弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
       事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 被告は原告Aに対し、金六五四万八四八三円及びこれに対する平成二年六月一
日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
二 被告は原告Bに対し、金五四三万四七五〇円及びこれに対する平成二年七月一
日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 仮執行宣言
第二 事案の概要
 本件は、雇用契約を解約告知して被告会社を退職した原告らが、定年前に退職す
る社員に対する早期退職制度に基づく割増退職金の支払を求める事案である。
一 争いのない事実
1 原告Aは、昭和三七年四月一日から被告会社に雇用されていたが、平成二年四
月(原告の主張では一八日、被告の主張では二五日)、被告に対して同年五月末日
をもって雇用契約を解約する旨の意思表示をした。
2 原告Bは、昭和三六年三月一日から被告会社に雇用されていたが、平成二年四
月一七日、被告に対して同年五月末日をもって雇用契約を解約する旨の意思表示を
した。
3 原告らが退職した当時、被告会社には、社員の年齢構成を改善し、企業の活性
化を図るため、早期退職制度が制定されていた。この制度は、割増退職金を支給す
るもので、「満四八歳以上五八歳未満の社員でこの制度による退職を希望し、会社
が認めた者に適用する」こととなっていた。そして、この制度が原告Aに適用され
れば、その年齢及び勤続年数から割増金は通常の退職金の九〇パーセントである六
五四万八四八三円となり、原告Bに適用されれば、同じく割増金は通常の退職金の
六〇パーセントである五四三万四七五〇円となるはずであった。
二 争点
 本件の争点は、原告A及び原告Bがした解約告知による退職について早期退職制
度が適用されるかどうか、に尽きるが、これに関する当事者双方の主張は、次のと
おりである。
(原告ら)
 本件早期退職制度は、次に述べるとおり、合意解約による退職だけでなく、解約
告知による退職の場合にも適用されると解すべきである。
1 労働者が使用者に対して退職の申出をする場合、合意解約の申込みなのか単独
行為としての解約告知なのかを明らかにすることはなく、そもそもそのような区別
があること自体知らない方が普通であるし、使用者もこれをいちいち峻別せずに受
け入れるのがほとんどであるから、被告会社の本件早期退職制度においても、これ
を区別していたものとは考えられない。
2 本件早期退職制度は、前記のとおり、① 四八歳以上五八歳未満の社員である
こと、② この制度による退職を希望すること、③ 会社が認めること、以上の三
つを適用の要件としているが、このうち②及び③は、無意味であるというべきであ
る。
(一) まず、②の制度適用の希望であるが、本件早期退職制度は、労働者の側か
らすれば、定年まで勤務することにより得られる利益を放棄する代わりに、割増金
を得られるという制度であるから、制度適用の希望を明示するとしないにかかわら
ず、退職の意思表示があった場合には常に希望があるものとして、その制度を適用
するべきである。
(二) 次に、本件早期退職制度は、端的にいえば、年齢、給与が高いのに大した
働きをしない労働者に退職してもらう制度であるが、被告会社は、右の目的を達成
するために、一般的な制度として本件早期退職制度を採用したのであるから、被告
会社に取って退職してほしくない労働者が応じてくることも当然に予想されるはず
のことである。それにもかかわらず、被告会社にとって必要な労働者については、
被告が承認しないことによって右制度の適用を受けさせないことができるというの
は、会社の恣意に左右され、余りにも労働者の利益を無視したものである。したが
って、③の会社の承認については、公序良俗に反するものとして無効とするか、あ
るいは、特別の理由のない限り承認すべきものと限定的に解釈するべきである。
 この点については、早期退職制度が制定されてから原告らが退職するまでの一年
半の間に少なくとも制度適用の対象となる九名の者が退職しているが、被告会社は
これらの者について制度の適用を拒絶したことはなく、退職の申入れをした場合に
は原則として承認する慣行になっていたのである。
(被告)
 本件早期退職制度は、使用者と労働者が雇用契約を解約する合意が成立した場合
にその適用が問題となるのであって、労働者が一方的に雇用契約の解約告知をした
ときには適用されないものである。
1 本件早期退職制度は、年齢構成を改善し、企業の活性化を図ろうとしたもので
あるが、制度適用の対象となる年齢の者の中には、その目的に合致する者もいれ
ば、被告にとってみれば、早期に退職されては業務の遂行に支障を来す、必要不可
欠な人材もいるわけで、後者に対しては企業としてはその慰留に努めなければなら
ない。そこで、早期退職制度を制定して合意解約の申込みを誘引し、労働者の側か
ら申込みを受け、被告会社がこれを承諾することによって合意解約が成立した場合
にのみ、割増退職金を支給することとして、必要不可欠な人材を確保しつつ、前記
の目的を達成しようとしたものである。「この制度による退職を希望し、会社が認
めた者に適用する」というのは、右の申込み及び承諾により合意解約が成立したと
きに適用があることを意味している。
2 このような合意解約を内容とする契約は、労働者に不利益を与えるものではな
く、ましてや公序良俗に反するものではない。
 労働者が早期退職制度の適用を希望して退職を申し出たのに対し、会社がこれを
認めずに合意解約が不成立になった場合、会社としては必要な人物として継続勤務
を要求しているのであるから、労働者としては合意解約の申込みを撤回すれば良
く、これによってなんら不利益を被るものではない。また、この制度は、年齢構成
を改善して企業の活性化を図ろうとするものであるから、会社が退職金の増額を惜
しんで早期退職を認めないというような恣意的な運用がされることはあり得ず、合
意解約を承諾するかどうかは、会社にとって必要な人材かどうかという観点から決
められるのであるから、公序良俗に反するものではない。
 なお、本件早期退職制度のような合意解約の規定の仕方は、他の会社にも多く見
られ、本件制度に特有の規定でないことも、その合理性を裏付けるものといえる。
3 原告らは、退職の申入れをした場合、早期退職制度の適用を認める慣行があっ
たと主張するが、この制度の適用を被告会社が否定し、そのために退職の申込みを
撤回し、従来どおり被告会社に勤務している例が少なくとも二件ある。
第三 争点に対する判断
一 乙第一、第三ないし第五、第八ないし第二十二証、証人C、同Dの各証言、原
告A、同B各本人尋問の結果によると、本件早期退職制度の制定の趣旨及びその運
用等につき、次の事実を認めることができる。
1 被告会社では、昭和五六年ころから雇用調整の必要性が生じ、同年五月及び昭
和六一年五月に退職勧奨をしたが、退職しても特別な利益を得られることがなかっ
たこともあってか、十分な成果は挙げられなかった。そこで、昭和六三年一一月、
本件早期退職制度を制定して総務本部長名で社内に通達し、掲示板に掲示した。
 この制度は、定年退職前に退職する者に対して通常の退職金のほかに割増金を支
給するもので、支給対象者を被告会社の社員の約二〇パーセントを占めていた四八
歳以上五八歳未満の者で、この制度の適用を希望したものとしていた。ただし、被
告会社にとって必要不可欠な者の退職を誘発することになると業務の遂行上支障が
生じるので、そのような者が退職を希望した場合、退職を思い止まらせようとする
趣旨で、被告会社がこの制度による利益の享受を拒否できることとし、被告会社が
この制度の適用を認めることを割増金支給の要件とした。
2 早期退職制度発足後、原告らの退職までに、この制度の適用を受けて退職した
者は九名いた。そのうちDは退職を申し出た際、支店長から慰留されたが、最終的
には被告会社に退職を認められ、被告会社の指示で早期退職制度の適用を希望する
旨を記載した退職願を提出し、割増金の支給を受けて退職した。その他の八名は、
特段の慰留もされないまま、この制度の適用の希望が被告会社に認められて退職し
た。
 他方、右の九名とは別に二名の者が、この制度の適用を受けて退職することを希
望したが、被告会社が業務の必要性から退職を承認しなかったため、結局退職する
ことなく勤務を継続している。また、退職の申し出に対する被告会社の慰留が成功
せずに退職した者で、この制度の適用を希望しなかったため割増金が支払われてい
ないものが一名いる。
3 原告Aは、平成二年四月一八日、上司であるE部長に退職願を提出し、早期退
職制度の適用を希望したところ、右E及び被告会社の常務であるCから慰留され、
右Cからは、原告Aのやっている仕事は専門的であって辞められては困る、被告会
社としては右制度の適用を認めることはできないとの趣旨の話があった。しかし、
原告Aは、他に就職を決めていたため、同月下旬、再度退職願を提出して同年五月
三一日付けで被告会社を辞めるに至った。
 原告Bは、同年四月一七日、上司であるF部長に退職願を提出したところ、右F
及び支店長であったGは、原告Bが被告会社に必要な人材であると考えて原告Bを
慰留した。しかし、原告Bは、転職先を決めていたため、特に本件早期退職制度の
適用を希望する旨被告会社に伝えないまま当然これが適用されるものと考え、退職
の意思を変更することなく同年五月三一日付けで被告会社を辞めるに至った。な
お、原告Bに対しては、退職前に被告会社から早期退職制度の適用はない旨が伝え
られていた。
4 早期退職を優遇する制度は、我が国の企業の中の相当数のものが採用してお
り、そのうちには被告会社と同様に会社の承認を優遇措置の適用の要件としている
ところも散見される。
二 右認定事実によれば、本件早期退職制度は、被告会社と従業員との間で雇用契
約を解約して退職する旨の合意が成立することを要件としており、この合意が成立
せずにいずれか一方から雇用契約の解約告知をする場合には適用されないとの趣旨
で制定されたものといわざるを得ない。
 この点につき原告らは、合意解約か解約告知かは退職に当たって通常その区別を
意識しないし、被告会社もこれを峻別していなかったのであるから、合意解約に限
って適用されるとするべきではないと主張するが、右認定のとおり、被告会社では
早期退職をしてほしくない従業員を選別して慰留する趣旨で、会社が制度の適用を
認めることを要件として定めていたのであって、これを法律的に意味付ければ、合
意解約に限ることを制度適用の要件としたと見ざるを得ないのである。
 原告らはまた、右の会社の承認という要件は余りにも労働者の利益を無視してお
り、公序良俗に反するか、そうでないとしても、特別の理由のない限り承認の義務
があると主張する。確かに承認を要件とすれば、会社が承認しない場合労働者は雇
用関係を継続するか、解約告知により優遇措置の適用を受けずに退職するかの選択
をするしかないことになろうが、それは個別の退職勧奨に応じて退職すれば割増退
職金の支給を受けられる場合に、会社から退職の勧奨がないため割増金を得ること
ができないのと同様、単に会社と労働者の希望が合致しないために退職しても特別
の利益を得ることができないだけで、雇用契約の継続の観点からは労働者になんら
の不利益を強いるものではない。加えて、会社の承認を要件とした趣旨は前記のと
おりであって、それ自体不合理な目的であるとはいえず、前認定のとおり一般に採
用されているところでもある。これらの点に鑑みれば、会社の承認という要件は公
序良俗に反するものではなく、また、一般的な制度として採用する以上、会社に承
認の義務があるというものでもないというべきである(仮に原告らの主張が、少な
くとも原告らに関しては、被告会社が承認しないのは恣意的であって、信義則上承
認を拒むことはできないとの趣旨を含むものとしても、原告らが被告会社を辞めた
経緯は前認定のとおりであり、原告らにつき制度の適用を認めないことが信義に反
する事情は見当らない。)。
 さらに原告らは、本件早期退職制度の下においては、従業員から退職の申し出が
あった場合には、被告会社はこれを承認する慣行があったと主張し、解約告知か合
意解約の申込みかはともかく、退職の申し出をした原告らについても右制度が適用
されるべきであるとする。しかしながら、被告会社における早期退職制度の運用の
実態は前認定のとおりであって、原告ら主張の承認の慣行は到底認めることはでき
ないから、右の主張は採用できない。
三 以上によれば、被告会社との雇用契約を解約告知して退職した原告らについ
て、本件早期退職制度が適用されることはないといわざるを得ないから、原告らの
請求は理由がない。
(裁判官 相良朋紀)

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