弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
原判決のうち上告人の敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人水原清之,同愛須一史,同瀧澤啓良の上告受理申立て理由(ただし,
排除されたものを除く。)について
1本件は,札幌市の住民である被上告人が,定例会等の会議に出席した市議会
議員に費用弁償として日額1万円を支給する旨の同市条例の定めにつき,当該日額
は高額に過ぎ,地方自治法(平成20年法律第69号による改正前のもの。以下
「法」という。)203条によって与えられた普通地方公共団体の議会の裁量権の
範囲を逸脱して無効であると主張して,法242条の2第1項4号に基づき,上告
人を相手に,上記条例の定めに基づいて平成18年4月から同19年5月までの間
に費用弁償の支給を受けた各議員に対し,各支給額相当額の支払等を請求するよう
求める住民訴訟である。
2原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)法203条3項は,普通地方公共団体の議会の議員は職務を行うため要す
る費用の弁償を受けることができるとし,同条5項は,その額及び支給方法は条例
で定めなければならないと規定する。札幌市議会議員の報酬,費用弁償及び期末手
当に関する条例(昭和26年札幌市条例第30号。平成19年札幌市条例第33号
による改正前のもの。以下「本件条例」という。)2条は,これを受けて,議員が
定例会,臨時会,常任委員会,議会運営委員会及び特別委員会の会議に出席したと
きは,費用弁償として日額1万2500円を支給すると定めている。この定めは,
費用弁償額を増額する条例改正により平成4年12月1日から適用されていたもの
であるが,その後定められた本件条例附則11項により,同17年4月1日から同
23年5月1日までの間に上記会議に出席した議員に対して支給することとなる費
用弁償の日額については,同条の規定にかかわらず,1万円とするとされている。
(2)札幌市は,本件条例に基づき,平成18年4月から同19年5月までの費
用弁償として,84名の議員に対し,総額3855万円を支給した。
(3)当時,札幌市を除く,法252条の19第1項の指定都市(以下「指定都
市」という。)の中では,半数程度が法203条3項に係る費用弁償につき条例で
定額弁償を定め,そのうちの数市が本件条例が定めるのと同程度の額を支給するこ
ととしていた一方で,定額弁償によらず,実費又は議員の住所からの距離に応じた
一定の幅のある額で費用弁償を支給する市があったほか,費用弁償の支給制度を廃
止する市も出てきていた。なお,札幌市も,平成19年9月,本件条例を改正し,
同制度を廃止した。
3原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,第1審判決が
訴えを却下した平成18年4月及び同年5月分の費用弁償に係る部分を除き,被上
告人の請求を認容すべきものとした。
法203条にいう費用の弁償につき,所定の支給事由に該当するときに標準的な
実費である一定額を支給する旨を条例で定めた場合において,当該額が同条により
与えられた普通地方公共団体の議会の裁量権の範囲内にあるといえるためには,当
該費用弁償が当該支給事由に係る職務を行うために要する費用を弁償するものであ
って,報酬としての性格を有しておらず,かつ,その額が合理的に見積もられたも
のである必要がある。
本件条例は,議員が所定の会議に出席したときに生じ得る日当及び事務経費等並
びに交通費を包括的に定額で弁償するものである。このうち日当及び事務経費等の
弁償は,会議出席に伴って生じ得る諸雑費を弁償する趣旨であれば報酬性を帯び
ず,許容されるが,弁償額の見積もり対象たる具体的費用が特定されていない本件
では,その合理的上限額を定めるべきであり,その額は,国家公務員等の旅費に関
する法律に定められた指定職の職務にある者の内国旅行の日当額である3000円
(同法6条6項,別表第1の1)から昼食代相当額を控除した額というべきであ
る。また,交通費相当額の弁償は費用の弁償として許容されるものであるが,会議
に出席するために常にタクシーを用いることを前提に交通費を見積もるのは合理的
でなく,これを公共交通機関の運賃により算定すると1000円以内の場合がほと
んどである。本件条例が定めた費用弁償の日額は,以上のような事情に基づき算定
される費用弁償の合理的上限額の3倍程度に相当するものであり,その定めは上記
裁量権の範囲を超え又はそれを濫用したものである。
4しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
法203条3項にいう費用の弁償について,条例で,あらかじめその支給事由を
定め,それに該当するときには標準的な実費である一定額を支給する取扱いをする
場合,いかなる事由を支給事由として定めるか,また,上記一定額をいくらとする
かは,条例を制定する普通地方公共団体の議会の裁量判断にゆだねられていると解
される(最高裁平成2年(行ツ)第91号同年12月21日第二小法廷判決・民集
44巻9号1706頁参照)。
本件条例は,議員が定例会等の会議に出席した場合に定額の費用弁償を支給する
ものであるが,上記会議はいずれも法に定められたものであって,議員の重要な活
動の場であり,そこへの出席に伴い,その職責を十全に果たすための準備,連絡調
整及び移動等の費用を含む,常勤の公務員にはない諸雑費や交通費の支出を要する
場合があり得るところである。そして,このような諸費用の弁償の定め方は,前記
のとおり,指定都市においても様々に異なるものの,本件条例が定めるのと同程度
の定額で費用弁償を支給する指定都市も存在していたのであって,札幌市議会は,
このような取扱いとの均衡をも考慮しつつ,費用弁償額を定めていたものというこ
とができる。
以上の事情を考慮すると,定例会等の会議に出席した議員に費用弁償として日額
1万円を支給する旨の本件条例の定めは,法203条が普通地方公共団体の議会に
与えた裁量権の範囲を超え又はそれを濫用したものとして違法,無効となると断ず
ることはできない。
5これと異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令
の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人の敗訴部分は破棄を免れな
い。そして,以上説示したところによれば,上記部分に関する被上告人の請求は理
由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,上記部分に係る被上告人
の控訴を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官藤田宙
靖の補足意見がある。
裁判官藤田宙靖の補足意見は,次のとおりである。
私は法廷意見に賛成するが,以下の点を補足しておくこととしたい。
地方公共団体の条例により議会議員の費用弁償について定める場合,実額方式に
よらず,本件のように定額方式によって定めることも許され,その際,如何なる事
由を費用弁償の支給事由として定めるか,また,標準的な実費である一定の額をい
くらとするかについては,費用弁償に関する条例を定める当該地方公共団体の議会
の裁量判断に委ねられていると解すべきことは,法廷意見が引用し原判決もまた引
用する最高裁平成2年12月21日第二小法廷判決(民集44巻9号1706頁。
以下,「平成2年判決」という)の判示するところであるが,同判決は,そこでい
う「標準的な実費である一定額」の算定方法がどうあるべきか,算定に当たって考
慮すべき具体的な費目をどう採るか等については,一切触れていない。しかし,同
判決がこれらの点についての一切を挙げて議会の裁量に委ねられるとしたものと理
解するべきではなく,当然そこには,一定の裁量権の限界が認められるものという
べきである。従って,本件において,原審が,上記の点についての議会の判断の合
理性につき司法コントロールを加えようと試みたこと自体が同判決の趣旨に違反す
るものとは言えない。そして,費用弁償の定額の定め方につき,①算定の基礎とな
る費目は「費用性」を有し「報酬性」を有しないものでなければならない,②定額
自体が合理的に見積もられたものでなければならない,ということ自体は,法が費
用弁償制度を定めた趣旨から当然に導かれる要請ということもできようから,その
ことを指摘する限りにおいては,原審の判断を誤りということはできないものと考
える。ただ,そこでいう「費用性」及び「報酬性」(その間の線引きを含めて)の
有無,そして「合理性」の有無の具体的判断については,法廷意見の指摘するとお
り,その評価・判断に当たって,各地方公共団体の議会に,地域の事情並びに通常
の公務員と異なる議員の議会活動のあり方等に鑑みある程度自由に政策選択をする
余地を認めることが,必ずしも不合理であるとは言えまい。ところが本件において
原審が採用しているのは,いわば,費目の範囲を確定してそこから必要最小限度の
費用を積算して行く方法を唯一の適正な方法であるとし,このような積算結果との
適合性の有無を以て裁量逸脱の有無を判断する審理方法であって,これは既に,上
記平成2年判決が前提とする司法コントロールの枠を超えるものというべきであ
る。
なお,いうまでもなく,上記は,本件条例による日額1万円の定めが,費用弁償
として政策的に合理的であったことまでをもいうものではない。とりわけ,本件条
例は後に(平成19年9月26日)改正され,札幌市においては費用弁償がおよそ
行われなくなったこと,他の政令指定市においても,費用弁償を行わないか,又は
遙かに低額の弁償額を定めていたものもあること等に鑑みると,果たして日額1万
円が費用弁償として真に適切な額であったのかどうかについては,むしろ疑問が抱
かれるところですらあるが,ただ,上記のように,これは住民の公選に基づき構成
される議会に許された立法裁量の範囲内での,当不当の問題に止まるというべきも
のと考える。
(裁判長裁判官藤田宙靖裁判官堀籠幸男裁判官那須弘平裁判官
田原睦夫裁判官近藤崇晴)

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