弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中590日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
 被告人は
第1 A1,A2及びA3と共謀の上,交通事故を偽装して損害保険会社から保険
金名下に金員を詐取しようと企て,あらかじめA3が,B1レンタカー会社B2店
から,B3会社とC1保険会社との間で対物賠償等を内容とする自動車保険契約が
締結されていた普通乗用自動車(以下「本件レンタカー」という。)を借用し,平
成9年9月24日午前3時25分ころ,埼玉県大里郡(地番等省略)先路上におい
て,同人が本件レンタカーを運転し,同所付近の交差点手前に無人のまま停車中の
A1所有の普通乗用自動車(以下「A1所有車両」という。)後部に故意に追突さ
せるなどして同車を同交差点内に進入させた後,A2が同人所有の普通乗用自動車
(以下「A2所有車両」という。)を運転し,同車左前部を同交差点内に進入させ
ていたA1所有車両の右側面前部に故意に衝突させて交通事故を偽装した上,A3
が,同日午前9時ころ,同県本庄市内の同人方において,B1会社B2店従業員D
1に電話をかけ,真実は,上記一連の交通事故は故意に起こしたものであり,上記
保険契約に基づく保険金支払義務が発生していないにもかかわらず,この情を秘
し,A3が本件レンタカーを運転中,同人の過失によりA1所有車両に追突させて
上記一連の交通事故を起こし,A1所有車両及びA2所有車両に損害を生じさせた
旨虚偽の事実を申し立て,D1をして,A3の申立てどおりの事故報告書を作成さ
せて,これを同県与野市(地番等省略)所在のB1会社B4を経由してC1保険会
社の保険代理店である同市(地番等省略)所在のC2にファクシミリ送信させ,同
日午前10時35分ころ,同社職員D2をして,自動車事故受付管理カードを作成
させて,これを同県大宮市(地番等省略)所在のC1保険会社C3サービスセンタ
ーにファクシミリ送信させ,同サービスセンター職員D3をして,事故受付票等を
作成させて,同日午後7時26分ころ,これらを同県熊谷市(地番等省略)所在の
同社C4サービスセンターにファクシミリ送信させ,同年10月2日,同サービス
センター職員D4をして,支払報告書等を支払決定権者に提出させるなどして,A
1及びA2への対物賠償保険金支払を請求し,同サービスセンター所長D5をし
て,上記一連の交通事故がA3の過失に基づくものであって,A1所有車両及びA
2所有車両に生じた損害に対し,上記保険契約に基づく保険金支払義務があるもの
と誤信させて,対物賠償保険金の支払を決定させ,よって,D5をして,同日,上
記一連の交通事故の示談交渉を担当するなどした被告人が指定した同県大里郡(地
番等省略)所在のE1銀行a支店に開設されたF会社名義の普通預金口座に対物賠
償保険金として合計330万円を振込入金させ,もって,人を欺いて財物を交付さ
せた
第2 G1(当時38歳)及び同女の実母G2(当時66歳)から,G1の夫であ
ったH1の借入金返済金名下に金員を詐取しようと企て,同年12月下旬ころ,同
郡b町又はその周辺地域から,同県本庄市(地番等省略)所在のG1方に電話をか
け,同女に対し,真実はH1は暴力団関係者に対する借入金がなく,同人らのため
に借入金返済の代行をする意思がないのに,これあるように装い,「H1はマージ
ャンの借金がやくざに二,三百万円あるので,別れるに当たって金が欲しいんだ。
Gの姓で作った借金だからGの方に取立が来る。やくざが取り立てにきて嫌がらせ
をする。自分に金を渡せば借金のことはうまく解決して別れさせてあげる。金のこ
とはおふくろさんに相談してみな。」などと虚構の事実を申し向け,同女をして,
G2に上記虚構の事実を申し向けさせた上,その翌日,上記場所において,G1及
び同G2に対し,「H1はマージャンの借金を作っていて,Gの姓で作った借金
は,個人的に作った借金でもGの家に取立てに来て,やくざが嫌がらせをする。自
分がその借金を払って解決してやる。」などと虚構の事実を申し向け,G1及び同
G2をしてその旨誤信させ,よって,即時同所において,同女から現金200万円
の交付を受け,もって,人を欺いて財物を交付させた
第3 A1,A4,A5及びA6と共謀の上,交通事故を偽装し,A4の次女で,
A5の妹であるI1(当時32歳)を車両で轢過するなどして殺害しようと企て,
同10年8月31日午前1時40分ころ,同県児玉郡(地番等省略)先路上におい
て,進路前方左側を対面歩行していた同女に対し,殺意をもって,A6が運転する
普通乗用自動車をI1に向けて時速約40キロメートルの速度で突進させて,同車
前部左側を同女の左腰付近に衝突させたが,同女に全治約45日間を要する左・骨
骨折,第一腰椎圧迫骨折,左膝・左大腿骨・骨盤・腰椎打撲症の傷害を負わせたに
とどまり,その目的を遂げなかった
第4 A6と共謀の上,交通事故を偽装して損害保険会社から保険金名下に金員を
詐取しようと企て,前記第3のとおり,同人がJ1保険会社との間で,対人賠償等
を内容とする自家用自動車総合保険契約を締結している前記車両を運転し,I1に
故意に衝突させた上,A6が,同年8月31日,同県大里郡(地番等省略)所在の
上記保険会社J2支社において,同支社支社長K1に対し,真実は,前記交通事故
は故意に起こしたものであり,上記保険契約に基づく保険金支払義務が発生してい
ないにもかかわらず,その情を秘し,A6が同車を運転中,同人の過失によりI1
に衝突させて負傷させるという交通事故を起こし,同女等に損害を生じさせた旨虚
偽の事実を申し立て,そのころ,K1をして,A6の申立てどおりの事故受付票を
作成させ,同年9月1日,これを同県熊谷市(地番等省略)所在の上記保険会社J
3サービスセンターを経由して同県浦和市(地番等省略)所在の上記保険会社J4
にファクシミリ送信させるなどした上,同月7日,同人をして,J2支社を経由し
てJ4に保険金請求書兼一括払用委任状同意書を提出して対人賠償保険金等の支払
を請求し
 1 同年10月16日,J3サービスセンター技術アジャスターK2らをして,
振込先指図一覧等を作成させ,これらを支払決定権者であるJ3サービスセンター
係長K3に提出させ,同人をして,前記交通事故がA6の過失に基づくものであっ
て,同車に生じた損害に対し,上記保険契約に基づく保険金支払義務があるものと
誤信させて,車両保険金の支払を決定させ,よって,K3をして,同月20日,被
告人が指定した前記第1記載のF会社名義の普通預金口座に車両保険金として13
万4789円を振込入金させ
 2 別紙一覧表1(省略)記載のとおり,同月30日から同11年7月14日ま
での間,前後14回にわたり,J4主任K4らをして,振込先指図一覧等を作成さ
せて,これらを支払決定権者であるJ4室長K5らに提出させ,同人らをして,前
記交通事故がA6の過失に基づくものであって,I1の休業損害等に対し,上記保
険契約に基づく保険金支払義務があるものと誤信させて,同女の休業損害等の支払
を決定させ,よって,K5らをして,同10年11月4日から同11年7月16日
までの間,前後14回にわたり,同県本庄市(地番等省略)所在のE2銀行c1支
店に開設されたI1名義の普通預金口座に休業損害等として合計192万2778
円を,同市(地番等省略)所在のE3銀行c2支店に開設されたL1名義の普通預
金口座に治療費として合計178万8365円を,同県東松山市(地番等省略)所
在のE4信用金庫d支店に開設されたL2名義の普通預金口座に下肢装具代等とし
て21万295円を,同県大里郡(地番等省略)所在のE5信用金庫b支店に開設
されたA6名義の普通預金口座に臨時費用として2万円をそれぞれ振込入金させ,
もって,人を欺いて財物を交付させた
第5 A1,A4,A5,A7及びA8と共謀の上,交通事故を偽装しI1(当時
32歳)を車両で轢過するなどして殺害しようと企て,同10年10月16日午後
7時40分ころ,同県本庄市(地番等省略)先路上において,A1が車両を運転し
てI1の運転する車両前方を走行中,急制動の措置を講じて同車に制動措置を余儀
なくさせ,さらに,同車後方を走行中のA8が運転する車両前部をI1運転車両後
部に追突させ,修理費用の話し合いのためなどと詐言を弄して同女を同所付近の同
市(地番等省略)先路上に誘導して佇立させた上,そのころ,同所に停車中の同女
運転車両右側に佇立していた同女に対し,殺意をもって,A7が運転する普通貨物
自動車を同女に向けて時速約40キロメートルの速度で突進させたが,同車前部左
側が同女運転車両後部右側に衝突したため,上記普通貨物自動車の左サイドミラー
を同女に衝突させるなどして,同女に全治約1週間を要する後頭部挫創,右下腿擦
過傷の傷害を負わせたにとどまり,その目的を遂げなかった
第6 A1,A5,A9,A10及びA11と共謀の上,交通事故を偽装し,A5の夫
であるI2(当時35歳)を車両間に挟んで強圧するなどして殺害しようと企て,
同11年3月12日午後8時30分ころ,同県児玉郡(地番等省略)先路上におい
て,A9が運転する車両前部をI2が運転する車両後部に追突させ,修理費用の話
し合いのためなどと詐言を弄して同人を同所付近の同郡(地番等省略)先路上に誘
導して停車中の車両後部付近に佇立させた上,同日午後8時35分ころ,同所にお
いて,背面佇立していた同人に対し,殺意をもって,A10が運転する普通乗用自動
車をI2に向けて時速約40キロメートルの速度で突進させ,同車前部を同人の下
半身に衝突させるなどしたが,同人に加療約3か月間を要する左下腿複雑骨折,左
大腿挫創,右下肢打撲症等の傷害を負わせたにとどまり,その目的を遂げなかった
第7 A5及びA11と共謀の上,交通事故を偽装して損害保険会社から保険金名下
に金員を詐取しようと企て,同人が,B1レンタカー会社B5営業所から,B1会
社とM1保険会社との間で,対人賠償等を内容とする自動車保険契約を締結してい
る前記普通乗用自動車を借用し,前記第6のとおり,A10が同車両を運転して前記
I2に故意に衝突させるなどした上,A11が,同月13日,群馬県高崎市(地番等
省略)所在の美容室「N」において,上記B1会社B5営業所所長O1に電話をか
けるなどし,真実は,前記交通事故は故意に起こしたものであり,上記保険契約に
基づく保険金支払義務が発生していないにもかかわらず,その情を秘し,あたかも
A10の身代わりとなったA11が上記車両を運転中,同人の過失によりI2に衝突さ
せて負傷させるという交通事故を起こし,同人等に損害を生じさせた旨虚偽の事実
を申し立て,同月15日,O1をして,A11の申立てどおりの自動車事故発生報告
書を作成させて,これを同市(地番等省略)所在のB6保険部を経由して同所(地
番等省略)所在の上記保険会社M2センターにファクシミリ送信させた上,M2セ
ンター調査主事O2らをして,自動車保険事故受付カード等を作成させ,同月16
日,これらを埼玉県熊谷市(地番等省略)所在の上記保険会社M2センターにファ
クシミリ送信させ,別紙一覧表2(省略)記載のとおり,同年4月2日から同13
年2月6日までの間,前後22回にわたり,対物賠償担当者であるM2センター技
術アジャスターO3及び対人賠償担当者であるM2センター調査主事O4をして,
自動車保険支払報告書等を支払決定権者である熊谷センター所長O5らに提出させ
るなどして対人賠償保険金等の支払を請求し,O5らをして,前記交通事故がA
11の過失に基づくものであって,I2に生じさせた休業損害等に対し,上記保険契
約に基づく保険金支払義務があるものと誤信させ,対人賠償保険金等の支払を決定
させ,よって,O5らをして,同11年4月6日から同13年2月8日までの間,
前後22回にわたり,同県本庄市(地番等省略)所在のE6銀行c3支店に開設さ
れたI2名義の普通預金口座に休業損害等として合計601万6704円を,上記
E6銀行c3支店に開設されたL3名義の当座預金口座に車両損害として46万円
を,同県熊谷市(地番等省略)所在のE2銀行e支店に開設されたL4名義の普通
預金口座にI2の治療費として合計461万3745円を,東京都豊島区(地番等
省略)所在のE2銀行f支店に開設されたL5名義の当座預金口座に義肢代金とし
て13万9332円を,埼玉県児玉郡(地番等省略)所在のE2銀行g支店に開設
されたL6名義の普通預金口座にI2の治療費として82万9534円を,同県本
庄市(地番等省略)所在のE1銀行h支店に開設されたL7名義の普通預金口座に
I2の治療費として50万4850円をそれぞれ振込入金させ,もって,人を欺い
て財物を交付させた
第8 前記G1から,同女らが相続した土地に関する追徴課税金支払名下に金員を
詐取しようと企て,同11年3月17日ころ,前記G1方郵便受けに,本庄税務署
が同女に対し追徴課税として約2700万円の支払を求める旨の虚偽の文書を投函
するとともに,そのころ,同県児玉郡(地番等省略)所在の同女の実妹H2方郵便
受けに,同税務署が同女に対し追徴課税として約800万円の支払を求める旨の虚
偽の文書を投函し,そのころ,G1に両文書を閲読させた上,そのころ,同県大里
郡(地番等省略)所在のF会社事務所において,同女に対し,真実は追徴課税処分
がなされていないのに,これあるように装い,「税務署の摘発は年によって違っ
て,今年は対象は車,今年は土地というふうになっていて,今年はたまたま土地に
なってしまって摘発されたんだ。運が悪い。金額が高いのは罰金が入っているから
だ。どこか3500万円を貸してくれるところを探してみるから。」などと虚構の
事実を申し向け,次いで,同月18日ころ,上記F会社事務所において,同女に対
し,「知り合いのH3という男がE7の営業所所長と懇意なので,そこで借りられ
る。G2所有のiの土地には6000万円くらいの価値があり,これを担保にすれ
ば4000万円くらい借りられる。」などと申し向け,さらに,同月26日,G1
方において,同女に対し,真実は同女に追徴課税の支払の義務がなく,同女のため
に追徴課税支払の代行をする意思がないのに,これあるように装い,「追徴課税を
支払うから現金を出すように。預かってやる。」などと虚構の事実を申し向け,同
女をしてその旨誤信させ,よって,即時同所において,同女から,同女が上記E7
から借り入れた現金約3400万円の交付を受け,もって,人を欺いて財物を交付
させた
第9 A1,A4,A5,A9,A10及びA12と共謀の上,交通事故を偽装してI
1(当時33歳)を殺害しようと企て,殺意をもって,同年8月6日午後10時2
0分ころ,同県児玉郡(地番等省略)所在のA4方において,A9がI1の頸部を
右腕で絞め上げ,仰向けになった同女の前頸部にスコップの柄を押し付けるなどし
て同女の意識を喪失させた上,同女を同所前に運んで路上に仰向けに寝かせ,さら
に,同日午後10時40分ころ,同所前路上において,A1が普通乗用自動車を運
転して同女の頭部を轢過し,よって,同日午後11時20分ころ,同県本庄市(地
番等省略)所在のL8病院において,同女を頭蓋底骨折による脳挫傷により死亡さ
せて殺害した
第10 A1,A4,A5,A9及びA12と共謀の上,交通事故を偽装して殺害した
I1の損害賠償金名下に損害保険会社から金員を詐取しようと企て,前記第9のと
おり,A12がP1保険会社との間で対人賠償等を内容とする自動車総合保険契約を
締結している普通乗用自動車を,A1が運転するなどして交通事故を偽装してI1
を殺害した上,A12が,同月17日,同県東松山市(地番等省略)の同人方におい
て,上記保険会P2サービスセンター職員Q1に対し,真実は,I1が被告人らの
共謀による殺害行為により死亡したものであって,上記保険契約に基づく保険金支
払義務が発生していないにもかかわらず,その情を秘し,あたかもA1の身代わり
となったA12が同車を運転中に同女を轢過して死亡させるという不慮の交通事故を
起こし,同女に損害を生じさせた旨虚偽の事実を申し立てるなどした上,同月23
日,同県川越市(地番等省略)所在の上記P2サービスセンターに自動車保険金請
求書等を郵送により提出して自動車保険金の支払を請求し,同年10月18日こ
ろ,Q1をして,保険金支払稟議書兼承認書等を作成させて,これらを東京都新宿
区(地番等省略)所在の上記保険会社損害調査部に送付させ,そのころ,同社損害
調査部チーフ・マネージャーQ2をして,上記保険金支払稟議書兼承認書等を支払
決定権者である同社損害調査部ゼネラル・マネージャーQ3に提出させ,同人をし
て,前記交通事故がA12の運転中に発生した不慮のものであって,同人がI1に生
じさせた損害に対して上記保険契約に基づく保険金支払義務があるものと誤信さ
せ,よって,上記Q3をして,同月28日,埼玉県与野市(地番等省略)所在のE
1銀行j支店に開設されたA4名義の普通預金口座に自動車保険金として4800
万円を振込入金させ,もって,人を欺いて財物を交付させた
第11 A13及びA14と共謀の上,同人所有に係る同県大里郡a町kの宅地及び同宅
地上の事務所・店舗(以下「本件不動産」という。)につき,同人の債権者である
E8からなされた競売申立てに対し,内容虚偽の賃借権等を主張して,公の入札の
公正を害すべき行為をしようと企て,本件不動産につき,E8からの申立てによ
り,同12年5月15日,同県熊谷市(地番等省略)所在の浦和地方裁判所熊谷支
部がした不動産競売開始決定に基づき,本件不動産の現況調査を担当した同支部執
行官Rに対し,被告人及びA13が,同年7月24日,同県大里郡a町k所在の指定
暴力団S会A13組事務所において,真実は同9年8月末日に,同日から同15年7
月末日を賃貸借契約期間としてA13がA14から同建物を月額7万円で賃借した事実
も,その賃借料合計504万円を前払いした事実もないのに,これをあるよう
に装って,あらかじめ作成されたこれに沿う内容虚偽の賃貸借契約書を上記Rに示
すなどして虚偽の事実を申し立てた上,同人をして,その旨現況調査報告書に記載
させて同支部へ提出させ,もって,偽計を用いて,公の入札の公正を害すべき行為
をした
(証拠の標目)略
(事実認定の補足説明)
 弁護人は,(1)判示第2の事実につき,被告人がG1(以下「G1」という。)及
び同女の実母G2(以下「G2」という。)から,平成9年12月下旬に現金20
0万円を受け取ったことは間違いないが,G1から夫との離婚交渉を依頼され,そ
の資金として受け取ったに過ぎず,公訴事実記載の文言を言ったことはない,(2)判
示第8の事実につき,G1がE7から融資を得るに際し,金融仲介業のH3と,G
2の身代わりとなるH4を紹介したことはあったが,公訴事実記載の追徴課税に関
する文言は言っていないし,現金3400万円を受領した事実もない,(3)判示第1
1の事実につき,A13とともに執行官と面会し,賃料額やその前払い等に関して虚
偽の内容が記載された賃貸借契約書が示されたことは事実であるが,被告人自身は
積極的に虚偽の事実を説明したことはなく,内外装費の支出についても関知してい
なかった,また,賃貸借そのものは実体があり,賃料の前払いがあるかのように偽
装したことなどが競売を妨害したものとはいい難いと主張し,いずれも犯罪の成立
を争うので,以下,判示のとおり認定した理由を補足して説明する。
1 判示第2の事実について
(1) まず,第2回ないし第4回公判調書中のG1の供述部分(以下,単に「公判供
述」という。)及び検察官及び警察官に対する同人の各供述調書(不同意部分を除
く。)によれば,同人の供述は,大要以下のとおりである。
  G1は,夫のH1(以下「H1」という。)の遊び仲間であった被告人を以前
から知っていたが,H1が窃盗容疑で逮捕された際に,被告人が示談交渉等に尽力
してくれたことなどから,被告人に信頼を寄せるようになり,平成8年末ころにH
1の衣服のポケットからマージャンの点数表らしき紙片を発見した際にも,被告人
に相談したところ,同紙片に記載された「H5」という名前がやくざの名前で,H
1がマージャンでかなり負けていると言われたため,やくざとの金銭トラブルを恐
れ,同9年1月20日にH1を両親と離縁させた。同年12月21日実父が他界
し,その通夜の席で喪主を務めたH1が居眠りをしたことから,同人との離婚の意
思を固め,同人に離婚届を差し出したが,子供の親権など条件を付けて署名しなか
ったので,被告人に電話で相談したところ,被告人は,「H1はマージャンの借金
がやくざに二,三百万円あるので,別れるに当たって金が欲しいんだ。Gの姓で作
った借金だからGの方に取立てが来る。やくざが取立てにきて嫌がらせをする。自
分に金を渡せば借金のことはうまく解決して別れさせてあげる。金のことはおふく
ろさんに相談してみな。」と言ったので,G2に被告人の言葉を伝えて相談する
と,翌日,200万円用意してくれると言ったので,被告人に連絡し,その日のう
ちに被告人が自宅にやってきた。被告人は,自分とG2に対し,先の電話と同じこ
とを言い,被告人が借金を払って解決してやると言ったので,G2が被告人に20
0万円を手渡したところ,被告人は,これで借金を清算する,預かると言って受け
取った。後日,被告人立会の下,H1と離婚条件について話し合い,今後は互いに
直接会うことはせず,被告人を介して話をすることなどを決め,同10年1月6日
に離婚届を提出した。後に被告人から,H1の借金は200万円以上あったが,2
00万円で解決したと聞いた。
(2) また,第5回公判調書中のG2の供述部分によれば,同人の供述は以下のとお
りである。
  平成9年12月末,被告人からG1に電話があり,G1によれば電話の内容
は,H1にマージャンの借金が200万円くらいあるというものだった。G1に金
を都合できないかと聞かれたので,立替えてやると言った。その後,被告人が自宅
にやってきて,「おばあちゃん悪いけどH1のお金をいただきに来た。マージャン
の200万円と限らずに借りたものは返さないと,取立てにやくざ者が来て,嫌が
らせをする。」などと言われたので,被告人に,「H1のマージャンのですけど,
お願いします。」と言って200万円を渡した。被告人も,「お預かりします。必
ず,H1の借金,お返しします。」などと言った。
(3) 他方,被告人は,平成9年12月末ころ,G1及びG2から200万円を預か
ったのは事実であるが,G1から,H1と離婚するに当たり,トラブルのないよう
に間に入って離婚の交渉をして欲しいと依頼され,その資金として預かったに過ぎ
ない,離婚の条件としては,子供らの親権をG1が取得することと,H1がG姓を
名乗らないことなどであり,H1の借金の清算も含まれていたと思う,H1が自分
を含めて数名から合計30万円くらいの借金をしていたのは知っていたが,200
万円の中にはH1に対するいわば手切れ金や,自分に対する手数料も含まれていた
と思う,自分からH1にやくざに対する借金があるとは言っていない,その後,H
1とは2回くらい会って離婚の話をしたが,同人は離婚を承諾し,親権についても
主張しなかったので,預かった200万円のうち,H1の借金の返済として自分が
20万円を取得し,10万円くらいをH1が金を借りていたマージャン店従業員の
H4らに返済して,残る約170万円については,G1に返済を申し出たものの,
離婚後もトラブルがあると困るので預かっていて欲しいと言われたので預かってい
たに過ぎない,平成15年5月に弁護士を介してG2に200万円を返還した,と
供述する。
(4) これら各供述に照らすと,被告人が平成9年12月下旬にG1及びG2から現
金200万円を受け取ったこと,翌10年1月6日にG1とH1との離婚が成立し
たこと,その後,本件が刑事事件として立件されるまでは,被告人からG2らに対
し,200万円の返還ないし清算がなされなかったことについては争いがない。
(5) そこで,各供述の信用性について検討する。
① G1は,判示第8の事実を含めて被告人とは利害が対立しており,その供述の
信用性には特に慎重な検討が必要であるところ,上記のとおり,G2の供述は,同
人が被告人から直接聞いたとする部分も含めて,G1の供述と全体として合致して
いる。G2はG1の実母であるから,G1の供述に沿った虚偽供述をする危険性が
考えられなくはないが,G2が被告人はもとより,相続財産を無断で処分するなど
したG1に対しても強い悪感情を抱き,公判廷においても同女に対する対立感情を
顕わにしていることなどに鑑みると,G2がG1に有利となるよう,敢えて虚偽の
事実を作出するものとは認め難く,両名の供述が合致することは,相互に供述の信
用性を担保するものということができる。また,両名の供述は,G1とH1との離
婚に際し,200万円もの金銭が必要になると考え,被告人に渡した経緯として,
自然で合理的な内容ということができる。
② 他方,被告人の供述についてみるに,被告人がH1の借金をH4に返済したと
する点について,同女が公判廷において明確に否定しているほか,従前のG1とH
1との離婚交渉の経緯や,G1が被告人に200万円を渡した後,さほど間をおか
ずにG1とH1との離婚が成立していることなどに照らすと,同人らの離婚交渉が
難航していたとは認められないにもかかわらず,G1及びG2が,H1との離婚に
200万円もの大金が必要と考えて任意に用意し,被告人に渡したまま一切返還を
求めなかったというのは余りに不自然である。被告人は,G1がH1に借金がある
のではないかと不安に思ったというが,被告人自身,H1のマージャンの借金は多
くとも30万円程度しかないと認識していたとしながら,200万円もの金を受け
取り,その後一切返還ないし清算しなかったというのは,やはり不自然というほか
ない。
(6) 以上のとおり,G1及びG2の供述には信用性が認められるのに対し,被告人
の弁解は全体として不合理,不自然であり措信し得ず,G2が被告人に200万円
を交付した経緯については,G1,G2供述の一致するところに従って認定するこ
とができる。そうすると,被告人が,G1及びG2に対し,真実はH1に暴力団関
係者に対する200万円程度の借金はないのに,これがあるなどと虚構の事実を申
し向け,G1及びG2に借金の清算をする必要があるものと誤信させ,借金の返済
に充てるなどとしてG2から200万円の現金の交付を受けたものであり,被告人
の欺罔行為なしに同女らが同金員を交付したものとは認められないから,被告人の
行為に詐欺罪が成立することは明らかである。
2 判示第8の事実について
(1) はじめに,関係証拠によれば以下の事実が認められる。
① 平成9年12月21日,G1の実父が他界し,相続不動産として自宅土地建物
のほか,埼玉県本庄市lの土地(以下「lの土地」という。),同市iの土地(以
下「iの土地」という。),同市mの土地(以下「mの土地」という。)が残され
た。同10年1月24日,G2,G1及び妹のH2の名で遺産分割協議書が作成さ
れ,自宅土地建物はG2とG1の,「lの土地」はG1とH2の各共有とし,「i
の土地」はG2の単独所有とすることとなったほか,「mの土地」についてはG1
の名義とされた。
② G1は,被告人から,同人の叔父であるH6税理士を紹介してもらい,同人に
相続税の納付を依頼する一方,相続税支払のために「mの土地」を売却することと
し,被告人の知人のH7に2000万円で売却した。この土地はH8に転売され,
登記はいわゆる中間省略登記で,G1からH8へ直接所有権移転登記がなされた。
上記売却代金2000万円は,同年2月23日にE1に新設されたG1名義の口座
に預けられ,同月25日に全額引き出されており,同日,被告人がG宅において,
相続税支払のためとしてこれをG2から預かり,その場で預かり証を作成した。な
お,相続税については,同年10月20日付けでG2,G1及びH2分がH6税理
士によって申告され,相続税額は合計で1440万7200円であったが,このう
ち約1000万円について延納手続がとられた。
③ 同年3月ころ,G1は,被告人から紹介されたH9から金を借り入れることと
し,同月6日,lの土地を譲渡担保として,同人から1000万円を借り入れる内
容の金銭消費貸借契約公正証書を作成したが,公正証書作成時にはH9本人ではな
く同人の代理人としてF会社の従業員であったA9が立ち会った。G1は,H2か
らも借財をするなどして貸金業を始め,同月9日に被告人を借り主として50万円
を貸し付けたほか,同月7日から20日にかけて,H7に対し合計880万円を貸
し付けたが,その後H7が所在不明になるなどしたため,H9への第1回目の返済
すらできなくなった。G1は,H2の持ち分とともにlの土地を売却するため,同
年4月7日,被告人立会の下,H2宅において,H2がlの土地に有する持ち分の
処分をG1に一任するかわりに,G2死亡時の相続によってG1が取得するはずの
不動産についてH2に権利を取得させる内容の念書を作成した。また,H2は,被
告人の運転手等をしていたA6(以下「A6」という。)を買い主としてlの土地
の一部を代金848万円で売却する同日付の売買契約書に売り主として署名押印し
た。
④ 同11年3月15日,G1及びH2の名で所得税の確定申告がなされた。その
後,G1は,被告人から金融仲介業を営むH3を紹介され,同人の仲介で,E7か
らG2所有のiの土地に,同人に無断で抵当権を設定して金を借り入れることとな
り,被告人からH4に,融資の際にG2の身代わり役を務めるよう依頼がなされ
た。同月26日,G宅で,H3及びH4立会の下,G1が4000万円の借入手続
をし,3461万2055円を受領した。上記E7の融資後,被告人からH4に対
し100万円,H3に対し200万円がそれぞれ報酬として手渡された。しかし,
同年6月11日,E7に身代わりを使ったことが発覚したことから,G1がH3と
協議してE7に弁解するなどした。
(2) 次に,G1の公判供述は以下のとおりである。
① 被告人の叔父が税理士と聞き,被告人に遺産分割について相談し,被告人が間
に入って遺産分割協議書を作成したほか,被告人から「mの土地」を売却すること
を勧められ,土地売却と相続税の支払を一任した。被告人は売却方法に関し,H7
に売却した後に第三者に売却する,中間省略といって脱税行為だが税金が浮くなど
と説明し,平成10年2月23日,被告人の経営するF会社の事務所で売買契約書
を作成し,H7から2000万円を小切手で受け取ると,被告人とともに銀行に入
金し,同月25日も被告人と銀行に行って現金を引き出した後,被告人とともに自
宅に戻っていったんG2に2000万円を渡したが,被告人に税理士に渡すからと
言われたので,G2から被告人に2000万円が渡され,被告人に預かり証を書い
てもらった。
  G2が,mの土地の売却価格が不当に低かったとして不信を抱き,生活費を援
助してくれなくなったため,被告人に相談したところ,貸金業を始めたらどうかと
勧められ,被告人に言われて,A9立会の下,lの土地を譲渡担保にH9から10
00万円を借り入れる旨の公正証書を作成し,1000万円は被告人から手渡され
た。被告人に対する借金を返済した残りで,被告人から紹介されたH7らに貸し付
けたところ,同人が所在不明になるなどして,貸付金を回収できなくなり,すぐに
H9に対する返済が困難となって,被告人に相談すると,被告人がH9と交渉し,
本来土地は譲渡担保としてすべて取られてしまうところだが,1800万円を渡す
ことで解決することになった,lの土地を売却して返済するしかないが,相続後す
ぐに売却すると税金が高く,H9への返済分にも満たないから,H2の持ち分も一
緒に売却するようにと言われ,同人に売却を承諾してもらうため,被告人の立会の
下,念書を差し入れた。lの土地の売却についても,被告人がいったんA6に売却
してから第三者に売却するというので,H2とともにA6との間で売買契約書を作
成した。売買契約書には2048万円という金額があったが,現金の授受は見てい
ない。金は被告人が預かると言っていたので,被告人からH9に返済してくれるも
のと思っていた。被告人に,H9から領収書をもらって欲しいと言ったが,断られ
たのでもらっていない。その後,売却代金のうち900万円を被告人から渡され
た。
② 同11年3月17日,A1から,被告人のところに追徴課税が来て税務署の調
べが入ったなどと聞いた。その後,被告人からも電話で同様のことを聞いたので,
自宅に戻ると,テーブルの上に本庄税務署の名前のあるA6版の茶封筒が置いてあ
って,中に,土地の表示,H7及びA6の名前が書かれ,追徴課税金2700万円
の支払を求める内容の文書が入っていた。被告人から,H7とA6への土地売却が
脱法行為だと聞いていたので,これに関する追徴課税だと思い,被告人に電話をし
たところ,妹のところにも来ているはずだと言われ,H2の自宅に電話をかける
と,ポストに書類が来ているとのことだったので,すぐに受け取りに行き,自宅に
届いていたのと同様の封筒と,A6の名前があり,800万円の追徴課税金の支払
を求める同様の文書を確認した。被告人に連絡をし,F会社の事務所に行って,追
徴課税の書類を見せ,確定申告後すぐに追徴課税の通知が送られてくるのかと聞い
たところ,被告人は,「税務署の摘発は,年によって違って,例えば今年は対象は
車,今年は土地というふうになっていて,今年はたまたま土地になってしまって摘
発されたんだ。運が悪い。」「(追徴課税額が高いのは)罰金が入っているから
だ。」「A6は,今警察に捕まって調べられている。」「自分のところは,自宅ま
でも税務署の人たちがやってきて取調べを受けた。例えば漫画本に書いてあるメモ
書きさえも持っていかれて,通帳なんかも全部持っていかれた。大変なことになっ
ている。」などと言うので,自分も警察に逮捕されるのではないかと思うと怖くな
り,被告人が「どこか3500万円を貸してくれるところを探してみるから。」と
言うので任せることにした。追徴課税の書類は,家にも事務所にも置けないからと
言って,被告人がその場で燃やしてしまった。
③ 翌日,被告人から,「知り合いのH3という男がE7の営業所所長と懇意なの
で,そこで借りられる。G2所有のiの土地には6000万円くらいの価値があ
り,これを担保にすれば4000万円くらい借りられる。」などと言われた。被告
人はまた,G2は承知しないだろうから身代わりを使うと言い,H4に電話で身代
わりを依頼したほか,借入には事業をしているように装う必要があると言うので,
その内容を打ち合わせるなどした。同月26日,被告人は融資前にいったん自宅に
やってきたが,E7の関係者が来る前に出て行き,融資が終わり,H3が被告人に
電話で連絡をした後,再び戻ってきた。そして,自宅の居間で,被告人から,「追
徴課税を支払うから現金を出すように。」「預かってやる。」などと言われたの
で,3400万円を渡した。数日後に被告人から追徴課税金は支払ったと聞いた
が,領収書等はもらっていない。
④ その後,同年6月11日にE7に身代わりを使ったことが発覚し,被告人に相
談すると,H3と会って相談するようにと言われたので,H3と会って善後策を練
りE7に弁解するなどした後,高崎市内にある被告人のマンションに行き,被告人
に相談すると,逃げるしかないなどと言われた。そのため,逃亡する前に子供たち
を預けようとH1に会ったところ,同人にマージャンの借金などないことが分か
り,被告人に騙されたことを悟った。
(3) 他方,被告人は公判廷において,大要以下のとおり供述する。
  G1に頼まれてH6税理士を紹介し,また,mの土地売却に際し,H8の担当
者との交渉に同席したことはあったが,売買に積極的に関与したことはなく,土地
をいったんH7に売却してからH8に売却したのも,親戚に当たるH8に直接不動
産を売却するのは避けたいというG1の希望によるものであった。2000万円を
相続税支払のために預かったが,G1の希望により延納手続を取り,約1000万
円をG1に返還した。その際,G1とは男女の関係であったために,直ちに預かり
証を返してもらうことはせず,その後に何度か預かり証の返還を求めたもののはぐ
らかされてしまった。G1が貸金業を始めたいというので,友人のH9を紹介し,
また,A1を紹介してアドバイスをしたことはあったが,金を貸す相手を紹介した
ことはなく,被告人名で借りた50万円はその後に返済した。その後,同女からや
はり金が欲しいと相談されたので,土地を売って金を作るしかないというようなこ
とは言ったし,売却先の不動産業者を探すのを手伝ったこともあったが,H9と交
渉をしたことなどはない。平成11年になって,事業をやりたいというので,融資
を斡旋するH3と,借入の際にG2の身代わりとなるH4を紹介したことはあった
が,追徴課税に関連する話は一切しておらず,G1に追徴課税が来るなどと告げる
ようA1に指示したこともない。G1に頼まれて,E7からの融資実行の日にH4
の送迎をし,帰りがけにG宅の玄関先で,H3とH4に渡す報酬合計300万円
と,保険の支払の振込用紙等を預かったことはあったが,G宅に上がって3400
万円を受け取った事実はない。
(4) 以上のように,G1及び被告人の供述は,本件に至る経緯も含めて対立してお
り,両者の供述の信用性を検討する必要があるところ,これに関連する関係者らの
供述は次のようなものである。
① H2は,平成11年3月17日か18日ころ,G1から電話があり,税務署か
らA6くらいの大きさの封筒が送られてきてないか,ポストを見てくるようにと頼
まれたので,電話をつないだまま郵便受けを見に行くと,A6くらいの茶封筒があ
り,封筒の中の紙に自分の住所と名前が書いてあって,封筒の窓から見えるように
なっており,封筒には本庄税務署と印刷されていた,電話で姉に「あった。」と伝
えたところ,内容を読んでくれと言われたので中身を確認すると,A6版の白い紙
1枚に,私がlの土地をA6に売ったことについて追徴課税800万円を支払えと
いうような内容であった,姉はその日の夕方に書類を取りに来た,私が「払える
の。」と聞くと,何とかすると言うので,封筒を渡した旨供述する(第5回公判調
書中の同人の供述部分)。
  同人は,追徴課税を求める書類の記載について公判廷において再現してみせる
など,具体的かつ詳細に供述しており,同人がG1の実妹であるという人的関係を
考慮しても,上記供述には十分な信用性が認められる。
② A1は,平成11年3月ころ,被告人に頼まれて,G1に対し,F会社に税務
署が入って追徴課税が来るかも知れない,もしかしたらG1のところにも追徴課税
が行くかも知れないので,気を付けた方がいいと告げたと供述する(同人の公判廷
における供述)。
  証拠によれば,A1は被告人の片腕というべき存在で,終始被告人と行動を共
にし,その指示に従っていた者と認められ,被告人と共犯関係にある別件について
も事実を認めていることから,本件について被告人に不利な虚偽の事実を作出する
おそれは小さく,上記供述は十分に信用し得るものと認められる。
③ また,H3は,検察官面前調書中(不同意部分を除く。)及び公判廷における
供述において,以下のとおり供述する。すなわち,平成11年3月10日ころ,被
告人から融資の依頼を受け,E7からの指示を被告人に電話で毎日のように連絡し
ていた,G1とは電話で1度話した以外に,被告人から1度紹介されたことがあっ
たものの,ほとんど話をしなかった,同月17日ころ,被告人の事務所を訪れた
際,被告人がA6に「ポストに入れてきたか。」ということを言い,A6が「入れ
てきました。」と答えていたことがあった,「督促状」とか「G1のところに」と
か言っていた記憶である,同月26日にG1がE7から融資を受けた後,a町内の
ファミリーレストラン「T」で被告人と会い,店内のテーブルに被告人と向かい合
って座ると,被告人は
紙袋を持参しており,その中からG1とE7との間の金銭消費貸借契約書類を取り
出し,確認して欲しいと言ったので見ると,契約書類はすべてそろっていた,被告
人は紙袋の中から報酬200万円を取り出して渡してきた,被告人の左横において
あった紙袋の中を,背伸びをするようにしてのぞき見たところ,テープで十字に帯
をしてある1000万円の束が見えた,紙袋は成型した物が入っているようにずっ
しりとして見えた,というのである。
  H3は,被告人らと同様,身代わりを使ってE7から借入を行うなどした者で
あるから,自己の責任を被告人に転嫁するおそれがあるとも考えられるが,H3は
捜査段階において,G宅で被告人が現金を受け取った場面を見ていないかと追及さ
れたにもかかわらず,これについては見ていないと答えていることなどに照らす
と,ことさらに被告人を陥れようとする供述態度は見受けられない。弁護人は,被
告人がH3に報酬の200万円を渡したファミリーレストランとは,「T」ではな
く「U」であり,かつ,店内ではなく駐車場であったとして,同人の供述の矛盾を
主張するが,前者については,本件後3年以上が経過した後の供述であることに照
らすと,記憶の混乱としてやむを得ないと認められ,後者については,報酬の受け
渡しが駐車場で行われたと供述するのは被告人のみで,被告人が同行していたとい
うH4も,融資後にファミリーレストランに立ち寄った記憶はないと供述すること
に照らすと,必ずしもH3供述が虚偽であるとする根拠にはならない。H3の供述
は全体として具体的で一貫しており,ことさらに被告人に不利な供述をする動機に
乏しいことから,信用性が認められるというべきである。
④ また,H4は,検察官に対する供述調書において,E7からの融資手続が終わ
った後,被告人がG宅に来て,G1に「じゃあ俺が預かるから。」と言った,G1
はしばらくするとバックか何かを持ってきて,それを開けて,中から3000万円
か4000万円の現金をテーブルの上に置いた,被告人がこれを持参した紙袋に入
れて,袋を持って部屋から出て行った,被告人に病院に送ってもらい,車内で10
0万円の報酬を受け取った際,被告人は上記紙袋の中から金を取り出して渡してき
た,と供述し,公判廷においては,被告人がG1から現金3400万円を受けとっ
たところは見ていない,被告人がG宅を離れる際,紙袋を所持していたことは間違
いないが,その後に報酬を受け取った際,被告人が紙袋から現金を取り出したとい
う明確な記憶はないなどと,捜査段階と実質的に異なる供述をしているところ,弁
護人は,捜査段階における同人の供述は被疑者として録取されたもので,自己の訴
追を免れるため,捜査官に迎合的な供述をしたものと主張する。しかしながら,同
人は公判廷において,検察官から検察官面前調書における自身の供述内容を示され
ると,「そういうふうに言ったのかもしれませんけど。」「調書にあるんでした
ら,きっと,そうなんですね。」などと,捜査段階での供述が自己の記憶に基づく
ものであることを認める趣旨の供述をしており,公判廷において供述を翻す合理的
な理由に乏しいことに鑑みると,これまで被告人に様々な恩恵を受け,親しい関係
にあったと認められる同人が,被告人の面前で,被告人が現金を受領したという直
接的な不利益供述をするのをためらい,曖昧な供述に終始したものとみることがで
きる。他方で,同人の捜査段階における供述は,提示された数種類の紙袋の中か
ら,被告人が所持していたという紙袋と類似するものを抽出し,あるいは,現金の
授受が行われた状況を再現するなどして,具体的かつ詳細に供述しているものであ
ることから,信用し得るものというべきである。
(5) なお,その他関連する事実として,G1が平成11年6月16日に被告人との
電話での会話を録音したテープによれば,G1の「追徴課税があったじゃない。」
との問いかけに対し,「もしもし」といったん会話が途絶えた後,被告人の発言と
して,「だから,3500万円じゃん。だって,全部俺のほうで預かって,渡し
て,分配したり,H3に渡したり,向こうのE7のその捕まっちゃった人間に」
「渡しちゃったりして,そのE7の人間がほら,所長が今ほら,そういうことで訴
えられたりしてるじゃない。そういうのも全部,一応全部,やることはやった
よ。」と録音されていることが認められる。また,上記F会社の事務所内にあった
ノート型パソコンのハードディスク上に,「最終予告通知書」と題し,前橋市役所
納税課,前橋市長を作成名義とする平成14年2月14日付,市県民税及び固定資
産税の未納に関する通知文書の体裁を有する電子データが記録されていた事実が認
められる。
(6) 以上を前提に,G1及び被告人供述の信用性について検討する。
① G1供述について
  同人は,本件当時,実父の相続財産を次々と処分し,また,E7からの融資に
際しては,担保提供者である実母の身代わりを使うなどしたものであるから,同人
が,これらの責任を被告人に転嫁するため,虚偽の供述をする危険性もあり,同人
の供述の信用性については特に慎重な吟味を要するというべきところ,同人の供述
は,本件に至る経緯を含めて極めて複雑かつ多岐にわたり,時間の経過による記憶
の後退としてやむを得ないと認められる点以外には,全体として具体性を有する詳
細なものといえる。また,H2供述に照らすと,同女方に追徴課税の支払を求める
文書が届けられたことは事実と認められ,これが税務署による正規の通知でないこ
とは証拠上明らかであるところ,上記のとおり被告人の事務所にあったパソコンか
ら税務署名義の督促状らしき電子データが発見されていることに鑑みると,少なく
とも被告人及びその関係者が,G1の供述するような追徴課税の督促状を作成する
ことは可能であったといえる。そして,信用性の認められるA1供述によれば,被
告人の指示でG1に追徴課税が行くかも知れないとの話をしたこと,H3供述によ
れば,被告人がA6に対し,督促状をG1宅に投函してきたことを確認する言動を
していたことなどが認められ,これらの事実に徴すると,G1らの下に追徴課税の
書類が届けられた件に,被告人が何らかの形で関与していたことはほぼ疑いを容れ
ない。また,信用性の認められるH4の捜査段階における供述及びH3供述によれ
ば,G1がE7から融資を受けた後,G宅の居室内で,G1から被告人に数千万円
の現金が手渡されたとみられるところ,被告人自身,後のG1との会話において,
約3500万円の現金を受領したことを自認する発言をしている(なお,弁護人は
テープの信用性・証明力を争うが,録音内容を精査しても音声のつながり等に不自
然な点はなく,被告人自身の発言として「3500万円」「全部俺のほうで預かっ
て」「H3」「E7」などの言葉があり,現金の受領を認める内容となっているこ
とに照らすと,被告人が,E7から融資を受けた約3500万円の受領を認める趣
旨の発言をしたものと認めることができる。)。その他にも,G1が被害に至る経
緯として述べる部分は,H7が,被告人の指示によりG1から現金を借用しては被
告人に渡し,その後行方をくらましたなどと供述する(H7の警察官に対する各供
述調書)こととも整合する。
  弁護人は,追徴課税を求める書面など出しても,税務署に問い合わせたり,H
6税理士に尋ねれば,ことの真偽は明らかであって,G1の供述は荒唐無稽である
というが,被告人が,上記のとおり,H7らに対する土地売却の際に,売却方法が
違法だとG1に告げていたことや,当時,G1が被告人に多大な信頼を寄せていた
と認められることに照らすと,他言できずに被告人に相談したというG1の行動は
ごく自然であり,同女が税金の知識に乏しかったと認められることも考慮すれば,
追徴課税の一件を鵜呑みにしたという同女の供述を荒唐無稽と断じることはできな
い。弁護人はまた,G1が被告人に渡したという3400万円では,追徴課税額と
して請求された3500万円はもとより,H3やH4に対する報酬を支払うことも
できないとして,G1供述の矛盾を主張するが,G1は,被告人に対して先に預け
てあった金もあり,不足分についてはそこから支払われるものと思っていたとい
い,同女が被告人の指示に盲従していたことからすれば,上記の点を十分考慮せず
に3400万円だけを渡したとしても,必ずしも不自然ではない。
  同女の供述は,被告人自身の事後の発言を録音したテープや,被告人に近い立
場にあった関係者らの供述とも整合するものであり,この点において信用性が担保
されているといってよい。
② 被告人供述について
  被告人の供述は,主要部分において,A1をはじめ信用性の認められる関係者
らの供述といずれも食い違うほか,上記のとおり,後に録音されたG1との会話の
中で,自身が約3500万円を受領したことを認める発言をしていることとも矛盾
する。また,被告人も認めるように,G1の相続不動産の処分やH9からの借入に
関しては,いずれも被告人の配下にあったと認められるH7,A6及びA9らが関
与しているほか,H3供述に照らすと,E7から融資を得る手続に,被告人はむし
ろ積極的に関与していたと認められるのであり,少なくとも被告人自身の述べるよ
うな消極的・受動的な態様であったとは認め難く,被告人の供述は全体として不自
然に自己の関与を矮小化するものといわざるを得ない。
③ 以上のとおり,G1供述及び関係者の供述には信用性が認められるのに対し,
被告人の弁解は全体として不自然・不合理であって措信し得ない。そうすると,被
告人がG1に対し,真実は追徴課税金3500万円の支払義務などないのに,これ
あるように偽り,G1をしてその旨誤信させ,E7から借入をした約3400万円
を追徴課税金の支払のためとして被告人に交付させた事実が認められ,被告人の行
為には詐欺罪が成立する。
3 判示第11の事実(競売入札妨害)について
(1) はじめに,関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
① A14は,埼玉県大里郡a町k所在の土地・建物(以下「本件不動産」とい
う。)を所有し,自己の経営する株式会社Yを債務者とし,昭和62年に極度額5
00万円(平成3年に極度額1000万円に変更),平成6年に極度額500万円
とし,E9を根抵当権者とする根抵当権を設定した。
② 被告人は,上記建物の1階部分(以下「本件建物」という。)が空き室となっ
ているのを聞知し,同9年夏ころ,A14からこれを借り受ける約束を口頭で結び,
その後,これを指定暴力団S会A13組組長A13に使用させることとし,同人が内外
装を施し,同10年3月ころから組事務所として使用するようになった。A14も事
後的にこれを承諾し,A13は,賃料として毎月5万円を,最初の数か月はA14本人
に,その後は同人の承諾を得て同人に債権のあったA2に対して支払っていた。
③ 一方,A14の経営する上記会社は,同年6月ころからE9への返済を滞らせる
ようになり,同11年12月6日には,E8がその債務を一部代位弁済し,上記根
抵当権は同12年1月12日にE8に一部移転した。
④ 同10年から12年の間の何れかの日に,被告人の経営するF会社事務所にお
いて,被告人,A14及びA13が集まり,本件建物につき,A14を貸主,A13を借主
とする賃貸借契約書が作成された。同契約書には,いずれも事実と異なり,契約締
結日は平成9年8月末日,賃料は月額7万円とされたほか,第11条において,賃
料504万円を前払いしたこと及び内外装設備等を借り主の負担とすることの特約
が記載された。被告人は立会人となり,特約条項の部分を自ら記載した。また,そ
の後,A13が知人の住宅リフォーム業者に依頼して,A13が本件建物の内外装費と
して260万円の請求を受け,これを支払ったかのような体裁の請求書及び領収書
を作成させた。
⑤ E8は,同12年2月ころから本件不動産の調査等を開始し,同年5月13日
浦和地方裁判所熊谷支部に競売を申し立て,同月15日同支部が競売開始決定をし
た。同年7月24日,本件不動産の現況調査のためA13組事務所を訪れた執行官R
に対し,A13のほか被告人が対応した。
⑥ 現況調査報告書には,「A13及びZ某(被告人)の陳述」として,「本件建物
1階は,4年程前から組事務所として使用を始めたが,平成9年8月にA14との間
で賃料月額7万円とし,6年間分504万の賃料を前払いしてる。また,260万
を支出して,内外装をし現在に至ってる。従って,建物の価値も高められているの
でそれらのことも考慮されたい。関係資料を提出する。」と記載されている。
(2) 次に,関係者の供述は以下のとおりである。
① 執行官Rは,供述調書において,現況調査の際に対応した被告人とA13は,い
ずれも本件不動産について同等の知識を有し,それぞれ同じ程度話をしていた,両
者の見解に食い違うところもなかったなどと供述する。
② また,A14は,受命裁判官による尋問調書において,平成11年1月ないし2
月ころに被告人から電話で呼び出されてF会社の事務所に赴くと,被告人,A13の
ほか数名がいて,被告人から,このままでは借金の形に競売などでこの土地建物を
とられてしまう,守ってやるからこれを作っておけと言われて,A13との間で賃貸
借契約書を作成した,このときはもっぱら被告人が話をし,A13は肯く程度で口を
出さなかった,契約書の作成日付はF会社との間の賃貸借契約書に合わせて作成し
たもので,実際よりも過去にさかのぼらせてあり,賃料も実際は5万円であったの
に,被告人に言われて7万円とした,賃料を前払いした事実もなかったが,被告人
が特約条項として記載した,賃貸借契約書を作成した時点では,すぐに競売になる
という状況ではなかったが,経済的にだめになっちゃうような感じではあった旨述
べる。
③ これに対し,被告人は,平成10年以降同12年までの間のいずれかの日に,
F会社の事務所において,A14とA13が賃貸借契約書を作成するのに立ち会ったこ
とはあったが,A14が,第三者の立会があった方がいいというので,頼まれて立ち
会ったに過ぎず,特約条項についても,立会人が記載した方がいいというので,言
われたままに記載したものである,現況調査の日の朝にA13に呼び出されて同人の
事務所に行き,執行官とも会ったが,徹夜でマージャンをした後でぼうっとしてお
り,何を話しているのかもよくわからないまま,ただ座っており,自分から説明を
したことは一切なかった,内外装費の件については全然知らなかったことであると
供述する。
(3) そこで,まず,各供述の信用性について検討する。
① 上記Rは,被告人と利害関係を持たない裁判所執行官であり,一般にその供述
の信用性は高いといえるところ,確かに,同人はA13と被告人とを混同し,被告人
が年配であったことから同人をA13組組長と誤解したと供述しており,記憶の混乱
があると認められるものの,上記のとおり,現況調査報告書にはA13とともに被告
人が陳述者として記載されていること,また,被告人とA13とを混同したというの
も,むしろ,被告人とA13の関与や説明の状況に特段の差異がなかったとする上記
供述と整合するものであることに鑑みると,上記Rの供述は信用することができ
る。
② また,A14の供述は,記憶の後退とみられる部分を除けば具体的で一貫してお
り,被告人も認めるように,本件契約書作成が被告人の事務所で行われ,賃料前払
等を定めた特約条項を被告人が自ら記載したことなど,契約書作成時の状況から
も,被告人が主導して賃貸借契約書を作成したとする同人の供述はことの成り行き
として自然である。したがって,同人が本件の共犯者という地位にあることを考慮
しても,同人の供述には十分な信用性が認められる。
(4) そうすると,確かに,本件建物については,口約束ではあるがA14から被告人
を介してA13に転貸され,遅くとも平成10年4月ころには同人が占有を開始し,
賃料も支払っていた事実が認められるから,上記賃借権そのものが架空のものとま
ではいえない。また,虚偽の賃貸借契約書は同11年1月から2月ころに作成され
たと認められるところ,この時点において,被告人らが,将来,競売手続になると
いう具体的認識を有していたとまでは認めることができない。しかしながら,A
14供述によれば,内容虚偽の賃貸借契約書はもっぱら被告人の主導によって作成さ
れ,被告人もその内容が真実と異なることについては熟知していたと認められると
ころ,競売開始決定がなされ,現況調査のために執行官がA13組事務所を訪れた
際,被告人はA13と共同して,上記賃貸借契約書の存在を奇貨として同契約書を執
行官に示し,契約締結時期及び毎月の賃料額を偽り,あるいは賃料を一括前払した
などと虚偽の事実を陳述し,これを現況調査報告書に記載させたものと認められる
(なお,内外装費として260万円を支出したと陳述した点については,証拠上,
被告人自身がこれを虚偽と知りつつ陳述したと認めるには疑いが残るといわざるを
得ず,判示のとおり認定するにとどめた。)。そうすると,被告人の行為は,当該
賃借権が競落人に法的に対抗し得るものであるか否かを問わず,入札希望者をし
て,買受後,前払賃料の返還を求められるなど競売物件の引き渡しに実際上の困難
が伴うことを予測させるもので,入札希望者の心理に不当な影響を与え,競売物件
の売却を阻害する結果をもたらすものであるから,偽計を用いて公の競売又は入札
の公正を害すべき行為に該当する。
  なお,弁護人は,本件で買受希望者が現れなかったのは,暴力団組長であるA
13が本件建物を占有していたことによるのであって,上記のような賃貸借の始期及
び賃料額を偽り,賃料前払いの事実を仮装した行為が競売を妨害したものではない
と主張するが,既にみたとおり,被告人の行為には一般に競売を害するおそれがあ
ると認められ,当該行為が現実に競売を妨害したものであるかは本罪の成立を左右
しないから,弁護人の主張は理由がない。
4 以上の次第であって,判示第2,第8につき詐欺罪,判示第11につき競売入
札妨害罪がそれぞれ成立する。
(法令の適用)
罰条
 判示第1,第2,第4,第7,第8,第10の各所為
               刑法246条1項(判示第4,第7については
包括して同条に該当)
 判示第3,第5,第6の各所為行為時においては刑法203条,平成16年法
律第156号による改正前の刑法(以下「改正前刑法」という。)199条,12
条1項,裁判時においては刑法203条,平成16年法律第156号による改正後
の刑法(以下「改正後刑法」という。)199条,12条1項(刑法6条,10条
により軽い行為時法の刑による。)
 判示第9の所為       行為時においては改正前刑法199条,12条
1項,裁判時においては改正後刑法199条,12条1項(刑法6条,10条によ
り軽い行為時法の刑による。)
 判示第11の所為刑法96条の3第1項
判示第1,第3ないし第7,第9ないし第11について
               いずれもさらに刑法60条
刑種の選択
 判示第3,第5,第6についていずれも有期懲役刑を選択
判示第9について無期懲役刑を選択
 判示第11について      懲役刑を選択
併合罪加重刑法45条前段,46条2項本文
(判示第9の罪について無期懲役刑を選択した
ので,他の刑を科さない。)
未決勾留日数の算入刑法21条
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,共犯者らと共謀するなどして,(1)前後3回にわたり,交通
事故を偽装して被害者I1を殺害しようと企て,うち2回は未遂に終わったもの
の,3度目の犯行で殺害を遂げるとともに,2度にわたって保険会社から自動車損
害保険金を騙し取り(判示第3ないし第5,第9,第10の事実。以下「I1事
件」という。),(2)交通事故を偽装して被害者I2を殺害しようとしたが未遂に終
わり,保険会社から自動車損害保険金を騙し取り(判示第6,第7の事実。以下,
「I2事件」という。),(3)物損事故を偽装して保険会社から自動車損害保険金を
詐取し(判示第1の事実),(4)被害者G2及びG1から現金合計約3600万円を
騙し取り(判示第2,第8の事実),(5)競売物件につき,賃貸借契約の内容を偽る
などして競売を妨害した
(判示第11の事実)殺人,同未遂,詐欺,競売入札妨害の事案である。
2 このうち,被告人の刑を量定する上で重要となるI1事件及びI2事件につい
て,犯行の経緯は以下のとおり認定することができる。
(1) 被告人は,埼玉県大里郡a町で出生し,県立高校,職業訓練校に通った後,自
動車販売業等の職を経て,昭和63年から中古自動車販売業を営むF会社を設立
し,代表取締役として同社を経営する一方,風俗店等の経営を手がけるなどしてい
た。
(2) 一方,共犯者A4の次女で,A5の妹である被害者I1は,夫との間に2子を
もうけて保険外交員として働いていたが,平成4年に夫が転落事故により重度の障
害を負い,その保険金として7000万円を手にしたことから,やがて生活態度が
一変し,同女名義でローンを組んで夫やA4らと暮らすために建てた自宅の上棟式
が行われた同8年12月ころには,夫との婚姻生活が破綻状態となり,2人の子供
の面倒も見ずに愛人の家に入り浸って覚せい剤を常用し,愛人に金を貢ぎ,消費者
金融業者からも借財を重ねるようになった。そのため,A4は,このままでは自宅
さえも失いかねないと懸念し,A5を通じて,I1とも知り合いの被告人に窮状を
伝えて協力を依頼し,被告人も,I1を説得して自宅に連れ戻すなどしていたが,
I1の行状が一向に改善せず,A5らがI1の行状を嘆き,同女がいなくなってく
れればいいなど言うのを聞いて,同10年7月中旬ころ,I1を殺害して保険金を
手に入れることを企て,A5に対し,「このままだと家族がめちゃくちゃになって
しまう。I11人を沈めればみんなが助かる。」などと暗にI1殺害を持ち掛けた
ところ,A5及びA4も相談の上,I1殺害を決意して被告人にその旨依頼し,交
通事故に見せかけてI1を殺害し,その遺族に支払われる自動車保険金を被告人が
報酬として取得する共謀が遂げられた。
(3) 判示第3,第4の犯行に至る経緯
  被告人は,自己の配下にあった共犯者A6を使ってI1を殺害することを計画
し,自己の片腕であった共犯者A1にも犯行への協力を依頼すると,被告人が中心
となって犯行の具体的方法を練り,I1をA4方に呼び出して同所前路上で車両で
轢過して殺害することを計画し,A4らを介してI1が保険金受取人である夫と離
婚するよう仕向けるなどして,犯行の準備を進め,また,犯行当日にはA4方駐車
場にA5らが車を停め,I1が付近路上に駐車しA4方まで徒歩で向かわざるを得
ないようにすることなどを決めた。同年8月29日,A1及びA6はA4方付近で
待ち伏せたものの,この日はI1が戻らなかったため,翌30日深夜から再び同女
を待ち伏せていたところ,翌31日午前1時過ぎころ,同女が普通乗用自動車でA
4方に赴き,思惑どおり同所付近路上に駐車したが,I1が車から降りてこなかっ
たので,A1から連絡を受けた被告人がA5に指示をし,同女が車内で寝ていたI
1を呼びに行くなどして,ようやく同女が降車しA4方に向けて歩き出したところ
を,A6が普通乗用自動車をI1目掛けて突進させ,同女に衝突させたものの,同
女を死亡させるに至らず,殺害は失敗に終わった。
  その後,負傷したI1が入院し,A6において同女の治療費等を支払う義務が
生じたことから,被告人らは,その支払を免れるべく,自動車保険金を騙し取るこ
とを決意し,被告人の指示でA6が保険会社に保険金請求手続をし,保険会社をし
て同人の過失に基づく事故であるかのように誤信させた上,I1の治療費等を病院
等に振り込ませるなどして判示第4の犯行に及んだ。
(4) 判示第5の犯行に至る経緯
  判示第3の犯行により負傷したI1は,本庄市内の病院に入院したが,やがて
病院を抜け出して愛人のもとに通うようになり,その行状が以前と何ら変わらなか
ったため,同年9月中旬ころ,A4やA5は被告人に再度I1殺害を依頼し,被告
人がこれを承諾したことから,第2のI1殺害計画が浮上した。被告人は,A1に
I1を轢過する実行犯を探すよう指示し,また,A1とともにI1が愛人宅に向か
う経路を確認し,最初の殺人未遂の犯行とは警察署の管轄が異なるように犯行場所
を選定するなどした上,病院から愛人宅に向かうI1運転車両に故意に追突事故を
起こし,修理費用の話し合いを装ってI1を車外に立たせた上,同女に車両を衝突
させて殺害することを計画し,A1にその旨指示した。犯行当日,被告人は,病院
を出たI1運転車両を追尾し,共犯者らに連絡をすると,A1が車でI1運転車両
の前方に合流した後,交差点手前で急減速し,これにより減速した同車両に,共犯
者A8が故意に追突事故を起こし,同人が場所を移動してから修理費用の話し合い
を装ってI1を車外に立たせたところを,共犯者A7が普通貨物自動車をI1目掛
けて突進させ,同女に衝突させたが,同女を殺害するに至らず,またも計画は失敗
に終わった。
(5) 判示第6,第7の犯行に至る経緯
  ところで,A5は,夫のI2との間に2子をもうけ,夫の反対を押し切って保
険外交員として稼働していたが,かねて夫から男関係を疑われるなどされて夫を疎
ましく思い,また,消費者金融業者等への多額の借金返済に苦慮し,夫が死んでく
れればいいなどとの思いもあって,何かにつけて,被告人に対して夫への不満等を
打ち明けていたところ,上記のとおり,2度にわたりI1殺害に失敗し,計画がい
ったん頓挫した同年11月ころ,被告人が「実の妹をやるより赤の他人をやる方が
気が楽だろう。」などと,I2を狙った保険金目的の殺害計画をほのめかしたこと
から,A5は,夫に掛けていた9000万円の生命保険金目当てに同人を殺害する
ことを決意し,翌11年1月上旬ころ,被告人にI2殺害を依頼し,I1に対する
犯行と同様,交通事故を偽装してI2を殺害し,生命保険金と自動車保険金をそれ
ぞれが騙し取ることとした。
  被告人は,知り合いの共犯者A10らを説得して犯行に誘い入れるとともに,同
月20日ころ,A1と,F会社の従業員で日ごろから目を掛けていたA9に指示し
て,I2の帰宅経路を確認させ,また,自らも共犯者らとともに犯行現場を下見す
るなどした。被告人は,I1に対する先の犯行とほぼ同様の手口でI2を殺害する
こととし,A1らに殺害方法や共犯者間の役割分担について指示した。犯行当日,
A9がI2運転車両を追尾して故意に衝突事故を起こし,場所を移動してから修理
費用の話し合いを装って同人を車外に連れ出したところを,A1が共犯者A10らに
連絡し,同人らが停止車両の後部に立つI2目掛けて車両を突進させて判示第6の
犯行に及んだが,同人を死亡させるに至らず,計画は失敗に終わった。
  その後,被告人らは,やはり負傷したI2の治療費等について支払義務を免れ
るため,A10の身代わりとなった共犯者A11が,保険会社に事故の届け出をし,保
険会社をして同人の過失による事故であると誤信させ,I2の治療費等を病院等に
振り込ませて詐取し,判示第7の犯行に及んだ。
(6) 判示第9,第10の犯行に至る経緯
  一方,A4は,I1殺害計画が一時頓挫した後も,同女の行状に変わりがな
く,同女の代わりに借金を返済するなどしていたが,同年4月ころには,同女の借
金のために自宅が競売にかけられる危険にさらされたことから,自宅や財産を守る
ためには,やはり同女を殺害するしかないと決意し,A5と相談の上,再度,I1
殺害を被告人に依頼し,被告人もこれを了承したことから,先の犯行と同様,保険
金目当てにI1を交通事故に見せかけて殺害することとなった。
  被告人は,もはや失敗はできないと考え,信頼を寄せていたA1とA9に犯行
を実行させることとし,同年6月下旬ころから両名にI1殺害計画について打ち明
けるとともに,A9がI1の首を絞めて殺害した上,その死体を路上に寝かせ,A
1がこれを車両で轢過するようにと指示した。その後,被告人は,共犯者らととも
に打合せや下見を重ね,A4はI1が出掛けに事故に遭遇したように装うための自
転車を用意し,また,A1はI1を轢過する練習をするなどしてそれぞれ犯行の準
備を進め,A4がI1を自宅に連れ戻すのを待って犯行が実行されることとなっ
た。同年8月5日深夜,被告人らは,A4から連絡を受けて同女方付近に赴くと,
翌6日午前1時ころ,A9がI1のいるA4方に入り,I1に目隠しをして両手を
縛るなどした上,同女を殺害しようとしたが,殺害をためらい,被告人にできない
などと連絡してきたことから,被告人は,I1の愛人らが同女を探しに来ることを
懸念し,A1らに指示してI1をホテルの一室に連行させ,同所で監視させた。そ
して,この間に被告人は,A4に会って,I1殺害についての意思を再度確認する
と,実行役として共犯者A10を加えることとし,事情を告げずに同人をA4方に呼
び出した上,A1及びA9に対し,改めて犯行を実行するよう指示した。そして,
A1らはI1をA4方に連れ戻すと,同所において,A9がI1の頸部にスコップ
の柄を当てるなどして同女を失神させた後,同女をA4方前路上に運んで仰向けに
寝かせ,用意した自転車を付近に倒すなどした上,A1が普通乗用自動車で同女の
頭部を轢過して殺害し,判示第9の犯行に及んだ。
  その後,A1の身代わりとなった共犯者A14が,交通事故を装って直ちに警察
に通報し,保険会社にも事故の届け出をした上,被告人がA4らの代理人として保
険会社との折衝にあたるなどして,保険会社をして不慮の事故であると誤信させ,
自動車保険金4800万円をA4名義の預金口座に振り込ませて詐取し,判示第1
0の犯行に及んだ。
3 なお,被告人は,I1事件及びI2事件はいずれも,A5から,I1がいなく
なって欲しい,あるいは,I1はもう駄目だからI2をやってほしいなどとそれぞ
れ犯行を持ち掛けられ,犯行を決意したに過ぎず,自分から積極的に犯行を持ち掛
けたものではないと供述する。確かに,証拠によれば,A5は従前から,I1の行
状について嘆き,同女がいなくなってくれればいいなどと言ったことがあり,ま
た,I2についても,同人が死んでくれればいいなどとの思いもあって,被告人に
対しI2への不満を打ち明けていたものと認められ,こうしたA5の言動が被告人
の犯意形成に影響したことは否定できない。しかしながら,かかるA5の言動も,
具体的に殺害を示唆するものとはいえないところ,A5は,被告人からI1殺害を
持ち掛けられた状況について,平成10年7月中旬ころに被告人からホテルに呼び
出され,「このままだと家族がめちゃくちゃになってしまう。I11人を沈めれば
みんなが助かる。I1が死んでしまえば,家のローンの支払いもなくなるし,家も
残るし,サラ金だとかクレジットの返済もしなくても済む。」「交通事故に見せか
けてやってやる。」「自動車の保険金に関しては,自分も人を使ってやらなければ
いけないから,それはおれがもらうから。」などと言われ,I1殺害を意識したこ
と,また,I2殺害についても,同年11月ころ,被告人から「お姉ちゃんは好き
でもない人と一緒にいるんだろう。実の妹をやるより赤の他人をやるほうが気が楽
だろう。」などと言われたことについて,いずれも極めて具体的で迫真性に富んだ
供述をしている。同女は,A4とともにI1殺害を正式に依頼し,その後も繰り返
し殺害を頼んだ経緯や,被告人にI2殺害を持ち掛けられる以前から,生命保険を
掛けてあった同人が死ねば多額の保険金が支払われると意識していた(甲245号
証)ことなどをありのままに供述していることに照らすと,被告人に責任を転嫁す
るため,ことさらに虚偽供述をしているものとは認められず,その供述は信用する
ことができるから,I1事件及びI2事件の端緒については,前記のように認定す
ることができる。
  また,弁護人は,①被告人は,A1ら共犯者らに対し,大まかな犯行方法を示
したに過ぎず,犯行への関与は共同正犯というよりも教唆犯に近い態様であった,
②自動車保険金の取得は実行役となる共犯者らへの報酬に充てるために過ぎず,自
己の利得を目的として犯行に臨んだものではない,③犯行によりI1が死亡するか
についても不確実な認識しか有しておらず,積極的にI1の死を望んだものでもな
いなどと主張する。しかしながら,上記①については,信用性の認められるA1,
A9らの供述が一致するところに照らせば,犯行が計画,実行された経緯について
は上記のとおり認定することができ,被告人が共犯者らを犯行に引き入れ,現場を
下見するなどして具体的に犯行方法を指示し,終始積極的,主導的に犯行を実行し
たことは明らかである(なお,弁護人は,判示第9の犯行につき,いったん計画が
中断しながら再度実行されたのは,A4の意向を受けたA1らの判断によるものと
も主張するが,被告人の指示があったことはA1及びA9が一致して供述してお
り,証拠から明らかな被告人と共犯者らの従前の関係に照らしても,被告人の指示
なくA1らが犯行を続行したとは考えにくいことから,前記のとおり認定でき
る。)。次に,上記②については,本件犯行は,刑事処分の危険を顧みず交通事故
として届け出をし,保険会社に自動車損害保険金を請求するというものであり,自
動車損害保険金の取得を目的とする犯行であることは明らかであるところ,A1ら
の供述によれば,判示第10の犯行により得た自動車保険金4800万円のうち,
A1に約400万円,A9に約250万円,共犯者A12に約500万円が交付され
たほかは,すべて被告人が取得したものと認められ,一部をA10に支払うつもりで
あったにせよ,詐取した保険金の大半を被告人自身の利得としたことも明らかであ
る。一方,弁護人が指摘するとおり,被告人はI1を生命保険に加入させることに
消極的であったと認められるが,これは,多額の保険金を掛けて保険会社の疑いを
招くことを嫌ったものともいえ,必ずしも犯行が利得目的ではなかったとする根拠
とはならない。また,被告人が犯行によりA4らの窮状を救う目的をも有していた
こと自体は否定しないが,その後,みるべき落ち度のないI2についても同様の殺
害計画を敢行していることなどを勘案すれば,利得を得るという目的が犯行動機に
占める割合は決して小さくなかったというべきである。上記③については,速度を
上げた車両で人を轢過する殺害方法が,所論のいうように殺害の可能性の低いもの
とはいえず,前記のとおり3度も犯行を繰り返し,確実に殺害を遂げるために犯行
方法に工夫を重ねたと認められること,また,犯行計画が,死亡保険金を取得して
初めて被告人らに実質的利得をもたらすものであったことに照らせば,被告人に確
定的かつ強固な殺意があったことは明らかである。
4 そこで,以上を前提として,まず,I1事件について検討する。
  本件は,3度にわたって敢行された保険金目的の殺人等の事案であって,もと
より,金を得るためには人を殺害することも厭わないという身勝手で悪質極まりな
い犯行であるところ,犯行に至る経緯には,I1がA4や子供らを顧みることなく
愛人にのめり込み,そのために,A4が金銭的に追い詰められた状況にあったこと
は事実と認められるが,それ自体,殺人を許容すべき事情とならないのはもちろ
ん,被告人にとっては飽くまで付随的事情に過ぎず,被告人は,A5やA4からそ
の窮状を聞かされ,自身もI1を説得して自宅に連れ戻すなどしたものの,同女の
生活態度が一向に改まらず,A5からもI1がいなくなってくれればいいなどと聞
かされたことから,いっそ同女を殺害して保険金を取得することを企て,A5らに
犯行を持ち掛けたものと認められ,人命を軽視した余りにも安易かつ利欲的な犯行
の動機,経緯に酌量すべき余地はない。
  犯行の態様は,交通事故を装って確実に殺害を遂げるべく工夫を重ね,1年足
らずの間に三度もの殺害行為に及び,その都度,打合せや下見を重ね,共犯者らが
それぞれ必要な準備を整えた上,あらかじめ定められた役割分担に従って犯行を敢
行したもので,周到な準備に基づく極めて計画性の高い犯行である。特に,判示第
9の犯行では,あらかじめA9が殺意をもってI1の頸部を絞め上げるなどして失
神させ,あたかも同女が外出するところを事故に遭遇したかのように偽装した上,
A1においてI1の頭部を車両で轢過して殺害したもので,巧妙かつ残忍・非情な
犯行である。被告人は,いずれの犯行においても,配下の者たちを犯行に引き入れ
た上,自らが犯行方法を計画して共犯者らに指示し,狡猾にも自らは実行行為に手
を染めることなく,自己の犯罪を遂げたものと認められる。
  I1は,一連の犯行時には生活が乱れ,その行状には非難されるべき点があっ
たと認められるが,保険金目当てに尊い生命を奪われるいわれなどは毛頭なく,繰
り返し命を狙われて負傷し,判示第9の犯行では長時間殺害の恐怖にさらされた挙
げ句,33歳と人生半ばで一命を奪われたのであり,その無念の情は察するに余り
ある。かけがえのない母親を失った同女の子供らもまことに不憫であり,犯行の結
果は極めて重大である。
  また,被告人らは,上記のとおり交通事故を装って繰り返しI1殺害を試みた
後,平然と保険会社に保険金の請求をし,本来負担すべき治療費等の支払を免れた
ほか,判示第10の犯行では,4800万円もの多額の保険金を取得したのであ
り,人の生命を金銭に換える悪質非道な犯行であることはもとより,損害の公平な
負担を趣旨とする保険制度の根幹を揺るがす重大な犯罪で,模倣性も高いことに鑑
みると,犯行のもたらした社会的影響は多大である。被告人は,保険会社との折衝
に当たるなどして保険金請求手続においても中心的な役割を果たし,判示第10の
犯行により詐取した保険金の大半を手にしている。
5 次に,I2事件についてみるに,本件は,I1殺害に二度失敗した後,やはり
保険金を手に入れるために標的を変えて敢行された殺人未遂等の事案であって,利
欲に駆られ,人命を軽視したまことに悪質極まりない犯行である。犯行の態様も,
下見や打合せを重ねるなどして敢行された優れて計画的な犯行であるとともに,I
2を車両間に強圧して殺害を図るなど,確実に殺害するために策を凝らした危険で
悪質な犯行でもある。また,I1事件と同様,多額の保険金を騙し取り,保険会社
に損害を与えている点も看過し難い。被告人は,本件においても自ら犯行を企図
し,積極的に共犯者に働き掛けるなどして犯行に加える一方,殺害方法を練って共
犯者に役割を指示するなど,まさしく主導的な役割を果たしている。
  I2は,勤勉で良き父親であり,取り立てていうほどの落ち度がないのに,突
進してきた車両に跳ね飛ばされてその下敷きとなり,幸いにして一命は取り留めた
ものの,加療約3か月間を要する左下腿複雑骨折等の重傷を負い,入院や休職を余
儀なくされたのであり,その肉体的苦痛が甚大であったことはもとより,妻も犯行
に加担していたと知ったときの衝撃も多大であったと思われ,犯行の結果は到底軽
視できるものではない。
6 このほか,被告人は,判示第1のとおり,保険制度を悪用した犯行をかねてか
ら行っていたもので,保険会社の被った損害が軽視し難いことはもちろん,一連の
犯行の根深さを物語っており,犯情はやはり悪質といわざるを得ない。また,判示
第2,第8の各犯行に至る経緯は先にみたとおりであるが,被告人は,被害者G1
が自己に信頼を寄せていたことを奇貨とし,同女やその実母に,同女の夫が暴力団
関係者に多額の借金があるなどと虚言を用いて現金200万円を交付させたほか,
被告人の関与の下でG1が行った土地売却について,3500万円もの追徴課税金
を支払わなければならないなどと虚構の事実を申し向け,同女に金融機関から多額
の借財をさせた上,現金約3400万円を騙し取ったもので,同女が取引等の知識
に明るくなかったことを利用し,多額の金銭を相次いで騙し取った手口は極めて大
胆かつ狡猾で,犯情は悪質といわなければならない。加えて,判示第11の競売入
札妨害の犯行についても,適正かつ迅速な不動産競売手続を阻害する悪質な犯行
で,犯行の結果も軽視し得るものではない。
7 以上みてきたとおり,本件は,連続して敢行された保険金目的の殺人等の事案
で,被害者1名が死亡し,1名が重傷を負ったほか,多額の保険金が騙し取られる
などしたもので,犯情は悪質極まりないところ,被告人は,中心となるI1事件及
びI2事件において,自らは手を汚すことなく,共犯者らを手足として自己の犯罪
を実現した上,判示第10の犯行により取得した保険金の大半を自己の利得とした
ことが認められ,まさしく犯行の首謀者であったというほかなく,多数の共犯者を
巻き込み,多数回にわたり犯行を重ねた経緯に鑑みると,その刑事責任は極めて重
いといわざるを得ない。
8 してみると,被告人が,保険金殺人等一連の犯行については事実を認め,謝罪
の言葉を述べていること,I2に対する犯行は未遂にとどまっていること,G2ら
に対する判示第2の詐欺については,受領した200万円を返還していること,判
示第2,第8の各犯行においては,被害者G1の側にも相当の落ち度があったと認
められること,形式的に離婚が成立しているものの,扶養すべき妻と子供がいて,
同人らが被告人の社会復帰を待っていること,前科がないことなど,被告人のため
斟酌し得る事情を十分に考慮し,また,共犯者との処分の権衡も考慮しても,被告
人に対しては,しょく罪のため,その終生をもって償わせるのが相当である。
  よって,主文のとおり判決する。
【さいたま地方裁判所第三刑事部
裁判長裁判官下山保男,裁判官任介辰哉,裁判官岩井佳世子】

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