリンク五〇本を置いて販売行為をし
た。
ホ 昭和四〇年九月一日及び昭和四一年三月一二日の勤務時間中に兵庫埠頭出張所
鑑査第一部門において組合のビラを配布し、昭和四四年三月一四日の勤務時間中に
同出張所輸入部第九部門において組合のリボンを配布した。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三四一〇ないし三四二一号証によれば、同原告は、昭和四
三年五月一〇日から同年七月六日まで病気のため勤務を欠いたのをはじめとして昭
和四一年、昭和四四年、昭和四六年、昭和四七年及び昭和四八年に年間五・五ない
し七日の病気休暇があることが認められる。
(二八番)原告P133
(一) 格差の程度
 原告P39に同じ。
 なお、第三二一一号証によれば、原告P133は、係争期間終了の翌日に五等級に昇
格したことが認められる。
 また、右乙号証及び弁論の全趣旨によれば、同原告は、係争期間前に懲戒処分
(戒告)を受け、普通昇給が三か月延伸されたことが認められ、これによれば、右
期間の当初において相応の昇給の遅れが生じていたことが窺われる。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の四、第二五九号証、二六〇号証の一、二、第二六五号証の
一、二、第二八四号証の一、二、第三〇五号証の一ないし五、第三〇九号証の一な
いし一六、第三三〇号証の一ないし八、第三八〇号証の一ないし三、第五一七号証
の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記
載5・6・13・32・53・59・67・71・72・74の各無許可集会に参
加し(53の集会では同原告は開会を宣した。)当局から中止解散するよう命じら
れた(6・32・71を除く。)のにこれに従わなかったこと、昭和四一年一二月
六日、右53の集会において同原告が指導的役割を果したなどとして税関長の文書
による厳重注意を受けたことが認められる。
(2) 乙第二一九号証の一、第二二二号証、第二二四号証、第二二六号証、第二
三〇号証、第二三四号証、第二三五号証の一、二、第二四九号証、第四二六号証、
第四五五号証、第四八九号証、第五九一号証の一、第六九六号証、第七六一号証、
第八一五号証、第八六九号証、第九二九号証、第九八五号証、第一〇七三号証の
一、第一〇八七号証の一、二、第一一四九号証の一、第一二一三号証、第一八九二
号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月二一日から昭和四八年九月一九日まで
の間の勤務時間中に、二八回(42年10月21日、同月25・26日、43年7
月23日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10
日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年6月
9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・
24・25・26日、同年6月22日、同月28・29日、同年7月9・10日、
同年9月18・19日)にわたってプレート等を着用し上司から取外すよう注意等
を受けたのにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日に同年七月
一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長
の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(二九番)原告P161
(一) 格差の程度
 原告P161は、係争期間終了当時、双子俸である六ー一四であったところ、同期、
同資格(昭和二七年四級組)の非組合員は二名に過ぎないので処遇がほぼ同じと認
められる昭和二六年高校組の非組合員(原告P153らの比較対象とされたもの)と比
較すると、昇格が遅れ、号俸も五ー一三以上の一〇〇名よりも少なくとも二号俸相
当低くなる。なお、乙第三二一二号証によれば、係争期間終了の翌日に五等級にし
たことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六七号証、第二七二号証、第三〇四号証の一ないし七、第五一七号
証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、原告P161は、集会一覧
表記載15・20・52・72・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散
するよう命じられた(ただし、15を除く。)のにこれに従わなかったことが認め
られる。
(2) 乙第二三九号証、第二四一号証、第三九三号証、第四二七号証、第四五六
号証、第四九〇号証、第六九七号証、第七六二号証、第八一六号証、第八七〇号
証、第九二六号証、第九八六号証、第一〇七〇号証の二、第一一五〇号証の三、第
一二三八号証、第一二九八号証、第一三七五号証、第一四七八号証、第一六九〇号
証の一、第一七一四号証の一、二、第二六九八号証によれば、同原告は、昭和四二
年一〇月一九日から昭和四八年一二月四日までの間の勤務時間中に、三二回(42
年10月19・21・25・26日、43年12月13日、44年3月14日、同
年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年5
月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48
年4月17日、同月23・24・25・26日、同年6月22日、同月28・29
日、同年9月18・19日、同年11月28・29・30日、同年12月1・3・
4日)にわたってプレート等を着用し、上司から取外すよう注意等を受けたのにこ
れに従わなかった(ただし、42年10月19日のリボン着用、45年5月27日
のプレート着用を除く。)こと、この間の昭和四七年八月一八日に同年七月一二日
のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭
による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二五一四号証によれば、同原告は、勤務時間内である昭和四〇年八月
二八日午前九時一七分頃、監査第一部門において組合のビラを配布し、上司から注
意されたことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三四二三号証によれば、同原告には昭和四七年(上期)に
一九・五日の病気休暇のあることが認められる。
(三〇番)原告P40
(一) 格差の程度
 同原告は、係争期間終了当時、六ー一三であったから、六四名のうち五〇名が昭
和四六年までに、一〇名が昭和四八年までに五等級に昇格した同期、同資格(昭和
二七年高校組)の非組合員に比べて昇格が遅れている。右非組合員の係争期間終了
後の等級号俸は不明であるが、これを原告ら主張のとおりであるとして比較する
と、非組合員六六名(ただし、原告ら主張では、昭和二七年組の二名も含まれてい
る。)のうち五ー一二以上の四八名より少なくとも二号俸相当低くなる。しかし、
乙第三二一三号証及び弁論の全趣旨によれば、同原告は、係争期間前に懲戒処分
(戒告)を受けたことにより昇給が三か月延伸されたことが認められ、これによれ
ば、右期間の当初において相応の昇給の遅れが生じていたことが窺われる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二〇三号証、第二五九号証、第二七一号証の一、第二七六、二七七号
証、第二九一号証、第二九六号証の一ないし四、第三〇九号証の一ないし一六によ
れば、同原告は、集会一覧表記載5・19・24・25・39・44ー3・54・
59の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、2
4・25・39を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三三六号証、第三六一号証、第三七六号証、第五三六号証、第六九八
号証、第一一五一号証、第一三七六号証、第一五一九、一五二〇号証、第一五三五
号証、第一五八九号証、第一七一五号証、第一七八二号証、第一八九三号証、第二
七三五号証の二、第二八〇六号証、第二八六五号証、第二八九七号証、第二九三一
号証、第三〇〇〇号証によれば、同原告は、昭和四二年七月二一日から昭和四八年
一二月一四日までの間の勤務時間中に、二一回(42年7月21日、同年9月30
日、同年10月5日、同年12月4日、43年12月13日、47年6月9日、4
8年4月17日、同月23・24・26日、同年5月28日、同年6月28・29
日、同年9月18・19日、同年11月28・29・30日、同年12月1・3・
4日)にわたってプレート等を着用したほか、四回(48年12月10・11・1
2・14日)にわたってテントを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注
意等を受けたのにこれに従わなかった(ただし、47年6月9日のプレート着用を
除く。)こと、この間の昭和四八年八月二五日に同年四月一七日から同年六月二九
日までの間のプレートの着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて
税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二五〇七号証、第二五四六号証、第二六六四号証によれば、同原告は
前記(五番)原告P34の(3)イ、ハ及び(一〇番)原告P74の(3)ロに記載し
た各行為に加わったことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三四二四ないし三四三四号証によれば、同原告には、昭和
四一年(下期)九日、昭和四二年に二五・五日、昭和四三年に一四日、昭和四五年
に五日、昭和四七年に九日、昭和四八年に七・五日の病気休暇があることが認めら
れる。
(三一番)原告P41
(一) 格差の程度
 原告P40に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二五八号証、第三〇四号証の一ないし一七、第三〇九号証の一ないし
一六、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記載4・5
2・59・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたの
にこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第六五六号証、第六九九号証、第七六三号証、第八一七号証、第八七一
号証の一、第九三〇号証の一、第九九二号証の一、第一〇九二号証の一、第一一五
二号証、第一二〇五号証、第一二三九号証、第一二九九号証、第一三七七号証、第
一四五九号証、第一五四三号証、第一七一六号証、第一七八三号証、第一八〇八号
証、第一八九四号証、第二六八二号証、第二七七八号証の一によれば、同原告は、
昭和四三年一〇月八日から昭和四八年一二月一日までの間の勤務時間中に、二六回
(43年10月8日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同
年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月10・11日、
同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同
月24・25・26日、同年5月28日、同年6月28・29日、同年7月9日、
同年9月18・19日、同年11月29・30日、同年12月1日)にわたってプ
レート等を着用し、上司から取外すよう注意等を受けたのにこれに従わなかったこ
と、この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプレート着用とその取外
しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたこ
とが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三四三五ないし三四三九号証によれば、同原告には、事故
が昭和四五年(上期)に八回、昭和四七年(下期)に一〇回、昭和四八年(上期)
に一三回(このうち昭和四五年の三回、昭和四七年の一〇回、昭和四八年の一三回
は交通機関の延着による遅刻)あることが認められる。
(三二番)原告P162
(一) 格差の程度
 原告P40に同じ。しかし、乙第三二一五号証によれば、原告P162は係争期間前の
昭和三六年に特別昇給したことが認められ、これによれば右期間の当初において号
俸が相応に高くなっていたことが窺われる。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の三、第二九二号証、第三〇二号証の一、二、第三〇八号証
の一、二、第三〇九号証の一ないし一六、第三三一号証の一、二、第三八〇号証の
一ないし三、第五一七号証の一ないし二三、第五二二号証、第六七九号証の一ない
し一八、第二四九六号証によれば、同原告は、集会一覧表記載40・50・56・
58・59・68・71ないし74の各無許可集会に参加(40・58の集会は司
会)し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、40・71・73を除
く。)のにこれに従わなかったこと、昭和四一年一二月六日に右50・56の集会
に指導的役割を果したなどとして税関長の文書による厳重注意を受けたことが認め
られる。
(2) 乙第三一六号証、第三五四号証、第三八六号証、第四二八号証、第四四九
号証、第五二八号証、第五三一号証、第五六二号証、第五七四号証、第五七九号
証、第五九五号証、第六一四号証、第七〇〇号証、第七六四号証、第九三二号証、
第九九一号証の一、第一〇七〇号証の二、第一一五〇号証の三、第一二三八号証、
第一三〇〇号証、第一三七八号証、第一四六一号証の一、二、第一六三六号証、第
一七一七号証、第一八〇九号証、第一八九五号証、第二七四二号証、第二八〇七号
証、第二八二八号証、第二八八四号証、第二九一七号証、第二九五二号証、第二九
八五号証、第三〇二〇号証によれば、同原告は、昭和四二年六月七日から昭和四八
年一二月一五日までの間の勤務時間中に、三九回(42年6月7日、同年9月28
日、同年10月6日、同月21日、同月25日、同年11月10日、同月18日、
43年3月23日、同年6月7日、同月28日、同年7月23日、同年9月28
日、同年12月13日、44年3月14日、45年5月27日、同年10月23
日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月
28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年6月22日、同
月28・29日、同年7月9日、同年9月18・19日、同年11月28・29・
30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、六回
(48年12月10日から同月15日まで)にわたって角柱を机上に掲出し、上司
から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかったこと、この間の
昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプレート着用と、その取外しの職務命
令に従わなかったことについて税関長から厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二五五六号証、第二五五八号証によれば、次の事実が認められる。
イ 昭和四二年一〇月二〇日及び同月二三日、摩耶出張所総務課長が同所二階ホー
ルの組合掲示板に掲出されていた総評・公務員共闘会議の「一〇・二六ストライキ
宣言」と題する文書の撤去命令を伝達するため、摩耶分会長である原告P162に課長
席に来るように求めたが、同原告は「業務に関係がないから課長自ら出向いてもら
いたい。」などと言って呼出に応じず、同課長から右文書を撤去するよう命じられ
たのにこれに従わなかった。
ロ 昭和四二年一〇月二〇日と同月二三日、右命令にかかわらず撤去されなかった
右文書の撤去作業中の摩耶出張所総務課長らに対し同原告らは、他の組合員ととも
に無断で離席し、同総務課長らに対し「組合の財産を何故勝手に取るのか。」「勝
手に剥がすな。」などと言って抗議した。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三四四〇ないし三四四五号証及び弁論の全趣旨によれば、
同原告は、昭和四四年四月二四日から昭和四五年四月二八日まで病気のため勤務を
欠き、昭和四五年一月一日の昇給期において普通昇給が九か月延伸されたこと、こ
のほかにも昭和四三年に一一日、昭和四五年に一四日、昭和四六年に一八・五日の
病気休暇のあることが認められる。
(三三番)原告P163
(一) 格差の程度
 原告P163は、原告P40と入関年度、資格が同じであるが、昭和四九年一月に五等
級に昇格し、係争期間終了当時、五ー一〇であったから、前記同期、同資格の非組
合員に比べて昇格が遅れ、号俸も五ー一二以上の四八名より少なくとも二号俸相当
低くなる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二八五号証の一ないし五、第三〇四号証の一ないし七、第三〇九号証
の一ないし一六、第三三一号証の一、二、第三八〇号証の一ないし三、第五一七号
証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表
記載33・52・59・68・71・72・74の各無許可集会に参加し、当局か
ら中止解散するよう命じられた(ただし、71を除く。)のにこれに従わなかった
ことが認められる。
(2) 乙第三一六号証、第三八二号証の一、第四二三号証、第五三〇号証の一、
第五七六号証、第五九六号証、第六五九号証、第七〇一号証、第七六五号証、第八
一八号証、第八七二号証、第九三一号証、第九八九号証、第一〇六七号証の一、第
一一五三号証の一、第一二四〇号証の一、第一三一二号証の一、第一三七九号証の
一、第一四七四号証の一、第一五四七号証の一、第一六四五号証の一、第一七一九
号証の一、第一八九六号証、第二六九一号証、第二八〇八号証、第三〇四八号証、
第三〇五〇号証、第三〇五三号証、第三〇五五号証によれば、同原告は、昭和四二
年六月七日から昭和四八年一二月一四日までの間の勤務時間中に、三四回(42年
6月7日、同年10月6日、同月21日、同年11月18日、43年6月28日、
同年7月23日、同年10月8日、同年12月13日、44年3月14日、同年5
月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月1
0・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4
月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同
月28・29日、同年9月18・19日、同年11月28・29・30日、同年1
2月1日)にわたってプレート等を着用したほか、四回(48年12月10・1
1・13・14日)にわたって腕章を着用するとともにテントを机上に掲出し、上
司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(42年6月7日のリボン着用を除
く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四八年八月一八日に同年七月一
二日のプレートの着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長
の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第一八五号証、第二一七、二一八号証、第二五四八号証、第二五五六号
証、第二五五八号証によれば、同原告について次の事実が認められる。
イ 前記(九番)P2の(3)ロ、ハ及び(三二番)原告P162の(3)ロに記載し
た各行為に加わった。
 なお、右(九番)(3)ハの行為に関し、関係者から事情を聴取していた課長に
対し、「何んでそんなことを聞く必要があるのか。」と言い、さらに事情を聞かれ
ていた相手方にも「そんなことを話す必要がない、帰れ、帰れ。」と言って、右事
情聴取を妨害した。
 また、(三二番)(3)ロの行為の際、「仕事が第一だと言っておきながら時間
中に職制を集めて何だ、仕事が停滞するので帰せ。」などと言って抗議し、さらに
昭和四二年一〇月二三日にも組合の掲示文書を撤去していた総務課長らに対し「泥
棒やめなさい。勝手にひとの物をとるな。」などと言って抗議した。
ロ 昭和四五年一一月四日午前八時三〇分頃、摩耶出張所輸出部門において、明る
い革新県政をつくる会発行にかかる機関紙(内容は、近く行なわれる兵庫県知事選
挙において革新県政の実現を呼びかけるもの)を職員の机上に配布した。
 また、同月一三日午前八時五〇分頃にも、右同所で、明るい革新県政をつくる会
国公共闘支部発行にかかる「国公労働者の力で革新兵庫県の夜明けを」と題して、
同会が推薦する候補者に投票を呼びかける内容のビラを職員の机上に配布した。
(三四番)原告P164
(一) 格差の程度
 原告P164は、原告P40と入関年度、資格が同じであり、昭和四二年と昭和四六年
にそれぞれ特別昇給し昭和四八年七月に双子俸である六ー一四から五等級に昇格し
て係争期間終了当時、五ー一一であったが、なお、前記同期、同資格の非組合員に
比べて昇格が若干遅れている。また、号俸も五ー一二以上の四八名より少なくとも
一号棒低くなる。しかし、乙第三二一七号証によれば、同原告は、係争期間終了の
翌日に五ー一二に昇格したことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六九号証の一、第二九三号証、第三〇六号証の一、二、第三二九号
証、第五一七号証の一ないし二三によれば、同原告は、集会一覧表記載17・4
1・55・66・72の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じら
れた(ただし、41を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三四四号証、第三九六号証の一、第五八五号証の一、第八二〇号証の
一、第一〇九七号証、第一一五四号証、第一五三三、一五三四号証、第一八九七、
一八九八号証によれば、同原告は、昭和四二年七月二一日から昭和四八年九月一九
日までの間の勤務時間中に、一二回(42年7月21日、同年10月21日、43
年7月6日、44年5月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、
48年4月24・26日、48年9月18・19日)にわたってプレート等を着用
し、上司から取外すよう注意等を受けたのにこれに従わなかった(ただし、42年
10月21日、43年7月6日のプレートの着用、及び45年5月23日のバッヂ
の着用を除く。)ことが認められる。
(三五番)原告P165
(一) 格差の程度
 原告P40に同じ。
 なお、乙第三二一八号証によれば、原告P165は、係争期間終了の翌日に五等級に
昇格したことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第三〇四号証の一ないし七、第三〇九号証の一ないし一六、第五一七号
証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八、第九〇八号証によれば、同原告
は、集会一覧表記載52・59・72・74・75の各無許可集会に参加し、当局
から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三六九号証、第四二九号証、第四五八号証、第六八九号証、第七六六
号証、第八二一号証、第八七三号証、第九三三号証、第九六九号証、第一〇三一号
証、第一一四四号証、第一二四一号証、第一三〇一号証の二、第一三八〇号証の
一、第一四八三号証の二、第一五七四号証、第一六八八号証、第一七〇二号証、第
一八九九号証、第二七〇三号証、第二七五六号証、第二八二八号証、第二八八四号
証、第二九一七号証、第二九五二号証、第二九八五号証、第三〇二〇号証によれ
ば、同原告は、昭和四二年一〇月五日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務
時間中に、三二回(42年10月5日、同月21・25・26日、43年12月1
3日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、
45年10月23日、同月30日、47年6月9・10日、同年7月12日、同年
11月28日、48年4月17日、同月24・26日、同年5月28日、同年6月
22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月26・27・2
8・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほ
か、六回(48年12月10日から同月15日まで)にわたって腕章を着用すると
ともに角柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(42
年10月21日のリボン着用を除く。)のにこれに従わなかった(45年10月3
0日のバッヂの着用を除く。)こと、この間の昭和四七年八月一九日に同年七月一
二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の
口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二六五〇号証の一ないし六、第二六六三号証によれば、同原告につい
て次の事実が認められる。
イ 昭和四五年一一月一四日午前八時五五分頃から同九時一〇分頃まで、輸入部事
務室の職員の机上に、明るい革新県政をつくる会国公共斗支部発行のビラ(内容は
前記(三三番)原告P163の(3)ロのビラに同じ。)を配布した。
ロ 昭和四八年一〇月一二日の昼休みに原告組合員一三名で摩耶出張所総務課長補
佐に所長との面会の取次を求め、同課長補佐から、課長が不在なので戻ってくるま
でまつように言われたのにこれを無視して所長室に入室し、所長に対し、「もっ
と、お前らは勉強しろ、何もわかっとらん。」「所長、全税関を敵視すればどうい
うことになるか覚えておけ。」「所長、あんたは椅子にふんぞり返って何を威張っ
ているのだ。たかが一出張所の所長じゃないか、我々の委員長は局長と同格だぞ、
そう何時までも所長室に座っていられると思うな。」と侮辱的、脅迫的言辞を用い
て分会と交渉するか否かの返答を迫ったが、この中で原告P165は「所長、態度が大
きいぞ。」などと暴言を吐いた。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三四四九ないし三四五四号証によれば、同原告は、昭和四
七年四月一〇日から同年六月三日まで病気のため勤務を欠いたこと、また事故が昭
和四〇年に七回、昭和四一年に二〇回、昭和四三年に二二回あることが認められ
る。
(三六番)原告P44
(一) 格差の程度
 原告P44は、昭和四八年七月に双子俸である六ー一四から五等級に昇格し、係争
期間終了当時、五ー一一であったから、昭和四三年に五等級に昇格した同期、同資
格(昭和二八年五級組)の非組合員二名に比べると、昇格が遅れ、号俸も四号俸相
当低くなっている。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九四号証、第二九九号証の一ないし九、第三〇五号証の一ないし
五、第三〇九号証の一ないし一六、第三三〇号証の一ないし八、第五一七号証の一
ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、集会一覧表記載42・47ー
2・53・59・67・72・74の各無許可集会に参加し当局から中止解散する
よう命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第四三〇号証、第五八七号証の一、第五九七号証、第六六六号証、第六
九四号証の一、第七五〇号証、第八一三号証、第九二七号証、第九八三号証、第一
〇四二、一〇四三号証、第一一五五号証の一、第一二一四号証、第一二四二号証、
第一三〇二号証の一、第一三八一号証、第一四四一号証、第一五五二号証、第一六
五七号証、第一七一八号証、第一七八四号証、第一九〇〇号証、第二七三二号証、
第二七四六号証、第二七六三号証、第二八四九号証、第二八七八号証、第二九一二
号証、第二九四七号証、第二九八〇号証、第三〇一六号証によれば、同原告は、昭
和四二年一〇月二一日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、三五
回(42年10月21日、43年7月6日、同月23日、同年10月8日、同年1
2月13日、44年3月14日、同年5月23日、45年5月27日、同年10月
23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年1
1月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28
日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月1
9・20・21・22日、同月28・29日、同年12月1・3・4日)にわたっ
てプレート等を着用したほか、六回(48年12月10日から同月15日まで)に
わたって腕章を着用するとともにテントを机上に掲出し、上司から取外しや撤去す
るよう注意等をされた(ただし、42年10月21日及び43年10月8日のリボ
ンの着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日
に同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったことにつ
いて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三三五五ないし三四六五号証によれば、同原告には、事故
が昭和四〇年に三一回、昭和四一年に四七回、昭和四三年(上期)に一五回、昭和
四六年に一八回、昭和四七年に二一回、昭和四八年に一七回(このうち昭和四〇年
の八回、昭和四一年の一三回、昭和四三年の九回、昭和四六年の七回、昭和四七年
の六回、昭和四八年の三回は交通機関の延着による遅刻)あることが認められる。
(三七番)原告P166
(一) 格差の程度
 原告P44に同じ。
 なお、乙第三二二〇号証によれば、原告P166は、係争期間前に長期病気欠勤と懲
戒処分を受けたことにより、二度にわたって併せて九か月普通昇給が延伸されたこ
と、及びその間に特別昇給したことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六一号証、第二七二号証、第三〇四号証の一ないし七、第三〇九号
証の一ないし一六によれば、同原告は、集会一覧表記載7・20・52・59の各
無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかっ
たことが認められる。
(2) 乙第一一二三号証、第一一五六号証、第一二二六号証、第一三〇三号証、
第一三八二号証、第一四三六号証、第一五八八号証、第一六二二号証、第一七二〇
号証、第一九〇一号証、第二七三一号証、第二七五七号証、第二八五七号証、第二
八九二号証、第二九二六号証、第二九六一号証、第二九九四号証、第三〇二八号証
によれば、同原告は、昭和四七年五月一〇日から昭和四八年一二月一五日までの間
の勤務時間中に二四回(47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月
12日、同年11月28日、48年4月17日、同月24・25・26日、同年5
月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11
月26・27・28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたって、プレ
ート等を着用したほか六回(48年12月10日から同月15日まで)にわたって
腕章を着用するとともに角柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意
等を受けたのにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月二一日に同年七
月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関
長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二六六三号証によれば、同原告は、前記(三五番)原告P165の(3)
ロに記載した行為に加わったことが認められる。
(三八番)原告P167
(一) 格差の程度
 原告P167は、係争期間終了当時、六ー一三であったから、六七名のうちの大部分
の者が昭和四八年二月までに五等級に昇格した同期、同資格(昭和二八年高校組)
の非組合員に比べて昇格が遅れている。また、号俸も右非組合員のうち五ー一一以
上の五五名より少なくとも一号俸相当低くなる。しかし、乙第三二二一号証及び弁
論の全趣旨によれば、同原告は、入関前の職歴加算により初任給が他の者より二号
俸高くなっていることが認められ、これによれば、係争期間の当初における等級号
俸も他の者より相応程度高くなっていたことが窺われるので、係争期間に生じた格
差としてはその分大きいものとなる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九三号証、第二九八号証、第三二九号証によれば、同原告は、集会
一覧表記載41・46・66の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう
命じられた(ただし、41を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三二六号証、第三四三号証、第四五三号証、第一一二〇号証、第一三
八三号証、第一四四八号証、第一六七五号証、第一七二一号証、第二七七二号証、
第二八七四号証、第二九〇七号証、第二九四二号証、第二九七六号証、第三〇一一
号証、第三〇四二号証によれば、同原告は、昭和四二年六月二〇日から昭和四八年
一二月一五日までの間の勤務時間中に一七回(42年6月20日、同年7月21
日、同年10月25・26日、47年5月11日、48年4月17日、同月23・
25・26日、同年6月22日、同月28・29日、同年11月28・29・30
日、同年12月1・3日)にわたってプレート等を着用したほか、六回(48年1
2月10日から同月15日まで)にわたってステッカーを机上に掲出し、上司から
取外しや撤去するよう命じられたのにこれに従わなかった(47年5月11日のプ
レートの着用を除く。)ことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三四六七ないし三四八〇号証によれば、同原告は、昭和四
一年九月一六日から同年一一月五日まで病気のため勤務を欠いたほか、昭和四〇年
に八日、昭和四三年に一一・五日、昭和四五年に五・五日、昭和四六年に四・五
日、昭和四七年に四〇日、昭和四八年に三二日の病気休暇があることが認められ
る。
(三九番)原告P32
(一) 格差の程度
 原告P32は、原告P167と入関年度、資格が同じで、係争期間終了当時、六ー一二
であったから、同期、同資格の前記非組合員に比べて昇格が遅れ、号俸も五ー一一
以上の五五名より少なくとも二号俸相当低くなっている。しかし、乙第三二二二号
証によれば、同原告は、係争期間前に長期病気欠勤により普通昇給が九か月延伸さ
れたことが認められ、これによれば、係争期間の当初においてすでに相応の昇給の
遅れが生じていることが窺われる。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の六、第二五九号証、第二六〇号証の一、二、第二八〇号証
の一ないし七、第二八二号証の一ないし五、第二八四号証の一、二、第二八六号証
の一、第二八八号証の一、第二八九号証の一、第二九七号証、第三〇〇号証の一、
第三〇三号証、第三〇四号証の一ないし七、第三〇七号証、第三〇九号証の一ない
し一六、第三一一号証の一、二、第三一二ないし三一四号証、第三二八号証一ない
し七、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原
告は、集会一覧表記載5・6・28・30・32・34・36・37・45・4
8・51・52・57・59・61ないし65・72・74の各無許可集会に参加
し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、6・32・34・36・3
7・45・57を除く。)のにこれに従わなかったこと、このうち57・62・6
4の集会において同原告は指導的役割を果したとして昭和四二年五月一八日に税関
長の文書による厳重注意を受けたことが認められる。
(2) 乙第三二四号証、第三七八号証、第四一二号証、第四五九号証、第七〇三
号証、第七六七号証、第八二二号証、第八七四号証、第九三四号証、第九九〇号
証、第一〇三五号証、第一〇九二号証の一、四、第一一五二号証、第一二〇五号
証、第一二四三号証、第一三〇四号証、第一三八四号証の一、第一四八八号証、第
一五七七号証、第一六三〇号証、第一七二二号証、第一八三八号証、第二八〇九号
証の一、第二八五二号証、第二八八〇号証、第二九一五号証、第二九四九号証、第
三〇一八号証によれば、同原告は、昭和四二年六月一九日から昭和四八年一二月一
五日までの間の勤務時間中に、三五回(42年6月19・20日、同年10月5
日、同月21日、同月25日、43年12月13日、44年3月14日、同年5月
23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、同月31日、4
7年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28
日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6
月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月28・29・3
0日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、五回(4
8年12月10・11・12・13・15日)にわたってテントを机上に掲出し、
上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(ただし、42年6月19・20日
のリボン着用を除く。)のにこれに従わなかったこと(ただし、45年10月31
日のバッヂの着用を除く。)が認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三四八一ないし三四八五号証によれば、同原告は、昭和三
九年二月二五日から同年四月一八日まで病気のため勤務を欠いたほか、昭和四三年
に一四日、昭和四七年に一一日、昭和四八年に六・五日の病気休暇があることが認
められる。
(四〇番)原告P138
(一) 格差の程度
 原告P32に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の五、第二〇三号証、第二六七号証、第二八七号証の一、
二、第二九六号証の一ないし四、第三〇九号証の一ないし一六、第五一七号証の一
ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記載1
5・35・44ー4・54・59・72・74の各無許可集会に参加し、(44ー
4の集会では司会し、54では開会宣言をした。)当局から中止解散するよう命じ
られた(ただし、15・35を除く。)のにこれに従わなかったこと、このうち4
4ー4・54の集会において同原告が指導的役割を果したとして昭和四一年一二月
六日に税関長の文書による厳重注意を受けたことが認められる。
(2) 乙第一九八号証、第三一五号証、第三一七号証、第三四九号証、第三五八
号証、第三七七号証、第四三一号証、第四六〇号証、第四九一号証、第五二七号
証、第五三七号証、第五五七号証、第七〇二号証、第七六八号証、第八二三号証、
第八七五号証、第九三五号証、第一〇六三、一〇六四号証、第一一五八号証、第一
二二〇号証、第一二四四号証、第一三〇五号証、第一三八五号証、第一五〇〇号
証、第一五八二号証、第一六二八号証、第一七二三号証、第一八三九号証、第二七
一六号証、第二八一〇号証、第二八六〇号証、第二八八八号証、第二九二二号証、
第二九五七号証、第二九九〇号証、第三〇二四号証によれば、同原告は、昭和四二
年六月七日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に四〇回(42年6
月7日、同月19日、同年7月21日、同年8月1日、同年9月30日、同年10
月5日、同月21日、同月25・26日、同年11月10日、同年12月4日、4
3年3月11日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7
月10日、45年5月27日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同
年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同年23・24・25・2
6日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・19
日、同年11月28・29・30日、同12月1・3・4日)にわたってプレート
等を着用したほか、六回(48年12月10日から同月15日まで)にわたって角
柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わ
なかった(ただし、45年5月27日及び47年6月10日のプレート着用は除
く。)こと、この間の昭和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレートの着用と
その取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を
受けたことが認められる。
(3) 乙第二四九九号証、第二五二二号証の一ないし三、第二五四六号証、第二
六六三号証によれば、次の事実が認められる。
イ 同原告は、昭和四〇年四月一九日午後一時四〇分頃の勤務時間中に原告P117と
ともに本関から運んできた組合の賃金公開看板を中埠頭出張所二階に持込もうとし
た。
 また、昭和四一年二月一七日午後一時三〇分頃の勤務時間中に兵庫埠頭出張所総
務課において、組合支部ニュースを配布した。
ロ 前記(五番)原告P34の(3)イ及び(三五番)原告P165の(3)ロに記載し
た各行為に加わった。
(三) 勤務状況
 乙第三三二七号証、第三四八六号証及び弁論の全趣旨によれば、同原告は、昭和
四五年七月一四日から同年一二月一四日まで病気のため勤務を欠き、昭和四六年四
月一日の昇給期において普通昇給が六か月延伸したことが認められる。
(四一番)原告P47
(一) 格差の程度
 原告P32に同じ。
 しかし、乙第三二二四号証によれば、原告P47は、係争期間終了の翌日に六ー一
三に昇給するとともに五ー一〇に昇格したことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九四号証、第二九九号証の一ないし九によれば、同原告は、集会一
覧表記載42・47ー2の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じ
られたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第九三六号証、第九八七号証、第一〇五〇号証、第一一四一号証、第一
二三一号証の三、第一三〇六号証、第一三八六号証、第一四九六号証、第一五八一
号証、第一六二五号証、第一七二四号証、第一七九五号証、第一九〇二号証、第二
八一一号証、第二八七五号証、第二九〇八号証、第二九四三号証、第三〇一二号
証、第三〇四三号証によれば、同原告は、昭和四五年五月二七日から昭和四八年一
二月一五日までの間の勤務時間中に、二五回(45年5月27日、同年10月23
日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月
28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同
年6月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月28・2
9・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、五
回(48年12月10・11・12・14・15日)にわたってステッカーを机上
に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかった
ことが認められる。
(四二番)原告P168
(一) 格差の程度
 原告P32に同じ。
 しかし、弁論の全趣旨によれば、原告P168は、係争期間の当初において、昇給が
三か月遅れていたことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九九号証の一ないし九、第三〇五号証の一ないし五、第三三〇号証
の一ないし八によれば、同原告は、集会一覧表記載47ー2・53・67の各無許
可集会に参加し(67の集会では冒頭に挨拶した。)、当局から中止解散するよう
命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三九一号証、第四九二号証、第一〇八九号証、第一二一五号証、第一
二四五号証の一、第一三〇七号証、第一三八七号証の二、第一四六〇号証、第一六
三八号証、第一七二五号証、第一七八五号証、第一八一〇号証、第一八五八号証の
一、第二六六五号証、第二七九八号証の一、第二九六五号証、第二九九九号証、第
三〇三二号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月一二日から昭和四八年一二月
一五日までの間の勤務時間中に、二三回(42年10月12日、同月26日、47
年5月11日、同年6月10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月
17日、同月23・24・25・26日、同年6月22日、同月28・29日、同
年7月9日、同年9月18・19日、同年11月28・29・30日、同年12月
1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、三回(48年12月13・
14・15日)にわたってテントを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう
注意等を受けたのにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日に同
年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて
税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二六一五号証、第二六六四号証によれば、同原告について次の事実が
認められる。
イ 昭和四三年七月二日、東部出張所長P169から、同年六月二七日に庁舎の掲示場
所以外の場所に組合文書を掲示したことについて厳重注意された際、同所長に対し
「馬鹿野郎」と叫んだ。
ロ 前記(五番)原告P34の(3)ハに記載した行為に加わった。
 右イに関して、同原告は、第二陳述書(甲第四六四号証)において、同原告の行
為は、短冊型のステッカーを東部出張所の玄関から約一〇メートル離れた公道の街
路樹に吊り下げたものであり、庁舎等管理規則の適用を受けるものではなく、厳重
注意を受ける筈がない旨述べる。しかし、掲出されたものがビラと言えるかの点は
ともかくとして、前掲乙第二六一五号証(現認書)添付の写真、弁論の全趣旨によ
って成立を認める乙第三八二一号証の一、二、その方式と趣旨により公務員が職務
上作成したものと認められるので真正な公文書と推定すべき乙第三八二二号証の一
ないし三によれば、組合文書(ステッカー)が取り付けられたのは神戸税関の敷地
内に植栽され、国有財産台帳に搭載されている樹木であることが認められるとこ
ろ、前掲乙第九八号証によれば、庁舎等管理規則の適用される庁舎等とは神戸税関
が運用する土地、建物、工作物、その他の施設であるから、同原告の行為は庁舎等
管理規則の適用を受けるものであることは明らかである。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三四八八ないし三四九四号証によれば、同原告には、昭和
四〇年に一二回、昭和四七年に一〇回、昭和四八年に三七回(このうち昭和四七年
の六回、昭和四八年の二五回は交通機関の延着による遅刻)あること、また、病気
休暇が昭和四〇年に五・五日、昭和四三年に九日、昭和四七年に八日、昭和四八年
に一二・五日あることが認められる。
(四三番)原告P30
(一) 格差の程度
 原告P32に同じ。
 なお、乙第三二二六号証によれば、原告P30は、係争期間中に勤務成績不良を理
由に普通昇給が三か月延伸されたことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六二、二六三号証、第二六四号証の一、第二八四号証の一、二、第
二八九号証の一、第二九七号証、第三〇〇号証の一、第三〇三号証、第三〇七号
証、第三〇九号証の一ないし一六、第三一一号証の一、二、第三一二ないし三一四
号証、第三二八号証の一ないし七、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の
一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記載8・11・12・32・37・
45・48・51・57・59・61ないし65・72・74の各無許可集会に参
加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、11・32・37・45・
57を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三二四号証、第六六六号証、第七〇四号証、第七六九号証、第八二四
号証、第九三七号証、第九八八号証、第一〇九七号証、第一一五四号証、第一二四
六号証、第一三〇八号証、第一三八八号証、第一四九八号証、第一五八〇号証の
一、第一六二六号証、第一七二七号証、第一八五一号証、第二七一五号証、第二八
一二号証によれば、同原告は、昭和四二年六月一九日から昭和四八年一二月四日ま
での間の勤務時間中に、三一回(42年6月19・20日、43年10月8日、同
年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、45年5月27日、同年1
0月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同
年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月2
8日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月2
8・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用し上司
から取外するよう注意等を受けた(ただし、42年6月19日・20日、43年1
0月8日のリボンの着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四
七年八月二一日に同年七月一二日のプレート着用とその取引しの職務命令に従わな
かったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第一八五号証、第二五一〇号証の一ないし三、第二六一三号証の一、二
によれば、同原告について次の事実が認められる。
イ 上司から席を離れるときは断って行くように注意されていたのに、昭和四〇年
六月二六日、同月二九日及び同年七月一、二日、無断で離席し、「うちの係だけ一
々報告して行けと言われてもそんなことできません。」などと抗弁した。
ロ 前記(九番)P2の(3)ロ及び(二六番)原告P159の(3)に記載した各行
為に加わった。
(四四番)原告P170
(一) 格差の程度
 原告P32に同じ。しかし、弁論の全趣旨によれば、同原告は、入関時期がやや遅
かったため昇給が三か月遅れていたことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二〇三号証、第二六八号証の一、二、第二七〇号証、第二七六号証、
第五一七号証の一ないし二三によれば、同原告は、集会一覧表記載16・18・2
4・54・72の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた
(ただし、24を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三二〇号証、第三三九号証、第三七三号証、第四三二号証、第四六一
号証、第七七〇号証、第八二五号証、第九三八号証、第一三八九号証、第一四六五
号証の一、第一四六六号証の一、第一四六七号証の二、第一四六八号証、第一五四
四号証、第一六三五号証、第一七二六号証、第一九〇三号証、第二八一三号証によ
れば、同原告は、昭和四二年六月一九日から昭和四八年一二月四日までの間の勤務
時間中に、二三回(42年6月19日、同年7月21日、同年10月5日、同月2
1・25日、44年3月14日、同年5月23日、45年5月27日、48年4月
17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月
28日・29日、同年9月18日、同年11月28日、同月29・30日、同年1
2月1日、同月4日)にわたってプレート等を着用し、上司から取外すよう注意等
を受けたのにこれに従わなかったことが認められる。
(四五番)原告P171
(一) 格差の程度
 原告P32に同じ。乙第三二二八号証及び弁論の全趣旨によれば、原告P171は、年
度途中の入関(一二月)であるため九か月昇給が遅れていたことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二八三号証、第二八五号証の一ないし五、第二九〇号証の一ないし二
〇、第二九五号証の一ないし一七、第三〇四号証の一ないし七、第三〇九号証の一
ないし一六、第三一〇号証、第三二八号証の一ないし七、第五一七号証の一ないし
二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記載31・3
3・38・43・52・59・60・65・72・74の各無許可集会に参加し
(43の集会では外部支援団体代表者を紹介するなどした。)、当局から中止解散
するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三二四号証、第四三四号証、第四六三号証、第四九三号証、第五四三
号証、第五四七号証、第五四九号証、第五五一、五五二号証、第五七〇号証、第五
九八号証、第六〇八号証、第六一六号証、第六三二号証、第七〇五号証の一、第七
七二号証の一、第八二六号証の一、第八七六号証の一、第九三九号証の一、第九九
三号証、第一〇四七号証、第一一五九号証、第一二三一号証の三、第一三〇九号
証、第一三九〇号証、第一四四三号証、第一六一二号証、第一七二九号証、第一八
一七号証、第一九〇四号証、第二六七六号証の一、第二八一五号証、第二八五一号
証、第二八七九号証、第二九五〇号証、第二九八一号証、第三〇一七号証によれ
ば、同原告は、昭和四二年六月一九日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務
時間中に、五〇回(42年6月19・20日、同年10月21・25・26日、同
年12月6・7・8・9・11・12・14・15・16日、43年2月16・1
7日、同年5月22日、同年7月23日、同年9月27・28・30日、同年12
月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27
日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月
12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、
同年5月28日、同年6月28・29日、同年7月9月、同年9月18・19日、
同年11月28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等
を着用したほか、四回(48年12月11・13・14・15日)にわたって腕章
を着用するともにテント(テントについてはさらら48年12月10日に一回)を
机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(ただし、42年6
月19・20日のリボンの着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の
昭和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレートの着用とその取外しの職務命令
に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められ
る。
(3) 乙第一八四、一八五号証、第二五三五号証の一ないし七、第二五五〇号
証、第二六四九号証の一ないし七によれば、同原告について次の事実が認められ
る。
イ 前記(三番)原告P135の(3)イ、ロ及び(九番)P2の(3)ロに記載した
各行為に加わった。
ロ 昭和四二年四月一四日午後三時三〇分頃から同四時頃まで(勤務時間中)、業
務部輸出業者溜まりにおいて、輸出入業者に都知事選挙の資金カンパを求め、募金
活動を行なった。
ハ 昭和四五年一一月一三日午後〇時五分頃、兵庫埠頭出張所輸入部門において、
明るい革新県政をつくる会国公共闘支部発行のビラ(内容は前記(三三番)原告P
163の(3)ロと同じ。)を職員の机上に配布した。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三四九八ないし三五〇一号証によれば、同原告には、事故
が昭和四〇年に一二回、昭和四三年に一九回、昭和四四年に一二回(このうち昭和
四〇年の三回、昭和四三年の一回、昭和四四年の三回は交通機関の延着による遅
刻)あることが認められる。
(四六番)原告P172
(一) 格差の程度
 原告P172は、係争期間終了当時、六ー一二であったから、昭和四八年までに全員
が五等級に昇格した同期、同資格(昭和三〇年四級組)の非組合員三名に比べて昇
格が遅れており、号俸もそのうちの一名より一号俸相当、一名より二号俸相当それ
ぞれ低くなっている。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の一四、第三〇五号証の一ないし五、第三〇九号証の一ない
し一六、第三三〇号証の一ないし八、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証
の一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記載53・59・67・72・7
4の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わ
なかったこと、このうち74の集会に同原告が積極的に参加したなどとして昭和四
三年一一月一八日に税関長の文書による厳重注意を受けたことが認められる。
(2) 乙第四三五号証、第四六四号証、第四九四号証、第七〇六号証、第七九四
号証の一、第八二七号証、第八七七号証、第九四〇号証、第九九四号証、第一〇四
六号証、第一一六〇号証、第一二三一号証の三、第一三一一号証、第一三九一号
証、第一四四九号証、第一五四五号証、第一六六九号証、第一七二八号証、第一七
九八号証、第一九〇五号証、第二六七六号証の一、第二七五八号証、第二八六〇号
証、第二八八八号証、第二九二二号証、第二九五七号証、第二九九〇号証、第三〇
二四号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月二一日から昭和四八年一二月一五
日までの間の勤務時間中に三五回(42年10月21日、同月25・26日、43
年3月14日、同年12月13日、44年5月23日、同年7月10日、45年5
月27日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同
年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・2
6日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年7月9日、同年
9月18・19日、同年11月26・27・28・29・30日、同年12月1・
3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、五回(48年12月11日から
同月15日まで)にわたって腕章を着用するとともに角柱(角柱についてはさらに
48年12月10日に一回)を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意
等を受けたのにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日に同年七
月一二日のプレート着用とその取引しの職務命令に従わなかったことについて税関
長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二五二九号証、第二五三三号証の一、第二五三四号証、第二五三五号
証の一ないし七、第二五三八号証、第二六二〇号証、第二六四〇号証、第二六六三
号証によれば、同原告については次の事実が認められる。
イ 昭和四一年五月一〇日午前九時二五分頃(勤務時間中)、衆参議院議長宛の原
告組合の請願署名用紙を配布した。
 また、同年五月二七日午後一時二〇分頃(勤務時間中)及び同月三一日午後一時
二二分頃(同)業務部統計課において、組合のニュース(ビラ)を配布した。
ロ 前記(三番)原告P135の(3)イ及び(三五番)原告P165の(3)ロに記載
した各行為に加わった。
ハ 昭和四一年六月二五日午後〇時二〇分頃、他の職員に超過勤務が命じられない
ことについて話合っていた課長から勤務中だから自席に戻るように再三命じられた
のに、「課長が話さないなら帰らない。」と言って従わず、抗議を続けた。
ニ 昭和四三年一〇月五日午前八時四〇分頃、東部出張所本館食堂内の原告組合掲
示板に総評公務員共闘会議の「ストライキ宣言」と題する書面を掲示した。
ホ 昭和四五年七月九日午後〇時二五分頃から同三二分頃まで、小野浜出張所庁舎
内において「原爆被災者救援募金」と朱書した大型封筒を持って職員に対し募金を
した。
(四七番)原告P173
(一) 格差の程度
 原告P173と同期、同資格(昭和三二年四級組)の非組合員三七名は、うち一七名
が昭和四八年八月までに、一九名が昭和四九年八月八日までにいずれも五等級に昇
格したことが認められるが、係争期間終了当時の等級号俸は不明である。仮に原告
主張のとおりであるとして比較すると、当時、六ー九であった同原告は、五等級に
昇格していた二九名より昇格が遅れ、号俸も五ー八以上の二七名より少なくとも二
号俸相当低くなる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二五九号証、第二八〇号証一ないし七、第二八二号証の一ないし五、
第二八四号証の一、二、第二八六号証の一、二、第二八八号証の一、二、第二八九
号証の一、第二九七号証、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、集会
一覧表記載5・28・30・32・34・36・37・45・74の各無許可集会
に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、32・34・36・3
7・45を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第七七〇号証、第八二五号証、第九三八号証、第一〇九二号証の三、第
一一〇九号証、第一一四六号証、第一三一〇号証の一、第一三九二号証の一、第一
四八九号証、第一六三〇号証、第一七三〇号証、第一九〇六、一九〇七号証、第二
七七九号証、第二八二八号証、第二八八四号証、第二九一七号証、第二九五二号
証、第二九八五号証、第三〇二〇号証によれば、同原告は、昭和四四年三月一四日
から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に二三回(44年3月14日、
同年5月23日、45年5月27日、47年5月10・11日、同年6月9・10
日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同6
月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月29・30日、
同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか六回(48年12
月10日から同月15日まで)にわたって角柱を机上に掲出し、上司から取外しや
撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかったことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三五〇七ないし三五〇九号証及び弁論の全趣旨によれば、
同原告は、昭和三九年七月二五日から同年九月一七日まで病気のため勤務を欠いた
ほか昭和四三年に一六・五日、昭和四八年に七・五日の病気休暇があることが認め
られる。
(四八番)原告P174
(一) 格差の程度
 原告P173と同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六二号証、第二九五号証の一ないし一七、第三三一号証の一、二に
よれば、同原告は、集会一覧表記載8・43・68の各無許可集会に参加し、当局
から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三一六号証、第三五一号証、第三八二号証の一、第四三六号証、第五
七三号証、第五七六号証、第五九六号証、第六一七号証、第六五七号証、第七〇七
号証、第七七一号証、第八二八号証、第八七八号証、第一三九三号証、第一五二二
ないし一五二五号証、第一六一三号証、第一六五四号証、第一七三一号証、第一七
八六号証、第一九〇八、一九〇九号証、第二七三六号証の一、第二八四二号証によ
れば、同原告は、昭和四二年六月七日から昭和四八年一二月四日までの間の勤務時
間中に、二五回(42年6月7日、同年9月28日、同年10月6日、同月21
日、43年6月7日、同月28日、同年7月23日、同年9月28日、同年10月
8日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、
48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月2
2日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年12月4日)にわたってプ
レート等を着用し、上司から取外すよう注意等を受けた(ただし、42年6月7日
のリボンの着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四八年八月
二五日に同年四月一七日から同年六月二九日までのプレート着用とその取外しの勤
務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認
められる。
(四九番)原告P175
(一) 格差の程度
原告P173に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二〇三号証、第二七〇号証、第二九六号証の一ないし四、第三〇九号
証の一ないし一六、第五一七号証の一ないし二三によれば、原告P175は、集会一覧
表記載18・44ー3・54・59・72の各無許可集会に参加し、当局から中止
解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三一五号証、第三二〇号証、第三三八号証、第三五七号証、第三七三
号証、第四三二号証、第四六一号証、第四九五号証、第五五八号証、第五九九号
証、第七〇八号証、第七七三号証、第八二九号証、第八七九号証、第九〇九号証、
第九九五号証、第一〇五四号証、第一一六一号証、第一二四七号証、第一三一三号
証、第一三九四号証、第一四五二号証、第一五四六号証、第一六三七号証、第一七
三二号証、第一八〇二号証、第一八五三号証、第二六七九号証、第二八一四号証、
第二九一一号証、第二九四六号証、第二九七九号証、第三〇一五号証、第三〇四六
号証によれば、同原告は、昭和四二年六月七日から昭和四八年一二月一五日までの
勤務時間中に、三九回(42年6月7日、同月19日、同年7月21日、同年9月
30日、同年10月5日、同月21日、同月25・26日、43年3月11日、同
年7月23日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月
10日、45年5月26日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年6
月10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・2
4・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年7
月9日、同年9月18・19日、同年11月28日・29・30日、同年12月
1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか五回(48年12月11日か
ら同月15日まで)にわたってステッカーを机上に掲出し、上司から取外しや撤去
するよう注意等を受けた(ただし、42年6月7日のリボン着用、47年5月1
0・11日のプレート着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和
四七年八月一八日に同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わ
なかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三五一一ないし三五一四号証及び弁論の全趣旨によれば、
同原告は、昭和四三年七月二四日から同年一一月一六日まで病気のため勤務を欠
き、同年一〇月一日の昇給期において、普通昇給が三か月延伸されたこと、このほ
かにも昭和四〇年に五・五日、昭和四一年に七日の病気休暇があることが認められ
る。
(五〇番)原告P76
(一) 格差の程度
 原告P173に同じ。
(二) 非違行為
 乙第一〇六七号証の三、第一一六二号証の一、第一二四八号証、第一三一四号
証、第一三七九号証の一、第一四七四号証の一、第一五四七号証の一、第一六四五
号証の一、第一七一九号証の一、第一八二一号証の一、第二六九一号証、第二七七
三号証の一、三、第二九〇〇号証、第二九三五号証、第二九六九号証、第三〇〇三
号証、第三〇三四号証によれば、原告P76は、昭和四七年五月一〇日から昭和四八
年一二月一五日までの間の勤務時間中に二一回(47年5月10・11日、同年6
月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月2
3・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、
同年9月18・19日、同年11月29・30日、同年12月1・3日)にわたっ
て、プレート等を着用したほか五回(48年12月11日から同月15日まで)に
わたって角柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのに
これに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレ
ート着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による
厳重注意を受けたことが認められる。
(五一番)原告P176
(一) 格差の程度
 原告P173に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六四号証の一、第二七九号証、第二八一号証、第三〇四号証の一な
いし七、第三〇九号証の一ないし一六、第六七九号証の一ないし一八によれば、原
告P176は、集会一覧表記載12・27・29・52・59・74の各無許可集会に
参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認め
られる。
(2) 乙第三六八号証、第四二五号証、第六九五号証、第七五一号証、第八六八
号証、第九九六号証、第一〇九一号証、第一一四八号証の二、第一二三七号証、第
一二八一号証、第一三九五号証、第一四三二号証、第一五四八号証、第一六七三号
証、第一七三三号証、第一八五二号証、第二八一六号証、第二八五一号証、第二八
七九号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月六日から昭和四八年一二月一一日
までの間の勤務時間中に、二六回(42年10月6日、同月21日、43年12月
13日、44年3月14日、同年7月10日、45年10月23日、47年5月1
0日、同年6月9日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同
月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29
日、同年9月18・19日、同年11月28・29・30日、同年12月1・4
日)にわたってプレート等を着用したほか二回(48年12月10・11日)テン
トを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わ
なかった(ただし、47年7月12日のプレート着用を除く。)ことが認められ
る。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三五一六ないし三五二一号証によれば、同原告は、昭和四
〇年に八・五日、昭和四二年に一〇日、昭和四三年に九・五日、昭和四五年に五・
五日の病気休暇があることが認められる。
(五二番)原告P77
(一) 格差の程度
 原告P173に同じ。
(二) 非違行為
 乙第一三九七号証によれば、原告P77は、昭和四八年四月一七日の勤務時間中に
プレートを着用し、上司から取外すよう注意を受けたのにこれに従わなかったこと
が認められる。
(五三番)原告P177
(一) 格差の程度
 原告P173に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九五号証の一ないし一七によれば、原告P177は、集会一覧表記載4
3の無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わな
かったことが認められる。
(2) 乙第六八三号証、第七四一号証、第七九六号証、第八〇〇号証、第八五七
号証の一、第九一四号証、第九九七号証、第一〇四四号証、第一一六三号証、第一
二三一号証の三、第一三一五号証、第一三九三号証、第一五二二ないし一五二五号
証、第一六一三号証、第一六五四号証、第一七三一号証、第一七八六号証、第一九
〇八、一九〇九号証、第二六七六号証の一、第二七三六号証の一、第二八四二号証
によれば、同原告は、昭和四三年一二月一三日から昭和四八年一二月四日までの間
の勤務時間中に二五回(43年12月13日、44年3月14・15日、同年5月
23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月1
0・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4
月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同
月28・29日、同年9月18・19日、同年12月4日)にわたってプレート等
を着用し、上司から取外すよう注意等を受けた(ただし、43年12月13日のリ
ボンの着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月二一
日に同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったことに
ついて税関長の口頭による厳重注意を受けたほか、昭和四八年八月二七日にも同年
四月一七日から同年六月二九日までの間のプレート着用につき同様の注意を受けた
ことが認められる。
(五四番)原告P178
(一) 格差の程度
 原告P173に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九九号証の一ないし九、第三〇四号証の一ないし七、第三〇九号証
の一ないし一六、第三二八号証の一ないし七、第五一七号証の一ないし二三によれ
ば、原告P178は、集会一覧表記載47ー2・52・59・65・72の各無許可集
会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが
認められる。
(2) 乙第三二四号証、第四一八号証の一、第四四五号証の一、第四八六号証の
一、第五三五号証の一、第五四四号証の一、第五四八号証の一、第六一三号証の
一、第六五八号証の一、第六八五号証の一、第七七四号証、第八〇三号証の一、第
九八五号証、第一〇七三号証の一、第一〇八七号証の一、二、第一一四九号証の
一、第一二一三号証、第一二四九号証の一、第一三一六号証、第一三九六号証、第
一四六三号証、第一五五〇号証、第一七三四号証、第一八一二号証、第一八七二号
証、第一九一〇号証、第二六八四号証、第二八一七号証によれば、同原告は、昭和
四二年六月一九日から昭和四八年一二月四日までの間の勤務時間中に、四二回(4
2年6月19・20日、同年10月21日、同月25・26日、同年12月4・
6・7・8・9・11・13・14・15日、43年9月28日、同年10月8
日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、45年10月23
日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月
28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同
年6月28日、同年7月9日、同年9月18・19日、同年11月28・29・3
0日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用し上司から取外すよ
う注意等を受けた(ただし、43年6月19・20日のリボン着用を除く。)こ
と、この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプレート着用とその取外
しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたこ
とが認められる。
(五五番)原告P179
(一) 格差の程度
原告P173に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二五九号証、第二六五号証の一、二、第二八〇号証の一ないし七、第
二八二号証の一ないし五、第二八四号証の一、二、第二八六号証の一、二、第二九
七号証、第三〇三号証、第三〇四号証の一ないし七、第三〇七号証、第三〇九号証
の一ないし一六、第三一四号証、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の一
ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記載5・13・28・30・32・3
4・45・51・52・57・59・64・72・74の各無許可集会に参加し、
当局から中止解散するよう命じられた(ただし、32・34・45・57を除
く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三八二号証の一、第四二三号証、第五七三号証、第五七六号証、第五
九六号証、第六五九号証、第七〇一号証、第七六五号証、第八一八号証、第八七二
号証、第九八九号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月六日から昭和四五年一
〇月二三日までの間の勤務時間中に、一一回(42年10月6日、同月21日、4
3年6月7日、同月28日、同年7月23日、同年10月8日、同年12月13
日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年10月23日)
にわたってプレート等を着用し、上司から取外すよう注意等を受けたのにこれに従
わなかったことが認められる。
(3) 乙第二五五六号証によれば、同原告は、前記(三二番)原告P162の(3)
ロに記載した行為(ただし、二〇日の分)に加わったことが認められる。
(五六番)原告P180
(一) 格差の程度
 原告P173に同じ(ただし、昭和三一年度三級職採用試験合格)。
(二) 非違行為
(1) 乙第三〇六号証の一、二、第三〇九号証の一ないし一六、第三二九号証、
第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、
集会一覧表記載55・59・66・72・74の各無許可集会に参加し、当局から
中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三二五号証、第三四〇号証、第四一一号証、第五八四号証、第五九二
号証、第六五〇号証、第六八一号証、第七三九号証、第七九八号証、第八五六号
証、第九四一号証、第九九八号証、第一一二一号証、第一一六四号証の一、第一二
五〇号証の一、第一三六七号証、第一五一五号証、一五四九号証、一七三五号証、
第一八五一号証、第二七三三号証、第二八一二号証によれば、同原告は、昭和四二
年六月二〇日から昭和四八年一二月四日までの間の勤務時間中に、三三回(42年
6月20日、同年7月21日、同年10月21日、43年7月6日、同月23日、
同年10月8日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7
月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年
6月9・10日、同年7月12日、48年4月17日、同月23・24・25・2
6日、同年5月28日、同年6月28・29日、同年9月18・19日、同年11
月28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用
し、上司から取外すよう注意等を受けたのにこれに従わなかったこと、この間の昭
和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレートの着用について税関長の口頭によ
る厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第一一四号証、第二六三七号証の一、二、第二六五二号証によれば、同
原告について次の事実が認められる。
イ 昭和四四年八月二七日午後〇時三五分頃から同一時五分頃までの間、輸出統計
輸出第二係において、組合員三名(原告P181、同P25ほか一名)とともにP144主
任を取囲み、同主任が原告P182に関して現認書を書いたとして、交々激しい口調で
「書いたのか書かないのか、どっちや言うてみよ。」「白ばくれるな、書いたら書
いたと言えばよいやないか、正直に言え。」「そんなもん(昼食のこと)どうでも
ええわい、はよう出したかどうか返事をすればいいのや。」などと言って現認書を
書いたことについての確認を迫り さらに机を叩くなどして「僕等がそれによって
重大なことになってもお前らはよいと言うのか。」「部下が昇給昇格延伸になって
もよいのか。」「どこにおいとるか言え。」「早く出して破れ、破らんかい。」
「大体お前が来てから統計課が乱れる、お前は統計課を出ていけ。」「主任が現認
者を書くとか注意するとか出しゃばるな、お前は基本通達に出ていることだけして
電話連絡だけしておればいいのだ、よけいなことをすなる。」「早く現認書を出
せ、上から取下げてこい。」などと暴言を吐いた。
ロ 昭和四五年一一月三〇日、洋酒スタンド「アルプス」で飲酒中、居合せた客か
ら暴行を受けたため、同店経営者の女性に相手の名前を尋ねたところ、同女が知ら
ないと答えたことに立腹し、カウンター上の銚子、盃、コップ等を払い除けて破損
した。
 また、その後も、同店を訪ねる度に前記客の名前を聴きだそうとし、昭和四六年
四月に同店を訪れた際にも、右経営者に右客の名前を聴いたが、同女がなおも知ら
ない旨答えたので立腹し、銚子、皿等を破損した。
 このため、昭和四六年九月一日、国家公務員としてふさわしくない行為であると
して税関長の文書による厳重注意を受けた、
ハ 昭和四五年一二月七日午前九時二五分頃、輸出統計第二係の自席において、原
告P181の勤勉手当が減額されたことについて、大声で、「税関の中で一人のカット
ではないか、税関で一番成績が悪いのか、こんなところで馬鹿らしくて仕事などで
きるかい、どこがP181が悪いんや、はっきりしてもらおうや、いいかげんな仕事を
するな。」「P181、反省することなんかない、係長が悪いから第二係からカットが
出たのや、一体係長は何をしとるのや、何でこんなことを言って悪いのや。」など
と言って上司を非難した。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三五二六ないし三五三八号証によれば、同原告には、事故
が昭和四〇年に一二回、昭和四四年に一六回、昭和四五年に一九回、昭和四六年月
一五回(このうち、昭和四〇年の四回、昭和四四年の一一回、昭和四六年の四回は
交通機関の延着による遅刻)あること、また、病気休暇も昭和四〇年に五日、昭和
四二年に六日、昭和四四年に二〇日、昭和四五年に二二・五日、昭和四六年に一三
日、昭和四七年に一五日、昭和四八年に一八日あることが認められる。
(五七番)原告P78
(一) 格差の程度
 原告P173に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第六七九号証の一ないし一八によれば、原告P78は、集会一覧表記載7
4の無許可集会に参加し、上司から中止解散するよう命じられたのにこれに従わな
かったことが認められる。
(2) 乙第三二四号証、第七七六号証、第八二五号証、第九三八号証、第一〇五
二号証、第一一六五号証、第一二五一号証、第一三一七号証、第一三九八号証の
二、第一四五〇号証の一、七、第一五五一号証の四、第一六五二号証の二、第一七
三六号証の四、第一八〇一号証、第一八三二号証、第二六七七号証の一、第二七七
二号証、第二八七四号証、第二九〇七号証、第二九四二号証、第二九七六号証、第
三〇一一号証、第三〇四二号証によれば、同原告は、昭和四二年六月一九日から昭
和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、二七回(42年6月19・20
日、44年3月14日、同年5月23日、45年5月27日、47年5月10日、
同年6月9・10日、同年7月13日、同年11月28日、48年4月17日、同
月23・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同
年7月9日、同年9月18・19日、同年11月28・29・30日、同年12月
1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、六回(48年12月10日
から同月15日まで)にわたって腕章を着用するとともにステッカーを机上に掲出
し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(ただし、42年6月19・2
0日のリボン着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八
月一八日に、同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかっ
たことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三五三九号証によれば、同原告は、昭和四三年三月二一日
から同年四月六日まで(一四・五日)病気のため勤務を欠いたことが認められる。
(五八番)原告P183
(一) 格差の程度
 原告P173に同じ(ただし、昭和三〇年度三級郵政職員採用試験合格)。しかし、
乙第三二四一号証によれば、原告P183は、年度途中(昭和三二年一一月一日の入関
であるため当初から九か月昇給が遅れていた(なお、係争期間内に特別昇給し
た。)ことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二七二号証、第三〇九号証の一ないし一六によれば、同原告は、集会
一覧表記載20・59の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じら
れたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第四六五号証、第四九六号証、第七七五号証、第八八〇号証、第九九九
号証、第一一六六号証、第一三〇二号証の一、第一四四一号証、第一五五二号証、
第一六五七号証、第一七三七号証、第一九〇〇号証、第二七四六号証、第二七六三
号証、第二八五〇号証、第二八七八号証、第二九一二号証、第二九四七号証、第二
九八〇号証、第三〇一六号証、第三〇五六ないし三〇六三号証によれば、同原告
は、昭和四二年一〇月二五日から昭和四八年一二月二五日までの間の勤務時間中
に、二六回(42年10月25・26日、44年3月14日、同年7月10日、4
5年10月23日、47年6月9日、同年11月28日、48年4月23・24・
25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月1
8・19日、同年11月19・20・21・22日、同月28・29・30日、同
年12月3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、一四回(48年12月
10日から同月15日まで、同月17日から同月22日まで、同月24・25日)
にわたってテントを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた
のにこれに従わなかったことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三五四〇号証によれば、同原告は、昭和四三年九月二五日
から同年一一月二一日まで病気のため勤務を欠いたことが認められる。
(五九番)原告P184
(一) 格差の程度
 原告P184と同期、同資格(昭和三二年高校組、ただし、乙第三二四二号証によれ
ば、同原告は、行(二)職員として採用され、昭和三五年四月に行(一)に切換え
られたことが認められる。)の非組合員三名の係争期間終了当時における等級号俸
は不明であるが、これを原告ら主張のとおりであるとして(ただし、原告らの主張
では二名となっている。)比較すると、同原告の等級はかわらないものの号俸は右
の二名より一、二号俸低くなる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六四号証の一、第二七二号証、第二九二号証、第三〇八号証の一、
二、第三〇九号証の一ないし一六、第三三一号証の一、二、第三八〇号証の一ない
し三、第五一七号証の一ないし二三、第二四九六号証によれば、同原告は、集会一
覧表記載12・20・40・56・58・59・68・71・72の各無許可集会
に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、40・71を除く。)
のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三一六号証、第三五二号証、第四三七号証、第五六三号証、第五九六
号証、第六一八号証、第六六〇号証、第七二八号証、第七七七号証、第八一九号
証、第八七〇号証、第九四二号証、第九八六号証、第一〇九〇号証、第一一六七号
証、第一二五二号証、第一二八八号証、第一三九九号証、第一五〇五号証、第一五
五三号証、第一六五八号証、第一七三八号証、第一八六五号証、第二八一八号証、
第二八五九号証、第二八八九号証、第二九二三号証、第二九五八号証、第二九九一
号証、第三〇二五号証によれば、同原告は、昭和四二年六月七日から昭和四八年一
二月一五日までの間の勤務時間中に、三四回(42年6月7日、同年9月28日、
同年10月21日、43年3月23日、同年7月23日、同年9月28日、同年1
0月8日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10
日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年6月
9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・
24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年
9月18・19日、同年11月28日、同年12月1・3・4日)にわたってプレ
ート等を着用したほか、六回(48年12月10日から同月15日まで)にわたっ
て角柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(ただし、
42年6月7日のリボン着用を除く。)のにこれに従わなかった(ただし、47年
7月12日のプレート着用を除く。)ことが認められる。
(3) 乙第二五五六号証、第二五五八号証によれば、同原告は、前記(三二番)
原告P162の(3)ロに記載した抗議行動に加わった。
(三) 出勤状況
 弁論の全趣旨によれば、同原告は、昭和三八年一月一七日から同年二月一九日ま
で病気のため勤務を欠いたことが認められる。
(六〇番)原告P148
(一) 格差の程度
 原告P148は、係争期間中に勤務成績不良を理由として普通昇給が六か月延伸され
(このことは乙第三二四三号証及び弁論の全趣旨によって認められる。)右期間の
終了当時、六ー一〇であったところ、同期、同資格(昭和三三年中級組)の非組合
員の存在が不明であるから、原告らの主張に従い昭和三〇年四級組の非組合員三名
(原告P172について比較対象とされた者)と比較すると昇格が遅れており、号俸も
少なくとも二号俸相当程度低いものとなる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六二号証、第二六三号証、第二九〇号証の一ないし二〇日、第二九
五号証の一ないし一七、第三〇四号証の一ないし七、第三〇九号証の一ないし一
六、第三一〇号証、第三二八号証の一ないし七、第五一七号証の一ないし二三、第
六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記載8ないし10・3
8・43・52・59・60・65・72・74の各無許可集会に参加し(38・
43の集会では副分会長として開会の辞を述べるなどした。)当局から中止解散す
るよう命じられた(ただし、9・10を除く。)のにこれに従わなかったことが認
められる。
(2) 乙第一八八号証、第三二四号証、第四三八号証の一、第四六六号証、第六
〇〇号証、第六一九号証、第六三三号証、第六四四号証、第六六一号証、第七〇九
号証、第七七八号証、第八三〇号証、第九四三号証、第九七四号証、第一一〇五号
証、第一一一七号証、第一一六八号証、第一二一六号証、第一二五三号証、第一三
一八号証、第一三八三号証、第一四四八号証、第一五五五号証の一、三、第一六七
五号証、第一七二一号証、第一七九九号証、第一八二七号証、第二七二三号証、第
二七四九号証、第二八一九号証、第二八七二号証、第二九〇四号証、第二九三九号
証、第二九七三号証、第三〇〇八号証、第三〇三九号証によれば、同原告は、昭和
四二年六月一九日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、四三回
(42年6月19・20日、同年10月21日、同月25日、43年7月23日、
同年9月28・30日、同年10月1日、同月8日、同年12月13日、44年3
月14日、同年5月23日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月1
0・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4
月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同
月28・29日、同年7月9日、同年9月18・19日、同年11月19・20・
21・22・24・28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプ
レート等を着用したほか、五回(48年12月11日から15日まで)にわたって
腕章を着用するとともにステッカー(ステッカーについてはさらに48月12月1
0日に一回)を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(た
だし、42年6月19・20日のリボン着用を除く。)のにこれに従わなかったこ
と、この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプレートの着用とその取
外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けた
ことが認められる。
(3) 乙第一八四、一八五号証、第二五三五号証の一ないし七、第二六一七号証
の一ないし三、第二六一八号証の一、二、第二六三三号証の一、二によれば、同原
告について次の事実が認められる。
イ 前記(三番)原告P135の(3)イ、ロ、(九番)P2の(3)ロ及び(一〇
番)原告P74の(3)ニに記載した各行為に加わった。
ロ 昭和四三年九月九、一〇、一一日に輸出部通関第七部門の自分の机の上に原爆
被曝者救援のための募金箱を置いて募金行為をし、上司から再三撤去するよう命じ
られたのに、「全税関労働組合は庁舎管理規則を認めていない。」などと抗弁し
て、右命令に従わなかった。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三五四一ないし三五五五号証、証人P130、同P129の各証
言によれば、同原告は、事故が昭和四〇年に二九回、昭和四一年に四二回、昭和四
三年に三二回、昭和四四年に一三回(このうち、昭和四〇年の九回、昭和四一年の
一七回、昭和四三年の一八回、昭和四四年の六回は、交通機関の延着による遅刻)
があるほか、時間休が昭和四一年に二七回、昭和四四年に二三回、昭和四五年に三
六回、昭和四六年に二〇回、昭和四七年に二七回、昭和四八年に四三回あること、
このため仕事の分担の決定などに支障が生じるとして上司から再三注意がされたこ
と、また、昭和四〇年及び昭和四三年から昭和四八年まで毎年五日から一〇・五日
の病気休暇もあることが認められる。
(六一番)原告P142
(一) 格差の程度
 原告P148に同じ。しかし、乙第三二四四号証によれば、原告P142は、年度途中
の入関(昭和三三年一〇月)であるため、同期、同資格(昭和三三年中級組)の者
とは当初からすでに昇給が遅れていたことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二〇三号証、第二六六号証、第二六八号証の一、二、第二七〇号証、
第二七三号証の一、二、第二七四、二七五号証、第二七七号証、第二八七号証の
一、二、第二九一号証、第二九六号証の一ないし四、第三〇九号証の一ないし一
六、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告
は、集会一覧表記載14・16・18・21ないし23・25・35・39・44
ー4・54・59・72・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよ
う命じられた(ただし、23・25・35・39を除く。)のにこれに従わなかっ
たことが認められる。
(2) 乙第一九九号証、第三一五号証、第三一九号証、第三三七号証、第三六〇
号証の一、第三七九号証、第三八五号証、第四一五号証、第四六七号証、第四九八
号証、第五三八号証、第五五九号証、第六六二号証、第七一〇号証、第七七九号
証、第八三一号証、第八八一号証、第九四四号証、第一〇〇〇号証、第一〇六五号
証、第一一六九号証、第一二五四号証の二、第一三一九号証、第一四〇〇号証、第
一四七〇号証、第一五五四号証、第一六六〇号証、第一七四〇号証、第一八一五号
証、第一八四九号証、第二六八六号証、第二八二〇号証、第二八六二号証、第二八
九四号証、第二九二八号証、第二九六二号証、第二九九六号証、第三〇二九号証に
よれば、同原告は、昭和四二年六月七日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤
務時間中に、四二回(42年6月7日、同月19日、同年7月21日、同年8月1
日、同年9月30日、同年10月5・6日、同月21日、同月25・26日、同年
12月4日、43年3月11日、同年10月8日、同年12月13日、44年3月
14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23
日、47年5月10日・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11
月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、
同年6月22日、同月28・29日、同年7月9日、同年9月18・19日、同年
11月28・29・30日、同年12月3・4日)にわたってプレート等を着用し
たほか、六回(48年12月10日から15日まで)にわたって腕章を着用すると
ともにテントを机上に提出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(た
だし、42年6月7日のリボン着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、この
間の昭和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命
令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認めら
れる。
(3) 乙第二〇五号証、第二五五五号証、第二六三三号証の一、二、第二六六四
号証によれば、同原告について次の事実が認められる。
イ 昭和四二年一〇月一九日午後五時一五分頃(超過勤務命令が出されたため勤務
時間中)に無断で離席し、兵庫埠頭出張所庁舎の組合掲示板に掲示されていた違法
文書を撤去する作業をしていた総務課職員に抗議した。
 また、かねて上司から勤務時間に職場を離れるときは上司の許可を得るよう注意
されていたのに、昭和四三年一月二九日午前一一時二八分頃(勤務時間中)、無断
で職場(兵庫埠頭出張所)を離れ、本関に行った。
ロ 前記(五番)原告P34の(3)ハ及び(一〇番)原告P74の(3)ニに記載し
た各行為に加わった。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三五五七ないし三五六八号証によれば、同原告は、時間休
の回数が極めて多く、昭和四〇年一九回、昭和四四年四三回、昭和四五年五八回、
昭和四六年七〇回、昭和四七年六一回、昭和四八年六〇回に及んでいることが認め
られる。
(六二番)原告P185
(一) 格差の程度
 原告P185は、係争期間終了当時、六ー八であったから、同期、同資格(昭和三三
年初級組)の非組合員一三名のうち六ー九、一〇の一二名より一、二号俸低くなっ
ている。
(二) 非違行為
(1) 乙第三〇四号証の一ないし七、第三〇九号証の一ないし一六、第三二八号
証の一ないし七によれば、同原告は、集会一覧表記載52・59・65の各無許可
集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったこと
が認められる。
(2) 乙第一〇七〇号証の二、第一一五〇号証の一、二、第一二三八号証、第一
四〇一号証、第一四七九号証、第一五五六号証、第一六五九号証の一、第一七三九
号証、第一七八七号証、第一八五〇号証、第二六九九号証、第二七八〇号証、第二
八六六号証によれば、同原告は、昭和四七年五月一〇日から昭和四八年一二月一〇
日までの間の勤務時間中に、二〇回(47年5月10・11日、同年6月9・10
日、同年7月12日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5
月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11
月29・30日、同年12月3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、一
回(48年12月10日)ステッカーを机上に掲出し、上司から取外しや撤去する
よう注意等を受けたのにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日
に同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったことにつ
いて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三二四五号証及び弁論の全趣旨によれば、同原告は、昭和四二年八月二三日
から同年一一月一六日まで病気のため勤務を欠いたことが認められる。
(六三番)原告P186
(一) 格差の程度
 原告P186は、原告P185と入関の時期、資格が同じであるが係争期間終了当時、
六ー七であったから、同期、同資格の前記非組合員のうち六ー九、一〇の一二名よ
り二、三号俸低いものとなる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九三号証、第三〇六号証の一、二、第三〇八号証の一、二、第三三
一号証の一、二、第三八〇号証の一ないし三、第五一七号証の一ないし二三、第五
二二号証、第六七九号証の一ないし一八によれば、原告P186は、集会一覧表記載4
1・55・58・68・71ないし74の各無許可集会に参加し、当局から中止解
散するよう命じられた(ただし、41・71・73を除く。)のにこれに従わなか
ったことが認められる。
(2) 乙第三一六号証、第三八六号証、第四二八号証、第四四九号証、第五二八
号証、第五六二号証、第六二〇号証、第六三四号証、第六四五号証、第六六三号
証、第七一一号証、第七八〇号証、第八一一号証、第八六六号証、第九四五号証、
第一〇〇一号証、第一一七〇号証、第一二二三号証、第一二七九号証、第一四七六
号証、第一五三九号証、第一六三三号証、第一六九二号証、第一八六九号証、第二
六九五号証、第二七八一号証、第二八六七号証、第二八九八号証、第二九三三号
証、第二九六七号証、第三〇〇一号証によれば、同原告は、昭和四二年六月七日か
ら昭和四八年一二月一四日までの間の勤務時間中に、三四回(42年6月7日、同
年10月6日、同月21日、同月25日、同年11月10日、43年3月23日、
同年9月28・30日、同年10月1日、同月8日、同年12月13日、44年3
月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23
日、47年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月2
3・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同年28・29日、
同年9月18・19日、同年11月29・30日、同年12月3・4日)にわたっ
てプレート等を着用したほか、二回(48年12月10・11日)テント、二回
(48年12月13・14日)角柱、一回(48年12月12日)角柱及びテント
を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(ただし、42年
6月7日のリボン着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七
年八月一八日に同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなか
ったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二五五六号証によれば、前記(三二番)原告P162の(3)ロに記載し
た無断離席の抗議行動(昭和四二年一〇月二〇日の分)をしたことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三五七一ないし三五七五号証及び弁論の全趣旨によれば、
同原告は、昭和三八年九月一七日から同年一〇月一九日まで、同月二二日から昭和
三九年一月五日まで及び同年四月一七日から昭和四〇年三月六日まで病気のため欠
勤し、昭和三九年一〇月一日の昇給期において普通昇給が一二か月延伸され、ま
た、昭和四六年三月二六日から同年六月二五日まで病気のため勤務を欠いて、さら
に三か月普通昇給が延伸されたこと、このほか昭和四五年には八・五日、昭和四八
年には七日の病気休暇があることが認められる。
(六四番)原告P14
(一) 格差の程度
 原告P185に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第三〇四号証の一ないし七、第三〇九号証の一ないし一六、第五一七号
証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、原告P14は、集会一覧
表記載52・59・72・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよ
う命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第七一二号証、第七八一号証、第八三二号証、第八八二号証、第九四六
号証、第一〇二八号証、第一一一三号証、第一二五五号証、第一四〇二号証、第一
五〇九ないし一五一一号証、第一五五七号証、第一六六二号証、第一七四一号証、
第一八四八号証、第二七三四号証、第二七五九号証、第二八五六号証、第二八九〇
号証、第二九二四号証、第二九五九号証、第二九九二号証、第三〇二六号証によれ
ば、同原告は、昭和四三年一二月一三日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤
務時間中に、二六回(43年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、
同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年7月12日、48
年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22
日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月26・27・28・2
9・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、六
回(48年12月10日から同月15日まで)にわたって腕章を着用するとともに
角柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従
わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプレート着
用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注
意を受けたことが認められる。
(3) 乙第七八一号証、第一〇二八号証、第二六六三号証によれば、同原告につ
いて次の事実が認められる。
イ 昭和四四年三月一四日午前九時一〇分頃(勤務時間内)から、及び昭和四五年
一〇月二三日午前九時五分頃(同)から、輸入部航空部門の職員の机上に組合のビ
ラを配布した。
ロ 前記(三五番)原告P165の(3)ロに記載した行為に加わった。
(六五番)原告P140
(一) 格差の程度
 原告P185に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二〇三号証、第二六六号証、第二六八号証の一、二、第二七〇号証、
第二七一号証の一、第二七三号証の一、二、第二七四ないし二七六号証、第二九六
号証の一ないし四、第三〇九号証の一ないし一六、第五一七号証の一ないし二三、
第六七九号証の一ないし一八によれば、原告P140は、集会一覧表記載14・16・
18・19・21ないし24・44ー2・54・59・72・74の各無許可集会
に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認
められる。
(2) 乙第三一五号証、第三二二号証、第三三三号証、第三四五号証、三六三号
証、第三七二号証、第四三九号証、第四五一号証、第五一四号証、第五二六号証、
第五三三号証、第五三九号証、第五五三号証、第五六〇号証、第一〇五〇号証、第
一一四一号証、第一二三一号証の三、第一三二〇号証、第一三七二号証、第一四四
四ないし一四四六号証、第一六四二号証、第一七一二号証、第一七九七号証、第一
八四七号証、第二六七六号証の一、第二七五〇号証、第二八七三号証、第二九〇五
号証、第二九四〇号証、第三〇〇九号証、第三〇四〇号証によれば、同原告は、昭
和四二年六月七日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、三七回
(42年6月7日、同月19日、同年7月21日、同年8月1日、同年9月30
日、同年10月5日、同月21日、同月25・26日、同年11月9日、同月28
日、同年12月4日、43年3月1・2日、同月11日、47年5月10・11
日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17
日、同月23・24・25・26日、同年6月22日、同月28・29日、同年7
月9日、同年9月18・19日、同年11月19・20・21・22・24日)に
わたってプレート等を着用したほか、五回(48年12月10・11・12・1
4・15日)にわたって腕章を着用するとともに円柱を机上に掲出し、上司から取
外しや撤去するよう注意等を受けた(ただし、42年6月7日のリボン着用を除
く。)のにこれに従わなかった(ただし、42年11月28日のバッヂ着用を除
く。)こと、この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプレートの着用
とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意
を受けたことが認められる。
(3) 乙第二〇一号証、第二五〇五号証、第二五四六号証、第二五五四号証によ
れば、同原告について次の事実が認められる。
イ 昭和四〇年五月二六日午後一時四〇分頃(勤務時間)、兵庫埠頭出張所第一部
門において、同年六月二日午前九時一三分頃(同)、同出張所玄関前において、組
合ニュース(ビラ)を配布した。
ロ 前記(五番)原告P34の(3)イに記載した行為に加わった。
ハ 昭和四二年一〇月一九日午後五時過ぎ頃(超過勤務命令による勤務時間)無断
離席し、原告P187とともに兵庫埠頭出張所の組合掲示板に掲出されたストライキ宣
言文を撤去作業中のP22総務課長に抗議した。
(六六番)原告P188
(一) 格差の程度
 原告P185に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二五八号証、第五一七号証の一ないし二三によれば、原告P188は、集
会一覧表記載4・72の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じら
れたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第一〇七一、一〇七二号証、第一一七一号証、第一二一七号証、第一二
五六号証の二、第一二八六号証の一、第一三五九号証、第一四八〇号証、第一六一
四号証、第一七四二号証、第一八二六号証の一、第二六九七号証、第二七七〇号
証、によれば、同原告は、昭和四七年五月一〇日から昭和四八年一二月四日までの
間の勤務時間中に、二一回(47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年
7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26
日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月2
9・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用し、上司から
取外すよう注意等を受けたのにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月
一八日に、同年七月一二日のプレートの着用とその取外しの職務命令に従わなかっ
たことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(六七番)原告P189
(一) 格差の程度
 原告P185に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二七二号証、第三〇二号証の一、二、第五一七号証の一ないし二三、
第六七九号証の一ないし一八によれば、原告P189は、集会一覧表記載20・50・
72・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこ
れに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第一八六、一八七号証、第一八九号証、第四四〇号証、第四六八号証、
第四九九号証、第五四五号証、第五五〇号証、第五七一号証、第六二一号証、第六
三五号証、第六四六号証、第六六四号証、第七一七号証、第七七四号証、第八三三
号証、第八五八号証の一、第九四七号証、第一〇〇二号証、第一〇五〇号証、第一
一四一号証、第一二三一号証の三、第一二九二号証、第一三八三号証、第一四四八
号証、第一五五五号証の三、第一六七五号証、第一七二一号証、第一七九九号証、
第二六七六号証の一、第二八七二号証、第二九〇四号証、第二九三九号証、第二九
七三号証、第三〇〇八号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月二一日から昭和
四八年一二月一四日までの間の勤務時間中に、四三回(42年10月21日、同月
25・26日、同年12月8日、同月15日、43年5月22日、同年9月28・
30日、同年10日1日、同月8日、同年12月13日、44年3月14日、同年
5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月
10・11日、同年6月9日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月1
7日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月2
8・29日、同年7月9日、同年9月18・19日、同年11月20・21・2
2・24日、同月28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレ
ート等を着用したほか、五回(48年12月10日から同月14日まで)にわたっ
て円柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(ただし、
43年9月28日、同月30日のリボン着用及び昭和48年7月9日のプレート着
用を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日に同年
七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税
関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三五七六ないし三五八〇号証によれば、同原告には、事故
が昭和四〇年に一七回、昭和四一年に一九回、昭和四二年に三一回(このうち、昭
和四二年の七回は交通機関の延着による遅刻)あることが認められる。
(六八番)原告P25
(一) 格差の程度
 原告P185に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二〇三号証、第二七三号証の一、二、第二七四号証、第二七六、二七
七号証、第二九六号証の一、第三〇一号証、第三〇九号証の一ないし一六、第五一
七号証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、原告P25は、集会
一覧表記載21・22・24・25・44ー1・49・54・59・72・74の
各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、24・2
5を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三一五号証、第三二一号証、第三三四号証、第三四七号証の一、第三
五七号証、第三七四号証、第三九四号証、第四六九号証、第五四〇号証、第五五八
号証、第七一八号証、第七八二号証、第八三四号証、第八五六号証、第九四一号
証、第九九八号証、第一一二二号証、第一一三四号証、第一二五七号証の一、第一
三二一号証、第一四〇三号証、第一四三三号証の一、第一五五八号証の一、第一六
二一号証の二、第一七四三号証、第一八二五号証、第二七二六号証、第二八二二号
証、第二八五一号証、第二八七九号証、第二九一四号証、第二九五〇号証、第二九
八一号証、第三〇一七号証によれば、同原告は、昭和四二年六月七日から昭和四八
年一二月一五日までの間の勤務時間中に、四〇回(42年6月7日、同月19日、
同年7月21日、同年8月1日、同年9月30日、同年10月5日、同月21日、
同月25・26日、同年12月4日、43年3月11日、同年12月13日、44
年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月
23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年1
1月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28
日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月2
8・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほ
か、六回(48年12月10日から15日まで)にわたって腕章を着用するととも
にテントを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(ただ
し、42年6月7日のリボン着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間
の昭和四七年八月一八日によれば、同年七月一二日のプレート着用とその取外しの
職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが
認められる。
(3) 乙第二〇一号証、第二六三七号証の一ないし三によれば、同原告について
次に事実が認められる。
イ 昭和四〇年六月二日午前九時一三分頃(勤務時間)に、兵庫埠頭出張所玄関前
において組合のビラを配布した。
ロ 前記(五六番)原告P180の(3)イに記載した抗議行動に加わって、暴言を吐
いた。
(六九番)原告P190
(一) 格差の程度
 原告P190は、係争期間終了当時、六ー七であったから、同期、同資格(昭和三三
年高校組)の非組合員一四名のうち六ー八、九の一三名に比べると、号俸が一、二
号低くなっている。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九四号証、第二九九号証の一ないし九、第三〇五号証の一ないし
五、第三〇九号証の一ないし一六、第三三〇号証の一ないし八、第三八〇号証の一
ないし三、第五一七号証の一ないし二三によれば、同原告は、集会一覧表記載4
2・47ー1・53・59・67・71・72の各無許可集会に参加し、当局から
中止解散するよう命じられた(ただし、71を除く。)のにこれに従わなかったこ
とが認められる。
(2) 乙第三九五号証、第四七〇号証、第五〇〇号証、第一四〇四号証、第一四
九〇号証、第一五九一号証の一、第一七四四号証の一、二、第一八七三号証の一、
二、第二七八二号証の一、二、第二八二八号証、第二八八四号証、第二九一七号
証、第二九五二号証、第二九八五号証、第三〇二〇号証によれば、同原告は、昭和
四二年一〇月二一日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、一九回
(42年10月21日、同月25・26日、48年4月17日、同月23・24・
25・26日、同年5月28日、同年6月28・29日、同年9月18・19日、
同年11月28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等
を着用したほか、六回(48年12月10日から同月15日まで)にわたって角柱
を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わな
かったことが認められる。
(七〇番)原告P99
(一) 格差の程度
 原告P99は、原告P190と入関の年度、資格が同じで、係争期間終了当時、六ー六
であったから、同期、同資格の前記非組合員のうち六ー八、九の一三名より号俸が
二、三号低くなっている。しかし、乙第三二五三号証の一によれば、同原告は、係
争期間終了の翌日に六ー七になったことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の一三、第二六二、二六三号証、第二九四号証、第二九九号
証の一ないし九、第三〇五号証の一ないし五、第三〇九号証の一ないし一六、第三
三〇号証の一ないし八、第三八〇号証の一ないし三、第五一七号証の一ないし二
三、第五二二号証、第六七九号証の一ないし一八、第九〇八号証によれば、同原告
は、集会一覧表記載8ないし11・42・47ー2・53・59・67・71ない
し75の各無許可集会に参加し(74の集会では書記長として決議文を読上げ
た。)、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、9ないし11・71・7
3を除く。)のにこれに従わなかったこと、このうち74の集会において同原告は
指導的役割を果したなどとして、昭和四三年一一月一八日訓告(矯正措置)を受け
たことが認められる。
(2) 乙第四七一号証、第四九七号証、第七二〇号証、第七九三号証の一、第八
三五号証、第八八三号証、第一〇〇三号証、第一一〇〇号証、第一一一二号証、第
一一七二号証、第一二〇四号証、第一二四四号証、第一三二二号証、第一四〇五号
証、第一五九三号証、第一六六三号証、第一七四五号証、第一八四六号証、第二七
一七号証、第二七六一号証、第二八八七号証、第二九二一号証、第二九五六号証、
第二九八九号証、第三〇二三号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月二五日か
ら昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、二二回(42年10月25・
26日、43年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10
日、45年10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7
月12日、同年11月28日、48年4月17日、同年5月28日、同年6月22
日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月26・27日)にわた
ってプレート等を、六回(48年11月28・29・30日、同年12月1・3・
4日)にわたってプレート及び腕章を着用したほか、五回(48年12月11ない
し15日)にわたって国公兵庫と記載した腕章を着用するとともに角柱を机上に掲
出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかったこ
と、この間の昭和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレート着用とその取外し
の職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたこと
が認められる。
(3) 乙第二五三六号証の一ないし三によれば、同原告について次の事実が認め
られる。
 同原告は、昭和四一年六月一一日午前九時一八分頃から同二三分頃まで(勤務時
間)、執務中の東部出張所繊維担当職員に対し、国家公務員法改悪反対、首切り処
分撤回の署名用紙を渡し、説明するなどして署名運動をした。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三五八四、三五八五号証及び弁論の全趣旨によれば、同原
告は、昭和四五年三月二日から同年五月二二日まで病気のため勤務を欠き、昭和四
六年一月一日の昇給期において普通昇給が三か月延伸されたこと、このほか昭和四
七年一月一八日から同年二月二九日の間も病気のため勤務を欠いたことが認められ
る。
(七一番)原告P191
(一) 格差の程度
 原告P190に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六二、二六三号証、第二九〇号証の一ないし二〇、第二九五号証の
一ないし一七、第三〇四号証の一ないし七、第三〇九号証の一ないし一六、第三二
八号証の一ないし七、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八
によれば、原告P191は、集会一覧表記載8ないし11・38・43・52・59・
65・72・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた
(ただし、9ないし11を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三二四号証、第四一三号証、第四七二号証、第五〇二号証、第七二一
号証、第七八三号証、第八五二号証、第八八四号証、第九四八号証、第一〇〇四号
証、第一〇九四号証、第一一七三号証、第一二五八号証の一、第一三二三号証の
二、第一四〇六号証、第一四九三号証、第一五九二号証、第一七四六号証、第一九
一一号証、第二七一一号証、第二八二三号証、第二八九一号証、第二九二五号証、
第二九六〇号証、第二九九三号証、第三〇二七号証によれば、同原告は、昭和四二
年六月一九日から同四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、三〇回(42年
6月19・20日、同年10月21日、同月25・26日、43年12月13日、
44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年1
0月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同
年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月2
8日、同年6月28日、同年9月18日、同年11月28・29日、同年12月
1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、五回(48年12月11日
から15日まで)にわたって円柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう
注意等を受けた(ただし、42年6月19・20日、44年5月23日のリボンの
着用を除く。)こと、この間の昭和四七年八月一九日に同年七月一二日のプレート
の着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳
重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第一八四号証、第二五五一号証の一、二、によれば、同原告について次
の事実が認められる。
イ 前記(三番)原告P135の(3)ロに記載した行為に加わった。
ロ 昭和四二年四月二二日午前一一時二〇分頃から同三三分頃まで(勤務時間)、
業務部輸出三ないし六部門の職員の机上に組合の分会ニュースを配布した。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三五八六ないし三五八九号証によれば、事故が昭和四〇年
に五六回、四一年に一五回(このうち昭和四〇年の三四回、昭和四一年の三回は交
通機関の延着による遅刻)あることが認められる。
(七二番)原告P192
(一) 格差の程度
 原告P190に同じ。
(二) 非違行為
 乙第三一六号証、第三八二号証の一、第四三六号証、第五六四号証、第六三〇号
証、第六九三号証、第七四八号証、第八一〇号証によれば、原告P192は、昭和四二
年六月七日から昭和四四年五月二三日までの間の勤務時間中に、八回(42年6月
7日、同年10月6日、同月21日、43年3月23日、同年9月30日、同年1
2月13日、44年3月14日、同年5月23日)にわたってプレート等を着用し
上司から取外すよう注意等を受けた(ただし、42年6月7日のリボン着用を除
く。)のにこれに従わなかった(ただし、42年10月6日のリボン着用を除
く。)ことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三五九〇ないし三五九四号証によれば、事故が昭和四〇年
に二三回、昭和四一年に一六回、昭和四四年に一一回(このうち、昭和四〇年の一
一回、昭和四一年の八回、昭和四四年の一一回は交通機関の延着による遅刻)ある
ことが認められる。
(七三番)原告P193
(一) 格差の程度
 原告P190に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九二号証、第三〇二号証の一、二、第三〇八号証の一、二、第三三
一号証の一、二、第三八〇号証の一ないし三、第五一七号証の一ないし二三、第六
七九号証の一ないし一八、第二四九六号証によれば、同原告は、集会一覧表記載4
0・50・56・58・68・71・72・74に参加し、当局から中止解散する
よう命じられた(ただし、40・71を除く、。)のにこれに従わなかったことが
認められる。
(2) 乙第三一六号証、第六六五号証、第七一五号証、第七七八号証、第八三六
号証、第八八五号証、第一〇〇五号証、第一〇五九号証、第一一三一号証、第一三
二四号証、第一四〇七号証、第一四三九号証、第一五九四号証、第一六六七号証、
第一八八一号証、第二八〇二号証、第二八五五号証、第二九一六号証、第二九八四
号証、第三〇一九号証によれば、同原告は、昭和四二年六月七日から昭和四八年一
二月一五日までの間の勤務時間中に、二九回(42年6月7日、43年10月8
日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、4
5年10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年11月2
8日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年
6月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月28・29・
30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、三回
(48年12月12・14・15日)にわたって全税関と書いた腕章を着用すると
ともに組合の要求等を書いた円柱(円柱についてはさらに48年12月10日に一
回)机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(ただし、42
年6月7日のリボン着用を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(3) 乙第二六三三号証によれば一、二、によれば、前記(一〇番)原告P74の
(3)ニに記載した抗議行動に加わったことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三五九五ないし三五九七号証によれば、同原告には、昭和
四二年に二一日、昭和四五年に六・五日の病気休暇のあることが認められる。
(七四番)原告P27
(一) 格差の程度
 原告P27は、原告P190と入関の時期、資格が同じであるが係争期間中に成績不良
を理由に普通昇給が三か月延伸され(このことは乙第三二五七号証及び弁論の全趣
旨によって認める。)、係争期間終了当時、六ー六であったから、同期、同資格の
前記非組合員に比べて原告P99と同様の昇給の遅れが生じている。しかし、右乙号
証によれば、同原告は、係争期間終了の翌日に六ー七になったことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の九、第二九三号証、第二九八号証、第三〇六号証の一、
二、第三二九号証、第二六六号証、第五一七号証の一ないし二三によれば、同原告
は、集会一覧表記載41・46・55・66・70・72の各無許可集会に参加
し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、41を除く。)のにこれに従
わなかったこと、このうち、70の集会(この集会が開かれた事情は五3(四)で
述べたとおりである。)において、同原告が反抗的態度を示したなどとして後記
(3)ハの行為と併せて、昭和四二年一二月四日、税関長の訓告を受けたことが認
められる。
(2) 乙第三二七号証、第三四四号証、第三八八号証の一、第三九六号証の一、
第五〇三号証の一、第五二九号証、第五八一号証の一、第五八五号証の一、第六〇
一号証の一、第六八九号証、第七六六号証、第八二一号証、第八七三号証、第九三
三号証、第九六九号証、第一〇三一号証、第一〇七九号証の七、八、第一一七四号
証、第一二〇六号証、第一二五九号証の一、第一三三六号証、第一三七〇号証の
一、第一四八二号証の一、第一五七二号証、第一六六五号証、第一七四七号証、第
一八五八号証の一、第二七〇一号証、第二七九八号証の一、第二九六五号証、第二
九九九号証によれば、同原告は昭和四二年六月二〇日から昭和四八年一二月一四日
までの間の勤務時間中に、三二回(42年6月20日、同年7月21日、同年10
月6日、同月21日、同月26日、同年11月11日、43年6月29日、同年7
月6日、同月23日、同年12月13日、44年3月14日、5月23日、同年7
月10日、45年5月27日、同年10月23日、同月30日、47年5月10・
11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月1
7日、同月23・24・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・2
9日、同年9月18・19日)にわたってプレート等を着用したほか六回(48年
11月28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたって腕章とプレート
を着用し、二回(48年12月13・14日)腕章を着用するとともにステッカー
及び角柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれ
に従わなかった(ただし、45年10月30日のバッヂの着用を除く。)こと、こ
の間の昭和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務
命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認め
られる。
(3) 乙第二五一三号証、第二五四五号証、第二五五七号証の一ないし三、第二
六一六号証、第二六六四号証によれば、同原告について次の事実が認められる。
イ 昭和四〇年七月二一日午後四時四三分頃(勤務時間)中埠頭出張所監査第一部
門の自分の席で分会ニュースの仕訳作業をし、上司の中止命令に対し、「何も仕事
がないのに何が悪いのか。」と抗弁した。
ロ 昭和四一年一一月二五日午後四時一〇分頃から同一六分頃までの間(勤務時
間)、自席を離れ、原告P128、同P194、同P195、同P100とともに中埠頭出張所
総務課長席において、組合の掲示板に掲出してあった「ぶっ倒せ佐藤内閣」などと
書かれた文書を当局が撤去したことについて、「誰に断って我々のビラを取ったの
か、返せ。」「ビラを組合掲示板に貼って何故悪い。」などと言って抗議した。
ハ 昭和四二年一〇月二一日午前一一時二〇分頃から同四五分頃まで(勤務時
間)、前記原告四名とともに無断離席し、再三席に戻るよう命じられたのに、右出
張所の掲示板に掲出してあった総評、公務員共闘会議の「一〇・二六スト宣言」と
題する文書の撤去作業をしていた総務課長らに対し「勝手に剥がすのは泥棒だ。」
などと言って抗議を続け、この騒ぎで参集した業者に対しても、「業者の人もよく
見て下さい。税関の職制は、人の物でも泥棒的行為を平気でやるんだ。」と大声で
言った。
ニ 昭和四三年七月六日午後〇時三五分頃、退庁しようとする中埠頭出張所長を前
記原告らとともに取囲み、「何故会わないのか。」「逃げる気か。」「何とか言う
たらどうか。」などと暴言を吐き、さらに話合いに応じた総務課長に対し原告P
195を除く右原告らと原告P196がこもごも所長との話合いができないことや当日、
当局が右原告らに対しプレートを取外すよう注意したことなどについて、「何を言
っている、具体的なことを言わず、子供騙しみたいなことをぬかしてええ加減にせ
んか、言えんのか、言わんのか。」「命令なら命令と言わんかい、これを着けて何
が悪い、誰に迷惑をかけたか言うてみい。」などと言って抗議したが、この中で、
右話合いに立合いしていた総務課の係長及び保税課長に対し、「黙ってそばに立っ
とらんと何とか言うたらどないや、無茶苦茶な課長に対し何で言ってくれへんの
か、でぐのぼうみたいに立っとらんと言わんかい。」と言い、居合せた保税課長に
対し、「そこらの課長連中もよう考えてみい、自分らの部下が定昇を停止されてい
るのによう知らん顔ができるなあ、それでも課長か。」などと暴言を吐いた。
ホ 前記(五番)原告P34の(3)ハに記載した行為に加わった。
(七五番)原告P197
(一) 格差の程度
 原告P197は、係争期間終了当時、七ー七であった(乙第三二五八号証によれば、
同原告は昭和三三年四月に賃金支弁労務者として採用され、昭和三五年五月に行
(二)に、昭和四八年一〇月に行(一)に任用換えになった。)ところ、同期、同
資格の非組合員の存在が不明である。昭和三六年高校組の非組合員二二名と比較す
ると、このうち二〇名より六等級への昇格が遅れ、号俸も一、二号低くなってい
る。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六四号証の一、第二八三号証、第二九〇号証の一ないし二〇、第二
九五号証の一ないし一七、第三〇四号証の一ないし七、第三〇九号証の一ないし一
六、第三二八号証の一ないし七、第五一七号証の一ないし二三、第九〇八号証によ
れば、同原告は、集会一覧表記載12・31・38・43・52・59・65・7
2・75の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれ
に従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三九七号証、第七二二号証、第一〇五三号証、第一一七五号証の一、
第一四〇八号証、第一四五一号証、第一五九五号証、第一六六六号証、第一七四八
号証、第一八四五号証の二、第二八二四号証の二、二八七七号証によれば同原告
は、昭和四二年一〇月二一日から昭和四八年一二月一四日までの間の勤務時間中
に、二二回(42年10月21日、43年12月13日、47年5月10日、同年
6月9・10日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月2
8日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月2
8・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほ
か、二回(48年12月10・14日)ステッカーを机上に掲出し、上司から取外
しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかったことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三二五七号証及び弁論の全趣旨によれば、同原告は、昭和三九年二月二五日
から同年四月二四日までと、同年七月二二日から同年九月二一日まで病気のため勤
務を欠き、昭和四〇年四月一日の昇給期において普通昇給が三か月延伸されたこと
が認められる。
(七六番)原告P128
(一) 格差の程度
 原告P128は、係争期間中に勤務成績不良を理由に普通昇給が三か月延伸され(こ
のことは乙第三二五九号証及び弁論の全趣旨によって認める。)、右期間終了当
時、六ー七であったから、同期、同資格(昭和三四年初級組)の非組合員一九名の
うち六ー八、九の一七名より号俸が一、二号低くなっている。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の八、第二六六号証、第二六八号証の一、二、第二七〇号
証、第二七一号証の一、第二七三号証の一、二、第二七四ないし二七六号証、第二
九三号証、第二九八号証、第三〇六号証の一、二、第三二九号証、第三六六号証、
第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、
集会一覧表記載14・16・18・19・21ないし24・41・46・55・6
6・70・72・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じら
れた(ただし、23・24・41を除く。)のにこれに従わなかったこと、このう
ち70の集会(この集会が開かれた事情は五3(四)で述べたとおりである。)に
おいて同原告が反抗的態度を示したなどとして、後記(3)の(七四番)原告P
27の(3)ハに記載した行為と併せて昭和四二年一二月四日に訓告を受けたことが
認められる。
(2) 乙第三二六号証、第三四一号証、第三九八号証、第四五三号証、第五八六
号証、第六〇二号証、第六六六号証、第七一四号証、第七八四号証、第八三七号
証、第一五二六号証によれば、同原告は、昭和四二年六月二〇日から昭和四八年四
月二三日までの間の勤務時間中に、一二回(42年6月20日、同年7月21日、
同年10月21日、同月25・26日、43年7月6日、同月23日、同年10月
8日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、48年4月23
日)にわたってプレート等を着用し、上司から取外すよう注意等を受けた(ただ
し、43年10月8日のリボン着用を除く。)のにこれに従わなかったことが認め
られる。
(3) 乙第二〇一号証、第二五〇七号証、第二五四五号証、第二五五七号証の一
ないし三、第二六一六号証によれば、同原告は、前記(一〇番)原告P74の(3)
イ、ロ、(七四番)原告P27の(3)ロ、ハ、ニに記載した各行為に加わったこと
が認められる。
(七七番)原告P194
(一) 格差の程度
 原告P194は、原告P128と入関時期、資格が同じであるが係争期間中に勤務成績
不良を理由として普通昇給が三か月延伸され(このことは乙第三二六〇号証及び弁
論の全趣旨によって認める。)右期間終了当時、六ー六であったから、同期、同資
格の前記非組合員のうち六ー八、九の一七名より二、三号俸低くなっている。しか
し、右乙号証によれば、原告P194は、係争期間終了の翌日に六ー七に昇給したこと
が認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の一、五、第二五八号証、第二九八号証、第三〇六号証の
一、二、第三〇九号証の一ないし一六、第三二九号証、第五一七号証の一ないし二
三、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記載4・46・
55・59・66・72・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよ
う命じられたのにこれに従わなかったこと、このうち74の集会に原告が積極的に
参加したなどとして、昭和四三年一一月一八日、税関長の文書による厳重注意を受
けたことが認められる。
(2) 乙第三二六号証、第三四二号証、第三九八号証、第四七三号証、第五〇四
号証、第五八二号証、第五八八号証、第六〇三号証、第六六七号証、第七〇八号
証、第七七三号証、第八二九号証、第八七九号証、第九〇九号証、第九九五号証、
第一〇九五号証、第一一七三号証、第一二五八号証の一、第一三二三号証の三、第
一四〇九号証、第一四九三号証、第一五九六号証、第一七四九号証、第一八二三号
証、第二七一二号証、第二七六二号証の二、第二八二八号証、第二八八四号証、第
二九一七号証、第二九五二号証、第二九八五号証、第三〇二〇号証によれば、同原
告は、昭和四二年六月二〇日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中
に、三三回(42年6月20日、同年7月21日、同年10月21日、同月25・
26日、43年6月29日、同年7月6日、同月23日、同年10月8日、同年1
2月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月2
6日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7
月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26
日、5月28日、同年6月28・29日、同年9月18・19日、同年11月2
6・27日)にわたってプレート等を、六回(同年11月28・29・30日、同
年12月1・3・4日)にわたって腕章及びプレートを着用し、また、六回(48
年12月10日から15日まで)にわたってプレートを着用するとともに角柱を机
上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかっ
たこと、この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプレート着用とその
取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受け
たことが認められる。
(2) 乙第一〇八号証、第二五四五号証、第二五五七号証の一ないし三、第二六
一六号証によれば、同原告は、前記(七四番)原告P27の(3)ロ、ハ、ニに記載
した各行為に加わったこと、右ハの行為について昭和四二年一二月四日、税関長の
文書による厳重注意を受けたことが認められる。
(七八番)原告P198
(一) 格差の程度
 原告P128に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六四号証の一、第二六七号証、第二七二号証、第二九二号証、第三
〇二号証の一、二、第三〇八号証の一、二、第三〇九号証の一ないし一六、第三三
一号証の一、二、第三八〇号証の一ないし三、第五一七号証の一ないし二三、第五
二二号証、第六七九号証の一ないし一八、第二四九六号証によれば、原告P198は、
集会一覧表記載12・15・20・40・50・56・58・59・68・71・
72・73・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた
(ただし、15・40・71・73を除く。)のにこれに従わなかったことが認め
られる。
(2) 乙第三一六号証、第三五三号証、第三八七号証、第三九九号証、第四七四
号証、第五六五号証、第五七八号証、第六二二号証、第六三六号証、第六六八号
証、第七八五号証、第八三八号証、第八八六号証、第一〇六六号証、第一一七六号
証、第一二六〇号証、第一三二五号証の一、第一四一〇号証、第一四七一号証、第
一五九七号証、第一六六八号証、第一七五〇号証、第一八一六号証、第一八四四号
証、第二六八七号証、第二八二五号証、第二八七〇号証、第二九〇二号証、第二九
三七号証、第三〇〇六号証、第三〇三七号証によれば、同原告は、昭和四二年六月
七日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、三七回(42年6月7
日、同年9月28日、同年10月6日、同年10月21日、同月25日、43年3
月23日、同年6月28日、同年9月28・30日、同年10月8日、44年3月
14日、同年5月23日、同年7月10日、47年5月10・11日、同年6月
9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・
24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年
7月9日、同年9月18・19日、同年11月28・29・30日、同年12月
1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、五回(48年12月10・
11・12・14・15日)にわたってステッカーを机上に掲出し、上司から取外
しや撤去するよう注意等を受けた(ただし、42年6月7日のリボン着用を除
く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月
一二日のプレート着用とその取外すの職務命令に従わなかったことについて税関長
から口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二五五六号証、第二六四一号証によれば、同原告について次の事実が
認められる。
イ 前記(三二番)原告P162の(3)ロ(ただし、二〇日の分)に記載した行為
(勤務時間中に無断離席のうえ抗議)に加わった。
ロ 昭和四五年八月六日午後五時前頃、外郵出張所の自分の机上に被爆者援護募金
箱を置いて募金行為をした。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三五九八ないし三六〇〇号証によれば、同原告は、昭和四
一年に二〇日、昭和四七年に五・五日の病気休暇があることが認められる。
(七九番)原告P199
(一) 格差の程度
 原告P128に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六六号証、第二七〇号証、第二七四号証、第二八七号証の一、二、
第二九九号証の一ないし九、第三〇五号証の一ないし五、第三三〇号証の一ないし
八、第三八〇号証の一ないし三、第五一七号証の一ないし二三によれば、原告P
199は、集会一覧表記載14・18・22・35・47ー1・53・67・71・7
2の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、3
5・71を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第四三五号証、第四六四号証、第四九四号証、第一一五一号証、第一二
六一号証、第一四一一号証、第一四四〇号証、第一五九八号証、第一六七〇号証、
第一七九二号証、第一八四三号証、第二七六七、二七六八号証によれば、同原告
は、昭和四二年一〇月二一日から同四八年一二月四日までの間の勤務時間中に、一
九回(42年10月21日、同月25・26日、47年6月9日、同年7月12
日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6
月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月29・30日、
同年12月1日)にわたってプレート等を着用し、上司から取外すよう注意等を受
けたのにこれに従わなかった(ただし、47年6月9日、同年7月12日のプレー
ト着用を除く。)ことが認められる。
(3) 乙第二〇一号証、第二五〇七号証によれば、同原告は、前記(一〇番)原
告P74の(3)イ、ロに記載した行為に加わったことが認められる。
(八〇番)原告P200
(一) 格差の程度
 原告P194に同じ。しかし、乙第二三六三号証及び弁論の全趣旨によれば、原告P
200は、係争期間終了の翌日に六ー七となっていること及び係争期間前に長期病気欠
勤のため、普通昇給が六か月延伸さされていることが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二五九号証、第二六〇号証の一、二、第三〇四号証の一ないし七、第
三〇九号証の一ないし一六、第三三一号証の一、二、第三三二号証、第三八〇号証
の一ないし三、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれ
ば、同原告は、集会一覧表記載5・6・52・59・68・69・71・72・7
4の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、6・
71を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三一六号証、第三八二号証の一、第六一五号証、第六三〇号証、第六
九三号証、第七四八号証、第八一〇号証、第八六五号証、第一〇〇六号証、第一四
一二号証、第一五二七号証ないし一五二九号証、第一八四二号証によれば、同原告
は、昭和四二年六月七日から昭和四八年九月一九日までの間の勤務時間中に、一五
回(42年6月7日、同年10月6日、43年9月28日・30日、同年12月1
3日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年10月23
日、48年4月17日、同月24・25・26日、同年9月18・19日)にわた
ってプレート等を着用し、上司から取外すよう注意等を受けた(ただし42年6月
7日のリボン着用を除く。)のにこれに従わなかった(ただし、48年4月24・
25・26日のプレート着用を除く。)ことが認められる。
(3) 乙第二五二八号証、第二五四八号証によれば、同原告について次の事実が
認められる。
イ 昭和四一年五月九日午前九時三〇分頃(勤務時間)、業務部輸出統計第一係の
自席において、組合員が出演する演劇会の入場券を頒布した。
ロ 前記(九番)P2の(3)ハに記載の行為に加わった。
(八一番)原告P195
(一) 格差の程度
原告P194に同じ。
 なお、乙第三二六四号証及び弁論の全趣旨によれば、原告P195は、係争期間中に
勤務成績不良を理由に普通昇給が三か月延伸されたこと、同原告は、係争期間終了
の翌日に六ー七に昇給したことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九三号証、第二九八号証、第三〇六号証の一、二、第三二九号証、
第五一七号証の一ないし二三によれば、同原告は、集会一覧表記載41・46・5
5・66・72の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた
(ただし、41を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三二六号証、第三九八号証、第四七三号証、第五〇四号証、第五八七
号証の一、第五九七号証、第六六九号証、第七二三号証、第七八六号証、第八三九
号証、第八八七号証、第九四九号証、第一〇二六号証、第一〇三九号証、第一一〇
二号証、第一一一五号証の一、第一一七七号証、第一二〇七号証、第一二六二号証
の一、第一三二六号証、第一三七九号証の一、第一四七四号証の一、第一五四七号
証の一、第一六四五号証の一、第一七一九号証の一、第一八二一号証の一、第二七
一九号証、第二七七三号証の一、四、第二九〇〇号証、第二九三五号証、第二九六
九号証、第三〇〇三号証、第三〇三四号証によれば、同原告は、昭和四二年六月二
〇日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、三六回(42年6月2
0日、同年10月21日、同月25・26日、43年7月6日、同月23日、同年
10月8日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、7月10
日、45年5月27日、同年10月23日、同年11月4日、47年5月10・1
1日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17
日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月2
8・29日、同年9月18・19日、同年11月29・30日、同年12月1・
3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、五回(48年12月11日から
同月15日まで)にわたってテント及びステッカーを机上に掲出し、上司から取外
しや撤去するよう注意等を受けた(ただし、47年6月10日のプレート着用を除
く。)のにこれに従わなかったこと(ただし45年11月4日を除く。)、この間
の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプレートの着用とその取外しの職務
命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認め
られる。
(3) 乙第一〇九号証、第二五四五号証、第二五五七号証の一ないし三、第二六
一六号証によれば、同原告は、前記(七四番)原告P27の(3)ロ、ハ、ニに記載
した各行為に加わったこと、右ハの行為について昭和四二年一二月四日、税関長の
文書による厳重注意を受けたことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三六〇五号証、第三六〇六号証によれば、昭和四一年に事
故が二七回(うち二回は交通機関の延着による遅刻)があることが認められる。
(八二番)原告P201
(一) 格差の程度
 原告P128に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の一七、第二六六号証、第二七一号証の一、第二九六号証の
一、第三〇一号証、第三〇四号証の一ないし七、第三〇九号証の一ないし一六、第
三一〇号証、第三二八号証の一ないし七、第五一七号証の一ないし二三、第六七九
号証の一ないし一八によれば、原告P201は、集会一覧表記載14・19・44ー
1・49・52・59・60・65・72・74の各無許可集会に参加し、当局か
ら中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったこと、このうち74の集会
に同原告が積極的に参加したなどとして、昭和四三年一一月一八日、税関長の文書
による厳重注意を受けたことが認められる。
(2) 乙第二一一号証、第三二四号証、第四一七号証、第四四四号証、第五一五
号証、第六七〇号証、第七二四号証、第七八七号証、第八四一号証、第八八八号
証、第九六八号証、第一〇七九号証の三、四、第一一七八号証の一、第一二〇八号
証の一、第一二三四号証の一、第一二九五号証、第一四一三号証、第一四七二号
証、第一五九九号証、第一六七一号証、第一七五一号証、第一八二〇号証、第一八
六四号証、第二七〇一号証、第二七五四号証、第二八二六号証、第二八三九号証、
第二八七六号証、第二九〇九号証、第二九四四号証、第二九七七号証、第三〇一三
号証、第三〇四四号証によれば、同原告は、昭和四二年六月一九日から昭和四八年
一二月一五日までの間の勤務時間中に、三四回(42年6月19・20日、同年1
0月21日、同月25・26日、43年10月8日、同年12月13日、44年3
月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23
日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月
28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同
年6月22日、同月28・29日、同年7月9・10日、同年9月18・19日、
同年11月20・21・22日)にわたってプレート等を、六回(48年11月2
8・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたって腕章及びプレートを着用
し、六回(48年12月10日から同月15日まで)にわたって腕章を着用すると
ともにステッカーを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた
(ただし、42年6月19・20日のリボンの着用を除く。)のにこれに従わなか
ったこと、この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプレート着用とそ
の取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受
けたことが認められる。
(3) 乙第一八四号証、第二六三三号証の一、二によれば、同原告は、前記(三
番)原告P135の(3)ロ及び(一〇番)原告P74の(3)ニに記載した各行為に加
わったことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三六〇七ないし三六一四号証によれば、同原告には昭和四
五年から昭和四八年まで毎年六日ないし九・五日の病気休暇のあることが認められ
る。
(八三番)原告P81
(一) 格差の程度
 原告P128に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六六号証、第二七一号証の一、第二七三号証の一、二、第二七六、
二七七号証、第二八七号証の一、二、第二九六号証の一、第三〇一号証、第三〇八
号証の一、二、第三〇九号証の一ないし一六、第三三一号証の一、二、第三三二号
証、第三八〇号証の一ないし三、第五一七号証の一ないし二三、第五二二号証、第
六七九号証の一ないし一八、第二四九六号証によれば、同原告は、集会一覧表記載
14・19・21・24・25・35・44ー1・49・56・58・59・6
8・69・71ないし74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命
じられた(ただし、24・25・35・71・73を除く。)のにこれに従わなか
ったことが認められる。
(2) 乙第三一六号証、第三六四号証、第三八九号証、第五二五号証、第五六六
号証、第五七五号証、第五七七号証、第六〇六号証の二、第六二三号証、第六三七
号証、第六七一号証の一、第七二五号証の一、第七九〇号証の一、第八五四号証の
一、第八八九号証の一、第一〇二九号証、第一〇八三号証、第一二六三号証の一、
第一三二七号証、第一四一四号証、第一四八四号証、第一六〇〇号証、第一六四四
号証、第一七五二号証、第一七八八号証、第一八二二号証、第二七〇四号証、第二
八〇四号証、第二八六三号証、第二八九五号証、第二九二九号証、第二九六三号
証、第二九九七号証、第三〇三〇号証によれば、同原告は、昭和四二年六月七日か
ら昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、三八回(42年6月7日、同
年9月30日、同年10月9日、同年11月9日、43年3月23日、同年6月7
日、同月28日、同年7月23日、同年9月28・30日、同年10月1日、同月
8日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、
45年10月23日、47年5月10・11日、同年7月12日、同年11月28
日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6
月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月28・29・3
0日、同年12月1日・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、六回
(48年12月10日から15日まで)にわたってテントを机上に掲出し、上司か
ら取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかったこと、この間の昭
和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレートの着用とその取外しの職務命令に
従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められ
る。
(3) 乙第二一六号証の一、二、第二五〇七号証、第二五五六号証、第二六六四
号証によれば、同原告について次の事実が認められる。
イ 前記(五番)原告P34の(3)ハ、(一〇番)原告P74の(3)ロ及び(三二
番)原告P162の(3)ロ(ただし、二〇日の分)に記載した各行為に加わった。
 なお、右(三二番)原告P162(3)ロの抗議行為の際、「こんな勝手な行為をす
るのが総務課長だ、器物損壊の現行犯だ、現行犯逮捕として逮捕するぞ」と暴言を
吐いた。
ロ 昭和四五年七月九日午前八時五五分頃、摩耶出張所二階組合掲示板に被爆者救
援の募金袋を掲出して募金行為をした。
(八四番)原告P202
(一) 格差の程度
 原告P194に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二八三号証、第二八五号証の一ないし五、第三〇四号証の一ないし
七、第三〇九号証一ないし一六、第三二八号証の一ないし七、第五一七号証の一な
いし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、原告P202は、集会一覧表記載3
1・33・52・59・65・72・74の各無許可集会に参加し、当局から中止
解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三二四号証、第四〇〇号証、第四七五号証、第五〇五号証、第五一八
号証、第五九四号証、第六一〇号証、第六二八号証、第六四二号証、第七一六号
証、第七八二号証、第八三四号証、第八九〇号証、第九五〇号証、第一〇〇七号証
の一、第一〇六七号証の一、二、第一一五三号証の一、第一二四〇号証の一、第一
三一二号証の一、第一四一五号証、第一四三五号証、第一六〇一号証、第一六七二
号証、第一七五三号証、第一八三八号証、第二六九一号証、第二八〇九号証の一、
第二八五二号証、第二九八二号証、第三〇一八号証によれば、同原告は、昭和四二
年六月一九日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、三九回(42
年6月19・20日、同年10月21日、同月25・26・27日、43年7月2
3日、同年9月28・30日、同年10月1日、同年12月13日、44年3月1
4日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、
47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28
日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6
月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月28・29・3
0日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか三回(48
年12月10・14・15日)にわたってテントを机上に掲出し、上司から取外し
や撤去するよう注意等を受けた(ただし、42年6月19・20日のリボンの着用
を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日に、同年
七月一二日のプレートの着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて
税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二五三五号証の一ないし七、第二五四七、二五四八号証によれば、同
原告について次の事実が認められる。
イ (三番)原告P135の(3)イ及び(九番)P2の(3)ハに記載した各行為に
加わった。
ロ 昭和四一年一二月二三日午後一時二〇分頃(勤務時間)、業務部統計課輸入統
計係の職員の机上に組合のビラを配布した。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三六一七、三六一八号証及び弁論の全趣旨によれば、同原
告は、昭和三七年一二月一一日から昭和三九年二月二九日まで病気のため勤務を欠
き、同年四月一日の昇給期において普通昇給が九か月延伸されたこと、また、昭和
四一年にも四月一日から同年五月七日まで病気のため勤務を欠いたほか、昭和四三
年には七・五日の病気休暇があることが認められる。
(八五番)原告P203
(一) 格差の程度
 原告P128に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九四号証、第三三〇号証の一ないし八によれば、原告P203は、集会
一覧表記載42・67の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じら
れたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第四二七号証、第四五六号証、第四九〇号証、第六九七号証、第七九一
号証、第八四〇号証、第八九一号証、第九五一号証、第九九六号証、第一〇四八号
証、第一一七九号証、第一二三一号証の三、第一三二八号証、第一四四三号証、第
一六一二号証、第一六四八号証、第一七二九号証、第一八五七号証の一、第二六七
六号証の一、第二八二七号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月二一日から昭
和四八年一二月一日までの間の勤務時間中に、二九回(42年10月21日、同月
25・26日、43年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7
月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年
6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月23・24・2
5・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月1
8・19日、同年11月28・29・30日、同年12月1日)にわたってプレー
ト等を着用し上司から取外すよう注意等を受けたのにこれに従わなかった(ただ
し、45年5月27日のリボン着用を除く。)こと、この間の昭和四七年八月二一
日に、同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったこと
について税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(八六番)原告P86
(一) 格差の程度
 原告P128に同じ。
 なお、乙第三二六九号証によれば、原告P86は、昭和三七年一月に中級職試験に
合格したが、係争期間開始当時における等級号俸は入関時の資格(昭和三四年初級
組)の他の者と変わらないことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二五九号証、第二六〇号証の一、二によれば、同原告は、集会一覧表
記載5・6の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただ
し、6を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第一四一六号証によれば、同原告は、昭和四八年四月一七日の勤務時間
中にプレートを着用したことが認められる。
(八七番)原告P75
(一) 格差の程度
 原告P128に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第六七九号証の一ないし一八、第九〇八号証によれば、原告P75は、集
会一覧表記載74・75の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じ
られたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第一三六ないし一四四号証、第五九〇号証、第六二四号証、第六五一号
証、第六八三号証、第七八八号証、第八四二号証、第八九二号証、第九三六号証、
第一〇〇八号証、第一〇四九号証の一、第一一八〇号証の一、第一二三一号証の
三、第一三〇九号証、第一四一七号証、第一四六九号証、第一五五九号証、第一六
八七号証、第一七五四号証、第一七八九号証、第一八一四号証、第二六七六号証の
一によれば、同原告は、昭和四三年七月二三日から昭和四八年一二月一五日までの
間の勤務時間中に、三一回(43年7月23日、同年9月28日、同年10月8
日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、4
5年5月27日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10
日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月24・25・2
6日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年7月9日、同年
9月18・19日、同年11月20・22・24・26・27)にわたってプレー
ト等を、四回(48年11月28・29・30日、同年12月1日)にわたって腕
章とプレートを着用し、六回(48年12月10日から同月15日まで)にわたっ
て腕章を着用するとともにテントを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう
注意等を受けた(ただし、43年12月13日のリボン着用、48年12月12日
の腕章着用とテント掲出を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四
七年八月二二日に同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わな
かったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二六一三号証の一、二によれば、同原告は、前記(二六番)原告P
159の(3)に記載した抗議行動に加わり、この中で課長が、勤勉手当減額の具体的
理由の開示を求めた組合員に対し、その一例として原告P160が勤務時間中にギター
を弾いたことを挙げたところ、原告P75は、「そんなら何日の何時頃とはっきり言
ったらええやないか、それが言えんのやったらあんたのデッチあげやないんか。」
などと暴言を吐いたことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三六一九ないし三六二一号証によれば、同原告は、昭和四
六年九月四日から同年一〇月二七日まで病気のため勤務を欠いたほか、昭和四八年
には七日の病気休暇があることが認められる。
(八八番)原告P204
(一) 格差の程度
 原告P128に同じ。
(二) 非違行為
 乙第三九五号証、第四七〇号証、第五〇〇号証、第六八八号証、第七九二号証、
第八一二号証、第八六七号証、第九二五号証、第九八一号証、第一一五一号証、第
一三六三号証、第一五一八号証、第一五九〇号証、第一六二三号証、第一七〇三号
証、第一八四〇号証、第二八四一号証によれば、原告P204は、昭和四二年一〇月二
一日から昭和四八年一二月四日までの間の勤務時間中に、二二回(42年10月2
1日、同月25・26日、43年12月13日、44年3月14日、同年5月23
日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年6月9日、4
8年4月17日、同月24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同
月28・29日、同年9月18・19日、同年12月3・4日)にわたってプレー
ト等を着用し、上司から取外すよう注意等を受けた(ただし、42年10月21日
のリボン着用を除く。)のにこれに従わなかった(ただし、47年6月9日のプレ
ート着用を除く。)ことが認められる。
(八九番)原告P205
(一) 格差の程度
 原告P205は、係争期間終了当時、六ー六であったから、同期、同資格(昭和三四
年高校組)の非組合員五名のうち、六ー八、七の四名に比べ一、二号俸低くなって
いる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二五八号証、第二六二、二六三号証、第二九五号証の一ないし一七、
第三〇九号証の一ないし一六、第三三一号証の一、二、によれば、同原告は、集会
一覧表記載4・8・10・11・43・59・68の各無許可集会に参加し、当局
から中止解散するよう命じられた(ただし、10・11を除く。)のにこれに従わ
なかったことが認められる。
(2) 乙第三一六号証、第三五三号証、第七二三号証、第七八六号証、第八三九
号証、第九四九号証、第一〇二六号証、第一二六四号証、第一三六三号証、第一五
一七号証、第一七〇三号証、第一八四〇号証、第二八四三、二八四四号証によれ
ば、同原告は、昭和四二年六月七日から昭和四八年一二月四日までの間の勤務時間
中に、一八回(42年6月7日、同年9月28日、43年12月13日、44年3
月14日、同年5月23日、45年5月27日、同年10月23日、47年7月1
2日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年6月29日、同年
9月18・19日、同年12月3・4日)にわたってプレート等を着用し、上司か
ら取外すよう注意等を受けた(ただし、42年6月7日のリボンの着用を除く。)
のにこれに従わなかった(ただし、42年7月12日のプレート着用を除く。)こ
とが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三六二九ないし三六三二号証によれば、同原告には、事故
が昭和四〇年に一七回、昭和四一年に三〇回、昭和四四年に一四回(このうち、昭
和四〇年の一三回、昭和四一年の二九回、昭和四四年の一二回は交通機関の延着に
よる遅刻)あることが認められる。
(九〇番)原告P206
(一) 格差の程度
 原告P205に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第三〇九号証の一ないし一六、第五一七号証の一ないし二三によれば、
原告P206は、集会一覧表記載59・72の各無許可集会に参加し、当局から中止解
散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第四〇二号証、第四七七号証、第五〇七号証、第六〇四号証、第六二五
号証、第六三八号証、第六七二号証、第七二六号証、第七八九号証、第八三一号
証、第八九三号証、第九五二号証、第一〇〇九号証、第一〇九八号証、第一一一二
号証、第一一七二号証、第一二〇四号証、第一二四四号証、第一三三〇号証、第一
四一八号証、第一五〇一号証、第一五六一号証、第一六八六号証、第一七五六号
証、第一八四一号証、第二七一八号証、第二七六九号証によれば、同原告は、昭和
四二年一〇月二一日から昭和四八年一二月四日までの間の勤務時間中に、三六回
(42年10月21日、同月25・26日、43年7月23日、同年9月28・3
0日、同年10月8日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、
同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月10・11
日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17
日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月2
8・29日、同年9月18・19日、同年11月28・29・30日、同年12月
1・3・4日)にわたってプレート等を着用し、上司から取外すよう注意等を受け
た(ただし、42年10月25・26日のリボンの着用、47年6月10日のプレ
ートの着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八
日に同年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったことに
ついて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二六三三号証の一、二によれば、同原告は、前記(一〇番)原告P
74の(3)ニに記載した抗議行動に加わったことが認められる。
(九一番)原告P207
(一) 格差の程度
 原告P207は、係争期間終了当時、六ー六であったから、同期、同資格(昭和三五
年初級組)の非組合員九名に比べて号俸が一、二号低くなっている。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九八号証、第三〇三号証、第三〇四号証の一ないし七、第三〇七号
証、第三〇九号証の一ないし一六、第三一二号証、第三一四号証、第三二八号証の
一ないし七、第五一七号証の一ないし二三によれば、同原告は、集会一覧表記載4
6・51・52・57・59・62・64・65・72の各無許可集会に参加し、
当局から中止解散するよう命じられた(ただし、57を除く。)のにこれに従わな
かったことが認められる。
(2) 乙第四四二号証の一、第五九〇号証、第六二四号証、第六五一号証、第六
八三号証、第七四一号証、第七九六号証、第八〇〇号証、第八五七号証の一、第九
八一号証、第一〇八三号証、第一二六五号証の一、第一三二七号証、第一四一四号
証、第一四八四号証、第一六〇〇号証、第一六四四号証、第一七五七号証、第一八
七六号証、第一九一二号証、第二七〇四号証、第二七八三号証の一、二、第二八二
八号証、第二八八四号証、第二九一七号証、第二九五二号証、第二九八五号証、第
三〇二〇号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月二五日から昭和四八年一二月
一五日までの間の勤務時間中に、三〇回(42年10月25日、43年7月23
日、同年9月28日、同年10月8日、同年12月13日、44年3月14・15
日、同年5月23日、同年7月10日、45年10月23日、47年5月10日、
同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・
26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・1
9日、同年11月28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレ
ート等を着用したほか、六回(48年12月10日から15日まで)にわたって角
柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(ただし、43
年12月13日のリボンの着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の
昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプレートの着用とその取外しの職務命
令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認めら
れる。
(3) 乙第一八五号証、第二六一三号証の一、二、第二六三五号証によれば、同
原告について次の事実が認められる。
イ 前記(九番)P2の(3)ロ及び(二六番)原告P159の(3)に記載した各行
為に加わった。
ロ 昭和四四年七月一三日午後一時三〇分まで超過勤務を命じられていたのに、残
務を同僚に託して午後〇時三〇分頃退庁した。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三六三三ないし三六三八号証によれば、同原告には、昭和
四〇年に一一日、昭和四一年に五日、昭和四七年に一四・五日、昭和四八年に七日
の病気休暇があることが認められる。
(九二番)原告P208
(一) 格差の程度
 原告P207に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の一六、第二〇三号証、第二七七号証、第二八七号証の一、
二、第二九六号証の一、第三〇一号証、第三〇九号証の一ないし一六、第五一七号
証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表
記載25・35・44ー1・49・54・59・72・74の各無許可集会に参加
し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、25・35を除く。)のにこ
れに従わなかったこと、このうち74の集会に同原告が積極的に参加したなどとし
て、昭和四三年一一月一八日、税関長の文書による厳重注意を受たことが認められ
る。
(2) 乙第三一五号証、第三七三号証、第四三二号証、第四六一号証、第四九五
号証、第五五八号証、第六七八号証、第七二七号証、第七八八号証、第八四二号
証、第八九四号証、第九五三号証の一、第九七二号証の一、第一〇四五号証、第一
一八一号証、第一二三一号証の九、第一三三一号証、第一四一九号証、第一四七三
号証、第一五六二号証、第一六八五号証、第一七五八号証、第一八一八、一八一九
号証、第一八五六号証、第二六七六号証の一、第二八二九号証、第二九七一号証、
第三〇〇五号証、第三〇三五号証によれば、同原告は、昭和四二年六月七日から昭
和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、三八回(42年6月7日、同月1
0月5日、同月21日、同月25・26日、43年3月11日、同年10月8日、
同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年
5月27日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、
同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・
26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年7月9・10
日、同年9月18・19日、同年11月28・29・30日、同年12月1・3・
4日)にわたってプレート等を着用したほか、三回(48年12月13・14・1
5日)にわたってプレート及び腕章を着用するとともに角柱を机上に掲出し、上司
から取外しや撤去するよう注意等を受けた(ただし、42年6月7日のリボン着用
を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日に同年七
月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関
長の口頭による厳重注意をうけたことが認められる。
(3) 乙第二五四六号証、第二六三一号証の一、二によれば、同原告について次
の事実が認められる。
イ 前記(五番)原告P34の(3)イに記載した行為に加わった。
ロ 昭和四四年六月五日、新港第二方面事務所第四突分室仮庁舎移転にともなっ
て、組合掲示板の設置場所を予め指定されていたのに、これを無視して勝手に別の
場所に取り付け、さらに取付作業を中止するよう命じられたのにこれにも従わず、
そのまま続けた。
(九三番)原告P29
(一) 格差の程度
 原告P207に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記載74
の無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなか
ったことが認められる。
(2) 乙第二〇七ないし二一〇号証、第五〇八号証、第九五四号証、第一〇一〇
号証、第一〇三六号証、第一〇九二号証の二、第一一一〇号証、第一一八二号証、
第一二六六号証の二、第一三三二号証の二、第一四〇四号証、第一四九一号証、第
一五九一号証の二、第一六一六号証、第一七五九号証、第一八三五号証、第二七四
三号証、第二八三〇号証、第二八八四号証、第二九一七号証、第二九五二号証、第
二九八五号証、第三〇二〇号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月二六日から
昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、二九回(42年10月26日、
43年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45
年5月27日、同年10月23日、同月31日、47年5月10・11日、同年6
月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月2
3・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、
同年9月18・19日、同年11月28・29・30日、同年12月1日)にわた
ってプレート等を着用したほか、五回(48年12月11日から同月15日まで)
にわたって角柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたの
にこれに従わなかったこと(ただし、45年10月31日のバッチ着用を除
く。)、この間の昭和四七年八月二一日に同年七月一二日のプレートの着用とその
取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受け
たことが認められる。
(3) 乙第二六六三号証によれば、同原告は、前記(三五番)原告P165の(3)
ロに記載した行為に加わったことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三六四〇ないし三六四七号証によれば、同原告には、昭和
四五年に八・五日、昭和四六年に一〇・五日、昭和四七年に一三・五日、昭和四八
年に二二・五日の病気休暇があることが認められる。
(九四番)原告P209
(一) 格差の程度
 原告P207に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第五二二号証によれば、原告P209は、集会一覧表記載73の無許可集会
に参加したことが認められる。
(2) 乙第四〇三号証、第五六六号証、第五七五号証、第六〇六号証の二、第六
三七号証、第六五六号証、第七六三号証、第八一七号証、第八九五号証、第九五五
号証、第一〇一一号証、第一〇五二号証、第一一六五号証、第一二五一号証(およ
び弁論の全趣旨)、第一三一七号証、第一三九八号証の二、第一四五〇号証の一、
七、第一五五一号証の四、第一六五二号証の二、第一七三六号証の四、第一八〇一
号証、第一八三二号証、第二六七七号証の一、第二七七二号証、第二八七四号証、
第二九〇七号証、第二九四二号証、第二九七六号証、第三〇一一号証によれば、同
原告は、昭和四二年一〇月二一日から昭和四八年一二月一四日までの間の勤務時間
中に、三六回(42年10月21日、43年3月23日、同年6月7日、同年7月
23日、同年9月30日、同年10月1日、同月8日、44年3月14日、同年5
月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月1
0・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4
月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同
月28・29日、同年7月9日、同年9月18・19日、同年11月28・29・
30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、五回
(48年12月10日から同月14日まで)にわたって腕章を着用するとともに円
柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わ
なかったこと、この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプレート着用
とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意
を受けたことが認められる。
(3) 乙第二五五六号証によれば、同原告は、前記(三二番)原告P162の(3)
ロ(ただし、二〇日の分)に記載した勤務時間中の抗議に加わったことが認められ
る。
(九五番)原告P181
(一) 格差の程度
 原告P207に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二五九号証、第二六〇号証の一、二、第二六五号証の一、二、第二七
八号証の一ないし五、第二八〇号証の一ないし三、第二八二号証の一ないし五、第
二八六号証の一、二、第二八八号証の一、二、第二八九号証の一、第二九七号証、
第三〇〇号証の一、第三〇三号証、第三〇八号証の一、二、第三一一号証の一、
二、第三一二ないし三一四号証、第三二八号証の一ないし七、第五一七号証の一な
いし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記載5・
6・13・26・28・30・34・36・37・45・48・51・58・61
ないし65・72・74の無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じら
れた(ただし、6・34・36・37・45を除く。)のにこれに従わなかったこ
とが認められる。
(2) 乙第四〇〇号証、第四七五号証、第五〇五号証、第五九四号証、第六一〇
号証、第六二八号証、第六四二号証、第六五〇号証、第六八一号証、第七三九号
証、第七九八号証、第八五六号証、第九四一号証、第九九八号証、第一〇九六号
証、第一一三二号証、第一二六七号証の一、第一二八三号証、第一四二〇号証、第
一四九七号証、第一五六三号証、第一六八四号証、第一七六〇号証、第一七九六号
証、第一八六八号証、第二七一三号証、第二七六〇号証、第二八六一号証、第二八
八六号証、第二九二〇号証、第二九五五号証、第二九八八号証によれば、同原告
は、昭和四二年一〇月二一日から昭和四八年一二月一四日までの間の勤務時間中
に、三五回(42年10月21日、同月25・26日、43年7月23日、同9月
28・30日、同年10月1日、同月8日、同年12月13日、44年3月14
日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、4
7年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28
日、48年4月17日、同月24・25・26日、同年5月28日、同年6月22
日、同28・29日、同年9月18・19日、同年11月26・27・28・30
日、同年12月4日)にわたってプレート等を着用したほか、五回(48年12月
10日から同月14日まで)にわたって腕章を着用するとともに角柱を机上に掲出
し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかったこと、
この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプレートの着用とその取外し
の職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたこと
が認められる。
(3) 乙第二六三七号証の一ないし三、第二六五一号証、第二六五三号証、第二
六五六、二六五七号証、第二六五九号証、二六六三号証によれば、同原告について
次の事実が認められる。
イ 前記(三五番)原告P165の(3)ロ及び(五六番)原告P180の(3)イに記
載した各行為に加わった。
ロ 勤勉手当が減額されたことについて納得のいく説明がないとして、昭和四五年
一二月五日、七日から一〇日まで、所属の統計課長に激しい口調で「何も言ってい
ないじゃないか、具体的理由を言わんかい。」「何を言うとんのや、人をカットし
ておいてそれで課長といえるか、いつ何をしたんや言わんかい、説明もでけんの
か。」「まだ時間と違うわい、言えんのやったら何遍でも来たるからその積りでお
れ。」「そんなもん答えにならん、課長しっかりせいよ。」「部下がカットされて
いるのに課長たる者が理由も判らんでは課長たる資格がないではないか。」「責任
者で判らんのやったら管理や総務へ行っても聞いてくるのが責任者と違うんか。」
「またええ加減な現認書をデッチあげて上へ出したんと違うんか。」などと言って
執拗に抗議した。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三六四九ないし三六五五号証によれば、同原告は、昭和四
六年九月二三日から同年一一月一〇日まで病気のため勤務を欠いたほか、昭和四五
年に六日、昭和四七年に一三日、昭和四八年に二九日の病気休暇があることが認め
られる。
(九六番)原告P187
(一) 格差の程度
 原告P207に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の一八、第二五五号証、第二五九号証、第二六〇号証の一、
二、第二六五号証の一、二、第二七八号証の一ないし五、第二八〇号証の一ないし
七、第二八二号証の一ないし五、第二八四号証の一、二、第二八六号証の一、二、
第二八八号証の一、二、第二八九号証の一、二、第二九七号証、第三〇〇号証の
一、第三〇三号証、第三〇四号証の一ないし七、第三〇七号証、第三〇九号証の一
ないし一六、第三一一号証の一、二、第三一二ないし三一四号証、第三二八号証の
一ないし七、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれ
ば、同原告は、集会一覧表記載1・5・6・13・26・28・30・32・3
4・36・37・45・48・51・52・57・59・61ないし65・72・
74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、
6・32・34・36・37・45・57を除く。)のにこれに従わなかったこ
と、このうちの74の集会に原告が積極的に参加したなどとして、昭和四三年一一
月一八日、税関長の文書による厳重注意を受けたことが認められる。
(2) 乙第三二四号証、第三七二号証、第四〇四号証、第四五一、四五二号証、
第五二一号証、第五三九号証、第五五四号証、第五六〇号証、第七二九号証、第七
五二号証、第八四三号証、第八九六号証、第九五六号証の一、第一〇一二号証、第
一〇八二号証、第一一八三、一一八四号証、第一二六八号証の二、第一三三三号
証、第一四二一号証、第一四六四号証、第一五六四号証、第一六八三号証、第一七
六一号証、第一八一三号証、第一八五七号証、第二六八五号証、第二七五二号証、
第二八七一号証、第二九〇三号証、第二九三八号証、第二九七二号証、第三〇〇七
号証、第三〇三八号証によれば、同原告は、昭和四二年六月一九日から昭和四八年
一二月一五日までの間の勤務時間中に、三七回(42年6月19・20日、同年1
0月5日、同月21日、同月25・26日、同年11月8日、同年12月4日、4
3年3月1日、同月11日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23
日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月10日、
同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同
月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29
日、同年7月9日、同年9月18・19日、同年11月20・22・24日、同月
27日)にわたってプレート等を、六回(48年11月28・29・30日、同年
12月1・3・4日)にわたって腕章及びプレートを着用したほか、六回(48年
12月10日から同月15日まで)にわたって腕章を着用するとともにテント(4
8年12月10日にはさらにステッカー)を机上に掲出し、上司から取外しや撤去
するよう注意等を受けた(ただし、42年6月19・20日のリボン着用を除
く。)こと、この間の昭和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレートの着用と
その取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を
受けたことが認められる。
(3) 乙第一八五号証、第二五五四号証、第二六四八号証の一ないし七によれ
ば、同原告について次の事実が認められる。
イ 前記(九番)P2の(3)ロ及び(六五番)原告P140の(3)ハに記載した各
行為に加わった。
ロ 昭和四五年一一月六日午前八時四〇分頃、兵庫埠頭出張所輸入各課の職員の机
上に明るい革新県政をつくる会の機関紙約三七枚(内容は知事選挙の特定の候補者
を推薦するとともに対立候補者を批判するもの)を配布した。
(九七番)原告P21
(一) 格差の程度
 原告P207に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六九号証の一、第二七九号証、第二八五号証の一ないし五、第三〇
四号証の一ないし七、第三〇九号証の一ないし一六、第五一七号証の一ないし二
三、第五二二号証、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表
記載17・27・33・52・59・72ないし74の各無許可集会に参加し、当
局から中止解散するよう命じられた(ただし、73を除く。)のにこれに従わなか
ったことが認められる。
(2) 乙第四九二号証、第七〇六号証、第七九四号証の一、第八二七号証、第八
九七号証、第九五七号証、第九九四号証、第一〇三六号証、第一一二二号証、第一
一三四号証、第一二六九号証、第一三二九号証、第一四一五号証、第一四三五号
証、第一六〇一号証、第一六八二号証、第一七六二号証、第一八三八号証、第二七
二八号証、第二八〇九号証の一、第二八五二号証、第二八八〇号証、第二九四九号
証、第二九八二号証、第三〇一八号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月二六
日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、二五回(42年10月2
6日、43年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10
日、45年5月27日、同年10月23日、同月31日、47年5月10・11
日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17
日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月2
8・29日、同年9月18・19日)にわたってプレート等を、六回(48年11
月28・29・30日、48年12月1・3・4日)にわたって腕章及びプレート
を着用したほか、五回(48年12月10・11・13・14・15日)にわたっ
て腕章を着用するとともにテントを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう
注意等を受けたのにこれに従わなかった(ただし、45年10月31日のバッヂの
着用を除く。)こと、この間の昭和四七年八月一九日に、同年七月一二日のプレー
トの着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による
厳重注意を受けたことが認められる。
(九八番)原告P210
(一) 格差の程度
 原告P210は、係争期間終了当時、六ー五であったから、同期、同資格(昭和三五
年高校組)の非組合員一六名のうち六ー六、七の一二名より号俸が一、二号低くな
っている。
(二) 非違行為
(1) 第二五八号証、第二九九号証の一ないし九、第三〇五号証の一ないし五、
第三三〇号証の一ないし八、第五一七号証の一ないし二三によれば、同原告は、集
会一覧表記載4・47ー1・53・67・72の各無許可集会に参加し、当局から
中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第四一三号証、第四七二号証、第七二一号証、第八五二号証、第八八四
号証、第九四六号証、第一〇二八号証、第一〇八八号証、第一一八五号証、第一一
九八号証、第一二七〇号証、第一三三四号証、第一四二二号証、第一五〇三号証、
第一五六〇号証、第一六八一号証、第一七六三号証の一、第一八五五号証、第二八
三一号証、第二八六〇号証、第二八八八号証、第二九二二号証、第二九五七号証、
第二九九〇号証、第三〇二四号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月二一日か
ら昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、二七回(42年10月21
日、同月25日、43年12月13日、44年5月23日、同年7月10日、45
年5月27日、同年10月23日、47年5月11日、同年6月9・10日、同年
7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24日、同年5月
28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月
28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用した
ほか、六回(48年12月10日から15日まで)にわたって角柱を机上に掲出
し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかったことが
認められる。
(3) 乙第二五一二号証、第二六六三号証によれば、同原告について次の事実が
認められる。
イ 昭和四〇年七月一三日午後二時一五分頃(勤務時間内)、東部出張所監査第二
部門の自席を無断で離れ、同出張所貨物課整理係の職員に組合活動として行なわわ
れる労働大臣宛の賃上げ要求の葉書を手渡した。
ロ 前記(三五番)原告P165の(3)ロに記載した行為に加わった。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三六五九ないし三六六二号証によれば、同原告には、昭和
四〇年に一〇日、昭和四一年に一六日、昭和四四年に五・五日の病気休暇があるこ
とが認められる。
(九九番)原告P56
(一) 格差の程度
 原告P56は、係争期間終了当時、六ー五であったから、同期、同資格(昭和三六
年初級組)の非組合員二七名のうち六ー六、七の二一名より号俸が一、二号低くな
っている。
(二) 非違行為
 乙第一二二、一二三号証、第一二五号証、第一二八、一二九号証、第一三一号証
の一、第一三五号証、第一九一三号証によれば、同原告は、昭和四八年四月二三日
から同年九月八日までの間の勤務時間中に、七回(48年4月23・24・26
日、同年5月28日、同年6月22日、同月28日、同年9月18日)にわたって
プレート等を着用し、上司から取外すよう注意等を受けたのにこれに従わなかった
こと、同年八月二五日に右のうちの同年四月二三日から同年六月二八日までの行為
について税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(一〇〇番)原告P211
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二五五号証、第二八〇号証の一ないし七、第二八二号証の一ないし
五、第二八四号証の一、二、第二八六号証の一、二、第二八八号証の一、二、第二
八九号証の一、第二九七号証、第三〇三号証、第三一二号証によれば、原告P
211は、集会一覧表記載1・28・30・32・34・36・37・45・51・6
2の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、3
2・34・36・37・45を除く。)のにこれに従わなかったことが認められ
る。
(2) 乙第三二四号証、第六二四号証、第六八八号証、第七九二号証、第八一二
号証、第九四八号証、第一〇〇四号証、第一〇五二号証、第一一六五号証、第一二
五一号証(および弁論の全趣旨)、第一三一七号証、第一三九八号証の二、第一四
五〇号証の一、七、第一六五二号証の二、第一七三六号証の四、第一八〇一号証、
第一八二九号証、第一八三〇号証、第二六七七号証の一、第二七七二号証、第二八
七四号証、第二九〇七号証、第二九四二号証、第二九七六号証、第三〇一一号証、
第三〇四二号証によれば、同原告は、昭和四二年六月一九日から昭和四八年一二月
一五日までの間の勤務時間中に、二九回(42年6月19・20日、43年9月2
8日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、45年5月27
日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月
12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、
同年6月22日、同月28・29日、同年7月9日、同年9月18・19日、同年
11月28・29日、同年12月3・4日)にわたってプレート等を着用したほ
か、六回(48年12月10日から15日まで)にわたって同様のステッカーを机
上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(ただし、42年6月
19・20日のリボン着用を除く。)こと、この間の昭和四七年八月一八日に、同
年七月一二日のプレート着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて
税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(一〇一番)原告P59
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九九号証の一ないし九、第三〇五号証の一ないし五、第三三〇号証
の一ないし八、第五一七号証の一ないし二三によれば、原告P59は、集会一覧表記
載47ー1・53・67・72の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよ
う命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第四六四号証、第四九二号証、第六七六号証、第七三〇号証の一、第七
四三号証、第八〇五号証、第八六〇号証、第九一七号証、第一〇二七号証、第一〇
五二号証、第一一六五号証、第一二五一号証(および弁論の全趣旨)、第一三一七
号証、第一三九八号証の二、第一四五〇号証の一、七、第一五五一号証の四、第一
六五二号証の二、第一七三六号証の四、第一八〇一号証、第一八三二号証、第二六
七八号証の二、第二七五三号証の一、二、第二七七二号証、第二八七四号証、第二
九〇七号証、第二九四二号証、第二九七六号証、第三〇一一号証、第三〇四二号証
によれば、同原告は、昭和四二年一〇月二五日から昭和四八年一二月一五日までの
間の勤務時間中に、三二回(42年10月25・26日、43年10月8日、同年
12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月
27日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年
7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26
日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年7月9日、同年9
月18・19日、同年11月20・21・22日・同月26・27日)にわたって
プレート等を、六回(48年11月28・29・30日、同年12月1・3・4
日)にわたってプレート及び腕章を着用したほか、六回(48年12月10ないし
15日)にわたって腕章を着用するとともにステッカーを机上に掲出し、上司から
取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかったこと、この間の昭和
四七年八月二二日に同年七月一二日のプレートの着用とその取外しの職務命令に従
わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(一〇二番)原告P212
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二五六、二五七号証、第二六五号証の一、二、第二七八号証の一ない
し五、第二八〇号証の一ないし七、第二八二号証の一ないし五、第二八四号証の
一、二、第二八六号証の一、二、第二八八号証の一、二、第二八九号証の一、第二
九七号証、第三〇三号証、第三〇七号証、第三〇九号証の一ないし一六、第三一一
号証の一、二、第三一二ないし三一四号証、第三二八号証の一ないし七、第五二二
号証によれば、同原告は、集会一覧表記載2・3・13・26・28・30・3
2・34・36・37・45・51・57・59・61ないし65・73の各無許
可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、32・34・3
6・37・45・57・73を除く。)のにこれに従わなかったことが認められ
る。
(2) 第三八二号証の一、第四二三号証、第五七三号証、第五七六号証、第五九
六号証、第六五九号証、第七〇一号証、第七六五号証、第八一八号証、第八七二号
証、第九五八号証、第一〇一三号証、第一〇七九号証の五、第一一四五号証の一、
二、第一二一一号証、第一二五九号証の一、第一三三六号証、第一三七〇号証の
一、第一四八二号証の一、第一五七二号証、第一六六五号証、第一七四七号証、第
一八五八号証の一、第二七〇一号証、第二七九八号証の一、第二九六五号証、第二
九九九号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月六日から昭和四八年一二月一四
日までの間の勤務時間中に、三三回(42年10月6日、同月21日、43年6月
7日、同月28日、同年7月23日、同年10月8日、同年12月13日、44年
3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月2
3日、47年5月10日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28
日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6
月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月28・29・3
0日、同年12月3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、二回(48年
12月13・14日)テントを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意
等を受けた(ただし、47年6月9日のプレートを除く。)のにこれに従わなかっ
た(ただし、45年5月27日のリボン着用を除く。)こと、この間の昭和四七年
八月一八日に、同年七月一二日のプレートの着用とその取外しの職務命令に従わな
かったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第一八五号証、第二五五六号証、第二六六四号証によれば、同原告は、
前記(五番)原告P34の(3)ハ、(九番)P2の(3)ロ及び(三二番)原告P
162の(3)ロ(ただし二〇日の分)の行為に加わった。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三六六七ないし三六七〇号証によれば、同原告には、昭和
四三年から昭和四五年まで毎年七・五日ないし一一・五日の病気休暇のあること、
昭和四五年には四二回の時間休のあることが認められる。
(一〇三番)原告P122
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の一九、第三〇四号証の一ないし七、第三〇九号証の一ない
し一六、第三二八号証の一ないし七、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証
の一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記載52・59・65・72・7
4の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わ
なかったこと、このうち74の集会に同原告が積極的に参加したなどとして、昭和
四三年一一月一八日、税関長の文書による厳重注意を受けたことが認められる。
(2) 乙第四三四号証、第四七八号証、第五〇九号証、第五四六号証、第五七二
号証、第六〇五号証、第六〇九号証、第六二六号証、第六四七号証、第六七三号
証、第七三一号証、第七五三号証、第八四四号証、第八九八号証、第一〇〇七号証
の一、第一〇三七号証、第一〇六七号証の一、第一一五三号証の一、第一二四〇号
証の一、第一三一二号証の一、第一三八一号証、第一四四一号証、第一五五二号
証、第一六五七号証、第一七三七号証、第一九〇〇号証、第二六九一号証、第二七
四六、二七四七号証、第二七六三、二七六四号証、第二八五〇号証、第二八七八号
証、第二九一二号証、第二九四七号証、第二九八〇号証、第三〇一六号証、第三〇
五六ないし三〇六三号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月二一日から昭和四
八年一二月二五日までの間の勤務時間中に、三四回(42年10月21日、同月2
5・26日、同年12月8日、43年5月22日、同年7月23日、同年9月2
7・28日、同年10月1日、同月8日、同年12月13日、44年3月14日、
同年5月23日、同年7月10日、45年10月23日、同年11月2日、47年
5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、4
8年4月17日、同月23・24日、同年5月28日、同年6月22日、同月2
8・29日、同年9月18・19日、同年11月21・22日、同月27日)にわ
たってプレート等を、六回(48年11月19・20日、同月28・29・30
日、同年12月1日)にわたってプレート及び腕章を着用したほか、六回(48年
12月10日から同月15日まで)にわたって腕章を着用するとともにテントを机
上に掲出し、八回(48年12月17ないし22日、同月24・25日)にわたっ
てテントを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれ
に従わなかった(ただし、45年11月2日のバッヂ、昭和48年11月20日の
腕章の着用を除く。)こと、この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日の
プレートの着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭
による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第一八四号証、第二五三〇号証、第二五四二号証の一、二、第二六一九
号証の一、二によれば、同原告について次の事実が認められる。
イ 昭和四一年五月一六日午前九時三〇分頃(勤務時間内)、業務部統計課の自席
において組合の物資販売代金の集計作業を行なった。
 また、同年九月二四日午後〇時一九分頃から同二二分頃まで(勤務時間内)、業
務部輸出一部門及び総括二部門の職員に、組合の「青年部第一四回定期大会議案
書」を配布した。
ロ 前記(三番)原告P135の(3)ロに記載した行為に加わった。
ハ 昭和四三年九月二六日、輸出通関第二部門の自分の席において、執務参考資料
であるコードナンバー早見表に「P93君の高知行きの内示を撤回せよ」と朱書した
紙を貼付し、これを机上に置いて執務した。なお、上司から撤去するよう注意され
たのに従わなかったので庁舎管理規則に違反する掲示物として、当局においてこれ
を撤去した。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三六七一ないし三六七八号証によれば、同原告には、事故
が昭和四三年に一六回、昭和四四年に一七回、昭和四八年に一三回あること、ま
た、病気休暇が昭和四〇年に一六・五日、昭和四三年に九日、昭和四四年に一一
日、昭和四七年に五日あることが認められる。
(一〇四番)原告P68
(一) 格差の程度
 原告P68は、原告P56と入関の時期、資格が同じで、係争期間中に特別昇給し
(このことは、乙第三二八九号証によって認める。)、同期間終了当時、六ー六で
あったから、同期、同資格の前記非組合員二七名のうち同原告より号俸が高いのは
六ー八の二名と六ー七の一〇名だけとなる。
(二) 非違行為
(1) 乙第五一七号証の一ないし二三によれば、原告P68は、集会一覧表記載7
2の無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わな
かったことが認められる。
(2) 乙第一三八〇号証の一、第一四八三号証の一、第一五六五号証、第一六八
〇号証、第一七六五号証、第一八六七号証、第二七八四号証、第二八三三号証、第
二八六四号証、第二八九六号証、第二九三〇号証、第二九六四号証、第二九九八号
証、第三〇三一号証によれば、同原告は、昭和四八年四月一七日から同年一二月一
五日までの間の勤務時間中に、一七回(48年4月17日、同月23・24・2
5・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月1
8・19日、同年11月28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたっ
てプレート等を着用したほか六回(48年12月10日から15日まで)にわたっ
て腕章を着用するとともにテントを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう
注意等を受けたのにこれに従わなかったことが認められる。
(3) 乙第二六六四号証によれば、同原告は、前記(五番)原告P34の(3)ハ
に記載した行為に加わったことが認められる。
(一〇五番)原告P143
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六二号証、第二六四号証の一、第二七九号証、第二八五号証の一な
いし五、第三〇四号証の一ないし七、第三〇九号証の一ないし一六、第五一七号証
の一ないし二三によれば、原告P143は、集会一覧表記載8・12・27・33・5
2・59・72の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたの
にこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三七一号証、第四〇五号証、第五一〇号証、第六七六号証、第七三〇
号証の一、第七九五号証の一、第八四五号証、第八九九号証、第九一〇号証、第一
〇一四号証、第一〇八一号証第一一四四号証、第一二四一号証、第一三〇一号証の
三、第一三八〇号証の一、第一四八三号証の三、第一五六六号証、第一六七九号
証、第一七六六号証、第一八六七号証、第二七〇三号証、第二七八四号証、第二八
三三号証、第二八六四号証、第二八九六号証、第二九三〇号証、第二九九八号証、
三〇三一号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月五日から昭和四八年一二月一
五日までの間の勤務時間中に、三三回(42年10月5日、同月21日、同月26
日、43年10月8日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、
同年7月10日、45年5月26日、同年10月23日、47年5月10・11
日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17
日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月2
8・29日、同年9月18・19日、同年11月28・29・30日、同年12月
1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか、五回(48年12月10・
11・12・14・15日)にわたって腕章を着用するとともにテントを机上に掲
出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかったこ
と、この間の昭和四七年八月二一日に、同年七月一二日のプレートの着用とその取
外しの職務命令に従わなかったことについて税関長から口頭による厳重注意を受け
たことが認められる。
(3) 乙第二六六四号証によれば、同原告は、前記(五番)原告P34の(3)ハ
に記載した行為に加わったことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三六七九号証、第三六八〇号証及び弁論の全趣旨によれ
ば、同原告は、昭和四〇年四月三日から同年五月三一日までと、同年の下期に一〇
日、いずれも病気のため勤務を欠き、昭和四一年四月一日の昇給期において普通昇
給が三か月延伸されたことが認められる。
(一〇六番)原告P213
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二五八号証、第二九四号証、第二九九号証の一ないし九、第三〇五号
証の一ないし五、第三〇九号証の一ないし一六、第三三〇号証の一ないし八、第三
八〇号証の一ないし三、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一
八によれば、原告P213は、集会一覧表記載4・42・47ー1・53・59・6
7・71・72・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じら
れた(ただし、71を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三九二号証、第三九五号証、第四七〇号証、第五〇〇号証、第六八八
号証、第七九二号証、第八一二号証、第八六七号証、第九五五号証、第一〇一一号
証、第一〇九二号証の三、第一一〇九号証、第一一四六号証、第一二三五号証、第
一二九六号証、第一四二四号証、第一四八一号証、第一五六七号証、第一六七八号
証、第一七六七号証、第一八九四号証、第二七〇八号証、二七七八号証の一、二に
よれば、同原告は、昭和四二年一〇月一二日から昭和四八年一二月四日までの間の
勤務時間中に、二七回(42年10月12日、同月21日、同月25・26日、4
3年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年
5月27日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、
同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・
26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・1
9日)にわたってプレート等を着用したほか五回(48年11月29・30日、同
年12月1・3・4日)にわたって腕章とともにプレートを着用し、上司から取外
すよう注意等を受けたのにこれに従わなかったこと(ただし、42年10月12日
のリボンの着用を除く。)、この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日の
プレートの着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭
による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第一一三号証及び証人P124の証言によれば、同原告は、昭和三八年九月
二〇日、神戸市内の電柱にビラを貼り、軽犯罪法及び兵庫県屋外広告条例違反とし
て逮捕(起訴猶予)され、昭和三九年一二月一四日に税関長の文書による厳重注意
を受けたことが認められる。
(一〇七番)原告P160
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
 なお、乙第三二九二号証及び弁論の全趣旨によれば、同原告は、係争期間中に勤
務成績不良を理由として普通昇給が三か月延伸されたことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第三〇四号証の一ないし七、第三〇九号証の一ないし一六、第三一一号
証の一、二、第三一二ないし三一四号証、第三二八号証の一ないし七、第五一七号
証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表
記載52・59・61ないし65・72・74の各無許可集会に参加し、当局から
中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三二四号証、第六七六号証、第七三〇号証の一、第八四五号証、第八
九九号証、第一〇一五号証、第一〇七五号証、第一〇八五号証の一、第一一四〇号
証、第一二〇九号証の一、第一二七二号証の一、第一三四五号証、第一三六七号
証、第一五一四号証、第一五八六号証、第一六二〇号証、第一七〇七号証、第一八
五一号証、第二六八八号証、第二八一二号証によれば、同原告は、昭和四二年六月
一九日から昭和四八年一二月四日までの間の勤務時間中に、三〇回(42年6月1
9・20日、43年10月8日、同年12月13日、44年5月23日、同年7月
10日、45年10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同
年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・2
6日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・19
日、同年11月28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレー
ト等を着用し、上司から取外すよう注意等を受けた(ただし、42年6月19・2
0日のリボン着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八
月二四日に、同年七月一二日のプレートの着用とその取外しの職務命令に従わなか
ったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第一八五号証、第二五三一号証の一、二、第二五三三号証の一、第二五
三五号証の一ないし七、第二六一三号証の一、二によれば、同原告について次の事
実が認められる。
イ 昭和四一年五月一八日午後三時五五分頃(勤務時間内)、業務部統計課の自分
の席において、組合ニュースの原稿を書いた。
 また、昭和四一年五月二七日午後一時二〇分頃(勤務時間内)、業務部統計課に
おいて、原告P172とともに、組合ニュースを職員に配布した。
ロ 前記(三番)原告P135の(3)イ、(九番)P2の(3)ロ及び(二六番)原
告P159の(3)に記載した各行為に加わった。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三六八五、三六八六号証によれば、同原告は、昭和四四年
三月五日から同年五月二日まで病気のため勤務を欠いたほか、昭和四〇年にも一六
日の病気休暇があることが認められる。
(一〇八番)原告P214
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九二号証、第三〇二号証の一、二、第三〇八号証の一、二、第三三
一号証の一、二、第三三二号証、第三八〇号証の一ないし三、第五一七号証の一な
いし二三、第五二二号証、第六七九号証の一ないし一八、第二四九六号証によれ
ば、同原告は、集会一覧表記載40・50・56・58・68・69・71ないし
74の無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、4
0・71・73を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三一六号証、第三五一号証、第三八二号証の一、第四三六号証、第五
二四号証、第五三二号証、第五六七号証、第五七三号証、第五七六号証、第六一七
号証、第六五四号証、第六八〇号証、第八〇五号証、第八六〇号証、第九一七号
証、第一〇一六号証、第一一二二号証、第一一三四号証、第一二三〇号証の一、第
一二九一号証の一、第一五三〇号証、第一五六八号証、第一六四九号証、第一七六
八号証、第一八五四号証、第二七二七号証、第二七九二号証によれば、同原告は、
昭和四二年六月七日から昭和四八年一二月四日までの間の勤務時間中に、三四回
(42年6月7日、同年9月28日、同年10月6日、同年10月21日、同年1
1月9日、同月20日、43年3月23日、同年6月7日、同月28日、同年9月
28日、同年10月8日、同年12月13日、44年5月23日、同年7月10
日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年6月
9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月23・24・25・
26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・1
9日、同年12月3・4日)にわたってプレート等を着用し、上司から取外すよう
注意等を受けた(ただし、42年6月7日のリボン着用、44年5月23日のプレ
ート着用を除く。)こと、この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプ
レートの着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭に
よる厳重注受意をけたことが認められる。
(3) 乙第二五五六号証によれば、同原告は、前記(三二番)原告P162の(3)
ロ(ただし、二〇日の分)に記載した行為に加わったことが認められる。
(一〇九番)原告P182
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二五八号証、第二九九号証の一ないし九、第三〇四号証の一ないし
七、第三二八号証の一ないし七、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の一
ないし一八によれば、原告P182は、集会一覧表記載4・47ー2・52・65・7
2・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれ
に従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三二四号証、第四〇〇号証、第四七五号証、第五〇五号証、第五九四
号証、第六二八号証、第六四二号証、第六五〇号証、第六八一号証、第七三九号
証、第九四一号証、第九七三号証、第一〇五七号証、第一三三七号証、第一四二五
号証、第一四五五号証、第一五六九号証、第一六七六号証、第一七六九号証、第一
八〇四号証、第一八七〇号証、第一九二一号証、第二七八五号証、第二九一〇号
証、第二九四五号証、第二九七八号証、第三〇一四号証、第三〇四五号証によれ
ば、同原告は、昭和四二年六月一九日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務
時間中に、三一回(42年6月19・20日、同年10月21日、同月25・26
日、43年7月23日、同年9月30日、同年10月1日、同月8日、同年12月
13日、44年3月14日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月1
0・11日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24日、同年5月
28日、同年6月22日、同月28・29日、同年7月9日、同年9月18・19
日、同年11月29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を
着用したほか、五回(48年12月11日から同月15日まで)にわたってステッ
カーを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(ただし、4
2年6月19・20日のリボン着用、48年12月11日のステッカーの掲出を除
く。)のにこれに従わなかった(ただし、47年11月28日のプレート着用を除
く。)ことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三六八七ないし三六九〇号証によれば、同原告には、昭和
四一年に二六日、昭和四四年に三五日、昭和四六年に一二日の病気休暇があること
が認められる。
(一一〇番)原告P215
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六一号証によれば、原告P215は、集会一覧表記載7の無許可集会に
参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認め
られる。
(2) 乙第一三二九号証、第一四一五号証、第一四三五号証、第一六〇一号証、
第一六七四号証、第一七五五号証、第一八二八号証、第二八三四号証によれば、同
原告は、昭和四七年一一月二八日から昭和四八年一二月四日までの間の勤務時間中
に一六回(47年11月28日、48年4月17日、同月23・25日、同年5月
28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月
28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレートを着用し、上
司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかったことが認めら
れる。
(一一一番)原告P23
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
 なお、乙第三二九六号証によれば、原告P23は、後記非違行為(3)イの行為に
ついて戒告処分を受けたため昭和四一年に普通昇給が三か月延伸されたことが認め
られる。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の七、第二五九号証、第二六五号証の一、二、第二七八号証
の一ないし五、第二八〇号証の一ないし七、第二八二号証の一ないし五、第二八六
号証の一、二、第二八八号証の一、二、第二九七号証、第三〇〇号証の一、第三〇
三号証、第三〇四号証の一ないし七、第三〇七号証、第三〇九号証の一ないし一
六、第三一一号証の一、二、第三一二ないし三一四号証、第三二八号証の一ないし
七、第三八〇号証の一ないし三、第五二二号証、第六七九号証の一ないし一八によ
れば、同原告は、集会一覧表記載5・13・26・28・30・34・36・4
5・48・51・52・57・59・61ないし65・71・73・74の各無許
可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、34・36・4
5・57・71・73を除く。)のにこれに従わなかったこと、このうち64の集
会において同原告が指導的役割を果したなどとして、昭和四二年五月一八日税関長
の文書による厳重注意を受けたことが認められる。
(2) 乙第二〇七ないし二〇九号証、第三二四号証、第四九二号証、第九〇〇号
証、第一〇一七号証、第一〇四〇、一〇四一号証、一一六七号証、一三〇二号証の
一、第一三八一号証、第一四四一号証、第一五五二号証、第一六五七号証、第一七
七〇号証、第一九〇〇号証、第二七四六号証、第二七六三号証、第二八四九号証、
第二八七八号証、第二九一二号証、第二九四七号証、第二九八〇号証、第三〇一六
号証によれば、同原告は、昭和四二年六月一九日から昭和四八年一二月一五日まで
の間の勤務時間中に、三四回(42年6月19・20日、同年10月26日、43
年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年1
0月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年11月28日、
48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月2
2日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月19・20・21・
22日、同月27・28・29・30日、同年12月3・4日)にわたってプレー
ト等を着用したほか六回(48年12月10日から15日まで)にわたって腕章を
着用するとともにテントを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を
受けた(ただし、42年6月19・20日のリボン着用を除く。)のにこれに従わ
なかったことが認められる。
(3) 乙第一一〇、一一一号証の各一、第一八五号証、第二五三二号証の一、二
によれば、同原告について次の事実が認められる。
イ 昭和四〇年一一月一二日、西宮市内の電柱に「アメリカのベトナム軍事侵略を
やめ、即時撤退せよ、日韓会談粉砕、日中国交回復の即時実現」などと書いたビラ
六九枚を貼付し、兵庫県屋外広告物条例、軽犯罪法違反として昭和四一年一月一五
日、罰金一万円の略式命令を受けた。
 右について同年六月四日、同原告は、戒告処分を受けた。
ロ 昭和四一年五月二〇ないし二五日の勤務時間内に、中部方面事務所の自分の机
の上にチューインガムを置き、「代表派遣カンパに協力をお願いします」と書いた
ビラを机の側面に貼って、来所した業者に販売した。
ハ 前記(九番)P2の(3)ロに記載した行為に加わった。
(一一二番)原告P100
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
 なお、乙第三二九七号証及び弁論の全趣旨によれば、同原告は、係争期間におい
て成績不良を理由に普通昇給が三か月延伸されたことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の一一、第二九三号証、第三〇六号証の一、二、第三〇九号
証の一ないし一六、第三二九号証、第三六六号証、第五一七号証の一ないし二三に
よれば、同原告は、集会一覧表記載41・55・59・66・70・72の各無許
可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、41を除く。)
のにこれに従わなかったこと、このうち70の集会に同原告が積極的に参加したな
どとして後記(3)のうち(七四番)原告P27の(3)ハに記載した行為と併せて
昭和四二年一二月四日に税関長の文書による厳重注意を受けたことが認められる。
(2) 乙第一五九ないし一六五号証、第一八一号証、第三八四号証、第四三〇号
証、第四七九号証、第五一一号証、第五一九号証、第五八三号証、第五八七号証の
一、第五九七号証、第一〇九〇号証、第一一八七号証、第一二五二号証、第一二八
八号証、第一三六二号証、第一四八五号証、第一五七一号証、第一六七七号証、第
一七〇一号証、第二七〇五号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月六日から昭
和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、三八回(42年10月6日、同月
21日、同月25・26日、同月31日、同年11月1・2・3・4・6・7・
8・9・10・11日、43年6月29日、同年7月6日、同月23日、47年5
月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48
年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22
日、同月28・29日、同年11月20・21・22・24・26・27日)にわ
たってプレート等を、六回(48年11月28・29・30日、同年12月1・
3・4日)にわたってプレート及び腕章を着用し、五回(48年12月10・1
1・13・14・15日)にわたって腕章を着用するとともにテントを机上に掲出
し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた(ただし、42年10月31日
から同年11月9日までのバッヂの着用を除く。)のにこれに従わなかったこと、
この間の昭和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレートの着用とその取外しの
職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが
認められる。
(3) 乙第二五四五号証、第二五五七号証の一ないし三、第二六一六号証によれ
ば、同原告は、前記(七四番)原告P27の(3)ロ、ハ、ニに記載した各行為に加
わったことが認められる。
(一一三番)原告P216
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九六号証の一、第五二二号証によれば、原告P216は、集会一覧表記
載44ー1・73の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた
(ただし、73を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三一五号証、第三二一号証、第三三四号証、第三五六号証の一、第三
九〇号証、第四〇六号証、第五六八号証、第六三九号証、第六七四号証、第七三二
号証、第七五四号証、第八四六号証、第九〇一号証、第九五九号証、第一〇一八号
証、第一〇四六号証、第一一六〇号証、第一二三一号証の三、第一三二八号証、第
一四二六号証、第一四四七号証、第一五三六号証、第一五七〇号証、第一六六九号
証、第一七七一号証、第一八〇〇号証、第一八七一号証、第一九一四号証、第二六
七六号証の一、第二七四八号証、第二九〇六号証、第二九四一号証、第二九七五号
証、第三〇一〇号証、第三〇四一号証によれば、同原告は、昭和四二年六月七日か
ら昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、四一回(42年6月7日、同
月19日、同年7月21日、同年9月30日、同年10月9日、同月21日、43
年3月23日、同年9月30日、同年10月8日、同年12月13日、44年3月
14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23
日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月
28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同
年6月22日、同月28・29日、同年7月9日、同年9月18・19日、同年1
1月19・20・21・22・24日、同月29・30日、同年12月1日)にわ
たってプレート等を着用したほか、五回(48年12月11日から同月15日ま
で)にわたって腕章を着用するとともに円柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤
去するよう注意等を受けた(ただし、42年6月7日のリボンの着用を問く。)の
にこれに従わなかったこと、この間の昭和四八年八月一八日に、同年七月一二日の
プレートの着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭
による厳重注意を受けたことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三六九二ないし三七〇三号証によれば、同原告には、事故
が昭和四〇年に一四回、昭和四三年に二〇回、昭和四四年に一二回(このうち、昭
和四〇年の二回、昭和四三年の四回、昭和四四年の一回は交通機関の延着による遅
刻)あること、また、昭和四〇年から昭和四八年まで毎年(ただし、昭和四六年を
除く。)一五回ないし三〇回の時間休があることが認められる。
(一一四番)原告P217
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九九号証の一ないし九、第三〇五号証の一ないし五、第三三〇号証
の一ないし八、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれ
ば、同原告は、集会一覧表記載47ー1・53・67・72・74の各無許可集会
に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認
められる。
(2) 乙第二一九号証の一、第二二一号証、第二二四号証、第二二七号証の一、
第二二八号証、第二三二号証、第二三三号証の一、二、第二三七号証、第二四〇号
証、第二四二号証、第二五〇号証、第三六七号証、第四一四号証、第四五七号証、
第四八五号証、第五二〇号証、第五四二号証、第五六一号証、第七三三号証の一、
第七五五号証、第八四七号証、第九〇二号証の一、第九六〇号証、第一〇一九号
証、第一〇三二号証、第一〇七三号証の一、第一〇八七号証の一、第一一四九号証
の一、第一二一三号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月五日から昭和四八年
一二月四日までの間の勤務時間中に、四九回(42年10月5日、同月21日、同
月25・26日、同年11月8・9・10・11・13・14・15・16・1
7・18・20・21・22・24日、同年12月4日、43年3月11日、同年
12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月
27日、同年10月23日、同月30日、47年5月10・11日、同年6月9・
10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・2
5・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年7月9
日、同年9月18・19日、同年11月29・30日、同年12月1・3・4日)
にわたってプレート等を着用し上司から取外すよう注意等を受けたのにこれに従わ
なかった(ただし、42年11月24日、45年10月30日のバッヂ着用を除
く。)こと、この間の昭和四七年八月一九日に同年七月一二日のプレートの着用と
その取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を
受けたことが認められる。
(一一五番)原告P218
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二五九号証、第二六〇号証の一、二、第二八〇号証の一ないし七、第
二八二号証の一ないし五、第二八四、二八六、二八八号証の各一、二、第二八九号
証の一、第二九七号証、第三〇〇号証の一、第三〇三号証、第三〇四号証の一ない
し七、第三〇七号証、第三〇九号証の一ないし一六、第三三一号証の一、二、第三
三二号証、第三八〇号証の一ないし三、第五一七号証の一ないし二三、第五二二号
証、第九〇八号証によれば、同原告は、集会一覧表記載5・6・28・30・3
2・34・36・37・45・48・51・52・57・59・68・69・7
1・72・73・75の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じら
れた(ただし、6・32・34・36・37・45・57・71・73を除く。)
のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三一六号証、第三六四号証、第三八九号証、第五二五号証、第五七五
号証、第六〇六号証の二、第六二三号証、第六三七号証、第六五六号証、第七六三
号証、第八九五号証、第九五五号証、第九九二号証の一、第一〇三三号証、第一〇
六九号証、第一一二七号証、第一二四〇号証の一、第一三一二号証の一、第一三七
九号証の五、第一四七四号証の六、第一五四七号証二、第一六四五号証の三、第一
七一九号証の三、第一八二一号証の二、第二六九一号証、第二七七三号証の五、第
二九〇〇号証、第二九三五号証、第三〇三四号証によれば、同原告は、昭和四二年
六月七日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、三七回(42年6
月7日、同年9月30日、同年10月9日、同年11月9日、43年6月7日、同
年7月23日、同年9月28・30日、同年10月1日、同月8日、44年3月1
4日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、同月30日、47
年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、
48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月2
2日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月29・30日、同年
12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用したほか三回(48年12月1
1・12・15日)にわたってテントを机上に掲出し、上司から取外しや撤去する
よう注意等を受けたのにこれに従わなかった(ただし、45年10月30日のバッ
ヂ着用を除く。)こと、この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプレ
ートの着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭によ
る厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二五四九号証、第二五五六号証、第二五五八、二五五九号証、によれ
ば、同原告について次の事実が認められる。
イ 昭和四二年四月七日午後三時一〇分頃(勤務時間内)、摩耶出張所貨物課の職
員の机上に組合のビラ(国公労新聞)を配布した。
ロ 前記(三二番)原告P162の(3)ロに記載した組合の文書(「ストライキ宣
言」)の撤去作業をしていた摩耶出張所総務課長らに勤務時間中に離席して抗議し
たほか、昭和四二年一〇月二五日にも、勤務時間中に無断で離席し、前同様の文書
の撤去作業をしていた同総務課長らに対し、「総務課長、時間中に何をしよんね
ん、泥棒するな。」と言って抗議した。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三七〇六ないし三七一一号証によれば、原告P218は、昭和
四〇年二月六日から同年三月一三日まで病気のため勤務を欠いたほか、昭和四三
年、昭和四四年、昭和四七年にも六ないし八日の病気休暇のあることが認められ
る。
(一一六番)原告P101
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六三号証、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、集会
一覧表記載11・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じら
れた(ただし11を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第六七〇号証、第七二四号証、第七八七号証、第八四一号証、第八八八
号証、第九六一号証、第一〇二〇号証、第一〇八三号証、第一三二七号証、第一四
一四号証、第一四八四号証、第一六〇〇号証、第一六四四号証、第一七七二号証、
第一八二二号証、第二八〇四号証、第二八六三号証、第二八九五号証、第二九二九
号証、第二九六三号証、第二九九七号証、第三〇三〇号証によれば、同原告は、昭
和四三年一〇月八日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、二七回
(43年10月8日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同
年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月10・11日、
同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月
28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月
28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用した
ほか、六回(48年12月10日から同月15日まで)にわたって腕章を着用する
とともにテントを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた
(ただし、43年12月13日のリボン着用を除く。)のにこれに従わなかったこ
とが認められる。
(3) 乙第二四九八号証の一、二、第二五〇二号証の一、二、第二五〇三号証、
第二五〇四号証の一、二、第二五〇八号証、第二六三三号証の一、第二六六四号証
によれば、同原告について次の事実が認められる。
イ 昭和四〇年三月一一日午前九時一二分頃(勤務時間内)、点呼を受けないで監
視警務二係更衣室において組合のビラの仕分作業をした。
 また、上司の再三の注意を無視して同年五月一七、二四、二五日及び同年六月三
日の勤務時間内に、交代バスの中で組合ニュースを職員に配布した。
ロ 前記(五番)原告P34の(3)ハ及び(一〇番)原告P74の(3)ニに記載し
た各行為に加わった。
(一一七番)原告P117
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九三号証、第三〇六号証の一、二、第三三一号証の一、二、第三三
二号証、第三八〇号証の一ないし三、第六七九号証の一ないし一八によれば、原告
P117は、集会一覧表記載41・55・68・69・71・74の各無許可集会に参
加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、41・71を除く。)のに
これに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三一六号証、第三八六号証、第四二八号証、第四四九号証、第五三一
号証、第五六二号証、第六二七号証、第六四〇号証、第六四八号証、第六六三号
証、第七三四号証、第七五六号証、第八一一号証、第八六六号証、第一〇七九号証
の九、第一一八八号証、第一二七三号証、第一三三八号証、第一三七〇号証の一、
第一四八二号証の一、第一六〇二号証、第一六四三号証、第一七七三号証、第一七
九〇号証、第一八五八号証の一、二、第二七〇一号証、第二七九八号証の一、第二
九六五号証、第二九九九号証、第三〇三二号証によれば、同原告は、昭和四二年六
月七日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、三六回(42年6月
7日、同年10月6日、同月21日、同月25日、同年11月18日、43年3月
23日、同年9月28日・30日、同年10月1日、同月8日、同年12月13
日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、47年5月10日、同
年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月
23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29
日、同年9月18・19日、同年11月28・29・30日、同年12月1・3・
4日)にわたってプレート等を着用したほか、三回(48年13・14・15日)
にわたってテントを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けた
(ただし、42年6月7日のリボンの着用、47年5月10日のプレートの着用を
除く。)こと、この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプレートの着
用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注
意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二四九七号証、第二四九九号証、第二五五六号証、第二六六四号証、
によれば、同原告について次の事実が認められる。
イ 昭和四〇年三月五日午前一〇時頃から同一〇時三〇分頃まで、中埠頭出張所輸
出二係の自分の席において処理をするよう指示を受けた輸出申告書約七件が回付さ
れてきたのにこれを放置して私用の謄写版のガリ切りをした。
 なお、業務課長から注意されたのに対し「新聞雑誌を読んだり、雑談をしていて
も注意されないのになぜこのような場合だけ文句を言われるのか。」と抗弁した。
ロ 昭和四〇年四月一九日午後一時四〇分頃(勤務時間内)、原告P138とともに本
関から運んできた組合の看板(賃金公開用の)を中埠出張所二階に持込もうとし
た。
ハ 前記(五番)原告P34の(3)ハ及び(三二番)原告P162の(3)ロ(ただ
し、二〇日の分)に記載した各行為に参加した。
(一一八番)原告P219
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第三〇六号証の一、二、第三二九号証によれば、原告P219は、集会一覧
表記載55・66の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた
のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第一二〇号証、第一二二ないし一二四号証、第一二七号証、第一三〇号
証、第一三二号証、第一三四号証、第一九一五号証によれば、同原告は、昭和四八
年四月一七日から同年九月一八日までの間の勤務時間中に、八回(48年4月17
日、同月23・24・26日、同年五月28日、同年6月22日、同月28日、同
年9月18日)にわたってプレートを着用し、上司から取外すよう注意等を受けた
のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四八年八月二五日に同年四月一七日か
ら同年六月二八日までのプレートの着用とその取外しの職務命令に従わなかったこ
とについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三七一三ないし三七一五号証によれば、同原告は、昭和四
六年六月四日から同年七月二六日まで病気のため勤務を欠いたほか昭和四〇年にも
一六・五日の病気休暇があることが認められる。
(一一九番)原告P220
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第三〇四号証の一ないし七によれば、原告P220は、集会一覧表記載52
の無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなか
ったことが認められる。
(2) 乙第三八三号証、第四〇七号証、第四八〇号証、第七三五号証、第七五七
号証、第八四八号証、第九〇三号証、第九六二号証、第一〇二一号証、第一〇六八
号証、第一一七〇号証、第一二二一号証、第一三三九号証の一、第一三五〇号証、
第一四七五号証、第一六三四号証、第一六九一号証、第一八三三号証、第二六九二
号証、第二七七七号証、第二八六八号証、第二八九九号証、第二九三四号証、第二
九六八号証、第三〇〇二号証、第三〇三三号証によれば、同原告は、昭和四二年一
〇月六日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、三〇回(42年1
0月6日、同月21日、同月25日、43年12月13日、44年3月14日、同
年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年5
月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48
年4月17日、同月23・24・25・26日、同年6月22日、同月28・29
日、同年9月18・19日、同年11月29・30日、同年12月1・3・4日)
にわたってプレート等を着用したほか、六回(48年12月10日から15日ま
で)にわたってステッカーを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等
を受けた(ただし、43年12月13日のリボン着用を除く。)のにこれに従わな
かったこと、この間の昭和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレートの着用と
その取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を
受けたことが認められる。
(一二〇番)原告P221
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
 乙第九六三号証、第一〇二二号証の一、第一一五三号証の一、第一二三二号証、
一三四〇号証、第一四二七号証、第一四九四号証、第一六〇三号証、第一六四六号
証、第一七七四号証、第一八六三号証、第二七一〇号証、第二八三五号証、第二八
八五号証、第二九一八号証、第二九五三号証、第二九八六号証、第三〇二一号証に
よれば、同原告は、昭和四五年五月二七日から昭和四八年一二月一五日までの間の
勤務時間中に、二三回(45年5月27日、同年10月23日、47年6月9・1
0日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・
25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月1
8・19日、同年11月28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたっ
てプレート等を着用したほか五回(48年12月11日から同月15日まで)にわ
たって円柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこ
れに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日に同年七月一二日のプレー
トの着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による
厳重注意を受けたことが認められる。
(一二一番)原告P222
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二六三号証、第二八三号証、第二八五号証の一ないし五、第二九〇号
証の一ないし二〇、第二九五号証の一ないし一七、第三〇九号証の一ないし一六に
よれば、同原告は、集会一覧表記載9ないし11・31・33・38・43・59
の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、9ない
し11を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第二一九号証の一、第二二〇号証、第二二三号証、第二二五号証、第二
二九号証、第二三一号証、第二三六号証の一、第二三八号証、第二五一号証、第四
四〇号証、第四六八号証、第四九九号証、第六六八号証、第七八五号証、第八三八
号証、第八八六号証、第九六四号証、第一〇七八号証、第一一八九号証、第一一九
九号証、第二八五四号証、第二八八二号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月
二一日から昭和四八年一二月一一日までの間の勤務時間中に、二三回(42年10
月21日、同月25・26日、43年10月8日、44年3月14日、同年5月2
3日、同年7月10日、45年5月27日、47年5月10・11日、同年6月
9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・
24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同年7月9日、同年9月
18日)にわたってプレート等を着用したほか二回(48年12月10・11日)
のステッカーを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのに
これに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月二三日に、同年七月一二日のプ
レートの着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭に
よる厳重注意を受けたことが認められる。
(一二二番)原告P116
(一) 格差の程度
 原告P56に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第三〇九号証の一ないし一六によれば、同原告は、集会一覧表記載59
の無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなか
ったことが認められる。
(2) 乙第一五三一、一五三二号証、第一八七七号証、第一九一六号証によれ
ば、同原告は、昭和四八年四月二三日から同年九月一九日までの間の勤務時間中
に、五回(48年4月23・24・25日、同年9月18・19日)にわたってプ
レート等を着用し、上司から取外すよう注意等を受けたのにこれに従わなかった
(ただし、48年4月23・24日のプレート着用を除く。)ことが認められる。
(一二三番)原告P118
(一) 格差の程度
 原告P118は、係争期間終了当時、七ー七であったから、同期、同資格(昭和三六
年高校組)の非組合員二二名のうち六ー五の一五名、六ー六の五名に比べて昇格が
遅れ、号俸も一、二号相当低くなっている。しかし乙第三三〇八号証によれば、同
原告は、係争期間の終了の翌日に六等級に昇格したことが認められるから、右昇格
の遅れは一五名に比べると一年程度である。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九四号証、第二九九号証の一ないし九、第三〇五号証の一ないし
五、第三〇九号証の一ないし一六、第三三〇号証の一ないし八、第三八〇号証の一
ないし三、第五一七号証の一ないし二三、第五二二号証、第六七九号証の一ないし
一八によれば、同原告は、集会一覧表記載42・47ー2・53・59・67・7
1ないし74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(た
だし、71・73を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三六五号証、第四〇八号証の一、第四八一号証の一、第五一二号証の
一、第七三六号証、第七五九号証、第八四九号証、第九〇四号証、第九三一号証、
第一〇九六号証、第一一三二号証、第一二六七号証の一、第一二八三号証、第一四
一三号証、第一四七二号証、第一六〇四号証、第一六七一号証、第一七五一号証、
第一八二〇号証、第一八三四号証、第二七一四号証、第二八〇五号証、第二八六九
号証、第二九三六号証、第二九七〇号証、第三〇〇四号証、第三〇三六号証によれ
ば、同原告は、昭和四二年一〇月二日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務
時間中に、三五回(42年10月2・3日、同月21日、同月25・26日、43
年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5
月27日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年
11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28
日、同年6月22日、同月28・29日、同年7月9・10日、同年9月18・1
9日、同年11月28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレ
ート等を着用したほか、五回(48年12月10・12・13・14・15日)に
わたって腕章及びプレートを着用するとともに角柱を机上に掲出し、上司から取外
しや撤去するよう注意等を受けた(ただし45年5月27日のプレート着用を除
く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一九日に、同年七月
一二日のプレートの着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関
長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二五三九号証によれば、同原告は昭和四一年八月一九日午前九時一五
分頃(勤務時間内)東部出張所二階事務室の職員の机上に組合新聞を配布した。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三七二一ないし三七三二号証によれば、同原告には事故が
昭和四〇年に一三回、昭和四一年に一二回、昭和四三年に一三回、昭和四八年に三
一回(このうち、昭和四〇年の一回、昭和四三年の九回、昭和四八年の三〇回は交
通機関の延着による遅刻)あること、また、病気休暇が昭和四三年に九日、昭和四
五年に一七日、昭和四六年に一二・五日、昭和四七年に一三日、昭和四八年に一
二・五日あることが認められる。
(一二四番)原告P223
(一) 格差の程度
 原告P118に同じ(ただし、原告P223は、昭和四九年一月一日に六等級に昇格し
て係争期間終了当時は六ー四)。
(二) 非違行為
(1) 乙第二七二号証、第三〇九号証の一ないし一六によれば、同原告は、集会
一覧表記載20・59の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じら
れたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三七二号証、第四〇四号証、第五六〇号証、第九〇五号証、第九六五
号証の一、第一〇二三号証、第一〇九七号証、第一一五四号証、第一三四一号証、
第一四二八号証、第一四九九号証、第一六四七号証、第一七七五号証の一、第一八
六二号証、第二八三六号証、第二九一九号証、第二九五四号証、第二九八七号証、
第三〇二二号証によれば、同原告は、昭和四二年一〇月六日から昭和四八年一二月
一五日までの間の勤務時間中に、二四回(42年10月6日、同月21日、43年
3月11・12日、44年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、4
7年5月10・11日、同年6月9・10日、同年11月28日、48年4月17
日、同月23・24・25日、同年6月22日、同月28日、同年9月18・19
日、同年11月28・29・30日、48年12月1日)にわたってプレート等を
着用したほか、四回(48年12月12・13・14・15日)にわたって角柱を
机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなか
った(ただし、43年3月12日のプレート着用を除く。)ことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三七三四ないし三七四五号証及び弁論の全趣旨によれば、
同原告は、昭和三九年二月一九日から同年四月一五日まで病気のため職務を欠いた
ほか、昭和四一年と昭和四三年から昭和四八年まで毎年六日から二〇日の病気休暇
のあることが認められる。
(一二五番)原告P224
(一) 格差の程度
 原告P118に同じ(ただし、原告三野は、昭和四九年一月一日に六等級に昇格して
係争期間終了当時は六ー四)。
(二) 非違行為
(1) 乙第二五八号証、第二九九号証の一ないし九、第三〇五号証の一ないし
五、第三三〇号証の一ないし八、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の一
ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記載4・47ー1・53・67・7
2・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれ
に従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三九五号証、第四七〇号証、第五〇〇号証、第六八八号証、第七九二
号証、第八一二号証、第八六七号証、第一四二九号証、第一四七七号証、第一六五
六号証、第一七七六号証、第一八七四号証、第一八八八号証、第二七六六号証、第
二七九三号証、第二七九七号証、第二九三二号証、第三〇六四号証によれば、同原
告は、昭和四二年一〇月二一日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中
に、二〇回(42年10月21日、同月25・26日、43年12月13日、44
年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、48年4月17日、同月23・
24・25・26日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・19
日、同年11月30日、同年12月3・4日)にわたってプレート等を着用したほ
か、二回(48年12月12・15日)ステッカーを机上に掲出し、上司から取外
しや撤去するよう注意等を受けた(44年7月10日のプレート着用を除く。)の
にこれに従わなかったことが認められる。
(3) 乙第二五一一号証によれば、同原告は、昭和四〇年七月一三日午前九時一
五分頃(勤務時間内)、東部出張所貨物課整理係において、組合のビラを配布し
た。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三七四六ないし三七五二号証によれば、同原告は、昭和四
一年六月二九日から同年八月六日まで病気のため勤務を欠いたほか、昭和四〇年と
昭和四三年から昭和四五年まで毎年四ないし六日の病気休暇のあることが認められ
る。
(一二六番)原告P225
(一) 格差の程度
 原告P118に同じ。
 なお、乙三三一一号証によれば、原告P225は、係争期間終了の翌日に六等級に昇
格したことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二〇三号証、第二九六号証の二、第三〇八号証の一、二、第三〇九号
証の一ないし一六、第三三一号証の一、二、第三三二号証、第五一七号証の一ない
し二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記載44ー
2・54・58・59・68・69・72・74の各無許可集会に参加し、当局か
ら中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三一六号証、第三五三号証、第三九九号証、第四七四号証、第五二三
号証、第五六五号証、第六三六号証、第六七五号証、第七三七号証、第七五八号
証、第八五〇号証、第九〇六号証、第九六六号証、第一〇七一、一〇七二号証、第
一一九〇号証、第一二五六号証の一、第一二八六号証の一、第一三五九号証、第一
四八〇号証、第一六〇五号証の一、第一六一四号証、第一七四二号証、第一八二六
号証の一、第二六九六号証、第二七七〇、二七七一号証によれば、同原告は、昭和
四二年六月七日から昭和四八年一二月四日までの間の勤務時間中に、三五回(42
年6月7日、同年9月28日、同年10月21日、同月25日、同年11月9日、
43年3月23日、同年9月30日、同年10月8日、43年12月13日、44
年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、47年5月
10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年
4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、
同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月29・30日、同年12月
1・3・4日)にわたってプレート等を着用し上司から取外すよう注意等を受けた
のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日
のプレートの着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口
頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(一二七番)原告P226
(一) 格差の程度
 原告P118に同じ。
 なお、乙第三三一二号証によれば、原告P226は、年度途中の入関(昭和三六年六
月二四日)であることが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二七〇号証、第二七三号証の一、二、第二七六号証、第二九〇号証の
一ないし二〇、第二九五号証の一ないし一七、第三〇四号証の一ないし七、第三〇
九号証の一ないし一六、第三二八号証の一ないし七によれば、同原告は、集会一覧
表記載18・21・24・38・43・52・59・65の各無許可集会に参加
し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし24を除く。)のにこれに従わ
なかったことが認められる。
(2) 乙第三二四号証、第六五三号証、第六八六号証、第七四二号証、第八〇四
号証、第八五九号証、第一一〇八号証、第一一三九号証、第一二一九号証、第一二
七五号証の一、第一三四二号証、第一五一三号証、第一六〇六号証、第二八五八号
証、第二八九三号証、第二九二七号証、第二九九五号証によれば、同原告は、昭和
四二年六月一九日から昭和四八年一二月一四日までの間の勤務時間中に、一七回
(42年6月19・20日、43年10月8日、同年12月13日、44年3月1
4日、同年5月23日、同年7月10日、47年5月10日、同年6月9・10
日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月23・24・25・26日、
同年5月28日)にわたってプレート等を着用したほか四回(48年12月10・
11・12・14日)にわたって角柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去する
よう注意等を受けた(ただし、42年6月19・20日のリボン着用を除く。)の
にこれに従わなかった(ただし、47年7月12日のプレート着用を除く。)こと
が認められる。
(一二八番)原告P18
(一) 格差の程度
 原告P118に同じ。
 なお、乙第三三一三号証によれば、原告P18は、年度途中の入関(昭和三六年六
月二四日)であることが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二五五、二五六号証、第二九九号証の一ないし九、第三〇五号証の一
ないし五、第三〇九号証の一ないし一六、第三三〇号証の一ないし八によれば、同
原告は、集会一覧表記載1・2・47ー1・53・59・67の各無許可集会に参
加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認めら
れる。
(2) 乙第六七六号証、第七三〇号証の一、第七九五号証の一、第八四五号証、
第九六七号証、第一〇二四号証、第一〇四五号証、第一一八一号証、第一二三一号
証の三、第一三一五号証、第一五三〇号証、第一五六八号証、第一六四九号証、第
一八六一号証、第二六七六号証、第二七九四号証によれば、同原告は、昭和四三年
一〇月八日から昭和四八年一二月四日までの間の勤務時間中に、二二回(43年1
0月8日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、45年5月2
7日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7
月12日、同年11月28日、48年4月23・24・25・26日、同年5月2
8日、同年6月22日、同年9月18・19日、同年12月3・4日)にわたって
プレート等を着用し、上司から取外すよう注意等を受けたのにこれに従わなかった
(ただし、45年5月27日のプレート着用を除く。)こと、この間の昭和四七年
八月一八日に、同年七月一二日のプレートの着用とその取外しの職務命令に従わな
かったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(一二九番)原告P15
(一) 格差の程度
 原告P15は、係争期間終了当時、七ー七であったところ、同期、同資格(昭和三
七年初級組)の非組合員三五名の右当時における等級号俸は不明であるが、これを
原告ら主張のとおりであるとして(ただし、原告らの主張では二八名)比較する
と、六ー五、六の二四名に比べて昇格が遅れ、号俸も一、二号相当低くなってい
る。しかし、乙第三三一四号証によれば、同原告は、係争期間終了の翌日に六等級
(六ー四)に昇格したことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第五一七号証の一ないし二三によれば、同原告は、集会一覧表記載72
の無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなか
ったことが認められる。
(2) 乙第六七八号証、第七二七号証、第八四二号証、第八九四号証、第一一六
七号証、第一九一七号証、第一九一八号証、第二八四五、二八四六号証によれば、
同原告は、昭和四三年一〇月八日から昭和四八年一二月四日までの間の勤務時間中
に、九回(43年10月8日、同年12月13日、44年5月23日、同年7月1
0日、47年6月9日、48年9月18・19日、同年12月3・4日)にわたっ
てプレート等を着用し、上司から取外すよう注意等を受けたのにこれに従わなかっ
たことが認められる。
(一三〇番)原告P227
(一) 格差の程度
 原告P15に同じ。
 なお、乙第三三一五号証によれば、原告P227は、係争期間終了の翌日に六等級に
昇格したことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第二五六号証、第二九二号証、第三〇八号証の一、二、第三三一号証の
一、二、第三三二号証によれば、同原告は、集会一覧表記載2・40・58・6
8・69の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただ
し、40を除く。)のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三六四号証、第五六六号証、第五七五号証、第六二三号証、第一三七
〇号証の一、第一四八二号証の一、第一六〇七号証、第一六六四号証、第一七七七
号証、第一八五八号証の一、第二七九八号証の四、第二九六五号証、第二九九九号
証、第三〇三二号証によれば、同原告は、昭和四二年九月三〇日から昭和四八年一
二月一五日までの間の勤務時間中に、一六回(42年9月30日、43年3月23
日、同年6月7日、同年9月28日、48年4月17日、同月23・24・25・
26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・1
9日、同年11月28日)にわたってプレート等を着用したほか三回(48年12
月13・14・15日)にわたってテントを机上に掲出し、上司から取外しや撤去
するよう注意等を受けたのにこれに従わなかった(ただし、42年9月30日、4
3年3月23日、同年9月28日の各プレート着用を除く。)ことが認められる。
(3) 乙第二六六四号証によれば、同原告は、前記(五番)原告P34の(3)ハ
に記載した行為に加わったことが認められる。
(一三一番)原告P228
(一) 格差の程度
 原告P15に同じ。
 なお、乙第三三一六号証の一によれば、原告P228は、係争期間終了の翌日に六等
級に昇格したことが認められる。
(二) 非違行為
(1) 乙第五一七号証の一ないし二三によれば、同原告は、集会覧表記載72の
無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかっ
たことが認められる。
(2) 乙第三七〇号証、第四八二号証、第一三七二号証、第一四四四ないし一四
四六号証、第一六一一号証、第一七一二号証、第一七九七号証、第一八四七号証、
第二七五〇号証、第二八二一号証、第二八七三号証、第二九〇五号証、第二九四〇
号証、第二九七四号証、第三〇〇九号証、第三〇四〇号証によれば同原告は、昭和
四二年一〇月五日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、一六回
(42年10月5日、同月25日、48年4月17日、同月23・25・26日、
同年5月28日、同年6月28日、同年7月9日、同年9月18・19日、同年1
1月19・20・21・22・24日)にわたってプレート等を、六回(48年1
1月28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート及び腕章
を着用したほか、六回(48年12月10日から15日まで)にわたって腕章を着
用するとともに円柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受け
たのにこれに従わなかったことが認められる。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三七五六号証によれば、同原告には、昭和四二年に事故が
一六回(このうち九回が交通機関の延着による遅刻)あることが認められる。
(一三二番)原告P229
(一) 格差の程度
 原告P229は、係争期間終了当時、七ー六であったから、同期、同資格(昭和三七
年高校組)の非組合員一〇名(七ー七)に比べて一号俸低くなっている。
(二) 非違行為
(1) 乙第二九六号証の一、第三〇一号証、第五一七号証の一ないし二三によれ
ば、同原告は、集会一覧表記載44ー1・49・72の各無許可集会に参加し、当
局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三二一号証、第三三四号証、第三四六号証の一、第四〇九号証、第四
八三号証、第五一三号証、第五九九号証、第六四一号証、第六四九号証、第六七七
号証、第七一三号証、第七六〇号証、第八五一号証、第九一一号証、第一〇二五号
証、一〇七七号証、第一〇八四号証の一、第一一九二号証、第一二〇〇号証、第一
二七四号証の一、第一三四四号証、第一四一三号証、第一四七二号証、第一六七一
号証、第一七五一号証、第一八二〇号証、第一八五六号証、第二六九〇号証、第二
八二九号証、第二九七一号証、第三〇〇五号証、第三〇三五号証によれば、同原告
は、昭和四二年六月一九日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、
三八回(42年6月19日、同年7月21日、同年8月1日、同年10月21日、
同月25・26日、43年7月23日、同年9月30日、同年10月1日、同月8
日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、45年5月26日、
同年10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12
日、同年11月28日、48年4月17日、同月24・25・26・27日、同年
6月22日、同月28・29日、同年7月9・10日、同年9月18・19日、同
年11月29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用し
たほか、三回(48年12月13・14・15日)にわたって円柱を机上に掲出
し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかった(ただ
し、48年4月27日と同年7月10日の各プレート着用を除く。)こと、この間
の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプレートの着用とその取外しの職務
命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認め
られる。
(一三三番)原告P230
(一) 格差の程度
 原告P229に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第二〇三号証、第三〇九号証の一ないし一六、第五一七号証の一ないし
二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、原告P230は、集会一覧表記載54・
59・72・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた
のにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三一五号証、第三二一号証、第三三四号証、第三四六号証の一、第三
五五号証、第三八一号証、第七一六号証、第八五三号証、第八九〇号証、第九四八
号証、第一〇〇四号証、第一〇八三号証、第一二六三号証の二、第一二八八号証、
第一三六二号証、第一四八五号証、第一五七一号証、第一六七七号証、第一七〇一
号証、第一八四九号証、第二七〇四号証、第二八二〇号証、第二八六二号証、第二
八九四号証、第二九二八号証、第二九九六号証、第三〇二九号証によれば、同原告
は、昭和四二年六月七日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、三
二回(42年6月7日、同月19日、同年7月21日、同年8月1日、同年9月3
0日、同年10月6・7日、43年12月13日、44年5月23日、同年7月1
0日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月10・11日、同年7月
12日、同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、
同年5月28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18日、同年11
月28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用し
たほか、五回(48年12月10・11・12・14・15日)にわたって腕章を
着用するとともにテントを机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を
受けたのにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月
一二日のプレートの着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて税関
長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第二六六四号証によれば、同原告は、前記(五番)原告P34の(3)ハ
に記載した行為に加わったことが認められる。
(一三四番)原告P231
(一) 格差の程度
 原告P231は、係争期間終了当時、七ー六であったから、同期、同資格(昭和三八
年初級組)の非組合員二七名のうち六ー四以上の二二名より昇格が遅れ、号俸も七
ー七以上の二五名より少なくとも一号俸低くなっている。
(二) 非違行為
(1) 乙第三〇三号証、第三〇四号証の一ないし七、第三〇九号証の一ないし一
六、第三一二号証、第三一四号証、第三二八号証の一ないし七、第五一七号証の一
ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、同原告は、集会一覧表記載5
1・52・59・62・64・65・72・74に無許可集会に参加し、当局から
中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三二四号証、第四一〇号証、第四八四号証、第六〇七号証、第六七七
号証、第七六〇号証、第八五一号証、第九一一号証、第一一〇六号証、第一一九四
号証、第一二〇一号証、第一四三〇号証、第一五〇七号証、第一六〇八号証、第一
六五一号証、第一七七八号証、第一八六〇号証、第二八三七号証、第二八八七号
証、第二九二一号証、第二九五六号証、第二九八九号証、第三〇二三号証、第三〇
六五号証によれば、同原告は、昭和四二年六月一九日から昭和四八年一二月一五日
までの間の勤務時間中に、二七回(42年6月19・20日、同年10月21日、
同月25・26日、43年7月23日、同年10月8日、44年3月14日、同年
5月23日、45年5月26日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、
48年4月17日、同月23日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・2
9日、同年9月18・19日、同年11月28・29日、同年12月1・3・4
日)にわたってプレート等を着用したほか、五回(48年12月11日から同月1
5日まで)にわたって角柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等
を受けた(ただし、42年6月19・20日のリボン着用を除く。)のにこれに従
わなかったことが認められる。
(3) 乙第二六三九号証の一、二によれば、同原告は、昭和四五年四月二七日午
後三時四〇分頃、輸出統計課特別統計係長席に赴き、同係長から再度外貨船用品の
集計作業をするよう命じられたことについて、「さっき言われた仕事は納得できな
いから出来ません。」「そんな命令はない、P232さんはもう大分よくなってこの仕
事が出来るし、残業もしたいと言っているのに少しも聞いてくれない、そんなP
232さんの仕事は私に出来ません。」「P232さんのことを十分考えて下さい、そん
な仕事の与え方は無茶だ、もっと私たちの納得のいくようにしてくれないと仕事は
出来ない。」などと言って抗議し、同係長から席に帰って仕事をするように命じら
れたのに、なおも「話を聞いてくれなければ帰れません。」と言って午後四時頃ま
で抗議を続けた。
(三) 出勤状況
 乙第三三二七号証、第三七六〇ないし三七六九号証によれば、同原告は、昭和三
九年一一月一一日から同年一二月一二日まで病気のため勤務を欠いたほか、昭和四
三年から昭和四八年まで毎年、五日ないし三八日の病気休暇のあることが認められ
る。
(一三五番)原告P123
(一) 格差の程度
 原告P231に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第三八〇号証の一ないし八によれば、原告P123は、集会一覧表記載71
の無許可集会に参加したことが認められる。
(2) 乙第五六六号証、第五七五号証、第六〇六号証の一、第六二三号証、第六
三七号証、第六五六号証、第六九九号証、第七六三号証、第八一七号証、第八九五
号証、第九五五号証、第一〇一一号証、第一〇五一号証、第一一九三号証、第一二
七七号証、第一三四五号証、第一四一九号証、第一四七三号証、第一五六二号証、
第一六八五号証、第一七五八号証、第一八一八、一八一九号証、第一八五六号証、
第二六七七号証の一、第二八二九号証、第二九七一号証、第三〇〇五号証、第三〇
三五号証によれば、同原告は、昭和四三年三月二三日から昭和四八年一二月一五日
までの間の勤務時間中に、三七回(43年3月23日、同年6月7日、同年7月2
3日、同年9月28・30日、同年10月1日、同月8日、同年12月13日、4
4年3月14日、同年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10
月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年
11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月28
日、同年6月22日、同月28・29日、同年7月9・10日、同年9月18・1
9日、同年11月28・29・30日、同年12月3・4日)にわたってプレート
等を着用したほか、三回(48年12月13・14・15日)にわたって腕章及び
プレートを着用するとともに角柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう
注意等を受けたのにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日に、
同年七月一二日のプレートの着用とその取外しの職務命令に従わなかったことにつ
いて税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(一三六番)原告P233
(一) 格差の程度
 原告P231に同じ。
(二) 非違行為
 乙第九一四号証、第九七二号証の一、第一〇四六号証、第一一六〇号証、第一二
三一号証の九、第一三四六号証、第一四一一号証、第一四四〇号証、第一五九八号
証、第一六七〇号証、第一七九二号証、第一八三六号証、第二六七六号証の一、第
二七六七号証、第二七六九号証によれば、原告P233は、昭和四五年五月二七日から
昭和四八年一二月四日までの間の勤務時間中に、二五回(45年5月27日、同年
10月23日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、
同年11月28日、48年4月17日、同月23・24・25・26日、同年5月
28日、同年6月22日、同月28・29日、同年9月18・19日、同年11月
28・29・30日、同年12月1・3・4日)にわたってプレート等を着用し、
上司から取外すよう注意等を受けたのにこれに従わなかったこと、この間の昭和四
七年八月一八日に、同年七月一二日のプレートの着用とその取外しの職務命令に従
わなかったことについて税関長の口頭の厳重注意を受けたことが認められる。
(一三七番)原告P119
(一) 格差の程度
 原告P231に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第三〇九号証の一ないし一六、第三三一号証の一、二、第三三二号証、
第六七九号証の一ないし一八によれば、原告P119は、集会一覧表記載59・68・
69・74の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられたのにこ
れに従わなかったことが認められる。
(2) 乙第三一六号証、第三五四号証、第六六六号証、第六九四号証の一、第七
五〇号証、第八一三号証、第九八三号証、第一〇七六号証、第一〇八六号証、第一
一九五号証、第一二〇二号証、第一二七四号証の一、第一三九〇号証、第一四四三
号証、第一六一二号証、第一六四八号証、第一七二九号証、第一八一七号証、第一
八七五号証、第一九一九号証、第二六八九号証、第二七五一号証、第二八四〇号
証、第二九〇六号証、第二九四一号証、第二九七五号証、第三〇一〇号証、第三〇
四一号証によれば、同原告は、昭和四二年六月七日から昭和四八年一二月一五日ま
での間の勤務時間中に、三一回(42年6月7日、同年9月28日、43年10月
8日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月23日、45年10月23
日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、48年4月
17日、同月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月
28・29日、同年7月9日、同年9月18・19日、同年11月19・20・2
1・22日、同月29・30日、同年12月4日)にわたってプレート等を着用
し、五回(48年12月11日から同月15日まで)にわたって机上に円柱を掲出
し、上司から取外すよう注意等を受けた(ただし、43年10月8日のリボン着用
を除く。)のにこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月二二日に、同年
七月一二日のプレートの着用とその取外しの職務命令に従わなかったことについて
税関長の口頭による厳重注意を受けたことが認められる。
(一三八番)原告P234
(一) 格差の程度
 原告P231に同じ。
(二) 非違行為
 乙第一三九八号証の二、第一四五〇号証の一一、第一六五二号証の五、第一七三
六号証の四、第一八〇一号証、第一八三一号証、第二七七二号証、第二八七四号
証、第二九〇七号証、第二九四二号証、第二九七六号証、第三〇一一号証、第三〇
四二号証によれば、原告P234は、昭和四八年四月一七日から同年一二月一五日まで
の間の勤務時間中に、一五回(48年4月17日、同月23・24・25・26
日、同年6月22日、同月28・29日、同年7月9日、同年9月18・19日、
同年11月28・30日、同年12月3・4日)にわたってプレート等を着用した
ほか、六回(48年12月10日から15日まで)にわたってステッカーを机上に
掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかったこ
とが認められる。
(一三九番)原告P120
(一) 格差の程度
 原告P231に同じ。
(二) 非違行為
(1) 乙第七一号証の二〇、第二九七号証、第三〇〇号証の一、第三〇三号証、
第三〇四号証の一ないし七、第三〇七号証、第三〇九号証の一ないし一六、三一一
号証の一、二、第三一二、三一三号証、第三二八号証の一ないし七、第五一七号証
の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一八によれば、原告P120は、集会一覧表
記載45・48・51・52・57・59・61・62・63・65・72・74
の各無許可集会に参加し、当局から中止解散するよう命じられた(ただし、45・
57を除く。)のにこれに従わなかったこと、このうち74の集会に同原告が積極
的に参加したなどとして、昭和四三年一一月一八日、税関長の文書による厳重注意
を受けたことが認められる。
(2) 乙第三二四号証、第四四二号証の一、第六七八号証、第七二七号証、第七
四一号証、第八〇〇号証、第九〇七号証、第九一二号証、第一〇三〇号証、第一〇
八一号証、第一一四四号証、第一二四一号証、第一三〇一号証の四、第一三七六号
証、第一五一九ないし一五二一号証、第一五三五号証、第一六五五号証、第一七一
五号証、第一九二〇号証、第二七〇三号証、第二七三七号証の一、第二八四七号
証、第二八四八号証の一によれば、同原告は、昭和四二年六月一九日から昭和四八
年一二月四日までの間の勤務時間中に、二六回(42年6月19・20日、同年1
0月25日、43年10月8日、同年12月13日、44年3月14日、同年5月
23日、同年7月10日、45年5月26日、同年10月23日、47年5月1
0・11日、同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4
月17日、同月23・24・25・26日、同年6月22日、同月28日、同年9
月18日、同年12月3・4日)にわたってプレート等を着用し、上司から取外す
よう注意等を受けた(ただし、42年6月19・20日のリボン着用を除く。)の
にこれに従わなかったこと、この間の昭和四七年八月一八日に同年七月一二日の、
昭和四八年八月二七日に、同年四月一七日から同年六月二八日までのプレートの着
用とその取外しの職務命令に従わなかったことについてそれぞれ税関長の口頭によ
る厳重注意を受けたことが認められる。
(3) 乙第一八五号証、第二六一三号証の一、二、第二六二八号証、第二六三四
号証によれば、同原告について次の事実が認められる。
イ 前記(九番)P2の(3)ロ及び(二六番)原告P159の(3)に記載した各行
為に加わった。
ロ 昭和四四年五月九日午後二時四〇分頃から同三時一〇分頃までの間(勤務時間
内)輸出保税課新港第一方面事務所の自席の机上に「ベトナム人民支援カンパ」と
表示した募金缶を置いて募金行為をした。
ハ 昭和四四年七月一三日(日曜日)午後一時三〇分まで超過勤務を命じられてい
たのに、午後一時頃退庁した。
(一四〇番)原告P20
(一) 格差の程度
 原告P20は、昭和三六年九月に高校卒の資格で入関し、昭和三九年一月に中級職
に任用換えされた者で(このことは乙第三三二五号証によって認める。)係争期間
終了当時、六ー五であったところ、同期、同資格(昭和三九年中級組)の非組合員
二名の右当時の等級号俸は不明であるが、これを原告ら主張のとおりであるとして
比較するとそれぞれ一、二号俸低くなっている。
(二) 非違行為
(1) 乙第三二八号証の一ないし七、第六七九号証の一ないし一八、第九〇八号
証によれば、同原告は、集会一覧表記載65・74・75の各無許可集会に参加
し、当局から中止解散するよう命じられたのにこれに従わなかっことが認められ
る。
(2) 乙第六二四号証、第六八三号証、第七四一号証、第七九六号証、第八〇〇
号証、第八五七号証の一、第九一四号証、第九八七号証、第一一〇七号証の一、第
一一一八号証、第一一九六号証、第一二二七号証、第一三四七号証、第一四三一号
証、第一五一二号証、第一六〇九号証、第一六五三号証、第一七七九号証、第一八
五九号証、第二七二五号証、第二八三八号証、第二八九一号証、第二九二五号証、
第二九六〇号証、第二九九三号証、第三〇二七号証によれば、同原告は、昭和四三
年九月二八日から昭和四八年一二月一五日までの間の勤務時間中に、三一回(43
年9月28日、同年12月13日、44年3月14・15日、同年5月23日、同
年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、47年5月10・11日、
同年6月9・10日、同年7月12日、同年11月28日、48年4月17日、同
月23・24・25・26日、同年5月28日、同年6月22日、同月28・29
日、同年9月18・19日、同年11月28・29・30日、同年12月1・3・
4日)にわたってプレート等を着用したほか、五回(48年12月11日から15
日まで)にわたって角柱を机上に掲出し、上司から取外しや撤去するよう注意等を
受けた(ただし、43年12月13日のリボン着用を除く。)のにこれに従わなか
ったこと、この間の昭和四七年八月一八日に、同年七月一二日のプレートの着用と
その取外しの職務命令に従わなかったことについて税関長の口頭による厳重注意を
受けたことが認められる。
(3) 乙第二六六三号証によれば、同原告は、前記(三五番)原告P165の(3)
ロに記載した行為に加わった。
(一四一番)原告P64
(一) 格差の程度
 原告P20に同じ(ただし、入関は昭和三七年初級組、乙第三三二六号証)。
(二) 非違行為
(1) 乙第三〇五号証の一ないし五、第三〇九号証の一ないし一六、第三三〇号
証の一ないし八、第五一七号証の一ないし二三、第六七九号証の一ないし一七によ
れば、原告P64は、集会一覧表記載53・59・67・72・74の各無許可集会
に参加し、上司から取外しや撤去するよう注意等を受けたのにこれに従わなかった
ことが認められる。
(2) 乙第一一九号証、第一二一号証、第一二六号証、第一三三号証、第四六四
号証、第四九二号証、第七〇六号証、第七九四号証の一、第八二七号証、第八七七
号証、第九四〇号証、第一〇一七号証、第一〇三八号証、第一〇九三号証、第一一
一一号証、第一一九七号証、第一二〇三号証、第一八三七号証によれば、同原告
は、昭和四二年一〇月二五日から昭和四八年九月一九日までの間の勤務時間中に、
二一回(42年10月25・26日、43年12月13日、44年3月14日、同
年5月23日、同年7月10日、45年5月27日、同年10月23日、同年11
月2日、47年5月10・11日、同年6月9・10日、48年4月17日、同月
23・24・26日、同年5月28日、同年6月28日、同年9月18・19日)
にわたってプレート等を着用し、上司から取外すよう注意等を受けたのにこれに従
わなかった(ただし、45年11月2日のバッヂの着用を除く。)ことが認められ
る。
5 原告ら各自の格差の程度、非違行為及び出勤状況等は以上のとおりであるが、
これらについて若干補足する。
(一) 格差について
 原告らと非組合員らとの間において、係争期間終了時に格差が存在していたとし
ても、同期間の当初において格差が存在しないことが明らかでない限り、係争期間
終了当時の格差をもって直ちに同期間に生じたものということができないのはいう
までもない。この点については、年度途中に入関したためにその後の昇給、昇格が
遅れ、また係争期間前に病気休暇や懲戒処分を受けて普通昇給が延伸されて昇給、
昇格が遅れ、これにより係争期間の当初においてすでに格差が生じていたと考えら
れる原告らについては、前項で検討したが、入関年度の古い者については、このよ
うな事由のほかに、特別昇給の有無によっても係争期間の当初においてすでに格差
が生じていたことも十分考えられる(原告の主張では少なくとも一〇年に一回は特
別昇給したというのであるから、昭和二八年までの入関者は一回は特別昇給したこ
とになる。)ところ、係争期間の当初においてこのような格差がなかったことにつ
いては必ずしも明らかであるとはいえない。もっとも、前掲甲号各証(役職、等
級、職場等一覧表)によれば、原告らと非組合員は、係争期間の当初における等級
はほぼ同じであることが認められるものの、このことから直ちに号俸についても差
がなかったということはできない。
 また、比較の対象とされた非組合員の人数は年度資格によって差があり、中には
僅か数人程度に過ぎないものもあり、前項で検討した原告らの格差の程度は、おお
よそのものを示すに過ぎない。
(二) 非違行為について
 原告らの非違行為は多岐にわたっているが、法令及び上司の命令に従う義務、信
用失墜行為の禁止、職務専念義務など、国家公務員法に定められている服務規律に
違反するものである。したがって、それが勤務成績において考慮されることは当然
であるが、その情状について検討を加える。
 無許可集会の多くは勤務時間外に各職場で行なわれた小規模のものであるとこ
ろ、このような集会は庁舎管理規則が改定された昭和三八年以前においては事実上
黙認されていたとみられるものであり、このような経緯からすれば、当局から庁舎
の使用許可を求められるようになったことについて、原告らがこれを組合活動に対
する妨害であると捉えたとしても当初の時期においては理解できないではない。し
かし、当局が庁舎管理規則を改定して庁舎等の管理について厳しい姿勢で臨むよう
になったことの背景には、原告組合が激しい闘争を行なって業務の正常な運営を阻
害する行為を繰返してきた経緯があることに鑑みると、当局の対応は理由がないこ
とはない。しかも、成立に争いのない乙第一〇一号証、弁論の全趣旨によって成立
を認める乙第一〇三号証、第一〇五号証によれば、当局は庁舎管理規則を改定する
にあたって、広報紙により右規則の改定が庁舎等の適正な運用と秩序維持を図るた
めのものであって、税関業務の正常な運営を阻害しない行政目的以外の使用をすべ
て禁じるものではない旨を詳しく説明して改定の趣旨を周知させる措置をとり、そ
の後も、昭和四〇年一二月二七日に税関長名の書面をもって同趣旨のことを述べて
規則にもとる行為のないよう職員の注意を喚起し、さらに、昭和四一年一二月六日
に税関長名の書面をもって、右規則は集会そのものを禁止したものではなく、当局
は庁舎等使用について許可申請をするよう命じてきたにすぎないなどと強調して職
員の理解を求めるとともに、規則に違反することのないよう重ねて警告したことが
認められる。さらに、また、前掲乙号各証(集会に関する現認書に基づいて作成さ
れた報告文書)によれば、当局は、組合ニュース等で集会が開かれることを事前に
知り得た場合には、分会長等集会の責任者に対し所要の許可申請をするよう勧告し
たり、注意を与え、知り得なかった場合においても、集会中に同様の勧告や注意を
行ない、この中で例えば、「届出は口頭でもよいから直ちにせよ。」(8の集
会)、「申請があれば適当な場所の使用を認める方針であり、絶対に貸さないとは
言っていない。」(40の集会)、「申請があれば許可する。」(58の集会)な
どと発言していることが認められ、これらの事実によれば、当局としては所定の許
可申請がなされれば、正常な業務の運営に支障を来すものでない限り、使用許可を
する考えをもっていたことが窺われ、これらのことは、原告らとしても十分理解し
得た筈である。ところが、原告らは、庁舎管理規則は組合との話合いをしないで改
定されたものであるから無効であるとか、あるいは組合弾圧を目的とするものであ
り許可手続を必要とすることは組合活動に対する不当な干渉であるなどとして、組
合活動としての庁舎使用については庁舎管理規則による許可は一切不要であるとす
る見解に立ってあえて当局の注意等を無視して無許可集会を強行反覆し、中止解散
命令にも従わなかったものである。しかも、原告らは右のような小規模の職場集会
だけでなく、多数の外部支援団体組合員が参加し、演説やシュプレヒコールなどを
行なった大規模の集会についても、事前の警告等を無視して強行したのである。こ
のような事情に鑑みると、原告らの行為は、職場環境を適正良好に維持し、規律あ
る業務の運営の確保を目的とする当局の施設管理権限を侵し職場の秩序を乱すもの
であって、正当な組合活動といえないばかりでなく、服務規律保持上看過できない
ものといわなくてはならない。
 なお、前掲各証拠(現認報告書等)によれば、原告ら以外のかなりの職員も無許
可集会に参加しリボン等の着用等をしたことが伺われるが、その実態は明らかでな
い。
 原告らは、旧庁舎管理規則制定当時に神戸税関長が「庁舎管理規則は庁舎保全の
ためのものであって労働組合活動等に適用しない」旨言明していたと主張する。た
しかに、右規則が改定された昭和三八年までは、各職場における集会等について当
局がこれを黙認してきたとみられることは前記のとおりである。しかし、原告らの
主張が税関長の発言の趣旨を庁舎管理規則は労働組合活動に一切適用されないとい
うものである、というのであれば税関長がこのような趣旨の発言をしたとは考えに
くい。しかも、この点についての原告らの認識も必ずしも一様ではなく、例えば、
組合活動の制限等に悪用しない(原告P14の陳述書、甲第四七九号証)と述べるも
のもあって、このようなことからすれば、税関長の発言の趣旨は、労働組合活動に
対して庁舎管理規則を濫用しないというものであったと考えられる。そうであるな
ら、税関長の右発言は、労働組合としての集会に庁舎の使用許可が一切不要である
とする根拠とはなしえないものといわなくてはならない。
 プレート等の着用については、当時これを違法ではないとする裁判例があり、人
事院も同旨の見解を示したことがあったこと(このことは弁論の全趣旨によって認
められる。)に照すと、原告らが右の見解に立って組合運動としてのプレートの着
用が違法ではないと考えたとしても、このことは、当時としてはあながち理由のな
いことではなかったということができる。しかし、他方においてこれを違法である
とする裁判例も当時から存在しており、同旨の政府機関の公的見解も示されていた
(このことは成立に争いのない乙第三一六一号証及び弁論の全趣旨によって認め
る。)のであり、違法ではないとする見解が疑問の余地のないほど一般的なもので
あったわけではない。ところが、原告らは、自らの見解に固執してプレート等の着
用を繰返したばかりでなく当局の取外しの注意や命令にも従わず、しかも税関長の
厳重注意を受けた後にも反覆するなどしたものである。このような事情に鑑みる
と、原告らの行為は、業務の円滑な運営の確保と職場秩序の維持がより強く要求さ
れる税関業務に携わる者として軽視できないものといわなくてはならない。
 その他の非違行為は、庁舎外のものを除いて組合活動として、または組合活動に
伴うものとして行なわれたものであるが、中には出勤簿整理時刻を僅かにはみ出し
て行なった組合のビラ配布などのようにそれ自体としては事案が必ずしも重いとい
えないものもある。しかし、このような勤務時間中の組合活動も、上司からの注意
を無視して行なったり、注意に対し反論するなど軽視できないものも少なくない。
また、勤務時間の内外に大勢で押しかけて所属長との面会を執拗に要求し、あるい
は、上司に対し非礼な言動で抗議を行なったりしたことは明らかにいきすぎたもの
というべく、これに対する職場復帰命令やその他の注意等にも従わなかったことと
併せると服務規律の確保上看過することができないものといわざるを得ない。
 このような非違行為の態様及び情状に鑑みると、たとえその多くが組合活動に関
するものであっても、勤務成績の評価において不利な事情として考慮され、その結
果、昇任、昇格及び昇給に影響を及ぼすことになったとしても、不合理であるとは
いえない。
(三) 出勤状況について
 病気休暇はそれ自体としては正当なものであり、それが昇給の障害事由とされる
一定の場合を除いては、これを理由として不利益を科することができないといわな
くてはならないが、職務の内容、責任のより高い上位の官職、等級への昇任、昇格
において、その適性を判断する一事情として考慮され得ることは昇任、昇格の制度
の趣旨に照して当然である。また、これが特別昇給において考慮されることも一定
日数以上の病気休暇が特別昇給だけでなく、普通昇給の障害事由となっていること
に照して明らかである。
 年次休暇は、やむを得ない場合を除いてあらかじめ所属長の承認を得なければな
らないことになっている(人規一五ー六第五項)から、何らの連絡がなく定刻まで
に出勤しないことは、たとえ事後の年次休暇の承認が得られたとしても、勤務成績
の評価において不利に考慮されることは当然である。ただ、交通機関延着によるよ
うな場合にはやむを得ないものといえるが、それでもある程度の対策を講じること
ができないわけではないから、それが度重なるような場合には昇任、昇格や特別昇
給において不利な事情として考慮されても不合理であるとはいえない。
 もっとも、このような病気休暇や事故扱いの出勤は、ある程度のものは非組合員
にもあると考えられるから、それが原告らの昇任、昇格、昇給に影響を及ぼし、非
組合員との格差を生じさせたものというためには、通常あり得る程度のものでは足
りず、その回数等においてもこれを超える特別なものでなければならない。
 当裁判所が昇任、昇格、特別昇給に影響があるとするのは、このような特別なも
のと認められるものである。
八 判断
 以上検討したような非違行為の態様及び情状並びに出勤状況などの事情が勤務成
績の評価において不利に考慮され、その結果、昇任、昇格及び昇給、とりわけ勤務
成績が特に良好であることが必要とされる特別昇給に影響を及ぼしたものであるこ
とは、原告らが反則事犯の検挙等について税関長の表彰を受けたことや裁判所等の
依頼による鑑定を行なった実績のあること等を考慮しても、十分に考えられるとこ
ろである。そして、原告らは、各原告ら及び右原告らと入関時期、入関資格を同じ
くする非組合員のうち、昇任、昇格、昇給において標準的な取扱を受けている者
(標準者)を基準として設定し、それらの者と対比して、原告らが昇任、昇格及び
昇給について差別扱いを受けた旨主張するが、原告ら以外の職員の具体的な勤務態
度(非違行為の有無、出勤状況等を含め)が明らかでないので、原告らの主張する
標準者を基準として原告らが差別を受けていたものと速断できないし、現に生じて
いる格差が任命権者である税関長が原告らに対し裁量の範囲を超えた違法な取扱を
したことによるものと認めるに足りる証拠もない。
 したがって、神戸税関当局が一貫して原告組合を敵視して組合に対する不当な攻
撃や組合員に対する差別扱いをしてきたとする原告らの主張についてはこれを認め
ることができない。
 もっとも、原告らの中には係争期間中の非違行為が極めて少ないか、あるいは時
期的に限られていて、しかも出勤状況に格別問題とされる事情が認められない者が
あり、これらの者については右の格差と非違行為等との関連性が薄いということが
できる。しかし、これらの原告らの格差の程度は任用や給与制度から通常生じる範
囲を超えるものとはいえないから前記のように税関当局が原告組合員を差別扱いし
たことを窺わせる事情が認められない以上、このような格差をもって組合所属を理
由とする差別扱いによるものということはできない。
 なお、原告らは、原告らの中には右のような非違行為が極めて少ないのに昇任、
昇格等の不利益を受けている者がある一方で非違行為を行なったとされる時期に昇
任、昇格した者があるなど、昇任、昇格が非違行為と無関係に行なわれているとし
て、両者の間に因果関係がない旨主張する。しかしながら非違行為は、それにより
懲戒処分がなされた結果、昇給の障害事由となるばあいを除いて、勤務成績の一内
容として他の事情とともに考慮されて昇任、昇格させるかどうかの判断に影響を及
ぼすものであり、しかも、この判断は昇任、昇格については対象者が当該官職、等
級に在職在級した全期間を通じてなされるものであるから、原告主張のような事実
があるからといって、非違行為と昇任、昇格等との間に因果関係がないということ
ができない。
九 結論
 以上の次第で、原告ら及び原告組合の請求はいずれもその余の点について判断す
るまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事
訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 長谷喜仁 野村利夫 猪俣和代)
(別表一) 損害額一覧表
<02978-001>
<02978-002>
<02978-003>
<02978-004>
<02978-005>
<02978-006>
<02978-007>
(別表二) 昇給・昇格等一覧表
(一) 昭和二四年旧中、高校組
<02978-008>
(二) 昭和二五年五級組
<02978-009>
<02978-010>
(三) 昭和二五年高校組
<02978-011>
(四)昭和二五年中学組
<02978-012>
(五) 昭和二六年六級組
<02978-013>
(六) 昭和二六五級組
<02978-014>
(七) 昭和二六年旧専組
<02978-015>
(八) 昭和二六年高校組
<02978-016>
(九) 昭和二七年四級組
<02978-017>
(一〇) 昭和二七年高校組
<02978-018>
(一一) 昭和二八年五級組
<02978-019>
(一二) 昭和二八年高校組
<02978-020>
(一三) 昭和三〇年四級組
<02978-021>
(一四) 昭和三二年四級組
<02978-022>
(一五) 昭和三二年高校組
<02978-023>
(一六) 昭和三三年中級組
<02978-024>
(一七) 昭和三三年初級組
<02978-025>
<02978-026>
(一八) 昭和三三年高校組
<02978-027>
(一九) 昭和三三年中学組
<02978-028>
(二〇) 昭和三四年初級組
<02978-029>
(二一) 昭和三四年高校組
<02978-030>
<02978-031>
(二二) 昭和三五年初級組
<02978-032>
(二三) 昭和三五年高校組
<02978-033>
(二四) 昭和三六年初級組
<02978-034>
<02978-035>
(二五) 昭和三六年高校組
<02978-036>
(二三) 昭和三七年初級組
<02978-037>
<02978-038>
(二七) 昭和三七年高校組
<02978-039>
(二八) 昭和三八年初級組
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(二九) 昭和三九年中級組
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(別表三)
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採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
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残り応募人数(2019年5月1日現在)
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