弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中、上告人敗訴の部分を破棄する。
     前項の部分につき、被上告人らの控訴をいずれも棄却する。
     控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人内林誠之の上告理由について
 一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
 1 Dは、その所有する普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)につき、
昭和六二年五月二四日上告人との間で、搭乗者傷害保険を含む自動車保険契約を締
結した。右保険契約中搭乗者傷害保険に関する部分は、自家用自動車保険普通保険
約款中の搭乗者傷害条項(以下「搭乗者傷害条項」という。)に従ったもので、「
正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」を被保険者とし、被保険者が被保
険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被り、そ
の直接の結果として、事故の発生の日から一八〇日以内に死亡したときは、死亡保
険金五〇〇万円を被保険者の相続人に支払う旨の条項が含まれていた。
 2 昭和六二年一〇月四日、広島県福山市内の国道上において、Dの運転する本
件自動車が転回中に後方から走行して来た大型貨物自動車に追突され(以下、右事
故を「本件事故」という。)、本件自動車に同乗していたEは右事故により脳挫傷
等の傷害を負い、同月六日死亡した。被上告人らはEの父母であり、その相続人で
ある。
 3 本件自動車はいわゆる貨客兼用自動車であり、後部座席の背もたれ部分を前
方に倒して折り畳むことにより、折り畳まれた後部座席背もたれ部分の背面と車両
後部の荷台部分とが同一平面となってこれを一体として利用することができる構造
になっていた。本件事故当時、本件自動車の後部座席は折り畳まれた状態で、右の
場所には洗剤、鍋等の商品が積まれていたが、Eは、右の場所に商品の脇に少し身
体を起こした状態で横たわって乗車していたところ、前記大型貨物自動車に追突さ
れた衝撃により、本件自動車後部の貨物積載用扉が開き、右商品と共に路上に投げ
出された。
 二 原審は、右事実関係の下において、いわゆる貨客兼用自動車の後部座席は座
席としても荷台としても使用することができる構造になっているから、もともと人
間が搭乗しないという前提で設計されている乗用車のトランク又は貨物自動車の荷
台等とは異なり、たまたま後部座席の背もたれ部分を折り畳んで使用していたから
といって、直ちに「正規の乗車用構造装置のある場所」でなくなったということは
できないとし、Eは搭乗者傷害条項にいう「正規の乗車用構造装置のある場所に搭
乗中の者」に当たると判断して、前記保険契約中の搭乗者傷害保険に関する条項に
基づき死亡保険金の支払を求める被上告人らの請求を認容した。
 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次の
とおりである。
 搭乗者傷害条項にいう「正規の乗車用構造装置のある場所」とは、乗車用構造装
置がその本来の機能を果たし得る状態に置かれている場所をいうものと解するのが
相当である。けだし、右条項にいう「乗車用構造装置」とは、車両に搭乗中の者が
車両の走行による動揺、衝撃等によって転倒、転落することを防止し、その安全を
確保するための装置をいうものと解すべきところ、搭乗者傷害条項は、車両に搭乗
中の者が、右装置が本来の機能を果たし得る状態に置かれている場所に搭乗してい
たにもかかわらず発生した事故によって生じた損害を補填することを目的とするも
のであって、それ以外の場所、すなわち右装置が本来の機能を果たし得ない状態に
置かれている場所に搭乗中に発生した事故による損害まで補填しようとするもので
はないというべきだからである。
 前記事実関係によれば、本件事故当時Eが乗車していた場所は、いわゆる貨客兼
用自動車の後部座席の背もたれ部分を前方に倒して折り畳み、折り畳まれた後部座
席背もたれ部分の背面と車両後部の荷台部分とを一体として利用している状態にあ
ったというのであるから、右の状態においては、後部座席はもはや座席が本来備え
るべき機能、構造を喪失していたものであって、右の場所は、搭乗者傷害条項にい
う「正規の乗車用構造装置のある場所」に当たらないというべきである。
 したがって、これと異なる判断の下に、Eが搭乗者傷害条項にいう「正規の乗車
用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当するとして、被上告人らの保険金請求
を認容した原審の判断には、保険契約の解釈を誤った違法があり、この違法は原判
決の結論に影響することが明らかである。論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴
の部分は破棄を免れない。そして、前に説示したところによれば、被上告人らの本
件保険金請求は理由がないことが明らかであるから、これを棄却すべきであり、こ
れと結論を同じくする第一審判決は正当であって、被上告人らの控訴は棄却すべき
ものである。
 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条、九三条に従い、
裁判官千種秀夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判
決する。
 裁判官千種秀夫の補足意見は、次のとおりである。
 私は法廷意見と結論を同じくするものであるが、保険約款の解釈、適用について、
若干補足しておきたい。
 一 法廷意見は、本件搭乗者傷害条項にいう「正規の乗車用構造装置のある場所」
とは、乗車用構造装置がその本来の機能を果たし得る状態に置かれている場所をい
うものと解するのが相当であるとし、その理由として、右条項にいう「乗車用構造
装置」とは、車両に搭乗中の者が車両の走行による動揺、衝撃等によって転倒、転
落することを防止し、その安全を確保するための装置をいうものと解すべきところ、
搭乗者傷害条項は、車両に搭乗中の者が、右装置が本来の機能を果たし得る状態に
置かれている場所に搭乗していたにもかかわらず発生した事故によって生じた損害
を補填することを目的とするものであって、それ以外の場所、すなわち右装置が本
来の機能を果たし得ない状態に置かれている場所に搭乗中に発生した事故による損
害まで補填しようとするものではないと解すべきだからであるとしている。そして、
右解釈の下に、本件自動車のような貨客兼用の自動車において、後部座席の背もた
れ部分を前方に倒して折り畳み、後部座席背もたれ部分の背面と車両後部の荷台部
分とが同一平面となり一体として利用できる状態になっているときは、右の場所は、
前記条項にいう「正規の乗車用構造装置のある場所」には該当しないとしている。
 二 右の判示は、この限りにおいては一応相当であるが、強いていえば、本件約
款の前掲文言については、若干の疑義がないわけではない。前記条項中「正規の乗
車用構造装置」というものが「車両に搭乗中の者が車両の走行による動揺、衝撃等
によって転倒、転落することを防止し、その安全を確保するための装置」であるこ
とにはさしたる疑問はないが、約款は、そのような装置を利用して搭乗している者
を被保険者としているのではなく、そのような「装置のある場所」に搭乗している
者を被保険者としているからである。この文言に従えば、被保険者は、座席に座っ
ている場合に限らず、そのような装置のある車室内にいれば、立っていても寝てい
てもよいのであって、その意味では保険の対象範囲は右にいう「構造装置」自体を
その用法に従って利用している場合よりも広いのである。換言すれば、そのような
装置のある場所に搭乗しているのであれば、その装置を使用していなくても、保険
契約の上では同等に取り扱ってよいとの判断に基づいているといわなければならな
い。それならば、そのような装置のある場所であれば、その装置が折り畳まれ、あ
るいは倒されて平坦になっていたとしても、なお右約款にいう「場所」に該当する
のではないかという考え方が生じる可能性も否定できないのである。その意味では、
右約款の表現は、救済を拡大した反面、その趣旨を不明確にしたきらいがないとは
いえない。
 三 ただ、本件のような自家用自動車に搭乗する者の傷害保険は、本来人を乗せ
るための自動車に人が通常の方法で乗車している場合を想定して、傷害による損害
を補填しようとするものであるから、常識的に考えれば、人の通常乗らないところ
にわざと乗ったり、人の通常やらないような乗り方で乗車して、普通なら起こり得
ないような事故が起きた場合には、そのような事故は保険の対象から除外されるの
が当然であるといえる。トラックの荷台、さらには乗用車のトランクあるいは屋根
の上に乗ったりするのがそれである。本件約款も、本来はそのような内容を規定す
る趣旨であったことは、その文言から容易に理解される。したがって、その本来の
趣旨からこの文言を読めば、正規の乗車用構造装置が折り畳まれて荷物を置く状態
とされ、本来の乗車用装置として機能を果たし得ない状態になっているときは、そ
の場所は、もはや「正規の乗車用構造装置がある場所」ではなくなったとみるのが
常識にかなった解釈といえよう。
 四 しかし、今日のように、日常生活における自動車の利用状況が多面化し、製
造技術の発達とあいまって、構造上も臨機にその時々の目的に従った利用形態がと
られるようになると、右の約款の文言では一律に決しかねる場合が多くなることも
予想される。本件のように、乗用車ではあるが、座席を折り畳んで荷物の積載に便
利なように変換し、あるいは座席を倒し平坦にして寝られるようにするなどである。
それらは、必要に応じて、一部だけ変換することも可能である。新しく生じたそれ
らの様々な状況をそれ以前に作られた約款によって一律に決することは困難なこと
であり、車両を利用する加入者においても、常識の上で、それが保険によって補填
されるか、それともされないかを判然と区別できない事態も起こりかねない。
 五 保険契約は、いわゆる附合契約と称せられるように、大量の保険契約を同一
の約款に従って締結するものであって、契約ごとに逐一条項を決するわけにはいか
ないのが実情であり、その契約内容が、万が一に生じるかもしれない将来の事故に
かかわる問題であることから、とかく加入者としては、契約文言を逐一厳格に検討
することを怠りがちである。そのような契約においては、契約約款は、誰びとにも
分かり易く記載しておくことが望ましいのであり、もしその記載の意義について見
解が分かれ、それぞれにある程度の合理的理由が認められる場合には、直ちに加入
者に不利益な解釈を採るべきものとはいえない。約款を作成する保険者側は、その
知識経験からして事故発生の状況について、加入者よりはるかに多くの情報に精通
しているはずであって、保険の対象から除外すべき場合を書き分けることは容易な
立場にあるからである。事実、もし本件のような貨客兼用車において、座席を倒し
て荷物を置くようにしている場所に搭乗していた者が、保険の対象から除外される
のであれば、そのことを約款に明示することはさして困難なこととは思われない。
搭乗者の傷害保険に関する保険約款に前記のような文言が遅くとも昭和四〇年ころ
に既に使用されていたことは公知の事実であるところ、その後今日まで二十余年の
間に車両の構造は多様化し、本件のような貨客兼用車の種類、数量も飛躍的に伸び
ているのである。こうしたものが日常生活の中で多数利用されるようになれば、こ
れを利用する人々の生活意識の中では、少なくとも保険の適用においては、乗用車
の車内であれば、座席に座っていようが、それを倒したり折り畳んでいようが差異
はないと思う者も現れるであろうことは想像に難くない。したがって、こうした形
態の乗用車に搭乗する者について、いずれが保険の対象となり、いずれが保険の対
象から除外されるかということは、その時々の社会の実情に合わせて逐次明確にし
ておくことが要請されているというべきである。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    大   野   正   男
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    可   部   恒   雄
            裁判官    千   種   秀   夫
            裁判官    尾   崎   行   信

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