弁護士法人ITJ法律事務所

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          主           文
       本件控訴を棄却する。
       控訴費用は,控訴人の負担とする。
          事 実 及 び 理 由
第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴人
 (1) 原判決を次のとおり変更する。
 (2) 被控訴人の請求を棄却する。
 (3)被控訴人は,控訴人に対し,原判決別紙物件目録1記載の建物(本件建
物)につき,原判決別紙「設計方針」と題する書面記載のとおりの修繕をせよ。
 (4) 被控訴人は,控訴人に対し,原判決別紙物件目録2記載の土地(本件土
地)につき,控訴人が自動車の保管場所として使用することを承諾せよ。
 (5) 被控訴人は,控訴人に対し,金129万4000円及びこれに対する平
成13年4月11日(反訴状送達の日の翌日)から支払い済みまで年5分の割合に
よる金員を支払え。
 2 被控訴人
    控訴棄却
第2 事案の概要
 1 本訴は,被控訴人が,控訴人に対し,賃貸借契約の終了を理由に本件建物の
明渡しと賃料相当損害金の支払いを求めた事案である。
 これに対し,反訴は,控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人の上記賃貸借契約の
解約申入れ(本件解約申入れ)には正当事由がなく,解約の効力は生じないとし
て,賃貸借契約に基づいて,本件建物の修繕及び本件土地を自動車の保管場所とし
て使用することの承諾を求めるとともに,被控訴人が本件建物の一部を撤去したの
は不法行為に当たるとして慰謝料の支払いを求めた事案である。
 原判決は,被控訴人の本件建物の明渡請求を立退料363万円の支払いと引き換
えに認容するとともに,賃料相当損害金の請求を認容し,また,控訴人の反訴請求
のうち修繕費及び慰謝料の各一部を認容したので,控訴人が敗訴部分につき不服を
申し立てたものである。
 2 上記のほかの事案の概要は,次のとおり付加するほか,原判決の事実及び理
由欄第2記載(2頁以下)のとおりであるから,これを引用する。
 (控訴人の当審における主張)
   原判決は,被控訴人の本件解約申入れに正当事由があるとしたが,不当な判
断である。すなわち,被控訴人には自己使用の必要性がないのに対し,控訴人が本
件建物を使用する必要性は極めて高い。控訴人の年間売上げは300万円程度であ
り,他所に移って賃料が増額することになれば,控訴人の生活は逼迫したものとな
る。また,被控訴人の本件建物の取壊しの必要性の立証もされていないのである。
363万円という立退料の額も低額にすぎるというべきであり,立退料としては2
000万円程度が相当である。
 仮に,正当事由が肯認されるとしても,被控訴人の本件解約申入れは信義誠実の
原則に反し,また,権利の濫用に当たる。また,賃料相当損害金の額は5万円でな
く,4万円とすべきである。
第3 当裁判所の判断
   当裁判所は,被控訴人の本訴請求は理由があり,控訴人の反訴請求は原判決
が認容した限度で理由があるものと判断する。その理由は,次に記載するほか(本
判決の判示が原判決のそれと抵触するときは,本判決の判示による趣旨であ
る。),原判決の理由記載と同一であるからこれを引用する。
 (控訴人の当審における主張について)
 1 原判決挙示の証拠によれば,本件の事実の経過として,次の各事実が認めら
れる。
 (1) 本件土地は,一般住宅と低層共同住宅等の混在する住宅地域に所在す
る。近隣地域は,土地計画法上,市街化地域,第1種低層住居専用地域,建ぺい率
50パーセント,容積率80パーセント,第1種高度地区(高さ10メートル以
下)等に指定されている。本件土地のうち本件建物の敷地部分(本件敷地)は約4
40平方メートルであり,その更地価格は約6600万円と見込まれている。
 被控訴人は,控訴人に対し,遅くとも昭和47年ころ,本件建物を,賃貸期間2
年,賃料1か月2万5000円で賃貸し(本件賃貸借契約),その後,2年ごとに
契約が更新され,昭和51年9月30日に賃貸借期間が満了した。その後,法定更
新により期間の定めのない賃貸借となり,遅くとも平成5年4月以降,賃料は1か
月5万円に増額された。現在,控訴人が占有しているのは本件建物(平屋建て)の
うちの114.24平方メートルである。
 (2) 本件建物を含む原判決別紙物件目録1記載のAの建物は,家屋課税台帳
登録証明書上,慶応年間以前に建築された建物とされており,昭和37年に増築さ
れた。しかし,上記建物は,建築後130年以上が経過し,上記増築の時点から起
算しても40年近くが経過しているため,老朽化が著しく,居室,廊下及び倉庫の
床に床材の腐食等による沈みが生じている。昭和47年以降,上記建物のうち控訴
人が居住している本件建物部分以外は,住居として利用されなくなった。本件建物
は,本件敷地のほぼ中央に所在するため,本件敷地の有効利用の妨げとなってい
る。
 不動産鑑定士のBは,本件鑑定書において,「本件建物は,経済的残存耐用年数
を満了し,物理的,機能的減価も大きく,市場価値に乏しい。」「近隣地域におけ
る標準的使用の現況と将来の動向,並びに対象不動産の個別的要因を考慮すると,
本件敷地の最有効使用は現況建物の取壊し後の戸建住宅又は低層共同住宅の敷地と
判定される。」との判断を示している。
 (3) 被控訴人は,現在,90才を超える高齢者であり,本件土地の一画にあ
る居宅で生活しているが,控訴人から早期に本件建物の明渡を受けて,本件敷地の
有効利用を図りたいと切望している。被控訴人は,遅くとも昭和60年ころ以降,
控訴人に隣接するアパートへの転居を勧め,代替物件を提示するなどして本件建物
の明渡しを求めた。しかし,控訴人は,住居と工場は一体でないと困るなどとし
て,本件建物の明渡しに応じなかった。
 控訴人は,本件建物が妻と娘二人との共同生活に必要であり,また,一部をプラ
スチック成型加工業の工場として使用しているので(控訴人のした平成12年度分
の確定申告書上,その売上げは年間300万円程度とされている。),本件建物を
継続的に賃借したいとの意向を示している。
 (4) 本件建物の賃料は平成5年4月以降1か月5万円であったが,控訴人
は,平成11年4月以降,本件敷地に車庫証明をとるのを被控訴人が承諾しないと
して,一方的に賃料として1か月4万円を支払うようになった(その後,控訴人は
軽自動車を購入して本件敷地に駐車している。)。
 (5) 被控訴人は,平成12年4月下旬から5月中旬にかけて,Aの建物の空
き家部分の撤去工事をしたが,その際,控訴人が占有している本件建物部分の利用
に配慮して,本件建物の壁にトタンやビニールシートを張るなどした。本件建物
は,現在,構造的にやや不安定な状態にある。
 (6) 被控訴人は,平成12年9月21日到達の書面で本件賃貸借契約の解約
を申し入れるとともに,平成13年3月末日限り本件建物を明け渡すよう求めた。
 2 上記1認定のとおり,本件建物を含むAの建物は,慶応年間以前に建築され
た建物で,昭和37年に増築されたものの,昭和47年以降,控訴人が居住してい
る本件建物部分以外は,住居としては利用されなくなり,老朽化が進み,床材にも
沈みが認められる状態にある。現在,本件建物は,物理的な老朽化がはなはだし
く,また,経済的効用も既に果たされ,市場価値も無くなっているものと認めら
れ,その建替時期が到来していることが明らかである。本件建物の敷地は440平
方メートルに及んでおり,被控訴人は,本件建物の明渡しが受けられないことによ
って,本件敷地全体の有効利用が図れない状態にある。
 このような本件建物の老朽化に係る事態は,控訴人が本件建物を賃借するように
なった昭和47年当時から容易に予測できたものと思われる。これまで控訴人が本
件建物を低廉な家賃で賃借してこれたのは,被控訴人の経済的損失の上に成り立っ
ていたということができる。控訴人が営む工場も,本件建物でなければならないと
いうこともないのである。そして,本件建物のように老朽化した建築物を建て替え
ることは,被控訴人や近隣住民の利益であるだけでなく,国民経済的観点からも是
認されるべきものである。
 本件建物のように老朽化した建物は,これを賃貸すること自体が経済的に採算が
とれなくなっているのである(控訴人が低廉な賃料で本件建物を賃借し続けてこれ
たのは,このような背景事情によるのである。)。
 そうすると,被控訴人が控訴人に本件建物の明渡しを求め,これを建て替えて新
たな建物で収益を得ようとすることには合理性があるというべきであるから,被控
訴人の本件解約申入れには正当事由があるものと認められる。
 当裁判所は,本件において,被控訴人において立退料の支払いをする必要はない
と判断する。しかしながら,この点については,被控訴人から不服の申立がなく,
これを是正することができない。そこで,当裁判所も,控訴人に対し,被控訴人か
ら金363万円の支払を受けるのと引換えに,被控訴人に対し,本件建物を明け渡
すよう命ずることとする。
 控訴人は,本件建物を明渡すと生活ができなくなるなどと主張する。しかし,上
記のとおり,これまで控訴人が本件建物を低廉な家賃で賃借し,年間300万円程
度の収入で生活してこれたのは,被控訴人の経済的損失の上に成り立っていたので
ある。控訴人は,立ち退いた後の生活補償といった趣旨の要求をしているが,賃貸
人である被控訴人に賃借人である控訴人の生活保障をする義務はないというべきで
ある。
 以上のとおりであるから,被控訴人が本件解約申入れをすることが信義誠実の原
則に反するとか,権利の濫用に当たるなどということもできない。
 なお,控訴人は,賃料相当損害金の額は5万円でなく,4万円とすべきである旨
主張する。しかし,上記認定のとおり,本件建物の賃料は平成5年4月以降1か月
5万円となっていたのである。控訴人は,平成11年4月以降,車庫証明をとるの
に被控訴人が協力しないなどとして,一方的に賃料として1か月4万円を支払うよ
うになったわけであるが,このような賃料減額を被控訴人が承諾したとは認められ
ない。控訴人の上記主張も採用することができない。
 3 したがって,被控訴人の本訴請求を原判決主文第1及び第2項の限度で認容
し,控訴人の反訴請求を主文第3項の限度で認容した原判決は結論において相当
で,本件控訴は理由がない。
 よって,主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成14年8月29日)
東京高等裁判所第19民事部
      裁判長裁判官    淺  生  重  機
          裁判官     及  川  憲  夫
          裁判官     原  敏     雄

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