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平成19年1月29日判決言渡
平成18年(行ケ)第10065号特許取消決定取消請求事件
口頭弁論終結日平成18年12月19日
判決
原告本田技研工業株式会社
訴訟代理人弁理士正林真之
同林一好
被告特許庁長官
中嶋誠
指定代理人高木康晴
同長者義久
同徳永英男
同大場義則
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が異議2003−73723号事件について平成17年12月20
日にした決定中,「特許第3442741号の請求項1ないし5,8ないし
12に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。
第2争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
(1)原告は,発明の名称を「複合高分子電解質膜及びその製造方法」とする
特許第3442741号の特許(平成13年1月19日出願,平成15年
6月20日設定登録,設定登録時の請求項の数13。以下「本件特許」と
いう。)の特許権者である。
(2)本件特許のうち,請求項1ないし5,8ないし12に係る特許について
住吉かづみから特許異議の申立てがされたため,特許庁は,これを異議2
003−73723号事件として審理し,その係属中,原告は,平成17
年3月22日,本件特許に係る明細書について特許請求の範囲の減縮を目
的とする訂正請求をした(以下「本件訂正」といい,本件訂正後の明細書
を,図面と合わせて「訂正明細書」という。)。
特許庁は,審理の結果,平成17年12月20日,「訂正を認める。特
許第3442741号の請求項1ないし5,8ないし12に係る特許を取
り消す。」との決定をし,その謄本は,平成18年1月16日,原告に送
達された。
2特許請求の範囲
本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし5,8ないし12の記載
は,次のとおりである(下線部分は本件訂正による訂正箇所。以下,請求項
1ないし5,8ないし12に係る発明を「本件訂正発明1」,「本件訂正発
明2」等という。)。
「【請求項1】イオン交換容量が高いスルホン化高分子化合物からなる母
材に,イオン交換容量が低いスルホン化高分子化合物の繊維状物からなる
補強材を均一に分散させるか,前記母材をイオン交換容量が低いスルホン
化高分子化合物の多孔質膜からなる補強材に含浸させてなり,前記イオン
交換容量が高いスルホン化高分子化合物のイオン交換容量は1.0∼2.
8meq/gであり,前記イオン交換容量が低いスルホン化高分子化合物
のイオン交換容量は0.5∼1.5meq/gであることを特徴とする複
合高分子電解質膜。
【請求項2】請求項1に記載の複合高分子電解質膜において,前記スル
ホン化高分子化合物はいずれも非フッ素系スルホン化高分子化合物である
ことを特徴とする複合高分子電解質膜。
【請求項3】請求項2に記載の複合高分子電解質膜において,前記イオ
ン交換容量が高いスルホン化高分子化合物と前記イオン交換容量が低いス
ルホン化高分子化合物はイオン交換容量を除いて同一の骨格を有すること
を特徴とする複合高分子電解質膜。
【請求項4】請求項1∼3のいずれかに記載の複合高分子電解質膜にお
いて,前記イオン交換容量が低いスルホン化高分子化合物のスルホン酸基
のHが少なくとも部分的にNaに置換されていることを特徴とする複合++
高分子電解質膜。
【請求項5】請求項3又は4に記載の複合高分子電解質膜において,前
記スルホン化高分子化合物はいずれもフェニレン基を含有することを特徴
とする複合高分子電解質膜。
【請求項8】イオン交換容量が高いスルホン化高分子化合物からなる母
材と,イオン交換容量が低いスルホン化高分子化合物の多孔質膜からなる
補強材とを有する複合高分子電解質膜の製造方法において,前記イオン交
換容量が高いスルホン化高分子化合物のイオン交換容量を1.0∼2.8
meq/gとし,前記イオン交換容量が低いスルホン化高分子化合物のイ
オン交換容量を0.5∼1.5meq/gとし,前記イオン交換容量が低
いスルホン化高分子化合物の多孔質膜に前記イオン交換容量が高いスルホ
ン化高分子化合物の溶液を含浸させることにより製膜することを特徴とす
る方法。
【請求項9】請求項7又は8に記載の方法において,前記スルホン化高
分子化合物としていずれも非フッ素系スルホン化高分子化合物を使用する
ことを特徴とする方法。
【請求項10】請求項9に記載の方法において,前記イオン交換容量が
高いスルホン化高分子化合物及び前記イオン交換容量が低いスルホン化高
分子化合物を同一の骨格構造を有する高分子化合物に対して異なるイオン
交換容量でスルホン化することにより得ることを特徴とする方法。
【請求項11】請求項7∼10のいずれかに記載の方法において,前記
イオン交換容量が低いスルホン化高分子化合物のスルホン酸基のHを少な+
くとも部分的にNaで置換することを特徴とする方法。+
【請求項12】請求項7∼11のいずれかに記載の方法において,前記
スルホン化高分子化合物はいずれもフェニレン基を含有することを特徴と
する方法。」
3決定の内容
決定の内容は,別紙決定書写しのとおりである。要するに,本件訂正発明
1ないし5,8ないし12は,刊行物1(国際公開第00/22684号パ
ンフレット。甲1),刊行物2(特開平10−199550号公報。甲
2),刊行物4(特表平11−502245号公報。甲3)に記載された発
明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから,本
件訂正発明1ないし5,8ないし12に係る特許は,特許法29条2項の規
定に違反してされたものであるとして,いずれも取り消されるべきであると
いうものである。
決定は,本件訂正発明1と刊行物1に記載された発明(以下「刊行物1発
明」という。)との間には,次のとおりの一致点及び相違点があると認定し
た。
(一致点)
「イオン交換容量が高いスルホン化高分子化合物からなる母材を,高分子
化合物の多孔質膜からなる補強材に含浸させてなり,前記イオン交換容量が
高いスルホン化高分子化合物のイオン交換容量は1.5∼2.0meq/g
である複合高分子電解質膜。」である点。
(相違点)
本件訂正発明1は,多孔質膜からなる補強材が「イオン交換容量が低いス
ルホン化高分子化合物」であり,その「イオン交換容量は0.5∼1.5m
eq/gである」のに対して,刊行物1発明は,補強材がスルホン化されて
おらず,そのイオン交換容量が明らかでない点。
第3当事者の主張
1原告主張の決定の取消事由
本件訂正発明1と刊行物1発明との一致点及び相違点に係る決定の認定に
誤りがないことについては認める。
しかし,決定は,本件訂正発明1と刊行物1発明の相違点の判断を誤った
結果,本件訂正発明1の進歩性(容易想到性)の判断を誤った違法があり(
取消事由1),また,本件訂正発明1と従属項の関係にある本件訂正発明2
ないし5,8ないし12の進歩性の判断を誤った違法がある(取消事由2)
から,取り消されるべきである。
(1)取消事由1(本件訂正発明1と刊行物1発明の相違点の判断の誤り)
決定は,本件訂正発明1と刊行物1発明の相違点について,「0.8m
eq/g以上1.2meq/g未満の低いイオン交換容量を有するスルホ
ン化高分子電解質膜を補強材とし,1.2meq/g以上2.4meq/
g以下の高いイオン交換容量を有するスルホン化高分子化合物の薄層とで
複合化することにより,官能基濃度が高く,すなわち『イオン伝導性』に
優れ,『膜強度』の高い複合イオン交換膜を製造すること」は公知の事項
であり(決定書9頁15行∼20行),「本件訂正発明1のような複合イ
オン交換膜の補強材にスルホン酸基を導入して母材(スルホン化イオン交
換体)との接着性を高めること」は周知の事項(同9頁21行∼25行)
であるとそれぞれ認定した上で,「刊行物1発明において,十分な『イオ
ン伝導性』と『機械的強度』とが両立し,かつ『密着性』も改善された複
合高分子電解質膜を得るために,『補強材』である高分子多孔質膜をスル
ホン化してイオン交換容量を付与することは,上記公知及び周知の事項か
ら容易になし得ることであり,その際,補強材のイオン交換容量を,刊行
物2に記載されるように母材よりは『低いイオン交換容量』であって,『
0.8∼1.2meq/g』程度とすることも,刊行物2の記載及び上記
周知事項に基づいて当業者が容易に想到し得る事項である。」(同9頁3
5行∼10頁3行)と判断し,本件訂正発明1の進歩性を否定した。
決定には,以下のとおり誤りがある。
ア刊行物2の認定の誤り
(ア)決定は,刊行物2の記載によれば,「0.8meq/g以上1.
2meq/g未満の低いイオン交換容量を有するスルホン化高分子電
解質膜を補強材とし,1.2meq/g以上2.4meq/g以下の
高いイオン交換容量を有するスルホン化高分子化合物の薄層とで複合
化することにより,官能基濃度が高く,すなわち『イオン伝導性』に
優れ,『膜強度』の高い複合イオン交換膜を製造することは,公知の
事項であるといえる。」(決定書9頁15行∼20行)と認定してい
る。
(イ)しかし,刊行物2に関する決定の認定には,以下のとおり誤
りがある。すなわち
刊行物2(甲2)には,「原料高分子電解質を,押し出し成形や,
溶剤に1∼10wt%程度溶解してプレート上にローラで均一に塗布
した後に乾燥させるキャスト法などでフィルム化し,これを加水分解
等の各種後処理を施すことにより,上述した高分子電解質膜が得られ
る。」(段落【0012】),実施例として「平滑なガラス板にコー
ティングし,80℃の温度で乾燥させてフィルム化した。」(段落【
0023】)と記載されているように,刊行物2記載の成形方法によ
り得られる膜が非多孔質膜であることは明らかであり,このような非
多孔質の高分子電解質膜を高分子電解質溶液に浸漬しても,よりイオ
ン交換容量の高いスルホン化高分子電解質膜が高分子電解質膜の表面
に積層した積層体が得られるだけである。このように刊行物2の高分
子電解質膜は,その表面にイオン交換容量がより高いスルホン化
高分子電解質が積層した積層体であるため,イオン交換容量の
高い高分子電解質は表層だけであり,「導電体+不導体+導電
体」の構造となっているため,膜全体として不導体となってい
る。「導電体+不導体」の界面でイオンの流れが妨げられ,高分
子電解質膜全体としては低イオン伝導性のものである。
また,刊行物2では,実施例で製造されたイオン交換膜の膜強度に
関する測定は何らされておらず,実際にどの程度の膜強度を有するの
か全く不明であり,刊行物2の高分子電解質膜が,十分な膜強度を備
えたものであるかについての記載はない。
このように刊行物2の高分子電解質膜は,単なる積層体にすぎない
ので,イオン交換容量が高くて機械的強度の低い表層部分が破断し易
く,表層部分が破断した場合には膜全体としての機能が失われるとの
問題点を有しており,「イオン伝導性」に優れ,かつ「膜強度」が
高いとはいえない。
したがって,刊行物2には,「・・・薄層とで複合することに
より,・・・『イオン伝導性』に優れ,『膜強度』の高い複合イ
オン交換膜を製造すること」の記載がないことになるから,公知
事項に関する決定の認定には誤りがある。
イ周知事項の認定の誤り
(ア)決定は,「母材と補強材との『密着性』に関しても,本件訂正発
明1のような複合イオン交換膜の補強材にスルホン酸基を導入して母
材(スルホン化イオン交換体)との接着性を高めることは,例えば特
開昭63−48339号公報(第2頁左下欄第2∼6行,第3頁左下
欄第2∼16行),特開2000−231928号公報(【0021
】)に記載されるように周知の事項である。」(決定書9頁21行∼
26行)と認定している。
(イ)しかし,周知事項に関する決定の認定には,以下のとおり誤りが
ある。すなわち,
「接着性」とは,「表面同士が接触し,物体表面を構成する分子(
又は原子,イオン)間に分子間力が働くこと」を意味し,母材と補強
材とが「接着」してしまうと,母材を構成する分子と補強材を構成す
る分子とが固定される結果,その界面でイオンの流れが妨げられ,イ
オン伝導性が低下するのに対し,「密着性」とは,「ぴったりとくっ
つくこと」を意味し,「接着性」のように,母材を構成する分子と補
強材を構成する分子とが固定されず,プロトンの伝導が速やかに行わ
れるものであり,母材と補強材との「密着性」とその「接着性」とは
異なる。決定は,両者を同一視した結果,周知事項について認定を誤
った。
まず,決定が周知例として引用する特開昭63−48339号公
報(甲4)には,「表面改質を行なう事は,補強材と樹脂との密着性
を向上させるため好ましい。たとえば表面改質の手段の一つとして
は,・・・クロルスルホン酸・・・などの酸化剤による処理・・
・」(3頁左下欄3行∼9行)と記載されている。しかし,甲4は「
各種の溶液の濃縮分離,脱塩,電解等に用いるイオン交換膜」(1頁
左欄11行∼12行)に関するものであって,燃料電池に関する本件
訂正発明1とは,全く技術分野の異なる発明に関するものである。特
にスルホン化処理は,「密着性」のみならず「イオン伝導性」や「膜
強度」に重大な影響を及ぼすものであるから,これら「密着性」,「
イオン伝導性」及び「膜強度」について優れた性能が求められる燃料
電池の分野に容易に転用できるものではない。また,甲4では「表面
改質」と記載されているように,スルホン化されているのは表面のみ
であり,本件訂正発明1のように内部まですべてスルホン化されたも
のとは異なる。
次に,決定が周知例として引用する特開2000−231928号
公報(甲5)には,「なかでもクロロスルホン酸を使用すると,低温
でも効率的にスルホニルクロリド基を導入でき,さらに加水分解によ
りスルホン酸基を導入できるため,スルホン酸型パーフルオロカーボ
ン重合体との接着性が向上できるので好ましい。」(段落【0021
】)と記載されている。しかし,母材と補強材とが「接着」すると「
イオン伝導性」は逆に低下することから,「イオン伝導性」及び「膜
強度」について優れた性能が求められる燃料電池の分野に容易に転用
できるものではない。また,甲5においても,甲4と同様に,スルホ
ン化処理は補強材の表面のみしか行われておらず,本件訂正発明1の
ように内部まですべてスルホン化されたものとは異なる。
(ウ)したがって,本件訂正発明1のような燃料電池の分野において,
補強材の内部までスルホン化して「密着性」を向上させることは周知
の事項であるとはいえず,甲4,5から「本件訂正発明1のような複
合イオン交換膜の補強材にスルホン酸基を導入して母材(スルホン化
イオン交換体)との密着性を高めること」が周知であると認めること
はできないから,決定の上記認定は誤りである。
ウ容易想到性の判断の誤り
本件訂正発明1は,当業者が容易に発明をすることができるとした決
定の判断には,以下のとおり誤りがある。
(ア)決定には,上記ア及びイ記載のとおり,刊行物2及び周知事項の
認定に誤りがあるから,これに基づいた容易想到性の判断にも誤りが
ある。
(イ)仮に,決定には,刊行物2及び周知事項の認定における誤りがな
いとしても,以下のとおりの理由から,容易想到性の判断における誤
りがある。
決定は,刊行物1発明において,「イオン伝導性」と「機械的強
度」とが両立することを前提としている。
しかし,母材と補強材のいずれもスルホン化されたものを用いて「
スルホン化されたもの同士の組合せ」を生み出すことによってはじめ
て「密着性」が向上し,かつ,互いのイオン交換容量を調整され,「
イオン伝導性」及び「機械的強度」が向上するのであるから,以下の
根拠から明らかなように,補強材としてスルホン化されていないもの
を用いている刊行物1において,たとえスルホン化表面改質を取り入
れたとしても「機械的強度」と「イオン伝導性」とを両立させること
ができるものではない。これが両立するとの前提に立った決定の容易
想到性の判断は誤りである。
まず,実験例(甲9)によれば,「スルホン化されていない補
強材」を用いた高分子電解質膜(刊行物1発明に相当)におい
て,引張り強度の値は高いものの,イオン導伝率の値は極端に低
いことが示されている。
「(実験例)
補強材無し本件訂正発明1スルホン化され
(実施例2)ていない補強材
導電材IEC(meq/g)1.51.51.5
補強材IEC(meq/g)−10
引張り強度(kgf/cm)63784010572
イオン導伝率(S/cm)0.080.03850.0022
・導電材はいずれにおいてもスルホン化ポリエーテルエーテルケト
ンを用いた。
・両補強材はスルホン化されているか否かの違いのみである。
・膜厚は50μmに統一した。
・上記数値は85℃,90%RH下での値である。」
また,刊行物2(甲2)の高分子電解質膜は,積層体であって構造
そのものが本件訂正発明1と異なり,積層体であるがゆえに低い「機
械的強度」及び低い「イオン伝導性」しか具備していない。
そうすると,刊行物2のイオン交換膜は,単なる積層体にすぎ
ず,「イオン伝導性」と「膜強度」との両立に成功したものとは到底
いえないので,刊行物1に刊行物2を組み合わせたところで,刊行物
1の補強材となる多孔質ポリマーをスルホン化して低いイオン交換容
量のものとすることはできず,当業者が相違点に係る本件訂正発明1
の構成に容易に想到できたものではない。
仮に,刊行物2のイオン交換膜が積層体でないとしても,刊行
物2には,「膜中に高官能基濃度の高分子電解質成分を含有するイオ
ン交換膜」(段落【0009】),「高分子膜内に高官能基濃度の高
分子電解質を分散させたイオン交換膜」(段落【0014】)といっ
た記載がみられるだでけで,上記のような「イオン交換膜」を得るた
めの具体的手段が開示されていない。したがって,刊行物2に記載の
発明を引用発明として本件訂正発明1が容易想到であるとした決定の
判断には誤りがある。
(ウ)決定には,刊行物1の多孔質ポリマー基材をスルホン化すること
に動機付けはないにもかかわらず,この点を容易想到であるとした誤
りがある。
すなわち,刊行物1(甲1)には,「本発明のもう一つの目的は,
固体ポリマー電解質膜を製造する総コストを実質的に低下させて,S
PEFCの商業化を可能にすることである。」(訳文である特表20
03−528420号公報(以下,単に「訳文」という。)の段落【
0035】)と記載され,低コスト化が目的の一つとして掲げられて
おり,「現在,SPEFC用途におけるイオン交換膜としてほぼ独占
的に使用」(同段落【0014】)されているデュポン社製のNaf
ionは,「高い割合で過フッ素化アイオノマー(同段落【0014
】によればフッ化過フルオロビニルエーテルスルホニル)を使用する
ため」(同段落【0022】),「製造するのに非常に高価」(同段
落【0019】)であると記載されている。したがって,刊行物1の
多孔質ポリマー基材をスルホン化すること(すなわち,フッ化過フル
オロビニルエーテルスルホニルを使用すること)は,目的に相反する
といえるから,刊行物1の多孔質ポリマー基材をスルホン化すること
が容易想到であるとした決定の判断には誤りがある。
(2)取消事由2(本件訂正発明2ないし5,8ないし12の容易想到性の判
断の誤り)
本件訂正発明1と刊行物1発明の相違点についての決定の判断に誤りが
あり,本件訂正発明1は進歩性を有するから,本件訂正発明1と従属項の
関係にある本件訂正発明2ないし5,8ないし12も進歩性を有する。し
たがって本件訂正発明2ないし5,8ないし12について当業者が容易に
発明をすることができたとの決定の判断には誤りがある。
2被告の反論
(1)取消事由1に対し
ア刊行物2の認定の誤りに対して
刊行物2(甲2)の請求項1,段落【0001】,【0005】,【
0014】,【0017】,【0026】及び図2の記載によれば,刊
行物2には,固体電解質燃料電池の電解質に有用なイオン交換膜に関
し,隔膜として機能し得る「膜強度」を有する所定範囲で高分子膜に側
鎖のスルホン酸基を組み込んで「イオン伝導性」を付与した「低い(
0.8ミリ当量以上1.2ミリ当量未満)イオン交換当量の高分子電解
質膜」内に,イオン交換樹脂のイオン伝導性をさらに向上させるた
め,「高官能基(注・例えばスルホン酸基)濃度(1.2ミリ当量以上
2.4ミリ当量以下)の高分子電解質」を含有させ,「0.8meq/
g以上1.2meq/g未満の低いイオン交換容量を有するスルホン化
高分子電解質膜と,1.2meq/g以上2.4meq/g以下の高い
イオン交換容量を有するスルホン化高分子化合物とで複合化することに
より,イオン伝導性に優れ,膜強度の高い複合イオン交換膜」が記載さ
れているといえる。
したがって,刊行物2のイオン交換膜は,原告が主張するような「膜
全体として不導体」となる,高分子膜表面に単に高官能基濃度の高分子
電解質を積層した膜ではなく,膜全体として伝導性が高く,高分子膜内
にも高分子電解質を含むイオン交換膜というべきものであるから,刊行
物2から,「0.8meq/g以上1.2meq/g未満の低いイオン
交換容量を有するスルホン化高分子電解質膜を補強材とし,1.2me
q/g以上2.4meq/g以下の高いイオン交換容量を有するスルホ
ン化高分子化合物の薄層とで複合化することにより,官能基濃度が高
く,すなわち『イオン伝導性』に優れ,『膜強度』の高い複合イオン交
換膜を製造すること」は公知であるとした決定の認定に誤りはない。
イ周知事項の認定の誤りに対して
本件訂正発明1のような複合イオン交換膜の補強材にスルホン酸基を
導入して母材(スルホン化イオン交換体)との接着性を高めることは周
知であるとの決定の認定に誤りはない。
甲5に開示された「プロトン伝導性イオン交換膜」は,「補強材」に
スルホン酸基などの「親水性基」が導入されることにより,その「親水
性基」の分量だけ「プロトン伝導性イオン交換膜」全体として「親水性
基」の量が増え,しかも,その「補強材」と「重合体」との界面にはこ
れらの「親水性基」同士が「接着性」を向上させるべく相互作用し近接
して並んでいるといえるから(段落【0016】,【0021】),そ
れら界面の「親水性基」を介しても「プロトン(水素イオンH)」は流+
れるものであり,「プロトン伝導性イオン交換膜」の伝導性は,むしろ
高くなるといえる。
そして,甲4には,「補強材」の表面をスルホン化等の処理(クロロ
スルホン酸などによる処理)をすることによって,「補強材」と「スル
ホン化イオン交換樹脂」との「密着性」を向上させることが記載されて
おり(2頁左下欄2∼6行,3頁左下欄2∼9行),甲5にも,「補強
材」の表面をスルホン化処理をすることによって,「補強材」と「スル
ホン酸基を含有する重合体」との「接着性」を向上させることが記載さ
れている(段落【0021】)。両者は,「補強材」の表面のスルホン
化という処理によって「密着性」又は「接着性」を向上させることがで
きるものであるから,甲4及び甲5における「密着性」と「接着性」
は,文言上異なるものの,実質的に同様の性質を表現している同等の用
語であり,訂正明細書(甲7)記載の「密着性」とも同一視できるもの
である。
さらに,刊行物1には,その複合固体ポリマー電解質膜を燃料電池や
電解等に用いること(【請求項43】∼【請求項47】)が記載され,
甲4,5にも燃料電池や電解に用いるイオン交換膜が記載されているか
ら,刊行物1の複合固体ポリマー電解質膜と甲4,5のイオン交換膜
は,技術分野が共通する。また,甲4,5には,複合イオン交換膜の補
強材にスルホン酸基を導入して母材(スルホン化イオン交換体)との密
着性(接着性)を高めることが示されている。
以上の記載に照らすならば,本件訂正発明1のような複合イオン交換
膜の補強材にスルホン酸基を導入して母材(スルホン化イオン交換体)
との接着性を高めることは周知である。
ウ容易想到性の判断の誤りに対して
(ア)決定には,上記ア及びイ記載のとおり,刊行物2についての認定
の誤り及び周知事項についての認定の誤りはない。したがって,各認
定の誤りがあることを前提とする決定の判断の誤りに関する原告の主
張は理由がない。
(なお,本件訂正発明1と刊行物1との相違点については,刊行物2の
みに基づいて本件訂正発明1をすることが容易であったといえるか
ら,決定の周知事項の認定の誤りは,決定の結論に影響を及ぼさな
い。)
(イ)以下のとおり,本件訂正発明1は,刊行物1発明及び刊行物2,
周知事項に基づいて当業者が容易に想到し得るとした決定の判断に誤
りはない。すなわち,
刊行物1(甲1)には,「高イオン伝導性,高耐劣化性,高機械強
度,酸化および加水分解中の薬品安定性・・・を有する改善された固
体ポリマー電解質膜(SPEM)を提供する」(9頁15行∼19行
・訳文の段落【0032】)ことを目的とし,「ポリマー基材の強度
および熱安定性を示すと共に,イオン伝導性材料のイオン伝導性を示
す」(10頁17行∼19行・訳文の段落【0039】)ことが記載
されているのであるから,刊行物1発明も「機械的強度」と「イオン
伝導性」とを両立させることを技術課題としている。しかも,刊行物
1には,「基材およびイオン伝導性ポリマーにあらゆる望ましい置換
基を組み込むことができるが,一般の当業者によって容易に決定する
ことができるように,こうした置換基が,意図したポリマーの使用に
望まれる特性を実質的に害さないことを条件とする。こうした特性に
は,イオン伝導性,化学的および構造的な安定性,膨潤特性などを挙
げることができる。配合物は,スルホン化(置換)ポリマーであって
もよいし,置換/非置換ポリマーの配合物であってもよい。」(13
頁26行∼14頁6行・訳文の段落【0054】)ことが記載されて
おり,イオン伝導性,構造的安定性(機械的強度)などの特性全体を
考慮して基材にも望ましい置換基を組み込むことができることが示唆
されている。
そして,固体電解質燃料電池の電解質に有用なイオン交換膜に関
し,隔膜として機能し得る「膜強度」を有する所定範囲で高分子膜に
側鎖のスルホン酸基を組み込んで「イオン伝導性」を付与した「低
い(0.8ミリ当量以上1.2ミリ当量未満)イオン交換容量の高分
子電解質膜」内に,イオン交換膜の「イオン伝導性」をさらに向上さ
せるため,「高官能基(注・例えば,スルホン酸基)濃度(1.2ミ
リ当量以上2.4ミリ当量以下)の高分子電解質」を含有させたイオ
ン交換膜とすることによって,「イオン伝導性」と「膜強度」を両立
させるという技術思想は,刊行物2に開示されているように公知であ
り,また,2つのポリマーは,一方がスルホン化されたものであれ
ば,他方もスルホン化することにより密着性が高まることも,一般的
な技術常識である。
そうすると,刊行物1発明の複合固体ポリマー電解質膜におい
て,「イオン伝導性」,「機械的強度(膜強度)」の各特性を両立さ
せ,多孔質ポリマー基材の細孔とイオン伝導性物質の「密着性」を改
善するために,多孔質ポリマーをスルホン化高分子化合物であって低
いイオン交換当量のものとすることは,刊行物2及び上記周知事項か
ら容易になし得ることであり,その際のスルホン化の程度を,「イオ
ン伝導性」を付与し,かつ「構造的な安定性,膨潤性(膜強度)」を
有する範囲として刊行物2に記載される「0.8∼1.2meq/
g」程度とすることも,当業者が容易に想到し得ることである。
したがって,本件訂正発明1は,刊行物1発明及び公知事項,周知
事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたとした決定
の判断に誤りはない。
(ウ)原告が示す実験例(甲9)には,「スルホン化されていない補強
材」は「引張り強度」が一番高く「イオン伝導率」が一番低いこ
と,「補強材無し」は「引張り強度」が一番低く「イオン伝導率」が
一番高いこと,「スルホン化されている補強材」(本件訂正発明1の
実施例2)は「引張り強度」が「スルホン化されていない補強材」よ
りも低く「イオン伝導率」が「補強材無し」よりも低いことがそれぞ
れ示されている。
これらの実験例の結果は,①「補強材無し」とイオン伝導性のな
い「スルホン化されていない補強材」を含めたものとでは,後者が補
強材の存在により「膜強度」が向上するが,その存在分だけイオン伝
導性成分含有量が減少するから「イオン伝導率」が下がるという一般
的技術常識,②側鎖のスルホン酸基を多くしたイオン交換膜は,水に
よって膨潤されやすく「膜強度が低下」するものの,「イオン伝導性
が高く」なるという事項を示したにすぎない。これらは,一般的な技
術常識(刊行物2の段落【0005】)から,当業者であれば予測で
きた事項であって,決定の上記判断を左右するものではない。
(2)取消事由2に対して
前記(1)のとおり,本件訂正発明1の進歩性を否定した決定の判断に誤り
はない。したがって,本件訂正発明1と従属項の関係にある本件訂正発明
2ないし5,8ないし12の進歩性に関する決定の判断にも誤りはない。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(本件訂正発明1と刊行物1発明の相違点の判断の誤り)につ
いて
(1)刊行物2の認定の誤りについて
刊行物2についてした決定の認定に誤りはない。その理由は以下のとお
りである。すなわち,
ア刊行物2(甲2)の請求項1,発明の詳細な説明欄(段落【0001
】,【0005】,【0007】,【0009】,【0012】ないし
【0014】,【0017】,【0018】,【0020】ないし【0
026】)及び図2の記載によれば,刊行物2には,0.8ミリ当量(
meq/g)以上1.2ミリ当量(meq/g)未満のイオン交換容量
を有するスルホン化高分子膜を,1.2ミリ当量(meq/g)以上
2.4ミリ当量(meq/g)以下のイオン交換容量を有するスルホン
化高分子電解質をカーボン数5以下の低級アルコールと水の混合溶液中
に溶解した溶液中に浸漬した後,乾燥し,薄層を形成させる方法で製造
したイオン交換膜は,イオン交換基濃度が高く,かつ膜として十分な強
度を有するため,従来のものに比べて発電特性が向上することが開示さ
れているものと認められる。
したがって,刊行物2から,「0.8meq/g以上1.2meq/
g未満の低いイオン交換容量を有するスルホン化高分子電解質膜を補強
材とし,1.2meq/g以上2.4meq/g以下の高いイオン交換
容量を有するスルホン化高分子化合物の薄層とで複合化することによ
り,官能基濃度が高く,すなわち『イオン伝導性』に優れ,『膜強度』
の高い複合イオン交換膜を製造することは,公知の事項である」とした
決定の認定に誤りはない。
イこれに対して,原告は,刊行物2の高分子電解質膜は,非多孔質の
高分子電解質膜の表面にイオン交換容量が高い高分子電解質が積層し
た「導電体+不導体+導電体」の構造の単なる積層体であるため,「導
電体+不導体」の界面でイオンの流れが妨げられ,高分子電解質膜
全体としては低イオン伝導性のものであり,また,イオン交換容量
が高くて機械的強度の低い表層部分が破断し易く,表層部分が破断した
場合には膜全体としての機能が失われると主張する。
確かに,刊行物2の複合高分子電解質膜は,①所定のイオン交換容量
を有する高分子電解質膜を,よりイオン交換容量が大きい高分子電解質
溶液中に浸漬した後に乾燥させ,「薄層」を形成したものであること(
段落【0007】),②よりイオン交換容量が大きい高分子電解質溶液
中に浸漬される高分子電解質膜は多孔質のものではないこと(段落【0
012】ないし【0026】)に照らすならば,刊行物2の複合高分子
電解質膜は,所定のイオン交換容量を有する高分子電解質膜が中央層部
分を構成し,その表面に,よりイオン交換容量が大きい高分子電解質の
薄層が形成された構造を示している。
しかし,他方,①段落【0014】に「高分子電解質をカーボン数5
以下の低級アルコールと水の混合溶液中に溶解した溶液中に浸漬し,十
分に膨潤させて高分子膜内に高官能基濃度の高分子電解質を分散させ
た」と記載されているように,高官能基濃度の(よりイオン交換容量が
大きい)高分子電解質を,十分に膨潤した(所定のイオン交換容量を有
する)高分子電解質膜の膜内に分散させていること,②実施例1,2に
は,イオン交換膜X,Yを製造する際に,丸底フラスコの中で,高分子
電解質膜γ(30×30×0.45mm)を,10wt%濃度の高分子
電解質溶液A50ml中,50℃の温度で「12時間」にわたり浸漬し
ている点が示されていること,③【0026】には,高官能基濃度の高
分子電解質液溶液Aに浸漬処理したイオン交換膜X,Yが,浸漬処理を
していないイオン交換膜Zよりも,同一出力電圧における電流密度が高
く,大きなイオン交換容量を有する点が示されていること等に照らすな
らば,イオン交換膜X,Yは,高官能基濃度の高分子電解質が膜の表面
に薄層を形成するとともに,高分子電解質の成分が膜内に浸入し分散し
ているため,イオン交換膜Zよりも電流密度が高く,大きなイオン交換
容量を有するものと考えられる。すなわち,刊行物2に記載された複合
高分子電解質膜の構造は,所定のイオン交換容量を有する高分子電解質
膜が中央層部分を構成し,その表面に高官能基濃度の(よりイオン交換
容量が大きい)高分子電解質の薄層が形成されているものの,その高官
能基濃度の高分子電解質の成分は,上記高分子電解質膜の膜内(積層構
造の中央層部分)に浸入し分散しているものと理解することができる。
刊行物2記載の複合高分子電解質膜が,原告が主張するように中央層
部分が「不導体」で,「導電体+不導体+導電体」の各層に明瞭に区分
された積層構造のものであるとすれば,イオン伝導性は低く,イオン交
換容量も低いはずであるが,上記のとおり,刊行物2記載の複合高分子
電解質膜の実施例であるイオン交換膜X,Yは,浸漬処理をしていない
イオン交換膜Zよりも電流密度が高く,大きなイオン交換容量を有して
いるのであるから,原告が主張するような各層が「導電体+不導体+導
電体」に明瞭に区分された積層構造を採るものではないものと認められ
る。
したがって,刊行物2記載の複合高分子電解質膜が「導電体+不導体
+導電体」に明瞭に区分された積層構造を示すことを前提に,決定の刊
行物2についての認定に誤りがあるとする原告の主張は,その前提を欠
くものであり採用することができない。
ウまた,原告は,刊行物2(甲2)では,実際にどの程度の膜強度を有
するのか全く不明であり,刊行物2の複合高分子電解質膜が,十分な膜
強度を備えたものであるかについて何ら立証されていないと主張する。
しかし,同段落【0020】ないし段落【0026】のとおり,刊行
物2の複合高分子電解質膜は,高官能基濃度の高分子電解質溶液Aに浸
漬処理したイオン交換膜X,Yは,イオン交換容量の低い高分子電解質
膜γで基礎骨格が形成されていることから,実用上十分な膜強度を有す
るものと考えられ,原告の上記主張は採用することができない。
(2)周知事項の認定の誤りについて
周知事項(複合イオン交換膜の補強材にスルホン酸基を導入してスルホ
ン化イオン交換体との接着性を高めること)が周知であるとの決定の認定
に誤りはない。その理由は以下のとおりである。すなわち,
ア甲4には,「本発明は補強されたイオン交換膜,特に織布により補強
されたイオン交換膜に関するもので,各種の溶液の濃縮分離,脱塩,電
解等に用いるイオン交換膜に関する。」(1頁左欄9行∼12行),「
イオン交換樹脂体としては,特に限定されることなく,種々の陽又は陰
イオン交換樹脂体が使用される。例えば・・・スルホン酸基・・・など
の陽イオン交換基含有樹脂体・・・などが挙げられる。」(2頁左下欄
2行∼11行),「このようにして作られた織布を補強材として使用す
る際に一般に知られている表面改質を行なう事は,補強材と樹脂との密
着性を向上させるために好ましい。たとえば表面改質の手段の一つとし
ては,織布を・・・クロルスルホン酸・・・などの酸化剤による処理や
・・・などが用いられる。」(3頁左下欄2行∼10行)との記載があ
る。以上のとおり,甲4には,「補強材」の表面をクロルスルホン酸に
よる処理(スルホン化)をすることによって,「補強材」と「スルホン
化イオン交換樹脂体」との「密着性」が向上される技術が開示されてい
る。
また,甲5には,「本発明は,・・・超高分子量高密度ポリエチレン
繊維を用いて補強されたスルホン酸基を含有するパーフルオロカーボン
重合体からなる陽イオン交換膜を固体高分子電解質とする固体高分子電
解質型燃料電池を提供する。」(段落【0007】),「本発明で使用
するポリエチレン繊維からなる補強材の表面は・・・薬品処理又はグラ
フト重合法処理されていることが好ましい。補強材にこれらの処理が施
されていると,スルホン酸基を含有するパーフルオロカーボン重合体と
補強材を複合製膜する際に該重合体と補強材との接着性が向上し,強度
の高い陽イオン交換膜が得られる。」(段落【0016】),「薬品処
理の方法としては,クロロスルホン酸・・・等に補強材を浸漬する方法
が挙げられる。なかでもクロロスルホン酸を使用すると,低温でも効率
的にスルホニルクロリド基を導入でき,さらに加水分解によりスルホン
酸基を導入できるため,スルホン酸型パーフルオロカーボン重合体との
接着性が向上できるので好ましい。」(段落【0021】)との記載が
ある。以上のとおり,甲5には,「補強材」の表面をクロロスルホン酸
を用いてスルホン化処理をすることによって,「補強材」と「スルホン
酸基を含有する重合体」との「接着性」を向上させ,強度の高い陽イオ
ン交換膜が得られる技術が開示されている。
したがって,甲4及び甲5により,複合イオン交換膜の補強材の表面
にスルホン化処理(スルホン酸基を導入)をすることによって,スルホ
ン化イオン交換樹脂体ないしスルホン酸基を含有する重合体(母材)と
の密着性又は接着性を高めることが示されている。なお,甲4の「密着
性」と甲5の「接着性」との間に,実質的な差異があるものとは認めら
れない。
イこれに対して,原告は,以下のとおり主張するが,いずれも理由がな
い。
まず,本件訂正発明1は「燃料電池」の技術分野に属するもので,甲
4とは技術分野が異なると主張する。しかし,訂正明細書(甲7)に「
本発明は燃料電池等に使用する複合高分子電解質膜・・・に関し」(段
落【0001】)と記載があるように,本件訂正発明1は「燃料電池」
の技術分野に限定されるものとはいえないこと,甲4とは,イオン交換
膜に関する技術分野に属するものとして共通のものとみられることに照
らすならば,原告の上記主張は失当である。
また,原告は,甲4及び甲5の記載は,表面のみがスルホン化された
ものが開示されたにすぎないので,これを本件訂正発明1のように内部
までスルホン化されたものに用いることはできないと主張する。しか
し,決定が判断の前提とした周知技術との関係では,母材と補強材の界
面が接する状態や程度に関する技術が周知であれば足りるのであって,
両者の内部の構造まで示されている必要はないので,原告の上記主張は
失当である。
ウ以上のとおり,決定の周知事項の認定の誤りをいう原告の主張は採用
することができない。
(3)容易想到性の判断の誤りについて
本件訂正発明1は,刊行物1発明に刊行物2及び周知事項に基づいて,
当業者が容易に発明することができたとした決定の判断に誤りはない。そ
の理由は,以下のとおりである。すなわち,
ア刊行物1には,「複合固体ポリマー電解質膜(SPEM)」の発明に
係る発明の詳細な説明において,SPEMを構成するポリマー基材の一
例として,ポリエーテルスルホン(PES),ポリエーテルエーテルス
ルホン(PEES)ポリマーなどのポリスルホンポリマーが好ましいこ
と,イオン伝導性材料は,容易にスルホン化され,「1.5から2.0
ミリグラム当量のイオン交換能(IEC)」を有することが好ましいこ
と,「多孔質ポリマー基材とイオン伝導性材料とを互いに浸透させて複
合膜を形成」した複合イオン導電性膜は,「ポリマー基材の強度および
熱安定性を示すと共に,イオン伝導性材料のイオン伝導性を示す」こ
と,その多孔質ポリマー基材は,置換されたものでも,ポリマー等の配
合物であってもよく,「イオン伝導性,化学的および構造的な安定性,
膨潤特性」など意図したポリマーの使用に望まれる特性を実施的に害さ
ないことを条件に多孔質ポリマー基材にあらゆる望ましい置換基を組み
込むことができ,配合物は,「スルホン化(置換)ポリマー」であって
もよいことを示唆している。
そして,刊行物2には,0.8meq/g以上1.2meq/g未満
の低いイオン交換容量を有するスルホン化高分子電解質膜を補強材と
し,1.2meq/g以上2.4meq/g以下の高いイオン交換容量
を有するスルホン化高分子化合物の薄層とで複合化することにより,官
能基濃度が高く,すなわち「イオン伝導性」に優れ,「膜強度」の高い
複合イオン交換膜を製造することが示されている。
したがって,刊行物1,刊行物2及び周知事項に基づいて,当業者が
本件訂正発明1を容易に発明することができたものと認められるから,
決定に誤りはない。
イ原告は,実験例(甲9)を根拠として,補強材としてスルホン化され
ていないものを用いている刊行物1において,スルホン化表面改質を用
いたとしても「機械的強度」と「イオン伝導性」とを両立させることは
できない,したがって,刊行物1に刊行物2を組み合わせたところで,
本件訂正発明1を容易に想到することはできず,これを両立させること
が容易にできるとした決定の判断には誤りがあると主張する。
しかし,原告の上記主張は理由がない。確かに,実験例(甲9)によ
れば,「スルホン化されていない補強材」を用いた高分子電解質
膜(刊行物1発明に相当)において,引張り強度の値は高いが,反
面イオン導伝率の値は極端に低い例が示されているが,上記実験に
おける「スルホン化されていない補強材」は,刊行物1の実施例を
追試したものではなく,刊行物1の多孔質ポリマー基材にスルホン化
表面改質を行った実験でもないから,刊行物1発明において「機械的
強度」と「イオン伝導性」とが両立できないことを示すものとはいえな
い。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ次に,原告は,刊行物2(甲2)の高分子電解質膜は積層体であっ
て,その構造は本件訂正発明1と異なり,積層体であるがゆえに低い「
機械的強度」及び低い「イオン伝導性」しか備わっていないから,刊行
物1に刊行物2を組み合わせても,刊行物1の補強材となる多孔質ポリ
マーをスルホン化して低いイオン交換容量のものとすることはできない
と主張する。また,原告は,刊行物2には,「膜中に高官能基濃度の高
分子電解質成分を含有するイオン交換膜」又は「高分子膜内に高官能基
濃度の高分子電解質を分散させたイオン交換膜」といった記載がみられ
るだでけで,上記のような「イオン交換膜」を得るための具体的手段が
開示されていないので,このような実施可能要件を具備していない刊行
物2に記載の発明を引用発明として本件訂正発明1の進歩性を否定する
こと自体誤りであると主張する。
しかし,原告の主張は,いずれも理由がない。
すなわち,前記(1)イ記載のとおり,刊行物2(甲2)の高分子電解質
膜は,原告が主張するように,各層が「導電体+不導体+導電体」に明
瞭に区分された積層構造を採るものではないから,このような積層構造
を採ることを前提に,刊行物2の高分子電解質膜が,低い機械的強度及
び低いイオン伝導性しか具備していないとする原告の上記主張は,その
前提を欠くものとして採用することができない。また,前記(1)ウ記載の
とおり,刊行物2記載の発明の実施例としてイオン交換膜X,Yの
製造方法が具体的に記載されており,その製造方法が実施不可能又
は実施困難であることを窺わせる特段の事情も認められないから,原告
の上記主張も前提を欠く。
エさらに,原告は,刊行物1(甲1)には,低コスト化が目的の一つと
して掲げられており,デュポン社製のNafionは,「製造するのに
非常に高価」であること(訳文の段落【0019】等)を考慮すれば,
刊行物1の多孔質ポリマー基材をスルホン化することは,低コスト化の
目的に相反するものであるから,刊行物1の多孔質ポリマー基材をスル
ホン化することの動機付けは示唆されていない,したがって,刊行物1
に動機付けがあることを前提として容易想到性があるとした決定の判断
には誤りがあるなどと主張する。
しかし,刊行物1には,「総コストを実質的に低下させて,SPEF
Cを商業化を可能にすること」が発明の目的の一つであるとの記載はあ
るものの,全体の記載を総合すれば,多孔質ポリマー基材にスルホン酸
基を導入することの阻害要因となる理由にはならない。したがって,原
告の上記主張は採用することができない。
オ原告は,本件特許の請求項6に係る発明は,本件訂正発明1のスルホ
ン化高分子化合物をスルホン化ポリエーテルエーテルケトンに限定した
発明であり,進歩性が認められて特許されているが,このことは,「イ
オン交換容量が高いスルホン化高分子化合物からなる母材を,イオン交
換容量が低いスルホン化高分子化合物の多孔質膜からなる補強材に含浸
させてなる高分子電解質膜」の発明の進歩性を認めていることにほかな
らず,本件訂正発明1の進歩性を否定した決定と齟齬していると主張す
る。
しかし,請求項6については,そもそも特許異議の申立ての対象とさ
れず,異議申立ての審理・判断がされていないのであるから,本件訂正
発明1と請求項6との進歩性判断について齟齬があるとする理由にはな
らない。原告の上記主張は,前提を欠くものであって,採用することが
できない。
(4)小括
以上のとおり,決定の相違点の判断に原告主張の誤りはなく,本件訂正
発明1は進歩性を有しないというべきであるから,原告主張の取消事由1
は理由がない。
2取消事由2(本件訂正発明2ないし5,8ないし12の容易想到性の判断
の誤り)について
前記のとおり,本件訂正発明1の進歩性を否定した決定の判断に誤りはな
い。したがって,本件訂正発明1に対して従属関係に立つ本件訂正発明2な
いし5,8ないし12について進歩性がないとした決定の判断にも誤りはな
い。したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。
3結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に決定を取
り消すべき瑕疵はない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとして,主文のと
おり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官飯村敏明
裁判官大鷹一郎
裁判官嶋末和秀

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