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平成28年6月23日判決言渡同日判決原本領収裁判所書記官
平成25年(ワ)第12149号不正競争行為差止等請求事件
口頭弁論終結日平成28年4月12日
判決
原告株式会社日本医学臨床検査研究所
同訴訟代理人弁護士道上達也
被告株式会社サカイ生化学研究所
被告P1
上記2名訴訟代理人弁護士片岡成弘
同吉田幸至
同渡邉収
主文
1被告らは,別紙「営業秘密目録」記載の各情報を使用し,又は第三者に開示
してはならない。
2被告らは,別紙「営業秘密目録」記載の各情報が記録された文書及び電磁的
記録媒体を廃棄せよ。
3被告らは,原告に対し,連帯して,788万0466円及びこれに対する平
成25年11月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4被告P1は,原告に対し,434万7000円及びこれに対する平成25年
11月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5原告のその余の請求をいずれも棄却する。
6訴訟費用は,これを100分し,その91を原告の,その余を被告らの負担
とする。
7この判決は,第3項及び第4項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1主文第1項同旨
2被告らは,原告に対し,別紙「営業秘密目録」記載の各情報(当該各情報か
ら生成された情報を含む)が記録された一切の文書及び電磁的記録媒体について秘
密保全措置を講じた上で廃棄せよ。
3被告らは,原告に対し,連帯して,8053万1401円及びこれに対する
平成25年11月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4主文第4項同旨
第2事案の概要等
1事案の概要
本件は,臨床検査会社である原告が,原告を退職した幹部従業員であった被告P
1及び同被告が就職した被告株式会社サカイ生化学研究所(以下「被告会社」とい
う。)に対し,下記請求をした事案である。

【被告P1に対する請求】
①被告P1が,不正の利益を得る目的又は原告に損害を加える目的で,原告か
ら開示を受けた別紙「営業秘密目録」記載の各情報(以下「本件情報」という。)
を被告会社に開示し,かつ,上記営業秘密を原告の顧客を奪取する営業活動に使用
した行為が不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項7号に該当するこ
とを理由とする同法3条に基づく本件情報の使用の差止請求及び同情報の保存され
た媒体等の廃棄請求等
②被告P1の上記①の行為を理由とする同法4条に基づく8053万1401
円(弁護士費用相当金1800万円を含む。)及びこれに対する不法行為の日の後
である訴状送達の日の翌日(平成25年11月30日)から支払済みまで民法所定
の年5分の割合による遅延損害金請求(後記⑥,⑦とは連帯請求)
③被告P1が,競業会社である被告会社に就職し,かつ,上記①のとおり原告
の営業秘密を被告会社に開示し,かつこれを使用したことが,原告に対する誓約書
等による競業避止義務及び秘密保持義務違反となることを理由とする債務不履行又
は不法行為に基づく上記②と同額の損害賠償請求(②の予備的請求,後記⑥,⑦と
は連帯請求)
④被告P1の上記①の行為が就業規則上の懲戒解雇事由に該当することを理由
とする退職金規程に基づく退職一時金434万7000円の返還請求(附帯請求と
して上記訴状送達日の翌日(平成25年11月30日)から支払済みまで民法所定
の年5分の割合による遅延損害金請求)
【被告会社に対する請求】
⑤被告会社が被告P1の不正開示行為が介在したことを知って,本件情報を取
得し,被告P1を含む被告会社従業員をして原告の顧客を奪取する営業活動に使用
した行為が不競法2条1項8号に該当することを理由とする同法3条に基づく本件
情報の使用の差止請求及び同情報の保存された媒体等の廃棄請求等
⑥上記⑤の行為を理由とする同法4条に基づく上記②と同額の損害賠償請求
(上記②,③とは連帯請求)
⑦被告P1の③の行為を承認していたなどとする不法行為(一般不法行為又は
使用者責任)に基づく上記②と同額の損害賠償請求(⑥の予備的請求,上記②,③
とは連帯請求)
2争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨から容易に認定できる事実
(1)当事者等
ア原告
原告は,開業医等から委託を受けて臨床検査(生化学検査,免疫学検査,血液学
検査,微生物学検査,遺伝子検査等)を行うことを主たる業務とする会社である。
イ被告P1
被告P1は,平成24年8月15日に原告を退職し,現在,被告会社で稼働して
いる者である。被告P1は,平成21年6月1日から退職を申し出る平成24年5
月30日までの間,原告の4割の売上げがある関西第二営業部の部長を務め,原告
の営業面の責任者としては営業本部長に次ぐ立場にあった。
ウ被告会社
被告会社は,開業医等から委託を受けて臨床検査を行うことを主たる業務とする
会社である。
エその他の関係者(役職は平成24年5月のもの)
(ア)P2は,原告の営業本部長として被告P1の上司であった者であり,被告P
1ほか原告の従業員らを勧誘して原告から一斉退職しようとしたが,結局,原告に
留まっている者である。
(イ)P3は,原告の大阪中央営業所営業課長として被告P1の直属の部下であっ
た者であり,P2が原告の退職を思い留まった後も被告P1とともに原告を退職し
ようとしたが,結局,原告に留まっている者である。
(ウ)P4は原告の奈良営業所長,P5は原告の大阪南営業所長であった者であり,
いずれもP2から勧誘されて原告の退職を相談していたが,結局,原告に留まって
いる者である。
(エ)P6は原告の大阪中央営業所所長,P7は原告の和歌山中央営業所長,P8
は原告の大阪中央営業所係長であった者であり,いずれも被告P1に同調して平成
24年9月までに原告を退職し,現在,被告会社で稼働している。
(オ)P9は,原告の大阪中央営業所主任であった者であり,平成24年10月以
降に原告を退職し,同年12月30日付けで被告会社に就職した。
(2)被告P1ほか原告従業員が原告を退職するに至る経緯等(以下,特に記載が
ない限り平成24年の事実である。)
アP2による呼びかけ
P2は,5月9日,原告の従業員である被告P1,P6,P7,P8,P3,P
4,P5のほか同業他社の営業担当者1名の合計9名に呼びかけて会合を持ち,そ
の場で原告の従業員らに対し,具体的な案を伴わないものの,原告を一斉に退職し,
別組織で営業を行うことの提案をした。
イ退職願の提出
被告P1とP6は5月21日,P7とP8は5月24日,P3は6月6日頃,そ
れぞれ原告に対して退職願を提出した。なお,最初に一斉退職を呼びかけたP2は,
被告P1が退職願を提出する前には,原告をすぐに退職する意思を失っており,そ
れ以後において原告を退職した被告P1のほか上記の者らと協議をすることはなか
った。
ウ和歌山会議
上記イの経緯で退職願を出した被告P1,P6,P7,P8及びP3は,原告在
職中の7月23日,和歌山県労働福祉会館プラザホープに集合し,予め被告P1か
らP3を通じて送信されていた「親密度ファイル」と題する本件情報を含んだ後記
(4)の情報データが掲載されたエクセルファイルを利用して,被告会社に転職した場
合に,各人が原告において担当していた,臨床検査会社に臨床検査を委託する医療
機関,研究機関(以下「顧客」ともいう。)を,どの程度被告の顧客とできるかにつ
いて協議した(以下,この協議の場を「和歌山会議」という。)。
P3は,同会議終了後,その検討結果を上記「親密度ファイル」に反映させて「K
M売上計画2012」という名称を付したエクセルファイルを作成し,同日,上記
会議参加者に送信した(甲25の4)。なお,「親密度ファイル」及び「KM売上
計画2012」には,いずれも本件情報が含まれていた。
エ被告P1ら転職者の退職等
被告P1及びP6は,8月15日,P7及びP8は,同月31日,原告を退職し,
同年9月以降,いずれも被告会社に就職した(以下,被告P1を含む転職者4名を
「被告P1ら転職者」という。)。
(3)被告P1ら転職者の被告会社における競業行為
被告P1ら転職者は,被告会社に就職後,主として原告の顧客に対し,取引誘引
活動を開始した。なお,被告会社の営業社員は,被告P1らが就職する前は3名で
あったが,被告P1ら転職者の就職により合計7名となり,11月には和歌山営業
所が開設された。
(4)原告の被告P1に対する営業情報の開示
ア被告P1は,3月17日,関西第二営業部長の職務権限に基づき,営業企画
部のP10課長から,2012年(平成24年)2月の顧客別のG区分(多数の臨
床検査項目を16分野(G1~G16)に分類した区分)別の売上一覧表である「2
01202G別売上G1-G16」と題するエクセルファイルをメール添付によ
り送信を受けた(甲25の1)。同ファイルには,原告の全顧客の名称及び顧客ご
とのG区分別の同月の確定売上げ(数値データ)が含まれていた(甲6の1の1及
び2)。
イ被告P1は,P11主任から,3月22日及び4月27日に,それぞれ,「2
01202G別売上(関西第二)」,「201202G別売上(和歌山営業所)」
と題するエクセルファイル(以下二つのファイルを併せて「G別売上ファイル」と
いう。)をメール添付により送信を受けた(甲25の2)。これらのファイルには,
次の情報が含まれていた。
①顧客毎の売上管理担当者名(文字情報)
②検査区分(分野)別番号とそれに対応した検査内容(文字情報)
③顧客ごとの平成24年2月の売上額
④顧客ごとの臨床検査(分野)区分(G区分)別の同月の売上額
⑤顧客ごとの同月の積算定価(診療報酬額)
⑥顧客ごとの臨床検査(分野)区分(G区分)別の同月の積算定価(診療報酬
額)
⑦顧客ごとの平均販売価率(グロス,%)
⑧顧客ごとの臨床検査(分野)区分(G区分)別の販売価率(%)
このうち,顧客別の⑧「臨床検査(分野)区分(G区分)別販売価率」(以下「G
区分別販売価率」という。)は,原告が臨床検査(検体検査)の積算定価(診療報
酬額)の何%で各検査分野の臨床検査(検体検査)を受託しているかを示す数値で
あり,⑦「平均販売価率(グロス)」は,診療報酬総額に対しての受託料総額の割
合,すなわち,原告が平均して診療報酬の何%で顧客から臨床検査を受託している
か,を示す数値である。
(5)被告P1に対する退職金の支給
原告は,9月10日,被告P1に対し,退職一時金434万7000円を支給し
た。
(6)原告の就業規則等
ア原告の退職金規程には,下記の定めがある(甲12)。

(退職一時金の支給方法)
第10条退職一時金の支給方法は,退職日から1ヶ月以内に支給する。
(退職一時金の支給制限)
第10条の2次の各号に該当した場合,退職金は支給しない。ただし,該当事
由の情状等を考慮して減額支給することがある。
1.懲戒解雇に該当する事由があったが,情状等を考慮して諭旨退職または普通
退職の処分にしたとき
2.退職後において,在職中の行為で懲戒解雇に相当する事実が発覚したとき,
または退職後に懲戒解雇に相当する行為を行ったとき
(退職一時金の返還請求)
第10条の3退職一時金を支給した後において,在職中の行為で懲戒解雇に相
当する事実が判明したとき,または退職後に懲戒解雇に相当する行為を行ったとき
は,退職一時金の返還を請求することができる。
イ原告の就業規則の懲戒事由を定める同第57条は,次のとおりである(甲1
1)。
(懲戒事由2)
第57条次の各号の一に該当する時は懲戒解雇に処す。ただし,情状により諭
旨退職,または役位剥奪もしくは出勤停止等にすることがある。
(3)故意または過失により業務上重要な秘密,取引先等の秘密および職務上
の個人情報を漏らし,または漏らそうとしたとき
(16)前各項に該当し,その情状が重いとき
(17)その他前各号に該当する不都合の行為があったとき
(7)被告P1の秘密保持契約
被告P1は,平成17年3月28日,原告に対し,下記の記載のある秘密保持誓
約書に署名押印の上,を提出した(甲9の1)。

第1条私は株式会社日本医学臨床検査研究所(以下「会社」という。)の課長以
上の職または営業所長としての職務遂行にあたり,従事する職務の重大さを十分に
自覚し,在任中に知り得た下記の会社の秘密情報(電子情報も含む)を会社外部の
第三者に対してはもちろん,社内でも職務上必要な場合以外,口外,開示,紙・磁
気媒体への記録をせず,また,不正に利用,使用しないことを約束します。
以上のことは私が会社を退職した後も同様とします。
①顧客情報,顧客の個人情報等の顧客に関する資料の全て
②取扱商品,検査試薬等に関する価格情報(仕入れ価格などの原価情報)
④取扱商品,検査試薬等の仕入先,販売先に関する情報(販売価格等の情報)
⑤会社が重大な秘密として管理している経営・財務・経理・人事情報
⑧その他前各号に準ずる秘密情報
第5条私は,退職した後,会社の業務と競合する会社への就職,または自ら独立
して業を営むなどの競合行為を行うときは,退職前に会社と十分に協議して行うこ
とを約束します。
3争点
(1)本件情報は不競法上の営業秘密か(争点1)
(2)被告P1に不競法2条1項7号の不正競争が認められるか(争点2)
(3)被告会社に不競法2条1項8号の不正競争が認められるか(争点3)
(4)被告P1の行為が,原告に対する債務不履行又は不法行為を構成するか(上
記(2)の予備的請求原因),また,被告会社が被告P1の行為につき不法行為責任を
負うか(上記(3)の予備的請求原因)(争点4)
(5)不正競争行為に基づく差止請求等の成否(争点5)
(6)原告の損害額(争点6)
(7)被告P1に,在職中の行為で就業規則所定の懲戒解雇事由に相当する事実が
認められ,退職一時金の返還義務を負うか(争点7)
第3争点についての当事者の主張
1争点1(本件情報は不競法上の営業秘密か)について
(原告の主張)
(1)秘密管理性
原告は,内部保護規定を設けて原告内の情報種別ごとに,又は部門単位・役職別
に内部情報の閲覧可能範囲を決めている。
被告P1が持ち出した本件情報を含む原告の顧客に関するデータは,通常,原告
本社営業企画部が管理する同部所在のサーバーに管理されている。従業員は,これ
らデータを原告社内ネットである「nips」にてログインして顧客ごとに閲覧で
きるが,ログインするに当たってパスワードが必要であるほか,例えば,営業部員
は,自己が担当する営業先部分のみ閲覧可能であるというように,役職に応じた閲
覧範囲の制限がある。また,従業員は,秘密保持誓約書を提出させられている。
このように原告においては,本件情報にアクセスできる者を制限し,アクセスし
た者に本件情報が営業秘密であることを認識できるようにしている。
したがって,本件情報は秘密管理性の要件を充足しているというべきである。
(2)有用性
臨床検査会社が,競合する臨床検査会社の顧客別の売上情報又は平均販売価率(グ
ロス)を知ることができれば,売上げの大きい顧客を営業対象にすることができ,
また,診療報酬と検査料との差益による利得を重視する医療機関に対しては,競合
先より低い販売価率を提案することで臨床検査会社の変更に応じてもらう可能性が
高くなる。しかも,その場合,原告の検査料より低額の提示をするにしても,その
差額を最小限とする見積価格の提示を行うことができるから,確実に利益を極大化
することができる。
したがって,本件情報が有用であることは明らかである。
(3)非公知性
本件情報は,原告本社営業企画部所在のサーバー内で管理し,第三者への開示を
禁止しており,原告社内においても一定の制限のもとでだけ開示される営業資料で
あり,公然と知られているものではない。
したがって,本件情報は非公知の情報である。
(4)結論
以上のとおり,本件情報は,秘密管理性,有用性及び非公知性を備えており,不
競法上の営業秘密である。
(被告らの主張)
本件情報が営業秘密であることについては,争う。
(1)秘密管理性
不競法上の営業秘密と認められるためには,少なくとも,これに接したものが秘
密として管理されていることを認識し得る程度に秘密として管理している実態があ
ることが必要であるが,以下のとおり,本件においてはそのような実態はない。
原告の主張する内部情報保護規程は一応作成されていたようではあるが,十分な
周知はなされていない。特に,同規程別表内部情報参照権限一覧表についてはいつ
作成されたものかも不明でほとんど周知されず,社内運用システムnipsが運用
された平成15年当初から一般職員が上司のパスワードを用いてデータを参照する
ことが常態化していた。同規程には原告が有する情報に機密のレベルを付与する(第
4条),パスワードは少なくとも2か月に1度変更する(第6条)等の定めがある
が,そのような運用もなされていない。
原告の主張する秘密保持誓約書も,一応作成されていたというだけであり,対象
となる情報は包括的で全く特定されていない。また,原告の主張する原告の顧客に
関するデータはいずれも被告P1に対してメールの添付ファイルとして送付された
ものであるが,これらを取得するに際し企業秘密である旨を告知されたこともなく,
特別なパスワードが設定されていた事実もない。
被告P1が部長を務めていた関西第二営業部においては,平成23年4月以降,
部内の従業員全員が,売上げや訪問状況,債権回収状況等の顧客管理状況を共有で
きるようにするため,上記データの一部を加工して「第二営業部共有ファイル」を
設けており,そのことは原告の社長からも称賛されていた。
被告P1は,原告を退職するに当たり,それ以前に取得していたデータを削除等
するよう原告から求められたことはない。
以上からすれば,原告主張の本件情報を含む原告の顧客に関するデータに接した
者がこれを営業秘密として認識し得る程度に秘密として管理されていた実態がある
とはいえない。
(2)有用性
否認または争う。
顧客ごとの販売価率を具体的な取引勧誘段階で顧客から入手することはできない
が,被告P1ら転職者は各人が原告において担当していた顧客に係る販売価率をほ
ぼ覚えており,このような情報を原告のいう「201202G別売上(関西第二)」
等に基づいて作成された資料から入手したものではない。また,より正確を期すた
め,顧客から請求書と独自セット表(当該顧客がどの検査項目をセットとして発注
しているか分かる一覧表)をもらうなどもできていたから,本件情報に有用性はな
い。
(3)非公知性
否認または争う。また,顧客は,原告に対して守秘義務を負うものではないから,
本件情報は非公知とはいえない。
2争点2(被告P1に不競法2条1項7号の不正競争が認められるか)につい

(原告の主張)
(1)被告P1は,上記第2の2(4)の経緯で原告から本件情報を示されていたが,
平成24年4月下旬,被告会社への集団転職を企てて業務上の必要性がないにもか
かわらず,本件情報を含むG別売上ファイルから加工して,「親密度ファイル」を
作成した。そして,その後の同年7月23日に開催した和歌山会議で,他の転職予
定者とともに,「親密度ファイル」を用いて被告会社転職後の原告顧客奪取計画を
検討し,それによって「KM売上計画2012」を作成した。
(2)そして被告P1ら転職者は,被告会社に転職した同年9月以降,被告会社の
営業社員として,原告在職中に担当した少なくも161件以上の原告の顧客に対し
て営業活動を行ったというのであるが,原告の和歌山中央営業所営業エリアの顧客
(259件)については,顧客の喪失又は条件降下順が売上げ又は平均販売価率(グ
ロス)の大きさと一定の相関関係にあること,被告P1ら転職者による原告顧客の
喪失又は条件降下があった最初の10件の内,7件が取引額又は平均販売価率(グ
ロス)がそれら原告の顧客47件の内の各々10位以内の顧客であったことや,エ
クセルファイル「KM売上計画2012」の備考欄に記載された参入障壁の高い特
性情報がある顧客に対しては営業活動自体を行なっていないことなどからすると,
被告P1ら転職者が,本件情報を用いて作成された「KM売上計画2012」を使
用して営業活動をしたことは明らかである。
したがって,被告P1は,原告から示された本件情報を図利加害の目的で被告会
社に開示し,その余の転職者らともに共同して使用したものといえる。
(被告らの主張)
(1)被告P1は,本件情報を含むG別売上ファイルを原告から示されたが,原告
を退職するに当たり,原告社内で使用していたパソコンを,平成24年6月23日
の最終出勤日までに後任のために初期化し,また,退職日である同年8月15日ま
でに,自己所有パソコン及びUSBから,「親密度ファイル」,「KM売上計画2
012」のほか,原告在職中に保有していた情報を全て削除しており,現在保有し
ていない。
(2)被告P1は,前記のとおり同年8月15日までに「KM売上計画2012」
を含む原告のデータを全て消去しているし(ただし,各人の責任で行うことと思っ
ていたから,他の転職者に対して消去を指示してはいない。),被告P1ら転職者
は,被告会社入社後の営業活動において,原告の顧客から原告発行の請求書,セッ
ト表を受領し,それを参考に営業活動をしたことはあるが,原告が本件情報と主張
するデータを使用したことはない。
(3)被告P1ら転職者が,原告会社において担当していた顧客に営業をかけて被
告会社の顧客として獲得できているのは,当該委託先と被告P1ら転職者との人的
関係に基づく結果であり,原告が主張するような本件情報を使用した事実はない。
3争点3(被告会社に不競法2条1項8号の不正競争が認められるか)につい

(原告の主張)
被告会社は,図利加害目的をもって本件情報を保有する被告P1ら転職者を雇用
し,営業権限を与えて被告会社の営業活動に従事させたのであるから,被告P1ら
転職者によって図利加害目的をもって被告会社に開示された本件情報を取得し,こ
れを使用したものといえる。
(被告会社の主張)
被告P1ら転職者が被告会社入社後の営業活動において,原告会社において担当
していた顧客に営業をかけて被告会社の顧客として獲得しており,被告会社もこれ
を認識しているが,そもそも被告P1ら転職者が,原告が主張するように図利加害
目的をもって本件情報を使用したことはない。
4争点4(被告P1の行為が,原告に対する債務不履行又は不法行為を構成す
るか,また,被告会社が被告P1の行為につき不法行為責任を負うか)について
(原告の主張)
(1)秘密保持義務違反
被告P1は,原告に対して秘密保持誓約書を提出し,顧客情報,価格情報等の秘
密情報(電子情報を含む。)を会社外部の第三者に対してはもちろんのこと,社内
においても職務上必要ない場合以外は使用しないこと,これを適切に管理し,退職
するときはこれらを返還し,これらに違反した場合損害賠償責任を負担すること,
退職後競合する会社に就職するときは退職前に原告と協議することも含めて約して
いる。また,労働法上の誠実義務の一環として,法的保護に値する原告の営業上の
利益について秘密保持義務を負担している。
しかるに,被告P1は,これらに反し,本件情報を持ち出し,秘密保持義務に違
反して原告に損害を与えたものであるから,債務不履行として同損害についての賠
償責任を負う。
(2)競業避止義務違反及び雇用契約上の誠実義務違反
被告P1は,原告との雇用契約終了後においても,契約関係によって得た営業秘
密をもって従前の雇用者の営業上の地位を脅かすような競業を避けるべき信義則上
の義務があり,また,転職勧誘については,原告の正当な利益を害しないように配
慮すべき雇用契約上の誠実義務があるが,これらの義務にも反して原告に損害を与
えたものであるから,債務不履行として同損害についての賠償責任を負う。
(3)被告らの不法行為責任
被告P1は,秘密保持義務・競業避止義務・雇用契約上の誠実義務に反する行為
をして原告に損害を与えたものであるから,同行為は不法行為を構成する。
被告会社は,被告P1ら転職者の受け入れ経緯等から遅くとも平成24年7月2
3日に作成した原告顧客の奪取計画を承認していたものであるから,原告に対する
不法行為責任があり,仮に被告P1の意図を知らなかったとしても,被告P1を雇
用し,被告会社の営業権限をもって被告P1が原告に営業上の損害を与えたもので
あるから,被告P1の不法行為について使用者責任を負う。
(被告らの主張)
(1)秘密保持義務違反について
被告P1が原告在職中に秘密保持誓約書を提出したことは認めるが,その余は,
否認ないし争う。
上記誓約書においては対象となる秘密についてほとんど特定されておらず,何ら
の代替措置や期間の限定もないまま退職後の競業他社への就業を制限しており,そ
もそも有効性に疑問がある。また,仮に本件情報が同誓約書の対象となるとしても,
被告P1が秘密保持義務に違反した事実はない。
(2)競業避止義務違反及び雇用契約上の誠実義務について
否認ないしは争う。
(3)被告らの不法行為責任について
否認ないしは争う。
(4)被告P1ら転職者が退職した経緯
原告が主張する,被告P1の雇用契約上の義務違反等を理由とする債務不履行又
は不法行為に基づく損害賠償請求は,結果的に労働者の職業選択の自由を制限する
こととなる側面を有することを考慮すべきであり,社会的相当性を逸脱した態様で
行われた場合等社会通念上自由競争の範囲を逸脱すると評価できる場合に限り違法
性が認められるべきである。
本件においては,原告社内の人事運営等に対する管理職クラスの従業員の不満が
募り,営業本部長が主導した組織的退職計画が契機となって被告P1ら転職者が集
団で退職することとなったもので,転職先として問合せを受けた被告会社がこれを
受け入れ,転職後に顧客との人的関係を中心とした営業活動をしてきたにすぎない。
また被告P1ら転職者が被告会社に転職して競業することを原告は承知していたの
であるから,社会通念上自由競争の範囲を逸脱すると評価できる場合には該当せず,
したがって原告の被告P1に対する上記主張は失当であり,また被告P1の不法行
為を前提とする被告会社に対する不法行為を理由とする主張も失当である。
5争点5(不正競争行為に基づく差止請求等の成否)について
(原告の主張)
被告P1ら転職者は,被告会社の従業員として,本件情報を使用して原告顧客を
被告会社へと奪取していく営業活動を継続している。
したがって,不競法3条に基づき,本件情報を使用した原告顧客への取引誘引活
動の禁止及び本件情報(本件情報から生成された情報を含む。)が記録された一切
の文書及び電磁的記録媒体について十分な秘密保全措置を講じた上で破棄すること
を求める。
(被告らの主張)
否認ないし争う。被告らは,原告主張のデータを使用した取引誘引活動はそもそ
もしておらず,データが記録された文書や電磁的記録媒体は保有していない。
6争点6(原告の損害額)について
(原告の主張)
(1)被告P1ら転職者による被告会社の不正競争によって,少なくとも原告は,
平成25年9月30日までに,以下のとおり関西第二営業部及び和歌山営業所の営
業エリアにおいて顧客を喪失し,また,顧客維持のための条件降下(顧客から取引
維持の交換条件として被告会社の見積価格に対抗して検査料の減額を余議なくされ
た。)による損害を受けたものである。
ア被告P1ら転職者による(被告会社の)営業活動による原告の顧客喪失数(売
上喪失額)は以下のとおりである。
①関西第二営業部エリア
27件(2909万4916円)
②和歌山営業所エリア
20件(4036万8329円)
イ被告P1ら転職者による(被告会社の)営業行為によって取引の一部を喪失
した原告の顧客数(売上喪失額)は以下のとおりである。
①関西第二営業部エリア
1件(22万8666円)
②和歌山営業所エリア
4件(1092万3197円)
ウ被告P1ら転職者による(被告会社の)営業行為によって原告が条件降下(検
査料減額)で対応せざるを得なかった原告の顧客数(売上減少額合計3961万2
526円)は以下のとおりである。
①関西第二営業部エリア
40件(3694万6800円)
②和歌山営業所エリア
(2)原告が被告らの不正競争によって平成25年9月30日まで,累計で806
1万5108円の売上げを喪失(前記(1)ア及びイの合計額)し,さらに,被告らの
不正競争により余儀なくされた条件降下(検査料減額)による売上減少額は累計で
3961万2526円に達する。
(3)原告の営業損失額について
ア売上の喪失金8061万5108円については,原告の損害はその粗利率(売
上総利益率)28.43%を乗じた2291万8875円である。なお,損害額の
計算において使用した粗利率28.43%は,原告の前々期(本件事案の影響を受
ける前の期)のものであり,粗利率を使用したのは原告において営業経費の軽減が
ないためである。
イ条件降下(検査料減額)対応による売上減少額については,そのまま粗利の
喪失となるので,値引額3961万2526円が損害額である。
ウ以上から,原告は平成25年9月末において累計で6253万1401円の
損害を受けたことになる。
エ弁護士費用
原告は訴訟代理人に委任して本件訴訟を提起せざるを得ず,その弁護士費用は,
1800万円を下らない。
オ合計額
以上から,原告の被告らの不法行為に基づく損害額は6253万1401円及び
弁護士費用相当額1800万円の合計8053万1401円である。
(被告らの主張)
(1)否認ないし争う。
(2)顧客は,その意思により自由に原告との委託契約を解約することができるも
ので,原告が抱いていた委託契約継続の期待は不安定なものである。条件について
も競業他社から顧客に有利な条件提示があれば取引継続のため事実上それに対応せ
ざるを得ないという意味で,委託契約における条件継続の期待はより不安定なもの
であった。
したがって,そもそも原告の主張する顧客移動による売上喪失,条件降下による
売上減少については,いずれも社会通念上,自由競争として許される営業活動の結
果によって生じたものである。
(3)仮に,社会通念上自由競争の範囲内と評価できない部分があったとしても,
原告が主張する損害額は,過大である。
ア顧客移動による売上喪失について
原告が主張する損害額は,平成24年3月31日決算における売上総利益率を乗
じて算定しているが,被告P1ら転職者が退職したことに伴う支出の減少を全く考
慮していない。
そもそも企業は継続的に事業を営む組織体としての性格を有するから,特定の個
人の生み出す将来の利益を前提に逸失利益を算定するのは適当ではないところ。本
件において原告は被告P1ら転職者が従前担当していた顧客については退職前に後
任の担当者をあらかじめ配置し必要な引継ぎも行い,実際にも後任者が営業活動を
行っていたのであるから,損害を認めることはできない。
イ条件降下による売上減少について
そもそも原告が抱いていた委託契約の条件継続への期待は極めて不安定なもので
あった上,本件においては,原告において被告P1ら転職者の営業活動に対抗して
自ら必要以上に条件を降下させたりしていることが明らかであり,損害とは認めら
れない。
7争点7(被告P1に,在職中の行為で就業規則所定の懲戒解雇事由に相当す
る事実が認められ,退職一時金の返還義務を負うか)について
(原告の主張)
被告P1が,在職中本件情報を取得し,社外へ持ち出して原告顧客奪取しようと
した行為は,原告就業規則57条(懲戒事由2)3号及び16号に該当し,退職金
規程10条の2及び同条の3の「在職中の行為で懲戒解雇に相当する事実が判明し
たとき」に該当する。
したがって,被告P1は,原告に対し,退職金規程10条の3により,平成24
年9月10日に支給した退職金一時金434万7000円の返還義務を負う。
(被告らの主張)
就業規則及び退職金規程があることは認めるが,その余は否認ないし争う。
就業規則57条にいう「業務上重要な秘密」や「取引先等の秘密」は,懲戒事由
として定められているもので,原告はこれを懲戒解雇の事由として主張する以上,
厳格に判断されるべきであり,不競法上の営業秘密の要件と同等の秘密管理性が認
められることが必要であるが,本件情報にはそのような実体はない。また,仮に本
件情報が57条にいう「秘密」に該当するとしても,「漏らし,又は漏らそうとし
た」事実もない。
第4当裁判所の判断
1争点1(本件情報は不競法上の営業秘密か)について
(1)上記第2の2の事実に加え,後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下
の事実が認められる。
ア原告における情報管理の状況
(ア)原告においては,本件情報を含む情報データは,本社営業企画部にあるサー
バーに保存されており,各顧客の基本情報,顧客ごとの売上情報,検査の種類(独
自セット),契約単価,取引条件等の顧客取引条件の情報等は,社内ネットである
nipsにより従業員が閲覧可能な状態にあった。ただし,nipsにログインす
るためには,従業員に割り当てられたIDと,各自のパスワードを入力する必要が
あり,また,nipsにより閲覧することのできる情報については,部署や役職に
応じた閲覧制限の範囲を設けた内部情報保護規程が定められ,nipsに掲載され
て従業員に周知されていた。具体的には,顧客基本情報及び顧客取引条件情報につ
いて,所長・所長代理・係長は当該営業所の全ての業務・顧客についての情報を閲
覧することができたが,部長・次長については当該営業部限りで全ての情報を,一
般従業員は各担当業務・顧客情報の限りの情報で閲覧できるだけであった(甲7の
1ないし6,甲8の1及び2,甲15,甲16,甲39)。
(イ)営業部員については,営業情報保護手順書が定められており,営業部員にお
いては,基本姿勢として,業務上知り得た医療機関の情報等については漏えいして
はならないなどとされ,管理体制として,部門ごとの管理責任者指示の下に適正に
管理するものとされていた(甲18)。そして,原告は,従業員には秘密保持誓約
書を提出させ,顧客情報,顧客の個人情報等顧客に関する資料の全てについて,会
社外部の第三者に対し,口外,開示,紙・磁気媒体への記録をせず,また不正に利
用,使用しないことを,これらの情報を原告の許可なくして外部に持ち出さないこ
とを誓約させていた(甲9の1及び2)。
(ウ)本件情報における平均販売価率(グロス)は,臨床検査の検査項目ごとに各
顧客との間の値段の設定が異なり,また,顧客における検査項目ごとの出検数も一
定ではないため,原告が顧客管理のために全体的な売上額の診療報酬額に対する比
率として算出している数値であり,顧客自体はこれを認識しているものではない(証
人P12)。
イ臨床検査会社における営業
(ア)臨床検査会社は,医療機関や研究機関という限られた顧客を営業対象とする
ものであり,さらに原告及び被告会社はそのなかでも開業医を主たる顧客としてい
るところ,本件情報の対象である関西第二営業所及び和歌山営業所の営業エリアに
おいては,原告及び被告会社と同じく大規模病院ではなく開業医等を顧客とする臨
床検査会社は原告と被告会社を含み7社あり,各臨床検査会社は,その営業エリア
内の限られた顧客を巡って顧客獲得のための営業競争を行っていた(証人P12)。
(イ)医療機関は,患者に対して保険診療として臨床検査をした場合,定められた
診療報酬(検体検査実施料)につき,保険基金から支払を受けることになるから,
臨床検査会社が,上記診療報酬を下回る金額で臨床検査を受託した場合,診療報酬
の額と臨床検査会社に支払う検査料の差額が,医療機関の利得となる。
そのため,医療機関にとって,その利得の多寡は臨床検査会社選択の理由となり
得るが,臨床検査会社ごとに,検査結果データの報告書の体裁,検査依頼の方法や
集荷時間,緊急に対応できる検査の項目等が異なるため,一旦委託関係となった臨
床検査会社を変更するには相当の手間等の負担があり,さらに,当該医療機関にお
いて採用している電子カルテ等のシステムに臨床検査会社が対応できるものか等,
他の要素も問題となるので,医療機関が臨床検査会社の変更を検討する場合,保険
診療報酬との差額による利得の多寡だけを考慮するわけにはいかないことになる
(甲3,証人P12,証人P3)。
(2)検討
ア秘密管理性
(ア)前記(1)アの事実によれば,本件情報,すなわち顧客別の売上情報及び顧客別
の平均販売価率情報は,従業員しか閲覧することのできない社内ネットで管理され
ており,閲覧できる範囲についても従業員の所属部署,地位に応じて定められてい
て,従業員においてもそのような情報保護の規程があることを認識することができ
た状況にあったといえるから,上記情報は,従業員においても,秘密と認識できる
ような取り扱いを行っていたといえる。そして,営業部員については,特に営業情
報保護手順書が定められており,業務上知り得た医療機関の情報等について漏えい
してはならないなどとされていたことからすれば,従業員において,本件情報が秘
密であることを十分認識できたものといえる。
したがって,本件情報は,秘密として管理されていたものといえる。
(イ)これに対し,被告らは,実際には,閲覧可能な部長や所長の権限で各部署の
従業員が自由に閲覧することが認められていたこと,本件情報が被告P1に対して
メール添付で送付されたもので,しかも,売上げ,回収状況等の顧客情報について
は関西第二営業部内部で共有されていたことを指摘し,そのような状況において,
従業員が同情報を秘密と認識することができたとはいえないと主張する。
確かに,閲覧権限を有しない従業員にも営業に必要な範囲で閲覧を許していたこ
とや,顧客情報について営業部内で共有されていた事実もあったことが認められる
が(被告P1,証人P3),前記のとおり,内部情報保護規程による定めが従業員
には周知されている状況にあり,管理職が秘密情報の管理についての研修も行い(証
人P3),本件情報が,営業活動上,重要な情報であることを十分に認識できたも
のと認められるのであるから,営業活動のために必要な本件情報を,営業に必要な
範囲で権限のない従業員に閲覧させ,あるいは情報共有していたとしても,そのこ
とを理由に直ちに本件情報を含む顧客情報等が秘密管理されていなかったというこ
とはできない。被告の上記主張は採用できない。
イ有用性・非公知性
前記(1)イの事実によれば,本件情報は,新たに営業先を開拓する場合において,
売上げの大きい顧客や,現在,診療報酬との差額が小さくても臨床検査会社に委託
している顧客を探し出し,自らの利益を確保しながら既存委託先の臨床検査会社に
対抗できる低額の検査料を提示することを可能にするなど,臨床検査受託のための
営業において有用性が認められる。
また,このような情報は前記のとおり社内において秘密管理されており,営業部
員においても第三者に閲覧させるなどすることは許されていないことからすれば,
非公知の情報であったといえる。
なお,顧客である各医療機関は,当然のことながら自らに対する売上げ等につい
ての情報を有しており,これらの情報について原告に対して守秘義務を負っている
ものではないが,検査対象患者のプライバシー情報等を含む臨床検査に関する情報
を公にしているものでないことは一般的に明らかであるから,本件情報は非公知で
あるといえる。また,これらの情報を仮に被告らが各医療機関から個別に取得でき
たとしても,多数の医療機関の情報を一体として取得できるわけではないから,営
業先を選択するに当たり,取引条件が有利な医療機関を選択しながら営業活動を展
開できるという本件情報の有用性が否定されるものではない。
ウ以上によれば,本件情報は,不競法上の営業秘密であるといえる。
2争点2(被告P1に,不競法2条1項7号の不正競争が認められるか)につ
いて
(1)上記第2の1の事実に加え,後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により認められ
る事実を総合すると,以下のとおりである。
ア被告P1は,平成24年3月から4月にかけて,本件情報を含むG別売上フ
ァイルをメール添付の方法により送信を受け,これを保存していた。
イ原告から退職することを検討していたP2は,同年5月9日,原告の営業方
針に不満を持っていた被告P1,P6,P7,P8,P3,P4,P5のほか同業
他社の営業担当者1名の合計9名に呼びかけて会合を持ち,その場で原告の従業員
らに対し,具体的な案を伴わないものの,原告を一斉に退職し,別組織で営業を行
うことの提案をした。
一斉退職を呼びかけたP2は,その後,原告を退職する意思を失っていたが,被
告P1とP6は同年5月21日,P7とP8は同月24日,P3は同年6月6日頃,
それぞれ原告に対して退職願を提出した。
ウ被告P1は,同年7月13日,自身の私用アドレスから,G別売上ファイル
を基に作成した「親密度ファイル」と題するエクセルファイルをP3に送信した(甲
25の3,29)。「親密度ファイル」は,本件情報を含んでいるものであり,具
体的には平成24年2月分の「顧客名称」に医療機関名,「担当者」に担当してい
る原告営業部員名,「請求総計」及び「グロス」(平均販売価率)の欄にそれぞ
れ数値の記載があり,「新密度」(親密度)の欄は二つ設けられ,当該医療機関と
担当者との関係が親密なものから「○」,「△」,「×」とされる親密度について,
一つの欄には○印が対象の医療機関に付され,もう一つの欄には△印が対象の医療
機関に付されていた(甲29,被告P1)。
エ被告P1ら転職者及びP3は,原告在職中である同年7月23日,和歌山県
労働福祉会館プラザホープに集合し,予め被告P1からP3を通じて送信されてい
た「親密度ファイル」を利用して,被告会社に転職した場合に,各人が原告におい
て担当していた顧客をどの程度被告の顧客とできるかについて協議した。そしてP
3において,後日,これを整理して「KM売上計画2012」との名称のエクセル
ファイルとしてまとめ,これを和歌山会議参加者に送信した(甲25の4,証人P
3)。
オ「KM売上計画2012」には本件情報を含む「親密度ファイル」と同様の
記載に加え,「備考」として,電子カルテの導入の有無や院内検査システムの導入
の有無等,「取引開始日」として被告P1ら転職者が見込みで決めた取引開始月が
記載され,「取引備考」として「病理のみ」,「便のみ」などの検査対象,さらに,
これまでの「請求総計」の額を参考にした概算の1月当たりの売上額が,「取引開
始日」として記載された月以降記載されており,平成25年3月までの「今期計」
と平成26年3月までの「来期計」の概算売上額の月数分である売上予想額が記載
されていた(甲29,甲30の1及び2,甲40,証人P3,被告P1)。
カ被告P1及びP6は,同年8月15日,P7及びP8は,同月31日,原告
を退職し,同年9月以降,いずれも被告会社に就職した。被告P1ら転職者が被告
会社に転職した後,被告会社における営業社員は3名から7名となり,同年11月
には和歌山営業所が開設された。また,同年12月末に原告から転職してきたP9
を含めて8名となった(証人P13)。
キ被告P1ら転職者は,被告転職後,被告会社の従業員として,臨床検査の受
託先となる医療機関に対して営業活動を開始したが,同人らの営業によって新たに
被告会社に臨床検査を委託するようになった医療機関のうち,約9割は原告の顧客
であった医療機関であり,それ以外の臨床検査会社に委託していた医療機関は数件
程度であった(証人P13)。
なお,被告P1ら転職者が被告会社従業員として営業活動を行った原告の顧客は,
被告P1ら転職者が,原告会社在職中に担当していた先もあったが,必ずしもそれ
だけではなかった(甲30,被告P1)。また被告P1ら転職者は,営業活動を行
うに当たり,医療機関に対し,当該医療機関が従前から原告において行っていた検
査項目について,被告会社に委託先を変更した場合と対比できるよう,具体的な金
額を記載した見積書を当該医療機関への営業活動開始後直ちに提示するなどしてい
た(甲31,甲32,甲35の1及び2,甲36)。
ク(ア)被告P1ら転職者の転職時,原告の関西第2営業所の営業エリアにおける
原告の顧客である医療機関は約580件,同じく和歌山営業所の営業エリアにおい
ては約259件であったが,被告P1ら転職者の転職後である平成24年9月から
平成25年9月末までの間,原告の顧客が委託先を被告会社に変更した数は関西第
二営業部では26件,和歌山営業所では21件であり,原告の顧客のうち委託する
臨床検査科目の一部を被告会社に変更した数は関西第二営業部では1件,和歌山営
業所では4件であり,原告において条件変更(検査料の減額)をした数は関西第二
営業部では37件,和歌山営業所では21件であった(なお,医療機関が委託先を
変更した日は,別紙原告主張売上減少額記載の関西第二営業部及び同和歌山営業所
の各喪失日欄記載のとおりであり,一部診療検査科目を変更した日は同別紙の各一
部変更日欄記載のとおりであり,条件変更をした日は同別紙の各条件変更日欄記載
のとおりである。)(甲44の1ないし3)。
(イ)原告において,平成24年の上半期に委託関係を失った顧客の数は17件あ
ったが,その中に,臨床検査会社を被告会社に移したところはなかった。しかし,
被告P1ら転職者が被告会社で営業活動を始めた後については,平成24年下半期
で総喪失数24件中11件が被告会社に移り,平成25年上半期で49件中31件,
同年下半期で28件中8件,平成26年上半期で34件中11件,同年下半期で2
1件中6件,平成27年上半期で11件中2件,平成28年下半期で8件中4件が,
それぞれ被告会社に移った(甲42)。
原告において,営業社員が,その営業活動により,競業他社の顧客を原告の顧客
へ変更することができる数は,平均して一人年1.7件程度であった(証人P12)。
(ウ)前記(ア)のとおり,平成24年9月から平成25年9月末までの間に原告から
被告会社に臨床検査の委託先を変更した医療機関は関西第二営業部エリアで26
件,和歌山営業所エリアで21件であるが,そのうち関西第二営業部エリアでは9
件,和歌山営業所エリアでは15件が「KM売上計画2012」において,「取引
開始日」が見込まれていた医療機関であった(甲30の1及び2)。
被告P1ら転職者による被告会社における営業は,原告の顧客のうち,販売価率
が高い,あるいは販売規模の大きい顧客を優先して営業活動の対象とする営業活動
を行っていた。
(2)検討
ア上記認定の事実によれば,被告P1は,原告から営業秘密である本件情報を
含む情報の開示を受けた者であるが,これを利用して作成された「親密度ファイル」
を用いて,同時期に原告から被告会社に転職する予定の者らと被告会社転職後の原
告顧客に対する営業活動について協議し,その結果を「KM売上計画2012」に
まとめ,そこには新たに臨床検査の委託を受ける際の諸条件のみならず原告との関
係における売上実績が記載されていたものである。そして,被告P1ら転職者は,
被告会社転職後,原告の顧客を主たる対象として営業活動をしていたものであるが,
医療機関に対する営業開始後直ちに見積書を当該医療機関に提示した場合もあるの
であり,通常割合以上に原告から被告会社に対して臨床検査の委託先を変更した顧
客があり,その顧客の多くは被告P1ら転職者が「KM売上計画2012」におい
て被告会社との取引を,取引開始月まで見込んでいた医療機関であることからする
と,上記1(2)で検討した本件情報の有用性も併せ考えれば,原告顧客に対する営業
活動をするに当たり,被告P1は,その余の転職者らとともに「親密度ファイル」
又は「KM売上計画2012」を媒介にして本件情報を使用していた,すなわち,
被告会社転職後にその余の転職者らとともに本件情報を被告会社に開示し,使用し
たと推認する方が自然であり,また合理的である。また,そのような原告との競業
のための被告会社に対する開示,使用である以上,これが不正の利益を得,あるい
は保有者である原告を害する目的でなされたことも容易に認定できるところであ
る。
イ(ア)被告らは,医療機関に対する営業に当たり,原告が主張する本件情報にい
う平均販売価率は重要ではなく,営業担当者と顧客との人的関係により被告会社と
の委託契約締結に至ることが十分にできたもので本件情報を使用していない旨主張
し,被告P1本人もこれに沿う供述をする。
しかし,後記検討するとおり,原告在職時の担当者として築いた人的関係が被告
会社転職後にも活用できたであろうことを全面的に否定できないとしても,原告か
ら被告会社に臨床検査の委託先を変更した顧客の中には,被告P1ら転職者が担当
していなかったところもあるというのであるから,人的関係が貢献する場面があっ
たとしても,それだけでは被告P1ら転職者が保有する本件情報が使用されたとの
上記認定を全面的に覆すには足りないというべきである。
(イ)また被告P1ら転職者が,原告の顧客である医療機関に提示した見積書(甲
32,甲35の1及び2,甲36)については,担当であった転職者の記憶で作成
したものや,医療機関から入手した請求書一覧等により作成したもので,本件情報
を用いたものでない旨指摘するところ,確かに,請求書一覧(乙1)から見積書(甲
36)が作成できないというものではなく(甲31,証人P12),担当者におい
て担当医療機関につき一定程度の記憶はあることは否定できない(証人P3)。
しかし,医療機関から請求書等を入手するまでにはある程度の信頼関係構築等の
ため時間が要るのが通常であり(証人P12),多数の検査項目における細かい単
価について記憶していることは通常考えられないことからすれば,やはり本件情報
を退職後も保有していたと認められる被告P1ら転職者が,そのすべての場合でな
いとしても,本件情報をあえて全く使用しなかったとは考え難く,したがって本件
情報を使用したとの上記認定は覆らないというべきである。
(ウ)なお被告らは,本件情報並びに本件情報から作成した「親密度ファイル」及
び「KM売上計画2012」等原告から得た情報は退職時に削除済みである旨主張
し,被告P1において,その旨供述する。
しかし,被告P1ら転職者が,本件情報を使用したと推認させる事情は上記アの
とおりである上,上記情報を取り扱っていたのは被告会社転職後に原告と競業する
ためであり,またP3が一斉退職するという行動から離脱しなければ,被告P1ら
転職者による上記情報を使用した協議内容が原告に判明することはなかったはずで
あることからすると,これを削除したとする被告P1の供述は信用し難い。
(3)以上によれば,被告P1は,原告から示された営業秘密である本件情報を,
図利加害目的で被告会社に開示し,使用したと認められるから,上記行為は不正競
争防止法2条1項7号に該当する不正競争であるとういうべきである。
3争点3(被告会社に不競法2条1項8号の不正競争が認められるか)につい

上記2(1)認定の事実によれば,被告P1のみならず,その余の原告からの転職者
も被告会社において,本件情報を使用して営業をしていたものと認められるから,
被告P1ら転職者が被告会社従業員としてした原告顧客に対する営業活動により,
被告会社は,図利加害目的で開示された営業秘密であることを知って本件情報を取
得して使用していたものということになり,この行為は不競法2条1項8号の不正
競争に該当するというべきである。
4争点5(不正競争行為に基づく差止請求等の成否)について
本件情報は平成24年2月当時の情報であり,その有用性は時間の経過とともに
漸減していくことは否定できないが,本件情報が営業秘密であることを完全に否定
できるわけではない以上,これを使用した被告らの営業活動は不正競争に該当する
というべきであり,したがって,不競法3条に基づく,原告の被告らに対する本件
情報の使用及び第三者への開示の差止め,並びに本件情報が記載された文書及び電
磁的記録媒体の廃棄請求にはいずれも理由がある(ただし,本件情報と社会的同一
性のある範囲を超えて,外延が無限定となりかねない本件情報から「生成された情
報」についての廃棄請求は,侵害の予防に必要な行為としても認めることはできな
い。なお,無形の情報である本件情報の廃棄である以上,その廃棄は,本件情報が
記載された文書及び電磁的記録媒体廃棄が第三者による使用が全く許されない形で
されるべきことはいうまでもない。)。
5争点6(原告の損害額)について
ア被告P1ら転職者が被告会社で営業を開始した以降の原告に対する競業の状
況は,上記2(1)キ,クで認定したおとりであり,また,関西第二営業部及び和歌山
営業所において,委託先を変更された医療機関に対する前年同月の売上額は,それ
ぞれの別紙原告主張売上減少額の<全喪失>における各月欄記載の金額であり,委
託診療検査科目を一部変更された医療機関に対する前年同月の売上額との差額は,
<一部喪失>の各月欄各記載の金額であり,検査料を減額した医療機関に対する前
年同月の売上額との差額は,各月欄記載の金額のとおりと認められる。
イ原告は,前年同月と同額の臨床検査の委託があることを前提に,①原告の顧
客であった医療機関が臨床検査委託先を被告に変更した場合は,当該医療機関に対
する前年同月の売上額総額(別紙原告主張売上減少額の〈全喪失〉記載の各金額の
合計),②原告の顧客である医療機関が委託する臨床検査科目を減じた場合は,当
該医療機関に対する前年同月との差額(同〈一部喪失〉記載の各金額の合計),③
原告が被告会社に対抗するために医療機関に対する検査料を減額した場合は,当該
医療機関に対する前年同月との差額(同〈条件降下〉記載の各金額の合計)につき,
①及び②については,いずれも原告の売上総利益率を乗じた金額が,③については
その全額が,被告らの不正競争と因果関係のある逸失利益としての損害である旨主
張している。
ウ(ア)確かに,被告P1ら転職者においてした本件情報を使用した営業活動は不
正競争であるし,また原告主張に係る上記売上減少は,被告らの営業活動がなけれ
ば生じなかったはずのものといえる。また原告が指摘するように,本件情報を使用
することにより,被告らは,より利益の得られる顧客を取捨選択して,これを中心
に営業活動を行い,他方で営業活動をしても奪取が難しいと思われる顧客に対して
は営業活動を予め控えて全体として効率の良い形で原告と競業したこともできたで
あろうことは否定できない。
(イ)しかし,臨床検査会社間の競争によって医療機関が委託臨床検査会社を変更
することは,日常的に一定割合で起きているのであるから,被告P1ら転職者が,
原告退職後に,原告の顧客を対象として営業をすることが禁じられているわけでは
ない中(競業自体を債務不履行ないし不法行為とする原告の主張に理由がないこと
は後記キのとおりである。),原告自身は,被告P1ら転職者の一斉退職により営
業力が減じられ,その一方,被告会社は,被告P1ら転職者を受け入れて営業力を
増していたという状況にあった以上,本件情報の使用如何にかかわらず,原告は被
告会社との競業により売上減少は避けられなかったといえるはずである。
そうすると,そのような競業の中で本件情報を使用できることにより被告会社が
効率のよい営業をすることで原告に損害を与えたとするのなら,それは,競業の結
果,いずれ原告から被告会社に委託先を変更する顧客に対し,被告会社が速やかに
営業活動を開始することで,その変更が本来起き得る時期よりも早く実現し,もっ
て,その時期的な差の期間分,原告の売上げが減少させたことで現れる限度という
べきである。そして,そのように営業開始着手時期を優先すべき有利な顧客に対す
る営業は順次実行されていったはずであるから,本件情報の価値は,経時的に減少
していくことも考慮する必要があるといえる。
(ウ)また,本件情報が競業上有利な地位をもたらすとしても,医療機関が臨床検
査会社を変更するためには,上記1(1)イ(イ)のとおりの各種の負担が生じるのであ
り,原告よりも低額の検査料の提示を受けながら営業社員が転職に伴い情報を持っ
ていくようでは情報漏えいの危険があり信用できないとして,被告会社に移ってい
ない例もある(甲31,41)というのであるから,医療機関には,検査料の単純
な高低だけで臨床検査会社を選択しているわけではないことがうかがえ,臨床検査
会社担当者と医療機関の医師ないし担当者との個人的関係で委託関係が維持された
り変更されたりする可能性も否定できないから,原告と被告会社の競業において,
顧客が原告から被告会社に移動した理由には,被告らが主張するような,被告P1
ら転職者と顧客となる医療機関の医師あるいは担当者との人間関係が貢献したこと
も考慮される必要がある。
(エ)加えて本件情報についての原告の主張は,被告P1ら転職者は,「親密度フ
ァイル」,「KM売上計画2012」のようなファイルとしてまとめられた情報を
通してしか,本件情報を使用できなかったはずであることを前提にしているが,同
人らは,原告在職時において担当する顧客の委託内容及び検査料を,詳細にわたら
なくとも概略は記憶していたはずであるし,そうでなくとも被告会社に転職後,顧
客との信頼関係に基づいて,検査項目ごとの単価,請求額等の本件情報に相当する
情報を顧客から得ることは可能であるといえるし,新規の顧客であっても現に得て
いる場合も認められるから(乙1,甲31,32,35の1及び2,36,証人P
12,被告P1),被告会社転職後に原告在職時の顧客に対して営業活動をするに
当たり,本件情報によることのない営業も行ったはずであって,その点でも,原告
主張に係る損害すべてが本件情報の使用に起因すると見ることはできないというべ
きである。
エ以上のような事情を総合考慮すると,被告らが不正競争を理由として原告に
負うべき損害賠償責任は,本件情報の価値が経時的に減少していくことを踏まえて
不正競争開始後1年の期間に限って認定するのが相当であり,これをまとめると,
本件情報の使用による不正競争を理由として被告らが負うべき損害賠償の額は,委
託関係を喪失した医療機関との関係では,前年実績額から算定される損害額を基礎
に被告会社の競業開始当初の4か月間についてその3割,次の4か月に2割,さら
に次の4か月に1割の限度で算出したもののうち,原告の利益率0.28(甲45)
を乗じて認定するのが相当である。また,条件を変更したことによる売上減少につ
いても同様である(ただし,条件変更による減額は,利益が減少しただけであるか
ら利益率を乗じる必要はない。)。しかし,一部臨床検査科目だけの変更があった
とする医療機関に対する関係では,一部の検査科目のみを他の検査会社に委託する
ことは手続が一層煩雑となると考えられることから,これが単純に臨床検査料だけ
の問題で変更が判断されたとは認め難く,この部分の損害発生については,そもそ
も被告らによる不正競争との因果関係を認めることはできないというべきである。
オそこで,以上を踏まえて計算すると,別紙損害算定表記載のとおり,関西第
二営業部における損害として,顧客喪失によるものとして99万8900円及び条
件降下によるものとして398万4317円の合計498万3217円,和歌山営
業所における損害として,顧客喪失によるものとして126万9068円及び条件
降下によるものとして32万8181円の合計159万7249円となるから,原
告の損害は,合計658万0466円と認めるのが相当である。
カ弁護士費用
本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると,退職一時金の返還請求を除く本件と
因果関係のある弁護士費用相当の損害額は,130万円と認定するのが相当である。
キまとめ
以上によれば,不競法違反を理由とする原告の被告らに対する損害賠償請求は,
788万0466円及びこれに対する不法行為の日の後である訴状送達の日の翌日
(平成25年11月30日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延
損害金の連帯支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。
原告は,予備的に前記第3の4の争点4のとおり被告P1の債務不履行又は一般
不法行為,並びに同行為を前提とする被告会社の不法行為に基づく損害賠償も請求
しているが,営業秘密を不正目的において使用する被告P1ら転職者の行為が違法
とされるべきであるとしても,これを超えて抽象的に同人らの競業行為が競業避止
義務違反になるなどの理由で違法とされるべき理由は認められない(被告P1の原
告に対する秘密保持誓約書(甲9の1)第1条における合意が有効であるとしても
不競法に反しないという限度のものと解される。)から,これに基づき認められ得
る損害額は,結局,営業秘密の使用に起因する損害と同じことになって,その額は
上記認定額を超えることはない。
なお,被告P1は,秘密保持誓約書5条(甲9の1)により,競合会社へ就職す
る場合には事前に原告と十分協議する債務を負っていたというべきところ,そのよ
うな協議がされた事実はないが,原告の幹部社員であるP2において被告P1が競
業他社へ就職することを認識していたのに(被告P1),原告において被告P1の
退職時に何らかの協議を求めた事実は認められないし,またその点をおいても,協
議しなかったことを債務不履行の問題としても,その債務不履行が具体的損害発生
に結びつくわけではないから,結局,その損害額は,上記認定額を超えることはな
い。
6争点7(被告P1に,在職中の行為で就業規則所定の懲戒解雇事由に相当す
る事実が認められ,退職一時金の返還義務を負うか)について
(1)被告P1は,前記認定のとおり,原告在職中に,原告従業員らと一斉退職を
企て,不競法上の営業秘密である本件情報を含む「親密度ファイル」を用いて転職
予定者の原告従業員らと和歌山会議において協議し,さらにその結果を反映させた
「KM売上計画2012」を,P3をして作成させ,これを転職予定者らにP3を
して送信させことが認められる。
本件情報は,就業規則57条(3)に定める「業務上重要な秘密」に該当するし,
また上記の本件情報を含む「KM売上計画2012」を他の転職予定者らに転送さ
せるという行為は,その当時,これら転職予定者が被告会社へ転職することが確定
的に予定され,現に転職後に本件情報を使用した行為が認められることからすると,
「KM売上計画2012」を転職後の被告会社における営業に用いようとしていた
ことが推認できるから,結局,被告P1は,原告在職中に,就業規則57条(3)
に定める「業務上重要な秘密」である本件情報を故意に「漏らそうとした」という
ことができる。
そして,被告P1は,退職時は関西第二営業部主幹ではあったが,原告退職が確
定する直前には関西第二営業部長という営業の重職に就いていたもので,そのよう
な地位にあった者が上記行為に及んだのは,自らが主導的役割を果たしている原告
従業員らの一斉退職後,原告在職中の担当営業エリア内の顧客に関する本件情報を
使用した競業行為に企てたというのであるから,これらの行為は,就業規則第57
条(16)の「前各項に該当し,その情状が重いとき」に該当し,これは懲戒解雇
に相当する事実であるといえる。
そうすると,被告P1は,退職一時金の支給を受けたが,その後に在職中の行為
で懲戒解雇に相当する事実が判明したといえるから,そのことを理由とする,原告
の被告P1に対する退職金規程10条の3の規定に基づく退職一時金434万70
00円の返還請求及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成25年11月30日)
から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金請求には理由がある。
7結論
よって,原告の被告らに対する請求は,上記理由のある限度で認容することとし,
その余の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し,訴訟費用の負担につき民
事訴訟法64条本文,61条,65条1項本文を,仮執行の宣言につき同法259
条1項を適用して,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官森崎英二
裁判官田原美奈子
裁判官大川潤子
(別紙)営業秘密目録
原告の別紙顧客目録記載の原告顧客に関する下記1及び2の情報

1顧客別の売上情報(平成24年2月分)
2顧客別の販売価率情報(平成24年2月分)

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