弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告は,原告Bに対し,金2500万円,同C及び同Dに対し,それぞれ金
1250万円並びにこれらに対する平成8年12月19日から支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え。
2原告らのその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は被告の負担とする。
4この判決は,原告ら勝訴の部分に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は,被告には,その指揮・監督下において,健康障害のある被用者を労
働させることにより,その健康障害を増悪させないようにするべき義務がある
のに,被告の被用者であるAが,交通事故により受傷入院していたにもかかわ
,,,,らず被告がAに対し保険契約獲得の指示・命令を執拗かつ継続的に行い
Aを業務に従事させた結果,Aを死亡させたとして,Aの相続人である原告ら
が被告に対し安全配慮義務違反又は不法行為に基づきその損害の一部原,,,(
告Bについて2500万円,同Cについて1250万円,同Dについて125
0万円)の賠償(付帯請求は,Aが死亡した日である昭和61年12月31。
日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金である)を請求した事案で。
ある。
1争いのない事実
(1)原告BはAの妻,原告C及び原告DはAの子であり,いずれもAの相続
人である。
被告は,生命保険の取扱いを業とする相互会社である。
(2)Aは,昭和61年2月ころ,被告に入社し,営業職員として,被告岡山
支社a中央支所において,生命保険契約の募集業務に従事していた。
(3)Aは,同年9月1日,業務中のバイク事故(以下「本件バイク事故」と
いう)により,右脛骨々幹骨折等の傷害を負い,E整形外科に入院した。。
(4)Aは,同年12月31日午前2時45分ころ,a中央病院において,死
亡した。
2主たる争点
(1)被告の責任
ア原告の主張
(ア)使用者は,被用者に対して,被用者に不注意があった場合でも,そ
れを予測し,被用者の生命・身体・健康を害さないように措置を講ず
る義務及びその指揮・監督下にある被用者に対し,生命・身体・健康
の障害の有無を早期に発見し,使用者の費用負担で適切な診療を受け
させ,その健康障害を増長させないようにする義務を負っている(以
下「安全配慮義務」という。。)
(イ)被告の給与制度は,保険契約を獲得しないと生活できるだけの給与
が支給されないというものであったため,Aは,本件バイク事故で入
院中であるにもかかわらず,営業活動をせざるを得なかった。
また,被告では,営業所ごとに保険契約獲得件数及び保険金額のノル
マがあり,ノルマの達成により,営業所及び営業所員の評価が決まる
こととなっていたため,Aの上司である当時の被告岡山支社a中央支
所長のFは,Aが入院中であるにもかかわらず,Aに対し,保険契約
獲得の指示・命令を執拗かつ継続的に行い,Aに強い精神的負担を負
わせ,入院中であるにもかかわらず,外出して松葉杖をついて顧客先
を訪問しなければならない状況に追い込んだ。
(ウ)Aは,昭和61年10月ころから,病室に,名簿・地図・文具・手
帳・ノートファイル等を持参して,病院から被告事務所や顧客に仕事
の電話をしたり,市営住宅へ保険契約の勧誘に行ったり,近くの運動
会に客や知人を探しに行ったりして,保険契約を獲得していた。
また,Aは,同年12月30日,外泊許可を得て,原告Bが運転する
自動車で送ってもらい,自らも松葉杖をついて歩いて,多数の顧客先
を訪問し,保険契約の募集業務及びカレンダー配布業務を行った。
(エ)以上のとおり,Aは,入院中で心身の安静を要する状態であったに
もかかわらず,Fが,Aに対し,業務強要を行い,その結果,Aはカ
,,,,レンダー配布業務を行い死亡したのであるから被告はAに対し
安全配慮義務違反又は不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
イ被告の主張
(ア)被告は,Aに対し,休業期間中は給与を支給しないが,次の生活補
償費を立替払いしている(約8割相当額は労働基準監督署から給付さ
れ,差額は被告が負担する。。)
昭和61年9月2日から30日19万1077円
同年10月1日から31日19万0343円
同年11月1日から30日19万0710円
同年12月1日から31日19万7067円
,,「,」また復職後も被告の営業職員業務災害通勤災害特別補償規程
に基づき,Aの給与及び資格が保障される。
さらに,被告において,営業職員がノルマを達成しなくてもペナルテ
ィはなく,給与及び資格に影響があるにすぎない。もっとも,Aは休業
中なので影響はないし,営業職員は上司による考課はない。
(イ)Fが,入院休業中のAに対して,保険契約の募集業務及びカレンダ
ー配布業務をするよう命じたことはない。
(ウ)Aは,単に収入増を期待し,自ら率先して治療上支障のない範囲で
医師の指導下で,あるいは治療専念義務に違反して,保険契約の募集
及びカレンダー配布を行ったものである。
(2)因果関係
ア原告の主張
Aには高脂血症,高尿酸血症があったものの,すぐに心筋梗塞を発症す
るような状態にはなかったから,Aの死亡の原因は,Fから厳しく保険契
約獲得を迫られていたことによる精神的負荷と,昭和61年12月30日
のカレンダー配布による過重負荷以外には考えられない。
イ被告の主張
Aは,松葉杖をついての歩行にある程度慣れていたこと,カレンダー配
布についてもほとんど車による移動であることを考えると,カレンダー配
布と本件死亡との因果関係を認めるほどの肉体的負荷が生じていたとはい
えない。
(3)損害
原告の主張
ア(ア)逸失利益5952万6126円
Aは,死亡当時42歳であり,一家の支柱であった。
よって,逸失利益は,昭和61年度の42歳男子労働者平均賃金53
3万3500円から,生活費として30パーセントを控除し,それに就
労可能年数25年の新ホフマン係数15.944を乗じた額になる。
(イ)慰謝料2500万円
,,Aは入院中で本来心身の安静を要する状態であったにもかかわらず
被告の業務強要により業務を行い死亡したのであるから,その無念さを
考慮すると,その慰謝料は2500万円が相当である。
(ウ)葬祭費150万円
イ原告らは,Aの死亡により,上記損害についての賠償請求権を,法定相
,,,続分に従い原告Bが2分の1原告C及び原告Dが各4分の1の割合で
それぞれ相続した。
(4)消滅時効(不法行為責任について)
被告の主張
ア不法行為に基づく損害賠償請求権は,原告らが損害及び加害者を知って
,。から3年経過後に本件訴訟を提起しているので時効により消滅している
イ被告は,平成11年10月20日の本件弁論準備手続期日において,上
記アの時効を援用するとの意思表示をした。
第3裁判所の判断
1争点(1)(被告の責任)について
(1)前記第2,1の争いのない事実,証拠(甲3,5ないし13,15,1
,,,,,,819平成9年(行ウ)第20号事件の甲1ないし791213
21,22,24ないし27,31,32,36,41ないし43,45
ないし48,乙1,2,4,5,10ないし12,19ないし21,丙1
ないし9〔枝番を含む,証人F,同G,同H,原告B本人)及び弁論の。〕
全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
,,.,アAは昭和19年5月7日生まれで身長は1698センチメートル
体重は59.0キログラムの男性であり,晩酌はしないが,職場行事等で
飲酒することはあり,家庭内では喫煙しないが,入院先等ではしていた。
Aは,17歳のころに肺浸潤と診断されたことがあるが,昭和61年こ
ろは,血圧等に異常はなく,その他基礎疾患等の有無について明らかにす
る資料はないが,妻である原告Bを含む周囲の者から,その健康状態に格
別異常はないと見られていた。
イAの被告における地位等
(ア)Aは,従前,住友重機興産で損害保険に関する仕事をしていたとこ
ろ,被告岡山支社a中央支所の出張所所長のGの勧誘により,昭和6
1年2月ころ即営業職員被告においては個人営業職員が即,(,「」「
営業職員」と「一般営業職員」に分れている)として被告に入社し。
(なお,Aの被告における営業職員としての資格は,同年2月は研修
所見習いであり,同年3月ころからは研修職員,同年8月からは営業
主任補であった,同支所ではGの下部職員ではなく,同支所直属。)
の営業職員として,生命保険契約の募集業務に従事していた。また,
当時の同支所長はFであった。
Aは,当初幹部候補生である特別研修生として被告に入社する予定で
あったが,特別研修生は,東京で3か月間の研修が必要となるので,
Aは,原告ら家族が岡山にいることもあり,それを辞退して,即営業
職員として入社したものである。
なお,Aは,被告から,以下のとおりの給与を受領していた(かっこ
内の数は,その月にAが獲得した保険契約件数である。。)
昭和61年2月分3万7500円
同年3月分(6件)11万5000円
同年4月分(14件)10万8484円
同年5月分(14件)23万7890円
同年6月分(6件)24万5601円
同年7月分(6件)15万7104円
同年8月分(7件)14万1208円
(イ)被告において,即営業職員は,一般営業職員と労働条件等において
同じであるが,入社後7回目の査定の前月まで,12万円の給与の保
障がある(原則は,本給2万円に,保険契約の獲得件数等によって,
各種手当が加算される。なお,被告における査定は,毎年5月,。)
8月,11月及び2月に行われ,前3か月間の業務成績等により査定
,,,。されるのでAは昭和62年7月まで上記給与が保障されていた
ところで,被告における個人営業職員の資格区分は,研修職員,営業
主任補,1級職員補,2級職員,1級職員,専修職員,営業副主任,
営業主任及び特別営業主任がある。そして,営業主任補は,入社後第
2,3又は4回目の査定時において,前3か月間の通算獲得保険件数
が6又は7件以上,月平均査定成績が600万以上あること,新規獲
得保険契約のない月が2回以上ないことなどの基準を満たした場合に
任用され,この基準をその後の査定時において満たしていなければ資
格を失うことになる。
また,被告においては,一般に営業職員には失業保険がないと考えら
れており,また,2か月連続して保険契約を獲得しなければ,退職扱
いとなる。
(ウ)被告において,営業職員が,業務上災害等により,30日以上休業
し,復職後十分な活動が見込まれる場合は,復職後,その業務上災害
直前の3か月間の月平均を参考にした給与の保障及び休業開始時の資
格の保障がされ,この保障期間は,勤続年数が6か月以上の者で,6
か月間である。
また,労働者災害保障保険(以下「労災」という)が適用される場。
合には,被告が休業補償立替払金を支払い,その額は,約8割が労災
により支給される額であり,差額は被告が負担する。
さらに,労災休業中の営業職員には,2か月連続して保険契約を獲得
しなければ退職扱いとなる制度は,適用されない。
なお,被告において,営業職員が業務上の災害等により業務を行うこ
とができない場合に,労災による休業補償又は被告の上記給与保障が
されているとき,当該営業職員において獲得された保険契約は,当該
営業職員の復職後の査定の成績になる可能性はあるが,当該月の給与
に反映されることはないと考えられていた。
(エ)被告において,営業職員は,顧客に対する挨拶又は新規保険契約者
に対するサービス品として配るため,翌年のカレンダーを,その年の
夏ころに自費で注文し,年末ころから配り始めるのが慣習になってい
た。
ウAの入院中の行動
(ア)昭和61年9月1日,Aは,業務中に発生した本件バイク事故によ
り,右脛骨々幹骨折等の傷害を負い,E整形外科に入院し,右大腿部
から足にかけてギプス処置を受けた。
同年9月24日ころ,Fは,Aの代理人として,Aが交渉をしていた
顧客から保険契約を1件獲得した。
同年10月ころから,Aは,病室に名簿・地図・文具・手帳などを持
ち込み,保険契約の獲得活動を始め,松葉杖で病院内の病室を廻った
り,病院を外出して市営住宅を廻ったり,病院近くで行われた運動会
に行った。
同年11月15日に,Aは,病院で同室のIから保険契約を獲得し,
同月25日に,病院近くの会社に務めていたJから保険契約を獲得し
た。なお,このころまでに,Aは松葉杖をついての歩行に習熟してい
た。
同月26日,Aは,骨折が治療されていないところがあるため,右腸
骨移植手術を受け,また,医師から,さらに3か月の入院が必要であ
る旨告げられた。
同年12月5日,Aは,ギプス切割及び抜糸を受け,同月12日ころ
から,松葉杖をついて歩くことが可能となった。
同月24日,Aが入院中に出した手紙を見た者が,被告岡山支社a中
央支所に対し,Aを指名して,保険契約を締結しようとしたところ,
Aが入院中であることから,他の従業員が,Aの代理として,保険契
約を獲得するということが2件あった。
同月25日ころ,原告らが,Aを見舞うため,病室に来ていたとき,
被告岡山支社a中央支所からAに電話があり,その後病室に戻ったA
,,「。」は持っていた松葉杖を床に投げつけ訳の分からないことを言う
などとつぶやき,うつむいて黙ってしまったことがあった。
同月26日,Aは,A本人及び原告Bを保険契約者とする2件の自己
契約をした。
同月27日,Aは,病院を外出して,知人のいる会社等を訪問した。
同月28日,Aは,病室で年賀状を200枚書き,投函した。
(イ)Aは,前記(ア)の入院中,昼間によく病院を外出し,また,病院に
は,被告岡山支社a中央支所から,Aに対して,頻繁に電話がかかっ
てきていた。
Aが上記入院中に獲得した保険契約は,被告岡山支社a中央支所で,
Fが決裁等をしていた。
なお,Aは,来年になると保険がなくなる等と入院中の患者に話をし
ていた。
,,,,(ウ)Aは被告から休業補償立替払金の支払いを受け以下のとおり
Fから病室で受領していた。
10月24日19万1077円(9月2日から30日分)
19万0343円(10月1日から31日分)
11月25日19万0710円(11月1日から30日分)
12月24日19万7067円(12月1日から31日分)
また,E整形外科におけるAの治療費は,労災から支給されていた。
なお,Fは,上記の日以外にも,月に2,3回,Aのところに来てい
た。
(エ)Aの入院中に行われた血液検査の結果は,以下のとおりである(単
位は,mg/dlである。。)
│基準値│9月2日採血│11月21日採血│12月26日採血
│総コレステ│130−230│202│241│266│
│ロール値│││││
│中性脂肪値│50−160│110│174│210│
│尿酸値│3.0−7.0│5.5│7.9│9.1│
エAの昭和61年12月30日の行動
(ア)Aは,医師から,松葉杖をついての歩行で,右足への部分荷重も可
能との指示で,同年12月30日から昭和62年1月3日まで,年末
年始の外泊許可を得た。
原告Bは,昭和61年12月30日午後2時ころ,自動車でAが入
院している病院に到着した。そのときAはすでに準備をして待ってお
り,Aは,原告Bが運転する自動車で,5分ほどのところにある,被
告岡山支社a中央支所の事務所に行き,Aは,同年夏ころ注文してい
た配布用のカレンダーを受け取った。
(イ)その後,Aは,原告Bが運転する自動車で,約5ないし6時間かけ
て,41ないし48軒の顧客宅を廻り,カレンダーを配布した。
その間,Aは,原告Bが運転する自動車で移動したが,自動車が入れ
ないところでは,松葉杖をついて歩いて移動し,原告Bは自動車内で
待っていた。原告BがAを手伝ったのは,後述の23度の勾配の坂道
があるところの1か所だけである。なお,Aは,途中2回ほど転倒し
たこともあった。
Aが松葉杖をついて歩いたところは,片道40メートルを超えるとこ
ろが10軒あり,そのうち片道70メートル,76メートル,120
メートルのところもあった。また,23度の勾配の坂道や,アパート
の3階(32段の階段)や4階(46段の階段)のところもあった。
Aは,知人のところに向かう途中で,その知人と知り合いであるAの
,,。同僚とすれ違った際原告Bに対して先を越されたかな等と言った
その後,Aは,1件保険契約を昭和62年1月4日に締結する約束を
取り付け,それから後は,カレンダーを各顧客宅のポストに入れるの
みで面談せずに済ませた。
なお,当日の日の入り時刻は,午後5時4分ころである。
そして,Aは,配るべきところを数件残したところで,自宅へ帰るこ
とにし,その途中で,原告Bに対して「田舎に帰ってもいいな」,。
等とぽつりと言った。
(ウ)同日午後8時30分ころ,A及び原告Bは帰宅し,食事,風呂など
を済ませた後,原告Bは疲れて寝てしまい,目を覚ましたとき,まだ
起きていたAは,子供をこたつで寝かさない方がいいと言って,原告
Dを原告Bに引き渡したとき,突然,ウーといううめき声を上げ,前
屈みになり苦しそうに手を胸に当てて倒れた。
原告Bは,すぐに救急車を呼んだが,救急隊が駆けつけたときにはす
でに,Aの意識はなく,心停止・呼吸停止の状態であった。
,,,,その後Aはa中央病院に運ばれ同月31日午前2時45分ころ
急性心不全により死亡と診断された。
(エ)原告らは,被告に対し,平成8年12月18日到達の内容証明郵便
により,Aの死亡による損害の賠償請求の催告をした。
(2)ところで,Aと被告との間には,Aを労働者,被告を使用者とする雇用
契約が締結されており,被告は,使用者として,信義則上,労働者の生命
・身体・健康を危険から保護するように配慮すべき義務を負い,具体的に
は,労働者の健康状態に配慮し,身体や健康を損ねている労働者に対して
は,適切な診療を受けさせ,治療に専念させ,労働させることによりその
健康等の障害をより増長させないよう適切な措置をとるべき義務を負って
いる。
(3)そこで,以上認定した事実をもとに検討する。
Aは,昭和61年9月1日,本件バイク事故により,右脛骨々幹骨折等の
傷害を負い,入院し,右大腿部から足にかけてギプス処置を受け,骨折が治
療されていないところがあるため,同年11月26日に,さらに右腸骨移植
手術を受け,同年12月30日ころ,松葉杖をついての歩行で,右足への部
分荷重が可能となったのであるから,上記入院中は,安静にして,治療に専
念しなければならなかった。
,,,,,しかしAは上記入院中も病院内の病室を廻ったり病院を外出して
被告の保険募集業務を行っていたことが認められる。
この点,被告において,業務上の災害により欠勤する者に対しては,給与
は支給されないが,休業補償立替払金が支給され(Aも入院中,現金で受領
している,また,休業前の給与額及び資格は,復職後も保障されており,。)
さらに,2か月間連続で獲得保険契約件数がなくても,退職扱いになる制度
は適用されなかった。しかも,被告の営業職員が休業中に新規保険契約を獲
得しても,休業補償立替払金の額が上がるわけでもなかった。
それにもかかわらず,Aは,未だ松葉杖をついて右足に荷重がかからない
ようにしなければならない状態で,保険募集業務を行い,新規保険契約の獲
得までしており,また,上記休業補償立替払金の収入しかないにもかかわら
ず,資格が保障されている入院中に,A本人及び原告Bを保険契約者とする
自己契約を同時に2件も締結しており,さらに,入院中,Aは,来年になれ
ば保険がなくなる等と言っていたことからすれば,Aは,被告において営業
職員が長期休業した場合の給与及び資格の保障の制度等を知らなかったと推
測される。
そして,Fは,月に2ないし3回,Aの見舞いに行き,かつ,Aが獲得し
た契約の決裁をしていたものの,Aに対し,上記制度があることを具体的に
告げていなかったと認められる。
これらの事実に加えて,Aは,上記のとおり,保険募集業務を行い,新規
保険契約を獲得し,自己契約までしていること,同年12月には同月30日
以前から病院を外出し,顧客訪問ができていたのであるから,40軒以上の
カレンダー配布を1日にまとめて行うのではなく,それ以前から行っておけ
ばよいのに,それをしないで,年末である12月30日に新規保険契約獲得
を目的にカレンダーを配布していること,Aの入院中,F又はその指示を受
けた被告の従業員が,頻繁に入院中のAに電話をかけていたこと,同月25
日ころ,Aが,被告からの電話の後「訳の分からないことを言う」など,。
と言い,電話の相手の発言に怒りを示したと認められることからすれば,A
が上記一連の営業活動を行っていたのは,自らの営業成績を上げて高い収入
を得ようとしたことがあるとしても,それより上司であるFの指示によるも
のと認められる。
したがって,被告は,Aに対して,入院中にもかかわらず業務の遂行を強
要したことについて安全配慮義務違反が認められる。
2争点(2)(因果関係)について
(1)ア本件カレンダー配布業務は,午後2時30分ころから午後8時30分
ころまで行われ,当日の日の入り時刻が午後5時ころであることから,
そのうち約3時間は,日が暮れてから行われたものである。また,当日
は12月30日という冬季であり,Aは,40軒以上もの顧客宅を廻る
ために暖かい自動車内と寒い屋外の出入りを繰り返したことになる。さ
らに,通常住友生命において,営業社員は,年末に何日かかけてカレン
ダーを配布するものであった。しかも,原告は,自動車の運転だけであ
るが,帰宅後いつの間にか眠ってしまうほど疲れていた。
そして,Aは,昭和61年9月1日,本件バイク事故により,右脛骨
々幹骨折等の傷害を負って,入院し,右大腿部から足にかけてギプス処
置を受け,同年11月26日には,再度手術をし,同年12月30日こ
ろは,松葉杖をついての歩行で右足への部分荷重が可能となったばかり
の状態であったこと,そのようなAが歩行したところは,片道120メ
ートルの道,23度の勾配の坂及び階段を含み,Aは,23度の勾配の
坂の部分を除き,1人で配布用のカレンダーや保険契約獲得に必要な書
,,類等を持って移動していたことカレンダー配布業務を終えて帰宅途中
Aは「田舎に帰ってもいいな」とぽつりと言うほど,疲れを感じてい,。
たと認められる。
このように,本件カレンダー配布業務の内容は,住友生命の営業社員
の日常業務と大きく変わらないものであったといえるとしても,Aは,
松葉杖をついて,通常営業社員が何日かかけてする業務を短時間に,し
かも厳しい条件の下で行ったもので,Aがいかに松葉杖をついての歩行
に習熟していたとはいえ,松葉杖をつきながらの本件カレンダー配布業
務は,肉体的に,日常業務の範囲を超える過重な業務であったと認めら
れる。
イ前記1(3)のとおり,Aが入院中にもかかわらず,被告の保険募集業務
を行っていたのは,Aの独自の意思というよりは,むしろ,復職後の資格
及び給与の保障がないかもしれないという不安及び被告の指示によるもの
である。
この点,生命保険の募集業務に従事する営業社員は,獲得した保険契約
による歩合給であることなどから,通常,多かれ少なかれ精神的ストレス
を負っているものである。
しかし,未だ幼い原告C及び原告Dと,妻である原告Bを扶養している
Aにとって,復職後の資格及び給与が保障されないということの不安は大
きいものと認められるし,入院中であり松葉杖をつかなければ歩けないに
もかかわらず,営業活動を指示され,さらに,新規保険契約を獲得したに
も関わらず,年末に業務を指示され,行わなければならない理不尽さに対
する憤まんの情も大きいものと認められるから,Aの負っている精神的ス
トレスは,通常の営業社員よりも過大なものであったと認めることができ
る。
(2)ア前記1(1)エ(ウ)のとおり,Aの死亡は,急性心不全と診断されている
が,急性心不全は疾患名ではなく,また,Aの死亡後解剖がされていな
いため,Aの死亡の医学的原因は不明である。
そして,医師の意見書(甲14ないし17,平成9年(行ウ)第20号
事件の甲8ないし11,19ないし21,50,54,62,乙13,
14,22,23)によれば,Aの死亡の医学的原因としては,心筋梗
塞,肺塞栓等が考えられるところ,心筋梗塞は,本件カレンダー配布業
務と死亡との間に時間があいているため,疑いが残り,労作とは関係が
なく発生する冠スパスムによる心筋梗塞も考えられるが,頻度が非常に
少ないものであること,肺塞栓も,Aは,死亡のかなり以前から松葉杖
をついての歩行を開始しているため,死亡との時間的間隔から矛盾があ
ることなどから,Aの医学的な死因の断定的判断はできないことが認め
られる。
,,,,イしかし因果関係の問題は医学的な判断ではなく法的な判断であり
必ずしも厳密に医学的な証明を要するものではないから,与えられた医学
的知見の枠組みの中で,基礎疾患の有無,程度,外傷の程度,外傷の前後
の被災者の身体的状況等を総合的に考慮して,相当因果関係があるか判断
すべきである。
ウそこで検討するに,脳血管疾患及び虚血性心疾患等に関する専門家会議
による「過重負荷による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の取扱いに関する
」(),,,報告書乙9によれば虚血性心疾患の危険因子には大因子として
高脂血症や食事習慣,高血圧,喫煙,肥満等が,小因子として経口避妊薬
や座業,性格,精神的・社会的緊張が挙げられること,心筋梗塞の発症の
時期は労作と関係することもあるが,関係がないときの方が多いこと,労
作と関係ないときは,夜の安静時,就寝中にも出現することがあること,
この場合には,日中に過度の心身の負荷があったときがあること,季節は
冬季が多い傾向にあることが認められる。
そして,前記1(1)ウ(エ)のとおり,Aの入院当初の9月2日の血液検
,,,査では通常の値を示していた総コレステロール値中性脂肪値尿酸値が
12月26日には全て基準値を超え,高脂血症,高尿酸血症の状態であっ
たことや,前記1(1)アのとおり,喫煙をすることを除けば,Aには,自
然的経過により心筋梗塞を発症させるような特段の心疾患の病歴等を有し
ていなかったこと,Aは,過重な精神的ストレスの下で,本件カレンダー
配布業務という過重な業務に従事した後,約6時間後に死亡したこと,他
にAが心筋梗塞を含む心疾患を発症させる有力な原因があったとは認めら
れないことからすれば,本件カレンダー配布業務が有力な原因となって心
筋梗塞が発症したと認めるのが自然であり,カレンダー配布業務とAの死
亡との間には相当因果関係があると認められる。
3争点(3)(損害)について
(1)逸失利益
,,,Aは被告から給与を受給していたが約半年間勤務したにすぎないから
Aの死亡による逸失利益は,Aが死亡当時42歳の男子であり,特別な既往
症などなかったことからすると,賃金センサス昭和61年第1巻第1表の4
2歳(40歳から44歳)男子労働者産業計・企業規模計・学歴計の平均賃
金年533万3500円を基準とし,Aの家族構成を考慮して生活費として
30パーセントを控除し,就労可能年数25年間の中間利息(年5パーセン
ト)をライプニッツ係数(14.094)を用いて控除した5261万92
44円とするのが相当である。
(2)慰謝料
Aは安静療養すべきであったところ,被告の安全配慮義務違反により,業
務を行い,突然死亡したものであること,妻である原告B及び2人の幼い子
である原告C及び原告Dがいたことなど諸般の事情を総合的に考慮すれば,
Aの死亡慰謝料は,2000万円とするのが相当である。
(3)葬祭費
本件と相当因果関係が認められるAの葬祭費は120万円が相当であると
認められ,弁論の全趣旨により,原告Bが2分の1,原告C及び原告Dが各
4分の1を負担したと認める。
(4)相続等
本件において,Aが被告に対して有する損害賠償請求権の額は前記(1)(2)
の合計7261万9244円になるところ,これを原告Bが2分の1,原告
C及び原告Dが各4分の1の割合でそれぞれ相続し,原告らはそれぞれ上記
のとおり葬祭費を負担したものであるから,被告は,原告Bに対し,369
0万9622円,原告C及び原告Dに対し,各1845万4811円の損害
賠償義務を負担する。
4争点(4)(消滅時効)について
原告らは,不法行為に基づく損害賠償も請求しているところ,Aが死亡した
昭和61年12月31日当時,その損害及び加害者は,原告らに明らかであっ
たから,その時から同請求権の消滅時効が進行する。そして,被告は,平成1
1年10月20日の第7回弁論準備手続において,上記時効を援用した。
よって,原告らの不法行為に基づく損害賠償請求は,時効により消滅したか
ら,認められない。
5結論
(1)以上のとおり,被告に対し,原告Bは3690万9622円の,原告C
及び原告Dはそれぞれ1845万4811円の安全配慮義務違反に基づく
損害賠償請求権を有する。
,,ところで安全配慮義務違反という債務不履行に基づく損害賠償債務は
期限の定めのない債務であるから,債務者は,債権者からの履行の請求を
受けたときに初めて遅滞に陥るものというべきであるところ,前記1(1)エ
(エ)のとおり,被告は,原告らから,同日限り前記損害賠償債務について
遅滞に陥ることになる。
したがって,被告は,原告らに対し,その翌日である平成8年12月1
9日から各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払わ
なければならず,それより前の期間については遅滞の責めを負わないこと
になる。よって,原告らの安全配慮義務違反に基づく請求は,原告らの有
する上記損害賠償請求権の一部である,原告Bについては2500万円,
原告C及び原告Dについては各1250万円並びにこれらに対する催告の
日の翌日である平成8年12月19日から支払済みまで民法所定年5分の
割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり,Aが死亡した
日から上記平成8年12月18日まで民法所定年5分の割合による遅延損
害金の支払いを求める部分は理由がない。
(2)また,原告らの請求のうち,不法行為に基づく損害賠償請求は,前記4
のとおり,認められない。
(3)したがって,原告ら請求は,上記の限度で理由があるからその限度で認
容し,その余は理由がないから,棄却することとし,訴訟費用の負担につ
き民訴法64条,61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,そ
れぞれ適用して,主文のとおり判決する。
岡山地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官小野木等
裁判官政岡克俊
裁判官永野公規

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